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今日は朝から曇り空段々秋の気配がする僕はパパに僕ももう3歳と8ヶ月人間の年では30歳少しは成長したのか聞いて見たパパはリュウはリュウなりにすごく成長したと思うよ、だけど成長はこれでいいというものは無いの年齢に応じた成長が必要であると言われた。パパも若いころ叔父さんから、年齢にあった勉強が必要であるといわれてきた。何でもかまわない常に学ぶ姿勢が大事であると教えられたみたいである「明日死ぬつもりで今日に生きよ永遠に生きるつもりで今日に学べ」1日1日を大切にそして常に学ぶことが大事であると教えられたみたいである。人間的成長とわ、成長の個人差が大きいだけに自己宣言も内容を出来るだけ具体的でなければならない。将来こういう人になりたい、と思っている人間のイメージを心に描きその望みが実現することを確信して努力すれば、必ずその目標を達成できる人間はそれだけの力が備わっているからである成長についての一般的な実例を紹介するこの宣言のあと皆さんの独自の自己宣言を続けるようにすればいいのである1.日ごとに、そして全ての面で、私は向上の一途 をたどっている。2.今日の私は昨日の私と違う。だから、行動も 当然違う。私は毎日成長している。3.私は、自分の人間としての限界、能力の不足 迷い、劣等感などの有無について、考えた ことすらない。4.私には、人生がこれまで思いも及ばなかったほど 多様であり、意義深いものであることが分かりかけてきた いまや日々、目が覚める思いがしている5.私は、生きることに野望を燃やし、夢を描き、 好奇心をそそられているので、いつも生き生き はつらつとしている。6.私は精神生活は知、情、意のバランスが良く 取れている。その上、素晴らしい勢いで昨日から 今日へ、今日から明日へと成長を続けている だから、人生を非常に広い視野とゆとりのある 気持ちで見つめられる。自己宣言には様々なことが人それぞれにあると思う僕はパパにパパの自己宣言は何かと聴いてみたパパは「第一に人生不可能は無い」もしあるとすれば自分自身の心に負けたときであり自分自身が不可能にしている。第二に全てのこと出来るという気持ちで対処する出来るだろうか出来ないだろうかの気持ちでは何事も出来ないのである。第三に駄目からスタートである、駄目と諦めたら本当に駄目になる、駄目と言われてから物事は進展する。パパは何時もこの3点を自己宣言してると僕に教えてくれた。
2007.10.31
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何処のワン公もとても遊びが好きである成犬になっても、人間に遊んでもらえることをすごく喜ぶものである野生の時代から、犬達は遊びを通して、お互いの意志の伝え方を勉強したり、本気で噛む事抑制した噛みかたの違いを覚えたり危険回避の方法や平衡感覚など様々なことを学んでいる。僕リードをつけてもらうとすごく嬉しい散歩にいけるからである。リードなしでパパが出口でリュウおいでといわれても僕は玄関の前から動かない僕は外の扉が開いていても外には出ることは無いリードをつけてもらうと外にも出ることにしてる僕はパパの言葉は理解してる毎日僕はパパとスキンシップの対話をしてる。僕に何時も頭やお腹を触りリュウ今日はすごくお腹の調子が良いよ、と言って「大丈夫、」と云ってくれるワン公は飼い主の態度や声の調子でその意味を理解する「いい子」や「えらいね」という言葉も飼い主が喜んで姿を見てホメ言葉だと理解する。僕のパパは態度で今日はイライラしてる又声で今日のパパはストレスが溜まっているとすぐわかる機嫌のいいときはパパが裏でタバコを吸っているときに僕はピコピコを咥えてパパの処に持っていくパパはピコピコを投げて僕と遊んでくれる今日はパパはすごく機嫌がいい、税務署も行き嫌な事が一件落着したからかも知れない久しぶりに学校のグランドで遊んだ、色々とパパと遊ぶことが出来て僕もストレスが発散できた見も心もいい気分である
2007.10.30
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先月車のメーカーから部品交換のはがきが来たパパの車は別に悪くは無いが、全国的に同車種の無料部品交換になっている長く乗ると油漏れが発生するかも知れないとのことである。さすがに一流会社は悪くならないうちに手を打っているようである。部品交換に4時間はかかるとのこと、パパは代車を借りることにした。まだ6000Kmの新車である今思えば3年前車を買い替えに行った時すごいモデルチェンジで若者が乗る車に見えたので買い替えをやめた経緯がある今の代車がその時の車である。見慣れてみればさほど抵抗は無いと今頃パパは云っていた。チャンスの神様がどこかに逃げていったのでもう駄目である。まだパパの車は十分乗れるけど次に買いたい車を物色したようである。パパはカタログを見て最近の車の性能に驚いていた値段もかなり高価である。宝くじに挑戦して必ず新車を購入したいと云っていた永遠に新車は来ないかも知れないと僕は思っただってパパは籤運が悪いもんね
2007.10.29
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今日はパパは朝寝坊、ワンワン美容室に僕が行く日である。美容室のお姉さんに起されたみたいである。寝ぼけずらで出てきて僕を美容室のお姉さんに預けた。最近はパパが忙しくて僕のシャンプは2ヶ月ぶりである。毛皮も冬に取替え中ですごく抜け毛が沢山あるとお姉さんが云っていた。美容室からかえるとパパが「リュウスリムになったね」といわれた。僕が気持ちよく昼寝をしてるとお隣のサクラちゃんが遊びに来てくれた。サクラちゃんはまだ1歳と2ヶ月ヨチヨチ歩きである。サクラちゃんはお婆ちゃんのところに来ると必ず僕の所に来てくれる。ママさんが連れてくるのである僕はリボンちゃんが来た時もすごく嬉しい、最近リボンちゃんはこなくなった、その代わりにサクラちゃんが来てくれる。サクラちゃんはまだ言葉がハッキリしないだけど僕にはサクラちゃんが何を言おうとしてるのかは解る。「リュウちゃん、サクラねママから歯磨きしてもらうのリュウちゃんは歯は磨かないの?」「サクラちゃんはえらいね僕はまだ磨いたことが無いの、お医者さんがパパに磨くように云ってたみたいだけどね」「サクラはねママが磨いてくれるの」「リュウチャンもパパから磨いて貰うと良いよ」「リュウちゃんあん~して、サクラが虫歯を見てあげる」「リュウチャンもっと大きくお口を開けてね」「サクラちゃんこれくらいで我慢してね」「リュウチャンは虫歯なしよかったね」「サクラちゃんありがとう」「リュウちゃんご褒美にサクラがナデナデしてあげるね」「サクラちゃんは優しいいい子だね」「リュウチャンも大人しくていい子だよ」「有り難うサクラちゃん」サクラちゃんが帰るときパパがサクラちゃんのママさんに注意をしていた。サクラちゃんはワン公が大好きみたいだけどリュウみたいなワン公は余りいないから気をつけてね。小さなワン公でもあまがみしたつもりでも歯が鋭いから怪我をするからね。まだ怖いもの知らずのサクラちゃんのことを心配してパパがママさんに云ってたようである僕は小さい時からパパからムダ吠えしないように噛み付かないようにと厳しく躾けられた。だから、僕は人が来たことを知らせるために吠えるが、パパが出てきたら吠えることは無いまだパパから何時もリュウ噛んではいけないよ舐め舐めしなさいと教えられてきただから舐め舐めは良くする。今日はシャンプをしたせいか、身も心もすごく気持ちのいい1日でした
2007.10.28
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今日は朝からすごく天気がいいパパは久しぶりに中国語の勉強に出かけて行った中国語講座も休みがちだから先生から質問されてもチンピンカンプンである、まさに落ちこぼれ。今日はテレサテンの「月亮代表我的心」の歌を習った。テレサテンの歌で中国ではすごく流行っていた歌である。歌の練習の後は太極拳、これも又パパが一番出来が悪い先生は中国留学生で4年生だから後僅かなので一生懸命に教えてくれているが習う生徒は劣等性ばかりパパが一番覚えが悪いと言われたみたいである。今日は天気が良いので久方ぶりにパパとピコピコで遊んだ僕はすごく嬉しかった。ピコピコをパパの所にもっていくとリュウはすごく大人になったね小さい時は咥えたまま離さ無かったのにねと小さい時のことを話してくれた僕もパパのところに来てもう3年と7ヶ月になる早いものであるピコピコを持つ手来るとおやつをくれた珍しいことである待てといわれ僕はおやつを食べることなく待っていたなかなか良しといわない、これも訓練なのかもしれない僕は朝の食べ残しのカリカリを食べなさいといわれた、何時も僕が食べ終わるまでパパは見てくれているが今日はえさをおいたままパパは出かけて行った、いつもパパがいないときは僕はカリカリは食べないでいる。パパから叱られるけど、パパがいないと食欲が出ないみたいである。僕に対する躾はすごく厳しいだけど僕が病気の時はすごく優しく介抱してくれる、寝らづに看病してくれたことが多い僕が一番苦しい時の優しさや親切は忘れることは出来ない人間の世界でも、一番困った時に受けた恩は決して忘れることはないと思う、今の世は他人のことを思いやる心はだんだん遠のいている今の社会では自分のことで精一杯かもしれないお金のあるときの1万円と飲まず食わずの時の1万円は価値が違う、僕は具合の悪いワン公や年老いたワン公にはすごくいたわってあげている。今は感謝の気持ちが薄れている時代かもしれない調子のいいときは感謝の気持ちも湧くこともあるが苦しい時や困った時には感謝の気持ちはなかなか湧かない。恨みつらみの生命となる苦しいとき辛いときに感謝の気持ちが湧くようになれば、その人の今後の人生は開けていくものであるとパパは僕に教えてくれた。パパが小学校1年生の時先生から給食の時に教えられた、すごく年配の先生である「箸とらば、あめつちみよの(天、地、御世)御恵み父母や師匠の恩を味わえ」頂きますと言って給食を食べていたと話してくれた。その先生はお年寄りで古い先生かも知れ無いが感謝の気持ちを教えてくれたようである。僕はパパと何時までも人生を歩いて見たいと思った。
2007.10.27
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世の中にチャンスに恵まれないと感じている人は少なくない。チャンスがあれば自分もひとかどのことが出来るはずだ。そう思っている人は、ピンチも無ければチャンスも巡ってこない。そういう人は自分からチャンスを掴みに行けばいいのである。チャンスは待って来る場合もある、どんな人にも最低3度のチャンスは訪れる。バッチリ掴む人もいれば見過ごしてしまう人もいる浅野財閥の創始者浅野総一郎は医者の家系に生まれながら、当時の豪商銭屋五兵衛に憧れ商売を始める、全てことごとく失敗、18歳で豪農の婿養子になるも養家の資力を元手に再び事業を起こすも失敗するついに養家も追い出される始末である借金取りの追いかけられながら行商をして糊口をしのいだ。それでも彼は諦めること無く商売を次々に手がけていくうちに当時の経済界の第一人者渋谷栄一の知遇を得るようになる。これをきっかけに以後手がける事業はことごとくあたりとうとう財閥を形成するまでになった下手な鉄砲も数うちゃ当たるの典型だが浅野総一郎の偉いところは、どんなに失敗しても「もう駄目だ」と諦めたりはしなかった彼の信条からその秘密を教えてくれる「チャンスは寝て待て?そんなものはウソっぱちだチャンスは水の上を流れているのだ。命がけで飛び込んでそれを捕まえてこなくちゃ手に入るもんか」やるきゃないの精神である。こういうタイプの人間は人生の浮き沈みがはげしい。またチャンスが寝ていてくることもあるだが積極的に掴みに行く人の方がよりチャンスに恵まれるのは事実である「しかしやって失敗したら?」そう考える人はチャンスとは無縁と諦めたほうがいい。僕のパパも一連の行事と青島歌舞団の招聘ですごく福沢さんが逃げていった。僕は心配になりパパ大丈夫と聞いてみたパパはにっこり笑って「逃げた福沢さんがお友達を連れて帰ってくるよリュウ心配しなくてもいいよ」といわれたパパは必ずピンチをチャンスに変える事を信じており決して諦めはしない「必ず帰ってくる」その強い一念がチャンスのリズムに代わるようである「駄目と諦めればその時点から駄目になる」今日パパにはチャンスの神様が尋ねて来た様に僕は思えた。
2007.10.26
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色々な行事が重なりパパは久しぶりに水墨画教室に行った。ココ3ヶ月はお休みしていたので、基本をすっかり忘れている。先生から来年は少し性根を入れていい作品を書いてくださいと言われたようである。今年は間に合わせに文化祭に出品したパパ自身も駄目な作品と思っている周りの人も口には出さないけど最低ねと思っているに違いない。僕が見ても最低である、僕もパパに来年は頑張ってねと伝えた。今は来年こそと思っているみたいだけど果たして、どうなることやら。来年は山水画を書く予定である今日は色々とためしに教室で書いたようである、パパは出来が悪いが描くのは早い1時間で書上げたようである。リュウ今日は真面目に描いたよ」と言って僕に見せてくれた色々テストしてるから、出来栄えは悪いよとまずは言い訳から講釈が始まった。僕はこの水墨画を見てパパは山水画を描くと云ってるけど、パパには山水画は無理と思った掛け軸にするにはかなりの動力が必要であるキット来年も忙しいからと言って間に合わせの作品を出すように思えてならない今年もパパには行事も残っているそれに確定申告の書類も市と県から送られてきているパパにとっては頭のいたいことばかりである。今年はパパは余りいいことは無かったみたいである来年こそはの気持ちは解るが目の前の諸問題を解決してもらいたいものである
2007.10.25
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今日もすごく天気がいいパパは相変わらずバタバタしてる。朝から市役所に青島歌舞団表敬訪問のお礼と、写真を差し上げる為である。市民センターでの青島歌舞団歓迎の夕べの写真集はぜろなおさんの作品である素晴らしい素晴らしいの連発であった秘書の人たちは歌舞団を見るのは始めてでありそう美しさにしばらく写真を観ていた。パパは色々といそがしそうである、僕から見るとゆっくりすることが苦手のようである、病院から帰ってやっと僕の散歩である門の前でパパの来るのをしばらく待ったすごく動作が遅い、何時もモタモタしてる待つ僕は堪った物ではない久しぶりのパパとの散歩も落ち着きが無い何故かと尋ねると17:30からBBIQの人にお願いがあると云っていた。そういえば昨日遅くまでBBIQの人に長い時間尋ねていた。BBIQを接続してる人は無料でセキュリティソフトが使用できることをパソコンの先生から聞いたみたいだから早速BBIQの担当者に電話をしたようであるインターネット接続はパパの息子がしてくれただけど電子メールの接続は済んでいないその前にパソコンにあるセキュリティをアンインストールしなければいけない、新しく買ったDellはNortonが入っている、アンインストールの方法はパソコンの先生から習ったばかり、帳面を見ながら何とかアンインストールにこぎつけた、だけどすごく時間がかかる、BBIQ人はすごく待ってくれているパパはBBIQの人に申し訳ないと思い携帯電話をきることにした。すでに30分は過ぎている電話を切ったときにアンインストールは完了した再度BBIQに電話、先の職員の人は他の人ととの応対である、別の人が出てくれたまずは電子メールの接続である、DellではOutlook Expressでの接続が難しいのでWindosメールで接続をすることにしたすでに20時は過ぎている、受信は出来るが自分宛にテスト送信するも受信は出来ないパパはビスター初めてで操作もわからない21時を過ぎても受信が出来ないBBIQのお尋ね時間は21時までである担当の方は丁寧に親切に何度も何度も繰り返し繰り返し設定のミスを探してくれた入力ミスは何もない、22時Dellの機能と操作ミスが原因であることがわかり無事にテストが成功した、何と3時間の長時間BBIQの職員の方は駄目パパに時間を費やしたのである。すごく親切に教えていただきパパはすごく感謝していたそして今日が問題のBBIQトータルセキュリティダウンロード・インストールとなったのであるだから一番混まない時間帯は17:30~18:30と聞いていたので、僕の散歩もほどほどにお家に帰ったのである。17:40BBIQに電話、今日の担当は若い女性であるパパはダウンロードとインストールの仕方をお願いした、電話の応対でパパが全くパソコンが出来ないことを察知していただきすごく丁寧に、親切に教えていただいた、無事にBBIQの皆様のおかげでマカフィー・セキュリティがインストールできたのである僕から見てもなかなか理解できないパパを手を取り足をとりしながら教えていただいたBBIQの職員の皆様にパパに代わりまして厚く御礼申しあげますありがとう御座いましたリュウより
2007.10.24
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毎年恒例の市民センター文化祭が各地で開催される芸能と作品展示会多くの人が集まってくる年1回の文化祭を目標に色々な作品が展示される僕のパパは水墨画、だけど忙しさを理由に作品は全く駄目である、2~3日前に書いた作品良い訳が無い、僕はすごく恥ずかしい思いをしているお友達の皆さんがパパの体のことをすごく心配していただき、パパはすごく感謝しています今日はどうか水墨画でお楽しみくださいね講師水元先生の作品 昨年は毎日新聞より記事が掲載されました最年長者の作品3年目水墨画を始めて3年目すごく上達した一人です真面目に取り組んでいます2年目の作品雀を描かせれば水墨画教室のNO1です水墨画は生涯の励みそれに手芸は天下一品一芸に達した人は何をしても最高の技術者である、2年目の作品水墨画教室の優等生僕のパパの山水画やはり下手糞である。この作品は時間が無いので1時間30分の作品下書きなしのぶっけ本番やはりいいものはかけないとパパの嘆き節、あ~あ最悪色紙に書いた作品色紙に書いた作品2色紙に書いた作品3皆さんの作品集、1年間の成果発表本当に素晴らしい作品ばかり水墨画はすごく深みがありまだ先生のお手本が無いとかけない状態です、お手本なしでかけるようになるにはまだまだ時間がかかりそうです。
2007.10.23
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10月20日~21日市民センターの文化祭20日は各部門の作品展示見学会21日は芸能大会である。僕のパパはナンチャオ合唱団として出演する展示コナーでは水墨画と中国研修旅行の写真展である。水墨画は今年のパパは全く駄目ただ写真コーナーはかなり人気があった大連研修旅行・上海,蘇州研修旅行・北京研修旅行・青島研修旅行と初めて中国を見る人はすごく感銘したらしい今回はパパ達は太極拳は出ないようであるなかなか覚えが悪く先生もサジを投げている市民センターの講座に太極拳があるもう2~3年は続いている。演技を見て本当に素晴らしいとパパは云っていた。中国では朝早く色々な公園で太極拳をしている、体にすごく良く、美容と健康それに病気をしないという利点があるらしいパパは習って3ヶ月になるが全然駄目僕のパパはないをしても駄目みたい。今週間では青島歌舞団の招聘後始末色々なところにお礼のあいさつ回り来週からはパパものんびり出来ると思うがパパのことだからのんびりするひまが無いかも知れない。「貧乏暇無し」この性格は変わらないと僕は思う、
2007.10.22
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10月20日~21日は恒例の市民センター文化祭である。パパの町の市民センターは開設10周年記念文化祭である。区内のどの市民センターも文化祭が開催されるパパの住んでる市民センターの文化祭が最高だと、来賓の方が云っていたパパはこの文化祭に水墨画を出品する、だけど今年はパパは多忙のため山水画の掛け軸は描くことが出来ず、僕から見ても全く駄目な作品である。パパも出来の悪い作品と自覚しているみたいで「リュウ今年は来なくていいよ」といわれた。僕から見ても恥ずかしい作品である、物怖じしないことはいいことかもしれないが、僕は恥ずかしくて明日からの散歩も気が引ける。パパは先生に申し訳ないからオリンピックの精神といっていたが、今のオリンピックは金メタルを取らないと駄目である。時代のさをしみじみ感じた。パパはこの文化祭で8月盆明けから今日までの一切の行事は終わる、足掛け3ヶ月本当にご苦労様これでパパも少しは肥えるえることかもしれない青島歌舞団の残務整理が残っているが色々なことでゴルフの会員権を売り対処してるようであるパパは僕に会「員権のお金も綺麗に無くなったこれで本来のパパになったね」と笑っていたパパはゼロからが勝負である、何とかなると僕は思った。ピンチをチャンスに明日からのパパに期待したいと思う、パパ長い期間本当にご苦労様でしたリュウよりパパへ
2007.10.21
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今日は僕の町に青島歌舞団がくる、市民センターのホールで歓迎の夕べが開催される。テーブルは5テーブル参加者はナンチャオメンバー・中国留学生・各市民センターの館長それに地域の連合会長や区長等総勢60名の催しである。会場が狭いため60名が限度である18時~21時の歓迎会である今日は青島歌舞団と市民センター館長パパと通訳それに日中貿易の社長の9名が市役所並びに議会への表敬訪問である。15時からの表敬訪問市側は副市長(市長中国に出張)経済文化局長通訳それに秘書の皆さんである。市役所に到着すると担当者が出迎えてくれた。会見場にはNHKのテレビカメラとRKB毎日放送のテレビカメラが設置されていた。表敬訪問に出かける前に「リュウパパはすごくやせこけているからもしテレビ放送があればパパは写らないようにするからね」そういって出かけて行った。副市長や局長など関係者から、青島歌舞団に質問が沢山出たようである全て中国人の通訳である。パパには中国語はわからない。10月15日は青島市より副市長一行が、エコタウンの見学とリサイクル工場の見学に来た日でもある。まさに青島の関係者が北九州市に偶然にも集まったようである。市役所での表敬訪問を終えて議会副議長との表敬訪問である副議長室も会見用にセットされていた。全ての表敬訪問が終わるとNHKの報道関係者や新聞記者の色々な質問でパパの携帯は鳴りっ放しである。今日の18:10よりNHKの報道番組で放映されると市の職員の方がパパに話していたようである。18:00からはパパは青島歌舞団の歓迎の夕べの主催者であるテレビは見られない、キットパパは痩せこけた顔は見たくないかも知れないと僕は思った。オープニングはジュニアエアロビックである少年少女の代表が中国語で歓迎の挨拶をした。歌舞団の皆さんはすごく感激していた。青島歌舞団は北九州は初めてでありまして一校区の市民センターでの公演は歌舞団の歴史において始めての事であると僕は思った関係者のご尽力の賜物である。参加した人たちはすごく感動してるようである。胡弓の演奏に参加はまさに夢ごこち聞きほれていたようこそ青島の歌舞団の皆様有り難うと参加した人は思っているに違いないまさに興奮の渦の中青島歌舞団の演技は終わりフイナーレはフラダンスで幕を閉じた。公演中は携帯の電源を切っていたが21時に電源を入れるとお友達から、テレビを見たよ、すごく痩せたね、大丈夫とか、カメラの角度のせいか、僕のパパが一番長く写っていたようである。家に帰ってもパパはだんまり、むすっとしていたリボンちゃんから「テレビみたよ」との電話で初めてほほ笑んだ。
2007.10.20
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青島歌舞団を迎えて2日目である、昨晩はすごくパパの帰りが遅かった。歌舞団の人たちに食事の世話、中国人は何が好きなのか、パパには解らない通訳の話だと寿司や肉も食べるとのことパパの苦労の始まりである。当初歌舞団は9名の来日であったが10月15日中国では「全人代」すなわち中国の国会が北京で開催されるしたがって各地方で行事が開催され歌舞団も公演に参加であるそのために5名の来日となったのである歌舞団員はすべて公務員であり政府の行事は最優先である。なかなかピザが下りなかったのもこの影響かもしれない今日は歌舞団の公演は13:40~14:40の一時間である。この事を知ってか会場には多くの人が集まってきた。 歌舞団の公演前に会場は満杯となった 市消防局のフラワーガールの皆さん 長崎街道を武士が参勤交代で往来をする。武士に身を固め 街をパレード。(八幡宮~会場までのパレード) 青島歌舞団の演技13:40~14:40 歌舞団の演技(中国では長い器からお茶を注いでくれる) 胡弓(中国では胡琴 huqin といいニコとも言われる) 歌舞団の演技(華麗なる舞い) 歌舞団の演技(2人の演技)15:00に演技は終わり歌舞団の皆さんは買い物に行きたいとの申し出があり、17:30まで買い物となった。やはり内外を問わず女性は買い物が大好きみたいである18:00よりナンチャオ主催の歓迎会である、だからこの日はパパは車を乗らずに、送迎もお酒を飲まない人が担当をした海鮮料理と野菜料理、パパたちはビールを口にしたが歌舞団の皆さんはウーロン茶であった。料理もすごく美味しそうで、パパは安堵した。会話も弾み、すごく友好的であったが、何せパパの中国語は全く相手に通じず「不明白、不明白」であるパパは全員の名前だけは教えていただきどうにかいえるようになった。いまさらながら中国語の難しさが身にしみたようである。楽しい雰囲気の中21:00に歓迎会は終わった
2007.10.19
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ORIENT FERRYにて青島歌舞団が来日いよいよ8日間の舞姫たちの演技が始まる。外国人の入国手続きはかなりの時間を要するパパは10時に歌舞団を迎えにいった。幸いにも問題は無く入国手続きも終わりそのまま公演会場に向かった16時30分オープニング開始、15時30よりリハーサルの開始である。休むは間も無く練習開始、演技はポログラムの関係上19時40分開始であった開始にはもう多くの人たちが見物に来ている、やはり歌舞団人気はすごいものがある。広島から遊びに来ていた人も歌舞団の公演があることを知り2日間延長したと話していた。初日は30分の公演明日は60分の公演である今日はオープニング公演明日からが本格的な公演である。13日を皮切れにパパはすごく疲れるであろうと僕は思った。公演会場への送迎、それに食事のお世話日本で言えば宝塚の歌劇団のお世話をするようなものである。中国では演技者は全て国家資格を持ち公務員である。僕は今日からパパの激闘が始まる事と思った。
2007.10.18
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13日青島から歌舞団がORIENT FERRYで入港した。パパは迎えに下関港に朝早く出かけた、いよいよ青島歌舞団の来日である。僕はパパに早くブログのお友達にお礼を言わなければいけないよと注意したパパはすごくやせこけている、今日は病院に行くので、代わりの人にお願いしたようである。パパに代わって僕(リュウ)からお友達の皆様にパパの事を心配していただいた皆様に厚く御礼申し上げます。歌舞団も18日から伊万里市での公演20日~21日はJR小倉駅での公演であるだからパパが青島歌舞団の公演の模様をお友達の皆様に報告をすると言っていましたパパの睡眠時間4時間すごくやせこけていますだから今しばらく待っててくださいね色々心配をしていただき有り難う御座いました。もう2時ですおやすみなさい
2007.10.16
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北京大使館より査証が下りず、最後の1日となった。もし今日査証が下りなければ青島歌舞団の招聘は駄目である。パパは僕に「リュウ大丈夫だよ、絶対に大丈夫だよ」と何度も何度も僕に言った。パパの心中を察すると、僕は何と言っていいのか解らなかった。10日パパはこの日に北京大使館が許可しなければ、全て無になる、最後の5分間まで諦めてはいけないよと僕に言うより自分自身に投げかけていた。午前11時パパに電話がかかってきた無事に査証の許可が下りたとの事である乗船まで20時間前、まさに奇跡に近い査証許可である。もしパパが諦めていたら最後の北京大使館へのFAXの内容も心を打つ文面にはならなかったかもしれない絶対に許可が下りる、何としても許可してもらいたいとの強い一念が北京大使館に通じたと思われるその陰には青島の社長さんの働きが最大である周りの多くの人の働きで査証が下りたのである。僕はパパから何時も「全て駄目からがスタート」「この世に不可能は無いもし不可能があるとするならば、自分自身の心に負けたときである」「パパは僕に願って心の師となるとも心を師としていけない」「人生は勝つか負けるかである、一番難しいのは自分に勝つことである」「人に勝つより自分に勝てといわれた言葉が胸にしむ」柔らの一節である。いよいよ明日は青島から歌舞団を乗せて7万9千トンの客船が港に接岸するパパは迎えに行くとの事、キットパパの心は晴れ晴れとしてると思われる。ゲッタイピンチを乗り越えた清清しい気持ちで・・・お友達のみなさん、訪問も出来ず、ご返事も出来ませんが、パパを許してね、パパも初めての経験まして、名もない一ボランティア団体の招聘、北京大使館もすごく許可に迷った事かと思います。市や県の招聘が普通の中小さな町のボランティア団体、まさに町にとっては快挙かも知れないと僕は思った
2007.10.12
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昨日は午後からすごい雨、だから僕は散歩は出来なかった。パパに緊急連絡が入り青島歌舞団の査証許可が中国大使館よりおりてないとの事。今日1日で査証許可が下りないと全ての行事は駄目である。パパにとっては最大のピンチである昨日17:30に寛大な措置をお願いするように北京大使館にFAXを送った。幸いに日本と中国には1時間の時差がある中国では16:30である。今日10日大使館が決定してくれる。今日もし許可が下りなければ全て白紙であるあさ市より表敬訪問の時間帯が連絡がありまさに数時間の勝負である。僕のパパは今まで駄目からスタートと言って、今まで生きてきたが外国との交渉は始めてであり、まさに最大のピンチであると思う。歌舞団招聘も市や県の公機関で来日していたが今回は名も無い一ボランティア団体の招聘である常識的に見て無理な話である、だが招聘にはいろんな人が働きかけて頂いており、僅かな望みを捨てないでパパは今日の17時まで待つようであるパパにとっては長い長い1日になりそうであるパパは僕に「リュウ何事も諦めてはいけないよ1パーセントでも望みがあれば必ずできる」「もし諦めたならその時点でゲームセットである」「パパは絶対に大丈夫の一念で待っている人生に不可能は無いからね」そう僕に言ってパパは出かけていった。
2007.10.10
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昨日パパは早くからボタンちゃんの運動会に行くために、出かけていった。色々な打ち合わせが山積みしているがボタンちゃん3歳の始めての運動会全ての行事をキャンセルして出かけたようである。ボタンちゃんはすっかり運動会の準備も済み、パパの来るのを待っていたようである。ボタンちゃんの案内でお部屋を見せて貰った。おもちゃや、お人形さんで一杯である。誕生祝にパパが買ってあげた、おもちゃを指差しリュウのパパから買ってもらったと、皆に報告していた。ボタンちゃんは年少組、パパはボタンちゃんの写真を撮りに行ったが、みんな同じ顔に見えて、解らないらしい。やはり、父親か母親で無いと見分けは付きにくいとパパが言ったいた。来年はリボンちゃんも3歳になる年少組での運動会僕がパパに来年の運動会が同じ日だとパパはどっちに行くのか聞いて見た。パパはリボンちゃんは始めての運動会だからリボンちゃんの運動会に行くと云っていた年長組は最後の運動会、幼稚園も配慮をしてかすごく出場が多い、特に年長組全員のバンド演奏は見事であったさすが年長組、バトンフラワーもすごく楽しませてくれたパパは僕にパパの幼稚園時代の話をしてくれた。パパの幼稚園はお寺が経営していた、グランドも狭く運動会は出来なかったらしいパパはまだ4歳のころを懐かしむように、僕に運動会の様子をすごく嬉しそうに話してくれた。そして歌舞団招聘の打ち合わせに出かけていった本当に今年はすごく忙しいようである。僕としては、来年は少しゆっくりしてもらいたいものである。僕が散歩に行けない日が無いようにしてもらいたいものである。
2007.10.07
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青島歌舞劇院の人たちは10月12日に来日する。市に表敬訪問の日程調整でパパは市庁舎に行くことが多くなった僕のパパは芸能祭が終わったばかり今度は歌舞団の公演である、青島とは「資源再生」で青島と協力市は「環境首都」を目指して青島市と協力に9月下旬に調印したのである調印式では、民間企業の協定調印は複数あったが、青島市との自治体間は北九州市のみとなった。その青島から青島歌舞劇院の招聘である、まさにときに叶った招聘である。パパは青島市と協力調印したことは知らなかっただけど何時も時に叶ったことをする。9月29日もそうである日中国交正常化35周年の芸能祭の開催もその日が調印した日とは知らなかった、全て後で知ったのである。今回の表敬訪問も青島市と協力調印があつたので市の主な関係者が出席のため日程調整に市の多くの人が動いてくれている。名目はパパが招聘するようになっているが実務は青島の社長さんの働きである。表敬訪問の模様はテレビ、新聞で報道するらしい今日も国際交流の担当から電話があり参加者の名簿提出が依頼された。外国人の表敬訪問は通訳は行政側と訪問側が1名づつ出すようである。その点、僕のパパには青島大学出の留学生がいる、パパは二つ返事で了解である。僕が心配なのは万が一テレビに出るようだと骨に皮をかぶった顔つきであり、冴えない顔をしてる、パパが一番似合うのはホームレスルックである。だから僕がパパに何時もシャキットしたらと言うけどいっこうにシャキットしない、だから見せしめになるかもしれないと思った。僕はテレビカメラがパパを写さないことを祈るのみである。
2007.10.05
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今日はパパが出かけるので、パパとの散歩は出来なかった。青島歌舞芸術院の市庁舎表敬訪問の打ち合わせである。日中国交正常化35周年今年はますます中国との国際交流が盛んである。僕が住んでる市も青島市より強い要請があり、環境問題に力を貸して欲しいとの事である。電化製品のリサイクルを始め全ての環境問題に学びたいとの事である。青島市は人口800万人の大都市である。先日北京において支援友好都市として調印が交わされた。くしくもその青島市の歌舞団の公演であるパパと町の館長さんが青島歌舞団の市庁舎表敬訪問の要請に議会と市庁舎にお願いに行ったみたいであるパパは何も出来ないので全て館長さんにお願いしてる。館長さんはすごく人脈があり9月29日のナンチャオ芸能祭も多くの人が来てくれたのである。パワーの源泉の第4は人脈である、パパはなにも人脈は無いが一緒にいる館長さんは素晴らしい人で人脈も素晴らしい人が沢山いる。パパの町で青島歌舞団を迎え地域の有力者との日中交流歓迎会を開催するようである小さな一校区の市民センターに青島市の歌舞団を迎えることは前代未聞のことであるこれらも全て館長さんの人脈のおかげである。だからパパは館長さんの人脈のおかげでボランティア団体ナンチャオが地域でも認められる様になったのである。まさに関係性パワーである第5は報酬である。中国留学生を支援しながら留学生に色々とパパは助けてもらっている芸能祭も留学生の皆さんに来賓受付や場内整理に携わっていただいた。留学生会長は青島大学を卒業してパパの住んでる大学に留学している国際環境工学部・環境機械システム工学科で学んでいる。パパの市は環境都市としては日本一である、パパは市の環境問題のトップに人にお願いして青島市との環境問題にお手伝いできるようにお願いした。まさに時を得た依頼である。報酬とは相手に与えることである、これから先市の環境に対する仕事が出来れば留学生は最高の喜びである。関係性パワー(人脈)・報酬これらは全てその人の力となるのである。あの人は力がある人であるそれは1.お金 2.意思決定(決断力) 3.情報4.報酬 5.人脈これらの要素がある人は自分の欲求に応じて他人の行動に影響を与えたり他人の行動を決定する力を発揮できるのである。
2007.10.04
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今日はまだ夏が戻ってきたような暑さであるパパは朝から芸能祭の御礼周り、芸能祭が終わってもパパはまだ残務整理が残っている。今日で芸能祭は全て完了する明日からは青島歌舞団の招聘に忙しくなる。夕方ともなると涼しくなっていた。僕は久しぶりのパパとの散歩ですごく嬉しかった。パパはまだ、首が回らず、足もまだ良くなったいないので、歩くのがすごく遅い、休み休みの散歩である。疲れたのか持っていたリードを外した、僕は心配になり、歩くのをやめた。パパが歩くまで、待つことにした。首が回らないことは、お友達も知っているが、足が痛むことはパパは黙っている、心配をかけてはいけないと、配慮してるみたいである。パパは僕にリュウまた13日から忙しくなるから散歩も出来ないかも知れないねといわれた。青島歌舞団の公演が始まるのである。僕はパパの足が回復するまで、しばらく待った。パパは僕の顔を見ながらリュウは利巧なワン公に成長したね~と誉めてくれた。僕は何よりもパパから誉められることがすごく嬉しい今日は本当に楽しい散歩が出来た。パパ有り難う。
2007.10.02
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最近朝の散歩はパパはしない、首が回らないのと足が痛いからである。カイロのお医者さんから疲れが溜まっているので抵抗力が減退し、いろんなところに痛みが出るらしい9月29日芸能祭も終わり今日は臨席された来賓の処にお礼の挨拶周り。パパは首が回らないので車の運転はお友達がしていただいた。9月29日は国交を回復してから35周年29日が調印の日とは知らなかったらしい、後でわかりすごく感激していた。35年間に日中の経済は強く結びつき、今や貿易は日米間を越えている。100円ショップも全て中国製品、ワイシャツ、背広等、ほとんどが中国製品である。だが国民感情は悪化の一途をたどっている国民感情が悪いままだと、信頼性は生まれず猜疑心ばかりが先行する。それは2国間だけでなく、アジヤや世界にとってマイナスであり改善の努力を重ねなければならないと、メディアも報道している。パパは中国留学生を支援している、今や世界は中国を抜きにしては成り立たず、世界経済の中核になりつつある。留学生は将来中国においてあらゆる分野で活躍する人たちであり中国の国民感情を和らげ真の日本を理解していただくためにも支援と友好を深めることは、パパ達の使命と何時も僕に言っている留学生にたいする友好の輪は、必ずや近き将来祖国中国の人たちに伝わり日中の絆は深まっていくことであろうと・・・。中国の人は信義に厚く、恩は決して忘れない15億の民がいるから全部とは言わないが知識人は今や日本人よりも素晴らしい人が多くいるように感じられる。パパがしている支援活動は微々たる物であるがやがて燎原の火の如く中国全土に広がる事かもしれない。今日の挨拶回りで大成功の話で持ちきりであつたキットパパの苦労も報われたと僕は思ったパパご苦労様でした リュウより
2007.10.01
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