2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全30件 (30件中 1-30件目)
1
昨日見た、ある雑誌に『漫画の名言』みたいなものが載っていた。軽く流し読みだったのだが、なぜか今も頭に残っている言葉(その時は特に何も感じなかったのに)。『オレは一人で生きていけない自信がある!』確かこんなような言葉。いやぁ、こんなにも言い切られると清々しいっすね(笑)。では、今から山村学園高校の説明会へ行ってきます。
2007.05.31
今月は中3生との面談期間だった。生徒全員、3者面談で、1時間以上。志望校、というより行きたい学校を決めて、そこから逆算した月ごとの到達点をイメージしてもらう。これが主旨。しかし、中には早くも志望校を低め低めにしようとする生徒がいる。本当に行きたい学校は、もっともっと高いのに。「そこまで行ける自信がない。」「言ってしまって達成できなかったら恥ずかしい。」埼玉県では、中3生の数値でほぼ決まる。裏を返せば、今からでも十分に巻き返せるということ。いいじゃない。口に出そうよ!どうせ自分との約束だもん。達成できなくたって誰に被害を与えるわけでもない。公言して自分に負荷を掛けるくらいがちょうどいいんじゃない?プレッシャーをむしろ力に変えるくらいの心持ちで行こうよ!それに。。。前へ前へ進もうとする人は人を魅きつける。それはみんなをプラスの世界へ誘ってくれるかもしれないから。一緒にいて気持ちがいいから。逆に、後ろ向きな発言はみんなをマイナスの世界へ誘う。本人は気づいていないだろうけど、そんな人の周りにはマイナスの空気が立ち込めていく。周りもそんな空気を一緒には吸いたくないから、本人に気づかれないように、うま~く距離をおいていっちゃう。どうせだったら前向きに行こうよ!前向きな自分になろう。え?どうやったら前向きになれるかって?それは、無理してでも前向きに振舞うことだと思う。そうすれば、実際にはあまり変わっていなくたって、周りは前向きな人だとあなたを見るようになる。そうすればシメたもの!周囲の人たちが、あなたを変えてくれる手助けをしてくれる。どう?信じられないかい?でもね、とにかく何かしないと何も動かない。変えようと思わないと、何も変わらないんだね。誰も変えてくれないし、自然と変わるなんてことないんだ。何もしなければ、ずっと今のまんま。18歳の自分に聞いてみよう。18歳の自分が、今タイムスリップしてきた。さて、どう言うと思う?僕は、4年後の自分にいつも質問して、今を決めている。(ちなみに、僕の部屋の机の前の壁には、「もう6年。後6年経ったらどうなっていたいんだ?」って書いた紙が、2年前から貼ってある。)そんな風に物事を考えるようになってまだ数年だけど、間違いなく、今が楽しくなった。これは僕が編み出した技。僕が31年生きてきて、今頃かもしれないけど、見つけた技。どう?騙されてみない?絶対に楽しいから!若いってことは、すばらしいよ。あらゆる可能性が残っているってことなんだからね。
2007.05.30
当塾生のメインの中学校の一つ、Y中学(もう片方もイニシャルはYなのだが)で、試験の結果が返ってきている。平均点が出揃うまでは予断を許せないが、ほぼ事前の努力量に比例している結果ようなので特に問題はないだろう。ちなみに僕の言う、問題があるときとは、「頑張ったのに良くなかった」ときと、「頑張らなかったのに悪くなかった」とき。事前の準備と、良くも悪くもかけ離れた結果のときは要注意。こういうときの声掛けには細心の注意を払いたい。褒めるも叱るも、使う場所を外すと逆効果。腕の見せ所ですねちなみに、卒塾生のみんなも、初めての定期テストの結果を報告しに来てくれている。さすがは最高の7期生。高校へ行ってもその力は衰えてはいない。Sちゃんは、今のところ9割を切る科目がないそうだ。すばらしい!高校のレベルから言って、この調子が続けば東大だって夢ではないだろう。同じ高校へ通う、Nちゃん。国語でクラストップ!他の教科もまずまずか。十分にすばらしいスタートだ。さらに、同じ高校のR。化学で赤点。。。前日まで覚えたてのギターの練習に明け暮れていた(-_-;)。試験の前日になって、あわてていたので他も多分ダメだろうと思ってはいたが、今日、聞いてみると他は7割を超えているのだそう。貯金が利いたようだが、次はどうなることやら。本人自覚しているようなのでまだマシか。よく顔を出してくれるT。家庭の事情もあり、残念ながら納得の行かない高校へ行くことになったのだが、そこのあまりのテストのレベルの低さに、今後の勉強方針の相談に来てくれた。他の7期メンバーのテストのレベルにその落胆も大きいようだ。彼はかなり才能ある奴なので、どうにか巧く乗り切って欲しい。他にも、サッカー中心に高校選びをしたM。頑張り屋のAちゃん。みんな、みんなすばらしい。私立勢はまだ結果も出揃っていないのか、まだ報告はないが、恐らく大丈夫だろう。(今期は力のある生徒が多く私立へ行ったので)やっぱり定員制の一貫指導というのはいい。卒塾しても仲間のまんま。互いに情報を交換し合って励まし合っている。仲間がいてこそ頑張れる。そんな場所になっている。ホント、僕が中学生ならこんな塾に通いたかった。こんな奴らと一緒に学びたかった。そう思う。と、ほんわかムードに浸っていたら。。。Nが登場(高校名はイニシャルでもバレバレなので自粛)。「古典、大丈夫だったよ!赤点ギリ!これで赤点は今のところ5科目中2つ!」おいおい。大丈夫かよ(^_^;)。「次からはもう少しマジメにやるよ」ホントか!?まったく。。。しかし、男ってヤツはいつまで経ってもお調子もんだよこれじゃ、母の悩みは尽きないよなぁ。
2007.05.29
先日、麻衣さんという方から、このブログにコメントがあった。初めまして。埼玉県在住の麻衣という者です。私は、この春【和光国際高等学校・外国語科&普通科】を受験しました。残念な結果に終わり、ショックで辛かった時、辿り着いたのがこのブログでした。ブログで泣いたのは初めてだったと思います。この記事に。そこに。私がいたのです。今、私は常に和国を意識しています。目標達成が成せなかったことは、生涯私の中で、良くも悪くも忘れることはないでしょう。今は、和国の人ほどの能力があるわけじゃない。でも、今に!!きっと!!必ず!!抜かしてみせますっ!!落ちたあの日の屈辱を、忘れかけていた決意を、思い出させてくださり、本当にありがとうございました。この記事に出会えたことは私にとって、とても意味のあることだったと思います。感謝!!彼女も感動したと書いてくれたけど、きっと同じくらいに僕も感動した。ありがとう。ブログを書いていてよかった!K先生も、このことを話したら絶対に喜ぶと思う。この記事を読んだ、かつて不合格だった人たちも、きっと悔しさを思い出して、力に変えてくれたと思う。僕の生徒たちも、この記事を読んでくれているそうだから、絶対に燃えてくれたと確信してるし。こうやって、み~んなに力が伝わっていく。麻衣さんのおかげだよ。ブログというツールに感謝だね♪がんばってね、麻衣さん!
2007.05.26
朝起きて、報道番組を見ながら朝ごはんを作ってみた。いつもはトーストと牛乳くらいだが、早く目が覚めたので、ゆっくりと時を過ごそうかなと。しかし。。。もう既に皆さんもご存知かもしれないが、すごいな、中国。躍進する経済に、国民の知的レベルが追いついていないことは以前から指摘されていたことだが、それにしてもすごすぎる。日本では、カドミウムと鉛が溶け出す土鍋。中米では、致死量を超える毒素が含まれた液性咳止め薬と歯磨き粉。死者は100人を超えているという。アメリカ政府は、中国産の製品の調査を実施。こんな状況にもかからわず、中国側の輸出業者は自主回収などの責任は取らずにトンズラだそうだ。苦笑でしかない「ディズニーランドもどき」にも驚いたが、あの時はまだ笑えた。しかし、今度はそうもいかない。薬や歯磨き粉に含まれたジエチレン・グリコールという毒は、驚くべきことにそれら製品自体に含まれていることが堂々と明記されているのだ(中国では合法だという)。そう、彼らは何が毒で何が危ないのか知らないのだ。無知ほど怖いものはない。なにせ、悪意がない。いくらでも繰り返すだろう。(だって知らない、意味すらわからないんだもんね)少し話は反れるが、僕は大学時代「中国史」を専攻していた。元々、歴史に興味を持った理由の一つが三国志だったこと、そして当時は(も)、中国がこれから来るだろうと言われていたこともあって、その道を選んだのだが、ゼミの教授から話を聞けば聞くほど、その可能性は無いんじゃないかという思いが強くなったものだ。(聞けば、「中国がこれから来る」とは、眠れる獅子と呼ばれていた今から100年以上前からずっと言われ続けているのだそうだ)教授から聞く、いろいろな中国の内情についての話の中で、最も衝撃的だったのが、中国の内陸部における人々の知識の乏しさ。たとえば、教授(誤解の無いように補足しておくが、中国史を専門にやられているだけあって、中国人の人間性に関しては高い評価をしていた)が、親しくしている中国の方に、自宅へ招かれた時の話。中国に着いた途端、何から何まで世話をしてくれ、申し訳ないくらいに気を遣ってくれたのだそうだが。。。ある川のほとりで、釣りをしている人がいた。その川は工業用水で黒く濁り、泡で七色に輝いている。驚いたことに、そこで釣った魚をその場で売っているのだ!あまりのことに驚きを隠せず、目を見張る教授を尻目に、教授の友人は、その釣り人から魚を買って、教授に笑顔でこう言ったそうだ。「今晩はこれで一杯やろう!」そう、彼らは知らないのだ。悪意など全くない。致死量を超える毒入り薬品も、きっと彼らは普通に使っているのだろう。それが原因で多くの方々がなくなっていたとしてもその理由など調べもしないのだろう。先日、読売新聞にあったが、最近では、中国の上級階級の人々は、食事を外で取るとき、油や食材を持参して、それで作ってもらうよう店側に依頼するのだそうだ。・・・。これで中国製品の不買運動が起こったとして、中国政府はどう対応するのだろうか?やっぱりお得意の『逆ギレ』なんだろうか。どうも、中国はアヘン戦争以来、泥沼から抜け出せないままでいるように思えてならない。
2007.05.25
昨日は、先輩塾長の塾へ訪問。深夜に、しかも僕からの突然の申し出にもかかわらず、快く受け入れていただけた。話の内容は、先輩の塾の広告戦略。常日頃からお世話になりっぱなしなので、ここぞ!とばかりに思いつく限りのアイデアをしゃべりまくった(^^ゞお役に立てればいいのだが。。。先輩のこの塾。資金などの問題から、一軒家を改築して始められた。通われている生徒曰く、寺子屋のようなアットホームなところが和めて良いそう(^^ゞ。しかし、お世辞にもきれいな校舎とは言えない(先輩、すいません!)。このような校舎であるにもかかわらず、ここ数年に渡り、最寄の中学校におけるシェアの大半を占め、その中学校の教師からも『すばらしい塾』と言われるほどになっているのだから、やはり先生の腕は確かなのだと思う。(なにせ、僕の先輩ですから)そろそろ、一つの中学校No.1からもう一段階レベルを上げていくべき時。そのためにはどうしたらよいのか?遠く駅前にある中学校の生徒に認知されるにはどうしたらよいのか?客観的に見て、先生一人一人の腕は、そんじょそこらの塾とは明らかに違う。問題はそれをどう伝えていくか。目指せ地域NO.1!打倒、実○進○ゼミ!お力になれるようなことがあればいつでも呼んでください。僕も先生と同じく、借りたものは絶対に返したい性分ですので
2007.05.24
今年度初の定期試験がついに始める。僕自身は、あんまり定期試験に力を入れない方だと思うが、それでも心配な学年が一つ。。。(埼玉県は上位校において通知表の比重が極めて軽いため、真の学力の向上を最優先にしている、とは言え、真の学力が付けば8割くらいは取れるわけで、そのくらいの意識は当然している。予想問題を作ったり、教科書内の文章を暗記させたりはしないという意味。)それは新中学1年生。今年の中1は、英語を受講している生徒が3分の2しかいないのだ!さらに、その内の半数は4月からの受講(授業数はわずか5回)。こんなことは開塾以来初めての事。塾長である僕がよく知らない生徒が3分の1もいる状態で、初の定期試験が行われるのだ。不安。。。「心配だ~。○○という子はどんな様子?△△は?あ~心配だ~」そんなことを同志に漏らすと、「そんなこと言ってたら、新校舎を作ったらどうなるんですか(笑)ストレスで倒れちゃいますよ。」そんな風に言われて(しぶしぶ)納得。信じるのみか(^_^;)。数学担当のTも大丈夫ですよ、って言ってるしね。
2007.05.23
明治の初期に発行された、福沢諭吉による『学問のすすめ』。冒頭の有名な一文である、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず(と云へり)」。さすがに、これを知らない中学生はいないんじゃないかな?しかし、この言葉には続きがあるということを知っているかい?ちょっと難しい文章だから、現代風にアレンジしてみたので、一緒に読んでみよう。『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言われている。とすれば、天が人を生み出したとき、すべての人は皆、同じ地位・身分にして、生れながらの貴賎や上下の差別もなく、霊長類としての身と心の思うままに、天地の間にある、すべての物を活用し、衣食住を得て、自由自在、お互いに他人の妨げをすることなく、一人一人が安らかに、また楽しく一生を過ごしていたのであろう。しかし、今広く人間世界を見渡すと、賢い人や愚かな人、貧しい人や豊かな人、身分の高い人や身分の低い人などがあり、こうも雲泥の差が出ているのはなぜなのか?その理由は明らかである。昔から言われている教訓に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とある。つまり、賢人と愚人との分かれ目は、学ぶと学ばないとによって分けられるのだ。世の中には難しい仕事も、簡単な仕事もある。難しい仕事をする人を地位の高い人、簡単な仕事をする人を地位の低い人と言うことが多い。たいていは、頭を使い、気を遣う仕事は難しく、手足を使う肉体労働は簡単だと言われる。たとえば、医学、学者、政府の役人、または、大きな商売をする実業家、多くの社員を雇う経営者などは、地位も高く、偉い人と言われる。地位が高く、偉い人と言われるようになれば、自然と裕福にもなってきて、一般の人たちから見れば、とてもできない、敵わないと思うかもしれないが、その元を辿れば、学んできたかどうか、ただ、それだけで違いが出てきたのであって、それは、決して天が定めた事ではない。ことわざに、「天は富貴を人に与へずして、これを其人の働に与(あたふ)るものなり」というものがある。このように、人は生れながらにして貴賎や貧富の別はないのだ。学問に勤めて、物事をよく知る者は地位も高く、裕福になり、学ぼうとしない者は地位も低く、貧しくなる。ただそれだけのことである。』『学問のすすめ』ってタイトルの意味がわかったよね?しかし、これが今から130年以上前の1872年に書かれて、当時の大ベストセラーになって、その後の日本の大躍進の一つのきっかけにもなったわけだから、それなりに信用できる内容だと思うよ。どう?何かを感じてくれたらうれしいです
2007.05.22
昨日の神奈川訪問から帰宅が深夜2時。そして、今日は午前10時から中野にある、「女子美術大学附属」へ行ってきた。(睡眠時間3時間半。眠い(-_-;))ここは明治時代から続く、美術・デザインの名門。美術には疎いので、こういった機会でもないと、芸術の情報は入ってこない。しかし、この学校、なかなか良い。東所沢だと通うのはかなり大変だが、そこを差し引けば、通わせたい学校の一つに挙げられる。その理由は、何より授業中の雰囲気が良い。生徒たちの様子が良い。芸術を通じての人間教育というものが、伝統として、教師、校舎、生徒たちの中にしっかりと根付いているように思う。毎年、約70校もの私立を見ている僕の目から見て、お世辞ではなく、本当にそう思う。また、美術では飯は喰えん!みないなイメージもぶち壊してくれた(笑)。美術では飯は喰えないかもしれないが、デザインならいくらでも喰えるのだそうだ。芸術を通して、人間力を磨き、芸術が向かないようなら実学であるデザインへと進む。学費が安いのもいいね♪
2007.05.21
そんなわけで、ブラック氏ならびに小学校の先生と夕食の後、以前、僕の塾を訪ねてくださった方が、独立して自ら塾を立ち上げたというので、ブラック氏と横浜までドライブ。その塾がここ。ものすごく狭いテナントに、手作りで作り上げた内装。明らかにアドバンテージの大きい校舎だが(先生!すいません)、開校してすぐに11人の生徒が集まったのだそうだ。11人という数字。これは、ほとんどお金をかけずに、塾を始めたということを考えると、大成功に近い。校舎のアドバンテージを吹き飛ばすほどの、人間力、教務力があるのだろう。そうでなければ成し得る数字ではない。いやぁ、塾は校舎ではないのだということを改めて気が付かせてくれました。ありがとうございました、先生。頑張ってくださいね!
2007.05.21
昨日は、ブラック3232氏のつながりで、ある公立小学校の先生とお会いすることができた。中学校や高校の先生、大学の講師の話は、友人もいるため、よく聞けども、小学校の先生はたまたまいなかったもので、その実態を聞くのは初めて。ものすご~く、勉強になった。その内容は、あまりの凄まじさに書ききれないが(苦笑)、正直、衝撃の連続。。。後半は、言葉を失ってしまった。元々、学校の先生が憧れだっただけに、敬意を払ってはいたが、その気持ちはますます、いや10倍くらい大きくなった。すごいですよ、先生って仕事は。世論が味方になってくれない職業の辛さといったら、もう。。。『おかしいものは、おかしい!』って、公に言えないんですから。こんなの、おかしい!絶対に変えていかなければならない!しかし、具体的な方法が思い浮かばず。。。やはり政治か。
2007.05.21
高校には、「普通科」と「専門学科(職業学科)」があるということは大抵の方がご存知の事と思います。しかし、もう一つの学科として平成6年に制度化された「総合学科」についてはどうでしょうか?ここで、おせっかいながら説明させてください。高校には、現在のところ大きく分けて、「普通科」「専門学科(職業学科)」「総合学科」があります。 ◎普通科普通科とは、普通教育を主として行う学科。どの方面に進むにしても必要になるであろう“学ぶ能力”の育成を目標に、国語・地理歴史・公民・数学・理科・保健体育・芸術・外国語・家庭・情報という教科教育を中心に行う。 ◎専門学科(職業学科)言葉のとおり専門的な教育を行っている学科。職業教育を主とする職業学科と、普通教育をより高度に拡充させた専門学科に分類される。 職業学科には、農業、工業、商業、水産、家庭、看護、情報、福祉など、専門学科には、理数、体育、音楽、美術、外国語、国際関係などに関する学科がある。 ◎総合学科 高校を選ぶ際、学習目的、将来の進路等が極めて多様化している中で、これまでの普通科・専門学科(職業学科)に次ぐ「第3の学科」として、平成6年から設置された学科。その特色は,普通科と専門学科(職業学科)の双方にわたる多様な教科・科目の中から、生徒が自己の興味・関心・能力・適性・進路等に応じて、主体的に選択し学習することを目的に、学年による教育課程の区分を設けない単位制を採用することによって、自分で好きな時間割を作ることができることにある。強引に要約すると、〔普通科〕中学校と同じ教科教育を行う。目的は進学にあるが、大学へ進学しない場合は、専門学校になる。大学へ進学したい場合か、将来何をしたいかまだ決まっていない場合に選択することが多い。〔専門学科・職業学科〕専門学科の中の教科に特化した学科を除き、原則は卒業後に即戦力として就職するための技術を身に付けることを目的とする。就職には非常に強く、ヘンな大学へ進学するよりは良いかもしれない。ただ問題は、中学卒業時に自分の将来の方向をある程度、決めていないと選べないことにある。〔総合学科〕進学するなら普通科へ、そうでないなら専門学科(職業学科)へという流れが、今の時代にそぐわなくなってきたために作られた第3の学科。1年次に、専門学科ならびに職業学科の授業を自由に選択、幅広く知ることで自分の適性を見つけ、2年次以降、専門学科(職業学科)と同様に、技術を身につけるべく自ら選んだ専門分野へ進むことができる。進学する気はないが、どの専門学科(職業学科)も選べないという場合には最適。問題点があるとすれば、1年次を適性探しに使う分、本格的に学ぶ期間が2年間になること。ちなみに、この総合学科。旧1学区・旧2学区の中では、「県立川越総合」と「市立川口総合」、新設されて間もない「県立戸田翔陽」の3校と、国立の「筑波大学附属坂戸」が該当します。「県立新座総合」と「伊奈学園総合」は、総合の名が付くのに、総合学科ではありません。理由はここでは割愛させていただきます。最後に、普通科と専門科についてある社会学者の方の論評があったので載せておきます。(後半部分の大学についてのくだりは、賛同できませんが。。。)ここ。以前にも書きましたが、普通という訳のわからない名前に踊らされて、安易に普通科を選択するのは百害あって一利無しだと、僕は考えています。教育の最終目標は、自分で生活できる経済力を持った、地域社会の中で何らかの役割を担う人間にする事です。一昔前の、「大学進学」を目標にした考えは改めないといけません。当時、大学が目標でも良かったのは、大学へ進学すれば自活が勝手に付いてきたからです。あくまで目標は「自活」です。「大学」ではないはずです。今や、自活が付いてくる大学ばかりではありません。今一度、自活が付いてくる職業学科ないし総合学科について、昔のイメージを取っ払って、見直してみてはいかがでしょうか。注:ちなみに、大学進学を否定的に捉えているわけではありません。 僕も大学進学しましたし、大学の良さは十分に知っています。 ただ、「猫も杓子も大学へ」「大学へ行く方が上」的な考えはどうかな、と思うだけです。 ご理解の程、よろしくお願い申し上げます。
2007.05.18
今月付けで、小学6年生に1名、空きが出ました。キャンセル待ち名簿には、現在のところ1名の方が登録されているのですが、その方は小学生の内の入塾は考えていないとの事。(キャンセル待ち登録は優先予約としても使えます)と、いうことで、久々の途中入塾の募集。興味のある方は、ご連絡くださいね。「コメント欄」または「メッセージを送る」でもOKです。※ 募集については、確定次第、ブログで公表いたします。
2007.05.18
最近思う。リーダーシップって何だ?僕は最近、リーダーシップがあると言われるようになった。まるで最初からそんな才能があったかのように言われる。しかし、そんなことは絶対にない。小学校の頃も、中学校の頃も、高校の頃も、大学の頃も、人を引っ張っていくような経験をした事は思い当たらない。人の輪の中の中心にいることもあるにはあったが、それよりは、どちらかというと数人と一緒に和気藹々、誰がリーダーって事もなくやっていることの方が断然多かったし、その方が心地よかった。そんな僕が、塾を創りたいと思った。さて、どんなメンバーでやろうかと考えた時に、自分が心地よいメンバーでやろうとは微塵も考えなかった。自分が思い描く最高の教育現場を想像し、そこに必要な人たち、それを思い浮かべた。それが今の2人、KとTだった。ちなみに、彼ら2人とは当時、特別に仲がよかったわけではない。Kとは、高校時代からの大事な友人ではあったが、彼は当時、北海道。僕は、東京だったので、高校卒業後に会ったのは数回だったろう。Tとは、バイト先の後輩ではあったが、プライベートで遊ぶようなことはなかった。ちなみに、自分で言うのもなんだが、僕は友人はかなり多い方だと思う。(学生時代、長所は友人の数と言っていた位だから)しかし、彼らは僕の人生の中で出会った多くの人たちの中でも、ひときわ目立つ能力を持っていた。だからこそ、彼らに頼み込んだ。「一緒に塾をやらないか」能力の高い2人と仕事をするということは、僕にとって想像以上の緊張感だった。ましてや、言い出しの僕は「代表」だ。情けない仕事振りでは、2人に愛想をつかされてしまいかねない。必死に、勉強した。本も読み漁った。シャワーを浴びている時も、トイレに入っている時も、いっぱいいっぱい考えた。友人と飲んでいる最中も、彼女とデートしている時でさえ、頭の中から離したことはない。とにかく24時間ずっと頭を使った。能力が足りない分は、時間で補わなければならない。そう信じていた。これは今でも変わらない。最近やっと2人を引き抜いた責任を多少なりとも、埋められているかなと感じ始めたが、それでもまだまだ息は抜けない。緊張感はいつもある。愛想をつかされてしまう恐怖がいつもある。でも、だからこそ必死に勉強できる。そう、高いレベルの人と一緒に仕事をすると、緊張感が自分を強くしてくれるのだ。緊張感を与えてくれるのは何も二人だけではない。保護者の方や、生徒たちの、「こうして欲しい」「こうなりたい」の声もそうだ。期待されることから生まれる緊張感。これもまた、僕の力になる。そうやって、周囲の期待に応えようと、決して期待を裏切るまいと、必死に日々過ごしてきた。勘違いしないで欲しい。この緊張感が、僕の日々をより充実なものに変えてくれたのだ。この緊張感なくしては僕はここまで強くなれなかったのだ。そして、いつの間にか周りの方々から、リーダーシップがあると言われるようになった。立場が僕を育ててくれた。環境が僕を育ててくれた。友が僕を育ててくれた。周囲の人たちの期待が僕を育ててくれた。これは何も僕だけに限ったことではないだろう。人間、自分をどこに置くかだと思う。ぬるま湯では、何も変わらない。変化がないのは、停滞ではない。後退だと思う。僕は、進みたい。成長したい。人に期待される人間でありたい。そう思う。
2007.05.17
先日、英語講師のKと教育論について2時間ばかり話し合った。以前、彼のことはブログに書いたことがあるが、Kは僕の教え子であり、僕の教育観を確固たるものにした具体例である。彼と話したのは、日々、生徒たちに接する上で、どういう人間に育って欲しいと思っているのか、ということ。僕は、自分の部下になる講師には、このような問いかけをすることにしている。その中で彼が言ったことを是非、聞いて欲しい。(以下、彼とのやり取り)『僕は頭が人より良くないと思うんですよ。算数なんて小学校低学年のときからダメでした。それでも頑張ろうと思って、かなり勉強したと思います。親もあの時の頑張りは認めてくれてます。でも、全然ダメでしたね。塾も行っていたんですが、ウィルに来るまでは全然ダメでした。』(頭が良くない・・・。彼は教え子だったのでよくわかるが、理解力、暗記力など、あらゆる面で、人より遅かったことを覚えている。しかし、さすがに面と向かって同意もできないので話を少し逸らしてみた(^_^;)。)「しかし、そんなにやっても全然ダメなら、気持ちが切れたりはしなかったのかい?」『僕が勉強していると、母さんがいつまでも寝ないんですよ。仕事で疲れてるはずなのに、寝室に行かないんです。リビングで寝てはいるんですけど、決して寝室には行かないで、僕が勉強し終えるまで待ってくれるんです。そんな母さんを見て、頑張ろうって思いましたね。』「そうか、それはいい話だな。あの頃のKの原動力はそこにあったのか。」『僕は頑張っても結果に出ないときものすごくつらかった。だから、頑張っても結果が出ない子を一人でも救ってあげたいんですよね。頑張ってダメなことはない。頑張れば、どんな人だってオレみたく、確実に成長できるんだって、どこまでだって行けるんだってことを伝えたいんです。』「そうだな、頑張ってもできないなんてことは、少なくとも勉強という種目においてはない絶対にない!もし頑張っているのに、結果が出ないのだとしたらそれは100%指導者側の問題だろう。それじゃ、Kもしっかりとした教授法を身につけないといけないね。」『はい。ただ1年やっての反省なんですが、僕はどうしても、頭がいいのに本気でやらないで、そこそこの数値で満足している生徒が理解できないです。なぜなのかまったくわからない。人より早くわかるなんて、僕からすればものすごくうらやましい。なのに、何でもっと先に行こうとしないのかわからないんです。』「う~ん。。。じゃあ今年のKの課題はそこだね。やり方は一つじゃない。オレのやり方がそのままKにも通じるとは限らない。まずは自分で試行錯誤してみなさい。」この会話からどのようなことを感じ取ってもらえるのか、感じる取るその内容は、人それぞれだと思う。僕も、何を感じ取れたのか具体的には言葉にできない。もしかしたらその程度のものしか感じ取っていないのかもしれない。でも。。。この時の会話が今も頭から離れない。
2007.05.17
新校舎について、どのような人事配置を敷くべきか。そして、そのために必要な人材の育成と確保。昨年から少しずつ取り組んできたことではあるが、どこまでやっても、決して満足のいかない部分であるために、どうしてもより多く、より高くを求めてしまう。昨日は、新校舎を任せる予定である、創立当初からの同志T先生と、その部下である講師Sとで、かなり深い話し合いが、深夜に渡るまで行われたよう。少しだけ、悩むSと事前に会話を交わしたが、要約すると、仕事を始めて1年経つが、他の先生方と比較して、いまだ自分が「教科を教えることはできても、人生を教えることができない」ことに悩んでいるのだそうだ。数学を教えるだけに留まらず、その先に何を見させるか。そのために数学というツールをどういうように用いていけばいいのか。こういった話し合いが、昨夜、TとSの間で行われたはずである。実は、僕もメチャクチャ参加したかったのだが、遠慮したので詳細はわからない。詳しい話はもう少し時間を置いてから、聞いてみよっと。でも、講師同士が考えをぶつけ合って、お互いを高め合っていくなんて、なんてすばらしい!うちの数学科は熱いね。英語科もこうなっていかないとな。
2007.05.16
どうか保護者の皆さん、お子さんにどんどん要求してください。「お母さんは、あなたにこうなって欲しい」「お父さんは、お前にこんな大人になって欲しいんだ」そう、言葉に出して伝えてあげてください。近年は、「ゆとり教育」を筆頭に、一世代前の偏差値教育の反動からか、子どもに対して距離を置こうとする方が多いような気がします。それも必要以上に。思想には、右(保守・資本主義)も左(革新・社会主義)も必要なのと同様に、何でも偏るのはいけません。調和が大事です。「放任」と「放置」は違います。大人であるご両親が、ご自分の体験談や経験則などの情報をできる限り伝えて、「こうなって欲しい」「こうなった方がよい」という子に対する想いを伝える。子どもはそれらの情報と、両親の意見を軸に、比較検討しながら自分の道を選んでいくでしょう。自我は比較によって生まれます。比較すべき軸はちゃんと伝えるべきです。大事なのは、子供がそうならなかったときにイラつかないこと。押し付けないこと。子供の人生なのですからそこには立ち入らない。見守ってあげてください。しかし、最初から何も伝えずにただ見守る。これでは子どもはどこへ進んで行けばいいのか見当が付きません。放置しておいて自主性が育てば、誰も教育に苦労などしないのです。どうか、もっともっと子どもに対して想いを伝えていってください。ガンガン要求しましょう。繰り返しになりますが、大事なのは、そうならなかった時。「ま、しょうがないな。私の子どもだし(笑)」なんて、夫婦で笑い飛ばしましょう。
2007.05.16
ちょっと古い資料だけれど。。。【 知っておきたい奨学金・特待生制度 2005.05.05 】 重要箇所をまとめてみた。 奨学金制度 ―大きく分けて4種類 主な奨学金制度は4種類ある。 (1)独立行政法人「日本学生支援機構」(旧・日本育英会)によるもの (2)大学独自のもの (3)地方自治体によるもの (4)民間奨学団体によるもの(1)もともと国の事業である日本学生支援機構の奨学金は、もっとも知名度が高く、約55万人の大学生が奨学金を受けている(2004年3月時)。経済的理由により修学困難である優秀な学生に貸与される(無利子、もしくは利子付き)。大学入学前ならば高校を通して予約申込が可能。入学後ならば大学を通して申し込むことができる。(2)大学独自の奨学金は、私立大学に多い。例えば、早稲田大学は奨学金制度が充実していると言われている。興味がある人は、志望大学のホームページ(学生生活、キャンパスライフのページ)を閲覧してみるとよい。一方、主要国公立大学で独自の奨学金制度を設けているところは少ない。(3)地方自治体による奨学金は、本人の出身地や在住地、または保護者の在住地が条件になっていることが多い。都道府県によるもの、市町村によるものなどがある。大学経由で募集が行われないものもあるので、希望者は出身、もしくは在住の各都道府県市町村教育委員会に直接問い合わせることも必要。(4)民間奨学団体による奨学金は、学業・人物ともに優秀であることに加え、「○○学専攻の学生」、「留学が決定している学生」、「スポーツに秀でた学生」など、条件がつくことが多く、給付型が多いのも特徴。(3)と同様、大学を経由して応募するものと、奨学団体が直接募集するものがある。なお、奨学金には返還しないでよい給付奨学金と、返還が必要な貸与奨学金があり、返還が必要な場合は、無利子のもの、有利子のものがある。また、奨学金の対象者は大きく分けて、経済的な理由で修学が困難な学生(人物や成績を問われる場合が多い)と、入試や学業で優秀な成績をおさめた学生の2種類となる。さらに、奨学金制度のほかにも、特待生制度(大学により名称は異なる)というものがある。特待生制度は、経済的な事情は問われず、入学試験などで優秀な成績をおさめた学生の授業料が全額、あるいは一部免除になる制度。学生の勉学意欲を高めるだけでなく、優秀な学生を囲い込むという大学側の目的もある。特待生制度を設けている私立大学は多いが、法人化で自由度の増した国立大学でも、近年、特待生制度を導入する大学が出てきている。このような制度、僕個人が学生の頃は知ろうともしなかった制度だが、(相当学力優秀じゃないと該当しないものだと高をくくっていたので)活用していた学生は多かったのかもしれない。日本学生支援機構(旧・日本育英会)の調査によると、2004年1月時点で何らかの奨学金を受けている大学生の割合は、41.1%にものぼっているのだそうだ。知らないというのは損をするんだねぇ(-_-;)。面倒くさがらずに、ほんの少~し人より動いてみる。ただそれだけで、可能性が大きく開けてくる、なんて事があるかも?
2007.05.15
風邪はとっくに治っているのだが、のどがイガらっぽい。しゃべり続ける仕事なので、のどだけがいまだ治らず、ずっとこの調子。のどが枯れてくると咳きこんでしまい、それがしばらく止まらなくなるのだ。はぁ。。。こんな状態で、中3生対象の大事な年始の面談。せっかく保護者の方が時間を割いて来てくださるのに、これでは、気を遣わせてしまう。早く治れ!のど!
2007.05.11
昨日、当塾の顧問税理士の方からのご紹介で、ある元県議会議員の方とお会いした。昭和48年、34歳で後の郵政大臣小宮山重四郎氏の秘書となり、昭和52年、38歳で初当選して以来、約30年間、政治家として活動されてきたというだけあって、みなぎる力、オーラがすさまじい!話の内容も、スケールが違う!正直、そんなにも政治家の仕事はでっかいのか!と、衝撃を受けることしきり。だって、「ここに道を作ろうか」って言ったら2,3ヵ月後にはできちゃうんだぜ(^_^;)。さいたま副都心を作ったり、大学病院を誘致したり、球場を作ったり、市場を作ったり、駅を作ったり、・・・本気でやろうと動いたらなんだってできるんだそうだ。ただ、大きく動けば確かに「支持者」も出てくるが、それとほぼ同数の「反対者」もまた生まれてくるのだそう。だからあんまり動く者がいないんだそうだ。と言うのも、感謝は次の選挙まで長続きしないが、恨みは根強く、何年だって続くのだそう。さらに、政治家が実際に何をしているかを見ている人より、地域の実力者ないし会社の上役の言われるままの人の方が多い。それならば、政治活動をするよりも、そういった有力者を支持者に取り込むよう豪遊して遊び歩いたりする方に時間を割いた方が、票が安定し、選挙に強くなっていくのだというから、おかしな話だ。『どうせ有権者なんて、政治家が行った仕事の内容なんか見てくれないんだから、ヘンに動いて票を動かすくらいなら、何もしない方が安泰』そんな空気が蔓延しているのだそうだ。「誰かがこれを壊さないといけない。そのためには政治をしっかりと学んでいる人、政治家の力量を測れる目を持った人を、増やさなければならないんだ!政治学をもっと学ばせなければならないのだ!」そういう強い想いから、今、教育に非常に強い興味を持たれているのだそう。そう!その先生曰く、政治の元にある公教育ではなく、私学や私塾にこそ期待していると。この政治家の方の想いは、まさに松下村塾を目指す僕の想いにシンクロするところが多かった。なんて、すばらしい出会い!後日、税理士の先生から連絡があり、政治家の先生が僕に興味を持ってくれたらしく、また会いたい、大宮まで来ないかと言ってくれているのだそう。※ 先生の自宅は大宮だそうです。すごいことになるかも!?興奮している。
2007.05.10
今日、以前にこのブログを見て問い合わせ下さった方が、遠く小手指から車で、体験授業を受けに来てくださった。新所沢に来年、新校舎を開校するとの記事を見て、開校した際に、万が一にも入塾できないなんてことがないよう、事前に予約をと、わざわざ足を運んでくださったのだ。注:東所沢校では「予約」はお断りさせていただいております。うれしい以前にも、「新所沢に校舎ができた際には連絡をください」と言ったコメントを、このブログにいただいたことがある。また、新所沢に住んでいる僕の友人の仕事先でも、うちの塾の広告を見て、「入塾したい!」と言ってくれている方が数人いるそうだ。本当かただの社交辞令かは知らないが、東所沢での噂を聞いているという方もいらっしゃるらしい。なんと幸せなことか!さらに、『この期待には何が何でも応えないといけない。』といった空気が当塾の中に広がっていっている。いい循環だ。講師全体のスキルが底上げされていく。ありがとうございます。僕たちは皆さんのおかげで、こうやって成長していけるのです。P.S 今日来てくれた君へ。いやぁ、今日はよく頑張って考え抜いた!こんなに考えられる子はそうはいない。ね、考えるって楽しいでしょ?こんな感じでやっていけば絶対に大丈夫だから。何百人も子どもを見てきたオレが言うんだから間違いない!君はすばらしい!!
2007.05.09
初めての中間テストが間近に迫っているね。何事も最初が肝心。人間ってのは、自分が思っている以上に周囲に影響を受けるもの(だそうだ)。※ 僕は比較的影響を受けないタイプだと思っているので、それほど実感はないが、心理学的にはそうらしい。周囲が君をどう見るか。これは今後の君の高校生活に大きな影響を与えかねない。例えば、周りの人が、「○○さんなら大丈夫!」って信頼してくれたら、知らず知らずにでも力がその体にみなぎるはず。逆に、「○○さんじゃ、ねぇ」みたいに、期待もされないようなら、自分の力以上のものはそうは出せない。やっぱりなんだかんだ言ったって、期待されているという緊張感は人を育てる。これがないと、緊張感を自ら自分にかけていかなければならない。いいかい。「最初」はあなたがどんな人間なのか、周囲に印象付ける大きな要因になるんだ。大事だよ!メチャクチャ大事だからね。今回頑張ったら、次はそこそこでもいい、お願いだから頑張って!って、言いたいくらい頑張って欲しい(笑)。信じてね。
2007.05.08
フジテレビ「奇跡の動物園2006 旭山動物園物語」の再放送を今見た。号泣。いい仕事は人に感動を与える。いい仕事がしたい。いい仕事をしてるなって、大勢の人に思われるような塾にしたい。仕事はすばらしい。早く大人になれ、子どもたち。与えられたものをこなすんじゃなく、誰かにやらされるんじゃなく、自分でやりたいことを、自分の力でやれるんだ。早く大人になれ。大人は楽しいよ。仕事は楽しいよ。
2007.05.05
あ!急に思い出した。これから塾を始める方へのアドバイス。「どうしてもこのテナントがいい!」という場所を見つけた。しかし、予算が見合わない。なかなかしっくりくるテナントなどないですからね、そうあきらめきれないところ。そんな時に相談だけでもしてみるといい所が、不動産鑑定士。僕はこれでかなり家賃を抑えられましたよ。相談だけなら無料ですし、一度、行ってみてはいかがですか?すばらしい塾を創ってくださいね。
2007.05.05
アクセス記録になんとなく気になるHNがあったので、そちらへ飛んでみる。そこには、今年新しく塾を起こす方のブログがあった。以前、僕の塾を訪問したいと連絡を下さり、わざわざ遠くから足を運ばれた南アルプスの天然ガスさんも、ついに今年、自らの志の下、独立し塾を起こされる。会社に属していれば安心であるにもかかわらず、そこから脱し、自ら新しいものを起こそうとする人。ブログを通してでも、そのような方々からは何かしらの「力」、元気をもらえます。塾は他業種から比べれば、初期投資額が少ないため、その分、リスクが小さいということもありますが、自分一人で何も無い所から始めようとする勇気、その気概はそんじゃそこらの人には出せないでしょう。ちなみに僕の場合は、そもそも属していた会社が崩れかけていたということと、大学卒業したてという、血気盛んで、理想と(根拠の無い)自信に満ち溢れた若さが何よりの追い風(?)になりましたので、それほど迷うことがなかった様に思います(^_^;)。大丈夫です。その心意気があれば必ず成功します。なぜって、そんな心意気のある人に、誰だって教わりたいと思うじゃないですか。毎日、子供の能力をどうやって引き出すか、それだけを考え、懸命に追い求めて行けば、いつしか周りの方々が認めてくださいます。最初の想いをどうか大切にしてください。すばらしい人を育てましょう!僕も頑張ります。では、おやすみなさい。P.S 偉そうに聞こえてしまったらすいません。お二人の心意気に、つい興奮してしまっているもので。。。
2007.05.04
男の子と女の子の発育のスピードの違いには驚かされますね。先日、北海道に帰省した際に会った友人の息子は、3歳でしたが、口から出る言葉は「おとうたん」など、ほぼ単語。後は、「あ~」とか言ってゆっくり指差したりです。一方、同じく3歳の姪っ子はすでに、「ねぇ、おままごとして遊ぼうよ」「指切っちゃったの?痛いねぇ。絆創膏持って来てあげようか?」「これおいしいねぇ。○○にも食べさせてあげようか?」など、メチャクチャ喋ります。食事の手伝いなんかも普通にします。「この子は天才なんじゃないか」半分以上冗談でしょうが、みんなでそう言っています(笑)。そんなことを考えていると、来年の保護者会に話そうとしていた話を思い出した。忘れないように事前にブログに書いておこう。これはあくまで僕の経験則ですが、・男の子 ⇒ 女の子 の兄妹の場合、下の妹に過度な期待を持たれるお母さんが多い。・女の子 ⇒ 男の子 の姉弟の場合、下の弟に過度な不安を持たれるお母さんが多い。もちろん個人差はありますけど、男女の成長のスピードに年齢差があるのは当然のこと。女の子は早熟です。男の子が追いつくのは高校生くらいからでしょうか。こんなことはお母さんも当然ご存知なのですが、ご自分も女性ですので、つい忘れてしまうんでしょうね。自分はこんなんだっただろうか?姉はもうこの時期こうだったのに。しかし、客観的な僕の目からすると、お母さんが、不安がっている弟の方が、お母さんが、安心しきっている姉よりも、他の同年・同姓の生徒の差で比べるなら、見るべきところが多い、なんてことは結構あったりします。話が長くなりそうなので、いきなり総括(笑)。過度の期待でつぶれていく女の子。期待されている自分と、現実の自分との差が埋められないで逃避。口達者に逃げてばかりで、本気でやろうとしません。本気でやって期待を裏切ってしまうことが怖いのです。過度の不安を感じとって、自信を喪失している男の子。自分の現実の結果を肯定的に捉えようとしません。一度のミスですぐにあきらめてしまう。否定的な言動を並べ、本気で粘ろうとはしません。本気でやって、現実までも壊れてしまうことが怖いのです。期待。これは、してはいけないわけではありません。むしろどんどん期待してあげて欲しい。不安。不安は大事に思っているから、愛しているからこそ生まれてくるのでしょう。そういった意味では、不安を持たれない方が逆に不安です。過度。他の子を詳しく知っているわけではないでしょうから、どこからが過度なのか、測ることは困難です。では、どうしたらよいのか。本当は、客観的な誰か(昔であれば祖父母など)がいてくれればいいのですが、そうもいかないのが実情。そんな時に使って欲しいのが、保育士や教師、そして塾などの教育業界の人たち。どんどん活用しましょう。どんどん活用してください。僕らは教育のために少しでも力になりたい。そう思ってこの仕事を選んでいるのですから。
2007.05.03
先ほど、フジテレビのスーパーニュースで、木村太郎氏が述べられた内容に同感。趣旨を要約すると、「普通科高校が学業を行う場所と位置づけるなら、スポーツにおける特別待遇はマズイが、職業訓練の場所と位置づけるなら問題ないわけで、高校の位置づけが今の時代どうあるべきなのかを議論する必要があるのではないか。」ただ、スポーツはルールに則って行わなければならない。どうであれ、現在のルールに違反している以上、何らかの罰則は然るべき判断とのご意見だった。学力特待生はOKで、スポーツ特待は野球のみダメ。以前、普通科高校の位置づけは今の時代、どこにあるのか、という記事を書いたことがあるが、やはり、木村氏の言うように今一度考え直すべきだと思う。普通科。そもそも名前がおかしい。何が「普通」じゃい!
2007.05.02
ブラック3232の話の続き。彼とは、大学時代の就職活動中に知り合った。折りしも時代は、就職氷河期の真っ最中。しかし、その中でも彼は燦然と輝いていた。そこからどういった流れで、どちらから声を掛けたか、今ではもはや覚えてはいない。代わりに、よく覚えているのは、当時のよく彼を僕の自宅(畳6畳一間)に呼んで、教育について語り明かしたこと。こんな先生になりたい。こういう教育者はダメだ。教育実習はこうだった。こういう生徒にはどう対応したらいいか?・・・・・・・・・大抵は、いつの間にか二人とも寝てしまって、起きたら、書置きがあって既に彼がいないって感じだった。今思うと昔から、あいつは睡眠時間が少ない(笑)。1年位前、我が家に来たときも、あいつは彼の友人兼同僚のでん先生を置いて、いつの間にか一人帰っていたっけ。友人は宝だ。友人のおかげでどれだけ助けられたことか。どれだけ幸せをもらったか。今、この塾がここまでの評価をいただけているのも、すべては僕の呼びかけに応じて力を貸してくれた二人の先生の力によるところが大きい。古くからの友人のK。大学時代の後輩のT。彼らは僕の人生の中でも、特に輝いていた二人。『彼らと一緒に塾をやることができれば、絶対に最高の塾ができる。』最初から確信していた。そして、その確信は、当たり前のように現実のものとなった。僕一人では何もできない。すばらしい人たちのおかげで、僕は今、こうしていられる。面と向かって言うのは恥ずかしいから、ここで言います(もし見ていたとしても言わないでね)。ありがとう。いつも迷惑ばかりかけてますが、助けてもらっていることは忘れません。ちゃんと返せるように、がんばります。
2007.05.02
先ほど帰宅。今回もまた、大学時代からの友人兼ライバルのブラック3232と仕事を含めた楽しい話。人は人と会うことによって、自分を知ることができると思っている。自分の(まだ)足りないところ、自分の(今は)優れているところを確認できた。ホント、いいライバルでありいい友人。『人は城 人は石垣 人は堀 なさけは味方 あだは敵なり』今日、2人の会話によく出たフレーズ。(2人して全部は思い出せませんでしたが)有名な武田信玄の言葉ですが、この言葉、社会に出るとより身に沁みますね。僕も、周りの人の城や石垣になれるよう、自らを磨いておかないといけません。人の石垣になれない者が、石垣になってもらおうなんて、甚だおこがましいので。以前、誰かの言葉に、「自立」は自分一人で生きていける力を身につけることではない。自分一人、それは「孤立」と言う。というものがあった。幸せは一人では得られないと思う。みんなで力を合わせて、みんなで幸せ。これがいい。ということは、その「みんな」に加えてもらわないと話にならないよね。「みんな」に加えてもらえるように、心も磨いておこう。P.S ブラック3232へ。そのカリスマ的な指導力の一端をちゃんとブログで公開しようぜ。「もったいない」なんて言って出し惜しみしないの。その圧倒的な技量を公開して世の中に還元しようね~!彼は、僕が数多く知っている塾講師の中でも随一の腕を持ってる人間だと思ってます。大学時代に、就職活動で出会った奴ですが、その後の教育実習、塾業界の模擬授業対決などでも圧倒的でした。勝手にライバルだと思っている人間です。彼のブログ:http://plaza.rakuten.co.jp/gzm322/
2007.05.01
いやぁ、いい出会いだった。話し続けること8時間!これからも続くいい出会いになったと思う。ホント、僕は周囲の人たちに恵まれている。
2007.05.01
全30件 (30件中 1-30件目)
1
![]()

![]()