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水海道の駅のそばに、ペットボトルのツリーが出現しました。 水海道青年会議所の皆さんが、作ったそうです。 今年2月にホテルすぐ横にファミリーマートがオープンして、以前ブログに、「ファミマまでは、歩いて50歩、斜め向かいのローソンまでは、100歩です。 コンビニ環境抜群になりました。」などと書いたことがあるのですが、そんな浮かれたことを言って楽しんでいたのも束の間、なんと、最近、ローソンが閉店してしまい、今は空き店舗になってしまいました。一年も経たないうちに、50歩100歩を楽しめなくなるとは・・・ 残念です。都会ならいざ知らず、こんな田舎の街の50歩100歩の距離に、コンビニ2件というのは、どだい無理な話だったのでしょうか。 ともあれ、もともとあったローソンの方が駅に近かったので、駅前がよりさみしくなってしまいました暗くなるのが早くなって、気温も下がってきたので、なんだか余計に寒々しく感じていたところに、 ペットボトルのツリー明るくなって、なかなかきれいです でも、このツリーがいいかどうかより、この街を明るくしよう! あたたかく灯をともそう!と、知恵をしぼってくださっている若い人たちの気持ちが嬉しいじゃありませんか ねえ
2009年11月29日
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筑波山神社のすぐそばにある江戸屋をめざして、わたしたちは、「つくば道」を走った。 しばらくは平坦な道。そのうちだんだん緩やかな勾配のある道になって来た。道の両脇は、民家。おいしそうな感じのする、趣のある蕎麦屋もあった。「こんなところに、お蕎麦屋さん」「今度来たら、ここでお蕎麦食べてみよっと!」などと思いながら、アクセルを踏む。まだこの辺では、気楽な気分だった。 次第に道幅が狭くなってきて、勾配がきつくなってきた。 「だいじょうぶかなあ・・・」 車は汗をかきながら、ふうふう言いながら走っているような感じになってきた。 でも、道の両脇には、民家がある。ということは、車が行き来しているということだ。 「だいじょうぶかなあ・・・」 「こんな道でいいのかなあ・・・」 道はますます狭くなって、ますます急勾配になってきた。車一台しか通れない道。引き返すことはできない。 「何なの、この道?」「こんなに急な傾斜の道、車で行けるの?」スキー場で言えば、中級者コース、斜度25度はある。いつもは、霞がかかっている私の頭も、急に冴えてきた。 対向車が来ると、少し道幅の広いところまで行って、路肩に止めて、車が通り過ぎるのを待つ。ようやくすれちがう。 一旦止まってしまうと、今度は動き出すのがたいへんだ。思いっきりアクセルを踏む。なのに、車は後ろに下がる。 「え~! この車オートマだよねえ!」「オートマなのに、下がるの~?そんなのはじめてだ」横に乗っている姉の顔が青ざめた。「私だってはじめてだよ~」サイドブレーキをかけつつ、アクセルを踏む。 いわゆる坂道発進。それでも車は前に進まない。「だいじょうぶ、だいじょうぶ!」と、青い顔をしながらも平静をよそおい、事もなげに、姉は言う。 うぇ~ん どうしよう・・・ 登れないよ~ 車を置いて、歩こうか?はたまた助けを呼ぼうか? あらためてアクセルを踏んでみる。 思いっきり踏んだら・・・ 動いた! ようやく登り始めたところで、また、対向車。 「ウワッ どうしよう」 窓を開けて、訊いてみる。「まだまだこんな道続くんでしょうか?」「そうですねえ・・・ あと700メートルぐらいだと思いますよ」 700メートル。1キロまでないということは・・・ もうすぐだ! また、必死にアクセルを踏む。登れない。後ろに下がる。 引き返すことができないいじょう、前に、進むしかないのだ!前に!前に!前に進むのだ! また、思いっきりアクセルを踏む。 その後は、いっきに、登った。 ようやく、バスが通る道に出た。 足はガタガタ、胸はドキドキ、冷や汗タラタラ。「いや~! 寿命が縮まった!」 「ほっとしたねえ!」急に緊張がほどけて、みんなしゃべりだした。姉たちは、「車を置いて歩くしかないかと思ったよ」「レスキューを呼ぶしかないかと思った」 ヨレヨレになりながらも、人も車もなんとか無事に目的地に到着することができた。 たった標高877メートルのちいさな山だからと、筑波山に行くのに迷うはずが無いと、周辺の情報なんて知らなくてもだいじょうぶだと、油断していた私が阿呆だった。 筑波山といえども、ゆめゆめ油断するなかれ!「つくば道」には、ご注意を! 帰ってきてから、「つくば道」を調べてみた。「つくば道」は、筑波山神社参拝のために江戸時代に整備された参道で、国の「日本の道百選」に選ばれているそうだ。 画像は、北条街づくり振興会のホームページより Wikipediaには、「つくば道」について、こう書いてある。関東の霊峰筑波山中腹の筑波山神社への参道であった「つくば道」を、ほぼそのまま踏襲して県道指定したもの。このため一般の峠道のようにつづら折りになっておらず、斜面を直線的に這い上がる形をとる。基本的に自動車で走ることを前提とした設計になっておらず、 ・・・ 中略 ・・・ 車高の低い車、パワーのない車では、極めて危険である。 「極めて危険である」って・・・そんな~それなら、そうと、教えてよ~そんな道に案内しないでよ~ ねえ~ この日のことは、きっとずっと忘れない。ひょっとすると、筑波山を見るたびに思い出すかもしれない。はるばる北海道から来てくれた88歳の父と83歳の母、米寿を迎えた父の几帳面な挨拶、そして兄や姉たちとのひととき。そんな光景とともに、記憶にしっかりと刻まれただろうな。つくば道 おもいで道 長々と、私事を書いてしまいました。最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。 こうして北海道に住んでいる夫の両親は、孫の結婚式、そして米寿を祝う会を終えて、元気に帰っていきました。88歳と83歳何でも二人で分かち合って、助け合って、日々の暮らしの中では喧嘩をすることもあるでしょうが、おおむね仲睦まじく元気に暮らしています。健康の秘訣は、身体をよく動かすことと、毎日トマトを食べることだそうです。二人を見ていると、ほのぼのとしていて、ほほえましくて、心がなごみます。 先日、「いい夫婦の日」川柳コンテストの入選作品の中で、こんな川柳を見つけました。 共白髪 これが二人の マニフェスト (小椋正人さんの作品です。) 胸が熱くなっちゃいますよね
2009年11月26日
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「筑波山に行くのに、どこでどう迷うんだ?」「ナビなんかついてなくても、間違えるところなんて無いだろ」「標識通りに行けばいいだけだろ」と、夫は言う。 そんなこと言ったって・・・ それでも私は迷ったのだ! 結婚式の翌日、北海道や神奈川から来てくれた夫の両親や兄夫婦たちと、筑波山へ。今月88歳になる父の米寿を祝う会をするため筑波山江戸屋に予約を入れてあった。翌日羽田から札幌へ帰る予定になっていたので、アクセスのいいつくばの近くに泊まろうということになっていたのだ。夫の車には男5人が、そして、私の方には、女性5人が乗って、筑波山へ向かった。東大通りをまっすぐ。高エネルギー加速器研究機構の前の「小林先生ノーベルショーおめでとう!」などと書かれた大きな看板の前を通り過ぎて、しばらくまっすぐ走って右折。 どこでどう間違えたのか、北条商店街とかいう通りにはいってしまって・・・ ウロウロ。そこで、不安になった私は道路に立って交通整理をしていた警備員のような中年男性に、道を尋ねた。 「筑波山神社の方へ行きたいのですが・・・」「ここを、こう行って、石碑のところを曲がって、そのままずっとその道をまっすぐ行けば大丈夫。」 今思い出すと、その男は、道案内をした後で、もう一度確かにしっかりとした声で言ったのだ。「だいじょうぶ!」と。その眼は、奥の方でいたずらっぽく笑っていたことに、そのとき私はうかつにも、気がつかなかった その人の言ったとおりに車を走らせたら、あった、あった、石の道標。それには、確かに「つくば道」と書いてある。 「つくば道」 よかったあ もう間違えないで行ける。「つくば道」というからには、ちゃんとした道なんだわ。 ここを行けば安心なんの根拠もなかったのだが、私は、ただぼんやりとそう思った。 私は、その道をまっすぐ行けば、ほどなくバスなどが通るような道に出るものと思い、ほっとして車を走らせた。穏やかな秋の日の昼下がり、秋色に染まりつつある筑波山を正面に見ながらの、そして心地よい秋の陽射しを感じながらの、のどかなドライブになるはずだった。 寒さの厳しい冬を乗り切るため、そのために少々皮下脂肪をたくわえた女5人と、キャリーバッグや大きな荷物でふくれあがった1,500CCの小さな車は、おしゃべりに花を咲かせながら、 こうして「つくば道」を走り始めたのだった
2009年11月20日
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私事で恐縮ですが、 先日、娘が結婚しました。 娘たちが選んだ会場が、ちいさなレストランで、親もゲストって感じだったので・・・お知らせしなければいけない方々にも、お知らせもせずに、結婚式を済ませました。もし、万が一このブログをご覧になって、「知らせてもくれないなんて!」と、思われたかたがいらっしゃいましたら、すっかり事後報告になってしまったこと、どうかお許しください。 幼い頃から新郎新婦の成長をかたわらでずっと見守っていてくれたごく近しい親戚と、新郎新婦の、ごく親しい友人たちだけの、ちいさな結婚式。あたたかいまなざしに見守られて、新郎新婦は、終始笑顔でした。 神父や牧師のかわりに友人の代表が立会人の人前結婚式。 晩秋のゆるやかな風に、落ち葉が舞い、純白のヴェールがそよそよと揺れ、新郎新婦は、やわらかい光と歓声を浴びながら、石段をゆっくりと歩調を合わせて下りていきました。やさしい陽射しが、二人の頬を照らしています。 そして、地元の友人たちが作ったDVDや大学時代の友人たちが作ったDVDが、祝賀会を盛りあげてくれました。パワーポイントだかムービーメーカーだか知らないけど、パソコン世代の力量発揮! でしたね。ほろっとさせてくれたり、大笑いさせてくれたり・・・いずれも、完成度の高い見事な作品に仕上がっていて、びっくりしました。若い人たちって、すごいですねえ新郎新婦自らが作ったDVDには、出席してくださった皆さん全員が登場。幼い頃の写真のなかにも、あたたかいまなざしに囲まれて笑っている新郎や新婦がいました。幼い娘を抱いた夫の写真を見て、その、あまりの変わりように、娘は、友人に、「あの人誰?」と、訊かれたそうです。よ~くわかります。 私でさえ「あの人誰?」って感じですもん。 花嫁の父の挨拶。ガラにもなく、夫は、挨拶の中で詩を読みました。友人のおや爺から教わった、酒田市出身の詩人吉野弘さんの「祝婚歌」という詩です。胸が熱くなるようないい詩なので、ここでご紹介します。 「祝婚歌」 吉野弘 二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは 長持ちしないことだと気付いているほうがいい 完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい 二人のうちどちらかが ふざけているほうがいい ずっこけているほうがいい 互いに非難することがあっても 非難できる資格が自分にあったどうか あとで疑わしくなるほうがいい 正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい 立派でありたいとか 正しくありたいとかいう 無理な緊張には 色目を使わず ゆったりゆたかに 光を浴びているほうがいい 健康で風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに ふと胸が熱くなる そんな日があってもいい そして なぜ胸が熱くなるのか 黙っていても 二人にはわかるのであってほしい これからスタートする新しい生活。人生山あり谷あり、おそらくいろんなことがあると思うけど、お互いが、たよりになるパートナーになって、そして、時にはこの日のみんなのあたたかいまなざしを感じて、生きていって欲しいと思いました。 ところで、余計なことですが、花婿は英語でgroom。RとLの発音を間違えると、gloom 「憂鬱」になってしまいます。「groomがgloomになるのも、時間の問題だろ」 って 誰ですかそんなこと言っているのは 健闘を祈りましょうよ
2009年11月15日
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トヨタのF1完全撤退のニュース。さみしいような気もしますが・・・スピードを競う時代からエコを競う時代へ、ということでしょうね。 でも、こちらは始まりましたねえ、今年も。 昨日から大利根ゴルフ倶楽部で、レクサス選手権 このあいだの寒さはどこへやら。きょうは秋晴れで、暖かく、ゴルフ日和です。 さて、我が水海道第一ホテル、ゴルフ関係のお客様や撮影のお客様で、たいへん混みあっています。お夕食付きの団体様が大勢いらっしゃるので、「和の家」も、かなり混む時間帯があります。一般のお客様には、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、少し時間をずらしてお越しいただけますよう、お願い申し上げます。 昨年、今年、と2年続けてご宿泊くださっているゴルファーさんもいらっしゃいますよ~当ホテルにご宿泊くださったお客様には、縁起のいい、幸せの黄色い円盤のご加護があるようなので、 だいじょうぶ だいじょうぶこころ安らかにして、試合にお臨みください。 お賽銭を入れると、ちと、ご利益が違うらしいですけどねえ・・・ゴッホン 今年もがんばってくださいね テレビ放送は、7日(土)と8日(日) テレビ朝日系です。
2009年11月06日
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「明日、目がさめても、また今日と同じ景色が見られますように・・・・・」 眠る前にふとつぶやくことがある。 明日になったら突然、視界が真っ暗になるかもしれないし、歩けなくなるかもしれない。 それが、私が患った「多発性硬化症」だ。 という文章で始まる「難病東大生」いつもお世話になっている市内の友人Aさんからいただきました。 Aさんの息子さんは、今年の3月まで東大生でした。今は商社に勤務されていますが、東大法学部時代の同級生が、このような本を出版されたそうです 本の題に「東大」なんとなく、「東大」というブランドやプライドが、ちらちらしてはいないかい? と、 正直、少々先入観を持ちながら読んだのですが、 読んでみて、その気迫に感服しました。 「東大」を使うことで、反感を買うかもしれないことも、ご本人、重々承知のうえ。どんな形で取り上げられようとも、それで難病のことが少しでも表に出てくれればと願うから・・・ もしこの本が難病のことを知るきっかけになってくれれば、涙が出るほど私はうれしい。 そうです。 なにがなんでも一人でも多くの人にこの病気のことを知ってもらいたい。お金を集めて、それを原因も治療法も解明されていない難病の研究に役立てたいと、そのシステムづくりをし、明日どうなるかわからない自分の病気と闘いながら、しっかりと前を向いて、病気とともに歩んでいらっしゃいます。 難病というのは本当に容赦ない。私たちをいとも簡単に追いつめ、「限界」の二文字を、頭にこびりついて離れないくらい植えつける。でも、それでも人間はいつでも勉強はできるし、いつでも自分の頭で考えることができる。「限界」なんて見て見ないふりをして、進んでいく。がむしゃらに進めば、見えるものもあるし、見えるものがあれば、そこでまた世界は開けていく。そして、泣いてる時間がもったいない。泣いてる時間だけじゃなくて、気分が落ちこんでいる時間も、自分がどうにもできない問題で悩んでいる時間も、私にはすごくもったいないものだ。ともおっしゃっています。 辛いこともいろいろあるでしょう。たいへんなこともたくさんあるでしょう。不安で眠れない夜もあるでしょう。それでも彼女は、しっかりと前へむかって歩いています。 自分の娘よりも若い著者に励まされちゃいますね。 だんだん年を重ねてくると、難病の宣告は受けていなくとも、余命の宣告は受けているに等しいようなものだし・・・「明日どうなるかわからない」という意味では、人間誰しも皆同じ。 たしかに、ぐずぐず悩んでいる時間はもったいない、ですよねえ。 若い著者から、「喝」 私たちもがんばらなくっちゃね
2009年11月03日
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