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米の輸出を考える(後編)

 日本は多くの食料を外国から輸入しています。

 例えば、バナナやコーヒーなど、国民が大好きな食べ物で気候的に日本で十分な量を生産できないものがあります。
 また、ガット・ウルグアイラウンドによって義務づけられたコメのように、国内に十分な生産能力があっても、輸入機会を与えなければならないものもあります。
 みかん、牛肉、豚肉など、輸入数量の増大に伴い、厳しい状況に追い込まれているものもあります。

 稲作と違い、みかんは何年もかけて木を育て、おいしいみかんを実らせています。稲作では1年休みという手法もありますが、みかんの木を切ったら二度とみかんは実りません。
 若い木よりも一定の年数を経た木の方が、おいしいみかんを実らせると聞いたことがあります。
 多くのみかんの木が伐採されましたが、自らの命の生き写しでもあるみかんの木を伐採したみかん農家の気持ちを思うと、とても切なくなります。

 「高級な牛肉は自由化しても残る」との論調もありますが、実際には多くの畜産農家が廃業を強いられました。現在続けている方も、苦しい状況は変わりません。

 ここで確認しておきたいのは、日本がたくさんの食料を輸入しているのは、人口が増えて生産が追いつかないからではありません。
 輸入しながら、農業者は厳しい状況にあります。

 ここから本題です。

 米の輸出は、一時的には、経済的にプラスの面もあるかも知れません。実際には多くのリスクがあるので、一時的にもプラスにはならないと思います。
 実は、前回述べなかったリスクがあり、輸出する場合には、それに対処する必要があります。

 日本は食料輸入国として、輸出規制(不作などの場合に、輸出国が輸出を制限したり禁止すること)に反対しています。
 食料を輸入せざるを得ない国として、一定の正当性はあると思います。
 しかし、日本が米の輸出に積極的に取り組んだ場合、国内が不作でも、米の輸出は行わなければならないということになります。
 米の不作で国民の「国産米を食べたい」という願いが困難な状況であっても、予め予定した外国には輸出しなければなりません。
 「日本の農業者は、国内で食べられない人がいても、外国の富裕層のために輸出するのか。金になればそれでいいのなら、○○と同じじゃないか」という批判を受けることとなります。

 このような状況になれば、日本と同じ食料輸入国として、歩調を合わせて国際交渉で強調してきた国々は大きな失望を感じることとなります。

 食料生産は、コーヒーなど気候的に限られた地域でしか生産できない物は除いて、基本的には国民のために生産し、余った場合には相手国の要請によって輸出するというのが「平和的で長続きする考え方」だと思います。

 「コメは余っているから不足することはない」と思っている方も多いと思います。
 でも、それは違います。以前よりも、気象変動の幅が大きくなっています。
 多分、後15年後には、「あの頃のコメが一番安くておいしかった。そのありがたさが分からなかった」と思われる可能性が大きいです。

 もちろん、おいしいお米をお届けできるよう、できる限りがんばります。

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