タイトル通りです。
NHK大河ドラマ「真田丸」
いえ、
「真田丸」をより深く理解するための語呂です。
五奉行。
豊臣政権下で行政を担当した武将のうち、
特に活躍をしたとされる五名。
(五奉行の花押 画像引用 Wikipedia)
その五人とは、
浅野長政(あさのながまさ)
増田長盛(ましたながもり)
石田三成(いしだみつなり)
長束正家(なつかまさいえ)
前田玄以(まえだげんい)
実は、この五人は
「苗字を順番につなげる」
だけで簡単に覚えられます。
あさの
ました
いしだ
なつか
まえだ
なので、
「 朝、飲 ました 医師だ な、捕 まえた !!」
「・・・あなたは医師の資格を利用し、
その日の朝、劇物を使用して
花子さんを殺害しましたね!」
(ザパーン!!)←波の音
的な場面をご想像ください。
とは言え、奉行職は流動的。
大谷吉継や
小西行長が務めていた時期があったり
浅野長政に代わって
宮部継潤&富田一白が入り
六奉行期があったりと、結構あやふやです。
成立した年代も不明瞭。
天正13年(1585年)説、
慶長3年(1592年)説などがあり
「これ、覚える意味あんの?」という
テキトー感が漂います。
しかし、そんな物件こそ、
このブログの好物。
ではもう一度、つぶやきましょう。
「 朝、飲 ました 医師だ な、捕 まえた !!」
参考までに、各武将の背景と
「五奉行」時代のあとどうなったかを。
浅野長政
・五奉行筆頭・甲斐甲府22万石
・関ヶ原の戦いは家康側で参戦
・長男の幸長は和歌山藩の初代藩主
・子孫に「忠臣蔵」の浅野内匠頭(長矩)がいる
増田長盛
・大和郡山22万石
・関ヶ原の戦いでは三成側で参戦
・伏見城攻めに加わり、落城させる
・戦後、出家して謝罪し改易となる
・息子の増田盛次が大坂の陣で豊臣氏につき、
長盛も責任を問われ自害
石田三成
・近江佐和山19万石
・関ヶ原の戦いで家康に敗北、斬首
・後世、否定的な見方をされるも、
戦時の食料補給や戦線拡大の阻止など
「後方支援」能力の評価は高い
長束正家
・近江水口5万石
・関ヶ原の戦いでは毛利秀元とともに南宮山に布陣
・戦後、水口城に籠るも池田長吉に捕縛され切腹
前田玄以
・五奉行次席・丹波亀山5万石
・三成と共に弾劾状に署名するも、密かに家康に内通
・病気を理由に関ヶ原戦には不参加
・戦後は丹波亀山の本領を安堵され、初代藩主となる
・・・・ということで今回は
「五奉行の覚え方」でした!!
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