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おめでとうございます 常総市商工会主催の花火大会特別観覧席プレゼントキャンペーンで、 当ホテルのお客様の中からも当選者がでたそうです すご~い やったあ~ 本日、商工会のホームページに抽選結果が発表されました ご応募されたお客様 こちらで、ご確認ください やっぱり~ 当ホテルにご宿泊くださると、幸運の女神が微笑むようです きっと、 幸せの黄色い円盤のおかげですねえ・・・
2009年06月30日
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時代小説を書く人気作家である藤沢周平とアララギ派の歌人で農民文学を書く長塚節。一見結びつかないような感じがしますが、実は、いろいろと共通点があります。 いろいろと共通点があるのですが、まず最初にあげなければならないのは、二人とも、農村の出身だということだと思います。長塚節は、ここ茨城県常総市の出身、藤沢周平は、山形県鶴岡市の出身です。 エッセイ集「小説の周辺」によると、藤沢周平が、はじめて長塚節に出会ったのは、昭和19年か20年ごろ、周平16歳のときでした。鶴岡の古本屋で、平輪光三著「長塚節・生活と作品」を入手します。そして、その本は、「読んだあと、しばらくは忘れているが、何年かたつと、また無性に読みたくなって、本棚の奥から探し出してくる本」になり、「以来およそ40年。その間私の生活は激変をくりかえしたのに、その一冊はなお私のそばにある。」本になりました。 以下、エッセイ集「小説の周辺」の中のエッセイ「『海坂』、節のことなど」から抜粋します。 私を惹きつけたのは、本の中に挙げられている節の短歌だったと思う。 (中略) 当時16の私にとって、人生はまだ、ごくあいまいな姿しか見せていなかった。まして人間はさらに模糊とした存在だった。しかし自然はかなりよく見えていたと思う。人間の世界については、子供は時おりのぞき見る程度の知識しか持たなくとも、こと自然に関しては、むしろ大人より正確なつき合い方をしていることがある。私が、たとえば節の「小夜深(ふけ)にさきて散るとふ稗(ひえ)草の ひそやかにして秋さりぬらむ」「馬追虫の髭のそよろに来る秋は まなこを閉ぢて思ひ見るべし」を難なく理解し、親しみを持ったのは、そこになじみ深い自然が、正確にかつすぐれた感覚で掬(すく)い上げられているのを見たためだろうと思う。 (中略) 私が歌人の中で、ただ一人節とその作品を記憶するのは、その作品の中に、いまは次第にほろびつつある郷里の自然、機械はまだ登場せず、いたるところに神と人間との合作ともいうべき風景が見られた村を、まぼろしのように見るせいかも知れない。歌人上野甚作が、遠く茨城の節の村をたずねて行ったのも、私が平輪光三氏の著書を手ばなせないのも、根は同根であろう。野育ちということである。野に生まれたために、いささか節の作品が放つ光を理解できたのかと思う。 というわけで、藤沢周平は16歳のときに長塚節に出会い、以来ずっと、節は周平のそばにいることになります。そして、約40年後、前にも書きましたが、周平は、膨大な資料を集め、何度も取材を重ね、常総市石下町の節の生家や鬼怒川付近をも訪れ、「白き瓶 小説長塚節」 という大作を書くのです。 「野育ち」の藤沢周平の、まるで、絵画のような文章があるので、ご紹介したいと思います。 エッセイ集「周平独言」のなかの、「母の顔」というエッセイから周平5歳のころ、母と一緒に、遠くの畑に行った日の記憶です。 印象が鮮明なのは、その日の帰り道のことである。鍬をかついだ母が前を行き、そのうしろからついて行きながら、私はわあわあ泣いている。野道は、家がある村はずれまでまっすぐのびていて、行手に日が沈むところだった。見わたすかぎり、野に金色の光が満ちていた。光は正面から来て、その中で母の姿が黒く動いていた。 おかしいのは私が泣いた理由で、私は歩くのにくたびれたのでもなく、母に叱られて泣いたのでもなかった。野を満たしている夕日の光を眺めているうちに、突然に涙がこみあげて来たのである。 私がそのとき感じていたのが、天地自然とか、人の世とかいうもののさびしさだったなどと言ったら、この文章をお読みになるひとの中には、笑い出される方もあるに違いない。 金色に輝く夕暮れの畑を、ただひたすら黙々と歩く母と子。きっと、遠くには影絵のように、家や林が浮かび上がっているだろう。日は、まさに今暮れんとしている。 静寂の中に響きわたる少年の泣き声。 周平少年の肩を抱いて、いっしょに声をあげて、泣きたくなってしまいますね。 絵筆のかわりに文章で描いた絵、 そんな感じがしませんか? 同じく「野育ち」の画家、ミレーの「晩鐘」という有名な絵、鮮やかな夕日の中で、畑で祈りを捧げている農夫婦の姿が、目に浮かんできました。 ミレー「晩鐘」 Wikipediaより
2009年06月25日
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数日前、スタッフのあいだで、「バタンキュー」が話題になりました。 会話のぬしは、30代後半のTさん。もうすぐ二十歳のチーちゃんに訊いています。 「バタンキューって言葉、使う?」 「バタンキュー・・・ですか? 使いませんねえ・・・」 「きのう、Sさんに、バタンキューって言ったら、そんな言葉使わないよって、笑われたんですよ~」「昔、父や母が使っているのを聞いたことがありますが、最近は聞きませんねえ・・・」そこにS君が加わる。「疲れて寝ることでしょう? 使わないよね~」 「ただ疲れて寝ることじゃないの! へとへとに疲れて、横になったらすぐに熟睡することだよ」「まさにバタン キュー」「広辞苑に出てますか~?」 他のスタッフにも訊いてみました。50代、60代は、もちろん 「普通に使いますよねえ」20代半ばのNちゃん。 「使いませんねえ。 意味は解りますけど・・・」30代半ばのCさん。 「普通は使いませんね。 笑いをとるためなら使うかもしれませんが・・・」笑いをとる??? というわけで、「バタンキュー」私たちの世代では、耳慣れた便利な言葉なのですが・・・最近は、あまり使われなくなったようです。 広辞苑を見てみたら、「寝床につくなり、倒れこむように寝入ること。」と、書いてありました。まさに、私たちが日常使っている意味と同じ。「バタン」は、倒れたりする時の音で、 「キュー」は寝息の音? でしょうか? 最近は、「爆睡」などという言葉も使われるようになってきていますね。 旅行や出張先のホテルで、なかなか寝付けないことってありませんか?身体は疲れているのに、なんとなく頭が冴えて眠れないってこと・・・ありますよねえ。せっかく素敵なホテルに泊まっても、眠れなかったら・・・イライラしますね。 我が水海道第一ホテルの客室の灯りは、暖色系の、目に優しい白熱灯のようなタイプの電球型蛍光灯を使っています。 最初はほの暗く、徐々に明るくなっていくタイプのものです。白熱灯の色が、気分を落ち着かせ、静かに眠りに誘います また、枕もいろいろ取り揃えてあります。普通は、お客様に人気のある、大きくて少し硬めのパイプ枕がセットしてありますが、やわらかいスポンジの枕、低反発の枕等、あらかじめおっしゃっていただければ、お好みの枕をセットしています。 眠くなるようなジャズでお迎えして、眠くなるような灯り、そして、眠りに落ちそうな枕 「ゆうべは、バタンキューだったよ」 こんな言葉を耳にすることができたら、 そして、ついでに、「また来るね!」をきくことができたら、 私たちスタッフは、 超嬉しい です。
2009年06月19日
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辻井伸行さんのこのCDが欲しいのですが、どこに行っても売り切れです。 やっぱりねえ・・・ 辻井伸行さんのピアノを聴いて、その繊細で澄んだ綺麗な音に驚きました。さっそく買いたいのですが・・・街の書店でも、ネットでも買えません。 ホテルのロビーのBGMには、ここのところずっと、ジャズを流しています。昼下がりのホテル、夜のとばりにつつまれたロビーには、ジョン・コルトレーンなどは、うってつけで、「TIME AFTER TIME」などを聴いて、うっとりしているうちに、だる~くなって、ねむ~くなってきて・・・ゆるゆると落ちつく感じが、とてもいいのです。 辻井伸行さんのこのCDが手に入ったら、さわやかな朝のロビーに、ピアノの美しい音色が、響くことになると思います。 今、確認してみたら、楽天ブックスでは、さっきはまだ、「売り切れ」だったのですが、今、「受付中」になりました。アマゾンでも、「在庫あり」になっていました。 焦ることも無いんですねえ。 さっそく買いに行ってきま~す。
2009年06月14日
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日本経済新聞に、サザコーヒーが載っていました。 サザコーヒーは、全国のコーヒー通の間で常に高い評価を得ている、ひたちなか市の自家焙煎コーヒー専門店です。駅前の小さな喫茶店からスタートしたサザコーヒー。今や、品川や大宮の駅ナカにまで進出。下の写真は品川店です。 小さなお店なのですが、年間1億円以上を売り上げているそうです。 今月初め、ベネチアで開かれた国際品評会のモンドセレクションでは、主力の「サザブレンド」が金賞を受賞したとのこと。 あれ~ ホテルのロビーで無料でお召し上がりいただいているコーヒーや朝食でお出ししているコーヒー豆は、なんだったっけ ひょっとして~ これ? そうです間違いありません サザコーヒーのサザブレンドで、ございます
2009年06月13日
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今朝、関東も梅雨入りとの発表がありました。いよいよ梅雨、ですねえ。ここのところ、どんよりとした日々が多くなってきたし、空気が、じめじめしてきて、湿度が増してきているのを肌で感じていたので、もうそろそろだと思っていました。気温も不安定。 真夏のような気温になったかと思うと、うって変わって肌寒いような気温になったり・・・ 夏、そして、梅雨の気配とともに、ビールがおいしい季節になりましたねこんな季節、ホテル1階和の家の前を素通りできますか? 和の家のビールの「うまい!」には、こんな理由があるんです。 和の家のビールの「うまい!」の理由は、こちらです。 夕食担当のスタッフに欠員が出たので、和の家では、先週求人広告を出しました。夕方だけのアルバイトスタッフ1名の募集だったのですが、不況を反映しているのか、次々と、ご応募の電話。30名様以上のご応募があり、途中で締め切らせていただきました。たくさんのご応募ありがとうございました。 その中から、若くてフレッシュなニュースタッフが決まりました。 今週から勤務しています。何かと不慣れで、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、どうかよろしくご指導くださいますようお願い申し上げます。 和食とお酒のお店和の家では、キンキンに冷えたビールが、アツアツの鶏のからあげが、そして、見目麗しいスタッフが、 皆様のお越しを、心からお待ちしていますニュースタッフともども、どうぞよろしくお願いいたします
2009年06月10日
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なかなか長塚節に近づいて行きませんが、もう少し、うろちょろしてから行きましょうね。 小説を読んでいて、心に残る言葉に出会うことがあります。その小説のあらすじやテーマより、たったひとことの言葉が、その小説を印象づけることがありませんか?私は、あまり論理的な思考ができないので、本を読んでいて心に響いた言葉に出会うと、その言葉が大きく膨らんで、勝手にその作品のテーマをつくってしまうことがよくあります。作家が、もし、それを知ったら怒ってしまうかもしれませんけど・・・ 藤沢周平の短編「霜の朝」という小説。江戸の豪商のお話です。その豪商の、こころの動きが、時代背景や周辺の人々のこととともに語られている小説です。 奈良屋茂左衛門という材木商人がいました。豪華な寺社建築で財を成した、紀伊国屋文左衛門とならび称される江戸の材木商です。奈良屋は、材木の商いで、巨万の富を得、賄賂などの悪辣な手を使い、陰湿で凄惨な争いをしながら、江戸中に知れわたる幕府の御用材木問屋になっていきました。茂左衛門は、賄賂の滑りをよくするために、財力を誇示し、吉原を舞台に豪奢な遊びを繰り広げていました。ときどき、芸妓や茶屋の女中、男衆などを集め、小判をまいて遊びます。畳から口でくわえ上げて、手で受け懐に入れる。眼の色を変えて畳の上を這い回っている男女を面白がって見ながら、「もっと撒け」と、茂左衛門は、陽気に言いますが、ある日、このゲームに参加せず、部屋の隅にひとり立っている小さな娘を見つけます。 「お前は、小判を拾わないのか」「ここで働いているのだな」「なぜ、小判を拾わない? え?」「おかしな子だ。金が嫌いか?」 そこで、その娘は茂左衛門の顔を見上げると、きっとした表情で、こう言うのです。 「お金は、働いてもらいます」 年老いた奈良屋茂左衛門が、商売がたきの紀伊国屋文左衛門のことや自分が生きてきた時代を語りながら、なにか満たされない気持ちで、自分の歩いて来た道を振りかえるとき、その対極に出てくるのがこの女性。 茂左衛門がこの女性を自分のものにしようとした時、手首を切って自殺を図り、運ばれた医者から逃げ出した女性。茂左衛門が、お金で動かせなかった女性です。 「お金は働いてもらいます。」そんなに声高に言った言葉ではないのでしょうが、この言葉は、勝手にひとり歩きして、 「この小説は、こつこつと真面目に、額に汗して働くことへの讃歌なのだよ」と主張します。 そして、この言葉は、ときおり、私の背後にヌウ~っと現れては、耳元でボソボソささやきます。 巷には、楽して儲ける方法なる本が、数多く出まわっていますが、書店の棚を飾るこの手の本を横目に通り過ぎ、振り返って、そこで、 「お金は働いてもらいます」 ホテルでは、フロントでお客様をお迎えするスタッフ、朝ごはんや夕ごはんを作ったり、片付けたりするスタッフ、客室の清掃やベッドメイクをするスタッフ、みんな、汗をかきながら働いています。電気屋さんも、リネン屋さんも、宅急便屋さんも・・・長く経験をつみ、地道に働いているプロフェッショナルたちが、みんな、汗を拭きながら、すずしい顔をして、ニカッと白い歯を見せて、そして、 「お金は働いてもらいます」 そして、私も、自分の時間を優雅に楽しむ専業主婦の友人たちを横目に、ため息をつきながら、羨望の眼で、そして、 「ふう~~~」「お金は働いてもらいますう~」
2009年06月04日
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