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年明け早々、パーセルの楽譜2冊を東京古楽器センター(ギタルラ社)に注文しておいたところ、10日程前に到着。さっそく広げてレオンハルトの演奏を聴き直したり、自分で弾いてみたりしています。少し調べた範囲では、パーセルの鍵盤音楽で印刷譜として出回っているのは写真のスタイナー&ベル社の「八つの組曲」と「補遺集」の2冊のみで、いずれも50年以上前に出版されたものがそのまま受け継がれているようです。(前者は30ページ、後者も50ページ弱と薄い楽譜で、値段も大したことはないのですが、昨今の円安で海外の通販ショップで購入するよりも国内の在庫の方が安価という逆転現象が起きている様子。)楽譜を見ながらレオンハルトのCDを聴くと、どうやら彼もこれらスタイナー&ベル社版を基本にしていることが分かります。楽譜が薄いことからも想像できるように、作品ひとつひとつは短いものが多いのですが、レオンハルトの手にかかるとどの作品も多彩で個性豊かな響きを持つことを改めて感じさせられます。ところで、何度か聴いたり弾いたりしているうちに気がついたこととして、パーセルは上声部の音の動きをバスに比べて半分の長さだけ遅らせる(右手と左手が交互に音を奏でる)音の動きを好んだようで、そのようなパターンの進行がよく出てきます。典型的なのがグラウンドと呼ばれる作品で、前回も言及した「新しいグラウンド」(Z.T.682)でも、前奏と思われる部分がずっとこのパターンで進行します。こういうリズム進行では、上声部がアップビート(上拍)に音を持つ(=強拍になる)のでポピュラー音楽のようなリズム感を醸し出します。特に「新しいグラウンド」は前奏が終わったところで右手がいきなり高音の出だしから始まるのですが、これを聞いているとどうしてもビートルズの「ミッシェル」を思い出してしまいます。(もちろんこれは偶然でしょうが...)このようなアップビート感は他のパーセルの作品でも時折目につきますが、実はこれ、フローベルガーの組曲(パルティータ)でもしばしば出くわすものです。フローベルガーが英国ロンドンに旅したことはよく知られているので、おそらくパーセルも彼の鍵盤音楽は知っていたものと思われ、もしかするとそこから影響を受けたのかもしれない、などと妄想しているところです。
2015年01月25日
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稀代のカウンターテナー、フィリップ・ジャルスキーによる表題の新譜が昨年10月に出ていたのに気づき、彼の他のCDとともにまとめ買いで注文しておいたところ、数日前に届きました。CDタイトル副題にSacred works for altoとあるように、今回のアルバムはヴィヴァルディの宗教作品を集めたもので、アンサンブル・アルタセルセとの共演によるヴィヴァルディの録音としては多分2005年のカンタータ集以来でしょうか?ワクワクしながら封を切り、早速拝聴です。冒頭のトラックの再生が始まるや、「待ってました!」という感じで素晴らしい美声が響き渡ります。収録されているのは「Clarae stellae, scintillate明るき星々よ」(RV625)、「Stabat Mater悲しみの聖母」(RV621)、「Filiae maestae Jerusalem悲しめるエルサレムの娘たちよ」(RV638)、「Longe mala, umbrae, terrores 遠く退くがいい 罪と影、恐怖の数々よ」(RV629)、「サルヴェ・レジーナ」(RV618)など。これらに加えて、声楽なしの協奏曲(RV120)も1曲含まれています。(邦題は国内版PRからパクったもの。)ヴィヴァルディの時代、宗教作品(教会音楽)といえば依然としてStile Antico、つまりパレストリーナに代表される対位法的多声音楽の様式で書くのが常識だったようですが、これらの作品はそんなことはほとんどお構いなし。さすがにオペラアリアなどよりは多少控え目であるものの、いたるところでヴィヴァルディ節が全開です。亭主はCDの副題を見て、そういえば2011年の初来日公演(このブログでもご紹介)のお題が「Sacro 聖とProfano俗」だったことを思い出し、当時のプログラムをひっくり返して見ると、前半Sacroの部の最初の曲がRV629のモテットでした。(岸純信氏によるプログラムの解説記事では表題が「闇の恐れのあまりにも長く」と訳されています。)すっかり記憶の彼方に飛んでいましたが、導入部の強烈な全奏からしていかにもヴィヴァルディ、という感じで今度こそは耳に残りそう。これ以外の作品のいずれもジャルスキーの美声を十二分に楽しませてくれます。ところで、アルバムタイトルの「ピエタ」とは、どうやら「赤毛の司祭」ヴィヴァルディが長年にわたって関係を持っていたヴェネチアのピエタ慈善院から取られたようで、収録された作品は慈善院や隣接する教会での演奏された(かもしれない)、ということのようです。ちなみに、亭主がゲットしたこのCDのEUR盤にはおまけのDVDがついており、リージョンコードによる制限がないパソコンのDVDプレーヤーでは見ることができますが、約20分のビデオ映像には、パリの教会での収録シーンに加え、何とジャルスキー本人がヴェネチアを訪れてピエタ慈善院にゆかりの場所を訪ね歩き、解説を行っていると思しきシーンがふんだんに盛り込まれています。あるシーンではサン・マルコ広場にほど近いホテル「メトロポーレ」の中にあるバーカウンターに立ち、このホテルがピエタ慈善院の跡地に立っていることなどを話している風でした。とはいえ、ナレーションはフランス語で他言語の字幕は一切なし、フランス語は基本的にチンプンカンプンな亭主には残念ながらほぼ猫に小判。(このCD、高価な国内盤もあるようですが、おまけのDVDは付いていない?誰か字幕をつけてくれぇ〜)なお、アルバムジャケットの写真にジャル様とともに写っているのは、どうやらピエタ慈善院で「少女たち」が演奏する際に会衆から顔がよく見えないよう、バルコニーと客席の間に置かれていた(装飾が施された)グリルのようです。
2015年01月18日
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連休の中日、日本橋高島屋で開催中の表記展覧会に足を運びました。タカシマヤカード会員である亭主の元には、請求書とともに日本橋店のイベント情報を載せたパンフレットが毎月送られてきます。先月のパンフレットにはこの展覧会がデパート初売りの1月2日から10日間ほど開かれると予告されており、版画好きの亭主としては気になっていたところですが、最近某テレビ局の美術番組で詳しく取り上げられた上に、正月明け(1月6日)放送の「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京)で一部の作品が登場したことに刺激されてついにその気になり、実物を見参するべく久しぶりに日本橋のデパートへ。(途中、首都高を走る高速バスからは富士山の眺めを楽しむことができました。)わずか10日間と短い展覧会で、会期末が近いことに加え、テレビでも取り上げられたことから、ある程度混んでいることは覚悟していましたが、いざ会場に着いてみると、会館後30分という早めの時間にもかかわらずチケット売り場は長蛇の列。幸い、カード会員は「ご招待」(2名までチケット不要)なので、長い列を尻目に連れ合いと会場に直行。入り口付近はすでにごった返ししていて、展示品の前には何重もの人垣が出来ている状態でしたが、全体の作品数は資料も含めてゆうに200点を超えており、奥に行くほど人の流れも速くなっています。1時間半ほどでしたが、それなりにオリジナルの「刷り」を満喫しました。川瀬巴水(1883-1957)はいわゆる「新版画」運動の担い手として知られており、江戸時代にピークを迎えた浮世絵版画の伝統を受け継ぎつつも、新しい時代にふさわしい表現を木版画に与えようとした作家の一人です。題材は日本の伝統的な美である「雪月花」を中心とした風景ですが、ともすればキッチュとなりがちな伝統的題材に、近代的な生活情景を持ち込んだところが新版画の新しいところでしょうか。とはいえ、構図の中に散りばめられ大正〜昭和前半の生活情景は、現在から眺めれば「日本の原風景」のような懐旧の情を誘います。ちなみに、「なんでも鑑定団」で版画・浮世絵の鑑定に登場する渡邊章一郎さんは、版画商で新版画運動のプロモーターでもあった渡邊庄三郎氏の孫にあたり、川瀬巴水とは切っても切れない縁の持ち主です。1月6日の番組では、鑑定依頼品として持ち込まれた巴水の「朝鮮八景」揃いに250万円の値をつけ、「現在日本橋高島屋で開かれている川瀬巴水展でも8点すべては出ていない」と言ってその貴重さを強調していましたが、亭主が会場で眺めた限りではどれが欠けているのかよくわかりませんでした。さて、会場を出て特設の図録・絵葉書コーナーに行くと、多くの人が何やら宅急便の送付書のようなものを書き入れています。よく見ると「図録は完売しました」とあり、後日増刷後に送ってもらってでも手に入れたい、という人々が申込書に記入しているということがわかりました。(いやはや、大変な人気です。)当然のように集められた関連の書籍、画集なども豊富に並んでおり、店員さんに勧められたこともあって亭主もついついその中の1冊を衝動買いしてしまいました。勘定を済ませようとレジに向かうと、こちらもまた長い列。これほど混雑するイベントに遭遇したのも久しぶりでした。
2015年01月11日
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このところの関東での冷え込みと乾燥に加え、年末の大掃除で悪いホコリでも吸ったらしく、亭主は正月2日目あたりから典型的な鼻風邪の症状で絶不調です。(幸いにして熱はないので最低限のことはやれますが…)昨日は稽古始め、とうことでまずはハープシコードのチューニング(A=415 Hzでキルンベルガー)。普段は放置してある4フィート弦もと思いチェックしたところ、こちらは思ったほどずれていませんでした。おそらく昨年ほとんど使わなかったせいで、弦も弾かれなければそれほど狂わないということのようです。さらに、幾つかの硬いキー(弾くのに余計な力が要る)のプレクトラムを削ったりといった作業を行いました。一方、8フィート弦の中高音は1週間もすると10〜20セントぐらい低い方にずれています。これは、演奏でこれらの弦がよく弾かれることに加え、乾燥した空気のせいで響板が僅かずつ縮んでいくからだろうと思われます。(実際、春先から梅雨にかけては日々音が高くなります。)要するにハープシコードはそれ自体で高感度の湿度計というわけです。楽器を傷めないためにも夏は除湿器、冬は加湿器で部屋の湿度をなんとか40~60%に保つ努力をしていますが、未音亭の加湿器は水タンクを満杯にしても16時間ぐらいしか持たず(夜中に切れる)、朝の湿度が25%以下になってしまうこともザラです。ところで弾く方は、このところ「Domenico Scarlatti Adventures」をパラパラとめくっていることもあって、またスカルラッティの譜面を開くことが多くなっています。といっても今日は鼻風邪で元気が出ないので、上記著作中のトッド・デッカーによる「The Essercizi and the Editors: Visual Virtuosity, Large-Scale Form and Editorial Reception」という文章を眺めていました。表題からもわかるように、デッカーは例の「練習曲集Essercizi」を取り上げ、その中にある30曲のソナタが少なくとも「演奏技巧」という視点から見て有機的な組み合わせと順番からなる、ということを主張しています。デッカーによれば、ソナタの順番は(スカルラッティにとって重要な)演奏技巧として「左手の2オクターブを超えるジャンプ」、および「手の交差」が徐々に高度になっていくように並んでおり、そのピークがK.24、あるいはK.29といったソナタになります。言い換えると、「練習曲集」は大きな構造を持つ30曲でひとまとまりの作品であり、例えばバッハのゴールドベルク変奏曲(30曲の変奏からなる)と同じように受容されるべき、というわけです。この点は亭主も前々から感じていたことで、スカルラッティの練習曲集もショパンやドビュッシーのそれと同じく、独立した作品としてとしてモダンな出版譜が見当たらないのが不思議でなりません。デッカーによると、そのような出版譜が世に出たのは20世紀になってから2度だけで、ひとつは作曲家ポール・デュカス(1919)、もうひとつはスカルラッティ弾きのハープシコード奏者フェルナンド・ヴァレンティ(1979)によるものだそうです。(残念ながら亭主は見たことがありませんが。)ところで、デッカーはさらに論考を進めて、30曲という一組の数が重要な意味を持っていたのではないかと推測しています。というのも、よく知られているようにスカルラッティ・ソナタの主要な原典であるヴェネチア手稿は、当初から巻番号のあるIからXIII巻では(34曲からなる第X巻を除き)いずれも30曲のソナタから構成されています。ただし、18世紀のこういった曲集では6曲、12曲といった数が普通で、30曲という数字は類例がなく、おそらくスカルラッティとその周辺の音楽サークルでのみ意味があったとも考えられます。(この点、ゴールドベルク変奏曲が30変奏からなることは、もしかしたらバッハがスカルラッティの練習曲集を知っていたかもしれない、と思わせるものがあります。)いずれにせよ「30」という数字そのものの由来、大いに興味をそそられます。
2015年01月04日
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2015年01月01日
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