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26. 夏合宿〔後編〕 ~突然の誤算~ 「淳一!」私はもう一度呼んでみた。真っ黒な水の中から、彼は顔を出した。「冷てえよぉ…!」彼は悲鳴を挙げた。「大丈夫か…?」彼は岩の上へ這い上がろうとしたが、岩の斜面で手を滑らし、又海の中へ落ちた。そして打ち寄せて来た波に呑まれ、再び彼の姿は見えなくなった。暫くして、又彼は顔を出した。「助けて呉れ…。」彼は云った。私は手を貸そうとしたが、上手く行かなかった。淳一は何度も沈んだり、浮かび上がったりを繰り返して、漸く岩の上に這い上がって来た。 砂浜へ引き返しながら、我々は何度も足を滑らせ、時々海の中へ落ちた。やがて我々は、海岸へ向かって右側の海水はとても冷たく、反対に左側の海水は温かいと言う事に気付いた。二人は満身創痍で、何とか砂浜に到着した。「良かった…。みんな、心配したのよ…。」千絵が云った。 民宿では、男女別に5、6人ずつ部屋割りが行われた。然し眠る時には、部屋割り等有って無きが如しであった。夜は連日、学年別にコンパが催された。中には、各部屋を渡り歩いて酒を呑んでいる者も居た。私が美穂の様子のおかしい事に気付いたのは、合宿4日目の夜だった。私は当初、美穂が皆の前で余り私にベタベタしないで呉れれば良いが、と考えていた。然し予期に反して、彼女は合宿の間ずっと、私の側へ寄って来なかった。其れは私に取って好都合であり、御蔭で私は淳一と華麗なるゲームを思う存分楽しむ事が出来た。美穂とは合宿が終われば金沢へ行く約束になっており、其の時彼女にサービスすれば好いだろうと、私は思っていた。其れにしても、普段の彼女と比べれば、夏合宿に来てからの彼女の態度は何処かよそよそしく、私を避けている様にさえ感じられた。唯私は、急度此方の気を引こうと言う彼女の魂胆であろう位に考えて、大して心に止めなかった。私と淳一は、夜も華麗なる出逢いを求めて外へ出掛け、サークルのコンパには殆ど参加しなかった。然し、其の夜は、最初から1年の皆と酒を呑んだ。 「今夜は珍しいわね…。身体の調子でも悪いの? 其れとも、もうナンパに飽きちゃったのかしら…?」千絵が私と淳一に云った。我々は前の晩、冷たい海の水に浸かって、少し風邪気味であった。「違う。実はコンドームが切れちゃったんだ。千絵、持ってたら譲って呉れないか…?」淳一が嘯いた。「知らないわ…。自分で買いに行き為さいよ。駅の側に、自動販売機が有ったじゃない…。」千絵は不機嫌そうに云った。美穂は私から一番遠い処に坐っていた。彼女は、隣の横沢と言う男に寄り添う様にして、其の男と愉しそうに話をしていた。やがて酒が進むと、美穂は横沢の肩に頭を乗せて、相変わらず何か話し込んでいた。私は彼女から態と視線を外して、周りの者と雑談を交した。だが、矢張り、内心穏やかでは無かった。(彼女は一体、どう言う積もりだ…?)自分の彼女が他の男と、身体をベッタリ寄せ合って居る姿を視るのは、気分の好いものでは無かった。美穂と横沢の様子は、次第に新密度を増していった。私と美穂の関係は、一応サークルの者達に隠していたが、勿論知っている者も何人か居た。私がトイレへ行った時、後から淳一も入って来て、私の隣に立った。「おい、美穂のあの態度は、どう言う理由だ…?」淳一が云った。「俺にも解らん…。」「彼女と何か有ったのか?」「否、別に…、思い当たる事は無い。8月の頭に東京で逢ってから、此の合宿迄逢って無いが、其の間に、彼奴の気が変わったのかも知れない…。」「まさか…。」 私と淳一は早々に宴会の部屋を抜け出し、布団の敷いて有る部屋へ行った。我々は風邪の所為で、熱っぽかった。「さっき聞いたんだが、美穂と横沢は合宿中ずっとあの調子だったらしいぜ。お前等の関係を知ってる者の間では、お前と彼女は切れたのかって言う話題で持ちきりだってさ。知らなかったのは、俺達位だ…。」布団に潜り込んでから、淳一は云った。「お前、彼女に捨てられちまったんじゃ無えだろうな…? 確りしろよ。」「どうやら、そうらしい…。横沢に乗り換えたって処だろう…。」「美穂の奴、男を舐めてんじゃねえのか…? はっきり彼女に確かめてみろ。」「ああ…。でも、彼女が態度で示そうとしてるんなら、無理に確かめる必要も無いさ。」我々が眠りに就こうとした時、壁の向う側から、母音の発声が聴こえて来た。隣は3年の部屋だった。4年生は就職活動の為、夏合宿には参加しないのが慣例だった。唯、3年生や2年生は合宿で毎晩、乱交パーティーをやっていると言う噂は、私も聞いていた。「とても眠れ無えや…。ウォークマンを取って来る。お前も聴くだろう?」そう云って、淳一は起き上がり、廊下へ出て行った。母音の発声は、次第に大きく、はっきり聴こえて来た。 「美穂…。」次の朝、私は洗面所へ行く途中、廊下で彼女を呼び止めた。「あら、お早う…。」周りには、他に誰も居なかった。「一寸、訊きたい事が有るんだが…。」私は彼女に近付いた。「君は何か俺の事で、怒ってるのかい?」「どうして…? 私、何も怒ってやしないわ。」「気に入らない事が有るのなら、はっきり云って呉れ。」「何も無いわよ。鉄兵、少し変じゃない…?」「変なのは、君の方だろう…。」彼女と私は、合宿に入ってから初めて、二人限で口を利いた。「まあ、いいや…。ところで、金沢はどうする? 一応、ホテルの予約は取って置いたけど…。」微かに、彼女の表情が変化したのを、私は見逃さなかった。「行きたく無くなったかい…?」「予約しちゃったの…? 私、金沢へ行ってみたいとは云ったけど、はっきり鉄兵と一緒に行くって言う約束は、しなかった筈よ。」私は内心、腹が立って来ていた。「行くのか、行かないのか、どっちだい?」「…5日は、友達と約束してるの…。」「そう。解った…。勝手にして呉れ…。」吐き捨てる様に私は云って、洗面所へ歩き出した。 彼女の心が、いつ私から離れてしまったのか、私は考えていた。(北海道から帰って来た時、彼女は自分から求めて来たではないか…。矢張り、お互い帰省していた間に冷めてしまった、と言う理由か…。然し、彼女は、金沢へ行くとはっきり約束はしなかった、と云った…。そう云われれば、そんな気がしないでもないが…。あの時、否、もっと前から、彼女は冷めてしまって居た、と云うのか…? 否、そうは思えない…。矢張り…。) 美穂の突然の心変わりは、少なからず私に動揺を与えた。合宿後半の2日間を、私は透明な気持ちで過ごした。其れは、失恋に変わりなかった。然し、何よりも問題なのは、ホテルのツイン・ルームの予約であった。私は旅行のクーポン券を視詰めた。料金は既に全額、旅行代理店で支払ってあった。(誤算と云うより、振って湧いた災難だな…。)私が描いた、夏休みの最後を飾る明るい計画は、音を立てて崩れて行った。私は淳一に事情を話し、一緒に金沢へ行かないかと誘った。「彼女の代役か…。好いぜ。失恋旅行に付き合って遣ろう…。」淳一は、急いで東京へ帰る必要も無いからと、快く承諾して呉れた。「でも、ホテル代は、ちゃんと払えよ。」私は云った。「何だ。只じゃ無いのか…。」「当たり前だ。」「金を回収する為に、俺を誘ったのか?」「他に理由が有るのか? 誰が好き好んで、男同士の二人旅をする…?」 明日は合宿最終日と言う、5日目の夜、民宿の大広間で盛大に、全員参加の打ち上げコンパが行われた。私は、美穂は実は私にやきもちを妬かそうとして、態と演技をして居るのではないかと、心の片隅で考えていた。今夜か明日になって、「意地悪して御免なさい。一緒に金沢へ行きましょう。」と、私に云う積もりかも知れないと、微かに期待していた。私は、彼女が私の方に視線を送りはしないかと、其れと無く彼女の様子を窺った。然し、彼女の態度は前夜と変わりなかった。横沢にベッタリ寄り添い、仲睦まじく二人で酒を呑んで居た。彼女が私の方を視る気配は無かった。私を無視すると言うより、最早私の事等、意識に無いと言う様子だった。誰かが座敷の中央に出て、春歌を唄って居た。私は未だ、彼女にフラれたと言う事が信じられない気持ちだった。否、其れを実感出来ないで居た。何故なら、彼女は全く普段の彼女だった。唯、寄り添っている男が、私では無かった。 〈二六、夏合宿[後編]〉
2005年10月31日
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25. 夏合宿〔前編〕 階段に差し掛かると、ベルが鳴り始めた。私はバッグを抱え、息を切らせながら走り続けていた。ホームに駆け上がると「あっ、来た! 早く!」と言う叫び声がして、私は「ひかり」の一番近いドアに飛び込んだ。私の背後で、ドアは静かに閉まった。其の朝、私は香織の悲鳴で眼を覚ました。起床を全く彼女に任せていた私は、前日迄の疲れの所為で、安眠の底を漂っていた。香織が寝過ごすと言う事は非常に珍しかったが、彼女も前夜の、久し振りとは言え4回に及ぶ連続遊戯に疲れていたのかも知れない。8月30日、我が「徒歩旅行愛好会」は、夏合宿に向けて、東京駅を出発した。 夏合宿と名打たれた其れは、唯の夏の団体旅行だった。5泊6日の旅で、民宿を渡り歩き、昼間は観光、夜はコンパと言う内容を繰り返すのである。81年度の行先は能登半島で、参加人数は30名程度であった。名古屋で新幹線を降り、特急に乗り換えた。サークルの中には、旅行する場所について、前以て書物を読む等して、知識を携えたり歴史を勉強して置いたりする者も居たが、私等は予備知識は愚か能登と言う以外、自分が何と言う地名の処へ行こうとしているのか全く解らなかった。 「おい、運試しに遠征して来ないか?」私は、向かい合って坐って居る、淳一に囁いた。「好いぜ。」私と淳一は席を立った。「あら、二人揃って何処へ行くの?」千絵が訊いた。「一寸、トイレへ…。」「…電車のトイレに二人で入るの? 仲の良い事で…。」千絵は疑わしげに云った。殆どサークルの貸切状態となっている車輌を抜け出してから、私は云った。「道具はちゃんと持って来ただろうな…?」「もち…。」淳一はポケットに忍ばせたトランプを示した。夏休みも終わり掛けの時期であったが、車内には結構、旅行風の若い連中が居た。そして、若い女性も沢山見掛けた。 「すいません、トランプしませんか?」唐突に、私は声を掛けた。明るい服装をした二人の女性は、驚いた様に私の方を見上げ、其れから、お互いの顔を見合わせた。「僕等、旅に出たは好いんだけど、もう暇で今にも死にそうなんです。迷惑で無かったら、どうか助けると思って、僕等とトランプして下さい…。」空かさず、淳一がフォローを入れた。二人連れの女はクスクス笑い出した。「好いわよ…。」 旅の挟間で見知らぬ女性と会話する事を、至福とする我々に取って、団体で有ると言う事は、何故か心に余裕を与えた。列車の中では、トランプが最強の武器になった。「何だ、じゃあ、俺達と同じ駅で降りるんじゃない…。」淳一が云った。我々は「大富豪」をやりながら、会話を盛り上げる事に労を費やした。彼女等の其の夜の宿泊地は我々と同じ処だった。(此の旅行はツいてるな…。)私は内心そう思った。然し、未だ旅の序盤であり、運を蓄える為にも、彼女等の宿を聞き出して押し掛けて行く約束を取り付ける、と言う様な深入りは避けた。目的地が近付き、私と淳一は、我々が泊まる民宿の名前を教えて、「良かったら、遊びに御出でよ…。」と、誘いの言葉を残して、引き揚げた。「彼女達、来るかな…?」淳一が云った。「さあな…。どっちでも好いさ…。」 私と淳一のコンビは、行く先々の観光地で、次々と女性を漁った。其処では、カメラが必需品だった。「あれに、しよう…。」淳一が云った。向こうから、若い女が二人、此方へ歩いて来るのが見えた。其の二人連れが我々の側迄遣って来た時、淳一はスッと彼女達に近付いた。「すいません…。一寸、シャッターを押して貰えますか…?」「好いですよ。」彼女等は其々、ピンクと黄色のサマー・セーターを着ていた。ピンクを着た女の方が、淳一からカメラを受け取った。「オート・フォーカスですから…、押すだけで好いです。」私と淳一は海をバックに並んで、無駄な写真を一枚撮った。「そうだ…。折角だから、良ければ一緒に写真に入って貰えません…?」私は云った。淳一がカメラを持ち、私は彼女等と寄り添ってポーズを取った。「はい、チーズ…。」次に淳一が、彼女達の間に入った。「淳一。表情が硬いぞ…。」私はファインダーを覗きながら云った。「もっと柔らかく、スマイルを作れよ…。」淳一は歯を出した。「もっと自然に笑えねえのかよ…?」私はカメラから顔を離した。「美しい女性の側だと、緊張してしまうんだ。」私は再びファインダーに眼を近付け、シャッターを押し掛けて、又云った。「お前、髪が乱れてるよ。」淳一は自分の髪に手櫛を入れた。私はシャッターを切ろうとして、又カメラを下げた。「おい、顔に鼻クソ付いてるぞ…。」「えっ…?」淳一は手で自分の顔を触った。「あの…、鼻クソ付いてます?」彼は女達に尋ねた。「いいえ…。」彼女等は笑いながら答えた。「じゃあ、撮るぞ。」私はカメラを構えたが、又しても顔を上げた。「淳一…、」「おい、いい加減にしろよ。」淳一は怒った様に云った。「否、ポーズがつまらないからさ、せめて、肩位抱いて差し上げろよ…。」「そうか…?」淳一は二人の肩を抱き、私はシャッターを押した。 淳一はピンクと、私は黄色と肩を並べて歩いた。「何処から来たの…?」私は訊いた。「東京…。あなた達は…?」「風の街から…。」「そう。東京ね…。」「どうして解った…?」「だって、東京弁で喋ってるじゃない…。」東京を出る時には雨模様だったが、能登へ着いてからはずっと晴天に恵まれた。眼を凝らさないと、空と海の境がよく判らなかった。「私、日本海を視るの、生まれて初めてなのよ。」彼女は云った。「矢っ張り、太平洋とは違うのね…。」「そうかい…?」「色も香りも、全然違うわ。急度海の上を吹いている、風が違うのね…。」「君は俺と違って、旅をする資格の有る人間だね。」「どう言う事…?」「旅心が有るって事さ。俺には、下心しかない…。」バスの出る時間になった。彼女達は「悪いのだけれど、写真を送って頂けないかしら?」と云い、我々は承知して二人の住所と電話番号を書いて貰い、別れを告げた。 合宿3日目の夜、海辺の砂浜で花火大会が行われた。海の上に、岩だけで出来た小さな島が見えた。砂浜から其の島迄、細い岩の路が続いていた。陸に据えられた1本の大きなライトが、岩の路を照らし出していた。「あの島迄行けると思うか?」私は淳一に云った。「どうだろう…? でも行ってみたいな。」「一寸…、馬鹿な事考えるのは、止し為さいよ…。」千絵が云った。然し、私と淳一の心は既に高鳴っていた。危険だから止めた方が好いと言う、サークルの皆の声を無視して、我々二人は出発した。岩の上は非常に滑るので、途中からビーチ・サンダルを脱ぎ、裸足になった。暫く進むと、急に波が高くなった。岩の路の左側から、海水が音を立てて打ち寄せた。我々は足元に注意を払いながら前進した。島と陸の中間辺り迄遣って来た。「カメラを持って来れば良かったな…。」少し余裕が出て来て、淳一が云った。砂浜の方を振り返ると、全員が我々を見詰めている様子だった。私は彼等に手を振った。何人かが手を挙げて応えていた。私と淳一の他に一人位、後を付いて来る者が居るだろうと思ったが、誰も来なかった。「勇気の無い奴等だ…。」波は益々激しく打ち寄せて来た。島は直ぐ近くに見えた。「もう少しだな…。此の分なら、何とか辿り着けそうだ。」私がそう云った時、突然、海岸から我々を照らしていたライトが消えた。辺りは真っ暗になった。「…! どうしたんだ…!?」我々は反射的に両手を付いて、四つん這いになった。何も見えなかった。暫く其の場にじっとして居たが、再びライトが点く気配は無かった。「参ったな…。」「どうする…?」「仕方無い…。引き返そう。」闇の中で、波の音だけが響いた。我々は初めて、身の危険を感じていた。慎重に足場を確かめながら、我々は海岸へ引き返し始めた。「気を付けろよ…。」全く予期せぬ事態に、私は動揺していた。遣って来た時よりも格段に遅いペースで、二人は岩の上を歩いた。「うわっ…!」私の前を歩いていた淳一が、足を滑らせ、身体のバランスを崩した。彼は背中から、海の中へ落ちて行った。「淳一! …!」私は叫んだ。あっと云う間に波に呑まれ、彼の姿は黒い水の中へ消えた。 〈二五、夏合宿[前編]〉
2005年10月30日
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24. 素敵な街〔後編〕 ~母の哀しみ~ 「御免なさいね。厭な思いを、させてしまったかしら…?」「全然…。上品で優しそうな、好いオフクロさんだね。其れに、面白い妹さんだった…。」我々は香織の家を後にした。「又是非、いらして下さいね。」と彼女の母親は云った。妹は我々が見えなくなる迄、ずっと手を振っていた。「私、お母さんの様にだけは、なりたくないわ…。」「何だい、突然? あんな好いオフクロさんを、嫌いなのかい?」「ううん。好きだけど…。家のは、私が小さい時からずっと身体が良く無くてね…。其れで母はいつも、お父さんに充分世話をして挙げられないと済まなそうにして居て、お父さんの親や親戚の人に必要以上に頭を低くしてたわ。子供の私達に迄、気を使うの…。あの人が自分から何かをしたい、何かを欲しいって云ったのを聴いた事は一度も無いわ。いつも自分の感情や望みを犠牲にして、家族や周りの者に気を使い続けて生きて来た人なのよ…。」「偉いお母さんじゃないか…。」「私はそんな生き方、厭だわ。間違ってると思うわ…。どうして家族に迄、遠慮する必要が有るのよ? お父さんが私や妹を叱ったり、家族の誰かが誰かに対して怒ったりした時、お母さんは自分が全然関係ない場合でも、自分の所為だと云って、皆に謝るのよ…。私や妹がお母さんに叱られた事なんて、勿論無いわ。一番身近な者にさえ云いたい事を云わずに、いいえ、云えずに毎日を送るなんて、人間として罪だわ…。お母さんの事、好きだけど…。お母さんを視てると、時々、許せなくなる事が有るのよ…。」「でも君は、初めからお母さんを許してるよ…。君が許せないと思ってるのは、ずっと君のお母さんを包み続けて来た、哀しみだ…。」 「ニコラス」に着いた時、もう外は薄暗くなっていた。柳沢や他のみんなが待っている其の店へ、私と香織は入って行った。「今日は一日中、御楽しみだった様だな…。」ドロがニヤニヤしながら云った。「鉄兵ちゃん、何処へ行って来たんだい?」ヒロシが訊いた。「前橋へ行って、其れから…、彼女の家へ寄って来た…。」「家へ行ったの? 彼女を下さいって云ったのかい…?」「ああ…。でも、遣らないって云われた。」「メシは食った?」柳沢が云った。「否、未だだ…。」「よし、じゃあ、美味いラーメン屋が有るから、其処へ行こう。」「美味いラーメン屋って、まさか…?」香織が訊いた。「そう。『雷ラーメン』さ。」「厭な予感がするな…。又、変な店なんだろ…?」私は香織に云った。「いいえ。今度は大丈夫よ。メニューは日本語で書いて有るわ…。」我々は「ニコラス」を出ると、単車と車で、其の店へ出掛けた。 「雷ラーメン」は、街外れの国道沿いに在った。「此の『雷ラーメン』と言うのが、此の店の御薦め品なんだ。」柳沢はメニューを指しながら云った。「若し、全部食べて呉れたら、鉄兵の勘定はみんなで持つぜ。」 一同は頷いた。私は既に、彼等の謀り事を凡そ理解していた。問題は、どんな代物が出て来るかであった。「全部食べるとアイスクリームが付いて来るのよ。」香織が云った。「みんなも、同じ物を食べるのかい?」私は訊いた。「否…、俺達はもう食べ飽きてるから、いいのさ。」「矢っ張り、可哀相だわ…。」柳沢の彼女が云った。「どんなラーメンが出て来るんだい?」私は其の彼女に訊いた。どうやら、非常に大きな丼に、途轍も無く辛いラーメンが入って、出て来るらしかった。「水は何杯お代りしても良いぜ。」私は「雷ラーメン」を注文した。 一同は驚異の眼で私を視ていた。私は猫舌であったが、辛いのには可成平気な方だった。以前、30倍辛いカレーと言うのを食べた事も有った。私は両手で丼を持ち、汁を全部啜り終えると、空になった丼をテーブルの上に置いた。直ぐにアイスクリームが出て来た。「恐れ入ったな…。」一同は、信じられないと言う顔付きをしていた。「鉄兵さん、凄いわ。私、全部食べた人を初めて視ちゃった…。」柳沢の彼女は云った。「実は…、此の中の誰も、未だ『雷ラーメン』を全部食べた事が無いんだ。ヒロシなんか、汁を一口飲んだだけで、リタイアだった…。」柳沢が云った。「約束通り、奢って貰えるんだろうな…。」私は云った。「勿論さ。全部食べて呉れなくても、注文して呉れれば、奢る積もりだった…。」 次ぐ29日、朝、私は眠い処を起こされて、柳沢の家の階段を降りて行くと、玄関に香織が立って居た。家の外には、「ニコラス」の窓から見えた、あの赤い車が停まっていた。車の中には、同じく「ニコラス」でチラッと逢った、三人の女が乗っていた。「私、免許持ってないから彼女に運転をお願いしたの。そしたら他の二人も是非あなたに御眼に掛かりたいって云うから、連れて来ちゃった…。」私と四人の女を乗せて、車は発車した。 車内に女の声が飛び交った。私は見世物になった気分で、後部左座席に小さくなって居た。助手席の女は、ヘッド・レストに片手を掛けてずっと後ろを向いた儘、時折私の方へ視線を送りつつ、何か喋っていた。香織を挟んで私の右側に坐っている女も、身を前に乗り出して私を観察しながら、盛んに口を動かした。運転をしている女だけが、口数も少なく、私には唯一普通に見えた。「…どうして鉄兵って言うの? 本名じゃ無いんでしょ?」助手席の女が云った。「高校の時の友達が付けた仇名さ…。昔、漫画に俺と同じ名字の主人公が居て、其の主人公の名が、鉄兵って言うんだ…。」「あら、そうだったの…。」香織が云った。「ほら、見えたわよ。」右側の女が云った。「あれよ…。ね、大した事無いでしょ?」右手の山麓に其れが見えた。「否、凄いじゃないか…。」何処と言って特徴の無い、有り触れた田園地帯の一角に、忽然と観音像は立っていた。「そう? じゃあ矢っ張り、行ってみますか…。」 「世樹子やフー子は、どうしてるんだい?」私は訊いた。「世樹子は友達と旅行に行ってるわ…。フー子は彼とベッタリよ…。」車を降りると、三人の女達は「私達、此処で待ってるから、二人で行って来て頂戴。」と云い、私と香織の二人だけで、観音像の中へ入った。「俺が群馬に来てるってのに、薄情な連中だよな…。」「世樹子はね、明日帰って来るのよ。フー子は、もう夏休みも残り少ないから、一秒でも長く彼の側に居たいみたいね…。あなたは今日、東京へ帰るんでしょう?」「ああ。明日から、夏合宿が有るんだ…。」「私も今日、一緒に東京へ行こうかしら…。」「世樹子やフー子と一緒の予定じゃなかったのかい?」「別に彼女達と約束はしてないわ。」「学校は…?」「1日からよ。少し早目だけど、もう此方での予定も無いし…。」 夕方、私は柳沢の家族に御礼を述べた後、柳沢の車で本庄の駅へ向かった。ヒロシとドロは見送ると云って、相乗りした。柳沢の車の後ろを、赤い車が走っていた。午後から怪しくなっていた雲行きは、愈々本格的となり、駅に着く頃にはポツリポツリ来始めた。「じゃあ、又、東京でな…。」柳沢とヒロシとドロと、三人の香織の友達に見送られ、私と香織は上りの電車に乗り込んだ。次第に激しくなる雨の中を、電車は南へ向かって走り出した。 東京は雨の夜だった。沼袋に着いて、二人は「ジュリアンヌ」へ寄り、改めて再会の祝杯を挙げた。「明日から旅行だってのに、雨とはな…。」「涼しくて好いじゃない。金沢か…。 私も行ってみたいな…。でも私は、冬の金沢の方が好いわ。雪が降ってれば、最高…。」「今年の冬迄付き合いが続いてたら、二人で行こうか?」「そうね。冬迄続いてればね…。冬ってさ、一年の中で、一番素敵な季節だと思わない?」「うん。思う。」「今が夏だから、冬が恋しいんじゃ無くて、私はいつでも、冬が一番好きだわ…。恋人同士になったら、冬を過ごさなければ意味が無いって言うか、素敵な想い出は造れないと思うな…。」香織は三栄荘に泊まる事になった。其の夜、我々は雨の音を聴きながら、激しく求め合った。 〈二四、素敵な街[後編]〉
2005年10月30日
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23. 素敵な街〔前編〕 8月26日、私は広島を発ち、東京へ向かった。ヒロシと香織と世樹子も盆前に帰省し、中野には未だ誰も戻って来てなかった。其の夜は、久しぶりに三栄荘で眠った。 翌27日、上野から高崎線に乗った。本庄で電車を降りた。電話での約束通り、柳沢が車で迎えに来ていて呉れた。彼は夏休みの帰省中に運転免許を取得していた。広い川に架かった橋を渡って、車は伊勢崎市へ入った。其の日から2晩程、私は柳沢の家に泊めて貰う事になっていた。 夜になって、ヒロシとドロが柳沢の家に遣って来た。我々は再会を祝して乾杯した。「鉄兵ちゃん、本当によく来て呉れたな…。いつまで居れるの?」ヒロシは云った。「土曜日まで…。」「大学は未だだろう? もっとゆっくり居なよ。」「ああ。そうしたいけど、サークルの旅行が有るんだ。」「ところで、久保田に逢いに来たのか…?」ドロが云った。「まさか…。どうせ東京で逢えるさ。観光に来たんだ。」「でも久保田は当然、来てる事を知ってるんだろ?」「否。彼女には別に知らせてない。」「あれ? 本当に連絡しなかったんだ…?」柳沢が云った。「鉄兵は俺達の話を聴いて、どうしても此の街を視て置きたいって思ったんだってさ…。」「何も無い、つまらない街で、がっかりしたろう?」「否、期待してた通りの、素敵な街だ…。」伊勢崎市には高いビルが1つも無く、柳沢の家の2階からは、街の随分遠く迄見渡す事が出来た。街路は閑散として、人も車も少なく、青い空のずっと下に在る白い街並は、何処かのんびりした印象を、私に与えた。其れは、私が想像していた通りの、小さくて温かい街だった。そして、柳沢とヒロシとドロと、香織や世樹子やフー子が、高校3年迄を過ごした街でもあった。 次の日、我々は昼前に眼を覚まし、結局前夜は柳沢の家に泊まったドロとヒロシと、私と柳沢の4人で出掛けた。「ニコラス」と言う名の其の喫茶店は、窓と入口を除いて建物中がよく繁った蔦の葉に包まれて居た。柳沢の彼女と、其の友達の三人の女子高生達は、先に来て待って居た。「然し、久保田も変わったよな…。」ドロが云った。「だろう? 俺は未だに、彼女が男の為に料理を作るなんて信じられないよ…。」ヒロシが云った。「矢張り、鉄兵の力は大したものだ…。」私は女子高生との会話に夢中だった。我々が昼食を食べながら雑談に花を咲かせて居た時、不意に柳沢が「あれ…?」と、窓の方を視て云った。一同は窓の外に眼を遣った。喫茶店の前に停まった赤い車から、数人の女が降り立った処であった。其の中に香織が居た。他の女は皆知らない顔だった。彼女達はドアを押して、店の中に入って来た。直ぐに香織は我々に気付いた。「あら…。」「ハイ…。」柳沢が片手を挙げた。其の隣に坐っている私を見付けて、香織は愕きの表情を見せた。「…どうして、あなたがこんな処に居るの?」「どうしてって、久し振りに逢ったのに、まるで居てはいけないみたいだな…。」私は云った。香織は笑った。「そう言う意味じゃないわよ…。」 前橋駅から真っ直ぐ北へ延びている広い道路は、原宿の表参道に大変よく似ていた。「ねえ、どうして私に隠してたの?」欅並木の舗道を歩きながら、香織は云った。「別に隠す積もりなんか無かったさ。来れば、どうせ逢えるだろうから、愕かそうと思ったんだ。」「確かに、うちは其れ程小さな街だけど…、でも本当かしら…? まあ、あなたも大胆だわね。私の実家の在る街へ来て、ナンパしようとするなんて…。」「違うってば…。何を根拠にそんな事を…。君だって、昨日はさっさと帰っちゃって、冷たかったじゃない?」「あら? だって、高校生の女の子と随分楽しそうだったから、悪いと思って…。」「あれは、柳沢の彼女と、其の友達だぜ…。」「知ってるわよ…。」香織は、相変わらず口は悪かったが、故郷に帰って居る所為か、とても和らいだ表情をしていた。 「此処に入りましょ…。」香織に連れられて、私は建物の2階に在るドイツ語らしい名前の喫茶店へ入った。「いらっしゃいませ…。」席に腰掛けると、ウェイターがメニューを差し出した。メニューを開いて私は愕いた。其れは全てドイツ語で書かれ、何処を捜しても日本語が一語も見当たらなかった。香織は理由の解らない言葉を発して、さっさと注文を終えた。「あ…、俺も其れで好い…。」私は香織と同じ物を頼もうとした。「品名を仰有って下さらなければ、注文を御受け出来ません。」ウェイターが云った。私は再び愕いた。香織は口許をほころばせながら、黙っていた。私は仕方無くメニューを指差した。「此れ下さい…。」「どうぞ、品名を仰有って下さい。」ウェイターは重ねて云った。私は大学の第二外国語でドイツ語を選択していたが、出席を採る授業にしか出ておらず、授業に出ても、漫画雑誌を読んでるか眠っているかだったので、つまりドイツ語が皆目解らなかった。少し腹が立って来ていたが、私はもう一度メニューをじっくり見直した。何が出て来るのかが想像出来て、正しく発音出来そうなのは、MILKだけだった。「メルヒ!」私は云った。「畏まりました…。」ウェイターは下がって行った。香織が私を其の店に計画的に連れて来た事は、明らかだった。 ウェイターが注文の品を持って再び遣って来た。香織のは、クリーム・ソーダだった。私の前に置かれた物を視て、私は又も愕かされる破目になった。其れは、途轍も無く大きな哺乳瓶であった。私は茫然と其の哺乳瓶を見詰めた。香織は下を向いて、クックッと完全に笑っていた。周りに居る他の客達も、此方を視て笑っている様だった。「成程…。」私は柳沢が以前、前橋に面白い店が在ると云っていたのを想い出した。「此の店ではね、注文した物は残しちゃいけないのよ。」香織が云った。 我々は伊勢崎に戻る為、電車に乗った。「ねえ、此れから家に来ない?」「君の家へかい?」「ええ。実はあなたが来るって、一応家の者に云って有るのよ。」私は昔から、付き合っている女の親に逢う事を好まなかった。「厭だったら、別にいいのよ…。」「厭じゃないけど…、何か恐縮してしまいそうだな…。」「家のは、気を使う様な親じゃ無いわ。」「そう言えば、君のお母さんは身体が悪かったらしいが、今はもう良いのかい?」「ええ。健康体とは言えないけど、一応元気よ。」 香織の実家は、街の西端と言った場所に在った。玄関を上がると、応接間へ通され、彼女の母親がお茶を持って入って来た。「初めまして…。本当によく来て下さいました。いつも、香織が御世話になっています…。」私は奇妙な感じがしたが、「いいえ、とんでも有りません。」と答えた。続いて彼女の妹がにこにこしながら現われ、「いらっしゃい…。」と云って好奇の眼を私に向けると、母親の隣に坐った。私は大学の事やアパート暮しの事について訊かれ、其れに答えた後、伊勢崎の感想を述べた。暫くして香織が、「私の部屋へ行きましょう。」と云い、私と彼女は2階へ上がった。 彼女が灰皿を持って来て呉れて、私は煙草に火を点けた。二人で彼女のアルバムを視ていると、ノックの音がした。妹がお菓子を持って入って来た。お菓子を置いた後も、妹は出て行こうとせず、「お姉ちゃん、好いかしら…?」と、香織に一言云ってから、私に色々な質問を浴びせた。「…作詞、作曲を為さってるんですってね? お姉ちゃんが持って帰ってたテープ、聴かせて貰いました。とっても良かったわ。どんな時に唄って出来るんですか?」「フレーズは色んな時に閃いたのを覚えて置くか、譜面に書き留めて置くんだ。そして、作ろうかなって思った時に、其の譜面を見ながらフレーズの前後を考えて、楽曲にして行くんだよ…。」「曲と詞は、どっちが先に出来るんですか?」「俺の場合、曲を先に作るけど、フレーズが閃いた時に其の部分の詞だけは、同時に出来てる事が多いな…。でも唄は、本当は詞が一番大事だと思うよ。唄いたい事が有って、初めて歌は出来るんじゃないかな…。」香織の妹は、眼を輝かせ真剣に私の話を聴いていた。「…男女の仲は、二人限で居る時にお互い何もする事が無く話す事も無くて、其の沈黙の時間に耐えられる様になったら、二人で沈黙の時を平気で過ごせる様になったら、本物だって本で読んだんですけど、どう思われます?」「俺は男女の仲については、余り詳しくないから…。でも多分、そうなんじゃない…?」「あなた方御二人の場合は、どうですか? 沈黙にも平気ですか…?」「あなた、もう下へ行った方が好いんじゃなくて…?」香織が云った。「はいはい。どうも御邪魔様でした…。御ゆっくり…。」そう云って妹は、私に笑顔を送りながら部屋を出て行った。 〈二三、素敵な街[前編]〉
2005年10月29日
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22. 金縛りについて 「ねえ、行ってみ為さいよ。無くて元々なんだから、好いじゃない。」「厭だよ…。」香織は銀行へ行って、一応口座を確かめてみるべきだと云った。「君は、そろそろ仕送りが有る頃だと思って銀行へ行き、未だ入ってなかったと言う経験が無いのかい? あれは惨めだぜ…。一番最悪なのが、有ると思い込んで金額ボタンを押して、残高不足の表示が出た時さ。後ろに順番待ちの人が居て、其れを見られたりしたら、何とも云えぬ気分を味わう事になるんだ。残高照会だけをして出て行くって言うのも、金が入ってなかった事を見抜かれてる様な気がして厭なものさ。明細票の残高の処をチラッと視ると、周りの人に覗き見されるのを恐れて、直ぐにくしゃくしゃに丸めるんだ。仕送りが未だ来てなかった、と言う落胆が顔に出ない様、態と表情を造って銀行を出て行く時の、あのやる瀬なさと云ったら…。」私と香織は中野通りの舗道を、中野駅へ向かって歩いていた。「じゃあ、私が行って来て挙げるから、カードを貸し為さい。」早稲田通りとの交差点の角に在る第一勧銀の手前で、彼女は云った。私は暗証番号を告げ、キャッシュ・カードを差し出した。彼女はカードを受け取ると、銀行の中のキャッシュ・サービス・コーナーへ入って行った。私は舗道で煙草を吸いながら待っていた。彼女がボタンを押している後姿が見えたが、直ぐに眼を逸らして車道の方を視た。やがて彼女は出て来た。彼女は少し残念そうな顔をしながら、「はい。」と私に明細票を渡した。「だから、無いって云ったろう。」そう云うと、私は明細票を視ない儘、手の中でくしゃっと丸めて路の上に捨てた。「あら、駄目よ。こんな処に捨てちゃあ…。」香織は私の捨てた紙屑を拾い上げた。「どうして中を見ないの?」彼女は紙屑を広げながら云った。私は黙って歩き出した。彼女は走って私の前に廻り、面白がる様に私の顔の前へ、皺になった明細票を突き付けた。私が其れを手で払い除けようとした一瞬、紙の右下の辺に、先頭を1にした六桁程度の数字が見えた気がした。私は彼女から紙を奪うと、取扱残高に眼を落とした。彼女は笑い出していた。「流石…、役者を目指してるだけの事は有るな…。」「良かったわね。矢っ張り、優しい親御さんだったじゃない…。」私の経済は回復を見た。 蒸し暑い夜だった。私の部屋には、私の他に香織と世樹子とヒロシが居た。「でも、幽霊って本当に居るのかしら…?」其の夜は三栄荘で焼肉パーティーを行った。「俺はね、脳生理学の進歩は何れ人間の思考のメカニズムを完全に解明すると思う…。」食事の後、部屋の電気を暗くして、皆で知っている怪談を1つずつ話し合った。「心の仕組みが暴かれると思うんだ…。」怪談が終わった後も、部屋には未だ恐怖の余韻が残っていた。「そして幽霊と宗教は、此の世から姿を消すのさ…。」時計の針は、午前1時を指していた。「脳細胞理論だけが、信仰の対象となるだろう…。」私は云った。「幽霊は居ないって事…?」「居ないだろうな。急度…。でも、居て呉れる事をいつも願ってる。若し幽霊が此の世に実存するなら、其れは素晴らしいロマンだ。そう思わないかい…? 幽霊が居て呉れる事に因って、他の様々な神秘、怪奇現象、…ロマンを信じ始める事が出来るんだぜ。」「でも矢っ張り、怖いよな…。」「怖い…? どうしてさ? 俺は生まれて此の方、幽霊に取り殺されたと言う新聞記事を読んだ事は無いぜ。多分、彼等は何もしないんだよ…。」「じゃあ、金縛りは…?」「金縛りか…。其れは、どうも本当みたいだな…。身近な奴が沢山なってるもの…。」「金縛りは本当よ…。私の友達にも、よくなってた娘が居るわ…。」「柳沢は、なった事が有るって云ってたぜ…。」「俺のクラスに柴山って奴が居てさ、そいつは中学の頃から高校の終わりまで頻繁に金縛りに逢ってるんだ…。初めて其れに繋った時、彼は未だ金縛りと言うものを知らず、唯愕いたらしい…。柴山が2度目に逢った時の話が面白いんだ…。」 ── 柴山は其の夜、いつもの様に布団の中で上を向いて寝て居た。浅い眠りに就いて暫くした時、柴山は突然眼を覚ました。「又だ…。」前の時と同じ様に、身体が全く動かなかった。そして布団が、異常に重かった。まるで膝の辺りに、何かが乗って居る感じだった。「重い…。脚の上に何か乗ってる…。」柴山は布団の上を視た。「…!」布団の上には、老婆が坐って此方を視ていた。柴山は至上の恐怖を味わった。然し身体が動かないので、唯眼を固く閉じて耐えて居た。 ── 「怪談より余っ程迫力が有るわね…。」「金縛りに逢ってる間は、必ず幽霊を視る事が出来るらしいな…。でも金縛りになれる者ってのは決まってるみたいで、同じ者許が何度もなるんだ…。俺は柴山とか、金縛りに逢った経験をしてる奴等が羨ましい…。」「鉄兵君は逢った事無いの…?」「ああ…。残念で仕方無いが、無い…。」「好いじゃない、無い方が…。」「どうして…? 幽霊が視れるかも知れないんだぜ…?」「金縛りってのは、一体何なんだろうな…?」「心霊現象じゃないの…?」「実は俺、金縛りに就いては、興味が有って色々と研究したんだが、体験してる奴等が皆臆病で、中には絶対眼を開けない奴とか居て、情報が不足気味なんだ…。大体解ってるのは、先ず眠る時にしかならない事だな…。」「其れは、当たり前なんじゃないの…?」「大事な特徴さ…。脳が完全に覚醒してる時間には金縛りにならないって事は…。布団に入って眠り掛けた時や、一度眠ってしまって再び眼が覚めた時に繋るんだ…。そして、上を向いて眠った時に繋り易い…。後、疲れた日の夜に繋り易いらしい…。見える物については、大体人間で、白いボーッとした物ってのも多いみたいだ…。柴山は、部屋の中を人形が走って行って壁に消えたり、部屋に有る椅子が、くるっと廻ったりした事が有ると云ってた…。繋る年齢は、13歳から18歳位迄で、20歳を過ぎると余り繋らないらしい…。」「其れで、研究の結論は出たの…?」「まあね…。勿論、此れは俺の推測なんだが、一度眠りに就いてから、突然、脳の或る部分だけが覚醒するのではないかと思う。身体は未だ眠ってるのに、脳だけが眼を覚ますのさ。だから、手足が動かないんだ。そして其の時、幻覚を視るのさ…。」「幽霊は幻覚だって云うの…?」「ああ…。恐らく間違い無いだろう…。金縛りは夢では無い…。幻覚なのさ。」 8月9日の夜、私は香織と世樹子の二人と一緒に、サン・プラのロビーに居た。「鉄兵君、明日帰るの?」「うん。」「じゃあ、香織ちゃん御見送りに行くんでしょう? 二人で確り別れを惜しんでね。」「私、行かないわよ。」「あら。其れは冷たいんじゃない…?」「明日はエキストラのバイトが有るの。世樹子も知ってるでしょ…?」「あ、そっか…。でも鉄兵君、可哀相ね…。一人で帰るの…?」「うん。誰にも見送られず、一人寂しく広島へ帰るのさ…。」「…可哀相。香織ちゃん、バイトなんて休んじゃい為さいよ。」「もう行くって云っちゃったから、休めないわよ。そんなに可哀相って思うなら、世樹子が見送りに行って挙げれば…?」「そうね…。私、行って挙げても好いわよ。」「おお。是非、そうして貰いたいな…。」「鉄兵君が私なんかで良ければ、本当に行っても好いわよ。」「でも、一人で帰るって言うのは、嘘よ。」「あら、そうなの? 鉄兵君。」「…そう言えば、川元が一緒に帰ろうって云ってたかな…?」「川元君に指定席券まで頼んであるのよ。」「なぁんだ…。じゃあ、私が行く必要も無いわね…。」 8月10日、私は川元と博多行きの新幹線に乗った。新横浜駅を通過した頃、川元は既に眠り始めた。私はウォークマンを聴きながら、窓の景色を眺めていた。(東京の水は結構俺に合ってるみたいだな…。始まりの4ヶ月は、先ず先ずの出来映えって処か…。)私は前期の東京生活に満足を感じていた。香織と、美穂と、みゆきの事を考えていた。(…お前は創造家では無かったのか?)突然、意識の奥から、微かな問い掛けが聴こえた。(お前は価値有るものを創造出来たのか…? お前が満足しているのは、俗な女性関係だけではないのか? 4ヶ月の間、お前は何をした? 自己完成への努力をしていたと、云えるのか? お前の本当の望みは…。)(俺に期待するなよ…。)私は意識の奥の声を遮った。(俺に期待なんかしないで呉れよ。もう少し遊ばせて呉れよ。その内、ゆっくり始めるさ…。でも、多分…、価値有るものなど、創れはしない…。) 〈二二、金縛りについて〉
2005年10月29日
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21. 朝のハンバーグ ヒロシは其の年の3月迄、柳沢と同じ伊勢崎東高校に通っていた。高校時代、ヒロシと柳沢は、同じ高校の同級生で作っていた「エトランゼ」と言うアマチュア・バンドのメンバーでもあった。高校2年の時、ヒロシは自分達のコンサートで、其れを友達と観に来た、伊勢崎女子高校に通う世樹子の存在を初めて知った。そして彼女を好きになった。ヒロシは彼女に手紙を書き、知り合い筋に、渡して呉れる様頼んだ。手紙は真面目な恋文であった。暫くして、世樹子の近い友人であると言う女が、ヒロシの処へ遣って来た。其の女はヒロシに云った。「見ず知らずの女の子に、冗談であんな事するなんて酷いわ。中には傷付く娘だって居るのよ。特に彼女は真面目な娘なんだから…。兎に角、もう2度と彼女に近付かないでよね。」其の女は、怒りと軽蔑の眼をヒロシに浴びせた後、さっさと帰って行ってしまった。ヒロシには全く覚えの無い事だったが、手紙が彼女の手に渡る途中に、誤解或いは陰謀が介在したらしかった。手紙が実際、彼女の手に渡ったかどうかも怪しかった。其の出来事で、ヒロシは彼女を断念してしまった。「何で又、あっさり諦めちまったんだい?」私は彼に、そう訊いた事が有った。「何と無く、矢っ張り駄目だったんだなぁって思えて…。元々、あんな素敵な娘と、自分が付き合える筈は無いって言う感じが有ったから…。何れにしろ、遣って来た女の剣幕からして、俺が彼女にあの後近付く事は不可能に近かったさ。」と彼は云った。結局、事の真相はヒロシには解らず終いだった。そして、高校を卒業し、東京の大東文化大学に進学した彼は、三栄荘に於いて世樹子と再会した。世樹子の態度は、手紙の件に就いては覚えて無いか、知らない様に、ヒロシには映った。私が此の話を柳沢から聴いたのは、中野ファミリーを結成して2ヶ月程経った頃だった。私は香織に、真相を知っているかと尋ねてみた。「私、フー子とは1年の時から仲良かったけど、世樹子と仲良くなったのは、3年でクラスが一緒になってからだもの。そんな事が有ったなんて全然知らなかったわ。フー子も多分、知らないと思うわよ。」私は、其れと無く世樹子から聞き出して呉れる様、香織に頼んだ。然し香織は、「訊いてみたけど、何か要領を得なかったわ。喋りたくないか、世樹子も知らないんじゃないの…?」と報告した。ヒロシは私に云った。「好きかと訊かれれば、俺は今でも彼女の事を好きさ。唯俺は、彼女が此の世に存在しているだけで嬉しいんだ。而も今は、何度も彼女を間近に視る事が出来る…。其れ以上を望むのは、強欲過ぎるよ…。」私はもう一度、今度こそ彼女にはっきり気持ちを伝えて、挑戦してみるべきだと云った。「彼女を手に入れる事に就いては、もう前にNOTと言う答が出てるんだ。俺に取って彼女は、永遠の心の恋人なのさ…。」 隅田川へ行った翌日、私は香織に「友達の処に金を借りに行って来る。」と云って、午後から部屋を出た。そして沼袋から西武新宿線に乗り、山手線、西武池袋線と乗り換えて、東長崎の美穂の部屋を訪れた。「北海道は、どうだった?」「良かったわよ。とっても…。地平線を視た時は、日本に居る気がしなかったわ…。」美穂は、御土産をテーブルの上に並べながら云った。「香織さんは、元気?」「ああ。…らしいな。其れでさぁ、俺達の旅行の事だけど…。」「あら、本気だったの…?」「当たり前だろ。其れとも、君は気が変わったのかい…?」「そっちの気が変わると、思った…。」現在、壊滅している私の経済が、近い将来一気に回復して更に大きな黒字を伸ばす、様な事は到底考えられない為、私は節約的と言う点に的を据えて或る旅行を計画していた。「夏合宿の後でさ、二人で金沢に泊まって帰ると言うのは、どうだい?」其の年のサークルの夏合宿は、能登半島一周旅行に決定して、既に細かい予定も組まれていた。「金沢か…、行ってみたいな。」「合宿の最終日が七尾だからさ、其処でみんなと別れて、俺達だけ、もう1泊するのさ。」「だけど、1年生が勝手な行動をして大丈夫かしら…?」「平気さ。修学旅行じゃあるまいし…。でも仲好い先輩に、七尾で解散する様掛け合ってみるよ。」私は、生きている中に一度は訪れるべき街、と言うのを考えた事が有って、其れは長崎、萩、松山、尾道、神戸、金沢、横浜、札幌であった。其の中で私が未だ行った事の無いのは、金沢と札幌だった。尚東京に来てから、私は訪れるべき街に、群馬の伊勢崎を加えていた。「今日は泊まって行けるんでしょ? 何が食べたい?」「否、夜から高校の時の友達ん処へ行く用事が有るんだ。」「そう…。」「でも夕食だけ御馳走になってから、行こうかな…。」「まあ、随分調子が良かぁない? でも、いいか…。」美穂は坐った儘両腕で自分の身体を支え、腰を私の方へ滑らせると、片手を軽く私の膝の上に乗せた。「ねえ…。」私は彼女にキスをしながら、静かに抱き寄せた。二人は少し中腰になってから、抱き合った儘ベッドの上へ移動した。 美穂の部屋を出ると、私は又電車に乗り渋谷へ向かった。渋谷で東横線に乗り換え、中目黒で降りた。時刻は午後8時を少し廻った頃であった。中目黒駅の直ぐ近くのワン・ルーム・マンションに、川元は住んでいた。「俺だ…。」私はインタホンに向かって云った。「よお…。7時頃とか云っといて、遅かったじゃねえか…。」「ああ…。女の処で飯を食ってた。」「香織ちゃんか…?」「否。香織は今、俺の部屋に居る。同じ大学の女だ…。」「成程…。着々とストックは増えてる様だな…。」「まあ、ぼちぼちって所だ…。ところで、金を貸して呉れ。」「何だ、失敗したのか? だから腕を奢らず、ちゃんとコンドームを使えって常々…。」「違う。生活費がパンクしただけだ。」川元は冷蔵庫から氷を取り出して来て、グラスの中へ落とした。「こないだ、栗本はどうだった?」「ああ…、タクシーに乗ってからも眼を覚まさなかったんで、俺の部屋に泊めた。」「ほお…。」「余り云いたくない事だが、誤解を防ぐ為に付け加えて置くとな、部屋に香織達が来てたんだ。」「…其れは大変だったな。」「大変だったのは、次の朝さ…。」我々は深夜まで酒を呑んだ。午前零時を過ぎた頃、二人で外へ出て、牛丼を食べた。戻ってから、又暫く酒を呑み、川元はベッドで、私はカーペットの上に布団を敷いて貰い眠った。 翌日朝遅く、私は川元に借りた3万円を財布に入れて、彼の部屋を出た。沼袋で電車を降りて、前夜の酒の所為で渇いた喉をポカリスエットで潤しながら、三栄荘へ歩いた。入口を入ると、2階の私の部屋では掃除機の音がしていた。開いた窓から香織が顔を出した。「あら、お帰りなさい。」そう云うと、彼女は直ぐに姿を消した。私は其の場に立った儘、煙草に火を点けた。掃除機の音が止むと、私は靴を脱ぎ、階段を上って部屋に入った。「御腹空いてない?」香織は云った。「うん…、少しだけ…。」「冷蔵庫にハンバーグが有るのよ。あなた、昨日泊まるって云っといて呉れなかったから…。」「御免…。今、食べるよ。」「じゃあ、温めるわね…。」彼女は冷蔵庫を開け、サランラップに包まれた皿を二つ取り出した。「サラダも一応取っといたけど、どうする? ゆうべのだから、捨てても好いんだけど…。」「…食べるよ。」「そう…?」彼女は野菜サラダの乗った皿をテーブルに置きながら、急に口調を曇らせて云った。「何か、厭ね。私…。押し掛け女房みたいで…。無理して食べて呉れなくて、好いのよ。私が勝手に作ってしまった物だから…。あなたが泊まって帰ろうと、どうしようと、あなたの自由よね…。」彼女はハンバーグの皿を持った儘、膝を付いて居た。「別にいいじゃない。俺も、朝帰りした夫の気分になってたから…。其れに、そうやって食べさせて貰えない風に云われると、俄然腹が減って来ちゃった。ハンバーグ食べたいな…。」香織は小さく「有り難う…。」と云うと、笑顔を造って立ち上がった。「早くハンバーグを食べさせて呉れぇ!」私は腹を押さえながら云った。「はいはい。ちょっとだけ、待って為さい。」彼女は明るく云うと、フライパンを持って急ぐ様に廊下へ出て行った。 〈二一、朝のハンバーグ〉【登場人物紹介】鉄兵(てっぺい) ─ 法政大学法学部法律学科1年 此の物語の主人公、私柳沢(やなぎさわ) ─ 明治学院大学文学部英文学科1年 三栄荘に於ける私の隣人板垣浩志(いたがき・ひろし) ─ 大東文化大学1年 通称ヒロシ久保田香織(くぼた・かおり) ─ 東京観光専門学校1年 カーリー・ヘア、色白東世樹子(あずま・せきこ) ─ 東京観光専門学校1年 飯野荘で香織と同居赤石房子(あかいし・ふさこ) ─ 山野美容専門学校 通称フー子井上淳一(いのうえ・じゅんいち) ─ 法政大学法学部法律学科1年富田美穂(とみた・みほ) ─ 法政大学文学部日文学科1年広田みゆき(ひろた・みゆき) ─ フェリス女学院大学1年
2005年10月28日
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20.世樹子の夢 駅にヒロシと香織は居なかった。「先に帰っちゃったのかな…?」「とうとう、本当にはぐれちゃったわね…。」私と世樹子は二人で電車に乗った。「でも鉄兵君、同じ二人ずつにはぐれるのなら、私じゃ無くて香織ちゃんの方が好かったわね。」「ふむ…。其れは云えるな。」「御免なさいね。ミス・キャストで。」「否、俺じゃ無くて、ヒロシに取って、其の方が好かったって事さ。」今度は聴こえぬ振りは出来まいと、私は世樹子のリアクションに注目した。「ヒロシ君、香織ちゃんが苦手なの…?」彼女は何処までも、惚ける積もりらしかった。此れ以上勝手に深入りするとヒロシに怒られると思い、私は諦めた。「男は皆、彼女みたいなタイプを苦手なんじゃない?」「そうなの? どうして? 香織ちゃん綺麗だし、優しいし、料理は上手いし、言う事無いじゃない。」「女から見てどうなのかは知らないけど、あくが強すぎるんだよ。きつい事をサラッと云って除ける処もあるし…。」「鉄兵君も苦手なの? 鉄兵君は、まさか違うんでしょ?」「俺だって苦手だよ。」「嘘。付き合ってるのに?」「俺、どうして付き合ってるんだろ?」「解った。其処が香織ちゃんの魅力なのね。」「柳沢はそうらしいな…。」「そう言えば柳沢君、今頃彼女とルンルンしてるのかしら?」「リンリンしてなきゃ好いけどな…。」「してる理由無いじゃない。鉄兵君こそ、見境無く浮気してると危ないんじゃないの?」「…君は耳年増なのか? 其れとも既に経験が広がってるの?」「失礼ね。私は耳の色素細胞しか、沈殿はしてないわ。」私は笑った。そして小さな驚きを持って、彼女を視た。「君も香織に劣らず中々云うんだね…。意外と言うか、見直した。」「私のは全部、香織ちゃんとフー子ちゃんの請け売りよ。いつも入れ知恵されてるの。三栄荘に出入りするからには、此れ位知っとかないと、鉄兵君達に好い様に扱われるわよって…。」「ほお…。まるで、幼気な少女をいたぶる大悪党の様な云われ方だな…。じゃあ訊くが、君はバージンかい?」世樹子はためらう事なく、唯視線を落として答えた。「ええ。そうよ…。…信じる?」「勿論、信じるさ。そうじゃないかと思ってた。」「私が子供っぽいから…?」「違う。君は子供っぽく見られ易いかも知れないけど、精神年齢は急度、可なり高いと思う。バージンだと思ったのは、君の恋愛に対する考え方から、対する態度を推測してさ。」「私には香織ちゃんの様な、深遠で高尚な恋愛論を持てる頭が無いわ。私のは幼稚なの…。」電車は飯田橋を出た。「君の恋愛論を是非聴きたいな。」「大体想像が付いてるでしょ…? 恋愛論って名が付く程のものじゃ無いの。」「うん。想像は付いてる。君の場合は、論理では無くて、感性だ。」「感性でも無いわ…。…夢よ…。」「夢…?」「そう。恋愛が夢なの…。可笑しいでしょ…? 普通はみんな、やりたい事とか、なりたいものとか、スケールの大きなものを、夢として持ってるけど…、私の夢は…、細やかなのよ…。ちっちゃ過ぎるって言うか…、恥かしいんだけど…、私の夢は、愛を叶える事…。」「…愛を叶える事、其れが夢…か。恥かしい事は全然無いよ。大きな夢さ。愛が夢なんて…。」「小さいのよ。本当に…。多げさなものじゃ無いの…。唯、好きな人の側に…、ずっと居る事が出来れば好いの。其れが願いなの。そして其の人に愛される事が、夢なの…。」「矢張り君は、感性の人だった…。」「無理に感心しなくても好いわ。笑って呉れて好いのよ。情けない夢だけど…、仕方無いの。私には其れが全てなのよ。他に何も無いわ…。」電車はいつの間にか新宿を過ぎていた。「感性の人って云えば、矢っ張り香織ちゃんよ。」「確かに彼女は変わった感性をしているが…、センスの良い言葉と感性とは、関係無いぜ。」電車は中野駅に到着した。北口の改札を抜けてから、私は云った。「ところで、君の夢の調子は今どうだい?」「そうねぇ…。良くも無いけど、悪くも無いわ…。片思いなの…。」「夢半ばって理由か…。でも言い寄って来る男は、沢山居るだろう?」世樹子は黒目勝ちの綺麗な瞳をしていた。「全然居ないわよ…。」我々は、サンモール商店街やブロードウェイの東側に平行している路地を、北へ向かって歩いた。「今夜は思い掛けず二人限になれたから、少し飲んで帰ろうか?」「そんな事して、香織ちゃんに悪かない…?」「厭かい?」「…好いわよ。道草しましょう。」彼女は笑顔を浮かべた。路地の両側には、各種飲み屋やゲーム・センターやパチンコ屋が並んでいた。我々は「サウスポー」と言う名の店に入った。私はビールを、彼女はブルー・ハワイを注文した。 「鉄兵君の恋愛論も聴かせてよ。」「俺のは、『如何にして良い女と寝るか?』さ。其の為に、先ず作戦をたて、次に接触を謀り、そして全存在を賭けて事に取り組む…。何より集中力が大事だと思うな。其れと、実践を積む事も…。」「其れは、ナンパ論でしょ…?」「ワン・ナイト・ラブを馬鹿にしてはいけない。一夜で燃え尽きるなんて、素敵な事だ。少しずつ逢って、恋愛を長持ちさせようとするよりは、余っ程増しさ。其れに、初めて逢った其の夜にお互いが本当に感じ合うって事は、結構難しいんだぜ。テクニックを持ってないと駄目なんだ。気心の知れた女と何度セックスしたって、余り上達は望めない…。」世樹子は、「訊いた私が馬鹿でした。」と言う様な顔をして、横を向いていた。「何の話だっけ…?」私は云った。「もう、いいわよ…。」彼女はストローを指に挟んだ。 深夜に近い時刻の街を、私と世樹子は三栄荘に向かってゆっくり歩いていた。「鉄兵君の理想の女性は、矢っ張り香織ちゃん?」「俺の場合、女性である事が、既に理想なんだ…。」「鉄兵君と香織ちゃんて、私の理想のカップルなのよ。」「…でも俺は両刀使いでも無ければ、人間以外の生物とセックスをしてる理由でも無い…。」「本当に二人は似合ってるって言うか、見ていて素敵だなって思うの。」彼女は既に、私とスムーズに対話する要領を把握していた。「二人は私の理想なのよ…。こんな事云うと、恋に恋してるみたいでしょ? 確かに去年までは、そうだったわ。自分でも、唯素敵な恋愛に憧れてるだけだったと思うもの。今でも香織ちゃんとかには、そうだって云われるけど、…でも、今は違うの…。本当に違うのよ…。」 ヒロシと香織は既に三栄荘へ帰って居た。「何処へ行ってたの? 二人でいなくなったりして…。」香織が訊いた。「違うさ。俺と世樹子は、別々にはぐれて、其れから一緒になったんだ。」「あら、計画的な逃亡だったんじゃないの?」「違うって…。俺達の方だって、捜してたんだぜ。」私は香織よりも、ヒロシの顔色を気にした。「其れにしても、随分遅かったじゃない?」「ああ…、花火をずっと最後迄観てたんだ。花火から恋愛論を帰納法的に導き出せないかって考えてさ…。」世樹子は唯笑っていた。 「鉄兵ちゃん、とうとうヒモになったんだって?」ヒロシが云った。私は口へ運び掛けたグラスを途中で止めた。香織と世樹子は笑い出した。「ああ…、まあな…。」「好いなあ…。俺、憧れちゃうなあ…。」「ヒロシもやれば…?」香織が云った。「やりたいよぉ。相手が居れば…。」「ヒロシ君も早く彼女を作り為さいよ。」世樹子が云った。「あなたも、早いとこ彼を作るべきよ。」香織が世樹子に云った。「ヒロシと世樹子が付き合えば、済む事じゃない?」私は云った。「好い考えだわね…。」「他人事だと思って、簡単に処理するみたいに云わないでよ。」ヒロシは何も云わず、笑っていた。「まるで、ラブコメね…。」香織が云った。 〈二〇、世樹子の夢〉
2005年10月27日
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19.隅田川花火大会 8月1日土曜日の夕方、世樹子が私の部屋へ遣って来た。「あら、鉄兵君一人?」「ああ。香織なら、友達に逢う約束が有るとか云って、昼前に出掛けた。」「そう。残念ね。二人の甘い生活が覗けると思ったのに…。香織ちゃん、此処へ帰って来るの?」「否、6時半に新宿で待ってるって。」世樹子は坐ると、部屋を見回す様にした。部屋の壁には女物の洋服が掛けられ、サイド・ボードの上には沢山の化粧品が置かれていた。ドアの処の板間には、鍋やフライパンが新しく置かれていた。「此の部屋も、愛の巣になっちゃったわね。眼が痛くなりそう…。」本棚の一番下には、仕舞い忘れたコンドームの箱が置かれていた。「私は一人になってしまって淋しいけれど、香織ちゃんの幸せの為に我慢するわ。どう? 同棲生活の味は…。」「君は若干、勘違いをしている。俺が仕送りを使い果たしてしまったんで、彼女に生活の面倒を看て貰ってるだけさ。」「そうらしいけど、香織ちゃんは嬉しそうだったわよ。」「夏休みになったのに何処へも行けなくて、急度怒ってるさ。」「そんな事無いわよ。何処へも行けなくったって、鉄兵君とずっと一緒に居られる方が嬉しいに決まってるわ。」「でも俺の前で、『矢っ張り男は、金を持ってなきゃ駄目ね。』とか云ってるし、俺の事を『鉄ヒモ』って呼ぶんだぜ。」世樹子は笑った。「其れは仕方無いわよ。本当に鉄兵君は、ヒモになってるんだもの。だけど香織ちゃんは偉いわ…。あんな事が有った後でも、自分から逢いに行って、おまけに、こうして鉄兵君の世話迄して…。本当に鉄兵君の事が好きなのね…。香織ちゃんに感謝してる?」「金を貸して呉れた事には、充分感謝してる。」「あら、駄目よ。香織ちゃんの優しさと深い愛情に、感謝しなきゃ…。」「愛情では無くて、同情だと思うが…。」私は煙草に火を点けた。「愛情よ。話して挙げるから、聴き為さい。先週の木曜日、香織ちゃん酷い顔して帰って来たのよ。青白い顔して部屋に入って来て、私が『どうしたの?』って訊いても、初めは何も答えて呉れなかったわ。坐って、『私、今から泣くと思うけど、気にしないで。』って云ったかと思うと、本当に声を出して泣き出しちゃったの。私、吃驚したわ…。」 ── 夜になって、やっと少し冷静になった様子の香織は、世樹子に云った。 ── 「其の女の子と部屋で向かい合ってる中に、頭に血が上って来て、帰り際に、捨て台詞みたいな事を云ってしまったのを後悔してるって云ったわ。香織ちゃんが何て云って帰ったのか、私は知らないけど、香織ちゃんはね、鉄兵君の態度が気に入らなかったって。其の女の子が浮気の相手なら、未だ許せるって。いえ、そうならば却って嬉しい位だって云ったわ…。でも、女の子と自分は同じ立場に在る事が分かって、其れが頭に来たって…。香織ちゃんは、そう云ったの。自分が女の子と同等の扱いを受けた事が、悔しいって云ったわ。だけど次の朝に、全然寝て無い様な顔をして、香織ちゃんは又云ったの。よく考えてみたけど、矢っ張り自分はやきもちを妬いてるって…。」 ── 香織は云った。「私は、あの人に一番思われる存在で有りたいと願ってるけど、其れをあの人に求めるのは、間違いね…。相手が自分を一番愛して呉れる事を欲するのは、我儘よ。いえ、其れを願う事さえ、我儘よね。行き場の無い願いだわ。ジェラシーは愛では無くて、…利己心よ。愛されたいと思うのは、愛情からじゃ無いの。其処に在るのは、我儘だけだわ。我儘は、不条理よね。恋愛に義務など、本当は存在しないのよ…。」「願う事も、いけないの…?」世樹子は哀しそうな表情をして、訊いた。「そうね。でも私が、自分の恋愛に関しては、そう思う事にしたって言うだけよ。他人も、そうであるべきなんて、云わないわ。」「…鉄兵君を許して挙げるの?」「許す、許さないって言う命題は発生しないって事よ。要するに、あの人が何をしても、私は其れを責めれないって事ね。其の替わり、私がどうするかは、私の勝手で、あの人に口出しをさせないわ。」「…どうするの? 鉄兵君を見捨てちゃうの…? …別れちゃうの?」世樹子は不安めいた声で訊いた。「愛されたいと言うのは、我儘だけど、愛したいと思うのは、我儘では無いわ。私が、あの人をずっと愛していたいと願う事は…、仮令其れが、あの人に取って迷惑であっても…、不条理では、決して無いわ。」香織は云った。 ── 「…解ったでしょ? 香織ちゃんは鉄兵君への愛情を、あんな事が有って…、改めて自分の中に発見したのよ。そして、愛を抱いて、再び此の部屋に来たのよ…。」世樹子の話を、私は煙草を吹かしながら聴いて居た。「私、鉄兵君も香織ちゃんを一番愛してると思うわ。私には解るの…。」「其れは希望的観測だな…。」「違うわ。愛してるから、お金の面倒を看て貰ってるのよ。」「矢張り、君は勘違いをしている。」「どうしてよ?」「君はハッピー・エンドが好きらしいけど、俺は…、他の面も勿論そうだが…、特に恋愛に関しては、最低の男だ。」「もういいわ。そんな風に云っても、私には解ってるの。鉄兵君は香織ちゃんを愛してるわ。」ふと気が付いて、私と世樹子は時計に眼を遣った。「…遅いわね。ヒロシ君…。」「遅すぎるよ。たく、何やってんだろ? 彼奴…。世樹子が来るって知ってて、遅れるなんて、おかしいな…。」云ってから私は、世樹子の表情を伺った。彼女は聴こえない振りの積もりか、無表情だった。 「遅いわよ。もう7時になるじゃない。」アルプス広場に遣って来た3人を見付けて、香織は云った。「ヒロシが、いけないんだ。」「許しておくんなせえ! おかみさん!」「此の人だけ、置いて来れば良かったのに…。」我々は再び電車に乗り、隅田川花火大会を観に、浅草橋へ向かった。 川原の周辺は物凄い人出だった。土手の上で涼みながら、のんびり花火を眺めると言う光景を想像していた私は、見当違いも良い所であった。立ち止まって花火を観る余裕さえ無かった。我々は人波の流れに任せて歩いた。「部屋でテレビ中継を視てた方が、情緒が有ったな…。」私はそう云ったが、誰も返事をしなかった。横を視ると、ヒロシでは無く、全く知らない人間が横目でチラリと私を視た。振り返ると、香織と世樹子の姿も消えていた。周囲を見回したが、3人の姿は無かった。私は仕方無く、周りの知らない人々と同じ方向に脚を動かした。(江戸っ子でも無いのに、何で隅田川の花火なんか観に来たんだろう…?)と半分後悔しながら歩いていた時、「鉄兵君。」と呼ぶ声が聴こえた。声がした方を振り向くと、人込みの中に世樹子が立って居た。「ヒロシと香織は?」「分からないの。」「何だ、君も一人になっちまってたのか。」「良かった…。急にみんなとはぐれちゃって、とても心細かったの…。」世樹子は、本当に安心したと言う笑顔を見せた。「まるで幼稚園児の迷子だな。」「あら、どうせ…、…ですよだ。」我々は暫くヒロシと香織を捜した。然し、二人は見付からなかった。「二人は一緒なのかな…?」「分からないけど…、多分そうじゃない?」「じゃあ、駅の方で待ってるかも知れない。」「行ってみる?」「否、折角来たんだから、もう少し花火を観て行こう。」私と世樹子は、川から少し離れた処に在る歩道橋の上に立ち止まって、夜空を見上げた。其の歩道橋では同じ様にして、沢山の男女が花火を観ていた。「然し、横浜の花火大会とは、全然規模が違うな…。」「行ったの?」「ああ。…男許三人でね。」「どうせ、ナンパしようと思って行ったんでしょう?」「さあ…? 忘れた…。」世樹子は、とても懐かしいものを視る様な顔をして、其れを観ていた。「子供の頃からずっと観に行ってた、家の近くの川の花火大会とも、全然違うわ…。鉄兵君の地元にも、有る?」「勿論。太田川花火大会は、こんな感じで結構賑わうぜ。」「そう。広島市って大きいものね。」「否々、伊勢崎市だって、中々…小さいよ。」「うん。ほんとにうちは、小さな街なのよ…。」私は群馬県伊勢崎市を、此の眼で視た事は一度も無かったが、遠くを視る彼女の表情から、素朴で純粋な、何処となく親しみを感じさせる様な、そんな街を想像していた。 〈一九、隅田川花火大会〉
2005年10月27日
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18.同棲週間 私の所属する「徒歩旅行愛好会」は、其の名の通り、元々徒歩旅行を目的としたサークルであった。然し其の活動内容は、夏休み前半のテニス合宿、後半の国内旅行、秋の温泉旅行、冬休みのスキー合宿、春休みの国内旅行、が主なものだった。テニス合宿は、7月24日から26日まで軽井沢で行われた。合宿と言っても、大会に備えての練習と言う様な事では無く、唯遊び気分でテニスをしに行くだけであった。そして軽井沢から帰って来た時、7月半ばから或る程度予想されていた通り、私の経済情勢は大いに悪化していた。7月27日の朝、私の財布には千円札1枚しか無かった。仕送りが振り込まれる銀行の口座にも、利子しか残ってなかった。其の夜夕食を終えた時、私の所持金の総額は200円であった。私は其の最後の200円で、煙草を買った。 7月28日、私は文字通り一文無しとなった。午前10時頃、一度眼を覚ましたが、又寝た。11時に再び眼が覚めた。もう眠れなかった。私はテレビを付けた。部屋の中は暑くなって来たが、動けば腹が減ると思い、じっとして居る事に決めた。外へ出ても、何処へも行けなかった。冷房の有る喫茶店へは勿論行けず、電車にも乗れず、電話さえ掛ける事が出来なかった。私は布団の上に寝転がり、テレビを眺め続けた。時計の針は緩慢に、少しずつ時を刻んだ。午後1時を廻った頃、煙草が終わった。空腹は心配しなかったが、煙草が切れた事は問題であった。私は初めて危機感を覚えた。テレビが3時のワイド・ショー番組を始めた時、階段を上って来る足音が聴こえ、足音が止むと、私の部屋のドアをノックする音が響いた。「朝日新聞ですけど。集金に参りました。」私は息を潜め、黙っていた。然しテレビの音が、廊下まで聴こえてしまっている筈だった。私はじっとして、「早く諦めて帰れ。」と念じた。もう一度ノックの音がした。「朝日新聞ですけど…。鉄兵、居るんでしょ?」私はやっと、声に凄く聴き覚えの有る事に気付いた。私は立って、ドアを開けた。「NHKですけど。ちゃんと受信料払ってますか…?」香織は云った。 「此の部屋も暑いわねぇ。サテンへでも行きましょうよ。」香織は手で、顔に風を送りながら云った。「そうだな。でも…。」「でも、どうしたの? 行きたく無いの?」「否、行きたい。」「じゃあ、行きましょう。」「でも…。」「何なのよ?」「…金が無い。」 「さだひろ」で、注文した「ハンバーグ・ライス・セット」がテーブルに置かれるや否や、私はフォークだけを右手に持ち夢中で食べ始めた。「本当に、ゆうべから何も食べて無いみたいね。」香織はアイス・ティーをストローで飲みながら云った。「其れで若し私が来なかったら、どうする積もりだった理由? 10円玉も無くて。誰かが来る迄、あの部屋でじっとしてる積もりだったの? ずっと誰も来なかったら、飢え死にだわねぇ…。」私は口に食べ物を入れた儘、喋り掛けた。「いいわよ。食べ終わってからで…。」空いた皿にフォークを置くと、私は「さだひろ」に来る途中、香織に買って貰ったセブンスターに火を点けた。「俺は今朝、蓑虫になったんだ…。」「蓑虫? 何其れ?」「自分に『俺は蓑虫だ。』と暗示を掛けた。そして、じっとしてたんだ。」「なる程…。夏の蓑虫ね。」「本当は君が来て呉れると思ってたのさ。日曜の中に軽井沢から帰って来るのを君は知ってるし、唯おとといの夜か昨日来ると思ってたから、少し不安になってたけど…。」美穂とのあの事があった後なので、少なくとも彼女の方からは当分逢いに遣って来ないであろう事は、充分考えられた。柳沢もフー子も帰省してしまったし、他の金を借りられる知人は皆区外に住んで居るので、其の日の夜迄に香織が顔を見せなければ、此方から飯野荘へ出掛ける積もりであった。然し私は、香織は急度遣って来ると確信していた。「昨日来ようと思ってたのよ。でも急にクラスの娘等が、海へ行こうって云うものだから…、行っちゃったの。そうと知ってれば、誘いを断わって昨日来たのに…。」 「ねえ、3時過ぎに食べてるから、未だ余り御腹空いて無いかしら…? もう少し遅くに作りましょうか? でも何も食べて無かったんだから、もう空いてるかしら?」部屋の時計は、午後6時半を少し過ぎていた。「君が食べたい時間に合わせて作れば好い。買ったのも作るのも、君なんだから。」「私は何時でも構わないのよ。貧しいあなたの為に作るんだから。」「じゃあ、もっと遅く、…8時頃に食べれる位が好いな。」「そう。そうするわ。」香織は「西友」の袋から取り出し掛けた夕食の材料を、袋の中へ戻して、私に寄り添った。「其れで、お金はいつ入るの?」「はて…? いつかな?」「ちゃんと見通しは有るんでしょ?」彼女は私との夏休みの予定の為に、確認して置きたいらしかった。「仕送りは確か月末だったわよね。」「8月分の仕送りは、多分来ないと思うな。」「そうなの? じゃあ、バイトするの?」「俺、バイトはしない主義なんだ。」「しない主義って、お金が無きゃ仕方無いでしょ。どうやって生活する積もりなの?」「どうしよう?」「呆れた人ね…。」私は彼女の膝の上に頭を乗せ、横になった。「まるでヒモね…。」彼女は云った。「まるでは、余計だ。」「私、生活力の無い男って嫌いよ。」「嫌いで好いから、食べさせて呉れ。」 「さっき、バイトはしない主義って云ったけど、どう言う事なの?」テレビを視ながら食卓を囲んだ時、彼女は訊いた。「バイトはしない事に決めてるんだ。」「どうして?」「俺達、卒業すれば厭でも働くんだぜ。なのに学生の間から、好き好んで働く必要なんて全然無いさ。しなくて済むのに、わざわざバイトして喜んでる連中は馬鹿だ。」「又、大人の真似をしてる子供って云いたいの?」「うん。其の通りさ。」「学費なんかの為に、必要でバイトをしてる人だって居るのよ。」「勿論そんな人々に就いては、語るも恐れ多い事だ。俺が問題にしてるのは、暇だからバイトしてる連中の事さ。俺達は、殆どの者が、年を取るに連れて、周りの状況はどんどん悪くなって行くんだぜ。夢が一つずつ消えて行くみたいに…。悪くなっていると感じない人間は、何も感じない人間さ。未だ自分が好い場所に居るものだから、悪い状況を真似てみる事に、快感を覚えるんだ。何れは自分の周りもそうなる事を、其れが必ず悪い状況である事を、認識出来ない者は馬鹿さ。」「そうですか…。女の子に面倒を看て貰いながら云っても、余り説得力が無いわね。」 其の日から香織は、私の部屋で私と寝起きを供にする様になった。我々は朝眼を覚ますと、布団の上でセックスをした。「起き抜けで、よくやる気になるわね。」「君は厭かい?」「厭じゃないけど…。」「イタリア人は朝、セックスをするんだぜ。」「へえ、そうなの。ソフィア・ローレンも、そうなのかしら?」「勿論そうさ。だから、いつも眼の下に膜作ってる顔をしてるじゃない。」彼女が作って呉れた朝食は、トーストと目玉焼きと、レタスとキャベツの刻んだのであった。私は珈琲を煎れた。彼女は紅茶の方が好きだったが、朝は私と一緒に珈琲を飲んだ。朝食を済ませると、我々は又セックスをした。彼女は、ガラス・テーブルの上の皿とコーヒーカップを片付けると、部屋の掃除を始めた。「部屋に居ると、埃を吸っちゃうわよ。」と彼女は云い、私はお金を貰って外へ出ると、パチンコ屋へ行った。午前中のパチンコ屋は、客が疎らであった。暫くすると、掃除を終えた彼女も遣って来て、二人でパチンコをした。パチンコ屋を出ると、我々は西友へ行き、彼女は夕食の材料や日用品を買った。三栄荘に戻ると、部屋の気温は既に、可なり高くなっていた。私は又彼女の身体を求めようとしたが、肌を近付けただけで汗が出て来そうなので、中止した。我々は部屋を出て、中野駅の方向へ歩いて行き、ブロードウェイの2階で遅い昼食を食べた。「映画でも観ましょうか? 部屋に帰っても暑いし。」「俺は止めとくよ。君に此れ以上金を使わせるのは、忍び無い。」我々は丸井へ行き、涼しい店内をブラついた後、インテリア売場のソファーの上に長い時間坐って居て、店員に厭な顔をされた。夕方部屋に帰ると、彼女は夕食の準備を始めた。食べ終えると、彼女は食器を洗ってから、オレンジ・ペコを煎れた。私も一緒に飲みながら、二人でテレビを視た。午後11時頃、我々は「神田川」を唄いながら銭湯へ行き、帰りに缶ビールを買った。そして夜の遊戯を充分に楽しんでから、眠りに就いた。 〈一八、同棲週間〉
2005年10月26日
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17. 御対面事件 「鉄兵…。」香織の声で私は眼を覚ました。「其処は暑いから、布団の方で寝れば?」「…、うん…。」「彼女、帰っちゃったわよ。」「…え? ああ…、そう…。」私は起き上がった。「未だ眠いんでしょう?」「…まあね。」私は煙草に手を伸ばし、一本銜えた。「寝ないの?」「うん。此れから寝ると、汗を掻きそうだ。」私の部屋は朝日がまともに差し込んだ。「はい、此れ…。」香織が差し出した紙切れを、私は受け取った。其れには説子の字で、昨夜の御礼とお詫びが書かれていた。「あなたを起こそうとしたんだけど、彼女が起こすのは悪いって云うものだから…。」説子は眼を覚ますと、頭が痛いと云ったが、バイトが有るので失礼するわと告げ、私に手紙を書いて帰って行ったそうだった。「二日酔いでアルバイトか…。彼女も大変だな。お早う、ノブちゃん。」「あ…、お早う御座います…。ゆうべは布団を取っちゃって御免なさい。」ノブは香織の横で、相変わらず微笑みを浮かべて居た。「君は御客さんなんだから、布団を使って構わないんだよ。唯…。」「どうせ私は客じゃ無いわよ。でも私はノブの好意で布団に入れて貰ったの。あなたも頼んで、入れて貰えば良かったのに…。」「頼もうとしたんだけど、二人共グーグー寝てたからさ…。」ノブはうっすらと頬を赤らめた。そして私は腹が減ったと云った。「そうでしょうね。ゆうべは御苦労様だったもの。」時計を視ると、9時15分であった。「赤いサクランボ」へ行こうと言う事になったが、ノブは自分はいいから二人で行って来て欲しいと云った。「どうして? 三人で行こうぜ。」「そうよ。ノブ、行きましょう。」ノブは我々に遠慮しているのか、自分は部屋で待って居ると重ねて云った。私と香織の二人でモーニングを食べに出掛けた。「ノブったら、何遠慮してるのかしら…?」「でもノブちゃんてさ、始終にこにこしてるね。」「そう…?」「元々そう言う顔なのかな?」「どう言う意味? 彼女に失礼じゃない?」 「あなた高校時代、バスケット部だったんですって? 栗本さんだっけ? 彼女から聴いたわよ。」私と香織は「赤いサクランボ」を出て、三栄荘に向かっていた。「彼女も途中まで、バスケ部に居たんですってね。」「ああ。彼女は膝を悪くしてね。其れで辞めたんだ。」「まあ、そうなの…。」空は雲一つ無く、よく晴れていた。昼から又暑くなりそうだった。「でも驚いたわ。あなたって、スポーツ・マンだったのね。」「あれ? そうは見えなかったかい?」「だって不健康な生活許、してるじゃない。」「運動神経は良い方なんだぜ。」我々が三栄荘の門の前迄来た時、中から一人の女性が出て来た。「あ、鉄兵…。」其の女が私の名を呼んだ。美穂だった。私は愕き、一瞬彼女が何故此処に居るのか解らなかったが、直ぐに思い出した。其の日は、美穂と鎌倉へ行く約束の日だった。香織は私の側から2、3歩離れた。「あら、お友達?」香織が私に訊いた。「ああ…、大学のサークルの…。」私は云った。正に青天の霹靂であった。 其の光景に私は、何とも云い難い違和感を感じていた。美穂と香織が、向かい合って坐って居た。ノブは香織の隣で、黙って様子を見詰めていた。其れは私が曾て、想像した事の無い光景だった。「あの…、香織さん…、でしょ?」美穂が云った。「ええ。名前を知ってて呉れて、有り難う。」「…どう致しまして。」「其方らの名前を、未だ伺ってなかったわね。」「ああ…。同じサークルの富田さん…。」私は美穂を紹介した。「初めまして…。学校はどちら?」「学生に見えるかしら?」「あら、御免なさい。てっきり…。じゃあもう、お仕事を…?」「いいえ。一応学生は学生だけど、代々木の東京観光専門学校。」「ああ…。専門学校なの…。」陳腐だと、私は思った。私は殆ど口を開かずに、煙草を吸って居た。「とにかく、私は出直すわ…。変な時に、来ちゃったみたいだから…。」美穂はそう云って、立ち上がろうとした。「あら、帰る事ないわよ。用事が有って来たんでしょう?」「ええ、まあ…。でも…。」「帰るべきなのは私達の方だわ。あなたはどうぞ、居て頂戴。」私は黙っていた。「さあノブ、帰るわよ。」香織は立ち上がった。「あ…、はい。」ノブは慌てて自分のバックを手にした。香織はさっさとドアへ歩いて行き、ノブも後を追う様にして、二人は出て行った。美穂も立ち上がると、廊下へ出て、階段を下りて行く香織達に声を掛けた。「あの…、御免なさいね。」「あら、どうして謝るの? 謝られる筋合いなんて無いわ。」香織は振り返ると、きっとした調子でそう云った。二人は三栄荘を出て行った。 「彼女を怒らせちゃったみたいね…。」部屋へ入り直してから、美穂は云った。「御免なさい。お取り込み中、失礼して…。」「否。当然だが、悪いのは俺だ。」漸く私は口を開いた。「そうよ。一体どう言う事? 確かに約束したわよねぇ。」急に眼を強張らせ、私を睨む様にしながら彼女は云った。「ああ。約束した。」私は、約束をすっかり忘れていた自分を恨んだ。(まるで、三流ドラマだな…)香織の言葉も、普段の格調は感じられず、唯の厭味だったと私は思った。「さてと…、どうする…?」美穂は、坐って窓の外を見詰めながら云った。「お天気は申し分無いんだけど…。鉄兵ももう、シラけちゃったみたいね…。」彼女の口調は何処か淋しそうだった。私は何も答えずに、洗面用具を持って部屋を出た。1階の台所で、顔を洗い次に髭を剃った。歯を磨いて部屋へ戻ると、トレーナーとジャージを脱ぎ、プル・オーバーのシャツとファーラーのスラックスに着替えた。美穂は未だ窓の外を視ていた。「さあ、行こうぜ。」私は云った。「…行くって、何処へ…?」彼女は振り返った。「鎌倉に決まってんじゃん。」「行っても好いの?」「君が行きたくなくなったのなら、仕方無いけど…。」美穂は立ち上がった。「さあ、行きましょう。」 「でも今朝は驚いたわ…。」鎌倉の帰りに、電車の中で美穂は云った。「ノックしたら、知らない女の子が出て来るじゃない。一瞬、部屋を間違えたのかと思ったわよ。」 ── ノブは美穂に「彼は朝食を食べに出掛けたけど、もう直ぐ帰って来ると思います。どうぞ部屋に入って待って居て下さい。私は其の、彼の友達の友達で、偶然今、留守番をしているだけだから…。」と、云った。美穂は「いえ、いいんです。又来ます。」と云って、理由の解らない儘に外へ出たのだった。 ── 「だけど、ノブちゃんだっけ? 彼女はとても感じの好い娘だったわ…。…香織さんと違って。」電車は次第に東京に近付いて行った。私は「若し、私と言う人間が存在しない世界で、香織と美穂が知り合ったとしたら、二人は友達になれただろうか?」と言う事を、考えていた。然し直ぐに、考えるのを止めた。(俺が居ないのなら、彼女等が友達になれたかどうかなんて、俺には関係の無い事だ…。)「君はテニスには、行かないんだって?」翌日からは、サークルのテニス合宿だった。「うん。友達との旅行と、重なっちゃったの。」「何処へ行くんだい?」「北海道。好いでしょう。」私は朝の埋め合わせを考えて、二人だけで何処かへ旅行しようと云った。「本当? 嬉しいわ。でも無理してるんじゃない?」「無理なんかしてるものか。遠い処へ行こうって云っただろう。何処へ行くかは、君が北海道から帰って来る迄に考えて置くよ。」「うん。楽しみにしてるわ。」電車は品川に到着した。 〈一七、御対面事件〉
2005年10月26日
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16.中野の怪 やっと落ち着きを取り戻して、世樹子は云った。「本当に御免ね。香織ちゃん。ノブちゃんも…。」世樹子は友人の相談に乗って遣っていて、話し込んでしまったらしかった。「だから、もう好いって云ったでしょ。其れより、何が居たのよ?」「鉄兵君に電話貰った後、直ぐに出掛けたの。そしたら、途中の暗い路に…。」「どの辺?」「公園を過ぎて、煙草の自動販売機の処を曲がって行く…。」「ああ、新井通りに出る迄の、細い路ね。」「あの路、真っ暗だから厭だったんだけど、急がなきゃと思って、通ったの…。そしたら、右側のこんもりした木が立ってる処に、居たの…。」「何が?」世樹子は又涙を浮かべた。「分からない…。」「痴漢かい?」私は云った。「分からないの。でも居たのよ…。…動いたの。」「人間じゃ無いの?」世樹子は唯、分からないを繰り返すだけだった。「幽霊かな…?」「止め為さいよ。」香織が云った。世樹子は小さく震え始めた。「だって、シーズンに入ったし、有り得るぜ。」「悪い冗談だわ。世樹子が可哀相でしょ。」「冗談なんかじゃ無いさ。中野には狐だって住んでるんだぜ。」世樹子は漸く少し笑顔を見せた。「今日、自分の鍵を作ったから…、香織ちゃん、此れ返すわね…。」世樹子はポケットから鍵を取り出して、香織に渡した。「馬鹿ね…。わざわざ持って来なくったって良いのに。」「其れにしても、俺が電話してから随分経ってるぜ。直ぐ部屋を出たんだろう?」「ええ…。そうなんだけど…、怖くて夢中で走ってたら、いつの間にか全然知らない路に居たの。」「まあ、何度も往復してるのに、迷ったの?」「怖かったわ。もう駄目かも知れないって、思った…。」「命が無くなるとでも、思ったのかい?」私は笑った。「ええ。生きてる心地がしなかったわ。あの川と橋が見えた時は、本当に嬉しくて…、鉄兵君と香織ちゃんの顔を見たら、涙が出て来ちゃった…。」世樹子は真面目な顔をして云った。「矢っ張り、狐は居たんだ…。」私は云った。「そうね。本当に居るのかもね。其れにしても、女の子の深夜の一人歩きなんて絶対に良くないわ。世樹子も今夜は此処に泊まって行き為さいよ。」「有り難う。でも今夜は取り込んでる様だから、私は帰るわ。部屋の電気も付けた儘で来ちゃったし…。」世樹子は、よく眠っている説子に目を遣りながら云った。私は世樹子を飯野荘へ送り届ける事になった。 「鉄兵君、御免なさいね。変な話を聴かせた上に、送って貰ったりして…、私、みんなに迷惑許掛けてるわ。」「俺の事は迷惑じゃ無いさ。女の子を送ってくのは俺の趣味だし、君が逢った其の路の横に居たものにも、大いに興味が有る。未だ其処に居るかな?」「ええ? もう居ないわよ。絶対。」「まあ、そうだろうな。でも若し、未だ居れば面白いのに…。」深夜の住宅街は、いつもにも増してやけに静かで、街灯の明りも、心なしか薄暗く見えた。「どうも今夜は、静かで暗いと思わない?」私は云った。「此の辺は、いつだって静かだわ。でも、普段より暗い気はするわね。来る時も、そうだった…。」世樹子は不安げな声になった。「普段は宴会許やってるから、急度明るく見えてたんだよ。」又泣かれては困ると思い、私はそう云った。我々は刑務所の側を通り過ぎて、新井通りに出た。そして問題の、街灯の無い細い路地の前に来た。「どうする? 怖ければ遠回りするけど…。」私は訊いた。「鉄兵君は行ってみたいんでしょう?」「うん。でも君が厭なら、無理は云わないさ。」「鉄兵君が一緒なら、怖くは無いわ。」「よし。じゃあ、通ってみるかい?」世樹子は黙って頷き、私の腕にしがみ付いた。我々は真っ暗な狭い路へ入って行った。確かに痴漢が出ても不思議は無いと、私は思った。「此処よ…。此処に居たの…。」世樹子が示した場所は、もう人が住んでいない古い家の庭先だった。庭と路の境に立っていたらしい板屏は、殆崩れてしまって、両端に少ししか残ってなかった。庭の真ん中に、そんなに大きくは無いが可成樹齢が行っていると思われる柿の木が有った。古い木であるが、未だ葉がこんもり繁っていた。其の木の前に其れは居たと、世樹子は云った。非常に暗くて、彼女が何であるのか分からなかったと云った事は、納得出来た。私は、其の木の処迄行ってみようとした。「止め為さいよ…。」世樹子が私の腕を引っ張った。「一寸だけさ。未だ隠れてるかも知れない。」世樹子は私の腕から手を放さなかった。「急に襲われたら、どうするの?」「痴漢は男を襲ったりしないよ。」「痴漢じゃ無くて、もっと怖いものかも知れなくてよ。」「もっと怖いものって、どんなものさ?」「人間じゃ無いかも知れないって事よ…。」世樹子は声を強張らせた。「此の世に人間より怖いものなんて居ないさ。」私は雑草を踏み分けて、古木の側へ近寄った。木の前にも後ろにも、何も居なかった。私は其の木をじっと見詰めた。「こっちへ来て御覧よ。」私は世樹子に声を掛けた。「怖いわ。」「大丈夫。何も居ないよ。」世樹子は恐る恐る庭に足を踏み入れ、半分から此方へは私の側まで走り寄った。「此れを視て。」私は木の幹を指した。幹の根元に近い処が、未だ濡れて光っていた。 「ところで、部屋で布団に寝ていた人は誰なのかしら? 鉄兵君。」世樹子はいつもの調子に戻っていた。「ああ。高校の時の同級生さ。今日、東京に来てる者で同窓会をやって、彼女が潰れちゃったんだ。」「そう。其れで、香織ちゃんは何て云ってた?」「別に…、何とも云わなかったと思うが…。」「ちゃんと上手く説明して、解って貰った?」「解って貰う様な事じゃ無いさ。」「そう。じゃあ、香織ちゃんは納得して呉れたんだ。」我々は飯野荘の前に着いた。「本当にどうも有り難う。今日は御免なさい…。」「送るのが趣味って云ったろう。寝不足は美容に良くないから、早く上がって休み為さい。」「はあい。でも鉄兵君、帰っても布団無いんじゃないの?」「多分な。好いさ、ゴロ寝には慣れてる。」「私は構わないから、良かったら家で寝て行って。」「そいつは非常に嬉しいな。是非そうしたいけど、明日が怖いから…。」「そうね…。香織ちゃんに怒られるわね。」「否。香織に怒られるのは別に好いんだが、君に怒られそうだ。」「どうして私が怒るの?」「俺は女の子と一緒に寝て、何もしない男じゃ無いぜ。」「まあ、そうなの…。でも、私も何かされて何もしない女じゃ無いから、大丈夫よ。」「だから怖いって云ったのさ。俺が大丈夫じゃ無いよ。」「そうね…。」世樹子は笑った。「矢っ張り人間が一番怖いって事ね。」「そうさ。もう中へ入りな。俺も行くから。」「あ、御免なさい。気を付けて帰ってね。おやすみなさい。」彼女はアパートの中へ駆けて行った。私は、既に夜明けの迫っている街を歩き始めた。再び空き家の前を通り、古木の前辺りを視た。其処には、以前其の家に住んでいた此の街の人間の、喜びや哀しみや、そして恐怖が見えて来そうな気がした。古木は急度、其れ等を未だ覚えている様にも思えた。然し其処には、何も居なかった。「俺達も…。」と考え掛けて、私は止めた。「幾ら想いを残して去って行っても、何も残せはしないさ…。」私は心に、そう云い聴かせていた。 部屋へ帰ると、2つの布団を敷いて、3人の女が眠っていた。私は窓の側へ行き、カーペットの上に身体を倒した。 〈一六、中野の怪〉
2005年10月25日
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15.同窓会の夜 「本当に君は、二人が帰って嬉しいと言う顔をしてたな。」山手線の中で、私は云った。「あら、そうだった…? 別に嬉しいって事は無いけど…、唯あなたの部屋へ、一人では行き難かったのよね。」「柳沢が居るから?」「まあ…ね。私の部屋には世樹子が居て、あなたの部屋には隣に柳沢君が居て、私達って恵まれないカップルだと思わない?」「俺は別に気にならないけど…。」電車は池袋を過ぎた。「でも柳沢君って、最近フー子に気が有るみたいに見えない?」柳沢は当初からフー子を嫌いでは無い素振りを見せたが、私と香織の事が発覚して以来、妙に其れを目立たせて居た。「君もそう思うかい?」「じゃ矢っ張り、そうなのかしら…?」「さあ? 分からないな。俺達の為に、態とそう見せてるのかも知れない…。」新宿駅に到着し、我々は中央線に乗り換えた。中野で電車を降りると、南口の改札を出て、丸井の1階に在る「オレンジ・ハウス」へ行った。其処で私は、ヤカン、鍋等の台所用品と僅かの食器を買った。「一度に全部は、とても買えないわよ。差し当たり必要な物だけを買い為さい。」香織は少しお金を出して呉れた。「悪いね…。」「好いのよ。どうせ私が使うんだから。」我々は大きな袋を持って、「オレンジ・ハウス」を出た。「此れからは、鍋を持って三栄荘へ行かなくて済むわね。」其れまで私の部屋には、調理用具と言う物が何一つ無かった。柳沢は多少持っていたが、矢張り不備な物が沢山有り、手料理大会の時には、彼女達が其れ等を持参していた。食器類等は、持ち寄った儘置きっ放しになっているのも有った。三栄荘に一度帰って袋を置くと、我々は「西友」へ行き、調味料と今夜の夕食の材料を買った。「同棲しようか?」私は云った。「気が変わったの?」「何で?」「あら、あなた、結婚すればどうせそうなるのに、若い中から同棲する奴は馬鹿だ、子供が大人の真似をするのと一緒だって云ってたじゃない。」「ああ…。確かに云ったけど…、君は同棲したいかい?」「したいって事は、別に無いわ。」私は一応安心した。然し彼女が間もなく、通い同棲的な事を始めるのは確実であった。 翌7月22日、私は東京に居る、広島の高校時代の友人達と、酒を呑んだ。池袋の学生許のパブでワイワイやって居たが、そろそろ帰ろうと言う頃になって、女性が1人酒に酔って潰れてしまった。皆立ち上がったが、栗本説子は動けなかった。「お前が呑まして、潰したんだろ。ちゃんと送って行けよ。」と水登が云い、私が彼女を送って行く事になった。「未だ戻しそうかい?」私は彼女に尋ねてみた。彼女は何も答える事が出来なかった。小柄な彼女を抱きかかえる様にして、私はタクシーに乗った。「彼氏いけないなあ…。」運転手は云った。彼女は確か、赤羽に住んで居ると云っていたのを思い出し、赤羽駅へ向かって呉れと告げた。私の腕に顔をくっつけて、彼女は眠っていた。彼女のアパートの場所を訊き出さなければならなかったが、眼を覚まして呉れる気配は全く無かった。私は諦めて、新青梅街道へ行く様、運転手に云った。 三栄荘の前にタクシーは停まった。説子を抱えて門の中へ入った時、私は自分の部屋に明りが付いているのに気が付いた。「拙いな。」と思ったが、仕方無く、彼女を連れて階段を上がった。部屋には、香織ともう1人知らない女が居た。「お帰りなさい。」笑顔を見せながら香織は云ったが、直ぐ説子に気が付いた。「彼女を寝かせるから、手伝って呉れ。」私は云った。香織は急いで布団を敷いて呉れた。説子は依然として眼を閉じた儘、意識が無い様子だった。「池袋で呑んでたんだけど、彼女が潰れちゃってさ。みんなに送り役を押付けられて、仕方無く連れて来たんだ。」説子を寝かせ終えてから、改めて私は事情を説明した。「そうなの。高校の同級生と呑んでたんだわね。…御免なさいね。黙って勝手に部屋に居て…。」私は普段、部屋の鍵を靴箱の中に置いて外出していた。「いつもの処に、鍵が有ったものだから…。」「謝る必要なんて、全然無いさ。其れより今夜は、遊びに来たの?」其の夜、香織が私の部屋へ来る約束は無かった。「違うの。実は、世樹子がさ、自分の鍵を失くしちゃって…。今夜は私の方が遅くなる予定だったから、彼女に私の鍵を渡したのよ。そしたら世樹子が帰って来なくて、部屋に入れなくなったの。フー子も居ないし…、それで此処へ来た理由。本当に世樹子ったら…、何やってるのかしら…。あなたも、付いてなかったわねぇ。」「どう言う意味だい…?」香織の隣に坐って居る女は、ずっと黙って微笑んでいた。「あ、此の娘はね。同じクラスの有吉信子ちゃん。ノブって言うのよ。今日ずっと一緒で、飯野荘に泊まってく筈だったの。」「初めまして…。突然、御免なさい…。」有吉信子は会釈しながら、穏やかに云った。時計は午前1時を廻っていた。「悪いんだけど…。迷惑序でに、今晩泊めて貰えないかしら?」香織は云った。「其れは勿論好いけど…。唯、布団が後1つしか無いぜ?」「悪いわね。でも私とノブは、1つの布団に一緒に寝るから大丈夫よ。」説子が微かに呻き声を挙げた。「だけど世樹子がもし帰ってたら、心配してるだろう? 電話してみた方が好いんじゃない?」「心配させとけば好いのよ。あの娘の所為なんだから。」私は外へ出て、飯野荘へ電話を掛けた。世樹子は帰って居た。私が状況を話すと、彼女は受話器の向うで疳高い声を挙げた。直ぐ謝りに三栄荘へ行くと、彼女は云った。私は、そんな事はしなくて好いからと云い、「おやすみ」を告げて受話器を置いた。煙草を買って、部屋へ戻った。「世樹子、帰ってたぜ。」「あら、そう。で、何処へ行ってたって?」「其れは訊かなかったけど、君が帰って来ないんで随分心配して慌ててたみたいだ。」「可哀相だったかしら…。矢っ張り可哀相なのは、私達の方よ。ねぇ。」香織はノブに云った。ノブは唯、微笑んでいた。 「ノブはねぇ、あなたに逢うのを楽しみにしてたのよ。あなたの噂を聴いて、興味を持ったんだって。」「どうせ君が変な事許話したんだろ。」「あなた変な事許、云ったり、したりしてるじゃない。嘘は云ってないわよ。それに世樹子だって、あなたの事色々話してるみたいだし。うちの学校で、私のクラスと世樹子のクラスでは、あなたはもう有名人よ。」香織と世樹子は同じ専門学校に通っていたが、クラスは違っていた。「ノブちゃん。逢ってみて、俺はどうだい?」ノブは困った様に少し間を置いてから云った。「…素敵な人だと、思うわ。」「噂通りの素敵な人って事かい? 其れはおかしいな…。変な噂だったんだろう?」「逢った許で、未だよく分からないって事よ。」香織が云った。「私、話を聴いて、素敵な人だなぁって…、思ったわよ…。」「そうなの? あなたも変わってるわね。それとも、私の日本語が間違ってたかしら…?」「否、君の日本語はどうか知らないが、ノブちゃんは正常さ。君が悪意で飾った言葉の裏に、真実の俺の姿を見抜いて呉れたのさ。」「あら、随分じゃない? 私はあなたの真実の姿しか、話してないわよ。」「そうだとしても、ノブちゃんは正しい。変わってるのは、君の方じゃないのか?」「ノブ、好いから。此の人に本当の事を云って遣り為さいよ。」「私、本当の事を云ったのよ…。変わっていて、素敵な人だと思うわ。」其の時、窓の下の方で、物音と微かな女の声がした。「あら、又誰か来たみたいね。」香織が云った。「俺の処へ? まさか。」「鉄兵君…。」声がそう云った。私は開いた窓から顔を出して、外を視た。「鉄兵君…。香織ちゃん…。」声が今度はそう云った。世樹子だった。私と香織は顔を見合わせてから、部屋を出た。「来なくて好いと云ったのに…。」階段を下りながら、私は云った。「此処へ来るって云ったの? でも、どうしたのかしら…?」確かに世樹子の声は、少し様子がおかしかった。靴箱の前に世樹子が立って居た。「あ、鉄兵君、香織ちゃん…!」彼女は、我々の顔を視てそう呼んだかと思うと、声を挙げて泣き出した。大きな瞳から、涙が次々に溢れた。「おいおい。どうしたんだよ?」「…居たの。…路の横…。…怖かったの。…御免なさい。路が違ってて…。怖かったの…。」彼女はしゃくり上げて、上手く言葉に成らなかった。「どうしたの…? …話は後で。さあ、もう、泣かないで…。」香織は世樹子の頭を胸に抱いた。「とにかく、上がって。部屋へ入りなよ。」私は云い、香織に抱いて貰った儘、世樹子は階段を上った。「香織ちゃん…、御免なさい…。鍵を持って…。御免なさ…。」「好いのよ、其れは。もう好いんだから…。」布団でぐっすり眠っている説子の横で、ノブが驚いた表情で、部屋へ入って来た3人を迎えた。 〈一五、同窓会の夜〉
2005年10月25日
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14.横浜花火大会 ~処女の香り~ 和代は始発が動き出した頃、何度も吐いた。やがて東向きの窓から、朝日が部屋を照らし衝けて、宴会はお開きになった。美穂と和代を残して、他の者達は帰って行った。柳沢も「寝る。」と云って、自分の部屋へ戻った。和代はぐっすり眠っていた。「此の部屋も段々素敵に見えて来たけど…、唯、電話が無いのがいけないわ。」美穂は、人が去ってガランとしてしまった部屋を、見廻しながら云った。「学校で逢う以外は、此方から連絡が出来ないんだもの。」私は、電話取付代として親から余分に貰っていた金を、4月中に使い込んでいた。然し電話を部屋に付ける気など、私には初めから無かった。「電話は嫌いなんだ。」私は唯そう云った。「処で、香織って人と付き合ってるの?」急に私の方を向いて、彼女は云った。「ああ。付き合ってる。」「そう…。じゃあ、私とはどうしてるの?」「君とは愛し合ってる。」彼女は窓の外に視線を移した。「私は別に、鉄兵が他の誰と付き合っていても構わないのよ。唯これからも、私と逢って呉れさえすれば、それで好いわ。約束して貰えるかしら?」「勿論さ。そうだ。夏休みになったし、二人で何処かへ行こう。」「…私、鎌倉へ行ってみたいな。」「鎌倉? もっと遠い処へ旅行しようぜ。でも取り合えず、鎌倉へ行ってみるのも好いな…。近い中に行こう。いつにする?」「そうね…。23日はどう? 木曜日。」「OK。決まりだ。」「どうやって逢う? いつも鉄兵が私のアパートに来てるから、今度は私が此処へ来るわ。それとも、私から逢いに来てはいけない?」「どうして? いけない理由無いじゃん。唯、こっちから行かなくて済むとなると、俺、安心して寝ちゃってるかも知れないぜ。」「寝てて好いわよ。起こしに来てあげるんだから。」私と美穂も少し眠る事にした。和代と美穂に布団を取られ、私は柳沢の部屋へ行った。柳沢は布団の中で、気持ち良さそうに眠っていた。私は勝手に押し入れを開け、彼の来客用の布団を引っ張り出すと、其れを敷いて横になった。 昼過ぎに我々は眼を覚まし、4人で昼食に出掛けた。和代は未だフラフラしていた。「美味しい。」「赤いサクランボ」の水を一息に飲んで、和代は云った。「本当に御免なさいね。見っともなく潰れて、おまけに布団まで使っちゃって…。」「気にする事は無いさ。」「ゆうべは、よく呑んでたみたいだね。」柳沢が云った。「誰かに呑まされたんでしょ? 淳一君じゃないの?」美穂が訊いた。「そう云えば、彼奴完全に酔ってたな。」「違うわよ。私が自分で呑んだの。ゆうべは久し振りに愉しかったわ…。」「久し振りって、最近調子悪いのかい?」私は訊いた。「まあね…。良くは無いわ。何か、自分が意味の無い事許してる様な気がして、仕方無いの。変でしょ…?」「変かどうか分からないけど、ゆうべみんなで騒いだ事も、意味の無い事だぜ?」「でも、愉しかったわ。愉しければ好いって、云って呉れたでしょ。私、其の通りだと思ったの。」「大学生が、自分のしてる事に意味や価値を求め始めたら、大学は潰れるな。」「誰も大学に行かないって事? 向学心に燃えて通ってる人も、沢山居るんじゃない?」美穂が云った。「多くの学生に取って、今の大学はレジャー・ランドさ。」「だけど運動家の奴等に云わせれば、そんなのは、政治家の思う壺って理由なんだろうな。」「思う壺でも皿でも好いさ。街を変える事さえ出来ないのに、国を変えるなんて、其れこそ意味の無い話だ。」 7月20日、私はみゆきに逢い、其の夜、横浜花火大会へ行った。山下公園には、既に沢山の人が集まって居た。芝生の上はもう坐る場所が無く、海岸縁のアスファルトの上にハンカチを敷いて、二人で坐った。出店で買ったフランクフルトを食べていると、一つ目の花火が上がった。花火は、沖の船の上から打ち上げられた。間近に視る打ち上げ花火は、かなり迫力が有った。花模様を夜空に描いた後の花火の雫が、自分の顔の上に落ちて来そうで、怖かった。実際は、我々が居る処よりずっと離れた海の上で、花火は光っているそうだった。花火が光る度に、彼女の横顔が違う色に染まった。暫くして、私は首が痛くなった。然し、顔を真上に向けなければ花火は見えず、周りは人が一杯で身体を倒す事も出来なかった。最後に一際華やかな水中花火を見せ、拍手と歓声の中花火大会は終わった。「矢張り、花火は遠くで視るものだ…。」立ち上がって首を押さえながら、私は云った。 我々は、公園の側の海の見えるレストランで、食事をする事にした。ボーイが、持って来たワインのラベルをみゆきに見せ、何か喋ってから、其れをグラスに注いだ。未だ首が痛かった。「随分痛そうね?」彼女は云った。「君は痛くならなかったの?」私は不思議に思って訊いた。「少し痛かったわ。」彼女は、痛いのを我慢して尚視てる方が不思議だと、云いた気だった。然し私は、首を温める為にホテルへ行く提案を、忘れなかった。 彼女の肌は透き通る様に白かった。「あれ? 君は処女かい?」行為の途中で私は云った。彼女は眼を開けて、小さく頷いた。「御免なさい…。」「否、謝る事は無いさ。」其の年、私は仲間内からバージン・キラーと異名を取る程、よく処女に巡り逢った。私は、処女と非処女を分けて考える事は余りしなかったが、唯処女の香りを知っていた。女の子の認識の違いに因って個人差は有ったが、処女の恥垢の匂いは印象深かった。汗、体液、恥垢、トリコモナスと言った匂いが混じり合い、一種異様な香りがした。小陰唇の裏側に、豆腐の粕の様な物がへばり付いている事も有った。処女は、今まで腰に強い衝撃を受けた事が無い為、其のショックは大きく、女に拠っては発熱したり、時には吐いたりする者も居た。みゆきは、額から、身体全体からジワッと汗を出した。我々の格言に、「処女に頭の痛い思いをさせてはならない。」と言うのが有った。彼女達は無意識に、ベッドの上へ上へと逃げて行った。頭がベッドの端に当たって、もう其れ以上上へは行けないのに、板に頭を押付け尚も逃げようとした。私はみゆきの身体を、何度もベッドの中央に引き戻しながら、行為を続けた。 セックスの後、みゆきは未だ少し気が動転しているのか、シャワーへ行く余裕が無かった。私はティッシュで彼女の粘膜を拭いて遣った。部屋の冷房を弱くする為、私はベッドを離れた。「処女は嫌い…?」私がベッドに戻って煙草に火を点けた時、彼女は云った。「どちらでも無いさ。」「そう…? 何か面倒くさくて、急度嫌いだと思ってた…。でも嬉しい。此れからは…。」「女は10回目までは処女だと、俺は思ってるよ。」「…。」「処女とそうでない女と分けるのは、おかしいと思うな。少なくとも、1回だけした娘と処女とは、何処も違わないさ。」「そうなの。残念ね…。」「次からは痛くないとでも、思ったのかい?」私はニヤニヤしながら云った。「そうは思ってなかったけど…。じゃあ、早く10回やって頂戴な。」私は煙草をシーツの上に落とした。 翌日、三栄荘に香織とフー子が遣って来た。2日前、二日酔いの和代を送って行った時、柳沢は急遽あさって帰省すると云い、帰省を1日見合わせたフー子と一緒に帰る事になった。私と香織は、二人を上野まで見送りに行った。夏の太陽が眩しく照り衝けていた。「然し、お前も随分急だな。」高崎線のホームで、缶コーヒーとお菓子を買い込んでいる柳沢に、私は云った。「柳沢君も、早く彼女に逢いたいんでしょう?」香織が云った。「実は、其の通りだ。」お菓子をフー子に手渡しながら、柳沢は云った。「此れだわ…。好いわねえ。二人して愛する人の待つ処へ、帰って行けるなんて…。」「あら、香織だって、東京で其方らの彼と夏休みを過ごすんでしょ? 私達が帰ったからって、余り喜び過ぎてると失敗するわよ。」「御忠告有り難う。早く帰り為さいよ。」「でも恋人に逢う前に、電車の中で新しいロマンスが生まれるんじゃねえか?」私は云った。「其れは、素敵だわね。」フー子が云った。柳沢は笑っていた。発車のベルが鳴り、二人は電車に乗り込んだ。車内は割合空いていた。座席を決めてから、柳沢が窓を押し上げた。「じゃあ。」「又ね。」「元気で。」「バイバイ。」 電車はゆっくり、そして次第に速くホームを滑って行き、やがて小さくなった。私と香織は、階段の方へ歩き出した。 〈一四、横浜花火大会〉
2005年10月24日
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13.前期終了コンパ 81年の夏は冷夏であった。梅雨入りの後、6月中は殆ど雨が降らず、今年は梅雨が無いのではないかと思ったが、7月になってから雨はよく降った。梅雨明け宣言が出されてからも、暫く雨の日が続いたが、雲の形は既に夏を告げていた。テレビは冷夏だと云ったが、日中は流石に暑くて外に出て居られなかった。午後になると、我々はキャンパスを抜け出し、冷房を求めて喫茶店へ行った。そして、アイス・コーヒー1杯で3時間位粘る事は、珍しくなかった。中野にも夏は遣って来た。新しい季節を迎えて、街は装いを白く変えた。 「花火なんか買って、どうするの?」香織が訊いた。「みんなでやるのさ。今夜。」私は云った。7月17日の夕方、我々はブロードウェイに居た。「私が、やりたいなって云ったの…。」世樹子が、香織の横に遣って来て云った。「馬鹿ね。花火なんて出来る場所、何処にも無いわよ。」「中野公園で、やろうかと思うんだが…。」「冗談でしょ? 見付かったら、怒られるだけじゃ済まないわよ。近くに交番が在るんだし…。」「そうね。矢っ張り無理ね…。御免なさい。私が其の花火、買い取るわ。」「東京の住宅街は、そう言う事に煩いのよ。」「否…。俺は絶対やる。」3人は玩具屋を出た。「柳沢等は…?」「本を買うとか云ってたわよ。」書店から、柳沢とヒロシが出て来た。「あれ? 本当に花火買ったの?」柳沢が云った。「私は、出来る訳ないって云ったのよ。」「どうして? やろうぜ。」ヒロシが云った。「ああ。やるとも…。」私は云った。「どうしても、やる気なの? お巡りさんに捕まっても、知らなくてよ。」「平気さ。鉄兵ちゃんは、中野の風を変えるんだもの。」「何よ、其れ?」「ディスコ大会の日に、鉄兵ちゃんが云ったのさ。」「住民エゴじゃないの?」「そう云えば、何か変わって来てる感じがするわ…。」世樹子が云った。「三栄荘の辺りが、煩くなっただけよ。」私は黙っていた。私は街の風を変える事など、本当は出来はしないと思っていた。中野の風は、今月に入って既に変わって居るのを、私は知っていた。人間が街の風を変える事など決して出来ない、街の風が人間を変えるのだと、私は考えていた。「ねえ。あなた本当に、そんな事云ったの…?」香織が訊いた。我々は、フー子がアルバイトをしている地階の喫茶店へ向かった。 三栄荘の南側の直ぐ側を、小さな川が流れていた。川と言っても、水の下はコンクリートだった。其の川に架かっている短い橋の上で、其の夜我々は花火を楽しんだ。次週からは夏休みだった。フー子は日曜までバイトをやり、月曜には群馬へ帰省すると云った。「フー子ちゃん、もう帰っちゃうの? 淋しいな…。」「少しでも早く、群馬の彼に逢いたい理由?」「別にそうじゃないわよ。」其の年初めて視る花火は、控え目な華やかさが有った。警察官は来なかった。最後に残った線香花火に、我々は火を点けた。「私、此れが一番好きよ。」花火大会の間、一番愉しそうだった世樹子が云った。「地味でつまらないよ。」「そう? でも可愛いと思わない?」「地味に長くやってくより、パッと派手に一瞬輝いて消えたいな。」「私は長い間、小さく光っている方が好いわ。」「此れ視てるとさ、精子溜りを連想しない?」光った後に残った、赤い玉を指して私は云い、瀕粛を買った。「線香花火って、何か哀しいわ。」香織が云った。「どうして?」「どうしてか分からないけど、視てると哀しくなるのよ。」「確かに可哀相な処は有るよな。余り人気無いって感じで…。今夜だって最後に残ってたから、仕方無く火を点けてる様なものだし。」「私は違うわよ。一番好きなものを、最後まで取って置いたのよ。」愈々最後の1本となった線香花火を、我々は黙って見詰めた。そして其れは、世樹子の手の下で静かに消えて行った。 7月18日、大学の前期が終了し、夜、打ち上げが行われた。私のクラスは男許のクラスだったので、文学部の美穂達を誘った。淳一以外の者は、美穂と其の友人達に逢うのは初めてだった。「何か合コンみたいね。」「みたいじゃなくて、合コンさ。」「まあ、嬉しい。同じ大学の私達と合コンして呉れるの?」「たまには好いさ。」土曜の新宿は物凄い人出だった。我々は、予約してあった「大学いもパート2」へ行った。 「乾杯」の合唱で、打ち上げは始まった。「貴方達、毎週合コンをやってるんだって?」「合コンのプロね。今夜は期待しちゃうわ。」「期待されるのは嬉しいけど、俺達は全員童貞だぜ。」「まあ、本当?」「期待と童貞と、どう言う関係が有るの?」「童貞同盟と言うのを、結んでるんだ。」「童貞を守ってるの?」「ああ。全員、夢多き童貞さ。」「気持ち悪い…。」「大学いも」は学生に人気の居酒屋風パブであった。広い店内はいつも、大学生の集団で満員だった。気が付くと、柴山が立ち上がって居た。6月頃から、彼は合コンで常に一気の鬼と化した。「今日の御酒が呑めるのは! 柴山さんの御蔭です! そおれ、一気! 一気! 一気…!」我々は手拍子と合唱をした。「法学部って、頭良さそうな感じね。」「そうかい? 俺達は馬鹿だぜ。」「あら、御謙遜。うちの大学で、一番偏差値高いじゃない。」「俺達は、此の学部に魅力を持って入った訳じゃないさ。」「そう? でも卒業したら法学士でしょ。矢っ張り司法職なんかを、目指してるの?」「まさか。唯のサラリーマン養成学部さ。」次々と酎ハイのお代りが運ばれて来た。 「大学いも」を出ると、酒の呑める処は多分もう何処も満員なので、我々は喫茶店へ行った。女性は一般に余り酒が呑めないので、彼女達を交えて呑む場合、多く合コンなどでは、二次会は一時酒を中止して喫茶店などへ行くのが普通だった。三次会は、三栄荘で朝まで宴会と決まっていた。喫茶店を出ると、我々は歓声を挙げながら、沼袋へ向かった。私の部屋では、柳沢が頼んで置いた通り、酒と摘みを買い揃えて待って居て呉れた。柳沢を加えて、宴会はスタートした。初めから盛り上がりを見せた其の夜の宴会は、途中で誰かが「踊ろうぜ。」と云い、ラジカセを鳴らし六畳の部屋で10人が踊った。「私達…、」和代が云った。「何? 聴こえないよ!」「私達! 馬鹿みたいかしら?」「愉しくないの?」「とっても愉しいわ!」「なら! 馬鹿でも何でも好いじゃん!」「うおおっ! 今夜は朝まで踊り明かすぜ!」淳一が、右手を振り上げて叫んだ。 流石に朝まで踊っている体力は、我々に無かった。我々は再び坐り直して、グラスを手にした。「此のアパートでは、いつもこんな事してるの?」和代が訊いた。「まあ、そうだな…。」「好いわねえ、アパート暮しは。自由が一杯有って…、毎日愉しいでしょうね。」真美が云った。彼女は自宅通学であった。「自由に見えるかい?」「羨ましい程、そう見えるわ。」「だけど、何処にも行けないんだぜ…。」彼女等の中では、和代が一番酒に強かった。「アパート暮しなんて、つまらないわ…。」和代は一人言の様に云った。「どうして? 淋しいから?」真美が訊いた。「淋しいだけじゃなくて、一人で居ると色々な事を考えてしまうのよ。」「和代ちゃん。良かったら、三栄荘へどんどん遊びに御出でよ。」柳沢が云った。「有り難う…。そうさせて貰おうかしら…。」和代は酔ったのか、笑顔が見られなくなった。「三栄荘には、他にどんな女の子が来るの?」千絵が云った。「女の子は、君等だけさ。」「嘘よ。私達未だ2度目だわ。さっき、いつも宴会してるって云ったじゃない。」「いつもは男許で、やってるんだ。」「俺は知ってるぞ! 香織って言う娘が来るんだ。其の娘は、鉄兵の彼女なのさ。」淳一は酔った勢いで、とんでもない事を云った。「へえ、香織ちゃんて言うの…。鉄兵君、彼女ってどう言う事?」真美が私に訊いた。美穂も私を視ていた。「香織って誰だい?」私は柳沢に訊いた。「さあ…? そう云えば、聞いた名前の様な気もするが…。此処へ来た事の有る娘かな…?」「あら、隠す処を見ると、本当に鉄兵君と関係が有るのね? いけないんだ。鉄兵君たら…。」美穂は黙っていた。私は話題を変えようと、必死だった。其の夜も三栄荘の2階の一室は、朝まで騒がしかった。 〈一三、前期終了コンパ〉
2005年10月23日
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(第6回 作曲スクール)ピアノの鍵盤をド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドと弾いたとき、それぞれの鍵にはそれぞれ異なった周波数が対応し、それぞれ異なった高さの音が聴こえる。この音高の間の周波数関係を、「音律」という。ア・カペラの合唱や弦楽四重奏を聴くと、ピアノやシンセサイザーの音にはない、澄んで融け合った響きを感じる。なぜか。ピアノやシンセサイザーなどの鍵盤楽器は、「平均律」と呼ばれる音律に調律されているが、ア・カペラの合唱や弦楽四重奏では、「純正律」や「中全音律」といった昔の音律で演奏することができるからである。西洋音楽における、音律の歴史を紹介しよう。まず、ギリシャ時代には、5度の音程(ドとソの音程)の周波数比を2対3と定義して音律を構成した。これを「ピタゴラス音律」と呼ぶ。この音律は、ギリシャ時代のような、単一の旋律を演奏する場合には問題がなかった。その後、西洋音楽はより複雑なものへと発展し、12世紀になると、複数の旋律を同時に奏でる音楽が出現し、その中で3度音程(ドとミの音程)が多用されるようになった。ピタゴラス音律における3度音程は、複雑な周波数比を持っていた。単純な周波数比の音程は融合・協和するが、複雑な周波数比は「うなり」を生じたり、「粗い」響きになる。したがって、ピタゴラス音律では、3度音程の2音を同時に奏でたとき、その響きが美しくなかったのである。そこで、3度音程の周波数比を4対5と単純化することで響きを美しくした音律が登場した。これが「純正律」である。純正律では5度も3度も美しく響いたが、新たな問題も抱え込んだ。それは、大きな全音と小さな全音という、周波数比の異なる2種類の全音の音程関係が音律の中に存在するという矛盾であった。この矛盾を解決するべく、大きな全音と小さな全音の中間的な「中全音」を持つ、一群の「中全音律」と呼ばれる音律が考案された。ところが音楽の発達はさらなる問題を呈示した。西洋音楽は古典派からロマン派へと展開し、1曲の中で次々と転調することが多くなってきた。たとえば、ハ長調の中全音律に調律したピアノで、全く別の調の主音を中心とした3度音程や5度音程を演奏すると、これらは非常に複雑な周波数比を持ち「きたなく」響くのである。したがって、中全音律は転調が頻繁におこなわれる音楽には向いていなかった。転調の問題を解消した音律が現在の「平均律」である。平均律はオクターブ内に12の半音が含まれることを利用して、オクターブの音程を正確に12等分して作った音律である。平均律は、3度音程も5度音程も少しきたないが、そのきたなさの程度はどの調でも共通な、妥協の音律である。弦楽器やア・カペラの合唱では各音の高さを自由に調整できるため、平均律ではなく、もっと響きの美しい旧来の音律によって音楽を演奏することが可能なのである。一度、「うなり」や「粗さ」のない純正律の3度音程や5度音程を聴いてみてもらいたい。あなたは、どのように感じるだろうか。
2005年10月23日
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12.日曜の風景 渋谷駅の売店で、牛乳を飲みグリーン・ガムを買った。東横線の改札口の前に立って居ると、みゆきが電車を降り此方へ歩いて来るのが見えた。我々は代々木公園へ行った。歩行者天国には相変わらず、竹の子、ローラー、若干のローラースケーターと、多くの見物人が居た。公園は、子供連れの夫婦や、カップルやジョギング・スタイルの老若男女で、賑わっていた。私と淳一は入学して僅かの間、「軽音楽研究会」に籍を置いていた。私は欠席したが、4月に行われた其のサークルの新入生歓迎コンパに、淳一は出席した。コンパの翌日、淳一は此の公園のベンチで眼を覚ました。其の日も確か日曜だったと思う。私は、公園に来たのは失敗だったと感じていた。太陽の光が、徹夜の身体に応えた。日曜に相応しい天気であった。ベンチは満席だったので、我々は芝生の上に腰を降ろした。「佳子ちゃんは元気かい?」「ええ、元気よ。貴方に宜しくって云ってたわ。」私は佳子の顔を殆ど思い出せなかった。「ねえ。逢うのは今日が未だ2度目だけど…、是非君に、御願いが有るんだ。」私は云った。「…何?」周りには沢山の、若いカップルが居た。「膝枕しても好い?」彼女は、なぁんだと言う風に笑った。「好いわよ。どうぞ…。」彼女は脚を伸ばした。私は周囲のカップルと同じ様に、彼女のスカートの上に頭を載せた。 「あれ…?」私は愕いて跳び起きた。太陽が余り眩しくなかった。有ろう事か、私は彼女の膝の上で長い時間、熟睡してしまったらしかった。昨夜、少しでも寝ておくべきだったと後悔した。「御免ね。」私は云った。彼女は笑っていた。「よく眠ってたわよ。ゆうべ寝て無いんでしょう?」「うん。君に逢う事を考えて、一睡も出来なかった。」「そうなの。じゃあ、許して挙げる。」私は腹が空いたと云い、二人でNHKホールの方向へ歩いた。 其の夜8時頃、彼女は東横線の電車に乗り、横浜へ帰って行った。今度はちゃんと、「おやすみ」を口で云った。彼女と私は、毎週土曜か日曜のどちらかに、必ず逢う約束をした。 三栄荘へ帰ると、柳沢は私の部屋でテレビを視ていた。「どうだい、気分は?」私は訊いた。「それが、余り良くないのさ。昼頃起きたら、胃が痛くてさ…。急度、余りの痛さで眼が覚めたんだろうけど、我慢出来ない程なんで、其処の救急病院へ行って、診て貰った。」三栄荘から沼袋駅へ行く途中に、「沼袋病院」と言う救急病院が在った。「そしたら、急性胃炎だってさ。」「で、大丈夫なのか?」「注射を打って貰った。まあ、大丈夫らしい。唯、物が食べれないんだ。」「何も食べて無いのか?」「薬を呑んだけど、胃に入った物をみんな戻しちゃうんだ。」私はフー子を呼んで来ると云って、外へ出た。彼女は部屋に居て呉れた。柳沢の事を話して、私は又三栄荘に戻った。暫くすると、彼女は水粥を作って持って来て呉れた。「食べられるかしら? まず一口だけ食べてみて。」彼女は云った。腹は減ってるんだがと云いながら、柳沢はスプーンで粥を掬い、そっと口に入れた。「美味い。食べれそうだ。」「良かった…。でも少しずつ、ゆっくり食べるのよ。」柳沢は美味しそうに、粥を啜った。「唯、近くに救急病院が在って、日曜でも診て貰えたのは運が良かった。」柳沢は云った。「これから急度、俺達の指定病院になるんじゃねえか?」私は云った。「俺はもう懲り懲りだぜ。」未だ食べたいと云う柳沢に、フー子は残りは暫く時間を置いてからと云って、スプーンを措かせた。「わあっ! 又出た!」柳沢が叫んだ。テレビがロバート・ブラウンのCMをやっていた。ラリー・カールトンの曲が流れた。「酒の写真を視ると、吐きそうになるんだ。」柳沢は眼を閉じていた。私とフー子は吹き出した。「お前、フー子ちゃんが作って呉れたお粥を、戻すんじゃねえぞ!」私は云った。「もう終わったわよ。」テレビは次のコマーシャルを始めた。柳沢は眼を開けた。「何か口許に、酒の味と匂いが甦って来るんだよな…。」彼は未だ少し、気持ち悪そうだった。「重症ね…。」フー子が云った。 私は昨夜の「赤い靴」に就いて柳沢に尋ねてみた。フー子も是非聞きたいと云った。「俺、そんな事云ったの?」柳沢は覚えて無い様だった。話を聞いてみると、彼が高校2年の時、夏休みに1ヶ月程アメリカへホーム・ステイに行った事が有った。ホーム・ステイは、同じ群馬の高校生数人が一緒だったが、向うで其の中の一人の女と彼は恋愛をした。そして彼女とアメリカの街でデートした時、彼は彼女に赤い靴をプレゼントした。彼女は彼の為に、赤い帽子を買って呉れた。二人に取って、其れは二人だけの想い出の品になる筈だった。愈々日本へ帰ると言う日、空港で飛行機に乗る直前に、彼女は赤い靴を忘れて来てしまった事に気付いた。赤い帽子だけが残った。「でも赤い靴は、後から郵便で送って貰ったのさ。」柳沢は云った。「今も有るの?」フー子が訊いた。「うん。有る。」ホーム・ステイで知り合った其の女性が、現在太田女子高校に通っている彼の今の彼女であった。「何だ。面白くも何とも無いじゃない。」フー子が云った。「俺は面白い話をする積もりは無かったぜ。」柳沢は云った。 開け放した部屋の窓の向うに、今夜も住宅街がひっそりと佇んで居た。「静かね…。」フー子が云った。「ゆうべだって、外の方は静かだったさ。」私は云った。「又出たあっ!」柳沢がテレビから顔を背けた。 私は、土・日や祭日に映画を観に行く学生は馬鹿だと、友人に話した事が有った。平日に幾らでも時間が余っているのに、下手をすれば立ち見になる休日の映画館へ、どうしてわざわざ出掛けるのか…。と言うのが、其の理由であった。私は、「映画は平日に観るべきである。」と確信していた。みゆきは、非常に音無しくて控え目な女だった。音無しい女性や、知り合って間が無く共通の話題を把握出来てない女性とデートをする時は、映画に行くのが一番であった。映画を観ている間は話をしなくて済むし、終わった後は取り合えず今観た映画を話題にすれば好い。然し、みゆきに逢うのは土曜か日曜であった。7月12日、其の日は日曜だったが、私はみゆきと映画を観に行く事にした。混んだ映画館へ入って行くのはゾッとしたが、兎に角映画に行く事に決めた。流石に大衆娯楽映画を観る気はせず、日本橋に近い銀座の一流館で「マイ・フェア・レディ」をやっていたので、其処へ行く事にした。其処でさえ、窓口に「ただ今立ち見です」の札が掛けてあった。立って映画を観るのは、人間のする事では無いと、私は考えていた。我々は次回の指定席券を買った。昔から私は、映画館に指定席なる物が有るのは、何かの間違いだと思っていたが、其の日、生まれて初めて映画の指定席券を買った。友人の話に拠ると、アメリカなどの一流館では座席の数以上の客を入れる事はせず、中へ入った客には必ず自分の席が有ると言う事だ。当然彼方では、指定席などと言う物は無い。其れが普通だと、私は感じた。普段ロードショーを観に行くと、ホールの中央からやや後ろ寄りの其のエリアだけ、座席に白いシートが掛けられ誰も坐っておらず、ポッカリ穴が空いた様になっていて、其の光景は一種異様であった。 夜になり、みゆきと別れて、私は三栄荘に帰って来た。部屋には淳一が来て居た。彼は私のウィスキーを勝手に呑んでいた。「俺のコピー、ちゃんと有る?」淳一は云った。「安心しろ。ちゃんと取っといて遣った。」淳一は海へ許行っていて、学校には余り出て来なかった。私は授業には出なかったが、学校へは行っていた。「よし、始めるか。」翌日は独語の試験がある日だった。我々は、縮小コピーしたテキストの独文の訳を鋏で切って、独語の辞書に貼り着ける作業を開始した。其れが終わると、二人で「セブン・イレブン」へ夜食を買いに行き、戻って来ると、夜食を食べながら初歩的な独語の文法を、暗記し始めた。我々がテキストをカーペットの上に放り出した時、時計の針は2時を廻っていた。柳沢は帰って来た様子が無かった。私は布団を2つ敷いた。「暑くなったし、お前も一緒に海へ行かないか?」淳一が云った。「行けば絶対、お前も面白いと思うさ。ボードは友達のを借りといて遣るから。」「海は苦手だ。」私は電気を消しながら云った。「どうして? 泳げないってんじゃ無いだろ? 怖いのか?」「ああ。怖い…。」「どうしてさ?」「だって…、海の中では、息が出来ないんだぜ。」 〈一二、日曜の風景〉
2005年10月22日
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(第5回 作曲スクール)音楽を聴いて、ピアノやギターで音を探ることなく、そのメロディを完全に正しい音名で言い当てることができる人がいる。また、ギターやヴァイオリンを、ピアノの音や音さの音を聴くことなしに正しく調弦できる人もいる。このように、外から与えられる基準音なしに、正しい音名がわかる能力のことを「絶対音感」という。絶対音感を持っていると、ランダムに音高が変化するようなメロディを聴いても、1つ1つの音名がわかるため、これらを難なく楽譜に書くことができる。また、楽譜を見て正しく歌うことも容易である。このような芸当は、相対的な音感しか持たない私などにとっては至難の業である。したがって、楽譜を見てすぐに歌う「視唱」や、音楽を聴いてそれを記譜する「聴音」を遂行するためには、絶対音感は非常に有力な武器になる。しかし、絶対音感を保有する方が不利な場合もある。たとえば、あるメロディをハ長調と嬰ハ長調のちょうど中間の高さの調で演奏する場合。この場合の調においては、「ド」の音は実際の「ド」と「ド#」のちょうど中間の高さになる。絶対音感を手がかりにすると、このような音の音名は判断が難しい。そのため、メロディの認識に時間がかかったり、メロディを誤認したりする。一方、相対音感しか持たない者は、メロディの音の高さの相対的関係のみを手がかりにするため、ハ長調の時と同様にメロディを認識できる。見ていると、絶対音感保有者は、上のように相対音感を使った方が有利な場合にも、絶対音感を使ってしまう。絶対音感を持つ人は、楽器音以外の音でも正しく音名を言い当てることができる。救急車のサイレンやエアコンのノイズを聴いて、その音の高さをピアノやギターで正しく再現できる。
2005年10月22日
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11.赤い靴事件 ~柳沢泥酔事件~ 深夜になって、ディスコ大会はいつもの宴会に切り換わった。「あなた達、最近よくフー子の部屋へ侵入してるんだって?」香織が、私と柳沢に向かって云った。「ゆうべなんて料理まで作らせたそうじゃない。」「料理はフー子ちゃんの好意だぜ。それにカットして貰ったり、洗濯させて貰ったり、理由が有って行ってるのさ。」私は云った。フー子も頷いた。「別に、君がとやかく云う事は無いだろう?」突然、柳沢が強い口調で云った。「私は… 」香織は柳沢の調子に愕いた様だった。「唯、女の子の部屋へ夜押し掛けるなんて、大胆だなって思って…。」「俺達が三人で買った洗濯機が、彼女の処に有るだけの事さ。そして君には関係の無い事だ。」柳沢は口調を変えなかった。初めは軽くからかう積もりで口を開いた香織は、柳沢の敵意を持った言葉に、少しムッとなった。「関係有るわよ。フー子は私の大事な友人だわ。」「俺達が彼女に、何か悪い事でもするって云うのかい?」柳沢と香織を除いた者は、「此れは拙いな…。」と感じながら、然し黙って居た。「そんな事云ってやしないわ。唯フー子が急度、迷惑してるって云ってるのよ。」「彼女が迷惑だと云うのなら、勿論遠慮するさ。」「彼女は人が好いから、面と向かっては云わないわよ。」「フー子ちゃん、…俺達は迷惑かい?」柳沢はフー子に訊いた。フー子は、急に自分が喋らなくてはいけなくなって、少し困った顔をしたが、静かに答えた。「…勿論、迷惑じゃ無いわ。」「フー子、正直に云っといた方が好いわよ。此の人達、直ぐ図に乗るから…。」香織が云った。「…本当に迷惑だなんて思って無いわ。私、一人で居ると淋しくて仕方の無いたちだから…、部屋へ遊びに来て呉れたり…、みんなと、こうして居るのが愉しいの。」フー子は自分のグラスに視線を置いて、真面目な顔で云った。「若し、香織も世樹子も中野に住んでなくて、柳沢君や鉄兵君に逢う事もなくて、毎晩部屋へ帰ってからずっと一人で居る生活を、今頃してたら…、私急度、耐えられなかったと思う。だから…、本当に…、みんなに感謝してるわ…。」柳沢と香織は、もう云い争う事をしなかった。 其の夜、柳沢は普段の何倍ものペースで、何倍もの量の酒を呑んだ。「柳沢、顔が蒼いぞ。」既に眼を据わらせて、ヒロシが云った。いつもヒロシは、酔うと口調が乱暴に変わった。「お前、何か荒れてるな…。」そう云って身体を横にしたかと思うと、ヒロシは眠ってしまった。彼が宴会の途中で眠るのも、いつもの事だった。「柳沢君、もう止めた方が好いんじゃない?」世樹子が心配そうに云った。「そうだな…。」と云いながら柳沢は、氷だけになったグラスにウィスキーを注いだ。「鉄兵、勝負しようぜ。」不意に柳沢が云った。フー子と一緒に、ヒロシの瞼にバンドエイドを貼っていた私は、「よし。」と云って柳沢の正面に坐った。私と柳沢は乾杯をして、水割を一息に呑み干した。「止め為さいよ。柳沢君はもう酔ってるわ。」世樹子が云った。我々は2杯目の一気を終えた。「止めてったら…!」世樹子が叫んだ。「呑みたいのなら、好きなだけ呑ませれば好いのよ。」香織が云った。我々が3度目の一気を終えてグラスを置いた時、世樹子は涙汲んでいた。「次からはストレートで行こう。其の方が勝負が早い。」私は云った。氷が僅かに残っているグラスにウィスキーだけを入れて、我々は乾杯した。胃の中へ、熱いものが流れ落ちて行った。柳沢は激しく咳き込むと、口を抑えた儘立ち上がった。そして心許無い足取りで、部屋を出て行った。然し、彼が階段を下りて行く音は聴こえなかった。開いたドアの向うから、激しい嘔吐が聴こえた。トイレは1階に有ったが、彼は我慢が効かなくて2階の廊下の窓から、外へ吐き出したのだった。香織と世樹子に抱えられて戻って来ると、彼は完全に潰れてしまった。仰向けに転がり、苦しそうな唸り声を挙げていた。「大丈夫かしら…?」世樹子が云った。「多分…、身体の方は大丈夫さ。」私は云った。 アパートの裏で、誰かが叫んでいる様だった。私は廊下へ出て、先程柳沢がゲロを吐いた窓から顔を出した。窓の下は民家の庭であり、其処に其の家の主人らしき男が立って、此方を見ていた。男の横には自家用車が停まっており、其の自動車の上一面に嘔吐物が付着しているのを視て、私は男が叫んでいる理由を理解した。私は急いで部屋へ戻った。「どうしたの?」「柳沢がゲロを吐いた真下に、車が駐車して在った。一寸、行って来る。君等は出て来なくて好いから…。」そう云って私は、又急いで部屋を出た。靴箱の横の開き戸を開け、バケツと雑巾を取り出してバケツに水を汲むと、私は三栄荘の門を駈け出た。平身低頭、家の主人に詫びを云い、ゲロを被った車を掃除した。何度も水を換え、やっとの事で車を綺麗にしてからアパートへ戻ると、階段の処で世樹子が待って居た。「御苦労様。私達も手伝うべきだったのに、御免なさい。」「好いんだよ。ちゃんと許して貰った。」「あのね、柳沢君が…、一寸変なの。」「えっ…? どう言う事だい?」「頭が…、おかしくなっちゃったみたいなの…。私、怖い…。」「どうしたんだ? 柳沢は眼を覚ましたのかい?」私は世樹子を連れて部屋へ入った。部屋では、香織とフー子が笑い転げていた。柳沢は窓に背中を縋らせて、坐って居た。「赤い靴を忘れちゃった…。」柳沢が云った。私は彼を注視した。相変わらず顔色は蒼かった。そして眼が半眼で、瞳の焦点が合って無かった。「取りに戻らなきゃ…。ああっ! 飛行機が…、…行っちゃうよお!」宙を見ながら、彼は云った。彼が喋る度に、香織とフー子は腹を抱えて笑った。「柳沢君、確りして。」世樹子は泣き出しそうな声で云った。「一人言…?」私は香織に訊いた。「違うんじゃない? 返事をするもの。」そう云って香織は又笑った。「赤い靴は、何処に忘れたの?」笑いを堪えながら、フー子は柳沢に尋ねた。「…。飛行機… 」「飛行機に忘れたのね?」「…飛行機が、…行っちゃうよお!」私も思わず吹き出した。「赤い靴は、女の子が履いてたんじゃないの?」今度は香織が訊いた。「…。…未だ、…履いてない…」「女の子は飛行機じゃなくて、船で行っちゃったのじゃなかったかしら?」フー子が云った。「…飛行機…、赤い靴が…、…行っちゃうよお!」「ねえ、鉄兵君。何とかして挙げて。」 世樹子が云った。「何とかって、救急車でも呼ぶのかい?」「世樹子も心配許してないで、少しは笑い為さいよ。」香織が云った。「だって…、…よく笑ってられるわね。若し此の儘、直らなくなったらどうするの?」「そしたら、みんなで面倒を看て遣るさ。」「毎日愉しいわよ。漫才視てるより、面白いわ。」「うわあっ! 眼が開かない!」突然ヒロシが叫んだ。 東京に来て私が最も驚いたのは、日の出の時刻が早い事だった。夏場には4時になると、東の空がうっすら明るかった。広島と東京では、日の出の時刻に1時間の差が有った。朝の8時半になると、柳沢を布団の上に残して、我々は朝食を食べに出掛けた。沼袋駅前の「赤いサクランボ」と言う喫茶店に入った。入口で、店の看板の「赤い」と言う文字を視て、我々は又笑った。「『赤い靴』って何かしらね?」「半分夢でも見てたんじゃないの?」柳沢は夜が明ける頃、眠ってしまった。「柳沢君、可哀相だったわ。みんなずっと笑ってたけど、若し眼が覚めてもあの儘だったらどうする?」「あなた心配する振りをして、随分残酷な事を云うわね。」「可哀相なのは俺だよ。まつ毛が6本も抜けちゃったんだぜ…。」モーニングを食べ珈琲を飲み終えると、4人は其々のアパートへ帰って行った。私は部屋へ戻って髭を剃り、支度を整えると、広田みゆきに逢う為出掛けた。 〈一一、赤い靴事件〉
2005年10月21日
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10.ディスコ三栄荘 ~風を変えて~ 電車は沼袋に着いた。「6月も、もう終わりね。私達の関係は、いつまで持つのかしら…?」香織は私の右腕に両手を廻しながら云った。「さあ…? 取り合えず2ヶ月は持ったな。」夜近い沼袋駅前は、仕事帰りの人々で混雑していた。「初めて逢った頃と比べて、私、変わったかしら?」「どうして?」「最近、一人で居る時も、あなたの事許頭に浮かんで来るのよ。あなたは全然変わらないわね。」何か云おうとして、私は止めた。踏み切りの向うに、柳沢が立っていた。次の瞬間、香織は私の腕に巻き付けていた手を離した。柳沢は、夕食を食べに部屋から出て来た様子だった。彼は此方を視ていた。「よお。」私は明るく声を掛けた。 其の夜、香織が飯野荘へ帰って行った後、私は柳沢に彼女と付き合っていた事を告白した。「俺と久保田とは、特別な関係は何も無いのだから、気にする必要は無いさ。」柳沢は云った。「でも一つ残念なのは、彼女が変わってしまった事だ…。」彼は続けた。「…群馬に居た頃の彼女は、何か男を近付かせない、或る種の雰囲気を持っていたんだ。男の云う事を、素直に聴く様な女じゃなかった。女の弱さを男に見られるって事が、彼女に取って最大の屈辱だったのさ。仲間はみんな、彼女の事を『あれは強い女だ。』と云った。何故か俺は、そんな彼女の言動がいつも気になってた。でも東京へ来てから、彼女は変わったよ…。彼女は頭の良い女だ。彼女は大学を落ちたが、丁度高校三年の冬に、前から体の弱かった彼女の母親が倒れて入院する騒動が有った。彼女は、大学受験に失敗した事と母親が入院した事が関係有る様に云われるのを、とても哀しんだ。彼女と喋ってると、彼女の頭の良さが凄く分かるんだ。そんな彼女が、東京と言う都会の所為で変わったとは、考えられない…。」柳沢は言葉を切った。「お前は未だ、彼女の事が好きか?」私は訊いた。「…否。俺はずっと彼女に対して、普通の恋愛感情を自覚した事は無い。彼女の顔や、髪や声が好き、と言う理由では無い様な気がする。急度、彼女の生き方に、魅力を感じてるのさ。だから、以前と違ってしまった彼女を、残念に思うのかも知れない…。」 7月1日、中野の空を吹く風と、街の色が変わった。私には、そう感じられた。 大学の帰り、久しぶりに「高月庵」へ寄った。「あ…、鉄兵君。」世樹子は入って来た私を視るなり、泣き出しそうな顔をして側へ走って来た。「昨日、大変だったんですって…?」まるで世界が終わるかの様に、不安に駆られた声で彼女は訊いた。「ああ。大変だった。」椅子に座りながら、私は云った。「香織ちゃん。」世樹子は香織を呼びに、奥へ走って行った。私は、水もお絞りも来ていないテーブルで、煙草に火を点けた。奥から香織と世樹子が出て来た。「ゆうべは、御疲れ様…。」照れ笑いを浮かべて、香織が云った。「真面目に仕事しろよ。」私は云った。「あ、御免なさい…。」そう云って世樹子は、水とお絞りを取りに又奥へ駈け出した。香織は声を出して笑った。そして三角巾とエプロンを着けた儘、私の正面に腰掛けた。「三栄荘は平和かしら?」頬杖を突きながら、香織は云った。「ああ。平和だよ。柳沢に全部話したけど…。」「あら、全部云っちゃったの? それで、彼の様子は…?」「驚いたみたいだけど…、友情に罅は入らなかった。」「そう。良かった…。そっか。平和なのか…。でも、少し残念ね。もうシークレット・ラブじゃないなんて…。」彼女は安心した様だった。 私が店を出る時、念を押す様に香織は訊いた。「本当に、今まで通りね…?」私は頷いた。然し其の日、私は風が変わった事を確かに感じていた。 フー子はブロードウェイの地下に有る、狭いカウンターの他にテーブルが一つしか無い、小さな喫茶店でアルバイトをしていた。7月3日の夕刻、私は其の喫茶店に立ち寄った。「聴いたわよ。柳沢君に、ばれちゃったんだって?」予想通りの言葉を、彼女は云った。土曜の午後からと日曜には、常に満席になっている其の喫茶店も、其の時は私の他に客が一人も居なかった。「今夜、洗濯に行っても好い?」私は、煙草を銜えながら云った。「好いわよ。今日は金曜だから…、8時には部屋に居るわ。」私が珈琲を飲み終え掛けた時、二人目の客が入って来た。柳沢だった。 午後8時半頃、私と柳沢は洗濯物を持って、フー子のアパートへ行った。「御腹、空いてない?」と彼女は云い、御飯が余ったからとチャーハンを作って呉れた。「フー子ちゃんて、優しい女だったんだね。」私は云った。彼女は香織の事に就いて、柳沢に気を使っている様だった。「あら、そうじゃないと思ってたの?」「だってさ、物は投げるし、人の背中はブン殴るし…。」「あれは鉄兵君が悪いんでしょう? 私は初めから、心優しき乙女よ。」「心優しきフー子ちゃんに、俺達の貧しい食生活を救って貰いたいな。」柳沢が云った。「三栄荘でよく食事会をやってるじゃない?」「否、手料理と言う物は、出来れば毎晩食べたい物なのです。」「じゃあ、柳沢君にだけ作って挙げようかしら。」「あれ? どうしてさ?」私は訊いた。「鉄兵君は香織に作って貰えば好いでしょう。」「そうだ。彼女の云う通りだ。」柳沢が云った。「フー子ちゃんて優しい女だったんだね…。」私は云った。 7月4日の夜、私は三色のセロハン紙とモールを買って、三栄荘へ帰った。私の部屋では、柳沢とヒロシがテレビを視ていた。私は、柳沢の部屋に有る電気スタンドを持って来ると、セロハン紙を切り始めた。「鉄兵ちゃん、何やってるの?」ヒロシが訊いた。「今夜の準備さ。」私は、切ったセロハンを電気スタンドに被せて貼り付け、壁の棚に其れを取り付けた。そして、部屋の電燈にもセロハンを貼り付けてから、電燈から壁に向けてモールを飾り着けた。「ディスコ大会やるって、本当だったの?」ヒロシが云った。「勿論。今時、土曜の夜にディスコへ行く奴は馬鹿さ。踊る場所なんて無いんだぜ。」「だから自分の部屋で踊る理由か…。」電燈の色が変わると、私の部屋は違う部屋に思えた。「近所から、苦情が出ないかな?」ヒロシが云った。「宴会の時は、一度も苦情は来なかったな。」柳沢が云った。「平気さ。俺達が此の街の主役だ。俺達で、住宅街の夜の色を変えるのさ。俺達の色に、中野の風を変えるんだ…。」私は云った。 外でガヤガヤと女の声がして、香織と世樹子とフー子の三人が上がって来た。「わあ…。素敵ね。」世樹子が云った。「よくやるわね。」香織が云った。 乾杯をして暫く酒を嗜んだ後、我々は全員立ち上がった。ラジカセのボリュームを最大に廻して、ディスコ大会は始まった。カーペットが滑ってステップが切りにくいので、靴下を脱いで裸足になった。我々は翔ぶ様に踊った。 土曜日のディスコは殆ど何処も満員であった。人気の有るディスコでは、テーブルに座れない人間で通路まで一杯だった。ミラーボールも、点滅するフロアも無かったが、トイレの入口の壁に縋っているよりは増しに思えた。ヒロシが歓声を挙げた。部屋の窓は、一杯に開け放たれていた。我々はいつまでも、自由に踊り続けていたかった。窓の向うに、いつもと同じ静かな夜の住宅街が見えた。 〈一〇、ディスコ三栄荘〉
2005年10月20日
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9.赤石美容室 後僅かの勇気さえ有れば、あの洞穴が何処に続いているのか解ったかも知れなかった。私には、途中で引き返してしまった事への後悔と、新しい好奇心が残った。「貴方達の事、未だ柳沢君には内緒なんでしょ?」フー子が云った。香織は私を視た。「うん、まあね…。」私は云った。「頑張ってね。私は貴方達の味方よ。」「有り難う。鎌倉へ行った事も、此処へ来た事も、彼の前では秘密よ。」香織が云った。「そっか…。ちゃんと覚えて置かなくちゃね。私、大丈夫かしら…?」「あら、頼り無いわね。確り振舞って貰わなくちゃ困るわ。」「そんなに責任を被せないでよ。でも、頑張るわ。」「唯…、若しかしたら心配無くなるかもよ。私達、今日縁切り寺にも行ったの。」私は黙って、二人の会話を聴いていた。 6月22日の夜、私と柳沢は銭湯から帰ると、1リットル入りのスプライトとお菓子を買って、フー子のアパートを訪れた。「御免なさい。一寸待ってて。」部屋の中から彼女は云った。暫くしてドアが開いた。「御免ね。パーマ掛けてた処なの。」彼女はシャワー・キャップを被っていた。「へえ。自分でパーマを掛けるんだ。」柳沢は、感心した様に云った。「簡単よ。液を着けて、巻いて、時間が来れば出来上がり。」「でも大したものだ。」「パーマは簡単だけど、カットは難しいのよ。」彼女は私の首に大きなタオルを2枚巻き付けた。「何度も云うけど、上手くいくかどうかは保証出来ませんからね。」そう前置きをしてから、彼女は私の髪を切り始めた。彼女は無駄口を一切云わず、一心に鋏を動かし続けた。私は「動かないで」と何度も注意を受けた。我々二人の髪を切り終えてから、「疲れた」と云って彼女は身体を倒した。「なんだ。ちゃんと普通に出来てるじゃない。」私は鏡を覗いて云った。「ありがと…。」彼女は溜息を吐いた。 「美容学校って、面白い?」柳沢が訊いた。「まあ面白いけど、厭な処も有るわ。」市販飲料の中で一番好きだと云う、「スプライト」を飲みながら彼女は云った。「先生がね、服装にまであれ此れ文句を付けるの。前の日と同じ洋服を着てたりしたら、『貴方、外泊したんですか?』なんて皆の前で云うのよ。」「其れにしても、凄い化粧品の数だね。」「勉強で要る物なのよ。ローンで買ったけど、支払いが大変…。」私は金額を聴いて、女性用化粧品の高価な事に愕いた。彼女はシャワー・キャップを取り、髪を留めていた無数のピンを外して、軽くブラシを掻けた。「あ、そう云えば。私、溜まってるのよね。」鏡に向かった儘、彼女は云った。私は彼女を視た。ブラシを置いて此方を振り返ると、彼女は云った。「洗濯物が…。」 我々は3人でコイン・ランドリーへ行った。「コイン・ランドリーって、凄く不潔なんですってね。」お湯の出る200円の方の洗濯機に、洗濯物を入れながらフー子は云った。「土方の連中が、汚れた作業服を洗いに来るらしいな。」私は云った。「俺、オッサンが靴洗ってるのを視た事有るぜ。」柳沢が云った。「やだあ。本当? 洗濯機が欲しいわ。」「買おうか。3人で。」「そうだ。3人で洗濯機を買って、共同で使おう。」「好いわねえ。買ってよ。」「3人で買うんだよ。」「ガチャン」と音がして、洗濯機は止まった。彼女は洗濯物を乾燥機に入れ換えた。乾燥機が勢い好く廻り始めた。私はゆっくりと乾燥機の窓に顔を近付けた。じっと見詰めていると、眼が廻りそうだった。トレーナーやTシャツの間から時折、ショーツとブラジャーが見えた。彼女は思い切り私の背中を叩いた。可成痛かった。 6月25日、広田みゆきから手紙が来た。其れには、横浜駅で電車の窓に描いた「おやすみ」が、とても印象深かったと書かれていた。又、良ければ電話してほしいとも書いてあった。私が別れ間際に、曇りガラスに描いた「おやすみ」は、思わぬ効果を発揮したらしかった。 「おやすみ」の効果は本当に素晴らしく、次の日、ダンス・パーティーで知り合ったもう一人の女、佳子からも手紙が届き、同じ様な事が書いてあった。私は二人の女の顔を、よく思い出してみた。みゆきは、声を掛ける前から、会場の中で私には気になっていた女だった。佳子の方は派手な装いしか、思い出せなかった。 6月27日には、フー子と柳沢と私の三人で金を出し合って買った、全自動洗濯機が三栄荘に届いた。洗濯機は1階の共同炊事場の横に置かれた。然し翌28日の朝、私と柳沢は管理人の声に起こされ、勝手に洗濯機を置いて貰っては困ると云い渡された。洗濯機はフー子の部屋へ運ばれる事になった。 6月29日、佳子から又手紙が来た。( 前略 今、何故か慌てながら此の手紙を書いています。昨日学校で、貴方に手紙を出した事をみゆきに話すと、何と彼女も書いたと云うではありませんか。二人で吃驚しました。でも一番驚いたのは、貴方でしょうね。パーティーの時にも話した通り、みゆきと私は高校時代からの親友なのだけれど、同じ人を好きになるなんて仲が好すぎると云うか…。私が手紙に書いた事は、どうか忘れて下さい。急度貴方は私の事など何とも思ってやしないのに、勝手な云い分を許して下さい。身勝手の序でに御願いが有ります。みゆきに、もう一度逢って遣って下さい。実は、吃驚した後二人で話し合って、彼女も私も貴方には逢わないって約束をしたのです。彼女は視ての通り音無しい性格で、自分から男性に気持ちを伝えるなんて事は今まで一度も有りませんでした。私は、彼女が貴方に手紙を出したと言う事が、未だに信じられません。唯、彼女は本当に人を好きになったのだと思います。私は彼女をよく知っています。貴方は、初めて彼女を変えた人なのです。どうか彼女を宜しく…。彼女の側で又逢えるのを楽しみにしています。 本当に、勝手な事ばかりで御免なさい…。 かしこ 追伸 みゆきが書いてるとは思いますが念の為、彼女の住所と電話番号を記しておきます。)読み終えて私は、逆になってたら大変だったなと思った。 「君には夢みたいなものが有るかい?」私は訊いた。「…有るわよ。」「何だい?」「笑われるから、いいわ。」「笑わないから、云ってよ。」「本当に笑わない?」「ああ。」「私、…俳優になりたいの。」香織は恥かしそうに云った。「笑わない約束でしょ。」「笑って無いよ。」「眼が笑ってるのよ。」私は眼を閉じた。然し今度は、口許が歪みそうになった。 「あなただって、シンガー・ソング・ライターが夢なんでしょ?」「俺のは、約束された運命さ。」「まあ? そうなの。其れでレコード・デビューは何時頃の予定ですか?」「そうだな…。今年中にオーディションに受かるから、…まあ遅くとも来年の春には、アルバムが出るんじゃない?」「自信が有るのね。」「自信なんて無いさ。単なる思い込みだよ。」「私のは、女優になる思い込みすら哀しんでるわ。」6月30日の午後、私と香織は銀座の舗道を歩いていた。二人でリバイバル映画を観に行く途中であった。東京に来て、私が心から良かったと思ったのは、映画とコンサートが飽きる程観れる事であった。映画については、ロードショーが有る事だけで無く、二流館、所謂名画座が沢山有る事が嬉しかった。中でも、高田馬場と銀座の二流館は、私の好きな映画を沢山上映して呉れた。 「私、エキストラのバイトを時々やってるのよ。」「へえ。どうして隠してたの?」「隠してた積もりは無いわよ。『国際プロ』って言うのが、代々木に在るの。」「女優修行って理由か。」「まあ…ね。俳優を目指してる様な人間じゃないと、やってられないでしょうね。アルバイト料は凄く安いし、時間が目茶苦茶なの。朝6時頃から集合させといて出番が昼過ぎだったり、夜の11時を廻っても帰らせて貰えないなんて事はしょっちゅうよ。それに女の子の扱いが酷くて、平気で裸になってとか云うのよ。」「なったの? 裸に…。」「まさか。でも水着で出演させられた事は有るわ。」「裸になるエキストラの娘とか、実際に居るの?」「裸は未だ視た事無いけど、下着姿なら、平気でなる娘が居るわ。」「俺も其のバイトやろうかな。」「やれば。芸能人にも逢えてよ。」映画を観終わって、我々は来たのと同じ路を歩き、地下鉄に乗った。 〈九、赤石美容室〉
2005年10月19日
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8.アジサイ寺 6月17日、私は香織と鎌倉へアジサイを観に出掛けた。「晴れて残念だわ。」空を見ながら彼女は云った。「どうして?」「アジサイ寺へ行くのなら、小雨が降ってた方が好いのよ。」「午後からは曇るそうだぜ。」 通称「アジサイ寺」と呼ばれる其の寺は、北鎌倉駅の近くに在った。結構広い寺の中は坂が多く、路は階段になっていた。「本当のアジサイの花は、どれだか知ってる?」香織が云った。「どれって、此れが全部そうだろ。」私は、辺り一面に咲き乱れているアジサイを指した。「近付いて、よく視てみ為さいよ。」私は側のアジサイに顔を近付けた。「其れは、花びらじゃ無いのよ。其の小さな一つ一つが、アジサイの花なの。」「へえ。そう。知らなかった。」私は花びらの様なアジサイの花を視詰めた。「あなたがアジサイの花だと思っていたのは、数え切れない程沢山の、花の集まりよ。アジサイの花は、遠くでも鮮やかに眼に映える物では無くて、小さ過ぎて側へ寄らないと視えない物なの…。」 空は少しずつ雲が拡がり、陽を隠して行った。坂路を上り切った処で、絵馬を売っていた。夥しく掛けられた絵馬を引っ繰り返して視ると、殆どが恋愛成就を祈ったもので、残りは合格祈願だった。「此のお寺へ遣って来た男女は、必ず結ばれるって云われてるのよ。知ってた?」「勿論、知らなかった。」雲が厚くなってきた。彼女の強い希望で、我々も絵馬を買った。 「何が有るんだろう?」寺の入口から向かって右奥の山の斜面に接した、狭い広場に人が集まって居た。斜面には二つの横穴が開いていた。左側の穴は浅く、奥の壁に沢山の蝋燭が立てられていた。どうやら、水子の霊が祭ってある様子だった。右側の穴は可成深そうであった。「面白そうだ。行ってみよう。」「私は厭よ。」意外にも、彼女は怖いと云った。「絵馬を買って挙げたじゃない。」私は無理矢理彼女の手を引いて、中へ入った。洞窟は入って少し行った処で、左へ直角に曲がっていた。そして直ぐに、今度は右へ90度曲がった。其処からは真っ暗で、何も視えなかった。私はライターの火を点けた。辺りは若いカップルで混雑していた。暫く進むと洞窟は急に狭くなり、背中を屈めなくては歩けなくなった。次第に人の数が疎らになり、やがて我々の他には人の気配がしなくなった。彼女はもう引き返そうと云った。どうせ直ぐ行き止まりになるだろうと思っていた私は、洞窟の長さに愕いていた。と同時に、好奇心が込み上げて来た。「こいつは凄いな。もっと行ってみよう。」帰りたいと云う彼女を引っ張って、私は進んだ。洞窟は真っ直ぐに続いていた。 「うわっ!」私は足を滑らせた。水溜まりが有るらしく、膝から下が濡れた。洞窟は急に広くなった。が、直ぐに又狭くなっていた。地面にも起伏が有って、躓かない様注意しなければならなかった。洞窟は、広くなったり狭くなったりを繰り返した。非常に狭くて、服や頭を土の壁と接触させながら進まねばならぬ処も有った。処々に大きな横穴や下穴が有った。ライターは熱くて、もう点ける事が出来なかった。香織は私の手を、確り握り締めていた。「もう満足したでしょう? 帰りましょ。」彼女は哀願した。「うん。行き止まりになったら帰ろう。」「急度何も無いわ。唯の洞穴よ。」「そうさ。唯の洞穴だから、怖くなんか無い。もう少し行ってみよう。」「意地悪云わないで…、帰りましょ…。」「どうしても帰りたいのなら、先に帰ってて好いよ。俺はもう少し行ってみる。折角来たんだから。」「一人で帰れないわよ。もう…、意地悪ね…。」彼女は泣き出した。何とか彼女を宥めて、更に進んだ。 どれ程の時間其の中に居るのか、判らなくなっていた。1時間以上歩き続けている様にも、先程から僅かしか経ってない様にも思えた。香織は泣き止んだが、ずっと黙っていた。進んでも進んでも、暗闇は何処までも続いていた。(長過ぎる…。)自分が前へ進んでいる事を、私は疑い始めた。(若しかしたら、此の洞穴には果てが無いのではないだろうか…。)そんな気がして来た。其の時であった。ずっと先の方で音がした様だった。私は我に返り、体を緊張させた。確かに音は聴こえた。聴覚に神経を集めて聴くと、其れは水滴が水溜まりに落ちる音らしかった。「水の音か…。」私は声に出して云った。「そう云えば、入る時水子が祭って有ったわね。」香織が云った。突然、私は恐怖を覚えた。「疲れたな。引き返そう。」早口に云うと、私は急いで闇の中を帰り始めた。私は怖くなっていた。「待って。そんなに急がないでよ。」香織が云った。 我々は洞窟を出た。「二度と外には出れないかと思ったわ…。」香織が云った。「果てを突き止める事が出来なかったのは、残念だな。よし、今度は中野ファミリーの皆を連れて行ってみよう。」「又入る積もりなの? よくそんな勇気が有るわね。」「勇気なんて無いさ。好奇心が強いだけだよ。」「私はもう御免だわ。」雨はとうとう降らなかった。我々はアジサイ寺を後にした。 其の辺りは、他にも沢山の寺が建って居た。遅い昼食を取ってから、ブラブラと寺巡りをした。「一寸…、此処縁切り寺よ。」香織は門の前で足を止めた。路の途中に案内板が有ったので、私も知っていた。「折角だから、入ってみよう。」私は片方の靴を脱いで、門の中に投げ入れた。 夜になって、我々が中野に帰って来た時、雨は降り始めた。香織はフー子に逢う約束が有ると云い、二人で彼女のアパートに行く事になった。前に柳沢が友人から聞いた通り、三栄荘から眼と鼻の先にフー子のアパートは在った。 「鉄兵君、この前私のグラスに塩を入れたんだって?」私の顔を視るなり、フー子が云った。「カットの話は無しよ。」彼女の部屋には、大きな鏡と、棚と言う棚に置かれた夥しい数の化粧品と、タンスに収まり切らず壁中に掛けられた洋服が有った。 「鎌倉、行って来たの? アジサイなら、此の辺にも沢山咲いてるじゃない。」「フー子ちゃん、今夜は御機嫌が悪いみたいだね。」私は云った。「別に…。」スヌーピーの縫いぐるみを弄りながら、フー子は云った。「群馬の彼と電話で喧嘩したのよ。」香織が云った。「あの事はもう好いの。」フー子は云った。「じゃあ、俺が塩入りウィスキー飲ませた事を、未だ怒ってるの?」「何も怒ってなんかいないわ。」「それじゃ、若しかして…、」私は、笑いを堪えながら云った。「…溜まってるんじゃない?」スヌーピーが凄い勢いで、私の顔へ飛んで来た。 〈八、アジサイ寺〉(※この作品はフィクションであり、登場する人物、団体などは全て架空のものです。)
2005年10月19日
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7.フェリス女学院ダンス・パーティー 「柳沢。和代ちゃん、沼袋に住んでるんだって。」「本当? じゃあ、中野ファミリーの一員だ。」「何? 『中野ファミリー』って。」千絵が訊いた。「中野に住む若人の集いさ。」「それに彼女は、三栄荘も好きになれそうだと云って呉れた。」「嗚呼…。君は我がアパートに舞い降りた天使だ。」そう云って、柳沢は和代の手を握った。 外は未だ宵の口だったが、宴会はその後早くも佳境に入った。横尾は私のギターを抱えて弾き語りをやり、真美が其れを聴いていた。彼女の持って来たポテトチップスはとても食べ切れないだろうと思われたが、既に無くなっていた。横奥は理由の解らない踊りを踊り、柳沢は料理教室を始めた。私は手鏡を持って来て和代に持たせ、彼女の長い髪を弄って色々な形に変えて見せた。「私、耳が異常に大きいから出せないのよ。」手鏡を置いて和代は云った。「そんな事無いさ。君はショート・カットの方が絶対似合う。でも長い髪も素敵だ。」「有り難う。余り褒めて貰うと、美穂に悪いわね。」「何を仰る和代さん。君と比べたら美穂なんて…。」途中で私は云うのを止めた。美穂がグラスを持って、私の隣に座った。視ると、横奥は潰されたらしく眠っていた。「ほら、美穂が来たわよ。」和代はニヤニヤしながら云った。「あら。私唯聴いてるから、二人で話を続けて…。」美穂が云った。私は間を埋める為に、水割をゆっくり呑んだ。「和代ちゃんのアパートの場所、ちゃんと教えて貰った?」美穂が訊いた。「否、未だ詳しくは…。」私はグラスに口を付けた儘云った。「今度、美穂と二人で遊びに来てね。場所は彼女が知ってるわ。」和代が云った。 三栄荘に於ける宴会では、時計の針が深夜を回りもう此れ以上酒が呑めないと言う頃になると、酔い醒ましと称して、男女のカップルで外へ散歩に出るのが慣習であった。横尾と真美は一番に部屋を出て行った。横奥が眼を覚ましそうに無いので、美穂と和代の二人を連れ立って、私は外へ出た。柳沢と千絵は部屋に残った。川沿いに歩いて、中野公園に出た。ベンチの一つに、横尾と真美が腰掛けて居た。「あの野郎…。」私は繁みに隠れて、ベンチの二人を覗き視る姿勢を取った。「鉄兵、何してるの?」美穂が云った。「彼奴は手の早い奴だから、真美ちゃんの為に此処で監視するのさ。」「あの娘はあれでとても確りしてるから、何も起こらないと思うわよ。」和代が云った。「真美ちゃんはアナ研に好きな人が居るのよ。」美穂が云った。「そりゃあ、横尾も厳しいな。只でピーピング・ルームの気分が味えると思ったのに、残念だ…。」三人は又ブラブラ歩き始めた。真夜中の公園には、我々の他誰も居なかった。「あれは何?」長く続く高いコンクリート屏を指して、美穂が云った。「刑務所さ。」「こんな近くに在るの? 気味悪くない?」「否、別に…。スリルが有って、好いと思う。」我々は、其の屏の下へ近付いた。「和代ちゃんは知ってて沼袋にしたの?」「そうよ。でも交通刑務所らしいから、凶悪犯みたいなのは居ないんじゃないの?」真っ暗な空に、コンクリート屏が冷たく聳え立って居た。「あっ! 誰か居る…!」突然私は、屏を視て叫んだ。そして同時に、来た路を駆け出した。私より少し遅れ気味に、和代も走り出した。「えっ…? 待って…!」美穂が小さく叫んだ。 「どうしたの?」真美の声で、私と和代は走るのを止めた。「どうしたんだ? 鉄兵。」横尾が云った。和代は息を弾ませながら、笑っていた。「美穂がさあ…、」云いながら、私は息を整えた。「美穂ちゃんが、どうかしたの?」真美が訊いた。「…あっちに居る。」私は云った。美穂は泣きながら此方へ歩いて来ていた。「まあ! 美穂ちゃん!」真美が駆け寄った。「どうしたの? 美穂ちゃん。」美穂は、顔に手を充て泣く許だった。「鉄兵君!」真美が私を視た。「酷い事したんでしょ?」「だって、和代ちゃんが乗るんだもの…。」私は余り巧く行き過ぎて、少し驚いていた。「御免ね、美穂…。」和代が云った。美穂が泣き止んでから、我々は三栄荘へ戻る為歩き出した。「悪かったな…。」女達より前を歩きながら、私は横尾に小声で云った。「否、いいさ。彼女のガードが固くて、全然駄目だった…。」 6月13日、私と柳沢は午後4時過ぎから銭湯へ行き、部屋へ戻って支度を済ませると、フェリス女学院のダンス・パーティーに出席する為二人で出掛けた。 渋谷駅で、東横線への乗り換えの改札を通り抜けようとした時、私は右腕を駅員に捕まれた。「もう一度、定期を見せて。」駅員は云った。私の定期に渋谷は含まれて無かった。「お前、指で駅名を隠しただろう。」急に厳しい口調で駅員は云った。私は鉄道公安室へ連れて行かれた。係員に私を引き渡すと、駅員は持ち場に戻って行った。「大学は何処?」係員が尋ねた。「法政大学です。」私は椅子に座って答えながら、用紙に大学名と住所、氏名を書き込んだ。「又法政かよ…。」係員は笑いながら云った。「其れを見てみな。」私は、故意に不正乗車をした者の名前が書かれた用紙の束をパラパラ捲って見た。成程、学生の殆どは法大生であった。法大では、1年生は毎週1回、体育の為に東横線に乗らなければならなかった。其れ故渋谷駅の改札で捕まるのは、法大生が多かった。「もうこんな事するなよ。」係員は真面目な顔になって云った。私は謝罪の言葉を述べ、3倍の運賃を支払って公安室を出た。柳沢は改札の向うで待っていた。私の腕を掴んだ駅員は、未だ切符を切っていた。私と柳沢は予定を随分遅れて、東横線の急行に乗った。「間に合うかな?」私は云った。「限々どうかって処じゃない?」「付いてねえよ。急度、今夜は前途多難だぜ…。」桜木町で根岸線に乗り換え、石川町で降り、山下公園を目指して我々は急ぎ足で歩いた。会場の氷川丸に着いた時、既にダンス・パーティーは始まっていた。私も柳沢も、フェリスに知り合いは居なかった。フェリスの女と慶応の男と言うのが、一般的なパターンだった。 「大学は何処?」「佳子」と名乗った女の方が訊いた。「俺は明治学院。」柳沢が云った。「飯田橋体育専門学校。」私も答えた。「あら、二人別々の大学なのね。」「俺達アパートが一緒なんだ。」柳沢が云った。東横線での私の予言は外れ、我々が最初に声を掛けた女は運良くフリーの二人連れだった。「飯田橋に体育専門学校なんて在るの? あ、御免なさい…。聴いた事が無いものだから。」「そう? 名前だけは結構有名なんだぜ。」私は云った。彼女達はフェリスの1年生だった。「ああ、解った。法政でしょ?」佳子の方はよく喋ったが、対照的に「広田みゆき」と名乗った方は非常に口数が少なかった。装いも佳子の方が派手であった。暫くして、佳子と柳沢は席を立ち、二人で踊りに行った。クインシー・ジョーンズの「愛のコリーダ」が、何度も懸っていた。「沢山煙草を吸うのね…。」 ぽつりと広田みゆきが云った。私は慌てて、火を点けた許のセブンスターを消した。「あ、違うの。そう云う意味じゃ無いの。唯、よく吸うんだなって思ったから…。…御免なさい。急に変な事云って…。」「否。此の煙草、フィルターの処が折れてたんだ。」 みゆきの父親は個人病院の院長と言う事だった。柳沢が彼の大学の友人に此のダン・パーのチケットを2枚売り付けられ、其の1枚を私が買わされたのだが、支払った金の見返りは充分であった。所定の時間が来て、ダンス・パーティーは終わった。 氷川丸を下りると、雨が激しく降っていた。私と柳沢は傘を持って無かったので、彼女達の傘に入れて貰い、4人で関内駅の方向へ歩いた。途中で喫茶店に寄り、暫く話をした。 関内から電車で横浜へ行き、駅の近くのパブに入った。水割を一杯呑み終えると、もう終電の時刻が近付いていた。彼女達の帰りは鎌倉の方向だった。 東京方面の最終がホームに入って来た。私と柳沢は階段を駆け下りた。未だ電車の来ない隣のホームで、佳子とみゆきが手を振っていた。雨は未だ降り続いていた。私は水滴で曇った電車のガラス窓に、指で「おやすみ」と描いた。柳沢が笑った。其の夜出逢った、2人の女の品定めをしながら、我々は最終電車を乗り継いで中野へ帰った。 〈七、フェリス女学院ダンス・パーティー〉
2005年10月19日
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6.三栄荘の刺激 「ねえ、私って子供っぽいかしら?」美穂が云った。「どうかな…。胸はまあ一人前だったけど…。」5月最後の日曜日、私は美穂と吉祥寺の井の頭公園に居た。「私が訊いてるのは精神的な事よ。」「『吉祥寺クリニック』が近くに在るぜ。」私はオールを漕ぐ手を止めた。「鉄兵は脳天気ね。」「そんな事は無い。何時も、人は如何に生きる可きかを考えてる。」「友達を視てるとね…、私よりずっと深い思考をしている様に思えるの。神経質な娘なんかは急度、私の事何も考えて無い人間だと思ってるわ。…鉄兵も案外神経質そうな感じね。」「自分を神経質だと思わない人間なんて居ないよ。」ボートを下りて公園の中をブラブラ歩いた。「淳一、怒ってたぜ。」「ああ。千絵ちゃんの事ね。」「何か、彼女は変だったな。」「私には何も云って呉れなかったわ。」「躁鬱の気が有るんじゃないの?」「違うと思う。あんな事初めてよ。」 西武池袋線の東長崎に在る彼女のアパートへ彼女を送って行った時、周りの家々には明りが灯っていた。「珈琲煎れるから、上がって行って。」私は云われる儘に、彼女の部屋へ入った。 美穂と私はカーペットの上に並んで座り、ベッドに背中を縋らせていた。テレビが点いていたが、彼女は其の内容に全く関心が無い様だった。「鉄兵はキスした事有るの?」「男とした事は無い。」「…。」「君は有るのかい?」「どちらともした事無いわ。」「『誰が為に鐘は鳴る』って言う映画を知ってる?」「知らない。」「映画の中でイングリッド・バーグマンがさ、男性と初めてキスをした後『鼻は邪魔にならないのね。』って云うんだ。彼女はずっと、キスする時には鼻が邪魔になるだろうと思ってたのさ。」「鉄兵も邪魔にならなかった?」「外人は鼻が高いからな。特にバーグマンは…。」「私の場合は気にする必要無いって云いたいんでしょう。」「男が右側に女が左側に居てキスする場合、男は女に対して右斜めに頭を傾けた方が好いんだ。」「どうして?」「普通男が女より背が高いから、其の方が絵が好いのさ。」「ベテランなのね。私にはよく解らないわ。」「唇の重なった部分がよく視えて、舌が入ってるかどうか判る。」「…。」「ねえ、試しに実践してみようか?」「キスの実践? …好いわよ。でも舌は入れないでね。」彼女は眼を閉じた。彼女の唇は乾いていて、少しかさかさした。キスした事が無いと云うのは、本当かも知れないと私は思った。随分長い時間、二人は唇を重ね合わせていた。やっと口付けを終えた時、彼女は小さな声で云った。「…舌は入れないでって云ったのに…。」彼女の頬は、其の唇と同じ色に染まっていた。 暫く黙ってテレビを視てから、彼女は云った。「もう一度実践をしてよ。」「さっきのはNGかい?」「いいえ。とても上手だったわ…。」二人は再び唇を重ねた。そして彼女はゆっくり身体を倒していった。 4人の女を連れて、私は中野駅北口の改札を出た。我々はサンモール街を少し歩いて、左手の路地を入った。「此処だよ。」私は「クラシック」と描かれた看板を指した。老舗である其の喫茶店は、本当にクラシックな店構えをしていた。店の中は非常に暗く、入って暫くは何も視えない程だった。入口で注文を云ってから、我々は手探りで階段を上がり、低い天井と足元に気を付けながら席に着いた。直ぐに水が運ばれて来た。水の入っているコップは「ワンカップ大関」の空き瓶であった。「まあ、本当なのね。」美穂は其のコップを手に取って笑った。「一寸、凄い店ね…。」千絵が云った。私も改めて店内を眺めた。屋根裏部屋の様な処に不規則に狭い間隔で、テーブルと椅子が設置されていた。1階に有る恐ろしく大きなスピーカーからは、クラシック音楽だけがずっと流れていた。「何か出そうじゃない…? 私怖くて一人じゃ来れない。」首を竦めて真美が云った。やがて珈琲が運ばれて来た。珈琲には別に変わった所は無かったが、ミルクの入れ物がマヨネーズの蓋であった。此の店に来る客は、ベレー帽を被ったり画板を提げたりした、画家或いは美術学校の学生風の人間が多かった。「和代ちゃんは、何のサークルに入ってるの?」私は其の日初めて逢った、其の女に訊いた。「『舞台装置研究会』。」「へえ。何するの?」「コンサートなんかの舞台装置や演出を考えるのよ。」「照明屋さんか。」「そう。照明が主な仕事ね。」「PAの操作は?」「其れは真美の『アナウンス研究会』がやるの。」 「クラシック」を出て、我々は三栄荘へ向かった。早稲田通りを渡って、随分陽が長くなった夕暮れの舗道を歩いた。「其れ、一体何が入ってるの?」真美が持っている大きな紙袋に就いて、私は尋ねた。「何だと思う?」真美は笑いながら云った。「ポテトチップスよ。」美穂が云った。「こんな大きなのが…? 全部そうなのかい?」「そうよ。ほら。」真美は紙袋の一部分を破いて、中身を見せた。「大学の近くの店で売ってるのよ。」「恥かしいから、今日は買って行くの止め為さいって云ったのに、真美ったら…。」千絵が云った。「あら、此れ好いじゃない。沢山入ってて…。自分もよく買うくせに…。」真美は其の紙袋を両手で胸の前に抱えて歩いた。 6月に入って最初の金曜日、三栄荘では私の大学の知り合いの女と、柳沢の大学のクラスの男で、合コン風の宴会が催される事になっていた。「未だなの…?」美穂が歩き疲れた様子を示した。三栄荘は沼袋駅からは歩いて五分程だったが、中野駅からは少し遠かった。「さあ、着いたぜ。」私は門を潜ったが、彼女達が付いて来ないので再び外へ出た。女達は路の上にしゃがみ込んでいた。「嘘でしょう? 何? 此れ!」美穂が悲鳴を挙げた。「凄まじいわね…。」千絵が溜息を吐いた。「鉄兵君、可哀相!」真美が涙ぐんだ。「好いアパートだろう? アンティークで…。」私は仕方無く云った。「クラシック」へ寄って、少しでも彼女達の眼を刺激に慣れさせようとした、私の作戦は功を奏さなかった。「早く入れよ。」彼女等のリアクションが余りに大きかったので、私はややショックを感じ強い口調で云った。「腰が抜けたわ…。」 「乾杯!」全員でグラスを合わせて、何時もの様に宴会は始まった。何時もの様に、柳沢は乾杯の瞬間自分のグラスを割った。「アナウンス研究会なの? 俺、将来は放送関係への就職を志望してるんだ。」真美に向かって、横尾が云った。彼が放送関係志望と言うのは、初耳だった。「夜はそっちの方の専門学校へ行ってるんだ。」「へえ…、大変ね。」此れ以上聴いてると疲れそうなので、私は和代に話し掛けた。「君も腰が抜ける程吃驚したかい?」「ううん。でも少し驚いたわ。」彼女は、悲惨な大妻女子短大との合コンで逢ったヨーロピアンの女に、雰囲気が似ていた。「この辺は綺麗な住宅やマンション許だから、此の建物は目立つのよ。」横尾と真美は意気投合した様子で喋っていた。「私は好きになれそうよ。此のアパート…。」「三月に入学の手続きで一度東京に来た時、時間が無くてさ、一応仮の住まいと言う事で、此処に決めたんだ。4月中に好い処を捜して、引っ越す積もりだったんだけど…。」「住めば都って理由ね。」横奥は美穂が気に入ったらしかったが、彼女に水割を勧められて困っていた。彼は全く酒の呑めない体質だった。「私、此処の近くに住んでるのよ。」和代は云った。「えっ、本当? 中野駅の辺かい?」「ううん。沼袋…。」「そいつは素晴らしい。」「線路の北側なの。」「『赤いサクランボ』…。」「帰りによく寄るわ。彼処のケーキ美味しいのよ。」自然、柳沢は千絵と会話をしていた。和代はかなり呑めるらしく、水割を直ぐにお代りした。 〈六、三栄荘の刺激〉
2005年10月18日
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5.塩入りウィスキー事件 「ねえ、ディスコへ連れてってよ。」富田美穂が私に云った。大学の学生ホールに有るサークルの溜り場で、今まで喋っていた淳一と私は、顔を見合わせた。「貴方達よくディスコへ行くんでしょ? 私達も一緒に連れて行って呉れない?」「…ああ、好いよ…。」学生ホールは、校舎の1階の天井まで吹抜けになった、だだっ広いフロアであった。其処に沢山の長テーブルと折畳みの椅子が置いて在り、色々なサークルの溜り場になっていた。溜り場とは、サークルの部員が授業の合間や夕刻の暇な時に集まって来てミーティングや雑談をする場所である。私のサークルも其の一画を占有していた。 「今夜? 今夜行くのかい?」「駄目かしら?」「否…、唯急な話だね。」富田美穂は、同じサークルの1年生で、少し幼い顔立ちをした女だった。「私と千絵ちゃんは大学生になったのに、未だディスコに行った事が無いの。御願いするわ。」「どうする?」私は淳一に訊いた。其の日5月26日、私は三栄荘で宴会の予定が有った。淳一は「俺は行っても好いぜ。」と云い、私も「宴会は俺が居なくても、ちゃんと始まるだろう。」と考えた。「OK。行こう。」「有り難う。嬉しいわ。」私と淳一は、富田美穂、松山千絵の二人を連れて夕暮れのキャンパスを後にした。 電車の中で「ニューヨーク・ニューヨーク」へ行く事に決めた。私と淳一は新宿に有る其のディスコに、既に何度も足を運んでいた。「ニューヨーク・ニューヨーク」は可成広いディスコで料金が安く、フリードリンク・フリーフード制であり、何より遣って来る女の数が多かった。新宿には近くに「B&B」と言うサーファーディスコが有ったが、私と淳一は全く面識の無い女とセックスの出来る確率は数に比例するとして、大衆ディスコは悪くないと言う見解を持っていた。唯「ニューヨーク・ニューヨーク」では、初め極少数で有った我々が「テクノ」と呼んだモノトーンを基調にするファッションの連中が、次第に其の勢力を増しつつあった。私と淳一は此の連中を好ましく思っていなかった。開店した許の時刻であったが、中へ入った。他の客は未だ一人もいなかった。我々は焼きソバ、ピラフ、シチュー、サラダ等をテーブルに並べて食べ始めた。「よく食べるのね。」「だって此れが夕食だもの。ディスコへ行く時は何時もフリーフードの店を選んで、夕食を一緒に済ませる様にしてるんだ。」「テクノ」の連中は、小刻みに首を振りながら踊った。踊り方だけは「ツバキハウス」のヘビメタの連中に似ていた。喰えるだけ喰って殆ど動けなくなった頃、我々以外の最初の客が入って来た。 美穂と千絵は可成踊り慣れている様子だった。彼女達がディスコへ一度も行った事が無いと言うのは、嘘らしかった。 1回目のチーク・タイムが始まった。何時もの事であるが、其れまで割り込むスペースが何処にも無いと思える程混雑していたフロアが、スローな曲に変わった途端、波が引く様にあっと云う間にガラガラになった。我々はテーブルを囲んで座っていた。「ねえ、チーク踊らない?」私は美穂を誘った。「踊ろうか。」私と彼女は立ち上がって、フロアへ下りた。「私、チークってやった事無いの。教えてよ。」美穂は云った。「くっついてれば好いのさ。」淳一は未だ千絵を口説いている様子だった。「本当に、チーク・ダンスした事無いのかい?」私は訊いた。「本当よ。どうして?」「ディスコに行った事無いってのは、嘘だろう?」「東京のディスコは初めてよ。」テーブルの方を見ると、千絵と淳一の姿が無かった。美穂は私の脇腹辺りに両手を置いていた。「変な事、訊くけどさ。君は胸に自信の有る方かい?」「どう思う?」「余り感じられないな。」彼女は白いブラウスを着ていた。「まあ。失礼ね。」彼女は両手を、私の首に廻した。「此れでも感じない…?」私は彼女の腰に手を添えた。「少し…、感じて来た。」彼女は更に強く、身体を押し付けて来た。「あら? 千絵ちゃん…。」急に口調を変えて、彼女が呟いた。振り向くと、千絵が此方を向いてチークを踊っていた。然し、背中を向けている男は、淳一では無かった。 「全く、ひでえ夜だな。」淳一は未だ怒っていた。彼は熱心に千絵をチーク・ダンスに誘ったが彼女は中々承諾せず、そして一人で立ち上がると、見ず知らずの男とフロアへ下りて行ってしまった。「わかんねえ女だ。何が気に入らないって云うんだ。」ディスコを出た後、彼女達は国電駅の方へ行き、私と淳一は西武新宿駅へ向かった。「泊まってくか? 飲み直した方が好い。」「否、今夜は止めとく。もう気分が乗らねえや。」沼袋で私は電車を降り、淳一と別れた。 三栄荘に着くと、二階から賑やかな声が聴こえて来た。柳沢の部屋で行われている宴会は、最高潮を迎えている様だった。「あっ。帰って来た。何やってたんだよ、鉄兵!」柳沢が真っ赤な顔で叫んだ。「俺が来てるってのに、遅れて帰って来るなんて許せねえよ!」ヒロシはもう眼が座っていた。「おめえ、駆け付け三杯だぞ!」ドロがボトルを取ろうとして、自分のグラスを引っ繰り返した。私は香織に水割を作って貰い、三杯程一気に飲み干した。 ヒロシは横になった儘、眠り込んでしまった。板垣浩志と「ドロ」と呼ばれる横堀健一は、柳沢の高校時代からの仲間だった。其の夜のメンバーは私を除けば、伊勢崎東高と伊勢崎女子高の合同同窓会と言う様相であった。ドロは下へ降りて行ってトイレで戻してから、また飲み始めた。「おめえらは幸せだよな。こんな可愛い女の子に囲まれて生活出来てさ。」ドロが云った。「でも、男を酒で潰して楽しむ悪い趣味を持ってるんだぜ。」「あら。柳沢君、酷いわね。」世樹子が云った。「そうよ。そっちが勝手に潰れるんじゃない。」フー子が云った。「俺は可愛いって云ったのに、酷い云われ様だな。鉄兵、敵を取って呉れよ。」「ああ。でも返り討ちに遭いそうだ。」彼女達は三人共、酒が強かった。中でも香織の強さは、大抵の男が太刀打ち出来ない程であった。三人の中では、フー子が一番崩し易そうだった。彼女は既に強か酔っている様子であった。私は柳沢にこっそり食卓塩を持って来させ、フー子の水割を作る時、彼女達が喋っている隙にグラスの中に食卓塩を振り掛けた。「はい。フー子ちゃん。」「有り難う。」フー子は私からグラスを受け取ると、その儘ごくっと飲んだ。「何か、しょっぱいな…。」「しょっぱい理由無いじゃない。フー子ちゃん酔っ払ったんじゃないの?」私は(入れ過ぎたかな…?)と思いながら云った。「未だ酔ってませんよだ。」そう云うと彼女はグラスに口を付け、今度は味を確かめる様にゆっくり少しだけ飲んだ。「矢っ張り、しょっぱいわ。」彼女は眉を寄せた。「酷いなフー子ちゃん。俺の作った酒を、そんな嫌な顔して飲む事無いじゃない。」「そうじゃないのよ。何か味が変なの。」「どうせ俺が作ったから、変な味なんだろう。」「違うってば。もう。飲めば好いんでしょ。」彼女はごくごくと水割を飲み込んだ。「矢っ張り変よ。塩が入ってるみたい…。」「どうしたのよ?」香織がフー子に訊いた。「此れ飲んでみて…。」フー子は香織に自分のグラスを渡そうとした。「分かったよ。作り替えれば好いんだろ。」私は素早くフー子の手からグラスを取り上げた。「あなた、何か変な事したんじゃないの?」香織が私を見た。「何もしてないよ。」「御酒に変な物混ぜたんでしょ?」「とんでもない。フー子ちゃん、急度酔って味が判らなくなったのさ。」「あら、私酔ってもウィスキーをしょっぱいなんて思った事無いわよ。」フー子が云った。 暫くすると、フー子は立ち上がれなくなった。彼女は座った儘香織に背中を摩って貰いながら、ナイロン袋の中に戻した。「どうしたんだよ、フー子ちゃん。確りしろよ。」ドロが嬉しそうに云った。「フー子。大丈夫?」香織が問い掛けたが、彼女は何も喋れない様子だった。「あれっ? フー子ちゃんどうしたの? 駄目だよ、眠っちゃあ。」急にヒロシが眼を覚して云った。「此れ、何?」世樹子がフー子のグラスを電燈に翳した。グラスの縁に食塩の粒が、沢山付いていた。 フー子は随分苦しそうに眼を閉じていた。私の部屋に布団を敷き、其処へ彼女を運び込んだ。彼女は何度も、香織の差し出す新聞紙を敷いた洗面器の中へ吐いた。世樹子が絞った許のタオルで、顔を拭いて遣った。香織はフー子の下着のフォックを外して遣り掛けて、私と三人の男の方を視た。「あなた達、もう彼方へ行ってれば?」「ああ…、そうだな。じゃあ、手伝う事が有ったら呼んでね。」そう云って我々は柳沢の部屋に戻り、再び飲み始めた。フー子を寝かし付けてから、香織と世樹子も戻って来た。 朝まで宴会は続いた。 午前7時頃、香織と世樹子は授業が有るからと云って帰って行った。ドロとヒロシは既に鼾を掻いていた。私と柳沢ももう寝ようと言う事になり、私は自分の部屋へ行った。フー子は未だよく眠っていた。私は座って煙草に火を点け、彼女の寝顔を視ていた。人の気配を感じたらしく、彼女は眼を覚ました。「気分はどう?」私は訊いた。「ああ…、鉄兵君…。御免なさいね…。私、悪酔いしちゃったみたい…。」「否、謝るのは俺の方さ。」彼女は起き上がろうとして止め、布団の中に入って自分の下着を直した。少し恥かしそうに立ち上がると、もっと休んで行くよう告げる私に、彼女は「有り難う。でも学校へ行かなくちゃ。」と云った。フラフラしながらドアまで歩いて、彼女は私を振り返った。「本当に御免なさいね。お詫びに今度カットして挙げる。良かったらだけど。」覚束無い足取りで帰って行く彼女を、私は窓から見送った。 〈五、塩入りウィスキー事件〉
2005年10月17日
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4.柴山泥酔事件〔其の1〕 「とある山奥に、小さな池が有って…、若いカップルが其の池に近付くと、或る生き物が出て来るんだ。何だと思う?」「山が有って池が有るんでしょ…? 其れは襲って来るの?」「どうかな…? でも毒を持ってるかも知れない。」私は紙とペンを借りて来て、絵を描きながら話をした。「ワニ?」 「違う。」「小さな池だったわね。魚?」「魚じゃ無い。」「池に遣って来るのは、若いカップルじゃなきゃ駄目なの?」「好い質問だ。若く無くても、カップルで無くても良いんだが、二人で無いといけないんだ。一人の時は、其れは居ないんだよ。」「…?」「誰も遣って来ない時も、其れは居ない。」「…全然わかんない。」「カップルが池の反対側から近付いても、其れは出て来ないんだ。」「降参。何が居るの?」「へびさ。」「蛇?」「そう。へび。」 コンパが中盤を迎えた頃、私はトイレに立った。直ぐ後から、淳一と野口も入って来た。用を足しながら協議した結果、私の受け持ちはヨーロピアンに決まった。ニュートラ等に比べ、ヨーロピアンは最初から殆ど笑わず冷めた感じであったが、案外落とし易いと私は踏んでいた。トイレから戻って、我々は受け持ちの隣に座れる様、席替えを行った。私は初めからヨーロピアンの隣だったので、その儘だった。各自は女に質問を始め、相手にも沢山話をさせる様心掛けた。場は次第に、話題を決めた全体的な会話から、二人きりの対話へと移行した。 「私って話してても、余り面白くないでしょ?」ヨーロピアンが云った。「そんな事ないよ。どうしてさ?」「人の話に巧く乗って行けないのよ。冷めてるって、よく云われるわ。可笑しいと思っても、直ぐに笑ったり出来ないの。鈍いって言うか、表情を造るのが下手なのね。」「でも其の事は、君を魅力的に見せてるよ。」「有り難う。そんなに気を使って呉れなくて好いのよ。」「気なんか使わないさ。少なくとも俺は君に悪い感じはしない。」「本当にそうなら、嬉しいわ。」「そうじゃ無かったら、席替えの時に他へ行ってるさ。」「貴方がさっき色々話してた事、とても面白かったわよ。」「笑って貰う為だけの意味の無い話さ。でも君の反応が気になってたから、好かったな。」「他の娘がぱっと先に笑い始めるでしょ、そうするともう駄目なのね。自分だけ、変な笑い方しそうで…。」「そう言えば、前に座ってる娘はよく笑ってたな。此方が喋り終わらない中に、もう笑ってんだもの。でもああ言うのは、馬鹿に見えるよ。」「駄目よ。聴こえるわ。」「彼女、子供の頃に重い病気してるって事聞いてない? 40度位、熱が出たとか…。」「しっ…、聴こえるってば…。」「あっ、何か私の悪口云ってるんでしょ?」ニュートラが、此方へ身を乗り出しながら云った。「違うよ。病気の話さ。」私は云った。「何なのよ、其れ。好い雰囲気に成ってると思ったら、もう二人だけの暗号造ってるのね。いいわよ。私、病気なんて持ってませんからね。」ニュートラは口を尖らせた。ヨーロピアンが、声を上げて笑い出した。 コンパは終わりに近付き、二次会は皆でディスコへ繰り出す事が決まった直後に、事件は起きた。西沢が「柴山が居なくなった。」と云うのである。柴山は私から一番遠い席に居たのだが、彼方では「一気」の掛け声が盛んに挙がっていた。我々は事前のミーティングで、未だ酒を飲み慣れていない者もメンバーにいる為、今回は一気飲みで盛り上げる事はしない約束だった。然し、どうも柴山の受け持ちの女が、物凄い酒豪であったらしい。西沢の話に因ると、柴山は其の女とウィスキーのストレートをグラスに5杯、下手をすると其れ以上一気したと言う事だった。女の方は、全く平気な様子であった。「酔っ払って、外へ出ちまったのかな?」「確かトイレに行くって云って、席を立ったきり帰って無いわよ。」西沢の隣の女が云った。「トイレへは行かずに、彼方の辺で一人でテレビゲームをしてたわ。」酒豪の女が云った。(そいつは、いけないな…。)と私は思った。私と西沢はトイレへ行ってみた。柴山の姿は無かった。「此の中じゃねえか?」西沢が一つだけ閉まっている扉を叩きながら云った。「柴山!」呼んでみたが返事は無かった。扉は鍵が掛かっていて開かなかった。唯、鍵が掛かっていると言う事は、中へ人が入って掛けた理由であり、店の中で姿が見えないのは柴山だけであった。私は背が高いので、上へよじ登って中を見た。柴山は便器の中に片足を突っ込んで寝ていた。彼の服には、彼の胃の中に有った物がべっとりと付いていた。「柴山! 起きろよ!」彼は「うぅん…」と小さく唸っただけで、全く起き上がる気配を見せなかった。取り合えず、私と西沢は彼を其処から引き摺り出した。布巾を借りて来て、水に濡らし絞ってから、彼の口許や服を拭いてやった。然し其の時、トイレの入口へ店に居る者全員が集まって、此方を見ていた。酒豪の女は一言謝ったが気分を害した様子で、「もう帰る。」と云い出した。他の女達も大体同じ意見で、我々は何とか引き止めようと骨を折ったが、彼女達の気分は戻らなかった。誰かが「最低よ。」と云ったのを聴いて、我々は諦めた。唯、ヨーロピアンの女は、残念そうな表情を見せて居たが、大勢には逆らえない様だった。 女達が帰って行った後、我々はトイレを掃除し、柴山を抱えて店を出た。店の外で柴山が目を覚すのを待ったが、彼は「…俺…、…好いよ…、…寝るよ…、…此処…、」と呟くだけで、動こうとしなかった。我々は一人が全員の荷物を持ち、三人が柴山の頭と背中と脚を抱えて、駅へ向かった。 新宿で降りて、歌舞伎町に有る「ニューヨーク・ニューヨーク」と言うディスコへ行った。柴山は未だ殆ど意識が無かったが、私と淳一が常連だったので全員中へ入れて呉れた。柴山を暗がりになった奥のボックスへ寝かせて置いて、我々はやけくそで踊った。くたくたに踊り疲れて、フロアを出ようとした時、「ヘェイ、何だよ! もう休むのかよ。もっと踊ろうぜ!」と、背後から威勢の好い声がした。我々は振り返った。何時の間にか、柴山が元気に踊って居た。 中野ファミリーの最初の行事は、5月20日の三栄荘に於ける夕食会だった。メニューはカレーであった。作り始める前に、香織とフー子が「カレーライス」と「ライスカレー」で揉めていた。香織がどちらも同じだと云うと、フー子は「カレーライス」は御飯とカレーが同じ皿の上に盛ってある物で「ライス・カレー」は御飯とカレーが別々に出て来る物だと云って、互いに譲らなかった。「どっちでも好いじゃない。胃の中に入れば同じさ。其れより、御腹が空いたよ…。」柳沢が云った。世樹子が支度を始めたので、香織とフー子も決着の着かぬ儘、其れに取り掛かった。「あれ? ルーが無いじゃない。」彼女達が袋の中から材料を取り出すのを見ながら、私は云った。「あなた若しかして、ルーが無きゃカレーは作れないと思ってるんでしょ?」香織が云った。彼女達は、カレー粉から作るのが本当のカレーだと云った。「時間が随分掛るから、二人で何処かへ行って遊んで来れば…?」香織は、私と柳沢に云った。カレーを作ると聴いて、割りと直ぐ出来るだろうと考えていた私は、少し驚いた。「じゃあ、風呂へ行って来よう。」石鹸が小さくなっていたので、私は新しいのを出して来て、小さくなった石鹸をゴミ箱へ捨てた。「ああ! 鉄兵君、勿体無い。」世樹子が云った。「どうして捨てちゃうの?」「だって、小さくなると使い辛いもの。」「あら、新しい石鹸の上に重ねて使えば好いのよ。それに今捨てたの、そんなに薄くなって無かったじゃない。勿体無いわ。」私はゴミ箱の中から捨てた石鹸を拾い上げ、新しいのと一緒に石鹸箱に入れた。然し容積が足りなくて、蓋が閉まらなくなった。私はその儘洗面器の中に石鹸箱を置き、柳沢と二人で銭湯へ出掛けた。 脱衣場で服を脱いだ後洗面器の中を見ると、矢張り二つの石鹸は、箱から別々に転がり出ていた。 〈四、柴山泥酔事件(其の一)〉
2005年10月16日
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3.中野ファミリー 5月11日、ポートピアで落とした定期券と学生証が、郵送されて来た。私は、生まれて初めて世の中の善意に触れ、感動を覚えた。とても素敵な気分で部屋を出た。 其の夜、香織に逢い、新宿で飲んだ後、飯野荘へ行った。世樹子は、専門学校の友達の処へ泊まりに行って居ないと言う事だった。布団を敷いて貰って、私は横になった。「ねえ、柳沢君には未だ、私達の事云って無いんでしょ?」「うん、云って無い。」「ずっと云わない方が好いわよ。あなた達仲好いし…。」「でも…、ずっと黙ってる訳には行かないさ。」「そうかしら? 私は平気よ。彼と一緒に居る時だけ、演技すれば好いのよ。あなたは隣に住んでるんだし、若し彼とあなたの関係が旨く行かなく成ったら…、私の所為でそんな風に成ったら、私…。」「結局、君がモテるからいけないんだよな。否、其の前に、君と柳沢が俺より先に知り合った事がいけない。」「…でも、私と柳沢君が知り合いじゃ無かったら、あなたと私は巡り逢わなかったわよ。」「其れは云えるな。唯、一番大事なのは、俺と君が巡り逢った事さ。だから君は何も心配しなくて好い。」「有り難う…。そうね…、あなたに逢えた事が一番大事なのよね…。」「然し、東京に来て群馬の女の子と付き合う事に成るとは、予想もしなかったな。」「あら、そう? 群馬は関東だから不思議じゃ無いわ。広島の男と付き合う事の方が、ずっと予想出来ないわよ。あ、そうか…、東京の上品で綺麗な女の子と付き合える事を、期待してたのね。」「そうだったかも知れない…。」「悪かったわね。群馬で。」「否、群馬は好い処だよ。行った事無いけど…。」「急度今から、東京の素敵な女性と沢山知り合いになれるわよ。」「俺は高校までずっと広島だったから、こっちに来て、今までは遠く離れた場所で生活して居た人間と話をするのが、何か不思議で、とっても愉しいんだ。」「ふうん…、云われると解る様な…。じゃあ、私と喋ってる時も不思議?」「ドキドキしてて、好く解らない…。」「嘘よ。そんな風には見えないわ。私って魅力的じゃ無いもの…。」「充分、魅力的さ。」「本当…?」私は彼女の方を見た。薄暗い中で、彼女も此方を向いているのが判った。彼女が云った。「何が見える?」「…愛が見える。」「…眼が良いのね。…でも、愛は見るものじゃ無くて、触れるものよ…。」私はゆっくり、彼女の布団へ身体を遷した。 「鉄兵、好い情報を持って来たぜ。」部屋へ入って来るなり、柳沢が云った。「何だよ?」「此の直ぐ近くに、群馬出身の女の子が一人で住んでるんだってさ。」「又群馬かよ。お前の同県人だからって、直ぐにどうなるものでも無いだろう。」「否、其の女の子は伊女の娘だそうだ。」「ほお…。」「更に、久保田の友達であるらしい。…偶然とは恐ろしいだろう?」「否、偶然とは素敵だ。」「そうだ。俺達は此の偶然を、神に感謝しなければいけない。」「どんな娘か聞いてるの?」「今日大学で東高出身の奴に逢って、そいつに聞いたんだが…、『赤石房子』と言う名で、山野美容学校へ行ってるそうだ。」「房子か…。彼女は急度、葡萄の房の様に淑やかで可愛い娘に違い無い。」「大丈夫。俺達は神に祝福されている。」「乳房の柔らかい娘でもあるに違い無い…。」其の夜、私と柳沢は遅くまで作戦を練った。 5月14日の夜、3人の女が三栄荘へ遣って来た。彼女達は私と柳沢の部屋を覗いて、色々と批評を云った。「何か、何も無い部屋ね。」私の部屋を見て、香織が云った。「そうね。でも綺麗にしてるのね。」世樹子が云った。「どうして? テレビも有るし、本棚もビニール・ロッカーも有る。」私は反論した。「其れだけしか無いじゃない。」香織が云った。「其れだけ有れば充分さ。」「あなた学生でしょ? どうして机が無いの?」「大学生と机は関係無いさ。」「生活してるって感じが何処にも無いのよね。鍋やフライパンや食器とかが無いからよ。」世樹子が云った。「だって台所が無いんだぜ。」三栄荘は、部屋の中まで水道とガスが来ておらず、1階に共同の炊事場が有った。「下にちゃんと有ったじゃない。若しかして鉄兵君、全然自炊し無いの?じゃあ全部外食?」「俺、料理を作った事無いから、自炊出来ないんだよ。」「俺は生活の匂いがしない部屋って、好いと思うな。」柳沢が云った。「カーテンもカーペットも有るし、押し入れの中には布団も有るんだぜ。おまけに、もう直ぐ冷蔵庫だって購入する予定なんだ。何も無い部屋だなんて、失礼だよな。」私は云った。「あなたは勉強も自炊もしないから、あなたの必要な物は此れで揃っているんだろうけど…、普通は、唯生きているだけで…、もっと、ごちゃごちゃと色んな物が有るのよ…。」 沼袋駅を降りて踏み切りを渡ると、直ぐ右に「さだひろ」が在り、其処から道を左に折れて三栄荘へ向かう途中に、「ジュリアンヌ」と言う欧州風パブが在った。其の店へ、私と柳沢は3人を連れて行った。「赤石さんは美容師になるの?」私は訊いた。「ええ、まあね…。自分で美容室を開きたいけど…、1年間で学校を卒業して、其れから見習いで何処かの美容室で働かせて貰って…、随分先の事だから、どうなるか分からない。」赤石房子は、パーマの掛かった赤い髪をした化粧の濃い女だった。「フー子の彼はねえ、群馬で板前の修行をしてるの。其れで将来、彼が1階でお店をやって、2階でフー子が美容室をするのが夢なのよね。」香織が云った。「ええ! フー子ちゃん彼が居るの?」私は云った。「矢張り、神に見捨てられ始めてるな…。」柳沢が云った。「でも、彼は今群馬に居るんでしょ? じゃあ、淋しいね。」「あなた、誘惑しようと考えてるのなら、無駄だと思うわよ。」香織が云った。「フー子ちゃん、彼に夢中なのよ。」世樹子が云った。「其れは誤解だ。俺は唯、好きな彼と離れて暮らして居て、況して都会の夜に1人で居る時等は、淋しいだろうからと…。」「淋しいだろうから、どうするの?」香織が云った。「是非、慰めて挙げたい…。」「駄目よ鉄兵君、逢ったばっかりじゃない。」世樹子が云った。「だから誤解だと云ってるだろう。フー子ちゃんも俺達も東京に出て来た許で、急度夜が切ないから、皆で慰め合おうって事さ。」「偶然だけど、近くに住んでる同じ境遇の者同士が、折角こうして知り合ったんだからさ…。」柳沢が云った。「偶然ってさ、世の中で一番素敵な事だぜ。だったら、いつまでも大事にしていたいじゃない…。」「何が云いたいのよ。」香織が云った。「俺達でファミリーなサークルを作らないかい?」柳沢が云った。「面白そうね。」世樹子が云った。其の夜、5人は中野ファミリーの誕生を祝って乾杯した。 5月15日は、初めての合コンの日であった。私は、大学のクラスの仲間と「合コン愛好会」なるものを作っていた。メンバーは5人で、其の中の1人である西沢が、高校時代の女友達と合同コンパの話を付けたのだった。私の様な地方出身者は普通遣る方無いのだが、地元の男は救世主とも言える存在であった。相手側は、大妻女子短期大学の1年生で、人数は此方と同じ5人だった。原宿駅から表参道を歩き、明治通りを渡って暫く行くと左手に、ブティック等が入っている背の低いビルが在る。其のビルの地下2階に、柳沢がバイトをしている喫茶店が在った。割と広い其の喫茶店を貸し切って、第1回合同コンパは始まった。 私は一番端に座り、私の正面にはニュートラが、横にはヨーロピアンの女が座って居た。「此れで1人千円なんて信じられ無いわね。お店に悪いんじゃないの?」「酒は持ち込みだもの。それに、友達が此処でバイトしてて顔が利くんだ。」「こんな形でコンパすれば、安くて楽しめるわね。」「でも、何処の店でも出来るって訳じゃ無いでしょ。」 我々は「合コン愛好会」の結成に当たって、次の様な会則を決めた。一、費用はワリカンで行う。此方が奢らなければ来ない様な女は、相手にしない。二、女の取り合いは避け、互いに助け合って好い雰囲気に持ち込む。三、合コンで知り合った女とは、一度しかセックスをしない。其の夜の中にホテルへ連れ込むのが理想である。間違っても、合コンで知り合った女と交際を始めてはならない。(次回からの合コンが、円滑に進行しなくなる為)四、週に一度のペースで行う。話を持って来る役はメンバーのローテーション。又、其の者が幹事を務める。五、気に入った女が居ない場合でも、他の者の為に、盛り上げる事に協力する。六、セックスする事を最終目的とし、其れが達成された場合、成功と評価される。 「ケンちゃんが交通事故で両手両足を失くしちゃって、毎日家から一歩も外に出れずに生活してたんだってさ。でもケンちゃんは野球が大好きで、友達の皆がしているのを、いつも窓から眺めてたんだって。ケンちゃんのお母さんは、そんなケンちゃんが可哀相で堪らなくて、一度だけでもケンちゃんに野球をさせてやりたいと思ったんだ。或る日お母さんは、野球をしている子供達の処へ行って、ケンちゃんを仲間に入れて呉れる様頼んだんだってさ。子供達は快くケンちゃんを入れて呉れたんだって。」「良かったわね。」「うん、ケンちゃんは大喜びさ。」「でも両手両足が無くて、どうやって野球をしたの?」「お母さんも其れが気になって、皆と仲好くやってるかどうか、こっそり様子を見に行ったんだって。すると…。」「どうだったの?」「ケンちゃんはちゃんと、野球のホームベースになっていたんだってさ。」ニュートラの女はよく笑った。「或る日、お母さんは買い物に出掛けて、ケンちゃんが一人で留守番をしてたんだってさ。ところがお母さんが帰ってみると、ケンちゃんの姿が何処にも無いんだ。お母さんは吃驚して、家中を捜し廻ったんだって。でも、見つから無かった。」「外へ出ちゃったの?」「否、ケンちゃんはちゃんと家に居たんだ。」「何処に居たの?」「トイレさ。」「…?」「ケンちゃんはトイレで、便器の蓋になってたんだ。」「やだあ…!」コンパの前半、我々は、「ジャブ」と呼んでいた兎に角女を笑わせて場を明るく盛り上げる事に、専念した。 〈三、中野ファミリー〉
2005年10月16日
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2.手料理 夕闇が迫る時刻に、私は中野駅北口に立って居た。約束通り、香織は遣って来た。「待った?」「うん。」「えっ…、どれ位…?」彼女は、驚いた様に腕時計を見た。「『久保田香織』と言う女を待った。」「何? 其れ…。」 「高月庵」へ行った時、私と彼女は池袋サンシャインへ夜景を見に行く約束をした。新宿で山手線に乗り換え、池袋に着いた。緩やかな坂路を歩いて、サンシャインに入り、結構高い入場料を払って最上階直通のエレベーターに乗った。靄の無い晴れた夜で、景色は好く見えた。道路上に無数に繋がった自動車のライトが、地上の「天の川」を想わせた。「上から観ると、東京も綺麗ね…。」と、彼女は云った。 サンシャインを出ると、香織はやけにゆっくり歩いた。「ねえ…。」彼女は、前を向いたまま喋った。「ねえ、鉄兵君…。」「何?」「もし、私が…あなたの事、…好きだって云ったら、どうする?」少し驚くと同時に、私は「来たな…。」と思った。初めて逢った時、彼女が私に対して少なからぬ好意を抱いた事は、感じていた。柳沢の気持ちを知っている私としては、直ぐに断わろうと考えた。私は黙っていた。「あ、御免なさい。迷惑だわよね…。」香織は慌てた口調で云って、苦笑いをした。私は尚、黙って歩いた。 香織はずっと下を向いた儘で、表情は判らなかった。電車の中で、私は考えた。彼女を傷つけぬ様に、「ノー」の返事をする事は簡単であった。問題は、別に有った。東京に来て未だ日の浅い私にとって、女の知り合いは貴重だった。理想的なのは、柳沢と彼女が恋人として付き合い、彼女の女友達を私が物色して行く、と言う形であった。然し彼女は、柳沢には全く恋愛感情を持ち合わせて無い様子だった。 (彼女をフッた場合、隣に俺が住んでいる以上、彼女は柳沢に逢う事を避けるだろう。少なくとも、一時的に彼女と柳沢は、疎遠になるに違いない。そうなれば、彼女の女友達と知り合える可能性は皆無になる。柳沢は、一体…。)私は結論した。 二人共黙り込んだ儘、中野駅の改札を出た。サンプラの前に差し掛かった時、香織が口を開いた。「あなたには済まないけど…、はっきり返事を聴かせて呉れないかな? すっきりしたいの。」「俺も、君が好きだ。」香織は立ち止まった。続いて私も足を止め、振り向いて彼女の眼を見詰めながら、もう一度云った。「初めて逢った時に、君を好きになってた。」我慢出来無くなった様に、彼女は泣き出した。 「でも、随分意地悪なのね。ずっと黙ってるなんて…。」カップの中のレモンをスプーンで取り出しながら、香織が云った。「だってさ、東京に来て行き成り相思相愛になれるなんて、信じられなかったんだよ。ラッキーチャンスを大事に思う余り、直ぐに言葉が出て来無くって…。恰好良い台詞を一生懸命考えてたんだぜ。」「恰好良かったわよ。」笑いながら、彼女は云った。「本当かい? 怪しいな。」 「本当よ。…本当に、嬉しかったわ。」 5月2日から、私は大阪の友人の処へ遊びに行った。予定より2日遅れて、7日に東京に戻った。8日には、大学のサークルの新歓コンパがあった。 9日は疲れと二日酔いで、昼過ぎまで寝ていた。未だ頭痛がしたが、香織に逢う為私は部屋を出た。彼女と池袋へ行った帰りに立ち寄った、「赤いランプ」と言う早稲田通りに在る喫茶店で待ち合わせていた。香織は一番奥の席で紅茶を飲んでいた。「ポートピアは楽しかった?」「…痛い。」「どうしたの?」「…頭が…痛い。昨日、コンパでさあ…。」「何だ。二日酔いか。」「神戸は最低だった。定期と学生証を落とすし…。」「まあ、失くしちゃったの?」「一応落とし物の届出は、して置いたけど…」「学生証失くして、大丈夫なの?」「さあ…? 心も体もズタズタだ…。」「酷く痛むのなら、薬飲んだ方が良いわよ。」私は、水をお代りした。「疲れてるみたいね。」「否、先まで寝てたから…。」「そう。じゃ、御腹空いたでしょう?」「うぅん…。未だ食べたく無い。」「あなた痩せてるから、確り食べなきゃ…。毎日、ちゃんと食べてる?」「俺、現代では貴重な栄養失調なんだ。」「‥…。」「外食ばかりで、而も碌な物食べて無いんだよね。」「‥…。」「今日は土曜日か…。土曜の夜になると、想い出すんだよね。オフクロの温かい手料理…。手料理かぁ…、好いなあ…。」「…其れで?」「え? 別に其れだけさ。」「何か云いたいんでしょ?」「どうして? でも、手料理は好いよね。」「そうね。お母さんに作り方を教えて貰っとけば好かったのにね。」「‥…。」「今からでも、手紙に作り方を書いて送って貰えば?」「…君って案外、冷たい女だったんだね。」「そうかしら?」「ああ…、頭が痛い。心も痛い…。」「解った、解った。作って挙げるから泣かないの。」「本当?」「でも、あなたのお母さんの様に美味しくは無いわよ。急度…。」「冗談じゃ無い。オフクロの料理なんて食べたく無いよ。君の手料理が食べたい。」「最初から、素直にそう云えば好いのよ。」 彼女が「コム・サ・デ・モード」の服を買うのに付き合った後、ブロードウェイの地下に在る「西友」へ行った。「西友」のナイロン袋を下げて、彼女のアパートへ向かった。飯野荘の階段を上がった処で、「一寸此処で待ってて。」と、彼女は云った。彼女が鍵を開け「ただいま」と云いながら部屋に入ると、「お帰り為さい」と、微かな別の声が聴こえた。暫くして、香織が出て来た。「好いわよ。 どうぞ。」私が部屋に入ると、「いらっしゃい、鉄兵君。」と、世樹子がにこやかに云った。「どうも…。食べる物も無く路頭に迷ってた哀れな男です。」香織は早速支度に取り掛かっていた。「香織ちゃんは優しいわねぇ…。」世樹子が云った。「俺が無理矢理頼んだんだよ。」「云っとくけど、味は保証しないわよ。」台所で背中を向けた儘、香織が云った。「食えれば文句は云いません。」「あら、香織ちゃんとっても上手いのよ。期待し為なさい。」途中から世樹子も手伝い始めたので、私は煙草を吹かしながら一人でテレビを観ていた。かなり時間が経った後、「お待たせ…。」と云って、鳥肉の唐揚げ、ロールキャベツ、サラダ等が運ばれて来た。「時間掛かってしまって、御免なさいね。私、手際が悪いから。」香織が云った。「嘘よ。香織ちゃん、いつもは凄く手際良いのよ。今日は特別なの…。」世樹子が云った。私は流石に空腹だったので、直ぐパクついた。「駄目よ、鉄兵君。もっとゆっくり、善く噛んで、…味わいながら食べなきゃ。思い遣りを…。」世樹子が窘めた。「…うん、…美味しい。」私は云った。「本当?」香織が不安そうに云った。「当たり前よ。」世樹子が云った。本当に美味しかった。 「鉄兵君、私、オジャマ虫でしょうけど許してね。他に行く処が無いの。」世樹子が云った。「好いのよ。此の人、今夜はちゃんと帰るんだから。」「あら、泊まって行くんじゃないの?」「まさか。初めて来た女の部屋に、行き成り泊まってく男なんて居ないわよ。」「別に良いんじゃない? 私、何も見ないし、聞かないし、ちゃんと先に寝るから。」「世樹子。 あんたって娘は、何考えてるの…?」食事が終わると、二人は私を玩具にして楽しみ始めた。「勿論、俺、帰るから心配要らないよ。」私は云った。「泊まって行き為さいよ。鉄兵君。遠慮する事無いわ。香織ちゃんもほら、何か云って挙げ為さい。」「本人が帰るって云ってんだから、好いんじゃないの?」「あら、其れは可哀相よ。ねえ、鉄兵君。私の事は気にしないで、置物か何かだと思って…、どうか泊まって行って頂戴。」 深夜に近付いた頃、私は解り易い地図を書いて貰って、飯野荘を後にした。 〈二、手料理〉
2005年10月15日
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1.中野放浪事件 1981年4月5日、私は東京に遣って来た。其の夜は、一足先に上京していた水登のアパートに泊まった。 翌日は、大学でガイダンスのある日だった。大学では4月1日に入学式が行われたが、其の日、私は広島の街を女と歩いていた。 ガイダンスの後、私は秋葉原へ行き、16型のカラーテレビとラジカセとクリーナーを買った。高田馬場で西武新宿線に乗り換え、沼袋で降りた。家具屋を見付けて、カーテンとカーペットとビニール・ロッカーと本棚を1つずつ買い、「西友」で毛布と掛け布団と敷布団を2つずつ買った。最後に酒屋でオールドを1本買い、其れを持って自分のアパートへ向かった。 三栄荘は、古色蒼然、旧態依然とした木造2階建ての建造物で、東京大空襲の中を焼け残ったと思われるアパートである。サッシの窓の部分だけが、浮かび上がって見えた。階段を上って、六畳一間の部屋へ入った。部屋は、張り替えられたばかりの畳の匂いがして、修繕された天井と壁が、外観が凄まじいだけに、結構小綺麗に見えた。階段を挟んだ隣の部屋に人の居る気配がするので、私は先程買ったオールドを持って其の部屋のドアをノックした。ドアが開き、銀縁の眼鏡を掛けた神経質そうな男が出て来た。期待するのは間違っていたが、矢張り男だった。「今度隣に越して来た者ですが、此れ、どうぞ…。」「あ、どうも…。」「柳沢」と名乗った其の男は、私と同じ大学生になったばかりの新入居者であった。其の夜も、水登のアパートに泊まった。 群馬では、公立高校は男子校と女子校に分かれていて、私立校が共学と言う、普通と逆の様子である。柳沢は、伊勢崎東高校に通った。そして、彼と中学が同じだった久保田香織は、伊勢崎女子高校に通っていた。東高と伊女は同じ伊勢崎市内に在って、交流が盛んであったらしい。柳沢には高校時代、太田女子高校に通う1つ年下の彼女が居たが、彼と久保田香織は、恋人では無いが友達以上の関係だった。卒業後、彼女は東京の専門学校に進み、偶然彼と同じ中野に住む事になった。新居が落ち着いてから、二人は久し振りに逢う約束をした。 再会の夜、柳沢は彼女と三栄荘に寄り、私を一緒の食事に誘った。 久保田香織は、カーリー・ヘアーをした色白の痩せた女だった。踏切の側に在る「さだひろ」と言う店へ行き、三人で食事をした。食事の後、珈琲を飲みながら喋っている間に遅い時間となり、柳沢は彼女をアパートまで送る意を述べた。「でもあの辺って、路が迷路みたいなのよ。あなた方向音痴でしょ。」「確かに、送ってから三栄荘まで一人で帰れる自信は無いな。じゃあ、鉄兵に一緒に行って貰うよ。」「そんなの悪いわ。」「良いだろ? 鉄兵。」柳沢は、私の方を見てから続けた。「君が、俺には送って欲しく無いと云うのなら、別だけど…。」「そうじゃないわよ。」 彼女のアパートは、「さだひろ」から歩いて15分位の所に在った。話の通り、狭い路が非常に入り組んでいる場所だった。彼女に「おやすみ」を告げて、私と柳沢は深夜に差し掛かろうとしている住宅街を、今歩いて来た路を思い出しながら三栄荘へ向かった。「中々可愛い娘じゃない。」歩きながら、私は云った。「そうかい…? どうしても、彼女が気になるんだよね。彼女に何時も関わっていたいんだ。」「付き合ってしまえば好いのさ。」「うん、…。」彼は、其れ以上話さなかった。 路端に人影らしきものが見えた。近付くと、若い女がしゃがみ込んで泣いていた。我々は黙って通り過ぎた。暫く歩いてから、私は云った。「矢張り、こんな真夜中に一人で泣いている女の子を見て、声を掛けないと言うのは間違っている。」「そうだな。」と柳沢が云い、我々は引き返そうとして振り返った。然し、もう女の姿は無かった。 どうやら道に迷った様であった。久保田香織と別れてから、30分以上は歩いている。住宅の屋根の上に見える、「中野サン・プラザ」を指して、私は云った。「サン・プラがあっちに見えるって事は、北へ行けば良いのだから、此の方向へ歩いて行けば、西武新宿線に突き当たる筈だ。そしたら線路沿いに東へ歩いて、沼袋の駅へ出れば良い。」我々は、北であると思う方向へ歩き続けた。然し、路が真っ直ぐで無く、真北に向かっているなと思うと、直ぐカーブしてしまう。 四つ角に出た。「急度、こっちだ。」私が云い、其の方へ歩いた。少し行くと、路は右へ曲がっていた。更に行くと、又右に曲がった。其の先で、もう一度右へ曲がり、先の四つ角に出た。 我々は、深夜の街を歩き続けた。何処まで歩いても、西武線には出れ無かった。疾うに、足は棒になっていた。柳沢は座り込んでしまった。「俺、もう疲れちゃったよ。このまま、此処で寝ちまおうぜ。」「東京へ来た許で、其れは悲惨だよ。急度、もう直ぐ西武線に出れるさ。」 我々は彷徨い続けた。意識が鈍って、自分が今歩いているのか止まっているのか判らなくなりかけた時、目前に高架橋が現れた。「あれだ! あれは、きっと線路だ。」私は叫んだ。其の時、電車が遣って来た。「やった!」我々は、元気を取り戻した。「未だ電車が走ってるって事は、そんなに長い時間迷ってた理由でも無いんだ。」我々は、希望の電車を見送った。「あれっ…?」突然、柳沢が変な声を出した。「今の電車、何色だった?」「あっ…。」私は、言葉を呑んだ。電車は、オレンジ色をしていた。西武線の車輌は、確か黄色であった。「うわあっ…!」二人は、同時に叫び声を上げた。何と、直ぐ前に、「中野サン・プラザ」が聳え建っていた。 我々が見送ったのは、始発の国電であった。何処をどう歩いたのか定かで無いが、我々は堂々巡りを繰り返しながら、少しずつ南へ歩いていたのだ。中野駅へ出て、足を引き摺りながら三栄荘へ帰った。 「この前、帰り道が解らなくなって、3時間も歩き廻ったんだって?」ケラケラ笑いながら、香織が云った。私は、蕎麦を口へ運びながら頷いた。「だから云ったじゃないの、迷っても知らないよって。」「俺は別に、送って行きたかった理由じゃないぜ。」香織は、笑うのを止めた。「御免なさい。私の所為だわね。」「否、君が悪いんじゃない。あれは、中野に住む古ギツネの仕業さ。」彼女は又笑った。「本当に居るぜ。キツネは…。若い女に化けるのが上手いんだ。」「まさか…。」彼女は、体を折って笑った。「香織ちゃん、勤務中ですわよ。」白い三角巾をした、香織と同じアルバイトらしい女が声を掛けた。「あ、紹介するわね。こちら、柳沢君の隣人の鉄兵君。こっちは、東世樹子さん。」「どうも初めまして、東です。 …。」其の女は、指で香織をつつきながら、小声で何か云った。「もう! 一寸…。」小さく叫ぶと、香織は彼女の腕を引っ張って、店の奥へ連れて行った。 香織は、同じ高校出身の東世樹子と、アパートで共同生活をしていた。二人は、同じ専門学校にも通っていた。又、一緒にアルバイトをしようと捜したが、中野には余り良いのが無くて、仕方無く蕎麦屋の店員に決めたのだそうだ。「高月庵」と言う名の其の蕎麦屋は、中野駅北口の直ぐ前に在った。「柳沢君、群馬へ帰ったの?」再び、香織が遣って来て云った。「うん、昨日帰った。」ゴールデン・ウィーク前に、柳沢は早々と帰省していた。「どうして? もうホームシック…?」「さあ…? 逢いたい『ひと』が、居るんじゃない?」「ああ…、そっか…。」狸蕎麦の汁を飲み干して、私は煙草を銜えた。ライターで火を点けてくれながら、彼女は云った。「彼が帰ってしまって、淋しい?」「うん、淋しい。特に、夜になると辛い…。」「私が慰めてあげようか?」「うん、慰めてあげて…。」 〈一、中野放浪事件〉
2005年10月14日
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愛 を 抱 い て ゆうとの 著 愛を抱いて 【目次】 1. 中野放浪事件 2. 手料理 3. 中野ファミリー 4. 柴山泥酔事件〔其の1〕 5. 塩入りウィスキー事件 6. 三栄荘の刺激 7. フェリス女学院ダンス・パーティー 8. アジサイ寺 9. 赤石美容室 10. ディスコ三栄荘 ~風を変えて~ 11. 赤い靴事件 ~柳沢泥酔事件~ 12. 日曜の風景 13. 前期終了コンパ 14. 横浜花火大会 ~処女の香り~ 15. 同窓会の夜 16. 中野の怪 17. 御対面事件 18. 同棲週間 19. 隅田川花火大会 20. 世樹子の夢 21. 朝のハンバーグ 22. 金縛りについて 23. 素敵な街〔前編〕 24. 素敵な街〔後編〕 ~母の哀しみ~ 25. 夏合宿〔前編〕 26. 夏合宿〔後編〕 ~突然の誤算~ 27. 夏の終わりに 28. 秋の気配 29. 欠員の補充 30. 戸板女子短期大学合コン 31. 深夜のドライブ 32. 木曜日のデート 33. 口付けはお早うの後に 34. アジサイ寺再び 35. 柳沢誕生日パーティー 36. 共立女子大学合コン 37. 黒いスカートの女 38. 柴山泥酔事件〔其の2〕 39. トレーナー発表会 40. サン・プラの前から ~淋しさ風の様に~ 41. 雨の夜 42. 映画観賞会 43. Gの響き 44. 朝の光眩しく 45. 豊島園遊園地〔前編〕 46. 豊島園遊園地〔中編〕 47. 豊島園遊園地〔後編〕 ~メリー・ゴーランド~ 48. 素直に見詰めて 49. 心の儘に 50. 東京観光専門学校合コン 51. 六本木エレファントマン事件 52. 火燵の中 53. 冬が来る前に 54. 香織の失策 55. 学祭 56. コンサート 57. 待ち合わせ迄 58. 児童公園事件 59. ホワイト・クリスマス 60. 東京タワー 61. 親子丼とミステリー 62. 復讐 63. 鉄兵の様に ~中野ファミリー解散~ 64. 愛を抱いて
2005年10月14日
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【広告のページ】 1981年の「東京ラブ・ストーリー」! 天才詩人「ゆうとの」が手掛けた 初の長編小説! THE NAME OF STORY IS… “HOLD ON LOVE” 「 愛 を 抱 い て 」 B5版387頁 好評発売中! 「好いわねえ、アパート暮しは。 自由が一杯有って…、毎日愉しいでしょうね。」 真美が云った。 彼女は自宅通学であった。 「自由に見えるかい?」 「羨ましい程、そう見えるわ。」 「だけど、何処へも行けないんだぜ…。」 (本文より) 自由を夢見て、何処へも行けなかった彼等が、 未だ、きらめきの中に居た頃、 街は確かに、輝いて見えた…。
2005年10月14日
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4 リ ズ ム と 編 曲 ・リズム・セクションリズム楽器には、『ドラム』と『ベース』があります。ドラムには『バス・ドラム』と『スネア・ドラム』と『ハイ・ハット』があります。ドラムの基本的なパターンを紹介しましょう。まずバスドラです。 B B B BBD ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪次はスネアです。 S SSD ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪そしてハイハットです。 ハイハットには『オープン』と『クロウズド』があります。主にはクロウズド・ハイハットを使います。 H H H H H H H HHH ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪以上の3つを同時に鳴らすと、8ビートの基本的なリズムになります。H H H H H H H H S SB B B B♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪H H H H H H H H S SB B B♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪シンセサイザーに入っているリズムをステップライトを使って逆に見てみると、どのリズム楽器をどのように打ち込んであるかがわかります。ベースはバスドラの位置へコードの主音を入れるのが基本となります。・音色曲の伴奏にどんな楽器を使うかは、作曲が完成した時点で既にイメージされているものです。・ベース(エレクトリック・ベース 、ウッド・ベース )・ギター(エレクトリック・ギター 、アコースティック・ギター)・オルガン・ピアノ(アコースティック・ピアノ、エレクトリック・ピアノ )・ブラス(トランペット、サックス、フルート、ホルン )・ストリングス(バイオリン 、チェロ )・オブリガードメロディを作曲した時、旋律の切れ目などに別のメロディが聴こえるはずです。 それをサブ・メロディのように作りあげると、オブリガードができます。 オブリガードは、コードを決定する決め手にもなります。ギターなどリード楽器が演奏する繰り返しのオブリガードを、『リフ』と言ったりします。コードの一番高い音は、自然のオブリガードになっています。 これは、和音の中の一番高い音が聴こえやすいからです。コードの中にない音で小節の中で目立つ音を、『テンション』と大げさに言ったりしますが、あまり気にしなくていいです。
2005年10月13日
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3 展 開 さあ、それではいよいよメロディとコードの展開を説明します。じつは、メロディはコードの中の音が散りばめられたものです。 ですから、先にコードが決まっている場合、メロディはコードの音の中から選ぶという制約を受けることになります。メロディにコードをつける場合、メロディの音の1つ1つにコードをつけても良いのですが、普通、明らかにコードが変わるまでは1つのコードをつけます。 つまり、ある程度のメロディの集まりに1つのコードがついているのです。1つのメロディには、1つのコードしかつかない、ということはありません。 1つのメロディには、いくつかのコードがつく可能性があります。 そして、どのコードを選ぶかが、まさに作曲のおもしろさです。たとえば『ド』という音には、ドミソ(C)、ラドミ(Am)、ファラド(F)や CM7、Am7 、FM7 などが理論上つけれます。あなたがメロディを作った時、きっとコードも一緒に聴こえているはずです。 初めはよく聴こえなくても、作曲を続けていくと、はっきり聴こえるようになります。[1]コードの展開(コード進行)メロディはコードの一部ですから、コードの展開を知っていれば、ことは足ります。 まずは、大まかなコード進行を覚えていただきます。音楽とは、『1度で始まり、1度で終わり』ます。さらに、『1度で始まり、4度へ展開し、5度へ行って、1度で終わり』ます。 ソ ド レ ソ ミ ラ シ ミ ド ファ ソ ド keyC C F G C のとき 1度 → 4度 → 5度 → 1度 ミ ラ シ ミ ド ファ ソ ド ラ レ ミ ラ keyAm Am Dm Em Am のとき 1度 → 4度 → 5度 → 1度5度は『終わりを予感させるコード』と言われています。 普通はセブンス(属七の和音)(G7,E7)をよく使います。が、しかし、これは古い(クラシックな)セオリーです。 現代(ポップス)では、1度からいきなり5度へ進み、終わるどころか延々続いて行くことなど日常茶飯事です。コードの展開とは、次のコードへ移る時のしくみです。 これは、『何度先のコードへ移るか』ということがポイントです。 つまり、コードの移動距離が問題なのです。・2度への展開 ~(C→Dm)近い距離への展開なので、あまり目立ちません。 盛り上がり(高音)を維持するために、サビでよく使います。(F→G)・3度への展開 ~(C→Em)割と美しい展開です。 少し落としたような感じになります。・4度への展開 ~(C→F)カントリーな展開です。・5度への展開 ~(C→G)最も美しい展開です。 5度は一番遠い距離なのです。・6度への展開 ~(C→Am)オーソドックスな展開です。 コードを聴いただけで幾つも曲が思い出されるでしょう。それでは、よくある基本的なコード進行を紹介しておきます。C → Am → F → G(循環コード)C → G → Am → EmAm → G → F → CAm → C → G → AmC → Em → Dm → GC → Dm → G → CFM7 → Dm → G → C(秋のコード進行)サビの展開 ~ サビは通常4度へ展開させます。 あるいは1度です。次は、サビの部分の代表的なコード進行です。F → G → C → AmF → C → Dm → AmC → F → C → G → Am[2]代用コード基本コードでは単純なので、わざわざ違うコードを使う(代用する)場合があります。曲に雰囲気を持たせることができます。C の代わりに Am7F の代わりに Dm7G の代わりに Em7Am の代わりに FM7Em の代わりに CM7[3]その他の展開「1単音」の終わりにふれたメロディの特殊な音については、コードの特殊な展開として捉えると解りやすいです。 特殊な展開をさせると、曲のその部分が変わった感じに聴こえ、曲を個性的にし、曲の印象を長く残させる効果などが期待できます。 インスピレーションでは簡単に出てきませんので、初めは狙って使うようにしましょう。基本コードのそれぞれには、陰陽を逆にしたコードがあり、そのコードは使うことができます。基本コード→ C Dm Em F G Am特殊コード→ Cm D E Fm Gm AkeyC次に、メロディで使う音とセットで見てみましょう。単 音 → ド# レ# ファ# ソ# ラ# (レ♭) (ミ♭) (ソ♭) (ラ♭) (シ♭)コード → A Cm D Fm Gm EkeyC F7 C7気づいた人もいるでしょうが、『E』は長調と短調の間の転回コードですので、基本コードに近い存在です。(『E7』をよく使います。)ですから、「1単音」で述べた5個の特殊な単音(黒鍵)と同じ数だけ、特殊なコードがあるのです。[4]不自然な始まりと終わりメロディは1度で始まり(Bigin)1度で終わる(End)と、自然に始まり自然に終わる感じがします。 それでは面白くないので、わざと1度以外のコードで始めたり終わったり、また、他のコードでじらしてから終わらせたりします。5度のスタート(GまたはDm)keyC G → C → G → Am
2005年10月12日
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2 和 音 ~コード単音は音が1つだけ出ている場合でしたが、和音とは、音が同時に2つ以上出ている場合です。 コードともいいます。任意の音を同時に鳴らしても、きれいに聴こえませんので、そこには決まりがあります。この決まりはとても単純で簡単です。さて、じつは和音は3つの音からできています。 これを基本和音(基本コード)といいます。では、その3つの音を見てみましょう。陽和音(メジャー・コード) (C) 1 3 5 ド ミ ソ C E G 主音 (2.0) 3音 (1.5) 5音 根音1と3の間隔は2音(3度)、3と5の間隔は1音半、1と5の間隔は3音半(5度)です。(5と1の間は2.5)135を同時に鳴らすと、明るく聴こえます。ですからこれを、陽和音(メジャー・コード)といいます。明るく聴こえる秘密は、1と3の間隔にあります。この間隔が2音(長い)時、3つの音は明るく響きます。逆に、この間隔が短い時(1音半)、和音は暗く響きます。和音には明るい陽和音と、もう1つ、暗い陰和音の2種類があります。陰和音(マイナー・コード) (Cm) 1 3 5 ド ミ♭ ソ C E♭ G 主音 (1.5) 短3音 (2.0) 5音 根音和音の3つの音の順番(音の高さの順)は、135の順でなくてもかまいません。 つまり、1つの和音に、135と351と513の3つの鳴らし方があるのです。 その和音を特定するものは、3つの音の間隔です。和音を呼ぶ時は、なぜか階名の方は呼び方がありませんので、コードで呼ぶしかありません。 その呼び方は、1の音の名前(アルファベットの名)で呼びます。 ドミソの和音は『C』といいます。 Cには、単音のドという意味と、和音のドミソという意味の、2つがある事になります。陰和音は、1の音の名にm(マイナー)をつけて呼びます。 ドミ♭ソの和音は『Cm』といいます。本当は、陽和音はメジャーをつけて呼ぶのですが、普通、省略します。(『C』→Cメジャー)「1単音」で音は7個しかないといいましたが、和音は6個しかありません。 どういう事かというと、メロディを作る1番~6番の6個の音だけが、和音の1の音になり得るのです。そしてさらに、3と5の音も、メロディを作る7個の音の中からしか選べません。 和音にはメジャーとマイナーがありますが、選べる音が7個しかないために、1の音の位置で、その和音がメジャーかマイナーかのどちらかに決まってしまいます。それでは、6個の基本和音を見てみましょう。 5 ソ ラ シ ド レ ミ ファ# 3 ミ ファ ソ ラ シ ド レ 1 ド レ ミ ファ ソ ラ シコード名 C Dm Em F G Am ×なぜ、シレファの和音はないのかというと、1と5の間隔が 3.5でなければならないため、5の音が ファ#となり、スケール内の音でなくなるからです。コードは、メジャーが3つマイナーが3つの計6個しかありません。 みなさんが知っている全てのメロディは、この6個のコードで演奏できるのです。(これより和音をコードと呼んでいきます。 )さて、基本コードの3つの音に、もう1つ音を足すことができます。 これは、おかずみたいなもので、コードの響きに味わいを持たせます。基本コードに足せる4つめの音は、6種類あります。 それでは、その6種類の音を説明しましょう。(基本コードがC,Cmの場合で)1 2 3 4 5 #5 6 7 #7ド レ# レ ミ♭ ミ ファ ソ♭ ソ ソ# ラ ラ# シ 9 S4 +5 6 7 M7(基本コードC,Cm)[種類1] ラ#=7度=7=セブンス (C7,Cm7 )7度の音を足します。(ラ#が7度と思ってください。) メジャー・コードとマイナー・コードのどちらにも足せます。ドミソラ#(C7)、ドミ♭ソラ#(Cm7)となります。[種類2] ラ=6度=6=シックス (C6,Cm6 )6度の音を足します。 メジャー・コードとマイナー・コードのどちらにも足せます。ドミソラ(C6)、ドミ♭ソラ(Cm6)となります。[種類3] レ=2度=9=ナインス (C9,Cm9 )2度の音を足します。 なのにどうして9と呼ぶかというと、1オクターブ上の2度を足した方が、響きが良いからです。 1オクターブ上のレは、数えて9度になります。 メジャー・コードとマイナー・コードのどちらにも足せます。(『9』は5番目の音として足されることもあります。)ドミソレ(C9)、ドミ♭ソレ(Cm9)となります。[種類4] シ=#7度=Maj7=メジャーセブン (CM7 )#7度の音を足します。 メジャー・コードに足します。 マイナーの場合は短3度などを主音にした+5コードと同じになります。 これを異名同音(エンハーモニックコード )といいます。ドミソシ(CM7)となります。(CmM7=ドミ♭ソシ)[種類5] ファ=4度= sus4=サスフォー (Csus4 ,C7sus4)正しくは、3度の音を取り除いて4度の音を足します。 が、あまり気にしなくていいです。ただ、基本コードの3の音が移動したと考えた方が良いでしょう。 ですから、セブン・サスフォーというのがよく出てきます。(3の音が4度になって、7度を足す。)ドファソ(Csus4)、ドファソラ#(C7sus4)となります。サスフォー (Csus4) 1 3 3 4 5 ド ミ♭ ミ ファ ソ C E♭ E F G[種類6] ソ#=#5度=+5=プラスファイブ (C+5 )これも、基本コードの5の音が半音上に移動した、と考えた方が良いでしょう。 メジャー・コードしかありません。 マイナーの場合は#5度を主音にしたメジャー・コードと同じになります。(aug=オーギュメントともいいます。)ドミソ#(C+5)となります。6種類のおかずの話は難しかったかも知れませんが、当然です。 このことはプロでも詳しい人はあまりいません。 ですから、スクールの中で、今後このことをみなさんで研究して行きましょう。 今は、おかずの音の位置を知っていてもらえば充分です。(『dimディミニッシュ』や『onコード 』などについては、後日やります。)Cdim =ドミ♭ソ♭ラさて、コードは6個しかありません。 おかずは無理につけなくてもかまわないのです。keyをC(ハ長調)またはAm(イ短調)にすれば、どんな歌も、C,Dm,Em,F,G,Amの6個のコードで伴奏ができます。それでは、みなさんの知ってる歌にどんどんコードをつけて歌ってみてください。最後に、7,m7,M7などは、どの基本コードにつくかが決まっています。『key C』で使うコードを挙げておきますので、最終的にはこれらのコードを自由自在に使えるようになりましょう。keyCで使うコード C Dm Em F G Am CM7 Dm7 Em7 FM7 G7 Am7keyGで使うコード G Am Bm C D Em GM7 Am7 Bm7 CM7 D7 Em7
2005年10月11日
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作 曲 ス ク ー ル テ キ ス ト1 単 音 ~メロディ2 和 音 ~コード3 展 開4 リズムと編曲は じ め に みなさん、こんにちは。 作曲スクールを始めるにあたって、みなさんにしっかり覚えておいてほしいことがあります。それは、『絶対に名前負けしない』ということです。 どうか、このことを毎回忘れないでください。 えてして学問には、何でも用語というのがあって、素人を寄せ付けまいとする傾向がありますが、しょせんは名前です。 中身は簡単であることが多いのです。 とくに音楽の場合はそうです。 音楽は簡単です。 中学生レベルの頭脳があれば、全部理解できる程度です。 小学校、中学校と9年間も音楽を勉強して、なぜみんな作曲ができるようにならないのか? 音楽をむずかしいと思っているのか? 私には不思議です。1 単 音 ~メロディ音楽において、みなさんを惑わすのは、1つのものに2つ以上の名前がついていることです。(1つにすればいいのに!)そしてその反対に、2つのものを1つの名前で呼ぶことがあります。 どうか惑わされないでください。『単音』とは、1個の音という意味です。 まず、1個の音しか出てない場合のしくみを、お教えします。単音 = 旋律 = メロディ = 主旋律 (みな同じ意味です。)・ 音 は 7 個 し か な い ! 音を決めるものは『高さ』ですが、じつは、音は7個しかありません。1番 2番 3番 4番 5番 6番 7番 (1番に戻ります)( 高くなります→ )メロディとは、この7個の音の組合せでしかありません。 あなたが7個の音を自由に組み合せれば、もうそれで作曲ができます。さて、この7個の音には、あなたを惑わすためにたくさんの名前がついています。 1番 2番 3番 4番 5番 6番 7番階名 ド レ ミ ファ ソ ラ シ英語 C D E F G A B和名 ハ ニ ホ ヘ ト イ ロ 1度 2度 3度 4度 5度 6度 7度 主音 3音 5音 トニック あなたが今まで聴いてきた曲も、すべてこの7個の音の組合せでできています。・ 音 は 全 部 で 12個 し か な い ! 音は7個といいましたが、じつはほかに5個あって、全部で12個あります。 ただ、この5個の音はめったに使うことはありません。 ですから、音は7個と思ってもさしつかえないわけです。1番 2番 3番 4番 5番 6番 7番 8番 9番 10番 11番 12番ド ド# レ レ# ミ ファ ファ# ソ ソ# ラ ラ# シ レ♭ ミ♭ ソ♭ ラ♭ シ♭ C C# D D# E F F# G G# A A# B D♭ E♭ G♭ A♭ B♭ハ 嬰ハ ニ 嬰ニ ホ ヘ 嬰ヘ ト 嬰ト イ 嬰イ ロ 変ニ 変ホ 変ト 変イ 変ロ 『#(シャープ)』と『嬰(えい)』は半音上げる、『♭(フラット)』と『変(へん)』は半音下げる、という意味です。 『半音』とは、『1音』の半分という意味です。0.5 ということです。 『1音』が、1.0 ということです。(『全音』ともいいます。)1.0 とか0.5 は、音と音の高さの間隔です。この12個の音は『半音』の間隔で並んでいます。つまり12個の音の間隔は、すべて等しいのです。『シ』と『ド』の間は半音です。(音の高さを決めるものは周波数です。周波数や音律の話は、別の講義でします。)さて、今まで述べたメロディを作る7個の音は、じつは、みなさんの頭の中で鳴っている音です。 現実に鳴っている音とは関係ありません。頭の中の音は、その音と音との間隔によってのみ特定されているのです。 音の間隔によって鳴っているのです。頭の中の音を、現実の音として楽器で鳴らしてみると、頭の中のドは現実のどの音になるかわかりません。 頭のドは、現実のファかも知れません。 どの音になってもかまわないのです。 頭のドが、現実のどの音になるか決まった時、その他の音も現実のどの位置かが決まるのです。7個の音のセットを『音階』『スケール』といいます。『音階』とは、音の階段ということです。頭の中の7個(12個)の音(音階)を『相対音階』といいます。現実の音を『絶対音階』といいます。現実の音は、低い方から高い方までたくさんあります。人間の耳で聴くことのできる範囲内に、半音の間隔で音があります。[絶対音階]ドド#レレ#ミファソ♭ソソ#ララ#シドド#レレ#ミファソ♭ソソ#ララ#シドド#レレ#ミファソ♭ ドド#レレ#ミファソ♭ソソ#ララ#シ ドド#レレ#ミファソ♭ソソ#ララ#シ[相対音階] ドド#レレ#ミファソ♭ソソ#ララ#シもう一度、メロディに使う7個の音を並べてみます。ミとファ、シとドの間が半音で(2ヵ所)、あとは全音の間隔(5ヵ所)であることがわかります。 つまり、全・全・半・全・全・全・半 というふうに並んでいます。さて、ドから始まるこのスケールは、じつは明るい感じのメロディの時に使用します。 暗い感じのメロディの時は、ラから始まるスケールで考えます。 暗いメロディの時は、ラから始めて、全・半・全・全・半・全・全 というふうに並べます。ドを先頭にしたスケールを『メジャー・スケール』『長音階』といいます。 明るいメロディで使います。ラを先頭にしたスケールを『マイナー・スケール(ハーモニック・マイナー・スケール)』『短音階』といいます。 暗いメロディで使います。先頭を変える理由は、ただ、そのほうが考えやすいからです。 常にドを先頭で考えても、別にかまいません。 つまり、1つのスケール(=key)に「メジャー(長調)」と「マイナー(短調)」の2種類があるということです。逆に言えば、全く同じ音で構成されたスケールが、長調と短調に1対ずつある、ということです。(「ハ長調」と「イ短調」は同じ)[メジャー・スケール]ド → → レ → → ミ → ファ → → ソ → → ラ → → シ → ド 全 全 半 全 全 全 半[マイナー・スケール]※主音はララ → → シ → ド → → レ → → ミ → ファ → → ソ → → ラ 全 半 全 全 半 全 全『メジャー』=『長調』=『M』 『マイナー』=『短調』=『m』明るくまたは暗く聴こえる秘密は、3度の音までの距離にあります。 1度・2度・3度と音を出していって、3度までの間隔が 2.0(長い)の時は明るく聴こえ、3度までの間隔が 1.5(短い)時は暗く聴こえます。スケール上の先頭の音(主音)が、現実のどの音に相当するかが決まった時(キーが決まるといいます)、メロディは現実の音でたやすく演奏することができます。 キー(key )は先頭の音(主音)の名前で表します。 明るい曲で先頭が現実のドの時、『key C』『ハ長調』といいます。 現実のソの時は、『key G』『ト長調』です。暗い曲で先頭が現実のラの時、『key Am』『イ短調』といいます。現実のミの時は、『key Em』『ホ短調』です。逆に、現実に流れているいろいろなメロディも、すべて一番簡単なハ長調(暗い時はイ短調)に置き換えて考えればよいのです。(※譜面上の表記については別講でやります。) (変ロ長調) ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド[絶対音階] ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ド ド# レ レ# ミ ファ ソ♭ ソ ソ# ラ ラ# シ ド ド# レ レ# ミ ファ ソ♭ ソ ソ# ラ ラ# シ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド (ト長調)さあ、それでは、実際にメロディを調べてみましょう。 みなさんが知っているどの曲でもかまいません。 自分のとても好きな曲がいいでしょう。 好きだったあの曲が1~7のどの音を使っているのか、書き出してみましょう。 きっと案外単純なことに驚くと思います。明るい曲は、ハ長調(key C)に直して調べます。暗い曲は、イ短調(key Am)に直して調べます。直し方のコツは、主音(キー音)がメロディのどの音かを見つけることです。 その方法を紹介しましょう。・楽器でCのコード(和音)を弾いて、それに合わせて唄ってみる。暗い曲の時は、Amのコードを出します。・その曲を終わらせる感じで唄ってみる。 終了の音が、相対音階のド(主音)です。 短調の時はラです。調べてみると、1~7の音しか使っていないことが、よくわかります。 鍵盤楽器の場合でしたら、白鍵しか使いません。もし、それ以外の音が使われていたら(黒鍵)、それは特殊な音なのです。 特殊なメロディ(フレーズ)なのです。1~7以外の音が使われている部分は、変わった感じに聴こえます。 特殊な音は5個あります(黒鍵)。意外にも、めったに使わないこの特殊な音(5個)が、メロディに感情をあたえる役目をします。 聴き手の心を揺さぶります。(さあ、この続きは、『3 展開』で詳しく述べます。)
2005年10月10日
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添削9青木さん、こんにちは。風邪はひいてませんか? 年が明けていよいよ2000年ですが、私はと言えば、芸能人より忙しい日々を送っております。生徒のみなさんには、なかなか講義の時間が取れず申しわけなく思っております。年末に青木さんに提出いただいた課題の添削結果をお送りします。遅くなりましてすみませんでした。もう1点の『自由詞』の方もすぐに返事を書きます。今しばらくご容赦ください。さて、青木さんにおかれましては、作詞作曲の勉強は進展してますでしょうか? 講義の予定がすぐ立たないので、前回の課題である『自由な作曲』については、大変申しわけございませんが、郵便で送ってください。提出要項を書いておきます。通信講座のようですが、少しでもみなさんの上達のお役に立てばと思います。さて、青木さんは今年は3年生になるわけで、今回はお詫びのしるしに学問の話をしておきましょう。主要5教科というのがありますが、中学生や高校生の段階では、案外その教科の本当に目指す所というのが解っていない事が多いです。言わば『教科の心』というのを、一度考えてみてください。もちろん、入試問題を解くことではありません。ヒントは、その教科の最終到達点(ゴール)にあります。『英語』のゴールは主に『文学部英文科』にあります。つまり英文学なのです。『文法』や『音声学』の研究も『語学』としては重要です。『数学』のゴールは『理学部数学科』です。『数学』で学ばなければならないことは、『数学的思考』です。数という概念は人類が発見した至宝です。現代物理などは数学なしには、ここまで発展しませんでした。『国語』のゴールは『文学部日文科』です。国語とはすなわち日本文学なのです。最も多感な高校時代において、みなさんにはぜひ、恋愛、友情、情熱、正義、挫折など感じるままに、たくさん言葉を残してほしいと思います。『社会』のゴールは、『地理、歴史、政経、倫理』の各科目ごとにそれぞれあるわけですが、総じて言えば、現実のあるがままのことを、考える学問です。私は法学部法律学科でした。最後に『理科』は、その心は『科学的思考』にあります。『科学的思考』とは、誰が何回やってもいつも同じ結果になるものだけが真実であり信ずべきことである、と言うことです。結構これは大事なことなのに、高校を卒業しても身についていません。『理科』の教科書にいつも『実験→結果→考察』が繰り返されていたのは、何のためか知っていますか? 『科学的思考』を身につけるためです。『考察』の知識と公式だけ暗記しておけば試験には間に合いますが、それでは将来『カルト教団』にはまる事になります。若いみなさんは特に、『軽信性』を憎まなければなりません。『一般教養』と言う言葉の意味を考えてください。最近、新卒者の傾斜性が目につきます。教科のうちの何かが抜けているのです。個性を伸ばす風潮のせいもありますが、人間としての最低限の教養は持っていないと、結局不幸になります。身体にとって栄養のバランスが大事なように、心もバランスが大事です。時には恋人にロマンを語り、また時には公式を駆使して難問を解き、そして時にはキャベツのせん切りの細さに命を燃やす、そんな高校生活を青木さんには送ってほしいと願います。“Girls be ambitious!” ではまた。 2000年1月31日
2005年10月10日
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添削8 さむくてこごえちゃう そんなときにはきっと あなたのこと考えてる 想ってる 2人いっしょにいられたら どんなにあったかいのだろう うれしいのだろう たのしいのだろう “友達でいよう”告った後のあなたの返事 ちょっと悲しかったけど 友達になれただけでも十分だよ あなたと出逢えた時は Happy Time 一瞬だけ見られればそれだけで 幸せになれるよ あなたが私に全然気づかなくても たとえあいさつさえもかわさなくても 元気になれるよ 心の中はいつもあなたでいっぱいだから みんなで遊んだあの日の帰りの電車で 1駅分だけ2人きりで座った 緊張していて何も言えずに2人沈黙つづいてた 話題探しで頭の中 雑乱状態だった “あの映画こわかった”沈黙やぶってあなたが言った すごく普通の会話だけれど あなたのその言葉でちょっと緊張ほぐれたよ あなたと過ごせたあの日 Happy Day 1日いっしょにいられたそれだけで めちゃうれしかったよ 協力して遊んでくれた FRIENDS very very Thank you !! 楽しい ひととき過ごせたよ 1日で思い出たくさん作れた 返事もらったすぐ後にすごく後悔していた 気持ち知ってもらえただけで良かったはずなのに 落ちこんでたその時に1人の FRIEND がくれた 手紙に書いてあった 「勇気を出すっていいことだよ」 その言葉すごく前向きな気持ちにしてくれた あなたと過ごせたあの日 Lucky Day 2人で撮ったクリスマスバージョンのプリクラ 大切にするよ 初めていっしょに撮った photograph 夏休みの暑い午後の 打ち上げパーティーだったね 全部大事な宝物の一つだよ あなたに出逢えたことは Miracle そんなことあなたはこれっぽっちも 思ってないのかも これからも友達としてでいいから あなたとの思い出たくさんたくさん 作っていきたい 私のこときらいにならないでねこの長さからみて、この作品は実話のようですね。まず、これは日記であって、詞とはまだ言えません。前回も述べたように、まだ下書きの段階ですから、ここから各部分をあるいは全体を、繰り返し繰り返し、吟味して洗練して、詞へと完成させて行ってください。それでは、フレーズごとに添削をします。 「さむくてこごえちゃう そんなときにはきっと あなたのこと考えてる 想ってる 2人いっしょにいられたら どんなにあったかいのだろう うれしいのだろう たのしいのだろう」 ↓ 「寒くて凍えそう そんな時は必ず あなたのこと 考えてる 想ってる 二人一緒にいれたら どんなに温かだろう 嬉しいだろう 楽しいだろう」漢字に注意してください。『こごえちゃう』と妙に可愛くする必然性が全体的にも感じられないので、普通の表現の方が良いと思います。『きっと』は、自分の事に対して使うのは間違いです。『いられたら』の所、『可能』の助詞『られる』ですが、現在では『いれる』という表現が一般的になっています。古い国語の先生は嘆いておられますが…。 「“友達でいよう”告った後のあなたの返事 ちょっと悲しかったけど 友達になれただけでも十分だよ」 ↓ 「“友達でいよう…” 告白の後のあなたの返事 とても哀しかった だけど 友達だけで充分だよ」『告った』→『いった』とは読めません。フレーズを短く短く心がけることが、洗練された詞を書くコツです。『~だよ』というのは、青木さんの特徴ですね。 「あなたと出逢えた時は Happy Time 一瞬だけ見られればそれだけで 幸せになれるよ あなたが私に全然気づかなくても たとえあいさつさえもかわさなくても 元気になれるよ 心の中はいつもあなたでいっぱいだから」 ↓ 「あなたと逢ってる 時間は Happy Time たとえ一瞬でも 見かけたらそれだけで 幸せになれる あなたが私に 全然気づかなくて 挨拶の言葉さえなくても 元気になれる 心の中は いつもあなたで いっぱいだから」 「みんなで遊んだあの日の帰りの電車で 1駅分だけ2人きりで座った 緊張していて何も言えずに2人沈黙つづいてた 話題探しで頭の中 雑乱状態だった」 ↓ 「みんなで遊びに出かけたあの日 帰りの電車 ひと駅分の 2人きり 私は何も 言えないままに 話題探しで 混乱状態」 「“あの映画こわかった”沈黙やぶってあなたが言った すごく普通の会話だけれど あなたのその言葉でちょっと緊張ほぐれたよ」 ↓ 「“あの映画…こわかったね”沈黙を破るようにあなたが言った それはとても ありふれた会話だったけど あなたの言葉 一字一句全部覚えてる」この部分は特に、すごいリアリズムですね。 「あなたと過ごせたあの日 Happy Day 1日いっしょにいられたそれだけで めちゃうれしかったよ 協力して遊んでくれた FRIENDS very very Thank you !! 楽しい ひととき過ごせたよ 1日で思い出たくさん作れた」 ↓ 「あなたと過ごせた あの日は Happy Day いち日も一緒にいれたなんて めちゃ嬉しかったよ 助けてくれた気のいい FRIENDS Thank you very much, more, best !! 楽しいひと時過ごせたよ 想い出たくさん たくさん作れたよ」『めちゃ』より『ちょー』の方が、新鮮な時代性を出すなら良いと思いますが…。『very』は、『Thank you 』のような節や動詞にかけることはできません。(英文法) 「返事もらったすぐ後にすごく後悔していた 気持ち知ってもらえただけで良かったはずなのに 落ちこんでたその時に1人の FRIEND がくれた 手紙に書いてあった 「勇気を出すっていいことだよ」 その言葉すごく前向きな気持ちにしてくれた」 ↓ 「返事を聴いてすぐに ひどく後悔した 気持ちを伝えるだけで 良かったはずなのに 塞ぎ込んでた私に 届いた一通の手紙 FRIENDの一人から “…でも 勇気を出すっていいことだよ” そのひと言が 私を変えた」この作品では、『あなた』と『FRIEND』のどちらが重要なのかはっきりさせないと、読み手の批判を招いてしまいます。 「あなたと過ごせたあの日 Lucky Day 2人で撮ったクリスマスバージョンのプリクラ 大切にするよ 初めていっしょに撮った photograph 夏休みの暑い午後の 打ち上げパーティーだったね 全部大事な宝物の一つだよ」 ↓ 「あなたと過ごせた あの日は Lucky Day 寄り添う二人 クリスマスバージョンのプリクラ 大切にするよ 覚えてる? 初めて撮った Photograph 夏休みの暑い午後 打ち上げパーティーの中 みんな大事な宝物だよ」事実をあまり、ありのまま並べると、作品としてはバラバラな内容になってしまいます。また、読み手には自己満足と思われたりしますので、気をつけましょう。 「あなたに出逢えたことは Miracle そんなことあなたはこれっぽっちも 思ってないのかも これからも友達としてでいいから あなたとの思い出たくさんたくさん 作っていきたい 私のこときらいにならないでね」 ↓ 「あなたに出逢えたことは Miracle そんなことあなたは これっぽっちも 思ってないでしょう これから先も 友達でいいから あなたの想い出 いっぱいいっぱい 重ねて行きたい どうか私を きらいにならないでね」一応、A,B,Cと構成されており、『あなたと~』からの部分がサビのようですね。曲がついているかどうか解らなかったので、正しく添削できてないかも知れませんが、参考にしてください。添削をよく読んで、基本的な表現力を身につけてください。サラサラと書いても、常に詞と呼べるフレーズが書けるようにがんばってください。 平成12年2月13日
2005年10月09日
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添削7 今年の冬も 街の通りは イルミネーションで いっぱいだよ 子供たちは プレゼントを たのしみに 待つ季節 雪が降ってて 街色づいて そんなけしき 理想のクリスマス 今年のクリスマス 雪は降るかな たとえどんなに寒くても あなたといれば この寒い冬を 乗りこえられそうだよ あなたの気持ち 今すぐ知りたい 聞き出す勇気下さい学生の本分である勉強の合間を縫っての作詞は大変だと思いますが、国語力は間違いなくつきますので、がんばって沢山詞を書いて下さい。いろいろあるのですが、まず漢字を指摘しておきます。 詞の場合、語を全て漢字に直すと堅くなるので、わざとひらがなを使って視覚的に柔らかくしたりしますが、まあ、要はバランスです。 『たのしみに』→『愉しみに』 『けしき』→『景色』 『乗りこえられ』→『乗り越えられ』詞の全体を見渡して思うのは、『下書きのような詞』という事です。 つまり青木さんの伝えたい事はよく解るのですが、文章を読んでいるような気がします。 『倒置法』をぜひ使ってください。 『述語→主語』や『名詞→形容詞』のように言葉を置いてください。 上の青木さんの詞を例に取ると、『乗り越えられそうだよ あなたといれば』『今すぐ知りたい あなたの気持ち』『下さい 聞き出す勇気を』といった具合です。前回も述べましたが、同じ言葉の繰り返しには充分注意を払ってください。本作品で言えば、『今年の』『街』『雪』『降る』『クリスマス』『寒く(い)』『あなた』です。 同じ言葉を避けようとすることによって、表現力が早く身につきます。 言葉の『削除』や『他の表現を使う』ことが必要だからです。 ちょっと練習してみましょう。 『今年の』→『ミレニアム・イブの』 『街』→『ざわめきの場所』 『雪』→『白い結晶』 『降る』→『舞い散る』 『クリスマス』→『聖夜』 『寒い』→『震える程の』展開が弱いので、おとなしい詞という感じを受けます。 曲のサビの部分では、ガラリと変えるぐらいの気持ちで、思い切った展開が必要です。 そもそも歌詞というものは、どこか1箇所光る部分があれば、良いのです。作者がいくつも良いと感じるフレーズを並べても、読者にはそのうちの1つが心に響く、という位が普通です。 今回の作品では『アイデア』『インパクト』『意表をつく展開』『新鮮な表現』といったものに乏しかったのが残念です。この詞にタイトルをつけるとしたら、どうでしょうか? 作品にタイトルをつけてみると、その完成度がよく解ります。 タイトルのつけにくいものは、内容が散漫である事の証拠です。 この詞のタイトルとしては、『ホワイト・クリスマス』『雪のクリスマス』といった所でしょうか。 今後はなるべく作品にタイトルをつけるようにしてください。詞の世界では青木さんは自由です。 高校生らしくする必要も、清楚な女の子である必要もありません。 沢山本を読んだり、先生や友達と話をしたり、いつも歩く道の風景をじっくり観察したり、たまには知らない場所へ行ってみたりして、おおいに感受性を磨いてください。それでは、添削した詞をお送りします。 クリスマス・プレゼント 12月の声を聴くと 街はにわかに おしゃれになる 子供の頃は 指折り数え プレゼントを 待っていた 今でもサンタは来るらしいと あなたは耳元でささやく 今年のクリスマス 何もいらない たとえどんなに寒くても あなたといれば 凍える冬を 乗り越えられるから でもね 1つ欲しいものがあるの 雪のクリスマス
2005年10月09日
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これは、ある女子高生の応募歌詞を添削したものです。添削6 風の強い ある日の放課後 駅へ急ぐ 彼の後ろ姿 時計を気にしてたよね そんな姿見て はっと昔の恋人思い出す 別れたその日に切った髪も 今はもう こんなにのびたよ 心の中で叫んでも 昔の彼は もういない 『ある日』は必要ないかも知れない言葉です。言葉のアイデンティティ(存在意義)を大事にしてください。どうしても、その言葉でなくてはならない、他の言葉では置き換えることができない、あるいは、その言葉を使った理由、といったことをいつも考えるようにしましょう。 言葉の必然性は、ストーリーに関係する、設定に関係する、テーマに関係する、詞の他の部分と関係するなどで、与えることができます。今回のように言葉を指定されている場合、まず5つの言葉からストーリーを組み上げるのが、初級者には簡単で良い方法でしょう。 今回は詞が短いのである程度しかたないですが、『風の強い』ことが何を意味するのか、どうして『放課後』なのか、なぜ『駅』へ行くのか、なぜ『彼』は『急いで』いるのかが、詞の2番や3番を通して読み手に伝わるように、考えていかなければなりません。 『後ろ姿』『そんな姿』と同じ言葉がダブってます。 作者は『彼』の後ろを歩いていることになります。 『急ぐ』と『時計を気にしてた』は同じことですので、『時計を気にしながら、駅へ向かう』とすれば、急いでいることはわかります。 『そんな姿見て~』から後半は、アイデアも入っており、詞がよく流れています。 『はっと』は危険な言葉ですが、まあ良いでしょう。 『思い出す』と、その前の『気にしてた』と時制が合っていません。 『別れ』→『髪を切る』は、ありふれた設定です。『髪も』の『も』ということは、ほかにも伸びたものがあることになります。 『叫んでも』とありますが、その前の『~こんなにのびたよ』は、叫んだようには見えません。 さて、この詞の中には2人の『彼』が出てきますが(今の彼と昔の彼)、このアイデアをいかして、どちらの『彼』が書き手にとって大事なのか、はっきりさせた方が良いと思います。あるいはどちらも好きなのか…。 この添削を読んで、作詞は難しいと思ってはいけません。一週間で与えられた課題をサラッと書いて来るだけでも、たいしたものです。何よりも大事なのはアオキさんの感性です。あなたが今感じることや、あなたが今人に伝えたいことがあれば、それを言葉にすれば良いのです。そして言葉に乗ってメロディが聴こえて来ます。そのことは、一番素晴らしいことなのです。がんばってください。添削後の詞 風の強い駅への帰り道 何度も時計を気にする彼の後を 髪を押さえて追いかける 突然思い出した 昔の恋人 別れたあの日に 切った髪が 今はもうこんなに伸びたよ 心の中で呼びかける どうして2人は いつもあんなに 急いでいたの
2005年10月08日
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添削5 (元詞) 『逢いたい』 あなたに逢いたい あなたと初めて出会った時からずっと… 気になっていた あなたに会えなくなってからずっと… あなたのことを考えてる あなたはどうなのかな あなたも私と同じならいいな そう祈ってる あなたに逢いたい メール入れてもなかなか返事くれないね 私の一方通行かな でもあなたのこと好きでいていいかな もっとあなたのこと知りたい もっともっと あなたのこと考えるとすごく あなたに逢いたくなる あなたに逢いたい この気持ち どうしたらいいの? もうとまらない この気持ち… どうか受けとめて… 私のこと もっともっと知ってほしい あなたに… あなたに逢いたい あなたに会えなくなってからずっと… あなたのこと考えてる あなたはどうなのかな 信じてる あなたも同じ気持ちだと…静間さん、こんにちは。『夢』に続いて『逢いたい』、シンプルなタイトルが続きますね。2つの作品を読んで感じることは、『設定』もシンプルだということです。作詞の中で、人称の形や季節、時間、場所、天気、言葉に現れない背景、登場人物の年齢などを『設定』といいます。『設定』を決め、『ストーリー』(の有無)を決めながら、詞は書いて行きます。2作品のように『手紙調』の詞は書きやすいものですが、読み手に視点の動きを感じさせません。今度はぜひ、『設定』をたくさん盛り込んだ詞も書いてみて下さい。『心理描写』と『情景描写』、『叙情詞』と『叙事詞』というのがあります。心の様子や動きを表すのは素人でも簡単とされています。逆に情景や出来事を表すのには、表現力が必要となります。表現力を磨くためにも、少しずつ『情景描写』に挑戦して下さい。私の言っていることは、プロの作詞家と同じレベルに1日も早く到達していただくためのものです。しかし、どうか作詞は難しいとは決して思わないで下さい。静間さんが紙の上に零した純粋な言葉は世の中に1つしかないものであり、それだけで宝石のように輝いています。自分の言葉を紡いで紙の上に表現できることは、とても素敵なことです。私はただみなさんに、作詞の技術と定着している理論世界を伝えて行きます。 「あなたに逢いたい あなたと初めて出会った時からずっと… 気になっていた あなたに会えなくなってからずっと… あなたのことを考えてる あなたはどうなのかな あなたも私と同じならいいな そう祈ってる」まず、厳しい言い方ですが、中学高校生の詞によく見られるパターンだと言えます。まさに作者の心情であり、伝えたい事なのですが、それでは日記と一緒です。たとえば、上の内容を、全く違う言葉や表現で、情景や出来事を使って、季節感などを使って間接的に、読み手に伝えることを考えてみて下さい。ストレートな表現は、技術や装飾に慣れ親しんで充分飽きてから、初めて威力を発揮します。『逢う』と『会う』を使い分けているのには、何か意味があるのでしょうか。一般には、恋人に会ったりする時は『逢う』を使います。 「あなたに逢いたい メール入れてもなかなか返事くれないね 私の一方通行かな でもあなたのこと好きでいていいかな もっとあなたのこと知りたい もっともっと」文脈にエラーは見られません。たたみかけるように、次々と水が溢れ出て来るように、作者の心が現されて行きます。読みながら引っかかる所がないので、リズム良く読み進めることができます。 「あなたのこと考えるとすごく あなたに逢いたくなる あなたに逢いたい この気持ち どうしたらいいの? もうとまらない この気持ち… どうか受けとめて…」気持ちを書いているうちに、エスカレートして来るというのは、よくある事です。 「私のこと もっともっと知ってほしい あなたに… あなたに逢いたい あなたに会えなくなってからずっと… あなたのこと考えてる あなたはどうなのかな 信じてる あなたも同じ気持ちだと…」とても私的な詞であると言えます。瞬間的な作者の心はよく解りますが、その他の背景などが何も書かれていません。読み手には、『あなた』はどんな男性なのか、作者との関係、恋愛の種類、時間的な心や背景の流れ、といったものが解りません。時として、これでは自己満足という批判を受けてしまいます。作者がいくら切ない想いに心を焦がしていても、それは読み手に伝わって行きません。前回も述べましたが、『構成』をしっかり考えて下さい。通常、作品には『サビ』という部分が存在します。メロディの一番盛り上がる所です。サビが最初に来るのを『前サビ』と言います。最後に来るのを『後サビ』と言います。『構成』とは、たとえば、1番(A→A’→B)2番(A’→B)や1番(A→B→C)2番(A→B→C)3番(B→C)というように組み立てます。1番(A→B→C)を『1(ワン)コーラス』と言ったりします。唄を2番まで唄うことを『2コーラス唄う』と言います。(全部唄うのは『フル・コーラス』)1番のAと2番のAでは、字数をそろえる(ある程度)ことが、当然必要です。『展開』も覚えて下さい。作曲にも必要なことですが、最初から最後まで同じ調子だったり、同じこと(意味)の繰り返しだったりでは、読み手を感動させたり、その詞が読み手の心に残ることはできません。途中や最後で、ガラッと調子を変えたり、意味を反転させたりすることが必要となります。それが『展開』です。ストーリーのある詞を書いてみるのが、『展開』を覚える近道です。現実の作詞家の仕事では、自分の書きたいことばかりを書けるということは、ほとんどありません。決められた曲に詞をつけて行ったり(『ハメコミ』と言います)、クライアント(依頼人)にコンセプトを指示されたり、詞の雰囲気を指定されたりします。スピードも重要です。だいたい依頼から1週間のうちに作品を仕上げないと、仕事は他へ流れます。作詞家とはプロのクリエイターなのです。さあ、添削後の詞です。リズム感や字数を参考にして下さい。 『逢いたい』 添削 あなたに逢いたい あなたと初めて逢ってから あなたに逢えなくなってから ずっと… 気になってしょうがない あなたはどうなの? あなたも私と同じ? そんなはずない… あなたのことを 考えている 祈ってる あなたに逢いたい メールに返事もくれないね ネットの上は一方通行 いつも… 好きでいても良いのかな あなたを知りたい あなたは知りたい? そんなはずない… あなたのことを 想うだけで逢いたくなる あなたに逢いたい 逢いたい 今も… 行き場のない この気持ち どうしたらいいの? 受けとめてくれる? そんなはずない? 私のことを もっともっと 知ってよ あなたに逢いたい あなたと初めて逢ってから あなたに逢えなくなってから ずっと… あなたのことを 考えている 念じてる
2005年10月08日
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これは、女子大生(素人)の応募歌詞を添削したものです。添削4 (元詞)『夢』 ねえ あなたの夢は何? 夢は あきらめずに… いつまでも 追いかけようよ 何かに向かって生きていくことは とっても すばらしいことだよ 幸せなことだよ ねえ あなたは夢に向かって生きてる? 夢はある? 夢をもとうよ 何か1つでも そのことが生きがいになったりするんだよ 何才になっても夢があるっていいじゃない 今しかできないこと たくさんあるはずだよ きっと 後悔しないように 今日しかできないことしようよ 後悔しない日々をすごそうよ ねえ あなたの夢は? どこかに 消えちゃったかな いつまでも 追いかけようよ 夢を… それでは、添削結果をお届けします。まず『詩』と『詞(歌詞)』の違いを、しっかりつかんでおいて下さい。『詞』はメロディに乗せるものですから、いろいろ制約を受けます。普通はメロディを先に作って、後から詞を入れます。これを『曲先(メロ先)』と言っています。詞が先にできる場合を、『詞先』と言います。一般に、読んですぐ曲が浮かんで来るような詞が良い詞だとされてます。詞を書く上で大事なことに『構成』というのがあります。『構成』は作曲でも必ず考えることです。要するに、1番と2番、どこがサビか、どことどこが同じフレーズかと言ったものです。今後は必ず1番、2番を明記するようにしましょう。そういった意味で、この作品は構成がまだ欠けていると言えます。最初から最後までが1番という感じです。構成が考えられていないうちは、ただの自由詩ですから、これを『詞』へと昇華させなくてはいけません。すると自然にメロディが聴こえて来ます。じつは、いきなり歌詞を書くというのはプロでも結構難しいものです。初めは自分の好きな曲に言葉をあてはめながら書いてみるのが良い方法です。 『夢』 「ねえ あなたの夢は何? 夢は あきらめずに… いつまでも 追いかけようよ」タイトルはシンプルで良いと思います。『あなたの夢は何?』と『夢はあきらめずに』は、つながりが少し変です。たとえば、『子供の頃 あなたの夢は何?』とすれば、しっくりつながります。『~は』などの『助詞』は、いろいろ変化させてみるくせをつけて下さい。『夢を あきらめずに…』が普通の言い方です。ただ、わざとそうしたなら、別です。『いつまでも 追いかけようよ』は良いセンスを感じます。『夢を』が自然に省略されています。 「何かに向かって生きていくことは とっても すばらしいことだよ 幸せなことだよ」詞がうまくなると、『漢字』に結構悩むものです。『生きて行く』『素晴らしい』と表記するのが普通です。また『いきて ゆく』が一般的です。『とっても』という言葉や、『~だよ』という表現は、最近高校生から20代初めの女性によく見られます。(うちの生徒で) この作品の場合、全体は口語調に統一されており、『とっても』『じゃない』『ちゃったかな』とバランスも良く、静間さんは文才のある方に違いありません。『~こと』が3回続くのは、どうでしょうか。最初の『こと』が余計な気がします。『何かに向かって生きて行くって とっても~』とした方が、良いでしょう。 「ねえ あなたは夢に向かって生きてる? 夢はある? 夢をもとうよ 何か1つでも そのことが生きがいになったりするんだよ」バランスからして『夢を持とう』と漢字にした方が普通です。『夢をもとうよ 何か1つでも』は倒置法が使われていて、ある程度作詩の経験がある事が解ります。センスが良いですね。『そのことが生きがいに~』は『それは生きがいに~』の方が良いでしょう。 「何才になっても夢があるっていいじゃない」『何才』は『いくつ』と読むのでしょうね。『才』は『歳』を使うのが普通です。 「今しかできないこと たくさんあるはずだよ きっと 後悔しないように 今日しかできないことしようよ 後悔しない日々をすごそうよ」『後悔しないように』は削除した方が良いでしょう。必要のないフレーズです。削除しても意味は伝わりますし、かえって強烈に伝える事ができます。『後悔』が2回くり返されてますが、作詞の基本テクニックとして、『同じ言葉をくり返し使わない』というのがあります。ぜひ、心がけて下さい。違う言葉に置き換えたり、違う表現を探したりしているうちに、表現力が身につきます。もちろん、わざと同じ言葉をくり返す場合は例外ですが、気づかずに同じ言葉を使ってしまうと、『稚拙』と見なされます。 「ねえ あなたの夢は? どこかに 消えちゃったかな いつまでも 追いかけようよ 夢を…」ここは特に良いですね。『どこかに 消えちゃったかな』は光ってます。静間さんの『狙い』が感じられます。ただ、この部分では、もっとはっきりした『展開』が表せたら、なお良かったと思います。私も去年『夢』という題の詞を書きました。添付しておきますので、参考にして下さい。21歳の『夢』と38歳の『夢』です。では、添削した詞をお届けします。原作としっかり比較して参考にして下さい。 『夢』 添削 ねえ あなたの夢は何? ねえ あなたの夢はどこ? ねえ あきらめずに いつまでも 追いかけようよ 何かに向かって生きて行くって とっても 素晴らしいことだよ 幸せなことだよ ねえ 大事なものは何? ねえ 行きたい場所はどこ? ねえ 夢はある? 夢を持とうよ 何か1つでも それは生きがいになったりするよ 何歳になっても 夢がある それっていいじゃない 今しかできないこと たくさんあるはずだよ きっと 今日しかできないことしようよ 後悔しない日々をすごそうよ ねえ あなたの夢は… もう どこか遠くへ 消えちゃったかな いつまでも 追いかけようよ 夢を…
2005年10月07日
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添削3 (元詞)『月の夜に』 詞 Aya 1. 昨日会ったばかりなのに もう… あなたが恋しい夜は眠れなくて 夜空の月や星達は今日も あなたと私を同じ光で照らしている 今 何してるの もう 眠ってるの 私の想いが届くように 星に願うの 月の夜に一人は寂しい 今日はあなたに夢で逢えますように 2. 今 何してるの もう 眠ってるの ずっと一緒にいられるように 星に願うの 月の夜に二人で歩こう 今日はあなたと夢で逢えますように 夢で逢えますように 添削結果 3. 『月の夜に』こういったセレナーデ(あるいはバラード)は歌詞の表現力が問われやすいです。『月の夜』に少しひっかかったのですが、『月明かりの夜』『月夜』、タイトルだし、まあ、いいか。「昨日会ったばかりなのに もう… あなたが恋しい夜は眠れなくて」『昨日会った』ということは、今は夜なので、今日は1日会ってない訳で、恋人同志なら淋しくて当然。 『昼間会ったばかりなのに』とすべき。「夜空の月や星達は今日も あなたと私を同じ光で照らしている」一般に月の出ている夜は星は見えない事になっている。 対象が『月』なのか『星』なのかボヤけて来るので、タイトルを尊重してここは『月』だけにした方が良い。『今日も』→『今夜も』が正しい。 ただセレナーデ(夜曲)では『夜』という語が重なりやすいので、しっかり言葉を選んで行かないといけない。「今 何してるの もう 眠ってるの 私の想いが届くように 星に願うの」彼に心で語りかけるこのシーンで思ったのですが、全体的にパッとしないので、インパクトを与えるため、ここは本当に彼に語りかけているように、思いっきりファンタジックにしたらどうだろうか。 『星に願う(星に願いを)』は使い古された表現なので、その事をよく踏まえないといけない。 『~の』が3回続くのが気に入らない。「月の夜に一人は寂しい 今日はあなたと夢で逢えますように」当然『今日は』→『今夜』が正しい。 『夢で逢う』も、今や使うのが恥ずかしい位の表現なので、他が余程光ってないとビギナーの詞になってしまう。「ずっと一緒にいられるように」ここは良い。 主人公の切ない願いが伝わって来ます。「月の夜に二人で歩こう」ここも良い。 全体をメルヘン、ファンタジーへしっかり方向づけると良くなると思う。それでは、添削した歌詞です。 もとの詞と比べて参考にしてください。 『月の夜に』 1. 昼間逢ったばかりなのに もう… あなたが恋しい夜は 眠れなくて 月の光が あなたと私を 同じように照らす時 奇跡は起こる 今 何してるの もう 眠ってるの 私の想いが部屋の窓を そっと叩くよ 月の夜に一人は寂しい 今夜あなたに夢で逢えますように 2. 今 何してるの もう 眠ってるの ずっと一緒にいられるように 魔法をかけるよ 月の夜に二人で歩こう 明日もあなたと笑顔で逢えますように きっと逢えますように
2005年10月07日
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添削2 『嘘つき』 詞 Aya 1. 知りすぎたのかもね あなたの心 嘘も裏表も 星屑のキスより たった一言 真実がほしいの 不安じゃない… 不安じゃない… 隠しすぎたかもね 私の心 言葉と裏腹で 嫌われたいなんてね あなたの嫌な女で試してる 知らないでしょ? 知らないでしょ? ※ あなたの首に鎖をつけて 一日中監視していたい 朝も昼も夜も寝てる間も 休まずに愛していてくれる? その瞳は何を見てるの? あなたの世界を壊したくないから どうせいずれは他の誰かのもの wow こんなにあなたを愛しても 素直になれない訳がある 2. はやすぎたのかもね 2人の心 近いような遠いような 体を重ねるより たった一つの真実がほしいの 嘘じゃない… 嘘じゃない… ※(繰り返し)添削結果 2. 『嘘つき』いやァ、驚きました。 この詞は完璧ですね。 手を入れる所なんかないと思います。 他の2つの作品と比べて、あまりに完成されているので驚きました。 まるで既に添削を受けたかのようです。 きっとAyaさんは、このタイプの詞が得意なのか、あるいは沢山書きこんでいるのでしょうね。『あなたの厭な女で試してる』 イイ表現だ。『あなたの首に鎖をつけて 一日中監視していたい』 フェチっぽくてイイ。畳み掛けるようなサビの後半、素晴らしいと思います。曲とも相まって、バイオレンス、苛立ち、わけありの恋への嘆き、哀しみ、ため息のようにふと漏れる女の淋しさ、などがよく伝わって来ます。『こんなにあなたを愛しても 素直になれない訳がある』その訳が知りたい。 不倫? 過去の秘密? 年齢のかけ離れた恋?
2005年10月06日
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それでは、実戦です。元の詞(添削前)と添削後の詞の完成度の違いを参考にして下さい。これは、セミプロのミュージシャンの詞を添削したものです。添削1 (元詞)『Blue city』 詞 Aya 1. 街のざわめきが 心をかき乱す 怖いから 目をそらしてた Blue city 誰にも見えない 素顔の私が 目をさます瞬間 見上げる Blue sky 柔らかい日差しに包まれてきたけれど 眩しい光に誘われ… wow wow ※ どんな言葉で feeling 届けられるの my heart あなたなしでは生きてゆけなくてね… せめて愛しい人だけ守る力を ただ一つの勇気を下さい 2. 朝の潤いも 夜の静けさも 自分次第 目をそらさずに Blue city 押し寄せる波に 負けないようにと 逆らった瞬間 見上げる Blue sky ビル風にさされ進めないもどかしさ 明日があるから笑って… wow wow ※※どんな言葉も feeling いらない瞳で my heart あなたなしでは生きてゆけなくてね… せめて短いメロディ届けられたら ただ一人の私でいられる 3. どんな小さな出来事にも 足を止め微笑む人でいられるように あなたに守られていたい ※ ※※ (繰り返し) 添削結果 1. 『Blue city』全体的に各フレーズを最終的につなぐ筋といったものが見当たらないので、頭とサビとバラバラに感じる。 たとえば1番と2番を入れ替えても支障がないし、ある部分を全く別のフレーズに替えても差し支えがないといった感じ。「街のざわめきが 心をかき乱す 怖いから 目をそらしてた Blue city」 なかなか良い唄い出しだと思う。が、「ざわめきから目をそらす」は、おかしい。「誰にも見えない 素顔の私が 目をさます瞬間 見上げる Blue sky」『見えない』『見上げる』同じ言葉が不用意に続くと稚拙になります。 意識的に繰り返されている言葉でなければ、気がついていないと思われてしまいます。 この歌詞全体の中で、稚拙な箇所を指摘しておきます。 『目をそらし』『目をさます』、『届けられる』『届けられたら』。 『Blue sky』はピンと来ない。 雰囲気からして、『Gray sky』の方が良い。「柔らかい日差しに包まれてきたけれど 眩しい光に誘われ…」言いたい事は解るが、あまりに初心者が書くような表現でいただけない。 『日差し』と『光』は、似たような語でダメ。 『けれど』という接続詞の前後は、対照的な語を使うべき。「どんな言葉で feeling 届けられるの my heart」 サビの詞は一見、意味不明。 何とか作者の意を汲み取ると、『どんな言葉を使えば、私の心を届ける事ができるの?』そして『feeling 』=『my heart』という所か。 もっと伝わり易く、正確、慎重に書くべき。「あなたなしでは生きてゆけなくてね…」タイトル以上に、この唄の決めのフレーズ。 『~てね』というのが、妙に可愛くて、とても気に入りました。「せめて愛しい人だけ守る力を ただ一つの勇気を下さい」『力と勇気』なのか、『力=勇気』なのか、わからん。 勇気は1つ2つと数えられない名詞。 『ただ1つ勇気を下さい』が正しい。「朝の潤いも 夜の静けさも 自分次第 目をそらさずに Blue city」 いまいち意味不明。 『自分次第』の後で区切ると、何とか読めるが…。 1番と2番でここは対句になっているが、ボツ。 『潤い』に対して『静けさ』がいまいち気に入らない。 もっと相応しい別の言葉を。「押し寄せる波に 負けないようにと 逆らった瞬間 見上げる Blue sky」ここは良いよ。「ビル風にさされ進めないもどかしさ 明日があるから笑って…」『さされ(刺され)』→『さらされ(曝され)』が正しい。 前のフレーズと同じような内容の繰り返しになるので、変えたい所だが、まあいいか…。 『笑って』は厭だな。「どんな言葉も feeling いらない瞳で my heart」 瞳で my heart をどうするのか? 伝えるんだろうな…。「せめて短いメロディ届けられたら ただ一人の私でいられる」『短い…』がどうも…。 短い事に意味があるだろうか…。 この曲は長いが…。 きっと『素朴な(シンプルな)』ぐらいのつもりで、使っているのだろうけど…。 1番の『ただ1つの勇気』に対して『ただ1人の私』なのだろうが、インパクトが弱い。 まあ、詞にはプライベートな意味が隠されてる場合もあるので、あくまで客観論だが。 『一人』にAyaさんの私的な想いが込められているとしたら、グッと来るけどね。「どんな小さな出来事にも 足を止め微笑む人でいられるように あなたに守られていたい」この挿入句は良いと思います。 ただ『人』とは『私』の事なので、既に『私』という1人称が登場している以上批判を受けやすい。 でも挿入句の中で使う分には、大丈夫だと思います。 挿入句は大抵独立させたい所なので、ガラッと雰囲気を変えるためなどに、こういう用法はアリと思う。 『守られていたい』がチョッと曲にも乗ってないし、僕なら『見守られたい』とします。あと、最後のサビの繰り返しの所で、歌詞カードは変わってないけどテープでは『あなたがいれば生きてゆけるからね』と唄ってる所、妙に好きです。 こういう変化は良いね。アドリブかねェ?それでは、添削した歌詞です。 もとの詞と比べて参考にしてください。 『Blue city』 1. 街のざわめきが 心をかき乱す 怖くて 耳を閉ざした Blue city 誰も知らない 素顔の私が 目をさます瞬間 見上げる Gray sky やさしさと期待に 包まれてきたけれど 激しい鼓動にさらわれ wow wow ※ どんな言葉で feeling 飾ればいいの my heart あなたなしでは生きてゆけなくてね… せめて大事なものだけ守る力と あと少しの勇気を下さい 2. 朝の潤いも 夜の安らぎも 気分次第 与えて奪う Blue city 押し寄せる波に 負けないようにと 逆らった瞬間 広がる Gray sky ビル風に曝され進めないもどかしさ それでも手を伸すよ明日へ wow wow ※※どんな言葉も feeling いらない瞳で my heart あなたなしでは生きてゆけなくてね… せめて震えるメロディ聴こえたなら もっとpureな私でいられる 3. ほんの小さな出来事にも 足を止め微笑む 人でいられるように あなたに見守ってほしい ※ ※※ (繰り返し)
2005年10月05日
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4 メ ッ セ ー ジ ・ ソ ン グ 1.10代のメッセージ・ソング(中学・高校生)行こう希望の丘めざして 眼醒めた声が呼んでいる昼も夜も泣いていたけど 愛の河を信じて…~天使の祈り 朝から疲れた顔して 人混みの中抜けて行く惰性で生きる毎日は 溜息のつきっぱなしさ…~惰性の時代 朝まで踊ろう Dancing night 今夜は俺達 Super star 今一人きりになってしまったら 簡単に潰れちまう…~今夜は俺達SuperStarいつも街角の暗い舗道に しゃがみ込んでは 冷たい夜を見てた人も車も絶え果てて しじまが降り注ぎ…~暗い街角夜はいつも淋しすぎる 僕をひとりここへ残し昨日へみんな帰ってしまった 暗い窓の外に…~妄執2.20代のメッセージ・ソング(大学生)優しさだけの男さ 君には物足りない涙で焦がした夜を 忘れる筈はないけど…~言葉が足りない 眼覚めればいつも君がいた 朝焼けに煙る部屋愛はただ遠い夢の中 音の無い風景ばかり…~白い部屋愛を抱けばもう夜が寒く 夢を追えば虚しい君に縋りつくだけが 一つ心の安らぎ…~愛が跪く時 どうして温もりのかけらも 持たず朝に眼覚められるの?愛されても愛さない人だもの 心の芯まで冷たいの…~蒼い溜息涙声枯れてまでも 行かないでほしいと云い手を強く握りしめて 困らせた遠いあの日…~仄かな愛なぜ人はみな誰も 過ぎ去った日々が 今より素敵に想えるのもう振り返る事は 虚しいだけなのに shining memory …~Ending summer 春の予感にみんな 街へ出かけ始めた光眩しい中に ニュース翔び交っているよ…~春の予感まだあなたは 僕の事を 許していないの?ほんの少しの躓きにも 若い愛は崩れ堕ちた…~優しい季節の終わりに君が愛したあの人は 今も素直なままでいるかしらああ でも ただ夢がいつも遠すぎると 君は云う…~まだきらめきの中に 国電ステーションを白いプラザの見えるノースサイドへ出たらアーケードの下人波かき分けブロードウエイを抜け出して…~中野シンドローム明日からもうみんな 一人で生きて行くの縋りつくものは 何もない道を…~解散少し眩しい初夏の光が 2人の肩にこぼれて枝の高い欅を過ぎて 身を乗り出す5月の日曜…~緑のターフを駆け抜けて 今夜はもう俺を誘わないでくれ 違うよBABY少し疲れてるだけさただそんな気分にはなれそうもない このまま1人で…~HARD TO DANCE ランチを済ませると 授業は出たくないアンニュイを持て余して みんなここに集まる…~サロンの午後夜の帳も知らず 彷徨った東京シィティ見上げれば白い月 高架橋のすぐ上に…~東京City渇いた街に息づくレジェンド 孤独な男と夜のパーク女神が夢を叶えたという…~女神のレジェンド銀幕の中にありふれてた結末 着飾る女が隠していた溜息蠢く狂気が 触手を伸ばしかけ…~雨の街 久しぶりの週末旅行 混み合う新幹線ホームやっと座れた1号車 ところが禁煙マーク…~禁煙なんてするんじゃねえよ もうその話はやめよう hun-心配しないで素敵な夢と 哀愁と ビデオテープに残せないもの…~Melancholy昨日から彼女は電話ボックスで 泣いていた雨のプロムナード誰も救えない俺達だけど 聴いてほしいのさ…~ようこそダンス・エリアへOh! Party season Yes! Happy my heart 油断大敵おしゃれな彼女は何を たくらんでいるだろう?…~PARTY SEASON3.20代のメッセージ・ソング(社会人)約束の時間にドアをノックする 静かに現れたグッと来るレディShe said.“Drink black tea,please."…~OH! MANACLE,SHE TIED!!昨日からやって来たという その人はコートも脱がずにやはり少しずつ悪くなってると 肩を落とす…~Dreaming Freedom黒い下着 着けながらまだ 濡れた髪で 僕に近寄る甘える様に 顔覗いては 上目使いの表情…~殺意の香り その瞬間 Illusion My parents look at me どうしてこんな処いるの? You must be in far country…~瞬間ILLUSIONただ一度だけ僕と わずかな言葉 交したあの時 あなたその瞳が意外に 大きな事 そばで見て気づいた…~あなたになりたいいつか 風も変わる 哀しみばかりは続かない いつか 風も変わる…~I KNOW YOU MAKE THOUGHT いつでも夜がセフティゾーン 隠しておきたい心の哀しみを降り積もらせた その奥は見えない…~ALLNIGHTERS 指を立てればそれがサイン 夕暮れタイムのオフィスで今夜のコース考えてる イタリアンフーズにスコッチバー…~BOOGIE & RAHAPSODIES甘いワインと 優しい時間を欲しがる あなたは愛に寄り添ってばかり いるからもう1人で…~ワインの甘さ誘い慣れたノッチバッククーペの スモークグラス下げながらWon't you dream with me from now,lonely pop?…~MUSIC COUPE 失くして来たものばかりが 気になってしまう Season 狂い始めた Freerance 終わろうとしない…~NEW DAYS前髪を切りすぎて 泣き出しそうな眼彼に逢う前日の 眠れぬ苛立ち…~和代のテーマ年の頃は未だ十五 うら若き乙女のメイジ栗色の瞳を閉じて 永く低い詠唱…~WIZADRY あの人に 逢う事が辛い春は それでも行き過ぎる 立ち止まる迷いを 許さないで…~WASTE DAYSああ哀しみが霧の様に あなたを包み込んで 離さない今もまだ 眼醒めない 眠りについているのに…~哀しみが霧の様に4.30代のメッセージ・ソング瞳を閉じて 夢を抱く様に 君は唄う 明日の Your fine song 言い争いの 後でいい加減 喋り疲れたら 2人の Marriage time…~瞳を閉じてたとえ災いが世界を 被い尽くすとしても君よ 今は小さな君よ 私の側で眠れ…~悠人の子守唄夜明け前 窓を見て 愛が消えた事を知るあの人はいない こんな素敵な 星空の下に広がる…~夜明け前あの日の僕は急いで車を 走らせていた海沿いの道君の名前と同じ 色の空が広がってた…~茜色の空柔らかな雨が 降り注ぐ路を 傘はささないで 帰るのさ今日も逢えた事が とても嬉しくて…~柔らかな雨が降り注ぐあの日あなたも 人混みの中 僕を捜しながらこの場所にただ 佇んでいた 風の駅…~風の駅 明け方に見る夢は いつでも 甘く切ない 余韻を残す暫くは この頃 別れたひとの事を よく想い出す…~夢 去年の夏はまだ あなたを知らなかった だから迷ってる ときめき 手招きもしなかった…~去年の夏はまだあなたを知らなかった
2005年10月05日
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3 ラ ブ ・ ソ ン グ 1.10代のラブ・ソング(中学・高校生)あの日君が初めて見せた あふれる涙に気づかぬふりして憶病な僕は何も云わず 通り過ぎる季節を見てた…~陽差しの中で私の心は風に乗って今日も さまようのもどかしさに堪えられずせめてやさしい夢を見せて下さい…~風に乗って 2人狂ったのは あの日の雨のせいさ砕けた僕の心の 時は止まったまま…~置時計 君の瞳に映っている僕が 壊れてしまうからもう泣かないで初めてのときめきに 震えている君を…~熱い夜によせて 幸せはいつも夢 hum- 私を通り抜けて眼を閉じてみてもただ 醒め際の想い出だけ…~見果てぬ夢 海辺を走る車の中で 振り向いた時おまえは聴こえないふりして眠ってた 風が気持ち良いように…~季節の恋人 ゆうべ流れた涙の跡 けさは消えてかげもないけど初めてやさしいあなたの 胸に抱かれた私…~Hum,hum,hum 色白の顔に小首を かしげて話す君のくせやせた肩を抱きしめても 眼もとに憂いが残る…~桜三軒裏通り今夜はどんな男とねるの? 振り返るあなたはやはり永い月日に疲れたような そんな眼をしてる…~夜に変わる花は色あせて雨は降り続き 想いにふける間に身も世を過ごす四条通りを抜ければ祇園町 恋が一つ…~四条通り掃除の時にはあの人の机 ドキドキしながら運ぶの打ち明ける事など決して出来ないと…~夏の夜の夢 翔び交っては舞う君の噂に いつも僕は眼を閉じて君は僕しか愛してはないと 気づいた時に別れの季節…~卒業恋人じゃないさ でもただの友達とは 言い切れない2人だから さよならは云わないで さりげなく…~君の声が2.20代のラブ・ソング(大学生)この手であなたに触れて 不安な夜を過ごすよりあなたの心の中の 想い出でいたい…~LAST NIGHT目覚めた時 好きな人がそばに いないだけで涙を流したことが 僕にはある…~風が吹けば 泣かないで 泣かないで 心が寒いの?夜はまだ 浅いのに あなたは眠るの?…~愛を抱いて 世界中を敵にしても 君を守りきってみせるだから今はまだ2人 秘密のままでいいね…~Secret Love 新しい朝が来ないまま 1人で泣いていたんだねだから君の笑顔はいつも なつかしい…~世樹子 夏の終わりに途絶えた恋が この冬によみがえる信じる心 怖れる事を やめた2人が愛し合う…~冬によみがえる 聴かせてあなたの全て さあ顔をあげて 涙を拭いてもうすぐ朝の光 白いあなたの 胸に踊るから…~愛に慣れた頃美穂 美穂 せつなく哀しい女にならないで美穂 美穂 頬ずりしながら溜息つかないで…~美穂涙は真珠の輝きで 微笑みは甘い安らぎで瞳に素敵な哀愁を 口唇に優しいメロディを…~溢れる想いも窓の外は優しい雨 ひとときの安らぎを叶えてくれるのは 昨日消えた恋…~雨の日の午後いつまでも友達なら 傷ついても僕の心伝えたいあの娘の胸に 響くように素敵な言葉…~心を伝えて 朝顔 密かに愛を隠す きらめき零れる露のしずく透明な香り漂わせて 涼しい眼もとは処女の予感…~朝顔あなたには逢わずに 秋行くこの街を離れてまた僕は 都会へ帰るよ…~恋人達の秋 答えを待って見つめる僕に 何も云わないまま あなたはコートの襟を立てて背を向け 枯葉舞う路に消えた…~枯葉の舗道 君は煙草の煙 僕に吹きかけて シケた話は止してよと 深い溜息をつく君が笑い方を変えて 幾年も過ぎたけれど 荒れた肌にも…~涙の香り優しさを振りまいて なぜ そんなにモテたいの?眼移りの激しさは 誰も真似できない程ね…~浮気はしないで 待ち合わせしたカフェテラス 7杯目のコーヒーを飲み干して僕のストマック トラブルを起こした時…~Maybe-maybe 駄目だよこの恋は リスクが大きすぎる怪我をしないうちに 手を引くべきさ…~恋はギャンブル ゆうべのスキャンダル フィルターに残った 口紅の跡が甘い記憶を すぐそばに 呼び戻す~TRIANGLE BLUE ロゼをこぼしたテーブルクロス 取り替えて微笑む眼許が 責めてるけどワイングラスを指にはさんで 刺激的に膝を組み替える 君の所為さ…~Mint Time お前の名前を初めて呼んだのは アジサイの花が咲き乱れた6月自分に勝てない女がここで 生きて行くのは辛いと…~雨の環状7号線 3.20代のラブ・ソング(社会人)あえかに出で立つ かぐわしき姿 緑萌ゆる 春の苑に気がついて少し 前髪を直す 寄り添えば ときめき…~あえかの日々子供好きの君は 家族連れに逢うと 振り返り羨ましくずっと見つめている 知らないうちにまた 新しい店が増えて…~日曜のプロムナード ロマンスめいた街路樹の葉を 散らして風が告げる近い幕切れラストシーンでは微笑みかけて 涙はもういらない…~フィナーレの前に失くした恋を哀しむよりも 問題なのは明日の予定デパートで買ったプレゼント ムードのあるレストランの…~イヴの行方 キャンドル揺れるから ささやいてよ 愛が消えないようにブランデーシュガーにも 火をともして スプーンの上で…~聖夜雨に濡れた 涙のアベニュー 君の声も 煙る別れ Oh-oh どうして今 心切ない 離れてなお 募る想い…~RAINY AVENUEあと少しときめいたら あなたを 離せなくなりそうだよ朝まで 離せなくなりそうだよ ラララ…~1986少しは器用に生きること覚えて それ程哀しみに逢わなくなったよ2人で過ごした時間の半分は 思い通りにならない苛立ち…~午前2時の月失くしたくなくて 愛をはにかんでしまう頃は季節が変わる事さえ 哀しく…~DUET 夜になると 髪をほどき 色華やかに 装うひとなぜ今夜 虚ろな瞳 化粧でも 直せない…~時の醒め際 季節は 2人を巡り逢わせて 今もなお 気紛れの顔装い続けるだけ 2度目の冬は きっとあなたの…~ヒロミの様にただ一度 抱かれては 辛いと むせび泣くよ去年を 飾ったのは お前との 別れ…~長崎旅情急に淋しさ訪れ あなたの肩 抱き寄せ尋ねれば2人出逢う時が 遅すぎたと 今更のような理由を云う…~あなたの秋 2人感じた夜に 虚ろな瞳をして すがりつく様に云うあなた Moving,moving,more…~Moving More 一度も髪を染めないで 生きて来た君のささやかなその人生に 似合わない恋を…~乱れ髪 4.30代のラブ・ソング今も女を売り物にして生きている そんな君に愛を語る資格はないすぐに挫けてしまうならもう初めから 誓いを立てたり…~今も女を売り物に哀しみを忘れたくて 急に無口になってしまう だけどもう2度と一人ぼっちじゃ 生きて行けそうもない…~未来へ続く道緑深くなる程 君を愛していた 風は西向きに変わっても終わらない夏を 2人駆けて行く 手を取り 時をさかのぼる…~終わらない夏日を追うごとに 色づいて行く この頬と口唇が鏡の中に 浮かんで見える 行方知れずの恋も…~春の決心夢の中までは君を 連れて行けないけれど すぐに夜明けが来る生まれ変わった光の中で 眼醒めたならまた逢える…~悠久の唄
2005年10月05日
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2 メ ロ デ ィ に 言 葉 を 乗 せ て それでは、詞の書き方をざっと説明します。1.構成~メロデイの構成に合わせて、詞もいくつかのまとまりで構成されています。A→A→B,A→B→C,A→B→Aといった感じです。さらに[1番A→B→C][2番A→B→C][3番B→C]というふうに全体の構成を考えます。2.挿入~構成の一部ですが、挿入節(句)あるいは独立節(句)といったもので、途中や最後に、構成上意外なフレーズを置くものです。曲も全体の流れから浮いた感じになりますし、詞もそれにマッチしてなくてはなりません。3.曲先~メロ先ともいいます。曲が先にできて、あとから詞をつけます。作品をきれいに仕上げることができます。4.詞先~詞が先にできて、あとから曲をつけることです。メロディが汚くなりやすく、また、最終的に曲に合わせるため詞が変更されることが多いです。5.ハメコミ~曲先の一部ですが、メロディにピッタリ合うように、詞をはめ込む作業のことです。6.主題~テーマのことです。テーマがぼやけていたり、なかったりすると、稚拙と言われます。しかし、よく起こります。7.タイトル~題のことです。タイトルを先に決めて詞を書くと、テーマのぼやけを防ぐことができます。テーマとタイトルがかけ離れていたりすると、批判を招くことになります。8.コンセプト~英語の『concept』は『概念』という意味ですが、多分に『conception=構想,着想,創案,考案』と間違えて使われています。9.季節~やはり日本ですから、季節を取り入れた詞は多いですし、書きやすくもあります。ただし、作品を発表するまでの時間を考えて、今より先の季節を書くのが普通です。10.天候~季節とリンクすることが多いです。うららかな春の日差し、6月の雨、しんしんと降り積もる雪などです。11.時刻~朝、昼、夜など、これも割に季節とリンクします。12.植物~花が圧倒的によく使われます。もちろん季節とリンクします。13.動物~植物より頻度は少ないでしょうか…。まあ童謡にはよく登場しますが…。14.恋愛詞~恋愛をテーマにした詞です。ラブ・ソング。15.メッセージ・ソング~恋愛詞以外の詞と思っても差し支えありません。かつては反体制、社会批判、戦争と平和などが盛んに唄われていたようですが、最近は若者の応援歌が全盛です。16.ワーク・ソング~社会主義、あるいは労働者の唄です。まず、見かけません。17.抽象詞~詞を直訳するとわけがわかりませんが、何かを象徴していたり、裏にメッセージが隠されていたり、感性に直接訴えるものであったりする、抽象画みたいな詞です。18.ストーリー~物語。詞にストーリーを持たせると、感動を呼びやすくなります。しかし、複雑なストーリーは表現力が要りますし、よく墓穴を掘ります。19.ドンデン返し~ストーリーの一部ですが、意表をつく結末を用意することです。厳密には逆転させることを言います。20.情景描写~何かの情景が描かれている部分です。描きやすい情景もありますが、普通は表現力の差が出ます。21.心理描写~心の様子や動きを描いた部分です。初心者にも描きやすいものです。最近はストレートな表現やリフレイン(繰り返し)が、評判が良いようです。22.体言止め~フレーズを名詞で止めることです。名詞を並べると、表現力がなくても情景描写がうまくできます。23.韻を踏む~おもにフレーズの終わりなどが、同じ言葉、同じ音、同じ助詞、同じような言葉や音などで、くり返されていることです。洗練された印象を持たれたり、必然性を持たせたりするのに役立ちます。24.擬人法~人でないものを人のように表現することです。『風が叫び、雨が泣いて…』25.倒置法~主語と述語、あるいは形容詞と名詞、などの語順を逆にすることです。本来は強調のために使うのですが、実際はメロディに合わせるために、よく使います。26.前サビ、後サビ~サビから始まる詞、普通に後にサビが来る詞。27.布石~後半や最後にその理由がわかる言葉やフレーズを前半に置くこと。前兆、予兆の場合もある。28.漢字~1つの言葉に2つ以上の表記がある場合などで、詞でよく使われる漢字というのがあります。詞の世界に似合うというような理由で選択されます。『彷徨う(さまよう)』『逢う(あう)』『理由(わけ)』『口唇(くちびる)』『聴こえる』『淋しい』『貴女(あなた)』『駈ける』『翳る(かげる)』『想う、想い出』『女(ひと)』『醒める』『碧い、蒼い(あおい)』『虚しい』『云う』『眼』『翔ぶ』
2005年10月04日
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作 詞 ス ク ー ル テ キ ス ト 1 稚拙からの脱却 2 メロディに言葉を乗せて 3 ラブ・ソング 4 メッセージ・ソング 1 稚 拙 か ら の 脱 却 詞を書くには、まず基本的な国語力が必要です。現在では、ある程度の英語力も必要でしょう。唄の歌詞といっても、それはやはり文学ですから、表現力・語彙力といったものは避けて通れません。作詞の場合は、作曲の時のように、『簡単です、誰でもできます』とは言えないかも知れません。しかし、この講座では、それでもみなさんに短時間でプロの作詞家と変わらない力を身に付けていただけるよう、がんばって、詞を書く技術を伝授していくつもりです。 作詞スクールの場合は、このテキストを前から順番に進めて行くのではなくて、各項を並行して進めるようになると思います。そのつもりで聴いてください。 プロの詞と初心者の詞と、どこが違うかと言えば、それはまず、初心者の詞には稚拙な所がどうしてもあるということです。みなさんが、小学生低学年の書いた作文をみれば、未熟なあるいは幼稚な部分がわかると思います。それと同じように、プロから見れば、みなさんの詞の稚拙な部分がわかってしまうのです。ですから、稚拙な部分を取り除くことが、作詞家への第一歩といえます。 稚拙とはエラーみたいなものです。さあ、どうやってエラーをなくすかということですが、本来それは、長い間文章や詩に親しんで身に付くものであり、単純にまとめてみなさんに伝えることは難しいものです。そこで、実際の作品の添削を通して、みなさんにはその都度つかんでいってもらいたいと思います。ただ一応、その代表的なものをあげておきます。 稚拙その1~同じ言葉がくり返されている わざとではなく、不用意に同じ言葉があると、稚拙に感じられます。 稚拙その2~明らかに脈絡がおかしい 長い文章を書くのと違って、詩では起こりにくいことですが、たまにあります。 稚拙その3~文法的に間違っている その2と似てますが、接続詞や助詞の間違いなどはよく見られます。また英語の詞にはよくあります。 稚拙その4~表現が幼稚である これは、情景描写において、プロでもよくあります。稚拙というのは酷かもしれません。心理描写は簡単ですが、情景描写は難しいのです。
2005年10月03日
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「ゆうとの」の詞 一覧 全102作品【1979年の作品】001. 日差しの中で002. 風に乗って003. 置時計004. 天使の祈り005. 熱い夜によせて006. 惰性の時代007. 見果てぬ夢【1980年の作品】008. 今夜は俺達 Super Star009. 季節の恋人010. 涙の跡011. 桜三軒裏通り012. 暗い街角013. 夜に変わる014. 四条通り015. 夏の夜の夢016. 妄執【1981年の作品】017. 卒業018. Last Night019. 君の声が020. 風が吹けば021. 言葉が足りない022. 愛を抱いて023. 白い部屋024. 世樹子025. 愛が跪く時026. 冬によみがえる【1982年の作品】027. 愛に慣れた頃028. 美穂029. 溢れる想いも030. 蒼い溜息031. 雨の日の午後032. 心を伝えて033. 仄かな愛034. 朝顔035. Ending Summer036. 恋人達の秋037. 枯葉の舗道038. 涙の香り【1983年の作品】039. 春の予感040. 優しい季節の終わりに041. 浮気はしないで042. Maybe-maybe043. まだきらめきの中に ~S氏に捧げる~044. 解散【1984年の作品】045. 恋はギャンブル046. 緑のターフを駆け抜けて047. HARD TO DANCE048. TRIANGLE BLUE049. Mint Time050. サロンの午後051. 東京City052. 雨の環状7号線【1985年の作品】053. 女神のレジェンド054. 雨の街055. あえかの日々056. 抱きしめてFalling Love057. 禁煙なんてするんじゃねえよ058. Melancholy昨日から059. 日曜のプロムナード060. ようこそダンス・エリアへ061. PARTY SEASON ~Yes,the party season has come!~062. フィナーレの前に063. イヴの行方064. 聖夜 ~Holy night~065. OH!MANACLE,SHE TIED!!066. Dreaming Freedom067. RAINY AVENUE068. 殺意の香り069. 瞬間ILLUSION070. あなたになりたい071. I KNOW YOU MAKE THOUGHT ~愛の夢そっと~【1986年の作品】072. ALL-NIGHTERS073. BOOGIE & RHAPSODY074. ワインの甘さ075. 1986076. Music Coupe077. 午前2時の月078. DUET079. 時の醒め際080. New Days081. ヒロミの様に【1989年の作品】082. 長崎旅情【1990年の作品】083. 和代のテーマ084. あなたの秋085. WIZARDRY086. Moving More【1991年の作品】087. Waste Days088. 乱れ髪 ~You must be free~【1992年の作品】089. 哀しみが霧の様に【1993年の作品】090. 今も女を売り物に【1994年の作品】091. 瞳を閉じて092. 悠人の子守唄【1996年の作品】093. 夜明け前【1998年の作品】094. 終わらない夏095. 柔かな雨が降り注ぐ096. 茜色の空097. 夢098. 風の駅099. 未来へ続く道100. 去年の夏はまだあなたを知らなかった【1999年の作品】101. 春の決心【2003年の作品】102. 悠久のセレナーデ
2005年10月03日
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1. 春の陽差しはとても やさしく僕を包み 庭の景色もまるで 暖かい夢の様 あの日君が 初めて見せた あふれる涙に 気づかぬふりして 憶病な僕は 何も云わず ただ通りの 木立ちを見てた いつかしら風が来て 涼しく頬に触れる 微かに聴こえるのは 震える木の葉の音だけ 2. 目の前の想い出は いつまでも消えないで 僕の心は揺れる 君の面影のそばで あれから1年 時は流れて 君の涙も 今は枯れ果て 変わる季節に 僕を忘れて やがて大人に なって行く君 2人訳もないのに いつもよく笑ってた 若い日の愛は遠く もう僕には届かない 3. 君の愛は そばにあったのに 何も見えない あの頃の僕さ めぐる記憶に 疲れた心を 僕はどうして いやして行こう ─ 今日も僕は1人で 街角を歩いてる 行き交う人の中に 君がいた様な気がした ─ 【1979】
2005年10月03日
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1. あなたはいつだってそうなのよ 少しも 私のことなど思ってはくれない 哀しくなってしまう こんなに好きなのに 私の心は風に乗って今日も さまようの もどかしさに堪えられず せめてやさしい夢を見せて下さい つかの間の幸せに ときめく私 2. 逢える日は精一杯のお化粧して 行くのに あなたは気づいてさえもくれない 泣きたくなってしまう だけど好きなのよ いつかあなたが本当に私を 見つめてくれる日を胸に秘めて 私はただ あなたのそばで いつまでも こうして待っているの 3. 知らないうちに月日は流れて また一つ季節だけが変わって行くけど 愛しています誰よりもあなたを 振り向いてくれなくても構わないの あなたを誰より愛しています ── 【1979】
2005年10月03日
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