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「めっちゃ遊んでる」「めっちゃ遊んでる」と妹が言うぐらいなので、本当にめっちゃ遊んでると思われる、旦那さん。もんもんを妹一人に任せる罪悪感もなく、平気で泊まりに行ったりもするのだとか。(女遊びという意味ではないですよ。仲間とキャンプなどです。道具を一式揃えたぐらいですから。)だから、妹が安室ちゃんの展覧会へ行きたいと言った時も、どうぞどうぞと笑顔で快諾したそう。妹は妹で、これだけ働いているのに収入と支出が見合わないと言う。(家計ではなくて妹個人の買い物など。)どっこいどっこいの今時の夫婦という感じだな、と思う。
2018/08/31
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生きることがたまらなくにがい味がした「チカラの人は力によって滅び、屈従的な人は仕えることによって滅び、享楽を求める人は享楽によって滅ぶ」「すべての人が自分にふりかかってきた苦しみを最大のものと考えるように、」「ともかく、めいめいが自分の運命を持っており、どの運命もらくではないのである」「自殺が愚かで卑怯(ひきょう)でみじめであるにせよ、不名誉な恥ずべき非常口であるにせよ、 ー この苦しみの「ひきうす」からの出口は、どんな出口でも、最も屈辱的な出口でも、心から願わしかった」「首をくくるっていうなら、そりゃ首をくくるまでよ。それにはそれ相当の理由があるわ。それとも、生きつづけていくっていうんなら、生きる心配だけすればいいわ。これほど簡単なことはないわ」「首をくくるのはたぶんむずかしいでしょう。僕にはわかりません。だが、生きることはずっとむずかしい!どんなにむずかしいか、だれも知りゃしません!」「私はあるときは天国に、あるときは地獄にいたが、たいていは同時に両方にいた」「くるしみの沈黙には沈黙でこたへるほか ないのだらうか ー 」「うんとこさ罪ぶけえ考えをもっていてな ー だけど、その考えのほうがどうやらまっとうなような気がするんだよ」「なるほど、花は人間を養ってはくれません。でも、人生に喜びを与えてくれます。この上もなく美しい、」
2018/08/30
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安室ちゃんの展覧会「行かなかったらきっと後悔する」という意見が妹と一致し、今日は安室ちゃんの展覧会へ行ってきた。4月にはライブに行けた。そして展覧会も。うれしい!芸能人の誰々のファンだとか言ったことのなかった私が、安室ちゃんだけは好きって言った、と、妹が一人感慨深くなっていたので、少し笑ってしまった。
2018/08/29
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おっと、出遅れたぜぃ!これは半年ほど前に撮った写真なのだが、大のお気に入りなので、載せておくことにしよう。のらねこちゃんたちがごはんをもらう時に、運良くたまたま出くわした。注目は左にいるねこちゃん。もうこんなベストショットは撮れないというほどベストショットではないでしょうか(笑)おっと、出遅れたぜぃ!
2018/08/28
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本を読まない日はなかった。一人でいることが大好きだ。特に誰とも話さないし、声を出すのはカフェで注文する時ぐらいか。でも、私にはそれが苦にならない。もう何年もそんな生活。世の中、私にはどうも理解しかねることばかり。本を読まない日はなかった。一人でいる時間こそが、自分を創る。私は親不孝で罪人だが、それでも逃げずに我が心を見つめ続けていきたいと思う。
2018/08/27
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台風と満月やっぱりアレですね、連日35度を超えると身体に堪える。34度で今日はちょっとマシだな、なんて、もうとんでもない話だが、実際そうである。もうエアコンにも疲れてきている。暑さは体力や気力などいろいろなものを奪ってゆく。そろそろ夏の終わりの気配ぐらいは感じたい頃だけど、残暑厳しいこと極まりない。今日は満月。先日の台風と重なって、頭が痛く体がどーんとしんどかったが、少し落ち着いた。今年は、同じ病気の方、大丈夫でしょうか?
2018/08/26
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昨今の批評小説の巻末には、必ず解説が数ページ書かれているが、昨今の批評は実におもしろくない。素晴らしい、とか、最高傑作だ、とか、そんな言葉しか見当たらない。昔の批評はもっともっと辛辣だった。ずばり言い当てていた。それでこそ批評ではないだろうか。思ってもいないのに、むずがゆくなるような褒め言葉を延々と並び立てるのは止めていただきたい、と思う。
2018/08/25
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年と半月。暑い。もう言葉も出ず。あまり出かけず、体力温存を粛粛とがんばっている。エアコンは苦手だから付けたくないなどと言っておられず、さすがに38度では倒れる。自室では30度で付けて凌いでいるが、まだ8月に入ったばかりではないか。いつまで続くのか。既にうんざり。しかも、エアコンと扇風機の風で目やにが止まらなくなってしまった。歩く速さもゆっくりだし。私にとっては、夏という季節は大きな大きなストレスなのであった。汗もがひどい。ひじの内側と脇と股。ボーリボリかいている。耳の中も外も若干ぶり返し、また綿棒が手放せなくなってしまった。でも、なぜか顔はかなり回復。まだ皮がボロボロ取れるけど、赤みが急激に引いた。背中もまだ日の丸を背負ってはいるけれど、もう真っ赤な日の丸ではない。これだけエアコンの中にいるが、やっぱりのどは以前より強くなったと思う。以前はとにかくエアコンの風でガラガラして、いわゆる二次被害というか、まぁ、たぶん体は丈夫になってきたという証拠かなと、唯一今年の夏に自負していることである。鎖骨の上に大きなヘルペスができる。5月から月一ペースだな。
2018/08/24
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今日は処暑もっともーっと涼しくなったら、お寺巡りに行きたい。読みたい小説をリストアップしているように、行きたいお寺と神社も実はリストアップしていて、一つ一つ少〜しずつ巡っている。美術館へ行って仏像を見た。じーっと見ていると、私の薄汚れて取り繕った心なぞ、すべて見透かされているような気になってくる。台風がひっきりなしに来るから、風はあって暑さはまぎれているけど、ここ数日は猛烈に暑かった。今日は処暑。まだまだ秋の匂いはしない。左足の親指の爪にあった結構大きな血豆がボロッと取れて、なんかうれしい。図書館でふと、徒然草を手に取った。漫画になっているもの。少し難しいところもあったけど、なんとか一通り読んだ。なんとなく、私の考えていることと通ずると思った。スタインベックの「怒りの葡萄」がとてもよかった。もしよかったら是非。
2018/08/23
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もう日の丸じゃない背中の湿疹。去年の5月頃から始まったのだが、ようやくひと段落を迎えたらしい。背もたれにもたれられないほど、仰向けにも寝られないほど血と黄色い汁が出て始終ヒリヒリし、ものすごくかゆいからボリボリかいて、床に敷いた新聞紙にボトボトと音を立てて石のようなかさぶたが落ちていく。下着にはシミがべったりと付いて、そのまま下着と背中がくっ付いたまま乾燥してしまって、剥がすのに難儀したことも幾度となくあった。もう、何と言えば伝わるのか、精神的にもかなり辛かった。私の背中は日の丸だった。腰やらはツルツルしたきれいな肌、ちょうど真ん中の直径15〜20cmだけが真っ赤っか。まぁ見事に日の丸を背負っていた。が、急にサーッと湿疹が引いていき、まだかゆいし、かさぶたも残っているものの、今は日の丸ではない。生々しい真っ赤っかではなく、色素沈着に近いどす黒い色へと変わった。これは治ってきた証拠だ。ヒリヒリすることもないし、血も出ない。背中に神経が集中することもなくなり、至って普通の背中の感覚へと回復してくれた。えー、ザッと1年3ヶ月。いやぁ〜、長かった。まさか背中に日の丸を背負うとは思ってもみなかった。あとは、ぶり返さないことだけを祈って、色素沈着が消える日を待とう。
2018/08/22
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たかが、されど、あるカフェには、店内に一段だけ段差がある。インテリアにこだわったちょっとしたおしゃれ、だろうか。おばあちゃんがトレイに飲み物を乗せて運ぶ時に、その段差に足を引っ掛けてこけた。飲み物はこぼれ散り、一時店内は騒然。私、自分が病気になってから思うことがある。たった一段でも足を上げることがまぁ難儀で、まだまだ足が動かなかった時は、どこにエレベーターやエスカレーターがあるか鮮明に把握していた。マンションや一軒家で、トントンと階段を10段ほど上って玄関へ辿り着く家があるが、あれはとんでもない拷問だと思う。だって、足を引きずり引きずり、やっとの思いで帰宅したかと思えば、さらに階段を上らなければならないのだもの。たかが一段、されど一段、幸いおばあちゃんにケガはないようだったが、大丈夫だったかしら?
2018/08/21
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日課、半身浴2年以上、半身浴が日課である。今では、半身浴なくして私はないと言うほどかなり重要な役割を果たしている。以前は、本を持ち込んで読んだりしていた。退屈、というか、間が持たないような、なんかそういう感じ。でも、いつの頃からだったか、しっかと半身浴に集中するようになった。ただただじっと座り、目を閉じて瞑想のような状態になっている。考えを巡らすというよりかは、浮かんでくる想いにふむふむと耳を傾けているだけなのだが。それでも、毎日続けていれば、知らなかった自分の気持ちを確かめられるようになったり、膨らみ過ぎた余計な感情を自分なりに納得させて水に流したり、以前より心がどっしりと安定してきたと感じる。ブログに書く文章が思い浮かぶのも、いつもお風呂の中。私にとって半身浴は精神統一の時間でもあるらしい。一日の終わりには必ず半身浴を。これだけは欠かせないし、半身浴が今の私を創っている。
2018/08/20
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もはやアートもう、あまりに早く蛙さんが鳴かなくなってしまったもんだから、図書館で無意識に蛙さん図鑑を手に取っていた私(笑)延々と、いつまででも見ていられる。以前から爬虫類と両生類が大好きだった。中学生の頃だったか、地元の友達たちと◯園のような場所へ行った時、日本酒の樽のような巨大なカメがいてそれはそれは興奮してしまって、か〜わ〜い〜と目がハートになったことを覚えている。鳥は色が素敵だね。魚は食べるのは好き。虫はお花と一緒に写真に収まると映えるし、2番目に好き。でもやっぱり私は爬虫類と両生類に魅せられる。幾何学模様がとても好きなので、おそらく皮膚の凸凹や甲羅の模様が私にはこの上なく魅力なのだと思う。あと、蜘蛛の巣の模様もね。(ヘビを首に巻くのをたまにテレビなどで見るが、実は興味があったりして笑)蛙さん、できれば鳴いてほしいけど、今年は炎暑だから図鑑で我慢するよ。
2018/08/19
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明日はまた明日の陽が照る「どうして理由などを持ち出すんだね?問題は感情にある時にさ」「ああ!言わなくてはならぬ言葉というものは、どうしていつもこう後になってからでなければ浮んで来ないのでしょう!」「梁の外観は少しも変らないのです。内部は既に全く蝕(むしば)まれていても、その崩壊の前兆は少しも見えないのです。で、人々が警戒する暇もなく、いきなりがったり潰(つい)えてしまうのです」「私達は同じ天国へ向って歩いてるんじゃないんですもの」「≪存在してるのは病人であって、病気などというものは存在しない≫」「現在の光で照らすと、過去ははっきり浮き上ってきます」「回復の第一条件は、それを信ずることだ」「感情ってものを大切にしなくちゃね」「困っているときは友達を悩ませない、ただ幸福だけを分かちなさい」「言ってみれば、わきのほうに離れて、いくらかはじっこに暮しているんです」「人は苦痛を誇るべきであろう。ー すべて苦痛はわれわれの位階の高さを想起させるものである」「私たちが若い頃はニベアしかなかった。人生はとてもシンプルだった」
2018/08/18
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いいな世の中、みんながみんな自分のことしか考えていない(私も)。だからこそ、心温まるニュースを見ると胸がじーんと熱くなる。毎日こんなニュースで溢れるような世界になったらいいな。
2018/08/17
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岩波文庫の妄想先日、いつものように、大きな本屋の岩波の文庫棚の前に立っていると(ここが本屋の中で一番好きな場所)、高校生とそのお母さんがのっそりと近付いてきた。娘「お母さん、この棚から(縦は10段以上もある)目瞑って一つ指差してーや」母「は?なんで?」娘「一冊読まなあかんねん」母「…」娘「全然わからんからどれか選んで」母「…」このやり取りをすぐ側で聞いていた私は、思わずグイと身を乗り出しそうになった。「えっと、どういうのが好み?この小説はちょっと長いけど感動するよ。これは不倫の話でね、これは戦争の話。感想文書くんだよね?じゃあこれが書きやすいかも。これは私のすごくオススメで、で、これは…、」と、これはわずか3秒間ほどの私の妄想である。現実では親子の邪魔にならないようにその場をスッと立ち去ったのだが、これまでに読んで良かった小説の良さを伝えたくて伝えたくて、もうウズウズしてしまった。で、結局どの小説に決めたのか、今も気になってウズウズする。
2018/08/16
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明日もまたがんばります。幼い頃から体が弱かったから、薬漬けで育ち、止めたくても結局止められなかったアトピーのステロイド。冷えとり健康法を始めてから、今、完全に2年間、ステロイドを使っていない。冷えとり健康法は、24時間半身浴をしているような状態に保つため、靴下をたくさん履いたり、冬には湯たんぽを使ったりして足元を温めるものだが、これは健康法と言うより立派な「治療」だと思っている。そう、病院へ行って薬をもらい、飲む、のと同じように。ただ、薬は飲めばいいだけだから簡単だが、冷えとり健康法は、しっかりと意思を持ち続けなければできるものではなかった。毎日半身浴をして、靴下をたくさん履いて、その内好転反応も出てくるし、次から次へと試練が待ち受けていて嫌でも自分と向き合わなければならないし、なかなか根気が必要なのである。私は、何でも習慣化することが得意なので(一度始めるとそう簡単には辞められないという欠点でもあるが)、冷えとり健康法を続けることに関してはさほど苦ではなかった。時に自分を律することが難しいこともあるが、むしろ淡々と続けられてきたと思う。ところが、この好転反応が想定外の事態に陥り、「治療」の壮絶さをとくと思い知ることとなった。私の場合は湿疹だった。人それぞれ、その人の体の弱いところに出るらしいが、その期間も予測がつかないほど長期化している。まさに「自分治療」なのであった。ずっと綴っている日記のこのタイトルは、実は当時あまり深く考えずにあっさりと決めたのだが、今になってこのタイトルの重みというか、これほどまでに未来を暗示していた言葉はないように感じる。「自分自身で自分を治療する」。いつまで続くのか、正直見えていない。本当に終わるのか、不安でしかない。でも、あれだけ依存していたステロイドを2年間も止めることができたのである。それは私にとってはあり得ないほどすごいことなのである。現在、年齢的に人生の折り返し地点を過ぎた付近だと思っているので、あの時冷えとり健康法を始めていなければ、もしかしたら私の人生でステロイドと縁を切ることはなかったかもしれない。死ぬまでステロイドを塗り続けていたかもしれない。そう、おそらく最後のチャンスだったのである。これは私にとって千載一遇のベストのタイミング。3年目に突入している冷えとり健康法の日々だが、これだけ良くなった自分を励みとし、時にどうにも耐え難いこともあるが、湿疹が、左側の顔面痙攣のように、あ、たぶん終わった、と思える時が必ず来るとわかっているので、明日もまたがんばります。
2018/08/15
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お父さん、お風呂沸いてるよ。ビールも冷えてるからね。引きこもり、父の死、発病、と、5年ごとに最大級の荒波が押し寄せた。まだ若いのに、きっかりと5年ごとに。発病の5年後は、正直恐怖だった。また何か起こるんじゃないかとヒヤヒヤした。が、静かに過ぎた。そのまた5年後も、やっぱり心がざわついた。が、波は穏やかだった。お盆で父が帰ってきているが、お盆でなくても父は間違いなくいつも私のすぐ側にいる。ふわふわ飛び回って、うろちょろしている。耳元でこっそりと囁いたり、肩をポンポンとたたいたりする。いつしか、「今が一番幸せだ」、とそう思いながら日々生きるようになった。お父さん、お風呂沸いてるよ。ビールも冷えてるからね。
2018/08/14
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「冬」すぐそこの家に住むことになったアキヲ。のらねこ時代からアキヲにごはんを与えて世話をしていたおばさんのお宅である。ある時、アキヲには一緒に住んでいるねこちゃんが一匹いることに気付く。二匹並んで仲良くお散歩していた。アキヲにどことなく似ていて、まったく人を怖がらない。逃げないで写真も撮らせてくれる。ちゃんと首輪も付けて。何度か遭遇してお友達になれそうな気がしたので、アキヲの相棒に名前を付けることにした。アキヲは秋に出会った男の子だから「アキヲ」。相棒は出会ったのが冬、男の子か女の子かはわからない、だから「冬」。ということで、冬ちゃんです♪よろしくね!
2018/08/13
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孤独の味は苦かった「神父さまもまたおっしゃった。人には財産を拒否する権利はない、しかし、それを持っている場合には、善のためにそれを使用する義務があるのだ、と」「両面からながめたら、結論は出ないわ」「外出、接待、訪問。もう日記をつける時間もない。本を読む時間もない。落ちついて物を考える時間もない。また自分を幸福だと感ずる時間さえもない。それに私を一番悲しませるのは、そうしたすべてのことが私を恐ろしく自分勝手な人間に仕立てることである。毎日、≪私の≫悦び、≪私の≫化粧、≪私の≫便宜、そして、≪私の≫趣味しか問題にならない」「豹(ひょう)の斑点(はんてん)を消すことはできても、豹にあることに変りはないんだ」「なんでもいったん手に入れてしまえば、すべてはその価値をうしなう」「おれも、もう四十五だ ー 四十五といえば、若いころはばかにして気にもとめなかった親類づきあいをしたり、名誉を求めたり、一身の安全をはかったり、しっかりと深いところに根をおろしたものを尊重する年ごろだ」「人は一つの生き方しかできない」「四十にもならないのに、生きることを諦めるわけにもいかない。神さまは、この致命的な自己消滅や惨めな諦観(あきらめ)による外の義務は私にはお与え下さらないのであろうか?」「一般に、好い評判の価値というものは、それを失ってからでなければ分らないものだ」「友情は、愛の控室だよ」
2018/08/12
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い草のゴザこの夏、買ってよかったなーと思うもの。それは、い草のゴザ。子どもサイズの小さなお昼寝用だ。夏は汗をかくし湿疹も出ているから、いろいろと悩んだ結果、天然のい草が私には一番良いだろうという結論に至り、さらに座布団以上布団未満の大きさのものが欲しかった(要するにお昼寝用)。数年前からずっと欲しいと思っていたので、梅雨に入る前から早々と購入。今年の夏はずっとゴザの上で転がっている。い草の香りは実に心地いい。なるべく外出を控え、体力温存に努めている今夏。ゴザのおかげで快適だな。
2018/08/11
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初めての夏毎日毎日懲りもせず暑いけど、私、湿疹は別にして体調は悪くない。今年はちゃんと食べられているし、よく考えてみると、これだけ食欲が落ちない夏は未だかつて初めてかもしれない。兎にも角にも、ぐるぐる循環している証拠だ。毎年夏には数kg痩せて冬に数kg戻るというサイクルが私のサイクルだと思っていたが、ようやく体重も整ったということだろうか。月経が整ったから、体重も整ったという解釈か?願わくば、発病前の体重に戻したいが、それはまだもう少しかかりそう。焦らずゆっくり向き合っていこうと思う。
2018/08/10
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「写真撮影可能」「写真撮影可能」の美術展が、昨今急激に増えた。ここのゾーンは可能、とか、時間を指定して◯時から可能、とか、まさかのすべて可能、なんていう美術展まであった。今はなんでもSNSの時代だから、要するに宣伝してもらって集客へと結びつけたい魂胆である。が、美術館通の私としては、あまりうれしい話ではない。先日行った美術展もそうだった。受付で、「写真撮影可能です。」可能なのか〜と思いながら一つ一つ観ていると、ある一人の男性が入場してきた。どこからどう見てもその場にそぐわない異質な雰囲気を纏っていて、もう誰が見てもプロのカメラマンなのである。首から一眼レフの大きなカメラを提げ、明らかに美術を楽しむ為に来館した体ではなく、まさに今「仕事をしに来ています」。依頼でも受けたのだろう、ある絵の前に脇目も振らず勇み寄り、しばし撮り続けて出て行った。滞在時間数分での直行直帰。報酬はいくらなのだろう、と余計なことを考える。また、こんなこともあった。60代の女性だろうか、友達と二人で冷やかしにやって来たら、たまたま写真撮影可能だと言われ、あれまぁ願ったり叶ったり、撮れるものは撮っておこうではないか、という関西人特有の貪欲さの塊。その女性は、入口から出口まで、見事にすべて撮った。本当にコンプリート。撮っては横にカニ歩きで一歩進み、また撮っては横にカニ歩きで一歩進む。しかも二つに折り畳む携帯電話だった為、シャッター音はそれはそれは大きく、さらに美術館なんて場所はそれはそれはよく響く。周りの客たちに非難されていることにも気付かず、一心不乱に貪欲さを満たしていた。できれば、美術館の職員が一言声をかけてくれたらいいのだが。何というか、最低限のマナーは守っていただきたい、というのが本音である。やっぱり、美術館が好きな人は、本物を目で見るためにわざわざ足を運んでいる訳であって、やっぱり、そういう人たちは、写真は撮らない。だって、それなら図録があるじゃない。そんなにSNSで宣伝したければ図録を撮ればいいのである。いえね、通は違うのだ。例えば絵画ならば、その目にも鮮やかな色、幾重にも塗り重ねられ、織り成した絵の具の厚みが私たちに訴えかけてくる作者の声、その絵から感じられる何か感じ取る為に行くのである。何が目的で美術館へ行くかなんて人それぞれなのだから、私なぞ何とも言える立場ではないが、正直なところあまり賛成ではないな。私が長年通い詰めている個人で経営しているような小さな小さな美術館は、絶対に写真撮影可能なんてしないけどね。さすがよーくわかっていらっしゃる。
2018/08/09
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億劫である…。図書館へ本を返しに行くのが億劫である…。いつもならば、何せ図書館まで徒歩5分なので、先に立ち寄って借りていた本をごっそり返してから外出していた。だが、もうこの暑さで、家を出たら1秒でも早く駅に着きたいと、ずるずると後回しにしてしまい、結局家に本が溜まっている。返しに行かなきゃなぁと気になりつつも、いえ、期間内に返さないと新しい本は借りられないので、返しに行くしかないのである。うーん、夜に行こうか。こういう時に車は便利だなぁ。
2018/08/08
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8月7日はバナナの日本日、もんもんが5歳になりました!いやぁ、大きくなったねぇ(笑)5歳にもなると、もうちゃんとした一人前の人間で、人格が形成されたというか、二人の違いはますます顕著に現れているように感じる。生まれた時から、顔から体格から声質から髪質から、本当に似ているところを探す方が難しいほど違っていたということもあり、双子だけど双子という感覚はなかった。毎日お揃いの服は着ているが、お揃いの服を着ていなければ、誰も双子だとは気付かないだろう。妹もまるっきり双子という風な感じで育てる気はさらさらなかったようで、ま、私と妹のような「同じ歳の兄弟」という感じだろうか。もんたは体は大きいけれど甘えん坊でのんびりしていて典型的で単純なママが大好きな男の子、もんじは小粒だけど頑固で表情豊かで頭がキレて回転も良いしっかり者。これからそれぞれがどう育つのかしらね。おばさんはいつでも二人を応援しているし、成長がとても楽しみです。
2018/08/07
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年!!!!!ようやく認め始めたことは、おそらく、3年とか5年とか、かかるだろうということ。30年以上アトピーだったのだから、たかが2年そこそこで完治するはずがない。焦りもあったし、とにかくもう湿疹は勘弁してほしいという嫌気もさしていて、自分で自分を保っていられない日々を過ごしもしたが、よくよく考えてみると、顔面痙攣でさえ3年も続いたのだった。月経が整うまで5年以上かかったのだった。腹をくくり、いや、もうとことん向き合う覚悟をせざるを得ない現在。つまりは生活の一部、ということである。延々と綴り続けます。ご贔屓に。汗も、汗も。ひじの内側と脇と股。ほんのちょっぴりの汗もだったのに、あっという間に、本当に「あ、」と言っているあいだに、ザーッと広がった。かき傷が生々しい。色素沈着で真っ黒。今まで出ていなかったことの方が不思議だったひじの内側と脇だが、半身浴生活2年にして今こんなにも一気に湿疹になるだなんて、どういうことだろうか?ずっと続いている腕の湿疹と合わさってしまい、皮膚がとてつもなく汚い。でも、なぜかあれだけひどかった背中がサーッと引いてきた。かれこれ1年2ヶ月だが、なんでこのタイミングで引くのか不思議としか言いようがない。まだまだ日の丸がお猿さんのお尻のようだが、もちろんものすごくうれしい。耳は、左耳の中の壁にはまだかさぶたがべったりとへばり付いていて、小指さえも入らないのだが、中だから人目には見えない。外側の人目につくところが9割方良くなったので、堂々と髪の毛を一つに束ねて闊歩している。えっへん。左の手の平は、ナイフで刺したかのようなぐっさりと深い溝の傷が急速に回復して、それに伴い消えていた手相も復活してきた。水ぶくれは多量にあるが、夏には水ぶくれ、冬にはそれがあかぎれになるというサイクルを、延々と繰り返している。妹ともんもんが泊まりに来た。妹は、遠い先まで予定が埋まっていることに喜びを感じ、遠い先まで予定を入れたがり、予定変更とかキャンセルとか、予期せぬ突発的な出来事にとっさには対応できないと思われる。6月にこちらでは大きな地震があり、危ないからやむなく変更となったが、妹は直前まで変更を渋った(もんもんが揃って発熱してお腹を壊したので、仕方なく変更を認めた。ここでのポイントは、変更理由は「地震」ではないということ)。泊まると決めたのなら何が何でも泊まるのである。豪雨の後だし、猛暑だし、無理して来なくてもいいのに、と私なぞは思うが、妹はもしかしたら私よりも遥かに心に闇を抱えているのかもしれないと、ふと思ったりするのだった。
2018/08/06
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて1年と11ヶ月と半月。背中、腕〜手、頭部、股、これが現在湿疹の出ているところ。汗もは、脇、ひじの内側、首。結構ひどく、ブッツブツ。手の平の水ぶくれも大幅に悪化した。梅雨でジメジメしているし、汗をかく季節でもあるので、体が全体的になんとなーくかゆい。しかも湿疹と汗もは2、3日周期の日替わりで、引いたりぶり返したり、私は女性だからホルモンの周期にもそれは関係することが判明したので、これは良くなっているのか悪くなっているのか時々わからなくなって、とても落ち込んだりしてしまう。(ついでに最近わかったことは、夜にお出かけして帰宅時間が少し遅くなるだけで数日間悪化する…。)今はまだ7月初め。最近は10月に入っても暑いので、これが今から更に3ヶ月も続くのだと思うと、それだけでうんざりする。否、まだ今は梅雨さえも明けていないのであった!あゝ、酷暑、なんてのはやめてほしいんだが…。(たぶん酷暑だろうけど…。)長期戦を覚悟するしかない。ふと、「イヤホンなんていつから使っていないかしら??」と思った。というか、スマートフォンを購入した時のまま、新品のままで引き出しの中にしまってある。開封すらしていない。だって開封したところで付けられないんだもの。今年の夏は長期戦になりそうだ。7/3、ついに蝉が鳴いた。はぁ〜。
2018/08/05
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて1年と11ヶ月。今になってわかってきたことは、この好転反応は、昨日と今日を比べるんじゃない、「去年の今日と今年の今日を比べるんだ」ということ。手の平の水ぶくれは無数の点だから、取れる皮も全部まぁるい。耳が本当に良くなってきたから、そろそろ髪の毛を一つに束ねて耳を出せそう。首の汗もが少し良くなるかな。6月。むーんと蒸し暑く、ついに食欲が落ちてきたし、なんとなく胃腸も弱ってきた。毎年夏は現状維持が目標で、それ以上でもそれ以下でもなく、とにかく無理をせずにキープ。それだけに集中する。だから、この夏はあまり出かけないことに決めた。だって、もうこの暑さはおかしい。そして梅雨入り。が、背中も腕も手の平も顔も、なんとなく全体的に湿疹が引いてきた。本来ならば、アトピーというものは、梅雨やら夏やら汗をかいてじめじめする季節にはひどくなるものなのである。逆に引いてくるなんて。つまりは、この湿疹はアトピーではないという証拠だが、なんともかんとも、本当にどうなっているのか自分が一番わからない。(すごいうれしいけど。)(すぐにぶり返すんだろうけど。)でも、汗もは結構ひどく出ている。みなさんは汗もって出ませんか?6/18、地震。
2018/08/04
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アキヲ♪あるお店で邦楽が流れていて、若い女性たちが「この曲去年クソ流行ったよなー」と言って通り過ぎて行ったが、私はその曲をその時初めて聞いたし、今もそれが何の曲だったのかわからない。これだけ暑いからお散歩なんてできっこないけれど、でも、まぁ、あれだよね、運動不足だよね。いつぶりだろうか、久しぶりにアキヲに会った。少し痩せていた。ダイエットしたらしい。うん、ちょっと大きめだったもんね、小心者なのに。おばさん家は快適そうだね。アキヲ、それにしてもこんなに暑いのに外に出てきたの?
2018/08/03
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事の発端一歩後ろからいじらしく付いて行く風で、実は周りのみんなをやんわりと手の平の上で転がして、意のままに操り続けている妹。なんでもかんでも自分の思い通りにいくものだと思っている。事の発端は、妹が中学生の頃かと思う。阪神淡路大震災で当時住んでいた家がついに住めなくなり、地震からちょうど2年後に今の家へ引っ越してきた。私は高1、妹は中1、の冬。どちらも公立の学校だったので、もちろん転校手続きを取らなければならなかったが、私は引っ越そうが校区は変わらなかったので、引き続きそれまでの高校へ(その後すぐ不登校になるのだが)。さて、妹はというと、転校したくない、このまま今通っている中学校へ卒業まで通い続けたい、と言った、しれっと。理由は友達やら部活やらが楽しいから。父と母はかわいい我が子である妹の意見を尊重して担任へ掛け合い、担任も特に何も言わなかった。もちろん法的にはその中学校へ通い続けることはできなかったので、いろいろと手続きがあって面倒だったが、なんなく認められた。これも時代である。理由が陰湿なイジメや止むを得ない理由などではない限り、今なら法に反する転校は認められることはまずないだろう。当時だったからこんなことが問題なく平気でできたのである。結局妹は、電車に乗って片道40分の通学を、遅刻もなく、まじめに淡々と2年間貫き通し、晴れて中学校を卒業した。なんとなく、この出来事が、妹をそういう性格へと導いた発端だったように思えてならないのは私だけだろうか?妹の努力は認める。仕事をして子育てをして、本当によくがんばっていると思う。でも妹よ、世の中そうではないのだ。世の中は思い通りにいかないものであることをそろそろ知らないといけない。私の人生なんて、思い通りにいかなかったことしかなかったように思うが、だからと言って私は決して不幸ではないし、これが「尚」という人間の一人生だと受け入れている。他人にはどう映ったとしても、それぞれにそれぞれの人生があって、幸か不幸かなんて他人と測るものではなく、それぞれにしかわからないのだ。もんもんも大きくなってきた。きっとこれから自分の思い通りにはいかないことが増えていくだろう。それが、それこそが、人生を生きるということなのだよ。
2018/08/02
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8月35度で、今日はちょっとマシだな、と感じる悲しさ…。8月に突入したが、9月に入る頃のくたびれた感…。なぜかツクツクボウシが鳴いた…。毎日暑く、読書もスローペースだが、うれしいことに、これだけ暑くても顔面痙攣は復活しないらしいので、ホッと胸をなで下ろしている。ありがたい。家では靴下だけは相変わらず片足15枚ずつ履いていて、絶対に脱がないし、脱ぐと寒い(半身浴も必ず毎日1時間以上)。自分の部屋ではほぼ裸のような格好だが、足元だけは冬のブーツなのだった。顔の赤みがかなり引いた。なぜこんなに暑い時期に良くなるのか、甚だ不可解としか言いようがないが、それは事実なのだった。地震、大雨、猛暑、そして台風。それなのに、月経周期は狂わず。(これだけ暑くて月経だと、歩く速さはものすごく遅くなるけどね。)心底、私自身が驚いている。すごいと思いませんか?
2018/08/01
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