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たまたま、テレビをつけたら、やっていた。今日のテーマは、天下り禁止法で役人の腐敗した実態を追求・VS 官僚・東大生軍団。官僚志望の東大生の言葉、あきれたねえ~。「天下り官僚の時給は500円!」という案に「僕たちは、塾、塾、塾で、勉強して、大学に入っても、官僚になるための塾のようなところへ通って勉強しているんだから、それ相応のものをもらうのは妥当(うんぬん)」。言葉はちょっとちがったけど、こんな内容のことを言った。それにロックシンガーの話を出して切り返した太田光! ウマイねえ~!「例えば、ロックやってるひとは、それだけで(生活のことも考えない) バカといわれる。何の見返りもないけれどやらずにおれないからやり、やり続けていたってなんの保証もないけど、やってるんだよ!お笑いだって、同じ!」職業観のズレを(言葉はちょっとちがうかもしれないけど)こう指摘した。すべてはそんな感覚のズレから生じている気がする。金持ちになりたければ、医者や弁護士、安定は、公務員、教員、銀行員、勤めるなら、大手云々・・・。でも、進路を決めるとき、けっこうこういう発想が多いのも事実。感じ方や喜びは、みんな違うのに、同じ物差しで測られている。お金という物差しで測られていたりする。お金があったら、みんなハッピーになれるのか。東大生らが、みんな自分をお金がない、貧乏だと感じているのにも印象的だった。みんな、どこかの何かや誰かと比べて、自分を判断している。お金がないと、スポーツも、趣味も、勉強も子育てもできない。それは、たしかに否定できない現実もある気がする。でも、いろいろな可能性が潰されているような社会、ヒューマニティの欠如にジワジワ浸食されていく社会。その大元は、なんなのよ??想像力の欠如が、ヒューマニティの欠如を生み、ヒューマニティの欠如が想像力の育たない社会をつくる。「NYはアメリカではないけれど、NY抜きにはアメリカは語れない」って言うけれど、それは東京と日本にも言えること。私達も東京から発信される情報を、日本にあてがっていないだろうか。日々、テレビや新聞、雑誌、ネットを見ていると、大きなトレンドが日本中を制覇しているような錯覚に陥る。そして、実際に実感する前に「そうなのか」と先入観ができる。みんなが、似たようなモノを持ち、似たような格好をして、似たような味を楽しみ、似たような遊び方、しゃべり方をするようになる。なんだかとっても不気味だよ~。『東京タワー』(リリー・フランキー)に、貧しさについての下りがあったっけ。本を取り出し、ページをめくってみた。”貧しさは比較があって目立つものだ。(中略)東京にいると「必要」なものだけしか持っていない者は、貧しい者になる。東京では「必要以上」のものをもって初めて一般的庶民であり、「必要過剰」な財を手にして初めて、豊かになる者になる。(中略) ポケットの中に納められた百円は貧しくないが、ローンで買ったルイ・ヴィトンの札入れにある千円の全財産は悲しいほどに貧しい。 都市開発のファッションビルに入った中途半端なレストランに、行列までして行き、中途半端な食事と中途半端なワインを飲む。 搾取する側とされる側、気味の悪い勝ち負けが、明確に色分けされた場所で、自分の個性や判断力を埋没させている姿に貧しさは漂うのである。必要以上になろうとして、必要以下に映ってしまう、そこにある東京の多くの姿が貧しく悲しいのである。(後略)” --------『東京タワー』より本の前半で、いきなりこんな一節がでてきて、度肝を抜かれた。自分の中にもどこか釈然としない思いがあるけれど、こんなふうにワタシは言えない。読書は、自分が言い表しきれない言葉を探す旅のようでもある気がしました。「勝ち負け」。『負け犬の遠吠え』の著者、酒井順子がこの言葉で、社会の風潮をクールに言及した。シンプルな言葉はどんどん独り歩きして、いまや週刊誌や雑誌の見出しに溢れている。(*余談ですが、酒井順子ってどんな人かと思い、著書をいくつか読んでみたが、ただ言葉とリズム感のよい人という印象で、ピンときませんでした。)なんだか話が膨らんできたけど、テレビのはなしでした。最後に、東大生に黒沢監督映画『生きる』を見よ!と、コメンテーターが一喝して、番組はしめられました。ワタシもまだ見ていないなあ)))
2006.06.30
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お江戸でいつも宿にしている友人は、ワタシが宿泊している間、「好きにしてね」と放任を装いながらも、毎日こだわりの湯を提供してくれる。早番の日も夜勤明けでも、常にワタシが一番湯につかれるタイミン グでお風呂を用意してくれているのです。ある日はrushのバブルバス、またある日は、山梨の実家から届いた干し青じそ湯(お鍋で煎じて湯船に入れてくれている!)、そしてまたこの前は、ハマナスの花茶を(!)。ワタシが剣幕になって「もったいない!」と恐縮すると、ハマナス茶は、古くなって少し色あせたハーブティーを利用したからコレは有効活用なのだと切り替えされた。お風呂に浮かぶ花びら・・・・「ああ、ここはハーレムかしら」と、手でお湯をすくいながらうっとり。「なんのおかまいもしませんで」と友人は苦笑するけれど、これは、最高のおもてなしです!!。上京すると、いつもつい欲張って毎晩のように人と会食したり話が弾んで夜盗虫になり睡眠不足で、地下鉄の上がり降りや電車へ向かっての小走り等々、足はパンパンになる。でも、何故かいつも元気になって帰宅できるのは、このお風呂のお陰だと思うのであります。紫蘇湯やハマナス茶湯は、別に薬湯ではない・・・そう思っていましたが、今日の漢方講座で、たまたま紫蘇の話が出てきました。紫蘇には、発散作用ーーーストレスや詰まり、水分等々、余計なものを外に出してくれる作用があるのだそうです。今時分の言葉でいうと、ディトックス効果。講師の先生にいわせると「皮膚からの吸収も侮れない」とのこと。そうか・・・そうだったのか。でも、やっぱり一番効いてるのは、彼女の気遣い、優しさ。
2006.06.28
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知人のはからいで、ワイン商社主催の試飲会に行ってきました。この日は、ニュージーランドとオーストラリアのソーヴィニョン・ブラン&リースリングづくし。スパークリングも少々。37種類。これを一つのグラスで、時々お水でグラスと口をリセットしながら片っ端から口に含んでは吐き出し、含んでは吐き出し・・・・。ソーヴィニョン・ブランとリースリングはいずれも樽を使わないフレッシュでフルーティーさが特徴のワイン。全天候的な土地柄で、どれほどの違いが出るものなのか、楽しみに臨んだテイスティング。37種類もあると、どう識別していったらいいのやら。そこでワタシは、何度か呑んだことのある「へえ、おいしいじゃん」レベルのローソンズ・ドライヒルズのソーヴィニョンと、モートン・エステート・ホークスベイのソーヴィニョンブランを基準に、これよりフルーティーか否か、酸が強いか弱いかで、飲み比べてみることにしました。まず、 2005 ローソンズ・ドライヒルズ(NZマルボロー) を・・・やっぱりウマいなあ。「ほわっとふわっと際立って爽やかなフルーティさ」。グレープフルーツだの洋なしだのと、ソムリエのような気の利いた表現はできませんが、擬態語と擬音語を駆使して自分にのみ解読可能なメモを取ります。・モートン・エスエート(NZホークス・ベイ)、「酸がローソンズ以上にしっかり主張している。きゅっとして、ふわっ」・ノイドルフ・ネルソン ソーヴィニョン・ブラン(NZネルソン)、 「さらに優しい酸・・・」・ネペンス・ソーヴィニョン・ブラン(サウス・オーストラリアアデレード・ヒルズ)、「ん!?ちょっと苦みのあるタイプ、フルーティだけどかなり辛口。サンセール系?」こんな調子で10種るいぐらいまではいったけれど、だんだん識別不可 能になってきた・・・。メモには、「OK」「特に無し」「ノーインパクト」など、投げやりな(?)文字が並び始めました。この手の白は、酸に舌が慣れてきて、だんだんわからなくなるのでしょうか。それとも多少なりとも舌から吸収されたアルコールでほんのりいい気分になってしまっているせいでしょうか。後半のリースリングに至っては、ラベルのデザインやボトルの印象ばかりのメモになっています。スパークリングも幾つかありましたが、あれはテイスティングで判断出来ないよぉ~~~。泡モノを、呑まずに、味わうなんて(泡モノを勘違いしてるかな?)。しかも、舌の上でズズズーーーッとひきずってため込んで吐く!?口の中は、泡だらけでござんす。まてよ、そういえば泡粒が大きい気がするぞ。酸っぱくて、ライムを搾 り入れ過ぎたコロナビールの気分だ・・・・。ロゼや、赤のスパークリングがありましたが、アレは論外です!いくらワタシが素人でも、これが美味でないことぐらいは分かるゾ。赤を泡モノにすると、錆っぽい味になってしまうのね・・・。渋み+苦み=錆味。ワタシの一連の感想を、専門家が聞いたらどう思われるのでしょうか。 ああ、オハズカシイ。でも、こんなワタシでも、今回の試飲で一つ二つ、気が付いたことがあ ります。シャンパーニュを思わせるような上質のスパークリングって、そうそう無いということ。(やっぱり高いだけはありますね、シャンパーニュ。)呑んだ瞬間から、香りがわからなくなること!!よく「味は舌でなく、実は鼻が感じている」なんていいますが、本当です!グラスに鼻を近づけて、クンクン嗅いでいるときは、こんなにフルーティで、違いもわかるのに、呑んだ瞬間からそれがぼやけてしまう。 臭覚は、味覚以上に密接に脳と連携しているのではないか!?そんな気 がしてきました。目は口ほどに、モノを言う。鼻は口以上に理解する。ロバート・パーカー氏は、いつもこうやって試飲ばかりしているのか。 だとしたら、彼の付けるポイントをあてにワインを選ぶのは、ナンセンスだわ。(スミマセン!言っちゃいました。)試飲の為に、ワインを買う人はいないもの。ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるといいますが、ワタシの今回の試飲は、そんな感じでしょうか??
2006.06.26
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話は前後しますが、先々週上京し、あれこれ料理の詰め込み勉強をしてきました。この歳になってもまだ「友人宅に転がり込む」的宿泊というのをやっています。私が何かしようとするといつも「ウチを宿にして好きなだけいていいよ」と、自然体で背中を押してくれる友人の存在に感謝、感謝!!年齢を重ねていくにつれて思うのは、生き甲斐や目的が、自分自身のこと以外になっていくような感覚を覚えること。そしてそれは、「今なにやってんのー?」と、人に尋ねられたときの答え方が、一言で返せなくなることでもあり、時々困惑するのですが、それに反して大切なモノはシンプルになってきているようにも感じている今日この頃。いつもまっすぐに自分のやりたいことに没頭する独身の友人が、時に "I love me" に見えたり、家族の世話に追われる日々で会っても子供の話で終始する友人が "自分の人生がない" かのように映ったりしたこともありましたが、どちらも必要な要素。東へ西へ、地下鉄をあがったり降りたりしながらも、そんなことを考えたのは、ついこの前まで都内にマンションを買おうかなどと話し、親や兄弟の話など滅多にすることのなかった友人が、親が元気なうちに畑仕事を覚えなくてはなどと、将来最終的に田舎へ帰ることをほのめかせたりしたせいかもしれません。具体的な議題を論じ合う会話は即効的に有意義感が満タンになるけれど、知識の出し入れに終始することもある。「あー元気で頑張ってるねー」とお互いを確認し合う時間は、余暇かもしれないけれど、違ったエネルギーをくれる。すぐに出る答えは、実のとこそんなに重要なことじゃなかったり・・・。おもしろいもので、人混みの中にいる方が、孤独を感じる。『東京タワー』にも、確かそんな言葉があったかな。こういう時間が実はとても贅沢なのかもしれません。
2006.06.25
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勝沼醸造の有賀社長を迎えてのワイン会に参加しました。「日本にもこれほどのワインが作れる!」フランスの国際ワインコンテスト「ヴィナリー・インターナショナル」において2年連続銀賞を獲得した「勝沼甲州樽発酵」を造ってい るあの会社です。会社・・・というよりは夢多き醸造家集団という印象ですが。この日は、看板商品である「アルガブランカ・クラレーザ」になるはずのそれぞれの甲州ブドウを地区毎に個別に造ったワイン5種5地区の飲み比べという、なんともマニアックな5種(むりやり分けた5種)と、それらをひとまとめにしたような「アルガブランカ クラレーザ」、年間900本限りの幻のスパークリング「ブリリアンテ」、「羊新田甲州樽醗酵」、「アルガブランカ 伊勢原」、唯一の赤「勝沼ルージュ」、デザートワインの「アルガブランカ ドースの10種をテイスティングしました。甲州、甲州、甲州、甲州、甲州・・・甲州 +カベルネソーヴィニョン。通常の飲み比べワイン会とはちょっとバラエティー感の希薄な甲州づくし。文字にしてみると、北海道蟹食べ尽くしツアーにでも参加したみたい(笑)。でも、これが液体だから、ツアーの醍醐味とはちょっと達成感というか満足感の質が、ちょっと違うのです。なんて、どっちともとれるいい方ですが、いや、美味しいのですよ!!すっきり爽やか。ワイングラスよりも、吟醸のグラスで、チビチビやりながら、平目の薄造りかスズキのあらいでも箸でつつきたくなるような、あっさり初夏の嫌みのない澄んだ美味しさです。そうですね、葉蘭のお皿に鮎の塩焼きなんか置いて、青竹の箸でつっつくのもいいなあ)))。そんなイメージです。地元勝沼の方々は、一升瓶につめた甲州ワインを、みんなで焼き魚やほうとうを箸でつつきながら、湯呑みで頂いているそうです。日本の酒文化の光景そのもの。いいですねえ~。「日本人なんだから、外国の食事に合わせたワインではなく、日本人の食文化に合うワインを呑みたい、造りたい。」有賀社長は熱く語ります。このコンセプトをまっしぐらに体現されておられるように思いました。この日のワイン甲州の中で、一番濃厚な味と風味のワインは、果汁を冷凍し果汁を凝縮させたものを30カ月以上使ったフレンチオーク樽で熟成させた「アルガブランカ 伊勢原」。赤は・・・香りは確かにカベルネだけど、呑んだ気分はちょっとボジョレーヌーボ。(ゴメンナサイ)有賀社長の言葉にグッときながらも、伊勢原レベルのコクを期待してしまっている自分の鼻。カベルネソーヴィニョン100%に、もっと不透明感を要求してしまう自分の目。ワイングラスに注がれると、期待するものはいままで舌に馴染んだワイン。食の既成観念というのは、恐るべし。異文化に染まりきっている自分にハッとする。ワインの帰化はまだまだ!??
2006.06.23
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ブログ、随分さぼったなーーー)))。ハーブ等の植え替えが終わったかと思うと、梅が出始めるし、らっきょうも頂いたりなんかして、この時期は、諸々の仕込みに忙しい。)))今年は、柿木村の無農薬栽培の棚田米のヌカを沢山分けてもらったので、ヌカ床にも初挑戦です。『東京タワー』で、”オカン” の年期の入ったぬか床で漬けたぬか漬けの話が再々出てきて、無性に作ってみたくなりました。蓋を開け、プーン))と漂うすっぱしょっぱい香り。上手く発酵してくれているのかどうかはまだ定かではないけれど、「ああ・・・私は、微生物を飼っているのだわ」と、じんわり感じるのであります。ヌカ、塩水、山椒の実、芥子、唐辛子等を混ぜ合わせたものに、捨て漬けといって、ヌカの水分になる最初の野菜を加えます。人参の皮、茄子やキュウリの端っこ、キャベツの外側の葉っぱ。エサでも与えるように、くちゅくちゅっとヌカ床に加えるのです。「パンは焼くまでは生きモノ」なんていうパン職人さんの言葉に、職人の粋を感じるワタクシですが、このヌカ床が上手く育ってくれたら、来月には自家製ぬか漬けが食卓にのぼるはず・・・。未遂のくせに、ぬか床の卵をコネコネしながら悦に入っている今日この頃。何かを育てるという作業は、それがたとえぬか床でも、幾ばくかの夢を見させ てくれるようです。
2006.06.21
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トルヴレックのジュヴナイルズ 2002 (オーストラリア)を抜きました。いやぁ~、美味しいです!グルナッシュ60%、シラー20%、マタロ(ムールヴェードル)20%で、南仏タイプのセパージュですが、まろやかですね え))。2002年で、程良い熟成具合だからでしょうか。飲み残しのボルドーを飲み干した後だからでしょうか。ちょっとシェリー酒のイメージがわくほど甘い香り(樽香はないけど)。そう、フルーティーで、かなり甘みを感じます。ジュヴナイルズヴ=未成年という名前が付いているのも、この楽観的な味(?)のせい?調べてみると、マタロって品種は、スペイン原産でした。トルヴレックを買う人は、たぶんスパイシーで肉厚な味を求めていると思うのですが、コショウというよりシナモン&クローブ。タンニンのツンツンした感じが無くまろやか。2杯目、3杯目になっても飽きがきません。食事と一緒にはちょっと甘いかな??
2006.06.01
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