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※BGMとともにお楽しみください。 出陣当日の朝、歳三と千尋はエミリーに見送られ、リティアをあとにした。「お兄様、必ず生きて帰って来てくださいね!」「ああ、約束だ。」歳三はそう言うと、妹に軽く手を振って千尋とともに列車に乗り込んだ。「エミリー、もう見送りは済んだのでしょう? 早く帰りますよ。」「わかりました、お母様。」エミリーは兄達が乗った列車がゆっくりとプラットホームから離れるのを見た後、慌ててフェリシアの後を追った。「先輩、俺達はこれから何処に向かうのでしょうか?」「さぁな・・それよりも千尋、お前は宮廷に残らなくてもよかったのか?」「窮屈な宮廷暮らしは、俺の性には合いません。それに、俺は先輩が戦地から帰って来るのを待っているよりも、一緒に先輩と戦地で戦いたいんです。」「そうか。お前なら、宮廷を飛び出すと思った。」歳三はそう言って笑いながら、車窓の外の景色を見た。窓の外には、荒涼とした雪原の向こうに、荒れ狂った海が見えた。「諸君、ここは我が帝国の北の要である! 砦を落とされた以上、決して敵にこの要塞に攻め込まれてはならない! 何としてでも、この要塞を死守せよ!」北部の要塞を守るベッケルス軍曹は、そう言うと士官学校の生徒達を睨みつけた。「あのおっさん、おっかねぇな。」「ああ。あれが帝国最強の男と謳われている人か・・何だか先が思いやられるな。」食堂で同期生たちがそう愚痴を言い合っているのを千尋は静かに聞きながら、首に提げているネックレスをそっと握り締めた。(お母様、どうか俺達を守ってください。)平和で穏やかな夜は、静かに更けていった。「軍曹、5時の方向から敵軍を発見いたしました!」「総員、出撃準備!」 朝の静けさは、敵軍の出現と共に破られた。 白い雪原を、ミストリアの紋章を掲げた灰色の戦車が埋め尽くした。「クソ、何て数だ!」「あれを全部倒すなんて、無理に決まっている!」「貴様ら、無駄口を叩く暇があったら武器の確認をせんか!」「は、はい!」千尋達は、上官達とともに敵軍を橋の前で待ち伏せていた。「全員、準備は出来たか!?」「はい!」「いいか、敵軍に絶対橋を渡らせるな、その前に倒せ!」やがて、敵軍の戦車がゆっくりと千尋達が居る場所へと近づいて来た。「今だ、やれ!」千尋は手榴弾のピンを外すと、それを敵軍の戦車めがけて投げつけた。手榴弾は戦車上空で炸裂し、辺りは黒煙と炎に包まれた。「でかしたぞ、荻野! お前達、突撃だ!」敵軍が怯んだ隙に、塀の裏に隠れていた生徒達が銃剣を抜いて一斉に敵軍へと突進していった。「新世界へようこそ、諸君!」黒煙に包まれる中、千尋は仲間が一人、また一人と倒れていくのを見た。だが、彼女は仲間を助けたら自分が死ぬことをわかっていたので、彼らを助けることが出来なかった。(ごめん、みんな・・)にほんブログ村
2015年01月31日
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宮廷に上がった千尋は、毎日皇室専属の家庭教師達から皇族に相応しい教養や礼儀作法の授業を受けた。「チヒロさまは呑み込みが早いですね。今までわたくしは生徒さんを何人か教えてきましたが、あなたのように覚えが早い方は稀です。」「有難うございます。」「原石は磨けば光るもの。日々の絶え間ぬ努力によって、人間は成長するのです。努力を怠ってはなりませんよ。」「わかりました、先生。」「セン、頑張っているかい?」コーヒーとクッキーを載せた盆を持ったクリスチャンが、千尋の部屋に入って来た。「はい、何とか頑張っています。」「そうか。でも余り根詰めては駄目だよ。少し休憩しようか?」「ではチヒロ様、わたくしはこれで失礼いたします。」「先生、今日も有難うございました。」皇族専属家庭教師・ハイジが千尋の部屋から出ると、クリスチャンはコーヒーを一口飲んだ。「セン、君はこれからどうするつもりなの?」「士官学校に戻ります。俺は皇族として生きるつもりはありません。」「それが、君の答えか。」「はい。」「君はこんな窮屈な宮廷暮らしよりも、自由な生き方をする方が似合っている。だから、君の考えを父上にお話しするといい。父上はきっとわかってくださると思うよ。」「皇太子様、それでは失礼いたします。」「廊下を走ったら、女官に叱られるから気を付けてね。」 部屋から出た千尋がアルフレドの執務室のドアをノックしようとしたとき、中から怒気を孕んだ彼の声が聞こえた。「北の砦がミストリア軍に陥落させられただと? それは確かなのか!?」「はい陛下、先ほど北方軍の使者から電報が入りました。」「ミストリアめ、不可侵条約を反故にするつもりか!」敵国・ミストリアが不可侵条約を反故にし、北の砦を陥落させたことを知ったアルフレドは、苛立ち紛れに机を拳で叩いた。「急ぎ閣僚と議員を集め、議会を開け。」「御意!」「陛下、ミストリアと戦争になるのですか?」「セン、先ほどの話を聞いていたのか?」「はい・・陛下、わたしは士官学校に戻ろうと思います。」「それはわたしが許さん。お前はわたしの大切な姪だ。そんなお前を危険な戦場に行かせるわけにはいかん!」「ご心配なく、わたしは必ず生きて陛下の元に帰ってきます。」「そうか。そこまでお前が言うのなら、わたしは反対せん。」「有難うございます、陛下。暫しのお別れでございます。」 ミストリア軍が北の砦を陥落させた数日後、アルティス帝国はミストリア側に宣戦布告し、長い戦いの幕が火蓋を切って落とされた。 リティア市内にあるロイヤル競馬場では、士官学校の生徒達による壮行会が開かれた。揃いの軍服を着て、銃剣を提げた生徒達は、一糸乱れぬ行進をし、そのたびに市民達から歓声が上がった。その中には、歳三と千尋の姿があった。「諸君、我が帝国の為、皇帝陛下の御為に全力を尽くして戦いに臨んで貰いたい!」 生徒達は東西南北の戦場へと赴くこととなり、歳三と千尋は出陣の前にカイゼル家で宿泊することになった。「チヒロお姉様、本当に戦場に行ってしまわれるのですか?」「大丈夫、必ず帰ってきます。」にほんブログ村
2015年01月30日
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「お前が皇族だと判った以上、貴族達はお前を利用しようと色々と画策するだろう。あの聖人君子を気取っている皇帝陛下も今はお前を守っていると思うが、この国が危なくなったらお前を利用するに決まっている。」「あなたが言っていることは信用できない。」千尋がそう言ってルシウスに背を向け、バルコニーを後にした。「ルシウスと何を話していた?」「何も。宮廷は恐ろしい所だからくれぐれも油断するなと言われました。」「そうか。そなたは義理とはいえ、良い兄を持ったな。」「はい。」「チヒロ、わたしと踊ってくれないか?」「ええ、喜んで。」クリスチャンの手を取り、千尋は彼と共に踊りの輪に加わった。 一方、厳しい軍事演習を終えた歳三は、列車で仲間達と南部の士官学校へと戻っていた。「トシ、センから何か連絡はあったか?」「いいや。」「これ、見てみろよ。」同級生から手渡された新聞の記事を読んだ歳三は、千尋が皇帝の姪であるということを初めて知った。「まさか、あいつが皇帝陛下の姪だったなんてな。」「もう学校には戻って来ねぇんじゃねぇの?」「宮廷入りして、成人を迎えたら何処かの国の王子か皇太子と結婚するんだろうな。」同級生達の話を隣で聞きながら、歳三は千尋に会いたいという衝動を必死に抑えこんでいた。「どうした、トシ? 顔色が悪いぞ?」「いや、何でもない・・」歳三はそう言うと、そのまま新聞を閉じた。「まさか、チヒロさんが皇帝陛下の姪だとは知りませんでしたわ。あなた、わたくし達これからどうなるの?」「フェリシア、そんなことを言っても、わたし達はどうにもならんよ。問題は歳三だな・・あいつが簡単にチヒロさんを諦めてくれるといいんだが・・」「あの子が、簡単にチヒロさんを諦めるわけがありませんわ。」フェリシアがそう言って溜息を吐くと、書斎にエミリーが入って来た。「お父様、ノックもせずに入ってきてしまってごめんなさい。お父様にどうしてもお会いしたいという方が・・」「通しなさい。」「初めまして、カイゼル将軍。わたしはアリティス・ジャーナルのエリオットと申す者です。」 エミリーとともに書斎に入って来た金髪金眼の青年は、そう言うとカイゼルに頭を下げ、彼に名刺を手渡した。「新聞記者が、わたしに何の用だ?」「いえ、今回の事で少しインタビューをと思いまして・・」「貴様に話すことなど何もない、帰れ。」「では、今日はこれで失礼いたします。」エリオットはそう言ってカイゼルに一礼すると、書斎から出て行った。「お待ちください!」「どうしましたか?」「父が無礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした。父に代わって、わたくしが謝罪いたします。」「いいえ、わたしの方こそ、そちらの都合も考えないで押しかけてしまって申し訳ありませんでした。エミリー様、ではわたしはこれで失礼いたします。」そう言って自分の手の甲に接吻したエリオットの顔を、エミリーはまともに見られなかった。「エミリーお嬢様、お顔が少し赤いですよ?熱でもおありなのですか?」「いいえ、何でもないわ。」にほんブログ村
2015年01月28日
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「大丈夫だ、わたしがついている。」「はい・・」周囲の千尋に向けられる好奇の視線に気づいたクリスチャンは、彼女の手を優しく握った。「皇帝陛下のお成り~!」侍従長の声を聞いた貴族達は、一斉に玉座に向かって頭を下げた。「みな、おもてを上げよ。」玉座に腰を下ろしたアルフレドは、千尋が私室で見た時よりも堂々とした威厳を持っていた。「今宵、皆をこの舞踏会に招待したのはわたしの亡き妹・マリアの娘であるチヒロをお披露目するためだ。チヒロ、こちらへ。」「はい、皇帝陛下。」―あの子が、マリア皇女様の妹君・・―マリア皇女様と瓜二つの顔をしているわ。「事情があって、わたしはチヒロとは長い間生き別れていた。しかし、彼女と離れていた15年もの歳月を、今わたしは取り戻したいと思う。」「陛下、それは一体・・」「チヒロはわたしの大切な姪であり、このアリティス王家の血をひく皇女でもある。故に、一人でも彼女を軽んじたり蔑ろにしたりする者は厳罰に処す。」父の言葉を隣で聞いていたクリスチャンは、驚愕と恐怖で蒼褪めている貴族達の顔を見て、胸がすっとした。皇帝自らが千尋に手出しはするなと牽制すれば、彼らは宮廷内では千尋に嫌がらせをすることはないだろう。(お見事です、父上。)「父上、少しお話が。」「クリスチャン、チヒロのことなら心配は要らぬ。わたしが貴族達に対して釘を刺したから、誰も彼女には危害を加えんだろう。」「そうでしょうか?」「クリスチャン、そんなに心配をするな。あの子は強い。皇女とは、毎日綺麗なドレスを着てパーティーや踊りに明け暮れ、貴族達に愛想笑いを浮かべるだけが仕事ではない。」アルフレドはそう言うと、貴族の令嬢達に囲まれている千尋を見た。 「あなたが、皇帝陛下の姪御様なのね。」 「道理で、マリア皇女様に似ていると思ったわ。」 千尋が飲み物を取りに行こうとしたとき、彼女は数人の貴族の令嬢達に話しかけられた。 「ねぇ、あなたお名前は?」 「人に名を尋ねる時、ご自分がお名乗りにはならないのですか?」 「まぁ、随分と生意気な物言いをなさるのね。」赤毛の令嬢が、そう言って千尋を睨んだ。「君達、そこで何をしているんだい?」「ルシウス様、お久しぶりですわね。」「このような集まりには滅多に顔を出さないと思っておりましたのに、どうしてこちらにいらしたのです?」「そこを退いてくれ、わたしは妹に話がある。」自分の登場で色めき立つ令嬢達を無視し、ルシウスは千尋の手を掴んで人気のないバルコニーへと向かった。「何故お前がここに居る?」「真実を探る為です。俺の両親が誰に、何のために殺されたのか、それを知りたいから皇帝陛下に会いに宮廷に・・」「お前は宮廷がどんなに恐ろしい所なのかがわかっていないようだな。」ルシウスは怒りに身体を震わせながら、義理の妹を睨んだ。 にほんブログ村
2015年01月28日
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「横取りしたって・・」「あら失礼、正確に言えば寝取られたというべきかしら?」そう言って自分に微笑んだルシウスの母・エカテリーナの笑顔には悪意が潜んでいた。「わたくしは、アレクセイ様とは親同士が決めた許婚だったの。わたくしが成人した暁には、いずれ彼と結婚して幸せな家庭を築くつもりだった・・それなのに、わたくしの夢を、あなたの母親が壊したのよ。」エカテリーナは、悪意と憎悪に満ちた目で千尋を睨んだ。「あなたの母親とアレクセイ様との結婚が決まった時、わたくしはお腹にアレクセイ様の子を身籠っていたの。妊娠にわたくしが気づいた時には、もう堕胎できない時期に来ていたわ。」千尋はエカテリーナが自分に向ける憎悪と悪意の視線を浴びながら、彼女の話を聞いた。「未婚のままルシウスを産んだわたくしは、あの子の幸せを祈ってアレクセイ様の元にあの子を預けたわ。それなのに、あの子は親殺しの汚名を着せられ、牢獄に入れられたのよ!」エカテリーナの白魚のような手が、千尋の首へと伸びてくる。「あなたさえいなければ、ルシウスは幸せになれたのに!」「やめてください。」千尋は苦しく喘ぎながら、自分の首を縛めているエカテリーナの両手を退かそうとしたが、それはビクともしなかった。「そこで何をしている!」「わたくしを止めないでくださいませ!」東屋でエカテリーナが千尋の首を絞めているのを目撃したクリスチャンは、腰に帯びているサーベルを鞘ごと抜くと、それを彼女の後頭部に叩きつけた。 エカテリーナは軽く悲鳴を上げ、その場で気絶した。「大丈夫か、セン?」「はい・・この人から、わたしの母の事を聞きました。母が、この人の婚約者を奪ったと・・」「それは嘘だ。マリア叔母上は、君の父親とエカテリーナが許婚同士であることを知らなかった。エカテリーナが一方的に叔母上のことを憎み、君を殺そうとしただけだ。」「ですが・・」「今起きたことはすぐに忘れるんだ、いいね?」有無を言わせぬクリスチャンの言葉に、千尋は静かに頷いた。「ねぇ奥様、お聞きになりまして? マリア皇女様の娘と名乗る少女が、宮廷に現れたことを?」「ええ、そのことで社交界は今大騒ぎになっていますわ。その少女が本物なのか偽物なのかわかりませんけれど。」「もし彼女が本物であれば、わたくし達も色々と動かねばなりませんわね。」「ええ。」 千尋が今は亡きマリア皇女の娘として宮廷に現れたことは、瞬く間に社交界に知れ渡った。 彼女を歓迎する皇帝主催の舞踏会で、千尋はクリスチャンにエスコートされて大広間に入場した。―あのブローチは、マリア皇女様の・・―あの娘は、本物のようですな。自分に突き刺さる好奇の視線に、千尋は自分の敵がエカテリーナだけではない事を知った。にほんブログ村
2015年01月28日
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「父上、クリスチャンです。」「入れ。」「失礼いたします。」 クリスチャンと共に、千尋はアルティス帝国皇帝・アルフレドの私室に入った。 寝台から身を起こしたアルフレドは、千尋の胸につけているブローチを見た。「そのブローチは、マリアの物だ。とすると、この娘は・・」「はい父上、彼女は父上が長年探していたマリア叔母上の娘です。」「千尋と申します、皇帝陛下にはお初にお目にかかります。」「堅苦しい挨拶は要らん。もっと近くに寄れ。」「はい・・」千尋がアルフレドの元へと寄ると、彼は自分と同じ蒼い瞳で千尋を見つめ返してきた。「陛下、俺は・・わたしは今日、聞きたいことがあって陛下に謁見することを皇太子様に願い出ました。」「わたしに聞きたいことというのは、何だ?」「数日前、わたしの元に家族のアルバムと、このブローチが入ったトランクが贈られてきました。」千尋はそう言うと、アルフレドの前でトランクを開け、中からアルバムと母の日記を取り出した。「わたしにトランクを送って来た者が誰なのか、心当たりがありません。陛下がその者をご存じであれば、是非ともわたしに教えて頂きたいのです。」「残念だが、そなたにトランクを送った者が誰なのかは、わたしも知らぬ。」「そうですか・・」アルフレドの言葉を聞いた千尋は落胆した表情を浮かべた。皇帝に会えば自分の両親のことがわかるかもしれないと思っていたが、無駄足に終わってしまった。「そう落ち込むな。わたしが知っている範囲で、そなたにそなたの両親の事を教えよう。」「有難うございます。」「我が妹・マリアは、舞踏会である男と知り合い、恋に落ちた。だがその男は、貴族の三男坊で、彼女の夫として皇室に迎え入れるのには身分や家柄といったものが相応しくなかった。その男が、そなたの父だ。」「父の名は、何というのですか?」「アレクセイといったな。彼はとても誠実な青年だった。だが、彼には親同士が決めた婚約者が居た。」「それが、ルシウスの母親なのですか? 彼女はどんな方だったのです?」「それはわたしの口からは言えん。本人に直接聞けばよい。」アルフレドはそう言うと、千尋の背後に控えている女官を見た。「エカテリーナ、この者がそなたと話したいそうだ。」「陛下、わたくし達はこれで失礼いたします。」女官はアルフレドに一礼すると、千尋の手を掴んで皇帝の私室から出て行った。「離してください!」「ごめんなさい。まさか、あなたがマリア様の娘だとさっき急に知って、動揺してしまったの。痛い思いをさせてしまってごめんなさいね。」彼女は千尋の手を放すと、そう言って彼女に向かって頭を下げた。「自己紹介が遅れてしまったわね。わたくしはエカテリーナ、あなたの義理のお兄様、ルシウスの母です。」「あなたが、あの人の母親・・」「ここは人目につくから、何処か静かな所でお話ししましょうか?」「はい・・」 エカテリーナに王宮庭園の東屋へと入った千尋は、そこで彼女から衝撃的な話を聞いた。「亡くなられた方の事を悪く言うつもりはないのだけれど、あなたのお母様は、わたくしの婚約者を横取りしたのよ。」にほんブログ村
2015年01月28日
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イオンのミスドで、新商品のD&Dのキャラメル&ナッツ味を食べました。生地がサクッとしていて、キャラメルとナッツとの相性が抜群で美味しかったです。
2015年01月27日
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母がイオンのカルディでめざましテレビで紹介されていたカバのチョコレートを買ってきてくれました。チョコレートの形がカバさんで、食べると中にチョコクリームとクリスピー、ココアクリームの味が合わさり、甘い味が口の中に広がりました。ちょっとしつこかったかな(笑)
2015年01月27日
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千尋がクリスチャンとともにリティアへと向かっている頃、歳三は西部で行われる軍事演習に参加していた。 演習の内容は、士官学校で行われている授業と変わらないものだったが、ひとつ違ったのは、毎日格闘訓練があることだった。 格闘訓練とは、その名の通り素手や凶器を使って相手を倒す訓練だった。「一切手加減はするな、全力でやれ!」教官達の言葉を合図に、生徒達は毎日格闘訓練に明け暮れた。その所為か、毎日怪我人が絶えなかった。「いてて・・」医務室で傷口を消毒しながら、歳三はそう呟くと痛みで顔を顰めた。「大丈夫か、トシ?」「なぁに、こんな傷大したことねぇよ。唾つけとちゃぁ治るさ。」仲間の前ではそう強がってみたものの、格闘訓練で相手に打たれた右手首は赤紫色に腫れ上がっていた。(ったく、全力でやれって教官から言われて、本当にやる馬鹿が居るかよ。)腫れた手首に湿布を貼って医務室から出た歳三は自室に戻ると、ベッドに横になった。(千尋、今頃リティアに着いているかなぁ・・)歳三が千尋の事を想いながら窓を見ていると、空には蒼い月が浮かんでいた。「セン、もうすぐ着くよ。」「はい。」「こんなにも到着が遅くなってしまって、申し訳ありません。先ほど、こちらの列車を爆破するという犯行予告があったので、警備で時間が掛かってしまいました。」車掌はそう言うと、クリスチャンと千尋に向かって深く頭を下げた。「最近は物騒な連中が居るものだな。」「ええ、まったくです。」二人がリティアに着いたのは、南部を出発してから5時間後のことだった。 列車から二人が降りて駅の外へと出ると、そこには一台のリムジンが待っていた。「皇太子様、お待ちしておりました。どうぞお乗りくださいませ。」「わかった。」リムジンに揺られた二人は、王宮へと向かった。「皇太子様、お帰りなさいませ。」「父上は?」「陛下なら、お部屋でお休みになられております。」「そうか。セン、明日父上とお会いすることにしよう。」「はい。」 王宮にクリスチャンとともに入った千尋は、皇太子付きの侍従に部屋へと案内された。「では、お休みなさいませ。」 王宮内に用意された部屋で、千尋は眠れぬ夜を過ごし、歳三もまた、宿舎のベッドで眠れぬ夜を過ごした。 翌朝、千尋が寝台の中で目を閉じていると、躊躇いなくドアがノックされた。「どうぞ。」「失礼いたします。」「セン様、お召し替えを。」 ドアが開き、数人の女官達が部屋に入って来た。「これから、皇帝陛下にお会いするのですか?」「はい。時間がありませんので、お急ぎくださいませ。」にほんブログ村
2015年01月26日
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金髪碧眼―自分と似た容姿を持つあの少女は、紛れもなく自分の従妹であり、アルティス王家の血をひいている。 だが、何故父が今になって彼女の存在に気づき、自分の元へ連れてくるように命じたのがクリスチャンには解らなかった。(もしかして、父上は彼女に皇位を譲ろうとしているのではないか?)アルティス帝国の皇位継承権は昔、男子のみとなっていたが、近年皇女にも王位継承権が与えられることになった。 父がもし、あの少女・千尋に皇位を譲ろうとしているのであれば、彼女は自分の皇太子の座を脅かす者にしかならない。(勝手な憶測で判断してはならない。まずはあの少女を父上に会わせなければ。)「セン、こんな遅い時間に部屋に呼び出してしまってすまないね。」「いいえ。皇太子様、お話とは何でしょうか?」「明日、わたしとともに王宮に来て欲しい。」「わかりました。」千尋はそう言うとクリスチャンに一礼し、自分の部屋に戻った。「明日か・・随分と急だな。できれば俺も一緒に行ってやりたいが、演習があるから行けねぇ。」「先輩、俺の事は心配しないでください。皇帝陛下とお会いして、あの荷物を誰か送ったのかを尋ねるだけですから。」「気を付けて行けよ。」「はい。」 翌朝、千尋はクリスチャンとともにリティアへと向かった。「皇太子様、どうぞこちらへ。」「有難う。」「あの列車には乗らないのですか?」「あの列車には乗るが、少し時間がかかるんだ。」クリスチャンの言葉を千尋が理解したのは、数分後の事だった。「皇太子様、どうぞ。」 クリスチャンと共に千尋が列車に乗り込むと、車掌自らが彼らを席へと案内した。「何かお飲み物でもいかがですか?」「ではコーヒーを。君は?」「同じ物を宜しくお願いします。」「では、係りの者にすぐに持って来させますので、暫くお待ちくださいませ。」 千尋がクリスチャンと共に入ったのは、皇室専用の特別車両だった。 美しい内装が施された車両は、まるで高級ホテルのロビーのようだった。「驚いたかい? わたし達皇族は視察や旅行のたびにこの車両に乗っているんだ。」「初めて乗りましたが、凄いですね。」千尋はそう言うと、トランクの中からブローチが入った箱を取り出した。「そのブローチは?」「母の形見の品です。数日前にアルバムと共にこのトランクと一緒に送られてきました。」「そのブローチは、昔父上が君の母親に贈った物だ。君にトランクを送ったのは誰なのか、わかっているのかい?」「いいえ。皇帝陛下ならご存知かと思いまして・・」 やがて、クリスチャンと千尋を乗せた列車は駅から離れ、リティアへと向かった。にほんブログ村
2015年01月26日
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「ちょっと待て。千尋がお前の従妹だと? それは一体どういうことなんだ?」「貴様、皇太子様に向かって何たる無礼な口の利き方か!」クリスチャンの近くに控えていた副官がそう言って腰に帯びているサーベルを抜刀しようとしたので、クリスチャンはそれを手で制した。「止せ。」「ですが皇太子様、その者は・・」「お前達は周辺の警護に当たるように。わたしはこの者達と話がある。」「は!」 数分後、クリスチャンと共に歳三と千尋は人気のない厩舎へと向かった。「ここでなら、落ち着いて話が出来る。」「あの、俺があなたの従妹だというのは、一体どういう事ですか?」「君の亡くなった母親は、わたしの父上・・皇帝の妹だったんだ。ご両親から、父上の事は聞いたことはないのかい?」「いいえ。両親が亡くなった後、母方の親戚が俺を引き取りに来ましたけれど、断りました。それがどうかしましたか?」「おそらく、それは父上の使いの者だったかもしれない。」クリスチャンは何かを思い出そうとするかのように、しきりに顎を掻いた。「俺の亡くなった母が本当に皇帝陛下の妹君なのなら、俺は・・」「君は紛れもなく、アルティス王家の血をひく姫君だ。父上とわたしの叔母との間に何かあったのかはわからない。今回の視察は、父上の名代として君に会いに来たんだ。」「そうですか。」クリスチャンの話を聞いた千尋の顔が蒼褪めていることに、歳三は気づいた。「千尋、大丈夫か?」「はい。先輩、俺はこれからどうすればいいんでしょう? いきなり自分が王家の血をひいている人間だとわかって・・何が何だかわからない。」千尋はそう言って頭を両手で抱えると、溜息を吐いた。「お前の気持ちはよく解る。今はゆっくりと休んだ方がいい。」「はい。」 皇太子・クリスチャンの士官学校視察は数時間で終わり、食堂には皇太子をもてなすパーティーが開かれた。「君は、さっきセンの近くに居た者だね?」「はい。土方歳三と申します。先ほどは無礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。」「トシゾウ・・では、君があのカイゼル将軍閣下のご子息なのか?」「はい。」「君は士官学校で優秀な成績を修めているときくが、将来は父君のような軍人になりたいのか?」「今はまだそう決めてはおりません。それよりも皇太子様、千尋のことですが・・」「そんな他人行儀な呼び方はしないでくれ。名前で呼んでくれ。」「クリスチャン様、千尋をこれからどうなさるおつもりですか?」「一度、父上とセンを会わせようと思う。彼女をこれからどうするのかは、それから決める。」クリスチャンはそう言うと、ワインを一口飲んだ。『そうか、わたしの姪がついに見つかったか。』「はい、父上。一度彼女にお会いになりますか?」『ああ。クリスチャン、早くあの子に会わせておくれ。わたしの命が尽きる前に。』「承知しました。」 クリスチャンは父との会話を終えると、携帯のフラップを閉じた。(彼女が、わたしの従妹なのかどうか、まだわからない。でも、早く父上と彼女を会わせなくてはならないな。)だが、その前にあの歳三とかいう青年をどうかしなければ―クリスチャンはそう思いながら、鏡に映る己の顔を見て溜息を吐いた。にほんブログ村
2015年01月25日
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「取り敢えず、お前宛に届いた荷物を後で見せてくれ。」「わかりました。」 歳三が千尋の部屋に入ると、トランクはベッドの上に置かれてあった。「これがそうか?」「はい。」歳三は千尋の母親の形見の品であるブローチを箱から取り出し、何か細工が施されていないかどうかを調べた。「どうしました?」「何の細工も施されていないな。」歳三がブローチを箱の中に戻そうとしたとき、彼は誤ってブローチを床に叩きつけてしまった。「済まねぇ。」「大丈夫です、傷はついていません。」千尋がそう言ってブローチを拾い上げようとしたとき、床に指輪が転がっていることに気づいた。「この指輪・・」「先輩、この指輪を知っているんですか?」「ああ、何処かで見たことがある。」歳三はルビーの指輪を拾い上げると、その裏に彫られているイニシャルに気づいた。『from N to T(NからTへ)』そのイニシャルを見た途端、歳三の脳裏に母が死ぬ前日の光景が浮かんだ。“この指輪は昔、あなたのお父様からプレゼントされたものなのよ。”そう言って指輪を自分に見せる母の顔は、何処か嬉しそうだった。“トシ、あなたが大きくなったら、好きな人にこの指輪をあげなさい。”“僕、お母さん以外に好きな人なんていないよ!”“あらあら、トシは甘えん坊さんね。”そう言って自分の頭を優しく撫でてくれた母の手の感触を、歳三は未だに覚えている。 火事で母が亡くなり、一度も会ったことがなかった実の父親が自分を引き取りに来たのは、それから数日後の事だった。「先輩?」「この指輪は、俺の母親の形見だ。」「先輩のお母様の形見の指輪が、どうして母のブローチの中に?」「さぁな。だが、母さんは俺にいつか好きな人が出来たら、この指輪を渡せと言っていた。だから、この指輪はお前が預かっておいてくれ。」「はい。」 夕食を取りに千尋と歳三が食堂へと向かおうとすると、急に周りが慌ただしくなった。「どうした、何かあったのか?」「先輩、皇太子様が急に士官学校を視察されるそうです。」「皇太子様がここを視察するだと? こんな時間に一体どうして・・」「そこを退いて貰おうか?」 玲瓏な声が二人の背後から聞こえ、歳三が振り向くと、そこには金髪碧眼の青年が立っていた。その顔を見た歳三は、一度新聞で読んだ記事のことを思い出した。 その記事には、皇太子が役人の汚職を議会で追及したという内容だった。「二人とも、皇太子様にご挨拶をしろ。」「お初にお目にかかります、皇太子様。わたくしは・・」「君が、わたしの従妹か。」アルティス帝国皇太子・クリスチャンはそう言うと、千尋の前に跪き、彼女の手の甲に接吻した。にほんブログ村
2015年01月25日
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(ふふ、良く眠っているわね。) レイチェルは布団の中で熟睡している歳三を見ながら、コーヒーに睡眠薬を多めに入れておいてよかったと思った。彼女は夜着を脱いで裸になると、布団の中に潜り込み、歳三の下半身へと手を伸ばした。 時折歳三が身を捩って低く呻いていたが、起きる気配は全くない。レイチェルは夜着の裾を割って歳三のものを取り出すと、それを根元まで咥えた。 下腹に妙な感覚がして歳三が目を覚ますと、そこには自分のものを根元まで咥えて口で愛撫するレイチェルの姿があった。「てめぇ、何していやがる!」レイチェルを慌てて自分の前から退かそうとした歳三だったが、彼女はそれをさせまいと激しく歳三のものを吸い上げた。貴族の令嬢らしからぬその淫らな姿に、歳三は何故か欲情してしまった。暫くして、歳三はレイチェルの口の中で果てた。「熱くて濃いわ・・これだったら、すぐにあなたの子を妊娠できそうだわ。」「俺に近寄るな。」「あら、どうして?さっきわたくしの愛撫で感じたじゃないの。トシゾウ様、わたくしあなたの子が欲しいの。」「俺はお前を抱くつもりはねぇ!わかったらさっさとここから出て行け。」「強情な方ね。だったら力づくであなたの胤(たね)を手に入れるわ。」レイチェルはそう言って口端を歪めて笑うと、再び歳三のものを咥えた。「やめろ!」歳三に蹴られ、レイチェルは苦痛の呻き声と共に床に転がった。「わたくしの何が気に入らないの?わたくしはあなたの妻となる女なのよ!」「俺はお前と婚約をしたが、それは形だけの事だ!俺はお前の事を愛しちゃいねぇ!」「それは、わたくしをお飾りの妻として迎え入れるということね?」「ああ。」「それでもいいわ、たとえお飾りの妻でも、わたくしはあなたの傍に居られるのだもの。」レイチェルは歳三に蹴られた頬を擦ると、歳三にしなだれかかった。 翌朝、食堂で千尋がエメリーと朝食を取っていると、レイチェルが歳三と腕を組みながら食堂に入って来た。「御機嫌よう、チヒロさん。昨夜は良く眠れたの?」「まぁな。」千尋はそう言ってレイチェルの隣に立っている歳三を見た。彼は何処か辛そうな顔をしていた。「昨夜、わたくしトシゾウ様に沢山愛して頂いたの。」「おい、やめろ!」「トシゾウ様は夜が更けるまでわたくしを抱いてくれたわ。」千尋はレイチェルの言葉を聞くと、無言で食堂から出て行った。「待て、千尋!」「俺に触らないでください!」「あれは誤解だ。昨夜はレイチェルとは何もなかった!」「本当ですか、それ?」「ああ。あいつの言葉をいちいち真に受けるな、俺が愛しているのはお前だけだ。」歳三がそう言って千尋の方を見ると、彼女は泣いていた。「おい、何も泣くことはねぇだろう?」「すいません。」千尋は慌てて手の甲で涙を拭うと、歳三に謝った。「先輩、昨日俺のところに母の形見のブローチとアルバムがトランクとともに贈られてきたんです。」「お前の母親の形見を贈って来た奴は、誰なのかわかっているのか?」「いいえ。ただ、荷物の消印はリティアになっていました。」「そうか・・」にほんブログ村
2015年01月24日
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歳三が牢屋から出ると、レイチェルが警察署の前で待っていた。「トシゾウ様、ごめんなさい。わたくしの所為で、酷い目に遭ったわね。」「俺に触るな。」馴れ馴れしく自分と腕を組もうとするレイチェルを、歳三は邪険に振り払った。「わたくし、あなたの事を諦めないと言ったでしょう?」「うるせぇ、さっさと俺の前から消えろ。」歳三がそう言ってレイチェルを睨みつけても、彼女は嬉しそうな顔をしていた。(気色悪い女だ。腹の底で一体何を考えているんだか・・)「先輩、釈放されたんですね。」「ああ。みんな、心配かけちまって済まねぇな。」士官学校に戻った歳三がそう言いながら自分の元に駆け寄って来た下級生達の顔を見ていると、食堂に千尋が入って来た。「先輩、お帰りなさい。」「千尋、今話せるか?」「はい。」 千尋が歳三とともに音楽室に入ると、そこには先客が居た。「あら、二人とも今からわたくしに内緒のお話かしら?」「お前、別荘に帰ったんじゃないのか?」「いいえ、わたくし今夜は別荘には泊まらずに、ここに泊まりますわ。」レイチェルはそう言うと、ピアノの前から立ち上がった。「本気か?泊まるっていったって、何処で寝るんだ?」「もちろん、あなたのベッドに決まっているじゃありませんか。」レイチェルは歳三にしなだれかかると、彼の胸に己の頬を擦り付けた。「千尋、こいつの事は気にするな。」「そうは言いましても・・」千尋はそう言うと、歳三に抱きついて離れようとしないレイチェルを見た。「チヒロさん、あなたも一緒にトシゾウ様と寝る?」「馬鹿な事を言うな。」「ふふ、トシゾウ様って、案外初心(うぶ)なのね。」レイチェルは顔を赤くして怒る歳三を見ながら嬉しそうに笑った。 その日の夜、千尋は浴室でシャワーを浴びながら今頃レイチェルが歳三の部屋で何をしているだろうかと、気になって仕方がなかった。「セン、どうしたの?浮かない顔をして、何か悩みでもあるの?」「うん、ちょっとね。」「もしかして、土方先輩の婚約者のこと?大丈夫、先輩はあんな女に簡単になびいたりしないよ。」「そうだね・・」 千尋は隣のベッドで寝ているエメリーを起こさぬよう、そっと部屋から出て歳三の部屋へと向かった。歳三の部屋のドアを開ける前、千尋は裸で抱き合っているレイチェルと歳三の姿を想像してしまった。ドアを開けて中に入ると、歳三は何故か床で寝ており、レイチェルの姿は何処にもなかった。千尋が歳三の枕元に向かうと、彼は千尋がそばに居るにも関わらず、全く起きる気配がなかった。(先輩の寝顔、初めて見たな・・)千尋がじっと歳三の寝顔を見ていると、突然歳三が布団から起き上がるなり、千尋を抱き締めた。「先輩、一体どうし・・」千尋がそう言って歳三を見ると、彼は焦点が定まらない目で千尋を見つめ、再び布団の中へと戻っていった。彼を起こさぬよう、千尋はそっと歳三の部屋から出て行った。 千尋が部屋から出て行った後、部屋に戻ったレイチェルが歳三の布団の中に潜り込んだ。にほんブログ村
2015年01月24日
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「先輩が警察に捕まった?それ、一体どういうことなんだ?」「何でも、婚約者に無理矢理乱暴しようとしたらしい。」「そんな・・」歳三が警察に逮捕されたことを知った千尋は、レイチェルが何か企んだに違いないと思った。「俺、少し出かけて来る。」「何処に行くんだい?」「先輩の婚約者のところ。」「一人で行くのは危ないよ。僕も一緒に行く。」「一人でも大丈夫。すぐに戻るから。」千尋はそう言うと、寮の部屋から出て厩舎へと向かった。 警察に逮捕された歳三は、取調室で刑事達に自分はレイチェルを乱暴していないことを主張した。「俺は、彼女に何もしてねぇ!」「そうは言ってもねぇ、相手はあなたに乱暴されたと主張しているし・・目撃者も居るんだ。」「だからそれは誤解だと・・」「これじゃぁ埒が明かないな。明日、被害者の方にもう一度話を聞きに行くとしよう。」刑事達はそう言うと、取調室から出て行った。「大人しくしろよ。」「おい、俺は何にもしてねぇ、信じてくれ!」「黙れ!」看守が去った後、歳三は冷たい牢獄の中で千尋のことを想った。(千尋、今すぐお前ぇに会いてぇ・・)「お嬢様、お客様です。」「誰かしら、こんな嵐の中、わたくしを訪ねに来たのは?」レイチェルがそう言って窓から視線を外して扉の方を見ると、そこには千尋が立っていた。「あら、来ると思っていたのよ、チヒロさん。」「お前が、先輩を嵌めたんだな?」「何のことかしら?わたくしは何もしていないわ。」「とぼけるな!」千尋がそう言ってレイチェルの胸倉を掴むと、彼女はヒステリックな笑い声をあげた。「あなたが悪いのよ、あなたがわたくしにトシゾウ様に譲ってくれないから!」「それだけで、先輩を陥れようとしているのか?」「わたくしは、絶対にトシゾウ様のことを諦めないわ。どんな手を使ってでも、あの人の心を手に入れてみせるわ。たとえあの人に憎まれてもわたくしは気にしないわ。だって、あの人がわたくしを見てくれていれば、いいんですもの。」「狂っている・・」歳三を振り向かせたいがために平気で嘘を吐くレイチェルの狂気に気づき、千尋はそう呟くと彼女の胸倉から手を放した。「このネックレス、返してさしあげるわ。わたくしが持っていても仕方がないものだもの。」レイチェルからネックレスを受け取った千尋は、彼女に背を向けて部屋から出て行こうとした。「明日、警察にわたくしがあの人に襲われそうになったのは嘘だと言うわ。」「それで、先輩をこれからどうするつもりなんだ?」「そんな事、あなたには関係のないことよ。さっさとここから出て行って。」「言われなくとも出て行くさ。」 翌日、警察がレイチェルの元を訪ねてきた。「申し訳ありません、わたくし嘘を吐いてしまいました。」「では、今回の事はあなたと婚約者の方との間に誤解が生じたことでいいですね?」「はい。お願いです、あの人を早く牢屋から出してやってください!」にほんブログ村
2015年01月24日
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「いきなり何をなさるの!?」「お前だろう、千尋を拉致して倉庫に監禁したのは!」そう言ってレイチェルを睨みつけている歳三の瞳には、怒りの炎が宿っていた。「何の事かしら?」「とぼけるんじゃねぇ!」歳三がそう言ってレイチェルの腕を掴むと、彼女は悲鳴を上げた。「痛いわ、放して!」「どうなったのですか、お嬢様!」「この人、わたくしに乱暴しようとしたの!」「違う、誤解だ!」「警察を呼んで!」 レイチェルは両手で顔を覆いながら、指の隙間からあらぬ疑いを掛けられ狼狽する歳三の顔を見て笑った。 同じ頃、士官学校の寮では千尋が歳三の帰りを待っていた。「先輩、遅いな・・」「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても、先輩は無事に帰って来るよ。」「そうだね。」「荻野、お前に荷物が届いているぞ。」「荷物?」「ああ、早く受け取れよ。」「わかった。」同級生から小包を受け取った千尋は、ベッドの上で小包を開けると、そこには立派なトランクが入っていた。「これ、誰から?」「さぁ・・」千尋がトランクを開けようとしたとき、トランクに一枚のカードが挟まれていることに気づいた。“この中には君のお母さんの形見の品が入っている、大事にしなさい。” 千尋がトランクの中を開けると、そこにはアルバムのようなものと、ベルベットの箱が入っていた。「ねぇ、その箱も開けてみたら?」千尋がベルベットの箱を開けると、そこにはダイヤモンドに縁どられたスターサファイヤのブローチが入っていた。「凄い・・これ、センのお母さんのものなの?」「そうみたいだ。」「送り主は誰なの?」「わからない。消印はリティアになっているけれど、何処の郵便局で出されたものなのかがわからないと、この小包の送り主が誰なのかもわからないし・・」千尋はそう言いながら、ブローチを手に取った。「そのアルバム、見てもいい?」「いいよ。」エメリーがアルバムの最初のページを捲ると、そこには千尋の両親と歳三の母親がピアノの前で写っている写真があった。「この黒髪の人、綺麗な人だね。」「この人、先輩の亡くなったお母さんなんだって。一時期、俺はこの人と一緒に暮らしていたらしいんだ。」「へぇ・・」 エメリーと千尋がアルバムを見ていると、同級生の一人が息を切らしながら部屋に入って来た。「大変だ、土方先輩が警察に捕まった!」にほんブログ村
2015年01月24日
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「千尋、何処だ~!」 激しい嵐の中、士官学校を飛び出した歳三は必死に千尋を探していた。(こんな天気に、あいつが遠くに行く筈がねぇ。絶対に何かあったんだ!)歳三がそんなことを思いながら馬で港の中を駆けていると、突然誰かが自分の前に飛び出してきた。 興奮する馬を宥めた歳三は、馬から降りて自分が危うく踏み殺しそうになった少年に近づいた。「おい、大丈夫か?」歳三がそう言って少年を揺さぶると、彼は低く呻いて目を開けた。「先輩・・?」「千尋、千尋なのか?」「よかった・・助かった・・」千尋はそう呟くと、歳三の腕の中で気を失った。「おい、しっかりしろ!」歳三は千尋を抱きかかえると、馬に跨って士官学校へと戻った。「誰か、医者を呼んでくれ!」「はい!」 黒いレインコートを着た歳三が全身ずぶ濡れになった千尋を抱いて士官学校の寮に戻ると、エメリーが彼の元へ駆け寄って来た。「先輩、センは大丈夫ですよね?」「ああ。」「何処で見つかったんですか?」「港の船着き場近くで見つかった。さっきこいつの手首に何かで縛られた跡があった。エメリー、警察呼んでこい。」「わかりました。」そんな二人の会話を、ハロルズの仲間が密かに階段で聞いていた。「お嬢様、お電話です。」「有難う。」荒れ狂う海を自室の窓から眺めていたレイチェルは、ハロルズの仲間から千尋が生きていることを電話で知らされた。「そう・・わかったわ。」受話器を置いたレイチェルは、溜息を吐いた。「どうなさったのですか、お嬢様?お体の具合でも・・」「何でもないわ、下がって頂戴。」(あの役立たずども、どうしてくれよう・・)「千尋、大丈夫か?」「先輩、俺生きているんですね。」「船着き場の近くで倒れているお前を見つけたんだ。なぁ千尋、何であんな所に居た?」「先輩と別れて厩舎に入った時、誰かに後ろから頭を殴られて・・気が付いたら港の倉庫の床に転がされていて、暫くすると倉庫にレイチェルが入って来たんです。」「レイチェルが?」「ええ。あと、レイチェルの後ろにハロルズ先輩達が居ました。」「千尋、お前の身に起きたことは俺が調べるから、今はゆっくりと休め。」「すいません・・」「謝るな。」 千尋の部屋を出た歳三は、再び馬に跨って士官学校を出てある場所へと向かった。「レイチェルは何処に居る?」「お嬢様でしたら、お部屋にいらっしゃいます。」 レイチェルが鏡の前で髪をブラシで梳いていると、部屋に歳三が入って来た。「トシゾウ様、お会いしたかったわ。」 レイチェルは歳三に笑顔を浮かべたが、彼女が歳三から受けたのは優しい抱擁ではなく、平手打ちだった。にほんブログ村
2015年01月21日
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「嵐が来るわね。」「お嬢様、早くお屋敷の中にお戻りください。お風邪を召されたら大変です。」「ええ、そうするわ。」(今頃あの人たちが、あの女を滅茶苦茶にしているかしら・・)レイチェルは荒れ狂う海をバルコニーから眺めた後、そんなことを思いながら屋敷の中へと入っていった。 一方、港の倉庫では、千尋が必死に上級生達からの暴力から逃れようとしていた。「この野郎、大人しくしないか!」「誰か、助けて!」「この嵐の中で、誰もこんな危険な所に来るもんか、諦めな!」(嫌だ、こんなところで嬲りものにされて死ぬくらいなら、舌を噛み切って死んでやる!)千尋が何か武器になるようなものを倉庫内で探していると、彼女はドラム缶の近くに短剣が転がっていることに気づいた。 あの短剣をこの三人に気づかれぬように取れば、ここから出られる。「どうした?急に大人しくなったな?」「最初は嫌がるけれど、時間が経つと諦めたんだろうよ。」「そうだ、今のうちにやってしまおうぜ。」下卑た笑みを浮かべながら上級生達が自分に近づくのを見た千尋は、彼らに笑みを浮かべた。「先輩達、ここに居るのは俺達だけですし、ゆっくりと楽しみましょうよ。」「へ、そうでなくっちゃなぁ。聞き分けがいい後輩が居て助かるぜ。」上級生達の中でよく自分に絡んできたハロルズがそう言って千尋のシャツのボタンを外した。千尋は彼に気づかれぬよう、ドラム缶の近くに転がっている短剣を手に取ると、それを躊躇なくハロルズの目に突き刺した。 ハロルズの甲高い悲鳴が倉庫内にこだまし、他の二人は目の前で起こった惨劇を見て両手で顔を覆った。「畜生、騙しやがったな!」千尋は痛みで呻くハロルズの股間を蹴りあげ、素早くナイフで両手を縛めている荒縄を切ると、倉庫の外から飛び出していった。「お前達何をしている、早くあの女を捕まえろ!」 激しい雨の中、千尋はハロルズの仲間から必死に逃げていたが、ついに港の端にまで追い詰められてしまった。「ここまで来たら、もう逃げられないぞ。」「そうでしょうか?」千尋はそう言ってハロルズの仲間に向かって不敵な笑みを浮かべると、そのまま荒れ狂う海の中へと飛び込んでいった。「正気じゃねぇな、あの女。こんな荒れた海に飛び込むなんて・・レイチェル様に何て報告したらいいんだ!」「レイチェル様には女が正気を失って自殺したとだけ言えばいいさ。そうすれば、報酬は貰える。」「そうだな。」ハロルズの仲間は、荒れ狂う海を暫く見つめてそんな会話を交わした後、そのまま港から去っていった。 暫くして、千尋は海面から顔をのぞかせ、近くの船着き場まで泳いだ。千尋は体力を激しく消耗し、船着き場から上がった後起き上がることも出来ずにいた。―千尋・・ 暗闇の中で誰かが自分を呼ぶ声を聞いた千尋は、そのまま意識を手放した。にほんブログ村
2015年01月21日
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※BGMとともにお楽しみください。(千尋の奴、遅せぇなぁ・・) 歳三は音楽室で千尋の事を待っていたが、一向に彼女が現れないことを不審に思い、音楽室から出て寮へと向かった。「土方先輩、どうしたんですか?」「千尋が何処に居るのか知らねぇか?」「僕たちは見ていませんけれど。」「そうか、勉強で忙しいのに済まねぇな。」「先輩、待ってください!」歳三が寮の自習室から出て行こうとしたとき、千尋のルームメイトのエメリーが彼の元に駆け寄って来た。「センなら、確か馬の様子を見に行くと言って厩舎に行きました。」「そうか、有難う。」 歳三が厩舎に向かうと、床には真新しい血痕が飛び散っていた。(もしかして、あの女が・・)歳三は嫌な予感がして、愛馬に跨った。「先輩、どちらへ行かれるのですか?」「千尋を探してくる!」 一方、厩舎で何者かに襲われた千尋は、見知らぬ場所で両手を縛られ床に転がされていた。(ここは、一体・・)薄暗く、埃が積もった室内を観察する限り、ここは長年使われていない倉庫のようだった。「気が付いたかしら?」暗闇の中で突然声が聞こえてきたので、はじめ千尋はその声が幻聴だと思った。だが、倉庫の扉が開いて中に人が入って来た時、それが間違いだったことに気づいた。「レイチェルさん、どうして・・」「言ったでしょう、わたくしはあなたが邪魔なの。だからあなたには、ここで死んで頂くわ。」レイチェルはそう言うと、千尋を睨みつけた。「あなたの所為で、わたくしは永遠にあの方から愛されない。だから、あなたにはこの世から消えて頂くしかないのよ、おわかりかしら?」千尋がレイチェルを睨みつけていると、彼女の背後に数人の青年達が立っていることに気づいた。その青年達は、日頃士官学校で自分を疎ましく思っていた上級生達だった。「この女に死よりも恐ろしい目に遭わせなさい。」「わかりました、レイチェル様。」「報酬は後で沢山弾むわ。」レイチェルは青年達にそう言うと、千尋の首に提げているネックレスを奪い取った。「これは今日からわたくしのものよ。あなたはここで死ぬのだから、こんな物をつけている意味がないでしょう?」「返せ、それは死んだ母の形見だ!」レイチェルは自分に抗議する千尋の声を無視し、倉庫を後にした。「安心しな、優しくしてやるよ。」「やめろ、来るな!」狭い倉庫内で千尋は上級生達から逃れる為に暴れまわったが、あっという間に彼らに抑え込まれてしまった。「こいつ、俺の顔を引っ掻きやがった!」「生意気な女だ!」(千尋、何処に居るんだ!?) 空が曇り、嵐が海辺の町を襲おうとしていた。にほんブログ村
2015年01月21日
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「それで、お前俺に何か用か?」「兄さんに伝えたいことがあってね。ベネディクト伯爵夫妻の馬鹿息子のことだけれど・・あいつは、半年前に炭鉱の落盤事故で死んだ。それに、あいつの女房は金持ちの男と再婚している。俺が兄さんに伝えたかったのはそれだけさ。」「そうか。わざわざ遠い所まで来てご苦労なこった。」「お礼は後で頂戴な。それじゃぁ、俺はこれで。」ルイスはそう言って歳三の肩に叩くと、そのまま士官学校から出て行った。「先輩、あの人は誰ですか?」「金貸しのルイスだ。昔、父親の誕生パーティーに来たことがあるベネディクト伯爵夫妻のことを聞いて、あいつに行き当たったんだ。」「行き当たった?」「ああ。ベネディクト伯爵夫妻は、ルイスが持ち掛けた投資話に乗って、全財産を失った。お前の両親と懇意にしていた彼らの消息を探せば、お前の両親や俺のお袋の事が少しでも解ると思ったんだが、無駄だった。」歳三はそう言って溜息を吐き、コーヒーを一口飲んだ。「そうですか・・」「千尋、この前ルシウスからお前の母親の日記を預かった。」「俺のお母さんの日記?」「ああ。」歳三から母親の日記を受け取った千尋は、表紙に使われている家族写真を見た途端、脳裏に幼い頃の記憶が甦って来た。「この写真は、俺が3歳の時に撮った写真です。確か、これはクリスマスパーティーの時に撮ったものです。」「そうか。」「確かあの日は大雪が降って、パーティーの後俺が高熱を出して母が一晩中看病してくれたことを思い出しました。」「よかったな、少しでも小さい頃のことを思い出せて。」「はい。」「千尋、これからゆっくりと両親の事を思い出していけばいい。」 その日の夜、千尋は母の日記を開いた。 自分に愛情を注ぐ母の姿を想像しながら、千尋は涙を流した。(母さん・・) 千尋がベッドで寝ていると、誰かがドアを開ける気配がした。気の所為だと思った千尋が寝返りを打とうとすると、暗闇の中にレイチェルが金色の瞳を光らせながら自分を睨みつけていることに気づいた。「声を出さないで。」レイチェルは千尋の耳元で押し殺した声でそう言うと、彼女にナイフをちらつかせた。「あなたは、わたくしにとって邪魔なの。だから、わたくしとトシゾウ様との結婚を邪魔しないで。邪魔したら、殺すわよ。」レイチェルはナイフを、枕に突き立てた。枕の布が裂け、白い羽毛が辺り一面に飛び散った。「わたくしは、あなたにそれだけを言いに来たの。」レイチェルはナイフを握り締めたまま、暗闇の中へと消えていった。 翌朝、千尋は悪夢から目覚め、荒い息を吐きながら額の汗を手の甲で拭った。その時、自分の枕が切り裂かれ、羽毛がベッドの周りに飛び散っていることに気づいた。「どうした、千尋?顔色が悪いぞ?」「先輩、昨夜レイチェルさんが俺の部屋に来ました。」「それは本当か?」「はい。」「後で詳しく話してくれ。」「わかりました。」 歳三と食堂の前で別れた千尋が厩舎に入ると、彼女は突然誰かに後頭部を殴られて気絶した。にほんブログ村
2015年01月21日
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千尋はクラウスに駅まで送って貰うことになった。「すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって・・」「いいんだ。こっちの方が、謝らなければならない。」クラウスはそう言うと、駅の駐車場に車を停めた。「じゃぁ、元気で。」「はい。」 千尋がスーツケースを持ってプラットホームへと向かおうとしたとき、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。「どうしたんだい?」「いいえ、何でもありません。」千尋がそう言って再び歩き出そうとすると、誰かに腕を掴まれた。「千尋、何処へ行くつもりだ?」「先輩・・」「トシ、遅かったじゃないか。」クラウスは苦笑しながら、肩で息をしている歳三を見た。「その様子だと、妹を上手くまいてきたようだね?」「ああ。」「妹の方はわたしが何とかしておくから、二人とも行きなさい。」 歳三と千尋が南部行きの列車に乗り込んだ後、クラウスは何やら慌てた様子でプラットホームに向かって走って来るレイチェルの姿に気付いた。「お兄様、こちらにトシゾウ様が来ていなかったかしら?」「いいや、見ていないよ。」「そんな・・」「レイチェル、トシの事を誰にも渡したくないのはわかるが、トシの気持ちを考えてやれ。一方的に自分の想いだけを押し付けていては、トシはお前から離れていくばかりだ。」クラウスは妹を宥めると、彼女を車の助手席に座らせた。「先輩、レイチェルさんとはどうするのですか?」「あいつとは結婚しない。向こうは俺の事を簡単に諦めないだろうが、何とか説得してみる。」「そうですか・・」 千尋はそう言うと、車窓の外に広がる田園風景を見つめた。 千尋と歳三が士官学校に戻ってから数ヶ月が過ぎた頃、クラウスから一通の手紙が届いた。そこには、レイチェルを暫く田舎の保養地で静養させることを決めたとだけ書かれていた。「先輩、大丈夫なんですか?」「まぁ、俺が放っておいたら向こうも自然と俺の事を諦めてくれるだろう。」 食堂でクラウスの手紙を読んでいた歳三がそう言いながらコーヒーを飲んでいると、急に廊下が騒がしくなった。「どうした、何かあったのか?」「それが、さっき変な女が校舎の中に入って来て、土方さんを出せと大声で騒ぎだしたんです。」「変な女?」歳三は下級生達の話を聞き、脳裏に自分を血眼になって探すレイチェルの姿が浮かんだ。「あ~、やっと見つけた!」ヒールの音を響かせ、そう叫びながら歳三に抱きついてきたのは、金貸しのルイスだった。「あんた、何でここに俺が居ることがわかったんだ?」「そんなの、少し調べればわかるさ。それよりも兄さん、隣に居る可愛い子ちゃんはだぁれ?」ルイスは歳三の隣に座っている千尋を見た。「あの、あなたはどなたですか?」「俺は金貸しのルイスさ。もしかしてあんた、この兄さんの恋人?」にほんブログ村
2015年01月21日
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「おいルイス、ここで客を取るつもりなら出ていってもらおうか?」「冗談だよ、マスター。少しこの兄さんを試しただけさ。」ルイスはそう言うと、歳三の内腿を触った。「俺はあんたと遊ぶ暇はねぇ。さっさとあんたが知っていることを教えろ。」「ふん、頭が堅いねぇ。でも気に入った。」ルイスは淡褐色の瞳を輝かせると、煙草を咥えて火をつけた。「お近づきのしるしに、一本どうだい?」「ああ。」 店内に紫煙が立ち込める中、ルイスはバッグから一冊の手帳を取り出した。「これは、俺の宝物さ。ここには俺に金を貸した奴の名前や身分、資産などが書かれている。」「見せて貰ってもいいか?」「ああ。」歳三がルイスから手帳を受け取ると、そこにはベネディクト伯爵夫妻の名があった。「ベネディクト伯爵夫妻は、あんたが持ち掛けた投資話に騙されて全財産を奪われたといったが、それは本当なのか?」「貴族って奴は、金がなくてどんなに苦しい状況になっても、先祖代々から受け継いできた土地や家屋敷を手放したくない愚かな連中さ。意地を張り続けた結果、莫大な借金を残してそのままあの世逝きの列車に乗り込んだ。全く、迷惑な奴らだったよ。」ルイスは吐き捨てる様な口調でそう言うと、煙草の火を灰皿に押し付けた。「ベネディクト伯爵夫妻には息子が居たと思うが、そいつはどうなった?」「ああ、アダムか。あいつは酒乱で女癖も悪い貴族の道楽息子さ。今は、親の借金を返すために西部にある炭鉱で働いている。まぁ、端的に言えば俺がそいつを炭鉱に放り込んだけどね。」「そうか。もうあんたに用はねぇ。」歳三はそう言うと、ルイスに背を向けてカフェをあとにした。「お帰りなさいませ、歳三坊ちゃま。」「家に誰か来ているのか?」「レイチェル様が先ほどお越しになられました。結婚式の事についてご相談があると。」「わかった。」 帰宅した歳三が客間に入ると、そこにはレイチェルがソファに座って彼の事を待っていた。「トシゾウ様、結婚式の事で色々とご相談したいことがありますの。」「俺は、君と結婚するつもりはない。俺が本当に愛しているのは・・」「チヒロさんだっていうのでしょう?」レイチェルはそう言うと、歳三を睨んだ。「わたくし、あなたをチヒロさんには決して渡さないわ。たとえあなたがわたくしを一生愛してくださらなくても、わたくしはあなたの事を離さないわ。」レイチェルは歳三に抱きつくと、彼の背に爪を立てた。歳三が痛みに顔を顰めると、レイチェルはそれを見て嬉しそうに笑った。「千尋は何処にいる?」「安心してくださいな。彼女ならわたくし達の結婚式が終わるまで我が家で大事にお預かりしておりますわ。あなたが妙な気を起こさなければ、彼女の身に危険が及ぶことはありませんわ。」(こいつ、俺を脅迫しやがって・・) 一方、千尋はグラーシュ家のダイニングルームでクラウスと昼食を取っていた。「チヒロさん、今すぐ荷物を纏めてこの家から出た方がいい。」「それは、どういう意味ですか?」「妹は、トシが自分の事を愛していないことに気づいている。」「それなのに、先輩と結婚しようとしているのは、何故なんですか?」「トシを君にとられたくないからだよ。」「まるでお気に入りの玩具を取られたくない子供のような幼稚な考えですね。」「レイチェルはいつか君に危害を加えるかもしれない。その前に、士官学校へ帰った方がいい。」「わかりました。クラウス先輩、色々とお世話になりました。」にほんブログ村
2015年01月21日
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部屋に戻った歳三は、カイゼルがベネディクト伯爵について何かを知っているに違いないと勘で解った。「トシゾウ様、まだ起きていらっしゃいましたか。」「トーマス、少し頼みたいことがあるんだが、今いいか?」「はい。」カイゼル家の執事長・トーマスは、そう言うと歳三の部屋に入った。「お前、ベネディクト伯爵の事を知っているか?」「ベネディクト様でしたら、存じ上げております。時折我が家のパーティーにいらしておりました。」「写真はあるか?」「はい。暫くお待ちくださいませ。」 数分後、トーマスは一枚の写真を歳三に手渡した。「これは?」「20年前のクリスマスパーティーの時に撮られたお写真です。旦那様のお隣にいらっしゃるのが、ベネディクト伯爵夫妻様です。」写真には、若き頃の父の隣に、一組の夫婦が写っていた。二人とも金髪翠眼で、夫のベネディクト伯爵はなかなかの美男子だった。隣に立っている彼の妻も、女神のような神々しい美貌の持ち主だった。「ベネディクト伯爵夫妻は、何処に住んでいるんだ?」「さぁ・・それはわかりかねます。お力になれず、申し訳ございません。」トーマスはそう言って歳三に詫びると、部屋から出て行った。 翌朝、歳三は写真を手に人探し専門の探偵の元を訪ねた。「ベネディクト伯爵夫妻を探しているんだが・・」「旦那、それは無理な相談ですぜ。死人を探したって商売にもなりやせんや。」だらしなく椅子の背に凭れていた探偵は、そう言うと冷めたコーヒーを飲んだ。「死んだ?」「噂じゃぁ変な投資話に騙されて、全財産もっていかれたって話でさぁ。」「その投資話を持ち掛けてきた奴の名は、知っているか?」「確か、4番地に住むルイスって奴だ。この時間なら、金の鳥ってカフェで優雅にランチでも食べているんじゃないですかねぇ。」「これは礼だ。」「毎度あり。」 探偵事務所をあとにした歳三は、カフェ・金の鳥へと向かった。(ここか・・随分寂れたカフェだな。) 4番地の片隅にあるカフェ・金の鳥は、半ば緑の蔦に覆われた赤煉瓦の建物だった。歳三がカフェの中に入ると、店内は閑散としていた。カウンター席には一人の泥酔した女がカウンターに突っ伏していびきをかいていた。「いらっしゃい。」「ここにルイスっていう奴が来てるって聞いたんだが・・」「ああ。ルイス、起きな。お前ぇさんに客だ。」カフェのマスターは、そう言うといびきをかいている女の肩を揺らした。「うるさいなぁ・・」いびきをかいていた女は、欠伸をかみ殺しながら歳三を見た。「お前ぇがルイスか?」「ああ、俺がルイスだよ。俺に話ってなんだい?」「ベネディクト伯爵夫妻について、お前に聞きたいことがある。ちょっと来てもらおうか?」「兄さんが俺と一杯付き合ってくれたら話してやるよ。」女―ルイスはそう言うと、歳三にワイングラスを向けた。「わかった、一杯付き合おう。」「マスター、いつものワイン出しとくれ。」「あいよ。」歳三がルイスの隣のスツールに腰を下ろすと、ルイスが歳三にしなだれかかってきた。「おい、何の真似だ?」「兄さん、俺と遊んでくれない?」にほんブログ村
2015年01月21日
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『慈善バザーでベネディクト伯爵夫人に会った。息子さんが離婚されたらしい。』『ベネディクト夫人の息子さんが、わたしに会いに来た。彼は色々と問題を抱えているみたいだ。』『パーティーでベネディクト伯爵家の噂を聞いた。何やら息子さんが変な投資話に乗り、失敗してしまったとか。』千尋の母親の日記に登場するのは、ベネディクト伯爵夫人とその息子だった。彼女は名門貴族の妻だから、社交界での集まりにもよく顔を出していたのだろう。「歳三坊ちゃま、お夕食の準備が出来ました。」「すぐ行く。」歳三は千尋の母親の日記をベッドの上に置いたまま、部屋から出た。「お兄様、わたくしお昼にホテルのロビーでお兄様が誰かとお話をしているところを見ましたの。どなたとお会いになっていたんですの?」「それは、言えない。」「まぁ、どうして?」「おやめなさいエミリー、お兄様のことは放っておきなさい。」ルシウスと会っていることをエミリーが歳三に詮索しようとすると、すかさずフェリシアがそう言って娘を窘めた。「ルシウスといえば、あの親殺しの青年ね。長い間自分を実子のように育ててきた義理の母親を殺すなんて、酷い人も居たものだわ。」「食事中に血なまぐさい話をするんじゃない。」フェリシアの遠回しの嫌味にも、歳三はもう慣れてきた。彼女が自分のことを家族として認めないことは、もう物心ついた頃からわかっていた。「まぁ他人様の家の事よりも、歳三の結婚の準備で色々と忙しくなるわね。」「そうだな。トシゾウ、来週末顔合わせの食事会があるから、予定を空けておけ。」「わかりました。」「レイチェルさんみたいな素敵なお嬢さんが我が家に来てくれたら、この家が華やぐわね。エミリー、歳三が結婚したら、次はあなたの番ね。」「嫌だわ、お母様。わたくしまだ結婚なんて考えていませんわ。」「婚期を逃がしてしまう前に、素敵な方と巡り会わなければなりませんよ。そうだわ、今度わたくしのボランティア仲間のお茶会があるから、あなたも一緒に・・」「フェリシア、エミリーの世話を焼くな。エミリーが困っているだろう?」「あら、わたくしは娘の為を思って・・」「それがエミリーの負担になっているのだ。」夫からそう指摘され、フェリシアはそれ以上エミリーの結婚について何も言わなかった。「トシゾウ、後で話がある。」「わかった。」 夕食後、歳三がカイゼルの書斎に入ると、彼はパイプを咥えながら歳三に千尋の母親の日記を見せた。「この日記帳は、あの子の母親のものだろう?お前は何処でこんな物を手に入れた?」「ホテルでルシウスと会って、話をした。自分は両親を殺してはいない、何者かが両親を殺し、家に火をつけたと話をしていた。そして、この日記帳を千尋に渡して欲しいと頼まれて、預かったんだ。」「そういう事ならば、この日記帳は暫くお前が預かっておけ。」カイゼルはそう言うと、千尋の母親の日記を歳三に手渡した。「親父、ひとつ聞きたいことがある。」「何だ?」「この日記の中に、何度かベネディクト伯爵という人物が登場しているんだが・・親父はその人を知っているのか?」「それを貴様が知る必要はない。」カイゼルは歳三に背を向け、彼と目を合わせようとしなかった。にほんブログ村
2015年01月21日
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ルシウスとともに歳三が入った部屋は、このホテルで最高級のスイートだった。「こんな所に泊まる金が、何処にあるんだ?」「それは秘密。それよりも、君は母親の事をわたしに聞きたいんだろう?」「ああ、そうだ。」「まぁ、そんなところに突っ立っていないで座りたまえ。」歳三がルシウスに言われるがまま、近くのソファに座った。「何か飲む?」「要らねぇ。」「そう。さてと、何処から話そうかな?君の母親の事を話すと、色々と長くなるんでね。」「じゃぁ、こうしよう。あんたが俺の質問に答えるだけでいいっていうのは。」「そうした方が時間の無駄にならないね。」「俺のお袋について、知っている事を全部話せ。」「わかったよ・・」ルシウスはそう言うと、ソファの上に腰を下ろした。「わたしの母、正確にいえば義理の母と、君の母親とは女学校時代の友人だった。」ルシウスは上着の内ポケットの中から、一枚の写真を取り出した。そこには、自分の母親と金髪の女性が映っていた。「君の母親は、音楽留学の為に日本からこの国に来たんだ。彼女の夢は、プロのピアニストになることだった。」「お袋は何で、お前の家に住んでいたんだ?」「それはわたしにもわからない。義母の日記によれば、彼女は何やら訳ありで留学に来たらしい。」ルシウスはソファの近くに置かれてあるトランクの中から、一冊の日記帳を取り出した。「義母の日記帳だ。あの火事の日に、わたしが唯一あの家から持ち出せた物だ。」「あの火事の日?」「おや、君はてっきり千尋から聞いて知っているのかと思っていたのだが・・」「あいつは、お前ぇに両親を殺されたと言っていた。」「それは嘘だ。わたしは両親を殺してはいない。わたしが両親の寝室に駆け付けた時には、既に彼らは死んでいた。」「一体どういうことだ?」「両親は誰かに殺された。そして、何者かが家に放火し、君の母親の命を奪った。」「そいつは一体どこのどいつなんだ?」「それは今、探しているところだ。君に頼みがある。義母の日記を、千尋に渡してくれないか?千尋は未だに、わたしの事を誤解して憎んでいるから。」「わかった。」 歳三がホテルから帰宅すると、リビングルームから賑やかな笑い声が聞こえた。「お帰りなさいませ、歳三様。」「誰か客でも来ているのか?」「エミリー様がご友人を招いてお茶会を開いているのです。」「そうか。」「お食事はどうなさいますか?」「要らない。」 部屋に入った歳三は、ルシウスから渡された千尋の母親の日記を開いた。表紙には、幸せそうな家族写真があった。そこには千尋の両親が映っており、千尋の母親は膝の上にまだ赤子だった千尋を抱いて笑顔を浮かべていた。 ルシウスは父親の隣に立ち、少し胸を反らしていた。日記の表紙にするほど、千尋の母親にとって思い入れのある写真だったのだろう―歳三はそう思いながら、日記のページを捲った。『今日は千尋の一歳の誕生日。千尋は好奇心旺盛で、何でも口に入れてしまうから目が離せない。』 日記には、我が子に絶え間なく愛情を注ぐ千尋の母親の姿が見えた。にほんブログ村
2015年01月19日
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「ルシウス、こんな所でお前に会えるなんて奇遇だな。」「ああ。」ホテルのロビーで、ルシウスは学生時代の友人と会っていた。「妹とは会えたのかい?」「ああ。だが冷たく拒絶されたよ。まぁ、無理もない。」ルシウスはそう言うと、溜息を吐いた。「そのブレスレット、まだつけていたのか?」「これは、妹から貰った最初で最後のプレゼントだからな。」ルシウスは右手首に嵌めているダイヤモンドのブレスレットを見つめながら、妹と過ごした幸せだった頃のことを思い出していた。“お兄様、これ・・”あの火事が起こる一年前のクリスマス・イヴの夜、千尋が照れくさそうな顔をしながら自分にプレゼントしてくれたダイヤモンドのブレスレットは、ルシウスにとって命よりも大事なものだった。半分だけ血が繋がっている妹のことを、ルシウスは愛おしくて堪らなかった。妹も、自分の事を兄と慕ってくれていた。だが、あの火事で全てが変わってしまった。「どうしたんだ、一体何を考えている?」「昔の事を思い出しただけだ。それよりも、例の件は進んでいるか?」「ああ。今夜、ここに来てくれ。」「わかった、またな。」 友人がロビーから足早に出て行くのを見送ったルシウスがソファから立ち上がろうとした時、歳三と目が合った。「おや、奇遇だね。こんな所で君と会えるなんて。」「さっき話していたのは何処のどいつだ?」「それは君には関係のないことだ。それよりも、妹は元気にしているかい?」「ああ。」「そのミシン、何処で手に入れたんだい?」「宴会場でやっていた慈善バザーで売られていたのさ。あんた、このミシンを知っているのか?」「知っているも何も、そのミシンは君の亡くなった母親の形見の品じゃないか。彼女が君の服をそのミシンで縫っていた姿を何度か見たことがある。」「お袋のことを、知っているのか!?」「ああ。君は覚えていないだろうが、君の母親は我が家に一時期住んでいたことがあるんだ。ここは人目があるから、詳しい話は部屋でしよう。」ルシウスとともに、歳三はエレベーターホールへと向かった。「お兄様、もうお帰りになられたのかしら?」「お嬢様、お車が来ましたよ。」「わかったわ。」エミリーが侍女とともにホテルから出ようとしたとき、ルシウスと歳三がエレベーターに乗り込む姿を見た。「お兄様!」エミリーは兄に声を掛けたが、歳三は彼女の姿に気付かなかった。「どうかなさいましたか、お嬢様?」「いいえ、何でもないわ。早く帰らないと、お父様達を心配させてしまうわ。」エミリーがそう言ってホテルの正面玄関から外に出ようとした時、彼女は一人の青年とぶつかってしまった。「すいません、お怪我はありませんか?」「ええ。そちらこそ、お怪我はありませんか?」エミリーがそう言って顔を上げると、そこには金髪金眼の美しい青年が立っていた。「お嬢様、お怪我はありませんか?」「ええ。さぁ、帰りましょう。」エミリーは青年に向かって頭を下げると、車に乗り込んだ。「綺麗な人だったな・・」青年はそう呟くと、自分の足元にレースのハンカチが落ちていることに気づいた。にほんブログ村
2015年01月19日
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自室で大量の睡眠薬を飲んだレイチェルは、入院することになった。「レイチェル、どうして自殺なんてするんだ?」「怖かったからよ、トシゾウ様に千尋さんの事が知られるのが・・」「もうあいつはお前がチヒロさんを池に突き落としたことを知っている。」「え・・」レイチェルはそう言うと、クラウスを睨んだ。「どうしてそんなことをトシゾウ様におっしゃったの!」「いつまでも黙っているわけにはいかないだろう。」「余計な事をなさらないで!」レイチェルは兄に向かって枕を投げつけた。「クラウス、レイチェルの様子はどうだ?」「彼女はもう大丈夫です。それよりも父上、少しお話ししたいことがあります。」「どうした、何か問題でもあったのか?」「ええ。今回の事をトシに話したと妹に話したら、余計な事をするなと怒られました。」「まったく、我が娘でありながら我が儘な子だ。今は放っておいた方がいい。」「わかりました。」 一方、歳三はカイゼル将軍に呼び出された。「歳三、レイチェルさんと本当に結婚する気なのか?」「する気も何も、向こうが完全に乗り気なんだから仕方がないだろう。」歳三はそう言うと、冷めた紅茶を一口飲んだ。「彼女ならば、家柄も身分も相応しい。しかし、あの娘がカイゼル家の嫁として務まるかどうかわからん。そこで、お前に縁談を持って来た。」「言っておくが、俺は結婚はしねぇ。レイチェルとの婚約も白紙に戻すつもりだ。」「お前は、心に決めた相手でも居るのか?」「それをあんたに言う必要はない。」歳三はチンツ張りのソファから立ち上がると、そのまま父の書斎から出て行った。「お兄様、お父様と何をお話ししたの?」「くだらねぇことだ。エミリー、これから出かけるのか?」「ええ。ホテルで慈善バザーがあるから、そこへ行こうと思いまして。お兄様もご一緒に如何かしら?」「遠慮しておく。」「そんなことをおっしゃらずに、一緒に来てくださいな。」エミリーから半ば強引に誘われて、歳三は彼女と共にホテルで開かれている慈善バザーに行った。 そこでは、上流階級に属する令嬢達が、洋服やアクセサリーなどの不用品を売っていた。「エミリー様、お久しぶりね。」「ええ。皆さん、紹介するわ。こちら、わたくしの兄です。」「まぁ、素敵なお兄様ね。」エミリーの友人達は歳三に好色な視線を送りながら、嬉しそうに笑った。(ったく、こんな集まりの何が楽しいんだか・・)歳三は興味なさげにバザーの商品を見ていると、何処か見覚えのあるミシンが隅の方に置かれていた。「どうかなさったの、お兄様?」「あのミシン、何処かで見たことがあるんだが・・」「まぁ、興味がおありですの?あのミシンは、わたくしの母が古い友人から譲り受けたものだと聞いておりますわ。」「それじゃぁ、これを貰おうか。」「まぁ、有難うございます。」バザー会場を出た歳三がタクシーを呼ぼうとフロントの方へと向かおうとしたとき、千尋の異母兄・ルシウスが誰かと話している姿を見た。(あいつ、一体誰と話しているんだ?)にほんブログ村
2015年01月17日
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ピアノの音が聞こえ、千尋が母の部屋に入ると、黒髪の女性がピアノの前に座っていた。“千尋、こちらは・・・さん。ご挨拶なさい。”千尋がその女性に挨拶すると、彼女は千尋に向かって優しく微笑んだ。“千尋ちゃんというのね、宜しくね。”その女性は、宝石のような紫色の瞳を煌めかせながら、千尋の髪を撫でた。“お父様、お母様!” 炎に囲まれ、千尋は必死に両親の姿を探した。二人の姿を探している内に、彼女はあの女性と会った部屋に入った。“早く逃げなさい!”“でもお父様とお母様が・・”“わたくしについて来なさい。”女性は千尋の小さな手を握ると、屋敷の外へと出た。“お父様とお母様は、わたしが連れて来るから、あなたはここで待っていなさい。”女性はそう言って千尋に微笑むと、燃え盛る屋敷の中へと入っていった。その直後、屋敷は炎に呑まれた。“お父様、お母様!”「千尋、しっかりしろ!」千尋が目を開けると、火事で死んだ筈の女性が自分に微笑んでいた。「千尋、俺だ。」「土方先輩・・俺、どうして・・」千尋が周りを見渡すと、自分は天蓋付きのベッドに寝かされていた。「気が付いたんだね、チヒロさん。」歳三の背後から、クラウスが姿を現した。「クラウス先輩、ここは何処ですか?」「ここはわたしの家で、君は妹とトシの婚約パーティーに招待されてきたんだ。君がここに寝ているのは、妹に池へ突き落とされたからだ。」クラウスの言葉を聞いた千尋の脳裏に、自分への憎悪に彩られたレイチェルの金色の双眸が浮かんだ。「レイチェルは・・彼女は何処に?」「あいつなら、自分の部屋で反省している。パーティーは終わった。」「すいません、ご迷惑をお掛けして・・」「謝るのはこちらの方だ。妹がとんでもないことをしてしまった。わたしに免じて、妹を許してやってくれ。」「はい・・」「何かあったらランプの傍に置いてあるベルで呼んでくれ。」クラウスが部屋から出て行くと、千尋は熱に潤んだ瞳で歳三を見た。「先輩に、お話ししたいことがあります。」「俺に話したいこと?」「はい。昔、俺先輩のお母様にお会いしたことがあるんです。」「それは本当か?」歳三はそう言うと、千尋を見た。「わたしの母と、先輩のお母様は知り合いだったような気がするんです。一度、先輩のお母様にお会いしたのですが、その時のことがなかなか思い出せないんです。」「無理に思い出そうとしなくていい。今はゆっくりと休め。」 歳三は千尋の手を握ると、そのまま部屋を出た。「トシ、チヒロさんの様子はどうだ?」「少しは落ち着きました。先輩、本当にレイチェルが千尋を池に突き落としたんですか?」「ああ。詳しい話は妹から聞いてくれ。」「わかりました。今日はもう遅いので、明日聞きます。」 翌朝、歳三がレイチェルの部屋のドアをノックしたが、中から何の反応もなかった。「先輩、レイチェルが部屋から出てこねぇんだ。」「レイチェル、どうしたんだ、出て来い!」 クラウスと歳三がレイチェルの部屋に入ると、レイチェルは大量の睡眠薬を飲んで意識を失っていた。にほんブログ村
2015年01月17日
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「レイチェル、婚約おめでとう。」「有難う。」レイチェルはそう言いながら、千尋が着ているドレスを観察した。 千尋のドレスは白薔薇をあしらった白いドレスを纏っており、裾には蒼いひだ飾りと、薔薇の飾りがついていた。自分の華やかなデザインのドレスとは違い、千尋のそれは地味なものだったが、何故か千尋がレイチェルの目には美しく見えた。「レイチェル様、ご婚約おめでとうございます。」「有難う、皆さん。来てくださったのね。」友人達に気づいたレイチェルは、千尋を無視して彼女達の方へと向かった。「今レイチェル様がお召しになっているドレス、とても素敵よ。」「今夜のパーティーの為に、特別に誂えたものなの。」「まあ、だからレイチェル様によく似合っていらっしゃるのね。」「ねぇレイチェル様、結婚式は何処でなさるの?」「さぁ・・それはトシゾウ様と相談しないと、決められませんわ。」 レイチェルが友人達と結婚式の事を話していると、楽団がワルツの曲を奏でた。「トシゾウ様、わたくしと踊っていただけませんこと?」レイチェルがそう言いながら歳三の方へと向かうと、彼は千尋と踊っていた。(どうして、トシゾウ様?今夜の主役はわたくしなのに!)主役である自分を蔑ろにして、千尋と踊る歳三の姿は、まるで一幅の絵画を見ているようで美しかった。「何だか、お似合いねぇ、あの二人。」「ええ。あれが、トシゾウ様のフィアンセなのかしら?」レイチェルの近くに居た貴婦人達の会話を聞いたレイチェルは、怒りで扇子を握り潰しそうだった。「どうしたの、レイチェル?」「少し気分が優れないので、外の空気を吸ってくるわ。」友人達にそう言うと、レイチェルはドレスの裾を摘まんで中庭へと出た。「先輩、レイチェルちゃんの事を放っておいていいんですか?」「別にいいんだよ。あいつは女同士で色々と楽しんでいるだろうさ。」 歳三は千尋と踊りながら、そう言って彼女の頬に唇を落とした。「それじゃぁ、またあとで。」「ええ。」歳三とワルツを踊った後、千尋はライトアップされた中庭へと向かった。そこには人工的な光を受け、色とりどりの薔薇が美しく咲き誇っていた。「綺麗・・」「チヒロさん、こんな所に居たのね。」池に浮かんでいる睡蓮を千尋が眺めていると、そこへレイチェルが現れた。「さっきのワルツ、とても楽しそうに踊っていたわね。主役のわたくしを蔑ろにして、嬉しかった?」「俺は、そんなつもりで踊った訳じゃ・・」「さっさとわたくしの前から消えて頂戴、目障りなのよ!」レイチェルは激情に駆られ、千尋を池の中に突き落とした。千尋が池から上がろうとすると、レイチェルが彼女の頭を押さえこんだ。「あなたなんて、ここで死ねばいいのよ!」「レイチェル、そこで何をしているんだ!」「お兄様・・」突然ランプの眩しい光に照らされたレイチェルが慌てて両手で顔を覆うと、そこには使用人達を連れたクラウスの姿があった。「お兄様、これは・・」池の中でもがいている千尋の姿を見たクラウスは、タキシードのまま池の中に飛び込んだ。「早く医者を呼べ!」「はい!」大量の水を飲み、兄の腕の中で気絶している千尋の姿を見て、レイチェルは自分がとんでもない事をしてしまったことに気づいた。「ごめんなさい、わたくし殺すつもりじゃなかったの。」「話は後で聞こう。」クラウスは千尋を抱きかかえると、使用人達とともに中庭を後にした。にほんブログ村
2015年01月17日
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「わたくし達の話を聞いたでしょう?」「レイチェル、あなたの本当の狙いは何?」「わたくしの望みは、あなたからトシゾウ様を奪うことよ。」レイチェルは少し胸を反らしながらそう言うと、金色の目で千尋を睨みつけた。「チヒロさん、正直言ってあなたはわたくしにとっては邪魔な存在なの。あなたが居なければ、トシゾウ様はわたくしのものになるの。」「先輩は、君との婚約に何と言っているの?」「そんなこと、あなたが知ってどうするの?わたくしの邪魔をしないで頂戴。」レイチェルはわざと千尋の肩にぶつかると、そのまま食堂から出て行った。「千尋、ちょっとこっち来い。」歳三はそう言うと、千尋の手首を掴んで中庭へと向かった。「先輩、レイチェルさんと婚約されるって、本当なんですか?」「俺は、誰とも結婚するつもりはない。お前以外の女とは。」「今、何と・・」「千尋、いつか俺はお前を妻として迎えたい。その日まで、待っていてくれるか?」「先輩・・」 歳三の突然のプロポーズに、千尋は絶句した。「俺と、結婚してくれ。」歳三は千尋の前に跪き、彼女の前に指輪を見せた。ダイヤモンドが、夏の陽光に煌めいて美しく輝いた。「はい・・」「左手を出してくれ。」千尋が歳三の前に左手を出すと、彼は彼女の薬指に指輪を嵌めた。「俺が永遠に愛する女は、お前だけだ。」「先輩・・」木陰が揺れ、一組の恋人達のシルエットを太陽が作り出した。「お嬢様、こちらのドレスは如何でしょうか?」「華やかさが足りないわ。別のドレスを見せて頂戴。」 歳三との婚約パーティーを数日後に控え、レイチェルはドレスや宝石選びに忙しかった。「レイチェル、入るよ。」「ねぇお兄様、このドレスはどうかしら?」クラウスが妹の部屋に入ると、彼女は蒼いドレスを着て鏡の前に立っていた。「よく似合っているよ。パーティーには、チヒロちゃんも招待するのかい?」「ええ、勿論ですわ。チヒロさんには、わたくしとトシゾウ様の婚約を誰よりも祝って欲しいですから。」(レイチェル、お前がそんなに意地の悪い女だとは思わなかったよ。) 数日後、グラーシュ子爵邸では、歳三とレイチェルの婚約を祝うパーティーが盛大に開かれた。「皆さん、今夜はお忙しいところを我が娘、レイチェルとカイゼル将軍閣下のご子息、トシゾウ君との婚約パーティーにご出席くださり、有難うございます。二人の明るい未来に、乾杯!」「乾杯!」レイチェルの父・ハンス=グラーシュ子爵が乾杯の音頭を取ると、招待客達はシャンパングラスを高く掲げた。 大広間へと繋がる階段を、漆黒の燕尾服姿の歳三が蒼いドレスを纏ったレイチェルをエスコートしながら降りてきた。―お似合いの二人だわ・・―本当ね。 仲睦まじい若いカップルの姿を微笑ましげに見つめる招待客達から離れた場所で、千尋は彼らを見ていた。(先輩・・)「あらチヒロさん、来てくださったのね。」にほんブログ村
2015年01月12日
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「何かわたくしにご用かしら、お父様?」「レイチェル、お前もいい年だ。そろそろいい相手を探しなさい。」「嫌だわお父様、そんなことをおっしゃるなんて。わたくし、もう結婚相手は決めておりますのよ。」「誰だ、お前の心を射止めた奴は?」「お兄様の士官学校の後輩の、トシゾウ=ヒジカタ様ですわ。」「あのカイゼル将軍のご子息か・・お前の結婚相手としては家柄も身分も相応しい相手だ。」「それではお父様、彼との結婚を許していただけるのですね?」「ああ、お前の好きな通りにしなさい。」「有難うございます、お父様。」レイチェルは、父の肩越しで口端を歪めて笑った。「土方、実家から手紙が届いているぞ。」「有難うございます、先生。」 食堂で歳三は、教師から父の手紙を受け取った。そこには、近々見合いを行うからすぐに実家に戻ってくるようにとだけ書いてあった。(クソ親父め、今度は一体何を考えていやがる・・)歳三は父親からの手紙を読み終えた後、それを丸めた。「もうすぐ実習が始まるな。」「ああ、そうだな。」歳三達3年は、二学期末に本格的な軍事演習を受けることになっている。「今回の演習で、今後の進路が決まるかもしれない。」「それは本当なのか?」「ああ。まぁ、将軍のご子息様であるお前には関係のない事だろうけどさ。」歳三の肩を叩いた同級生たちは、そう言うとそのまま食堂から出て行った。(将来かぁ・・) 中庭の芝生に寝転がりながら歳三がそんなことを思っていると、足元に温かい感触がした。「何だ、お前か。」歳三はそう言うと、自分の足元に身体を擦り付けて来るオセロを抱き上げた。「お前はいいよな、気楽に生きていけて。」歳三はオセロの頭を撫でながら、寮の中に入った。「土方先輩、お客様です。」「俺に客だと?」「ええ、談話室でお待ちです。」 歳三がオセロを抱きながら談話室に入ると、ソファにはよそ行きのワンピースを着たレイチェルが座っていた。「レイチェル、何でお前がここに居るんだ?」「どうしてって・・わたくしがあなたの結婚相手であることを、ご報告したくてこちらに参りましたの。」「一体何の話だ?」「わたくし、昨日父にあなた様と結婚したいと言ったら、父はわたくしがあなた様と結婚するのを許してくださいました。」自分の知らないところで、レイチェルが自分との結婚話を進めていることに気づいた歳三は、驚愕の表情を浮かべた。「今週末、あなたとわたくしの婚約を祝うパーティーがわたくしの家に開かれますの。出席してくださるわよね?」「ああ。」二人の会話を談話室の近くで聞いていた千尋は、そっとその場から離れた。(先輩とレイチェルが婚約なんて、信じられない!)「チヒロさん、盗み聞きなんて悪趣味ね。」「レイチェル・・」千尋が背後を振り向くと、そこには何処か勝ち誇ったような笑みを自分に浮かべているレイチェルが立っていた。にほんブログ村
2015年01月12日
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夏季休暇を終え、歳三と千尋は寄宿学校がある南部へと戻ることになった。「お兄様、次にお会いするときはクリスマス休暇ね!」「ああ。それまで、元気にしているんだぞ。」「わかったわ。」 二人を見送りに来たエミリーは、そう言うと彼らに手を振った。「楽しい夏休みでしたね。」「ああ。千尋、エミリーと時々会ってやってくれ。あいつにとって、お前は実の姉のような存在だからな。」「わかりました。」二人が乗った列車が発車しようとしたとき、プラットホームにクラウスが現れた。「よかった、ギリギリで間に合った。」「先輩、何か俺達に用ですか?」「ああ。レイチェルからこの手紙を預かって来た。二人とも、縁があったらまた会おう!」「レイチェルさんに宜しく!」 南部へと向かう列車の中で、歳三はレイチェルが自分に宛てた手紙を読んだ。「何て書いてありました?」「別に。今度来るときは、是非我が家へご滞在くださいとだけ書いてあったよ。それにしても千尋、お前はレイチェルと何かトラブルでもあったのか?」「え?」「昨日、あいつの見舞いに行ってみたんだが、あいつの取り巻きからお前とあいつが揉めているっていう話を聞いた。何かあったのか?」「少し、誤解があって・・」レイチェルから、自分が入院中歳三を譲って欲しいと言われたことを、千尋は歳三に言えなかった。「女同士の付き合いは色々と面倒なことが多い。嫌なら別に言わなくていいさ。」「すいません・・」「謝るな。」歳三はそう言うと、そっと千尋の手を握った。「なぁ千尋、お前士官学校を卒業したらどうするつもりだ?」「まだ卒業後の進路は決めていませんが、出来る事なら軍隊に入りたいと思っています。」「そうか。軍隊は男社会だ、最近では女性兵士の活躍が目立ちつつあるものの、女が軍隊に入らないほうがいいっていう考えの奴が軍隊には多い。」「それは、噂で聞いています。ですが、性別で軍隊に入隊することを諦めるなんて、俺には出来ません。」千尋がそう言って歳三を見ると、彼は口端を歪めて笑った。「何がおかしいんですか?」「お前のその根性の強さ、気に入ったぜ。」「何をいまさら・・」 二人を乗せた列車がトンネルを抜けている頃、リティア市内にあるグラーシュ邸では、レイチェルの退院祝いのパーティーが行われていた。「ご退院おめでとうございます、レイチェル様。」「わたくしの為にパーティーに集まってくださって、有難う皆さん。」美しいドレスと宝石で着飾ったレイチェルは、自分の為に集まってくれた招待客達に愛想笑いを浮かべた。「お兄様、トシゾウ様はどちらに?」「あいつなら、もう士官学校へ帰ったよ。」「何ですって!?お兄様にちゃんと、パーティーの招待状をお渡しした筈ですわ!」「レイチェル、お前がどんな手を使っても、トシはお前のものにはならないよ。」「どういう意味ですの?」「言葉通りさ。」クラウスは妹の肩を軽く叩くと、友人達の元へと向かった。「レイチェルお嬢様、旦那様がお呼びですよ。」「今行くわ。」にほんブログ村
2015年01月12日
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「お怪我の方はもう大丈夫なの?」「いいえ、暫く入院することになりそう。」「まぁ、それは大変ね。」「レイチェル様、こちらの方はどなた?」令嬢達の視線が、レイチェルから千尋へと移った。「わたくしの兄の友人で、チヒロさんとおっしゃるのよ。」「まぁ、あなたがあのチヒロさん・・」レイチェルの友人の一人がそう言うと、無遠慮な視線を千尋に向けた。「この方が、レイチェル様の恋敵でいらっしゃるのね?」「ええ、そうよ。チヒロさんったら、トシゾウ様にしつこくつきまとっているのよ。」レイチェルの言葉に耳を疑った千尋が彼女の方を見ると、彼女は口許(くちもと)に不敵な笑みを浮かべていた。(この女・・)「それだけではないわ、この人がわたくしを事故に遭わせた張本人なのよ。」「酷い方ね。」「許せないわ。」令嬢達の悪意と非難の視線を浴びながら、千尋は沸々と怒りが腹の底から沸きあがるのを感じた。(このまま黙っていたら、俺が悪者になる。そうはさせるか!)「あらレイチェルさん、あなたそんな嘘を吐いてもいいの?」「何ですって?」「事故の前、あなたが先にブイの方に泳ぎ始めたのよ、覚えていらっしゃらないの?」「そんなこと、覚えていないわ。」「覚えていないからといって、嘘を吐いて俺を悪者にするなんて、酷い!」先ほどまで千尋に非難の視線を向けていた令嬢達は、レイチェルと千尋の顔を交互に見つめた。「あなた、わたくしの事を馬鹿にしていらっしゃるの?わたくしはただ、入院中にトシゾウ様をわたくしに譲って頂戴とあなたに頼んだだけでしょう?」「まぁレイチェル様、そんなことをおっしゃったの?」「どういう事ですの、それは?」 レイチェルが自爆し、彼女の発言に噂好きの令嬢達が見事に食いついて来た。「ねぇチヒロ様、レイチェル様は何故あのような事をおっしゃったのか、わたくし達にもわかるように教えてくださいな。」「それはレイチェル様に直接お聞きになった方がよろしいのでは?彼女が一番ご存知のようですし。」千尋はそう言うと、レイチェルの方を見た。「後はお友達とゆっくりとお過ごしくださいな、レイチェル様。」憤怒の表情を浮かべているレイチェルに背を向け、千尋は彼女の病室をあとにした。「レイチェルの見舞いに来てくれていたのかい、チヒロちゃん?」「ええ。今彼女のお友達が来ています。」「そうか。それじゃぁこの花を活けてきた方が良さそうだ。」「そうした方がいいですよ。それじゃぁ、俺はこれで失礼いたします。」 クラウスが花を花瓶に活けてレイチェルの病室に入ると、中から妹のヒステリックな叫び声が聞こえた。「レイチェル、どうしたんだ?」「何でもないわ!」(あの女、わたくしに恥をかかせたわね!絶対に許さないんだから!)にほんブログ村
2015年01月12日
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「失礼、土方歳三様ですか?」歳三が千尋の病室から出ると、彼の前にスーツを着た一人の青年が現れた。「ああそうだが・・あんたは?」「わたくしは、こういう者です。」青年はそう言うと、一枚の名刺を歳三に手渡した。そこには、有名法律事務所の名が印刷されてあった。「あんたは・・」「わたしは、ボートを所有されている方からご依頼を受けてこちらに参りました。」今回の事故の加害者側の弁護士が、自分に何の用なのか―歳三は訝しがりながら彼と共に病院内にあるカフェへと向かった。「俺に話とは何ですか?」「今回の事故は、不幸なものでした。加害者の方はあなた方に対して深いお詫びとともに、それなりの補償をなさろうとしていらっしゃいます。」「今回の事故は、完全にあっちが悪いだろう。」「おっしゃる通りです。ですから、穏便に事を済ませたいのです。」「わかりました。俺一人では決められないので、被害者の二人が退院した後にまた話し合いの場を設けてくださると、嬉しいのですが。」「では、先方にそうお伝えいたします。」加害者側の弁護士・アルフリートは歳三に向かって頭を下げると、そのままカフェから出て行った。「トシ、さっき誰と会っていたんだ?」「ボートを操縦していた家族の弁護士だ。今回の事故はこちら側が完全に悪いから、穏便に済ませたいのだと。」「幸いレイチェルとチヒロちゃんは軽傷で済んだから、あちら側とちゃんと話をつけて前に進んだ方がいいさ。」「そうですね。妹さんは?」「レイチェルなら、元気だよ。ただ、右足を骨折してしまって、暫く入院することになってしまったけどね。山荘でバカンスを満喫するつもりだったのに、台無しになったって喚いていたよ。」クラウスはそう言って溜息を吐くと、コーヒーを飲んだ。 千尋は事故で入院してから二週間後に退院した。「チヒロさんはいいわよね、すぐに退院できるのだから。」レイチェルはベッドの上から恨めしそうに千尋を見つめながら、そう言って溜息を吐いた。「レイチェルちゃん、ごめんなさいね。俺の所為で・・」「いくら謝っても、もう済んだことですもの。わたくし、チヒロさんのことを責めているわけではないのよ?」レイチェルの金色の目が、陽の光を弾いて妖しく輝いた。「チヒロさん、お願いがあるのだけれど・・」「お願いって、何?」「わたくしが入院している間、トシゾウ様をわたくしに譲っていただけないかしら?」レイチェルの言葉を聞いた千尋の顔が強張った。「わたくし、トシゾウ様のことが好きなの。あなただけが、トシゾウ様を独り占めするなんて許せないわ。」レイチェルはそう言うと、千尋の両手を掴んだ。「ねぇチヒロさん、お願いよ。ずっととは言わないわ、少しの間だけ、トシゾウ様をわたくしに譲ってくださいな。」「レイチェルちゃん・・」「もしチヒロさんが断るのなら、わたくしにも考えがあるわ。」「考え?」「ええ。今回の事故、原因はあなたの所為だって、周りに言いふらしてやるわ。」「そんな・・」 レイチェルが千尋の返答を待っていると、病室のドアが誰かにノックされた。「どうぞ。」「レイチェル様、お怪我をなさったのですって?」「心配しましたわよ!」 病室に入って来たのは、華やかなよそ行きのドレスを着た数人の若い令嬢達だった。にほんブログ村
2015年01月12日
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今日は父の誕生日。ローストビーフと赤飯など、豪華なディナーとなりました。
2015年01月12日
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クラウス達は、山荘の裏にある湖で水遊びを楽しんだ。「それにしても、チヒロちゃんの水着姿は目の保養になるな。」「先輩、あいつに変な真似をしたら俺が承知しませんよ?」「トシ、冗談を真に受けないでくれよ。」クラウスはそう言って笑うと、アイスコーヒーを一口飲んだ。「君は泳がないのかい?」「ええ。」「レイチェルは、どうやら君に気があるようなんだ。だから、あの子のことを少し気にかけてやってくれないかい?」「俺はあんな子供には興味はありません。」歳三はそう言うと、椅子から立ち上がって準備体操を始めた。「泳がないんじゃなかったのかい?」「気が変わりました。」 湖の方では、レイチェルと千尋が泳いでいた。「チヒロさん、泳ぎが上手なのですね。」「まぁ、小さい頃水泳教室に通っていたからね。レイチェルちゃんも、結構泳げるじゃない。」「チヒロさんと比べたら、まだまだですわ。あそこのブイまで、競争しましょうよ。」「わかった。」 千尋とレイチェルが湖の中央に浮いているブイに向かって泳いでいると、突然向こうから大型のボートがやって来た。「二人とも、危ない!」クラウスがそう叫んだ時、レイチェルと千尋の姿が水中に消えた。「先輩、二人を助けに行きましょう!」「ああ!」 歳三とクラウスが事故現場へ向かうと、操縦席には蒼褪めた顔をした少年が座っていた。「おい、お前ぇの親は何処だ?」「サム、どうしたんだ?」歳三が操縦席に座っている少年にそう問いただすと、奥から彼の父親と思しき男がやって来た。「さっき、あんたの息子が操縦していたボートと、俺の友人二人が衝突した。すぐに無線で救助隊を呼んでくれ。」「わかった!」「先輩、ここは宜しく頼みます。俺は二人を探してきます。」歳三はボートから湖の中へと飛び込み、レイチェルと千尋の姿を探し始めた。だが、湖の中は視界が悪く、二人が何処に居るのかがわからなかった。「どうだ、見つかったか?」「いいえ。もう一度探してみます。」再度歳三が湖の中に潜ると、底で何かが光ったような気がした。 すると、岩と岩との間に気を失って倒れている千尋とレイチェルの姿があった。千尋を抱き上げた歳三は、そのまま湖面へと上がった。「先輩、早く医者を!レイチェルは湖の底に居ます!」「わかった!」千尋とレイチェルは近くの病院に搬送され、一命を取り留めた。「先輩、俺・・」「大丈夫か?何処か痛いところがあったら言えよ。」「俺は大丈夫です。レイチェルちゃんは?」「あの子も大丈夫だ。お前のネックレスのお蔭で、お前達を発見できた。」歳三はそう言うと、病室のベッドに横たわっている千尋の手を握った。「先輩、迷惑をかけてごめんなさい・・」「謝るな。」歳三は千尋の額にキスをすると、そのまま病室から出て行った。にほんブログ村
2015年01月10日
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「待て、泥棒!」 千尋が自分のネックレスを盗んだ少年達を追いかけていると、彼女は一人の男にぶつかった。「すいません、大丈夫ですか?」「どうかなさったのですか、そんなに慌てて?」「さっき、あの子達に大切なネックレスを盗まれてしまって・・」「そのネックレスというのは、これですか?」 カソックを着た男は、そう言うと千尋にネックレスを差し出した。「有難うございます。あなたは・・」「わたしは、町はずれの孤児院を経営しております、グスタフと申します。」「どうして、あなたが俺のネックレスを?」「あの子達は、わたしの孤児院に居る子なのですよ。どうかあの子達を、わたしに免じて許してやってくださいませんか?」グスタフがそう言って千尋を見たとき、歳三が彼女の元へと駆け寄って来た。「千尋、どうした?」「わたしの孤児院に居る子供達が、こちらの方の大事なネックレスを盗んでしまいまして・・どうか、わたしに免じて許してやってくださいませんか?」「それは出来ねぇな。人の上に立つ人間なら、善悪の判断を子供達に教えることが大事なんじゃねぇのか?」「わかりました。子供達には後で厳しく言っておきます。」グスタフは千尋にネックレスを渡すと、そのまま二人の元から去っていった。「あらお二人とも、こちらにいらしたのね!」「帰りが遅いから、何かあったのかと思ったよ。」クラウスはそう言うと、雑踏の中を歩いているグスタフを見た。「あの人は・・」「グスタフさん、知っている方ですか?」「ああ。うちが毎年寄付をしている孤児院の院長だよ。さてと、日が暮れる前に山荘に行こうか。」「はい。」 祭りの会場を後にし、クラウス達は再び山荘へと向かった。「見えてきたわ、あれが我が家の山荘ですわ。」「随分と立派なものだなぁ。」 山荘の前に立った歳三は、そう言うと蔦が絡んだ白亜の建物を見た。 中に入ると、吹き抜けのリビングルームから太陽の光が射し込んできた。「何だかホテルみたいなところだなぁ。」「わたしの父が色々と拘って建てたものなんだ。庭にはプールがあるし、裏には湖があるから、今の季節には泳げるよ。」「チヒロさん、水着は持ってきていらっしゃるの?」「ええ、まぁ・・」「それじゃぁ、わたくしのお部屋で着替えましょうよ!」レイチェルはそう言うと、千尋の手を掴んで二階へと向かった。「あいつら、遅せぇなぁ・・」「まぁ、ご婦人の身支度は色々と時間がかかるものだから、気長に待てばいいさ。」 リビングで歳三とクラウスがコーヒーを飲んでいると、二階から水色の水玉のビキニを着たレイチェルが降りてきた。「お兄様、お待たせしました。」「あれ、チヒロちゃんは?」「チヒロさん、早くいらしてくださいな!」 レイチェルの背後に、黒いビキニを着た千尋が恥ずかしそうに俯きながら歳三達の前に現れた。豊満な胸とくびれたウェストを露わにした千尋のビキニ姿を見て、歳三は飲んでいたコーヒーを噴き出そうになった。「いやぁ、凄い似合っているじゃないか。」「酷いわお兄様、わたくしのことも褒めてくださいな!」千尋の事ばかり褒める兄に向かってレイチェルはそう言うと、頬を膨らませた。にほんブログ村
2015年01月10日
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千尋が店内を見渡すと、昼食の時間帯とあってか、テーブル席とテラス席は旅行客でほぼ満席状態だった。「この店は賑わっているのですね。」「ここは、料理が美味しいと評判の良いお店だからね。口コミサイトでは必ずランキング上位に入っているよ。」「そうなのですか。」クラウスと千尋がそんな話をしていると、歳三が溜息を吐いた。「俺達が注文した料理がまだ来ねぇな。」「混んでいるから、時間が掛かっているんでしょう。気長に待ちましょうよ。」歳三達が注文した料理は、10分後に運ばれて来た。「料理の提供が遅くなってしまって、申し訳ありません。」「今日は何だか忙しそうだね?」「ええ。近くのスキー場でお祭りがあるものですから、いつもより忙し過ぎて目が回りそうです。」店主の老人はそう言って苦笑した。「繁盛するのもいいけれど、無理はしないでくれよ。」「はい、わかりました。」昼食の後、歳三達が食堂から出ると、スキー場がある方角から賑やかな音楽が聞こえてきた。「ちょっと行ってみようか?」「そうですね。」 歳三達が祭りの会場であるスキー場へと向かうと、そこには観覧車やジェットコースターなどがある移動遊園地や、多種多様な料理を出す屋台などがあって地元民や観光客で賑わっていた。「なかなか面白そうなやつが多いじゃねぇか。千尋、あのジェットコースターに乗ろうか?」「クラウスさんもどうですか?」「わたしは高所恐怖症でね、ああいった乗り物は苦手なんだ。二人で楽しんできてくれたまえ。」「わかりました、それじゃぁ俺達はこれで失礼します。」歳三は千尋の肩に腕を回すと、クラウスとレイチェルに背を向けて歩き出した。「一度、こういう所に行ってみたかったんだ。」歳三はそう言って嬉しそうに瞳を輝かせながら、観覧車を見た。「わたしは幼い頃、両親に連れられて移動遊園地に何回か行った事がありました。観覧車の窓から見る外の風景は、まるで違ったものに見えました。」「ジェットコースターに乗った後、観覧車に乗ってみよう。」「ええ。」千尋は歳三と手を繋ぎながら、ジェットコースター乗り場へと向かった。「お兄様、わたくしあの方が気に入りませんわ。」「あの方って・・チヒロちゃんのことかい?」「ええ。わたくしがトシゾウ様のことを好きなのを知っている癖に、わざとわたくしに見せつける様なことをして、腹が立つったら!」「落ち着け、レイチェル。」クラウスは溜息を吐くと、ヒステリーを起こしている妹を見た。彼女は昔から気に入らないことがあるとヒステリーを起こし、家族や使用人に八つ当たりする悪い癖がある。 山荘に滞在中、彼女が妙な気を起こさなければいいが―クラウスはそんなことを思いながら、レイチェルとともに祭りの会場へと入った。 一方、ジェットコースターを楽しんだ千尋と歳三は、観覧車に乗った。「結構高いなぁ。」「ええ。でもここから見える景色は、何だか鳥になったような気分が味わえていいですね。」「ああ。」観覧車から降りた千尋が歳三とともに料理が並んでいる屋台へと向かおうとした時、一人の少年が彼女とぶつかった。「ごめんなさい、お怪我はありませんか?」「俺は大丈夫。」 少年が去った後、千尋は首に提げていたネックレスがなくなっていることに気づいた。「泥棒だ、誰か捕まえてくれ!」「やべぇ、逃げるぞ!」にほんブログ村
2015年01月07日
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「先輩、クラウスさんとお知り合いなのですか?」「知り合いも何も、こいつは俺の二期上の先輩だ。」「その先輩を“こいつ”呼ばわりとは感心しないな、トシ。」クラウスはそう言って涼しい顔で歳三を見た。「千尋、あんまりこいつに近づくんじゃねぇぞ。」「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。そうだトシ、君もうちの山荘に来ないかい?」「ああ、行くとも。あんたと千尋を二人きりにさせておくわけにはいかねぇからな。」「全く、君のわたしに対する態度はあの頃と少しも変わっていないね。」クラウスは大袈裟な溜息を吐くと、シャンパンを一口飲んだ。「お兄様、またあの山荘に行かれるの?」「ああ。レイチェル、お前も来るかい?」「ええ!」「君達、何の話をしているのだね?」「他愛のない世間話ですよ。歳三君と千尋君を我が家の山荘に先ほど招待したところです。」「ほう、そうか・・歳三、クラウスに余り失礼のないようにするんだぞ?」「わかっているよ。」 その日の夜、歳三達はカイゼルとともにグラーシュ家で行われるパーティーに出席した。「ったく、こういう場所は窮屈で仕方がねぇな。」歳三はそう言うと、整髪料を塗った前髪を鬱陶しげに弄った。「先輩は、パーティーが苦手なんですか?」「ああ。こういう場所に集まっている連中は、上辺だけは取り繕っていやがるが、腹の底ではどんなことを考えているのかわかりゃしねぇ。お前はどうなんだ?」「俺も、余りこういう場所が好きじゃありませんね。」千尋はそう言って招待客達と談笑しているクラウスとレイチェルの姿を見た。彼らの姿に、幼い頃に見た光景が脳裏に突然甦った。舞踏会が開かれた日の夜に、眠れないで階段の踊り場から華やかな宴の様子を垣間見た。華やかなドレスと宝石で着飾った母は、誰よりも美しく輝いていた。「千尋、どうした?」「何でもありません。少し、昔の事を思い出してしまって・・」「そうか。さっさと挨拶して帰ろうぜ。明日は早いからな。」「はい。」 翌朝、歳三達はクラウスが運転する車でグラーシュ家の山荘へと向かった。「あと一時間くらいで着くから、あそこで休憩を取ろう。」クラウス達は目的地の手前にある小さな町の食堂で遅めの昼食を取ることにした。「こんな所、良く知っているな。」「まぁね。ここは風光明媚な土地だから、一年中観光客で賑わっているんだ。夏になると、わたし達以外の貴族が避暑に来たりするしね。」「何処に行ってもお貴族様とのお付き合いは避けられないってか・・」歳三はコーヒーを一口飲むと、そう言って溜息を吐いた。「エミリーが一緒に来てくれれば、少しは気晴らしになるんだがなぁ。」歳三達とともに山荘に行く筈だったエミリーは、出発数日前に高熱を出して倒れてしまった。「ここは可愛い民芸品を売っている土産物屋が多いから、エミリーちゃんに可愛い土産を買うといい。」「そうします。」「なんだったらわたしが案内してあげようか?」にほんブログ村
2015年01月07日
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「先輩、あの人は?」「ああ、あれはクレイトン夫人だ。何でも、西部で炭鉱を見つけて大儲けして上流階級の仲間入りを果たしたとか・・」「そうですか。だからあの人たちに馬鹿にされているのですね。」千尋はそう言うと、シャンパンを飲んだ。「成り上がり者は、この国の貴族達が最も嫌う人種だ。貴族だっていつ没落してもおかしくない家だってあるっていうのに、くだらねぇことで争うだけ無駄ってもんだ。」歳三がそう吐き捨てるような口調で言うと、千尋に先ほど声を掛けた黒髪の令嬢―レイチェルが彼の前に現れた。「初めまして、トシゾウ様。わたくし、レイチェルと申します。」「どうも。妹から君の話は聞いているよ。」「まぁ、そうですの?」歳三からそう言われたレイチェルの目が宝石のように輝いた。千尋とあいさつした時とは大違いだ。千尋が隅のテーブルに座っている女性達の方を見ると、彼女達はワイングラス片手に談笑していた。 特別席に居る客達は、知人や友人達との会話を楽しみながらレースを鑑賞していた。だが、あの羽根飾りの帽子を被った女性だけは、誰にも話しかけられなかった。千尋が女性に話しかけようとすると、歳三が彼女の腕を掴んだ。「余りああいう女は相手にしないほうがいい。」「何故ですか?」「あなた、新参者のようだからわたくしが親切にあの人の事を教えてさしあげるわ。」 背後から突然声が聞こえて千尋が振り向くと、隅のテーブルに座っていた女性達の一人が千尋の前に立っていた。「あの方は、今は大富豪の奥様として幅を利かせているけれど、炭鉱成金と結婚する前は、汚らわしい娼婦だったのよ。」「へぇ、そうですか。」女性の話にまるで興味がないという態度を千尋が取ると、彼女は少しムッとした表情を浮かべながら仲間が居るテーブルへと戻っていった。「先輩、今の話本当だと思いますか?」「あの女は噂好きで有名だ。あいつの言葉を真に受けるだけ、時間の無駄だ。」歳三がそう言ってシャンパンをもう一口飲むと、レースを鑑賞していた客達の間から歓声が上がった。「またわたしの馬が勝ったぞ!」「全く、お前はついているな。」友人達から祝福を受けている金髪の男性に、千尋は見覚えがあった。「先輩、少し失礼します。」千尋は歳三の元を離れると、金髪の男性の元へと向かった。「あなたはとても運の良い方ですね。」「はは、有難う。さっきレースで優勝したのは、わたしの馬なんだ。君、名前は?」「俺は荻野千尋と申します。あなた様は?」「わたしはクラウス=グラーシュと申します。君はさっき妹のレイチェルと何か話をしていましたね?」「ええ。どうやらあなたの妹さんは、俺ではなく土方先輩の方が気になっているようです。」「ほう・・」金髪の男性―クラウス=グラーシュは、千尋の言葉を聞くと眉間に皺を寄せた。「あなたは、馬主をされて何年になられるのですか?」「そんなに長くはやっていませんよ。子供の頃からの馬好きが高じて、馬主になっただけのことです。そうだ、今度我が家の山荘にいらっしゃいませんか?」「ええ、是非。」 千尋とクラウスが楽しそうに談笑していると、歳三が不機嫌そうな表情を浮かべながら彼らの前に現れた。「俺の後輩と随分仲が良さそうですね、クラウス先輩?」「おや、可愛い後輩をわたしにとられて嫉妬しているのかい、トシ?」にほんブログ村
2015年01月07日
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母と一緒にラナイカフェに行きました。母が注文したココナツシュリンプカレー。まろやかな味わいでした。わたしが注文したラナイロコモコ。ハンバーグがジューシーで、サラダの野菜もシャキッとしていて美味しかったです。満足なランチでした。
2015年01月06日
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年に一度行われるグランドレースの日だけあって、ロイヤル競馬場への道は午前中でも渋滞していた。「行くまでに道が混んでいるのに、競馬場に入るまでまた時間がかかりそうですね。」「心配することはないよ。我が家はいつもグランドレースの日には特別席を確保しているからね。」「そうですか・・」千尋はなかなか進まない車列を窓の外から眺めていると、突然誰かが車の窓を叩く音がした。窓の方を見ると、そこには10歳くらいの襤褸を纏った少年が籠に入った果物を抱えていた。「この季節となると、観光客狙いでこの界隈に来る物乞いが多いんだよ。無視すればいい。」「はぁ・・」千尋は車の窓を必死に叩く少年から視線を外すと、隣に座っている歳三の方を見た。彼は険しい表情を浮かべながら助手席に座る父親の方を睨んでいた。「漸く着いたな。」 一時間くらい止まっていた車列が動き出し、千尋達を乗せたカイゼル家の車は上流階級専用の駐車場に優先的に案内された。「いらっしゃいませ、将軍閣下。お席にご案内いたします。」千尋達が車から降りると、支配人と思しき男がカイゼル将軍に向かって恭しく頭を下げた。彼らは一般席の入り口とは違う上流階級専用の入り口から競馬場内に入り、エレベーターで特別席へと向かった。「こちらでございます。」「案内してくれて有難う。」 慣れた手つきで支配人にチップを渡したカイゼル将軍は、そう言って窓ガラス越しにパドックを見た。「ちょうど腹が減っている頃だろうから、好きな物でも取ってきなさい。」「わかりました、お父様。」エミリーとともに千尋達が特別席の近くにある料理が並べられているテーブルへと向かうと、そこには貴族の令嬢とご婦人と思しき数人の女性達が料理を皿に取っていた。「あら、エミリー様。」「あらレイチェル様、御機嫌よう。あなたもいらしていたのね?」「ええ。年に一度のレースですもの。あら、そちらの方はどなたかしら?」ブルーのワンピースを着た黒髪の令嬢は、そう言って千尋の方を見た。「こちらはわたくしの兄の、士官学校の後輩で、チヒロさんとおっしゃるのよ。」「初めまして、チヒロ様。わたくしはレイチェルと申します。」「こちらこそ初めまして。」千尋はそう言うと、レイチェルと握手を交わした。「そろそろレースが始まりますわね。」「ええ。」「チヒロ様は、このような場所においでになるのは初めてですの?」「さぁ・・前に一度来たことがあるような気がありますが、余り覚えていません。」「まぁ、そうですの・・では、わたくしはこれで失礼いたしますわ。」レイチェルはそう言って千尋に頭を下げると、家族が待つテーブルへと向かった。「何だか料理が多すぎて、何を食べていいのか迷っちゃうな・・」「ここのレストランは、サンドイッチが美味しいんですよ。」「へぇ、そうなんだ。」エミリーと千尋がそんな話をしていると、特別席に派手な羽根飾りをつけた帽子を被った一人の女性が入って来た。「あら、下品な方がいらっしゃったわ。」「本当ね。」奥のテーブルに座っていた女性達がわざと帽子の女性に聞こえる様な声でそう言った後、クスクスと笑った。にほんブログ村
2015年01月05日
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「奥様、お話とは何でしょうか?」 夕食後、千尋がフェリシアの部屋に向かうと、彼女は窓際に立って険しい表情を浮かべていた。「チヒロさん、トシゾウさんとはどんな関係なの?」「何故、そのようなことを聞くのですか?」「この家の未来にかかわることだからよ。」フェリシアはそう言うと、窓から視線を外して千尋を見た。「主人が外の女に産ませた子とはいえ、トシゾウはこの家の大切な跡継ぎなの。いずれあの子には相応しい家柄のお嬢さんを奥さんに貰わなければならないわ。」フェリシアが自分に何を言いたいのかが、千尋には段々わかってきた。「あなた達が男女の関係ではないことは、知っているわ。でも、トシゾウには余り近づかないでちょうだい。」「おっしゃっている意味がわかりません。」「あなたのような子が居ると、トシゾウが迷惑するのよ。」鋭い棘が含まれたフェリシアの言葉に、千尋の胸は深く抉られた。「あなたはトシゾウのお友達としてはいいけれど、奥さんには相応しくないわ。わたくしがあなたに言いたかったのはそれだけよ。」勝手に千尋を自室に呼び出したフェリシアは、そう言うと一方的に会話を打ち切った。「では、失礼いたします。」フェリシアの部屋から出た千尋が客用の寝室へと戻ると、そこにはベッドの端に腰掛けている歳三の姿があった。「先輩、どうしたんですか?」「お前、あの人から何か嫌なこと言われていなかったか?」「ええ。」「まぁ、あの人がお前に言う事は大抵予想がつく。あの人はいつもそうだからな。」「“いつも”?」「独り言だから気にするな。それよりも千尋、あの人の言う事を真に受けていたらお前が疲れるだけだ。」「はい。」 翌朝、千尋と歳三がダイニングルームで朝食を取っていると、そこへフェリシアがやって来た。「あなた達、いつまでここに居るつもりなの?」「そんなことは、俺にではなく、あんたの亭主に聞くんだな。」歳三の言葉にフェリシアはムッとした表情を浮かべた。「トシゾウ、母さんに何て口の利き方をするんだ。」カイゼル将軍はそう言うと、歳三を睨んだ。「親父、俺達はいつまでここに居ればいいんだ?」「トシゾウ、お前をここに呼んだのは、お前の将来について一度お前と話し合うためだ。」「俺の将来?」「そうだ。お前はいずれこの家を継ぐ身。士官学校を卒業したら、軍に入るのだろうな?」「さぁな。仮に軍人になっても、あんたみたいに会議室で胡坐をかいているような連中にはなりたくはないね。」「ふん、言ってくれるな。」歳三とカイゼル将軍との間に、見えない火花が散った。「今日はグランドレースの日だ、そろそろ支度をして来い。」「わかったよ。」歳三は朝食を食べ終えると、ダイニングルームから出て行った。「グランドレースって、確か年に一回ロイヤル競馬場で行われるレースの事ですよね?」「ああ。親父が毎年俺をこの家に呼び戻すのは、グランドレースで俺に見合いをさせるためさ。」歳三はそう言って溜息を吐くと、ソファに座っている千尋を見た。「俺は結婚なんてしない。親父の言いなりになってたまるか。」にほんブログ村
2015年01月05日
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「店の前に飾られているブローチのことについて聞きたいんだが・・」「わかりました、ではあちらへどうぞ。」店主らしき老人はそう言うと、歳三と千尋を奥の部屋へと案内した。「あのブローチは、俺の亡くなった母がつけていたものではないですか?」「失礼ですが、あなたは・・」「俺は荻野千尋です。」「荻野千尋様・・もしや、荻野伯爵家の千尋お嬢様ですか?」「俺の事を、知っているのですか?」「ええ、存じ上げておりますとも!自己紹介が遅れました、わたしはリチャード=ロウナーと申します。」そう言った老人―リチャードは、千尋と握手を交わした。「あのブローチは、千尋お嬢様のお母様が生前ご愛用されていた物です。わたくしが注文を受け、作ったものですからよく覚えております。」リチャードはソファから立ち上がると、机の引き出しから一枚の書類を取りだした。「これはあなたのお母様のブローチの注文書です。」「リチャードさん、お願いがあります。母のブローチをネックレスにしてくだいませんか?」「かしこまりました。ではこちらの注文書にサインを。」リチャードに差し出された注文書にサインした。「出来上がるまで一週間ほどかかりますが、宜しいですか?」「はい。」「またのお越しをお待ち申し上げております。」ロウナー宝石店を後にした千尋と歳三は、カフェで昼食を取った。「良かったな、千尋。母親の形見のブローチが見つかって。」「ええ。これで、色々と小さい頃の事が思い出せそうです。」「まぁ、焦らずにゆっくりと思い出せばいい。」 一週間後、二人がロウナー宝石店を訪れると、リチャードが出来上がったネックレスを千尋に見せた。「鎖はプラチナにしておきました。」「有難うございます。」「早速つけてみてはいかがですか?」「はい。」全身が映る鏡の前で、歳三は千尋の背後に立ってネックレスの留め金をつけた。「どうだ?」「綺麗です。」千尋はそう言うと、そっと母の形見のブローチに触れた。その時、彼女の脳裏に亡き母の笑顔が浮かんだ。「お帰りなさい、お兄様、チヒロお姉様。」 二人がカイゼル邸に戻ると、客間の方から賑やかな笑い声が聞こえた。「誰か来ているのか?」「お母様が、旅行からお帰りになったのよ。お友達もいらしているわ。」「そうか。」「チヒロお姉様、そのネックレス素敵ね。」「有難う。これ、亡くなった母の形見なんだ。」「あら、帰ってきたのね。」客間からフェリシアが出てきて、歳三と千尋の前に現れた。「あなた、そのネックレスはどうしたの?」「これは、俺の亡くなった母の形見のブローチを、ネックレスにして貰いました。」「あなたのお母様の形見のブローチ?」千尋の言葉を聞いたフェリシアの顔が、少し強張ったことに歳三は気づいた。「このブローチに見覚えがあるのか?」「ええ。チヒロさんのお母様とは、よくバザーでお会いしていて、いつもそのブローチをつけていたからよく覚えているのよ。」「そうですか。」「チヒロさん、後であなたに話したいことがあるから、わたくしの部屋に来て頂戴。」にほんブログ村
2015年01月03日
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ルシウスがサーベルを鞘から抜き、歳三に突進した。だが歳三はルシウスの攻撃をひらりと躱(かわ)すと、彼の鳩尾(みぞおち)を木刀で打った。ルシウスは激しく咳込むと、身体をサーベルの鞘で支えた。「あんた、一体ここで何を探していたんだ?」「それは言えないね。」「そうか。それじゃぁ、今度は向う脛を木刀で打ってやろうか?」「わかった、わたしがここで何を探していたのかを話そう。探していたのは、君のお父上の日記だ。」「親父の日記なんざ探して、何の得がある?」「そこに、真実が隠されている。」「真実だと?」歳三がそう言ってルシウスを睨みつけると、部屋の外から数人分の足音が聞こえた。「どうやら騒ぎを聞きつけてここに来たようだな。」「そのようだね。」「一体何の騒ぎだ?」「こいつが机の中を物色していたから注意しただけだ。」「そうか。もう夜も遅い、三人とも休みなさい。」カイゼルはそう言うと、そのまま部屋から出て行った。 翌朝、千尋がカイゼル家のダイニングルームに入ると、そこにはルシウスの姿はなかった。「先輩、あの人は・・」「ああ、あいつなら急用を思い出したとかいってさっき出て行ったぜ。」「そうですか。」「千尋、これから出掛けねぇか?」「はい・・」 朝食の後、千尋は夜着から私服に着替えて歳三の部屋のドアをノックした。「先輩、居ますか?」「ああ。」「失礼します。」歳三の部屋に入ると、彼は漆黒のスーツに真紅のネクタイを締めていた。「行こうか。」「はい。」 歳三と共にリティア市内を歩きながら、千尋はかつて自分がこの町に住んでいたことを思い出そうとしていた。「どうした?」「いえ・・ここには昔、住んでいたのに、街並みが変わってしまって、なかなか思い出せないんです。」「そうか。思い出せないのは、何か理由があるからさ。無理に思い出す必要はねぇよ。」歳三はそう言うと、千尋に微笑んだ。 その時、千尋は一軒の宝石店の前で足を止めた。ショーウィンドウには、ダイヤモンドとアメジストのブローチが飾られていた。「どうした?」「このブローチに、見覚えがあるんです。」千尋の脳裏に、ブローチを胸に飾った亡き母の姿が浮かんだ。「これは、俺の亡くなった母がつけていたブローチです。」「お前のお袋さんが?」「ええ・・」「ここの店主と話してみよう。そしたら、お前の記憶も少し戻るかもしれねぇ。」「はい。」 千尋と歳三が店の中に入ると、そこには上流階級の客達が数人、店員とショーウィンドウ越しに会話をしていた。「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」 二人の前に、身なりのいいスーツを着た老人が現れた。にほんブログ村
2015年01月03日
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「どうした、何があったんだ?」「何でもありません。」「何でもないのに、どうして泣くんだ?」「それは・・」千尋が歳三に何かを言おうとしたとき、寝室のドアが開いた。「俺の部屋で詳しいことを聞こう。」歳三はそう言うと、彼女を自分の部屋に連れて行った。「さっき兄と、些細な事で口論しました。兄が、勝手に俺の荷物を弄ったのでそのことを怒ったら、兄は笑いながら俺が神経質すぎると言ったので・・」「そうか。なぁ千尋、お前の兄貴は一体何をしたんだ?」「あの男は・・兄は、俺の両親を殺したんです。」千尋は、ルシウスが自分の両親を殺した日の事を話した。 その日、ルシウスの成人を祝う誕生パーティーが開かれていた。真新しいドレスに着飾った千尋は、両親の寝室から両手を血に染めたルシウスから出てきたのを見た。『お兄様、お父様とお母様はどこにいるの?』『可愛いチヒロ、これでお前はもうわたしのものだ。』ルシウスは千尋に笑顔を浮かべると、血だらけの手で彼女の頬を撫でた。「俺は、親戚の家に引き取られる予定でしたが、孤児院に行きました。俺はそこで15になるまで過ごしました。」「そんな事情があったのか・・エミリーが音楽祭の舞踏会の時、お前とよく遊んでいたと言っていたが・・」「エミリーちゃんは、時々奥様に連れられて孤児院に慰問に来ていたんです。彼女と顔を合わせるうちに自然と仲良くなりました。」千尋はそう言うと、鬱陶しげに前髪を掻き上げた。「辛いことを思い出させて、済まなかったな。」「いいえ。」「今夜は俺の部屋で寝ろ。変な事はしねぇから、安心しろ。」歳三は千尋に微笑むと、そのままベッドに入った。 その日の深夜、千尋は何か物音がして、ソファから起き上がった。「先輩、起きてください。」「どうした?」「何か物音が聞こえます。」「見に行ってみよう。」「はい。」 歳三と千尋が廊下を歩いていると、物音は奥の部屋の方で聞こえた。「一緒に開けるぞ。」「はい。」 二人が扉を開けてある部屋に入ると、窓の近くにある机を誰かが物色していた。「誰だ!?」「おや、見つかってしまったか。」ランプの仄かな灯りに照らされたルシウスは、そう言ってバツの悪そうな顔をして二人を見た。「てめぇ、そこで何をしていやがる?」「それは、答えられないな。」「そうか、ならば力ずくで吐かせるしかねぇな!」歳三はそう言うと、護身用の木刀を握り締めた。「やれやれ、乱暴だね。これだから軍人は困るよ。」ルシウスは溜息を吐きながら、腰に帯びていたサーベルを鞘から抜いた。にほんブログ村
2015年01月01日
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「どうして、お前がここに居る!?」「それは、わたしが招待したからだよ。」カイゼル将軍の言葉に、千尋は耳を疑った。「閣下、この男は殺人犯なのですよ!」「それはもう昔の事だ。君が何を言いたいのかはわかるが、お兄さんのことを許してあげなさい。」「そんな・・」千尋は自分の前に立っている男を見た。満面の笑みを浮かべている男は、殺人を犯した罪人である。そんな男を、簡単に許せるわけがない。「さぁ、全員揃ったところだし、夕食をとるとするか。今夜は我が家のシェフが腕によりをかけて作ったものばかりだ。」「申し訳ありませんが閣下、俺はこの男と同じテーブルにつくことはできません。」千尋はそう言うと、カイゼル将軍に背を向けてダイニングルームから出て行った。「待ちたまえ、荻野君。わたしの好意を無駄にする気かね?」「いいえ。ですが、わたしはあの男と同じ空気を吸いたくありません。」「君達には色々と複雑な事情があるということは知っている。だが君の先ほどの態度は、我々に失礼なものではないのかね?」「申し訳ございません。」「よろしい。それでは我々とともに同じテーブルにつきたまえ。」 一方ダイニングルームでは、歳三がコーヒーを飲みながらルシウスを見ていた。(あれが、千尋の腹違いの兄貴か。一体何をしたんだ?)「失礼、何か僕の顔についていますか?」「いいや。あいつとさっき楽しそうに話していたから、どんな関係なのか勘ぐっていたところだ。」「そうですか。将軍閣下には色々と感謝しているのですよ。」「それは、どういう意味だ?」「他人であるあなたにお話しできるものではありません。それよりもあなたは、千尋とどういう関係なのですか?」「ただの士官学校の、先輩と後輩。それだけの関係だ。」「そうですか。わたしはてっきり、あなたが千尋の恋人なのだと思いました。」そう言ってルシウスは歳三に向かって笑ったが、目が笑っていなかった。「さっきの様子だとあんた、千尋に嫌われているらしいな?」「ええ。わたしは、彼女の大切なものをこの手で奪ってしまいましたから。」ルシウスの意味深長な言葉を聞いた歳三は、千尋と彼との間に何かがあったのだと勘で解った。「今日はお前の母ちゃんは居ねぇのか?」「お母様なら、お友達と東部に旅行に行きましたわ。」「へぇ・・」父の正妻であるフェリシアが、自分を快く思っていないことは知っている。彼女とはなるべく顔を合わせたくない歳三にとって、彼女が旅行中だということは好都合だった。「お兄様、後でお話したいことがあるのですけれど、宜しいかしら?」「わかった。」 夕食の後、歳三がエミリーの部屋に行こうとしたとき、千尋が居る客用の寝室の中で、千尋がルシウスと口論する声が聞こえた。「俺とは関わらないでくださいと言っているでしょう!」「千尋、何故わたしを嫌うんだ?」「あなたは、俺から大切なものを奪った!」「お願いだ千尋、落ち着いてくれ。」「俺に触るな!」中から乾いた音が聞こえた後、部屋から千尋が飛び出してきた。「千尋、どうした?」「何でもありません。」そう言った千尋の目には、涙が光っていた。にほんブログ村
2015年01月01日
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「お兄様!」リティア中央駅のプラットホームに歳三達が降りたつと、エミリーが歳三に抱きついて来た。「お兄様、お帰りなさい。」「エミリー、そんなにひっつくな、もう子どもじゃねぇんだから。」歳三はそう言って自分に抱きついているエミリーに迷惑そうな顔をしていたが、何処か嬉しそうだった。「エミリーさん、お久しぶりです。」「チヒロお姉様も来てくださったのですね。」「ええ。」「ここで立ち話もなんですから、車の中で色々とお話ししましょう!」「そうですね、そうしましょう。」 歳三の実家に向かう中、千尋は車の窓からリティアの街並みを眺めていた。(すっかり変わってしまったな・・) 千尋の脳裏に、幼い頃兄と母に連れられて買い物に来ていた通りが浮かんだ。「千尋、どうした?」「いえ、何でもありません。」「そうか。レオナルド、俺達をわざわざリティアから迎えに来た理由を、ここで話して貰おうか?」「やれやれ、仕方がないね。」レオナルドはそう言うと溜息を吐いて両肩を竦めた。「君達を迎えに来たのは、叔父様からの命令でね。たまには家族団欒(かぞくだんらん)というものを味わいたいとさ。」「ふぅん、それでわざわざあんな田舎までお前が迎えに来たってわけか。ご苦労なこったなぁ。」歳三はそう言うと、少し嬉しそうな顔をした。「ああ、そういえばもう一人お客様が来るとか言っていたなぁ。」「へぇ、誰なんだろうな、あの糞親父に招かれるような奴といえば、軍のお偉いさんか何かだろうなぁ?」「そこのところは僕も知らないね。」「チヒロお姉様、我が家に泊まってくださるのでしょう?今朝メイド達がお客様用の寝室を掃除しているのを見たわ。」「俺は・・」「折角の叔父様の好意を無駄にしてはいけないよ、チヒロちゃん。」レオナルドはそう言って千尋の肩を軽く叩いた。やがて四人を乗せた車は、カイゼル家に到着した。「トシゾウ様、お帰りなさいませ。」「あいつは?」「旦那様なら、ダイニングルームにいらっしゃいます。」「そうか。」 カイゼル家の執事長・カインツに案内され、歳三達はダイニングルームへと入った。 そこには、この邸の主であるカイゼル将軍が、焦げ茶色のスーツを着た青年と何やら談笑していた。「旦那様、トシゾウ様がお帰りになられました。」「帰って来たか。」「親父、そいつは?」「ああ、この方は・・」「千尋、久しぶりだな。」「兄さん・・?」「どうしたんだ、そんな怖い顔をして?」千尋の異母兄・ルシウスは椅子から立ち上がると、そう言って千尋に満面の笑みを浮かべた。にほんブログ村
2015年01月01日
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前から気になっていた作品です。盲目の主人公と中国残留孤児という難しいテーマをメインに進行する物語の結末に驚きを隠せませんでした。南スーダンの内戦で傷ついた一人の少年と、日本人医師と交わした命のバトン。時を越え、医師となった少年が東北の被災地で活躍する場面に、胸が熱くなりました。今ドラマでやっている原作小説です。女って、怖いもんだなぁと思いました。いわずとしれたアガサ・クリスティの名作です。犯人は既に分かっているのですが、それをポアロが推理していく姿が面白かったです。12年間続いた千代菊シリーズ、今回で完結です。あるべき所に落ち着いたラストでした。マルチエンディング形式というのは新鮮でした。ちょっと寂しい気が致しますが、ハッピーエンドで終わってよかったです。奈波はるか先生、お疲れ様でした。彩雲国物語シリーズ2作目。結構テンポよく物語が進んでゆき、面白いです。官吏となった秀麗は、男性官吏から陰湿な嫌がらせを受ける。優秀な女性って、男性から疎まれるんですね。陰湿な嫌がらせに耐えて、己のやるべきことを成そうしている秀麗の姿に好感を持てました。遂に最終巻を迎えたこのシリーズ。今回も色々と為になるアドバイスがありました。それを実践するのは難しいですが、悩んだ時に読み返してみようと思います。ある交通事故を巡るミステリー。何だか、こういう事が何処かで行われていると思うと、怖いですね。
2015年01月01日
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皆様、新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。2015.元旦 千菊丸
2015年01月01日
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