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今日のりんご狩りの手伝いの休憩時間に消防団の話題が出た。「都心にも消防団はあるのだろうか?」と言う話題。我々アラ還の3人で話していたのだが、オレの生まれた町には今でもある。ちなみにネットで東京の消防団を調べてみたらあった。 HPは → こちら「俺はそんなの知らないな~」と大阪から来たNさん。「俺も知らんけどあったんじゃあないかな?」と神戸から来たYさん。「消防団から勧誘なんて受けたこと無いよな」・・・オレも無い。災害が起きるとすぐに現場へ駆けつけて活躍する姿は、テレビのニュースなどでおなじみなのだが、実は今・・・団員のなり手がいないらしい。「地域の災害を守る」重要な使命を担っているのだが、如何せん・・・その組織のそもそもの始まりは江戸時代の町火消し。いつでも家にいて仕事をしないでも貧乏ながら食って行けた時代と、家族を養うために1時間も電車に揺られて通勤しなければならない時代とでは、あまりにも時代背景が違いすぎて、同じような組織を維持しようとすれば当然無理が生じるよな。それでも大都会にだって消防団はあるのだ・・・大したものである・・・!。翻って当地の消防団はどうか・・・?。とにかく人口が少なくなっているのにエリアは昔のままだから、団員のなり手がほとんどいない。8歳から33歳までが団員になれる年齢らしいのだが、特にその年代となると人がいない。この年代はちょうど働き盛りで会社勤めも忙しいし、大学生などはそもそも都会へ行ってしまっている。かくして「団員や~い」と適齢期の子供のいる家へ押しかけて行って、入団の勧誘をするのが団長以下の重要な役目となってしまう。この消防団にしてもそうなのだが、昔と比べて人口が数分の一にまで減ってしまっているのに、ここらの奴等はどういうわけか組織を縮小しようとしない。確かにここまで人口が減っても消滅してしまった部落はまだ無いし、人口が減ろうと増えようと村や部落の広さは変わらないので、年寄り連中が昔の組織にこだわるのも判らないわけでは無い。が・・・消防団に年寄はいない・・・33歳以下なのだ。だったらさあ・・・チットは考えろよな。適齢期の人数を全部集めたってたかが知れているんだよ。もう以前と同じ組織を維持するのは・・・はっきり言って無理。ところが、ここらの奴等はとんでもない暴挙に打って出た。前述の年齢範囲の子供が一人でもいる家から罰金を取っているのだ。男に限らず女でもその年齢の子供がいれば取られる。消防団員が一人でもいれば罰金は無しなのだが、該当年齢の子供がいて一人も団員になっていない家は年間1万円の罰金らしい。勿論、「罰金」とは言わずに「消防協力費」と言う名目だが、この消防協力費は家族の中に消防団員がいない家からは年間千円を徴収される。該当年齢の子供がいてその中に団員がいないと1万円に跳ね上がるという事だ。勿論、東京の大学に行くために下宿していても、東京の大学を出てそのまま東京の会社に就職してしまっても、その息子や娘が34歳になるまでず~と、ここに住んでいる家族から「消防協力費」として1万円が巻き上げられると言う、ヤクザも真っ青な集金システムが確立されていて、ここらの奴等はそれに全く疑問を持っていないという、なんともオレには理解不能な現実がある。で・・・オレンチの息子がそれに引っかかった。息子は19歳なのだ・・・しかし・・・高校4年生。定時制の高校に行っているのでまだ4年生在学中なのである。そこで、昨夜の月例常会で・・・もめた。「18歳以上だから該当する」・・・と言うジイサン。「高校生は除外することになっている」・・・と言う意見。そこで・・・オレははっきり言ったね。「そんなのどっちでもいいよ。 但し、1万円取られるんなら自治会から抜けるけど」。この一言でケリが付いた・・・。「まあ・・・来年からという事でムニュムニュ・・・」という事で今回は千円になったが、来年までにはこの制度を改めないといけない。「子供を増やせ」といっておきながら、「子供がいると金を取るぞ」と言う全くおかしな仕組みなのだ。仕組み自体が子供を生みにくく育てにくくしていることが、全く判っていない。消防団の件はほんの一例なのだが、とにかく本気で「子供を育てやすい環境」を作ろうとする様子が見えない。だから、若い元気の良い年代がみ~んな出て行ってしまうんだよね~。とにかく、いつも言っているのだが、ここに住んでいる奴等の頭で考えていてもどうにもならないのだ。村を出て行ってしまった人の意見を聞いてみよう。今住んでいるところとこの村のどこが違うのか?。どうして出て行ってしまったのか?。どういう風にすれば戻ってくる気になるのか?。まずは彼等のいう事に耳を傾ける事から地域再生は始まるのだ。エライ先生の話を聞くよりよほど即効性がある・・・とオレは思う。
2010年11月27日
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この辺りの奴等と飲むとき、何を飲むかと言うと、最も多いのが燗をつけた日本酒で2番目が焼酎だろうか?。その次にビールと言う順番だと思う。ウイスキーとかブランディーとかワインとかを飲むことはまずない。ところで、オレも奥方殿も洋酒派である。家で飲むのは・・・と言ってもほとんどオレは飲まないが、晩飯時に奥方殿がビール(勿論第三のビール)で、風呂から上がると再びビールを召し上がり、最後のナイトキャップは安ウイスキーの水割り。オレはと言えば息子の学校が休みの日に、その時の晩飯のメニューによってごくたまにビールかワインを少々。息子殿と二人で話をしようと思い立った時にも、薄目の水割りを2杯作って持っていく。息子も親子で杯を傾けるのに悪くない年頃になってきたのだ。ある夜のこと、奥方殿のガス抜きにといつもの旅館のスナックへ飲みに行った。店に入った時は客はオレたちだけだったが、地元のなんとかの会合があったとかで、すぐにジイサンどもが4~5人ほど入ってきた。その中にはオレが日ごろお世話になっているジイサンもいた。彼等は会合の二次会なので当然自分達のテーブルに着く・・・筈。ところがそのうちの一人が奥方殿の隣へどかっと座り込み、「オイ・・・何を飲んでいるんだ?」と言うが早いか奥方殿のグラスに口をつけてグビッと飲んでしまった。思わずオレたちは顔を見合わせた。イヤア・・・まあ・・・お世話になっているといえども、それほど親密にしている訳ではないのでね。常識人ならまずこんなアクションは起こさないだろう。向こうは親しみを表したつもりなのかもしれないが、こちらはそんな行動を予期していないし望んでもいない。「な~んだ・・・麦か?、こんなの飲んでちゃあだめだ。 こいつを飲んでみろ・・・美味いぞ」。やおら立ち上がり、自分の席から飲みかけのグラスを持ってくると、そいつをグイッと奥方殿の面前に差し出した。さて、我が家の奥方殿は過剰ともいえる潔癖症なのである。オレが間違えて奥方殿のスリッパに足を入れたことがあるが、オレが唖然とするほど怒り出したことがある。ビールやウイスキーを飲むグラスも自分専用のを使う。そいつに間違えて口をつけようものなら烈火のごとくお怒りになるのだ。そんな奥方殿である。他人の飲みかけの物など飲める訳が無い。「エエエッ・・・イヤ・・・いいです」。両手のひらを相手に向けて拒絶しながら断ったのだが、「いいから飲んでみろ」と相手はしつこい。仕方が無いのでオレが中に入った。「あのねえ・・・だめなんだよ・・・こういうの。 奥方殿は他人が口をつけたものは飲まないの!。 お~い・・・このグラス新しいのと取り替えて!」。目の前でさっきジイサンが口をつけたグラスを取り替えてもらった。こういうのは「ビシッ」と言っておかないと何度も繰り返されるのだ。「オレたちは人が飲んだグラスなんかで飲みたくないの。 だからこういうの止めてよね」。しっかりと「厭味」に聞こえるように言ったのだが、判っているかどうか定かではない。そう、このジイサンがこういった行動を起こすのは3度目なのだ。いやいや、このジイサンだけではない。お祭りなどの飲み会へ出るとオレのビールのグラスを平気で飲んでしまう。それならまだしも、どこかから持ってきたグラスを渡されて、「さあ飲め」などとそいつを目の前に突き出されてビールを注がれる。オレは飲めないこともあっていつもグラスを満たしておくので、ビール瓶を持って回ってくる奴等は注ぎようが無い。だから自分で飲んでグラスを空にしてまで注ごうとする。何人もがやるもんだからグラスには人数分の口の跡が付いている。日本酒の杯も同様に「オレの酒が飲めんのか~」と来る。だから宴会は嫌いなのだが、今回の事件は宴会なんかではなく2組しか客のいないところで起こった。もっとも基本的にここらのジジイは助平で、女と見ればそれが誰であれ必ず寄って来る。だから、この旅館のラウンジの手伝いでカウンターに入っていたときも、宿泊客と地元のジイサンがニアミスを起こすとハラハラする。ある夜などはあまりひどいので、「てめえなんぞは出て行け」とオレはどなった。温厚でジェントルなオレはめったに怒鳴るなんてことはしないのにね。なんでもいいけど・・・ここらでは静かに飲むなんてことは出来ない。席が別になっていてもいつの間にか入り乱れて宴会状態になってしまう。まあ、こういったことがお好きな輩ならそれで良いのだろうが、オレはイヤだね~。かと言ってタクシーを使ってまで飲みに行くのもな~。飲み代よりもタクシー代の方が間違いなく高くついてしまう。だから近所で我慢するしか無いのだが、このジジイどもの行動パターンは何とかならないものかね~。
2010年11月19日
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ろくでもないことで召集されることが多すぎる。オレは今年は「公民館の広報」担当なのだそうだ。勿論、オレに「受けてくれますか?」などと聞いてきたわけではない。どこかの会合で勝手に決められていたのだ。そして、その「公民館の広報」と言うやつがどんなことをやらされるのかも俺は知らなかった。で、まずは年度始めの初会合に出席・・・しなかった。実は忙しくてコロッと忘れていたのだ。2回目の会合の案内が来たので一応出席したのだが、公民館報の発行が主な仕事らしいことがそこでわかった。つまり「新聞作り」係りらしいのだ。オレは平日は必ず息子を学校まで迎えに行かなければならない。だから夜は8時半には出かけなければならないのだ。ところがこの広報の会合はなぜか7時半から始まる。で、オレはいつも途中で退席という事になる。10人ほどの人数で公民館報と言うチャチな新聞を作るのだが、もう・・・見ていて・・・イライラする。「テメー等、民間の会社なら全員・・・クビだー」と叫びたくなるような効率の悪さなのだ。その上、人数が多過ぎるものだから余計に作業ははかどらない。「あーでもない、こーでもない」と訳のわからない事を言う奴もいて、まるで「新聞作りごっこ」で遊んでいるように・・・オレには思える。1回の新聞発行に必要な実際の仕事量は、親分一人とサブ二人の3人で2回も集まれば出来てしまう程度。オレならメンバーを新聞発行回数に分割して担当を決め、それぞれのメンバーの出席は年に1回から2回で済ませてしまうのだが、なぜそういう風に考えないのかな~。ところで、なぜオレが・・・広報なんぞにご指名されたのだろう?と考えると、思い当たる節が無い訳でもない。娘が小学校の時と息子が中学校の時に学校新聞の係りだった。そして、自分自身のをはじめ、当地のホームページの全てをオレが作っている。そんなことで「あいつを広報へ」と安易に決められてしまったのだろう。さて、オレは編集会議なるものに1~2度しか出ていない。なにかと用事が重なってしまうのと、息子の迎えの時間もあるのでなかなか出席できないのだ・・・!、と言うのははっきり言って言い訳で、「出席せねば」と言う強い意志が無い。自分自身でも「どうでもイイヤ」と思っている。まずは・・・広報のメンバーの年齢がオレには合わない。そして、やり方がアホほらしくて付き合いきれない。「息子の迎え」と言う伝家の宝刀を持っているのでサボりやすい。などなど、色々な理由があって出席する気になれない。しかし、本心は別のところにある。とにかくこの広報・・・会議の回数が多すぎるのだ。いやいや、この広報だけではない・・・なんやかんやと集まりが多いのだ。とにかく「役」が多すぎる。少子化・高齢化に加えて人口減で、もう昔と同じような組織を維持していくのは無理なのに、まだそんなことにこだわっている村の上層部のアホーどもに、オレは孤軍奮闘・・・態度で示しているのである。つまり、広報を例にとっても、オレが出て行かなくても問題なく仕事が回ってしまうという事は、こんなに役員の人数は必要ないという証明なのである。一事が万事・・・こんな調子でウダウダと会議ばかりが開かれ、やれ大掃除だのやれなんだかんだで・・・結局は飲み会?。つまるところ・・・みんな暇だし金持ちなんだよね。仕事を休んだり早退したりしても会議には出てくるもんね~。おれの優先順位ははっきりしているぞ。一に子供の為を最優先、二に仕事を優先し、三に自分の楽しむ時間。まあ・・・広報なんぞはその次か又その次あたりなので、やはり・・・出ないんだよね・・・会議。最も、このBLOGはオレンチの村の人も見ているので、こんなことを書いたら大変なことになる・・・なんてことは無い。会議でアーダコーダと言いながら暇つぶしをしているジイサンどもは、所詮インターネットなんか見られやしないし、ましてやBLOGなんてとてもとても・・・。とにかく・・・事業仕分けが必要なのは、政府よりも地方なのだ・・・と書いても見てもらえないのだよ・・・残念。
2010年11月17日
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冷たいね・・・空気が刺すように尖っている。まるで・・・冬のように・・・星が多い空。明朝はは市内で2度の予想気温なので、ここらなら0度だろうね・・・凍ると不味いな~、まだ、水廻りの冬支度をしていない。ところで先日「赤飯饅頭」なるものをはじめて食った。実はこいつは以前から気になっていて、息子を学校へ送っていくと、近くに「赤門」とか言う菓子屋があってその前に看板が出ている。なんじゃこりゃぁ?といつも興味を持っていたのだが、ようやくありつけたと言うわけだ。う~ん・・・なんとも言えない味と食感。金を払ってまで食いたくないな・・・オレは。飯田は和菓子の名店が多い町だと聞いている。老舗の和菓子屋も少なくないらしいのだが、奥方殿が洋菓子派なのでなかなか買ってきてはくれない。我が家では「甘味」よりも「スイーツ」が優先するのだ。それでもたまに買ってくると「栗きんとん」!、が、奥方殿ほどにはこれをオレは美味いと思わない。恵那峡や中津川へ行く時は必ず「栗きんとん」をねだられるのだが、高い値段の割りにオレの好みではないのでついつい忘れてしまい、その度に奥方殿にしかられる。「ここの饅頭は有名なんですよ」と言われて食ったのが、茶色の皮に漉し餡をつめて蒸した「一二三屋」の饅頭。これもオレには今ひとつ・・・だった。茶臼山CCへゴルフに行くと、阿南町の新野にやはり似たような饅頭を売っている和菓子屋があって、一緒に行った連中は皆ここの饅頭を買って帰るのだが、試食した限りでは「一二三屋」の饅頭とほぼ同じ。オレはつぶ餡派なので漉し餡はあまり美味いと思わないのだ。その伝で行けば「金つば」が良いね。特にここらの「金つば」は「甘すぎない上品な餡」が魅力。良い小豆を使っているので、いくらでも食えてしまう。そして、我が家ではオレ以外には誰も「金つば」を食べ無いので、オレが独り占めできるのもなお良い。背中を丸めて熱いお茶をジュルジュルとすすりながら、大事そうに「金つば」をほおばっている姿は?、こいつはまるで爺さんだな・・・オレも年を取ったもんだ。最もオレはウイスキーの水割りと一緒にこれを食う。「ウゲッ」と言う無かれ、大福をつまみにビールを飲むのも似たようなもの。オレはこれもやるけどね・・・。そんでも・・・飯田の「金つば」は概ね美味い。愛知県の岡崎市に「備前屋」と言う菓子屋があって、「手風琴の調べ」と言う和洋折衷的な菓子を売っているが、オレも息子もこれが好きで行く度に買って帰る。この「手風琴の調べ」に似たのが飯田の何とかと言う?和菓子。あの~それ・・・あれだよあれ・・・なんて始まるともう最悪、ダメだね~・・・コロリと名前を忘れてしまった。食えば思い出すけどね。「おいしいケーキ屋さんが無いんだよね~。 いろいろ教えてもらうけど・・・高いだけでどうもイマイチ」と洋菓子派の奥方殿はお嘆きなのだが、和菓子派のオレは「金つば」を筆頭にまずまず気に入っている。だいたいオレの好みは標準とはかけ離れていて、クリスマス等のケーキは「バタークリ-ム」を好むのだ。「ウエッ・・・気持ち悪りい・・・!」と奥方殿をはじめ家族全員に馬鹿にされているのだが、あの「コリッ」とした歯ごたえと、ベタッと唇の周りにまとわり付く脂臭さがたまらない。生クリーム至上主義のこの時代・・・どうだい・・・変わり者だろう?。あんこは「つぶ餡」でクリームは「バタークリーム」、今時の中国のケーキ屋さんで食べられる組み合わせだそうだ。毒々しい派手な色のデコレーションケーキ・・・中国的だよね!。赤地に金文字で「歓迎光臨」なんて書いてあるかも?。なんでもいいけど今夜は寒いな~。「金つば」をお供に濃い目のホットウイスキー・・・良いね。でも・・・「金つば」なんぞを買ってはくれないもんね。大福でも・・・良いけど・・・それとも栗饅頭?。糖尿病にきをつけなくっちゃぁ!。
2010年11月10日
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奥方が切れた・・・!。このところずっとあまり天気が良くなかった。ふとん干しや洗濯が大好きな我が奥方殿にイライラが募る。ところがここ2~3日は雲ひとつ無い秋晴れ・・・、奥方殿は歓喜の声を上げながら娘の布団を干しにかかった。勿論、「おとうさん・・・カマキリ・・・見てえ」とおれに「露払い」ならぬ「カマキリ払い」を依頼してから。イヤ・・・本当に良いお天気で、オレもその気持ち良さはわかる。オレお手製のデッキにいそいそと布団を干す奥方殿は久々の笑顔!。オレはその顔を見てなんとなくほっとした・・・のだが・・・!。その時・・・奥方殿の眉間に深~いしわが刻まれるのを見てしまった。一瞬鋭くなる眼光・・・そして口から出た言葉のおぞましさ・・・。「ばばあ・・・おぬしは何をするのだ~!」。隣の奥さんが完全防備体制を固めた格好で枯れ草を集めている。我が家のすぐ下の畑で・・・。久しぶりの好天だ・・・布団干し日和だ。田舎なんて大嫌いだけど、この空の高さだけは魅力。もう何日も干してない娘や息子の布団・・・、今日しかないんだ・・・今日しかぁ・・・!。ところが・・・この天気で枯れ草が乾いたと思ったお隣さんも、野焼きを始めようとしているのである。草刈機で刈られた草はそのまま暫くほおって置かれるので、雨が降ると濡れてしまう。いくら天気が良くても草は完全には乾燥しない。表面の乾いたやつはメラメラと勢い良く燃えるのだが、下のほうは湿っているので、一種独特のにおいを発しながらブスブスとくすぶる。燃え尽きるまでに長~い時間を要するのだ。野焼きを経験したことの無い都会の人には理解できないのだろうが、この生乾きの草を燃すとめちゃくちゃ臭いのである。そんでもって、我が家のすぐ下やすぐ上でこれをやられると、一日中洗濯物や布団に煙があたりほぼ燻製状態で、くさ~い臭いがしっかりと染み付いてしまうのである。「奥さん・・・私、今、ふとん干してるの。 下で草を燃されると布団が臭くなるから、 草を燃すんなら夕方にしてくださいな」。我が奥方殿は立派に「正論」を口に出した。近所の人間関係を考えるとなかなか正論は口に出来ないものである。「ここはイナカだでな~・・・こんなことはしょうがないんだに?」。反撃を食らった。「イナカとか都会とかじゃあなくて布団が臭くなるの。 今、燃さなくっても夕方でもいいじゃあないですか。 私はもう布団を干してしまったのだから」。これも然りなのである。「夕方は風が出るでな~」必ず風が吹くわけではないので風の無い夕方にすれば良い。そもそも野焼などは急ぐ必要が無いし、お隣の奥さんは仕事を持っているわけではないので時間はたっぷりある。どうやらこの口論はオレの目で見る限り我が奥方殿に分がある。しかし・・・正論を言った後は結構気まずいものだ。明日からはオレに対する視線も厳しくなりそう。まあ・・・なんでも良いけどね。ぐずぐず言われたら負けずに言い返すだけさ。今回は珍しくオレは奥方の肩を持つことにした。フレー~フレー~・・・!。
2010年11月05日
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早朝は晴れていたが今はどんよりと曇り空。冷たい風も吹いてきたし遠くの山の頂きには雪も・・!。いよいよその季節になってきた。ところで今朝、娘を学校まで送っていく途中のラジオ番組で、「旧暦で暮らそう」と言う放送をしていて、オッとオレは耳を傾けた。マック・コーク文明に毒され、為替の僅かな動きに振り回されながら、大きく価値観を変えてしまった今の日本の幸福指数は最低。四季を楽しむゆとりを持ちながら心の感性を取り戻すには、案外この「旧暦(太陰暦)」と言う奴はいいかもしれない?。最近では金のある無しが幸せの尺度となってしまっている。今の日本人はごく一部を除いてほとんどが貧乏なので、つまり日本人の大部分は「不幸」・・・という事になる。しかし、ほんの数十年前までの日本人は、移り変わる四季を感じながら自然を愛で、山の幸・海の幸ををその旬に味わいながら、家族が力をあわせて生活を支えていた。そして、貧しくても・・・それなりに幸せだった・・・ような気がする。その頃は今よりももっと旧暦(太陰暦)が幅を利かせていて、お正月などは「旧正月」もあって2度も来た。当地では元旦明けの小正月に「どんど焼」と言う行事が行われるが、今では「小正月」に最も近い日曜日に行われるとうに変わった。小正月が平日にあたると会社勤めの人が出られなくて人が集まらないからだ。春と秋の祭りも日曜日になった。そもそもこの7曜日は西暦が元になっていて、西暦は太陽暦が基本なので、日本の伝統行事は太陰暦を元にスケジュールが組まれているので、そもそも7曜日はそぐわない。しかし、現代の社会システムは西暦(太陽暦)がベースとなってしまっているので、1年12ヶ月1週間7曜日のリズムで無いと、生活自体が成り立たなくなってしまっている。学校然り、お役所然り、会社も工場もそうである。そして、国際的にも概ねがそうなってしまっているので、太陽暦の西暦日付が世界共通で、キリスト教徒でもないのに、日曜日が休みで12月24日はクリスマスイブなのだ。一見、合理的に見えるこのシステムも、実際の四季を基にした日本の伝統とは少しずれてずれてしまうのである。一例を挙げれば「中秋の名月」。十五夜の時期は太陽暦では「中秋」ではない。その点、かたくなに旧暦を生活の中のメインとしている中国では、季節感と暦の移り変わりに違和感が無い。日本文化は中国の文化を元に独特の進化を遂げてきた。癪に障るが歴史の流れの中では所詮中国には勝てないのである。日本が中国に優越感をもてたのは、日清戦争から僅かここ100年前後のこと・・・、その前の4千年は中国に教えを請うていたのだから、この暦も遠慮なく使わせてもらうほうが良い。そして、しなやかな感性を磨いて日本の魅力を楽しもうではないか?。ちなみに・・・今月7日は「立冬」だ。そういえば子供の頃は11月ともなればそこそこ寒かったような記憶がある。ここ数十年で急激に温暖化が進んだという事なのだろう。ところで、冬が寒くならないと一番困るのが市田柿の生産者。あの独特のネットリ感と濃厚な甘さは冷たい北風にさらされてこそのもの。夏が暑かった分、今年の冬は寒いような気がする・・・のはオレだけ?。でも・・・今年の農産物は生産量は減ったがうまさは絶品。市田柿がとても楽しみである。 南信州の絶品市田柿は → 信州ネットドットコム
2010年11月02日
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