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今日ご紹介する本は、私の大好きな小川洋子さんの、読書案内です。もともと私はプロが書いた読書案内が大好き。このブログでご紹介してきた中にも、林真理子の「20代で読みたい名作」、斎藤美奈子の「趣味は読書」、柴門ふみの「恋する文豪」などがあります。「20代で読みたい名作」は、あまり本を読まない人に読書を勧めるために、読み上手が料理しておいしそうに書いた読書案内。「趣味は読書」は、社会背景や世相まで言及したベストセラー案内。そして、「恋する文豪」は、一般の読み手の飾らない感想を書いたもので、私たち本好きの感想文に、いちばん近いものだと思います。そしてこの、小川洋子さんの「心と響き合う読書案内」は、読み手としてというよりも、書き手の側から見た読書感想文というところが、とても興味深い点です。それぞれに好きですが、この小川洋子さんの本は、彼女の小説と同じように、しみじみとした幸せに包まれるような読み心地のいいエッセイでした。たとえば、川上弘美の「蛇を踏む」についてはこう書かれています。「普通小説は、ある到着地点をめざしてそこに着陸します。ところが川上さんの場合は、着陸するどころか、どんどん遠くへ、果てのほうまで行ってしまう小説です。たとえ読者がおーい、待ってくれと叫んでも、川上さんは聞こえないふりをして、勝手に足の赴くままに去って行ってしまう。そのような独特な読後感もあります。」村上春樹の「風の歌を聴け」についてはこうです。「それまでずっと私は、心の傷との葛藤を描くことこそが文学だと思っていました。その傷とどう向き合うか、どう克服してゆくかという問題と格闘することが文学だと。ところが村上さんは、そんなことは言葉では書けないのだという大前提に立って書いている。そこがいままで読んできた小説とまったく違うところでした。」また、作家としてだけではなく、母性で読むという彼女の母親としての側面も垣間見えて、小川洋子ファンとしては、ほんとうに満足できる本でした。変身、こころ、アンネの日記、悲しみよこんにちは、星の王子様、走れメロス、たけくらべ、車輪の下、銀河鉄道の夜・・・・・・・・・かつての文学少女、文学少年ならば、誰でも甘酸っぱい思い出までがよみがえってきそうな、書名の数々。本好きさんには自信を持ってお勧めできる、すばらしい本です。 ところで余談です。小川洋子さんは岡山市の出身ですが、私も転勤族だった父について、子どもの頃、岡山市に住んだことがありました。小川洋子さんの出身小学校は、なんと私も当時、1年間だけ在籍していたんですよ。もちろん年齢が違うので、私が6年間在籍していたとしても同時に通うことはなかったんですけど、なんだかうれしいですねえ。
2009.06.30
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英語の読書は、これまでGRばかりを読んできました。GRとは、Graded Readersといって、英語学習者のためのシンプルな英語で書かれた本のことです。学習者の実力に合わせて、いろいろなレベルのものが出版されています。今日ご紹介するこの本は、どこの書評を見てもとても評判がいい児童書です。アメリカに住む9歳の男の子Marvinのお話で、小学生向けの読み物です。レベルは、私がいつも読んでいるGRよりも少し低いくらいだったので、安心して読み始めたのですが、これがなんとも難しい!!!知らない単語ばかりが続けて出てくる出てくる・・・読んでいてもちっとも楽しくないし、ぜんぜん前に進みません。おかしいなあ、レベルは下のはずなのに・・・でもよく考えてみたら、GRは大人の学習者のために特に書かれたもの。児童書は英語を母国語として身につけ始めた子供のためのもの。私から見て児童書が難しく感じるのは、当たり前のことでした。分からないながらも、「辞書をひかない」「わからないところはとばす」という原則に忠実になんとか読み進めていくと、あら不思議。8冊シリーズを3冊読み終えたときには、かなりすらすら読めるようになっていました。単語の意味はやっぱり分からないんです。が、だんだんぼんやりとした大意がつかみとれるようになりました。前置きが長くなったけれど、今日ご紹介したいのはシリーズ4冊目の「Marvin Redpost Alone in His Teacher's House」です。担任の先生が出張で一週間留守にするあいだ、イヌのWaldoの世話を頼まれたMarvin。「なんで僕なの?」といぶかる彼に、先生は「あなたは大人だし、頼りになるから。」って答えてくれました。Marvinは誇らしさで、苦しいほどです。彼の幼いながらも率直で誠実な使命感は本当にほほえましくて、思わず応援せずにはいられません。飼い主恋しさから食欲をなくしてしまったWaldoにエサを食べさせるため、必死に工夫するNarvin。その涙ぐましい努力にもかかわらず、ある朝Waldoに大変なことが起こってしまったのです。う~ん、ネタばれになってしまうので書けないのがつらいわ・・・He did'nt know what to do.Do something!The words kept repeating inside his head.Do something!He looked at himself in the bathroom mirror and noticed for the first time that he was crying.ここまで読んだとき、私自身も自分が泣いていたことに初めて気づいたのでした。息詰まる時間のMarvinの気持ち、心無いクラスメートの言葉。わずか9歳の子供でも、その責任感や喪失感やさまざまなものに翻弄されたつらい時間。それらが、実に生き生きと表現されていて、私は自分が小学生だった頃のこと、子供が小学校に通っていた頃のことを次々に思い出しました。小さな心で、小さな社会で、いろいろなものと戦っていたあの頃。それは大人が社会で経験するつらさと同じか、それ以上のものがあるんですね。シリーズ8冊のうち、あと読んでいないのが3冊。Marvinがどんな経験をし、成長していくのか、楽しみでなりません。そして、全部読み終わったら、もちろん!もう一度1冊目から読み直さなくてはね。最初の頃はよくわからないまま、通り過ぎてしまいましたから。 Marvin Redpostのシリーズは、楽天ではすべて売切れのようでした。やっぱり人気があるんですね。
2009.06.12
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「猫を抱いて象と泳ぐ」という風変わりなタイトルが、読み終わった今は、これしかない、これ以上この感動を表すタイトルはない。という確信になりました。ポーン(歩兵)という名の猫。インディラという名の象。そして、少年が泳いでいるのはチェスという美しい海です。少年とチェスの物語に、少年のくちびるや、壁にはさまれて出られなくなったミイラや、回送バスの中のケーキの香りをからめながら、ひたすらチェスの海に漂い進められます。特に、くちびるがくっついて開かないという障害を持って生まれた少年に、祖母が語った話が秀逸です。「きっと他のところに特別手をかけて下さって、それで最後、唇を切り離すのが間に合わなくなったんじゃないだろうか。」「目か耳か喉か、とにかくどこかに、普通の人にはない特別な仕掛けを施してくださったのさ。きっとそうだ。間違いない」「それを見つけ出して生かすのは、神様じゃない、お前だよ。(略)ああ、お前が大きくなるのが、おばあちゃんは楽しみでならないよ。」そう言って少年を祝福してくれたおばあちゃんは、チェスを知らないのにもかかわらず、少年のチェスのゲームを見、その美しさに感動しながら亡くなっていくのです。そう。チェスの物語なのに、読み手はチェスのことを何も知らなくても大丈夫。ちゃんと感動できるようにできているのは、小川洋子さんのお手柄です。チェスの盤上には詩があり、音楽があり、何か表現できない美しいものがある。それをこの少年は見つけることができました。その才能が、きっと神に施された仕掛けだったのでしょう。ちょうど博士が、数式の中に美しいものを見つけることができたように。すると、ひょっとしたら他の何かの中にも、詩や音楽や美しいものがひそんでいて、誰かがそれを見つけてくれるのを待っているのかもしれない。ビルの掃除係が磨く床に、飼育係が刻むエサに、新幹線の運転席に、ありとあらゆる物に、神に選ばれた人にしか見えない美しい詩があるとしたら・・・そして何より、小川洋子さんは文章を書くことの中に、詩や音楽や美しいものをしっかり見つめているのだろうと、思います。 ただ交代に駒を動かすだけのゲーム。たったそれだけの行為を表現するのに繰り広げられる、小川洋子さんの言葉の奥深さ。豊かさ。「堪能」「酩酊」状態です。
2009.06.11
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