inti-solのブログ

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2022.10.19
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テーマ: ニュース(96552)
カテゴリ: 戦争と平和
ロシアの動員、悲惨な実態 「これはやばいよ」新兵SNSで訴え次々
穴の開いた防弾チョッキやさびた自動小銃――。ウクライナへの侵攻を続けるロシアで、9月に始まった部分的動員の悲惨な現状を伝えるSNSの投稿が続いている。「(配置前の)訓練はないと告げられた」と涙ながらに訴える人までいる。プーチン政権は動員で侵攻の劣勢を覆す考えだが、早くも動員による戦死者が出ており、士気の低下は深刻だ。
黒い目出し帽をかぶった軍服姿の男性が、穴が開き、テープで補修された防弾チョッキを見せている。
今月にSNSで広まった、動員されたとみられる男性の写真だ。男性はロシアが支配するウクライナ南部クリミア半島出身で、写真を投稿した男性の親族は、投稿の中でこうつづった。
どんな装備で人々を戦いに送るつもりなのか」

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太平洋戦争末期、旧「満洲」で、かつて日本陸軍の中ても最精鋭とうたわれた関東軍は、主力を次々と太平洋の激戦地に引き抜かれていき(もっとも、その少なくない部分は戦場に着く前に輸送船が撃沈されて、戦う前に海の藻屑と消えていますが)、1945年3月には、太平洋戦争開戦時に関東軍に属していた13個師団がすべて移動してしまいます。その穴埋めをすべく、45年6月から「満洲」在住邦人25万人の「根こそぎ動員」が行われました。
形の上では関東軍の兵力は急増して、24個師団、9個混成旅団、1個戦車旅団で太平洋戦争直前の「関特演」当時の規模を回復しますが、言うまでもなく、その実態は、兵士の頭数だけを揃えたにすぎない惨憺たるものでした。
何しろ、小銃すら持たない丸腰の兵隊が10万人もいたというのです。関東軍は、実質的には「案山子の兵団」と化したのです。「満洲」ではなく本土での話ですが、敗戦直前に召集された補充兵の中には、本当に火縄銃や竹槍を持たされた兵隊もいるくらいです。
1945年8月9日、ソ連軍が対日宣戦布告して「満洲」に攻め込んだ時、関東軍の額面上の兵力は上述のとおり24個師団、9個混成旅団、1個戦車旅団でしたが、実戦力としては8個師団相当だったと言われます。
当然、ソ連軍には全く歯が立たず、あっという間に敗北しました。

それから77年がたち、歴史は繰り返す、今度はソ連の末裔であるロシアが旧関東軍とおなじ状態に追い込まれています。
ある意味関東軍よりひどいのは、当時、日本は太平洋戦争敗北直前であり、動員兵力は700万人にも達し、B29の空襲と潜水艦等による輸送網の寸断で、本土は焼け野原、国民は総飢餓状態に陥っていました。もう絞り切った雑巾からまだ水を絞り出すような状態だったわけです。(もちろん、その状態で手を上げなかった戦争指導者たちには大いに非がありますが)
しかし、今のロシアはそうではありません。ウクライナ側はともかく、ロシア側は別に総力戦を戦っているわけではないし、空襲で国内が焼け野原になっていいるわけでも、国民が飢餓地獄に陥っているわけでもありません(この先はどうか分かりませんが、今の時点では)。太平洋戦争末期の日本よりは明らかに余力のある状態です。

それなのにこの状態というのは、すべてが泥縄式に、後手後手のやっつけ仕事で計画されているからでしょう。
もっとも、この点に関してはロシアだけが酷いのかどうかは分かりません。米軍も、イラク戦争の際に、第一線の戦闘部隊はともかく、あとから急遽召集された予備役兵には、まともな戦闘訓練もなくイラクに送り込まれた例が多々あったように記憶しています。先進国、主要国とされる国はどこも、最近数十年間、総力戦なんて経験はなく、そのための準備もしていないのでしょう。それは、ある意味「どんな総力戦でも何年でも耐えられる」という状態よりは多くの国民にとっては幸せなことではないかと思います。

それにしても、プーチンが専制的な政治体制を敷くロシアと言えども、今や軍での滅茶苦茶な対応はそのままSNSに流出する、そういう時代になっているのですね。





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最終更新日  2022.10.19 20:15:52
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