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2022年03月04日

真ちゃんの話

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しかし、18歳で上京してからあまりプロレスを見なくなっていたのですが、1990年2月10日、当時のバイト先がスポンサーだったので招待券で行った新日本プロレスvs全日本プロレスの「スーパーファイトin闘強導夢」が最後だった。

そんな時、研修会でたまたま隣の席に座った同業者の真ちゃんと出会う。

「どちらからいらっしゃったのですか?」

「川崎です」

「えー!僕も川崎です」

「今度メシ行きましょうよ」

と連絡先を交換した。

何回か会う中でプロレスの話になり

「今度スタンハンセンの引退セレモニーがあるんですが一緒に行きませんか?」

と言われ、一緒に行くことになった。

それが2001年1月28日、東京ドーム。

実に11年振りのプロレス生観戦、この大会にはテリーファンク、アブドーラザブッチャー、ミルマスカラス、そしてスタンハンセン…入場テーマが流れるたびに胸が熱くなり、ハンセンが引退セレモニーで「ブルーザーブロディーに対して、良き友人、そしてベストパートナーであった事を誇りに思い感謝します」と言った時には涙が止まらなかった。

僕の心に眠っていたプロレスLOVEが完全に蘇った。

それから真ちゃんと2001年4月15日、NOAHの初代GHCヘビー級王座決定トーナメント決勝が行われた有明コロシアム、2003年7月18日、闘龍門の川崎市体育館、FMW川崎球場などに行き、全日本プロレスの日本武道館に行った時に前半戦の何試合目かに僕が真ちゃんに

「今の試合面白くなかったね」

と言ったら真ちゃんが

「いや、僕は10分過ぎのあの切り返しが良かった」

「あのタッチワークのタイミングが良かった」

「やられた時に向かっていくあの表情が良かった」

と言われハッと気がついた。

真ちゃんはプロレスを「加点方式」で見ていて

僕はプロレスを「減点方式」で見ていたのだ。

「なんて勿体無い事をしていたんだ」

と思い、その次の試合から加点方式で見るように意識をした。

すると今まで気が付かなかった部分まで見えるようになった。

もっとプロレスが楽しくなった。

真ちゃん、ありがとう。

あなたも減点方式で見なければならない時が多いかと思いますが、少しでも加点方式で見る機会があったらいいなと思います。


あなたの周りの人とか。


posted by まあ at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出
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