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せんだって、映画『ウォッチメン』(R-15)をウォッチした。 春休みの日中なんでシネコンは中高生でいっぱいだったけど、ウォッチメンのスクリーンはガラッガラだった。うんうん。 昨年は映画『ダークナイト』を語るのがブログのステータスみたいになってましたが、『ウォッチメン』みたいなすごいものがあるんだったらもう『ダークナイト』なんかジョーカー以外はどうでもいいなあ。 正義を名乗る者のうすきみわるい独善性、善人っつーものの怖さ、なんかそんなのが重苦しく問いかけてくるんですね。 『ダークナイト』もそうだったけど、アメコミのヒーローってのは全身タイツでコスプレした自警団でしかない。そんな手前勝手な連中がヒーローを気取って治安維持活動なんかしたら、ウザくてしょうがないっしょ。そんな世界の話。現実にヒーローがいたらこうなった。 日本の特撮ヒーローなんかとは立ち居地が違うからこんなどんよりした話が描けるのですね。日本の場合は同じ問題を違う描き方でやる。 ニクソンがいまだに大統領を続けている80年代冷戦下のアメリカ。 40年代は悪漢をぶんなぐって感謝されてたヒーローたちだけど、70年代になって仮面をかぶっての自警活動は条例で禁止される。私刑つまりリンチは違法だからね。ヒーロー禁止令だ。 そこでヒーローたちは引退して一般人として生活したり、国に雇われてベトナム戦争などに従事したり、商売で成功して大富豪になってたりする。ベトコンを虐殺するスーパーヒーローがすばらしい。 米ソ対立はいよいよ深刻化して、全面核戦争からの世界滅亡はもうすぐって感じの不安がひたひたしてる、そんなとき。 元ヒーローのひとりが殺される。 葬儀の時に顔を合わせた元ヒーローたちは、「ヒーロー狩り」の可能性を考え、互いに注意しようぜ的な目配せをして……。 こんな感じで始まるお話は、正義ってなあに、善悪ってどうちがうの、平和ってどういうこと、という、あんたらが考えたくもないようなテーマ(!)を、暴力、セックス、暴力セックス、トラウマ、血しぶき、千切れる身体、揺れるちんこ、折れる腕、飛び出す骨、あふれる血液、爆発、大爆発、ガラス片、肉片、人体片、もげる腕、折れる指など、過剰で甘美な暴力表現で語っていく。おっ立っちまいそうだぜ。 ヒーローたちはみんなトラウマを抱えてたり、変態だったり、狂人だったり、どいつもこいつもロクでもない。まあコスプレ自警団っすから。OPにあった、救急車に引きずり込まれそうになって抵抗する蛾みたいなヒーローが象徴的ですね。 音楽の使い方がイヤミで最高です。とくに「unforgettable」や「sound of silence」を流す選択なんか、アメリカの病みきった暗部をこれでもかと感じさせるじゃないですか。 んでまた、ていねいに撮影されたオープニングがすばらしい。古き良きアメリカが美しく描かれ(CGってのはこう使うのだよ)、時代が進むにしたがって、昔はそんな良かったのかわからなくなっていくのだ。今がアレってことは、むかし調子に乗ってイイと思ってたのがじつは間違いだったかもしれんのです。 9.11以降のアメリカ云々なんて話は『ダークナイト』ん時にもさんざん語られたんだけど、悪人を表に出さずに正義漢っつー存在にフォーカスした本作は、善意や善人の正義だけでも世界をゆがめられるんだねというテツガクを提示して、カンタンなカタルシスに落とさない。 顔を隠して正義の鉄槌を振り回しリンチによって悪を処刑する善人。 この人物像はアメリカさんそのものでもあるんだけど。 これっていまネットでよく見るタイプの人間ですよね。 ブログやミクシィ日記を焼いたり、冗談書き込みを通報したり、自警団を気取って実際に見回りしたり、監視カメラを増やすと犯罪がなくなると思ってたり。 善意でもって地獄への道を舗装する人たち。 そんな、ネット上の正義の味方の顔を隠した善人連中にこそ観て欲しい映画なんだけど、暴力表現が美しすぎることを理解できまい。感受性の豊かさを期待できないのが残念です。
2009.02.16
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(前の日記参照) とはいえ、人間は他人の痛みにはどこまでも鈍感なものだ。敏感になどなれない。 痛みってのは、自分の経験した痛みから推し量ることしかできない。 つまり、他人の痛みを知れったって、それは「バーチャルな」痛みなのだ。出た、バーチャル。 でも、そういうことでしょ。 「他人の痛みを知れ」というのは、自分が知ってる痛みからバーチャルに想像してみなさいというお説教ですよ。 そのくせ「いまの若者は他人の痛みを知らない」とかいう人って「バーチャル」なものを毛嫌いしたり、果てはゲームのせいにしたりしやがる。 そこで『ピクミン』『ワンダと巨像』なんですけど。 痛みが見える、痛みがわかる、痛みが伝わる。 そういうふうに作られてる。 出来のいいゲーム舐めんな。この痛みを伝えるために演出されてんだぞ。 暴力に酔い、気持ちよく振る舞った結果の、どうしようもなーい、後味の悪ーい、取り返しのつかなーい、やるせなーい感情を、お手軽に経験することができる。 ああ、なんともお手軽。 知事たちが名指しで毛嫌いした『グランドセフトオート』では、僕が後ろからバットで殴ったせいでいつまでも頭からだらだらと血を流して倒れている娼婦の姿が忘れられないのです。 表現として血が出たからです。 妻は、ピクミンたちを操作ミスでジェノサイド(大量殺戮)させてしまった罪悪感で、あんなに好きだった『ピクミン2』をいまだにプレイできないのだ。 生々しい表現だったからです。 この罪悪感。ずっしりした手ごたえのある後悔。 ぼーりょくはんたい、こどものきょういく! っつー浅慮で安易な表現の自主規制は、あの後味の悪さをきれいにセイケツに拭い去ってしまったという点で、教育的に問題ありだ。 我々が失ったものは大きいぞ。 子供が想像力をくすぐられる機会が減り、あとは実体験しかなくなる。実際に暴力をふるったりふるわれたりして後悔するしかないんだからね。 「バーチャルはすべて悪」と言い切った竹花会議がいかに無知で間違っているか、おかしな自主規制を強いた県知事の決定がいかに取り返しのつかない失政だったか。 いつか思い知ることにならないといいですね。 【Wii】Wiiであそぶ ピクミン2≪新品≫ Wiiであそぶ ピクミン 【新品】PS2 ワンダと巨像 PlayStation 2 the Best 中古【PS2】 Grand theft auto III(グランドセフトオート3)
2009.02.15
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せんだって、『あいのり』最終回がありました。観ましたか? 観ねえよな普通。 シュレックというニックネームの男がですね、オランダのキックボクシングジムでK-1選手のレミー・ボンヤスキーとスパーリングで遊んでもらうという、なんだかすげえうらやましい経験をしたんですけど、このシュレックという男は虫も殺せないような心優しいキャラクターでして、終始ダメダメという有様。 シュレックさんがビビり反り返り顔を背ける滑稽な姿をスタジオで面白がるという構成になっておりました。 ふたりともバカデカいグローブをつけて、レミーはニコニコ優しく、まるで撫でるようなスパーだったんだけど、このシュレックさんは極めて大きなリアクションをしてた。まるでレミーが素人を痛い目にあわせているみたいに見えるほどに。 「哺乳類は痛がり屋だな」とは寄生獣におけるパラサイトの中の人のせりふだけれど、シュレックさんはすごく痛がり屋だなあと思った。 格闘系のスポーツや武道をやったことのある人は、たいてい痛みに慣れている。身体接触があるスポーツならだいたいそうか。 多少の打撲なんか気にしないんだよね。気がつかない。 そっと撫でられただけで吹っ飛んだり逃げ出したりしてたシュレックさんはきっとスポーツ経験が浅いのだろう。心優しいのもあるだろうけどな。 殴りあうスポーツに対して恐怖心が先に立っているからああなる。 痛みを感じているのではなくて、「痛いかも」という恐怖心が、カラダをああいうふうに操作してんですね。ぜーんぜん痛くなんかないのに、思い込みだけでぶっ飛んでいるのですね。 慣れの問題でもあるんだろうけど、実感していることよりも思い込みの方が強く出てしまうなんて、不幸だ。食わず嫌いなんてのもそうだし、思い込みだけで逃げ出してては、なにか新しいことを始めることができないじゃないか。シュレックさんはそういう人だった。自分で自分の上限を決めている人。 「他人の痛みがわからない」なんていう言い草があるけど、シュレックさんみたいに自分の身に起こっている「痛み未満」の感覚さえ感じ取ろうとさえしないんじゃ、他人の痛みも絶対にわかりゃしない。だから俺はこの人が怖い。加減がわからないタイプ。けっこうこういう人って多いよね。 グローブをつけてリングに立ちソフトコンタクトで叩きあうとなったら、力加減とかスピードとか、相手と拳を交えながら計っていくことになる。これはコミュニケーションの一形態だ。言葉にはよらないけど、多くの情報が短時間で行き交う濃厚なものだ。メイクラブと似ているんだよ。ルールの異なるコミュニケーションを理解して会話を成立させるってスキルは、いわゆる「空気を読む」というヤツ。この場合の「空気」とはそん時その場のルールのこと。 自分で自分の上限を決めている人や他人の痛みがわからない人は、空気を読めないことが多いのでしょうか。 まあつまり、貴重な機会を得たにもかかわらず、しっかり味わって経験として身に着けることができなかったシュレックの仰け反りっぷりを見て、面白がるよりも気持ち悪かったんですね。 実感よりも思い込みが先に立って、現実を正しく認識できないことがある。 これは俺含め誰にでも当てはまることですし。 ああ。 このエントリの趣旨は、「他人の痛みがわからない人」は「優しい人」に見えることがあるという発見です。 これはこわいことだよー。
2009.02.14
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せんだって、我が家にも定額給付金申請書が来たヨー。 自動車や大型テレビを買えるくらいの額じゃないと意味が無いのではないかという、景気回復には程遠い愚策ですが、くれるならもらう。ウチは貧乏なんだ。 台湾でも似たような策を使ったらしいが、向こうは旧正月前つまり年末商戦みたいな時期に商品券をばらまいておおむね成功したらしいですね。 額も大事だけどタイミングの問題でもあるという。 だってねえ、早めの交付だった青森のおばあさんなんか刺身買ってたじゃん。地元の魚屋で買うのはアリなんだけど、どうせならなるべく多くの企業が関わっている商品を買いたいもの。 12000円ぽっちでは景気に対しての効果は望めない。 勢いを失ったモンをもう一度動かそうとするなら、個々にペチペチ叩くよか、でっかい力でバチーンとケツをひっぱたかないとイカンでしょう。 だので、みんなで集まって一度にたくさんの額が動くなんかをすりゃいいのでは、って思ってて、ハっこれは金儲けのチャ~ンスとか思ってて、アレコレ計画を思いながらモンハンしてたら、もう遅かった。 堀江貴文のような手合いはファンドをこさえてお金をまとめてでっかい景気エンジンを作りましょう的なことをしてたと記憶しているけれど、なにすんだろう。ダム作るのかな。軌道エレベータをつくるといいと思います。もしくは、太平洋のど真ん中に人工島を作って、経済と武装で担保される独立国をこさえるのもいいと思います。 寝言はともかく、『世界の料理ショー』がDVDボックスになるなんて思いもよらなかった。特典はランチョンマットとコースターと鍋つかみだよ。これを給付金で買うなんて、ホントに釣られやすい団塊ジュニア客だと我ながら思う。
2009.02.13
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せんだって『ヤッターマン』を観た。衝動的に郊外のシネコンに。軽はずみに行くくらいの映画鑑賞がいいですね。●深田恭子がかわいかった。ずっとかわいかった。すげえ。富豪刑事よりもかわいかったんだからどんくらいかわいかったかわかるですか。ヤッターマンは音楽劇なので歌って踊るシーンがあるのだが、もう死んじゃうかってくらいかわいかった。この映画、もう勝ってる。深田恭子のかわいさで映画がドライブされるのです。天然ってすばらしいな。嗚呼、あのシーンだけでももう一回観に行きたい。それほどかわいい悪女。●エロくて良かった。ドロンジョの衣装とか、そんなあからさまなのは知ったことではないが、ガキのヰタ・セクスアリスになるべき「埋蔵エロ」が盛りだくさん。これだ、これがタイムボカンシリーズの真髄だ。小生のシラケ鳥がピクンときたのは2号の股間が鉄棒でコスられるとこと、ヤッターワンのDキスですかね。14歳のコの太モモ(というか鼠頚部だろ)から毒を吸い出すときの14歳の子のリアクションもご飯三杯だったけど、あれは「埋蔵エロ」とは言えないしなあ。モロだもんな。つまり悪ふざけ、だな。●ドロンジョがもしアンジェリーナ・ジョリーだったら、たとえばりょうだったら、それはそれで違うプラン、異なった映画になっただろう。●ドロンジョって、実は誰がやってもなんとかなるのではないか。それほど複雑な内面を持った、つまり生きて血の通ったキャラクターなんじゃないのかな。あらゆる女性はドロンジョを内面に持ってて、あらゆる女性の魅力を集めてこさえるとドロンジョになる。ドロンジョ=アニマ説。●でも杉本彩みたいなのでは台無しになってただろう。自意識過剰なドロンジョを観たくはないでしょう。●下僕が崇めたくなる女性なのがいいんであって、崇めて欲しがる押し付け女王なんか全然魅力的じゃない。●「かわいいドロンジョ」は深田恭子だからそうなっただけの話で、それによって周囲の演技やキャスティングも変わってったのだろうな。つまり、役者の仕事を観るのが面白い映画。●だから、役者がもともと抱えているものが出ちゃう。ヤッターマン1号2号がアレだったのもそういう理由で。●阿部サダヲが最低に面白かった。最低だバーカ、すげえ笑ったじゃないか。もうハリウッドにでも行ってしまえ。●いやあ。この世に小劇場役者がいて良かったですね。台本をここまで崩していい、ここまで遊んで演技しても成立する、っていうラインを、つまり現場での遊び方をうまいことリードしてった光景が目に浮かぶようです。生瀬さんと阿部サダヲ。豊かなことです。次があるなら阿部サダヲのポジションを佐々木蔵之介の往年のガチャついた芝居で観たいです。パワーマイムとCGの初共演とか。●格闘モノなんだからアクションがタルいのはどうにかならんか。ワイヤーで人が飛ぶやつで気持ちいい画になったのを見たことがないんだけど、あれイイか? それ以外にテンポもキモチワルイし、なにより爽快感が無いのはいただけない。おかげで笑いの間も外してるところがある。●つーか、短いと気持ちがいいはずのシーンを長くダルく伸ばしてしまうのはVシネ監督の癖なんすか。説明過多というか、くどいというか。●福田沙紀がいい仕事をできたのは予告編だけではないだろうか。最高のセリフではあったが。●この映画はエンディングの後にもう一山ある。最後まで席を立たないほうがいいです。●クロマニヨンズなんて出涸らしバンドの歌では燃えない。山本メロディは軍歌なんだ。●仮面に隠した正義の心、これは山本正之の声で読んで欲しいのだが、演者に対するマスクの効果ってのは馬鹿にできないですね。仮面もそうだが衣装もそうか。深田恭子なんか顕著だったんだろうけど、体の一部、とくに顔が覆われて飾られて別の姿になると、違う人間になったかのように心が開くことがある。仮面舞踏会なんてなそういう破廉恥な遊びだったに違いないのだが、顔を隠すと気分が変わって思い切りが良くなる。こんどやってみんさい。深田ドロンジョ恭子がかわいい理由がわかるだろう。ドロンジョの衣装の効果は、お色気ですよっていうオッサン向けの売りよりも、深キョンの内面に出たんだね。映画を観た人がみーんなドロンジョにクラクラになるっつー効果。●マスクで気持ちを乗せてさえ、櫻井くんと福田さんったら、マスクをしてない岡本杏理に食われて。●いい大人がバカやって面白がってるのは面白いです。●ぜひとも映画館で、とは言わないが、深田ドロンジョ恭子は絶対に観るべき。衣装がどうとか、ドロンジョ様の原作イメージとか、くだらねえこと言ってる場合じゃないくらいに虜ですよ。●動物も恋人も死なないし、感動も教訓も無いので、そういうのを映画に求めてる人はペットを飼って恋人に毒を盛れ。これはヤッターマンだからストーリーなんかいらねえの。
2009.02.12
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せんだって、藤原と陣内が離婚するとかしないとかしたとか、不確かな情報が錯綜してそれがそのままテレビで流されて、芸能レポーターやコメンテーターが持ってくる情報がぐじゃぐじゃだった時期がありました。 「うおお、いままさに情報戦がリアルタイムで展開している」というライブ感にいささか興奮をおぼえたものの、基本的にはどーでもいいことなんで忘れちゃった。 でも、少ない情報の中で芸能レポーターが旗色を問われる状況に追い込まれたり、機先を制して自分に有利な情報を流し印象で有意に立とうとしたりとか、ぐずぐずしてて完全に追い込まれた人間とか、情報戦のスリリングな味わいは非常に面白い眺めであった。 教訓としては、守ったら負ける。 依然、藪の中にある情報戦の行方ですけど、こういうときは事情通の方に聞くのがいちばんっすね。村西とおるの今日もナイスですねhttp://www.policejapan.com/contents/muranishi/20090323/ 新宿のオカダヤの向かいでワケわかんねえ立ちソバ屋やってた監督を見てビビッたことがある。目が合っただけの俺に深々と礼をした監督の礼儀深さに感動したのを、数年前のことのように覚えているよ。カリスマってこういうんだよな。 そんな監督が語る、噂を基にした雑感がおみごとです。>女優とは人々からの「喝采」に魂を売り渡した人間であります。 どうすか、この五寸釘のような金言。>そして紀香に傷つくことのない「物語」が世間に「真相」として認知されて、一見落着となりましょう。 監督。「紀香が傷つく」「一件落着」です。 ことの真相は誰にもわかるはずもありませんが、監督が語る「物語」は面白いですね。ふひひ。
2009.02.11
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せんだってから昼間はもう仕事にならないくらいWBCで野球ばっかり観てましたけれども、昼間にデカイ試合をするのは勘弁して欲しいマジで。 で、イチローは「奪いにいく」なんていっておりましたが。 よくぞ守ってくれたと、安堵している。 なにを守ったのか。 WBC日本代表が守ったのは、スポーツマンシップだ。 マウンドに旗立てて、みっともない負け惜しみを繰り返して、せっかくの好試合を台無しにするようなチームに勝たせてはいけないのだ。 スポーツと部族間闘争の区別がいまだにつけられないような連中に勝たせて調子に乗らせては、世界のスポーツ文化が踏みにじられてしまう。 ああ、野球も巧かろう、試合も強かろうが、スポーツは部族の小競り合いではない。 連中のやり方に栄光を与えてしまっては、いずれはスポーツの文化が野蛮な方向に引きずられてしまうだろう。マウンドに旗を立てる精神は、そういうベクトルを持っている。 勝てば何してもいい。勝つためには何してもいい。選手の家族を誘拐したり、負けた選手の腕を切り落としたり、グランドで拳銃を撃ったり、そんな行為も許されるようになってしまうだろう。あはは、そんなばかな。でも、それくらい野蛮な精神だ。部族間闘争だからな。GAMEと近隣トラブルを履き違えてんだよ。 世界中の人の心と体を豊かにするはずのスポーツマンシップを、スポーツ文化を、踏みにじられてたまるか。 だから、本当によくぞ守ってくれたと思う。文化を汚辱から守ってくれた。うれしいとか痛快とかよりも、僕は心底、ほっとしたのだ。
2009.02.10
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新進少女シャンソン歌手、新春春琴抄ー!(しんしんしょうじょしゃんそんかしゅしんしゅんしゅんきんしょう) この早口言葉、七秒で三回言えたら以下の記事をご覧ください。http://setagaya-pt.jp/theater_info/2009/03/post_148.html せんだって観劇した。実は昨春も観たんだが、これが二度目だ。 いやあ、完璧な構造物を見た。 ど面白かった。 この演目は谷崎潤一郎の『春琴抄』と『陰影礼賛』を下敷きにしたお芝居です。 気貴く残酷な少女と被虐の丁稚の主従関係。 めくらの美女が居る世界は陰と影が朦朧と美しく絡まりあって、とろけるような闇がしっとりつやつやです。 ときどき挿しこまれる現代パートの、くっきりと切り取ったようなカッティングエッヂな光と影が目に刺さるようです。 ホントに、完璧な構造物を見た。そうとしか言えないの。 およそ木戸銭を取って見せる出しものの中で、これほど完璧なものはいままで観たことがない。 すばらしい。 お芝居を構成するすべての要素が、すべてを有機的に支えている。 演技と照明が、音響と舞台が、せりふと観客が完全に結びついて、『春琴』の空間を硬く硬く埋めるために作用するのだ。そういう意味で、無駄な要素は一切無いし、足りないものも一切ない。マジで完璧だ。 演者が動かす数枚の畳と長さ一間の棒が日本家屋を描写して、半紙一枚が生命を持つ。 深津絵里の声が、あの声が、怖いほどの官能だ。 少女が三味線のばちで丁稚の背中をかきむしるシーンなど、ほとばしるかと思った。ヤってりゃエロいわけじゃないんだよね、ホント。 あっちもこっちも美しすぎる。 サイモンが、ずっと演劇をやってきて、練って練って練り上げた、現時点でのピーク。演劇という表現形態が持つ可能性の、最大限のところ。もっとも新しい演劇。数千年の重みを背負った新しさ。 ちゃんと演劇の中から生まれた新しい手触りなのがすばらしい。 完璧に磨き上げられた宝石のような舞台であった。 去年の春に観て、海外で公演して、また世田谷。 この間でちょこちょことシーンが変わっていた。観やすく分かりやすくなっていた。この判断もまたすばらしいことだと思う。おもねるのではなく、伝えるためにチューニングするという判断。ポピュラリティとはこういう親切心なのです。 劇中で使われている日本語が美しい。谷崎の言葉だからってのもあるけど、外国人演出家でこれって脚本はどうなってるのかね、なんて話してたんだけど。 原作を読み込んだ役者がワークショップを重ねてセリフを作ってったという。 この稽古場は、楽しそうだなあ! そればっかりじゃないってのは分かってるけど、楽しそうだ。
2009.02.09
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せんだって、ポツドールという劇団の『愛の渦』を観に行きました。 近くに座ったカップル客の男の話によると「この劇団はエロ系で、この劇は有名な作品らしいよ」とのことです。 ポツドールは、世間一般の評判もそうだし、彼ら自身ウリにしているので気にしないで言い切ると、人間の醜い部分やら愚かしい部分とかを、ゲスな性表現と暴力表現でもって生々しく突きつけることで、売れた。 下世話なテーマは引きが単純に強いってのもあるけど、居心地の悪い状況を圧倒的リアリズムで描写するので、観てる側にドシンとこたえるのだ。そのへんがすっごく上手なんです。セリフはうまいよなあ。 今回の『愛の渦』。まあ普通に面白いし、ものすごく上手な脚本だと思うのだけど、演劇でやる意味が分からなかった。これって映像作品になったらモーレツに面白い気がする。 冒頭の2シーン(乱交Pに集まる初対面の人々、むっつり女子大生のセクハラ面接)は、エッチくて非常に良かったし、客席に与えるストレスも尋常じゃなかった。観客席を押しつぶすような緊張感。身じろぎできず、笑いたい客が笑えない空気がたしかにあったように思う。これは客入れの音楽が大音量っつー細工が効いている。 会場の緊張が弛んでからは、弛みっぱなしだったもんね。観客に冷や水かける意図を持ったシーンでああも笑われてはなあ。 充分面白いんですけど、芝居全体で見れば薄かったというか、最高パフォーマンスであるテレビ版『男の夢』と同じ話、同じテーマ、つまり同曲異演だったんで、どうしても比べちゃう。密室感とかキャスティングとかもそうだけど、ポツドールにいつも漂う「稽古が足りない感」が、その、なんというか。セリフが上手すぎるだけに、言葉がうわ滑ると目立つのだ。 芝居としての出来の薄さを考えてて、妻が言う「三浦さんはいま、“人間の醜い部分”みたいなことには、脚本を書いたときほどには興味がないんじゃないかな」という見立てに納得したんだけど。演技に対するあの執着の薄さはそうかもしれない。昔書いた本に作家が飽きるってのはありえる話だ。 人間の醜悪な本質が見えなければ成立しないシーンにおいて演技が軽いといいますか。 脚本の出来に、演出やキャスティングが追いついてないのかな。 劇中で「かわいくない」とされている女の子が、客席から観ると最も蠱惑的というのは、配役のミスでしょうよ。 この芝居はあちこちでそういうことばっかりだから、なんだか腑に落ちないというか、空間がちんぷんかんぷんになっちゃってた。 僕は『あいのり』の面白さを人に説明するときに「ポツドールみたいなの」と言うのだけど。 異性を前にしたときに現れる、人間の愚かでどーしよーもない部分。欲望を隠そうとすることでむき出しになる本質。愚かしくも可憐な人間の姿が見える。それは自分の鏡でもあるわけで。 つまりフェイクドキュメンタリーな。 まあ、完全な作り話であるぶん、ポツドールの方がすごいんだけど。 ポツドールの脚本はやはり映像向きなんだろう。映像によって、脚本の意図が最も効果的に伝わるタイプのことをやっている。 演出もなにもかもリアリズムを徹底しているのは、そういうことでしょ。あ、でも客を空間に閉じ込めるとか、グロくてエグいものをいきなりさし出すってのは、演劇ならではかな。 だってやっぱり顔をしっかり見たいじゃん。ウソついてる目の色とか、脂汗が浮くとことか、潤んだ目とか、見えないとしょうがないじゃん。 で。 『愛の渦』と同じ時期に、同じ東京で、おそらく世界最高のお芝居が公演されてたんだけど、ググってもポツほど劇評が出てこないじゃないの。 ギリシャから続く演劇という表現形態の歴史の中でついに現れた完璧な演劇。新しくて面白くてカッコよくて、「これしかない」っていう完成度。しかも進化し続けてる。完全に突端。おかしいなあ、もっと話題になっていいのになあ。『春琴』。
2009.02.08
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いいですか、みなさん。 ミニスカートで自転車に乗る女性は ●モテる! ●痩せる! ●金持ちになる! いまから根拠を書きますよ。------●ミニスカートで自転車に乗る女性はモテる! このような行動をとる女性の性格は「自由」「快活」「自律」「行動的」「季節に敏感」「努力家」「ちょっとマヌケ」です。 こんな女性がモテないわけがない。------●ミニスカートで自転車に乗る女性は痩せる! 自転車をこぐ運動は、有酸素運動です。また、女性は「見られることでスタイルが良くなる」というハナシです。 他者からの視線を意識しながらの有酸素運動が、痩せないわけがない。------●ミニスカートで自転車に乗る女性は金持ちになる! お金のかからない移動の習慣化。行動半径の拡大。 このような生活スタイルを続けると、遠くても安いスーパーで買い物するとか、電車でも車でもなくチャリンコで出かけるとか、そんなふうになります。フィットネスに通わなくてもエアロバイク。みんなもナチュラルに、無理せず、お金を使わない節約人間に生まれ変わっちゃお! しかも、経済観念も磨かれてしまうというオマケつきでおトクだよ! モテカワの愛されのスタイル抜群セレブになりたかったら、ミニスカートで自転車に乗るのがいいらしい。スカートは、タイトでもフレアでもいいらしい。 どうか、僕がテキトーに作ったこの噂が広まって街中がアレになりますように。みんな頼むぞ。
2009.02.07
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せんだって街をそぞろ歩いてて「ホワイトデーは10倍返し」とかいう商品POPを見た。 「10倍返し」とはまたストレンジな数字じゃないか。あまりの暴利にヤクザでも良心の呵責を覚えるだろう。 カノジョから手作りチョコをもらったカレシは10倍の量の手作りチョコを差し上げるといいだろう。価格ではなく質量で10倍。嵩で10倍。きっとカノジョは大喜びだ。こういうのは気持ちが大事だからな。 僕の友達の女子高生は、バレンタインに友チョコをつくって交換してた。トリュフは作るのがラクだとか、生チョコを持っていくのが大変だとか言ってた。 やっぱね。 「これかわいい~」とか「ボボ代ちゃんのチョコおいしいね」とか「ヘノ子ちゃん、これどこで買ったの?」とか、きゃいきゃい騒ぎながら甘いものを食べんのは楽しいに決まってらあな。 つまり、いまバレンタインのチョコに特別な意味を見出して凹んだり恨んだりしてるのはオタクだけなんだね。若い女の子は、たとえば高級なチョコを食べられる機会として、軽く考えてる。 若い女の子やカップルがなんとも思ってないイベントのチョコレートに、非モテのオタクが恋愛資本主義時代の不当に高い価値を感じているというねじれ、というか時代遅れ。菓子業界のあさましい企てだと小ばかにしながら実はいちばん解脱できてないっつー悲しい光景が広がっている。バレンタインにはもう小ばかにする価値さえないのだよ。 でもまあ、告白するなんてなエネルギーの必要な行動でさ、言うたらストレスのかかる辛いことでね。失敗したら凹むしさ。で、チョコのおいしいとこだけいただける友チョコってスタイルに移行してきたのは当然なのかもしれないけど。 でもさ。 女の子が年に一回、正々堂々覚悟を決められるというか、腹をくくるチャンスをみずから手放してしまったのが、ちょっと残念。 覚悟して腹くくるなんて経験は得がたいものだからね。 で。 友達の女子高生からバレンタインデーにたい焼きを三つもらっていたのだが、お返しに三十個のたい焼きなんてもらっても困るだけだろう。どうすればいいのだ。その子はいい学校に通っているので、友チョコでピエール・マルコリーニとかヴィタメールとかジャン=ポール・エヴァンとかピエール・エルメとか、あとは聞いたこともないブランドの貴族が食べるような希ショコラを食っている。あいつ、いいもん喰ってんの。いまさら私が大人の財力を見せたところで驚きや感動は与えられない。高価なものを買い与えるのは教育上よろしくないし。どうしよう。鯛はどうかな。明石のいいとこ。鱗の大きな、尻尾の締まった、歯の丈夫な、鯛。これは大人のプレゼントだな。
2009.02.06
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せんだって、斥候に出ている妻から連絡があった。 なんでも、パート先で通りがかった商店街の回転すし屋の前に人だかりがあるという。なんでかっていうと、すし屋の前で海産物の大安売りをしているというではないか。 天気良し。 保冷バッグをつかみ取り、スクランブルがかかった三沢のパイロットのごとくマウンテンバイクにまたがった私は、韃靼人の矢のごとき速度でヨダレを流して、四十五度はあろうかという国分寺崖線の急坂を一気に登り、こじゃれた私鉄沿線の商店街に急降下した。女子高生のスカートが一様に短いのが気になってしかたがない。ここは新潟か。 目標の回転すし屋を目視にて確認。 発泡スチロールのケース、いわゆるトロ箱が山と詰まれた店頭には、イカタコつぶ貝鮭たまご焼き、イクラウニエビ数の子筋子、信じられない量の海産物いや寿司ネタが広がっている。 安い。 魚卵に対して自制心が皆無の私は、イクラと筋子を所望。保冷バッグに格納。 イクラが600円、筋子が300円。 モノがいいのに馬鹿みたいに安い。 売り子のオッサンは、天気予報のせいで仕入れを多くしすぎたとか言っていたが、イクラがだいたい1ダース入ってるトロ箱が1ダースくらい積まれてる。これは勘だけど、仕入を一ケタ間違えたんじゃね? それほどたくさんのお宝だったのです。 魚卵を爆装したマウンテンバイクで春の日差しを楽しみながらゆっくり帰宅。 見てぎょらん、この美しさ。 炊きたての白ごはんに【海のルビー】イクラをずんぐり盛り付け。泣きながら全部食べました。いいイクラだ。これが600円なんて、ここは北海道か。 明日は筋子だ。ぜんぶ鮭のたまごだ。通風上等だぜ夜露死苦。
2009.02.05
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090310-00000566-san-soci24年ぶりに帰ってきた!道頓堀川でカーネルサンダース人形発見3月10日19時14分配信 産経新聞 いやあ、発見されたカーネル、いい感じの古び方ですね。ものすごく風格がある。とり・みきさんが喜びそうなニュースだ。 「阪神が優勝できない呪い」っつー都市伝説も出来がよろしいので、どうでしょう。 このカーネルを御神体として、甲子園に神社をこしらえては。 ドブ川に投げ入れられた怒りを鎮めていただき、阪神ファンを許してもらうために、祀るわけ。 立派な社殿を用意して、毎年毎年優勝祈願するわけ。 実際、阪神ファンの間にはもうカーネル信仰は在るんだから、「新しい阪神神社のカーネル御神体」って、かなりステキな後処理だと思うんだけど、どうかな。どないでっか?
2009.02.04
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090310-00000055-jij-int駅に落書き、奈良美智さん逮捕=NY3月10日10時55分配信 時事通信 【ニューヨーク9日時事】米芸術系誌「アート・イン・アメリカ」(電子版)は9日までに、大きな瞳の少女の絵で知られるポップアート作家、奈良美智さん(49)が先月末、米ニューヨーク市内の駅で落書きをしたとして逮捕され、2日間市内の施設に拘置されたと伝えた。 それによれば、奈良さんは先月27日、マンハッタンのユニオン・スクエア駅構内で、友人2人の肖像を落書きした。翌日は市内で開催中の作品展の初日だったという。 奈良さんはかわいらしいがひねた表情を持つ少女の絵で有名。ニューヨーク近代美術館(MoMA)などに作品が収蔵されている。 このニュースの見出しを見た瞬間、「やったじゃん!」って思った。 本場でグラフィティかまして、逮捕っしょ。画家として箔がついたじゃないですか。その落書きにはナンボの値段がつきまっか? さすがアーティスト。衝動こそ命。 めでたいのう、と思いつつ下にスクロールしたら、Yahooニュース名物のコメントがついてて、読んでしまってゲンナリした。 ホントにヤフーにゃ馬鹿ばっかりですな。レベルの低い連中が集まってレベルの低いモラル談義ですよ。痰壺。 そもそも奈良美智を女性だと思い込んでいる者。くっだらねえモラルを振りかざして正義の味方気分でラリってる奴。「日本の恥」とかいう恥ずかしいことを恥も外聞もなく書き込む人。礼儀とか常識とか言ってる「常識」の範囲が狭いイナカモノ。「絵の良さがわかりません」というイヤミのつもりの世間知らず。 めでたい馬鹿ばっかりで、日本人でいることが恥ずかしくなってくるわ。 この伝説で絵の値段が上がるだろうが。現代アートのゼニって絵の良し悪しじゃねえんだよ。 モラルの埒外にいるアーティストに向かって、つまらねえ庶民感覚の田吾作モラルを説いてどうなるっての。足引っ張ってんじゃねえよイナカモノが。ベッドの脇にラッセンの版画でも飾って、便所に相田みつをカレンダーでもぶら下げてりゃいいじゃねえか。感動もしますし、おしゃれでいいですね。くそくらえ。くそくらえ。 だいたいが。 二日間拘留されて罪を償い反省して出てきた人に向かって「恥さらし」とかいう石つぶてを投げつける庶民感覚ってなんなの。また死刑なの? 死ぬの? 俺、子供のときに道路に落書きして遊んだけど、日本人の恥なの? 古き良き三丁目の夕日的光景なんだけど。 このね、Yahooみたいなダサいとこに蔓延するモラルきちがいをなんとかしないと、大変なことになりますよ。ダサいことになります。 奈良美智の落書きは、恥じゃなくてトロフィーだかんね。
2009.02.03
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せんだって辞任した中川(酒)元・財務相の話題は古いですか。 テレビばっかり観ていますけど、なんでこうアルコール依存症に対する理解が薄いのか、この社会は。 まずね。アル中がですね。「ワインに口をつけただけ」なんて、それで治まるわけないじゃないですか。絶対に飲む。そういう病気なんだもん。飲まずにいられないのだ。 飲んでも地獄。飲まないともっと地獄。それがアル中でしょ。 で、地元後援会とか家族が、まだ酒の中川を応援しようとしてますでしょう。 残酷すぎる。 アル中患者を国会議員にするなんて、本人にとっても国にとっても不幸なことだ。自殺する前に早く休ませろ。家族の協力ナシではなんともならんですよ。 アルコール依存症ってのは、本人の自覚とかの問題じゃないし、だらしない人がそうなるわけでもない。だから恐ろしいのだ。きちがい水とはよく言ったものだ。 テレビなどでは酒の中川を、自覚の足りないだらしない大臣みたいな方向でバッシングしてましたけど、彼がアル中ってのはそのスジでは常識だったわけですよね。 ひどいなあ。いろいろひどい。 アル中患者が大臣やってたら、いつか必ず大舞台で酩酊した姿を晒すに決まってらぁ。 だから、ハメられた説も出るわけですね。 アル中を大臣に据えた人事が、そもそもどうかしてたわけですよ。 地元後援会の連中は、中川を推すのをやめたほうがいい。酒飲んだ状態じゃないとマトモでいられない人が議員なんて、かわいそうじゃないか。 マスメディアというのはどうしてこう情報をゆがめて広げるのか、正しい理解が必要なのに、と嘆いていたら、コラムニストの小田嶋隆がちゃんと書いてくれていた。http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3354 やっぱりアルコール依存症の人が語る中川大臣話は、説得力が違う。 アル中が国際会議に出席なんて、地獄の苦しみだわこりゃ。
2009.02.02
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せんだって祖母が死んだ。火葬した骨の中に焼けた乾電池がひとつあった。 転んで足を痛めて寝たきりになり、食事と排泄が不自由になったため腸閉塞で病院に運ばれ、元々ボケてたところがさらに進行して、痴呆性なのかどうかわからないが鬱な精神状態におちいり、食事をまったく取らなくなってしまった。意地汚い人だったので、食事をしなくなったと聞いて驚いた。 胃からチューブを生やして流動食を入れる“胃ろう”の手術をしようとしてたところ、入院生活でエコノミークラス症候群になったために、血液が固まりにくい薬品を体内に入れたことで手術が不可能となった。 血液の薬が抜け切るまで待っていたら、今度は腎盂炎を発症し、けっきょくは敗血症で死んだ。 動けなくなってからは早かった。 祖母は隠れタバコで家を焼くところだった。そのくらいボケていた。 心臓にはペースメーカーがついていた。 大腿静脈には血栓を捕えるカテーテルが入っていた。 もし胃ろう手術もしていたら、サイボーグ化されたボケ老人になっていたところだ。 昨年末に母親から電話があって、胃ろうの手術をするべきかどうか相談されたことがあった。僕の口から言って欲しい言葉が、母親にはあった気がするのだが、僕はそのとき言えなかった。 循環器と消化器官を機械化した、死ににくいボケ老人の長い介護生活に希望を見出すのは難しい。 難しいよな。 家族が介護疲れでぼろぼろにならないで済んで、やや安堵したのは事実だ。 入院して寝たきりになってからボケが進んでいたらしい。 正月に帰省したおり、病院に見舞いした。たまたま調子がよく、そのときだけは僕のことも妻のこともわかっていた。会うのはこれが最期だろうと思った。 その通りになった。 実家の祖母の部屋には、介護ベッドや車椅子があった。退院してきた時のためにレンタルしていたがそのまま使わずに終わったものだ。もしこれを使うようなことになっていたら、それはそれで僕は祖母や家族を楽にする方法をずっとずっと考えていただろう。実行する覚悟も無いくせに。 僕から見ると、祖母は猜疑心が強く、嫉妬深く、金銭で人心を買おうとするところがあり、ひとの話をネガティブに受け取るので相手を苛立たせる、尊敬するのが難しい年長者だった。 知らせを受けて実家に行き、ドライアイスで冷えた祖母の頬に触れた。 おつかれさん。そう声をかけた。 戦争で夫を失い、一女を亡くし、戦後は女手ひとつで男児ふたりを育て、丈夫な身体を活かして山や畑でも働いた。心臓を患い、厭味と嫉妬と外づらの良さであつかましく老後を過ごした。不整脈を抑えるための乾電池は単三ひとつだと初めて知ったよ。 おつかれさんでした。 死んでしまえと思ったことも少なくない祖母だが、さみしさを感じたのが意外だった。肉親の情もあったにはあったのだろうが、二度と会えない事実というのは、まあそういうものなんだろう。
2009.02.01
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