全30件 (30件中 1-30件目)
1
26歳の時に発病した。その時は歩けなくなって、身体が大きく変わった。要するに身体の機能が一瞬にして奪われた。そして11月で41歳を迎えようとしている今、明らかにそれ以来の第二の変化の時を漂っている。30代の終わりから徐々に心身の揺らぐ葛藤を感じ始め、まさに今がそう。一般的に女性は50歳頃に閉経、その前後5年つまり45歳〜55歳頃までを更年期と呼ぶらしいが、私はプレ更年期に差し掛かっていた。26歳の頃とはまったく種類の異なる変化である。今、刻一刻と身体の機能が失われていく一途が、その道がスッと目の前に現れたとでも言おうか。今までそんな道があるなんて思いもしなかった、得体の知れない一本道が。歳を重ねるとは実に恐ろしい。そう頭では理解していても、体がなかなか順応できないでいる自分とせめぎ合う中で、日々もがいている。昨今、男性にも更年期というものがあるらしいことがわかってきたらしいが、どう考えても更年期とは女性を指す言葉だろう。今までとは相反する身体へと変化するのだから、負担がかからないはずがない。更にコーヒーを辞めたり少食になったりしたことでまた別の変化が加わり、サッと心が体に追い付けばいいのだが、私の場合、心が納得するまでもう少し時間が必要だ。これからも半身浴に精を出し、自分治療をコツコツ続けていれば問題ないとわかってはいつつも、今年もまた一つ父の年齢に近付いたななどとさまざまな想いが錯綜し、漫然と過ぎゆく中では明けても暮れても難しい。
2021/09/30
コメント(0)

いつだったか、自室にアンティークのデスクが欲しいと書いたと思う。小ぶりの読書用の机。そしても一つ。映画を観るのが趣味となった今、これも以前から思っていることだが、ホームシアターで観てみたいと思っている。最近は、非常にコンパクトな手の平サイズのプロジェクターがお手頃で販売されているようで、手軽にスマホに接続できて壁に映せるんだとか。どちらも、想像しているだけで夢膨らむ。いずれ叶うといいなぁ。お気に入り♪
2021/09/29
コメント(0)

先日、美術館へ行った帰りにあるカフェへ寄った。名前だけは知っていたという程度だったが、なんとなく足がそちらへ向かったので扉を開けてみた。私と同じ年ほどの天真爛漫といった感じの女性が切り盛りされているらしく、お店の空気が陽気でパッと明るい。入った途端に、たぶんおいしいだろう、と思った。小さなお店なのになぜか5人も店員がいたのが不思議でならなかったがまぁいっか。因みに客は私だけだった。待つこと10分ほど。おもむろに口へと運ぶ。やっぱり思った通り、とってもおいしかった。味に女性の人柄が現れている。たぶん料理を作ることが心から大好きなんだと思う。久しぶりにこんなにおいしいと思ったかもしれない。うん、このカフェはまた行こう。おいしかったですと伝え、なんだか大満足の一日になった。雨上がりに。そして大好きな彼岸花。写真も久しぶりですね。
2021/09/28
コメント(0)
妹は偉い。この家に生まれ育ち、私とまったく同じ経験をして成長しても、常に自分の幸せを追い求め、今では我が家庭を立派に牛耳るまでになっている。いつまでも過去を根に持って引きずり、拘ってばかりいて一歩も前へ進もうと努力せず、毎日毎日腐っている私とは大違いだ。
2021/09/27
コメント(0)
コーヒーを飲まなくなって神経がピリピリせず太くどっしりとして来ると、要するに鈍感になる。敏感の反対、鈍感。これが今とっても心地いい。敏感は心底しんどい。疲れ果てるなんて言葉では収まり切らないほど命縮める。私は敏感過ぎたんだ。ちょっとぐらい鈍感に生きる方が楽だし、何よりもその方が人生に余裕が生まれると思う。ただ、鈍感になると感受性もしくは感性は皆無になる。美術館へ行っても以前ほどの感動は得られない。もし今ピアノを弾いたらば、機械が弾いたようになってしまうだろう。今、私は葛藤の只中を生きている。神経は望んでいたようにどっしりたっぷりとしてきた。が、それと同じだけこれまでの私を司っていた「感」というものが目減りした。日々直感だけを頼りに生きてきたのに、何の直感も働かないから非常にしんどい。神経を取るか、「感」を取るか。日がな一日神経を取る方向へと真っしぐらだが、果たして私はそれでいいのだろうか。私という人間が私ではなくなってしまうんじゃなかろうか。まだまだこの二つを自分の意思で調節できるまでの段階には達していない。それができれさえすば何も心配する必要はないのだけど。そういうことを考えていると、渦潮の中をぐるぐる回っているようで、一向に答えを見出せない。
2021/09/26
コメント(0)
うーん、撤回する。やっぱりまだ左側の顔面痙攣は続いてる。そして、今両耳の湿疹がびっくりするほどひどく、特にめがねを置くところなんてどこにめがねを引っ掛けたらいいのかわからないぐらいかさぶたである。私は毎日かさぶたの上にめがねの柄を置いている。両耳の中も一時期より少しだけ良くなったが、黄色い汁はまだまだ出ていて、綿棒が手放せない。プールに行って耳に水が入った時のような、音がくぐもって聞こえる時のあの感じ。黄色い汁が左右にたぷんと溜まっている。何と言うか、一つ良くなったら一つぶり返し、また一つ良くなったと飛び跳ねて喜んでいたら一気に奈落の底へ。耳の湿疹はどうやって治っていったっけ?こんなにひどくなっちゃって、そもそも治るんだっけ?もう思い出せないや。
2021/09/25
コメント(0)
以前は、靴下がすぐに破れて穴が空き、ひっきりなしに繕っていたけれど、最近はそれがほとんどなくなり、履き潰して靴下の寿命が来て処分するという風に変わった。それだけでも大きな進歩である。相変わらず靴下だけは衣装持ちで、ぎゅうぎゅう詰めの靴下専用の引き出しは、驚くほどの重量である。少し涼しかったのに、またじわりじわりと暑い日が戻っている。一番気温の高くなる昼間だけ除湿を入れたりして、まだまだ秋は遠いなぁ。
2021/09/24
コメント(0)
かねがね、人の顔の善し悪しというものは口元で決まると思っている。口ではなくて、口元。唇を閉じて黙っていれば整った顔立ちの人でも、ひとたびニカッと笑った時に器量が下がるというのはよ〜くある話。特に女性は目元ばかりの化粧に暇をかけがちだが、それは大きな間違いであって、自分を少しでも良く見せたいのであれば、口元の写りを鏡などで研究すべきだと思う。これは昔からの私の持論である。そしてもう一つの持論。映画を観ていて感じることは、インテリアの要は照明器具であるということ。どんなにこだわりを持って選んだソファーを鎮座させても、どこそこの高級ブランドのベッドを置いたとしても、その部屋の印象はすべて照明によって決まると思う。つまりはその存在によって。言い換えれば、口元あるいは照明がそこそであれば、たとえその他が平凡であっても、並み以上なのだと思う。
2021/09/23
コメント(0)
体調はようやく上向きか。今年の夏はとても涼しくて過ごしやすかったにも関わらず、心底疲れ切った。私にとって夏という季節は拷問以外の何者でもない。これで来年まで夏を経験しないで済むと思ったら、それだけで幸せ感じる。あゝうれしい。顔面痙攣にヘルペスに耳の黄色い汁が垂れてきて眠れない、ついでに強い吐き気を催した時は本当に苦しかった。何もかも投げ出したくなってしまった。(今また新しいヘルペスができているけれど…。)秋と冬は私の季節。まずは散歩に行きたいんだ。
2021/09/22
コメント(0)
最近では、お腹がペコペコの状態で夜眠りに就くことがとても爽快と感じる。夜食という言葉があるが、私の中にそんな言葉は存在しない。夜食なんてこれまでの人生で一度も食べたことがないし、夜食なんて食べた日にゃあ翌日は学校もしくは仕事を休まなければならないほど調子が悪いだろう。そもそも夜食なぞに耐えられる丈夫な身体を持ち合わせていないのである。少食になってからお腹いっぱいというところまで針が振れない素晴らしさを実感している。常に少しお腹が減っているぐらいが私にはちょうどいいらしい。そして、寝る時にはとにかくペコペコでグゥと鳴るぐらいの状態にしておく。そうするとぐっすり眠れるし、睡眠の質も明らかに良くなった。1年余りなぜか毎日悩まされていたトイレに起きることもなくなって、朝まで一度も目を覚ますこともない。となると、当然だがこれまた神経が非常に安定するのであった。これぞ好循環!去年の夏には毎日食べていたアイスクリームも今年はほぼ食べなかった。冷静になって考えてみると、毎日アイスクリームなんて身体に良いはずがない。それもこれも、今こういう身体になったからこそ、そう考えられるようになった訳だ。おそらく、また一段と身体は変化したと思われる。一つ一つ着実に、コツコツと、ようやくここまで来たぞと自負している。
2021/09/21
コメント(0)
半身浴をし始めて5年と2ヶ月。結局1年365日湯たんぽを使い続けた。今年も秋の気配を感じられる季節になって、本当に本当にうれしい。無事に夏を終えることができて安堵の気持ちでいっぱいだ。とにかく今年は雨の夏だった、その一言に尽きる。そして皮膚は一気に秋へ。汗もは順調に治ってゆき、代わりに始まったのは乾燥。でも保湿剤は塗らないで今年も乗り切る予定に変わりはない。両手の湿疹、特に変わらず。右腕の湿疹、特に変わらず。股、特に変わらず。背中の湿疹、大幅に縮小したけど特に変わらず。両ひざの湿疹、ちょっとぶり返し。両耳のめがねを置くところと両耳の中、今一番悩んでる。汗も、順調に治ってきた。左側の軽い顔面痙攣、一応止まったか。ヘルペス、完治。ま、このまま地道にやっていくしかない。少食になってからだろうか、ヘルペスも少し変わった気がする。リンパ腺が痛くない。熱っぽくもない。のども乾かない。さほどしんどくもない。つまり、ヘルペスができてもそこまで辛いと感じないということ。さあ、吐き気を時期が来た。ものすごくしんどかった。もうぐったり。この日以来なんとな〜く頭が重いのは気のせいだろうか?
2021/09/20
コメント(0)
ある日ふと、食欲という欲望から解き放たれたらどれだけいいかと思った。朝ご飯は、ご飯、お味噌汁、納豆、と毎日同じものを食べている。それと同じように毎食食べるものが決まっていてもいいんじゃない?って。私ちょっと変かしら?
2021/09/19
コメント(0)
少食になって3ヶ月半ほどになるだろうか。朝食はこれまでと変わらない量を食べているが、昼食と夕食は半分ほどになったと思う。えー、何と言うか、3ヶ月経って感じることは、純粋に少食は体に良いということ。食べ過ぎって良くない。人を堕落させる。現代人は、思いの外ひっきりなしに食べているのだと思う。が、一つだけ言えることは、私明らかに痩せ細った。当たり前である、食べる量が減ったのだから。元々遺伝と体質から痩せ体型だが、今は肋骨が浮き出てマラソン選手のような痩せぎすのガリガリなんだと思う。でもこれは調子が悪くて痩せているのではないから、本人はむしろ元気なのであった。以前は、食べていてもなぜか体重が減って行ったり、例えば夏バテで食べ物がのどを通らないなど、そうなると私の場合良くない兆候であり警告でもあったのだが、それとは真逆。身体の声に従っていたら次第に少食になり、今身体はとても清々しい。今の私のベストな状態なのだと思う。40歳という寄る年波には勝てず、心身の曲がり角、つまり衰えが始まったなとひしと感じているが、果たしてこれは幸なのか不幸なのか。外見はこれまでの服装が似合わず貧相で老け込んで不幸かもしれないが、結局は身体の中身は幸なのであった。だから、特に問題なし。心はちょっと問題ありだと自覚しているけれど…。何事も流れに逆らわず受け入れるということであった。
2021/09/18
コメント(0)
コーヒーは辞めたけど、嗜好品というものは人生において少なからず大事だよねって考えは変わらない。タバコなどは、私自身は一度も吸ったことはないけれど、肩身狭い昨今、好きな人は窮屈極まりないだろうなと思うし、お酒も飲み過ぎなければ多少は良いと思う。もちろんなんでも度が過ぎるのは良くないが、ほどほどに嗜むと日々が生き生きするし、励みにもなる。それは私がコーヒーによってもたらされた喜びを知っているからであり、身体に悪いなどと周りから諭されても、いやいやそんなこと何度も何度も言われなくたってわかっているさ、それとこれとは訳が違うんだよ、なんて思っちゃうのは私だけでしょうか。
2021/09/17
コメント(0)
小刻みに揺れていた左目の下の痙攣。そして顔の左側だけの何とも言えぬ違和感。どう説明したらいいのか難しいのだが、ほうれい線がずーっと下まで引っぱられていく感じ。いずれ鎖骨にくっ付くんじゃないかって錯覚するほど、左側だけ下へ下へとダラーッと垂れ下がっていくような不快さ。自分の顔の力では戻せないということに恐怖を感じる。それがピクピクという目の痙攣といつもセットになる。まだ僅かに痙攣しているような気はしなくもないが、結局1ヶ月半ほど続き、まぁまぁ止まったかと思う。少し涼しくなったからと言ってピタッと止まるわけではない。徐々に徐々に、亀のようにのっそりと。夏にはこうなる。原因はただ一つ、「暑いから」。神経が鎮まる暇がないのである。兎にも角にも落ち着いてくれてホッと胸を撫で下ろしている。
2021/09/16
コメント(0)
急に泳ぎたくなってきた。私、身体はこんなんですが、幼い頃スイミングスクールへ通っていて実は全種目卒業までしたのです。だから泳ぐことは大好き。バタバタがむしゃらになって泳ぎたい。身体を隅々まで使いたい。なんてったって水泳は水の中で歩くだけで全身運動になるからね。もっと湿疹が良くなったら、水泳に通ってみてもいいなぁ。
2021/09/15
コメント(0)
9月に入って急に秋が来たらしく、私の皮膚がそれを教えてくれている。汗もはサーッと引いてきた。両耳のぶり返し中の湿疹も黄色い汁が途端に出なくなってきた。一方で若干の乾燥の始まり。ほんと、自分でも笑っちゃう。こんなにもろに影響を受けちゃう体質に。少し季節が進んだだけでね(笑)
2021/09/14
コメント(0)
強烈な吐き気に襲われてから頭痛と吐き気が続き、頭はクラクラするし、映画なんて観られるはずもなかったが、ようやく落ち着いたかと思う。ものすごくホッとする。が、台風が近付いているので、また頭痛が始まるであろう…。
2021/09/13
コメント(0)
11月には41歳。プレ更年期に差し掛かっていると思っている。それに加え、コーヒーを辞めたり、甘いものを減らしたり、少食になったりと、心身共に変化の時をさすらっている私。が、いかんせん私は順応するのが非常に遅い体質なので、なかなか波に乗れないでいた。何せ、気候や四季にさえ身体は付いていけないのだから。世の女性たちはなんて逞しいんだろう。絶えず移ろいゆく繊細な身体で、仕事や家事や育児、その他諸々を全部こなすなんて。私には到底無理な話だ。お騒がせしました。体調は回復してきています。
2021/09/12
コメント(0)
「かつての元気はつらつとしていた時期の兄弟のような友情を、もはや彼は二人のあいだに感じなかった」「それは、侮蔑と、なお振り切れない未練とが激しく葛藤する地獄だった」「ぼくの考えはこうだ。なにか仕事を身につけたいときには、まずそれを習うのは悪くないということだ」「…ああ、きみたちはしあわせだ。まだ山のふもとにいるんだからな。健脚だし、勇気があるし、充分よじのぼれる。だがな、のぼりつめれば、もう一巻の終りだぜ。うんざりすることばかりだ」「人生の舵をとりたまう神」「なにも持っていなくても自分が自分であるだけで全ては揃っていた」「ああ、そうか、そうか!世間から消え失せ、夢の世界に赴きたいんだな」「行くところまで行ってしまったこの現代社会で、誰もがどこか矛盾を抱え、それでも幸せを求めて模索している」「長い道を君は行くしかない」
2021/09/11
コメント(0)
またまた吐き気で耐え難い苦痛に見舞われてしまった。数年前からなぜか春に一日、秋に一日、嘔吐もしくは強い吐き気に襲われるようになっているのだが、昨日がまさにそうだった。胃は激痛。吐きたくて吐きたくて仕方なかったけど、そうは言っても簡単には吐けず。口に指を入れて無理矢理吐く人がいるなどと言うけれど、ちょっとそれは止めておこうか。ただただ目をギュッと閉じて横たわっているしか術がなかった。今思えば、既に一昨日なんとなく前兆はあったように思う。数時間耐え、ようやく少しだけ良くなったが、もちろん晩ご飯は食べられなかった。水ですら気分が悪い。が、半身浴をするとずいぶん回復した。今回は頭痛がしなかっただけマシかと思うが、本当に毎回毎回冷や汗が出るほどの災難である。おそらく半年分の老廃物を一気に出しているようなのだが、今ヘルペスもできているし、左の顔面は軽く痙攣しているし、散々としか言いようがない。正直、最近、いろいろなことにめげそうになっている。
2021/09/10
コメント(0)
「夜のパリを愛し、芸術家らしい感興にひたってぶらつくのが好き」「ええい、こんな無意味なことで頭を悩ませてなんの益があるのだ」「若い画家たる者は、アカデミックな画家とちがって、太陽がきらめく光の炎となって差しこむアトリエを借りねばならないというのが彼の持論のひとつだった」「そもそも芸術において、自分の胸中にあるものを表現すること以外に、何があるというのだ?」「ああ、幸せだったあの日々!どれほど些細な思い出にも、二人は笑いこけ、ほろりとするのだった」「たとえいま何もできなくても、少なくともこの場をはずれずにしがみついているのだ!」「さまざまの人生が往来に溢れている。貧しい者、富める者、あらゆる人間の生命が、市場に、競馬場に、大通りに、庶民の密集する路地裏にと、いたるところに満ち溢れているんだ」「あすになれば気も晴れるよ」
2021/09/09
コメント(0)
なぜか、また最近カフェ巡りに興味が湧いてきている私。ある程度病気が良くなってからは、サッサと歩けることがうれしくてうれしくて、いろいろなカフェを訪れていた。一駅二駅ほどのんびり歩いてみたり、わざわざ路地裏へ入ってみたり。私にとっては宝探しの気分だった。が、カフェと言うよりもコーヒーがおいしく飲める店ということが大前提だった為、結局はマスターが丁寧に淹れてくれるお気に入りの喫茶店の常連となっていた。新しいお店よりもその極上の一杯を求めて、である。が、いかんせんコーヒーを辞めたものだから、ちょっと今日は気になってたあそこへ行ってみようかな、そう言えばあそこのプリンがおいしいんだって、とコーヒー以外のものが目当てになることは当然である。紅茶の深みも少しずつわかるようになって来たので尚更だ。そんなこんなで、もっぱらカフェ巡りを再開してしまった。コーヒーで選ばないカフェ巡りは久しぶりだとあの頃を懐かしむ想いと、やっぱりカフェを巡るということが好きなのだと思う。また、おねえさんのカフェのようなお店に巡り会えたらいいなと思う。
2021/09/08
コメント(0)
趣味。読書、美術館やお寺や神社に行くこと、写真を撮ること、映画を観ること、掃除。ここ数年こんな感じ。小説と映画のDVDはすべて図書館で借りているので年間1つも買わず0円、写真もお花やのらねこちゃんを撮って10年ほど続けている地味なSNSで披露するだけの自己満足だから0円、掃除はもちろん0円、唯一私が惜しみなくお金をつぎ込んでいるのは美術館とお寺と神社である。先日も美術館へ行って来たが、今年行った中で飛び抜けて良かった。ちょっとばかしチケット代が高かったので躊躇したが、数日間夢の世界に浸り続け、もう一度行ってもいいかなと思うほどだった。お寺や神社も地道に一つ一つ順番に巡っていて、いつ達成できるかはわからないけれど、ちゃっかりリストアップだけはしてある。ただし、自分の身体のことを一番に考えているから、夏場は行かないし、今は自分の行動範囲から外れる場所にも行かないと決めている。往復の交通費とチケット代、帰りにホッと一服するカフェ代が私の趣味に費やすお金。心と体を満たしてくれる今の私の身の丈に合ったお金の使い方だと、一人得意気である。
2021/09/07
コメント(0)
「おれは何でもできる、そう思っている人間がいよいよ実行の前にしりごみする…想像と事実のあいだの距離は、何と遠いことよ」「われわれが自分に似せて描いた肖像は少しも自分に似ていないという事実のほかに、第一、われわれが偽作されて生きているようなものですからね」「まったく、機会というものは、普通、せっぱつまっていない、自分から進んでやったりしない人間の方に、いつも与えられるのだから」「われわれ社会の人間というものは、みんな仮面をつけて生きて行かねばならんのだから」「強情な人間だな。元来は、ごく柔軟にできているくせに!」「この世では、何でもじっと辛抱して待ってればいいんですよ」「天国に着いてみると、そこにいる神様もまた本物でないことに気がついたりするかもしれん」「といっても、まだすっかり絶望というわけでもないんだから」「神はなぜ命を与えた。苦痛だけの命を…」
2021/09/06
コメント(0)
半身浴をし始めて5年と1ヶ月と半月。8月末は暑さ戻り、心身衰弱している老体には堪える日々だった。また雨だけど、涼しいってだけでホッとする。暑さは私の場合心身に支障をきたすから。少食になったことで月経も少し変わったように思う。PMS(月経前症候群)も月経痛もほとんどなくなった。なんでなんだろう。少食にこんな威力があるだなんて思いもしなかった。夜中トイレにも起きなくなったし、たぶん排便も変わったし、肌もきれいになったし、ほんとになんで?心底不思議でならないんだけど。少食とはなんぞや??ただ食べる量が減っただけでこんなにあちこち変化が現れるものなの?そして、ますます体に良くない食べ物がわかるようになっている私。これは理屈ではなく感覚の話で、私の体がそれは食べない方がいいよって声を出す。だから私はうんわかったって言う。両膝の湿疹がかなり良くなっている。レギンスに直径10cmほどの黄色い汁のシミができるほどだったから、めちゃくちゃうれしい。気分爽快。耳の湿疹はもう最悪としか言いようがない。どんどん広がっていっている気がする。綿棒が手放せず、黄色い汁を拭う為のティッシュが目に見えて減っていく。めがねを置くところも、びっくりするほどひどい。また髪の毛を垂らして耳を隠さないといけなくなったらどうしよう。背中と股と両手と右腕はまぁ特に変わらず。汗もは悪化。軽い顔面痙攣はまだ続いている。まもなく1ヶ月だ。そしてまたヘルペスができた。左の鎖骨の凹みに。夜中にパチッと目が覚めて、機械のように手が左の鎖骨へ移動する、しーん、できている…。足も左足が少し出にくいように思っているし、顔も左側だし、ヘルペスも左の鎖骨だし、私は左が弱いのかしらね。発病した時にどこか左側の神経やられちゃったんだろうね。どうしても気分が上がらない時は、エイエイオー!をするように、右手の拳を天に向かって目一杯突き上げる。左手は腰へ。グーに力を込めて、ただただ無言でゆっくりと威厳を持ってやることがコツ。意外と気分が晴れるのでオススメです。ピースでもいいよ。映画三昧に加え、海外の古典ばかり延々と読み続けている。ついにずっと気になりながらも敢えて避けて来た巨大長編に挑もうかしらん。どうせじっと家にいるんだしさぁ。でもさ、分厚い文庫で全6巻はさすがに長いよね…。
2021/09/05
コメント(0)
皮膚の具合で秋の訪れが近いことを悟る。少し肌の質感が変わった。こんな敏感な体質に、自分でも笑っちゃう。あまりにも筋肉がないので、筋トレでもした方がいいんじゃないかって思う。ずっと座ってるから、一応ストレッチはしてるけどそんなもんじゃ追っ付かないよね。小説を読んで人生学んできたが、映画からも人生学ぶ。最近では「アメリカ映画以外の」映画ばかり観ていて、なかなか意義ある時間を過ごせていると思う。良い小説や良い映画は、私の荒んだ心にも明かりを灯してくれる。フランス、イタリア、ドイツ、ロシア、人生の旅に出よう。
2021/09/04
コメント(0)
何せ、このご時世と暑さもしくは大雨のせいで外出する機会がめっきり減り、ということはのらねこちゃんにも会えず、野に咲く花を愛でることもなくなり、つまりは写真を撮っていない。久しぶりに撮ると腕が鈍ったのか、いえそんな大袈裟な、要するに回数が減ったからなのだけど、どうもしっくり来ず。構図に不満が残り、いまいちこれと言った被写体を見つけ出すこともできないでいる。が、先日ちょっと撮ってみたら、びっくりするほど楽しかった。我ながら写真ってこんなに楽しかったっけ?と思うほど好奇心がムクムクと湧いてきて、もっと写真を撮りたいと思った。後でアルバムを見返す時間もとても好きである。一人にんまりしながら少し加工を施そうかどうかを考える。早くお散歩できる日が来ないかな。地元をぐるぐる歩きたい。のらねこちゃんと戯れたい。その為には今のうちにしっかり体力作りしとかなくっちゃね。
2021/09/03
コメント(0)
軽い顔面痙攣を起こしているから、あまり外に出ず、家で過ごしている。もっぱら映画鑑賞に勤しんでいるが、疲れない為に小分けして観ることにしている。例えば、2時間の映画ならば1時間ほど観て一旦休憩を挟んでから残りの1時間を観る。実は2時間ぶっ通しで観ることはできず、それは目が疲れるとかずっと同じ姿勢で座っていることで足がしんどくなるという理由ももちろんあるのだけど、私はまず耳が疲れてしまうから。ちょっとばかし耳が過敏なので、たとえボーッと虚空を彷徨っていたとしても、ひとたび音楽が流れて来るとすべてがドレミで聞こえてくる。どんなに心ここに在らずの状態であっても1日24時間いかなる時でも音楽は100%ドレミで耳に入るので、休まる暇がない。映画を観ていたらもちろん字幕を読まないといけないし、俳優の表情や室内装飾や衣装なんかは大好きだから隅々まで見て目に焼き付けたい訳で、要するに私はあっちもこっちも忙しいのであった。だから、まずは耳の休憩を取る。ひとまず無音の状態にリセットして、読書をしたりする時間を敢えて間に組み込み、とにかく自然の音以外は耳に入れないようにする。そうすることでびっくりするほど耳は回復するので、再びワクワクと残り半分を楽しめる、という訳であった。
2021/09/02
コメント(0)
今年もあっという間に月日は流れ、9月である。早いですね。年々下り坂を下り、現在は底辺から這い上がれない日々がずっと続いている。このご時世という意味ではなく、単に私自身のこと。40歳を迎える少し前からは、下るなんてどころか転げ落ちてるんじゃなかろうか。ともあれ、今年だけはなんとか耐えようと正月に心した。兎にも角にも今年だけは乗り越えてみよう、って。寝て起きて、また寝て起きて。春が来て、そして夏が来て。まさか、もうこんな時期になってしまったとは。私は元来長生きしたいとかそういう願望が皆無な為、いえ、毎日飽きもせずあわよくばと考えて生きてきた。それは私の性分らしく、10代の頃から既にそうなのである。それは、どんなに幸せな出来事が起きた時でもそうだった。この瞬間に一切合切が終わってくれたらば!人生に、更には今日という日に対しても一欠片の未練もなく、又、明日という未来をも思い描けない。希望よりも憂う思いしか見つからないのであった。母とは不仲、家族も子もない。妹一家はあまりに毎日が多忙で周りが見えず猪突猛進。父の命と引き換えとなったこの家は、自室以外は実に居心地が悪く、たとえ母がいなくてもそわそわして落ち着かない。ここはあくまで母の居場所であり、私の住まいではないのだとわかっているし、要するに住まわせてもらっているので、結局家も住処のようで住処ではないという曖昧な暮らしなのである。自活できていないということの引け目から解放されたことは一度もない。残り少なくなった今年。じゃあいつまでも甘んじていないで何か行動すればいいじゃないかと誰もが思うだろうが、右を見ても左を見ても暗闇で、それ以前にその意欲がないことが私の最大の欠陥なのであった。完全なるニート。こういう日記しか書けない自分ももどかしく、ただじっとしていることしかできない日々が、今日も過ぎてゆく。
2021/09/01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

![]()
![]()