今が生死

今が生死

2020.06.24
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カテゴリ: 世界平和


昨日(6/23)は沖縄戦で万策尽きた牛島満陸軍中将が自決した日で沖縄慰霊の日と定めているがその日にちなんで悲惨な沖縄戦を振り返ってみたい。
1945年3月23日米国と連合軍は最新兵器をもった55万人の大軍で沖縄に攻撃を開始した。迎え撃つ日本軍は12万人、日本の司令部は沖縄を前縁地帯として本土決戦の準備が整うまでの時間稼ぎを指示していた。住民も巻き込んで戦ったが圧倒的な戦力に次々と侵略され6月21日には全土が占領されてしまった。日本側の死者は軍と住民合わせて約20万人、連合国側の死者は約2万人で圧倒的な敗戦であった。沖縄第一高等女学校の生徒や沖縄師範学校の生徒と教官は陸軍病院に動員されて負傷兵の救護に当たったが240名中136名が戦死し、そのうち10名は集団自決であった。本土への侵入を何としても阻止しようとして最後の砦を護ろうとして戦った日本軍と沖縄の人達に敬服、鎮魂の気持ちで一杯である。日本軍司令部はその時点で本土決戦になればなんとかなると考えていたので沖縄の人達に筆舌に尽くしがたい犠牲を強いることになってしまった。日本人を20万人も殺した残酷な連合軍は血も涙もなく人間の心のない獣だったのかと思ったが戦争とはそういうものなのかもしれない。連合国の沖縄戦の総指揮をとった最高司令官はこの戦争で戦死したが償いにはなっていない。戦争はいつも悲惨で残酷だ。しかし両陣営の最高司令官は常に住民の命のことを思ひ、残酷な作戦は立てないで貰いたいと思う。沖縄戦で苦しみ戦死なされた方々に心からの黙祷を捧げる。





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Last updated  2020.06.25 14:17:01
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