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2016年04月25日

依存というものについてふと考えてみた。

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「依存」 という言葉が私のセンサーに引っかかりました。
かつてこの「依存」という言葉に関連して大変な経験をしたことがあり、嫌なものとして忌避していた言葉でした。

ですが「その忌避しようという考え方は正しかったのか?」と、不意に疑問に感じる感覚を覚えましたので、今日はちょっと、この「依存」について、自分が持っている材料の中から考察してみたいと思います。

依存とは?


依存という言葉を耳にしたとき、どんな印象を受けますか?

私は依存と聞くと、どうしても「危険なもの」「不安定なもの」というマイナスのイメージを思い浮かべてしまいます。

異性への依存。
親への依存。
ギャンブル依存。

このほか、酒やタバコ、マイナスなものの例を上げればキリがありません。
これらの言葉との組み合わせで使われる時、依存という言葉は「中毒」という意味合いを強く放つ印象があります。
だからマイナスイメージに繋がるのでしょう。

これらの危険なものが無ければ生きていけない状態・・・
だから危ない、正常ではない・・・

ざわ・・・ ざわ・・・




ですが、「依存」はそんなに悪いものでしょうか??

先ほどの例などから考えると「依存」とは、「自分以外の何か特定のものの存在がなければ、自分自身の安定を保つことが出来ない状態」だといえます。

禁断症状などはその最たるものですよね。

でも落ち着いて考えてみると、そういうモノ、「それが無ければ自分自身の安定を保つことが出来ないモノ」って身の回りに溢れています。

例えば水。
空気。
食べ物。

これらが無ければ、人間はたちまち死んでしまいます。安定を保つどころの話ではありません。
ということは、次のように言えると思います。

水依存。
空気依存。
食べ物依存。

「いやいや何ゆうてんの。それ、当たり前でしょ!」 というツッコミを入れたい気持ちが湧いてくることと思います。
そうなんです。
当たり前なんです。

つまり私たちは、生命体として生まれたその瞬間から、自分以外の何かに依存して生命を保っている存在だということですよね。
ということは依存とはごく当たり前の状態であって、善でも、悪でも無いわけです。

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「水依存」という言葉、どこか悪いイメージがありますか?
悪いメージは湧きませんよね。どちらかというと、当たり前というイメージが強いと思います。

では元に戻り、「ギャンブル依存」はどうでしょうか。
これはたちまち悪いイメージですよね。
家庭崩壊、借金地獄、そんな連想が続いてきそうです。

これらのことから類推されるのは、「依存」という行為そのものではなく、「依存」する対象によってその評価が変わるということです。

例えばギャンブル依存が問題になるのは、それが多額の金銭を失う行為に繋がるからです。
薬物依存が問題になるのは、多額の金銭を失う行為であるとともに、強い中毒症状及び禁断症状の発生を伴い、またそもそも薬物の種類によっては違法行為にあたるからです。

コーヒー依存だとそれほど問題にならないのは、必要な金銭が限られているとともに、合法だからです。
また、よほど大量に飲み続けない限りは特別な副作用が無いからでしょう。

依存するのは弱い人間だ、という考え方は何か違っているような気がします。

依存を断ち切るために強い意思を持ちましょう、これも間違っている訳ではありませんが、依存を断ち切ろうという人に対しては「依存していた自分自身の否定」からのスタートになるため、ちょっと受け入れるのに抵抗があるかもしれませんね。

そこで考えたいのは、
「依存するのはごく当たり前のこと。
 ただ、その依存する対象が良くないので、せっかくならもっと良いものに依存してはどうでしょうか」

という依存を肯定しつつ、その対象を選びましょうという考え方です。

ということで依存についてとりあえずまとめてみます。


まとめると次のとおりです。
・依存はそもそも当たり前のこと。
・生命の存在自体が単独では成り立たない。
・依存が問題になるとしたら、依存という行為そのものではなく、その対象に問題がある。
・依存することでリスクがあるものは避けましょう。
・より良いものに依存しましょう。

「依存は悪い」と、何となくの正しさ(または正しいという雰囲気)で決めつけるのではなく、 マギ27巻 で白龍が言った 「アラジン殿、堕天はそんなに悪いことですか?」というように一端自分の価値観を真っ白な状態にして考えてみると、物事の本質に近づけるような気がしました。

今日のまとめ

・依存とは生命としてごく当たり前の行為、状態。
・人間社会で依存が問題になるのは、その対象が危険かどうか。
・依存する行為そのものが悪いことではない。
・リスクのある依存先は避けて、出来るだけ良い影響の対象を選びましょう。
posted by 霧島もとみ at 2016年04月25日 | Comment(0) | TrackBack(0) | メンタルヘルス
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霧島もとみ
他人との距離感をいつも遠く感じながら生きてきました。高校の体育祭のフィナーレでは、肩を抱き合って大はしゃぎする光景に「何でこんなに盛り上がれるんだろう・・・?」と全く共感できませんでした。共感できない自分が理解できず、いつも悩んでいます。そんな私でも面白いと思うことはこの世界に一杯あります。それが私の生きる糧でした。面白いことが増えていけば、よりたくさんの人が楽しく生きられるはず。そんな世界を夢見ています。
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