inti-solのブログ

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2018.06.03
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カテゴリ: 政治
「活動家」になり果てた2紙の新聞記者 その使命は「煽情記事」を書くことか 作家・ジャーナリスト 門田隆将
「悔し涙が出た」「信じられない思いだ」「賠償も受けられず、遺族は泣き寝入りすることになる」-働き方改革法案が衆院厚生労働委で可決された翌5月26日の朝日・毎日の紙面には、そんな過激な言葉が躍った。~毎日も遺族のコメントを引用し、さらに日本労働弁護団幹事長の〈「高プロ対象者の時間的な裁量や、業務量の裁量は、法案のどこにも書かれていない。働き手は業務命令を断れず、従わざるを得ない」〉という談話を掲載した。~
だが、読売や産経を読むと、まるで趣きが異なってくる。~
読売には50歳代の弁理士が登場し「電話などで仕事が中断されやすい日中を避け、深夜や週末に集中して仕事をするやり方も選べる」「脱時間給の制度で、自分に合ったペースで働く方が成果が出て、賃金も上がると思う」と語る。これまでは深夜や週末にまとめて仕事をしたくても割増賃金となるため経営側から敬遠され、思い通りにならなかったというのだ。
法案は、維新の会と希望の党が加わって修正がなされ、適用は本人同意が必要との従来の内容に加え、新たに離脱規定も設け、本人の意思でいつでも離脱できるようになったことが記事では解説されている。つまり、加入も離脱も本人次第で、自分に有利と思えば適用を受け、嫌になればいつでも離脱できる「自分に得になる方式」を自由に選択できるものだというのだ。読売、産経両紙では野党による「過労死促進法案」との叫びに疑問が呈されている。
重要なのは、朝日・毎日には、一方のそういう受け取り方が書かれていないことだ。両紙が「安倍政権打倒」に執着したメディアであることは、もとより承知している。だが、自分の主張に都合の悪い情報は読者に提示せず、一方的な煽情記事を書くのが果たして新聞の役割といえるのだろうか。
自分たちが、すでに「新聞記者」ではなく「活動家」となり果てていることを認識することをこの際、強くお勧めしたい。

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「新聞記者」ではなく「活動家」となり果てている、ですか。

産経の阿比留瑠比とか野口裕之のことですね?分かります。 「自分の主張に都合の悪い情報は読者に提示せず、一方的な煽情記事を書くのが果たして新聞の役割といえるのだろうか。」これ、 全部産経新聞に対する当てこすりですよね? まさか、本心で産経のことを棚にあげて、朝日や毎日の記者を揶揄したりしていないですよね?
もし、本気で阿比留瑠比や野口裕之、産経新聞の「一方的な煽情記事」を棚に上げて朝日や毎日を批判しているのだとしたら、わたしは門田隆将なる人物を心から侮蔑します。

さて、門田隆将の叫ぶ高度プロフェッショナル制度擁護論(産経や読売の主張でもある)は、果たして事実でしょうか。

「電話などで仕事が中断されやすい日中を避け、深夜や週末に集中して仕事をするやり方も選べる」「脱時間給の制度で、自分に合ったペースで働く方が成果が出て、賃金も上がると思う」

世の中には色々な考えの人がいるから、このような考えの人がいること自体は否定しません。が、どう考えてもその主張は論理的に破綻しているように思います。

「電話などで仕事が中断されやすい日中を避け」というのですが、その電話は仕事と無関係なものでしょうか?
もしそうならば、そんな電話はシャットアウトすればよいだけの話です。が、実際には多分そうではない。日中にかかってくる「仕事を中断する電話」の大半は仕事に関わるものです。仕事というのは、他者(雇い主や顧客)との関わりの中で行うものであり、それらとの「報連相」なしに行える仕事などありません。つまり、日中にかかってくる「仕事を中断する電話」に対応することもまた、仕事の一部なのです。
いくら「自分たちのペースで仕事をする」と美名を並べたところで、世の中の多くの人は平日の日中に仕事をしている以上、顧客や雇い主とのやり取りも大半が平日日中に発生します。そうである以上、「深夜や週末に集中して仕事をする」から、日中は出社しません、という仕事のやり方が通用する例は、かなり少ないことは歴然としています。
結局、日中は電話対応をして、かつ夜間や土日にも仕事をする、というのが大半であり、「高プロ」の対象になったとしても、「だから平日日中は出勤しません」というわけには(ほとんどの場合は)いかない。結局、高度プロフェッショナル制度は、そのような人たちから残業手当を奪い取るだけの意味しかなくなります。

適用は本人同意が必要との従来の内容に加え、新たに離脱規定も設け、本人の意思でいつでも離脱できるようになった~つまり、加入も離脱も本人次第で、自分に有利と思えば適用を受け、嫌になればいつでも離脱できる

というのですが、では将来産経新聞に高度プロフェッショナル制度が導入されたとして※、「俺は嫌だよ、高プロ適用外にしてくれ」と言い出す社員がいた場合、その権利を完全に保障され、一切の不利益をこうむることがないで済むでしょうか。

※もっとも、現状でもマスメディアの記者は裁量労働制の適用対象になっています

どう考えても、絶対に無理であることは歴然としています。企業と一従業員では立場の強さに大きな差があり、また「他の同僚に迷惑がかかる」とか様々な同調圧力の強い日本社会において、社内で一人だけ別行動というのは、たいていの場合は非常に困難であり、退職を覚悟の上でなければ主張を貫くことはできないのが現実です。高度プロフェッショナル制度だけが、その例外になりえると信じているとしたら、あまりにおめでたいとしか言いようがありません。

つまり、門田隆将が引用するような高度プロフェッショナル制度推進派の言い分は、所詮「お題目」「絵空事」に過ぎないのです。門田や産経が絵空事を信じるのは勝手です。しかし、他紙がそのような絵空事を信る義務もなければ、紙面を割く義務もありません。自分たちと同じように政権擁護の「高プロ」推進をしないから「記者ではなく活動家だ」というのは、腐り切った言い分としか私には思えません。





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最終更新日  2018.06.03 22:41:57
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