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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100131-00000040-jij-pol南京虐殺、犠牲者数で隔たり=戦後史は除外-日中歴史研究報告書日中両国の有識者による歴史共同研究の成果をまとめた報告書が31日、公表された。双方は、日中戦争の原因が基本的に日本側にあり、中国国民に深刻な被害を与えたとの見解では一致。しかし、南京虐殺事件の犠牲者数を中国側が30万人と主張したのに対し、日本側は2万~20万人とするなど、認識の隔たりも浮き彫りとなった。日中の有識者は共同研究を継続していく方針を確認しているが、政治体制の違いもあり、歴史認識の共有に向けたハードルは高いのが実情だ。歴史共同研究は両国の相互理解を深めることを目的に、2006年10月の日中首脳会談で合意され、同年12月にスタート。日本側は北岡伸一東大教授、中国側は歩平・社会科学院近代史研究所長が座長を務めた。-----------------以前にもこの件について日記で取り上げたことがありますがそのときの記事では、日本側の主張は「数万から20万」とのことだったのですが、今回の記事では「2万から20万」になったようです。その時も書きましたが、私自身は南京大虐殺の犠牲者は10万±5万人と思っています。中国側の公式見解である30万人というのは、事実とは信じがたい。日本側の主張する2万から20万というのは幅のありすぎる数字で、下限の2万というのは過小にすぎる見積もりではありますが、それでも30万人よりは2~20万という数字の方が真相に近いだろうと私は思っています。別に私に限った話ではなく、日本で「大虐殺派」とされる研究者(笠原十九司、藤原彰、洞富雄、吉田裕、本多勝一など)でも、南京周辺で不法殺害された犠牲者が30万人と考えている人はいません。ただし、南京で少なくとも2万人以上が犠牲となる虐殺があった、ということは日中の研究者とも一致している、ということは言えます。2万人でも、阪神淡路大震災の3倍以上というとてつもない数です。私は、南京大虐殺はあった、ということで日中の研究者が一致できたことの意義は大きいと思います。犠牲者数に関して、諸説あって日中間で意見がまとまらないのは、これは仕方がない。日本国内でだって意見はまとまらないですから。両論併記というのは、むしろ自然なことだと私は思います。つい先頃、このブログにも「南京大虐殺についても、未だに『あった』と考えられる方のお考えというものが、よく理解出来ません。」なんてコメントを寄せた自称「愛国者」の方がおられましたが、私に言わせれば、未だに南京大虐殺が「なかった」と考えられている方のお考えというものがよく理解できません、というのが正直なところです。まあ、心理としては理解できなくはないです。誰しも、自分の祖国が戦争犯罪を犯した、なんてできることなら認めたくないものですから。だけど、認めたくないから認めないというのは、理論ではない、だだっ子の理屈でしかありません。そして、そのような態度が、しばしば国を誤る原因となってきたのです。米国と戦争を行っても勝ち目なんかない、という動かし難い現実を、軍人たちが認めようとしなかったその結末が、太平洋戦争の破滅的敗北でした。南京で何が起こったのかついては、私のサイトにまとめてありますのでご覧ください。長いですが・・・・・・・http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/nankin.htmここで紹介している、虐殺の証言や手記は大半が日本軍の将兵によるものであることを付言しておきます。
2010.01.31
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http://sankei.jp.msn.com/economy/it/100129/its1001291125000-n2.htm集まったけど…善意か悪魔か「ハイチに千羽鶴」運動、ネットで炎上ハイチ大地震の被災者に千羽鶴を贈るという善意の運動を大阪府在住の女性(21)がインターネット上で呼びかけたところ、「鶴は現地では『悪魔の使者』とされ、贈るのは嫌がらせ」「折り紙を買う前に募金した方がいい」といった批判が相次ぎ、女性のサイトが閉鎖される事態となっている。ハイチの支援関係者は「現地の実情では折り鶴を贈るのは難しいが、女性の気持ちも大事にしたい」として事態の沈静化に努めている。千羽鶴を贈る運動は、女性が1月15日、ネットの会員制コミュニケーションサイト「mixi(ミクシィ)」の日記で呼びかけた。7.5センチ四方の折り紙で、一人一つの折り鶴に限定して募集。全国に賛同者が広がり、1千羽以上が集まったという。女性には「『食糧不足の中で千羽鶴を集めてもしょうがない』という批判もあるけれど、悲しんでいる人たちに折り鶴を贈ることで、一人じゃないよという気持ちを伝えたい」という思いがあった。しかし、この運動が25日、別のサイトで紹介されると、直後からネット掲示板「2ちゃんねる」などで批判が続々と書き込まれ、非難コメントが殺到する“炎上”状態になった。あるユーザーは「ハイチの宗教では、鶴は『悪魔の化身』とされている。文化の違いを分かっていない」。別のユーザーからは「食べ物に困っている極限状態の現地に、折り鶴を贈っても意味がない」との書き込みがあった。批判はエスカレートし、女性のサイトにも1千通以上の中傷メールが届くようになり、女性のサイトは閉鎖に追い込まれた。支援関係者によると、ハイチ人の大半はカトリックだが、一部ではブードゥー教の慣習から、鳥は縁起が悪いととらえる地域もあるというが、真偽は不明。現地に詳しい識者によると、「ハイチで鶴は縁起が悪いととらえる宗教があるのというのは“偽の情報”の可能性もある」という。15年前からハイチで支援活動をしている関係者は「女性の気持ちに、あまり過激に反応しないでほしい」と話している。----------------何とも嫌~な感じのニュースです。確かに、日本とは文化的背景の異なるハイチに千羽鶴を送って、その善意がどの程度理解されるかな?ということは、私も思います。でも、意味が正確には理解されないとしても、遠い外国からのお見舞いの気持ちの表れ、程度のことは理解できるでしょう。それに、折り鶴を贈ろうという人が、折り鶴「だけ」しか贈らない、ということはちょっと想像し難いのです。募金なりなんなりの支援に加えて折り鶴も、というのが、その提唱者の方や賛同した方の発想だろうと私は想像しています。だから、「食べ物に困っている極限状態の現地に、折り鶴を贈っても意味がない」などという批判は、かなり的はずれと思います。意味がないと思うなら、他人の援助の仕方にケチをつけるより、黙って意味のある(と自分が判断する)援助をすればよいのです。それを、こういう風によってたかって非難コメントを浴びせかけて潰してしまう、どうかと思います。それにしても、「炎上」を巡る事件は多いですね。その中には、犯罪や非道徳的な行動の誇示によるものもあるけれど、今回のようにどう考えても被害者に落ち度があるとは考えられない例も多い。物理的な集団リンチと違って、ネット上では単にキーボードを叩くだけですし、パソコンの前では一人だから、集団で襲っているという自覚はないのかなと思います。それに、匿名だから(実際には刑事告訴でもされて本気で警察が捜査したら、簡単に「犯行」はわかってしまいますが)安全地帯から人を攻撃しているような気安さがあるのでしょう。ただ、たとえば私なんかは外国人地方参政権大賛成!など、いかにもネット右翼の標的になりやすいテーマをガンガン書いていますけど、散発的にネット右翼の来訪はあるけれど、炎上などという事態には至ったことがありません。単に偶然幸運だっただけなのか、ネット上の受け答えの中で「炎上」を招きやすい、招きにくい何らかの条件があるのか、そのあたりがよくわかりません。それにしても、記事は産経新聞のものですが、他ならぬ産経新聞自身も、炎上を煽るような報道をしばしばやっているように思うんですけれどね。
2010.01.30
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http://www.asahi.com/national/update/0130/TKY201001290525.html新銀行東京、旧経営陣を提訴 「都庁にも責任」と疑問も東京都が1400億円を出資し、経営再建中の新銀行東京は29日、経営を悪化させたとして旧経営陣2人に約5億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。同行は「経営失敗の責任を明確にする必要がある」と説明したが、都庁内部からは「都にも責任があるのではないか」との指摘も出ている。同行が賠償を求めるのは、2005年の開業時の代表執行役の仁司泰正氏と元代表補佐の丹治幹雄氏。両氏がずさんな審査に基づく融資を続けたため、巨額の焦げ付きが発生し、140億円以上の損害を受けたとしている。旧経営陣約10人のうち両氏を訴えた理由として、(1)経営責任者だった仁司氏と融資の審査担当だった丹治氏に主な責任があるのは明確(2)両氏の在職中の決裁書類など裁判に提出できる十分な証拠がある、などの点を挙げた。もともと同行は、貸し渋りに悩む中小零細企業への融資を目的に石原慎太郎知事が2期目の公約に掲げ、都の主導で設立された。巨額の赤字を受けた同行の外部調査では、ずさんな審査による融資が問題視された一方、金融庁の検査では過大な融資目標を設けた都の経営への関与も経営悪化の一因と指摘されている。石原知事はこれまで、「背任や詐欺に近いような事例がある」などと旧経営陣を批判してきた。29日の記者会見でも「(提訴は)結構なこと」と述べた。しかし、都幹部の一人は「結局は知事の立場を守るための提訴。都にも多額の都税を投じた責任があるはずだ」と話す。丹治氏は「新銀行と都は我々の責任にして事を収めたいのだろう。法廷で反論したい」としている。----------------------確かに新銀行東京の元経営陣には問題があったことは事実でしょうが、それ以前に、銀行設立を選挙公約に掲げ、トップダウンで「石原の石原による石原のための銀行」を設立した石原慎太郎には、責任がないのでしょうか。仁司泰正を代表執行役に据えたのは、他でもない石原慎太郎自身です。そして、それまでの仁司泰正の経歴を見ると、豊田工機専務取締役トーメン取締役副社長豊田通商常勤監査役・・・・・・・・・銀行家の経験がない。企業の財務の専門家だそうですが、この場合の財務というのは、銀行からお金を借りる立場での財務の専門家という意味でしょう。お金を借りる立場での財務のプロなら、お金を貸す立場のプロにもなれるのか?そんなはずはない、ということは誰にでもわかる話だと思うのですが。銀行経営の経験がない人物に経営を任せれば、迷走するのは当たり前の話で、そのような人物に経営を任せてしまった者も、責任を免れないでしょう。どうやら、銀行関係者をトップに据えようとしたら、みんな断られてしまったため、経団連の奥田碩に頼み込んで、トヨタ出身の仁司を推薦してもらったようです。銀行関係者に軒並み逃げられた、という時点で、この銀行の将来性に重大な疑問があったことは明らかです。それでも銀行設立に突っ走った石原が、この問題の最大の責任者でしょう。--ところで、話はぜんぜん違うのですが、わが相棒は、関西の某銀行に10年以上勤めていたのですが、退職した1ヵ月後にその銀行は破綻、元頭取が逮捕されたそうです。すばやい逃げ足で、沈没船からの脱出成功、というわけです^^ところが、その相棒は銀行員の時代に外貨取り扱いの担当をしていたのですが、自分自身は外貨預金を持っているのです。1ドル130円くらいの時の外貨預金だから、今はかなりの損。この面では「逃げ遅れ」です。人間、なかなか先を読んでの行動というのは難しいようですね。(しかも、外貨預金は預金保険機構の対象外だから、銀行が破綻したら・・・・・・)
2010.01.30
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100128-00000259-jij-pol殺人の時効撤廃へ=「完成前なら遡及」明記-法制審に見直し案提示・法務省法務省は28日、公訴時効見直しの骨子案をまとめ、法制審議会(法相の諮問機関)専門部会に提示した。殺人など最高刑が死刑の犯罪の時効を撤廃し、人命を奪うその他の犯罪の時効もおおむね2倍に延長。新制度の施行時に時効が完成していなければ、さかのぼって適用するとした。同省が見直しの具体案をまとめたことで、殺人罪などの時効が撤廃される方向が強まった。法制審は2月にも最終答申をまとめる予定。政府はこれに沿った刑事訴訟法改正案を今国会に提出し、成立を目指す。骨子案は、最高刑が死刑の殺人、強盗致死、ハイジャック(航空機強取等)致死など計12の犯罪について、現行25年の時効を撤廃することを明記。また (1)強 姦(ごうかん)致死など最高で無期懲役に相当する罪は現行15年から30年に(2)傷害致死など懲役最長20年に相当する罪は現行10年から20 年に(3)より短い懲役・禁固に相当する罪は現行5年から10年に-それぞれ時効を延長するとした。罰金刑の過失致死は、現行の3年に据え置いた。 ------------------少し前まで、殺人の時効は15年でしたが、それが25年に延長され、今度は撤廃だそうです。平均寿命の延びを考えれば、15年から25年への延長は理解できるのですが、撤廃というのはどうかなあと思います。現実問題として、時効がなくなったからといって、未解決事件が解決するわけではありません。だから、未解決の事件がどんどん増えて行くことになるでしょう。そうすると、警察はいつまで捜査を続けるのでしょう。時効がないのですから、50年たっても100年たっても、捜査は続けるのでしょうか。そんなことをしたら警察はバンクはしてしまうでしょう。そう考えると、やはりどこかでは線引きは必要ではないかと思うのですが・・・・・。それに、冤罪の危険性もかなり増えるのではないかという気がします。50年前の何月何日のアリバイなんて言われても、そんなものを証明できる人などいるわけがないですから。
2010.01.28
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http://www.asahi.com/international/update/0127/TKY201001270134.htmlペルー豪雨、観光客2千人孤立 日本人も62人AP通信によると、ペルーにある世界遺産のマチュピチュ遺跡近郊の村で24日、豪雨による土砂崩れで鉄道が遮断され、観光客約2千人が取り残されている。在ペルー日本大使館によると、この中に、旅行代理店を通じて確認できた日本人観光客が62人、ほかに個人旅行者もいる模様だという。AP通信によると、鉄道は村に入る唯一の交通手段だった。洪水による死者も出ている模様。ペルー政府は25日、同地域に非常事態を宣言。軍のヘリコプターで食料や水を運ぶとともに、けが人や高齢者を優先して観光客らを救出しているという。(以下略)-------------------今の時期、ペルー・ボリビアは雨季の真っ最中でして、よく水害が起こり、交通網も寸断されます。問題の鉄道はペルー南東鉄道といい、インカ帝国の首都だったクスコからマチュピチュ遺跡のふもとまで、約100kmあまりを結んでいますが、かつてはマチュピチュよりさらに先まで通じていました(観光客向けの列車はその当時もマチュピチュどまりでしたが)。しかし、10年ほど前に集中豪雨でマチュピチュより先の路線は寸断され、そのまま廃線になってしまったようです。だいたい、マチュピチュの遺跡もすごいところにありますが、この鉄道もまた、ウルバンバ川沿いの、かなりすごいところを走っています。厳密に言うと、鉄道以外の交通手段がないわけではなく、インカトレイルといわれる道はあり、クスコから徒歩で3日か4日かかるようです。でも、徒歩を交通手段とは呼ばないか。車は走れません。マチュピチュ遺跡の観光客は、大半がクスコからの日帰りです。距離は100kmですが、鉄道は片道4時間近くかかるので、朝早くクスコを出て、夜遅く帰ってくるようになります。私も日帰りでした。遺跡には、オテル・トゥリスタというホテル(確か、20年前は国営のホテルチェーンだったと記憶しています、もう民営化されたでしょうし、名前も変わっているかも)が1軒だけあるのですが、すごい高級ホテルだしそんなに大勢は泊まれないようです。あとは終点のひとつ手前の駅に温泉があって、安宿がいくつかあったはずですが、2000人も観光客がいたら、とても全員は泊まれないだろうなあ。というわけで、1989年10月にマチュピチュを訪れた際の写真です。あれからもう20年・・・・・・・、しかし、当時の大統領、アラン・ガルシアの後、フジモリ、アレハンドロ・トレドと二代の大統領を経て、現在の大統領はまたもアラン・ガルシアですねえ。マチュピチュの全景(中央奥の山はワイナ・ピチュ)マチュピチュから眼下を見下ろす。小さく列車が見えます。クスコからマチュピチュへの途中。どこまでも続く段々畑。遺跡内
2010.01.27
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名護市長選で、辺野古への基地移設に反対する稲嶺進候補が当選しました。非常に喜ばしい結果ですが、市長を推薦した民主党から何やらきな臭い動きが。http://www.asahi.com/politics/update/0126/TKY201001260327.html普天間「法律的にやれる場合も」 地元合意巡り官房長官平野博文官房長官は26日午後の記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、移設先の自治体の合意が必要かどうかについて「(合意がなくても)法律的にやれる場合もあるだろうし、色々なケースがあると思う」と述べた。地元自治体の合意が得られなくても国の権限で新たな米軍施設の建設を進められる、との認識を示したとも受け取れる発言で、関係の自治体から反発を招きそうだ。同県名護市辺野古に移設する現行案では、海の埋め立てに県知事の許可が必要となる。自民党政権時代には、国が埋め立てを強制執行するための特別措置法をつくる構想が浮上した経緯がある。一方、鳩山由紀夫首相は同日夜、首相官邸で記者団に対し、「私が責任を持って米国とすり合わせるなかで、日本、特に沖縄県民の意思を尊重して、理解を求めて決めていく」と述べた。 ----------------------民主党は普天間基地の県外移設を公約していたし、その民主党が支援する、移設反対派の候補が当選し、県外移設を求める世論が明確に示されたというのに、この言い草はいったいどういうことか。「合意がなくても法律的にやれる場合」というのは、民意を無視してごり押しするという意味でしょうか。それに比べれば、鳩山首相の発言は、まだ理解できる内容ですが。私にとっては、この問題は民主党政権を支持するかしないかの分水嶺かな。困難が伴うのは承知の上ですが、県外移設の実現に向けて、粘り強く交渉してもらいたいものです。
2010.01.26
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2週間前に登った八ヶ岳、天狗岳の写真ですが、まだフィルム(それもリバーサルフィルム)を使っているため、今頃になってやっと写真ができました。渋の湯から黒百合平への登り、樹林帯の中です。黒百合平からは、天狗岳がよく見えます。左が東天狗、右が西天狗です。標高は西天狗のほうが高いのですが、稜線から外れるため、こちらに登る人は少ないようです。私も、秋に一度登ったことがありますが、冬は東天狗しか登ったことがありません。その東天狗のアップです。そんなに難しい山ではありませんが・・・・・・・頂上直下です。このとき、風はそこそこありましたけれど天気はよくて、ただ、時間がもう4時近かったのです。山小屋で布団の位置を指定するから4時半までに戻って来いという指示だったので、やむを得ずこのあたりから引き返してしまいました。翌日また登ればいいやと思って。ところが、翌日は猛吹雪。登って登れなくはありませんでしたが、視界がないので途中で引き返してしまいました。(以前にも何回か登っていますし)というわけで、今回の写真はこれだけ。(翌日、吹雪の森の中で撮った写真があるのですが、そちらはまだフィルムが終わっていないので、現像に出していません)なので、以前に撮った天狗だけの写真をいくつか。これは2002年12月30日撮影これも上記と同時(翌日の朝)、天狗岳の山頂から南アルプスを撮った写真です。右から千丈岳・甲斐駒ヶ岳・北岳の順。天狗岳の北隣、中山から中央アルプス方面を撮影。今回も中山は行きましたが、猛吹雪の中でした。これは2008年3月22日。このときは、快速ムーンライト信州号を使って、夜行日帰りでした。山頂から北アルプスを撮影。3月だったせいか、気温はかなり暖かく、風もあまりなかったような記憶です。やはり2008年3月22日。西天狗を黒百合平付近からアップで撮った写真です。
2010.01.24
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実は、突然ですがパソコンを新しくしました。いままで、5年前に組み立てた自作機(CPUは2年前に交換していますが)を使っていたのですが、最近になって省電力機能(負荷に応じて動作周波数が落ちる仕掛け)が利かなくなってしまい、インターネットを見ているだけでも常に最大パワーで動いている状態になってしましました。まあ、5年使ったから、そろそろ寿命かな、ということで、パソコンを変えることにしました。ただし、中身は総入れ替えですが、ケースと電源、DVDドライブは(OSも)前のパソコンを流用したので、外見的には新しくなった気はしません。新しくなったのはマザーボードとCPU、メモリーとハードディスクだけです。でも、ケースの中にうずたかく積み上がっていた埃を大掃除したので、かなりきれいになりましたが。パソコンの組み立てよりも掃除のほうがはるかに手間がかかりました。電源の中にあんなに埃がたまっても、大丈夫なものなんですねえ。最初はピンセットを冷却ファンの間に突っ込んで埃をつまんでいたのですが、一歩間違えるとピンセットでショートするし(前にやってしまったことがあります)、ぜんぜん思うように取れないので、最後は思いっきり息を吹き込んで埃を飛ばしたら、びっくりするくらいきれいになりました。(でも、唾も少し電源内に入ったかも)で、あのソフトを入れこのソフトをいれ、ウィルス対策ソフトの周辺機器を接続し・・・・・・、とやっていると、結局一日かかってしまいました。実は、まだ完全には復旧していないのですが、ほとんど使わないようなソフトや周辺機器は後日でいいか、と。OSは、まだXPを使っており、それをそのまま流用しました。だって、XPでしか動かないソフトがいくつかあるし、使い慣れているし。まあ、2014年(XPのサポート打ち切り予定期限)になあったら、Windows7に乗り換えますが、ぎりぎりまではXPで行きたいなあ。前のパソコンと比べると、CPUの性能が上がり、消費電力は下がったはずなんですが、体感的には、動作の軽快さは前のパソコンと似たり寄ったりかな。でも、消費電力が下がったことは体感します。だって、フルパワーのときはそれなりにファンの音がするけど、普段はファンの音がほとんど聞こえない。こりゃ静かだ。ところが、ファンの音があまりに静かのなってしまったので、相対的にハードディスクの動作音がすごくうるさく感じます。あちら立てればこちらがたたず、このハードディスクを選んだのは失敗だったか・・・・・・。SSDを使えばよかったか。しかし、私がはじめて買ったパソコン(1999年春)はハードディスク容量6GBでしたが、いまや1TBですからねえ。本当は、もっと容量の大きなハードディスクもあったのですが、これ以上大きくても使い道がないので、1TBにしました。
2010.01.23
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http://www.asahi.com/business/update/0121/TKY201001210187.html09年中国名目GDP33.5兆元 日中逆転は10年か中国国家統計局は21日、2009年の国内総生産(GDP)成長率が物価変動の影響を除いた実質で8.7%だったと発表した。名目GDP総額は33兆5353億元。09年の平均為替レートで換算すると約460兆円、約4兆9千億ドルとなる。中国の名目総額は、早ければ09年にも日本を抜いて米国に次ぐ世界2位に浮上するとの見方もあったが、日本がわずかに上回る見通し。10年の日中逆転はほぼ確実な情勢だ。中国の09年10~12月の実質成長率は前年同期比10.7%と、金融危機が深刻化する前の伸びを回復した。中国は01年の世界貿易機関加盟で成長が加速。名目GDP総額は07年にドイツを抜いて米国、日本に次ぐ3位になった。日本は1968年に経済規模で西ドイツ(当時)を抜いて以来2位が続いている。だが、経済の成熟化に加え、バブル崩壊や「失われた10年」と呼ばれた長期不況に見舞われたことで名目総額は頭打ちになっている。日本の09年の名目総額は2月中旬に発表される予定。先月下旬に閣議了解された政府経済見通しでは、09年度の名目総額を約473兆円、10年度を約475兆円と見込んだ。09、10年暦年でも475兆円(09年平均為替レート換算で約5兆700億ドル)程度との見方が多い。日中の差は09年に2千億ドル程度まで縮小したとみられる。(以下略)---------------------わたしは、2009年中に日中のGDP逆転かと思っていたのですが、今年に持ち越しだったようです。もっとも、中国の人民元の交換レートは低すぎる、という意見もあり、もしそうだとすると、「正当な交換レート」ならとっくに逆転、ということかも知れません。ただし、中国は日本の10倍の人口ですから、人口1人あたりで言えば、まだ日本が中国の約10倍、ということになります。いずれにしても、日中のGDP規模の逆転は、もはや避けられないところでしょう。日本が、今年、急に景気が回復、というのはなかなか想像しがたいものがありますから。そして、もはや中国の存在なしに日本経済は成り立たないことも事実です。ネットウヨクの連中の中には、中国製品不買運動とかを主張している人がいますが、そんなことはできません。いや、外食をいっさいせずに、金に糸目を付けずに高級食材を使えば、(食に関しては)できるかも知れないけれど、金がなければそんなことはできませんし、食以外について言えば、例えばパソコンをもっている時点で、中国製の部品を使っていないパソコンなんてありません。中国には様々な問題があります。でも、日本にとって重要な隣国です。そして、どう頑張ったところで、お互いに「隣国」という関係を離れることはできないのです。隣国と敵対的関係でエネルギーを消耗するより、友好関係を維持する方が、よほど建設的だとわたしは思うのです。
2010.01.21
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・・・・・・・・ケーナの話です。昨日は音出し可能な時間には帰宅できず、今日もあわただしく30分ほど吹いただけですけれど、この週末以来、どうもケーナの音が今ひとつよろしくない。とりあえずは吹けるのですが、3~4分の曲を終わりまで吹くと、音がかすれてくるのです。今日はフルートまで吹く余裕がなかったけど、土日に練習したときはフルートもあまり調子がよくなかった。しかし、同じ笛でもサンポーニャはあまり調子が悪くない、もちろんギターも全然問題ない(ま、わたしのギターは逆立ちしても「上手い」とは言えないけど)こういうときは、ついついムキになって一生懸命吹いて、更にドツボにはまってしまうのです。本当は、調子のよくないときはあまり無理に吹かない方が良いのかも知れませんが。今使っているケーナは、一昨年購入したもので、それまで使っていたケーナより太さも指穴の大きさも一回り大きく、かなりパワーが必要です。ちょっと調子が悪くなると、すぐ音が出なくなる。ところで、先日「パチャママの贈り物」という映画を見に行きました。予告編残念ながら子どもは、字幕が読めない(まだひらがなしか読めませんからねえ)ので、意味が分からず、途中で飽きてしまったようです。わたしとようこは、夢中で見入っていたのですが。いい映画でした。びっくりするくらい青い空、ウユニの白い塩原とアンデスの山々、とにかく自然が美しい。だけど、登場人物の子どもたちがよく走ること走ること。何しろ海抜4000mですから、見ているだけで高山病でぶっ倒れやしないかと心配してしまうのですが、さすがにあの地で生まれただけあって、走っても平気なんですね。台詞がほぼ全編ケチュア語。スペイン語は、ホテルの建設現場で工事監督が喋っていた台詞くらいでしょうか。この映画の音楽(歌)を担当しているのが、ボリビア北部出身の歌手、ルスミラ・カルピオ。世に音域の広い歌手はいるけれど、この人の声の高さは驚異的、どこから声が出ているのかって感じです。ケーナと同じ高さ。どこまで本当かは知りませんが、バイオリニストのメニューインが、この声を評して「歌うバイオリン」と言ったとか・・・・・・。http://www.youtube.com/watch?v=JAbf1anW-nE
2010.01.19
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http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100118k0000m010058000c.html平沼赳夫氏:蓮舫議員の仕分け批判「元々日本人じゃない」平沼赳夫元経済産業相(岡山3区)は17日、岡山市内で開いた政治資金パーティーのあいさつで政府の事業仕分けを批判し、仕分け人を務めた民主党の蓮舫参院議員について「元々日本人じゃない」と発言した。平沼氏はあいさつの中で、次世代スーパーコンピューター開発費の仕分けで蓮舫議員が「世界一になる理由があるのか。2位では駄目なのか」と質問したことは「政治家として不謹慎だ」とし、「言いたくないが、言った本人は元々日本人じゃない」と発言。「キャンペーンガールだった女性が帰化して日本の国会議員になって、事業仕分けでそんなことを言っている。そんな政治でいいのか」と続けた。平沼氏はパーティー終了後の取材に対し、「差別と取ってもらうと困る。日本の科学技術立国に対し、テレビ受けするセンセーショナルな政治は駄目だということ。彼女は日本国籍を取っており人種差別ではない」と説明した。蓮舫議員のウェブサイトによると、蓮舫議員は67年、台湾人の父と日本人の母の間に生まれた。当時は父親が日本人の場合にしか日本国籍を取得できなかったが、改正国籍法施行後の85年に日本国籍を取得した。-----------------------どうでもいいことですが、蓮舫議員は「帰化」の手続きはしていません。もともと生まれたときは日本国籍がなかったのは事実ですが、国籍法の改正によって自動的に日中両国籍となり、その後日本国籍を選択しています。「キャンペーンガールだった女性が帰化して日本の国会議員になって、事業仕分けでそんなことを言っている。そんな政治でいいのか」いいんじゃないでしょうか。政治家にとって重要なことは、前歴がキャンペーンガールだったかどうかでもないし、どういう生まれの人間かでもありません。彼女の政治的主張が間違っているとか、政治家としての資質に問題があるというのであればその主張や見識を非難すればいいのであって、前歴がどうとか帰化がどうとか(前述のとおり、帰化というのは間違いですが、仮に事実だとしても)は関係ない。わたしも、蓮舫議員の主張には反対の部分もあるけれど、こういう批判の仕方は醜悪でしかありません。だいたいね、普通の日本人は、国籍を選ぶことなんてないのですが、彼女は中国(台湾)と日本の国籍のどちらかを選ぶ機会があって、日本を選んでいる。ひょっとすると、ただ単に日本人の両親の元に生まれただけの日本人より、日本への帰属意識は強いかも知れませんよ。いずれにしても、「今は日本人である」ということで充分なのであって、いったい何が問題なのでしょう。「もともと日本人じゃない」なんてことを問題にするなら、平沼のご先祖様だって、100代も遡れば渡来人でしょう。
2010.01.18
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今更の話題かも知れませんが、1995年1月17日の阪神淡路大震災から、ちょうど15年を迎えました。確か東京でも震度3くらいの揺れがあったはずですが、早朝だったためわたしの記憶にはありません。相棒は当時大阪(天王寺)に住んでいたので、相当揺れたそうです。地震から3ヶ月以上たった、その年のゴールデンウィークに、大阪の国立民俗学博物館で「ラテンアメリカの音楽と楽器展」という展示が行われました。この展示は、その後東京でも渋谷のたばこと塩の博物館で行われたのですが、当時はそうは予想していませんでしたから、わたしはわざわざ東京から見に行ったのです。「ラテンアメリカの音楽と楽器展」も素晴らしかったのですが、実はそれに続いて見た常設展示も非常の興味深いものがありました。さて、国立民俗学博物館を出たあと、このときにはもう東海道線は復旧していたので、わたしは神戸まで行ってみることにしました。電車が淀川を渡った途端に、屋根にブルーシートがかかった住宅が目立つようになり、三宮駅では途中階の潰れたビルがまだ沢山残っていました。神戸に着いたときはもう日が暮れており、駅前に立っただけで、すぐに大阪に引き返してしまいました。駅前の地面は、波打っていましたね。当時、ある意味で不幸なことに、1月に阪神淡路大震災があって、そのあと3月に地下鉄サリン事件とそれに引き続くオウム真理教への強制捜査がありました。マスコミの報道は、あっという間に震災からオウムへと移ってしまいました。死者の数は阪神淡路の方が百倍以上なのに。わたしの記憶では、犠牲者は当初五千何百人と報道されていました。それが、何ヶ月か経って、集計し直した結果犠牲者6400人という数字になりました。それでも、何ヶ月か経ってからでも正確な数字が出たのは日本だからかも知れません。1985年メキシコ大地震の犠牲者は、公式には7000人ということになっていますが、実際の犠牲者はそれより1桁多いであろうことは確実です。(従姉妹が当時メキシコ在住で、地震に遭遇しています)ところで、阪神淡路大震災は、過去の大事件ではありません。地震は、これから先も確実に起こります。関西でも起こるでしょうし、私の住む東京でも、もっと高い確率で起こるでしょう。南関東直下型地震(阪神淡路と同じM7クラス)の発生確率は、今後30年以内に70%と見積もられています。東海地震(M8クラス)の発生確率はもっと高くて87%、東南海地震60%、南海地震50%。そして、中央防災会議の試算では、M7クラスの南関東直下型地震の犠牲者数は1万人以上。阪神淡路を軽く上回ってしまいます。阪神淡路大震災は、地震発生が朝5時、ほとんどの人がまだ睡眠中でした。そのため、家屋の倒壊や家具の転倒の下敷きになって亡くなる方は多かったものの、全体としてみれば日中に地震が起こるより犠牲者は少なくて済んだ可能性が高いと思われます。新幹線も含めた鉄道の高架線や駅舎、高速道路の倒壊や地下鉄の落盤などが随分ありましたが、まだ電車が動いていない時間だったので、死者はほとんどありませんでした。あれがラッシュアワーだったら、駅が一つ潰れただけ、列車が1本高架線から転げ落ちただけでも死者は何百人、下手すれば千人以上も出たでしょうし、高速道路から転げ落ちる車も、何十台、もっと多かったかも知れません。(倒壊した高速道路のギリギリのところに引っかかったバスがありましたが、あれが落ちただけでも・・・・・・、と考えると、何たる幸運と思います)炊事中の時間帯であれば火災の発生もはるかに多かったでしょう。(あんな時間でも、ずいぶん火災はありましたが)そして、この地域の巨大地震は、しばしば連動して起こります。特に東海地震・東南海地震・南海地震は、連動する可能性が非常に高い。歴史を紐解けば1946年12月21日 南海地震 M8.01945年1月13日 三河地震 M6.81944年12月7日 東南海地震 M7.91855年11月11日 安政江戸地震 M 6.91854年12月24日 安政南海地震 M8.41854年12月23日 安政東海地震 M8.41854年7月9日 安政伊賀地震 M7.61707年10月28日 宝永地震(東海・東南海・南海同時発生)M8.4~8.71703年12月31日 元禄地震(元禄関東地震)M8.11605年2月3日 慶長地震(東海・東南海・南海同時発生)M7.9~8まったく同時、あるいは数日差、遅くても数年以内に地震が起こっています。これに加えて、富士山の噴火も連動することが多いようです。次の巨大地震がいつ来るかは、分かりません。しかし30年以内に70%とか87%とか、つまり今日明日に来たとしてもまったく不思議ではない。戦争や紛争は人間の起こすものですから、人間の英知によって回避することが可能です。しかし、自然災害は人間の力ではどうにもなりません。「中国の脅威」とか「日本が外国人に乗っ取られる」といった「危機」を声高に叫ぶ人がいますが、わたしにはそれはある種の妄想としか思えません。しかし、地震(に限らず自然災害全般)は起こる。これは確実。そして、それを留める手段はない。ただし、地震を止めることは出来なくても、対策次第で、被害を局限に押さえることは可能です。であるなら、「安全保障」というなら災害対策こそもっとも緊急、重要な安全保障だと思います。
2010.01.17
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昨日、1月15日は、東京でこの冬初めて、そして2年ぶりに最低気温が氷点下に下がったと報じられています。氷点下と言っても、-0.3度ですが。去年の冬は氷点下が一度もなく、前回氷点下になったのは、2008年2月4日、最低気温は-0.1度です。「東京の気温」として気象庁が発表しているのは、千代田区大手町1-3-4にある気象庁の気温です。現在、東京の気温の「平年値」というのは、1971年から2000年までの平均値を採用しています。これによると、東京の平均気温は、1月5.8度、8月27.1度、年平均15.9度です。ところで、わたしの手元には、中学生の社会科で使った地図帳があります。ここに出ている各都市の気温は、1941年から1970年までの平年値です。それによると、東京の平均気温は、1月4.1度、8月26.7度、年平均15.0度です。比較すると、年平均気温で0.9度、1月の平均気温では何と1.7度も上昇していることが分かります。記憶を遡れば、わたしが小中学生だった頃、というのは1970年代後半から80年代初めですが、東京23区内の学校で、屋外の水道栓は冬場、ごく普通に凍結したものですし、霜柱なんて一冬に何回と数えたことはありませんが、ごく当たり前に毎日のように霜柱が立っていました。積雪10cmを越えるような降雪も、まあ一冬に1回はあったと思います。記憶に残っているもっとも寒い冬は1984年でした。わたしが高校2年生の時です。東京で20cm前後の積雪の雪が3回降ったのを覚えています。実家の前の路地が、日の差さない北向きの狭い道なので、そこに屋根から落ちてきた雪がうずたかく積み上がって、3月頃まで完全には消えませんでした。気象庁のサイトで記録を調べると、その年の東京の平均気温は1月3.7度、2月は3.0度。閏年で2月は29日間あったうち、最低気温が氷点下だったのは15日間でした。最低気温どころか、1日の平均気温が-0.2度という記録もあります。どこの雪国の話かと思いきや、東京でのことです。その時から30年と経っていないのに、今では、東京で最後に積雪があったのは、2008年2月(3日に3cmと9日に1cm)、積雪10cmを越えたのは、実に1998年1月15日(最深積雪16cm)が最後です。東京の、この気温上昇は、地球温暖化の影響もありますが、もっぱら都市の温暖化、ヒートアイランド現象によるものです。ヒートアイランドというと、イメージ的には夏の猛暑が思い浮かびます。確かに夏の高温の記録は最近になって次々と塗り替えられていますが、平均気温という意味では、夏の気温の上昇より冬の気温の上昇の方が遙かに大きいことが分かります。ヒートアイランド現象は、都市の中枢部でもっとも大きく、周辺部に行くに従って、小さくなります。それがどのくらいのものかというと、大手町 1月5.8度、8月27.1度、年平均15.9度(海抜6m)新木場 1月5.6度、8月26.0度、年平均15.3度(海抜0m)練馬 1月4.5度、8月26.9度、年平均15.2度(海抜高度約50mくらい)府中 1月4.1度、8月26.2度、年平均14.7度(海抜高度約60m)八王子 1月3.1度、8月25.8度、年平均14.1度(海抜高度約120m)青梅 1月2.7度、8月25.1度、年平均13.6度(海抜高度約180m)新木場だけは1979年から2000年までの22年間の平均値、他はすべて71年から2000年までの30年間の平均値です。見事なまでに、都心から離れれば離れるほど気温が下がっていくことが分かります。ただし、100m高度が上がると概ね0.6度気温が下がるので、大手町との比較は、練馬・府中なら0.3度くらい、八王子で0.7度くらい、青梅では1度くらい気温を補正する必要はあります。それでもなお、大手町が一番気温が高いという傾向は変わりません。ちなみに、大手町でこそこの冬初めての氷点下ですが、練馬ではすでにこの冬9日ほど氷点下を記録しているようです。以前にもこのブログに書いたことがあるような気がしますが、東京都の最高峰、雲取山に何度か登ったことがあります。初めて登ったときは、雲取山荘という友人の山小屋に泊まり、ここからは下界が見えませんでしたが、2度目に登ったときは山頂の避難小屋に泊まりました。ここからは下界が丸見えです。1月半ば、海抜2017m、気温マイナス10度以下の山頂から眼下には大東京の光光光、光の洪水です。あれを見たときには、びっくりしました。非常に美しい光景ではありましたが、凄まじいエネルギー消費量だとも思いました。ヒートアイランド現象も起こるわけだ、と。エネルギーは有限だし、使えば温暖化を促進する。でもエネルギーを使わないで生活もできないし、なかなか解決の付かない問題です。
2010.01.16
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気が付けば5万アクセスに到達していました。一昨年8月に開設して以来、1年半ちかくでたどり着きました。全期間の1日平均アクセス数は現在94ですが、だんだんアクセス数は増えてきており、ここ何ヶ月かは確実に100アクセス以上、年明け以降はほとんど連日200アクセスいただいています。ま、もちろん世の人気ブログに比べれば、取るに足らないアクセス数ではあります。でも、開設当初を思えば、これほど多くの方に毎日見ていただけるようになるとは思いもしませんでした。ありがとうございます&今後もよろしくお願いします。
2010.01.15
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100114-00000071-mai-soci<300日規定>「違憲認めず」原告の請求棄却 岡山地裁「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」とする民法772条の規定は、憲法の「法の下の平等」に反するとして、岡山県総社市の両親が国と同市に330万円の賠償を求めた訴訟の判決が14日、岡山地裁であった。古賀輝郎裁判長は「規定には合理性があり、違憲ではない」として請求を棄却した。原告側は控訴する方針。判決によると、母親は前夫との離婚後221日目の08年11月に現夫との間に女児を出産したが、民法の規定により、現夫の子とする出生届が不受理とされた。さらに離婚前の妊娠だったため、「300日以内の出産でも、離婚後の妊娠と医師が証明すれば受理する」との法務省通達の救済からも外れた。このため女児は無戸籍となったが、09年2月に岡山家裁倉敷支部で認知調停が成立、現在無戸籍は解消されている。(以下略)------------確かに、憲法違反とまでは言えないと私も思いますが、「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」という民法の規定が実態に合っていない、ということは言えると思います。どう考えたって、離婚後300日以内に生まれた子どもの父親は、前夫ではない可能性の方が遙かに高いと思われますし、前夫の子ではないものを前夫のこと見なすことで、誰が喜びますか?誰も喜びませんよ。前夫だって「俺の子じゃない!!」って思うでしょう。まあ、前夫がもの凄い大金持ちだったりした場合だけ、生まれてくる子どもが後で喜ぶ可能性はありますが。この規定は、多分に女性が離婚する前から他の男との子どもを妊娠するなんてもってのほかである、というような倫理的観念が影響しているように思います。女性のみに課された離婚後の再婚禁止期間も同様ですけどね。まあ、そういう倫理的規範がまったくいらない、とは私は思いませんけれど、でも、世の中には既に夫婦としての実態は完全に破綻しているのに、籍だけは抜けていない、という事例はいくらでもあります。実態としての夫婦生活継続中に片方が不倫をして別の相手と子どもを作る、というのは、わたしの倫理感覚としては「アウト」ですが、何年も別居して、実質的に夫婦生活の実態がない、「籍だけ夫婦」の片方が別の相手と子どもを作るのは、夫婦生活が破綻に至った原因にもよりますが、基本的には仕方がないことだと思います。いずれにしても、親の倫理的な問題の責任を、子どもの戸籍に負わせるのはどうかと思います。子ども自身には何の責任もないんですから。
2010.01.14
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実は、mixiにて、あるマイミクさんの日記へのコメントから、外国人参政権反対派の間で、面白い物語が流布していることを知りました。その内容は、以下のとおりです。---------------外国人参政権のある重大な問題点は、もうどこかで誰かが言っているだろうとか、そろそろ知れ渡るだろうと、昨年から高をくくっていたのですが、いっこうにネットで見当たらず(ということはマスメディアではもちろん見当たらず)、タイムリミットが近づいてきてしまい、危機感を強めたため書き込みします。私の妻は永住許可を持つカンボジア人ですが(私は外国人参政権に反対です。妻は関心がありません。)、現在の外国人登録制度がどうなっているかと申しますと、まず、日本人の場合には、旧住所から新住所に住民票を移すと、役場から役場へ通知連絡がいくわけです。ところが永住者といえども外国人の場合は、「外国人登録」という言葉通りに登録制なのです。結論から先に申しますと、いくつの自治体にも登録できます(利用できる住所があれば)。パスポート側にもどこの自治体で登録したなどの記載は残りません。住民票にあたる「外国人登録原票記載事項証明書」にも過去の住所録は載っていません、届けませんから。外国人ですから住所を生まれた時まで辿る必要がないという建前はわかりますが、昨年、自民党や法務省が登録法を変えようとしたときに民団、総連が反対した理由がわかる気がします。いくつでも現住所が持てるのです。対馬に在日韓国人が住所をみんなで移したらどうするだという意見がありますが、移す必要すらありません。新たに加えるだけです。これHもちろん、本当に住んでいる場所以外は収入がありませんから、生活保護の不法受給にも悪用可能です。住民基本台帳に入っていませんので自治体が変わると検索の仕様もありません。横浜で暮らし、川崎で生活保護を受けて、両方で選挙権を行使する。 現在の制度では可能です。もし既知の事項でしたら長文の失礼お詫び申し上げます。最近も区役所に行きましたが、単にパスポート上の、入国管理局が発効した滞在許可の種類、期間を確認するだけで、外国人登録証が貰えます。そして登録されます。引っ越し前の住所など書く必要がありません。入国管理局で一括管理しようとしたら、民主、公明が反対して、潰したと記憶してます。なぜ反対だったか国民はわからなかったんじゃあないでしょうか?これは 大変だ!!-----------------えー、そりゃ大変だ(笑)この文面、検索してみると、あちこちに転載されまくっていることが分かりますが、なかなか巧妙なデマであります。単にご本人が知らないで勘違いしているだけかも知れませんが。「住民票にあたる『外国人登録原票記載事項証明書』にも過去の住所録は載っていません」とありますが、日本人の住民票にだって、過去の住所録なんて載っていません。それが載っているのは戸籍の附票です。外国人の場合も「外国人登録原票記載事項証明書」には過去の住所録は載っていませんが、その原簿である「外国人登録原票」には過去の住所録が載っています。そして、この外国人登録原票は、住居地変更の手続きをとると、前住地の役所から現住地の役所に送付されることになっています。役所から役所に、ちゃんと通知が行くのです。外国人登録法には、このことが以下のように規定されています。(居住地変更登録)第八条 外国人は、居住地を変更した場合(同一の市町村の区域内で居住地を変更した場合を除く。)には、新居住地に移転した日から十四日以内に、新居住地の市町村の長に対し、変更登録申請書を提出して、居住地変更の登録を申請しなければならない。2 略3 略4 市町村の長は、第一項の申請があつたときは、旧居住地の市町村の長に対し、すみやかに当該外国人に係る登録原票の送付を請求しなければならない。5 前項の規定による請求を受けた市町村の長は、請求をした市町村の長に対し、すみやかに当該外国人に係る登録原票を送付しなければならない。6 市町村の長は、第二項の申請があつたとき、又は前項の規定による登録原票の送付を受けたときは、当該外国人に係る登録原票に居住地変更の登録をしなければならない。7 略-----------では、外国人登録の二重登録は絶対不可能かというと、来日したばかりの新規外国人登録なら、ひょっとすると不可能ではないかも知れません。実際のところ、本当に可能かどうかは分かりません、不可能と断定できるだけの知識と根拠をわたしは持っていないというだけです。外国人登録の窓口の現場で、そういう二重登録を防ぐ何らかのチェックをかけているのかどうかは、知りません。ただし、そんなことをしても、本人に何かメリットがあるとは思えません。よほど変な物好きでもない限り、そんなこと馬鹿馬鹿しいことはやらないんじゃないかな。外国人地方参政権との絡みで考えるなら、二重登録など問題になりません。なぜなら、今議論されている外国人地方参政権の対象は、永住者に限られるからです。特別永住者は、1945年以前から引き続き日本に住んでいる人と、その子孫(生まれたときから日本在住)に限られますし、一般永住者も、ビザが取れるのは日本居住歴が10年以上というのが原則であるようです(日本に対して特別な貢献があった人は、居住歴5年で永住ビザが取れるようですが)。いずれにしても、日本に長期居住していなければ、永住者の資格は得られません。つまり、来日したばかりの外国人が永住資格をもっているはずがないので、永住者の資格を持つ外国人がどこかの自治体に「新規の」外国人登録を行うということも、あり得ないわけです。そんなことをやろうとしたら、その瞬間にウソがばれる。ちなみに、検索したら外国人登録の変更届の様式も見つかりました。ちゃんと、居住地の変更前変更後の記入欄があります。
2010.01.13
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100112-00000037-mai-pol<外国人地方参政権>通常国会に法案提出方針…平野官房長官平野博文官房長官は12日午前の記者会見で、永住外国人に地方参政権を付与する法案について「(通常国会に)提出すべき検討法案の一つに政府として考えている」と述べ、18日召集の通常国会に政府として提出する方針を明らかにした。外国人参政権を巡っては、小沢一郎幹事長が11日の政府・民主党首脳会議で「日韓関係を考えても、政府が姿勢をみせるためにも閣法(政府提出法案)で出した方がいい」と通常国会に法案を提出するよう強く促した。鳩山由紀夫首相は12日午前、首相公邸前で記者団に「(今年が)日韓併合100年というタイミングでもあるということをもって、いろいろと検討している最中だ」と述べた。民主党はマニフェスト(政権公約)の原案である「09年政策集」に永住外国人への地方参政権付与を盛り込んでいる。ただ、与党内には異論もあり、提出までには曲折も予想される。------------------法案提出と表明した以上は、是非提出して欲しいですね。このブログでも過去何度もこの問題を取り上げていますが、わたしは外国人地方参政権付与に大賛成です。民主党内と国民新党には反対派も多少いるようですが、社民党と、野党の共産党、それにおそらく公明党の賛成も期待できるので、提案されれば可決する可能性が高いと思われます。賛成の理由、反対派の主張の間違いについては、以前書いたとおりです。ところで、少し前の記事ですがhttp://www.asahi.com/politics/update/0108/TKY201001070489.html外国人参政権、14県議会が反対 「保守」掲げ自民主導47都道府県のうち14県議会で、昨年の政権交代以降、永住外国人の地方参政権の法制化に反対する意見書を可決したことが、朝日新聞の調べでわかった。このうち7県はかつて、賛成の意見書を可決している。いずれの可決も自民県議が中心になった。夏の参院選や来春の統一地方選に向けて、民主との違いを際だたせようとする狙いがある。(中略)自民党石川県連幹事長の福村章県議は「政権交代で状況が変わった」と話す。「かつて賛成したのは、法制化が現実的ではなかったから。賛成を要望した人の顔を立てておけと安易に考えていた」 衆院選の大敗後、自民の谷垣禎一総裁は「保守」を掲げて党再生を目指す。党本部は「問いあわせがあった県連には可決された意見書を送っている」と話す。反対の意見書を提出した埼玉県の自民県議は、党本部から意見書案を入手したという。「民主は中がバラバラだから」と、民主を揺さぶる狙いがあったとも話す。(以下略)--------------「賛成を要望した人の顔を立てておけと安易に考えて」外国人参政権推進の意見書可決、その同じ党が「政権交代で状況が変わった」から今度は反対の意見書だという、これほどみっともない話はありません。政策に対する賛否は人それぞれ、各党それぞれだから、自民党が反対だというならそれはそれで一つの意見ではありますが、こういう安直な打算で主張をコロコロ変えるのはどうなのか。それにしても、先の総選挙で、敗色濃厚の自民党に最後のトドメを指したのは、「保守」色を丸出しにした民主党に対する醜悪なネガティブキャンペーンだったと私は思うのですが、自民党自身はそうは思っていない様子ですね。谷垣禎一も、安倍晋三と総裁選を争ったときには、ちょっとリベラルっぽい風を装っていたけれど、化けの皮が剥がれてみれば、本性はこんなものか、という感じです。自民党は是非極右路線まっしぐらに突き進んで、せいぜいネットウヨクの篤い篤い支持だけを獲得し、世間一般には見放されて消え去っていってください、って感じです。健全な民主政治には、強力な野党の存在は不可欠ですが、それが別に自民党でなければならない必然性などありませんから。以前の日記にも書きましたが、これだけ連日民主党政権がマスコミにたたかれ続けて、鳩山内閣の支持率も下がってきているけれど、民主党の政党支持率は自民党のほぼ倍です。民主党にも問題はあるかも知れないけれど、自民党は問題の外だ、ということです。
2010.01.12
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世界に冠たる日本と言っても、工業技術やGDPの話ではありません、まして「新しい歴史をつくる会」の描く歴史の話などでもありません。日本の自然の話です。日本は、国土面積は約37万平方キロ、世界の陸地総面積(約1億4889万平方キロ)の、わずか0.25%を占めるに過ぎません。しかし、国土が南北に非常に長い。日本の「長さ」は北東から南西に向けて3000kmにも及びます(途中に海も含みますが)。緯度で言うと、北端(とりあえず稚内)が北緯45度、南端(沖の鳥島)が同20度ですから、緯度差が25度に達します。日本より国内の緯度差が大きな国は、ロシア・中国・米国、カナダ、チリ・アルゼンチン・ブラジル・オーストラリアの8ヶ国しかありません。言うまでもなく、いずれも日本とは比較にならないくらい国土面積の広い国です。(この中でもっとも小さな国はチリですが、国土面積は日本の2倍)もう一つ、日本の気候の特徴は、実距離以上に南北の気温差が大きい、ということが挙げられます。言い換えると、日本(東アジア全般とアメリカ大陸東海岸も同様ですが)は、ちょっと北に行くだけでうんと寒くなる、ちょっと南に行くだけでうんと暖かくなるわけです。これに国土の南北への広がりを考え合わせると、日本の自然が多様性の富んでいることが分かると思います。加えて、日本は世界的に見てもかなり降水量の多い地域です。上記の国々の中で、面積当たりの降水量が日本より多い国は、おそらくブラジルしかないはずです。水は、すべての生命の源ですから、降水量が多いということは、自然が豊かということを意味しています。全世界には、概ね27万種の維管束植物(種子植物とシダ植物)があると言われています。このうち、日本に分布するのは、6000種と言われます。全世界の0.25%の面積に、2%以上の植物が存在するわけです。しかも、このうち約2000種弱が固有種(日本にしか分布しない種)とされています。動物の中では、日本に分布するほ乳類は91種、その過半数の46種が固有種です。両生類に至っては、58種のうち3/4の44種が固有種とされます。世界的に見て、生物の多様性の特に豊かな地域のことを「ホットスポット」と言いますが、日本も、このホットスポットの一つに数えられています。逆に、生物の多様性が著しく低い地域はどこか。平均的に言えば、乾燥地と寒冷地ほど、生物の多様性は低いと言えます。しかし、そこそこに降水量があってそこそこに温暖な地域でありながら、生物の多様性が著しく低い地域があります。ヨーロッパ(特にアルプス以北)がそうです。例えば、イギリスと日本の本州を比較してみましょう。イギリスは国土面積24万平方キロあまり、本州よりわずかに大きい程度の面積です。緯度はイギリスの方がかなり北ですが、気候的には東北地方くらいの気候に相当するでしょう。そのイギリスに分布する植物は約1500種と言われます。日本の1/4に過ぎません。東京の高尾山には約1300種の植物が分布しているので、イギリスの植物の多様性は高尾山並ということになります。しかも、イギリスには、固有種はゼロ、ただの1種も固有種がないと言われます。そのイギリスには、針葉樹(マツやスギ、ヒノキなどの仲間)が何種類分布しているかご存じでしょうか。たった2種類なのです。ヨーロッパアカマツ(シベリアアカマツとも言う)セイヨウイチイ(イチイの仲間を針葉樹と呼ぶかどうかは意見の分かれるところですが)がイギリスに自然分布する針葉樹のすべてです。もちろん、今は人工的に移入された針葉樹が何十種類とありますが。イギリスよりもっと北に、スカンジナビア半島があります。面積は日本より遙かに広く、またスウェーデンやフィンランドは「森と湖の国」として知られていますが、ここに分布する針葉樹は、上記の2種とドイツトウヒの3種。ドイツあたりまで南下すると、ヨーロッパモミが加わって4種。アルプスまで行くと、スイスマツなど数種のマツとヨーロッパカラマツが加わり、ぐっと種類数が増えます。一方本州に分布する針葉樹は、数えるのが面倒なので数えませんが、数十種類はあります。たまたま昨日八ヶ岳に行ったので、八ヶ岳に分布する針葉樹だけを数えてみることにしました。南北に20km東西10kmあまり、しかもイギリスよりずっと寒冷な地域です。ハイマツ・チョウセンゴヨウ・キタゴヨウ(以上マツ属)、シラビソ・オオシラビソ・ウラジロモミ(以上モミ属)、トウヒ・ヤツガタケトウヒ・ヒメバラモミ(以上トウヒ属)、カラマツ(カラマツ属)、コメツガ(ツガ属)、クロベ(クロベ属)・ミヤマビャクシン・・・・・・・やっぱり数えるのが面倒になりました。何故こんな差が生じたのか、原因は氷河時代にあります。氷河時代のヨーロッパは、南にアルプスの山岳氷河、北にスカンジナビア半島の大陸氷河に挟まれ、その間の地域はほとんど樹木の生育不可能な寒冷地域でした。アルプスは東西に細長い山脈ですから、気候の寒冷化によって植物が南下しようとしても、アルプスに行く手を阻まれて、多くの植物が絶滅してしまったのです。同じヨーロッパでもアルプス以南ではぐっと植物の種類が増えるのも、それが理由です。一方、アメリカ大陸ではカナダにやはり巨大な大陸氷河が形成されました。ロッキー山脈にも大規模な山岳氷河がありましたが、ただロッキー山脈は南北に広がる山脈なので、アルプスのように植物の南下を阻むことはなく、少なからぬ植物が氷期には南方に逃れることで命脈を保ちました。だから、アメリカ大陸の植物相はヨーロッパに比べるとずっと豊富です。さて、日本ですが、日本には氷期にも氷河はほとんどありませんでした。日本アルプスや北海道の日高山脈に山岳氷河はありましたが、その規模は現在のヨーロッパアルプスの氷河よりも規模が小さい程度のものでした。だから、日本は非常に豊かな自然が、氷河時代にも破壊されることなく生き延びてきたのです。もう一つ大事なことは、その自然が基本的には有史以降も守られ続けてきたということです。現在、日本の国土面積に占める森林の割合は、7割に達します。これは、世界的に見ても非常に高い森林の割合です。もちろん、その7割のうちその7割近くは天然林ではなく人工林なのですが、それにしても、これほど人口密度が高いにもかかわらず、この森林率の高さは、異例とも言えます。まさに、日本は「森の国」なのです。今後もずっとそうであり続けてほしいものです。
2010.01.11
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年末年始はいろいろと予定が立て込んで(飲む予定が立て込んでいただけですが)山に行けなかったので、昨日今日と八ヶ岳・天狗岳に行って来ました。実は4回目なんですけど。昨日は渋ノ湯から黒百合平へ。黒百合山荘で宿泊の手続きをしてから天狗岳へ。快晴だったのですが、山小屋に4時半までに戻らなければならず、時間切れで途中で引き返しました。山頂まであと5~6分のところまで来ていたのですが、どうせ明日また登るから、まあいいか、と。(それに、4回目ですしねえ)夜は満天の星空、山小屋の玄関前の気温計は、午後5時頃、マイナス16度を指していました。でも、小屋の中は薪ストーブであったか。ただ、宿泊客がかなり多くて、わたしの寝場所は屋根裏部屋になってしまいました。天井が低くて、立てない。前に来たときは、12月30日だったけど、もっと空いていたのに・・・・・・。で、一夜明けて、今朝は吹雪。視界ほとんどなし。しまった!!と思いました。昨日山頂まで行っておくべきだった、と。一応途中まで登りましたが、昨日より遙か手前で引き返しました。めがねが雲って(曇ったまま凍って)、見えなくなってしまったので。風は、ごく普通に烈風でした。まあ、立ってまっすぐ歩けるんだから、この時期としては当たり前の風です。しかし、頬が寒さで引きつる、鼻水が凍る、鼻毛も凍る、でも、カメラのシャッターは凍りませんでした。(以前、年末の八ヶ岳・硫黄岳で、シャッターが凍ってカメラが動かなくなったことがありました)で、黒百合平まで引き返して、中山→高見石→白駒池→高見石→渋ノ湯と歩きました。稜線上の吹雪は正直言って怖いんですけど、樹林帯は風はないし、しんしんと降る雪は、風情があっていいものです。森の外はどんなに激しい風でも、森の中はそよ風。木の力は偉大だと痛感します。白駒池は、当然のことながら凍結してその上に雪が積もっているから、ただの白い巨大グランド状態。アイゼンつけて歩いたら氷が破れるかな?と思ったけど、そんなことはなくて、普通に歩けました。いまだにフィルムのカメラを使っているので、写真のアップはそのうちに・・・・・・。
2010.01.10
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http://www.asahi.com/international/update/0108/TKY201001080346.html反捕鯨団体船の漂流物から80センチの矢 水産庁回収水産庁は8日、南極海で調査捕鯨船団の監視船と衝突した米国の反捕鯨団体シー・シェパード(SS)の小型高速船「アディ・ギル号」の漂流物から長さ約80センチの矢4本を回収したと発表した。銃のように引き金を引いて発射する、殺傷能力の高い弓「ボーガン」の矢とみられるが、これまでに使用が確認されたことはないという。(以下略)-----------------これは、怖いと思います。こんな事をする団体は、いくら何でも許容範囲外でしょう。捕鯨の是非を巡る問題は、わたしはよく分からないけれど、とりあえずクジラの肉は好きです。ただし、なくては生きていけない、というほどではないけれど。もし絶滅寸前という事実が存在するなら、禁止もやむを得ないと思いますが、知的生物だからとか可哀想だからと言うのは、禁止する理由にならないでしょう。わたしの知る限り、現状程度の調査捕鯨でも絶滅しそうなほど危機的な状況ではないと思うのですが・・・・・・(もちろん、かつてのような大規模捕鯨が許容できるほどではないのでしょうが)とは言え、捕鯨推進派の言い分にも首を傾げる部分も無くはないですが。主張に首を傾げる部分があるのと、船で体当たりするのとどちらが問題かと言えば、それは後者でしょう。わたしと相棒は1学年違い(相棒の方が年上)に過ぎないのですが、相棒は給食でクジラが出てきた世代で、わたしは給食ではクジラは食べていない世代なのです。年齢の差より地域の差の方が大きいのかも知れませんが。でも、クジラの大和煮缶とか、クジラベーコンは、子どもの頃はごく普通にありましたが、今は、クジラはもちろんですが、「大和煮」という味付けの缶詰自体見かけない気がします。
2010.01.08
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この記事には、4年後に書いた続編があります。続「コンドルは飛んでいく」考---わたしのやっているフォルクローレという音楽の中で、もっとも有名な1曲はというと、おそらく「コンドルは飛んでいく」(El condor pasa)でしょう。この曲があるから、このジャンルの音楽が世界的知名度を得たし、わたしもこの曲が好きで、フォルクローレを始めました。思い返すと、わたしが「コンドルは飛んでいく」を知ったのは中学生(1980年代初頭)です。中学の音楽の教科書に載っていました。フォルクローレでは通常ケーナのキーに合わせてEm(ホ短調)なのですが、音楽の教科書では、アルトリコーダーにあわせてDm(ニ短調)になっていました。ところが、当時はわたしはこの曲がまったく吹けなかったのです。いや、「この曲が」ではなく、音楽がとにかく苦手で、どの曲も全然吹けなかったのですが、この曲は特に、授業の中で何か課題曲としてみんなの前で吹く(吹かされる)場面があって、全然吹けなかったことをよく覚えています。それでも、当時からはこの曲は(聞く立場としては)大好きでした。だから、大学1年の時、ケーナという笛をはじめて知って、「これが、あの『コンドルは飛んでいく』の笛なのか」と知ったとき、この笛の魅力に取り憑かれてしまったのです。「コンドルは飛んでいく」はペルーのダニエル・アロミア・ロブレスという作曲家が1913年に発表した曲です。アロミア・ロブレスが最初から作曲したのか、伝承曲をつなぎ合わせたものかどうかは諸説ありますが、少なくとも伝承曲を「参考にした」ことは間違いありません。一説には、「オリャンタイ」という曲と「コンドルは飛んでいく」が、元は同じ曲だったのではないか、という話もあります。さて、本来「コンドルは飛んでいく」は3部構成の曲です。1部は「ヤラビ」と呼ばれるゆったりしたメロディー(世間的にもっとも有名な部分)、2部は1部のメロディーを少し変形(※後述)して、「フォックス・インカイコ」または「パサカージェ」と呼ばれる行進曲調にしたもの、最後の3部はワイニョというアップテンポのリズムでメロディーも違います。で、正式には3部構成なのですが、真ん中を抜いて1+3の2部構成で演奏するグループも非常に多いのです。私自身は、「ティエラ・クリオージャ」というグループでは、1+2+3部の構成で、「キラ・ウィルカ」というグループでは1+3という2部構成で演奏しています。1913年ということは、あと3年後にはこの曲が誕生して100年ということになります。かなり古い曲です。しかし、この曲が世界的にヒットしたのは、1970年にサイモンとガーファンクルがこの曲を取り上げて以降のことです。サイモンとガーファンクルは、アルゼンチン出身でヨーロッパで活動していた「ロス・インカス」というグループの音源の上に自分たちの歌を被せています。ロス・インカスは、この曲を1部+3部の構成で演奏していたのですが、サイモンとガーファンクルは、さらにその3部を切り落として、1部だけにしました。だから、世間的にはこの部分だけがものすごく有名になっています。サイモンとガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」ロス・インカスの「コンドルは飛んでいく」聞き比べると、まったく同じ音源であることが分かるでしょう。LPレコードの音源なので、回転速度のズレからスピードが微妙に違いますけど。あと、聞き比べて初めて気が付いたのですが、「コンドル」は、チャランゴ(高音の弦楽器)・ソロの部分が、オリジナルでは1回、サイモンとガーファンクルは2回繰り返しています。でも、これはオリジナルのその部分のメロディーを切り貼りで編集して、2回繰り返しにしているだけです。ところで、ダニエル・アロミア・ロブレスが作曲したオリジナルのメロディーは、今日知られているメロディーとはちょっと違います。YouTubeのどこかにないかと検索してみたら、ありました。ギター・ソロですが、これです。現在知られているメロディーは、このオリジナルに一部繰り返しを付け加えたものです。さきに、「2部は1部のメロディーを少し変形して」と書きましたが、もともとは、1部と2部は同じメロディーでリズムが違うだけだったのですが、あとから編曲されて、少し違うメロディーになったのです。この編曲を行ったのは、サイモンとガーファンクルの音源を演奏している「ロス・インカス」のリーダー、ホルヘ・ミルチベルグだということになっています。少なくとも、公式には、そういうことになっているので、「コンドルは飛んでいく」の編曲者にミルチベルグの名が記されており、だからおそらく彼の懐に著作権料が入ってくるはずです。でも、実際にこの編曲を行ったのはホルヘ・ミルチベルグではない、という説もあります。何しろ、彼は数多くの作者不詳の伝承曲を軒並み自分の作曲として著作権登録したと言われる前科がありますから(「コンドルは飛んでいく」も、最終的には「編曲者」になっていますが、一時は「作曲者」と称していたこともあったらしい)、そのくらいのことは、やりかねない。まあ、実際のところどうなのかは、よく分かりませんが。というわけで、ホルヘ・ミルチベルグという人物は、かなりいかがわしいことをやっているのですが、ただ南米ではその手の話が掃いて捨てるほどある(あった)こともまた事実です。彼らが「コンドルは飛んでいく」を録音した1963年当時は、今よりずっと著作権に対する意識も低かったでしょうし。その反面、彼のアレンジするロス・インカスの演奏が非常に素晴らしいものであることもまた事実なのです。正直言って、個別の楽器だけを取り上げると、そんなに高い演奏技量とは言えません。ところが、アンサンブルとして全体を聞くと、今聞いてもやっぱり素晴らしい演奏なのです。このあたりが、このグループのすごいところかなと思います。何にせよ、わたしが20年以上もケーナを吹き続けるようになったのは、この曲の魅力があったからです。今までに何回演奏しただろうか、人前での演奏だけで、100回は演奏していると思います。(ただし、そのうちの半分以上は、ケーナではなくギターを担当していますが)そのうち、フルートでも吹いてみようかと思うのですが、3部のワイニョの部分は、ケーナでも目一杯なので、フルートでは全然指が回りません。
2010.01.07
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100106-00000736-yom-pol首相が南京へ・胡主席は広島へ…中国が打診中国が、日中間の国民感情の改善に向けて、今年6月ごろ、鳩山首相の中国江蘇省南京への訪問を招請する代わりに、11月ごろに胡錦濤国家主席の広島訪問を検討し、日本政府筋に非公式に打診していたことがわかった。複数の日中関係筋が6日、明らかにした。中国は「南京事件」が起きた南京への訪問を戦後の現役首相として初めて実現させることで、東シナ海のガス田の共同開発や中国製冷凍ギョーザ中毒事件などの懸案を先送りしたまま、中国主導で対日関係を進める狙いだ。日中首脳の相互訪問は今年、4月ごろに温家宝首相の訪日、上海万博のジャパンデーが開かれる6月12日ごろに鳩山首相の訪中、11月に横浜で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて胡主席の訪日がそれぞれ計画されている。このうち、鳩山首相の南京訪問招請は上海訪問に合わせる可能性が高いという。------------------何だか、記事の書き方にやや「悪意」が混ざっているような気がするのですが、それはともかく、この提案を日本側が受けるのかどうか、記事には書いてありませんが、是非受けてほしいと思います。もちろん胡錦濤国家主席の広島訪問も。そして、オバマ(あるいはその後任の大統領になるのかも知れないけれど)の広島訪問も。米国の大統領は広島を訪問すべきだと私は思うけれど、日本の首相が南京に行かずして、広島には来い、とは言えません。わたしの記憶では自民党の野中広務は南京を訪問し、大虐殺の記念館に献花を行っています。他に日本の政治家で記念館を訪問した人がいるかどうかは知りません。自民党の政治家ではいないかも知れません。旧社会党には多分いるでしょうが。かつて、旧西独のブラント首相がポーランドのワルシャワ・ゲットーを訪れたように、鳩山首相が南京を訪問すれば、日中関係の歴史に残ることになると思います。
2010.01.06
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100105-00000012-nnp-l46「従わない職員 辞めろ」 阿久根市長が年頭の訓示障害者への差別的なブログ記載などで昨年物議を醸した鹿児島県阿久根市の竹原信一市長は4日、仕事始め式で「今年は私のやり方を加速させる。命令に従わない職員は辞めてもらう」と述べ、対立する市職員労働組合をけん制した。1日付の自身のブログにも「市政に革命をおこします。これまでのものは児戯(じぎ)。血も涙も伴います」と記載。今年も市政運営上の問題は続きそうだ。竹原市長は昨年12月、市賞罰審査委員会のメンバー4人を市長派の市議などで固め、職員に重い処分を科す態勢を整えたばかり。関係者によると、市長は仕事始め式で、1日付の職員の定期昇給を今回凍結したことについても「不当として訴訟を起こすような職員はいらない」と発言。民主党がインターネットの選挙利用を解禁する方針との報道に触れて「国が私をまねする。私のやり方が全国に広がれば、自治体は助かる」と述べたという。竹原市長は、昨年末の仕事納め式に続いて仕事始め式もテレビ局には取材を許可し、新聞社の取材は拒否した。-------------------記事にある定期昇給というのは、別の記事によると、12月24日に市長自身が決裁して、各課に昇級の辞令が配布されていたのに、28日になって突然、昇級凍結を打ち出したのだそうです。朝令暮改とはまさにこのことです。そもそも、市役所職員という自分の部下を、対外的に非難罵倒して、それを売り物にするという行為は、当事者意識が欠如しています。大阪府の橋下知事なども同様の傾向がありますし、小泉政権以降の自民党歴代政権も同様ですが、まるで外部者のように職員を非難攻撃して、職員がやる気になるわけがない。それにしても、「仕事始め式もテレビ局には取材を許可し、新聞社の取材は拒否した。」というその理由は、別の記事によると、「新聞は悪意を持って書くから」だそうです。むかし、これとまったく同じことをやった政治家がいましたね。佐藤栄作元首相。退陣表明の際「新聞は嫌いだ」と言って新聞記者を会見場から追い出し、NHKのテレビカメラだけを前に会見を行った。しかし、権力に対して批判的であるのはマスコミの当然の責務と言っていい。それを、悪意をもって書くから嫌いだ、というのは、一個人の発言としてはあり得ますが、自治体の長の公的発言としては、どうか。言ってみれば、野球チームの監督が「あの投手は打てないから嫌いだ」と、相手チームの投手の登板を認めないようなものです。それでは、「民主主義」という試合が成立しません。政権の座にある人物に対して「悪意をもって書く」マスコミが一つもないような世の中を想像すると、それって独裁政治でしょう。竹原信一という人物は、独裁者になりたい、ということなのでしょう。
2010.01.05
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今まで、これができなかったということ自体が、時代錯誤的だったと思うのですが・・・・・・http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100103-OYT1T00979.htmネット選挙運動解禁、参院選から…民主方針民主党は公職選挙法を改正し、インターネット利用や戸別訪問を解禁して選挙運動を大幅に自由化する方針を固めた。(中略)民主党では小沢幹事長らが選挙運動の自由化を主張している。政権公約(マニフェスト)選挙の定着などで選挙が政党中心に行われ、自由化が買収などにつながりにくくなったと判断している。昨年の衆院選で主要政党が選挙中にHPを更新するなど、ネット利用禁止がなし崩しになってきており、実態に即した改正を行うべきだという声も強まっている。ネット利用は、選挙中のHP更新だけでなく、電子メール使用も可能にする全面的な解禁とする方針だ。ただ、〈1〉投票日のHP更新は認めない〈2〉メールの送信対象は登録者に限定する〈3〉改ざんの恐れがあるため、選挙公報はネットに掲載しない――などの制限を加える案が出ている。自民党は、他人が候補者の名前をかたる「なりすまし」が容易なメールの解禁には否定的だ。民主党もなりすましや中傷の対策などをさらに検討する考えだ。民主党は5月末までに改正案が成立すれば、参院選でネット利用を解禁できるとみている。「インターネット選挙運動解禁研究会」(田嶋要会長)で検討し、議員提案で国会に提出する構えだ。一方、戸別訪問は1925年の普通選挙法制定以来、戦後の一時期を除いて禁止されており、解禁は選挙運動の抜本的な変化につながる。民主党は与野党協議に時間がかかると見ており、ネット利用解禁を先行させる考えだ。◆解禁されれば、こんな事も◆▽選挙期間中、党のホームページに候補者の演説内容の動画を掲載する▽候補者が選挙中の動きを随時、ブログに掲載する▽民間団体が、選挙中の候補者のホームページやブログを一覧できる候補者紹介サイトを開設する---------------------記事の最後に「解禁されればこんな事も」と書いてあるのが、むしろ「今まで、なんでこんな事も認められてこなかったのか」と呆れてしまう内容です。記事にもありますが、去年の総選挙の際、自民公明も民主も、多分他の政党もみんな公選法の規定を無視して、公示後もホームページ更新を続け、新しい動画などもアップし続けているので、もはや実態としては、ネットでの選挙運動禁止は有名無実化しています。だから、法改正と言っても現状追認に過ぎないという側面もあります。記事にあるように、メール送付を認める対象が登録者に限定ということは、読みたくもないのに候補者からの宣伝メールが次々と送信されてくる事態も回避できるのでしょう。ある意味で笑えるのですが、別の記事によると、自民党にはベテラン議員を中心に「ネットを利用する若者には民主党支持者が多い。民主党が改正に熱心なのは、党利党略ではないか」と警戒する声も強い。のだそうです。これだけインターネットが普及しているのに、そんな理由でネットでの選挙運動を禁止し続けるとしたら、むしろその方が党利党略というものです。それに、自民党がもっとも派手に動画の配信をやったんじゃないかな。少なくとも、もっとも話題になったのが自民党による民主党中傷動画だったことは間違いありません。ただし、結果としては、自民党自身の評判と支持を落とすだけの役にしか立たなかったでしょうが。ところで、ネットを利用する若者には民主党支持者が多いという発言は、ネットウヨクの存在を完全否定していますね。あんなものは、声がでかいだけで、実態としては取るに足らない小勢力に過ぎないと看破されているのか、それとも、存在自体を知らないのか、さてどっちでしょうかね。
2010.01.04
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特別高等警察(特高警察、あるいは特高)という組織をご存じでしょうか。戦前の日本に猛威を振るっていた思想取り締まり警察です。1945年10月にGHQの指令によって解散させられています。その特高警察が、「特高外事月報」(特高月報)と呼ばれる報告書を毎月発行していました。当時は極秘資料でしたが、戦後内容が表沙汰になっています。私自身は特高月報の現物を持っているわけではありませんが、いくつかの書籍に、その内容が紹介されています。それを読むと、思想取り締まり警察が私人間の会話にまで介入して、「犯人」を逮捕する社会の恐ろしさ、そしてそれにも関わらず「流言飛語」を根絶することなど不可能な現実がよく分かります。そもそも、どのような法的根拠で、私人間の会話を特高警察が取り締まれるのかというと、陸軍刑法第99条に「戦時又ハ事変ニ際シ、軍事ニ関シ造言飛語ヲ為シタル者ハ7年以下ノ懲役又ハ禁固ニ処ス」という条文があります。「陸軍刑法」なのですから、本来この条文は陸軍軍人に対して適用するものですが、これが1937年以降、民間人に対しても適用できることになった。むしろ逆に陸軍軍人に対しては、憲兵が取り締まりを行うため、特高は手出しができず、特高はひたすら民間人だけを標的に取り締まりを行っていたのです。「軍事ニ関シ造言飛語」が、いかに拡大解釈され、恣意的に逮捕の口実とされていたかは、以下に示す、特高月報に記載された実例を見ると分かります。福島県62歳主婦「一人息子を招集され、生活に困るから税金は納めない」(1937.7)この発言が、「左翼分子等の反戦的策動」として「犯人」が検挙されているのです。(「戦争動員と抵抗-戦時下愛知の民衆」佐藤明夫・同時代社P217)岡山県32歳売薬行商人「最近の支那兵は仲々強く日本兵が相当殺されている。それに今度の戦争はロシヤ、アメリカ等も支那を援助するから戦争は大きくなるばかりだ。日本は半年位の戦争で金は無くなってしまう、大和魂があっても金がなければ戦争は負ける敗戦になると敵の飛行機が来て爆弾で老人も女も死んでしまう。大蔵大臣は開戦に反対したが、陸軍大臣が10円の税金が20円になっても搾り取って戦争をするといって遂に開戦となってしまった。戦争の時の決死隊は志願のようにいっているが願い出るものは1人もなく、皆命令だ爆弾三勇士も命令で死んだのだ」(1937.7、犯人検挙、懲役3ヶ月執行猶予3年)(「戦争ができなかった日本-総力戦体制の内側」山中恒・角川書店P55)後者の発言は、発言の内容としてはかなり思い切っていますが(1937年の時点で、一行商人がここまで先を見通していたとは)、それを知人に話しただけで懲役3ヶ月というのですから、恐ろしい。豊橋市47歳青物商「今度の戦争は大資本家擁護の戦争だ。貧乏人の我々はどうでもよい戦争だ。それなのに戦争に出るのは貧乏人ばかりだ」(1937.9検挙)(「戦争動員と抵抗」P223)名古屋市57歳米穀商「今日では、債券は6割から7割ならいくらでも売手ばかりだ、しまいにはわやだ」(1941.7刑法第105条「人心惑乱罪」で送検)(「戦争動員と抵抗」P218)名古屋市40歳靴職人「天皇陛下は俺たちから高い税金を取って、盆正月がきても下駄一足も買ってくれたことがないじやないか」「日本はアメリカと大きな戦争をぶっ初めやがったが、小さな国がなんで勝てるものか」(1942.1「不敬造言飛語罪」で検挙)(「戦争動員と抵抗」P224)豊橋市23歳工員「戦争で国民は苦しんでいるが、戦争などに負けても国民は亡びるわけではない」「天皇は偉いといふけれど、国民の中には天皇より偉い人物はいくらでもある」「今、政府と吾われとは喰ふか喰はれるかの戦いであって、天皇を倒すぐらいのことは訳はない」(1943.1検挙)(「戦争動員と抵抗」P224)名古屋市無職(元新聞記者)と幼稚園経営の夫妻、長男の戦病死に際し、親戚・知人十数人に送った死亡通知に「拝啓御無沙汰致し候、予て出征中の愚息小尾正事去る12月11日、南支広東省沙頭方面に於て所謂名誉の戦死否犬死を致し申候。ああ24歳の若桜、人生の春にも逢はで無理に散らされ申候、家庭共は経をあぐる代わりに写真を前にして泣いてばかりをり候。今更戦争の大罪悪なることを心より痛感致し候、ああ」と記載(1943.10検挙、ただし釈放)(「戦争動員と抵抗」P227)これらの発言はいずれも市井の一般市民の間の会話です。そのようなところにまで特高警察が目を光らせて、「反軍的」な会話を取り締まる。そのことも恐ろしいですが、これらの会話がどうやって検挙されたのかと考えると、結局は告発(密告)であろうと考えられます。つまり、こういう発言をいちいち特高警察に「御注進」に及ぶ市民も少なからずいた、ということです。まさしく、物言えば唇寒し、です。ところが、それだけ厳しい取り締まりを行っても、この主の発言は根絶するどころか、逆にどんどん増えていきます。「戦争動員と抵抗」には、愛知県内の軍需工場で、度々反戦的な内容の落書きがあったことが記されています。落書きすら、特高警察が捜査するのですから、怖い時代です。ただし、さすがに落書きは多くの場合犯人不明で終わったようですが。戦争末期には、そのような落書きばかりではなく、各軍需工場ともかなり高率の欠勤率を抱えていたと言われています。もう、どうやっても厭戦気分の高まりは、阻止することが出来なかったわけです。ただしそれでも、表向きはっきりと「戦争反対」と主張することはできなかった。もし、それが出来ていたら、あと何ヶ月かでも早く戦争は終わったかも知れません。たった10日早く戦争が終わっただけでも、戦争の犠牲者は何十万人か少なかったはずです。広島・長崎の原爆はなかったし、ソ連の参戦もなかったかも知れないですから。そう考えると、自由にものが言えない体制が、いかに国の進路を誤らせるか、ということを痛感します。ところで、特高警察は1945年10月に解体され、その構成員の多くは一時公職追放となりますが、冷戦のはじまりとともにほとんどが追放解除され、公安調査庁や公安警察などに再就職して、結局元のさやに戻ってしまっています。現在の公安警察は、こういうことをやってきた特高警察が原型になっている、これが現実です。
2010.01.03
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去年の1月2日に初めてYouTubeに演奏をアップロードして、ちょうど1年となりました。(YouTubeの表示は日本時間ではないため、1月3日と表示されていますが)最初にアップロードしたのはハチャ・マリュクポジェリータアルフォンシーナと海コンドルは飛んでいくの4つでした。いずれも、動画ではなく静止画に音声を被せたものですが。それから1年間、現在は47のファイルを公開しています。何故か「コンドルは飛んでいく」だけは再生回数が急増して、まもなく36,000アクセスに到達するほか、同じ録音を高画質でアップロードしたものも17,000アクセス近くに達しています。それ以外のファイルはそれほど再生されていません。コンドルの次に来るのは、フルートで吹いた「さくら」(もちろん、フォルクローレではない)で、2,300アクセスほど。やっぱり、フォルクローレの中では「コンドルは飛んでいく」の知名度が圧倒的ということなのでしょう。「コンドル」に関しては、アクセスの大半は日本からですが、その他の曲では、日本からのアクセスがほとんどなく、外国(アルゼンチン、チリ、ボリビア)からのアクセスが大半を占めるものもあります。アクセス数はそれほど多くないとは言え、世界とつながっている、ということを実感します。総アクセス数は現在約8万あまり、ずいぶん多くの人に聞いていただいているようです。このブログのアクセス数が1年半かかって5万弱、mixiは3年半で3万あまり、自分のホームページは7年弱で4万アクセスですから、YouTubeのアクセス数が最多です。
2010.01.02
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実は、この2月に42歳になります。厄年だ・・・・・・。もっとも、厄年の計算は満年齢ではなく数え年で行う場合が多いようなので(Wikipediaによると、川崎大師だけは満年齢で計算するようです)、そう考えると去年が厄年だった、ということになるのでしょう。うーん、思い当たるフシは大いにあります。何しろ、1月1日の朝9時に父が救急搬送され、お正月は吹っ飛びましたから。きっと、去年こそが厄年だったに違いない。と、思うことにしておきます。個人的なことももちろんですが、この1年が世界の多くの人々にとって、少しでも幸せな年となることを祈っています。http://www.asahi.com/national/update/0101/TKY200912310228.html日本の人口、7万5000人自然減 09年・過去最大幅2009年の国内の死亡者数は114万4千人で、戦後統計をとり始めた1947年以降最多となることが、厚生労働省が31日に公表した人口動態の年間推計で明らかとなった。死亡数から出生数を引いた自然減も7万5千人と、過去最大の減少幅になる。出生数は前年より2万2千人少ない106万9千人。ひとりの女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は、08年の1.37と同水準が見込まれるという。死亡数は前年より2千人増えた。05年に初めて自然減に転じた人口は、06年に一時的に増加したものの、07年からは自然減が継続し減少幅は年々拡大している。厚労省は「出産年齢層の女性が減る一方、高齢化で死亡数は増える傾向がある。自然減が大きくなる流れは今後も続く」とみる。結婚は前年より1万2千組少ない71万4千組、離婚は2千組増えて25万3千組となる見通し。-------------少子高齢化の進行により、人口減が進んでいるようです。少し前までは、人口減少は問題であると私も思っていました。でも、最近は少し考えが変わりました。何より、私自身子どもが1人しかいません。私(と相棒)もまた、少子高齢化の進行に一役買っている当事者の1人なので、自分のことを棚に上げて「出生増を!」と書いても仕方がない。そして、37万平方キロの国土に1億2千万人の人口がひしめくこの国で、環境問題や資源・エネルギーの問題を考えると、もっともっと人口が増えることが望ましいとは言えないのではないかと思えてきたことも理由の一つです。日本の人口密度は、2008年現在で1平方キロ当たり約338人。世界181ヶ国中堂々(?)の第16位です。世界の人口密度ランキングを見ると、日本より上位の国は、インドを例外として、すべて国土面積が日本より小さな国です。しかも、日本は国土面積の7割を山地(傾斜地という意味で)が占めており、可住地が少ないので、実質的な人口密度はこの表よりもっと高い。日本の人口1億2千万人は、世界の人口(現在約68億人)の1.7%あまりを占めるに過ぎませんが、例えばCO2排出量は世界の4%以上を占めます。中国のCO2排出量が世界一になったと報じられていますが、これは中国の人口が多いためで、人口比で言うと、中国の人口1人あたりCO2排出量は日本の半分にも満たないのです。エネルギーの消費量についても、ほぼ同様の傾向があります。(中国の人口1人あたりエネルギー消費量やCO2排出量は少ないものの、急造していることは間違いなく、これはこれでかなり問題ではありますが)少子高齢化が社会に様々な問題を招くことは確かです。しかし、それでも人口がどんどん増え続け、資源エネルギーの消費量もどんどん増え続け、どこかで破滅的な事態を招くよりは、まだしも弊害は少ないのではないかと、最近はそう思うようになりました。何はともあれ、今年もよろしくお願いします。
2010.01.01
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