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「何年にもわたって(時には何十年も)「居すわる」ことになる安価な「一時的」家具を購入するか、」「愛することは信用することだ」「<芸術は束縛で豊かになり、自由で死ぬ> レオナルド・ダ・ヴィンチ」「そんなもんだ!そんなもんだ!若い時にはあくせく働く、ところで紐の端を結ぶのも難しくなった時には、もう老いぼれちゃって、おいとましなきゃならなくなってる…そんなもんじゃないかね、」「金銭はまぼろしにすぎぬと思え。心の平安こそ、何ものにもまさる財(たから)なのだ」「たまには回線を切って休憩したら?」「ただしたいと思ったことは何でもするといった多血質の肥大漢の幅のひろい生活がはじまった」「完璧より前進」「その人の今の状態は、これまで食べてきた物と、考えてきたことの総計である」「半径3キロに幸せはある」
2021/05/31
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そうそう、この間歩いていたら、私の目の前を歩くランドセルを背負った男の子(3年生ぐらいでしょうか)が、スッテーンと転んだ。小雨が降っていたから滑ったのだろう。私はあまりにも突然の出来事であたふたしてしまったが、その男の子も自分の身に何が降りかかったのかいまいち把握し切れないといった様子で目をまぁるくしている。どうやら肘を擦りむいたらしかったので、私は大丈夫?と言ってウェットティッシュを一枚あげた。なんと、お鼻にそばかすてんてん、てんちゃんに再会しました!ニャアニャアといつもたくさんお話ししてくれます。
2021/05/30
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「自分の身体を守るのは、どこまでいっても自分自身しかいません」「しかし、生きるのも死ぬのも期待どおりに行かなかった」「ああ!人には一生のうち、ときどきは幸福な瞬間があるものだ…」「どう始末していいか分からないあの手持ちぶさた、何か働きたい、体を動かしたいと願う空虚な雰囲気に包まれる時間の空費、」「ストレッチを続けていくと硬い体が少しずつ柔らかくなるように、願えばきっとなりたい自分に近づけるはず」「すべてが消えてゆくわ。遅かれ早かれ」「白い髪は白鳥のようだった」「人生の半分は面倒で ー あとの半分はそれを乗り切ることよ」「しかし時代は進んで行きます。鉄道が敷かれました。トンネルが掘られ、池が埋められ、たくさんの木が切られて、やがて私たちはどこにいたらよいのやら分からなくなりました」「検査には患者がいる」「need and wants」
2021/05/29
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1 やっぱり私はコーヒーが好きだからいつか嗜む程度には復活したいということ。2 ねこちゃんを飼いたいということ。3 美術館やお寺や散歩や、一人で気ままに行動することが私の人生にとってどれだけ大事かということ。4 おぼろげながらも、これから先どう生きたいのかが見えてきたということ。5 いつかはピアノを再開するだろうということ。6 安室ちゃん元気かな?なかよしこよし。
2021/05/28
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紅茶はたぶんコーヒーのように趣味にはならないなとブツブツほざきつつも、この自粛中なんだかんだで楽しんでいる私。頑固なようで意外と自分の都合の良いように考えられるお気楽さ。先日、たまたま紅茶専門店を見つけた。幾度となく歩いている道なのに、これまで一度たりとも看板が視界に入ったことはなかった。きっと今紅茶に興味があるからふと目に留まったのだろう。入り口が狭く奥に入り組んでいて、入るのに少し躊躇しそうなお店だが、どことなく惹かれる。機会があれば今度入ってみよう。楽しみが一つ、できた。かわいい♪ところで、映画を観ていたら「お茶には400種類ある」という台詞が出てきました。え!?そんなにあるんですね。
2021/05/27
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ところで、美術館へ行くと“ひっくり返して”あることがままある。例えば、瓢箪をひっくり返してお尻に穴を開け花入れとし、銘「タンヒョウ」となっていたりする。竹も太く立派な竹を30cmほどの高さで切って花入れにしてみたが、どこか気に喰わない、そこで天地をひっくり返して逆さまにしてみると節の出方に趣が生まれ、これ以上に美しい花入れがあろうか、となる。古びたものや割れや欠けを侘び寂びとするのは日本人の心だが、視点が変わればこうも変わるのだな、と美術館にはそういう驚きもある。いつも真正面から見るばかりじゃなくて、遠く離れて横から、斜め下から舐めるように、あるいはもう蓋を閉じちゃって中は見ない!など、頭を柔らかくしてほんの少し見方を改めるだけで物事は大きく転換するんだということを、私は美術館から学んだのかもしれない。一足先も見えない闇の奥へと進む日々だが、いえ、どんどんそうなっていっている感は否めないが、必ずや一筋の光刺す日が訪れることを信じて歩きたい。
2021/05/26
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チョコレートは完全に辞めた。コーヒーも完全に辞めた。さて、甘いもの、スイーツ。今、3度目の自粛を生かして7〜8割減らしているところだが、チョコレートもコーヒーもスイーツもいずれにせよ中毒性があると思っている。辞めようと思ってもなかなか辞められない。が、私の場合、特にこれと言った禁断症状も出ずにチョコレートとコーヒーを辞められた。自分でもちょっと意外であった。要するにやる気の問題であった。で、スイーツだが、これこそ辞め辛いのではなかろうかと薄々気付き始めている。例えばケーキ辞めた、饅頭辞めた、これがイコール砂糖を辞めたとはならないからである。砂糖ってもうありとあらゆるものに入っていて、これに砂糖が入っているとわからないまま食べているものがいかに多いかという現実。だから、少し方向転換して、難しく考え過ぎずに妥協する、という考えに行き着いた。パン屋に入ったとしよう。いわゆる惣菜パンというものを選ぶようにするが、あまりにクリームたっぷりとかそういうものは除いてはOKとすることにした。あれこれ考え始めたらキリがないし、そもそもパンですら食べられなくなってしまうから。おいしく食事ができなくなってしまうから。朝と夜は家で食べるから、一日のトータルで見るようにしよう。そして一日が7回で一週間という単位で見るようにしよう。そういう方向へと微調整した。1ヶ月で目標7〜8割減。どんぶり勘定でこれでよし。チョコレートとコーヒーはall or nothingという辞め方をしてきた。さて、これからどうなるだろうか、甘いもの、砂糖。
2021/05/25
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この間も少し書いたが、身体が負担だと感じることはしないようにしている。最近やけに思うことは、Gパン、ジーンズが少し重いなということ。一本だけジーンズを持っているのだが、じっと考えてみると足さばきは良くはないよね、と思う。今更だけど、別にジーンズに拘らなくてもいいんじゃなかろうか。肌触りの良い軽い綿のパンツなどの方が私には合うんじゃなかろうか。などと思う。とても便利であることは言うまでもない。だが、ずっしりと重い。とにかく重たい。40歳になったことを機に体の肉が削げたなと感じたこともあり、それが気になり始めているということは、案外潮時という意味なのかもしれないな。
2021/05/24
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ぼやき。「すごい」と「ものすごい」という言葉。この言葉が少し引っかかるようになって1年ほど経つか。極めて曖昧な言葉で、書き手はその「すごい」「ものすごい」がどうすごいのか事細かに読者に納得のいくように述べるべき、どう表現するかが裁量だよね、と思ったりする昨今です。偉そうだけど言っちゃった。へへ。
2021/05/23
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冷えとり健康法をしているので、靴下は多量に履いている。何枚だろう?片足15枚ぐらい?もう自分でもわからない。以前は引っきりなしに破れていたので、よく繕っていた。チクチクチクチク、意外と裁縫は嫌いではない。が、最近はだいぶん体の老廃物が出切ったのか、破れることもなく、つまり繕うこともなかった。それが、そろそろ甘いものを辞めようか、砂糖を減らしたいなぁ、でもどうすればいいんだろうなぁと思って過ごしていた頃、一気に破れたのである。なんと6枚も!まったく同じ日に同じ場所に同じ大きさの穴が空いた。(その後次々と破れていって、結局10枚も繕った。)私は唖然とした。靴下を6枚並べて大きな穴をまじまじと見てなんだこれは、と。と同時に、ピンと閃いた。あ、これはいい加減腹を括って甘いものを辞めなさいよ、いつまでモタモタしているんだというお告げだと。そうなると私の決断力は早い。目に見える形でこうして現れると曖昧だったものも現実味が増す。うん、辞めよう。その日から甘いものを大幅に減らした。完全にゼロにするのではなく、7〜8割減を目指すことにした。因みに、私の言う甘いものとは要するにお菓子類のことであるが、洋菓子和菓子含めて百貨店の地下に並ぶようなスイーツと呼ばれるもの全般を指す。コーヒーを完全に辞めた時も、最後の一杯は大好きだった喫茶店でドリップしてもらった。その時も、うん、もういいや、これで大満足した、絶とう、と吹っ切れてスッパリ辞めた。あれから間もなく半年になる。一口も飲んでいない。コーヒーに始まり、何やら思わぬ方向に舵を切ったような感がしなくもなかったが、今はもうまっしぐらに進んでいる。去る者は追わず。目標は甘いものの7〜8割減。皮肉なことに、自粛の度に更なる健康へと向かっている私である。
2021/05/22
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去年の11月から頭痛が続いている。ガンガン痛むという訳ではなく、ドーンと鈍く重たい感じ。GW辺りか、少し落ち着いてきたかと思っていたが、結局梅雨時は毎年頭痛がするので、なんだかんだでずっと痛い。いつ治るんだろう?何度か会ってるお友達。表情豊かなイケメンさん。
2021/05/21
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半身浴をし始めて4年と10ヶ月。背中の湿疹が本当に小さくなった。その治ったところの皮膚はツルツル。四六時中ヒリヒリして背もたれにもたれかかることさえも憚られていた日々を振り返ると、もううれしくってうれしくって!色素沈着はひどいけど、ようやくここまで来たなという自負がある。私の自然治癒力は満更でもない。膝、手、首。かゆいなぁ。どうしたもんかなぁ。手に関しては、ま、手洗いと消毒が結局私には負担なのよね。なんか、靴下が派手に破れてしまって、せっせと繕った。どうでもいい話だが、私は敢えて白い靴下を黒い糸で繕うことにしている。もう多量に履いている為、どれがどこ破れているのか見分けが付かなくならないように。これはここを繕ったのだよ、とわかるように目印にしている。図書館に冷えとり健康法の進藤義晴さんの本が5冊ほどあるのだが、改めて全部読み返してみようとふと思い立った。じーっと熟読。大まかには頭に入っていると思っていたはずなのに、なるほど、と新しい発見がいくつもあり、5年を目前に初心を忘れないことの大切さと、思い違いが積もって大きな思い違いを生む現実を思い知る。知らず知らずのうちに自己流になっていくんだろう。原点回帰の意味も含めて、今後定期的に読み直そうと思った。一週間、図書館が整理休館をしている。ああ寂しい。図書館は5分歩いたところにあるマイ本棚であると思って久しいが、最近では、私の本たちを図書館がきれいに保管管理してくれてる、という解釈に変わった。虫がいいったらありゃしない!美術館に行きたい。でも開いてない。あ〜暑い、とても暑い。急に暑くなってぐったりする。ジメジメしてしんどく、先週はちょっと寝込んでしまった。今年は桜の季節もびっくりするほど早かったし、とにかく暑くなるのが早過ぎる。もう梅雨ですってよ。困るよね、私にとっては、夏が長くなるんだから。一体どこで季節を相殺するんだろう。秋と冬が長くなってくれるのであれば、私は大賛成だけど。
2021/05/20
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そしてもう一つ。コーヒーを辞めることに至った理由があると思われる。私、なぜか春と秋にたった一日だけ嘔吐もしくは吐き気を催すようになってしまって、これがまぁ非常に辛い。一度目なぞは嘔吐と下痢とを同時に催し、トイレに座ったりトイレを両手で抱えたり、一向に出て来られなかった。今思うと、これがすべての始まりだったように思う。なんとなく身体から何かが「出たがっている」そう感じたのを覚えている。その数ヶ月後に幸か不幸か自粛が訪れ、チャンスを逃すまいとコーヒーを断つことに決めたのであった。再び二度目三度目四度目の吐き気。四度目はあろうことかこちらまたまた自粛中であり、これまた波に乗っておかなければと意を決して甘いものを大幅に減らすことを決意した。嘔吐とコーヒーと甘いもの。おそらくすべては繋がっている。点と点が線になるとはきっとこういうことを言うのであろう。
2021/05/19
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身体が負担に感じることをやめる、やらない、ことをモットーにしている。例えば、走らないとか。そして最近一番気を遣っていることは持ち物かもしれない。かばんってみなさんどうなさってる?私、かばんって結構重要だと思っていて、足に後遺症があると本当は手ぶらがいい。そもそも重たいかばんは却下。更に荷物を入れて重たくなる訳だから、なるべく軽いかばんであることが大前提なのである。そりゃ上質な物にはそれなりの価値があろう。だけど、重たい革などは私の身体には合わない。ショルダーバッグを斜めにかけることも避けたい。おそらく体が捻れる上に片方に重心がかかって傾くからだと思うが、それを考えるならばリュックが良い。私は日々荷物はとてもコンパクトである。財布も小さい手の平に収まる物を使っているので、荷物の中で一番大きい物はスマホだったりする。だから、かばんもどんどん小さくなっていって、今やランチバッグである。お弁当を入れるかわいい綿の手提げかばん。軽いし小さいし、地元のお出かけはもっぱらこれ一つ。ついでに洗えるし一石二鳥だ。必需品である日傘もとにかく軽さで選ぶ。とにかく身軽に、負担にならない、日々暮らしていく上でこれはとても大事であると思っている。
2021/05/18
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自粛生活は退屈極まりない。家の中は檻のよう。悶々悶々悶々悶々。更に蒸し暑くて息苦しい。ボーッとしてしまって、空費、という言葉がぴったりだと思う。が、奇しくも、私自身は去年の自粛生活から良い方向へと転換している。たかがコーヒーを辞めただけじゃないかと呆れられるだろう。でも、私にはこれがすべての始まりだったと言えるのである。コーヒーを辞めたことによって、急に物事が動き出し、いつしか私は間違いなく一段階次のステージへと進んだ。私、本当に一日先も見えない暮らしで、こんな歳になっても実家で母に食べさせてもらい、仕事もせず、フラフラと放浪している。特にやりたいこともなく、年々社会に対して逆行、そもそも生まれ付き社会性なんて皆無、できることもなく、ひっそりと、別に今日ここで人生終わってくれても何ら構わないのだけどな、と本気で毎日思っている。方や妹は毎日いきりたって暮らしていて、自信に満ち満ち非の打ち所がなく常に完璧、私はこのまま歳だけ重ねて萎んでいき、同じ親の元に生まれた妹とは相反する人生だなとそう思っていた。されども、コーヒーを辞めたことで、薄ぼんやりとではあるが、なんとなく一日先が見えたり隠れたりするようになった。日々努力している冷えとり健康法のこととか、食べ物のこととか、やっぱり私にはこの病気を患ったことによる意味が今更ながらあるような気がしてならなくなってきたのである。いずれポッと灯りが見えて来そう。ううん、たぶんコーヒーもそのポッとした灯りだったのだと思う。難しく考えるのではなくて、今できることをがんばり、思いがけない自粛に感謝して、決して投げやりになったり卑屈になったり諦めたりすることだけはしちゃあいけない。そんなようなことを感じて3回目の自粛延長を過ごしている私です。
2021/05/17
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「成熟とは一般に、何かを失い、諦めていく過程でもある」「いや、世間というところは、一方でその行いや意向を隠そうとすれば、他方ではそれを嗅ぎつけて面白がるもので、これがなかなか喰い止めるわけには行きませんので、まず知れるものと思わねばなりませんが、」「孤独とは?」「私に残された唯一の贅沢」「よし 憎しみに終止符を打とうぞ」「茶は養生の仙薬なり。喫茶は延命の妙術なり」「あなたの人生をあなたがデザインできるということは、何と素晴らしいことではありませんか」「父が亡くなったら急に父という屏風がなくなって、向こうに死の海が見えた」「行動から始まる」「私はこのような、目よりも心で見るちょっとした無言の内輪の場面だの、歩いている傍で演ぜられる、一つの身ぶりが全生活を教えるような、街頭の無言劇に、いつもたいへん興味を覚えた」「人間は自らの中に100人の名医を持っている」「副作用がはっきりとわからない薬に手を出すことは、命を賭けたギャンブルと同じだといえます」
2021/05/16
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久しぶりにモノクロの写真を。地元を歩いてて撮りました。4枚綴りとして暗めに加工して、ちょっとお気に入り♪もんじ、矯正するんですってよ、歯の。
2021/05/15
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只今、こちら3度目の自粛延長中、私は砂糖の量を減らし中。果たして実際に減っているか否かは別にして、そう意識していることだけは評価しよう。さて、去年の夏は、ついついアイスクリームを食べ過ぎてしまった。一日一個食べてたな。今年はいかにこれを減らせるかにかかっているように思う。できるかしら私。コーヒーのように目標達成したいんだけどな。
2021/05/14
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「適度に食べて医者を無視せよ」「この世の中に、ひらいた窓辺にすわって、自然を楽しみ、鳥の歌に耳を傾け、頬に太陽のぬくもりを感じ、そして愛するひとが腕のなかにいる、これ以上にすばらしいことがあるでしょうか」「良くなるのも悪くなるのも、人の心の持ちようしだい」「いったい、そう、いったい全体、戦争がなにになるのだろう。なぜ人間は、おたがい仲よく暮らせないのだろう。なんのためにこれだけの破壊がつづけられるのだろう」「どんなに人づきあいの悪いひとでも、必ずそのうちに、人並みに心を打ち明けられる相手がほしくなるものだ」「もっともむずかしいのは、確固たる人格と精神とをもって自立しながら、つねに自分自身に忠実でありつづけること」「いったいどうして人間は、こんなにも愚かなのでしょう」「なに!あらゆる生活のなぐさみを削れってのか!旅行もロンドンも召使も馬も御馳走も ー 至る所、縮少と制限じゃないか!」
2021/05/13
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もう5月も半ばだが、家での下半身の服装は真冬と何ら変わっていない。靴下とレギンスとレッグウォーマーと、いろいろとたっぷり履いている。上半身は一枚一枚と薄着になっていっているが、下半身はまだ減らす様子すらない。夜中にはもちろん湯たんぽを入れて寝ている。たぶん、梅雨が明ける頃まではこのままかな。
2021/05/12
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ところで、コーヒーが好きな人の中には道具へのこだわりが強い人が多いように思う。豆を挽たりドリップしたりする道具からやかんからカップから何から何まで、この道具がいかに優れているかを滔々と語り始めたらきっと日を跨ぐ。私自身はと言うと、そういう道具には一切興味がなかった。見事に一欠片の関心もなかったと思う。唯一、確か大学生の頃だったか、マグカップを買って帰ったことがあった。コーヒーの白い花と赤い実とコーヒー豆の絵が粋に描かれていた。当時は家で自分で淹れていたので(もちろんどこにでも売っている道具で。因みに父母妹は苦手で一口も飲めません)、一人ニンマリしながらいただいた。すると忘れもしない、その翌日、翌日である、母が手を滑らせて割った。後にも先にもこの一度きり。その後二度と道具に目を向けることはなかった。私には、喫茶店でその道のプロに丁寧に淹れてもらって、その極上の一杯をゆっくりと満喫するということに意義があったのである。今紅茶に目覚めているが、もちろんティーカップなんてものは使っておらず。普段使っている焼きものの湯呑みである。湯呑みにティーバッグを入れてお湯を注ぐだけ。なんて物ぐさなんでしょう。おいしけりゃ、そこら辺はどうでもいいみたいですね。
2021/05/11
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首がかゆい。要するに汗もである。首の左側に出ていただけだったのに、後ろ全体に広がり、次に肩や鎖骨や生え際にまで広がり、なんとなく耳の後ろ側にも出てきた。色も赤黒い。きっとあれよあれよという間に喉仏にまで広がって、耳の前側も、結局首一周すべてが湿疹で覆われるだろう。厄介な夏。大嫌いな夏。夏という季節さえなければ、私はどれだけ機嫌が良いことか。
2021/05/10
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女性「まさか私がナナゼロになるなんて思いもしんかったわぁ」男性「こないだ米寿のお祝いしてもろた」なかなか興味深い会話である。どうやら旧知の仲であるらしいお二人。若い頃は男性は大工として、女性はドイツでバリバリ働いていたとかなんとか。因みにドイツのビールとウィンナーはもう最高らしい。話に花が咲き、女性が去年脳の手術を受けて生死を彷徨った、でもなぜかずいぶん前に死んだ主人は迎えに来てくれなかったわぁ、きっと何人も女の人侍らせてるのよ、まだ私に邪魔して欲しくないのよ、次に老人ホームの話題になって、男性は頻繁に足を運んでいる、今日も今から行く、そこで私は奥さんが15下だと言う割に少々話が噛み合わないなと思いつつも男性は奥さんに会いに行くのかな?と勝手に想像を巡らせてみた。すると、男性のお母さん、なんと107歳!あっぱれ、私の住む市の最高齢なんだとか!まさか市の最高齢の方の話を聞けるなんて思いもしなかったので、ついついお二人の方を見てしまった。車椅子には乗っているけど、自分でご飯は食べられるしトイレにも行けるし、お元気そのものなんだって。いやぁ、私の方がよっぽどくたびれてるわね。107歳の目にはこの今の世の中はどう映っているのかしら。
2021/05/09
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この自粛中、いろいろな味の紅茶を飲み比べしてみたりしている。今回は4種類をほほぅ、こんなに味って違うもんなんだな、などと感心しながらへへへ、結構楽しい。映画を観ながらズズズッとすすって。(紅茶って蒸らす時間があるけど、大体3〜5分と書いてある。私はしっかり5分蒸らして濃い味にするのが好み。)が、趣味にはならなそう。コーヒー辞めたからじゃあ紅茶、という訳ではないらしい。もちろん紅茶もおいしいと思う。ホッと安らぐひとときでもある。だが、そこから更に踏み込んで専門店を探したりしようかなという感情は湧いてこなかった。退屈な家でのささやかな喜びにはなってくれている。延長だし(そんなことはみんなとうに知ってた)、常備しておいてもいいなと思う。辞めちゃったけど、コーヒーへの愛は変わらない私です。もっと身体を良くして、いつかコーヒー復活するぞっ!
2021/05/08
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暑い。マスクが蒸れる。と、そろそろ夏のことを考えなくちゃならない時期に差し掛かってきた。またまた冷房のお世話になり引きこもる予定だけど、体調だけは崩さないように気をつけないと。とにかくキープ、キープに限る。これが一番難しいんだよ。おまけクロちゃん。「八月の鯨」という映画がとっても素敵でした。
2021/05/07
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地元の公園に住んでるクロちゃんに会いました。みんなの人気者、擦り寄って行っていろんな人に媚びてご飯をねだっています。お腹をなでなでしたら、それは止めとくれやすとドスの効いた声でンニャッと鳴かれましたけど、兎にも角にもめちゃくちゃかわいいです。また会いに行くと思います。どどどん。プラスサイズなんです。
2021/05/06
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半身浴をし始めて4年と9ヶ月と半月。自粛生活は本当に退屈。だが、実は私にとってはほくそ笑むことでもある。妹が帰省しないから。予定は未定ではなく決定であり強行突破の妹でも、さすがに自粛中の帰省という年間行事は白紙にするから。もしかしたら、家族でこっそり旅行に出掛けているかもしれない。これだけ長い休日だもの、じっとしていられない妹には家で過ごすのはあまりに苦痛で耐えられないんじゃなかろうか。(テレビなどで子どもがストレスがかかって…という親がいるが、それはあなたがでしょ、とついつい口が滑りそうになる。)が、それは私なぞは関与することではなく、妹夫婦の考えであるが故、干渉しないでおく。マスクの湿疹なのか、そもそも私自身の湿疹なのか、口の周りが延々治らず。膝の湿疹はどんどん広がっていっているような気がしてならない。赤くただれて熱を帯びている。曲げたり伸ばしたり、日々生活しているとどうしても膝を付くから、いえ、膝を付かないことなんてなかなかできないもの。しゃがむとか?先日はあまりに膝がかゆくて夜中眠れなかった。そうやって寝不足にになると心身ドッと疲れること極まりない。が、幸いなことに、今は昼に存分に眠れる時間があるのであった…。首のアトピーは神経に響いてピリピリ痛む。それから手の平と指。かゆくてかゆくてボリボリかいてしまう。全体的にぼってりと腫れ上がっている。膝にしても手の平にしても、ここを猛烈にボリボリかくことを経験したことがある人はなかなかいないだろうな。右耳の中も相変わらずかさぶたがべったりとへばり付いているし、黄色い汁はとても減ったけれど、当分かかると思う。ま、背中だけはだいぶん小さくなったからよしとするか。あとは相変わらず腕と股かな。今年も半袖は着られません。そうそう、足の親指の爪が何年も波打ってボコボコで色も茶色くひどく汚かったのだが、ようやく落ち着いてきれいになってきた。あと数回爪切りで切ったら生まれ変わったような足になりそうでうれしい。化粧を辞めてから1年以上が経った。もうしなくていいかなって、いえ、したくないかなって思う。別にいいんじゃない、すっぴんで。図書館は閉館しているが、ネットで予約した分の貸出だけはしてくれているので、それだけで涙が出るほどうれしくて心静まった3回目の自粛です。1年前のように完全に閉館するだろうとビクビクしていたから尚更図書館を利用できる幸せを噛み締めています。
2021/05/05
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地元をぐるぐる歩いていたら、2日間でなんと5匹のねこちゃんと遭遇した。最近全然会えていなかったので、いえ散歩に出ていなかったのだから当前なのだが、もううれしくってうれしくって!心がじんわり目一杯暖かくなった。防犯当番お疲れ様です(笑)
2021/05/04
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そして、いわゆる断捨離も自分治療だった。一見病気とは関係なさそうに思えるが、実はそうではない。体調と部屋の環境は間違いなく連動している。物が山ほど積まれた家は埃が溜まり風が通らず諸々滞る、つまり身体も老廃物が溜まり滞る。部屋の風通しはそこに住む人の心と体に直結しており、これはもう絶対と言い切れる。身体のことを考えるのであれば、まずは掃除に限る。一に掃除、二に掃除。不必要な物は処分して、部屋の隅々まで風通しを良くする。物は買い替えることはしても原則増やさない。すると、循環し始める。体調も心も、いろいろなことが上手く巡るようになってくるのである。私はどこか心がモヤモヤしたら、とにかく拭き掃除をすることにしている。拭き掃除ほど心を清めてくれるものはないと思っている。
2021/05/03
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私、どこまで健康になるんだろうというほど生活が変わった。こういう言い方はおかしいかもしれないが、それを目指していた訳ではない。「体が自然とそうなっていった」。30歳になった頃から冷えとり健康法を軽い気持ちで始め、今や半身浴は人生において最も大切なこと。そこから約10年かけて私は今こうなった。ステロイドを絶って外出できないほどのひどい湿疹に耐えて身体の毒を出し、シャンプーやらを辞め、化粧を辞め、コーヒーとチョコレートをも辞め、次はお菓子などに含まれる砂糖を少し減らす食生活へと移り変わり中。薬は病気を治すものではなく、一時的に抑えるだけのものだということを身を持って知った。母の手料理がこの世で一番おいしいと思っているし、朝寝起きに一口ふくむお味噌汁はこの上なく沁み渡る。長らくお腹が一杯だという感覚を感じないように腹八分を心掛けているし、とにかく医者と薬全般を絶って自分治療を始め、自分の身体を大事にするようになったことが最大の財産だったと思う。私は難病だけど健康そのものである。自粛生活がもたらしてくれた功績は驚くほどに大きかった。やっぱりこの波には乗らなきゃと思う。これを逃すことほどもったいないことはない。またまた大変な日々だけど、自分を見つめ直し高める時期なんだと言い聞かせてなんとか乗り切りたいと思う。1年目はコーヒーを辞められたから、2年目は砂糖の量を減らすことをやってみる。きっとできると思う。
2021/05/02
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「最も不幸なこと。それは一人ではいられないこと」「いまそなわっているこの性格は、わたしの持って生まれたものですし、これはけっして悪いものじゃないという確信もあります」「愛情は押しつけるわけにはいきませんからね」「元気を出そう。最後までがんばりぬこう。いつかはいい時がめぐってくるはずだ!」「日本は湿度が高くて息がつまる音もゆがむ…」「画は形を似せることばかり求めてはいけない」「だれにでも親切に、気持ちよく接したいと望むのだったら、わたしのほうこそ真っ先にみんなを許すべきじゃないのかしら」「わたしがこの世から姿を消しても、地球はこのまま回転をつづけるでしょうし、なにがあろうと、起こるべきことは起こるでしょう」「自然こそは、あらゆる悩みへの慰安をもたらしてくれるものにほかならない」「ソファを買い、ソファの問題は一生解決したと思ってた」
2021/05/01
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