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芸術深し、秋深し。数年来ずっと観たいと思っていた映画をようやく観た。ボロボロ涙を流して感動する。家では「問題作」となったある小説を読み進め中。芸術深し、秋深し。ご飯がおいしいね。お気に入り♪ねこちゃんって、自分がかわいく撮ってもらえる場所を知ってるよね(笑)
2018/11/30
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水腎臓が正常に働くときちんとのどが渇くそう。高齢者は腎臓の機能が衰えてくるから、渇きを感じなくなるとか。そう言えば、最近きちんと水を飲んでいるように思う。以前はあまり水を取らなかった。冷えとり健康法のおかげで、内臓も良くなってきているよ。
2018/11/29
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道はまたつづいて、山のまわりを回る「一足飛びにやったって何になろう?ピラミッドは頂から作り始めるものではない」「不幸であることは一つの疾病とさえ思われた」「いいえ、人生が悲しいのではありません。悲しい時があるのです」「私は自由です…自由?いえ、心と身体との奴隷です」「自分の力の範囲を知ってそれを愛することが、すなわち幸福というものだ」「山は遠くなるほどなお高く見えるものよ」「新しい流行が他の流行のあとを継いだというまでのことよ」「けれど、意志が黙るときには本能が口をきく。魂の不在中には身体が勝手な道を進む」「別れるときくらい深く愛し合ったことはなかった」「原稿の上に書かれてるものは、僕の血なんだ、」「進歩したり変わったりすることを、彼女は許容できないらしかった」「以前苦しんでいたころ彼女は、子供ができたら自分は幸福になるだろうかと、しばしば考えたことがあった。そして今や子供はできた。しかし幸福はやって来なかった」
2018/11/28
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あかぎれと手袋手の平はこの上なく完治したが、指と指間はまだ湿疹が続いている。えー、小さな小さな数ミリのあかぎれが発生。ひー、ふー、みー、よー、…よっつ。痛い。そう言えばこんな痛さだったな。あかぎれって、こんなにも小さい癖に生意気甚だしい。今年は手袋がはめられると思っていたけど、どうかしら?いや、お気に入りの手袋の出番が全然来ず、はめたい。
2018/11/27
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半身浴と睡眠と散歩半身浴と睡眠と散歩。これらが私を支えている。生きる上でなくてはならないもの。紅葉を見に行ってきました。きれいに撮れました♪
2018/11/26
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セーターえー、先月からか、少しずつ冬物の服を着るようになって、「去年とは違うある変化」が起きて始めている。えー、かゆい。異様にかゆい。毎年好んでよく着ているアルパカ100%のカーディガン、カシミヤ100%のセーター、肌着を中に一枚着て直接触れていないにもかかわらず、かゆい。パートナーに聞いてみた。今年から急にかゆいんだけど、と。すると、それは本当に100%?と逆に問われた。いえ、確かにタグにはそう書いてあるのだが。でも、両方とも中国製にカンボジア製となっている。うーん、なきにしもあらず。試しに、私が信頼を置いている大好きなメーカーの日本製のウール100%のセーターを着て外出してみる。なるほど、かゆくない。去年ももちろん湿疹は出ていた訳で、それならば去年からかゆかったはずだ。なぜに急に?もしかしたら、私がより一層天然素材ではないものに反応を起こすようになったのかもしれない。オーガニックと謳っているような化粧品でも、これは違うよ、と大体臭いで感知できるので、それと同じで、肌も今まで以上に(もしそうであるならば)化学繊維を敏感に感じるようになったと思わなくもない。いやはや、とても良い事ではあるが、厄介な私の身体。年々、ますますそうなっているわね。こんな世の中なのに、生きていけるのかしら。
2018/11/25
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まったく…ステロイドを塗ったら、ものの5日ほどでまぁ見事にきれいに完治する湿疹を、2年4ヶ月もの間延々と耐えている。よくがんばってるでしょ?まったく…。
2018/11/24
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人生とはなんだろう?一つの悲劇だ。「人は子供をもったときから、その個人的生活は終わりを告げて、自己の発展は永久に止められるべきものである、とでも言うかのようだった」「各人各自の考え方をしながらなお尊敬し合ってゆくということが、できないものだろうか?」「自分の家に清い空気をはいらせなければいけない。家から外に出たくないときには、少なくとも家を健全にしておかなければいけない」「奮起したまえ。生きなくてはいけない。もしくは、死ななければならないとすれば、立ちながら死ぬべきである」「幸運と天才とは、思ったよりも早く ー 思いもかけないときに、往々やってくるものだ」「人が他人に働きかけるのは、言葉によってではない。その存在によってである」「<夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。 夏目漱石『こころ』>」「人は自分がいいことをしてやった相手にたいしては、いつも好意を示すものである」「子供の眼は、大人が看過してる多くの虚偽をもとらえるものである。また多くの弱点や矛盾をも見てとるものである」「財産をもっていながらお心が健全である女は、天才をもってる百万長者と同様に、一種の奇跡と言ってもいい…」
2018/11/23
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年と4ヶ月。今年は手袋をはめることができそう♪頭の小石のようなかさぶた湿疹はかなり良くなった。まだフケのように皮がパラパラと落ちてくるけど、頭がめちゃくちゃ軽い。顔と首はぼちぼち。手の指の水ぶくれもぼちぼち。股もぼちぼち。耳の外側もぼちぼち。腕と脇は、相変わらず汚い。まだまだ半袖なんて着られやしない。耳の中はまた結構ひどい。綿棒をひっきりなしに使う。鼻までもがなんか変。でも、黄色い汁が24時間止まらない、なんてことはなくなった。12時間以内で止まるかな。以前と比べると、これってすごいことだよね。それと、直径20cmほどの背中。もう、これはひどい。また背もたれにもたれられないし、四六時中ヒリヒリしていて、もちろん仰向けにも寝られず。ちょっとストレッチでもしようものなら、手にできるあかぎれのように、かさぶたがピキッと割れて、もう背中に激痛が走る。肌着は黄色い汁と血でボトボト。一日経ってそれがパリッパリに乾く。煎餅??なんか、もう、どうしたらいいかわからない。でも、出るものは仕方ない。私の体からはまだこんなにも老廃物が出るのだ。せっせと体内の掃除をしているのだ。一体どれだけ溜め込んでいたのか。老廃物を完全に出し切った時、私はどれだけの健康を手に入れられるのかと、それだけを夢見て、今日もがんばる。そろそろ紅葉を見に行こうかしら♪
2018/11/22
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湯たんぽ何か忘れているなーと、ずっとハテナ?と思いながら過ごしていたのだけど、そうだ!湯たんぽだ!私としたことが、大切なものを忘れているではないか。週末からまた一段と秋らしくなるらしいので、ぬくぬく湯たんぽ登場である。
2018/11/21
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つまるところだれでも皆、あとには同じになります「弱いやさしい心の人にとってのもっともつらい不幸は、一度もっとも大なる幸福を味わってきたということである」「生涯の初めのころに愛する者を失うのは、いかにも悲しいことのように思われるけれども、あとになって生命の泉が涸(か)れつくしたときにおけるほど、恐ろしいものではない」「あなた自身でも、憤りや闘いのうちに自分を無駄に費やしてはいませんか」「果実が腐っても親木は腐りはしない。腐った果実は地に落ちるだけだ」「人間であるのはさらに大きな不幸です」「ことに愚昧(ぐまい)者ではありたくないものだ」「この世ではあまりに多くの人が、他人の事柄を気にして、他人を不和ならしめようとしている」「ある程度の進歩の後には必然に頽廃(たいはい)が来るという、」「健康は感染的なものである ー ちょうど病気のように」「あなたも他の多くの人たちと同様です。毎日神を見てはいるが、それを神だと知らないのです」「無言の忍諦(にんてい)のうちに潜り込んでばかりいる間に、彼は徐々に貧血してゆき、ある臆病さに、口をきくことを恐れる気分に、いつしかとらわれていって、わずかな行動もますますなしがたくなり、しだいに無言無為のうちに陥っていった」
2018/11/20
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命先日、また車に轢かれかけた。詳細は割愛するが、もしその時5歩ほど先を歩いていたらば、私は完全に轢かれていた。何度かそういう危機一髪の経験をし、やっぱり私はご先祖さまたちに守られているのだなと思わずにはいられない。命なんてちっぽけなもの。でも命は光ってるんだ。
2018/11/19
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あのね、パートナーは音楽とは無縁の人生を送ってきたのだが、先日、友達とあるピアニストのコンサートへ行って、痛く感動して帰ってきた。で、私に、絶対に弾き続けた方がいいと言う。もう今は完全に引退して、ピアノに触ることもないのだけど、それでも辞めちゃあいけないって。あのね、それはね、私自身が一番よくわかってるんだ。
2018/11/18
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独歩で。「靴下をたくさん履くだけ」。「半身浴をするだけ」。たったこれだけのことだけれど、私にはこの冷えとり健康法が性に合っていた。病院へは行かない立派な自分治療である。医学には頼らない生活を。医学には頼らない生涯を。独歩で。
2018/11/17
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いつ行こうかなずいぶん寒くなってきましたね。私にとってはうれしい限りです。そろそろ紅葉を見に行かなくっちゃ!
2018/11/16
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おいしいパンとコーヒーごちそうさまでした。もう5年以上通っているカフェが二つある。と言っても、一年に1回もしくは2回ずつほどなのだが、おねえさんのカフェが閉店してからはこの二つがお気に入りとなった。一つは、カフェと喫茶店の中間のような、男性が一人で切り盛りしている深煎りコーヒーのお店。もう一つは、かわいい姉妹が笑顔で迎えてくれるパンカフェ。どちらも、突然行きたくなってふらりと向かう。芳しい珈琲の香り。いつ行っても変わらない穏やかで優しい空間が大好きである。と、ふと思ったことがある。私はいつもコーヒーはブラックで飲むのだが、「砂糖とミルクは要りますか?」とは聞かれない。もしかして私の好みを覚えてくれているのかしら?これからもずっとそこにあり続けてほしい。おいしいパンとコーヒーごちそうさまでした。
2018/11/15
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‘Little Women’前回読んだ小説があまりに長ったらしくて、ほとほと疲れ果てたので、少しかわいらしい小説を読むことに。「若草物語」。幼い頃、テレビアニメを見ていたような気がするがまったく記憶になく、また、誰だったかすっかり忘れたが小説として読んでおいた方がいいよと言っていた人の言葉が、ずっと気にかかっていたのである。と、この若草物語、続編、さらには第三、第四、と、実は長編だったらしく、そこはもう「第一」だけで十分だと思い、残りはまたの機会に。とは言え、四人姉妹の悲喜交々はとてもワクワク楽しく、流し読み程度でサッと読んだ。いつも重たーいものばかりなので、たまにはこういうかわいらしい小説もいいね。でも結局重たーいものが私には向いているんだけどね。
2018/11/14
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背中火傷の跡の、ケロイドのよう、背中。
2018/11/13
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節約って?妹は、ポイントとかクーポンとかいうものに狂わされている。あちこちのお店の提携カードで、サイトで、アプリで、とにかくはち切れんばかりの管理。3倍のポイントをもらいたいが為にわざわざ買い物し、期間限定クーポンを使いたいが為にわざわざ休日にそこへ出かけ、それではまったく意味がないんじゃなかろうか。いえ、むしろ余計な出費では?私だってポイントを貯めているし、なるべく期限が切れないように使うようにしている。でも、それは本当に厳選した所のものだけ。自分がきちんと把握して管理できない所のものや、しつこく登録を要求されるような所のものは断って、一切貯めない。妹は踊らされている。狂わされている。全部を漏れなく消化しなければ気が済まない。その「お出かけ」と、ついでに100円ショップでちょっと買おっかな♪、などという無駄な出費を無くす方が、遥かに節約になると思います。
2018/11/12
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ピカピカのお天道様ピカピカのお天道様が出ると、お散歩に出かけたくなる。小説と水筒だけ持ってるんるんと。夏に歩けなかった分を、今思いっきり楽しんでいる感じ。やっぱり歩くことが好き。大きく腕を振って、なるべく足を前へ出して大股で歩く。もう左足が前へ出にくいなんてことはすっかりなくなった。心身が元気になる。今の私は日々を自分治療につぎ込んでいるので、お散歩は私が私自身を保つものであり、日々を生きる糧でもある。
2018/11/11
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万事かくのごときもの「我慢するよりほかはありません。皆が当たり籤(くじ)を引けるわけではないですから」「病気は往々ためになるものである。病気は身体をこわしながら、魂を解放する、魂を清める。(略)かつて病気になったことのない者は、決して自己の全部を知ってはいない」「だいじなことは、真正面から死を見つめないことである、」「くちづけは時間をとめるはずである、と、彼女は考える。恋愛の中には無限の瞬間がある、と、彼女は思う。彼女はそれを空想に描く。現実には永久に知らないであろう」「自分の肉眼で物を見、人を見ることにつとめた」「すべては過ぎ去る、言葉や接吻(せっぷん)や恋しい肉体の抱擁などの種々の思い出は。しかしながら、数多(あまた)の一時の形象の間で、一度触れ合ってたがいに認める魂と魂との接触は、けっして消え失せるものではない」「彼女は今では、人生をきびしい戦いだと見なしていた。長い労苦の歳月の間に少しずつ獲得していった地歩をも、一瞬間に失うかもしれない憂いの下にあって、決して休むことなく、毎日くり返さなければならない戦いだと見なしていた」「身体が磨滅(まめつ)して、もはや人生から何も期待しなくなると、私心なき情緒が自由に動いてくる」「思考の秘所」
2018/11/10
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八MSの病院は一年に一回。歯科の定期検診は一年に二回ほど。私の病院通いはこれだけになった。皮膚科に内科、幼い頃からもうひっきりなしに常連のように通い詰めていたので、こんな日が来るなんて本当に信じられない。でも、日々努力すればこうなれる。無理のない範囲でコツコツと。私自身で実証できたのではないかしら。38歳を迎えたが、年々健康になっていく。人生、末広がりに越したことはない。
2018/11/09
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110%背中がかなりひどい。110%のぶり返しかもしれない。寝まきはシミなんてどころではなく、そこだけ水に濡らしたような水溜まりのシミとなり、背中だけでなく寝まきまで日の丸となった。布団の中というものは、思った以上に温度が上がり、しばらくするとむくむくとかゆさが顔を出してくる。で、一度かき始めたらもう止まらない。かゆい、かゆい、かゆい、かゆい。行くところまで行くしかない。そこは黄色い汁と血の海だが、それを毎日毎日繰り返す。朝起きると、手の爪は猛烈に汚れていて、結局シーツにまでも大きなシミが付き、気持ちがズーンと落ち込む。(ところで、私は体は固くはないのです。背中の真ん中であろうが、手は届くからいくらでもかくことができるのです。)寝不足。これでは眠れない。あまりに眠れなくて、夜中にオリンピックをずっと見ていた日のことを思い出してしまった。少し昼寝をしよう。だが、ヒリヒリして仰向けにも寝られやしない。不思議なことにこれ以上広がることはないらしいが、なぜこうもぶり返してしまったのか、日の丸よ、教えておくれ。
2018/11/08
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いや〜長かった。過去最高の巨大長編をようやく読了。いや〜長かった。何ヶ月かかったのかしら。4、5ヶ月?要するにある一人の男性の一生が書かれているのだが、結末が輪廻転生で再び生まれ変わるという含みを持たせて終わっていて、これだけウンウン唸りながら読んだのに、また人生が始まるのかと、身震いしてゾッとした…(苦笑)その割には、内容は「中の下」という感じで、お世辞にもおもしろかったとは言えず。まぁでも、読みたかった小説だから、目標達成!次は軽めのものを読みましょう。気に入ってる写真を2枚ほど。こちらは美術館で撮りました。帰りにはのらねこちゃんにも遭遇。前にも会ったことあるんだよ(笑)
2018/11/07
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人生のすべてである。ずっと、自分で自分の身体が変だと感じていた。それは、幼い頃から。自覚し始めたのは小学生の低学年の頃で、手の平と足の裏は冬でも汗でベタベタしているし、気分の浮き沈みも激しいし、毎日頭痛もするし、医者にばかり通っていた。思春期にはアトピーが猛烈にひどくなり、その後はみなさんの知ってらっしゃる通り。不調というものが普通で、それが当たり前だという人生を幼い頃から生きてきた。今、私は、自分の本来の身体を取り戻した。しびれているけどこれが私の足。ほくろ。父から譲り受けた右手の人差し指の爪の形。鎖骨。胃と腸。心臓。母と衝突し合う心。全部全部私なんだなと思う。自分が自分で、心と身体が合致していて、そこに命がある。今は、自分の身体が変だなどと思う欠片もない。今までは、何というか、掛け違えたボタンのように、しっくりしていなかった。38歳になったけど、病気を患ってからの10余年は、今の私にとっては人生のすべてである。
2018/11/06
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて2年と3ヶ月と半月。秋うるわしだなぁ♪ご飯がおいしいなぁ♪もりもり食べてたくさん歩いてます。と、一年ぶりに病院へ行く。頭部MRIと診察。(耳の入り口の湿疹が落ち着いたから耳栓ができた!)特記事項は何もない。よし、これぞ最高なり。脇と肘の内側の汗もから昇格した湿疹は少し良くなった。要するに汗をかかなくなったから良くなったのである。…ということは、これは冷えとり健康法の湿疹ではなく、ただの汗もだったいう証拠でもあった。ついでに両腕の湿疹も少しだけ落ち着いた。が、耳の中はまた悪化。頭の小石湿疹も驚くほど良くなった。9月はもうピークだった。重量感があまりに凄まじかった。私が上半身には濃い色の服を着ない理由はフケが目立つからだが、うん、もうしばらく白い服で過ごそうか。その内、ごっそりと抜けた髪の毛がピンピンと生え始めることだろう…。背中と頭とどっちに湿疹が出る方がいい?ってそりゃあ人目に付かない背中だけど、それにしてもぶり返し過ぎではないか?9割方ぶり返した。黄色い汁と血が止まらず、とてつもなくかゆい。肌着がくっついて、シミは、この肌着、こういう模様なの、としか言いようがない。そして、なぜか背中の左側だけがひどい。ほら、また私は左側だ。顔面痙攣にしても、一体なぜなのだろう?シーツも毎朝バサバサと叩くことを延々と続けているが、いつまで経っても終わりが見えない。あっという間に11月。今年の終わりは、見える。
2018/11/05
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ちょっと早いけど。先日病院がんばった、ということで、私の中ではもう今年も終わったも同じである。張り切って映画館へオペラを観に行く。4時間もあったのだけど、「これぞオペラ」という王道の心踊る悲劇で、観客の心を掴む。ところで、今回は、でっぷりと肥えた二人のトップ女優がなんとも度胸があって見応えがあり、全体を底辺から支えていた(笑)ささやかな締めくくりを、ささやかに静かに祝う。ちょっと早いけど。へへ。
2018/11/04
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11/3 文化の日本日、38歳になった。年々、父の性格や思想をことごとく受け継いでいるなと痛感する日々だが、歳を重ねるに連れ、父をより理解できるようになってきた気がしている。父は、休日になると時間の許す限り読書をしていた。何を読んでいたかははっきり言って知らない。知る術もない。だって、私はその当時読書のドの字もしたことはなく、1mmの興味すらなかった。多発性硬化症(MS)になってまさかの想定外である読書にのめり込むようになってからは、小説から様々なことを教わり、その後の私の思想に大きく影響していったが、これが父に近付く道筋となった。父は、もしかしたら、生涯独身でいたかったのではないだろうか、と思う。母とは見合い結婚だが、母の事を愛していなかったとは言わない。私と妹という二人の娘も、愛する我が子だったと自負している。ただ、そもそも、結婚というものに対してはさほど突き動かされるものはなかったのではないかと想像する。自己犠牲を伴うもの、そしておぼろげで判然としないもの、どこか他人事であるかのような。家族という煩わしいものを持って、あくせく働いてそれへ人生を捧げるよりかは、一人で本を読んだりして自己を深めていく人生の方が性に合っていたのではないか、となんとなくそう思うようになっていった。父は毎日欠かさず日記を付けていた。実はまだ、それらを読むことができていない。そこにあることはわかっているのだが、まだ今ではない、そう感じながらもう17年以上という歳月が過ぎ去ってしまった。おそらくその日記には書かれていることだろう、私がそう思う所以を。父は53歳で死んだ。職場で倒れ、1週間後に亡くなったのだが、その間、家にいろいろな人から電話がかかっていた。私はまだ大学生だったし、父の仕事のことなど何も知らなかったのだから、誰からの電話だったか知る由もなかったが、ふと、ある電話のベルの音に、例の勘が働いた。プルルルル、プルルルル。「あ、たぶんお父さんが想いを寄せてる人からだ」果たしてその電話は女性からのものであった。母が出たので何もわからない。でも、私の勘は的中していたはずだと未だに思っている。特別に何かそういう既成事実があったとは言わない。父はそういう人間ではない。否、娘だからそう思いたいだけなのかもしれないが、それは実際間違っていないと思う。なぜってそれは父の思想に反することだから。それは清いことではないから。だが、かえって、娘としては、父が安らぎを感じていた人がいたのであれば、それはそれでよかったと思う。養子という肩身の狭い、抑圧された暮らしの中で、父は一体何を思っていたのか。日々何にすがって生きていたのか。誰にだって一つや二つ安らぎは生きる上で必要だ。実に、父を知ることは、私自身を紐解くような作業であるらしい。53歳。父の年齢になるまで後15年。遺伝や体質などから鑑みても、おそらく私は短命だろう。短命と言いながらもしぶとく生き長らえているかもしれないが、私にとってはずっと以前から53歳という年齢は一つの計り知れない大きな意味を持っていて、只ならぬ数字であることに変わりはない。今年は父の日記を読むことはできるだろうか。たとえ読めなくとも、娘としてまたもう一歩父へと近づくために努力を尽くそう。私は父を知りたい。追い付きたい。追い越したい。何一つ思い描くことのできない15年後、だがうとうととしている間に過ぎ去るであろう15年後、私は一体どこにいるだろう。
2018/11/03
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病院へ。病院へ。「明日病院だから眠れなかった」という理由ではなく、背中の湿疹がかゆくてかゆくていまいち眠れなかった…(苦笑)もう受給者証を持っていないということで一年に一回にしてもらったので、約一年ぶりだが、今回は血液検査はせず、頭部MRI(造影剤なし)と診察です。えー、勝手知ったる病院、特に何のトラブルもなくスムーズに検査は進み、病院が混んでいようが空いていようが、私の場合は公にされていない診察室へと通される故、予約時間通りに診察の順番が回ってくる。お久しぶり、主治医。(お変わりないようで何よりです。え?逆?患者は私って?)「元気です」。本当に元気なので、そう言った。MRIは変わりなし。診察はあっさりと3分で終わった。主治医はもう予防治療のことなど一言も言わなくなった。2007年に発病したので既に11年以上経ったが、こんなに早く終わったのは実に初めてである。最高にうれしい!それにしても、病院は空気がどんよりしている。病院のことあるいは病気のことを頭で考えたのは一年ぶりだった。普段はすっかり忘れていて、自分は病気なんかじゃないと信じ込んでいるから、私にはこれぐらいがちょうどいい。私の場合、あれこれ考えない方が心身共に健康でいられる。やっぱり受給者証も持たなくなって正解だった。その分医療費の実費はぐんと上がったけど、受給者証申請の為の書類やその他交通費など諸々の諸費用を年間で考えると、結局トントンになるということを知る。いえ、書類申請時の精神的ストレスは半端なかった。何より心身の健康はお金には代えることはできないのである!今日は最高に良い日だ。主治医よ、ありがとう。また一年後にお会いしましょう。よし、これで年が越せる。願いはただ一つ、このまま、このままでいられますように。
2018/11/02
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卵を割らなければ、オムレツはこしらえられない…「悲しい悲観思想と人生の経験とによって、困窮のためには人の意志もかならずや卑しくなる」「忍耐だ!やがて時期が来るだろう…」「しかしながら太陽がない時にも太陽を創り出すのが、芸術家の役目である」「そこで僕が言ってやろう、死が存在するところには芸術は存在しないと。芸術、それは人を生きさせるものだ」「雨に降りこめられた景色を前にして、陽が照っていたらどんなだろうかと」「かつて住む星を変えることのできたものがあるだろうか?」「家!無数の生きた格子(こうし)でかこまれている「おり」、目と耳で張りめぐらされたあの「おり」、この「おり」の中で、うずくまったまま、じっと動かずあごをひざの上にのせ、両腕で脚をかかえて、死ぬのを待とう」「「神経だよ」と、みんな彼にむかってくりかえす。しかし、彼は、はっきり感じている。金属にさえあるあのきずを、 ー 亀裂を」「この土地では、すべての乗用車が「道幅に合わせ」てある、(略)それと同じように、すべての私の思想は、今日の日まで、父や舅姑(しゅうと)の「道幅に合わ」されていたのである」「自分の苦悩を一人で考えるために、自分の苦しんでいる場所を捜すために、たった一人になりたいこの願いのはげしさはどうだろう!ただ、夫がそこにいないでくれれば、それでいい」
2018/11/01
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