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絵日記はやっぱりあれっきりになってる(^^;)しかし、やっぱりいろいろ知識を得ておくって大事なんやなー、と思った。だって絵日記なんて自分で文考えて絵もそれらしく書いて、字も何も見んと自分で書くもんや、と思ってた。でもそれは最終的な姿でいきなり完成形を求めているって事やってんなー。HP見たり、本読んだりしたお陰で段階を踏んでいかなアカン事がわかった。文を作るにしても普段から上手く聞き出したりしてお話する段階も踏まんとあかんし、いきなり文を考えながら本人が書くんじゃなくて、言ったとおり書いてやったお手本を写させるとかしていかなアカンのや、という事もわかった。そらそうや、読点、句読点なんか教えてないねんもんなー。真似さして、そういう記号がある事に気付かせて、なんとなく使い方を覚えた後で、学校で「読点・句読点」という名前や意味を勉強する事になるんやろ。それに絵も最初は文章に関係なくてもエエらしい。絵日記に慣れて来たらそれとなく関係の有る題材をすすめてあげたらええのんかなー?でも、私がもともと想像してた絵日記やったらまだ3年は無理やったと思うねんけど、こうやってボチボチ練習していったら、一人で全部出来るようになるのが同じ3年後やとしても、書く内容も文も絵もレベル違いになるのは間違いないわ。特別な事が有った時だけでもなんとか書かせよう。出来れば週1で。ところでまあちゃんのフルート初舞台が2/26に決まった。まだ指が届かなくて同じ音のリズム奏の予定やけど、「メリーさんの羊」を600人収容のホールでやる事になった。大丈夫なんか。。。?多分同じ教室のお姉ちゃま方と一緒に5人で出るんやと思うねんけど。フルートは総勢でも5人。ヴァイオリンなんて何十人もいるねんけど。希少価値はあるけど、不安やぁ!
2004年12月24日
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初めて続きである。一つの目標でもあった絵日記。ついに第一号が!手紙に気を良くした私は(まあちゃんではない(^^;))まあちゃんが書ける字はまだ10個程度なのにも関わらず、絵日記を書かせてみようと思い立ってしまった!A3の用紙を縦に使ってPCで上半分は絵を書くようにして、下半分は日付と曜日、天気、名前を書く欄と1マス2.5cm角の文を書く欄を作った。家に帰って早速まあちゃんに「今日は絵日記書いてみぃひん?今日楽しかった事とかなんかない?」と聞くとドッチボール(正しくはドッジボール?よくわからん)が楽しかった、と言うのでそれを書くことに。「きょうは、ドッチボールがたのしかったです。」これだけの文章やけど、この前の手紙に続いて、ちゃんと日記らしい文章を考えてくれたので感激。お手本を書いてあげたけど、1/3くらいはほんの少し手も添えた。だってもともと書ける字はこの文の中では[き][は][ー][し][て][つ][で][す]だけやし。絵は園庭でまあちゃんがボールを何故か蹴っているところ。隣接の乳児園庭や遊具も描く、というより所在を○や線で表しているだけ、という感じだが、いつもの単色ではなく、3色使ってるし、なかなか頑張っている。思ったよりずっと良い出来。うーん、すごいぞー!しかし・・・ここの日記もさぼりまくりの私にまあちゃんに絵日記を続けさせる事はできるのだろーか・・・?プリントやる時間さえ、怪しくなってきた今日この頃である。
2004年12月21日
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金曜日、保育所でクリスマス会があった。サンタが来て、プレゼントを一人ずつ手渡してくれたらしい。まあちゃんのクラスは白木の独楽。紐を巻いて回すヤツです。よっぽど楽しく嬉しいクリスマス会だったのか、保育所から帰る道々、「まあちゃん、先生にお手紙書くわ。先生こんにちは、サンタさん来てくれたね・・・」などと文章を言い始めた。ちゃんと手紙風文章になってるやん!常々、字はいつか書けるようになるやろけど、読んで理解する事と、内容を要約したり、感想を纏めたり、自分で文章を作れるようになる事は非常に重要だと思っているので感動的に嬉しかったー。小さいけど、一歩踏み出した感じ♪よく早期教育反対の一般の人が(専門家ではない)「ちよっとくらい早く字が読めたり書けたりしてもみんな普通にしかならへんやん。私かって2歳で字が読めたらしいけどこんなもんやで。早くからさせる事に何の意味があるの?」とか言わはる事があって、私の友人も七田通信を始めた頃に言われて「答えられへんかった。なんか違うのは判ってるんやけど・・・」と複雑な表情をしててんけど。それって継続してなくって、教える方がそこで完了したと思ってやめてるねんな。ほんまはそこからが問題なんとちゃうかなー。字面を追うだけやったら一見読めてるみたいやけど、意味がわかってへんから読んだって文字通り意味が無いやん。字が書けるのと文章が書けるのは天と地ほども違う事やし。単に読み書き出来るとこまではまだ簡単やけど、読解力とか文章を書く力を付けてやるのは親の方が結構難しいのもあるんやろな。読みも絵本で終わったらアカン、と思ってる。次に児童文学、そして本格的な文学を読みこなす基礎作り。自称活字中毒の私も「児童文学」で一端止まってしまった。だから難しい本を読みこなす力はいまだに無いねん。そのあたり、斎藤孝著子どもの日本語力をきたえる 親子で読む『理想の国語教科書』この本を立ち読みして(来月買います。今月買い過ぎにつき。)何が良くなかったんかわかった。読書力は小学4年~中学2年くらいが 飛躍的に伸びるらしい。私は何故か中学~短大卒まで殆ど漫画以外読まへんかってんな。漫画が悪いんやない、漫画だけはなんとか読み続けてただけ。実際漫画もその期間は読む冊数が少なかってん。なんでかはわからへん。小学校6年までと社会人になってからは活字中毒状態なんやけど。で、上の本を参考にまあちゃんには本格的文学を読みこなせるとこまで持っていってやりたい。書く方は私も苦手なんやけど、絵本やいろんな出来事の感想を聞くことから始めて、日記や手紙を書く事につなげたいと思ってる。こっちは自分が苦手やから、具体的な進め方がまだ良くわかってない。という事でまあちゃんがちゃんと手紙風の文章を言ってくれたのはすごく嬉しかってん。家に帰ってお手本を書いて、と言うので画用紙に言うとおり大きな字で書いてあげた。せんせい こんにちは。サンタさん きてくれたね。ケーキも つくってくれたね。クリスマスかい たのしかったねこれでおしまいなんやけど、「ちょっと長すぎるからお母さんが書いたお手紙でええわ。」というオチがついて、お手本をそのまま手紙にする様子。もともとまだ書ける字も少ないし、無理やろうと思ってたけどねー。で、「お名前だけ書いたら?」というと、クラスと名前、ツリーの絵を書いた。ツリーの絵も上出来。いつもの単色・適当に書いて途中で止めるのとは違って、はっきりツリーやと判る!てっぺんには星らしき物も!かなり本気で誉めまくり、今日先生に渡したらなくなってしまうんでカラーコピーも取ったで!
2004年12月20日
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まあちゃんの保育園の先生が突然亡くなられた。正職員ではなく、アルバイトとかで入っておられた先生だと思うんだけど、50歳くらいやった。くも膜下出血で突然倒れはったらしい。・・・やさしい先生やった。担任をもたはる訳ではなく、フリーで主に乳児組のヘルプに入ってはったんやけど、帰宅時間がうちと同じくらいだったので帰る時に良く出合った。必ず「まあちゃん」と声をかけて頭を撫でてくれたり、両手でまあちゃんの手を包むように握って顔を覗き込み、「また明日~。」と言ってくれたはった。「まあちゃん、ばいばい~!」と手を振る若い先生とはまた違う感じやった。赤いジャンバーを着て小柄な身体でミニバイクに乗って颯爽と帰って行ったはった。おばちゃんくさい声、と言えばそうなんやけど、落ち着いた低めの声があったかく耳に残る。まあちゃんに先生の死を告げた時も一瞬表情が凍っていた。まあちゃんは結構感受性が豊かなんやけど、あんまり表には出さない。ぽつんと「もう二度と会えへんの?」私「うん。。」ま「優しい先生やったのにな。さみしくなるな。悲しいなぁ。」真面目でしょぼんとした顔。私「土曜日、お葬式なんやって。先生にさよならって言いに行く?」ま「うん。行くわ。」実はお葬式に私は行くつもりやったけど、まあちゃんを連れて行くかどうか、かなり迷って人に相談したりもしたんやけど、最後はまあちゃんに聞く事にしてん。それでまあちゃんが行く、と言ったんで連れて行く事にした。お葬式には保育園の先生方がたくさん来られていて、園児も少し来ていた。親だけ来ているところも有ったし、もちろん園関係以外の方もとてもたくさん来られていた。先生の娘さんがまだ専門学校生だというのに途中涙につまりながらも気丈にお別れの挨拶をされていた。娘さんは吹奏楽をされているらしい。そう言えばちょっと前に、亡くなられた先生と園の玄関で話していた時、まあちゃんがバイオリン演奏の真似をノリノリでやっていたので、先生が「まあちゃん、何してんの?」と声をかけられ、私が「バイオリンを弾く真似なんです。なんだか楽器が大好きで・・・」というと「うちの娘も吹奏楽やってるねん。。。」と言わはった。言い方がちょっと楽しそうな感じではなかったので「そうなんですかー。」とだけ言ってそれ以上詳しく聞かなかった。また今度、と思っていたんやけど、もう聞けなくなってしまった。あまり楽しそうに話さはらへんかったのは娘さんの挨拶でわかった。娘さんが吹奏楽をやる事は周りの人にあまり良いように言われてなかったようや。「お母さんが一番に賛成してくれた。」そう娘さんは言うたはった。お焼香もさせるべきか迷って他の園児の様子を見ていたけど、女の子はやっぱりお母さんを真似てやっているが男の子は手を合わすのがせいぜい。あまり形式ばかり気にするより、先生とのお別れの場、という事を大事にしよう、と私はお焼香をしたけれど、まあちゃんには隣に立たせ、飾られている先生の写真を見て手を合わせ、先生が天国にいけるように祈ってあげて、と言った。仏式やったから天国、というのも変かも知れへんけど。棺に花を入れてあげるのは手を隠して嫌がったけれど、棺を覗き込み、じっと先生の顔を見ていた。後で「口に綿が入っていた。」と言っていたので本当にじっと見ていたんだな、と思った。長丁場やったんで、まあちゃんも流石に最後の方は「疲れた。もう飽きて来た。」と小声で私に訴えていたが、うろうろ歩き回る事も大きな声を出す事も無く、よく頑張っていたと思う。状況をよく理解出来ていたのだと思う。霊柩車を見送りながら、先生はこれから火葬場へ行くんや、と話した。私「先生の身体はもう動かなくなってしまったから残念やけど燃やすねん。」ま「でも心は死まへんのやろ?」(まあちゃんは死ぬ、死なないを死む、死まへんという。)私が言おうと思っていた事だった。私「うん、そう。心は死なへんよ。ずっと生きてる。だけど、体が無くなってしまったらもう声を聞く事とか手をつないだり触る事は出来ひん。それが悲しいんやな。すごく悲しい事。そやけど心は生きてるから心の中でお話したりする事はできるんやで。」まあちゃんは納得した様子。心が本当に生きているかなんてホンマはわからへん。「死んでしまったらそれで終わり。心や魂が生きてるなんて、生きている人が勝手に言ってるだけ。心の中に生きているなんて、単に覚えてるっていうだけなんじゃないの?」なんて言う人もいるかも知れへんけど、そうは思いたくないな。「優しい先生やったのにな。さみしくなるな。悲しいなぁ。」まあちゃんは何度も言っていた。けろっとしていたけど2日連続夜中に少し泣いていた。「大丈夫。お母さんがそばにいるよ。」というとすぐに眠ったけれど。優しかったM先生、心からご冥福をお祈り致します。。。
2004年12月13日
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