プルトニウムの生物医学的な見方として他の有害物質を考えるのと同様に、化学毒性、急性毒性、発がん性に分けてみる。
このうち、化学毒性はプルトニウムが体内の細胞に溶け込んでいくものではないから全く問題にならない。急性毒性も日常生活では現実的に問題となるほど多量に摂取する機会に出会う可能性すらないのでほとんど問題にならない。したがって、プルトニウムの身体影響では、微小粒子を吸入した場合の発がん性だけを考えればよい。特にプルトニウムを大量に吸えば肺がんが発生するかもしれないという危険が考えられている。
プルトニウムは重金属であり、ウランとの化学的類似性から見て、取り込んだとあえて考えれば腎臓に対する毒性を持つと考えられる。しかし、プルトニウムは「比放射能」(重量当たりの放射能の強さ)が高いので、動物が摂取した場合、その化学的毒性が現れるより先に、放射線の影響が現れてしまう。このことから、化学毒性が単独で問題になることを考えるのは意味がない。
(2)急性毒性
物質の毒性を考えるとき、その比較には一般に「LD50」(50%致死量、LD=Lethal Doseどれだけの量を摂取するとその生物の50%が死亡するかという量)という指標を用いる。われわれもこの指標で考えてみよう。
プルトニウムの急性毒性を考えるとき、プルトニウムの消化管吸収率が非常に低いために経口摂取の場合では測定が困難である。そこで硝酸プルトニウムの静脈投与によって得られた数値から推定するしかない。このため、他の物質のLD50値とは直接は比較ができない。
それでもなんとか比較を試みると、一例として体重70キログラムの人のLD50値で比較すると、ボツリヌス毒素0.00035ミリグラム、ダイオキシン 0.07ミリグラム未満、青酸カリ(吸入)21ミリグラムなどとなっていて、プルトニウム239は吸入で13ミリグラム、経口では32,000ミリグラム(32グラム)とされる。このように多量に食べる人はないだろうから経口では問題ないが、微小粒子の吸入には注意が必要とされる。
(3)発がん性
プルトニウムは放射線を出し、放射線を浴びればある確率でがんが発生することから、プルトニウムを体内に摂取するとがんになる可能性があるのは事実である。しかし、これまで実験動物は別にして、人類で、プルトニウムが原因で発がんしたと科学的に判断された例はまだない。過去に、軍事利用では許容量を超えたプルトニウムによる被ばくの例があるので、それらの例を見ていこう。
(a)米国マンハッタン計画(原爆製造計画)被ばく者集団
1944年から1945年にかけて、原爆を製造するプロジェクトであった「マンハッタン計画」に従事した化学専攻の大学生たちが、粗末な化学施設での加熱工程で硝酸プルトニウムの蒸気(ミスト)を吸入し、うち26名が許容量以上の被ばくをした。全員が当時20代前半の若者であった。
追跡調査を続け42年後の調査では、それまでに7名が死亡し、その死亡原因として2例の肺がんと1例の骨肉腫が報告されている。しかし、7名の死亡者は、特にプルトニウム沈着量が多いというわけではない。生存者の中にはプルトニウム沈着量が死亡者より多い人たちもいた。この事故でのプルトニウム沈着量の大小と死亡との間には、直接の関係はなかったとされている。
(b)米国の末期がん患者への実験投与
第二次大戦中、軍事的な目的から末期がん患者の志願者18名に、当時の許容量の10倍から100倍のクエン酸プルトニウムを静脈注射し、排泄物から評価の根拠となる有用なデータが得られた。このときは障害発生の事例はなく、末期がん患者とされながら長期の生存者もいたと報告されている。
(c)米国ロッキーフラッツ火災事故被ばく者
1965年、核兵器製造用のプルトニウム工場にて火災事故があり、酸化プルトニウムのエアロゾル(ほこり状の微小粒子)を吸入し、400名の従業員のうち25名が許容量を超えた被ばくをした。しかしその後も被ばくの影響は報告されていない。
この例は、酸化プルトニウムの粒子径が正確に評価されているのが特徴である。このとき、米国のタンプリンという人物がプルトニウム「ホットパーティクル仮説」を提唱した。これは、粒子状に固まって体内に摂取されたプルトニウムは、均等に分布して体内に摂取された場合の11万倍以上も危険であるという仮説で、いずれ全例が肺がんになると予測し世間の注目を集めた。この説をよりどころとしてプルトニウムの利用に反対する人たちもいた。しかし実際には影響が現れなかったので、逆にタンプリンの「ホットパーティクル仮説」の誤りが実証された例となっている。
(d)米国の金属プルトニウム片侵入創傷組繊検査例
1957年頃、米国でプルトニウム金属の機械工作に従事していた作業者が、プルトニウム金属を掌に刺傷する事故が8例あったと報告されている。事故後4年以上経過した1例に前がん症状類似の所見が報告されている。人体組織で発がんの可能性を示した唯一の具体例とされている。この前がん症状類似の所見があった部位を放置したら、本当にがんになったかどうかについては、学者の中でも意見が一致していない。
(e)中国核工業部事故被ばく者例
1964〜1985年の間に、吸入13例、創傷侵入2例が報告されている。吸入の最大摂取量が許容限度の約200倍の例もあった。しかし、この例では有効な治療法により急性影響の発生を防止することに成功し、現在まで影響が認められていない。有効な治療法とは、「キレート剤」の投与である。キレート剤とは金属イオンと結合しやすい有機化合物の一群で、特定の金属を選択的に体外に排出する目的で使用される薬品である。なお、1例のみ12年後に急性白血病による死亡例がある。しかし、この例ではプルトニウム摂取量が極めて少なかったため、因果関係はないと報告されている。
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