<個人的な評価: 10点中7.5点
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下記、個人的な感想。
ネタバレあり。
下記、個人的な感想。
ネタバレあり。
ずっとスルーしてた作品だが、最近、先の展開が読めない 奇妙なシチュエーションの映画ハマっているので、これも観てみた。これは......... まさに、世にも奇妙な物語だ。
スペインの作品で、現実の階層社会を暗喩するような建物を舞台にした 不条理シチュエーションスリラーというジャンル。
最初は現実世界のどこかのビルのゲーム(脱出ゲーム的な)かと思ってたんだけど、最後まで観て、これって、 そもそも現実世界の話ではなく、生と死の狭間のような世界、もしくは、審判を待ち受けている死後の世界なんじゃないかなと思った。
ちょっと意味不明な内容もあったし、色々と考察はあると思うけど、もう1回観ただけでお腹いっぱいなので、全て理解できなくても、二度は観る気はないだろう。
でも面白かった。最後の展開は、?????だったけどね。
結局、ゴレンは、建物から出た描写はないし、あのあと、どうなったかもわからない。
でも、 ゴレンは、伝言を伝える事に成功したようで、スッキリしたような描写だった。
伝言は、あの子供。
うーーーーーーん。
本来、16歳以下の子は参加できないはずの場所で、いるはずもない子供。
あの暗殺ビッチの殺人女が、このビルにいる中に妊娠して産んだ子かもしれないけど。
そう考えると、どれぐらいいるんだ???
あの女、結局何だったの?
ゴレンが、あの女に執着するのが意味不明。殺人キチガイのサイコパスビッチにしかみえないけどね。
まあ、あの女は、どうせ、マグダラのマリアとかを比喩しているんだろうけどさ。
マグダラのマリアは、聖書の中で、私が好きになれないキャラの1人。むしろ嫌いかもね。
そもそも、 私は聖書は何度か読んだ事あるけど、キリスト教ではないので、小説として読んだ。
旧約聖書がお気に入りで、なかなか面白い。キリスト教じゃなくても、読み物として人生の一度は、読んだ方がいいと思う。
まあ、それはともかく、 聖書を読んだうえで、私は確実にキリスト教にはなれないなと悟りを開いた笑。
私には、キリスト教が教える許しの心や隣人を愛せよの心はないのでね。
復讐は好きだし、やられたら倍返ししたいタイプだし、娼婦は嫌いだし、世の中には許してはいけない罪ってものがあるから。
別に私は反キリスト教ではないし、宗教辞退はリスペクトする。賛同できなくても、キリスト教は守られるべき宗教で、人には宗教の自由があるように、キリスト教の人達を迫害するつもりは、私には一切ない。
ただ、私は価値観が違うので、キリスト教にはなれないってだけ。
さて、この映画だけど、やっぱり、 聖書を比喩しているのかな〜とも思った。
この映画、人間が死ぬより、犬が死んだのが一番悲しかった。
だから犬を殺した、あのクソビッチが憎いし、あのクソ女に肩入れするゴレンにも共感できなかった。これは私の感想ね。単にあのクソビッチの顔が嫌いなのと、犬が死んだのが許せない感情が強い。
食べ物は、実際は全ての人間分はある。けど、下の階に行くほど足りないのは、上の階の人が、必要以上に虫歯っているから。
キリスト教では 「信仰があれば恵みは神から無条件でもらえる」ものであり、本人の努力等の行いによって得られるものではないらしい。だから、どの階層にいても、どんな人間でも、恵は無条件でもらえるのが、正しい考えなのだろう。私はそもそも、その価値観とは相いれないので、キリスト教ではないけどね。信仰があれば無条件でもらえるってなんだよw
共産党主義かよ。私は資本主義&実力主義なので、みんな平等って考えが嫌いなんだよ。
人種や性別による差別はよくないけど、やはり、努力、実力、才能が上の人は、もっと恵まれるべきだし、努力もせず、働きもしない人、犯罪をする人などとは、明らかな線を引くべきだし、そいつらと平等なんてのは絶対にイヤだし、共産主義や社会主義は大嫌いなので、賛同できない。
だが、この映画は、やはり、あくまでもキリスト教の教えがメインなんだおる。
全員分の食べ物があるはずなのに、下層の人は何も食べれなくて殺し合いをする。
それはキリスト教の神に反する状況だと。
そして、現実世界もそうだと。
「恵み」である食べ物を享受できるのは、結局、上層階・中層階の者のみってのも、現実世界で、超裕福層が、どんどん金持ちになっていく事を比喩している。(← 私は悪い事とは思わないけどね。彼らがどんどん金持ちになるのは、家族の金もあるけど、バカだったら、親の金でも、それも使い果たせば終わる。それでも金がどんどん増えるのは、奴らが賢いからだよ。賢い人が、儲かるのは、資本主義の世界では当たり前。それを悪とは私は思わない。この時点で、私の思想とは違う笑)
そして、下層階の者は「恵み」は得られない。(←貧しいのは自業自得な人もいれば、本当に不幸な事に貧しい国に生まれてしまって、自分の責任ではないのに、貧しくなる人もいる。うーん。世の中、そういう人は多い。けど、私は別に、崇高な人物じゃないし、私は犯罪者ではないが、良い人でもないし、所詮、赤の他人が貧しくても、他人事なので、そういう人もいるんだ、私はラッキーで良かったと、割り切っている。そうしないとキリがないよ。)
まあ、そんな、 不条理な現実世界を比喩した世界が、このプラットフォームだ。
このプラットフォームは、死後の世界の審判の世界と、私は勝手に思っているけど、そこは重要ではないんだろう。
この映画で、おそらく制作側が伝えたいのは、裕福層が必要以上に搾取するせいで、貧しい人には、何もなくなるって言いたいんだろう。その考え方を変える必要があると。(←共感できません笑。共産主義じゃないんで)
ただ、さらに不条理な面も、この映画は書いている。
一体、何階まであるんだ!??
イモギリというキャラは、元管理側だった。
彼女は、200階までしかないと認識していたのだ。
管理側は200階×2人の400人分の食料しか用意しておらず、平等に分け与えたとしても毎月誰かは餓死する。
つまり、そもそも、『恵み』は足りてなかったのだ!!!
一体、穴はどれぐらいまで深いのか。最下層は何階なのか?
これは、 現実世界が抱える「人口増加に伴う資源の枯渇問題」を比喩しているだろう。
日本では、少子化!少子化!と叫んでいるが、ぶっちゃけ、 世界規模でいうと、人口が増えすぎているんだよ。だから、むしろ少子化は世界的には進められるべき政策。
少子化は良い事なんだよ。民族にこだわっている人には、悪い事かもしれない。
日本人が、どんどん減っているから。
でも、世界規模でいうと、人口が増え続けるのは、害悪でしかないのだ。
しかし、人が減ると、国が成り立たなくなる。そこで移民政策。
世界では、人口はあふれまくっているので、移民をいれて、バランスよく人口をコントロールするのは、間違った政策ではない。子供を産むなんかより、じゅうぶんに、世界の為になる。
ただ、違法移民や、犯罪者を国に入れるのは、また違うけどね....怒。
品行方正で、優秀な人材のみを、どんどん日本に入れるのがベストなんだろう。
話がそれたが、この映画は、世界が抱える、 「人口増加に伴う資源の枯渇問題」も描いていた。
さて、この映画が、キリスト教の教えを基にしているのなら、犬殺害の件も、なるほどというものがある。
キリスト教では、犬は、よくない生き物らしい。
“聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。”
聖書:マタイによる福音書第7章6節
つまり、犬は異教徒の神だから、殺されてしまったとも考えられる。
うーーーーーーーん。不条理。
最後に現れた子供は、犬の生まれ変わりって考察もあったけどね。
それは、どうなんだろう???あの陰険な根暗の子供なんかより、犬が可愛いし、犬が死んだのが悲しい。
あと、あのバハラトっていう黒人の男、良い人だけど、なんで死んだの???
まさか、あのクソガキが殺した?なんで、急に死んだのか私にはわからない。
うーん。そこの場面も、ついていけなかった。
あのクソガキは、あのサイコパス殺人者のクソ女の娘だから、似たような殺人鬼では??
あのクソ女も、何の罪もない犬を殺したから、娘の方も、パンナコッタをくれたバハラトを殺害したのかも。
謎過ぎる。
バハラトが死んだのは、クソガキが殺したのか、なんかの事故で死んだのか知らないけど。
最後、あの陰険なクソガキを、台において、伝言として、上にいかせたけど。
あの後の描写がないので、どうなったかわからない。
どんな地獄にいても、子供の命は助けますよ...って伝言なのか、
実際は、殺人鬼のサイコパスのクソガキを、上の管理者(神)に送っているだけだったりして。
さて、管理側の人達だけど、料理人たちは、天使で、老人は、神を、比喩しているんだろうなとも思った。
以上、世にも奇妙な物語でした。
あと、サムライ+ には笑った。サムライって...笑。調理包丁なのに、ネーミングセンスが笑える。