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毎日映画を観ているが、昔の映画がやっぱり好きだなと思う。馬車などは本当にかっこいい。乗ってみたいと思うし、パッカパッカという馬の蹄の音はこの上なく心地良い音で、私には心がスーッと安らぐ。家具などもかぶり付いてまじまじと見てしまう。インテリアというよりかは、家具の彫り物やランプのデザインや絨毯の模様などがまるで美術館なのである。昔の家はたとえどんなに寂れていようと美しい。美術館も閉館していてどこへも行けないので、家で美術を楽しんでいる私だ。
2021/04/30
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ピアノを習っているもんもん。7月で1年になるんだそう。妹から動画が送られてきて、なんとキラキラ星を二人で連弾してました!おばさんびっくり(笑)子どもの習い事はピアノが良いなんて言われるが、つまりは両手を使うことと、頭で先を先を予測しないといけないからなんだとか。親としてそれを痛感しているらしい妹です。
2021/04/29
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なんというか、日々葛藤だなと思う。コーヒーを辞めた。神経が安定するから心身に波風立たなくなり、心から辞めて良かったと思う。それに伴って、今、甘いものを減らしたくなっている。それももちろん体には良いこと。ただ、楽しみがない。フラと立ち寄った喫茶店で、小説片手にコーヒー飲みながら少しの甘いものをつまみにゆっくり過ごす時間という至福の時間がなくなってしまった。この時間は私にとってはかけがえのない心満たされる時間だった。かと言って、もうコーヒーはおいしとは感じないし、しばらくは飲もうとも思っていない。いずれ身体がもっともっと良くなったら飲んでみたいとは思うけど、数年はおそらく飲まないだろう。甘いものも甘過ぎると感じるようになっているので、自然と減っていくだろうし、無理して食べるものでもない。なんか、おもしろくないなぁ。趣味が一つまた一つと減っていき、その分身体は確実に良くなっていっているけれど、とにかく人生に“含み”がない。身体には良くないが心満たされるもの、身体には良いがおもしろくもなんともないもの。どちらがいいかって身体には良くないが心満たされるもの、と思っちゃうけど。1年前の自粛を機にいろいろと思わぬ展開になっている。すべてのきっかけはコーヒーを辞めたことであり、コーヒーが道標となってくれた。世界も変わってきて、私も変わる時なのかなぁ。つまりはそれは自粛生活のおかげだから。
2021/04/28
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基本的にファストファッションは買わないと決めている。100円ショップもそうだが、こういうものこそあっという間にゴミになってお金の無駄遣いだと思っているので、少々値が張っても高品質の物を少なく買うように心掛けている。春から秋までは、毎日リネンの何の変哲もない襟付きの白い前ボタンのシャツを着る、と決めているのだが、同じブランドのまったく同じ物をおそらく5着目ぐらいだと思う。襟があると首の日焼け防止にもなるし、腕の湿疹を隠しつつ腕まくりもできるし、白だと汗染みも目立たず、リネンだからベタつかない。私にとってはいいこと尽くしの服なのである。もともとあれこれたくさん服が欲しい性格ではなく、毎日同じ服で構わない。気に入った服が一着あればそれでよし。また、私のような汗かきにはカーディガンは万能の一枚である。すぐ脱ぎ着できるし、軽くてかばんにいれてもかさばらないし、前ボタンを全部留めるとセーターのようにも着られ、服の種類の中で一番好きかもしれない。丈や素材などをよーく吟味して、ボタンも気に入った一着が見つかった。大切に長く着続けたいと思う。
2021/04/27
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えー、こちら3回目の自粛である。いつものように地元の公園へ行ったら人がうようよいて驚いた。普段は1、2人しか会わないのに。スーパーとコンビニぐらいしか開いてないから行くとこないのね。男性はみんな一様に念入りに車を洗っていらっしゃる。そしてなぜかあちこちのクリーニング屋は大繁盛。今の内に面倒な雑用は片付けておこうっていう魂胆ね。私は、ひたすら地元をぐるぐる歩こうと思っています。
2021/04/26
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紅茶もなかなかおいしいなと思う昨今。そこで、飲み比べセットなるものを買ってみた。今回は4種類。大好きだったおねえさんのカフェは実は紅茶専門店だったので、ここで無知なりに少し学んだ。私はさっぱりとした軽い紅茶よりも、どちらかと言うと渋めのしっかりと味の付いたものの方が好みで、漢方薬のような苦い味の中国茶も大好き。まずはキャンディとヌワラエリアを飲み比べてみようと思う。ちょっぴり家での楽しみができた。
2021/04/25
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老いを感じ始めた大きなきっかけは二つ。38歳の頃に月経血の量が激減したこと。40歳の誕生日を迎えた頃に体の肉がげっそり削げたと思ったこと。これらが、私は今まさにプレ更年期に差し掛かったのだと確信させられた大きな出来事だった。毎日何もないのに、あっという間に月日は流れてゆき、今年ももうゴールデンウィークである。なんというか、この心思い煩う気持ちをどう表現したらいいものか。人生は長いのか短いのか。何を以て我が人生の基準とするのか、目標とするのか、到達とするのか。そう言っている内にも、日一日と父の年齢へと近付いている現実は変えられるはずもない。
2021/04/24
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ヘルペスは、ちゃっかりできている、順調に。やっぱり去年あれだけできなかったのは幻だったんだ。ところで、今首のアトピーがひどく、ちょっと汗ばむ季節になっただけでブツブツの汗も、かゆくてかくから真っ黒、気が付いたらついつい首に手が伸びている。首がかゆい、とパートナーに言った。すると、(ヘルペス菌というものは常に神経に潜伏しているものだから)ヘルペスはいつも首の神経にいるんじゃない?だって。笑えた。きっとそうだ。私のヘルペスちゃんは首の神経に居座ることが心地いいんだ。だから、あまり嫌がらずかゆくても仲良くしてあげるといいんだって(笑)今年もかえるさんが鳴きました。
2021/04/23
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「そのオウムは話せるのかと聞くと、一人のほうがちょっとうなずき、はい、でも文法はまだとてもお粗末で、」「人が生きる 一 人が死ぬさまざまな人生があった」「「老後のため」とか「老後が不安」とみんな言いますが、「老」の「後(あと)」って、何でしょう?「老のあと」は、「死」ではないでしょうか」「死は孤独であるかもしれない。しかし、生きているほど孤独であるはずがない」「いったいどうしておとなって、やたら口論ばかりしたがるんでしょう。それも、原因はおよそくだらないことばっかり」「人はみな愛する人を失うものよ」「思いきって地団駄を踏んだり、金切り声で叫んだり、ママにむしゃぶりついて泣きわめいたり、めちゃめちゃなことをしてみたい」「せめて一晩くらいは、涙で枕を濡らさせず、目を泣き腫らさせず、頭をがんがんさせず、静かに眠らせてちょうだい。なにもかも、みんな忘れさせてちょうだい。できることなら、この世からおさらばさせてちょうだい!」「まともだからこそひきこもる」
2021/04/22
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コーヒーとチョコレートを食べなくなると、あらゆることが限られるようになる。例えば、洋菓子屋さんへ行ったとしよう。すると、まず消去されるものが山ほど。コーヒーとチョコレート、ココアもそう、〜ラテもそう、ティラミスも、〜モカとかいうものが入ったものも、そもそもバナナが嫌いだから真っ先に消去。ついでに、果物の苺は好きだけど、ジャムになったり、ムースになったり、要するに生の果物じゃない苺は昔から好きじゃないから、それも消去。これだけで意外と3分の1ほどにまで選択肢が絞られてしまい、後ろ髪引かれつつ諦める。ここ最近、甘いものに対して少しの躊躇いが生まれている私。きっかけはまさにコーヒーを辞めたからだと思う。これはとっても良いことなのだが、なんとなく寂しいというか、楽しみが次から次へとなくなっていくというか、同時に複雑な気持ちも生まれていることは否めない。嗜好品こそが人生だと思っていたから。たった一杯のコーヒーがもたらしてくれる幸せがあまりに大きかったから。砂糖を控えたいと思っていて、ちゃんとそうなってきているものの、人生で甘いものを食べることって結構幸せなことじゃない?一口ポンと食べた時に口の中いっぱいに広がる甘味に心がホッと満たされるじゃない?そう言えばコーヒーを辞める時もそんな思いに駆られたな。結局今は完全に辞めて心からよかったと思っているし、一欠片の未練もないのだけれど。甘いものもいずれそうなるのかしら。こんな日記を書く日が来るなんて、よくもまぁここまで身体が変わったものだと思うよ。
2021/04/21
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半身浴をし始めて4年と9ヶ月。日傘がないともう歩けない。コーヒー辞めて、チョコレートも食べなくなって、いえ、どちらももう全然体が欲しくなくなって、次は砂糖を減らしたいと思っている。どんどん体質改善してます。芋づる式ね。たぶんコーヒー辞めなかったら砂糖減らしたいとは思わなかったと思う。そもそも砂糖の違和感を感じるようになったこと自体が進歩の証。いえ、既に舌がちょっと甘過ぎるなと感じている。これまではむしろ、これ甘さ控えめでおいしいね、って思っていたものが。これまでそんなこと掠りもしなかったからね。自粛1年目はコーヒー辞めた。2年目は甘いものが減っていきそう。収束する頃には、私の体、最強なんじゃ?(笑)また吐き気で寝込んでしまった。これは一体何なんだろう?春と秋にそうなるらしい。膝と手と首の湿疹が結構ひどい。膝は黄色い汁が止まらない。手はあかぎれのオンパレード。首は真っ黒。でも、背中の湿疹だけは良くなって、5分の1ほどにまで縮小された。背中のど真ん中にあった湖が池になった?(因みに、首だけは好転反応の湿疹ではなくアトピーの湿疹です。違うんです、本人にだけはわかるんです。)みなさんお元気?私は全然元気じゃありません。引きこもりの時もずっと家にいて、発病した後も歩けなくてずっと家にいて、私は人間としていろいろと欠陥があって不適合者だと自覚しているけれど、家にいることだけは向いているようです。結局は、つまりは、引きこもりなのです。そういう性質なのです。やっぱり、家でできることを前提にこの先の人生考えていくしかない。
2021/04/20
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どうでもいい話だが、私は方向音痴だ。自他共に認めるちょっとひどめの方向音痴。先日もまさかの地元で迷った。絶対にこっちだろうと思った真反対が正解だったということが私にとっては日常茶飯事である。例えば地下鉄に乗ったとしよう。地下の改札を出て、端から端まで歩いてぐるぐると螺旋階段を上って地上に出たとする。さあ大変。ちんぷんかんぷん。右も左もわからず、おのぼりさんが路頭に迷って呆然という状態。今でこそ地図アプリなるありがたいものがあるが、以前はそんなものなかった。(実はアプリを見ていても迷う。)そのくせ、細い路地裏へ入って行くことが好きで、当の本人は今迷子だという自覚がない。気のままに進み、のらねこちゃんと遭遇して写真を撮ったりしながらフラフラしていたら、昔懐かしい喫茶店を見つけてラッキー。何度妹にキレられたか知れない。尚(の方向音痴)はひどい!って(笑)仕方ないじゃないの。これは治らないんだから。でも結構楽しいのよ。安心して、そのうちどこかの駅に辿り着いたりして(あまりに想定外な駅だったりするけれども)ちゃんと帰れるのよ。行き先が見えないからウキウキするんじゃない。思いの外心が充実した一日になるんだから。
2021/04/19
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いつからだったか、このご時世になる以前のことだが、手書きの日記を書き始めた。というか、再開した。引きこもりの時でも入院していた時でも毎日日記は書いていて、一日も欠かさず続けていたのだが、このブログを書くようになっていつの間にか辞めてしまっていたのだった。が、さすがにブログにも書けないことはあり(ほぼ書けないこと。じゃあなんでブログを書いているかって?それはもはや私にもわからない、継続は力なりと思っているから)、徐々にモヤモヤと積もり積もるものがあったので、やっぱり私には手書きで日記を付けることは必要だとひしと感じた。誰に見せられるものでもないし、書いたらそれだけでスッキリするので、もう当日に反故にしたって何ら未練はないほどの軽い気持ちで再開。今は私の日課である。先日、雑誌をパラパラと読んでいたら、何やら私のこの習慣が非常に良いらしい。文字として紙に書き出したらストレス対処になるいう研究効果が実際に出ているのだとか。なるほど、そうだったんだ。私もそれは感じていた。ただ書くという作業を黙々とするだけで思いの外気分は晴れるということを。じっとこれまでを振り返ってみても、私には日記って思った以上に大切なことだと思われる。どんな試練の時も必ず側にあった。そう言えば亡くなった父も書いてたな。毎日やる気の出ない日々が続き、心が沈むことが多いが、地道に続けていれば、この習慣がいずれ私の身になり糧になってくれると願っている。
2021/04/18
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ベランダから空を見上げてから布団に入る、というのが長年の習慣だ。この一年で明かりの灯っているお宅がとても増えた。あのマンションのあの部屋、あの一軒家、ぽつぽつ灯る明かりがあっちにもこっちにも。私自身は絶対に生活だけは崩れないようにと思い、就寝時間も起床時間も食事の時間もなんとか規則正しく律している。生活が乱れるということは私にとっては精神面の一大事。これだけは何があっても守り通さなくてはならない。が、一方で夜が楽しいことも知っている。引きこもりだった時は典型的な夜型生活で、新聞が配達された頃にようやく眠りに就く生活だった。なんだろう、この夜になると心躍り出す感じは。何をするでもない、夜中はとっても楽しい。みなさん遅くまで何されてるのかな。ゲームかな?そこここで「孤」という光が放たれているように感じてしまうのは私だけでしょうか。
2021/04/17
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「人の世の辛酸をなめつくして去っていった彼女にそれでもなお人生は生きるに価(あたい)するものだったのか」「思えばぼくの人生の曲がり角にはいつもあなたとの出会いがあった」「われわれは人間の垢や油煙や風雨のよごれが附いたもの、乃至はそれを想い出させるような色あいや光沢を愛し、そう云う建物や器物の中に住んでいると、奇妙に心が和らいで来、神経が安まる」「人間は年を取るに従い、何事に依らず今よりは昔の方がよかったと思い込むものであるらしい」「私としては自分の余生を傾けて、それをぽつぽつ予定表に従って片端から成し遂げて行くことが精一杯で、もうこれ以上人を知ったり世間を覗いたりする必要は殆どない」「スピードアップと云うことが時代の流行になっているので、知らず識らず一般の民衆が時間に対する忍耐力を失い、じっと一つの物事に気を落ち着けて浸りきることが出来なくなっているのであろうか」「こう云う風な便利が生んだ不便の現象」「人には人の事情がある」「希望を捨てる理由はありませんからね」「ある齢を越え、ある知恵を越えると、驚きの目で見ることはとても難しくなる」
2021/04/16
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最近観て良かった映画です。「マダム・イン・ニューヨーク」「カポーティ」そう言えば、もう何年も前からずっとずっと観てみたかった映画があって、フランスのモノクロ映画なのだけど、つい先日図書館の所蔵に加わった!善し悪しは別にして、一度は観てみたかったからすっごくうれしい。早速予約しよう。
2021/04/15
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私、つくづく感じるのだけど、一人でフラフラと出かけることがこの上なく好きなんだと思う。常に単独行動だが、寂しいという感覚は皆無に近い。思いのまま、誰に気を遣うことなく、好きな所で好きなように過ごす。美術館へ行く。疲れたらカフェで休憩する。のらねこと遊ぶ。それが私にとっては心から幸せなんだ。家に籠るタイプのようで実はそうではない。意外とどこへでも出かけてしまう。もちろん体のことを一番に考えているから、行動できる範囲内で。関西在住なので、関西から出ることは少し躊躇われてしまうのだけど、関西を狭く深く知ることは心底楽しいと思う。ただ、暑さには多分に影響を受ける為、季節が限られてしまうのが玉に瑕である。今、私にとってはとても過ごしやすいので、どこかへフラッと出かけてみたくなる。そうできないのが悲しい。
2021/04/14
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なんとなく感じる昨今。そう、老化を。40歳を境に私老けたと思う。26歳の時に発病し、それをきっかけに第二の人生が始まったと思った。足を引きずり引きずり、視界が一段下がった気分だった。今はその時とはまったく違う心境である。病気になった時は身体の機能を奪われたことによる心の変化、意に反した致し方ないただの変化だったと思う。が、心も明らかに老化するということを知った。そこには諦めという言葉が底辺に横たわっていて、心の衰えに順応するように体も衰えるといった感覚か。発病した時のようにもちろん心は体によって変わるが(いえ当時は変わらざるを得なかったが)、体も心によって変わるのである。つまり、私は歳を重ね心が老化し、同じように体も老化した。心の衰えを感じ、体の衰えを感じ、40歳になり世の先人たち誰もが通って来た道を私も間違いなく一歩一歩進んでいるのだなという痛いほどの実感。老化という言葉の真の意味は、むしろ体の目に見える老化よりも心の目には見えない老化の方を指すのかもしれない。そんなようなことをこの半年ほどでじっと考えていた。これを中年の円熟期に達したとでも言うのだろうか。
2021/04/13
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ちょうど1年前の自粛の頃から、夜中に一回必ずトイレに起きるようになってしまった。それは今でも続いている。おそらく、心的に不安定になっていること、運動不足で疲れていないこと、年齢的なこと、の3つが要員だと勝手に分析している。まず、心的なもの。これは世界中の問題であり、なんとか自分なりにストレスを発散させる方法を編み出すなど、今はじっと耐えるしかない。運動不足、これも自分次第。そう感じるならば、運動すればいいだけのこと。40歳という年齢、ベンジャミン・バトンのように若返ることはないんだから、これも致し方ない。…じゃあどうすればいいんだ。でも、諦めるには少し早過ぎるような気がする。私のような筋肉のキの字もないようなゴボウ人間ができるような運動ってないものかしら。と、数ヶ月前から考えている。
2021/04/12
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「溜息をついた、くる夏ごとに何もかもどんどんみすぼらしくなってゆきます。敷物は色があせるし、壁紙ははがれてばたばたしてます」「このごろはわけのわからない妙ないらだちをもてあましてひとりでゆううつになったりしている」「見えない壁につきあたるんです」「音楽というものは精神であり情緒の芸術なのだよ」「学問は感動の三角形となる底辺を形づくるもの。いっけんむだに思えても、教養を広げることで底辺は長く、より強くなる。それによってつくられる三角形も強く、高いものになる」「幸せとは、自分に与えられた運命を受け入れること」「石を積んで道を作るんだ」「規律正しい生活孤独に耐えられる強い魂どんなことでもやりとげていく意志の力…それらがきっと自分に身を助けてくれますわ」「人は生きてきたようにしか、死ねない」「待つ…なにを拠りどころにして…?」「人には天の時というものがある。それを運命と呼ぶもよかろう」
2021/04/11
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またまた強烈な吐き気に襲われた。悪寒がし、お茶でさえも気持ち悪くて飲めない。半年に一回のペースでこうなる。今回は実際には吐いてはいないけど、毎回相当に辛い。
2021/04/10
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今週に入って少し涼しくなり、ホッと胸を撫で下ろしている。先週まで暑過ぎた。ギラギラと太陽が照り付け、まるで初夏のようだった。涼しくなると俄然元気になる私。散歩にも出ようかという気分になる。残念、桜は散っちゃった。先日、とても久しぶりに地元のバスに乗ってみた。私の家は電車でどこへでも行ける便利な場所にあるのでめったに利用しないのだが、見える景色すべてが目新しく、思いの外楽しい一日を過ごせた。何事も急にというのは良くない。体が付いていかない。徐々に暑くなってください。
2021/04/09
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この間美術館行ってきた。行きたかった。嬉々として行ってきた。やっぱり私には美術館って大事。生きる希望と励みになる。ところで、美術館はガラッガラです。閑古鳥が鳴いてます。
2021/04/08
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今年は桜の季節にいまいち乗っかることができず、桜を見る為だけに出かけるという散歩もしなかった。暑くて、身体が付いていかなかった。たまたま通りかかってパシャリ。今年はモノクロと葉桜で。それでも、心がポゥッと暖かくなりました。
2021/04/07
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なんだか、膝の湿疹がすごくひどい。直径3cm大が右に二つ、左に二つ、見事な左右対称である。まだまだ好転反応の湿疹が出始めた初期の頃にも膝に湿疹が出ていた。右膝だけだったが、不思議なのはなんで膝なのかということ。膝なぞよりも湿疹の出やすい場所って山ほどあるのに。例えば、膝の裏側とか。皮膚の弱いところに出るとはまったく以て限らないのが好転反応の湿疹らしい。黄色い汁まみれなので、レギンスの4枚目まで沁みてしまう。血の海ならぬ黄色い汁の海。で、とにかくかゆい。びっくりするほどかゆい。あまりのかゆさにイライラして居ても立ってもいられない。ふぅ、次から次へと…。延々続いてる。
2021/04/06
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半身浴をし始めて4年と8ヶ月と半月。もんもんが2年生になりました。あんな小さかったのにいっちょ前に(笑)コーヒーを完全に絶って4ヶ月。私本当にすごいと思う。自画自賛なり。飲まない方が体も心も安定する。以前から薄々勘づいていたのだけど、背中の湿疹が良くなったと思ったら今度は手の湿疹がひどくなり、膝の湿疹がひどくなり、これって結局ただ湿疹が移動してるだけなんじゃ…。体全体で考えたら良くも悪くもなっておらず、トントンなんじゃ…。背中はかなり規模が小さくなった。色素沈着はびっくりするほどひどいけど、皮膚はツルツルになった。が、膝がひどい。右耳の中もひどい。あとは、顔、手、腕、股、が相変わらず。花粉症は今年はさほど出なかったからうれしかった。ただ、首がかゆい。じんわり汗ばむ季節になって、かゆくてポリポリかいていたら、ブツブツの色素沈着で真っ黒になってしまった。ちょっと落ち込む。ヘルペスは例年通り順調にできている。去年あれだけできなかったのはもはや幻だったとしか思えない。何がどうなってできなかったんだろう?夏へ向かってるな。日差しが強いな。今年は暑くなるのが早過ぎるな。え、まさかこのまま夏になるの?知らぬ間に葉桜だな。日傘差した。3月末から日傘差すなんて、おそらく史上初だな。今年は無理しないことにした。
2021/04/05
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私、幼い頃からうつ伏せに寝るのが大好きで、なんというか、内臓が圧迫されて苦しいのだけれど、この上ない幸せを感じる。うつ伏せに寝ると顔だけを横に向けることになるから、耳をベッタリと布団につける。耳の湿疹があまりにひどく、うつ伏せなんて長らくでくなかったが、耳の外側の湿疹がようやく完治したので、今、この喜びを噛み締めている最中である。なんて気持ちいいんでしょう!この喜びに勝るものなし。夏に耳の外側の湿疹がぶり返さないことを祈るばかりである。
2021/04/04
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体重は滅多に計らない。病院に行く時だけ、MRIの問診票に記入しないといけないから、計る。毎年10月に通院だから、年に一回10月に。ふと思い立って、計ってみた。この冬少し蓄えられたと思ったから、どれぐらい増えたかなと思って。…え?ほんとに?10月と何ら変わらないのだが。蓄えたと思っていたのに、まさかの蓄えはゼロ。体が少し重たいのはなぜ?錯覚だったの?ちょっと、本当に、唖然としてしまった。どういうことよ。10月なんて一番痩せている時期である。その10月と変わっていないなんて。この夏、大丈夫かしら。蓄えゼロで迎える夏、耐えられるかしら。
2021/04/03
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「思い立った時はいつだって成長のチャンス」「私ができることは見つめて守る、くらい」「初めて自分というものに気づいたのは、エセックスのいなかでな、生きのびるためにかぶらを盗んだときじゃった」「何でみんな憎み合うんだ」「生きてりゃそれなりにいい事もある。死んじまっちゃおしまいだ」「最高の物は順風の時にやって来ない。最高の物は試練の時にこそ来るのだ。苦しみや失望を味わっている時や悲しみが来た時だ。なぜなら深い谷間に落ちてしまった時はじめて知るどんなにすばらしいか ー 最高峰の頂を極めることが」「家族は浮沈をくり返す」「人間てのは窮すると目先のことしか見えなくなるものらしい…」「でもピアノは指だけで弾くものではないということをごぞんじですか」「神は愚か者は救わない」「…負けた…よ…。人生には努力や才能や正義だけではどうにもならないこともあるのだとみとめよう…。いままでけっして屈したことのない力のまえにぼくはひざをおろう…」「真の戦争は心の中です」
2021/04/02
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今私が立っている場所には昔誰かが立っていて、今私が立っている場所はいずれ違う誰かが立つことになって、その違う誰かが立っている場所もそのうちまた違う誰かがそっと立つ。そうやって、時代はゆっくりと移り変わってゆく。若い頃は自分中心に世界は回っていると信じて疑わなかった。でも、ある時、あ、もしかして違うのかもしれないと気付く。私が中心なのではなく、他の誰かが中心にいてその1周外側に自分がいるのだと。そうやって月日は流れ、また気付く、自分は2周目だ、3周目だって。順調に一歩ずつ後退した今、5周目ほど外側をひた走っている私。いずれはみな、遅かれ早かれフェイドアウトするんだ。ぽかぽか日和だねー。
2021/04/01
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