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「あんた、ユーリに何したの!?」ユーリアはそう言うと、キッと女性を睨みつけた。「何もしてないわ。ただ彼を見ていただけよ。」女性はにやりと笑うと、ユーリアに近づいた。「あなたの可愛い妹さん、返してあげるわ。」女性は地面に置いていた何かをユーリアに渡した。「アデル・・」それは、アデルの生首だった。「余りにも煩いから、わたしが殺しちゃったわ。まぁ、この子はいずれあなた方に始末される運命だったから。」女性はそう言いながら、唖然としているユーリアを見た。「あなた、目的は何なの?」「目的なんかないわ。わたしはただ、面白おかしく生きたいだけ。」ユーリアが女性に掴みかかろうとした時、突然地面が激しく揺れ始めた。「もうすぐアデルの内と外を繋ぐ扉が閉まるわ。早くしないとあなた方、元の世界には戻れなくてよ?」「そんなこと、わかってるわよ!」女性の狙いを聞き出せずに、ユーリアは舌打ちして気絶しているユーリを肩に担ぐと、アデルの内部から出た。「お姉・・様・・?」アデルがゆっくりと蒼い瞳を開けると、そこにはユーリアの安堵した顔があった。「もう熱が下がったのね。良かった。」「ユーリ兄様は?」「ユーリ兄様はお部屋で休んでいるわ。それよりもアデル、もうお休みなさい。」「ええ。お休みなさい、お姉様。」アデルの部屋を出たユーリアは、溜息を吐いてユーリの部屋へと向かった。ドアを開けて中に入ると、寝台にはユーリが眠っていた。「ユーリ、あなた一体どうしちゃったの?」ユーリアが突然倒れて数日経つが、未だに意識が戻らない。女性と何があったのだろうか。「ユーリア様、失礼致します。」ドアがノックされ、アベルが部屋に入って来た。「ユーリ様のご容態は?」「相変わらずよ。それよりも、マキノさんは?」ユーリアの問いに、アベルは俯いた。「喀血なさってから、床に臥せっておいでです。マキノ様はうわ言のようにマオ様のことを何度も呼んでおります。」「そう。あの人は本当に、マオ様の事を愛しておられるのね。」「ええ。マキノ様はマオ様を実の息子のように思っておりますから。彼は何としてでもマオ様をお守りするとおっしゃっておられましたし。」「血の繋がりがなくても、親子の絆というものは存在するのね。やっぱり人間は、独りでは生きていけないのね。」ユーリアは溜息を吐きながら、ユーリの手を握った。「あなたにはまだユーリの事、まだ話していなかったかしら?」「え?」「あのね・・ユーリには、アデルとマオ様と同じように、妖狐の血が半分流れているの。」ユーリアの言葉に、アベルは驚愕の表情を浮かべた。「では、ユーリ様は・・」「厳密に言えばこの国の皇太子ではないの。本当の皇太子は死んだのよ、産まれてすぐに。」ユーリアはアベルを見つめながら、ユーリの出生の秘密を少しずつ話し始めた。 ユーリの母親は、摩於君と同じように、帝を惑わした妖狐と同じ一族の妖狐だった。名を、鶯蘭(エンナン)といった。鶯蘭は、銀髪蒼眼の美女であったが、高慢な性格の持ち主だった。彼女はダブリス王国に仕える貴族の養女となり、皇帝主催の舞踏会で、皇帝に近づいた。やがて鶯蘭は彼との間に双子の男女を産み落とした。同じ頃に、皇妃も待望の男児を産んだが、その子は亡くなってしまった。皇帝は鶯蘭から双子の片割れの男児を取りあげ、彼をユーリと名付け、皇太子として育て始めた。鶯蘭とその娘の消息は、未だわからない。にほんブログ村
2010年09月30日
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ユーリアとユーリは、変幻を迎えたアデルを救う為、彼女の内部に潜った。そこは、何の生き物が住んでいない広大な砂漠だった。「ここが、アベルの内部?」ユーリは目の前に広がる砂漠を見て、驚愕の表情を浮かべた。あの可愛らしい異母妹の心の中に、こんな世界が広がっているなんて知らなかった。「そうね。ここがアベルの内部・・彼女の精神世界よ。」ユーリアは周囲を見渡しながら、砂漠を歩き始めた。荒涼とした砂漠を歩いていると、何処にも生き物の気配がない。まるで、アデルがそれを望んでいるかのように。(アデルの変幻体は何処に居るんだろう?)ユーリがそう思い始めた時、突如何処からか歌声が聴こえた。「姉上、今何か聴こえませんでしたか?」「え? 何も聴こえないわよ?」「おかしいな・・」空耳だろうかと思った時、再び歌声が聴こえてきた。ユーリは気になって、歌声が聴こえる方へと向かった。「ユーリ、何処行くの?」砂漠を暫く走ったところに、急に豊かな水と緑に囲まれた森が彼らの目の前に広がった。「ここは・・」「一体どうなってるの? 砂漠の次は森・・」2人が呆然と森を見つめていると、歌声とともに白い光がぽうっと浮き上がってきた。やがてそれは人の形を為し、銀髪蒼眼の女性が2人の前に現れた。「わたしと、同じ顔?」ユーリは自分と瓜二つの顔をした女性を見て驚愕の表情を浮かべた。「やっと会えたわね。」女性はそう言うと、ユーリに向かってにっこりと笑った。「貴様は誰だ? アデルは、わたしの妹は何処にいる?」ユーリは腰に帯びていた剣の柄に手を伸ばしながら、女に詰問した。「まぁまぁ、そんなにいきり立たないでよ。あなたの可愛い妹さんは無事よ。それよりも、あなたは本当にわたしの事、覚えていないの?」くすくすと笑いながら、女性はそう言ってユーリの周囲を踊るように回り始めた。彼女が回る度に、白いドレスがひらひらと揺れる。「わたしはお前など知らない。」「あらぁ、そうなの? 残念ね。」ユーリの言葉を聞いた女性は、そう言うとユーリを見た。「わたしの瞳をじっと見て。」「え・・」女性から目をそらそうとしたが、遅かった。彼女の蒼い瞳を見ていると、ユーリは魂を吸い取られたかのような感覚がした。その瞬間、脳裡に様々な映像が飛び交い始めた。紅蓮の炎に包まれた建物。その前で嬉しそうに歌う女性。長い銀髪が、熱を孕んだ風になびく。だが、その銀髪にはところどころ血のようなものがついていた。歌い終えたのか、女性はゆっくりと誰かに振り向いた。彼女が身に纏っているものは、誰かの返り血で赤黒く染まっており、ドレスと思しきそれは、無残に裾が引き裂かれ、すらりと長い足にも返り血が付いていた。蒼い瞳が煌めき、彼女は形の良い唇を歪めて笑った。その口元には、真紅の血が滴っていた。彼女は誰だ?自分と瓜二つの顔をした彼女は・・“わたしは、あなた。”「嫌だ・・」狂気を美しい顔に貼り付けた女性が、そっとユーリの頬を撫でた。“いらっしゃい、さぁ。”「嫌、嫌だ!」だが女性はユーリの言葉を無視し、彼を抱き締めてその唇を塞いだ。その瞬間、ユーリの足元の地面が突然崩れ落ちた。「ユーリ!」ユーリの意識はゆっくりと、闇へと堕ちていった。にほんブログ村
2010年09月28日
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「マキノ様、何故あなたはマオ様をお守りしようと・・実の娘と対立してまで、彼をお守りしようとしているのですか?」アベルはエメラルドの瞳で槙野を見つめながら言った。「わたしは、摩於様に命を救われたことがありました。」槙野はそう言って、昔話を話し始めた。 あれはまだ彼が、血気盛んな若者であった頃。当時の彼は、帝を警護する武士の出身でありながら、禁教とされる異国の神を信じ、密かに仲間を集めては祖国の改革を進めようとしていた。だが、仲間の裏切りと禁教者狩りにより、槙野は奉行所に逮捕された。そこで彼は両手首を拘束したまま天井からぶら下げられ、連日鞭打たれ、火責めをされるなどの厳しい拷問を受け、生きる屍となりつつあった。しかし彼は、篤い信仰心とこの国をいつか変えてやるという確固たる意志はどんなに打ち据えられても決して揺らぐことはなかった。 彼は奉行所から脱走し、その足で宮殿へと向かった。己の手で帝を討とう―長い牢獄生活の末、過激な思想に脳内を支配された彼は、帝がその日宮殿を留守にしていることなど知らず、後宮へと忍び込んだ。そこで彼は、お松の方と出逢った。「何をしているのです?」警備の者に捕まり、奉行所にひっ立てられそうになった槙野の前に、お松の方はそう言って膝を屈めて彼を見た。「わたしは・・」槙野が口を開いた時、彼は1人の少年と目が合った。几帳の物陰から自分を見ながら、くりくりとした円らな黒い瞳を輝かせている。「摩於、もう寝る時間でしょう?」「かあさま、あのひとは?」少年はそう言って、槙野を指した。「摩於、この方は明日からあなたの遊び相手になって下さる方ですよ。」お松の方の突然の言葉に、槙野のみならず奉行所の役人達も唖然とした。「お松の方様、何をおっしゃられます! こやつは国賊ですぞ!」「お黙りなさい。彼をこのような行動に駆り立てたのは、この国が衰退している確固たる証でもあります。」有無を言わせぬ強い口調で、お松の方はそう言うと、摩於に向き直った。「摩於は、この方をお傍に置きたい?」少年はとことこと槙野の傍に歩いて来て、大きな声で言った。「ははうえ、このひとといっしょにいたい!」それが、摩於と槙野の出逢いだった。「あれから長い時が経ち、摩於様の存在はわたくしにとって大きなものとなりました。そして摩於様も、わたくしを実の父のように慕うようになりました。」槙野はそう言って溜息を吐いた。「そうですか・・そんなことが。何だか羨ましいです、わたしは孤児院で育ったものですから、親の愛情などこれっぽっちも知らなくて。」「孤児院?」「ええ。何でも孤児院のシスターが、門前に捨てられているわたしを拾ってくださったそうです。大勢の仲間と共に暮らして寂しくはなかったんですが、幼いながらも心の何処かで両親を求めていたのかもしれません。多分、あなたの娘さんもきっと・・」「娘はわたくしを恨んでおります。血が繋がった自分よりも、摩於様を取ったわたくしを。もう二度と、彼女はわたくしを・・」許すことはないでしょう、と槙野が言おうと口を開いた時、突如胸が苦しく鳴ったかと思うと、彼は激しく咳き込んだ。「マキノさん、大丈夫ですか!?」「大丈夫です・・多分航海中に風邪をひいたのでしょう・・」槙野がそう言ってアベルを安心させようと顔を上げようとしたが、再び彼は激しく咳き込み床に蹲った。「マキノさん!」心配そうに槙野の顔を覗き込んでいたアベルは、ふと槙野が蹲っている床を見て白皙の美貌を蒼褪(あおざ)めさせた。 司祭館の質素な茶褐色の床に広がるのは、鮮紅の液体だった。「マキノさん・・」「・・まだだ・・摩於様を残してわたしが死ぬ訳には・・」蒼褪めているアベルの隣で、槙野はぎりぎりと唇を噛み締めながらそう呻くように言うと、意識を失った。「誰か、お医者様を!」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけたら嬉しいです。
2010年09月24日
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アベルと槙野と入れ替わりに、異母妹・アデルの部屋へと入ったユーリアは、凄まじい妖気を感じた。(この妖気・・アデルのものかしら? だとしたら、危険だわ。)ユーリアはゆっくりと、アデルが眠る寝台へと向かい、その端に腰を下ろした。高熱に魘され、苦しそうに喘ぐアデルの髪は、緋に染まっていた。緋の髪―それは妖狐の髪。(やっぱり、来たのね。もうすぐ来るんじゃないかと思っていたけれど。)ユーリアは呪を唱えながら、アデルの額に触れた。その時、電流が彼女の指先を少し焼いた。「っ痛・・」痛みに顔をしかめながら、ユーリアは慌てることもせずに、慣れた手つきで氷水に火傷した指を浸した。(早くこの子の覚醒を止めないと。)「アデル、アデル!?」扉の向こうから慌てふためいた声がしたかと思うと、ユーリが銀髪を振り乱しながらアデルの方へと駆け寄って来た。「姉上、アデルは一体どうしてこんなことに?」「落ち着きなさい、ユーリ。アデルは今、妖狐として覚醒しようとしている所なのよ。」「そんな・・アデルの中に眠る“妖狐”は、彼女が産まれてすぐに封印した筈ですよ!? それなのに今になって何故・・」「わたしにも解らないわ。それよりも、今はアデルの命が最優先よ。ユーリ、あなたにも手伝って貰いたいの。」ユーリアはそう言って弟を見た。「これから何を、なさるおつもりですか?」ユーリは嫌な予感がして、姉の言葉を静かに待った。「アデルの内部に、一緒に潜るのよ。」予想通りの言葉に、ユーリは絶句した。「本気ですか?」「ええ。今しなければ、アデルは・・“人間”としての彼女は消滅する。」「そんな・・」 一方、ユーリアからアデルの部屋を追い出されたアベルと槙野は、司祭館にあるアベルの部屋に場所を移し、アベルは槙野の話を聞く事にした。「先ほどのお話の続きを、聞かせていただきませんか?」「わかりました。若君・・摩於様は、実はお松の方様の実のお子様ではないのです。」「では、一体誰の・・」「それが判らないのです。ただ一つだけ判っているのは、摩於様の本当のお母君は、この世総てを司る妖狐だということです。」「妖・・狐・・?」アベルは少し頭が混乱しながらも、槙野の言葉を反芻した。「ええ。その妖狐は齢三千年の女で、陛下を惑わし国を滅ぼそうとしていました。しかし陛下は妖狐を退治するどころか彼女と恋に落ち、彼女は摩於様を産み落とした後に妖狐界へと戻ったと。」「妖狐界へ? 乳飲み子を置いて何故彼女は・・」「その妖狐は唯の妖狐ではありませんでした。彼女は人間と敵対関係にある妖狐族の皇女だったのです。それに、彼女には当時許婚が居ましたから。」「そんな・・その事はマオ様の母君は?」「存じております。お松の方様は皇女様達を産んだ後、ご自分にはもう子が産めぬ身体だと知り、血の繋がらない摩於様をご自分のお子としてお育てしたのです。摩於様の秘密を知っているのは、わたしと陛下、そしてお松の方様、そしてあなただけです。」槙野は鋭い光を宿した黒い瞳で、アベルを見た。「アベル様、この事はユーリ様には決して話されませんよう、お願いいたします。」「はい。それよりも何故、マキノ様は妖狐についてお詳しいのですか?」「それは、わたしの娘・・槙が妖狐の血を受け継いでいるからです。」「マキ?」初めて聞く女の名に、アベルは少し戸惑った。「はい。わたしの娘でもある槙は、陛下の側室として後宮で権勢を振っております。宿場町で摩於様を亡きものにしようとした女官は、その娘の息がかかった者だったのです。」摩於が妖狐と人との混血であること、そして槙野の娘が麗真国皇帝の側室で摩於を亡きものにしようとしている―衝撃の事実を知ったアベルは、暫く声も出せずに槙野をただ見つめることしかできなかった。 彼の瞳の奥に、まだ隠されている真実を探すかのように。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけたら嬉しいです。
2010年09月24日
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「そうか、そんなことが・・」その日の夜、アベルから槙野の話を聞いたユーリは、そう言って溜息を吐いた。「わたしもマキノさんのお話を聞き、大変驚きました。ここでは信仰の自由があるのに、麗真国では異国の神を信じることも許されないなんて・・」アベルは溜息を吐きながらユーリを見た。「ユーリ様、わたしはこれからどうすればいいんでしょう? 目の前で苦しんでいる方達に対してわたしは何もすることが出来ない。」「アベルに出来る事を、すればいい。」ユーリは、アベルの手をそっと握った。「今自分が出来る事を考えて、すればいい。この世には不条理なことばかり起こるけれど、嘆いたり怒ってばかりいても仕方がない。」「そう・・ですね・・」アベルはユーリの蒼い瞳を見つめながら、微笑んだ。(わたしにしか出来ない事・・わからないな・・)ユーリの部屋を出て、司祭館にある自分の寝室で休んでいたアベルは、何度もユーリの言葉を思い出していた。 ユーリはいずれこの広大な王国を治めねばならぬ身で、その為に彼は日々精進しているが、自分は今まで何の目的もなく生きている。(ユーリ様はとてもお美しい・・)容姿の美しさのみならず、内面からもユーリは光り輝くものを持っている。自分がそんな彼の隣に立てる資格があるのかどうか、アベルは悩み始めていた。悩んでも仕方ないだろうと思い、アベルが目を閉じようとした時、廊下から激しい物音がした。「ユーリ様、ユーリ様はおられませんか!」ベッドから飛び起きたアベルは司祭館を飛び出した。「どうしましたか?」王宮へと向かうと、そこにはアデルの部屋の前で慌てふためく数人の女官達がいた。「アベル様・・アデル様が突然発作を起こされて・・」「発作?」アベルが女官達とともにアデルの部屋の中に入ると、彼女はベッドに横たわり、熱に魘(うな)されていた。「熱が下がらないのです。お医者様から頂いたお薬を飲ませたのですが、それも効かなくて・・」アデルの髪が緋に染まっていることに、アベルは気づいた。「アデル様の髪は、いつからあんな風になっていたのですか?」「数時間前ですわ。その時から高熱を出されて・・」「それは、妖力が高まっているのかもしれません。」背後から凛とした声がして、アベルと女官達は一斉に扉の方へと振り向いた。そこには、槙野の姿があった。「マキノ様、妖力とは一体?」「ちょっと失礼。」槙野はアデルの前に立つと、そっと彼女の髪を梳いた。「こちらには、魔術師のような方はおられませんか?」「いいえ。でもユーリア様なら・・」「その方を至急呼んで頂きたい。このままだとアデル様の命が危ない。」女官達が慌ただしくアデルの部屋から出て行くと、槙野はアベルをじっと見た。「アベルさん、あなたにはもう一つ、お話しておきたいことがあります。我が君、マオ様のことで。」「マオ様の?」槙野はアデルの言葉に静かに頷いた。「摩於様は、母君であるお松の方様以上に、妖狐の血を濃く受け継いでおります。それ故に陛下は摩於様を疎んじておられているのです。」「妖狐の・・血?」「かつて麗真国の祖は妖狐であったとわが国では言い伝えられております。妖狐は我が国にとっては王の象徴、聖なる象徴として崇められており、当然のことながらその血を受け継ぐ摩於様は崇められる存在なのですが・・摩於様の場合、少し事情があるのです。」「事情?」「ええ。ここだけのお話ですが、実は摩於様には・・」槙野が次の言葉を継ごうと口を開いた時、ユーリアが部屋に入ってきた。「アデルが大変って、本当なの?」「はい。」「後はあたしに任せて。」ユーリアはそう言ってアベルと槙野にウィンクすると、彼らを異母妹の部屋から追い出した。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただければ、嬉しいです。
2010年09月23日
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「マキノ様、それは・・」アベルは、異国の使者が首に提げているロザリオを見た。「わたしもあなた方と同じ宗教を信じる者です。故国でこれを付けていることだけで死罪になりますが、こちらではそんな事はないようですね?」槙野はそう言って漆黒の双眸でアベルを見た。「そんなに、麗真国は酷い状態なのですか?」「ええ。我が国は今、改革派と保守派が対立し、幾度も争いが起きております。改革派は信教の自由を掲げておりますが、皇帝陛下は異国の宗教を忌み嫌い、信者達を取り締まっては火刑に処しております。」アベルは槙野の話を聞き、生きながら炎に焼かれる信者達の姿が脳裡に浮かんだ。この国では普通に信教の自由があり、国民はそれを当然の権利のように享受しているのに、麗真国ではそれ自体も許されぬとは。「そんなに酷い事が行われているのですか?」「ええ。火刑に処されるまで、水責めや火責め、土責めなどの拷問を受け、途中で信仰を捨て何とか命は助かったものの、廃人同然となる信者達も中にはおります。わたしの娘も、その中のひとりでした。」槙野は淡々とした口調でそう言うと、もうこれ以上は話したくないという素振りを見せた。「そうですか。あなたは余程辛い思いをされてきたのですね。」アベルは目の前にいる老人を慰めようと手を伸ばしたが、止めた。「アベルさん、あなた方が吸う事のできる自由な空気は、決してわたし達は味わうことができません。祖国が変わらぬ限り・・」槙野はそう言うと、アベルに背を向けて女官とともに用意された部屋へと向かっていった。(マキノ様・・)彼の背中を静かに見送りながら、アベルは初めて自分がどれ程恵まれた環境に生まれ育っていることを知った。「アベル、どうした?」ユーリの声ではっと我に返ったアベルは、ゆっくりと主の方を見た。「少しマキノ様とお話をしておりました。」「そうか。マキノ殿から異国の珍しい話でも聞けたか?」「ええ、少しは。お部屋に伺った時にお話致します。」今この場であの話をユーリには聞かせたくなかった。「そうか、楽しみにしているぞ。」ユーリは花のような笑顔をアベルに向けると、そっと彼の手を握った。 その頃、ユーリの異母妹・アデルと、麗真国皇子・摩於は、広大な庭園で遊んでいた。「ねぇマオ、あなたのお母様はどんな方なの?」アデルはそう言って摩於の傍に腰を下ろすと、じっと彼の顔を見た。「僕の母様はとても優しい方なんだよ。怒ったことなんか一度も見た事がないんだ。それに姉様も僕には優しいんだ。」「そう。わたくしのお母様やお兄様はいつも怒ってばっかりよ。それにいつもわたくしを仲間外れにして、おふたりだけでコソコソと何かを話し合っているのよ。マオには優しい母様や姉様達が居て羨ましいわ。」アデルは溜息を吐いて母と兄の事を思った。 宮廷から追い出された時、母は怒り狂い、兄は悔しげな表情を浮かべていた。幼い自分は何故2人がそのような顔をするのかがわからなかったが、その日から2人が自分の前から姿を消し、異母兄の元に引き取られたことだけはわかった。いつも自分に対しては怒ってばかりで、一度も抱き締めてくれたり、微笑んでくれたりしたことがない母と兄。唯一の肉親である2人が急にいなくなっても、アデルは寂しいどころか逆に嬉しい気持ちで一杯だった。いつも自分の傍には優しい異母兄がいるからだ。「ねぇマオ、あなたは誰か嫌いな人は居るの?」「嫌いな人?」「そうよ、嫌いな人。」「そうだなぁ・・僕の母様に意地悪をする女官達が嫌いだよ。不吉で汚らわしいとか、平気で酷い事を言うんだもの。アデルは?」「わたくしは母様や兄様が大嫌い。でもユーリ兄様は大好き。いつもわたくしに優しくしてくださるもの。それにあの天使様も。」にほんブログ村
2010年09月06日
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