全4件 (4件中 1-4件目)
1

今年の10月に来日が予定されているヘルシンキ・フィルの公演を予告した招聘元のSNS広告がネット上で物議を醸しているそうです。2月19日のA新聞夕刊の「音楽閑話」という記事によると、当初予告に指揮者の名前がなかったことに批判が上がっていたのが、そのうち共演者である「かてぃん」こと角野隼斗に対しても向かい、彼のせいでチケットが高騰しているのではないか、あるいは彼を「客寄せにしたのではないか」という疑問、果ては音大でアカデミックな教育を受けていない彼を「正統ではない」とか「由緒あるオケのソリストにふさわしくない」といったバッシングまでになっているとか。このところ角野クンの人気が異様に高く、ファンクラブに入っても高い抽選倍率でなかなかチケットが取れないことは夙に知られています。こういうポップスター並みの扱いは、先週このブログで取り上げたスタニスラフ・ブーニンの場合によく似ています。一方で、ブーニンの場合には、当時の評論家から批判が向けられたのはミーハーな聴衆に対してで、そのような聴衆は芸術としてのクラシック音楽をよくわかっていないのではないか、という上から目線のものでした。これは、ブーニンが演奏するようなピアノ音楽は「真面目な芸術音楽」として鑑賞されるべきもので、追っかけの聴衆が楽しむ娯楽音楽のような軽いものではない、という教養主義的な考え方の表れです。今回の場合にも、批判の発信元はどうやら昔ながらの「真面目派」クラシックファンのようですが、その対象が聴衆ではなく、演奏家本人に向かっている点が異なります。その理由たるや、「彼は音大を出ていない」とか「正統ではない」ということで、まさに教養主義にどっぷり浸かったオールドファンの「雰囲気の悪さ」が丸出しです。多少とも彼らオールドファンの心情を忖度してみれば、角野クンが他の人気あるクラシック音楽演奏家と同じような経歴を持たないにもかかわらず、クラシック音楽のショービジネスでおおいに稼いでいることに、ある種の嫉妬を感じていることが批判の根っこにあるように思われます。ネット上の彼らの発言を見ていると、なんで彼のような駆け出しの演奏家のチケットが手に入らないのか、という不満(ルサンチマン)が見て取れるからです※)。今回のSNS上の批判に対し、角野クンは「私が正統のクラシックではないとか、由緒あるオケのソリストに相応しくないと批判する方も一部に見受けられます。このような声は数年前から常に存在し、私が日本を出て欧米で武者修行したいと思った理由の一つですが、現在各地で実力と実績を積み上げている最中ですから、今後に期待いただければ幸いです。ただし、私は権威や正統化のために音楽をしているのではありません。自分の心に従い音楽をします。」とキッパリ。このコメントが逆に炙り出していることは、日本のクラシック音楽の興行(演奏会)が依然として教養主義的で閉鎖的なオールドファンに牛耳られているらしい、ということです。角野クンが海外に拠点を移した理由のひとつもこれということなので、同じ理由で広く有為な若手人材の海外流失を招いている可能性があるとすれば事態は深刻とも言えるでしょう(やれやれ…)。それにしてもクラシック音楽のオールドファン達よ、角野クンのことはもう忘れてはいかが?彼のやり方にあれこれ口出しするのはまさに余計なおせっかいというもの。彼はあなたのような聴衆を必要としていないし、あなたの好みの「正統的なクラシック音楽演奏家」として振る舞う気も毛頭ないのだよ…※)追記:この状況、有名なイソップ童話「すっぱい葡萄」を思い起こさせます。空腹の狐がうまそうな葡萄を見つけたものの、それが高い木の上にあって手に入らないと分かるや、「どうせこんな葡萄は酸っぱいに決まっている」と負け惜しみの言葉を吐いた、という話です。ただし、この狐は葡萄に対する恨みを内面化せざるを得なかったのに対し、現在ではそれを匿名でSNS上に吐き捨てる、という悪行が蔓延するようになった、ということでしょうか。
2026.02.22
コメント(0)

このところ、テレビや新聞といったマスコミでは、先週末に投開票が行われた衆議院議員選挙の話題でもちきりです。高市早苗氏がそれまでの前言を翻して国会を冒頭で解散、衆院選挙に打って出たことに対し、前述のような「オールドメディア」では当初「騙し討ちだ」、「大義がない」といった否定的な論評が主流であるように見えていました。(議院内閣制の下での議員の選挙を首相公選制にすり替えているのでは、といった理にかなった批判もありました。)ところが、いざ選挙戦が始まると序盤から高市自民党の優位が伝えられ、蓋を開けてみれば自民党が単独で3分の2を超えるという地滑り的な大勝という結果に。これについて、オールドメディアではもっぱらSNS上の「高市人気」に帰する解説が眼につきます。曰く、「女性初の首相が頑張っている」のに「国会で意地悪なオジサン達にイジメられている」のをなんとかしてあげなければ、という感情が「推し活」の動機となって一気に広がった(「サナエ・シンドローム」?)、という見立てです。これで亭主が思い出すのが、ちょうど40年前にクラシック音楽業界で起きた、ピアニスト、スタニスラフ・ブーニンの来日をめぐる大騒動です。この騒ぎを知らない読者のために付言すれば、来日の前年である1985年に開かれたショパン・コンクールで当時弱冠19歳だったブーニンが優勝し、翌年演奏会のために来日したところ異常な人気で聴衆が殺到。カメラと色紙を持って成田空港に押しかけたり、ステージに登場したブーニンを見て「キャー、かわいい」と悲鳴を上げたり、「《英雄ポロネーズ》の演奏の間じゅう、キャーキャー騒ぎ、立ち上がって手を振ったりおしゃべりをしたり、挙句の果てにはフラッシュをたいて写真まで撮る」(梅崎史子『スタニスラフ・ブーニン』)といった、それまでのクラシック音楽の演奏会では考えられないような熱狂的ファンの反応が業界内で大いに物議を醸したことが思い出されます。この騒ぎの中心にいたのはそれまで「クラシック」には縁のなかった客層(その多くは若い女性達)で、彼らの関心を呼び起こしたのがNHKのテレビ番組《ショパン・コンクール’85—若き挑戦者達の20日間》(1985年12月)や新聞紙上での論評(同コンクール審査委員を務めた園田高弘の激賞)などのマスコミ報道だったようです。音楽学者の渡辺裕氏は、このブログでも紹介した著書「聴衆の誕生」の中で、この現象を「商業主義の申し子ともいうべき『アイドル・スター』の誕生」と捉える一方、当時の評論家達はどちらかと言えばこれを否定的に見ていたことを伝えています。例えば、ブーニンの演奏が「パンダを見るような」つもりで聴かれているのではないか(黒田恭一)、あるいは彼の演奏は「センセーション」だったが、「音楽というような奥深いものをもった芸術」はセンセーションのみによってはとうてい辿ってゆけるようなものではない(吉田秀和)、といった言説です。クラシック音楽を真面目な芸術と信じる彼らにしてみれば、これらは至極当然の反応と言えます。当時はウブな「真面目派」だった亭主も、ブーニン現象をくだらない馬鹿騒ぎと思って見ていた方ですが、今にして思えばこれは「娯楽としてのクラシック音楽」のあり方の一つと理解できます。さらに、フランツ・リストに代表される19世紀の「ヴィルトゥオーソ」人気(聴衆は彼らの演奏会にほとんどサーカスでも見に行くようなノリで集まった)を考えれば、このような現象はクラシックの享受態度におけるこれまでの「行き過ぎた生真面目さ」からの揺り戻し、とも言えるわけです。さらに付け加えれば、このようなブーニン現象とそれに対するネガティブな受け止めは日本だけに見られるもので、これが日本のクラシック音楽界の問題、「演奏会というアイコンが持っている雰囲気の悪さ(レセプショニストに殴りかかったり、マナーをよく知らない初心者に冷たい視線を浴びせたりする)」につながっています。話を今回の選挙に戻せば、いわゆるオールドメディアに登場する評論家や解説者は、その道の専門家でいわば「真面目派」の人たちで、選挙で選ばれるのは政策であるべきと考えています。一方、選挙後に行われた投票行動の分析では、高市人気は特に30歳代以下の若い世代(特に無党派層)に高かったことからも、彼らの中にはSNSでの推し活のノリで投票した人も少なくなかったと推測されます。とはいえ、ブーニンの熱狂的なファン達も、その数という点ではクラシックの聴衆全体の一部に過ぎなかったように、「推し活」の延長で投票した人の数も、定員の3分の2超という議席数から想像されるよりは遥かに少なかったと思われます。今回の選挙で我々が理解すべきことは、SNSに象徴されるような大衆社会にあっては、支持率の差を極端に拡大する小選挙区制の選挙結果はこのような大きな振れ幅を持つ、ということです。オールドメディアに出てくる政治の専門家の皆さんには、この結果を「リベラル・社会主義の退潮」といった古色蒼然たるイデオロギー的な文脈で総括(誤解?)するのではなく(「革新幻想」はとっくの昔に終わっている…)、「推し活」という行動の背後にある人々の感情(現状への不満や閉塞感)やその原因(アベノミクスの失敗?)を冷徹に分析して見せてほしいものです。ちなみに、ブーニン自身は日本の聴衆の反応を肯定的に受け止めたようで、その後日本との縁を深めますが、2013年に病気と転倒事故による怪我で演奏活動の中断を余儀なくされ、10年の療養を経て2023年に復帰。これを機に彼の半生を追ったドキュメンタリー映画「ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生」が製作され、今月20日に公開されるとのこと(「ぶらあぼ」の記事)。彼の日本での人気の根強さを改めて思い知らされます。
2026.02.15
コメント(0)

未音亭のハープシコードは2007年製、同年に導入されて以来いつのまにか来年で20年になろうとしています。この間特に大きな問題もなく亭主を楽しませてくれていますが、近年傷みが目立っていたのが譜面台。といっても傷んでいるのは木製の台そのものではなく、楽譜が置かれる部分に敷かれたフェルト製の緩衝材の部分で、重い楽譜の底部と擦れていつのまにかボロボロになってしまいました。(ちなみに、以前のメンテでは少しずつ削れたフェルトが鍵盤の下に溜まっているのを発見。)亭主はこれを自分で修理することを思い立ち、まずは必要となるフェルト布が手に入るかどうかを調べることに。この手の手芸用材料といえば、百円ショップが最も手ごろな入手先だろうとあたりを付け、ウォーキングのついでに近所の「セリア」を訪ねたところ、予想通り手芸コーナーでちょうどよい色合い(濃い臙脂色)のフェルト布を見つけて落手しました。次に問題なのが、フェルトをどうやって譜面台に接着するかです。一見すると木工用ボンドのような接着剤で付いているようにも見えますが、いずれにしても張り替えるにはフェルト部分を剥がしすしかなく、腹を括って剥がし始めました。すると、予想以上に接着面の経年劣化が進んでいたらしく、フェルトの残骸は苦もなく剥がれます。さらに、フェルトがどのように接着されていたのかを調べようと剥がれた後の木部を仔細に眺めたところ、長手方向に3本の両面テープで張られていたらしいことが判明。そこで、今度は両面テープを物色するために再度ウォーキングで「セリア」にお出かけです。テープ類は文具コーナーに並んでいましたが、意外と種類が多く(テープの幅や素材、用途など)、どれにするか悩みましたが、寿命を考えて「強力」タイプで一番幅広の15 mmをゲット。これで材料は揃いました。さて、ここまで来ればあとは張り替えるだけ、と思ったのも束の間、譜面台の両面テープが付いていた跡らしい部分を爪で擦ると白い粉のようなものが出てきます。どうやらテープの接着剤が残っているようで、このまま上からテープを張ってもすぐに剥がれそうなので、当該部分の掃除を始めました。ところがこれが意外に難物で、水やアルコールで拭いてもビクともせず、さらには石油系の溶剤も試してみたものの効果がありません。最後に以前家族が使っていた除光液を試したところ、これでバッチリ除去できました。(主成分アセトンの威力というところです。)こうして綺麗になった底面に両面テープを貼るとちょうど3列で全体を覆うことができ、これに裁ち鋏で切ったフェルト布を押し付けて修復は完成。フェルト生地が元のものよりやや薄い以外はほぼ以前の状態に戻り、楽譜の置き心地も快適です。早速平均律クラヴィーア曲集第1巻を譜面台にドンと乗せてポロポロ。 * * * * *ところで、今朝起きてカーテンを開けると外は一面の雪景色。その後も雪は降り続き、ようやく収まったのが午後2時ごろでした。亭主が住む茨城県南部でも冬の間に積雪を経験することは珍しくありませんが、今回のように10 cmを超えて積もるのは久しぶりです。(多分2014年の豪雪以来。)1時間ほどかけて玄関周りと駐車場付近の雪かきをを行い、庭側に回ってみると綺麗な新雪が20 cm近く積もっています。ゴミ収集ステーションへのアクセスに道を作ろうとしたところで、ふと思いついて雪だるまを作ってしまいました。
2026.02.08
コメント(0)

数日前に近所のイオンモールにある書店にぶらっと立ち寄ったところ、入り口付近の一角に古書店が畳3畳ほどの広さのブース(書架)を置いて無人販売を行っていました。冷やかしで眺めていたところ、漫画本のコーナーに筑摩書房の「現代漫画」シリーズが3冊ほど並んでおり、その中に「園山俊二集」(第10巻)を発見。実はこのシリーズ、亡父が大昔に購入したものが実家にあり、亭主もパラパラ眺めていました。中でも園山俊二は、学研の雑誌「科学/学習」に連載されていた「はじめ人間ゴン」などの作者として馴染みがあり、この本も読んだ覚えがあります。とはいえ、刊行された1970年には亭主はまだ小学校高学年。マンガが諧謔の中に忍ばせる深い風刺などはわかるはずもなく、娯楽として読み飛ばしたものでした。(そもそも大のオトナが文学全集のように立派に装丁されたマンガ本を読む、ということ自体をなんとも不思議に思ったことが思い出されます。)ところが、以前このブログで林達夫の著作を取り上げた際に、文庫版の解説記事の冒頭で庄司薫氏が言及した「鳥が矢の名人に射抜かれたことも知らず満月の彼方に悠々と飛んでいく様を描いた園山俊二の漫画『名人伝』」をもう一度見たくなり、実家に問い合わせたところ「あ〜、ちょうど他の本といっしょにまとめて古書店に引き取ってもらった」とのことで、残念ながら後の祭りでした。こうなってくると、どうしても気になってくるのが人情。というわけで、しばらく燻っていたところに現物を見せられてどうしても欲しくなり、衝動買いすることに。(それにしても、奥付けに1969年11月30日刊とあるのを見ると、あれから半世紀以上という時の流れに圧倒されます。)本を開くと、件の「名人伝」は「読み切り傑作選」の項の2番目にあり、馬術、居合抜き、鎖鎌、槍、神童、と来て最後に弓術が出てきます。この弓の名人のエピソード、置かれた文脈によって如何様にも解釈や教訓を引き出すことができる点が面白いところです。が、それにも増して感心させられるのは、作者が少ない線描を用い、たった8コマで主題を描き切っている点で、漫画という表現の威力を改めて思い知らされた感があります。さらにもう一つ、本書を手元に置くことで初めて目にすることになった鶴見俊輔による巻末の解説記事、これがまた面白い読み物となっています。「園山俊二集」に集められた漫画が世に出た時期は1960年代後半の高度成長期、大学進学率が急上昇するとともに学園紛争が盛り上がった時期でもあります。鶴見によれば、例えば一世を風靡した「ギャートルズ」(「はじめ人間ゴン」はその子供版として作られたとか)の背後には教育問題がある、と言います。園山俊二(1935-1993)が早稲田大学で学んだ昭和30年代には日本の多くの大学で漫画研究会が生まれたことから、鶴見はこれを日本の大学生の間に「大学による近代的知性養成計画にたいするうたがいがきざしてきたこととからんでいる」と言い、「ギャートルズ」は、大学をふくめての現行の教育計画にたいする告発の書であるとまで言います。なぜなら「こどもをどう見るかが教育のはじまりにある問題」であり、「今の平均のおとなのように育てることにうたがいをもつならば、眼はしぜんに、今の社会以前の人間はどうだったのかにむけられ、原始人が眼に入ってくる」というわけです。これはフランスの哲学者ルソーの問題意識と軌を一にしており、鶴見は作者に対し「いつかは、園山俊二としての社会契約論あるいは社会再契約論をかいてほしい」と呼びかけています。その当時に吹き荒れた学園闘争の嵐は、受験戦争を勝ち抜いて手にした大卒の学歴がエリートへの切符ではなくなり、社会ののコマになって働くだけの冴えない展望しか描けなくなった学生たちの異議申し立てでした。とはいえ、その後も大学受験を頂点とする教育システム、およびそれに裏付けられた学歴社会は変わらないまま現在に至っているように見えます。ところが、ここに来て人工知能(AI)、なかでもChatGPTなどの大規模言語モデルの大成功により、少なくとも知識だけ見れば東大生レベルのそれを誰もが手にできる状況になりました。これはもしかするといよいよ学歴社会の終焉を意味するのかもしれません。こうなってくると、これから人間に求められるのはある種の原始人のような能力、ということになるのかも?
2026.02.01
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


