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http://book.asahi.com/news/OSK200810310076.html沖縄ノート訴訟、二審も大江氏勝訴 集団自決「軍関与」太平洋戦争末期の沖縄戦で、旧日本軍が住民に「集団自決」を命じたと書いたノーベル賞作家、大江健三郎さん(73)の著書「沖縄ノート」(70年、岩波新書)をめぐる名誉棄損訴訟の控訴審で、大阪高裁は31日、原告の元戦隊長側が敗訴した3月の一審・大阪地裁判決を支持し、控訴を棄却する判決を言い渡した。小田耕治裁判長は一審と同じく、大江さんが執筆当時、軍の命令を真実と信じたことには合理的な根拠があったと認めた。元戦隊長側は上告する方針。この訴訟は、集団自決をめぐる高校の日本史教科書から「軍の強制」を示す表現が削除されるきっかけとなったが、司法として初の判断となった一審と同じく、高裁レベルでも「軍の深い関与」を認定した。また、高裁は「最も狭い意味での直接的な隊長命令については、その後公刊された資料などにより真実性が揺らいだといえる」とする一方、公益目的で長年出版されている書籍で、著者に将来にわたって真実性を再考し続ける負担を課すと、結局は言論を萎縮(いしゅく)させる懸念があると指摘。「新資料の出現で真実性が揺らいだからといって、直ちにそれだけで記述を改めなければ出版の継続が違法になると解するのは相当でない」との初判断を示した。1945年3月の沖縄戦では座間味島で130人以上、渡嘉敷島で300人以上の住民が集団自決したとされる。「沖縄ノート」は集団自決生存者の証言集を引用して座間味、渡嘉敷両島で「自決せよ」との軍命令があったと記し、元戦隊長ら2人について「この事件の責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていない」と記述。大阪府に住む元座間味島戦隊長で元少佐の梅沢裕さん(91)と元渡嘉敷島戦隊長で元大尉の故・赤松嘉次さんの弟秀一さん(75)が名誉を傷つけられたとして05年に提訴した。同書などの出版差し止めと慰謝料3千万円(控訴審で増額)を求めた。判決は、集団自決について「『軍官民共生共死の一体化』の方針の下で軍が深くかかわったことは否定できず、これを総体としての日本軍の強制や命令と評価する見解もあり得る」と認定。沖縄ノートの記述については「元戦隊長らが直接住民に命じたかどうかは断定できない」と述べたうえで「同書などの出版当時は元戦隊長が命令したとする説が学界の通説といえる状況にあり、大江さんには真実と信じる相当の理由があった」とした。さらに、後の事情の変化で名誉棄損が成立したり、差し止めの対象になったりする条件について検討。(1)新資料などにより真実でないことが明白になった(2)名誉を侵害された者が重大な不利益を受け続けている(3)書籍を発行し続けることが自由な言論の保障や出版の自由の観点との関係を考えても、社会的な許容限度を超える――などを挙げ、沖縄ノートの記述はいずれにも該当しないと判断した。「梅沢さんが『自決せよ』と命じた」と実名で書いた歴史学者の故・家永三郎さんの「太平洋戦争」(68年)についても同じ判断を示した。元戦隊長側は「梅沢さんは村の助役らに『決して自決するでない』と命じた」と主張していたが、判決は「到底採用できない」と退けた。控訴審に提出された、当時15歳だった座間味島の住民がこの様子を目撃したとする新証言については「明らかに虚言」と判断した。一審判決は、軍から自決用に手榴弾(しゅりゅうだん)が配られたという生存者の証言が多数あることなどから「元戦隊長の命令があったとは断定できないが、関与は十分推認できる」と認定。大江さんが証言や文献を踏まえて、軍の命令を真実と考えたことには理由があると判断し、元戦隊長側が控訴していた。----------------------------なお、判決の要旨はhttp://www.asahi.com/national/update/1031/OSK200810310117_01.htmlこちらにあります実は、2審は1回結審にならず、2回公判が開かれています。通常、1審(地裁)の判決がそのまま維持される場合は2審(高裁)の公判1回で結審します。(最高裁の場合は、2審の判決を維持するときは公判自体を開かない。最高裁では公判を開く=2審の判決をひっくり返すということ)ところが、この裁判の2審は2回公判が開かれているので、まさか判決がひっくり返るのかと不安でしたが、関係者に聞いたところ、単に原告側が引き延ばし戦術を取ったためやむなくそうなってしまっただけのようです。それにしても、ヤフーニュースあたりに群がっているネットウヨクの中には「軍命がなかった」と判決で認められたと思いこんでいる人がいるようですが、残念でした。判決は、原告側の2人隊長が直接に自決命令を発したかどうかは、「証拠上断定することはでき」ないと言っているだけ。つまり、四捨五入して言えば「分からない」ということだけであって、「なかった」などとは言っていません。そして2人の隊長という特定の個人はともかく、日本軍という組織が住民に自決を強いたことは、「座間味島及び渡嘉敷島の集団自決は「軍官民共生共死の一体化」の大方針の下で日本軍が深くかかわっていることは否定できず、これを総体としての日本軍の強制ないし命令と評価する見解もあり得る。」として、これを事実として認めています。つまり整理すると、2人の元隊長自身が直接自決命令を下したかどうかは分からないけれど、日本軍は組織として住民に自決に深く関わっているから、これを総体として見れば、自決を強制した、あるいは命令したと受け取られるのも仕方がないことでしょ、と、概ねそういう意味になるでしょう。つまり、隊長個人が発したものかどうかはともかくとして、日本軍の「軍命があった」ことは事実上肯定しているのです。ついでに、隊長側が「軍命を出していない」根拠として持ち出した証拠は、以下のように全て裁判所によって完全に否定されています。----------------------------1 控訴人梅沢は、(村幹部らに)「決して自決するでない」と命じたなどと主張するが、到底採用できない。村の幹部が軍に協力するために自決すると申し出て爆薬等の提供を求めたのに対し、玉砕方針自体を否定することもなく、ただ「今晩は一応お帰り下さい」と帰しただけであると認めるほかはない。2 (座間味島住民の)宮平秀幸は、控訴人梅沢が自決してはならないと厳命したのを聞いたなどと供述するが、明らかに虚言であると断じざるを得ず、これを無批判に採用し評価する意見書、報道、雑誌論考等関連証拠も含めて到底採用できない。3 梅沢命令説、赤松命令説が(戦傷病者や戦没者遺族への)援護法適用のために後からつくられたものであるとは認められない。----------------------------当たり前すぎるほど当たり前の判決です。
2008.10.31
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航空幕僚長:「侵略国家は濡れ衣」と論文で主張、更迭へ 航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長(60)=空将=が、日本の過去の戦争をめぐって「我が国が侵略国家というのは濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」と主張する論文を執筆していたことが31日、分かった。侵略と植民地支配を謝罪した95年の「村山談話」などの政府見解を大きく逸脱する内容。集団的自衛権の行使を禁ずる憲法解釈などを「東京裁判のマインドコントロール」と批判もしており、事態を重視した浜田靖一防衛相は田母神空幕長を更迭する考えを表明した。論文は「日本は侵略国家であったのか」と題し、総合都市開発「アパグループ」の懸賞論文「真の近現代史観」に応募。最優秀賞を受賞し、31日にインターネット上などで英訳とともに公表された。浜田氏は31日夜、防衛省で記者団に「先の大戦の評価など不適切なものを含む。政府見解と明らかに異なる意見を公表しており、航空幕僚長としてふさわしくない」と述べた。週明けにも更迭を正式決定する。浜田氏は論文の内容について「全く知らなかった」と語った。 論文は、日中戦争について「我が国は蒋介石により戦争に引きずり込まれた被害者」と指摘しながら、旧満州や朝鮮半島が「日本政府と日本軍の努力によって、圧政から解放され、生活水準も格段に向上した」と植民地支配を正当化。そのうえで「多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価している。我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」と結論づけている。------------------------------------アパホテルって、地下鉄で車内吊り広告を見かけますが、あの広告を見ると、私はついつい「アーパーホテル」と読んでしまうのです。そういえば、耐震偽装問題でも何度かマスコミに取り上げられていたような。 さて、問題の論文というのはhttp://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdfだそうです。一言で言って、ネット上のどこにでも転がっている、いかにもネットウヨクな主張を拾い集めてきてまとめてみました、というような代物です。オリジナル性が感じられない、つまり意外性がない。10行読めば結論が予測でき、その予想からまったく外れることのない結論です。ウヨクといえども、もう少しマシな論文を書く人くらいいるだろうに、こんな程度で「最優秀賞」だという懸賞論文のレベルを疑ってしまいます。やっぱり、アーパーホテルの主催する懸賞だから?そして、こんな程度の人物が幕僚長というトップに上り詰めてしまう航空自衛隊という組織はいったい何?もちろん、自衛隊にも頭のいい人も悪い人もいるでしょうが、戦闘機パイロットも整備士も頭が悪くてはとても務まらない仕事だし、トップにまで上り詰めるような人は(思想はともかく)相当に頭のいい人だろうと思っていたのですが、買いかぶりだったようですね。
2008.10.31
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http://www.asahi.com/politics/update/1029/TKY200810290157.html定額減税は給付金方式、所得制限なし 政府・与党合意自民党の保利耕輔、公明党の山口那津男両政調会長と与謝野経済財政相らは29日、東京都内で協議し、新総合経済対策の目玉となっている定額減税を給付金方式に変更することに正式合意した。所得制限は設けず、規模は2兆円とすることも決めた。給付金方式への変更は、減税では課税最低限以下の人は対象外となるため。政府は今後、現金で給付するか、金券にするかなど具体的な方法について自治体側と調整する。-------------------------------2兆円ということは、国民1人あたり約1万6700円、1世帯あたりだと約3万9200円という計算になります。継続的ではなく2008年単年度限りだそうです。きっと、間に合うのは年度末あたりでしょう。一方で、報道によると、首相が国会の解散を来年に先送りしたそうです。何か、露骨に選挙目当てのバラマキとしか見えません。いや、私は「バラマキ」(と評されて批判される政策)の全てが悪いとは思いません。本当に必要なバラマキなら、大いにやるべし。本当に必要なら、です。単年度限りの政策で国民1人あたり2万円足らずのお金(あるいは商品券)を配ったところで、それで「生活が楽になる」などという人はいないでしょう。それに、こんなやり方に経済への波及効果などないことは、かつての「地域振興券」が証明しています。1999年の地域振興券は、総額6000億円以上もかけて、経済への波及効果は2000億円しかなかったそうです。必要性もない、効果もない、ただ選挙目当ての愚策に2兆円とは、あきれかえります。
2008.10.29
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株価は一時最安値6000円台突入、その後急上昇して終値が7600円台だそうです。何だか、株などまったく手を染めたことがない私も、今月に入って株価に注目してしまいます。株を持っていないと入っても、影響が何もないわけではありませんから。ところで、10月10日の日記に、朝日新聞の記事を引用しました。一流エコノミスト5人による株価の底値予想が9000円が2人、8700円、8500円、8000円だったという話です。記事が出た翌日には株価8200円台になり、早くも5人中4人の予想が外れてしまいました。最後に残った1人(8000円という予想)も、先週中に外れました。今、彼らはどんな予測を立ててるのでしょう。その予測は当たるのでしょうか。やはり、エコノミストの言うことなど信用しない方が良いようです。
2008.10.28
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毎日新聞に紹介記事が出ています。http://mainichi.jp/select/opinion/hito/news/20081027k0000m070092000c.htmlひと:日系2世の駐日ボリビア大使 ◇マサカツ・ハイメ・アシミネ・オオシロさん生まれも育ちもボリビアだが、両親とも沖縄出身の日系2世。大使としての赴任が、初来日だった。母国では日本人や日系人に出会えば、自然と会話が生まれた。「東京で電車に乗り、いつものように周りに話しかけたのですが、誰も答えてくれない。それが当たり前だと気付くまで、ちょっと時間がかかりました」と苦笑する。「6歳で移住地を出て以来」の日本語にもかなり慣れてきた。大使としての使命はまず、「ボリビアという国があることを知ってもらうこと」だ。「南米にはたくさんの日系人がいて、その活躍ぶりが尊敬されてもいますが、日本の目はなかなか南米に向いてくれません」。パラグアイ、ベネズエラの大使も日系人という巡り合わせを好機ととらえ、資源豊かな南米をアピールしていきたい、と意気込む。その試みのひとつが、歌舞伎町(東京・新宿)60周年を祝う「歌舞伎町フェスタ」(31日~11月3日)への参加だ。歌舞伎町を多文化交流の街として発展させようと、「ラテン文化との出会い」をテーマとするこのイベントに向け、8月10日の独立記念日式典もコマ劇場近くの広場で行った。フェスタではボリビアの音楽やダンスが紹介される。「今日をハッピーに生きるのがラテン文化。日本人は先のことばかり心配している。今を大切にしないと、すぐに年を取ってしまいますよ」 【略歴】Masakatsu Jaime Ashimine Oshiro(マサカツ・ハイメ・アシミネ・オオシロ)さん 日本名・安次嶺正勝。86年、国立オルロ工科大卒。昨年3月から現職。家族は妻と3人の子供。50歳。------------------------------駐日ボリビア大使が日系人という話は聞いたことがあるのですが、サンファン・デ・オキナワ移住地出身の方だったんですね。8月10日の独立記念日イベントは家族3人で行ったのですが、大使の挨拶は聞かなかった(音楽が目当てでしたから)。11月の3連休にもまた歌舞伎町でイベントがあるんですね。http://ticf.info/2008/program/latin.html11月1日が「アンデス音楽祭」だ。しかし同じ日にhttp://www.komed.c.u-tokyo.ac.jp/ilovekomaba/sandoval_form.pdfこんなコンサートもある。だけど、その日には大阪から知人が来るのでした。というわけで、どっちのコンサートにも行けないかも知れません・・・・・・。ところで、調べたところ、現在ラテンアメリカ各国の駐日大使には日系人が3人いるようです。1人は上記ボリビア大使あとはベネズエラのセイコウ・ルイス・イシカワ・コバヤシ大使パラグアイのイサオ・タオカ 駐日大使。偶然とは思いますが、チャベス政権とモラレス政権という南米急進左翼政権の代表格二ヶ国が駐日大使に日系人を起用しているというのは面白いですね。
2008.10.27
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http://www.asahi.com/special/071031/TKY200810240301.htmlカップめんから防虫成分検出22件 「移り香」可能性も神奈川県内でカップめんから防虫剤成分が検出された問題で、これ以外にも24日までに全国で販売された複数のカップめんから防虫剤成分が検出されていたことがわかった。重大な被害報告は出ていない。メーカーの日清食品は、防虫剤のそばで保存すると成分が移るという実験結果もあると説明している。 (以下略)------------------------私はサンポーニャとケーナという笛を吹いていますが、サンポーニャはよく虫が湧く楽器です(ケーナはそんなことはないですが)。底の塞がった肉厚の薄い葦の奥は、虫にとって居心地の良い生息場所なんでしょうか。毎年夏なると湧く。楽器ケースの中で、急に粉のように細かい竹のおがくずが指に付くので、すぐにそれと分かります。それで、虫が湧くたびに、サンポーニャをビニール袋に入れて、ネオパラエースとかパラゾールとかを投げ込んで口を縛って、数日間放置しておくのです。そうすると、虫はほぼ死滅します。で、私は一度、そうやって防虫剤漬けにしておいたサンポーニャを、ビニール袋から出したその場で吹いてみたことがあります。そうしたら、喉をやられました。扁桃腺が腫れて、風邪と同じ症状です。なるほど、防虫剤は人間にも良くないんだなと痛感しました。ただ、ビニール袋の中にサンポーニャと防虫剤を密閉して保管してもその程度なのに、カップヌードルと防虫剤を同じ場所に保管しているというだけで (カップヌードルは、当然紙蓋が貼られ、その上にフィルムが被せてある状態ですよね)、入院するほどの事態になるとは、とても信じられません。それだったら、防虫剤の臭いの残る衣服を着て体調を崩す人が一杯いるはずですし。「防虫剤のにおいがある」という程度のことは、移り香が原因かも知れないけれど、入院騒ぎの原因は違うんじゃないかなあ。※ところで、そこまでやってもサンポーニャに付いた虫を完全に根絶することはできませんでした。大半は死滅するのですが、わずかに生き残っているものがいるのでしょう、翌年か翌々年の夏には再び虫が湧くのです。その後、あるプロの演奏家から完全な対処法を教えていただきました。やり方はとても単純かつ安全。サンポーニャを冷凍庫に入れてしまうのです。なるほど、虫が「ボリビア直輸入」の熱帯産だとすれば、マイナス10度以下の気温は耐えられないだろうなあ。さっそく1週間冷凍保存してみました。そうしたら効き目抜群。その後もう4~5年経っていますが、以後虫が湧いたことはありません。いずれにしても、潔癖性の人にはとても吹けない笛です。
2008.10.26
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地球温暖化の原因は二酸化炭素か地球温暖化を巡る論争の論点の第2は、地球は確かに温暖化しているとして、その原因は本当に二酸化炭素なのか、という点です。それについて検討する前に、まずはどういうメカニズムで二酸化炭素が温暖化をもたらすのかについて、簡単に説明しましょう。地球の「暖かさ」の源泉は、言うまでもなく太陽にあります。太陽の光に地球が暖められているから、生物が生きられる気温が維持されているのです。ただし、もしも地球にまったく大気がなかったら、太陽の光が降り注いでも、地表からの熱の放射によって宇宙に出ていってしまう熱が多いため、実際より遙かに寒い星になっていたはずです。それが暖かさを維持できるのは、地表からの熱の放射を大気がくい止めてしまうからです。この、熱の放射を大気がくい止める効果を「温室効果」と呼びます。ただし、大気の全ての組成に温室効果があるわけではありません。熱(赤外線)の波長を吸収する気体成分だけが、温室効果を持つのです。大気の3/4を占める窒素と、我々生物の呼吸の源である酸素には、温室効果はありません。温室効果を持つのは、問題の二酸化酸素の他に水(水蒸気)、メタンなどがあります。もしも地域の温室効果が全くなかったら、地球の平均気温は計算上マイナス18度になってしまうと推定されています。そんな気温では、人類はとても生きては行けません。しかし、実際の地球の平均気温は15度です。温室効果こそが、地球生命の源と言っても良いのです。ただし、過ぎたるは及ばざるがごとし。温室効果が行きすぎれば、温度が上がりすぎて生物の生存に支障を来します。その究極の姿は地球のとなりの惑星、金星に見ることが出来ます。かつては金星にも海があったと言われています。しかし金星は、太陽までの距離が地球の2/3ほどしかなかったため、太陽は次第に明るさを増すと、高温のため海が蒸発を始めたのです。海水中にとけ込んでいだ大量の二酸化炭素、更には水(水蒸気)そのものも大気中にばらまかれました。その温室効果によって気温が上り、なおいっそう海水の蒸発が加速し、それが更なる温室効果を・・・・・・という、温暖化の循環サイクル(フィードバック効果)によって温暖化が加速していったと推定されています。やがて、高熱のため水蒸気(H2O)は水素と酸素に分解され、水素は軽いため宇宙空間に四散し、酸素は地表を酸化させ、二酸化炭素の大気だけが残ったのです。その結果、現在の金星は気圧90気圧、平均気温400度以上という、灼熱・高圧の世界となっています。地球の場合、両極には氷があります。いうまでもなく氷は白く、それだけ太陽の光を反射します。この、光の反射率をアルベドと言います。白い氷はアルベドが高い、黒い地面はアルベドが低い、というわけです。高温化によって氷が溶けると、そこは海上であれば青い海、陸上なら黒い大地になります。いずれにしても、太陽の光をあまり反射せず、吸収しやすくなります。アルベドが下がるわけです。そうすると、なおいっそう温暖化を促進しやすくなると考えられています。これもまた、温室効果のフィードバックの一種ということになります。二酸化炭素(に限らず、メタンや大気中の水蒸気も含めて温室効果ガス全般)は、少なすぎても困るし、多すぎても困るわけです。さて、前回の日記で、地球の気温が近年上昇していることは間違いないと書きました。問題はその原因です。地球温暖化論によれば、その原因は二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの増大であり、反温暖化論によれば、何か別の要因だということになります。さて、どちらが事実でしょうか。最初からいきなり結論を書いてしまうと、このような自然現象は、おそらく単一の原因ということはあり得ません。様々な原因が絡み合って、複合的な要因によって気温が上昇していることは間違いありません。二酸化炭素が温暖化の主因と考える温暖化論者でも、人為的な二酸化炭素放出量の増大が、温暖化の「唯一の」原因である、などとは主張していません。過去200万年の間に氷期と間氷期が何度も訪れたことからも分かるように、人為的な影響が一切なくとも、地球の気候は様々に変化してきたし、これからもするでしょう。それは明らかなのですが、問題は、現在(この50年ほどの間)に急激に進行している温暖化の「主な原因は何か」ということです。上記のとおり、地球規模の温暖化という自然現象は極めて複雑な要素が絡み合っていて、原因は単純ではありません。地球上には膨大な量の二酸化酸素が存在します。ただ、二酸化炭素の濃度上昇と気温の上昇には相関関係があることは明らかです。反温暖化論は、この相関関係を、温暖化論とは逆、つまり二酸化炭素が増えたから気温が上昇したのではなく、気温が上がったから二酸化炭素が増えたと主張しています。二酸化炭素の増加は温暖化の原因ではなく結果である、というわけです。その根拠とされるのはこの表です。引用元 http://env01.cool.ne.jp/global_warming/report/kondoh02_3.htm確かに、この表からは気温が先に変動して、少し後から二酸化炭素の濃度が変動しているように見えます。しかし、よく見ると、この表は決して二酸化酸素の濃度の変化を正確に示してはいないのです。実際の二酸化炭素濃度の推移はこちらにあります。引用元 http://www.data.kishou.go.jp/obs-env/ghghp/21co2.html全然違うのが分かるでしょう。つまり、さきのグラフは、二酸化炭素の濃度変化のうち、季節による変化と長期的な変化を抜くという加工を加えたものなのです。長期的変動を抜く!地球温暖化は、数十年から百年という単位の長期的な変動ですから、二酸化炭素濃度の変動の中でも長期的な変動こそが重要なのに、それを抜いてしまったら意味ある結果が出るはずはありません。最近は、そのような批判を意識してか、以下のようなグラフも見かけるようになりました。引用元 http://env01.cool.ne.jp/global_warming/report/kondoh02_3.htm長期的な変動も反映された上で、とにかく二酸化炭素濃度の変動と気温の変動を比較グラフにしたものです。しかし、この表も結局は同じことなのです。縦軸をよく見てみましょう。左側の縦軸は二酸化炭素濃度の増減です。0は一番下にあり、折れ線は一度も0を下回ったことがない。つまり、季節的変化を別にして、二酸化炭素濃度の測定が始まって以来、濃度が減少したことは一度もないのです。一方、右側の縦軸は気温の増減です。0が表の真ん中付近にあり、折れ線は0をまたいで上に行ったり下に行ったりしていることが分かります。つまり、全期間のトータルで見れば気温は確実に上昇しているものの、単年ごとに見ていけば、気温が前年より下がった年も結構ある、ということです。ということは、「気温は下がっているのに二酸化炭素濃度は上がっている」という年がそんなに稀ではないわけです。「気温が上がっているから二酸化炭素濃度が上昇している」のだとすると、気温が下がっているのに二酸化炭素濃度が増えるという事態は説明が付きません。これは、つまりこういうことだと思われます。基本的なベースとして、二酸化炭素の増大が気温上昇の要因となっています。ただし、その影響は長期的であり、変動のしかたも単純ではありません。気温は変動しながら長い目で見れば上昇しているので、一時的には気温が低下することもあります。その一方、金星の説明で触れたように、フィードバック効果、つまり二酸化炭素の増加が温暖化を招き、その温暖化が更に二酸化炭素の増大を招くという相乗効果もあるのです。先に気温が変動して、後から二酸化炭素濃度の増加具合が変動するのは、このフィードバック効果によるものではないかと推測できます。余談ですが、最初の表は非常に多くの反温暖化論の本やホームページに引用されています。たいていの場合は、「二酸化炭素の濃度変化から季節変化と長期的変化を抜いたもの」という、正しい注釈を入れています。ところが、私の手元にある「『地球温暖化論』に騙されるな!」(丸山茂徳著・講談社)は、そういった注釈抜きに、「ハワイで観測された平均気温の変化と二酸化炭素濃度のデータです」と書いています(59ページ)。これはあまり誠実な記述とは言えない気がします。さて、大気中の二酸化炭素濃度の増加が人為的な起源によるものであることを示唆する根拠はもう一つあります。二酸化炭素(CO2)とは、文字通り酸素原子2個と炭素原子1個から出来ている分子です。炭素原子(C)は、細かく分けると3種類に区別できます。C12とC13、それにC14です。割合で言えば、C12が圧倒的多数で、C13とC14はごくわずかです。C12とC13は安定的な元素ですが、C14は放射性同位元素と呼ばれ、時間が経つと崩壊して、窒素(N)原子に変わってしまいます。半分の量が窒素原子に変わってしまう変化のスピード(半減期)は約5750年です。ではどうしてC14は時間とともに消滅しないのかというと、大気圏の上層で、宇宙線の影響によって常にほぼ一定の量が新たに生まれているからです。従って空気を吸って生きている我々地球上の生物はみんな、体内に大気中とほぼ同じ割合でC14を含んでいます。しかし、死んで呼吸をやめた瞬間から生物の体内からC14が少しずつ消滅していきます。だから、生物の化石が発見されたとき、体内のC14の減り方の程度を測定することで、その生物がいつ生きていたかを突き止めることが出来るわけです。ただし、半減5750年ということは、11500年で1/4,23000年で1/8と減っていくわけで、5万年も経つとほとんど測定不能なほど減ってしまいます。石油や石炭などの化石燃料は、何千万年、何億年も前の生物の遺体に起源がありますから、C14はまったく含んでいません。従って、石油や石炭を燃やすと、C14を含まない二酸化炭素が増えていくことになります。そして、事実大気中のC14の濃度は、どんどん減っているのです。これは、二酸化炭素の濃度上昇が化石燃料の燃焼によるものであることを強く示唆しています。もっとも、海水中には大気の何千倍という量の二酸化炭素が蓄積されていますが、海水中の二酸化炭素も、C14を大気中ほど多くは含んでいないことがあり得ます。C14は大気圏上層で生まれるのに、何千年も滞留する深海の水は、大気圏と接触することがないからです。従って、反温暖化論によれば、大気中のC14が減っているのは海から二酸化炭素が放出されているからだということになります。ところが、ここにもう一つの炭素原子C13があります。C13は大気中より海水中の二酸化炭素に、より多く含まれています。従って、もし海水から大量の二酸化炭素が放出されれば、大気中の二酸化炭素にC13を含むものの割合が増加するはずです。しかし実際にはC13の割合も、C14と同様に減少しているのです。ということは、大気中の二酸化炭素増加の最大の要因が海からの放出ではないことが示唆されています。もちろん、このことによって、絶対確実にそうだと断定できるわけではありませんが、二酸化炭素の増大の原因が人間活動にある可能性は極めて濃厚、ということは言えます。(以下次回に続く)
2008.10.23
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橋下大阪府知事が、相変わらずの暴言を繰り返しています。19日の日曜日にはhttp://mainichi.jp/kansai/news/20081020k0000m040123000c.html橋下知事:「朝日は人の悪口ばかり」 陸自の祝辞で批判大阪府の橋下徹知事は19日、兵庫県伊丹市の陸上自衛隊伊丹駐屯地であった記念行事に参加し、祝辞の中で「人の悪口ばかり言う朝日新聞のような大人が増えれば、日本は駄目になる」と述べた。その後視察した同府島本町のウイスキー蒸留所で、報道陣に対し、朝日新聞3日付朝刊の社説「弁護士資格を返上しては」への批判だったと説明。「一線を越えたからかい半分の批判であり、たいへんな怒りを感じている」と不快感を示した。--------------------------更に止まらず20日にはhttp://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_toru_hashimoto2__20081021_8/story/20081021hochi004/橋下知事、2日続けてブチ切れ!朝日新聞に「廃業しろ」「事実誤認やりゃ全員首切れ」(前略)朝日新聞大阪本社広報部では同日「(知事の)責任を厳しく指摘したもの。記念行事での当社に関する発言については理解いたしかねる」などと説明。橋下知事は20日「理解いたしかねるって、偉っそうに」と憤然。「素直に『ちょっと言い過ぎた』くらい言えばいいのに」と語った。さらに橋下知事は、光市母子殺害事件弁護団への懲戒請求を求めた自身の発言を「至らぬ発言」とした上で「人間誤ることもある。朝日は今まで事実誤認したことないのか。そんな完ぺきな人間ばっかりなんですかね、朝日は」と問いかけた。「朝日が弁護士資格返上しろって言うなら、これから事実誤認とかやりゃすぐ廃業しろと。全員首切れと。もっと言うなら戦争責任だってある。いますぐ廃業しろって」と、時空をも超えて猛批判を展開した。前日、発言の場所に自衛隊の式典を選んだ理由を聞かれると「一番敬意を表さなきゃいけない人たち(自衛隊員)に対して、反対に、一番愚かな対象として朝日新聞は最適だったのかなと」とまで言い切った。約9分間、朝日批判を繰り広げた橋下知事。「朝日新聞は権力に悪口を言っていればいい、と思っていることがよく分かった」。また「朝日みたいな新聞社は早くなくなってもらった方が世の中のため」とも断言し、定刻を2分過ぎてもしゃべり続けようとしたところを関係者に止められて会見は終了。怒りの収まらない府知事のバトルは、まだ続きそうだ。-------------------------とりあえず、内容云々以前の問題として、橋下がどれほど頭にきたのか知らないけれど、式典の祝辞で言うような内容ではないでしょう。それにしても、「人の悪口ばかり言う朝日新聞のような大人が増えれば、日本は駄目になる」という台詞の「朝日新聞」を「橋下徹」に入れ替えた方がよほど正確。光裁判の弁護団を非難し、自分の部下である大阪府の職員を非難し、教育委員会を非難し、前知事の任命した教育委員を非難し、府下の自治体の市長を非難し、農地の売却を拒否する保育園長や園児の家族らを非難し、まさしく「批判ばかり」を繰り返してきた人間が、他人に対して「人の悪口ばかり言う」などと、今更どの口から言えるのかと驚いてしまいます。そういえば、以前には、橋下の所得申告漏れを報じた産経新聞を「オナ○ー新聞」※と罵倒してことがありました。ま、別の意味では産経新聞は確かに「○ナニー新聞」だと私も思いますよ。しかし自分の申告漏れを批判的に報じたことが許せないからオナニ○新聞、というのでは、せっかくの卓見も色褪せるというものです。どう考えても、橋下の政治的主張にもっとも近いのは産経新聞です。それすら、批判されれば「オ○ニー新聞」呼ばわりというのでは、人間としての幅の狭さを自ら証明しているようなものです。要するに、他人を非難攻撃することは平気だが、自分が非難攻撃されることは許せないということでしょう。※一部伏せ字にしたのは、伏せ字にしないとブログ主自身でも「公序良俗に反する記述」として弾かれてしまうのです。そもそも、問題の発端は、橋下が光市裁判の被告側弁護団に対してテレビで懲戒請求を煽動したことです。朝日新聞が橋下に「弁護士資格返上したら」と言っても、朝日新聞が実際に弁護士資格を剥奪できるわけではありません。しかし懲戒請求は、言論の自由の範疇としての批判とは異なります。懲戒請求が認められれば実際に弁護士の資格を剥奪や一定期間業務停止されます。そうでなくとも、どんなに理のない馬鹿げた懲戒請求であっても、それに対して答弁書の作成などの事務的な手続きをとらなければなりません。それが8000件(21人に対してなので、1人平均400件弱)も集まれば、それに対応する労力も並大抵のものではありません。つまり、それだけ実際の不利益を与えているわけです。自分の弁護士資格を「返上しては」と書く新聞が許せないのなら、そもそも他人の弁護士資格を奪い取ろうとするような煽動をしなければいいのです。そんなことがなければ、朝日新聞が「弁護士資格を返上しては」などと書くこと自体があり得なかったのですから。法律や法曹界の制度に疎い素人ならともかく、まともな知識と能力がある弁護士なら、光事件の弁護団が懲戒の対象になどなり得ないことは、当然に分かっているはずです。橋下が、そのことを知っていながら悪意から懲戒の煽動をしたのか、それとも知らなかったので(つまり弁護士として無能が故に)懲戒の煽動をしたのかは知りませんが、いずれにしても弁護士という職への適格性に強い疑いを抱きます。そもそも、政治家が、自分に対する批判を行う新聞に対して「なくなった方が世の中のため」などと発言することの重大性を認識していないんでしょうね。政治家をマスコミが批判しなくなったらマスコミの自殺だし、マスコミが政治家を批判できなくなったら、言論の自由は重大な危機に瀕します。朝日新聞もだらしないのは、それに対するコメントが「当社に関する批判は理解しかねます」というのです。「権力者に批判を浴びるのはジャーナリズムとして健全な証拠」くらい言ってやれ。こういうところで悪い意味で「大人の態度」を取ろうとするところが今の朝日新聞の駄目なところと私は思います。
2008.10.21
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地球温暖化問題を巡る論点地球温暖化を巡る論争の論点はいくつかあります。大雑把にまとめると1地球は本当に温暖化しているのか2温暖化しているとしたら、その原因は二酸化炭素(あるいは人間の活動全般)にあるのか3地球温暖化は自然にとって、あるいは人間にとって重大な問題かという3点に集約できるでしょうか。前回取り上げた「『地球温暖化論』に騙されるな!」(丸山茂徳著・講談社)は、1の地球は本当に温暖化しているのかについては、「地球の平均気温が高くなっているのは事実」(4ページ)として、一応は認めています(ただし、前回触れたように、「中世の温暖期」は今よりもっと暖かかったとも思っている模様ですが)。その上で、しかし温暖化の原因は二酸化炭素ではない、と主張しているので、その部分に関しては論理的に矛盾はありません。しかし、その前に図書館で借りて読んだ「地球温暖化は本当か? 宇宙から眺めたちょっと先の地球予測」(矢沢潔著・技術評論社)は、1の地球が温暖化しているという事実認識を否定し、かつ2の温暖化の原因が二酸化酸素という説も否定しています。あれも否定しようこれも否定しようと欲張った結果、相互矛盾に陥ってしまったとしか思えません。もし、「地球は温暖化していない」というのであれば、「温暖化の原因は二酸化炭素か」という論点は成り立つはずがないのです。-------------------------さて、では最初の論点から、地球は温暖化しているのでしょうか。この点に関しては、前提条件があります。温暖化問題は、長期的な問題ではないということです。この場合の長期的というのは、何万年も先という意味です。今問題になっている地球温暖化とは、過去50年くらい、将来数十年から100年という時間における気候変動についての話です。例えば、1年2年の単位で「今年は猛暑だったから温暖化だ」とか「冷夏じゃないか、温暖化なんてウソだ」という話ではない、ということです。そういった、1年単位の変動を平均して、数十年単位で見ていくと、気温が上昇している(これからも上昇する)という話です。逆に、何千年何万年という単位の長期的な話でもありません。現在の地球は第四紀完新世と呼ばれる地質年代に属しています。第四紀は約200万年前に始まり、その間4回から6回の氷期と、その間の間氷期が繰り返してきました。現在は、最後の氷期(ウルム氷期)が約1万年前に終わったあとの「後氷期」と呼ばれる時期です。名前は「後氷期」ですが、おそらく将来はまた氷期になる可能性は高い。後から見れば、現在は次の氷河時代との間の間氷期ということに、おそらくなるでしょう。なんだ、地球はやがて寒冷化するのか、なら温暖化なんてウソでは?と思うかも知れませんが、両者は時間的尺度が違います。氷期と間氷期の移り変わりは、何万年という単位の時間を要します。しかし、地球温暖化は数十年から百年という単位の時間の問題なのです。地球温暖化の方が次の氷期より遙かに早くやってくる。もちろん、そのまま放置しておいても、やがては氷期の到来によって温暖化は終わりを告げるでしょう。地球温暖化による気温上昇よりも、氷期間氷期の気温変動の方が大きいですから。しかし、そうなるまでの間、1万年以上も高温の時代が続くことになりかねないことに問題があるわけです。さて、前述のように、地球温暖化懐疑論者の間でも「温暖化はしている」と認めている意見と温暖化の事実自体を認めない意見があるようです。温暖化の事実自体を疑問視する説の根拠は、以下のようなものがあります。1 気温の統計が取られているのは過去百数十年程度に過ぎず、場所は都市部に多い、だから温暖化は都市部特有のヒートアイランドなど局地的現象で、地球全体が温暖化しているわけではない。2 昔の温度計は不正確なもので、誤差があるから統計に信頼性がない3 温度計もない昔の温度はどうやって調べるのか、データの取り方が恣意的ではないか4 17~8世紀は「近世の小氷期」と呼ばれる寒冷期で、それと比べて現在の気温が暖かいのは当たり前、「中世の温暖期」は現在よりもっと暖かかったに違いない。他にもあるかも知れませんが、だいたいこんなところでしょう。1についてですが、確かに古くから気象統計の取られている場所は、比較的北半球の都市部が多く、そういった都市部はヒートアイランド現象という局地的な高温下現象の影響を受けやすいという側面はありますが、都市部以外の測定データ、海洋上の測定データがないわけではなく、地球全体の平均気温を求める場合には、局地的なヒートアイランド現象などの影響に左右されないよう補正が行われています。何も東京やニューヨークのような大都市の温度だけを集めて「温暖化」と騒いでいるわけではないのです。全球大気観測網気象庁も、長期的な気象変動を追跡する際には、都市化の影響の少ない地点のデータを使っています。現象そのデータによるとhttp://www.mri-jma.go.jp/Dep/cl/cl4/ondanka/text/2-3.html日本の気温は、確実に上昇しています。2については、確かに温度計には誤差があります。しかし、5度も10度も誤差があるわけではありません。それに、1ヶ所や2ヶ所で短期間の測定データを比較するならともかく、世界何百ヶ所で何十年、あるいは百年以上もの長期に渡って計測されたデータの全体的な傾向を知るためには、誤差の存在は問題ではありません。昔の温度計が常に高いほうへ、あるいは常に低い方に誤差を生じるのであれば話は別ですが、高い方にも低い方にも誤差が生じるなら、大量に集積されたデータの平均を求める際には+の誤差と-の誤差が相殺されて、そんなに実態とかけ離れた数値にはなりません。3については、温度計のない時代の気温についても、様々なデータをつなぎ合わせることで、かなり客観的なデータを集めることが可能です。例えば、前回の日記に書いた、南極やグリーンランドの氷床コアのボーリング調査では、氷に封じ込められた気泡の組成を解析することによって過去の気温変化をかなり克明に再現することが出来ます。ただし、アメリカ大陸では暖冬だが日本では厳寒の冬、なんてこともあるので、世界全体の気候変動まで南極とグリーンランドの氷床コアのボーリングだけで分かる、とは限りません。(ある程度の傾向は類推可能でしょうが)しかし、他にも様々な手段によって過去の温度変化を調べることが出来ます。例えば、氷河のある山岳地帯では、いつの時代に氷河の末端がどこまで来ていたかが分かれば、気温の変動をつかむことができます。北半球中緯度以北では、標高が100m上がるごとに平均気温は0.6度下がります。ということは、仮に現在ある山の中腹3000m地点に氷河の末端があり、300年前には氷河が海抜2700m地点にあったとすれば、当時の気温は現在より0.6×3=1.8度程度低かったと推測できます。人間の記した記録がなかったとしても、氷河が後退したあとにはモレーン(堆石)が残りますから、過去に氷河がどこまで進出していたかを推定することは可能です。氷河のない山の場合は植物の花粉分析も有効です。植物もまた、気候ごとに繁茂する種類が変わるからです。人間の記録が残っている時代なら、前述のとおり何々山の氷河はどのあたりまで来ているとか、初雪・初氷・初霜がいつだったとか、桜がいつ咲いたとか、そういった自然現象に関する記録が残っていれば、これも重要な指標になるのです。4について中世の温暖期については、前回の日記にも書きました。確かに、それに続く近世の小氷期より暖かかったことは間違いありませんが、現在より暖かかったとまでは断定できません。中世の温暖期の暖かさを強調する話として、マラリアが取り上げられることがあります。有名人では、平清盛の死因がマラリアとされています。マラリアは熱帯起源の病気ですが、中世には日本でもマラリアが流行していた、それだけ当時はは暖かかったのだというわけです。当時マラリアが流行していたことも、平清盛の死因がマラリアらしいことも事実ですが、実はマラリアは過去日本でずっと流行し続けていたのです。大正年間には北海道でもマラリアが流行していました。北海道どころか、更に北のサハリンやシベリアにすら、マラリアは流行していたのです。つまり、マラリアの起源は確かに熱帯にありますが、流行はかなり寒冷地まで及んでいるのです。それが撲滅されたのは、寒冷化のせいではなく衛生状況の改善のおかげです。現在の日本にマラリアはありませんが、マラリア原虫を媒介するハマダラカは住んでいるのです。ハマダラカはいても、マラリア原虫が撲滅されているのでマラリアは発生しませんが。中世の温暖期も近世の小氷期も、それが存在したことは事実です。しかしその気温の変動はこの30年の急激な温暖化を上回るような規模ではなかったことも確かなのです。目を開いて新聞記事を見てみましょう。---------------------http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20081003-OYT1T00250.htm北極海の氷、9月前半に過去最小体積…急減傾向が明確に米国立雪氷データセンターは2日、北極海を覆う氷が今年、観測史上2番目に小さい面積まで減少したと発表した。9月前半の平均面積は467万平方キロ・メートルで、過去最小だった昨年同時期より39万平方キロ・メートルだけ大きかったが、研究者らは「薄い氷が多く、体積では最小になった」と推測。「氷が急速に減少している傾向が明確になった」としている。海水面は氷より日光を吸収しやすいため水温の上昇を招いて、氷の減少はますます加速すると懸念されている。実際、今年は昨年より気温が低めだったのに、8月は過去に例のない速さで海氷が消滅した。面積が最小にならなかったのは、風の効果で氷が薄く広がりやすかったためとみられている。(2008年10月3日10時46分 読売新聞)北極の氷に、ヒートアイランド現象もなにもありません。ヒマラヤでも、グリーンランドでも、パタゴニアでも、氷河は急激に後退しています。地球が急激に温暖化しつつあるから北極の氷や各地の氷河が急減しているのは明らかです。
2008.10.19
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このところ、地球温暖化問題を巡る論争に興味を持ち、立て続けに何冊か本を読んでいます。で、書店には地球温暖化論に疑問を呈する本の方がむしろ多く並んでいるのが現状です。それは、地球温暖化論より、それに対する疑問の方が説得力に富んでいることの証左なのでしょうか?とりあえずは、近所の図書館で「地球温暖化は本当か? 宇宙から眺めたちょっと先の地球予測」(矢沢潔著・技術評論社)という本を借りてきて読んでみました。温暖化懐疑論が大筋どういった内容なのかは分かりましたが、内容的には首を傾げるような部分が多くて、もう少し別の否定本がないかと思って、書店で買ってきたのが「『地球温暖化論』に騙されるな!」(丸山茂徳著・講談社)です。著者は地質学者で東工大大学院の教授という専門家なので、期待して読んだのですが、結論から言うと先に読んだ矢沢潔氏の本の焼き直しと言っても良いくらい似た内容でした。首を傾げる部分もそのままです。「『地球温暖化論』に騙されるな!」の103ページに以下のような記述があります。-------------------「グリーンランド」という名前の由来をご存じでしょうか。その名のとおり、8~11世紀ごろは緑に覆われた、文字通りの「グリーンランド=緑の地」だったのです。その後寒冷化し、植物の生えない氷の地となったわけです。もし、仮に温暖化によってグリーンランドの氷が溶けて、再び植物が生えてきても何ら不思議ではないのです。-------------------この話は、この本に限らず色々なところで引用されているエピソードです。先に触れた矢沢潔氏の本にも、確か記述されていました(図書館に返却してしまったのでうろ覚えですが)。ネット上でも時々見かけます。しかし、地質学の専門家、それも東工大の教授という人がこんなことを書くのは、正直言って驚きです。ちなみに、「ウィキペディア」のグリーンランドの項目には、名前の由来として二つの説が記載されています。一つは上記のとおり、発見当時は緑の島だったから、という説。もう一つは、グリーンランドの発見者が入植者を集めるために、いわば誇大広告的にこういう名前を付けたという説です。さて、どちらが事実でしょう。確かに、グリーンランドが発見された当時は、中世の温暖期と呼ばれるやや暖かい時期だったことは事実です。グリーンランド南部の沿岸沿いには現在だってある程度の緑はあるんですから、当時もあったでしょう。 例えばhttp://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Narsarsuaq_airport_from_signal_hill_-_aircraft_on_approach_.jpgグリーンランド南部の町ナルサルスアークの空港です。周囲はずいぶん緑色ですから、かなり草原が広がっていることが分かります。しかし、「グリーンランド」と名を付けた「動機」は「緑の島だから」であるはずがないことは歴然としているのです。これは地質や科学の問題ではなく、推理力の問題。グリーンランドを発見したのは、ノルウェー生まれでアイスランドで育った「赤毛のエイリーク」という人物で、西暦950年頃の生まれといわれています。ノルウェーもアイスランドも北方の寒い土地ですが、少なくともグリーンランドよりは暖かいし、緑も多いし、雪と氷も少ないことは歴然としています。「アイスランド」と名付けられている島で暮らしてきた人間が、それらの土地よりグリーンランドの方が緑豊かだと思うはずがないのです。従って、グリーンランドの名前の由来は、入植者を集めるために事実と異なる名前を付けた、という方が、名付けの動機としては明らかに正しい。さて、推理の問題ではなく、地質と科学の側面から話をすると、グリーンランドでは、氷床コアのボーリング調査が行われています。氷河は雪が積み重なって圧縮されて氷化したものであり、夏と冬の降雪量の変化によって、樹木の年輪のように年単位で層ができています。そして、雪の中には多くの空気が含まれており、雪が圧縮されて氷化した氷河の中にも、微細な気泡が封じ込まれています。この気泡の空気の組成(たとえば二酸化酸素の濃度)や塵などを調べることによって、その氷ができたときの気候を調べることができるのです。南極では40万年前までの氷床コアが掘り出されています。グリーンランドの氷床はそれよりずっと新しいのですが、それでも過去十数万年の氷床コアが掘り出されています。それは、その間多少の規模拡大・縮小はあっても、氷床が消滅したことは一度もない、ということを意味しています。氷床に覆われた島の南端に多少の緑があったとしても(今もある)、そのすぐ北側には厚い氷床が迫っていたことは、現在も「中世の温暖期」も変わりがありません。もっとも、実際には、グリーンランドにも本当に樹木が生い茂っている文字通り「緑の島」だった時代も確かにあるのです。ただし、それは約50万年も前のことです。グリーンランドの氷床をぶち抜いて、その下の岩盤から化石を採取する調査が行われており、マツやハンノキなどの化石(おそらく花粉化石でしょう)が見つかっています。その頃、我々現生人類の祖先はまだホモ・サピエンスまで進化しておらず、アフリカで原人として生きていました。1000年前などという、地質年代的には現在と変わらない時代の話と混同してはいけないのです。 そのような歴然とした事実に口を閉ざして、判で押したように「中世のグリーンランドは、名前のとおり緑に覆われた・・・・・」と繰り返す反温暖化論の論調には、何かおかしなものを感じてしまいます。
2008.10.18
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http://www.asahi.com/national/update/1016/OSK200810160061.html大阪府は16日、第2京阪道路の用地として、門真市の北巣本保育園の771.17平方メートルに行政代執行をかけ、強制収用した。月末の芋掘り交流会に向け、園児たちが育ててきたサツマイモや落花生が引き抜かれ、整地された。午前7時半、大阪府用地室の職員ら100人が農地を囲うフェンスを撤去し、代執行を宣言。8時から、農作物を引き抜き、ご神木のエノキの下にある地蔵尊などを撤去した。畑には早朝から、保育園理事の松本剛一さん(49)ら約30人の地域住民、園児の保護者らが集まり、「収穫までのあと2週間をなぜ待てないのですか」と抗議した。「サツマイモ畑には子どもの思いがどれだけ詰まっていると思っているのですか」と、叫ぶ保育士らが畑にうつぶせになり、府職員が数人がかりで排除する場面もあった。松本さんが出している執行停止の申し立てについて、大阪高裁が30日に決定を出す予定。司法判断を待たなかった理由について、府は「10年3月末に予定されている第2京阪の全線供用開始に間に合わなくなるため」としている。第2京阪道路は、京都市伏見区と門真市を結ぶ28.3キロの自動車専用道路で、国道1号の渋滞を緩和させる役割が期待されている。浪速国道事務所によると、事業用地は保育所の畑を除き、まだ7件、約3千平方メートルが未買収だ。大阪府の橋下徹知事は16日朝、報道陣の取材に答え、「府は4月から任意交渉を誠実に続け、慎重な対応をしてきた。(高裁の決定まで)今後2週間遅らせると、通行料で6億~7億円の損が出てくる。公の利益のためということで、園の所有者には申し訳ないがこのまま代執行をさせて頂く」と説明。イモの収穫については「なぜ2週間早く(収穫を)して頂けなかったのか。執行前に、菜園を使った別のイベントをやることもできたのでは」と話した。---------------------------------保育園の理事側に問題がなかったかどうかが判然としませんが、少なくとも芋は人間の都合にあわせて2週間早く生育してくれたりはしないでしょう。それから、「今後2週間遅らせると、通行料で6億~7億円の損が出てくる」との言葉ですが、上記記事によると、まだ7件、約3千平方メートルが未買収というので、この保育園の農地一件を収用したら着工できるわけではないようです。それとも、これから2週間以内に残りの未買収用地も一気に全部強制収用するつもりでしょうか。二審の決定が出る前に強制収用というのもすごい話です。当の橋下自身は、懲戒請求煽動事件の裁判で、一審で負けても「3審制なので高裁の判断も伺いたい。」と言って控訴したわけですが、この保育園に対しては、二審(大阪高裁)への不服申し立てを無視するんでしょうか。結局、反対派への見せしめとしてやっているとしか思えないのです。確かに、公共的な施設の建設のために、土地所有者の合意がどうしても取り付けられない場合、最後の最後の手段として強制収用というのは仕方のない部分もあるのかも知れません。仮にそうだとしても、それは最後の最後の手段、「伝家の宝刀」です。伝家の宝刀はそんなに安易に、めったやたらと振り回すものではありません。そんなことをするのは、統治者として無能です。中山前国交相の暴言(成田ゴネ得発言)もそうですが、成田空港建設の際、機動隊を並べて強制収用という強硬策の乱発が、結果的に反対派の態度硬化と過激派の参入を招き、対立と紛争が長期化する原因になった過去の経験に学ぼうとしないのは何故なんでしょうか。伝家の宝刀を安易に振り回して解決するようなやり方は、長い目で見れば、結局は高い対価を支払うことになると思います。
2008.10.17
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http://mainichi.jp/select/today/news/20081017k0000m010093000c.html中山前国交相:やっぱり出る…引退撤回、衆院選出馬の意向成田空港拡張が進まなかった原因を「ごね得」などとした一連の問題発言の責任を取って引退を表明した自民党の中山成彬(なりあき)・前国土交通相(65)が引退を撤回し、次期衆院選に出馬する意向であることが分かった。16日午後、緒嶋雅晃・同党宮崎県連会長に「やっぱり出る意思を固めた」と携帯電話で伝えた。既に公募制で候補者選びを進めている県連は困惑を深めている。 複数の県連関係者によると、中山氏は16日昼ごろ、地元支持者との会合に出席。「東国原(英夫)知事が(衆院選に)出馬しないと言うから、自分が出らんといかん」と引退を撤回。その場で自民党選挙対策委員会の古賀誠委員長らに電話し「党本部にも了解をもらった。明日、東京で古賀さんと同席して立候補の記者会見をする」と党公認で出馬する意向を語ったという。中山氏は所属している町村派の森喜朗・元首相の了承も得たと付け加えたという。--------------------------なんじゃ、こりゃ。日教組攻撃にはずいぶん確固たる信念をお持ちのようですが(何しろ事実に反したデマまで飛ばすんですから)、自分自身の身の処し方については、何の信念も持ち合わせていないようです。自らの暴言で大臣辞任、更に議員引退表明しておきながら、「東国原知事に後継になってもらわないと困る」などとだだをこねてみたり、それに失敗すると今度はやっぱり引退撤回ですか。話になりません。こういうのは、本当に落選して欲しい。
2008.10.16
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http://www.asahi.com/digital/av/TKY200810140266.html地デジ普及率、目標初めて下回る 五輪効果及ばず北京五輪も力及ばず――。総務省が14日発表した「デジタルテレビ放送に関する移行状況緊急調査」によると、9月時点での地上デジタル放送受信機の世帯普及率は46.9%で、目標ラインの50%を下回った。11年7月の地デジ完全移行まで3年を切るなか、初めて目標を割り込む事態となった。世帯普及率は毎年度末に調査しているが、8月の北京五輪による地デジ普及率の「押し上げ効果」を探るため、今回は特別調査を実施した。9月時点の世帯普及率は今年3月末に比べて3.2ポイント上昇し、約2345万世帯が受信機を持っていた。---------------------------日本全国の世帯総数は約5100万世帯あるので、約2345万世帯が受信機を持っていたということは、地デジ対応テレビを1台も導入していない世帯が2700万世帯以上あるということです。平均すると、1世帯に約2台のテレビがあること、地デジ対応テレビを購入したという世帯でも、全てのテレビを置き換えたとは限らないことなどを考えれば、やはり、まだ6000~7000万台はアナログテレビが残っているものと思われます。そして、今年3月の調査から半年で普及率は3.2ポイントしか上昇していない。このまま半年ごとに3.2ポイントずつ世帯普及率が上がっていっても、あと3年では世帯普及率は70%前後にしかなりません。これで、本当に2011年にアナログ停波するつもりなのかな。地上デジタルの世帯普及率の推移は、2008年9月 46.9%2008年3月 43.7%2007年3月 27.8%2006年3月 15.3%2005年3月 8.5%となっています。
2008.10.15
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すでに散々問題点が指摘され尽くしていますけれど、改めて簡単に問題点(視聴者にとって)をさらってみました。地上デジタル放送は、2003年12月に始まり、2011年7月24日にはアナログ放送を全て終了する予定になっています。つまり今までのアナログ対応のテレビはそのままでは2011年7月24日以降映らなくなってしまうわけです。ビデオやハードディスクレコーダーなども同様です。引き続きテレビを見るためには、新しいテレビを買うか、地上デジタル用の外付けチューナーを買わなければなりません。しかし、外付けチューナーでは、地上デジタル放送のメリットは一切何もない。地上デジタルの唯一のメリットである画質の良さも、テレビの性能以上に画質がよくなるわけではないので、アナログテレビの画質はアナログのままです。※地上デジタル放送のメリットとして、他にデータ放送や双方向通信(クイズ番組などに視聴者が参加できる)、マルチ編成(一つのチャンネルで最大3つの番組を同時に送信できる、つまり実質的に3つのチャンネルに分割できる)が挙げられます。それが実際にどの程度のメリットかはともかくとして、双方向通信とマルチ編成は、実際に取り入れられている番組はほとんどないので、あまり意味がありません。しかも、地上デジタルの推進とともに、家電店での店頭からは安価なブラウン管テレビは姿を消して、高価な液晶テレビばかりになってしまいました。ブラウン管の21インチの地上デジタル対応テレビは3万円台ですが、液晶の20インチデジタル対応テレビは5万円以上します。テレビの販売台数でデジタルとアナログが逆転したのは、2006年4月のことです。たった2年半前までは、アナログテレビの方がデジタルテレビより売れていたのです。総務省の調査によると、9月末の地上デジタル対応機器(テレビやチューナー)の世帯普及率は47%だそうです。ただし、全テレビの47%がデジタルに置きかわったという意味ではありません。複数のテレビがある家が多いからです。先の日記に書いたように、日本の全テレビ台数は大雑把に1億台と推計されていますが、そのうちまだ最低でも6000万台以上(実際には、おそらくもっと多い)はアナログテレビです。しかも、2年半前まではアナログテレビの販売台数の方が多かったことから考えても、まだ充分使える、新しいテレビが相当多数に登ることは想像に難くありません。そのうちの一部は、外付けのチューナーをつけて、アナログ停波後も使われるでしょうが、大部分はアナログ放送が終わればただのゴミになるのです。6000万台ですよ、6000万台。いや、これまでにもすでに相当数のアナログテレビが、デジタルテレビに置き換えられて捨てられたはずです。2011年までにそれだけのテレビの需要が見込まれるテレビのメーカーや販売店はいいかも知れませんが、たいへんな資源の無駄遣いという気がしてなりません。ところで、地上デジタル機器の世帯普及率が47%と言っても、その全てが地上デジタル放送を見ているわけではありません。デジタルテレビだけがあって、しかしデジタル放送が受信できないという世帯が、今年3月の時点で8%もいるのです。高いテレビを買わされて、まさに宝の持ち腐れです。そして、もう一つの問題が、地上デジタル放送に伴って放送電波が暗号化されているという点です。先の日記に書いた「コピーワンス」だの「ダビング10」だのといったコピー制御信号の問題も、この暗号化というところに行き着きます。この暗号を解除するためのカギが、例のB-CASカードというものです。暗号化され、一民間企業の発行したB-CASカードを装着した対応機器でなければ視聴できないような放送電波を「公共放送」と呼ぶに足るのかどうか、少々疑問です。諸外国でも放送のデジタルかは進行していますが、日本のように電波を暗号化するようなことをやっている国は他にないと言われます。こうやってみていくと、何だか地上デジタル放送の導入は、視聴者の利便性などはまったく無視されており、何だか国を挙げて放送局と家電メーカーを儲けさせるための陰謀ではないか、という気がしてしまいます。
2008.10.14
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http://www.asahi.com/national/update/1013/TKY200810130071.html15人と格闘、隊員死亡 海自、集団暴行の疑いで調査広島県江田島市の海上自衛隊第1術科学校で今年9月、海自特殊部隊「特別警備隊」養成課程の3等海曹(25)が、1人で15人を相手にした格闘訓練中に意識不明になり、約2週間後に死亡していたことが分かった。海自呉地方総監部(広島県呉市)は部内に事故調査委員会を設け、傷害事件にあたるかどうか調べている。海自警務隊も、訓練名目で集団暴行していた疑いもあるとみて関係者から事情を聴いている。呉地方総監部などによると、格闘訓練は9月9日午後4時ごろから、教官2人の監督のもとで始まった。3曹は1人で次々と15人を相手にし、午後4時55分ごろ14人目の隊員のパンチを受けて倒れたらしい。意識不明になって近くの病院に運ばれ、同25日に呉市内の病院で急性硬膜下血腫のため死亡したという。3曹は今年3月に、特別警備隊を養成する第1術科学校の特別警備応用課程に入ったが、本人から途中で辞めたいという申し出があり、9月11日付で同課程を罷免され、他の部隊に配属される予定だった。訓練は「徒手格闘」で、頭や胴に防具、手にグローブを着けて闘う。辞める隊員への見せしめのための暴行だった疑いもあり、事故調査委員会は慎重に検証している。--------------------別の記事によると、1人50秒ずつで、連続15人と格闘させられたようです。50秒(多分、残り10秒で相手の交代だから、要するに1人1分ってことでしょう)ずつといったって、15人連続だから、実際には15分間です。ボクシングだって1ラウンド3分ですから、5ラウンド休みなし、しかも相手は1ラウンドごとに違うわけです。それも格闘のプロのような連中を相手に、その養成過程から脱落した隊員が1人でって、それはリンチ以外のなにものでもないでしょう。一度に15人で殴りかかったわけではないとは言え、事実上集団暴行と何の違いもないでしょう。教官2人の監督の下、ということは、このリンチが完全に組織ぐるみで行われたと言うことです。別の記事によると、その前にも、やはり養成過程をやめる隊員に対して「格闘訓練」という名のリンチを加え、歯を折る怪我を負わせた事件があったようです。また、呉地方総監部は男性が意識不明になった直後と死亡時に概要を発表していたが、15人を相手にした格闘訓練中だったことは公表しておらず、「訓練の一環でいじめや集団暴行という認識はない。(15人を相手にしたことは)取材で聞かれなかったので、答えなかった」という報道もあります。(読売新聞の記事)この状況を本当に「訓練の一環でいじめや集団暴行という認識はない」のだとしたら、異常です。あまりにいじめや暴行が日常化しすぎて、それが問題だという感性すら麻痺しているか、そうでないとしたら隠そうとしてうそを付いているかです。以前の日記に、海上自衛隊の護衛艦にも不審火が少なくないこと、その原因は、いじめの問題があるらしいことを書いたことがあります。今回の事件も、それと同根の出来事でしょう。要するに、旧軍の悪しき伝統を受け継いでいるということです。
2008.10.13
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この夏我が家のテレビが壊れて、地上デジタル対応の液晶テレビ(26インチ)を買ったのですが、それに続いて、1ヶ月ほど前にハードディスクレコーダー(東芝製RD-XS31という型番)も壊れてしまいました。DVDドライブに何を入れても認識しなくなってしまったのです。購入したのが2003年の12月なので、まだ5年も使っていないのに・・・・・。ハードディスクへの録画は問題ないので、今のところはそのまま使い続けています。保証期間は過ぎているので、修理となったらいくら取られるか分からないし、アナログ機なので3年後には買い換えなくてはならないので、この機会に買い換えようかと思って情報収集しているうちに、途方に暮れてしまいました。ハードディスクレコーダーって、どうしてこんなに複雑怪奇で使いにくいものになってしまったんだろう。諸悪の根元は、地上デジタルのコピーワンスとかダビング10とかのコピー制御です。地上デジタル放送に関する様々な問題は知っていたし、私自身も腹立たしいと思う部分は多々ありますが、コピー制御の問題については、体感的にはよく分かっていませんでした。だから、ダビング10が始まって、ああ、これで悪名高いコピーワンスからだいぶ使いやすくなって良かったなあ、デジタル対応のハードディスクレコーダーも買いやすくなったぞ、などと思っていたのです。とんでもなかった。5年近くDVDを使っているので、アナログ機に関係することであればDVDの様々な規格のことも一通りは知っているつもりでした。だけど、デジタル放送をコピーするにはDVDビデオモードではダメで、DVD-VRモードというものでなくてはコピーできない、ということははじめて知りました。ところが、そのDVD-VRは、既存の再生専用のDVDプレーヤーなどでは再生できないのだそうですね。今手元にある東芝のハードディスクレコーダーも、DVD-RAMはVRモードをサポートしているけれど、DVD-RのVRモードはサポートしていません。どのみち、ドライブが壊れているから関係ないけど。最新ではないDVDプレーヤーやレコーダーは蚊帳の外に置くってやり方は、非常に嫌な印象を持ちます。それに、ダビング10と言っても、孫コピーはできませんし、別のハードディスクレコーダーにコピーできるわけでもありません。つまり、ハードディスクレコーダーを買い換えたとしても、古いハードディスクレコーダーに録画した映像を新しいハードディスクレコーダーに引っ越しできるわけではない。ハードディスクは消耗品だから、いつかは壊れます。そして、DVDのメディアも、そんなに長期保存できるものではありません。私のハードディスクレコーダーでも、1年も経たずに読み出し出来なくなるDVDが結構ありました。他のハードディスクレコーダーに引っ越しもできない、コピーしたDVDのバックアップもできないということは、ハードディスクが壊れ、複写したDVDが劣化して読み出しできなくなったら、その時点で録画は失われるということになります。それじゃあ、今最新のブルーレイディスクにすればいいのかな。ブルーレイなら、細かくて訳の分からない規格や保存形式の違いはないようなので、規格としては分かりやすい。でも、コピー制御がある限り、引っ越しできないという欠点は同じです。それに、私はブルーレイディスクの高画質がほしいとは全然思わないのです。ビックカメラなどに行くと、よくDVDとブルーレイの映像を比較していたりしますが、そんなに決定的な違いとは思えないのです。ビデオ(VHS)とDVDの違いの方が、遙かに大きくて決定的と感じます。この差のために、10万円以上もするブルーレイディスクレコーダーを買おうとは思いません。DVD付きのハードディスクレコーダーなら5~6万でも買えますし、メディアの値段も安いですから。これでも、我が家の中では私が一番画質にうるさい人間なのです。我が相棒なんぞ、ビデオは3倍速で撮らなければテープがもったいない、と思っているような人種です。せっかく地上デジタルテレビを買ったというのに、リモコンの切り替えスイッチがアナログになっていれば、それをデジタルに切り替えることもせず、平気でアナログの番組を見ています。画質のがの字も興味がない。その影響か、うちの子に至っては、「デジタルやだ、アナログの方がいい」とまで言い、私がリモコンをデジタルに変えてもアナログに戻してしまうくらいです。我が家には、高画質でも高価な地上デジタルテレビの意味なんて、全然ないのです。今から新しいテレビを買うにはそれしか選択肢がなかった、というだけのことです。そんな相棒や子どもに比べれば、私は遙かに画質のこだわりは強いです。どんなにテープが安上がりで済んでも、ビデオの3倍速録画なんて見るに耐えない代物だ、という程度のこだわりはありますし、せっかく高画質のデジタル放送が見られるテレビで、わざわざアナログ放送を見ることはない、とも思っています。だけど、アナログ放送の画質では耐えられないかというと、そんなこともないのです。デジタル放送が見られるのにわざわざアナログを見ることはない、というだけで、アナログしか選択肢がなかったら、それはそれでまあ良いんじゃない、というのが正直なところです。そして、うちの相棒ほど画質にまったく興味のない人はかなり少数だと思いますが、私程度にわずかなこだわりしか持っていない人は、かなり多いのではないかと思います。だって、YouTubeなんて、画質は話にならないのに、あれだけの人気があるわけですから。要するに、YouTubeは便利なのです。そして、ハードディスクレコーダーも便利なのです、アナログ放送を録画する限りは。ビデオより高画質ですが、それ以上にビデオより使い勝手が良くて便利であることが、ハードディスクレコーダーがヒットした理由だと私は思っています。しかし、地上デジタルになって、ハードディスクレコーダーは画質の向上と引き替えに便利さを失いました。まあ、録って、見て、消してというだけで、長期保存とかDVDにコピーとかをまったく考えないなら地上デジタルでも使い勝手は変わらないでしょうけれど。皮肉なことにそういう使い方なら、高価なブルーレイディスクなんていらないのです。というわけで、ブルーレイディスクは、HD-DVDとの熾烈な規格争いに打ち勝ったわけですが、どうもDVD並にヒットしそうとは思えません。東芝以外のメーカーはやがてブルーレイディスク搭載機しか出さなくなるでしょうから、選択肢がなくて仕方なく買う、というだけではないかと。これもまた、地上デジタル放送を巡る矛盾の一つなのでしょう。
2008.10.12
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http://www.asahi.com/science/update/1011/TKY200810110148.htmlパンダはイヌに近い ゲノム解読80%類似 中国で発表中国の民間研究所、深セン華大ゲノム研究院は11日、パンダゲノム(全遺伝情報)の解読に成功したと発表した。パンダは中国語で「大熊猫」と表記されるが、すでにゲノム解読された哺乳(ほにゅう)類との比較ではイヌに最も近く、ネコがこれに続いた。なぞの多い進化の過程を探り、絶滅予防などの研究にも役立ちそうだ。同研究院によると、パンダゲノムの分量は、ヒトとほぼ同じ30億塩基対あり、含まれる遺伝子もほぼ同数の2万~3万個。ゲノム解読された動物との比較では、イヌに最も近く約80%が一致。ヒトとは約68%、マウスとは約48%が同じだった。---------------------うーーーーーん、パンダは伝統的な分類でも、最近の分子生物学に基づく分類でも、食肉目(ネコ目)クマ科に分類されているのですが、肝心のクマとの類縁関係はどうなっているんでしょう。普通に考えれば犬よりもクマにより近いはずだけど、もしクマより犬に近いという結論が出たとするなら、これは大事件です。それとも、「すでにゲノム解読された哺乳類との比較」ってことは、まさかクマはまだゲノム解析されていないのでしょうか。どうなっているんだろう。
2008.10.11
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昨日の日記に、8日までの6営業日だけで個人資産22兆円が吹っ飛んだという読売の記事を引用しましたが、その時点での終値が9200円台。今日はそこから更に1000円近く下がって8200円台。9月30日が11200円台だったことから単純計算で割返すと、昨日今日の2日で更に10兆円前後の個人資産が吹っ飛んだ、ということでしょうか?ところで、昨日の未明、朝日新聞のサイトに興味深い記事がアップされています。おそらく、紙面では昨日の朝刊に掲載されたのだろうと思います。http://www.asahi.com/business/update/1009/TKY200810080303.htmlたった2日前(取材はおそらく一昨日のことでしょうから)の記事ですが、底値予測は9000円が2人、8700円、8500円、8000円。5人中4人の底値予測は、すでに外れています。たった2日先のことすら予測できなかったわけです。もっとも、彼らの立場としては、たとえ本人は内心でまったく信じていなくとも、楽観論を言うしかないのだろうとも思います。エコノミストとして名のある人物が「株価はもっともっと暴落する」などと言えば、株価の暴落を更に助長することにもなりかねないし、そうなったら彼らが所属する会社(証券会社や生保など)の首を絞めることにもなりますから。おそらく、上記の数字も彼らがそうなると信じた金額ではなく、このあたりで踏みとどまってほしいという願望に過ぎないのでは。要するに、エコノミストがオフィシャルに言っていることなんか、全然信用できないな、ということに尽きるわけです。------------追記http://www.asahi.com/business/update/1010/TKY200810100193.htmlによると、(前略)米証券大手が破綻した「リーマン・ショック」が起きた9月から1カ月余りの間に主要市場の下落率は日本が36%を記録。米国が25%、英国が23%、中国・上海が16%に達する。大和総研の試算では、世界の株式市場の時価総額は8月末の約49兆ドルから、9日時点で28%減の約35兆ドルに。日本の国内総生産(500兆円強)の3倍近い14兆ドル(約1400兆円)が失われた。ドルやユーロの信用は揺らぎ、東京外国為替市場では円が急伸。10日、一時1ドル=97円91銭を付け、約7カ月ぶりの円高水準に。野村証券金融経済研究所によると、上場企業約2300社(金融除く)の保有株式の含み益は3月末の13.3兆円から、10日には3分の1程度の4.2兆円にまで減った。 また大和総研の試算では、9月末に1477兆円あった家計の金融資産は、投資信託の損失拡大などで10日までに28.8兆円も目減りした。 (以下略)ということで、8日までで22兆円の損失が10日までに28.8兆円の損失ということは、9日10日の2日間で更に6.8兆円の損失が出た、ということですね。(いずれも大和総研の資産に基づく)国民1人あたりでは24万円。または、全国5100万世帯で割ると、1世帯あたり56万円。と言っても、株などもっていないという人も少なくないと思うので(私もそうです)、実際に株を持っている人(世帯)の損失は、もっと遙かに多いはずです。それが、全世界となると1ヶ月で1400兆円の損失ですか。うーーーん、数字が大きすぎてよく分かりませんが、日本のGDPが500兆円くらいだから、その3年分近く、ということになりますね。すげーなー。が、しかし、「9月末に1477兆円あった家計の金融資産」とも書いてあります。企業の資産ではなく、家計(個人)の資産だけで、ですよねえ。金融資産とあるので、不動産は入れないで、ですよねえ。1477兆円ですか・・・・・・・・・・。国民1人あたり1200万、1世帯ありでは、2900万円近くになります。そんなに個人の金融資産って多いんですか??まあ、一部の超富裕層が平均を押し上げているだけなんでしょうけれど。それにしても、1477兆円の金融資産が28.8兆減ったところで、2%の減でしかないんですね。
2008.10.10
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http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20081009-OYT1T00708.htm?from=top10月の株価急落→個人金融資産22兆円も目減り急激な株安で個人(家計部門)の金融資産残高が大きく目減りし、10月1~8日の6営業日だけで含み損が約22兆円発生した模様だ。大和総研が試算した。個人の金融資産のうち、株式や投資信託などの合計は9月末時点で約225兆円。日経平均株価(225種)が1日で1000円近く下がるといった株価の急落で約200兆円にまで落ち込んだ。一方、預金などを含む個人の金融資産全体では、9月末時点で約1477兆円と、2008年3月末以来半年ぶりに1500兆円を割ったと見られる。米低所得者向け住宅融資(サブプライムローン)問題で世界的な株安が起きる前の07年6月末と比べると、約100兆円が吹き飛んだ計算となる。-------------------整理すると、10月の1週間で個人資産22兆円が消え、この1年3ヶ月では100兆円が消えた、ということになるようです。22兆というと、日本の人口1億2千万で割ると、国民1人あたり18万円あまり、100兆は、同じく83万円あまりという計算になります。うーーーーん、株なんかやっていなくてラッキーでした。とはいえ、これだけ個人資産が目減りすると、消費が大きく冷え込むだろうなあ。ということは、回り回って、株になどまったく縁のない人間にも確実に影響が及ぶでしょうね。しかも、今回の一件は明らかに米国発で全世界的なできごとです。むしろ、日本の方が事態はまだマシとみなされているから、円高ドル安なのでしょう。いよいよ世界大恐慌、なのでしょうか。それは困るけど・・・・・・・・。
2008.10.09
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昨日、私の小学生時代の音楽落ちこぼれ記を書きました。結局、小学校低学年の時の、おかしな音楽教師によって植え付けられてしまった音楽への苦手意識は、中学高校まで(高校の芸術科目は選択制だったので、音楽は選択しなかった)尾を引きました。小学校高学年と中学の音楽の先生は、決して変な先生ではなかったのですが、最初に植え付けられてしまった苦手意識は払拭できませんでした。でも、ある意味音楽の授業だったからまだよかったのです。今にして思えば、私から音楽を取ってしまったら何の価値もない人生と思いますけれど、学校の授業としては、「本丸」である主要五教科で落ちこぼれてしまうほどには打撃が大きくありません。もしも、主要教科で落ちこぼれていたら、「音楽教育に対する」などというものではなく、学校教育という制度そのものに対して、強い不信を抱いていたでしょう。そして、実際にそうなってしまった人は決して少なくないだろうと思います。今の学校教育に様々な問題があること自体は、否定しようがありません。そのような、学校教育を巡る諸問題に対して、日教組が(あるいは日教組に属する組合員の大多数が)有効に対処してきたかと言えば、残念ながら対処できていなかったと言うしかないでしょう。そのことが、日教組が叩かれやすい最大の理由ではないかと私は推測しています。ただし、日教組が教育を巡る諸問題を作り出したわけではありません。日本の教育制度を定め、運営しているのは文部科学省であって、日教組ではないからです。日本の教育を巡る問題を引き起こしたのは文部科学省であって、日教組は文部省が招き起こした問題を解決できなかったというだけの責任です。さて、辞任した山中前国交相は、以前には文部科学大臣を務めていたこともあります。自らがトップを務めた文部科学省の責任を棚に上げて日教組のみを非難攻撃する風景というのは、非常に見苦しいものを感じます。
2008.10.08
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私の行っていた小学校は、やたらと何でも「検定」をやっていました。きっとそういう校風だったのでしょう。水泳の検定は多分どこの学校にもあるでしょうが、それだけではありませんでした。漢字の検定とか縄跳びの検定なんてものもありました。そして、音楽にも検定まであったのです。確か小学校の音楽の教材は、最初はハーモニカで、3年生くらいからリコーダー(ソプラノリコーダー)に代わるのですが、ハーモニカの検定を通過しないと、リコーダーをやらせてもらえなかった。ところが、私はこの検定を、どうしても通過できなかったのです。すでに他の児童がほぼ全員リコーダーを吹き始めた後になっても、クラスの中で私を含めて2~3人だけが、どうしても検定が通過できずにハーモニカをやらされていました。最後は半べそです。あのときの、音楽の授業に対する恐怖心は、今でも良く覚えています。結局、ハーモニカは最後まで吹けなかったのですが、半ばみそっかす的に検定を通過したことにして(そうしないと、永遠に終わらなかったでしょうから)、他の児童の半年遅れくらいでやっとリコーダーを始めました。が、今度はリコーダーで他の児童に比べて半年くらいスタートが遅いというハンデを背負ってしまったのです。加えて、当時(今もそうですが)指が細くて小さくて、リコーダーの指穴を全部塞ぎきるのが難しかったので、どうしてもうまく吹けなかった。だから、またまた検定で立ち往生です。そうこうしているうちに、小学校4年生くらいのときに音楽の先生が転勤になり、新しい音楽の先生は検定などというシステムをすぐに廃止してしまったので、やっと私は救われました。もっとも、その時までにすでに音楽の授業に対する恐怖感と、音楽に対する苦手意識(音楽って難しくて怖いものなんだ、自分は音楽なんてできないんだ、という思いこみ)が植え付けられて、それは中学・高校まで尾を引きました。その後、ちょっとした偶然から演奏することの魅力を知ってみると、小学校の音楽の検定が、いかに自分の演奏に対する好奇心を殺いでいたか、その大きさを痛感します。もし音楽との第二の出会いがなかったら、「自分は音楽の演奏なんてできないんだ」と一生思い続けていたかも知れません。そうならなくて、本当に幸せでした。今ではリコーダーは吹きますが、ハーモニカは小学生以来吹いたことがない。そのような原体験があるものだから、私は学校教育における音楽の授業のあり方に対して、どうしても好意的になることが出来ません。実際には、音楽の検定なんてことをやったのは小学校3年までの音楽の先生だけです。だから、それは音楽の授業として一般的なものではなかったのかも知れません。でも、音楽教育に対する不信感は、どうしても学校教育の音楽という存在全体に向いてしまう。原因はたった1人の先生にあったとしても。教育に対する個人的な不信が日教組という最大多数の教職員組合に向けられるのは、筋違いとは思います。それは理解した上で、しかしそれが正しいかどうかではなく、感情のレベルとしては、分からないわけではない、という気もするのです。
2008.10.07
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http://www.asahi.com/politics/update/1004/SEB200810040005.html中山氏が衆院選不出馬を正式表明 東国原知事に期待感前国土交通相の中山成彬衆院議員(65)=宮崎1区=が4日午後、宮崎市内のホテルで記者会見し、次の総選挙に立候補しないことを正式に表明した。自民党執行部が東国原英夫・宮崎県知事を後継として擁立する方向で調整に入っていることについては「私も彼(東国原氏)も旧薩摩藩。国のために一身をなげうつ気持ちは持っている。そういうことが東国原知事の日ごろの言動をみれば分かる」と語り、東国原氏の出馬に期待感をにじませた。中山氏は会見の冒頭、国交相就任時に「成田『ごね得』」「日本は単一民族」などと発言したことについて「心ならずも関係者の心を傷つけてしまった。改めておわび申し上げたい」と陳謝。「いったん身を引くべきではないかと思った」と述べ、これらの発言に対する批判の高まりが不出馬の理由となったと説明した。しかし、日教組については「教育正常化のためにはこれからも火の玉となって頑張る」と話すなど、従来通り批判を繰り返した。「日教組ががん」との考えは変わらないかと問われると、「がんというと、がんの方が気を悪くされる。これは(日教組に)摘出すべき一部があるという意味で、排除しなきゃいかんと思っている」と述べた。-------------------------1辞めればどんな暴言でも許されるというものではないでしょう。自分の気に入らない思想信条の持ち主の団体を「がん」「摘出しなければならない」というのは、言論の自由、結社の自由の否定です。それに、「日教組の強いところは学力が低い」というデマも撤回すべきです。ところで、そんな中山が大好きであろう、右派の教職員組合も日本には存在します。「全日本教職員連盟」(全日教連)がそれです。全国の組織率は2%あまりに過ぎませんが、栃木・徳島・香川・山口の4県では最大勢力を握っています。特に栃木県では組織率6割以上(小中学校に限れば9割以上)で、日教組と全教の組織率は、小中学校ではほとんどゼロ。中山にとって実に「理想的」な環境ですが、栃木県の学力テスト結果はというと、全国30位(71.9点)で全国平均以下なのです。以下、31位に山口県(71.8点)、32位に徳島県(71.6点)と、全日教連の強い県が続いています。唯一の例外は、学力テスト全国4位の香川県(75.0点)。だから、全日教連の強い県は学力が低い、ということはもちろん言えないのですが、日教組の強い県より学力が上、とも言えません。ついでなので、共産党系の全教が最大勢力を持っている都道府県は青森(学力テスト6位・74.7点)京都(学力テスト12位・73.2点)奈良(学力テスト16位・73.0点)東京(学力テスト22位・72.3点)島根(学力テスト25位・72.1点)埼玉(学力テスト28位・72.0点)和歌山(学力テスト42位・70.5点)高知(学力テスト46位・67.4点)と、これまた成績上位から下位までまんべんなく散らばっており、相関関係は見あたりません。2ところで、引用記事にもありますが、中山の後継に東国原英夫宮崎県知事の名が取り沙汰されているようです。本人も、かなり含みを持たせているようですが、彼は1年半前に知事に当選したばかりですね。2期目3期目ならともかく、初当選から1期目の任期も全うできず、たった1年半で知事の座を放り出して国政に打って出るようでは、知事の座は単に国政に進出するための踏み台に過ぎなかったということになってしまいます。知事の職務って、そんなにどうでも良いものなのでしょうか。まあ、いくら何でも最終的には知事として賢明な判断を下すものと思いますけれど、目下のところし国政進出に積極的な発言を繰り返しているようなので、少々気になります。
2008.10.05
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麻生は所信表明演説の最初に「日本は強くあらねばなりません」と言っています。最初にそう言っているくらいだから、それが麻生の主張の最重要部分ということになるのでしょう。でも、私には日本が強くあらねばならない、とは必ずしも思えないのです。もちろん、易々と外国に侵略されてしまっては困るので、「ものすごく弱い国」ではまずいと思いますけれど。私は、「国民が幸せであること」こそがもっとも基本的・重要な国家の目的でなければならないと思っています。そのために「強くある」ことが必要だというなら仕方がありませんが(でも、それは手段であって目的ではないと思うけれど)、本当にそうでしょうか。かつて、旧ソ連は世界で二番目に「強い国」(軍事的に)でした。また、周辺諸国に対して、とても「強い態度」を取っていました。では、その当時のソ連国民は幸せだったのでしょうか。現在の米国は、軍事的にも経済的にも世界一「強い国」です。世界中で、敵対的な国に対して「強い態度」を取っています。では、米国民は幸せなのでしょうか。どうも、私にはそうとは思えないのです。日本は、不況だなんだといっても、世界で有数の経済大国です。軍事的にも、世界有数の軍事「費」大国であり、海上戦力と航空戦力は非常に強力です。経済的にも軍事的にも充分すぎるくらい強い国です。今更、もっと「強い国」になることが、国民のしあわせにつながるとは、とても思えません。というわけで、与党の所信表明演説なのに野党に質問するというマウンド上でバットを振るようなやり方も問題ですが、麻生が持っている国家観そのものも、私には受け容れがたいものを感じます。麻生の所信表明演説http://jp.youtube.com/watch?v=KQhLP5nF_K8http://jp.youtube.com/watch?v=ee8PUIzvEsg&feature=related
2008.10.04
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http://mainichi.jp/select/today/news/20081002k0000e040010000c.html橋下知事:「光母子弁護団懲戒」TV発言で賠償命令 山口県光市の母子殺害事件(99年)を巡り、橋下徹弁護士(現・大阪府知事)のテレビ番組での発言で懲戒請求が殺到し業務に支障が出たなどとして、被告の元少年の弁護士4人(広島弁護士会)が計1200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が2日、広島地裁であった。橋本良成裁判長は「発言と懲戒請求との間に因果関係があることは明らか」として橋下氏に原告1人当たり200万円、計800万円の支払いを命じた。橋下氏は控訴する方針。 視聴者の行為を促した発言が違法と認定されたことで、今後の番組制作や出演者のコメントに影響を与える可能性もある。 判決によると、橋下氏は昨年5月放送の情報バラエティー番組「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ)で光市事件の弁護団を批判。事件の動機が「失った母への恋しさからくる母胎回帰によるもの」などとした弁護活動に対して、「許せないって思うんだったら一斉に弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたい」などと発言し、4人に計2500件以上の懲戒請求が届いた。-----------------------------当然の判決です。光市の母子殺害事件の犯人の犯行は許し難いと私は思います。しかし、凶悪事件の犯人が許せないというのと、その犯人の弁護士が許せないというのはイコールではありません。たとえ被告人が100%クロだと確信していても、本人が「無実だ」と主張する限り、弁護人が勝手に「罪を認めます」などと言うことは許されません。被告の言い分がいかに辻褄が合わなくてデタラメだったとしても、その言い分を法廷で主張する権利は妨げられないのです。ただし、その結果は本人自身に返ってきます。つまり、明らかに辻褄が合わなくてデタラメな言い分を主張をすれば、「反省の色なし」とみなされて、より重い刑罰という結果を招きます。弁護士が、そのリスクを被告人に説明してもなお主張を変えないならそれまでです。つまり、弁護士にとって被告人の代弁をする(いかに荒唐無稽な内容であろうとも)ことは、立場上課せられた責務といってもいい。それを許せないというのは、たとえて言えば、ドラマに出てくる悪役を演じる俳優が許せない、というのと同じようなものでしょう。刑事事件の弁護人というのは、ものすごく割に合わないものだそうです。国選弁護人の報酬なんて、話にならないほど安い。だからみんな刑事弁護なんてやりたがらない。しかも、こういった重大犯罪の場合、弁護人を引き受けたというだけで非難が殺到するのが昨今の風潮です。弁護人を引き受けるだけで顧問弁護士を切られたりするそうです。尚更、弁護の引き受け手はいません。しかし、刑事事件の裁判は弁護士抜きには始めることはできません。被告に弁護士が付かなかったら、裁判は始められないのです。それとも、憲法も刑事訴訟法も変えて、凶悪犯罪の被告には弁護人など不要、ということにでもしましょうか。そう言い出しかねないようなネット世論が、2ちゃんねるやヤフーニュースのコメント欄には見受けられます。「ネット世論」のノリと感情と勢いで凶悪犯罪の刑を決めるようなものです。それは、法治国家・近代国家であることをやめる、というのと同じです。自分が無実の罪で捕まったときに、弁護士が誰も助けてくれない、あるいは弁護士が自分のいうことを聞いてくれず、「無実だ」と言っているのに勝手に「罪を認めます」と「弁護」してしまう事態を想像してみると良いでしょう。しかも、これはすでに全くの絵空事ではないのです。弁護士が誠実な弁護を行わずに有罪になり、後で冤罪が発覚した刑事事件は現に存在します。今回の事件では、2審までの弁護士は国選弁護人だったようですが、最高裁が弁論を開くと決めた時点で、悪い言い方をすれば「逃げ出して」しまったのです。(最高裁は、2審の判決をそのまま変更しない場合は弁論を開きません。弁論を開くというのは、2審の判決を変更することを意味します。この場合で言えば、弁論を開く=2審の無期懲役を見直す=死刑ということです)あとを受けた今回の弁護団は、従って国選弁護人ではありません。この犯人に財産なんかあるはずがありませんから、報酬なんて全くないことは明らかです。そういう中で新たに弁護人を引き受けるというのは、それ自体並大抵のことではありません。弁護団の作戦がベストだったかと言えば、かならずしもそうとは言えなかったかも知れません。批判の余地はあるでしょう。だから、弁護団の活動に対して批判がしたいというのであれば、批判すること自体は自由です。ただし、批判と制裁は違います。懲戒処分というのは、弁護士に対して最悪資格剥奪、あるいは期限付きの刺客停止処分を課すものです。つまり、弁護士という職から永久に、あるいは一定期間追放するということです。弁護団の主張が気に入らないから批判するのは言論の自由ですが、弁護団の主張が気に入らないからという理由で資格剥奪させる権利など、誰にもありません。橋下は仮にも弁護士でですから、その程度のことは当然知っていなくてはなりません。そして、弁護団の弁護活動が懲戒の対象にならないことも、当然知っていなければなりません。そのような「弁護士」を肩書きにした人物が、テレビ放送で、「懲戒請求しろ」などと煽ることは非常に悪質です。しかも、懲戒の理由がないのに懲戒請求を行うことは損害賠償の対象になるのです。結果として光裁判の弁護団は懲戒請求を行った人たちに対しては損害賠償請求を行いませんでしたが、もし行っていれば、橋下の口車に乗って懲戒請求に走った人たちは、軒並み賠償金を取られる羽目に陥ったはずです。そのリスクを説明せずに、何も知らない視聴者に懲戒請求を煽り、本人自身は懲戒請求をしていなかったというオチまで付いています。あまりに無責任です。ところで、ヤフーニュースなど見ていると、「私は橋下氏に呼びかけられる前に懲戒請求した」などとコメントしている人物がいますが、明白にウソです。なぜなら、放送前には懲戒請求は1件もなかったからです。橋下氏に呼びかけられる前に懲戒請求した人物が1人もいないことは、確認されています。(番組を直接見ていないで懲戒請求した人はいたかも知れませんが、それだってまったく独自の発案という可能性は低いでしょう)それにしても、今回の裁判でも、結局橋下本人は一度も出廷しなかったそうです。もちろん、民事裁判で被告が出廷する義務はないのですが、自分自身が弁護士であるにもかかわらず、裁判で訴えられても全て代理人(他の弁護士)に任せっぱなしというのは、みっとも良い話とは思えません。本人に弁護士としての能力が低いから、他人に任せるしかないのではと邪推したくなってしまいます。それから、原告の弁護士のうちの1人は、提訴後になって弁護団の他のメンバーと対立して、弁護人を解任され、橋下に対する損害賠償請求も、いったんは取り下げようとした。ところが、民事裁判ではいったん提訴したものを取り下げるには被告の同意がいる。しかし、橋下は提訴取り下げに同意しなかったそうです。その結果、提訴を取り下げようとしていた弁護士も橋下に勝訴。同意しておけば、1人分の賠償金(200万)は取られなくて済んだだろうに。まあ、橋下府知事にとって、200万くらいははした金なのかもしれないけれど。とはいえ、私も幼い子どもの親。この事件(本件の殺人事件の方)の犯人は許せないという思いは変わりません。判決は妥当とは言え、いろいろな意味で後味が良くない出来事であったことは間違いありません。
2008.10.02
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http://www.asahi.com/politics/update/1001/TKY200810010155.html小沢代表が代表質問で「所信」 早期解散求める民主党の小沢代表は1日午後、衆院本会議で麻生首相への初の代表質問に臨んだ。首相が所信表明演説で重ねた民主党への逆質問には答えず、逆に自らの「所信」として政権公約「新しい生活をつくる五つの約束」を表明。「日本の針路を国会で十分議論し、総選挙で国民の審判を仰ぐのが常道だ」と訴え、早期解散を求めた。首相への質問は、小沢氏の所信に対する見解と解散についてのみ。総選挙を控え、首相の所信表明に続いて代表質問も異例の形式となった。首相の所信表明について小沢氏は「明白な理念も具体的ビジョンや政策も示されず、民主党に対する誹謗(ひぼう)中傷だけだ」と批判。逆質問には「私の所信を申し上げ、答弁としたい」と述べ、個別の質問には回答しなかった。-----------------------最近は、野党党首が所信表明して、首相が野党党首に質問するのが「所信表明と代表質問」の構図らしいですね。何だかね、ピッチャーマウンドで突然バットを降り始めたピッチャー麻生に対して、バッターボックスの打者小沢がバットを投げ捨ててボールを投げ込んだって感じの図式で、もう野球のルールはどこへ行ったんでしょう。まあ、小沢の政権奪取に賭ける意気込みは立派だし、私も政権交代を望むものですが、「野党の代表質問」はやっぱり自分が政権を取った場合の予行演習の場ではないと思うのです。朝日新聞なんか、見出しが面白いhttp://www.asahi.com/politics/update/1001/TKY200810010216.html「民主党・小沢代表の所信表明のような代表質問(要旨)」何となく笑えます。それはともかく、YouTubeで麻生と小沢の演説を見ると、基本的にどちらも演説はそれほどうまくないように思います。小沢の演説はどうしても棒読み調が感じられるし、麻生は、気合いは入っているけれど、声にあまりに品がない。どちらかといえば、小沢の方がマシですけれど。(内容についてではなく、純然たる演説のしゃべり方の問題です。)
2008.10.01
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