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ドイツの元大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーは、1985年に、「過去に目を閉ざすものは未来に対しても盲目である」という有名な演説を行っています。名言です。これは、言うまでもなくナチス時代の過ちのことを念頭に置いた発言ですが、人間の歴史ばかりではなく、自然史でも同じことが言えるのではないでしょうか。過去の気候変動を知らずして、未来の気候変動を知ることはできない、と。以前の日記に、グリーンランドと南極の氷床コアのことを書いたことがあります。氷河は、降り積もった雪が積み重なることによって、下部が圧縮されて氷化したものです。雪はふわふわして空気を多く含んでおり、それが圧縮されて氷化した後も無数の気泡が氷の中に閉じこめられています。それぞれの気泡は、その雪が降り積もった時点での大気の状態を記録しています。例えば二酸化炭素やメタンなどの濃度、空気中の塵の量、そこから気温も導き出すことが出来ますし、層の厚さから積雪量の大小も分かります。グリーンランドは10万年以上前、南極は実に70万年以上も前の氷がのこされています。これをボーリングして取り出した試料(氷床コア)を分析することで、それまでとは比較にならない正確さと詳細さで、過去の気候変動を知ることが出来るようになったのです。下記のグラフは、グリーンランドの過去6万年間の氷床コア解析から導き出された気候変動です。(出典「地球史が語る近未来の環境」日本第四紀学会町田洋・岩田修二・小野昭編 東京大学出版会P13)下記は、南極の2地点の氷床コア(EPICA地点で約70万年前から、ボストーク基地付近で約40万年前から)の氷床コア解析から導き出された気候変動です。(出典 ウィキペディア)地球の気候が一定ではなく、かなり激しく変動してきたことが一目で分かると思います。第四紀はおよそ200万年前に始まり、現在に至る地質年代で、ひとまとめに「氷河時代」とされています。現在は立派に「氷河時代」なのです。ただ、氷河時代の中でも、比較的暖かい時代と特に寒い時代があります。比較的暖かい時代を「間氷期」とくに寒い時代を「氷期」と呼びます。現在は、「後氷期」とされています。氷期が終わった後、という意味ですが、将来(数万年以内)には、次の氷期が来るであろうことはほぼ確実と考えられていますから、実際には、将来訪れるであろう次の氷期までの間氷期、ということになるはずです。第四紀には、数え方によって4回~6回の氷期と、その間の間氷期があったと従来は考えられてきました。従来の通説では後氷期(現在) 約1万年前~ウルム氷期 約7万年前~1万年前リス-ウルム間氷期 約13万年前~約7万年前リス氷期 約20万年前~約13万年前ミンデル-リス間氷期 約25万年前~約20万年前ミンデル氷期 約30万年前~約25万年前ギュンツ-ミンデル間氷期 約40万年前~約30万年前ギュンツ氷期 約80万年前~約40万年前ドナウ-ギュンツ間氷期ドナウ氷期 約150万年前頃ビーバー-ドナウ間氷期ビーバー氷期 約200万年前頃と考えられていました。(年代については、諸説あります)氷床コアの解析からは、従来の説よりもっと細かく短い周期で氷期と間氷期が繰り返されてきたことが分かってきました。また、間氷期と言って、大部分は氷期の最寒冷期よりは多少暖かいという程度で、現在と同程度以上に暖かい時期はかなり短期間だったことも分かってきました。もう一つ、南極はあまり顕著ではないものの、グリーンランド氷床コアの最終氷期(1万2千年前頃まで)と後氷期(それ以降)を見比べると、違いは一目瞭然でしょう。つまり、最終氷期の気候変動は後氷期と比べて遙かに激しい。特にグラフの下段、つまり3万年前以降の変動の仕方はすさまじい。数千年程度の周期で、現在に近いくらいの温暖な時期と、非常に寒冷な時期を繰り返しています。それも、温暖化は短期間のうちに一挙に進み、寒冷化は少しずつ進む。そしてもっとも寒冷な時期のあと、ドスンと気温が上昇する、その繰り返しです。それに比べれば、上段(3万年前以降)は、氷期の終わりに近づいた1万5千年前頃まで「低値安定」が続いて変動が少ない。この時期が、最終氷期の最寒冷期として知られています。ただし、安定していると言ってもそれはその前の時期に比べればの話で、1万年前以降の時代と比べれば、短期の変動の幅は遙かに大きいことが分かります。では、最終氷期の最寒冷期とは、どのような時代だったのでしょう。まず、気温は地域によって差はあるでしょうが、現在よりおよそ10度近く気温が低かったと推定されています。東京の中野区江古田で、約3万年前から1万年前までにかけての植物化石が発見されていますが、その種類はブナ・ミズナラ・シナノキ・トウヒ・マツハダ・オオシラビソ・コメツガ・カラマツなどです。植生で言うと、落葉広葉樹林と亜高山帯の両方の要素であり、そのような森を現在の日本で探すと、東京近辺では海抜1500m以上の山岳地帯、北上していくと北海道と同様になります。気温は、高度100m登るごとに0.6度下がりますから、海抜1500mと言えば0mより約9度低い計算になります。また、現在の東京の年平均気温は15.9度、札幌の年平均気温は8.5度ですから、その差は7.4度になります。そこから考えると、最終氷期最寒冷期の気温は、日本ではだいたい7~9度程度現在より低かったと推定できます。東京が北海道並ですから、北海道はシベリア並です。当時の北海道には、ハイマツとグイマツ(カラマツの一種)、ダケカンバを中心にしてエゾマツを伴う(トドマツは少なかった)森が広がっていたことが、花粉化石の分析から分かっています。これとそっくりの森は、現在は東シベリア内陸部に分布しています。冬の気温がマイナス50度にもなるような、猛烈な寒冷地帯で、かつもし寒冷地でなければ砂漠になっていても不思議はないくらい降水量の少ない地域です。当時の北海道の気候も同様だったのでしょう。世界に目を転じると、現在は南極とグリーンランドの2ヶ所しかない大陸氷河(氷床)が、最終氷期には少なくともあと2ヶ所ありました。北ヨーロッパのスカンジナビア半島から西シベリアにかけてのスカンジナビア氷床と、アラスカ南部・カナダにかけてのローレンダイド氷床とコルディエラ氷床(両者は、最寒冷期には一体化していたと考えられる)です。もっとも氷床の拡大した時期には、イギリスの大部分、ドイツ北部までスカンジナビア氷床は拡大し、ニューヨークもローレンタイド氷床の氷の下でした。大量の水が氷として地上に固定されていたため、海水の量が減り、海水面は現在より100m以上も低下していたと推定されています。ベーリング海峡は干上がって、シベリアとアラスカは陸続きでした。イギリスもヨーロッパと陸続きでしたし、日本でも瀬戸内海は干上がって、本州四国九州は一つの島でした。一方北海道もサハリン・シベリアの沿海州と陸続きでした。ただし、津軽海峡と対馬海峡も陸続きだったかどうかは定かではありません。おそらく、陸続きにならなかった可能性の方が高そうです。陸続きになったとしてもごく短期間、陸続きでなかったとしても、かなり狭くなっていたことは間違いありません。津軽海峡は、陸続きでないとしても、冬季には結氷していたでしょう。カナダとスカンジナビアに巨大な氷床が出きる一方で、現在は北半球でもっとも寒い地域である東シベリアには、最終氷期にも巨大な氷床は発達しませんでした。理由はいくつかありますが、あまりに降水量が少なかったから、というのも理由の一つだと推定されます。どんなに寒くても、雪が降らなければ氷河はできません。東シベリアに限らず、この時期には世界の広い範囲で、現在よりかなり降水量が少なかったようです。ヨーロッパでは、氷床の下敷きにならなかった地域も、ツンドラに覆われまた降水量も極度に少なく「極地砂漠」とでも呼ぶような状況でした。森林は、地中海沿岸にわずかにタイガ(北方針葉樹林)がはりついていただけです。それに比べれば、日本は氷期でも温暖湿潤でした。日本には、北海道の日高山脈と、中部地方の日本アルプスにこの時期の氷河地形が残されていますが、ヨーロッパアルプスやヒマラヤなどの現在の氷河と比べても、その規模は非常に小さなものです。北海道北部は寒冷のため、瀬戸内海近辺は乾燥のため、大規模な森林はなく、草原と疎林地帯が広がっていたのではないかと考えられていますが、それでも、日本は大部分が氷期でも森林に覆われていました。しかし、降水量は現在よりかなり少なかったと推定されています。特に日本海側の降雪量が少なかった。氷期なのに雪が少ないとはこれいかに?現在の日本海側の豪雪は、西高東低の冬型の気圧配置のときに、シベリア上空の高気圧から吹き出す季節風が、日本海上空で対馬海流からもたらされる湿った暖かい空気を吸い込んで湿気を帯び、それが日本海沿いの山岳にぶつかって、大量の降雪になるのです。ところが、最終氷期の最寒冷期にも対馬海峡はかなり狭くなっており(完全に干上がっていた可能性もある)、対馬海流の流入は妨げられていたはずです。ただでさえ寒冷期なのに、暖流である対馬海流が入ってこないのですから日本海の北部は結氷していたはずです。そうなると、シベリア高気圧から吹き出す季節風は、日本海から水蒸気を吸い上げることはできず、日本に大量の雪を降らせることもできなかったのです。これが最終氷期最寒冷期の日本、そして世界の環境です。わずか2万年前ですが、現在とは相当に違う地球環境です。日本はまだしも、ヨーロッパや米国の北部は、人間が暮らすにはあまりに過酷な自然でした。ただし、そこにはマンモスやケサイに代表される、現在では滅び去った大型ほ乳類が数多く生息していたのですが。付け加えると、すでに書いたように、最終氷期は気候の変動が激しい時代でもあったので、氷床の規模や植生も絶え間なく変化していたはずです。特に急激で大きな気候の変動は、最終氷期の終わり頃、最寒冷期が過ぎて温暖化し始めた15000年前から12000年前頃にかけての時に起こりました。図の中で「YD」と表示されている時期の前後です。YDとは、「ヤンガードリアス」の略です。地球の気温は、いったん急激に温暖化し、それから再び急激に寒冷化し、そのあと再び温暖化して、氷期は完全に終了しました。この急激な「寒の戻り」の時期を「ヤンガードリアス期(新ドリアス期)」と呼ぶのです。以下、次回の日記に続きます。
2008.11.30
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未だに田母神前空幕長を擁護する人が、ヤフーニュースあたりには大勢いるようですが自衛隊法は以下のように定めています。---------------------------(政治的行為の制限)第六十一条 隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない。2 隊員は、公選による公職の候補者となることができない。3 隊員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。 ---------------------------さらに、これを受けて自衛隊法施行令は以下のように定めています。---------------------------(政治的目的の定義)第八十六条 法第六十一条第一項 に規定する政令で定める政治的目的は、次の各号に掲げるものとする。一 衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の長、地方公共団体の議会の議員、農業委員会の委員又は海区漁業調整委員会の委員の選挙において、特定の候補者を支持し、又はこれに反対すること。二 最高裁判所の裁判官の任命に関する国民審査において、特定の裁判官を支持し、又はこれに反対すること。三 特定の政党その他の政治的団体を支持し、又はこれに反対すること。四 特定の内閣を支持し、又はこれに反対すること。五 政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し、又はこれに反対すること。六 国又は地方公共団体の機関において決定した政策(法令に規定されたものを含む。)の実施を妨害すること。七 地方自治法 に基く地方公共団体の条例の制定若しくは改廃又は事務監査の請求に関する署名を成立させ、又は成立させないこと。八 地方自治法 に基く地方公共団体の議会の解散又は法律に基く公務員の解職の請求に関する署名を成立させ、若しくは成立させず、又はこれらの請求に基く解散若しくは解職に賛成し、若しくは反対すること。(政治的行為の定義)第八十七条 法第六十一条第一項 に規定する政令で定める政治的行為は、次の各号に掲げるものとする。一 政治的目的のために官職、職権その他公私の影響力を利用すること。二 政治的目的のために寄附金その他の利益を提供し、又は提供せず、その他政治的目的を持つなんらかの行為をし、又はしないことに対する代償又は報酬として、任用、職務、給与その他隊員の地位に関してなんらかの利益を得若しくは得ようと企て、又は得させようとし、あるいは不利益を与え、与えようと企て、又は与えようとおびやかすこと。三 政治的目的をもつて、賦課金、寄附金、会費若しくはその他の金品を求め、若しくは受領し、又はなんらの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与すること。四 政治的目的をもつて、前号に定める金品を国家公務員に与え、又は支払うこと。五 政党その他の政治的団体の結成を企画し、結成に参与し、又はこれらの行為を援助すること。六 特定の政党その他の政治的団体の構成員となるように又はならないように勧誘運動をすること。七 政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、若しくは配布し、又はこれらの行為を援助すること。八 政治的目的をもつて、前条第一号に掲げる選挙、同条第二号に掲げる国民審査の投票又は同条第八号に掲げる解散若しくは解職の投票において、投票するように又はしないように勧誘運動をすること。九 政治的目的のために署名運動を企画し、主宰し、若しくは指導し、又はこれらの行為に積極的に参与すること。十 政治的目的をもつて、多数の人の行進その他の示威運動を企画し、組織し、若しくは指導し、又はこれらの行為を援助すること。十一 集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声器、ラジオその他の手段を利用して、公に政治的目的を有する意見を述べること。十二 政治的目的を有する文書又は図画を国の庁舎、施設等に掲示し、又は掲示させ、その他政治的目的のために国の庁舎、施設、資材又は資金を利用し、又は利用させること。十三 政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し、若しくは配布し、又は多数の人に対して朗読し、若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するために著作し、又は編集すること。十四 政治的目的を有する演劇を演出し、若しくは主宰し、又はこれらの行為を援助すること。十五 政治的目的をもつて、政治上の主義主張又は政党その他政治的団体の表示に用いられる旗、腕章、記章、えり章、服飾その他これに類するものを製作し、又は配布すること。十六 政治的目的をもつて、勤務時間中において、前号に掲げるものを着用し、又は表示すること。十七 なんらの名義又は形式をもつてするを問わず、前各号の禁止又は制限を免かれる行為をすること。2 前項各号に掲げる行為(第三号の場合においては、前項第十六号に掲げるものを除く。)は、次の各号に掲げる場合においても、法第六十一条第一項 に規定する政治的行為となるものとする。一 公然又は内密に隊員以外の者と共同して行う場合二 自ら選んだ又は自己の管理に属する代理人、使用人その他の者を通じて間接に行う場合三 勤務時間外において行う場合---------------------------田母神氏の行為が、この自衛隊法施行令第87条の13に触れていることは明らかです。ところで、自衛隊法と自衛隊法施行令のこの該当部分は、国家公務員法第102条および人事院規則14-7と同文になっています。つまり、自衛官だけではなく、国家公務員にも、まったく同様の政治的行為への制限があるのです。そして、この規定に反するとして逮捕され、有罪判決を受けた国家公務員は何人もいます。判例として有名なのは社会党のポスターを貼ったとして郵便局員が起訴され、一審二審は無罪だったものの、最高裁でひっくり返って罰金刑が確定した事件(猿払事件)です。同時期に、同様の裁判が数多く行われています。最近では、共産党の「赤旗」を配布していたとして逮捕された厚労省の係長がいました。(現在係争中)これらの「事件」には、一つの共通点があります。猿払事件は、旧社会党支持の労組、全逓の組合員の政治活動が取り締まりの対象になりました。同時期に起こった他の数多くの事件も、全て全逓の組合員が対象でした。最近おこった事例では、対象は共産党の機関誌を配布していた公務員が対象でした。一方、猿払事件当時、全逓と対立するもう一つの郵政職員の労働組合として、前郵政がありました。これは旧同盟系つまり旧民社党支持でした。民社党は野党の体面ではあれましたが、事実上は与党に近い立場であり、全郵政も体制側支持の労働組合でした。その全郵政の組合員は、政治活動(民社党の選挙運動)を行っても捕まらなかったのです。また、歴代多くの官僚が自民党の政治家の転身していますが、その中には、出身省庁が組織的に選挙運動を応援している例(「ぐるみ選挙」と呼ばれる)が数多くあります。それらの行為が取り締まりの対象となったこともありません。つまり、国家公務員法の政治的行為の制限というのは、実際には基準が公平ではなく、左派系支持の政治的行為だけを取り締まり、右派系または自民党支持の政治的行為は全て黙認するという不公正なものなのです。今回の田母神氏の件でも、空幕長は解任されたものの、逮捕も起訴もされずに満額の退職金をもらって退職したわけですから、やはりこの法則は生きていた、ということになります。ちなみに、自衛隊法61条に反した場合の罰則は、3年以内の懲役または禁固です。だから、自衛隊法施行令を厳密に適用したら、田母神氏は退職金どころか、今頃刑事事件の被告になっていたとしても不思議ではないのです。田母神氏の主張は、政府の「公式見解」とは反しますが、与党の少なからぬ国会議員のホンネとは、かなり一致しています。そういう、与党の覚えめでたい「政治的行為」は処罰されないわけです。ただ、いくら田母神氏の主張が無茶苦茶でも、それが刑事事件の対象になるべきかというと、さすがにそれはいささか首を傾げざるを得ません。むしろ、こんな細かい規定でがんじがらめにして、国家公務員の政治活動を禁止する法律の方が問題だと私は思います。まして、不公正な運用をされている現状は尚更問題です。こんなに不公正で恣意的な「国家公務員の政治的行為の制限」など、今すぐ取り払ってしまうべきでしょう。
2008.11.28
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先日公開した「カーニバルの香り」の演奏が今ひとつだったので、録音をやり直して、音源を入れ替えました。まだミスなどありますが、とりあえずは・・・・・・http://homepage3.nifty.com/ryo-folklore/Perfume.MP3一度録音した同じ曲だけに、似度目の録音はスムーズで、30分ほどで済みました。録音のやり方を以前とは変えたので、となりで子どもが騒いでいても録音できるようになりました。(以前は相棒と子どもが出かけているか別室にいるときでなければ録音できなかった)やり方は単純で、マイクと録音機の間にイヤホン用の変換コネクタを咬ませるのです。そうすると、録音レベルが極端に下がりますが、そのかわりマイクの周囲数十センチの範囲より外の音はまったく拾いません。要するにマイクの能力を大幅に落としているだけなのですが、これで、背後で子どもがわーわー叫んでいても全然大丈夫。いちいち「録音するから静かにしてっ」などと言う必要もなし(というか、そんなことを言っても聞いてはくれませんが)録音レベルが低いのは、パソコンでどうとでも音量調整できます。ただ、この方法だと音質的が若干落ちるのと、音の響きがまったくないという欠点があります。普通に録音した場合はエコーをかける必要はないのですが、この方法だと、録音した後で音声編集ソフトでエコーをかけないと、ちょっと厳しいです。
2008.11.26
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http://www.asahi.com/edu/news/OSK200811250003.html橋下知事、討論会でまた教員批判 「教育には競争必要」大阪府の橋下徹知事や府教育委員らが直接、府民と意見を交わす府民討論会が24日、大阪市内で開かれた。テーマは「大阪の教育を考える 教育日本一をめざして」。参加者からは競争を強いることに疑問の意見も出されたが、全国学力調査の成績向上をめざす橋下知事は、子どもが将来の夢を実現するためには競争に耐える力をつけることが必要と持論を訴えた。討論会には約1700人が参加。抽選で選ばれた府民から「競争をあおるほど学ぶ意欲が育たない」「教育は競争や比較とは違う」との意見が出た。橋下知事は「社会に出たら全部競争。競争を否定して、競争の荒波に子どもたちを放り投げて後は知らん顔する。一部の教員の無責任な態度だ」「できる子には競争してもらう。だけどできない子は絶対に救います」と理解を求めた。これに対し、元大阪市立中学校教諭の小河(おごう)勝・府教育委員は「荒れている子は、人との競争でなく、自分がわからないことに苦しんでいる。だから学力が必要だ」と指摘。「教育は競争のためにあるんじゃない」と知事に忠告する場面もあった。10月に開かれた1回目の討論会は激しいヤジが続き会場が騒然とした。2回目の今回は参加者にヤジや横断幕の持ち込みが禁止され、入場時に手荷物検査があるなど物々しい雰囲気で始まったが、大きな混乱はなかった。--------------------------------またまた橋下知事が教員批判だそうです。多分小泉元首相以来だと思うのですが、政権を握るものが率先して公務員叩きをやることがブームになっています。何しろ、その手で小泉は郵政解散で大勝しましたから、以来自民党は(民主党も一部は)公務員叩き(自治労叩き、日教組叩き)は票になると思っているのでしょう。しかし、では公務員(少なくとも国家公務員)を雇っているのは誰なんでしょう。もちろん、建前としては「国民」ですが、実質的には政府が雇っているのに等しいわけです。その政府のトップにいるのは首相です。首相が自ら公務員叩きを行うというのは、つまり社長が自ら社員叩きをしているのに等しい状態です。もちろん、内部的には社員を非難罵倒する社長などいくらでもいるでしょう。しかし外部に対して、「うちの社員はこんなに駄目なヤツらなんだ」と非難罵倒の宣伝をして回り、それを自らの人気取りの策にする社長がいるでしょうか。そして、そんな会社があったとして、そこで熱意を持って働きたいという社員はいるでしょうか。公務員が国民に非難罵倒されるのは、まあ意味仕方がないです。建前上は国民は「雇い主」ですが、実質的には客のようなものですから、客にクレームを付けられるのはどんな仕事でも宿命です。しかし、政権を握るものが、まるで「客」の一員か評論家のように公務員を非難攻撃するのはどうなのでしょう。政権を握る者の役割は、公務員を使って仕事をする(仕事をさせる)ことであって、「客」を煽動して公務員を非難することではないはずです。同じことが、頻繁に教員批判・職員批判を繰り返す橋下知事にも言えます。そんなに職員が悪いなら、「雇用主」としてのあなたにもそのことの責任があるはずで、第三者のように顔をして職員非難をしている場合ではないはずです。ところで、「社会に出たら全部競争。競争を否定して、競争の荒波に子どもたちを放り投げて後は知らん顔する。一部の教員の無責任な態度だ」これはまた、例によってすごい意見です。確かに、社会に出たら(出なくても)競争はあります。競争のない人生は、おそらくないでしょう。その限りにおいては橋下知事の言い分は必ずしも間違ってはいないと思いますが、「全部競争」というのは何かがおかしい。社会に出たら競争はありますが、しかし全部が競争でもありません。逆に、学校教育にも競争はあります。「一部の教員」とやらは、中学・高校の中間テストや期末テスト、あるいは高校大学の入試を否定しているんでしょうか?まさか違うだろうと思います。ただ、「これ以上競争を煽り、拡大するべきではない」と言っているに過ぎないのではないでしょうか。その程度の範囲で言えば、社会に出たからと言って全てが競争ではないし、競争であるべきでもありません。そして、競争が本当に人の優劣を決められるわけでもない。競争が人の優劣を決めるなら、公務員試験を勝ち抜いた大阪府職員や教員、あるいは国家公務員などは「優秀な人材」であるはずで、橋下が非難攻撃する余地などあるはずがない。しかし、現実にはそうではないから橋下は公務員批判を行うわけで、競争の「信頼性」など、その程度のものということでしょう。
2008.11.25
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http://homepage3.nifty.com/ryo-folklore/Perfume.MP3アルゼンチン・サンバの名曲Perfume de carnaval(カーニバルの香り)ペテコ・カラバハルの作曲です。サンバでカーニバルというと、フォルクローレをご存じない方は、すごく陽気な音楽を想像するかも知れませんが、アルゼンチンのサンバはブラジルのサンバとはまったく別(綴りも違う)なので、このとおりの哀愁を帯びた旋律です。何度かステージで歌ったことのある曲ですが、今回は歌抜きで多重録音のフルート二重奏にしてみました。アルゼンチンのこの手の曲は、本来あまりアンデスの楽器(ケーナなど)を使わないのでフルートを使ったのですが、録音を聞き直してみると、ケーナでもよかったかも、という気もしないではないのですが、もはや録り直しできません。我ながらギターのソロは下手くそだ。※追記フルートのエコーがあまりに安っぽいので、エコーを減らした音源に差し替えました。(録音自体は同じものです)※更に追記改めて聞き直すとリズムが不安定で、二重奏のタイミングが合っていない部分も多いので、録音を全面的にやり直しました。
2008.11.24
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事件の直後、「年金問題に絡んだある種のテロではないかという印象を強く持ちます。」って書いてしまったのですが、蓋を開けたら、「34年前に飼い犬を保健所に処分されたことへの報復」だそうで、いやはや、何とコメントしたらいいのやら。ある種のテロには違いないけれど、結果的には思い切り見当外れな予想をしてしまいました。いやしかし、報道されているところによるとhttp://www.asahi.com/special/08022/TKY200811220274.htmlhttp://mainichi.jp/select/today/news/20081124k0000m040091000c.html何というか、こうなってしまうに至った経緯は色々あるんだろうとは思うのですが、それにしても、あまり近寄りたくないような種類の人であることは確かです。何というか、今までに誰が標的になったとしても不思議ではない感じがします。ただ、何故標的が隣人ではなく厚労省の元事務次官になったのか。それはやっぱり年金問題で厚労省が叩かれていたからではないかな、という気がします。もちろん、気がするだけですけれど。
2008.11.23
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というわけで、昨日の続きなのですが、このサイトに、国籍法改正反対の論理がある意味分かりやすく掲載されています。引用すると、1 DNA鑑定等の科学的根拠が不要(DNA鑑定を設けていないの)で、日本国籍の取得が容易かつ無制限に可能。2 出生後に認知された「子供」にも国籍を付与される = 満19歳で認知 → 国籍取得も可能3 罰則が20万円以下の罰金、懲役1年以下とかなり緩やかで、抑止効果は無きに等しい4 科学的根拠に基づく証明手段がなく、自己申告である認知と聞き取り調査のみなので虚偽の申請を見抜く確実な方法が無いだそうです。(番号は私が便宜上付加しました)1どう考えても日本国籍の取得が容易かつ無制限に可能ではありません。今までより多少容易であることは確かですが、依然として敷居はそれほど低くはない。まして、無制限ではないことはいうまでもありません。2はそのとおりです。20歳未満で国籍取得が可能という法案ですから、19歳なら当然国籍が取れます。そのことの何が問題なのか、私には理解できません。3については、偽装認知という行為は他にも様々な法律に反することになります。従って、実際には併合罪でこれより遙かに重い処罰が待っていることになります。http://anond.hatelabo.jp/keyword/%E5%81%BD%E8%A3%85%E8%AA%8D%E7%9F%A5における法務省倉吉民事局長の答弁によると、国籍取得にあたって、三つの手続きが必要となる。1. 認知届(父親が認知したことが戸籍にのる)2. 国籍法上の国籍取得届3. 戸籍法上の国籍取得届(日本国籍となった子供を戸籍にのせるための手続き)1. と3. が偽装であった場合、公正証書原本不実記載罪が成立となる。いわゆる偽装認知、1.から3.までが偽装であった場合、1. 5年以下の懲役、または50万円以下の罰金2. 1年以下の懲役、または20万円以下の罰金3. 5年以下の懲役、または50万円以下の罰金みっつのが併合罪となるので、妥当な罰則であると考えている。(偽装認知を行った場合、併合罪で最大7年6ヶ月以下の懲役、120万円以下の罰金)とのことです。4科学的根拠に基づく証明手段がない、というのも、それがどう問題なのか私には分かりません。母と子(実子)の関係というのは、非常に明確で分かりやすいですが、父と子の関係というのは、それほど明確で分かりやすいわけではありません。結婚している男女の間に産まれた子どもの父親は、当然に母親の夫であるとみなされますが、科学的根拠を振り回してDNA鑑定をやれば、おそらく全体の1%や2%程度は、「実は本当の父親は・・・・・・・・」という例が出てきたとしても、不思議はありません。父と子の関係は、実は科学的根拠としての「血筋」に基づいているのではなく、ある種の「信用」に基づいています。さて、上記のサイトには国籍法改正案の「悪用パターン」なるものも掲載されています。なかなか面白いです。国籍売買目当ての虚偽だった場合 ・父親(当然故意) ・母親(当然故意) ・子供(幼児か当然故意の成人) 認知届の場合、役所はプライバシーの観点からそのまま受理する つまり告発者がいない すなわち偽装認知だと分からない →法務省はそのまま受理などしません。それは現状でもそうですし、国籍法が改正されても同様です。------------------------893(ヤクザ)が海外から子供大量に輸入して 少女売春宿を作る。 なんなら買い上げの交渉にも応じると。 ロリコン天国ニッポンの到来。→そういう種類の犯罪は現在でも存在すると思うのですが、売春防止法、児童福祉法その他の法律に反するれっきとした犯罪であり、それは被害者の日本国籍があろうがなかろうが同じです。犯罪が取り締まられないとすれば、警察の意志または能力の問題であって、国籍法の規定がどうなっているかは無関係です。------------------------悪用例 ロリ趣味ショタ趣味の人が海外渡航 ↓ 借金の形や身よりのない子供を買う ↓ 認知して日本に輸入 ↓ 合法的に遊び道具として自宅監禁 →自宅監禁は非合法です。合法的に自宅監禁なんてあり得ません。------------------------父親、海外の子供を認知(DNA鑑定不要)種付け不要の認知ビジネスが横行する ↓母親と子供入国。日本国籍を取得した子供を盾に居座る ↓親族一同も日本へやってくる ↓国内のあちこちに外国人スラム街誕生 ↓スラム街に大量の税金投入→昨日紹介したサイトによれば、子が認知されたからと言って母親に自動的に在留許可が下りるわけではないとのことです。まして、子どもが国籍をもっているからと言って親戚一同に在留許可が下りるはずなどないことは言うまでもありません。------------------------父親、海外の子供を認知(DNA鑑定不要) ↓入国させた子供に不法商売を強要 ↓警察は不法滞在での取り締まりができずに手出し不可(「俺の子供だ」と言えば民事不介入となるため) ↓子供、地獄から脱出不可能 →子どもは「不法滞在」ではないとしても、「不法商売」(具体的にどのようなものかは分かりませんが)は取り締まりの対象になるでしょう。「俺の子ども」だろうが誰の子どもだろうが、「不法商売」の取り締まりに民事不介入も何もありません。そんなことを言えば、日本人が自分の子どもを使って「不法商売」をやっても取り締まり不可能ということになってしまいます。------------------------日本国籍を取得した子供がまた外国人の女性と結婚ループ増殖 ↓国内のあちこちに外国人スラム街誕生 ↓モスクなど宗教施設が立ち上がり宗教対立底辺層での労働問題多発・パイの取り合い→増殖などと、人間をモノ扱いする表現はいかにも差別的です。このような事態は、現行の法制度の元でも論理的には起こり得ます。最初の「日本国籍を取得した子供がまた外国人の女性と結婚」という部分を「日本人と偽装結婚した外国人女性の子どもがまた外国人女性と結婚」と置き換えればいいだけですから。------------------------外国勢力が問題ある人間を新・日本人に金を渡して認知犯罪が横行してもアメリカのように拳銃所持もないので自衛ができない国は国民の安全保障・保護をしなかった謝罪と賠償を(ry国政議員OO系日本人誕生利権で同系の人々を優先 →「外国勢力が問題ある人間を新・日本人に金を渡して認知」というのは、本当にそんなことをやろうとする国があるとすれば、これも偽装結婚という手段を使えば、現行法制度の元でも可能です。それ以下は、論考にも値しない、まさにネットウヨクの差別意識丸出しの論理。------------------------というわけで、やはり国籍法改正反対派の言っていることは、合理的根拠に基づく反対ではなく、排外主義のための反対であるという感を強くしました。
2008.11.21
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実は、国籍法の改正案が問題になっているという事実そのものを、最近まで知りませんでした。で、改めて問題の経緯をざっくり調べてみて、やっぱりなにが問題なのか私には分かりません。具体的にどこをどのように改正するのかというと、現状の国籍法は(準正による国籍の取得)第三条 父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。2 前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。 と規定していますが、改正案は、第三条の見出し中「準正による」を「認知された子の」に改め、同条第一項中「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した」を「父又は母が認知した」に改める。となっています。(他に第二十条として罰則が追加、更に附則がいろいろ付いているけれど、ここでは省きます。現行国籍法の全文はこちら、改正案の全文はこちらを参照)つまり、第三条はどういう条文になるかというと、(認知による国籍の取得)第三条 父又は母が認知した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。2 前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。 となるわけです。これまでの法制度では、父親が日本人で母親が外国人の婚外子は、1出生前に父親が認知する2出生後に父親が認知して、かつ父母が結婚するのいずれかを条件に日本国籍が取得できました。この改正によって、出生前後に関わらず、父親が認知すれば父母の結婚の有無に関わらず日本国籍を取得できるようになるわけです。ただし、現行の法制度の場合、上記2のケースでは自動的に日本国籍が与えられるわけではなく、法務局(外国では在外公館)で「準正」の手続きを行わなくてはなりません。改正後も「法務大臣に届け出ること」が必要であることには変わりがありません。現行の国籍法が最高裁で違憲判決を受けているので、それによって改正を余儀なくされたというのが基本的な流れです。(最高裁の判決要旨)国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子につき,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した場合に限り日本国籍の取得を認めていることにより国籍の取得に関する区別を生じさせていることは,遅くとも平成17年当時において,憲法14条1項に違反するで、反対派は何を根拠に反対しているかというと、まあ論拠は色々と並べていますが、いずれもあまり説得力があるとは思えません。お金を払って日本人の誰かに認知してもらって不正に日本国籍を入手できる、というのが最大の反対理由であるようですが、それは現在でも「認知」を「結婚」に入れ替えれば十分に可能なことです。つまり、偽装結婚です。ただし、偽装結婚してから子どもを作った場合はともかく、子どもが出来てから偽装認知+偽装結婚というケースは、実際にはかなり困難なようです。前述のとおり、その場合は「準正」の手続きが必要だからです。結婚はともかく、認知の方はかなり詳しく調べ上げられるため、偽装結婚は簡単でも、偽装認知はかなり困難とのことです。http://blogs.yahoo.co.jp/isikeriasobi/55815187.htmlを参照どうも、本質的には外国人に対して日本国籍取得の敷居を少しでも低くすることは嫌だという、排外主義の一変形としてこの法案に対する反対運動が(ネット上でのみ)盛り上がっているに過ぎないようにしか私には思えないのです。
2008.11.20
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http://www.asahi.com/national/update/1118/TKY200811180318.html元厚生次官宅2軒に襲撃 計3人死傷、関連を捜査-----------------------何だか、厚労省の元事務次官が2人、続けて襲われたようですね。最初の事件の報ではどういう経緯の犯罪かまったく想像が付かなかったけれど、これだけ短時間の間に事務次官経験者が2人立て続けに襲われたということは、とても偶然とは思えません。年金問題に絡んだある種のテロではないかという印象を強く持ちます。だとすると、すでに退職している元事務次官を襲撃して何かが解決するなんてことはいわけで、犯人がなにを考えているかは分からないけれど、ずいぶん短絡的な犯行という気がしてなりません。ま、犯人が捕まってみないことには、犯行動機は分かりませんけれど。
2008.11.18
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http://www.asahi.com/national/update/1112/TKY200811120346.htmlトヨタ奥田氏「厚労省たたきは異常。マスコミに報復も」トヨタ自動車の奥田碩取締役相談役は12日、首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、テレビの厚労省に関する批判報道について、「あれだけ厚労省がたたかれるのは、ちょっと異常な話。正直言って、私はマスコミに対して報復でもしてやろうかと(思う)。スポンサー引くとか」と発言した。同懇談会は、年金記録や薬害肝炎などの一連の不祥事を受け、福田政権時代に官邸に設置された有識者会議で、奥田氏は座長。この日は12月の中間報告に向けた論点整理をしていた。奥田氏の発言は、厚労行政の問題点について議論された中で出た。「私も個人的なことでいうと、腹立っているんですよ」と切り出し、「新聞もそうだけど、特にテレビがですね、朝から晩まで、名前言うとまずいから言わないけど、2、3人のやつが出てきて、年金の話とか厚労省に関する問題についてわんわんやっている」と指摘し、「報復でもしてやろうか」と発言。(以下略)---------------------------これはしかしすさまじい発言です。確かに、厚生労働省叩きの報道には、「ちょっと?」と思う部分がないかといえば、それはあります。公務員バッシングの風潮の延長線上で、クソミソに攻撃されている部分は、確かにあると思います。ただ、年金をめぐる問題は、批判を浴びても仕方がないでしょう。奥田氏は、年金などなくとも経済的にまったく困らない人だから、そういう怒りを共有する感性がないのかも知れませんが。いずれにしても、「スポンサーを引く」ことをちらつかせて、マスコミの報道姿勢に圧力をかけようというやり方は、言論の自由に対する重大な挑戦です。こんな圧力のかけ方を許してはいけない。ところが、日刊ゲンダイの記事によると、さっそくテレビ局の腰が引けているのだそうです。ゲンダイネットの中では記事を発見できず、MIXIニュースからの引用で申し訳ないのですが-------------------------“奥田発言”に早くも腰が引けているテレビ局テレビ界がトヨタ自動車の奥田碩相談役の発言にビビっている。12日に首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で行ったテレビ批判である。(中略)これがテレビ局への一撃になったのは間違いないだろう。というのも、トヨタはキー局にとって最大のスポンサーだが、すでに08年の広告宣伝費を前年の1083億円から3割弱削減することを今夏に発表している。しかも、トヨタはスキャンダルを起こしたタレントが出演している番組に出稿をストップさせるといった対応も素早いなど、キー局がもっともナーバスになる企業である。それに、今回の“奥田発言”がなくても、すでに政府批判や不景気情報を控えるように通達を出しているキー局もあるほどだ。あるテレビ関係者は「テレビで不況をあおると視聴者が財布のヒモを締め、企業の業績も悪化して広告主に影響するので、不況をテーマにした番組などをやめるように言われている」という。そんな時にテレビ局は奥田相談役のパンチを食らったわけだ。「報道に対する挑戦というのは簡単だけど、すでに赤字に転落した局もある中で背に腹は代えられない。厚労省関連もトーンダウンするしかないのでは」(キー局関係者)-------------------------スポンサーにひれ伏して、そのお眼鏡にかなった番組ばかり作るようでは、もはや言論機関とは言えません。マスコミが政府批判をせず、政府の代弁機関と化したら、そんなものはもはやジャーナリズムと呼ぶに値しないでしょう。
2008.11.17
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このところ、自宅で多重録音した音源を紹介していますが、今回は多重録音ではなく、実際に人前で演奏したときの音源から・・・・・・。屋外での演奏なので、かなり色々な物音が入っています。Pollerita(ポジェリータ)http://homepage3.nifty.com/ryo-folklore/Ra/Pollerita.MP3サンポーニャの掛け合い「シクリアーダ」の曲です。Encuentros 出会い(ボリビア)http://homepage3.nifty.com/ryo-folklore/Ra/Encuentros.MP3日系ボリビア人ホルヘ・コモリ氏の曲。日本のフォルクローレファンの間では人気の高い曲です。私はサンポーニャを吹いています。Desde Puente Carretero 街道の橋から(アルゼンチン)http://homepage3.nifty.com/ryo-folklore/Ra/PuenteCarretero.MP3先日多重録音で公開した「テレシータ」と同じ、チャカレーラという舞曲です。フルート+ギター+ボンボの3人編成での演奏です。実際に踊りが入っているので(録音では踊りは見えませんけれど)ステップの足音の方が演奏の音より大きかったりして・・・・・・。
2008.11.16
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ただでさえまったく無意味な選挙目当てのバラマキなのに、その内容がコロコロ変わる。決めるヤツらは、言いっぱなし、決めっぱなしでいいよなあ。その尻拭いをするのは誰かと言えば市区町村の役所。高額所得者には自粛してもらうとか、判断は各自治体に任せるとか、そんな話まで出てきました。それも、方式はとりあえず給付してしまった上で、2009年の所得が基準を上回ったら、自主的に返還してもらうというのです。返すわけないだろう、と思います。で、結局所得制限を設けるか否かは各自治体の判断に任せる、というのです。しかも、3月にやるというのです。3月って、あと4ヶ月半しかありませんけれど・・・・・。支出の方法は、昨日の新聞報道によると振込方式が有力のようです。確かに事務的な労力を考えると現金よりはマシかなという気はしますが、多くの国民が口座に振り込まれた給付金を引き出して、通常以上の消費に使うかと言えば、どう考えてもそうはならないでしょう。単に貯金が増えるだけ。要するに無茶苦茶です。こんな馬鹿げた政策に税金と公務員の労力を浪費するなんて、本当にやめて欲しい。
2008.11.14
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報道によると、参議院外交防衛委員会に参考人招致された田母神俊雄前航空幕僚長は、-------------------「我々にも憲法19条(思想及び良心の自由)、21条(表現の自由)は……」と権利を主張しようとして、委員長から遮られる場面もあった。 インターネット上の意識調査でも論文問題が半数以上に支持されていると言及。-------------------とのことです。インターネット上の意識調査云々のところは、別のソースによると、「ヤフーの意識調査では59%が私を支持した」という内容だったらしい。それはこの調査のことでしょう。いやはや、ネット上の意識調査の結果を真に受けるとは、本気か??と思います。ヤフーニュースのコメント欄を見れば明らかなように、「ネット世論」と現実の世論の間には大きな乖離があります。そもそも「組織票」の動向によってどうとでも操作できてしまうのがネット上の世論調査です。しかしそれ以前の問題として、田母神氏が勘違いしていると思われるのは、彼の発言の「人気」が問われているのではなく、「正しさ」が問われているのだ、ということです。世論で「事実」は決まりません。例えば、世論調査で「地動説は誤っている」という回答が9割を占めたところで、地動説は誤りだ、ということにはなりません。発言の「正しさ」が問われているときに、発言の「人気」を主張するのは正しさに自信がないから誤魔化そうとしているのではないか、と考えてしまいます。それから、幕僚長という自衛隊(武力組織)の高級幹部に、一般国民と同レベルの言論の自由はありません。言論の自由は万人に平等に保証されているのではなく、その人の地位・立場によってそれなりの制約があるからです。極めて分かりやすい例で言えば、企業秘密、防衛機密、個人情報、何でもいいですが、そういった秘密情報に触れる権限がある人間に、知り得た秘密をベラベラしゃべる「言論の自由」はありません。特に自衛隊の中枢部にいる者は、武力組織を握っているが故に、より大きな制約があって当然です。だいたい、論文に応募した他の自衛官に対しては、部隊長の承認を取るように指示していたと報じられています。他の全員がその指示に従い、田母神前幕僚長だけが従わなかったのです。他の自衛官に対しては、部隊長の承認なしに論文を出す「言論の自由」を認めないのに、自分だけは無許可で論文を出す「言論の自由」があるという言い分は、どう考えてもおかしい。それらのことを考えると、政治に関与しまくって国策をねじ曲げた、旧軍の軍人たちと田母神前幕僚長の行動パターンが、だぶって見えます。旧軍でも、下に行くほど「上官の命令は天皇の命令」と命令が絶対だったけれど、上の方では命令無視などやりたい放題で腐りきっていました。こんな人物が自衛隊でやりたい放題やっていたら、いつか来た道を再び繰り返すことになりかねない。ところで、問題の論文の審査委員長が渡辺昇一であることはすでに書いたけれど、審査委員の1人に、産経新聞「客員」編集委員の花岡信昭がいます(「客員」と言っても、産経新聞の記者出身で、現在は退職しているだけ)。本人が堂々と産経新聞でそのことを公表しています。OBとは言え、すでに退職して評論家活動を行っている元記者がどんな論文の選考に関わるのも自由ではあります。しかし、花岡は、現在も産経新聞にコラム欄を持っており、そこに「審査経過への疑念」に対する反論を書き連ねているのです。内容はこちらのブログで読めます。要するに、報道対象の関係者に紙面を提供して、擁護論を書かせているわけです。産経新聞がどういう報道姿勢をとるのも自由ですが、報道対象との間に、あまりに距離感がなさ過ぎる。アーパー、いやアパグループと田母神がズブズブの関係にあるのは、もはや周知の事実ですが、これでは産経も両者とズブズブの関係にあり、アパの代弁機関と化していると言われても仕方がない。
2008.11.12
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実は、地球温暖化問題について1時間かけて書いたのですが、自分の不注意で投稿が消えました。後の祭り、手の打ちようもなし。がっくり。今日はもう書き直せません。というわけで、今日もまた軽い話題で多重録音シリーズ第3弾http://homepage3.nifty.com/ryo-folklore/Llaquiruna.MP3リャキ・ルナ(Llaqui runa)ボリビアの曲です。日本でも、MAYAが紹介して以来ファンが多い。ケーナ2重奏+ケナーチョ+サンポーニャ+ギターで五重録音しました。実は、4ヶ月も前に録音したものですが・・・・・・。
2008.11.10
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またまた多重録音シリーズhttp://homepage3.nifty.com/ryo-folklore/Teresita.MP3ギター+フルートにて、「ラ・テレシータ」(La Telesita)を録音しました。アルゼンチンの舞曲「チャカレーラ」の形式です。アグスティン・カラバハル作曲。ボリビアのエルネスト・カブールの楽団の演奏が有名なので、ケーナで吹かれることが多い曲ですが、フルートで吹いてみました。しかし、やはりケーナ22年対フルート1年半の歴史の差か、どこからどう聞いてもケーナの音色に聞こえてしまいます。(節回しもケーナと同じに吹いているけれど)※URLでは綴りがTeresitaとなっていますがTelesitaの誤りでした。さて、18歳の時にケーナと出会って、はや22年、以来手を染めた楽器は、ギター・サンポーニャ・チャランゴ・マンドリン・フルート・バイオリン。残念ながら、マンドリンとバイオリンはほぼ挫折(一応、ごく簡単な曲なら弾けますけれど、どちらの楽器も、もう半年以上楽器ケースから出していません)そういえば、チャランゴも最近まったく弾いていないです。だから、今演奏している楽器はケーナ・サンポーニャ・ギター・フルートの4つです。得意な順番から言ったら、サンポーニャ≧ケーナ>フルート>>ギターでしょうか。ほぼ20年もやっているのに、ギターが一番下手です。まったく向上しません。世の中には管楽器向きの人間と弦楽器向きの人間がいるようですが、私は明らかに管楽器向きの人間です。だから、この中で、もし楽器を一つだけ選べと言われたら人前で演奏する楽器としてなら、ケーナかサンポーニャを選びます。どちらか一つなら・・・・・・・・、どちらも甲乙付けがたいのですが、やっぱりケーナかなあ。一般ウケ、という意味で。ところが、もしも無人島に一つだけ楽器をもって行けと言われたら(つまり、他人に聞かせるのではなく自分で楽しむためだけに楽器を一つ選ぶとしたら)、ギターなんですね。一番奥が深い楽器ですから。ただ、問題は何ヶ月かに一度は弦を張り替えなくてはならない、ということですね。無人島に定期的に交換弦が送られてくるという都合のいい設定でないと難しいかも。そういう意味ではフルートもメンテナンスが必要なので失格ですね。メンテナンスいらずでまったく壊れない楽器と言えば、やはりケーナか。釣り糸と刃物さえあれば、割れても修理できますし(サンポーニャもメンテナンスいらずだけど割れやすい)。
2008.11.08
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前防衛大臣で現農水大臣の石破茂が、公式ブログで航空自衛隊幕僚長更迭問題について書いています。http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-8451.html石破大臣の(というより歴代自民党の)行ってきた政策には反対ですが、しかし少なくともこの主張は、大筋では実に正論です。(一部異論がないこともありませんが)------------------「民族派」の特徴は彼らの立場とは異なるものをほとんど読まず、読んだとしても己の意に沿わないものを「勉強不足」「愛国心の欠如」「自虐史観」と単純に断罪し、彼らだけの自己陶酔の世界に浸るところにあるように思われます。在野の思想家が何を言おうとご自由ですが、この「民族派」の主張は歯切れがよくて威勢がいいものだから、閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち、それに迎合する政治家が現れるのが恐いところです。加えて、主張はそれなりに明快なのですが、それを実現させるための具体的・現実的な論考が全く無いのも特徴です。「東京裁判は誤りだ!国際法でもそう認められている!」確かに事後法で裁くことは誤りですが、では今から「やりなおし」ができるのか。賠償も一からやり直すのか。「日本は侵略国家ではない!」それは違うでしょう。西欧列強も侵略国家ではありましたが、だからといって日本は違う、との論拠にはなりません。「遅れて来た侵略国家」というべきでしょう。「日本は嵌められた!」一部そのような面が無いとは断言できませんが、開戦前に何度もシミュレーションを行ない、「絶対に勝てない」との結論が政府部内では出ていたにもかかわらず、「ここまできたらやるしかない。戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして滅びるは日本人の魂まで滅ぼす真の亡国」などと言って開戦し、日本を滅亡の淵まで追いやった責任は一体どうなるのか。敗戦時に「一億総懺悔」などという愚かしい言葉が何故出るのか。何の責任も無い一般国民が何で懺悔しなければならないのか、私には全然理解が出来ません。------------------「民族派」という言葉は、この場合ほぼ「ネットウヨク」と同義語で使われているように思いますが、彼らの特徴を実に正確に言い当てています。勝手な想像ですが、防衛大臣経験者である彼は、バカ右翼の筆頭、西村修平らが防衛省前でやった「防衛大学校長罷免要求街宣」の模様などを見聞する機会があったのではないかという気がします。それにしても、石破茂がとても「まとも」に見えてしまう世の状況というのは、ちょっと怖いものがあります。いや、世間の状況は必ずしもそこまでひどくはないのですが、ネットウヨクに占拠されているネット上の一部空間(ヤフーニュースのコメント欄や2ちゃんねるなど)の異常さですね。何しろ航空自衛隊の幕僚長ともあろう人物が、張作霖爆殺はコミンテルンの謀略などとオカルトまがいの主張するような時代ですからね。
2008.11.06
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素晴らしい、の一言に尽きます。ひょっとして「ブラッドリー効果」とかで世論調査とは逆の結果が出るのではとも思ったのですが、順当に予測通りに勝ったようです。いやしかし、「フセイン」というミドルネームをもつ黒人が、あの米国で大統領に当選するとは、4年前まで世界の誰が予想し得たでしょうか。ある意味では、これはブッシュの失政のおかげとも言えるかもしれないし、4年前ジョン・ケリーが当選していたら、今回(そしてひょっとしたらそのまま永久に)オバマが大統領有力候補に浮上する目はなかったかもしれません。人間、何がどう幸いするか分からないものです。問題はこれからですね。かつてはオバマは超リベラルの政治的立場だったようですが、大統領選で有力度が増すとともに政策が保守寄りになっていったところは若干気になります。(ただ、そうしなければとても当選できなかったのでしょうが)でも、少なくともブッシュよりは、そして多分マケインよりもずっとマシでしょう。
2008.11.05
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さて、前回からかなり時間が経ってしまいましたが、地球温暖化問題についての続編です。過去ログ第1回http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/200810180000/第2回http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/200810190000/第3回http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/200810230000/----------------------------最後の問題は、地球は温暖化している、その原因はCO2であるらしい、ではその何が問題なのかという点です。反温暖化論者がよく引き合いに出す話に、恐竜の生きていた白亜紀には、CO2濃度は今の10倍もあった、というものがあります。そして地球は今より暖かかった、しかし恐竜は栄えていた。温暖化は自然にとってよいことではないか、というわけです。しかしこれは違います。恐竜時代のCO2濃度が今より遙かに高かったことは事実ですが、その代わり酸素濃度は今の3/4程度しかなかったのです。酸素濃度が3/4でも、人類が生存できないわけではありませんが(今の海抜3000m以上の高地と同程度の酸素量)、息苦しくて快適ではないでしょう。なによりも、当時と現在では、動物相がまったく異なります(植物相は動物相ほどには違わないけれど)。我々は現在という時代を生きているのであって白亜紀に生きているわけではありません。守らなければならない自然環境は、「現在の」自然環境なのです。さて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測によれば、地球の平均気温は、1990年を起点として、2100年までに、1.1度から 6.4度の気温上昇があると推定されています。非常に幅のある推計ですが、気温上昇のメカニズムは全て解明されているわけではないこと、不確定要素が多いこと(例えばCO2の排出が将来どの程度になるかによって予測も変わる)から考えて、予測に大きな幅が生じるのは仕方のないことです。中位の推計では、2~3度程度の気温上昇ということになります。2~3度というと、なんだ、大したことではないではないかと思ってしまうかも知れません。「恐竜時代のCO2濃度」と同じレベルで、時間の尺度を地球の歴史の長さに取れば、確かに大したことではないかも知れません。最終氷期の最盛期には、地球の平均気温は現在より7-8度も低かったと推定されています。それでも、動植物は北へ南へと大きく移動を繰り返しながら、(かなりの絶滅を伴いながらですが)生き延びてきました。白亜期末の恐竜絶滅などは、それよりももっとすさまじく、全生物の7割が絶滅したと言われています。人間のどんな自然破壊すらとうてい及ばないようなすさまじい自然破壊ですが、それでも自然はたくましく復活したのです。まして、人為的な地球温暖化による2度や3度の気温変化など、ある程度の時間をかければ簡単に受け止めることができるでしょう。もっとも、こういう書き方をすると、「では自然保護など必要ないではないか」という曲解を招くかもしれません。どんなに破壊しても再生するものなら自然保護など必要ないではないか、と。何百万年、何千万年という尺度で見れば、そのとおりです。どんなに破壊されても、自然は必ず再生します。ただし、そのとき人類は生き残っていないでしょう。1千万年度後、いや百万年後でも、現生の人類が生き残っている可能性はゼロに等しいと私は思います。人類が絶滅した後で自然が回復しても、我々の子孫にとっては、破壊された自然は永遠に失われたのと同じことです。何百万、何千万年という地球の歴史の流れと、7~80年しかない人の一生、十数万年のホモ・サピエンスという種の歴史は同列ではありません。我々の見知っている自然を、人類という種が生きているあいだ、守り受け継いでいくことこそが、自然保護という考え方の本質だと私は思います。話を温暖化問題に戻すと、問題なのは人間社会の適応力です。「たかが2~3度」といっても、ある特定の場所で昨日と今日で2~3度気温が違うという話ではありません。全世界の気温の平均値が2~3度上がる、それも数十年から100年という短期間の間に、という話です。これは、実はたいへんな気候の変化なのです。今から15年前、1993年の夏に記録的な冷夏がありました。長雨が続いて、観測史上唯一、関東で梅雨明けがなかった年です。全国的に農作物が不作で、米の作況指数は74という空前の不作で、「平成の米騒動」と社会問題になりました。その年の年平均気温は、盛岡9.7度、東京15.5度、福岡16.3度でした。翌1994年は逆にカラ梅雨、酷暑の夏でした。晴天続きのため農作物の生育は順調でしたが、大阪と広島で8月の月平均気温が30度を超え、気温 40度以上を記録する都市が続出、東京の最高気温も39度を記録しました。関東でも水不足から取水制限が行われましたが、西日本の水不足は更に激しく、福岡市の断水は翌1995年6月まで300日近く、四国の高松でも2ヶ月以上続きました。この年の年平均気温は盛岡10.8度、東京16.9度、福岡17.6度です。年平均気温にしてしまえば、1993年と94年の違いはわずか1度余りに過ぎません。しかし、たったそれだけの違いで、実際には夏の暑さは天と地ほどの違いになり、米不足とその反対の水不足という大きな影響を与えたのです。人間の生活にとって、平均気温で1度2度の違いがどれほど大きな意味を持ち得るか分かります。最終氷期が終わってから現在までの約1万年は、後氷期と呼ばれる暖かい時代ですが、実はそれだけではなく、過去に例がないくらい気候の安定した時代でもあります。過去の間氷期には、現在以上に温暖だった時代もありましたが、この1万年間ほど気候の安定した時代は、過去数十万年の範囲内では他に例がありません。氷期にしろ間氷期にしろ、実はずっと寒かったわけでもずっと暖かかったわけでもなく、気温は短い周期で激しく変動していました。南極はそれほどでもないのですが、グリーンランドは特に気候の変動が激しかったことが氷床コアの解析から分かっています。過去1万年間気温が非常に安定していたことと、人類の文明がこの1万年で急激に発展してきたことはおそらく無関係ではないでしょう。人類の文明の基礎は農業です。しかし、一ヶ所に定住して、同じ田畑にほぼ同じような作物を栽培し続ける農業のスタイルは、気候の変化があまりないという前提条件があってはじめて可能なことです。気候の安定していたこの1万年の中でさえ、気候のちょっとした変化で不作やそれによる飢餓が繰り返し人類を襲っているのです。過去の氷期・間氷期の激しい気候変化は、その比ではありませんでした。10年前はサトウキビが栽培できたけれど、今年はジャガイモしか栽培できなかった。10年後はいったいどうなるだろう・・・・などという状態では、どれほどすさまじい飢餓地獄が起こるか、想像に難くありません。それでは、とても文明を発展させることなど出来なかったでしょう。2~3度の気温上昇は、1万年前以前の気候変動に比べればごく小さな変動ですが、100年という変動の期間はかなり短期間であり、農業をはじめとする人間の社会システムに打撃を与えるには充分なものです。長い目で見れば気温が暖かくなった方が作物の生育にはおそらく好都合でしょうが、短期的にはそうとは限らないのです。例えば、日本人の主食である米は、充分な暖かさのある温暖地では、気温が上昇すると収量が減るという調査結果があります。ジャガイモなども、暖かすぎる場所には不適な作物です。では、栽培する作物を、より温暖地向きのものに変えればいいのでしょうか。しかし人間の食生活や嗜好はそうそう簡単には変わらないので、ものすごく大きな混乱が生じます。水不足も問題です。前述のように、1994年の猛暑では日本中で水不足が深刻化しました。温暖化すれば、水面からの蒸発量が増大するので、全世界の平均値で見れば、おそらく降水量は増大するでしょう。しかし局地的にはそうとは限りません。今まで一滴も雨が降らなかった場所に大量の降水を見たり、逆に今までは雨が多かった地域にほとんど雨が降らなかったりという事例が大量に発生するはずです。長い目で見れば、適度に雨の降る場所に農地を開拓すればよい、ということになりますが、しかし農地の開墾には時間と労力がかかります。今年、砂漠の真ん中に急に雨が降り始めたから、来年からそこで作物を植える、というわけにはいきません。一方、既存の耕地は、半年も雨が降らなかったら灌漑設備でもない限り直ちに耕作不能に陥ります。生活用水や飲み水も同じです。今までダムのあった場所に雨が降らなくなったら、水瓶はすぐに空っぽになります。今までダムのなかったところに雨が降るようになっても、ダムを建設するには何年もかかります。人間は食糧以上に水なしでは生きていけませんから、そんな事態になったら大混乱が生じることは目に見えています。つまり、地球温暖化は、「自然環境の問題」に見えて、実はそうではなく人類が築き上げた脆弱な社会システムに大きな打撃を与える可能性の高い問題であることこそが重要なのです。「たかが2~3度」の気温上昇に過ぎませんから、生物学的な意味での影響はそれほど大きなものではありませんが、人類社会はその程度の小さな変化に対しても対処する機能をもっていないのです。そのことこそが、地球温暖化問題の危機の本質だと私は考えています。(一応は完結)
2008.11.03
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たまには硬くない話題でも・・・・・・宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」テーマ曲です。フルート二重奏+ギター、家で多重録音しました。二重奏の副旋律はかなり適当です(楽譜持ってないし・・・・・・・・。) http://players.music-eclub.com/?action=user_song_detail&song_id=233255
2008.11.02
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