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2024年05月10日

ママ、セイグッバイ

母親への向けた別れの曲が、皮肉にも尾崎自ら最後の曲となってしまった。

1991年12月29日に尾崎の母親が亡くなって、わずか5ヶ月後1992年4月25日に尾崎が亡くなることになる。それが故に母親への別れの言葉のが尾崎自らにあてた人生への問いかけにも重なってしまう。

「ささやかな人生の願いは一つでもかなったの」と母親に向けた詩について、彼自身の人生のささやかな夢はかなったのだろうか。


他にもこの曲にも尾崎の独特のが表現が多数記されている。
「あなたを覚えてきた」

最後のハーモニーカが心をうつ…
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ママ、セイグッバイ

母親への向けた別れの曲が、皮肉にも尾崎自ら最後の曲となってしまった。

1991年12月29日に尾崎の母親が亡くなって、わずか5ヶ月後1992年4月25日に尾崎が亡くなることになる。それが故に母親への別れの言葉のが尾崎自らにあてた人生への問いかけにも重なってしまう。

「ささやかな人生の願いは一つでもかなったの」と母親に向けた詩について、彼自身の人生のささやかな夢はかなったのだろうか。


他にもこの曲にも尾崎の独特のが表現が多数記されている。
「あなたを覚えてきた」

最後のハーモニーカが心をうつ…

2024年03月31日

尾崎豊は教科書にのるような人か?

誤解を受けるかもしれないが、少なくてとも教科書にのるような清く正しく、美しい人ではない。と僕は思う。ただし、よく言われるのが「盗んだバイクで走り出す」したり、「校舎のガラスわった」からではない。
この事を言う人は尾崎を「社会の反抗者」か「I LOVEYOU」を歌う、愛の伝導者かという両極端なことでしか語れない人だろう。
批判するつもりはないが、そのような人が多いのは事実である。


尾崎が向き合っていたことは、自分との葛藤、苦しみであり、彼はそれに打ち勝つようにあがき、懸命に生き抜いた。不器用な人で、愛に対して誠実でなくてはならない、と自分や他人を巻き込んでまで、自分で定義づけた愛に沿って生き抜こうとした。そんな哀れな一面をもつということを知っておくべきである。これは彼を卑下するわけではなく、彼の作品の本質を理解するために必要なことだからだ。なぜならその本質、葛藤から作品が生まれたされ、彼の作品の主題はその苦しみから解き放たれることが暗に、時には直接的に書かれているからである。もし、彼が人物(聖人のような素晴らしい人物)として教科書にのるのなら、世の中の多くの人が彼よりもうまく、日常を送り、人を愛し、モラル、ルールをまもり暮らしているの日々を送っている人々のほうがそれにふさわしい。

作品の素晴らしさと、尾崎の本質を見誤ってしまっては、せっかくの作品の素晴らしさの意味すら誤って理解されてしまうことに、つながるだろう。

尾崎のネット記事を見つけて、ふとそんなことを今日思った。

2023年12月31日

『核』 尾崎の愛への固執そのもの

アルバム『街路樹』収録の『核』。

『核は』『クッキー』だったという記事は書いたが、この曲そのものをクローズアップした記事を書いてみようと思う。

この曲の「抱きしめて、愛している、抱きしめていた、それだけなのに」

とは単に恋人を愛しているとか、好きなへの一途な思いとかそんな軽いものではなく、
尾崎の愛への深い依存、執念を感じざるにはいられれない。

「愛という名のもとに俺は生きたい」

2023年11月30日

尾崎豊の奥さま繁美さんにネット上でご意見に思うこと

たまに繁美さんが尾崎豊の回顧する記事を見かける。
くしくも2023.11.28に配信された『現代ビジネス』58 歳になる尾崎豊への手紙
という記事を読んだ。
彼への手紙と題して

繁美さんはとてもロマンティストな方だと思います。それは大げさではなく、尾崎豊の愛を並大抵の方では受け入れられません。
その部分が尾崎と共感しあっていたのだと思います。
これは他人がどうこういえる部分ではないとおもいます。繁美さんしかみれなかった尾崎の本当の部分、それは良いことも、悪いことも見てきたと思います。

今彼女が過去を振り返り手記をだすことに対して、批判めいたネット上の意見を多く見受けますが、(ひどいものだと尾崎を殺害した黒幕なども)もってのほかで、繁美そんも尾崎を愛したがゆえに尾崎に最も苦しんだ人の一人だと思います。
尾崎の愛を真正面から受け入れた人、共感した人、繁美さんも並大抵の人ではないと私は思います。

2023年05月24日

尾崎聡美さんの回顧録について

最近インターネット記事に掲載された尾崎繁美さんの回顧録は非常に読み応えがあった。
30年以上前の話とはいえ、まるで二人の生のドラマを見ているような生生しさを感じた。
繁美さんの証言がなければわからないの曲の秘話などが語られている。いや、曲という飾られた作品よりももっと生身の尾崎豊の姿があった。

尾崎繁美さんについて。とてもロマンティストな方だとおもった。尾崎豊の表現したい愛について理解し、共鳴しあうことができたから当然のことたとは思う。そして尾崎豊と同化すらし、つっぱしってしまったこともあったようである。それは繁美さんが特別たったからでなく、どの夫婦にも言えることかもしれない。「二人の人生分け合い生きるんだ」『忘れな草』の歌詞のように夫婦とはそのようなものだ。
また見城氏や、須藤氏などそばにいた人も尾崎豊ととても近い人はみな尾崎豊との距離感に戸惑い苦しんだ。
私は誰も受け止めきれない尾崎豊という人を受け入れた彼女をリスペクトしている。

東京ドーム公演の合間に奥様が入院し、それにつききっきりて寄り添う尾崎豊。傍目からみたらなんて仲が良いと思われたが、本当は「極度に寂しがり屋でやきもちやき」なだけなのに、と。そしてそのことは尾崎豊の才能の裏付けとなっていたと。この繁美さんの証言には鳥肌がたった。
それは私が私なりにこのプログで少しでも尾崎豊の真実に近づこうと書いている尾崎豊そのものだったからである。

尾崎豊の愛と激しく揺れ動くジェットコースターのような尾崎豊の感情にもまれる繁美さんの証言を読み私は気がつくと涙を流していた。

※これは私的なことであるが私がこのプログを書くに当たりもう一つ重要なことがあり、私の親しかった人(女性)が境界性であったことも私の経験上でものすごくこのプログを書く内容尾崎豊の真実へのアプローチに元になっていることを記しておきたい。


2023年05月22日

『米軍キャンプ』物語風の作品の頂点

『壊れた扉から』収録。
物語風のストーリーに詩の文学性、知る人ぞ知る隠れた傑作である。ストーリー調の曲は『ダンスホール』『アイラブユー』など尾崎豊の得意とするところであるが、この手の曲の最高傑作で頂点にあるのがこの『米軍キャンプ』だとおもう。
音楽プロデューサーの須藤氏が『尾崎豊覚書』の中で、尾崎の表現は詩人でもなく、作家でもなく、シンガーソングライターこそ一番表現力が出たという趣旨のことが書かれていたが、まさに同感である。尾崎豊の作家としての作品や、詩単体
としてみても非凡ではあるが、それが詩や文書単体としてではなく、メロディがつけられ、尾崎豊のボーカルに載せられたときに最大の力を発揮する。それが如実にわかる一曲といえる。

この『米軍キャンプ』は、聞く側も一本映画をみるような覚悟が必要な曲である。

2023年04月11日

尾崎豊のお兄さんが埼玉県弁護士会の会長に

ヤフーのニュースで尾崎豊のお兄さん尾崎康さんが埼玉県の弁護士会の会長になったと報じられている。
尾崎豊にとってお兄さんの影響は大きく音楽を始めたきっかけもお兄さんが使わなくなったギターを使い始めたことがきっかけだったとのこと。
お兄さんは尾崎豊の曲にも登場する。
「誕生」には「ポケットには別れた家族の写真がある俺は兄貴に肩を抱かれている」という詞がある。

尾崎豊の著書にもお兄さんとの家出したときに迎えに来てくれたピソードなどが書かれていたり、自分の思考の原点はお父さんとお兄さんの哲学的な討論を間近で聞いていたこととも語っている。

ともかくそんな尾崎豊のお兄さんが埼玉県弁護士会長にまでなり、60歳を超えた初老の写真姿見たとき、もし尾崎豊が生きていたらと尾崎の姿と重ねてみてしまう。初老のお兄さんの姿は時の流れを感じ、感慨深い。


2023年03月29日

あなたの方が尾崎豊よりも「人の愛しかた」を知っている

かつて尾崎豊は生前は10代のカリスマ、時には教祖とすら言われた。そしてなくなって30年以上立つ今、ネットの記事で尾崎豊の発言の一部を切り取り、尾崎豊はすべてを悟る愛の伝道師のような称賛を書いている記事やコメントが見受けられる。

しかし彼は愛の伝道師でも、カリスマではない。
愛に苦しみ、人や自分自身に傷つき苦しんでいた。だからこそ彼から出る言葉は、
愛、傷つき、裏切り、誠実、などのことについて語られいる。(見城氏がインタビューで語っていたことは私は同感するところである。)たしかに彼から発せられる言葉は、的を得て、強烈なメッセージ性がおります。しかし、その言葉を発している尾崎豊自身が、我々が普通に簡単にできた「人を普通に信じ、愛すること」ができなかった人とということを忘れてはなりません。

尾崎豊の著書『普通の愛』のタイトルはその皮肉でもあるようなきがします。
また『放熱の証』収録の『優しい陽射し』の「憧れがなぜか心を痛めるから」とは普通の愛し方ができることに憧れだと僕は思います。
だから普通に誰もが自然にできていることが、尾崎豊の苦しみの一つ出会ったこと、そしてそのことが多くの名曲を産んだ原動力になっていたと私は考えている。

2022年09月28日

『MARRIAGE』「Yes, I do」の持つ意味

アルバム『バース』収録曲。

この『MARRIAGE』はタイトルの通り結婚をテーマにしているが、幸せの象徴であるこの曲についても、彼の心の痛みと密接に関係した詩が包み隠さず表現されている。

「背負いきれぬ悲しみの数互いの笑顔の作り方
積み木のように重ねて過ごした」

「傷んだ心に君が泣かぬように」

「壊れた愛の傷跡が二人を悲しく包む
愛はとてももろいものだと」


この曲でも注目すべきは「優しさ」という言葉である。「手探りの優しささえも見つからくなる時に愛が冷めてしまいそうだから」これは、『ロザーナ』「お前は弱さを憎むようになり優しさの意味さえも忘れていた」に似た表現である。


「優しさ」の意味を考えてきた尾崎が結婚こそ「終わりのない優しさのはじまり」と結論付けていることである。
このことは尾崎が「優しさ」とはどのよう位置づけていたかを読み解くヒントとなるのである。

I wanna marry you(結婚してほしい)
というプロポーズの言葉は
エンディング付近でコーラスに入れ代わり任せる形で尾崎は「Yes I do」という言葉で答える。
プロポーズ受けることを意味する言葉はこの曲でもっとも印象的なフレーズとなっている。2回繰り返されたあと、、次の節ではコーラスが半音上がり「Yes I do、Yes I do、Yes I do」3回繰り返される。メロディ的にも美しく、尾崎の声はやや低く力強く凛々しく深くこの曲でもっとも印象的な部分となっている。
。それは「過ぎ去った日よりも今は君のこと愛しているそれが俺の答えだから」と力強い詩ともリンクしている。短い言葉でこれほど印象深く意味を成すのは、たった一言が結婚という二人の運命を決定づける重要な意味を持つからだろう。
そしてこのような言葉をうまく曲に当てはめるのは彼の表現的なセンス、音楽的センス、詩のセンスがをここでも感じることがある。


この部分の詩
は実話エピソードからかかれたようだ。
そして奥様の証言から重要なことが2つわかる。

?@「YesIDo」は尾崎豊の言葉を受けた奥様が答えた言葉である

?A「YesIDo」は「 you promise me to never ever stop loving me in your life?(君の一生をかけて僕を愛すると約束してくれる?)」という問いかけを受けた言葉である。
考えすぎかもしれないが、曲に登場する「結婚してほしい」フレーズではなく、「一生かけて愛してくれるか」という問いかけをしているという点は「愛」を深く求め続けた尾崎たからこそ、見逃してはいけない部分なのかもしれない。

尾崎豊の奥様の繁美さん回顧によるとの以下のエピソードによる。
尾崎繁美さんの回顧記事より引用
『FRAU』2022.12.29の記事より引用
「Do you promise me to never ever stop loving me in your life?(君の一生をかけて僕を愛すると約束してくれる?)」と問いかけてきて、私は「Yes, I do(誓います)」と答えました。誕生日に買ってくれたダイヤの指輪を私の指からはずし、指輪にキスをしてから、改めてもう一度、左手の薬指にはめてくれました。 この誓いの言葉は、のちに発表するアルバム『誕生』の中にある『Marrige』という曲の「I wanna marry you」という歌詞の後の「Yes, I do」というリフレインとなっています。 あの時、教会の前で誓い合った、ふたりだけの大切なしるしです。」


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