inti-solのブログ

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2019.09.26
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カテゴリ: 環境問題
小泉環境相「気候変動の問題、取り組むことはセクシー」
小泉進次郎環境相は出張先のニューヨークでの共同会見で「気候変動のような大きな規模の問題に取り組むことは、楽しく、クールで、セクシーに違いない」と英語で述べた。小泉氏はその後、国連本部で開かれた都市の脱炭素化に関するイベントに出席しており、日本として気候変動問題に貢献していく姿勢も示した。(以下略)
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すでに各方面から批判を浴びている発言ですが、そもそも何を言いたいのかがわたしにはさっぱり理解できません。あるいは、本人自身も言いたいことなどないのかもしれません。耳に心地よい単語を脈絡なく並べてみただけ、なのでしょう。

ところで、歴史認識をめぐる問題で、南京大虐殺否定論やホロコースト否定論があるのと同様に、地球温暖化をめぐる問題でも、温暖化懐疑論者というものがいて、結構な勢力を持っています。米国のトランプ大統領なども、どうやら温暖化懐疑論と深く結びついている様子です。近視眼的な経済的メリットを考えれば、「温暖化なんてウソだ」と言う方が万事都合が良いからでしょう。
その一方で、温暖化の危機を強調する人たちの中に、それはいささか誇張に過ぎるだろう、という主張がない、ともいえません。

この問題は、当ブログを開設した10年前に、結構しつこく取り上げたテーマですが、それからだいぶ時間が経っているので、再論してみようと思います。

温暖化問題は、いわゆる地球環境問題であり、自然環境への重大な脅威である、というのが大方の理解です。それに対して、温暖化懐疑論者の言い分は、ひとつは、「温暖化なんかしていない」というもの、もうひとつは、「温暖化なんて大した問題ではない」というものです。
簡単に言ってしまえば「温暖化なんかしていない」というのは「ウソ」であり、「大した問題ではない」というのは「半分ウソ」であると私は思っています。
折りしも、世界気象機関が、過去5年間の世界の平均気温は観測史上もっとも高温だったと 発表しています。 近年の世界の気温の上昇傾向は各地の気温データからも明白であり、どう考えても否定しようがありません。

では、「温暖化は大した問題ではない」というほうはどうでしょうか。先に、それらは半分ウソと書きました。つまり、半分は事実ということです。
地球が現在よりはるかに高温だった時代は、確かにありました。その時代に地球環境が重大な危機に瀕していたかというと、必ずしもそうではありません。でも、そこから「だから温暖化は大した問題ではない」という結論を導き出すのは、「ウソ」ということになるのです。

地球の歴史という時間の尺度で見れば、人間によるどんな環境破壊も、たかがしれています。例えば、有名な6500万年前の巨大隕石落下による恐竜の大絶滅は、全面核戦争何回分にも相当する巨大な環境破壊でした。それでも、ほんの1000万年程度で地球は、陸上の動物相は元とは多少異なるものの(植物相と海中の生物相はあまり変わらなかった)、豊かな自然を取り戻しています。
でも、1000万年という時間は、地球の歴史の上ではさほど長いものではありませんが、人類の歴史から見れば永遠です。人為的な自然破壊から地球環境が復活するのに要する時間は、更に短いでしょうが、仮にそれが1万年だとしても、人類にとってはほとんど永遠です。
つまり、地球温暖化をはじめとする環境をめぐる問題は、実は「地球が壊れる」問題ではなく「人類社会が壊れる」問題なのです。
そこを勘違いすると、トンチンカンな話になってしまいます。

地球の歴史は気候変動の歴史です。例えば、およそ1万年前、最終氷期が終わって現在に続く間氷期(後氷期)に移る時期には、急激な温暖化、再寒冷化、再度の温暖化という3度の気候急変動がありました。その変動は、寒くなる際は数十年、暖かくなるほうに至っては、数年で一気に5度以上気温が変わるという凄まじさでした。もし現在にそのような気候変動が生じれば、現代文明は確実に破滅します。
それに比べれば現在危惧されている気候変動など、たいしたことではありません、地球環境的には、です。でも、現代の人類社会にとっては、それだってきわめて深刻な問題なのです。
温暖化によって海水面が5m上昇したとします。その程度のことは、地球の歴史の中では過去無数に起こったはずです。でも、現代文明は、そんな経験はこれまで一度もしていません。地球環境的には「よくあること」でも、今の人類社会にとっては未だかつて経験したことのない重大事態なのです。5mも水位が上がったら、海岸線付近に広がる世界の多くの大都市で、何千万か、ひょっとすると何億人もの人が住む家を失います。バングラデッシュとかオランダとか、太平洋上の島国は、国ごと存亡の危機に陥るでしょう。

人類が農耕という食料調達システムを発明したのは、前述の最終氷期終わり頃の気候の急変動期です。発明のきっかけは急激な気候変動だったと思われますが、それ以降の農耕の発展と文明の発達は、逆に地球の気候がこの一万年間ずっと安定的だったことによるものです。グリーンランドの氷床コアの分析からは、それ以前の時代は気候は不安定で年ごとの気温の変動が凄まじく大きかったことが分かっています。
そのような環境下では、農業を安定的に営むことはできないので、文明を大きく発展させることも難しいでしょう。
逆に言えば、現代社会の基盤である農業生産は、気候の変動に対して脆弱であり、もしも地球の気候が過去1万年間の安定性を失えば、現代社会は容易に危機に陥るということです。

気温がわずか2~3度上昇する程度のことの何が問題なのか、という人もいます。しかし、第一に、2~3度上昇したところで止まる保証はありません。というか、止まるはずがありません。第二に、地球全体の年平均気温での2~3度の違いは、かなり大きな違いです。
例えば、東京の年平均気温は15.4度であり、仙台の年平均気温は12.4度です。そこには、丁度3度の違いがある。仙台の気温が東京並になったら、暖かくて助かる、というレベルの話ではすまない。気温の変動は降水パターンの変動にもつながりますから、これまでと雨の降る季節が変わったり、降水量が増えたり減ったりする地域が数多く生じます。全世界レベルでそんなことが起きたら、現代社会は非常に大きな混乱が生じることは、容易に想像がつきます。
気温が上がることは、理論的には作物の栽培には好都合になる、はずです。でも、現実にはそうとは限りません。例えばジャガイモは、気温が25度を超えると成長が止まりますし、稲だって35度以上の気温が続くと高温障害が生じます。

我々人類は、直近1万年間という、人類史的には永遠に等しいけれど、地球史的にはわずかな期間の気候の安定性という薄氷の上に、壮麗な城を築いているようなものです。しかも、その氷の厚さは正確には分かってもいない。それなのに、「たいしたことはない」と言って、もっと高い城を築いたり、氷をドンドンぶっ叩いたり、氷の上で焚き火をすることは、自分で自分の首を絞める、以外の何事でもないように思えます。
別に、湖の氷が割れても、湖自体(地球自体)にはさほどの影響はないでしょう。でも、そのうえで生活している人間は溺れるよ、というはなしです。





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最終更新日  2019.09.26 19:00:08
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