全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()
先々週の朝の「古楽の楽しみ」(鈴木優人MC)の放送3日目、「教則本を書いた作曲家達(I)」というお題の下で取り上げられたのが、表題の装飾技法でした。日本語では分割装飾とも言われるようで、16世紀のルネサンス-初期バロック音楽の標準的な装飾奏法だそうです。ちなみに、放送ではガナッシ、オルティス、フランシスコ・コレーア・デ・アラウホという3人の音楽家が紹介されていました。この音楽用語、亭主にとっては初めて耳にするものでしたが、この時代のマドリガーレなどでよく現れる素早い装飾的なパッセージのことがピンと来ます。そのような装飾法にレッキとした名前があるということに大いに興味を掻き立てられた亭主、放送後に色々と調べ物をすることに。まずネットで「ディミニューション」とググッたところ、検索結果の先頭に出て来たのがS音楽大学のオンラインスクールのページです。用語についての簡単な解説に加え、実演(リコーダーとハープシコードによる)の動画付きでアップされているのでとてもわかりやすく親切(こちら)。とはいえ、もう少し詳しく知りたいものと思いさらに調べていくと、何とオルティスの著作の邦訳(邦題もズバリ「オルティス 変奏論」)があることがわかりびっくり。しかも訳者はヴィオール奏者としても著名な平尾雅子さんとくれば、これは何としても中身が知りたくなります。この邦訳、2010年にアルテスパブリッシングという出版社から出たものの、既に版元品切れ状態でしたが、よく調べると「オンデマンド版」というのが手に入るとあります。そこでモノは試しと、「ホント」という名前のハイブリッド型総合書店(!?)とやらに利用者登録して注文してみたところ、数日後に宅急便で到着。表紙の中央に小さく「オンデマンド版」とある以外はフツーの本でした。(これなら出版社も在庫を抱えずに済むし、一度に少部数しか出ない本にぴったりな出版形態です。)さて、オルティスの著作ですが、何と言っても訳者による解説記事が大変に充実しており、この時代の音楽に興味がある読者には必見の著作です。訳者の専門がヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)なので、自ずとこの楽器に関する記事が多いことはさておき、その他の楽器や演奏習慣など、様々な事柄が語られており、まさに同時代の音楽に関する情報の宝庫です。ちなみに、旋律楽器用のディミニューションについて、最初の詳しい論文を物したのはヴェネチアで活躍したシルヴェストロ・ガナッシで、彼の「フォンテガーラ」と題された著作(1535)にはリコーダーの演奏における装飾法が書かれているとか。(優人氏も番組の冒頭で紹介していました。ちなみにS音楽大学の実演がこれに対応?)一方、オルティスの「変奏論」はディミニューションについての2番目のそれということになるようですが、オルティスは装飾法の例に加えて、デモ用に作曲した作品「アルカデルトの『おお、幸せな私の目よ』にもとづくレセルカーダ」を付録としてつけており、そのような実用例付きとしては最初の本になるようです。(放送ではこのレセルカーダの1番〜4番が流れました。)それにしても、16世紀の音楽理論書が邦訳で(しかも充実した解説付きで)読めるというのは実に素晴らしく、「いい時代が来たモンだ」と一人悦に入る亭主でした。
2020.01.26
コメント(0)

昨年(?)はオーストリアと日本の国交樹立150周年だとかで、それを記念して表記の展覧会が開催されています。国立西洋美術館が会場とあって、およそ100点の展示物の過半は絵画、それもウィーン美術史美術館からの出展です。亭主が関心を持つ18世紀以前の音楽の舞台は、まさにハプスブルク帝国がヨーロッパの政治・文化の主要なプレーヤーだった時代。音楽の時代背景としても大いに興味をそそられます。しかも、ウィーン美術史美術館といえばヨーロッパ屈指の絵画コレクションで知られ、美術ファンにとり今回の展示内容は大いに気になるところ。そこで先週末、絵の鑑賞に耳の調子は差し障りなかろうと、朝一で耳鼻科を受診した後に上野に参上することに。(ちなみに、件の突発性難聴と思しき症状、薬が3日目ぐらいから効果を現し始め、今週末にはほぼ症状が気にならない程度にまで回復。ようやく音楽を元のように楽しめるようになりました。 \(^o^)/) さて、会場に入るなり亭主どもを迎えたのは「ローマ王としてのマクシミリアン1世」という絵でした。マクシミリアン1世といえば、やはりウィーン美術史美術館所蔵のデューラーの肖像画が有名ですが、流石にその来日は叶わず、というところでしょうか。展示作品は彼と同時代のシュトリーゲルという画家(あるいはその工房)の手になるもので、ウィキペディアの「マクシミリアン1世」のページにこれに似た絵が掲載されていますが、よく見ると別物で、右上の窓に描かれている外の風景が展覧会の作品にはありません。マクシミリアン1世はデューラーを贔屓にしていたものの、彼を宮廷画家として抱えるほどの経済的な余裕はなく、また神聖なローマ皇帝としての威光を示す凱旋門を建てたいと思うも叶わず、彼の版画で代用したことで知られています。一方で、その周到な婚姻政策でブルゴーニュ、スペイン、ハンガリーを領地に組み入れる布石を打ち、後の大帝国の基礎を築いたとされることから、彼の肖像画がこの展覧会の冒頭を飾ることになったということでしょう。(ちなみに、ハプスブルクのスペインはそれから200年ほど後のちょうど1700年、カルロス2世[近親婚の犠牲と言われる]で終焉し、太陽王ルイ[14世]の孫にあたるフェリペ5世に始まるブルボン・スペインとして今日まで続くことになります。ドメニコ・スカルラッティが仕えていたのもブルボン・スペインの宮廷でした。)もう一つの要因として、この頃(ルネサンス後期)から中欧でもデューラーをはじめとして世界的な画家が排出するようになり、展覧会を構成しやすいというメリットもありそうです。実際、この展覧会でもマクシミリアンの肖像は来られなかったものの、デューラーの油彩肖像画が1枚エントリーしています。とはいえ、亭主にとって最大の目玉はイタリアおよびスペイン絵画。数は多くないとはいえ、ジョルジョーネ、ペルジーノ、ティツィアーノ、ヴェロネーゼといったヴェネチア派の大御所の作品がお出ましです。(他にもマンテーニャ、ティントレットなど、日本ではまずお目にかかれないルネサンス後期-マニエリスム時代の絵画がちらほら。)さらには、あの突き出た顎と厚いい下唇というハプスブルク顔が冷徹に描かれたベラスケスの「フェリペ4世」、あどけなくも昂然と自己主張する「王女マルガリータ」の連作も見応え十分。これらに加え、こちらも数は少ないとはいえあのレンブラント、フランツ・ハルスやロイスダールといったネーデルランド絵画も。レンブラントなどはそもそも作品数が少ないので、彼の作品を間近で見れる機会は貴重です。(ハプスブルクのコレクションに基づくウィーン美術史美術館の収蔵作品の豪華さを垣間見る思いです。)以上の作品群に比べると、18世紀以降の作品は絵画自体としてはそれほど気を引かれないものの、今度は肖像画に登場する著名人達そのものに興味が湧きます。音楽関係では、例えばモーツアルトと交流があったルイ16世夫妻やヨーゼフ2世の肖像など。ところで、このブログを書くにあたり、10年以上前に読んだ中野京子さんの「名画で読み解くハプスブルク家12の物語」を開いてみたところ(例によって綺麗さっぱり中身を忘れていたので)大変面白く一気に再読。この本の終章近くを飾ったのが、ヴィンターハルターの「皇妃エリザベト」の肖像画で、実質的な最後の神聖ローマ皇帝となったフランツ・ヨーゼフの細君ですが、この展覧会では別の作家によるもう少し若い頃のエリザベトの絵を目にすることができます。これを眺めれば、中野京子さんの著作中にある「ウェスト50cm」という体型がどういうものだったか一目瞭然。一方、展覧会場ではあまりぱっとしない印象だった夫君フランツ・ヨーゼフの肖像画がこの著作の読後に気になり始め、改めてその記憶を辿り直すことに。いずれにせよ、大いに目の保養になりました。
2020.01.19
コメント(0)

昨年暮れから左耳の調子がおかしくなっている亭主ですが、正月明けの週は多忙ですぐに病院に行くこともできず、週末は土曜日になってようやく近所のO耳鼻咽喉科を十数年ぶりに受診。まずは問診ということで、とりあえず「左耳で中低音の音が残響する感じで聴き辛い」、あるいは「プールで耳に水が入った後のような感じ」といった症状を手短に説明したところ、O先生は亭主の左右の耳の中を眺め、「鼓膜はしっかりしているね」と呟いた後、聴力検査を行おうということに。診察室の片隅にある2畳ほどの小部屋に入るよう促されました部屋に入ると、扉を閉める前にもかかわらず、すーっと雑音が小さくなり、無響室であることが分かります。検査は2通りで、通常のヘッドホンを使うものと、耳の後ろから額にかけてバネで挟み込む感じのヘッドギアを着装してのものがありました。後で調べたところ、後者は骨導聴力を調べるための装置のようです。(亭主は恐らく初体験。)いずれも「ピーピーピー」という音が聴こえたら手元のボタンを押す、というものですが、職場の健康診断と違うのは色々な音高の音でチェックされる、という点です。さて、かれこれ20分ぐらいかけて聴力検査が終わり、結果を出力した紙(オージオグラム)を見せてもらうことに。左耳の異常を訴える亭主を前に、O先生曰く「うーん、聴力という点では左右それほど差がないねぇ…」。実際、オージオグラムを眺めると、どうやら250 Hzあたりから低周波側でグラフが下に折れ曲り、聴力が下がっているように見えますが、その傾向は左右同じです。亭主が「突発性難聴じゃないかというひともいますが…」とカマを掛けたものの、「突発性難聴が両方の耳で同時に出ることは滅多にないからなぁ」と思案顔。ところで亭主のオージオグラム、左右の耳いずれも高周波側はほとんど一定になっており、これも想定外だったようです。O先生は年齢別の平均的な聴力曲線が描かれた表を見せながら「普通ならこういう風に年齢が上がるほど高音側の聴力が落ちてくるので、これだと逆の傾向ですねぇ…」と益々首を捻ってしまいました。ちなみに、この時見せられたのと同じと思しき図に亭主の測定結果(赤線、うろ覚えですが)を模式的に重ねて描くとこのような感じです。(なんだか「耳年齢が若い!」と言われたようで、亭主の「耳自慢」がまたムクムクと頭をもたげることに…)というわけで、あまり明確な診断には至らなかったものの、とりあえず内耳の機能を回復させるための薬というものをいくつか処方して頂くということで診察室を後にしました。その足で処方箋を手に薬局に出向いたところ、渡された薬は3種類(説明書きにATP錠、カリジノゲナーゼ錠、およびビタミンB12錠とあり)。このうちATPというのはアデノシン3リン酸とのことで、高校の生物で出て来たこと(エネルギー代謝の鍵になる物質と教わったような…)を懐かしく思い出すとともに、それが薬として使われていることにびっくり。それにしても、風邪などで寝込んでいる時ならとにかく、(耳以外は)普通に過ごしている状態で、1日3回食後に薬を服用するというのは恐らく初めての経験で、なんだか急に「老人」になったような心境です。ところで、翌日の午前、亭主はなんと映画館に出向いて「スターウォーズ・エピソード9」を鑑賞することになりました。この映画、もちろんあの長大なシリーズの完結編ということで興味もありましたが、それに加えて近所のシネコンではIMAXデジタルシアターという3次元立体映像版で鑑賞できるとわかり、最新の映像技術がどうなっているか見てみようということで、連休も口実にして急遽出かけることに。ところが、予告編に続いてIMAXの3Dデモ映像が流れ始めると、映像だけでなく音響(独立5チャンネル)の迫力についても宣伝が始まり、旅客機の離陸時の轟音が流れたあたりから何となく不安になり始めます。(…もしかして本編もものすごい大音響なんかなぁ…)そして、実際始まってみると、場面のあちこちで耳を圧する大音響の爆音や効果音が響き渡り、亭主は思わず耳の穴に指を詰めることもしばしば。2時間あまりの上映が終わって映画館を出た後、しばらくは何となく耳が遠くなった感じでした。(これぞ突発性難聴?!)もちろん、3D映像についてはなかなかのもので、近景では数メートルを軽く超える奥行きが感じられます。(偏光メガネも大きめで、亭主のようにもともと掛けている度付きメガネの上から掛けてもほとんど違和感がありません。)なお欲を言えば、映像の精細度は2K相当ということで、映画館の大画面では若干不足している感じもします。というわけで、こうなったら(連れ合い曰く)IMAXレーザー/GTテクノロジーで観るしかない!ということに。このシステム、日本では東京と大阪2カ所にあるだけだそうですが、今度は耳栓を忘れないようにせねば…
2020.01.13
コメント(0)

昨年末、訳あって自宅書棚で洋書が集まっている棚(主に一般向けの科学本、例えばS.ホーキングの著作などがある)をかき回していたところ、大学初年に英語の授業で使った教材テキストがポロッと出てきました。「The Ascent of Man(注)」と題されたこのテキスト、ジェイコブ・ブロノウスキーの著作(1973)からその第8章「The Drive for Power」および第9章「The Ladder of Creation」を抜き出し、読解に必要な注解をつけたものです。前者は18世紀後半に始まった「産業革命」、後者は19世紀中頃に世に出た「進化論」に関わる歴史を著者独自の視点から解説したもので、理系の学生向けの内容として面白く読んだ記憶があります(当時の語学の授業の中では例外中の例外、そのせいでとってあった?)。とはいえ、流石に40年以上前で中身の記憶はほぼ失せていたこともあり、ページを繰り始めたところやはり面白くて一気に読んでしまいました。取り上げられた2章のうち、このところ亭主がよく聴く18世紀後半の音楽という観点から特に面白かったのが第8章です。いうまでもなく、この時代の音楽のクライアントは、当時没落しつつも依然として支配階級だった王侯貴族(封建制度と血統の申し子達)が中心。そのため、音楽家の活動の舞台である宮中のことばかりに気をとられがちです。が、ブロノウスキーによれば、その外側で「3つの革命」が進行していました。すなわちフランス革命、アメリカ独立戦争(「アメリカ革命」)、そして産業革命です。このうち前二者は政治革命として世界史的にもよくスポットが当たりますが、イギリスを中心に起きた産業革命がこれらと同列に語られることはまずないと思われます。ところがブロノウスキーは、この3つが実際にはいずれも「社会革命」であった、という統一的視点から産業革命を論じています。(ある種の唯物史観的な見方とも言えます。)ブロノウスキーによれば、産業革命は(他の2つに習えば)「イギリス革命」と呼ばれるべきだと言います。何故ならそれが実際「イギリス的な」革命だったからで、ここでイギリス的とは「田舎=農村」に根ざしていたことを意味しています。具体的には、当時の主要な産業だった毛織物工業など(主に農村部で行われていた)の効率化が革命の実態であり、それが水車などの動力、運河掘削による輸送(いずれも農村部・田舎のインフラ)の効率化、ひいては蒸気エンジンの発明とその輸送への応用(蒸気機関車による鉄道輸送)によってもたらされたからです。ところで、この章のタイトル「The Drive for Power」出てくる「パワー」こそは、当時の時代精神を読み解くキーワードであるとブロノウスキーは言います。教材の注解者である橋口稔氏は、このタイトルを「動力を求めて」と訳していますが、時代精神という文脈では動力を「エネルギー」と言い換えた方が適切でしょう。何故なら、18世紀は「自然の中にある巨大なエネルギーを発見した世紀」だったから、というわけです。当時から知られていたエネルギー源としては風力、太陽光、水力、蒸気力、石炭火力などが挙げられますが、ちょうどこの頃になって科学者(今日的には技術者)はこれら「モノを動かす力(Power)」が持つ様々な姿の背後に何か一つの実態がある、という物理的洞察に到達します。それが「エネルギー」という概念です。特に重要だったのが「『熱』もエネルギーの一形態である」という発見でした。(多少専門的に言い換えると、「エネルギーは(姿を変えつつも)保存する」という洞察で、熱力学第1法則とも呼ばれています。)そしてこの「エネルギーの発見」は、科学や技術といった領域を超えて、広く人間活動の諸相に大きなインパクトを与えます。例えば文学の世界で起きたロマン主義。文学者が何故産業に興味を持ったかって?そうではなく、エネルギーの発見が「自然の見方」についての革命でもあったからです。それまでは「自然」とはそれ自体をありのままに受け入れるものでした。新しい見方では、自然は無限のエネルギー源、そこからエネルギーを取り出し、変換させる対象となったというわけです。同じ頃、エネルギーの担い手としての自然を象徴するものとして「嵐(storm)」という言葉がもてはやされました。ドイツでは文学の革新運動「シュトゥルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)」(sturm=疾風)にも使われます。音楽においても、ハイドンはその影響をもろに受けたと思われ、先行するエマニュエル・バッハの「多感様式」もこの時代精神を反映したものと見ることができます。さらに(世紀を跨いで)、この新しい自然観は「人間」そのものにも向けられます。人間自身もこのエネルギーの担い手である、という見方です。つまり、なりたい自分になるためのエネルギー、人を色々な束縛から解放するためのエネルギーであり、まさにロマン主義の中心にある人間観(?)のように見えます。これはとりもなおさず、当時成長しつつあった産業の担い手である商工業者、封建制度や血統に頼らず、自らの知恵と努力で富を築く「市民」階級にフィットする人間観でもあります。(人間中心主義、という点ではルネサンスに通じるものがあり、そこで「人間」に対置されるものは「神」でしたが、こちらではそれが「アンシャン・レジーム」に置き換わった、というわけです。)これら18世紀末〜19世紀初の背景の中でベートーヴェン(今年は生誕250年)の人となりや音楽を眺めれば、それが何故あれほどの大喝采をもって迎えられたかがよくわかる気がします。これまで亭主は、ロマン主義をそれに先行する啓蒙主義・理性主義に対する反動、という見方しかしていませんでしたが、それが「『エネルギー』の発見がもたらした新しい自然観・人間観」に由来する、というブロノウスキーの見方は説得力があり、今更ながら大いに感心した次第。ふり返れば21世紀も既に20年。我が時代精神を表すキーワードは何だろう、と正月ボケの頭で思いを巡らすこと頻りです。(なお、ネットで検索したところ、彼の著作の元になったBBCの番組ビデオがYouTubeに落ちていたので、対応する部分[第7話]のリンクを以下に置きます。) https://www.dailymotion.com/video/x206z0e(注)このタイトル、C. ダーウィンの最後の著作「The Decent of Man(人間の由来)」(1871)のそれをモジったものと思われます。
2020.01.05
コメント(0)

新年明けましておめでとうございます今年もまた古楽への旅が多くの楽しみや出会いをもたらしてくれますように
2020.01.01
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1


![]()