inti-solのブログ

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2019.11.13
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桜を見る会を巡る権力と公金の私物化を見ると、そのような印象を強く抱くわけですが、今日の記事はその問題ではありません。地球の裏側から届いた政変劇についてです。

ボリビア大統領辞任のモラレス氏、メキシコに亡命
南米ボリビアの大統領選で不正を指摘され、大統領の座を退いたモラレス氏が11日、メキシコへの亡命を表明した。
モラレス氏は11日深夜のツイートで、メキシコへ向けて出発すると述べる一方、近いうちに「力とエネルギーを強めて帰国する」と予告した。
メキシコのエブラルド外相もツイッター上で同日夜、モラレス氏がメキシコ空軍機で出発したことを確認。同氏の身柄は国際法上、すでにメキシコの保護下にあるとの認識を示した。
同時に投稿された写真には、メキシコ国旗で体を覆って機内に座るモラレス氏の姿が写っていた。
ボリビアでは先月実施された大統領選の結果をめぐって抗議デモが激化し、モラレス氏の退陣を求める声が高まっていた。
モラレス氏は軍によるクーデターで追放されたと主張。同氏と同じく左派の立場を取る南米諸国の首脳らも、この主張を支持している。

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かつてボリビア中の期待を担い、事実としてそれに応えてきたエボ・モラレス大統領の、あまりに無残な政権末期と言わざるを得ません。
直接的な契機は、10月に行われた大統領選の不正疑惑です。現職で4期目に出馬したモラレス大統領の得票率は45%で首位でしたが、ボリビアの大統領選は、首位の得票が5割を越えるか、4割以上で二位との差が10ポイント以上であれば一回目の投票で当選が決まりますが、そうでない場合は上位2人の決戦投票という規定があります。2位のカルロス・メサの得票率は、開票率8割を越えた段階で37%だったので、決戦投票不可避と見られていました。
決戦投票になった場合、3位以下の候補はみんな反エボなので、その票がカルロス・メサに集中すると思われ、エボは相当苦しい戦いを強いられると目されていたのです。
ところが、ここで突然に開票作業が中断、そして再開されたら、確定投票では何故かエボとメサの得票差は10ポイント以上開いていたのです。野党陣営は黙っていない。不正があったと猛反発して、連日ムリージョ広場(大統領府前)で抗議集会という騒ぎになりました。
実際に不正選挙があったのかどうか、その決定的証拠については私は分かりませんが、残票2割もない中で、急に1位と2位の得票差が、現職に都合のよいように数ポイントも変動して、決戦投票を免れた、なんて、状況証拠から見れば「真っ黒」としか見えないことは確かです。

ただし、この件はいわば「最後の一押し」でしかありませんでした。それまでにエボから人心が離れていく理由は色々ありました。そもそも、ボリビアの憲法は大統領の4選を禁じています(というより、実は3選も禁じているのですが、これについては後述)。彼は大統領4選を認める憲法改正を試みましたが、3年前に国民投票で否決されています。にもかかわらず、いわば憲法違反の形で今回強引に出馬しています。その点でも支持者が離反したし、更に4選を目指して憲法改正を試みたこと自体が、かつての熱心な支持者を幻滅させました。

更に遡れば、任期の数え方の問題もあります。前述のとおり、ボリビアの憲法は大統領の3選を禁じているし、エボが改正を目指した内容も、3選を可能にする、というものです。それが何故4選と「翻訳」されているかというと、再選制限のカウントは現在の憲法の下での大統領選のみ、と解釈されているからです。現在のボリビア憲法は、エボ自身が改正したものですから、彼の1期目の大統領選は旧憲法下のものです。この、かなりアクロバティックな論法によってエボの大統領任期は2期目からカウントする、ということになっているのです。裁判所もこの解釈を認めていますが、「貧しき者の味方」の振る舞いとしてはいささか興ざめする話ではあり、このあたりから熱心な支持者が離れ始めたような気がします。それでも当時は、まだまだエボには高い人気があって、高い得票率で「再選」されましたが、これ以降、前述の経過によって、かつての熱心な支持者がどんどん離れていったわけです。
また、個別具体的にどのような事例があるのかは知りませんが、長期政権になることで政治腐敗もかなり進行していたようです。(ただし、ラテンアメリカにおいて腐敗と無縁な政権などほとんどないのが現実ですけど)
今や、知人によると「かつて最も熱心なエボ派だった人ほど今ではもっとも激烈な反エボ派」だそうで、与党、閣僚からも造反者が続々、支持母体の労働組合や農民団体からもそっぽをほ向かれる、という状態です。

多分、彼が後継者を育てて自分の理想を引き継いでいこうとしなかったことが、一連の失敗の根本なのだろうと思います。エクアドルで、左派のラファエル・コレア大統領が、後継者に指名したレニン・モレノ(その名も、かのレーニンに由来するのですが)が当選したとたんに裏切られて、急激な右旋回を遂げてしまったことも、彼が後継者を育てることよりも自らが権力に執着し続ける一因となったのではないか、という意見もありますが、一連の経過を見ると、エボの自らの大統領任期引き延ばし作戦はそれ以前の時期から始まっているようにも感じます。
いずれにしても、初当選時は40代半ばだった彼も今や60歳、永遠に大統領で居続けることはできないのだから、どんなに後継者が不安だったとしても、いつかは後継者に引き継がなければいけなかったのに、それをしなかったことが、蹉跌の始まりと言わざるを得ないでしょう。

ただし、モラレス政権の成果は、その晩節は汚したとはいえ、素晴らしいものがあったこともまた事実です。以前に記事を書いたことがありますが、かつてボリビアはラテンアメリカでも最貧国の一つと言われ、1985年には年率2万%というすさまじいインフレ(1年間で物価が200倍になるということ)を経験し、独立以来百数十回といわれるクーデターなど、政情不安と貧困の支配する国でした。
しかし、モラレス政権下でボリビア経済は一貫して年5%近い経済成長を続け、それをインフラ整備や貧困層の生活改善に充ててきた結果、私が頻繁に旅行していた当時とは見違えるほどの発展を遂げています。ラパスのロープウェイ網なんて、私はまだ見たことがないのですよ。
これに伴って、貧困層の割合が大幅に減少、中間層が大幅に増大しています。モラレス政権以前、ボリビアにおいて貧困層の割合は6割以上、極貧層は4割弱に達していましたが、現在は貧困層38%、極貧層18%まで縮小、逆に中間層は38%から58%に増加しています。ボリビアという国は、南米の中でも小国であり、私のようなフォルクローレ・ファン以外には、ほとんど知られていないので、その経済成長ぶりが世界に注目されるようなことはほとんどないものの、この間の経済成長率はラテンアメリカでも随一のものです。

もちろん、それは原油や天然ガスの価格の高騰(ボリビアは石油は出ないが天然ガスは産出します)に支えられてのことではありましたが、エボにとっての「兄貴分」であったベネズエラが、原油価格の低迷とともに国家破綻状態に陥っているのに対して、ボリビアは、現在でも(経済成長率は以前より鈍化し、財政状況や貿易収支は悪化しつつあるものの)破綻状態とは無縁で、国民生活は安定しています。
かつては、ベネズエラといえば貧富の差は大きいもののラテンアメリカ最富裕国、ボリビアは最貧国でしたが、今やボリビアのほうが安定しており、最貧国から脱して中進国に近づきつつあるのが現状です。その状態を作り上げたエボの功績(言うまでもなく、本人は経済の専門家ではなく、 極めて優秀な経済専門家 を味方につけて、閣僚に迎えたからです。そんなブレーンを味方に付けられること自体が大きな才能であることは言うまでもありません)は多いに認められるべきものです。

その功績は大いに賞賛すべきですが、しかしやはり権力は腐敗する、長すぎる統治は弊害をもたらす、という一般法則からは、エボ・モラレスといえども無縁ではいられなかったのだな、と思わざるを得ません。実に残念なことです。





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最終更新日  2019.11.13 23:59:20
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