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「春爛漫--散歩日和--完」 「上海発!画像の更新!」では、5月8日まで新疆付近の旅行に出掛けます。春爛漫の自然の中で散歩をしながら撮影と更新、その画像も次の更新までお預けとなってしまいました。4月18日より中部国際空港より上海浦東国際空港へ飛び、上海より中国青海西寧空港へ行き、青海省から旅行を始めます。青蔵高原東北部に位置し黄河や揚子江またメコン河の、水源地帯で、1600mの高原地帯の人々はモンゴル系やチベット系の、人々や漢民族も多くまた回族住みイスラム教徒が多い。上海あたりに出て来て手打ちラーメンを作ってくれる店では、回族の人が大半であり、白いツバのない帽子を被っている。青海の塩湖や青海湖など大自然の空気の中を歩き、その後、甘粛省の敦煌へ行き古き時代に描いた莫高窟の壁絵や、紀元前92年ごろより西方からのブドウ・ゴマなどの産物や仏教が、この地を通って漢に運ばれ、漢からは絹が西方へと運ばれた。いわゆるシルクロードものんびりと歩く事が出来ればと思う。その後甘粛省の首都の蘭州へ行く。回族の多いこの地方では牛肉を食べないし酒も飲まない。また中国最大級の石油埋蔵量があり、蘭州は石油精製や石油化学また、鉄鋼などの工業都市として発展しているが、そのような街並みも、見てみたいが、やはり私は自然公園へ行きたいと思う。その後鉄道で新疆ウイグル自治区へ向かう予定。新疆ウイグル自治区の首都はウルムチであるが上海から飛行機で、5時間以上掛るが、それでも時差は1時間である。新疆での一番の楽しみは、羊の肉である。上海では新疆人が、街頭で焼く長い串に刺した羊の肉を食べる事がよくある。今回やっとの事で本場の羊が食べれる。一番の関心はタクラマカン砂漠やゴビ砂漠の大自然の中で、写真を撮影したいと思うが日射病にならないように心配する人も、私は砂漠のパウダー状の砂がカメラに侵入しては困ると、新たに水中カメラ用のプロテクターを取り寄せカメラも購入した。パソコンは持って行かないので今回の更新で当分更新できない。
2009.04.18
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「春爛漫--散歩日和11」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。次の日の朝ツアーガイドが迎えに来たようで、フロントから綺麗な女性が迎えに来ましたよと言うので少し焦った。なぜならば妻が聞けばあまり好い気はしないと思った。だが妻は中国語を聞いても理解できないと思うと平静になった。ガイドは日本語を話すことが出来ないので、妻には大事な集合時間や注意事項は通訳するよう頼まれた。私は当たり前の事とも思いながらも妻にはガイドの話した内容を、通訳すると、そんな事を話していたの?と安心笑いをした。言葉が分からないと余程難しい話をしていると思ったようだ。バスに同乗した人はシンガポール人3名と、マレーシア人の6名で、親戚関係にあり合計9名だった。我々2人を入れても11名だったが、大きな観光バスを用意した。ガイドは中国広東省の中国人で台湾の大学へ留学しそのまま、台湾人と結婚したが一人の子供を生んで3ヶ月目で仕事に復帰。シンガポールやマレーシアは華僑の人も多く、その殆どが広東語を話すことが出来、ガイドはその点楽だった。私のために中国共通語を話していたが、時々広東語が飛び出した。気が緩むと広東語が出るので、シンガポール人が注意していた。妻がつまらないような感じで座っているので、やっぱり日本人と一緒の方が良かったかと聞いてみたところ、もうマレーシアの女性たちとは話もしたし写真も一緒に撮ったりと、思ったより楽しいよと話すが、私に気を使う妻でもないしまんざら、嘘でもないと思った。ただ日本人が立ち寄らないみやげ物屋へ、立ち寄り皆が沢山の買い物をするのでそれには驚いていたようだった。
2009.04.17
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「春爛漫--散歩日和9」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。台北西直門のホテルから歩いて10分ほどの道程を、往復してまたホテルまで帰って来たがホテルのフロントで、部屋の鍵を頂き部屋に向かうエレベーターの中で、中国一般のホテルでも部屋の鍵はカードになっているのに、台湾の台北の中心街のホテルでも鍵で部屋に入るんだと言った。妻からは余程安いホテルを選んだのじゃないの?と、エレベーターの中で冗談っぽく言われたが何も言えなかった。部屋に入る前にフロアー長とバッタリと出くわした。フロアー長はルームサービスから部屋の余分な布団を、片付けても良いかどうか聞かれたが、ベットの上に畳んで、置いておくように言い付けてありますので確認して下さいと言われた。妻は私に、あの責任者も大変と思うよと言うが、私の手には外から買ってきたジンとライムを持っており、あまりこの場で余計な話はしない方が得策と思ったので,妻に部屋の鍵を渡して、フロアー長へは大変感謝しておりますと、女性フロアー長に握手をするも何となく貧しい一面を見られたようで、苦笑いをしたが彼女からは何か問題あればお知らせ下さいと言われた。部屋に入ってから早速ジンをグラスに注ぎそのあと、缶入り炭酸ソーダを開けジンに注ぎ込むとすごいあわ立ち。その光景を目を丸くして見ていた妻は、これだけで幸せな気分と、酒に酔ったような言葉を語るのでこちらまで幸せ気分に慕った。だが、この後が悲惨な結果になろうとは思ってもみなかった。ワインショップでは、40度のジンとライム一本、それと缶入り炭酸ソーダー水6缶を買って来ていたからだった。所変わればで中国でも7年間禁酒していたが、妻と一緒にジン三昧。挙句の果てに夜中になっても体が火照り、眠れなくなってしまった。夜中妻から早く寝なさいと言われたが、その言葉も夢の中へと・・。
2009.04.16
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「春爛漫--散歩日和8」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。台北の町並みを観光バスが通り過ぎる時に、あるホテルを紹介したが、そのホテル名は圓山大飯店と言う。ホテルのランクは4ッ星であるが外観は北京の紫禁城に、模して建てられていて王朝ムードをかもし出している。台北の5ッ星ホテルでハイアットやシャングリラ、またシャーウッドやフォルモサ リージェントなどが有名。では圓山大飯店は何で有名になって来たのかというと、韓国のペ・ヨンジュンやイ・ビョンホン他を招待したり、香港からはジャッキー・チュンやアンディ・ラウ他を、招待し無料でサービスをし台北の人を引き付けているとか?また観光バスが通る所という立地条件も知名度を増す。妻は、あ~あっ!こんなホテルに泊まれたら最高なのにねと、何か意味ありげに独り言のようにブツブツ話している。私は聞こえないふりをしながら中国語の学習書に目をやった。妻は人一倍酒を飲む方であるし普段はキッチンドリンカーである。夜にはホテルを出て二人で酒を買いに出掛けた。しかし、酒屋が何処にあるのか検討がつかずに、台北の繁華街の道路を歩きながら台湾人に酒屋が何処か、聞いても地元の人でないと分からないようで、私はこの辺に住んでいないので分からないとの返事が多い。セブンイレブンへ入ればビールくらいは買えるとも思ったが、結局、地元の年配者に聞いた所、酒屋の名前を教えてくれたが、中国共通語を話していても地名や店の名前などは分かり辛い。Wバッグよりボールペンとメモ帳を渡すと書き出した。ミミズが這うような地図も書いてくれたので徒歩で向かった。歩く事6分程でその酒屋に着き中に入るとワインが並んでいた。妻と共にワインを手に取り見ていたが、焼酎が飲みたい妻は、その事を私に告げ、結局購入した酒は40度のジンだった。炭酸水とライムも買い途中でつまみも買い部屋で飲む事になった。
2009.04.15
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「春爛漫--散歩日和7」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。台北での禁煙の話題についてのつづきから、日本でも喫煙する人は肩身の狭い思いをしているようで、妻と共に台北に行った折、ガイドから一番に徹底された事は、屋根のある全ての家屋での喫煙には注意するよう言われた。道路で歩行中に吸うのはもっての外で、道路脇に灰皿が置かれ喫煙が許された場所でも、3人以上集団で喫煙すれば罰金の対象になるとの事で、ふと中国人の団体が増えて来ている最中トラブルに、ならなければ良いがなどと思いながら妻を探した。自由行動の時間は30分ほどしか頂けなかった。私は妻が観光客の中に紛れ込んでいるのか?と、右往左往しながら探すこと6分ほどで妻が手を振りながら、私の方へ歩いて来たがその表情は笑い顔だった。私は撮影する時間がどんどん無くなってしまうと、不満を妻にぶつけたが、それでもニコニコ笑いながら、私は入り口正門の影でタバコを吸いながら、あなたの行動を見ていたが、あっち行ったりこっちへと、始めは何をしているんだろうと思ったが、私を探しているんだと思うと可笑しくなって来たと話す。私は妻に我々二人で自由に行動しているのではなく、団体行動の場合には時間から時間内に行動して、他の旅行客に迷惑にならないようにしなければならない。撮影の時間も30分頂いたが20分しか残っていなく、撮影したい所までいけなくなって少し不満が残った。
2009.04.14
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「春爛漫--散歩日和5」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。日本人のツアーで始めの目的地故宮へ着いた。故宮博物館であるが、中国北京の故宮と同じ字を書く。北京の紫禁城で代々の皇帝が所持した青銅器や書画など、また国宝級の陶磁器、七宝財宝が、どうして皇帝が、一度も住んでいない台湾にあるのか?私は、この話を15年前に聞いた時には、信じられなかったし、何度も北京を訪れても信じられなかった。だが8年ほど前、台北を訪れた時に国民党が台湾へ、持ち去ったと言う事であるが、中国内戦の戦火を逃れ、その財宝を守らんがため、蒋介石の配慮とも聞いた。北京の紫禁城には最高級の歴史物は、残っていなく、30%の貴重な歴史物が台北にある。日中戦争や中国内戦の戦火から歴史物を守るため、北京から上海、南京、四川博物館等を転々と移動した。蒋介石は崩壊状態にあった政府を立て直したが、その時に役に立ったのが中国から持ち出した財宝だった。そのような歴史上の真実を中国人に、話した時もあったが、作業員たちは信じるどころか嘘つきと、逆に食って掛かられた事もあり、最近は自分の愚かさを、反省して一切話さないように心がけている。1949年中華民国から中華人民共和国成立へと歴史は動いた。金銀を持ち出された後の中国の貧困から考えると、最近の急成長振りは驚くが、昨年10月末よりの金融危機の波が、各製造業に歩み寄り、確実に生産量を減らしている。アメリカや日本からの依存が多い企業多い中、何か手を打たなければと考えるトップも頭が痛い。
2009.04.13
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「春爛漫--散歩日和3」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。中国語の会話で重要な事柄は、何と言ってもやはり発音であろう。語順(文法)や四声の上げ下げも、勿論重要でマスターしなければならない。母国語以外の学習は兎に角大変である。英語が比較的簡単と言う人もいる。しかし、小さい頃から一番耳にしているのが、英語であるからと言う事ではないだろうか?例えば中国人に中国語は難しいと話すと、簡単だよと言い、日本語が一番難しいと言う。逆に言うと我々日本人は日本語が一番簡単である。新聞を読みながらテレビの音声を聞いていても、全て理解できると思う。だが中国語では、中国語の新聞を読みながら、中国語のニュースを聞いていても、どちらとも分からなくなってしまうであろう?少なくとも私の場合は、分からない所も多い。その聞き慣れも踏まえてカタカナで、覚えた中国語は私が聞いても違和感があり、中国人の運転手には理解できない箇所が多い。カタカナ発音は学習には簡単ではあるが、ピンインの学習を始めると大変であろう?
2009.04.11
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「春爛漫--散歩日和2」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。ツアーのバスに今年大学卒業者が4人いた。その中の1人はまだ就職が決まっていなかった。その友人で中国へ行き日本語教師の仕事をするとの事で、私は興味深く話を聞いていた。中国人に日本語を教える仕事に興味を持った。なぜならば、私も将来そのような仕事がしたいと思っているからだった。彼女は大学の中で日本語教育を専攻して修了した。私はもう一度過去に戻れたらなどと、叶わぬ思いを描きながら彼女の話を聞いた。 彼女は浙江省の杭州の学校で働くとの事。彼女は上海から杭州まで遠いですか?と、私は1時間ちょっとで行けれますよと話すと、そんなに近いのですか?と目を丸くしていた。その彼女、今中国語の勉強の真っ最中。しかし彼女の話す中国語はカタカナ中国語。ピンインで覚えず簡単なカタカナで覚えていた。出来ることならピンインで覚えるようにと話した。彼女が中国語を学習し出してから1年になると言う。1年間ほど学習した事柄を変えられるかどうか?彼女はカバンから中国語の学習書を出して見せてくれた。中国語の下には全てカタカナがびっしり。ピンインからカタカナは簡単だが、カタカナからは大変。少し遠回りしている事を話したが日本語教師の言葉を羨ましく思った。
2009.04.10
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「春爛漫--散歩日和1」 「上海発!画像の更新!」では、散歩途中に撮影した画像を公開しています。3月中旬に暖かい日が続いたので早めに一枚脱ぎ捨てたのが影響したのか少し風邪を引いてしまった。元々私は温度差アレルギーなので急に冷ややかな空気が肌に触れただけで、くしゃみと鼻水に悩まされてしまう体質で花粉症とは少し違い、これは夏でもクーラーに弱いと言う情けない体質に何十年も悩まされている。上海植物園の画像はまだまだ有るのですが、何せ春もたけなわで、3月頃から散歩の合間に撮影してきた画像を暫くの間公開して行きたいと思います。中々更新出来ないのですが、何とか頑張って更新して行きたいと思って、タイトルも春爛漫--散歩日和と付け遅くならないように更新をと思っています。上海の中心街では画像のような光景はお目に掛れませんが、上海市でも郊外にはまだまだ画像のように、のどかな光景を楽しむことも出来ます。花の名前は相変わらずと言った感じなのですが、さくらだけは分かります。上海郊外にも日本ほど多くはありませんが、それとなく咲いており綺麗な感じで心和みます。この春爛漫の画像の中で、また取り止めのない旅行の情景など簡単なエッセイ風に紹介を出来ればなどとも思っています。あまり正直に状況を書き過ぎて中国人の日本語の分かる友人からも、こんな事書かれたら私なら喧嘩になっていると思いますよと言いながら、でも他人事なら面白おかしく見ていられますけどねとニコッと笑う。妻との旅行でも色々と面白エピソードがあり、思い出しながら書いて行きたいと思います。でも妻に言わせると殆どが私の問題でドタバタになっていると言う事なのだが、単に私の常識と私を取り巻く人の常識とが少しズレているのかも知れないが、自分では中々分からないものです。
2009.04.08
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「上海植物園13」 「上海発!画像の更新!」では、上海植物園の画像を公開しています。台北二日目は日本人のツアーに参加した。朝それぞれのホテルを回ってツアーのお客を乗せてきた。私達のホテルが最後だったので8時45分にロビーで待っていたが、道が混んでいたとかで10分ほど遅れて迎えに来た。朝寝坊した私は朝食を取らずにロビーでガイドが迎えに来るのを待っていたが、道が混んでいて遅れるとの連絡に地下一階のレストランへ急ぎ降りた。そして食べている時間がないので持って行きたい旨の事を話した。新しいビニール袋を出して頂いたが水気のものは、こぼれるのでもっぱらパンやお菓子類またピーナッツを入れて行ったが、入りきらないので更にもう一枚のビニール袋を出して頂き急ぎ入れて行った。バイキング料理が並ぶ近くで食事をしている人たちはあっけにとられているように見ていたが、その方を向きニコッと笑顔を見せると慌てて箸を運んでいた。立って見ているウエイトレスに礼を言うとマネージャーはもうよろしいですか?と中国語で言うので急いでいるので有難うとビニール袋を提げロビーへと向かった。エレベーターが中々降りて来ないので、一階にあるロビーへは階段を使った。妻が階段を降りて来る所だったようで、何をしてるのですか?もうガイドさんが迎えに来ていますよと私の手のビニール袋を見ながら言った。ガイドさんは日本語で、遅れましてどうもスイマセンと頭を下げた後、食べるものを沢山もらって来ましたね~?と言うので、半ば無理矢理取って来たと言えなくなり、朝寝坊して朝食が時間道理取れずにガイドさんが遅れて良かったですと話した。バスに乗ったが前の座席は座っていたので通路を歩きながら、今日一日よろしくお願いしますねと頭を下げたが、皆さんの視線は私の手に持ったビニール袋に向けられていたように感じた。妻も私の横の座席に座ったと同時に、もうそんなに沢山持って来て恥ずかしい!と言うので、別にこんなに持って来るつもりはなかったが、あれもこれもと入れて行ったら自分でもちょっと多いかなと思ったけど元に戻すのも失礼と思い持ってきたと笑いながら話した。隣に座っている若い女性たちが、私達の会話を聞きながら笑い、それにつられて彼女らの友達も笑い出したので、私が食堂でビニール袋を出して頂き入れるシーンを再現するように話すと笑いは更に広がった。しかし、妻は少し不機嫌そうに、持って来た朝食バイキングの話などしなければ良かったというような目で睨まれたが、私は入れ過ぎでペシャンコになったパンを食べながら満足そうに笑うと、全く子供と一緒なんだからと言ったっきり黙ってしまった。
2009.04.07
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「上海植物園12」 「上海発!画像の更新!」では、上海植物園の画像を公開しています。私たちは午後台北のホテルに着いた。その日の午後はフリーであったので、車で40分ほどの道のりを市バスを探して、友人からの話のあった場所へ1時間ほど掛けて行ってみたがバスの運転は荒っぽかった。帰りに道に迷うといけないと思いホテルから西門丁バス停までの5分ほどの景色をカメラに収めた。目的地行きのバスが来て乗ったが下校時間のため、バスは学生たちで一杯だった。しかし、妻のために一人の女学生が席を譲って下さったが私は若く見られたのか譲っては頂けなかった。日本の市バス料金支払い時では小銭が無くとも両替をして下さるが、台湾の市バスでは両替はして下さらないので、前もって小銭を用意しておかなければならない。私はその事をバス停で待っている間に聞いて、ポケットに手を突っ込んでも小銭が足りなく、バス停で一般の人に両替して頂いた。私の降りる場所は終点だったので問題ないが途中で降りる場合は、耳を澄ませて聞いていないと乗り過ごしてしまう可能性がある。目的地に着き友人より頼まれた場所へ行き写真撮影をする事30分ほどで台北市中心へとバスに乗った。帰りのバスには故宮博物館の見学者もなく私と妻の二人だけであった。バスの運転手に西門丁までの料金を料金入れに投げ込み、西門丁へ着いたら呼んでほしいと頼むと、あなた達は台湾人と違うねと言うので違うと答えたが西門丁の降り札を手に取り後ろへと向かった。後ろの方の席に座るとバスの運転手が後ろを振り向き私の横の座席に座ってくれと言う。妻を残して私だけ運転手の横に座ると、あなたは日本人ではないのかと聞いてくるので、私が日本人だと言葉遣いですぐ分かったのか?と聞くと話す言葉は中国大陸の人っていう感じだと言う。服装から日本人であることが分かっていたようで、私を横に座らせた分けは日本語の勉強がしたい為のようであった。九州へ旅行に行ったことがある運転手の日本語はお世辞にも上手いとは言えなかった。途中からバスの乗客も増え出したが私との会話を止めようとはしなかった。日本語の挨拶言葉や日常の簡単な日本語を中国語で聞くので私が日本語でその単語を教えた。お客の中にも日本語を知っている人もあり、バス内から時々笑い声がしていた。私の降りる停留所の西門丁が近くなってきたのか、今日は楽しかった!有難うと有難うのみ日本語で話した。また会えると良いですねとバスを降りた。バスを降りてよりネオンサインの景色にホテルまでの方向が分からなくなってしまった。地元の人にホテルの方向を聞いたが分からず、出発前に撮影しておいた写真画像を見せたところ4・5人が画像を見ながら、反対方向を指差し向こうの通りの写真だと言う事で危うく道に迷うところだった。妻も写真が意外と役に立つ事が分かったようであった。
2009.04.03
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