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昨日は、午前4時に就寝。そして8時に起きて、『工学院大学附属高校』へ行って来ました。この高校は、JR八王子駅からスクールバスで15分くらい。墓地の隣にあります(^_^;)。最大の特長はやっぱり設備。空調は、コンピューター制御で外気と冷房を混ぜ、人が過ごすのに最も適した湿度や温度に調節するとか、トイレは、節電のために、人が入ったらそれを感知して照明が付く設定に、流す水は雨水を使用など、エコにもこだわっています。もう、とにかくハイテク!!その中でも、理系単科大学の附属というだけあって、理工学系の設備はかなり充実しています。生徒も理科の時間に、僕も見たことの無いような(理工学大学卒の方なら見知っているのでしょうが)器具を使って実験していました。校長も元工学院大学の教授(物理学博士)ということで、エンジニアの育成には、志を持って打ち込んでいるという姿勢が見えます。女子の比率も意外に高く、30~40%とまずまず。(職業意識の高い女の子が多いそうで、離婚しても子どもを養えるくらいの生活力を身につけるにはどういった道へ進めばいいかなどの相談を受けるのだそう 笑)ほぼ全員が、工学院大学への進学を確保した上で他大学を受験できるというのも魅力的です。では、マイナス面は?というと、一番は大学進学先。ここは学校側も気にしているようで、力を入れてはいるものの、まだまだ良いとは言えない。具体的には、1学年300名近くの生徒数に対し、工学院への進学が、約46%国公立への進学が、3%他大学理系への進学が、19%他大学文系への進学が、22%(ちなみに、他大学へ進学した生徒たちでさえも一般で受験したものはわずか42%とのこと)やはり、附属校独特の「甘え」が心理的な背景にどうしたってあるからだろう。学校全体にのんびり雰囲気があるのは拭いようがない。これでは、やはり同レベルの私学に比べると、進学先のレベルが伸びてこないのも当然と言えば当然かもしれない。ちなみに僕は附属校が嫌いなわけではない。附属校の良い所はいっぱい知っている。例えば、工学院のように理工系に興味を持つ子どもが増やすために、実験の時間を多く割いている、なんてのは附属校だからできる特徴の一つだろう。卒業後の安定がない一般校では、受験の兼ね合いもあって、やりたくても実験などに時間を取れないのだから。ただ毎年、その実績は向上しているので5年後が楽しみな学校ではある。最後に、もう一つ、この学校の特長。それは、あのノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊教授が、工学院の生徒一人一人と個別に語るという催しを、今年から行えるかもしれないというのだ!というのも、教授は工学院の顧問もされているようで、毎年、物理学に興味を持つ学生を集めて講演などをしてくださるのだそうだが、それを、もっと個別に行いたいとの申し出があるのだそうだ。これはすごい。実現すれば、間違いなく影響を受ける子どもたちが増えるだろう。
2007.06.30
今日、自筆を交えたお手紙を、朝日新聞のよくわからない部署からいただいた。中を見ると、寄贈のお願いとある。よく読むと、駅構内などによくある、朝日新聞の写真付きの記事が画びょうで留めてある、あの掲示板に、子どもに交通安全を呼びかける内容を加味した特別なものを、近所の小学校に寄贈して欲しいそうだ。その額、9万円。結構、高い。そのままシュレッダー行きかと思えば、タイミングよく朝日新聞から電話が。丁重にお断りしたのだが、その担当者は、「ウィルが第一志望なんです」と、とにかく粘る。一体どういうことかと聞いてみると、「東所沢地域の会社様にお願いするということで、ネット検索して、対象となる会社を探していく内に御社のブログを見つけた。」「本来、校長先生に許可をいただいて、学校内に掲示するものなので塾という業種は対象外なのですが、ブログを読み進めていく内に、個人的に好い印象を持った。」「すばらしい思想で、運営されているようで、生徒の募集もほとんど終了しているとのことだが、ぜひその思想を、よりいっそう多くの人に伝えていって欲しい」とおっしゃる。そして、「寄贈とうその行為が地域の子どもたちを少なからず救うのかもしれないのです!」と畳み掛ける。本当か?それ、営業トークだろ?(^_^;)しかし、確かに僕のブログをよく読まれている。それは間違いない。地域の子どもたちに、交通安全を訴えていく掲示版。う~ん・・・寄付かぁ。今のうちの状態では、経営的にはペイできるはずもない。広告宣伝を打っても、そもそも入る枠がないのだから。しかし、地域の方々には、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。僕らをここまで大きくしてくれたのだから、そんなので、1件でも事故が減るなら寄贈したい。しかし、本当に子どもの役に立つのか?本当に地域の役に立つのか?ねぇ、朝日新聞さん!
2007.06.28
私立高校情報に関しては、質、量ともに溢れんばかりを持っているうちの塾。そのためにこの時期に訪問する私立高校の数は膨大なものになる。今年は、T先生がその大半を引き受けてくれているので、かなり楽だが、それでも同日に複数校が被ることも多く、今日は休日返上で十条まで行って来た。東所沢からの通学1時間以内の高校は(生徒が志望しているいないに関わらず)すべてに足を運ぶ。校長以下、複数の先生方と交流も持ち、紙上ではわからない生の情報を頭の中に留めておく。当然、資料や過去の入試データはすべて管理されている。「これほどまでやっている塾は絶対に他にはない」と、自信を持って言えるうちの特長の一つだ。(この特長に関して、以前に書いた記事が ここ)イメージは「ソムリエ」。お客様の要望に応えうるワインを、選んでお出しして、満足させる。薀蓄が語れるくらい当たり前。そんなイメージ。そのためには、頼まれたことのないようなワインだってちゃんと毎年、飲んでおかなくては。そんなわけで、今回は『東京家政大学附属高校』へ行ってきた。この学校、場所は「埼京線 十条駅」だが、所沢から意外にも近い。さらに駅から徒歩5分くらいで着くところもいい。そして最大の特長は、とにかく広い!敷地面積は、東京ドームの2個分以上!その中に、大学院・大学・短大・高校・中学・幼稚園が点在している。僕は北海道出身なので、関東の大学にさほど詳しくはないため、当初、東京家政大学という大学のイメージはほとんどなかったが、初めて校内に足を踏み入れ、とても気に入った。(大学の偏差値とか、就職先とかはわからないのであくまで雰囲気)大学生の格好もバカっぽさなど全然なく、キレイ目、清楚な感じの人たちばかりで、雰囲気がよい。キャンパスもキレイで、美しい。大学の方では、幼稚園教諭や保育士、小学校教諭、栄養士、服飾などに力を入れているようなので、そういった方面に意識にあるようなら、自信を持って選択肢に含めるよう薦められる学校だと思う。大学はさておき、高校の方の特色。これは、たいていの付属校ならどこにでも当てはまることだと思うが、適当にやっていても大学には行けるという逃げ道があるせいか、良くも悪くも、とにかく、雰囲気がゆるい。(早稲田実業や中央大学附属などを始め、付属校は逆にこういう雰囲気を特長に上げるが。。。)そのために、どうしたって他大学への進学には弱くなる。(あんまり勉強している感はないし)簡単にまとめると、ここでのんびりやらせたい、またはやりたいというのであれば十分にお薦めだが、将来をバリバリ系ウーマンとしてイメージしているのであれば、あんまり期待してはいけないかな、といったところか。最後に合格基準だが、これは内緒。(紙上で公表されていない部分もあるので)
2007.06.27
Congratulation!!何がおめでたいかって、それは今日がこのブログの1周年!いやぁ、長かったようで短い1年でした。日記すらつけたことのないこの僕が、ネット機器を必要以上に怖がるこの僕が、筆不精で年賀状すらブーブー言うこの僕が、なんと1周年!思い起こせば、このブログ。ある友人に「伝える」ことだけを目的に、ひじょーに細々と始めたものでしたが、気が付けば、いつのまにやら、こんなにも多くの方々に目を通してもらえるブログに成長することができました。これも、全国の塾ブロガーの方々への『いい意味でのライバル心』に尽きると思います。もちろん、応援してくださった方々の声もものすごく大きかったのですが、正直なところ、僕の場合、ライバル心が最も大きな原動力だったと思います。全国のすばらしき先生方に負けない、いや、勝るような塾を創ろうという想いは、ともすれば、周囲が見えない職人気質に篭りがちな個人塾経営を、より広く啓かせてくれる大きなきっかけとなりました。「やってみて始めてわかる」嫌々ながらも始めたこのブログ。それも続ければ今まで見えなかったものが見えてきた。他者を意識してこその向上心。健全な競争、敬意を抱ける方々の存在が、こんなにも清々しく、こんなにも人を成長させくれるとは。いろいろなことを教えてくれたこのツールに、全国の先生方に、そして、このブログを応援してくれている方々に。感謝
2007.06.26
今日もテナント探し。住居とは違い、絶対数が格段に少ない分、なかなか満足する物件はない。2校舎目は、8年前の創立期とは違い、資金的な余裕が幾分かある。資金力の差、ハード面に手を抜かざるを得ないのが一般的な個人塾のマイナス面だとされているのだとすれば、今回はハード面も、大手に負けないものを揃えたいな、と思う。だって、選んでくれた生徒や保護者が自慢できる塾ってやっぱりいいじゃない?うちらの腕も、そりゃ自慢してくれているんだろうけど、それ以外の面でも、生徒にとって、もっと、もっと自慢の塾でありたいもん。そういう意味で、誰が見たって「すごいなぁ」って言ってもらえる、ハード面の充実には、目を向けていたい。さて、そこで今、テナント探しと同時進行で考えているのが『ロゴ』今の看板デザインは、創立当初に適当に自分らで作ったもの。そこで今回を機に、プロの業者に頼んで作ってもらおうかと思っている。さて、どんなものができるのか、こう、ご期待!!
2007.06.24
日本ブログ村のバナーを変えてみた。さすがに、でっかいな。。。(^^ゞきっかけは、今まで掲載していたバナー。なんと!僕が登録していたのは「受験」ではなく、「塾・予備校教育」だったのが判明したのだ。今まで気がつかないとは。。。ということで、僕が登録しているのは、「教育ブログ」の中の「塾・予備校教育」ランキングです。よろしくお願いします。現在、ありがたいことに(一応)日本一です。
2007.06.23
教育の機会には、絶好のタイミングというものがある。昨日は頭痛が激しく、つい対応を怠った。それからずっと、今もまだ悔いている出来事。それは、努力している者を冷やかしていた愚か者に、毅然とした対応をとらなかったこと。怒鳴りはした。しかしそれ以上を追求を怠ってしまった。これは大事、貴重な機会だった。彼のためにも、また言われた者のためにも、一喝するだけではなく、徹底的に追求し、口にした者が、心から反省したことを確認するまで懇々と、それこそいくらでも時間をかけて話すべきだった。今日、もう一度掘り起こしても意味は薄い。機会を逃したことが今はとにかく悔やまれてならない。
2007.06.23
4月13日以来、「お気に入りブログ」ならびに「ブックマーク」を表示しない項目にさせていただいておりましたが、諸事情がクリアになりましたので、再度、表示しなおします。リンクさせていただいていた先生方、リンクしていただいておきながら、今までの無礼、お許しください。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2007.06.20
以前、Kの話はブログに採り上げた。⇒ ここさて、今日は英語講師陣のもう1人、Yのお話。彼はうちの塾の第4期生。当時から英語が大好きだった。とはいえ、彼はKのように圧倒的な知識量で勝負するタイプの教師ではない。研究者タイプのKとはまったく違い、非常に温和、いっつも笑顔のお兄さん的存在だ。授業でも、個人個人の向上心、知識欲求をくすぐろうとするKとは違い、みんなでがんばろう!みんなで助け合おうというような、個よりも和を重視した引っ張り方をする。ちなみに、僕の講師の育成方法は、マニュアル化に代表されるような、「こうしなさい」的な方法は採らない。僕が講師に伝えていることといえば、自分の視点で構わない。「自分が親なら、子どもにはこうなって欲しい。」「こんな人がいたら、尊敬する。」という人間像を常にイメージしなさい。その人間像に生徒を近づけるためには、どういう風にアプローチしていけばいいか、すべてはその視点で考えること。ちなみに、オレはこう考えて、こういうアプローチを一貫して採っている。その結果として、生徒はどう変わり、どういう効果が出たのか。こんなことばかり語っている。もちろん技術も大事だろう。しかし、それ以上に彼らの個性もまた大事にしたい。彼らが試行錯誤したものを見てみたい。その上で、彼らの方針に僕の経験を乗っけていきたい。そう、彼らにも考える人間になってもらいたいのだ。そんな風に、自ら考え、試行錯誤し、行動する人間で塾内を固めることもまた、生徒に刺激を与える大きな要因になる、うちの塾生が伸びていく理由の大きな一つになっているはずだと確信しているのだ。話は逸れたが、Y講師もそれに違わず、独自の方針を固めつつある。先日、彼の授業後には、彼を中心に生徒たちの輪ができていた。和を尊ぶ彼の指導方針が実を結びつつあるのだろう。ちなみに、彼が担当するクラスでは、今回の定期テストの平均点が90点弱。(今、自宅から更新しているので、正確な数字は覚えていない)彼が担当するメンバーの大半は、昨年Kが教えていた、通知表5ばかりのクラスなので、その辺は差し引いたとしても、十分な結果だと思う。そんな講師Y、今の悩みが「呼ばれ方」。彼がうちの講師に就任して以来、ずっと呼ばれている呼び名。それは、「もこみティ」速水もこみちに似ているので、「もこみち」と「ティチャー」を足したのだそうだ。本人はもうやめて欲しいらしい。。。(^_^;)そんな相談をこの前受けた。
2007.06.20
お!?ふと気が付けば「日本ブログ村」での塾・予備校ランキングで1位になってました。ありがとうございます!という、御礼を理由にした、更新だったりして(^_^;)。
2007.06.18
生徒たちの感想をいくつか紹介。中学生が手に入れた、大学へのイメージだ。・とにかく広くて、建物も大きくて、テーマパークみたい。・大学生にもいろんな人がいた。・1つの教室が広いし、机や椅子とかも「大学」って感じでカッコよかった。・大学生というと頭がいい人たちばかりで、みんなメガネかけているイメージだったけど、ぜんぜん違って、カッコいい人たちばっかりだった。・学食が安くて、ボリュームがあって、ソフトクリーム機があったりして、メニューもたくさんあってびっくりした。・ドラマで見たとおりだった!・サークルの勧誘にあって焦った。怖かったので、逃げた。・大学生になったらこういうところで勉強するんだって、すっごいワクワクした。・4年後くらいのことだけど、今から楽しみでしょうがない!目的意識が強~くなるので、お勧めの企画ですよ!
2007.06.16
いつか書こうと思っていましたが、どう書いたらいやらしくないのか、(このブログで、自慢はあんまりしたくない。読んでくださっている方に申し訳ないですので。)そんなことを考えていたら、時間ばかりが過ぎてしまいました。小手指からのご訪問、遠いところありがとうございました。本当は、距離に関係はないはずでしょうが、遠いところから、わざわざ興味を持って来てくださると、やはり、よりいっそうパワーが湧いてきます。最高の教育、目指します!来年お会いできること、楽しみにしております。最後に、来てくれたお姉ちゃんへ。 ルービックキューブ、あんなに一生懸命になる姿。あの目を大事にしてくださいね。算数、きっと大丈夫。勉強って、教えてもらえる先生で、ほんっとに変わるものだから、科目を嫌いになっちゃうのはもったいない。お母さんと一緒に、今度、本屋さんに行ってみよう。おもしろい算数、いっぱいあるんだから。来年、会えるの楽しみにしてるよ(^^♪
2007.06.15
先ほど、同じ塾業界の友人と電話でお話。いろいろと話した内容の中に、ひとつ疑問に思ったことが。。。うちの塾は、中学3年間、途中退塾が出ない限り、同じメンバーで勉強していく。以前にも書いたが、イメージは『公立の、のんびり自由な環境の中にいながら、私立のような特化した教育、競い磨き合う仲間をも持つことができる。』そんな環境。長期的な視点で考えることができるという、他にはない利点を最大限に活かし、名門私立校並みの人格教育、言い換えれば、社会の役に立つ人になるという想いを、頭の中に植えつける教育を行いたい。社会の役に立ちたいという想いが、成長したいと思う土壌になるのではないか。成長したい、役立ちたいという想いが備われば、成績なんてもんは、いつのまにか付いてくる。大事なのは成績か?いや違う、よい成績をとる心ではないのか?そう考えたから。とは言え、どれだけ想いが崇高であっても、実際の結果が伴わなければ、説得力は欠片もない。社会の役に立つ大人になろうと、向上心を持った中学生に育っているなら、中学校レベルの勉強が、メチャクチャできる必要はないにせよそこそこはできて当然だろうから。そして、結果はやはりものすごいものになったと思う。がんばれる子に、全員が、とは残念ながら言えないかも知れないが、なってくれたと思う。平均偏差値が61.8これは、それぞれが目標を持ってがんばったという1つの指標になると思っている。さて、前置きは長くなったが、電話で浮かんだ疑問。『遠くの駅からも、生徒が集まる理由、ウィルでなくてはダメな理由は何なのか?』という、彼の質問に、僕はこういう環境と実績(この場合、平均偏差値)を上げたのだが、彼曰く、「それは保護者にとってみれば、よくわからない指標なのではないか」「61.8は、同業者から見れば凄いかもしれないが、すでに偏差値61.8以上ある生徒の保護者から見れば、魅力にはなっていないのではないか」というのだ。確かに。。。(-_-;)計算すれば、この平均偏差値がどれだけすごいことか、わかってもらえると思う。61.8ということは、50.0が1人いれば、73.6が1人いなければならないことになる。実際には、偏差値60に満たない生徒が3分の1くらいはいただろうか。(偏差値55以下は2人だけだったが)ということは、上位層がどのくらいなのか、計算すれば、想像するに難しくはないだろう。しかし、こうやって言われてみると、確かにそんな計算をしてくれる保護者はどれほどいるのか。恥ずかしながら、この業界に僕がいなければ、たぶん計算してないような気がする(^_^;)。そればかりか、もし自分が中学生だったら、61.8を聞いて「自分の偏差値より低いな」なんて思って、魅力なんて感じないかもしれない。う~ん。。。では、なぜうちの塾をこんなにも評価してくださっているのだろう。わからなくなってきた。
2007.06.14
教育は技術ではないと思う。手法なんて、どれが正しい、どれが間違っているなんてものじゃなく、そこに想いがどれだけ込められているか、その想いがどれだけ相手に伝わっているかであって、こうすれば必ず良いというものではない。先日、女友達からこんなことを聞いた。2歳になる女の子の子育ての悩みだ。「最近、反抗期が来て、ほんっと大変。」何が一番、大変なのか。それは、初めての子育てゆえの悩み。彼女は、『子育てハッピーアドバイス』を読んだそうだが、そこにある「甘えさせる」と「甘やかす」の違いに苦悩しているのだそう。一体、どこまでが甘やかしで、どこまでが甘えさせるなのか。ラインはどこにあるのだろうか。『少しでも良い教育をしてあげたい。』母の切なる想い、そこから来る悩み。また今日、昼の報道番組で、ニートを持つ母の苦悩に、白梅学園大学 子ども学部の教授であり、副学長でもある「汐見 稔幸」氏がこう答えていた。「頭ごなしにものを言うのではなく、相手の立場に立って、一緒に考え、味方になってあげることが肝要」な~んにも参考にならない。悩む母の気持ちを全然わかってない。こんなのは何のアドバイスにもならない。むしろ、いっそう悩ませる結果にだってなりかねない。子どもを想うからこそ、出る言葉。想いが言葉に乗って、ついその声も大きくなる。子どものことを想わない親なんて極めて少数だろう。そもそも、想わない親なら悩まないはずである。僕はこう思う。『どこまでか』『どうするか』それは、ご自分の判断で決めていい。自信を持って決めていい。そもそも手法に絶対的な正解なんてないのだ。お子さんを信じる気持ち、愛する気持ちが伝わっていれさえすれば、どんな手法であっても、それがきっと正解に極めて近い。必要なことは『覚悟』。大事なことは『信念』。迷って当然。悩んで当然。でも、悩むようなら、きっと大丈夫。大丈夫。小学校高学年と中学、高校生を、客観的に大勢見てきた経験則です。
2007.06.14
今日は朝から川越で説明会。その後、クレアモールを歩いて本川越駅へ向かう途中、大きな声を懸命に張り上げて、献血をお願いする男性の姿が。・・・ということで、学生の時以来人生2度目の献血。この程度のことで、誰かの役に立てるのなら、もっと頻繁に通いたいのだが、時間も約1時間かかるのと、ちょっと疲れてしまうのとで、予定が後にない時にしか参加することができないのが残念。そうか、所沢にもあるのか。また行ってみよう。昔、サッカー日本代表の元主将である井原選手がやっていたCM。「メンバーが足りません」結構知られていないことだが、血液は慢性的に不足しているとのことだ。ぜひ、メンバーになりたいと思う。ちなみに、痛みは点滴くらいなもの。飲み物やお菓子は自由に取ることができて、場所によっては軽食も付く。献血中は、リクライニング式の寝心地のよいベッドで、テレビもしくは雑誌を読んでいればよい。職員の方々も、仕事柄が関係するのか、本当によい人ばかりで、気持ちもいい対応をしてくださいます。想像以上に簡単なことですよ。
2007.06.13
教育の目標は、勉強をできる子にすることではない。社会に、そして人に必要とされる人間にすることです。そのための道は、一つではない。いろんな道があることを伝えていきたい。いろんな道があることを知ってほしい。そのためには、勉強だけじゃなく、部活にも、行事にも一生懸命に参加してほしい。「そんなことばかり一生懸命になっていたら、勉強がおろそかになるんじゃないか?」親御さんが、そう心配されるそのお気持ち、よくわかります。でも、子どもがそれを楽しんでやっているのであれば、意外と苦ではないものですし、むしろそれが、勉強にだって活きてきたりするかもしれません。また、時間はあったらあったで、なかったらなかったで、何とかしなければならないもの。与えられた状況で、如何により精度の高いパフォーマンスができるかが大事です。与えられた状況に愚痴を言ったり、言い訳にするような人にならないよう、大事なことを伝えるいい機会となるかもしれません。あらゆることに一生懸命に取り組む。そこから自分の得手不得手がおぼろげながらも見えてくるのではないでしょうか。とにかく、1日1日を懸命に!
2007.06.12
昨日、市ヶ谷へ行ったついでに、大きな書店があったので、2時間ばかりゆっくりと「立ち読み」(← 適当な言葉が見当たらない)。書店推薦の本に目を通したり、気になったタイトルの本をぱらぱらめくったり、以前から気になっていた本を探してみたり・・・。(たま子さんへ:ご紹介くださった本、見てみましたが、ちょっと中学生には難しいかもしれないです)しかし、こうやって手に取った本ってのは、何か理由があるんだろうな。「あんだけ本がいっぱいあって、その中で手にとられる本とそうでない本、そこにある違いは何なんだろう?」そんなことを考えながら、ぶらついていたら2時間も経っていてびっくりしてしまった。そこで、中学生にぜひ聞いて欲しいいい言葉を見つけた。薩摩の教え 『男の順序』一、何かに挑戦し、成功した者 二、何かに挑戦し、失敗した者 三、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者 四、何もしなかった者 五、何もせず批判だけしている者この言葉、今の時代に男も女も関係なく、いい言葉だと思います。
2007.06.12
うちが目指す形は私学にある。私学の特化した手法を大きく採り入れたい。では、どこに特化するか、どこの私立を目標にするか。そこを見誤らないようにしていく。公立の、のんびり自由な環境の中にいながら、私立のような特化した教育、競い磨き合う仲間をも持つことができる。そんな贅沢を目指す。
2007.06.11
うちの進路指導は、『行きたい学校に行く』ことを大事にする。言い換えれば、志望校に理由を求める。成績で輪切りにした進路指導はしない。あくまでも生徒と保護者の意見、志向に合わせる。だから、うちは有名校、難関校に何人進学したかということに興味はない。(聞かれれば隠すようなことではないので答えますが)。他の学校では、少しでも進学実績を上げようと、高め高めを受けるよう生徒に促すようだ。力のある生徒には行きたくもない私立も、日程が合う限り受けるようにお願いすると聞く。そんな生徒を広告棟に使うような進路指導を私たちは忌み嫌う。そもそもうちは、生徒に志を抱かせ、そこに向かってあきらめずに努力し、自己実現を叶えられる人間の育成を目指している。受験に成功するためだけの学力に興味はない。これは、今日行われた某私立高校の説明会における理事長のお話。驚いた。いつも僕が言っているのと同じだ。ある一点を除いては、だが。うちも、難関校に何人合格したかということに、あまり興味が無い。いや、意図的に興味を持たないようにしている。(そうじゃないと、生徒はそれを敏感に感じ取り、あたかも勉強できる方が偉い的な感覚を持ってしまうから)なぜなら、経験しておくべき大事なことは、自分の目標を叶えられたか、もしくは叶えようと頑張れたかどうかであって、人もうらやむ難関校へ行くことではないはず。価値観は相対的なものではない。幸せは相対的なものではない。価値観の押し付けはいけない。そう、考えているからである。では、除く一点とは何か?それは、志を持ち、あきらめずに努力して、夢を叶えるような人間の学力は、たいていの場合、低くないということ。そういう人間を目指し、もし、成果が出ているようなら、合格校の偏差値層も自ずと増えるはずだ。そりゃ、学年トップ、東大も余裕みたいな生徒が、東大を受けずに職人の道を目指して進学しませんでした。あり得るかもしれない。うちの塾でも、それに近い事例があるから。でも、絶対に少数派だろう。 東大に一人出ました!みたいに、ただ一人を強調するような高校は滑稽でしかないが、全体の何割がどのくらいの偏差値層の大学へ進学したかは、十分に、その高校の理念の実現率を測るに足る資料となるだろう。 実績が出ていない学校がどんなに立派な言葉を並べてもまったく伝わらない。確かに、先のような例を用いれば、明治大学に受かるような生徒が、小学校の教員になりたくて文教大学を選ぶというのはそれなりにいるかもしれない。それを妨げるようなことはしたくない、だから単純に進学先の大学名で比較しないで欲しいというのなら、生徒の伸び率やうちのように平均偏差値を出せばいいのではないか。それすら出さずに、「言葉の内容、理念で選んで欲しい」では保護者も困るだろう。断言できるけど、志を持たせることができていれば、人はものすご~く変わる。ましてや子供なら尚更。もっともっと伸びる。めちゃくちゃ伸びる。 入学者の学力層を言い訳にしているようでは、理念を持って創られた創立者が泣くんじゃないか。それにしても、ダメな学校には共通した一つの特徴があるような気がしてきた。それは、中間管理職であろう先生方の顔。40代半ば~50代の先生の方々の顔が、腑抜けている場合は大抵ダメな学校だ。ちなみに、この学校、一時は閉校の危機に直面したらしい。しかし、校長が変わってから4年。先生方の入れ替えなども経て、今年の新入生は4年前の5倍にまで膨れ上がった。今まで、悪いことばかり書いたが、理念をまさに体現したような、すばらしい先生も幾人か見受けられる。しかし、まだまだ暗~い顔をした先生も多いのだ。すべては、この席に招待してくれたH広報課長率いる若手と、校長先生の手腕にかかっている。
2007.06.11
某私立高校から、わざわざ招待状に電話連絡付きで、ご招待を受けたので、今から行って来ます。その先生には昨年、初めてじっくりお話しする機会があったんですが、それ以来、目をかけてくださっています。場所は、なんと! 市ヶ谷。誰も受験しないだろう!(笑)というくらいの距離ですが、私立ソムリエを自称する僕としては、私立高校で知らないところは無いようにしておきたい。と、いう訳で行って来ます!
2007.06.11
今日は疲れた。。。何しろ、帰宅してやっと落ち着いたのが今。(引率のS先生もお疲れ様でした。)明日は新所沢の物件探しに早起きしなければなりません。今日も早く寝ます。ただ、大学見学、(多分)大成功!! (←これが書きたかった!)こんなにも生徒の意識が変わるのに、なぜ他の塾では行わないんでしょう絶対にお薦めですよ!(事前の準備が大変ですが。。。)どんな風に生徒たちが反応し、どんな言葉を口に出してくれたか、それら詳細は、引率してくれたもう一人の先生、S先生が大学生の視点で、お世辞無しの正直な感想をもって、自身のブログに書いてくれることでしょう。よろしくね!
2007.06.09
明日(正確には今日)は、中学3年生を引き連れての大学見学会。昨年はみんな、ものすごく影響を受けてくれた。今年はどうかな?そんなわけで明日は早いので、早く寝ます。。。
2007.06.09
以前、某有名私立中学の教頭先生にお話を伺ったことがある。その先生は、近年の私立中ブームを『我々のやってきた教育が評価されてきた』という点においては、非常にうれしく、また、重く受け止めているとしながらも、私立中に対するいわば『公立よりもあらゆる面ですばらしい』という万能感には警鐘を鳴らしていた。私立中は、公立よりも特化しているのであって、決して平均的ではない。そういう意味では、万能感は公立よりもない。特化している部分が子供に合わなければ、最悪の結果を迎えることになるのだ。また、私立は公立とは異なり、選抜されて入学してくる。当然、能力的にも、生活環境的にも似通った生徒が多くなる。(そうすることによって、私立側としては特化しやすくなる)もちろん学力レベルも総じて高い(ことが多い)。にもかかわらず、そこで順位が付けられるとどうなるか?そう、最下位は必ず出るのだ。平均以下は必ず生まれる。ここで劣等感を持ち、埋もれていく生徒たちは、毎年必ず出てくるそうだ。内心、「この子は公立へ行っていれば、成績優秀で自信を持って、もっと活き活きと義務教育期間を送れただろうに・・・。」そう思うことしばしばだと言う。当然、その割合を少しでも少なくしようと、様々な試みを行い、ケアをしているそうだが。最後に、リクルート社の人事統括部長、ロンドン大学の研究員を歴任して、小泉改革の目玉、まさに鳴り物入りで杉並区立和田中学校に民間人校長として就任し、現在もテレビや新聞等に頻繁に出演されている「藤原和博」先生がおっしゃっていた事。藤原和博先生の著書である『公立校の逆襲 いい学校をつくる!』より、ちょっと長いが、一章まるごと引用してみたい。一般社会で長く活躍された方が、外の感覚で教育現場を見たときの感覚は、長く教育界にいた者の書く、薄っぺらいものよりもはるかに現実的だ。『私立を超える公立校』公立中と私立中の選択について、見逃しがちないくつかの視点を提供しよう。まずは、経済的なことから。私立中に子供を入れれば税金とは別に授業料で年に60万から120万円程度がかかる。月に5万から10万円だから、公立中に通わせながら家庭教師や塾、あるいは子供の関心の高いスポーツ、芸術活動にそれだけ投資するのとどっちがいいかという判断になる。ただこの場合、お金を払って教室を選ぶのだから、子供に合った指導者の選択が可能だ。私立は一般に公立より教師の質が高いように思われているふしがあるが、さて、どうであろう。学校での教師の巡り合わせが、運、不運に左右されるのは、公立、私立どちらもかわらない。「私立に入れたほうが息子や娘にとって良い」この信仰は都市部で根強い。ところが、不思議なことに「私立で学んだほうが、人はその人生において、自己実現ができたり、幸せになれる」という仮説を検証した研究にはお目にかかったことがない。なぜなら、そんな結果を出そうとすれば、何千人という研究対象の人間を何十年にも渡って追跡調査をしなければならないからだ。やればノーベル賞ものだと思うが、そんな根気のある研究者は今後も現れないだろう。だいたい自己実現や幸せをどう測るかも怪しいものだから。かつて私は、世の中でオリジナルな仕事を見つけ、ユニークな人生を生きている仲間たちを、『人生のつくり方』(サンマーク出版)という本で紹介したことがある。親の遺産をそのまま引き継いだ二世、いわゆるジュニアは省いた。また、親がピアニストとかプロゴルファーで、そのまま英才教育で同じ職業になったというような、ストレートな才能の継承もなし。フツーの人生からスタートして、フツーじゃなくなった40代前後の人たちへの取材を通して仕事百科を作ったのだ。参考のために示すが、108人の登場人物の中で、小学校が公立の人は95%。中学校では公立が83%。高校になると、公立が71%で、私立が3割程度。小中高全部が公立だったのは、地方出身者も多いからかもしれないが、7割を超えた。この結果をどう判断するかは、読者に任せよう。教育の能率という視点で考えると、圧倒的に私立が優位だ。試験によって「足きり」ができるし、親の属性もだいたい似通ってくるから、同質の集団が形成できる。同質の集団にものを教えるほど、楽なことはない。公立の場合には多様な背景をもった生徒たちが無試験で入ってくる。その雑多な集団をどうまとめ、誰にリーダーシップを発揮させ、一人一人の持ち味をどう伸ばすかが、教師の手腕となる。私立よりもはるかにタフな仕事だ。公立中学校の校長が言いたいが、決して表に出さない事実も、あえて指摘しておこう。それは私立の中高一貫校がいったん試験で選んでおきながら、途中で放り出す生徒を陰で支えているのも公立校だということ。中には居場所のなくなった怒りを悪さで紛らわす生徒もいるから、落ち着いていた中学が一人の影響で、いっとき騒がしくなったりもする。無責任な放出をする一部の私立中学の名は、校長会でも話題になっている。さらに総合的に親が判断する場合、経済的なことを抜きに考えれば、公立校を積極的に選ぶ理由は二つあるだろう。一つは、多様な子供たちの中で自分の子を育てた方が、同質な中で育てるより、結果的に「もともと雑多な世の中を生き抜くチカラ」になるのではないかということ。21世紀が世界的にも、お互いの異質性を認めあって共生を成し遂げていく世紀になることは間違いない。もう一つは、私立を選ぶことは完成品を買うことに似ているが、公立に入れて親自身もその学校の運営にコミットしていくことは、教育改革に自ら参加することにつながる。他人が育てたブランドを買うのではなく、自分で手作りする感覚に近い。最後に予言しておこう。新指導要領によって公立校の学力への不安が掻き立てられ、一種の私立ブームが起こった。実はこの事が、本来自由で伸び伸びとしているはずの私立の教育活動を呪縛する。何に呪縛されるかというと、保護者の受験に対する過度な期待にだ。特に中堅どころの私立校はこれから、のんびりとした独自の文化を失い、予備校並みの受験指導に駆り立てられる危機に直面する可能性がある。一方、公立校の最大の弱みは校長や教師が異動すると文化資源を継承できないこと。だから私は学校の中に作った「地域本部」の育成に力を注ぐ。「地域本部」を学校の実質的な体の一部、いわば足腰にすえる。これができれば、いにしえの私立並みの豊かな教育活動を行う公立校が出現する。私立を超えた公立校を目指すのだ。(引用 終わり)疲れた(^^ゞ
2007.06.08
ブログ発見!!こここの先生、だ~れだ?
2007.06.08
3期卒塾生が久しぶりに顔を出してくれた。彼女も今年で20歳。時が経つのも早いわそんな彼女がわざわざ来てくれた理由。それは、なんと大学で成績優秀者として金一封と賞状をいただいたとのこと。それをどうしても報告したいと、忙しい最中、来てくれたのだ。その気持ちが何より、何よりうれしい。彼女は、中学校時代、本当に自信がない子だった。プロである僕が客観的に見て、理解力・応用力ともに、まったく問題が感じられないのだが、これまで否定ばかりされてきたのか、入塾時にはすでに劣等感の塊となってしまっていた。それでも、根がほんっと素直な子で、頑張りたい、できるようになりたいという気持ちが僕には感じ取れた、だからこそ、何かを怖がり、臆病になって動けず、ダメな子を演じようとする姿が、痛ましく思えた。僕がそんな彼女に当時採った作戦が、「公民だけはいい点を取ろう。公民は過去の知識が関係ない。まさにみんな同じスタートなんだ。」そんな、嘘も交えながらの鼓舞で、過去を問わない部分で勝負させよう、成功体験を積ませようというものだった。もう、他の科目はどうでもいいくらいの勢いで、必死に公民を教えた。これで公民もダメなら、打つ手がなくなる。その思いで、2人で頑張った。結果は良好。以来、社会は彼女の得意科目となり、高校進学後も、そこを足がかりに頑張ってくれるようになった。元々、能力的には高い子である。そうなると彼女はメキメキ力を付けていった。そして、大学までも合格。・・・・・・・・・そこまではよく報告に来てくれていた。それ以来、約1年ぶりくらいの報告。それが成績優秀者。この仕事って、ホント幸せだ。
2007.06.08
休みが水曜日なので、ほぼ毎週見ているドラマ。学ぼう、学びたいと、貪欲に技術の習得に励む様と、あきらめずに努力し、成長していく様は、子どもたちに大きな影響を与えてくれるのではないかと思う。『学力=学ぶ力』学べない者は成長がない。学ぶという能力はすべての職種に通ずる。学んで、学んで、学んで、大きくなる。 僕もそう。誰もがそう。君もそう。昔からそう。すばらしい『仕事』ができる人になりたい。すばらしい『仕事』ができる人を育てたい。
2007.06.07
先ほど、『光とともに・・・ ~自閉症児を抱えて~』のドラマを見た。障害を持った子を持つ保護者の方々の苦悩。これはとても計り知れない。自分がそういう立場にならないと、その気持ちは絶対にわからないのだろう。一方で、養護教諭の方の苦悩は、ほんの少しだけわかるような気がする。以前、ある保護者の方に、障害児教育について相談を受けたことがある。相談を持ちかけていただいた以上、少しでも役に立ちたいと思い、実際にその子に会わせてもらったが、素人である僕には、どんなに気持ちはあっても、実際には何をどうしたらよいか、具体的な手法は何も浮かばなかった。そこで、近くにある東京学芸大学に赴き、そこの障害児教育を専門にされている研究室に相談を持ちかけた。いきなり相談を持ちかけて、どのような対応をされるのか、内心不安ではあったが、そこの方々は皆ものすごく協力的に対応してくださった。僕にどのようなことができるのか、どのような教授法を取ればよいのかという質問に、教授の方のお答えは、素人には無理、専門の施設でお願いすべきだというものだった。しかし、保護者の方のお気持ちは、どうしても普通教室に通わせたい。高校は養護学校へ進学するとしても、それまでの義務教育期間は、普通教室で一般のみんなと過ごさせてあげたいというものだ。そうなると学校の授業では、ただいるだけ、ただ座っているだけになるだろうから、簡単な読み、書き、計算を僕にお願いしてきて下さったのだ。それを「やっぱり養護教室で」とは、とても言えない。その時はそう思った。納得しない僕に、その教授が勧めてくださったのが、現場を見るということ。そこで、その先生の紹介で、東京学芸大学附属養護学校へ伺う事となった。そこで見たもの。それはそれは驚きの連続。僕の想像すらしなかった教育理念、教育方針、そして卓越した教授法があった。「これは素人にはできない。いや、こんなことができる人間がありえない。」率直にそう思った。養護教諭の方々は普通ではない。凄すぎる。忍耐力、精神力、そして何より深い愛の心。全員が全員、一人残らず、今まで出会ったこともないような人格者ばかりだった。そこで出会った方々は、本当に親身になって相談に乗ってくれた。それも夕方遅くまで、真剣に。そこで出た僕と先生の折衷案が、「養護見習いの先生による家庭教師」先生がすばらしい方を紹介してくれるというので、その方にお任せすることにした。後日談だが、その保護者の方から聞いた話によると、本当にすばらしい方で、正式に養護教諭になった今も、その方は時折気にかけて連絡を下さるそうだ。ものすごく救われたと、感謝しておられた。養護教諭。ものすごい方々。(抽象的な感想ですいません(^_^;)。具体的に話すと長くなってしまうものですから。とにかくイメージは映画「学校2」の西田敏行。みんな西田敏行って感じです。)若き日の僕の人生観、何でもできる感を持った僕を、粉々に砕いてくださった。それ以来、僕の尊敬する職業、第一位に君臨し続けている。
2007.06.06
中3の結果がほぼ出揃った。う~ん。。。これはちょっと良過ぎやしないか?申し訳ないが、ちょっと信じられない(みんなゴメン!)。きっとものすごく平均点が高いんじゃないだろうか。(たとえ簡単な問題だったとしても、落とさずしっかり取ってきたことはすばらしいよ!)でも、これじゃあ成績をつける際に、何の参考にもならないような気が・・・。通知表が心配(^_^;)。
2007.06.06
昨年度卒の第7期生。3年間一貫指導体制が確立した初の生徒だったわけだが、その成果は、客観的に見たってものすごい数値だった。自分が思い描いていた形にすることができたので、それ相応の成果を期待してはいたが、よもやここまでとは、想像だにしなかった。そのために興奮している自分もいたが、同時に冷静に考える自分もいた。「塾が凄いのではなく、たまたま生徒たちが凄かったのかもしれない」この成果が続くようでなければ、本当の実力とは言えないと思う。理想は、どんな生徒でも偏差値60を超える学力が身に付く場所。しかも、宿題や課題などをガシガシやらせる形ではなく、生徒の意識に変化を与えることによって、極端な話、家で勉強しなくても上位の成績でいられるような。。。そんな塾でなければ、少なくとも僕の目指す方向ではない。勉強だけできても、僕は満足できない。ただ、これを聞くと子どもは勘違いしてしまうので、子どもたちのために補足すると、中学校レベルの勉強すらできないようでは話にはならないと思います。ここで言いたいところは、その勉強でまずまずの成績が取れるための、意識、心が大事なのであって、それ無しに知識だけあっても、子どもがよく言うように、その知識(国語・数学・理科・社会・英語)を使う職業などそうはないのだから、ただ勉強だけできても意味がないのではないかということです。無理やりやるような体制を整えれば、そりゃ間違いなく成績は上がるだろう。成績が上がれば、選択肢は広がるわけで、プラスはあってもマイナスはない(ように見える)。しかし、僕はもっとその先を狙いたい。中学校を卒業するまでに、できるようになるプロセスを身につけてもらいたいのだ。教科、それ自体は将来の仕事に、生活に役立つものではない。でも、できるようになるプロセスは、将来の仕事、生活に間違いなく役に立つ。だからそこを育てたい。そこだけに一点集中!力を注ぐ。意識が変わり、取り組み方が変わり、その結果として相対的に成績がよい。『普通にやってるだけだけど、偏差値60』これが目標。僕らの考えたこの指導法が本物かどうか、その答えは今年出る。
2007.06.05
大人になるということは、良くも悪くも「のり代」が減っていくということだと思う。僕は今年で32歳になるのだが、今からどう頑張ってもサッカーでプロにはなれないだろう。でも、10年前なら?15年前なら?一方で、ニートやフリーターになることも、もはやないだろう。でも、10年前なら?15年前なら?これが年を取るという意味の一つだと思う。可能性が減る。仮に、これは真実だとして、まだ若き相手に対しても同じように、30過ぎた自分を基準に、たかだか一人の人生を基準に考えてはいけない。当たり前のことだと知ってはいるつもりだったが、人ってもんはとかく自分が基準になってしまうもので、気づかないうちに忘れてしまっているのかもしれないなと、思わせられることが昨日、2つあった。現中2の女の子。数学が大の大の大の苦手で、学校のテストでもだいたい50点取れればよいような生徒。そんな子が、ある日「部活を辞めることにしたから、勉強に専念するね」と言った。「おう!がんばろうね!」とは言ったものの、心の奥底では過去のそう言った生徒の経験から、恐らくやらないだろうなと思っていた。部活を続けられない生徒が、勉強に専念できるなんて、確率的には低いはずだと思っていたからだ。もちろん心から応援はしていた。しかし、期待が大き過ぎると裏切られたときにショックも大きい。まだまだ幼い者に、無防備の期待をかけるのは、お互いの関係において、必ずしもいい方に向かないということを、経験則で知っていたから、内心で防備していたという意味だ。しかし、その子はそれ以来毎日、本当に1ヶ月以上に渡り毎日、学校帰りに勉強しに来た。日が続くにつれ、試験の日が近くなる。そうすると、数学担当ではない僕は、ふと不安に襲われる。『こんなにやって、もし万が一テストで取れなかったら?』算数時代から相当できなかった生徒である。それがテストという舞台で、どこまで変われるのか?点数が伸びるのは疑いようのないとしても、その点数が本人の納得のいくものでなくてはならないのだ。試験が終わった日、いつものように塾に来た彼女は、「試験が配られたら、震えてしまって動けなくて、しばらく目をつぶって深呼吸したんだ。こんなに緊張したのは初めてだよ!」そして・・・昨日、テストが返ってきた。数学、93点(2問ミス)!彼女の顔はまばゆいくらいに輝いていた。数学担当のTは満面の笑みでガッツポーズ!ちょっと泣きそうになった。そして、心に防備を用意していた自分を恥じた。一ヶ月でこんなにも変われる。それが10代。忘れているつもりもなかったが、改めて気がづかされた日だった。(もう一つはまた後で)
2007.06.05
しばらくパソコンすらゆっくり見られませんでした。ちょっと考え事をしていたもので。だいたいの目星が付きましたので、また明日から更新していきますね。・・・ということで、今から塾を出ます!
2007.06.04
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