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淡路島での第一回目の「第九」演奏会があったのは今を遡ること21年前の8月。そのとき以来の知り合いが、華道師範をされていると聞いたのはつい先日のこと。子供たちも楽しそうにやっていると、目を輝かせて仰る。で、子供たちに負けじと、私も手習いをすることになって、その第一回目の作品がコレ。何と黄色いチューリップが入っている。これには驚いた。俳句でも何でも季節を先取り。みたいな雰囲気はあるけれど、この師走の前日にチューリップ?エッ?と驚きを隠せなかった師範と私。ピンクの花はナデシコの様な、カーネーションの様な。。。葉そのものはカーネーションなのに、花はまるでナデシコの新種と言った趣が。携帯で撮ったものなので、細かい部分までは観えませんが。。。と、午前中を生け花で過ごし、実は夜は別の華道師範さんと会食。習い始めた生け花のことはヒミツにして、楽しみました♪と、これはサイトへも入れなかった言い訳。。。 水曜日のお弁当を配達するコースは、福良湾をまたいだ阿万地区と、淡路島最南の海岸線をひた走りに走る灘地区。私と相棒さんが担当したのは灘地区。そこで見つけたアロエの花には驚いて、思わず記念に。私には今年初めて観るアロエの花だったもので。後、薔薇ともサザンカとも区別が付かない珍しい花。と、明らかに薔薇をやはり海辺に沿った地区で見つけました。 先週は眩しくて仕方が無かった帰り道の太陽。もうだいぶ西に傾きかけた太陽はオレンジ色に。眩しいことは眩しかったけど、まだまだ車で走るには最高のコース♪まぁ、これが仕事だなんて。。。こんな楽しみも無かったらやってられないのも事実かな? 会食から戻ると一通の案内状。〇市役所のコーラスを一緒にやっていた仲間からのもので、12月19日にお誕生日を迎えられる、指導者の長寿をお祝いする会だとか。行かない手はありませんよね。ってことは。。。16・17・18日と宴会続き♪
2005.11.30
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土曜日付けの地元紙に、見つける!もうひとつの生き方と題したシリーズのとして、柳生博さんが紹介されていましたので、そのまま引用させて頂きます。 『俳優、柳生博さんは「森の住人」でもある。森に暮らすことで草木や鳥など生き物の仲間に加わり、自然との折り合いを追求していたら、日本野鳥の会やコウノトリファンクラブの会長に選ばれた。柳生さんに「もうひとつの生き方発見」を聞いた。 シラカバやコナラが黄色の葉を舞わせ、カエデの赤い葉が林緑を彩っている。八ヶ岳のふもと、標高1350メートルの高原に柳生博さんが暮らしの拠点を構えて30年になる。 「さえない役者だったのが、NHKのテレビ小説『いちばん星』の野口雨情役で人気が出て、年に400本もの仕事をこなすようになってこれではやばいと思ったのです」 バランスを崩すことを恐れた。身体のバランスだけではなく、夫婦や家族や友人との間のバランスが歪むのがこわかった、という。 「そのとき真剣に願ったのが、森の風景の中に身を置きたい、草や木や鳥たちの息づかいを感じる自分になりたい、ということでした」 八ヶ岳は、13歳の夏休み、駅のベンチに寝て一ヶ月を過ごした場所だった。少年に一人旅をさせるのは、柳生家の代々の決まりだった。 原生林に入っていくと、体がすうっと小さくなり、タヌキやリスなど、森の生き物の仲間になったと思った。少年の日のその思いが、貴重なものとしてよみがえってきた。 「人間だって生き物の仲間、このことを演技や司会の座標軸にしなければならない」 柳生さんは、テレビ局のスタジオにいても、森に暮らし、森に学んだことを軸にして発言した。「風景の中に身を置き、その地点から暮らしや社会や地球を考える。これが今やらなければいけないことだと思いました」 里山は日本の文化財 八ヶ岳に移ったころ、周りはカラマツの暗い人工林で、林床に日の光が届かず、植生は貧弱だった、1950年代に炭鉱の坑木や建築の足場丸太用に植えられたのだが、需要がなくなり、放置されていた。 もとの雑木林に返そうと、カラマツを切り倒し、広葉樹を植えた。里山づくりだ。 「地球上で暮らすということは、自然と折り合う知恵を学び続けること。日本の里山は、世界に誇る素晴らしい文化です」 NHKのドキュメンタリー番組『生き物地球紀行』で世界中を回って得た結論だ。里山は、人間が自然と格闘しながら、つき合い方のルールを形に表した日本の文化財、人間だって自然の一部であることを、ささやかに主張している風景なのだ。 柳生さんは、塔虚うで仕事を済ませ、森に帰ってヘッドランプを頼りに木を植えることもたびたびあった。「怪しいやつだと思われていました」 30年間に植えた木は1万本を超えるという。雑木林に多様な草木が花や実をつけ始めると、都会から多くの人たちが訪れるようになった。 「森の中をただ散策するだけにやってくるのです。いま私たちはどれほど里山に飢えているかを痛感しました」 そこで柳生さんは、林の中にパブリックスペースを作り「八ヶ岳倶楽部」として解放した。18年目に入った現在、年間10万人の散歩客がやって来ている。 鳥は環境を学ぶ「窓」 スコップを手に野良仕事をしている柳生さんの周りに小鳥が降りてきた。農作業をしている聖者の周りに鳥が集まっている西洋の絵を思い浮かべた柳生さんは「ぼくはなんてステキなおじさんだろう」と満足げ。 観察は、森の植生から鳥の生態に広がった。カラマツの人工林が雑木林に変わると、やってくる鳥の種類と数が増えた。 「鳥は、森の生態系の頂点にいる。鳥は、自然を眺めたり、環境を考えたりするときの、分かりやすい『窓』ですよ」 森と野鳥とこのようにつき合っている柳生さんは、昨年、日本野鳥の会の会長に推され、コウノトリファンクラブの会長にもなった。 今年9月24日、豊岡市のコウノトリの郷公園で行われたコウノトリを自然に帰す放鳥式に、柳生さんは孫たちを連れて参加した。 「コウノトリを世話してきた人たち、無農薬の水田を実現した人たち、みんながとんでもないことをやり遂げた。すばらしい。涙が出ました」 里山に生きるコウノトリは「私たちに新しい生き方を教えてくれます。きっと…」と柳生さんはうなづいた。やぎゅう・ひろし…1937年、茨城県生まれ。俳優。38歳のとき、八ヶ岳のふもとに家を建て、人工林を以前の植生に返す森作りを続けている。ギャラリー・レストラン「八ヶ岳倶楽部」の散策路には年間10万人以上が訪れている。日本野鳥の会会長、コウノトリファン倶楽部会長。著書に「森と暮らす、森に学ぶ」、花鳥風月の里山「柳生博の庭園作法」など。』 確か、日本野鳥の会会長に推されたと、地元紙の「人」欄でも紹介されていたと思うし、やはり、そのときにもここで紹介した記憶が。。。これからもどうぞ素晴らしい生き方を続けてください。。。 ♪ハゼの葉赤くて入り日色~♪というのは、確かサトー・ハチローさんの詩による、「小さい秋見つけた」の中に出て来る歌詞だったと思うのですが、淡路島の山々にも赤く染まったハゼが目を楽しませてくれます。紅葉には少し遅かったと思ったけど、季節が巡ると木々の葉はちゃんと色付いて私たちの目を楽しませてくれるんですねえ。昨年騒がせた熊やイノシシによる被害。どうか今年は少なくて済みます様。。。
2005.11.29
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献立は、炊き込みご飯、魚塩焼き、ちりめん若布卸和え、じゃがいもそぼろ煮。添えの野菜はキャベツ、かいわれ菜。果物は付きません。◆炊き込みご飯。。。材料は、鶏もも肉細切れ、板こんにゃく、油揚げ、しめじ、人参。普通に米を研いで分量の水を加え昆布を入れて仕掛けておく。板こんにゃくは下茹でし、3枚の厚さにそいだのを細切りにしてから小口切りにする。油揚げは縦に3つに切り細切り。しめじは小房にわけておく。人参は皮を剥いて5ミリぐらいの厚さの斜め切りにしたのを細切りにし、小口切りにする。切り終えた具材を炊飯器に入れて、更に酒、醤油で味を調えて時間を見てスイッチを入れる。炊き上がって蒸らしが終わったらさっくり混ぜ合わせる。◆魚塩焼き。。。材料はブリの切り身。青魚が苦手な人には別の魚を用意し、熱した天板にクッキングシートを敷いて油を引き魚の切り身を並べて塩をまぶして170度ぐらいで20分加熱し、焼き加減を見ながら更に焼き色を付ける。◆ちりめん、若布卸和え。。。材料はちりめんじゃこ、若布、大根。大根は皮を剥いておろしたのをざるに取って水気を切っておく。チリメンジャコは軽く湯通ししておく。若布は水に戻してから水気を切って小口切りにする。みりん、醤油で合わせ醤油を作り用意した材料を合わせる。アルミカップに盛り分ける。◆じゃがいもそぼろ煮。。。材料はじゃがいも、グリンピース水煮、牛ミンチ。じゃがいもは皮を剥いて水にさらし、食べ易い大きさに切り分ける。熱した鍋に油を引いて牛ミンチを炒めそぼろ状にする。じゃがいもを加えて更に炒め、ひたひたになるぐらいのだし汁を加え、砂糖、酒、醤油、みりんで味を調え、煮立ったらアクを取り、アルミホイルをして中火で煮る。グリンピース水煮は缶から出して水にさらしてから軽く塩茹でし、水気を切っておく。ご飯が炊き込みなので、細長い形のお弁当箱を使って、右上隅からキャベツを置き、斜めに沿う形にブリの塩焼きをおき、角に合わせて三角に収まる様にアルミカップに入れたちりめん、若布卸し和えを。真ん中の上には漬物を置き、下にじゃがいもそぼろ煮を盛り、上からグリンピースを散らす。左側には炊き込みご飯を。彩りに紅しょうがをあしらう。レシピではブリの塩焼きにかいわれ菜を置くようになっていたけど、かいわれ菜を止めて明日はプチトマトをキャベツに添えて置くことに。キャベツにかいわれ菜ではイマイチ彩が。。。ブリそのものも切り方で色が余り良くない。こうしたことは盛り付けて初めてわかること。なので明日はかいわれ菜の代わりにプチトマトを置こうということに。金曜日に引き続き、別の場所で無料配食のサービスが行われるとあって、栄養士が不在。金曜日は数が多いし、月曜日だって調理ボランティアさんが来ない曜日としては一番多い食数。それぞれの都合もあるだろうけど、本当ならこちらの食数が少ない日にして貰えると有り難いのになぁ。。。打ち合わせがキチンと出来ていなくて、出勤してからバタバタしてしまうのはちょっと問題がありそうな。。。
2005.11.28
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岩村氏死去として、地元紙の社会面では紹介されている、「アジアの赤ひげ」逝く。。。そのまま引用させていただきます。 『「アジアの赤ひげ」が逝った。ヒマラヤ山中の無医村で18年間、医療奉仕に身をささげ、後進指導などに取り組んだ。「日本人は物持ち、金持ちになった。これからは『心持ち』にならなければ」-。岩村昇さんの言葉は今も生き続けている。 広島で被爆した経験から医療の道に進む。骨を埋める覚悟で渡ったネパールで、12人の身寄りのない子どもを養子として育てた。 帰国後は、「貧困から村を救える人材づくり」を目指した。「平和・健康・人づくり」の英語の頭文字から取ったPHD運動は、神戸市を拠点に発展し、アジアの研修生を受け入れるなど、草の根運動として結実した。 同協会総主事代行の藤野達也さんは「国際協力で大切なのは物や命ではなく、人づくり。そんな視点を自然に持てるよう、仕掛けづくりをしてきた人だった」と惜しむ。「自分の考えを押し付けない、説教くさくない人。いつも『行ってみたら』『やってみたら』というのが口癖で、私もその言葉に乗って、今がある」と振り返る。 「赤ひげと呼ばれるリーダーを育てたい」と1986年、神戸大教授を辞してタイへ。「プライマリー・ヘルスケア・センター」の設立に尽力。その後功績をたたえ、ネパールには「岩村記念病院」が建設された。 2001年10月、神戸市内で開かれたPHD協会設立20周年記念式典で、車いすに乗ってあいさつした岩村さん、ネパールで病に倒れ、村人が調合した薬草で救われた経験を紹介。「生きるとは分かち合うことと、今も心に刻んでいる」と静かに語りかけた。』 また、第1面には。。。 『岩村さんは、広島での被爆体験からアジア地域の医療向上を決意。1962年に鳥取大学医学部助教授を辞し、史子夫人とともにネパールの無医村で、伝染病の予防や治療に18年間携わった。 80年に帰国し、神戸大学医学研究国際交流センター教授に就任。発展途上地域の若者を日本に招き研修を行うPHD運動を提唱し、81年には神戸市でPHD協会が設立された。 86年に退官してタイへ渡り、無医村で働く若い医師を研修する「プライマリー・ヘルスケア・センター」で。現地のリーダーを養成した。 93年、「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞。82年に神戸新聞平和賞を受賞し、同協会も2001年に同賞を受けた。』とあります。心からご冥福をお祈りします。。。では、母を眼科医院へ。。。 この記事に関連して、11月29日付地元紙の『正平調』というコラムでこんな風に紹介されていましたので、そのまま引用させていただきます。 『「アジアの赤ひげ」と呼ばれた元神戸大学教授の岩村昇さんが亡くなった。きのうは孫文の演説からアジアと日本に触れたが、きょうは岩村さんの言葉から。その発言は、日本が歩むべき道を照らすともしびのように思えるのだ◆ネパールなどでの医療活動、アジアの研修生を受け入れるPHD運動を通し、岩村さんは「心持ち」を説いた。日本人は物持ち、金持ちになったが、弱肉強食の論理がはびこっている。これから大事なのは「心持ち」だと、行く先々で話していた◆そう言わせる体験があった。ネパールでのことだ。病の病人を見ず知らずの若者が背負って病院へ来た。3日がかりで3つの山を越えてである。謝礼の申し出を断って、若者はこう言った。「日当のために運んだのではない。丈夫な者と弱い者とが分かち合って、みんなで生きるためだ」と◆この感動が後々の岩村さんを支えてきた。国際支援はともすれば「助けてやる」「施す」という気持ちになりがちだ。そうではなく、平和で健康的な国を築くための人づくりのお手伝いをしていく。PHDは「みんなで生きる」ことの実践だった◆資金や物資の援助は効果が出るのも早い。だが人づくりには時間がいる。帰国した研修生が思い通りに活動できるともかぎらない。実を結ぶには「百年はかかるだろう」と話していた。ただし「運動を通じてアジアの人々と友達になれるなら、百年後の日本は必ず生まれ変わっている」とも◆地をはうような活動だが、この志が神戸で育ったことを誇りたい。』
2005.11.28
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父の命日だったからというわけではないけど、たまたま日曜日だったこともあって、亡父の三回忌の法要を今日にすると決めたのは9月の末頃。9月20日には父方、母方の叔母が相次いで他界し、亡父の三回忌のことも慌てて決めたのもこの頃だったと思う。 父の葬儀の日は大雨で本当に大変だった。で、今朝は今にも泣き出しそうな雲行き。住職さんが来られるのは午前11時。その前頃からポツポツと雨音。傘が要るほどではなくてやれやれ。ついつい葬儀の日のことを思い出してしまう。 「ほろほろ鳥の歌」に合わせた御詠歌をお勤めの最後に唱和する。幸い、私には母はまだまだ元気で一人暮らしを楽しんでいる。医者通いといえば眼科のみ。本当は整形外科的な治療が必要なのでは?みたいな歩き方をしているけど、自分の足で歩くことが出来るのだからそれで十分かな?杖さえあれば自分でタクシーだって、バスにだって乗り降り出来るのだし。。。 一人暮らしを楽しんでいるといえばちょっと言い過ぎかな?でも、実際、9月20日にお母様を亡くされた(母には妹)従兄弟などは本当に寂しくなったと母に訴えていらっしゃった。母親の存在って、本当に大きいと思う。何でも良いから兎に角母には元気で新年を迎えて欲しい。 三回忌を済ませたら今度は七回忌。4年後のことなんて誰にもわからないけど、出来れば今日集ってくださった方々がお元気で再び顔を揃えることが出来ます様。。。今日は本当にお世話になりました! 掲示板へ書き込んでくださった方へのresが滞っていて全く申し訳ありません。明朝は母を眼科医院へ送って行かなければならず、昨日、今日と引き続きの外出で疲労も募っていますので、このままになりますが。。。と、毎回言い訳ばかりで済みません。
2005.11.27
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地元紙の11月13日付子育て欄で見つけた、子どもの気持ちを扱ったシリーズの11回目にはこんなタイトルがつけられていて、副題として言葉とある。そのまま引用させて頂きます。。。 『街で親子が歩いていました。 「さむ~い」。5歳くらいの女の子が言いました、すると母親は「ほら、だからもう1枚着なさいと言ったでしょう!」と子どもに怒っています。よく見かける親子の風景ですが、私はそういうやりとりを見るたびに子どもをとてもかわいそうに思います。子どもはいつも、単に感じたことを言っただけで大人に叱られているからです。 たとえば暑い日も「暑~い」と言おうものなら、「何が暑いの!こんなええ風が吹いとうのに!」。熱い食べ物をたべて「熱っ!」と言っただけで、「フーフーしないからでしょ!」。こけて「痛~い」、すると「何が痛いの!そのくらいで!」。 子どもは、それでどうこうしてほしいなんて、ひとことも言ってはおらず、ただそのときに感じたことを言っただけです。なのに、それを認めてもらえないどころか、なぜか叱られるのです。さっきの女の子も寒いから「さむ~い」と言っただけで、別に母親にマフラーやジャンパーを要求したわけではありません。 子どもは自分の今の状態を言っただけでも、よく親から叱られます。 「おなかがいた~い」。「あんなに冷たいもんばっかり食べるからでしょ!」。子どもはおなかが痛くなった理由は別に知りたいとは思いません。ただ痛いから「痛い」と言ったのです。 何かで疲れて「ああ、しんど」と言ったときも、「もうっ!すぐにしんどい言うんやから!」。特にどうして欲しいわけでもなく、疲れたから「しんど」と言っただけなのに、すごいけんまくで怒られ、予想外の展開に訳がわからず、キョトンとしている子どももいます。 大人同士ならどうでしょうか。「寒いですね~」と言われて、「何が寒いの!」なんて決して言いません。「ホントですねえ」と同調し、笑顔で返しています。言った方も笑顔になり、それで両者の関係はさらによくなっていきます。実際に寒いかどうかなんてどうでもよく、相手に共感することが大切、というわけです。 共感は、相手が子どものときこそ大切です。さっきのように言ったことを否定ばかりしていると、子どもはやがて心の中を正直に言わなくなってしまいます。 「さむ~い」。「ほんと寒いね。でも我慢しようね」。それでいいのです。余計なことは言わず、先ず認める…。子どもはそれだけで十分に満足し、自分自身も受け入れられていることを知ります。それでこそ我慢するということも覚えていくのです。(原坂一郎=保育コンサルタント)』 毎週金曜日の夜は「楽しい方」のコーラスの練習。実は前日に出された宿題の端数の違いにどうも納得が行かなくて、数字とにらめっこしていたら、家を出る時間が遅れてしまった。おまけに、いつもはすんなり左折するのに、左折を忘れていて、私的には大回りすることになってしまう。走りなれない道は、途中までは「第九」の練習会場へ向かうのとほぼ同じ。でも、「第九」の練習に行くときに渡る橋を渡らず、そのまま真っ直ぐ行くと、段々道が狭くなる部分があって、ここは譲り合わないことには対向出来ない。だから、本当は夜暗くなってからは正直通過したくないところ。。。 練習会場に着くと、既に発声練習は終わって「トロイカ」の歌声が。私には初見の楽譜を手にして、混声四部に編曲された部分を歌う。。。 部屋は十分広く、私には苦手な暖房がガンガン効いている。この部屋で母親と一緒に来られた子どもたちが走り回って遊んでいる。汗をかかないか、私はとても心配になったけど、実は、お弁当の配達中、歩いて歩いて歩き回って汗をかいてしまった私。だから、正直風邪を引き込み易いような状態になっていて、この暖房は私には本当にきついものがあった。暑い寒いの感じ方って人それぞれだし、私自身は本当は冷房の方が有り難かったりするときの暖房はとてもきつい。でも、ひたすら我慢で練習。日曜日には亡父の三回忌の法要を控えているし、ここで風邪を引くわけにはいかない。。。でも、実際汗をかいた後のフォローが一番大事だと思う。練習は楽しかったけど、家に戻ってから、身体を温めるのに本当に苦労した。もしかしたら、木曜日の高速バスで風邪をうつされてしまったかな?高速バスの車内も暖房が効いていたしなぁ。だから上着を脱がなきゃ暑くてたまらなかったけど。風邪気味の人が一人いらっしゃったら全員が風邪をうつされてしまいそうな、そんな雰囲気だったからなぁ。運転士さんがヴェスト姿で平気でいられるってことは、それだけ車内温度が上がり過ぎってことじゃないのかなぁ?暑い我慢というのも、結構きついものがある私。体調のせいもあるのかな?
2005.11.25
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臨床福祉心理士(中級)講座の4回目。統計学について学んで、忘れないうちに宿題を済ませてしまおうと、格闘していましたので、こんな時間のUPとなりました。。。24日の日記を最優先して、その後、今夜は「楽しい方」のコーラスの練習があります。12月10日に行われる、県立淡路病院でのクリスマスコンサートに、「一緒に歌うのが楽しいので是非に」と声がかかったのだとか。。。 さて、献立は、おでん、和風サラダ、磯辺和え。添えの野菜・果物はメインが煮物なのでつきません。◆おでん。。。材料は、牛すじ肉(串)板こんにゃく、厚揚げ、さつま揚げ、じゃがいも、大根、桜玉。板こんにゃくを袋から出して軽く洗って水から下茹でしておく。大き目の鍋にたっぷり目の水を加え、牛すじ肉を串ごと加え、煮立ててアクを取り、酒、砂糖、みりん、醤油を加えて味を調える。板こんにゃくを人数分に切り分け、牛すじ肉を煮ている鍋で一緒に煮て味を馴染ませる。大根は皮を剥いて1.5センチの厚みに輪切りし、更にいちょう切りにし、米のとぎ汁で茹でて水気を切っておく。じゃがいもは皮を剥いて水にさらし、人数分に切り分け下茹でする。回転鍋が空いたら、牛すじ肉とこんにゃくを煮汁ごと入れ、更に水、調味料を加えて味を調えたところへ厚揚げを加える。更に大根を加え、煮汁をそれぞれ別の鍋に取ってじゃがいも、桜玉を煮る。さつま揚げは回転鍋へ最後に加えて牛すじ肉や板こんにゃく、大根、厚揚げと共に煮る。味が馴染んだ桜玉を二つ切りにして切り口が乾かない様に重ねておく。◆和風サラダ。。。材料は、キャベツ、きゅうり、人参、カニかまぼこ。カニかまぼこは袋から取り出して3つ切りにして、サッと湯通ししておく。人参は皮を剥いて中の目のスライサーでついて軽く茹でて水気を切っておく。きゅうりはヘタを取って薄切りにし、塩をまぶしてしんなりしたら塩を洗い流して水気を切っておく。キャベツはきゅうりの直径と同じぐらいの色紙切りにし、サッと茹でて水気を切っておく。材料を混ぜ合わせ、塩、コショーマヨネーズで和える。◆磯辺和え。。。材料は、小松菜、刻み海苔。小松菜は葉の部分を2センチぐらい、茎の部分を1センチぐらいに切り、塩茹でし、水にさらしてから水気を切る。みりん、醤油で味を調えた合わせ醤油で和え、刻み海苔をたっぷりとまぶして混ぜ合わせる。メインのおでんは、向かって右からじゃがいもを置き、その前に桜玉を置き、さつま揚げ、板こんにゃく、厚揚げ、大根の順に盛り、最後に牛すじ肉を。2番目には和風サラダを。3番目には磯辺和えを。おでんの具そのものがたっぷりなので、大根を入れるのに一苦労。先ずは2切れ入っていたら許してもらうことに。牛すじ肉は斜めにしないと入らないし、蓋ができないし、少しだけご飯の上に載ってしまっても仕方がないかな?2番目がマヨネーズ味なので、そちらへはみ出すわけにはいかないので。3番目の刻み海苔の香りを効かせてたっぷりと使ったのは目先が変わっていて良かったと思う。 数学なんて、からっきし駄目だったから、統計学の講義で、いきなり出て来たシグママーク。そんなマークが持っている意味さえも全くわからず、先日「だから数学は面白い」なんて仰った女優さんが実に羨ましかったこと。確か、あのときもシグママークが使われていたっけ?2乗するだけなら何とか意味はわかったけど。。。と、忘れないうちに宿題を片付けたくて、結局サイトにも入れずに打ち過ごしてしまいました。今夜は今夜でまた「楽しい方」のコーラスの練習が。。。言い訳ばかりで、本当に済みません。。。
2005.11.24
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暖かいと思っていても、ちゃんと季節は巡っていて、グングン芽を伸ばしていた水仙を今日発見して、何だか驚いた。 午前11時に実家で兄と待ち合わせて、父の三回忌の法要の為の仏具のセッティングをしたり、ふすまを外したり。簡単な大掃除といった感じで、法要に来てくださる人をお迎えする下準備。 実家を出たのは午後3時を回っていて、帰宅したのは午後3時半過ぎ。いつも観ている花壇に何か白いものを発見して思わず近づくと、何と水仙♪。我が家で咲いた今年初めての水仙に、何だか嬉しくなってしまう。で、ほのかに香るヒイラギ。もう、そんな季節なんだ。ヒイラギの横にあったミモザもついでになんて言ったらミモザに悪いのかな?そろそろサザンカも花が楽しめそうな気配に。。。 実家では、既に咲き終えたと思っていた百合を1輪見つけて驚いた。父がどこかで見つけてきた百合が増えたもの。本当に不思議。父の三回忌の法要に合わせて、というより、何かそこに父の姿を見た様な。。。
2005.11.23
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練習会場で、思わず私の目に飛び込んで来たのが、この花たち。一体、どんな凄い人をお迎えしたんだろう?噂では、歌手がお見えになったとか。。。以前にもアンスリウムではない方の何だか凄く豪華に見える花を病院の受付カウンターで発見して驚いたことがあったけど。。。名前がまるでわからない。でも、淡路島でもこんな花が手に入ることにも驚き。懸崖もここまで伸びていると「見事」としか言い様がない。新潟で行われた全日本合唱コンクールに出演したからと、わざわざ買って来てくださったお土産がコレ。ご本人は風邪気味だというのに、お土産を私に渡したいがためにと「第九」練習会場へ駆けつけてくださった。コンクールに出場するだけでも凄いことなのに。。。と、最初は彼女がご出身の県からの出場と聞いて目を丸くした(淡路島からだと練習に通うだけでも大変なので)けど、兎に角合唱することが好きな彼女の目はとても輝いていて、ただただ凄いなぁ。と私は感心するばかり。「柿の種」というのはよく聞くけど、名前が「とうがらしの種」しかも、柿の種の数倍は大きい。激辛味を思わせる色をしていて、ピーナッツ入りの文字。開けるのが何だかとても楽しみな。。。きっとコレにはビールですよね。今晩が楽しみ♪新潟というと、昨年は中越地区を襲った地震。まだまだ完全復興とは言えないかも知れないけど、この合唱コンクールが新潟で開催されたことも、復興をアピールするきっかけでもあったのかな?淡路島は洲本市で行われる今回の「第九」も、阪神・淡路大震災からの復興と、昨年の台風災害のときの甚大なる支援への感謝の意味が込められている。一人ではとても復興なんて出来なかったと思う。。。この感謝の気持ちを込めて歌う「第九」が全国に響きます様。。。〇タナベさん、本当に有り難う♪
2005.11.23
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ご近所の人が、義母へ届けてくれたらしい。ちょうどそこへ帰宅した私の目をはばかる様に慌てて隠そうとする義母。一体何なんだろう?そそくさと姪に報告している。で、結局1本はご近所におすそ分け。。。? 私が知らない間に、ご近所からの頂き物は結構あるみたいで、私には全く知らされないから、お礼の申し様もない。きっと近所中でも「悪妻」と評判が立っているんだろうなぁ。でも、何も知らないんだからお礼の申し様もない私。せめて私の口に入ろうが入るまいが、せめて戴き物があったときには知らせて欲しい。 近所の方が届けてくださるのに遭遇したときは誰それからというのはわかるし、たとえ私が口にしなくても、そのお礼代わりにと、どこかへ旅したときに私は気をつけてお土産を買って来てはいたけれど。もう。。。止めた!何だか馬鹿馬鹿しくなって来た。 子供が産めなかったからと、姪夫妻とその娘が同じ敷地に家を建てて住むことになり、あれよ、あれよと言う間に、耕作面積の全部を姪夫婦に任せることにしてしまった夫。私には何の相談も無かったし、働いている身の上では、田圃のことなど出来る相談でも無いが、せめて世帯主の嫁である私に、一言の相談があってしかるべきではなかったのかなぁ。一体何のための嫁なんだろう。。。?子供の一人も産めなかったこと、つくづく歯がゆい思いがつのるばかり。まぁ、実家がある地区で働いている身の上につき、ご近所づきあいなどまるで出来ないのだから、これも仕方が無いと言えば仕方が無いけれど。。。「嫁の世話になんかならない!」公言してはばからないのだったら、こちらにもこちらの考えがある!ったく、馬鹿馬鹿しいったら、ありゃしない。
2005.11.22
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献立は、鶏肉ゆうあん焼き、五目金平、焼き穴子の酢の物。添えの野菜は、キャベツとほうれん草のソテー、レタス、プチトマト。◆鶏肉ゆうあん焼き。。。材料は、鶏もも肉、ゆず。酒、砂糖、醤油、みりんで甘辛味の漬け汁を作り、ゆずの皮を摩り下ろして加え、鶏肉を漬け込んでおく。熱した天板にクッキングシートを敷いて、漬け込んでおいた鶏肉を並べて160度ぐらいで20分焼き、加熱具合を見て加減する。◆五目金平。。。材料は、平天、ごぼう、人参、三度豆、わらび水煮。ごぼうは皮を剥いて酢水から茹でて、斜め切りにし、更に細切りする。平天は、縦半分に切って3ミリぐらいの幅に切り揃える。人参は皮を剥いて、中の目のスライサーで下ろしておく。三度豆は冷凍のものを斜め切りにする。わらび水煮は袋から出して3センチぐらいに切り揃え、ざるに取って水にさらしておく。熱した鍋に油を引いて、わらびの水煮から炒め、更に、ごぼう、人参を加えて火が通ったら、砂糖、醤油、みりんで味を整え、味を絡めながら汁気が無くなるまで炒め、最後に三度豆を加えて火を止める。◆焼き穴子の酢の物。。。材料は、焼き穴子、オオバ、きゅうり、わかめ。焼き穴子は業者から届いたのを熱した天板に並べて軽く火を通し、2センチぐらいの幅に切り揃える。オオバは縦に3つ切りにし、更に細切りにしておく。きゅうりはヘタを取って薄切りにし、塩をまぶしてしんなりさせ、水で塩を洗って、水気を切っておく。わかめは水に戻し、水気を切って小口切りにする。砂糖、酢、醤油で味を調えた合わせ酢を作り材料を混ぜ合わせる。◆きゃべつとほうれん草のソテー。。。キャベツは芯を外して、三度豆二本分ぐらいの幅、4~5センチぐらいの長さに切り揃える。ほうれん草は葉の部分を2センチ茎の部分を1センチぐらいに切り揃え、熱した鍋にバターを加えて溶かしたところへキャベツを加えて炒め、軽く火が通ったらほうれん草を加えて更に炒め、塩、コショーする。メインはレタスを敷いたところへ鶏肉ゆうあん焼きを置き、左隅にキャベツとほうれん草のソテーを。レタスと鶏肉の間にプチトマトを飾る。左側には五目金平を。3番目には焼き穴子の酢の物を。メインの鶏肉自体が小さいので、野菜で誤魔化した感じは否めないけど、こればかりは鶏肉のグラム数は同じでも、切り方で随分大きい小さいが出来るので、いつも悩むところ。五目金平に加えるごぼう、わらびの水煮などは色合いが似ているので、人参をもう少し大きく切っても良かったのかなぁ。三度豆は分量通りに加えたけど、イマイチ色合いが。。。焼き穴子を使っての酢の物は初めての様な気がするけど、どうなんだろう。焼き穴子の場合はいつもわさび醤油和えだったり、辛子醤油和えだったりだと思ったけど、どうなんだろう? 水道料金のことについて、ちょっと気になることがある。我が旧三原町はグンと値段が跳ね上がった。これは4町合併されての影響。ただ、水道使用量そのものについては個人差がかなりあると、実は厨房で常々気になっていた。基本は鉛筆1本程度の太さが目安だと思う。ところが水の出し方が少ない場合、瞬間湯沸かし器が作動しなかったりする。順調に沸かしながら出る量というのは決まっているらしい。私の場合は、どうも出し方が少ない癖があって、冬場になると、この瞬間湯沸かし器が作動し難かったりするのは、どうやら、この水の出し方に原因がある様な。で、ふと気になったのは、確か、5年前の職場でのこと。。。ある日、経理担当者が顔色を変えて厨房へ入っていらしたことがある。仰った言葉は「何で急にこんなに水道代が上がったの?」何かその謎が解けた気が私はしたのだ。 人によって例えば洗い物をするときの水道の水の出し方が違う。私などは、せいぜいが鉛筆1本程度。これ以上は結局は流れる水の量の方が多いと知っているから。洗うのに必要な量はせいぜいが鉛筆1本程度。水の量がすくなければ、それを手の平で補ってやればいい。水で洗い流そうとするから必然的に流す水の量も増えてしまう。この違いは随分大きいと思う。癖というのもあるけど、水だって限りある資源なんだから、決して無駄遣いは出来ないと思う。 まるで意地悪なお姑さんみたいになっちゃうけど、思い切って相棒さんに言ってみた。案の定「そんなので落ちるの?」と言われてしまった。でも、だから手のひらでこすれば洗剤の泡とか汚れは簡単に落ちる。癖とは言え、一生に使う。。。いや、無駄に流してしまうだけの水の量って随分違うんだろうな。と思う。元々川でいうところの上流に位置する地区に住んでいたものだから、チョロチョロしか出ないもので、そんなところから学んだある意味知恵でもあったと思う。でも、水の無駄遣いということから考えると、とても理に叶っている気はしていたけど、どうなんだろう?水の勢いが強いと、それだけ作業も速く片付きそうには思うけど、その分無駄に流したり跳ねたりしている水の量は計り知れない気がする。水も大事な資源なんだから、もう少し使い方に気を遣って欲しいなぁ。。。そのまま水道料金に跳ね上がるんだし。。。こんなこと言ってるから悪者扱にされるのかなぁ。。。そして、かかとを引きずって歩く人はやはりだらしないと思えてしまう私。
2005.11.21
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実は4日付けの地元紙に載っていた記事ですが、トーク&とーくというコラム欄で、自主性育てる目的意識というタイトルが目に付いて、とても素晴らしいと感じましたので、そのまま引用させて頂きます。。。 『野球を通じて実社会で活躍できる生徒を育てたいー。そんな気持ちでしどうしている。それを表現するには、目標の持たせ方が大切。学校生活で、どんな人間になり、どんな職業に就きたいのか。部員たちにそんな目的意識がないと、好きな野球も一生懸命しない。 1980年に監督に就いたが、なかなか勝てなかった。84年夏の県大会で2回戦に勝ったのが転機に。「先輩の成績を1勝でも上回る」をスローガンにして指導し、これが93年の春季近畿大会の優勝につながった。 「甲子園を目指す」。部員たちは年賀状にそう書いてくるようになった。「先生、甲子園を目指すと口に出していいですよね」と、夢を実現させようと思うと紙に書く。紙に書くと目標に変わる。94年、センバツ甲子園の初出場を果たすことができた。 大好きな言葉は「思いは叶う」。努力した者の思いがかなうことを部員から教えられ、生まれた。 指導者も強い思いをもってやらないと、部員は育たない。指導者によって部員の心は育つと感じている。自分の人間性のレベルを上げないと、部員が力を伸ばす努力を身につけられないと頑張っている。 私の場合は、自主性を重んじるのびのび野球と言われるが、実はばりばりの管理野球かもしれない。私が指導する場所は富士山に例えると、5合目だと思っている。ここまではバスで行くことができる。私は、部員を無理やりでもそこに連れて行く。力をつけることのできる雰囲気づくりを身に付けさせるためだ。 この5合目からは山頂が見える。しかし、登るかどうかは部員の自主性が決めることだ。ここで「できるはずがない」と思うと、潜在能力を眠らせてしまう。 姫路工業高はなぜ強くなったか。部員たちが自分の潜在能力を高めるため、目を輝かせて一生懸命努力しているからだ。これからもそんな部員を育てたい。(10月15日、神崎町体育協会創立30周年記念講演会で) ふくい かおる…1947年、赤穂郡上郡町生まれ。70年、近畿大理工学部卒業。80年、同校野球部監督に就任。春3回、夏2回甲子園に出場。最高成績は94年のセンバツベスト8。』 また、随分日が経ってしまったけど、高校野球の話に続いて、13日付けのやはり地元紙の教育欄に我が母校が誇る郷土部の紹介文がありましたので、そのまま引用させて頂きます。。。 『「人形浄瑠璃は御歳よりが見るもの。(個人的にはこの場合、「観る」という漢字をあててしまうけど、原文のまま)堅苦しくて難しい、面白くないだろうなぁ」というイメージを持って客席に座った。 「東西東西、(とざいとうざい)このところあいつとめまするは…」という聞いたこともないような言葉で、県立三原高郷土部による『傾城阿波鳴門(けいせいあわのなると)巡礼歌の段』が始まった。でも、2,3分ぐらいすると、自分でも不思議なくらい、人形の動きやせりふを語る太夫(たゆう)の声に聞き入ってしまった。 事情あって生き別れになっていた母に幼い娘が遠くから訪ねてくる。「再会したにもかかわらず実の母だとは言えず、娘が去っていく。その姿を見ながら母が戸にへばりついて泣くところが、この段の最大の見せ場」。居内千恵さんの言葉どおり、頭や手足の動きだけでなく、まるで人形に命があるかのように、息をのんだり心臓の鼓動などの細かい動作までもが自然に表現されている。太夫の全身全霊で言葉を発しているのと独特の口調がまた迫力を増し、圧倒されていく。 「語る前は緊張するけれど、せりふは覚えているので語り始めたら大丈夫。練習は毎日しています」。公演直後の楽屋で、太夫の一人、天野沙智さんは汗でびっしょり。 上演中、焦ったり、「しまった」と思ったりすることもあるはずなのに、人形遣いの役は感情を抑えているのか表情を変えない。黒子のように顔を隠していないのに、その姿が邪魔になっていない。それも不思議だし、すごいことだと思う。 人形浄瑠璃をやっていると、ダサイと言われることがあるという。 「誇りを持ってやっています。人形遣い、太夫、三味線が協力して演技するところが魅力。新鮮な感覚で見てほしい」と出田典子さん。公演は月1、2回。東京など淡路島を出ることも多い。部員すべてが中学から人形浄瑠璃を続けている。本濱華奈恵さんは4歳から三味線を始めた。 たった30分で今までのイメージを変えてしまった熱演。そのほか、市立神戸西高和太鼓の力強い音とキリッとした動作など、郷土芸能は「古い・暗い・堅い・難しい」ではないことを多くの高校生に知ってほしいと思った。「新鮮な感動」がきっとあると思うよッ!! 県立神戸甲北高校新聞部 中尾 碧・小原千佳』 改めて淡路島に根付いた素晴らしい淡路人形浄瑠璃後継者団体の皆さんのご活躍をお祈りします。また、淡路人形芝居サポートクラブ事務局が旧南淡町役場庁舎内、議会事務局跡に移転したとの案内葉書が先日届きましたので併せて記しておきます。お出かけの際にどうぞお気軽にお立ち寄りください。とのことでした。。。
2005.11.21
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という見出しが目についたのは、19日付地元紙の淡路版。洲本で県小学校国語教育研究会が開催されたとかで、言葉の大切さや読書の喜びについて石井睦美さんが講演されたとの紹介がありましたので、そのまま引用させて頂きます。 『「第55回県小学校国語教育研究会中央大会淡路大会」(県小学校教育研究全国国語部会など主催)が18日、洲本市大野の同市立大野小学校で開かれた。 県内の小学校で国語教育に携わる教諭ら約350人が参加。国語の授業に発声練習を取り込んで「読む力」をはじめとした「伝え合う力」の育成に取り組む、同小学校での公開授業の見学などを通じて、国語教育のあり方を考えた。 児童文学作家の石井睦美さんは「言葉の贈りもの」と題して講演。高校時代、国語の教師が授業で毎回、寺山修司などの短歌を紹介してくれたことが「言葉への感受性を高めてくれた」と振り返った。また「子どもの周りに、本好きな大人がいれば、その子はきっと豊かな言葉の世界を持つ。生きることを深く感じられる」と話した。 淡路市立尾崎小学校の石上直美教諭は「大野小の児童は、発声練習などを通じ、考えを言葉で伝える力が身についていて感心した。講演では、言葉の大切さをあらためて感じた」と話していた。(小林伸哉)』 また、『つないだ心 映像に 高齢者に手紙送り25年』として、福井県で20日、開かれる「第25回近畿高等学校総合文化祭」に出演する(淡路島からはもう一校が出演)淡路高校一宮校が紹介されていたので、そのまま引用させて頂きます。 『約25年にわたり旧一宮町内の一人暮らしのお年寄りに、生徒が手紙を書き送る交流を続けてきた淡路市郡家の淡路高校一宮校。この交流を題材に同校の情報・放送部が制作した映像作品が同文化祭で上映される。1通の手紙から始まる温かいつながりを伝えたい。作品には若い世代と高齢者の交流が広がるきっかけになればとの部員らの思いが込もる。 上映されるのは「途切れない思い、四半世紀」。同文化祭放送部門のビデオメッセージ小部門に出品される。兵庫県内3校を含む近畿二府四県と福井、三重、徳島県から18校が出場する。 同校の手紙交流は、1980年ごろから始まった。全校生徒が2人1組になり、毎月1回のペースで卒業まで、同じお年寄りに手紙を書いてきた。健康を気遣い、学校生活の様子を伝える。 同校には、お年寄りから学校への励ましや感謝がつづられた返事が数多く届く。「伝統ある手紙交流で感じた喜びを伝えたい」。同部では、4月から2ヶ月をかけて映像を制作した。 作品には、手紙交流が始まった当時を知る教諭のインタビューや、「会って、お礼が言いたい」という男性と手紙を書いた女子生徒の初対面のシーンなどを収めた。「元気でいてください」と話す生徒と男性は固い握手を交わした。 3年の住田有子部長は「作品を見た人にも、身近なお年寄りとの交流の機会を増やしてもらえたら」と話す。 作品の最後には「私たちは、これからも手紙を書き続けます」というナレーション。脈々と続く温かな思いを映像で伝えている。(小林伸哉)』 独居老人の夕食用のお弁当を作って配達という仕事に就いて5年目。皆さん一様に人恋しさを募らせるかの様に、私たちを心待ちにしてくださる。出来れば5分ぐらいはお喋りしていたいけど、それもままならず、後ろ髪を引かれる思いで次のお宅へ。高校生たちの頑張りには心から拍手を送りたいし、これからもずうっと続けることができたら、どんなにか素晴らしいだろうと思う。。。 昨日に引き続き「朝比奈千足」先生とご対面。朝比奈先生をお迎えしての、「第九」特別練習。来週は亡父の三回忌の為出席できないので、今日はその分も頑張ったつもり。 練習後、淡路島では第一回目の公演のときに顔馴染みになったソプラノの方とお喋りする機会に恵まれ、「花」というものの癒し効果などもこれからは益々注目を集めそうだとのこと。少し学んでみようかな?などと。。。
2005.11.20
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行ってきました♪ 会場は第1回目と同じく神戸市三ノ宮にある、ピア ジュリアン。内容はドイツワインのお話とフルートアンサンブルというものでした。 珍しいアルトフルートや、ピッコロも登場しての演奏。そして、3人のフルーティストの見事に息のあった演奏と、朝比奈千足先生のお喋り。。。 最初はフルートの二重奏で始まり、更にフルートをピッコロに持ち替え、アルトフルートが加わってのトリオで「きらきら星変奏曲」を。確かにピアノでは良く耳にする曲だったけど、三人が奏でるそれぞれ違った楽器の音色が楽しめる見事な演奏でした♪で、今日戴いたケーキがコレ。モンブラン風のもので、中にアイスと大きな栗が入っていて感激!パティシエさんのお父様と朝比奈千足先生がご友人関係にあられるとかで、今日のケーキを戴くことが出来たのだとか。これからクリスマスが近づくにつれて益々忙しくなる中を一緒に楽しむことが出来ました♪ さて、運動会などでお馴染みの「トランペット吹きの休日」。。。ところがあるんですねえ。フルートにも。曲目紹介があったとき、何故かタイトルに驚いてしまった「フルート吹きの休日」四楽章からなる、素敵な曲でした。実は、ノリに乗ってると思ったのがダンス風だと先生が仰った第三楽章だと思ったら、それが最後のジャズ風の第四楽章で、何だかアッと言う間に終わってしまった感じ。心なしか途中でかの「トランペット吹きの休日」を彷彿とさせられる部分もあって、お見事でした♪ ドイツがテーマとあって、やはりベートーヴェンが作曲した、フルート三重奏曲。これはフルート2本にアルトフルートが加わって。。。私にはときとして、ン?クラリネット?と思う様な音色を奏でてくれる、ただ、演奏するには楽器が普通のフルートより少し大きくてちょっとシンドイのかな?なんて思ったけど、3人それぞれ華奢な身体つきなのに、見事にお腹で支えられた音にはとても癒されました。 質問コーナーというのがあって、「数ある楽器の中でフルートを選ばれたのは?」とお尋ねしたところ、皆さん、中学のブラスバンドがきっかけだったとかで、中学のときには人気が集まった楽器で、ジャンケンに勝ったことで決まったと聞いて、な~んだ!とは思いつつ、素敵な演奏を聴かせてくださった皆さんには感謝です♪明日行われる朝比奈千足先生をお迎えしての「第九」特別練習。ちゃっかり楽譜を持ち込んでサインをお願いしたら、快く引き受けてくださいました。本当に有り難うございました♪どうぞ明日は穏やかなお天気となります様。。。ただ、次の27日の特別練習には亡父の三回忌の法要があって、練習には参加出来ないのが残念。。。
2005.11.19
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時給800円で働いているパートの主婦ではあるけれど、仕事もしていないのに、給料を戴こうとは思わない。 夕食用のお弁当の配達時間が3時からとなって、ただでさえイライラが募っているのに、今日はランチミーティングと称して食事会。確かに、食事をすることにはなっていたけど、それがそのまま給与計算に加算されるなどと夢にも思わなかった。 昨日の時点では「11時ぐらいに集合して、食べた時点でタイムカードを押しましょうね。」なんて言ってたものだから、まさかそれが職員のコミュニケートをはかる手段として、年に何回かはそういうことが許されるなんてことは思いもよらず、そうとは知らなかった私は、「時給計算の関係で11時前に入って!」という栄養士さんからのメールに反発して、「お弁当を食べるという行為そのものはお昼休みになるのでは?」と。我が家からでは30分近くはかかるので、仮に午前10時50分までに職場へ入ろうとすると、家を10時過ぎには出なければならないことになる。ただでさえ配達時間が1時間早くなって、午前中の自由時間を削られてイライラしているのに。で、結局、「都合の良い時間に来て」となって、お昼は余り食べたいとも思わなかったので、火曜日・金曜日の出勤時間帯に職場へ。相棒さんは栄養士さんの指示通りに早目に入られてタイムカードを押していらっしゃる。オマケに、姿形の無い私の分までも。私自身は食べ始めてから頃合を見てタイムカードを押そうと思っていたから、さぁ、驚いた!結局、中途出勤みたいな形でタイムレコーダにセットしたけど、まぁ、後味の悪いこと。昨日の話とはまるで違うではないか。遅れて行った私がまるで悪者扱い。「ミーティング名目での早出なんだから」と、一言教えてくれれば済むものを。。。時間にして30分のことだから、たかだか400円のことだけど、それでまるで悪者扱いなんだもんなぁ。。。情けない!
2005.11.18
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樋野興夫さんが、今日付け地元紙の人欄で紹介されている。そのまま引用すると。。。 『アスベスト(石綿)が原因のがん、中皮腫の恐怖が全国に広がる中、専門外来の必要性と大学の使命を痛感し、ことし7月動きだした。「発症を防ぐことは難しい。でも遅らせるのが今後の研究の使命」。持ち前の行動力で8月、順天堂大医院(東京都文京区)「アスベスト・中皮腫外来」の開設にこぎ着けた。 「40年前からアスベストの発がん性は知られていた。国も研究者もリスク対策が不十分だったのでは」。昨年、早期発見に役立つ血液の診断キットを開発したときも、ほとんど注目されることはなかった。 患者の不安をいかに取り除くか。「分かっていないことは分かっていないとはっきり伝える。持っている知識をすべて提供し、話を聞くことで患者の不安は減る」。外来では患者1人に1時間を充てている。 診断や治療だけではなく、患者が気軽に立ち寄れ、医師らと病気について一緒に考える場所「メディカルタウン」を病院を中心につくることが夢。手始めに、がん患者との共同シンポジウムを来春、開催する。 「その場しのぎの対策ではなく、5年、10年とフォローアップする診療と研究体制が課題。大学では治療薬開発を目指したい。第二、三のアスベストは今後も発生する」 新渡戸稲造や元東大学長の南原繁を尊敬し、講義でも幅広い視野を持つ2人の人間性や行動力を紹介する。休みのない生活が続きそうで「家族は犠牲になりますね」。 専門は病理学。島根県出身。51歳。』 こういう人にこそ頑張って頂きたい。。。また、『正平調』というコラムに目をやると、『たかをくくっていないか。』という書き出しで、こんな風に述べられている。。。 『たかをくくっていないか。自然災害を対象に、9月から始まった兵庫県住宅再建共済制度への加入率がなかなか伸びない。「10月末で2.5%」の記事を読み、そんな思いがしてきた◆阪神・淡路大震災でたくさんの人が自宅を失った。そのつらい記憶を踏まえ、全国に先がけてできたのがこの制度だ。年間5千円の掛け金で、最高6百万円の給付がある。大震災で自宅が傷み、二重ローンで補修をした苦い体験があったので、さっそく申し込んだ◆だが県全体での加入率が低いのは、どうしたことか。他の保険などで十分という人もいるだろう。強制ではないから、それぞれの判断としか言いようがない。ただし、心のどこかで「自分は大丈夫だろう」と楽観視している人が多いようならば、これはちょっと心配になる◆加入率を市町別に見ると五色町が一番高い。最新の数字では25%もある。昨年は台風被害に遭った。南海地震への不安も募る。そこで隣保単位での集まりにも職員が出向き、制度の説明をしているそうだ。住民の危機感と積極的なPRが加入率を押し上げている◆人と防災未来センター(神戸市)の河田恵昭センター長が、こんな例えをしていた。「災害はぎっくり腰と同じ。自分は関係ないと思っていたらやられる」。大震災がそうだった。昨日で噴火から15年の雲仙・普賢岳の被災者も「まさか、この山が…」の思いだったろう◆温暖化の影響もあり、世界各地で大きな自然災害が続く。細くてもいい。緊張の糸は心の中に張っておきたい。』。。。 地元紙の一面トップを飾った記事には『ホテルなど21棟強度偽造 震度5強で倒壊恐れ』と大見出しが付けられている。千葉県なども地震が多いところと聞いたけど、大丈夫なのかなぁ。。。?『転ばぬ先の杖』『石橋を叩いて渡る』はいつの間にか死語になってしまったのかなぁ。。。
2005.11.18
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献立は、鮭塩焼き、大根炒め煮、味噌和え。添えの野菜はキャベツ、果物は温州みかん。メインに出し巻き卵。◆鮭塩焼き。。。材料は鮭の切り身。業者さんから届いたときの塩加減をみて、足りなければ塩をまぶしておく。熱した天板にクッキングシートを敷いて、鮭を並べてグリルで160度で20分加熱し、焼き加減をみながら過熱する。添える出し巻き卵は、冷凍の物を湯煎し、8等分に切り揃えておく。◆大根炒め煮。。。材料は大根、なると、絹さやえんどう。大根は皮を剥いて、1.5センチぐらいの輪切りにし、太さが揃っていればそのままいちょう切りにし、細い部分は半月または輪切りのまま、米の研ぎ汁で茹でておく。熱した鍋に油を引いてサッと大根を炒め、だし汁を加えて更に、砂糖、醤油、みりんなどで味を調え、煮立ったところへなるとを加えて弱火で煮て味を馴染ませる。絹さやは軽く塩茹でしておく。◆味噌和え。。。材料はきゅうり、若布、剥きエビ。若布は水に戻して水気を切り、小口切りする。きゅうりはヘタを取って薄切りにし、塩をまぶしてしんなりさせ、塩を洗って水気を切っておく。剥きエビは冷凍のものを袋ごと水にさらして解凍させ、軽く塩茹でしたのを冷ましておく。味噌、砂糖、みりんなどで合わせ味噌を作っておく。メインの鮭は切り身の大きさが全て違うので、みかんを一切れ置いたところへキャベツを添えて鮭を盛りつけてみて、後でみかんをもう一切れ入れ、隙間を埋める様に出し巻き卵を入れる。2番目には大根の炒め煮を。大根そのものの太さによって大きい小さいがあるので、まんべんなく混ぜて盛り付ける。手前になるとを置き、絹さやを飾る。3番目には味噌和えを。和え物の献立の場合は、味噌が水っぽくなってしまうので、材料を盛って味噌は上からかける。殆どがきゅうりと若布という感じで、エビはほんのアクセント。当初、みかんの切り方を輪切りにしていたのを、敢えて更に半月にしたのは、高さがあって蓋が出来ないこと。レモンの輪切りではないので、鮭に添える感じには置けないので、悩みに悩んでこの格好に。これだとそんなに空きスペースは感じないと思うけど、どうなんだろう。。。?2番目の大根はもう少し欲しいところ。太ければいちょうではなく、6つ切りぐらいにしても良いけど、何しろ細いもので、余り小さくしてしまうと。。。って、炒めるのだから短冊の方が良かったのかなぁ?3番目の味噌和えの味噌の硬さ加減が微妙。余り水っぽいときゅうりと若布の水分でお味噌汁みたいになってしまうし。。。 長らくサボっていた地元のコーラス。今夜は久々に練習に参加することに。本当に久し振りに書き込んでくださったまるこさんには本当に申し訳ないけど、時間が時間ですので、このまま練習に出かけます。申し訳ありません。。。 全国的にも今日が今年一番の冷え込みだったとか。皆様くれぐれもお風邪など召されません様。。。実は9日にインフルエンザの予防接種を受けた私。抵抗力が弱っているとあって、一番危険なときなのだとか。ひどくならない様に小児用の薬を飲みました。
2005.11.17
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という、昨日に引き続いて13日付けの地元紙に載っていた、研究データ。果物の健康機能性について~疫学研究からみた果物の有用性ということで、京都工芸繊維大学大学院修士課程、東京大学大学院薬学研究科で博士号、農林水産省主任研究官から2003年独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構 果樹研究所 カンキツ研究部 主任研究官となり、著書に「新みかんでぐんぐん健康になる本」と紹介されている杉浦実氏のコラムをそのまま引用させて頂きます。。。 『アメリカでは90年代をさかいにがんの死亡率、罹患率が下がってきているのをご存知でしょうか。生活習慣を改めて病気を未然に防ごうという予防医学的な取り組みが早くから行われ、79年に健康政策として打ち出されました。この中で1日400グラムの果物と野菜を摂ることを推奨し、そしておよそ10年後にその効果が現れたわけです。 アメリカやヨーロッパでは日本よりも栄養疫学研究が進んでおり、その研究結果から果物と野菜を毎日食べましょうと子どもの学校教育の時代から推進しています。疫学研究というのは、人を対象にして病気とそれにかかわる要因との因果関係を明らかにする科学。現在、欧米の疫学研究から、果物にがんや高血圧、心臓病、脳血管疾患の予防効果があるということ、また最近、糖尿病やリウマチ、骨粗しょう症などにも予防効果があるということがわかってきています。どういったがんに効くのかというと口腔・咽頭がん、食道がん、肺がん、胃がんにはほぼ確実に効果があるといわれています。 日本では果物に着目した疫学研究のデータが少なく、そこで私たちは静岡県の温州みかんの生産地として知られる三ヶ日町(現在、浜松市)で10年かけた疫学研究を平成15年にスタートしました。なぜ、みかんかというと、日本人はいちばんよく食べている果物が温州みかんだからです。温州みかんに特徴的なベータクリプトキサンチンはがんや糖尿病の予防効果が動物実験から明らかになり、また特に多いビタミンCには抗酸化作用があり、食物繊維には大腸がんの予防効果があることが知られています。 静岡はみかんの産地ですから非常によくみかんを食べる方がたくさんおられます。そこでみかん産地の住民6049人にアンケートしたところ、毎日4個以上みかんを食べるみかん大好き人間には糖尿病や高血圧、心臓病、通風の方が少ないという結果が出ています。 三ケ日ではがんが少なく平均寿命も他より高いのですが、これがみかんの効果なのかは今後明らかにしたいと思います。ちなみに三ケ日住民の血中ベータクリプトキサンチン濃度は諸外国の数倍から数十倍も高いです。 これまでの三ケ日研究から、みかんをよく食べる人では、アルコール性や高血糖性誘発生の肝機能障害のリスクが低く肝臓保護効果が期待できそうなこと、また動脈硬化のリスクも低いことがわかってきました。骨粗しょう症との関係についても研究を開始しており、今後の追跡調査でみかんの健康機能性が明らかになると思います』 腎臓機能に障害のある人にはあてはめられないかも知れないけど、生の野菜とか果物の摂取に制限が無い限り、果物はこんなにも有効なんだ。と。淡路島の最南の海岸線に面した地区などもみかんの栽培が盛んなところ。昔からおこたに欠かせないのがみかんだったのに、最近私自身もみかんを食べることが少なくなったなぁ。。。みかんというのは個体によって甘いか酸っぱいかわからなかったりするので、ついつい。柿だと余り当たり外れは無いのに、みかんばかりは。。。でも、本当は甘いのより酸っぱいのが身体には良いのかな?こんなに身体に良いのなら食べない手はありませんよね。
2005.11.17
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12月4日に行われる「洲本 第九」のチケットが現時点で200席余りも売れていないのだとか。何故なんだろう?確かに買うのは簡単でも席に着いてくれなければ意味が無い。私の場合、夫は勿論(?)駄目。じいっと座っているのがたまらないのだとか。職場の人にチケットを差し上げるのは簡単だけど、却ってそれが負担になられても困るので、一応はお誘いしてみたけど無理強いはしたくない。 全く同じ日に大阪城ホールだったかで、「1万人の第九」というイベントがあって、こちらへも淡路島から歌いに行く人が何人かいらっしゃるらしい。だから本当に聴きたい人はこちらへと流れているのかな?という気がする。だから淡路島に残れる人は少ないのかも、と。。。 スタッフの方々の言葉の中に「晴れ姿を是非家族の人に観てもらってください」というのがあって、これはちょっと違うんじゃない?と私は思う。音楽なんだから、「観る」じゃなく、「聴く」ものなのに。合唱団員が勢揃いするのは、第二楽章が終わってから。それまではスヤスヤと眠る人がいるかもしれない。いや、人に迷惑さえかけなければ眠るのは良いとしても。。。いびきというのは甚だ迷惑。 やはり、音楽好きの殆どがステージに立ってしまうのだから、聴く人は限られてしまうのも無理からぬことなのかなぁ?何しろ住んでいる人自体が少ない淡路島にあって、音楽そのものに興味を持っている人を探し出すのは至難の業ということなのかなぁ?私自身も実は歌ってなかったら、大阪へ行ったかも。。。もう、この際だから、「観る」じゃなくて「聴く」でしょう?なんて言ってる場合ではないのかな? 特別練習がある11月20日には、何と、高石市のブラスバンドでお世話になっていた先生が淡路フィルハーモニー管弦楽団のタクトを振られると聞いて、是非とも。とは思うけど、次週の特別練習日は亡父の三回忌。これは何が何でも最優先すべきは父なので、既に「楽しい」方のコーラスの自主公演で1回休んでいる私にはもう後が無い。どうしてこうも見事にイベントがかち合ってしまうんだろう?演奏する方にとっても満席なのと、空席ばかりなのとでは違うと思うのに、足を運べないのは本当に残念。。。ただ、淡路フィルの責任者の方が先生のことをとても褒めてくださったのが、私には本当に嬉しかった♪〇石市民音楽団万歳!
2005.11.16
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日曜日付けの地元紙の(PR特集)欄に、神戸で開かれたという学習会からこんな記事が載っていましたので、そのまま引用させて頂きます。 『いま「毎日くだもの200グラム運動」が全国で展開されている。そんな中、がんなど生活習慣病に予防効果が高い果物の機能性について「くだもののちから!再発見!」(果物のある食生活推進全国協議会、近畿農政局シュサイ)と題した学習会がこのほど、神戸市中央区卸売市場本場で開かれ、参加者は公演や見学会で果物の効用を学んだ。 講演会には一般消費者のほか、「学んだことを現場で生かしたい」という学校給食の栄養士や保育士など合わせて200人が集まり、果物最前線の2人の講師の話に聞き入った。果物のことが知りたくて参加したという熟年夫婦は「食べ過ぎを心配していたけれど、これで安心して食べられます」と喜んでいた。 また、午前の市場見学会には「中央卸売市場を一度見てみたかった」という主婦はじめ一般消費者等70人が参加。「エーイ、エーイ」と競り独特のかけ声がひびく中、りんごの競りの様子を見学したり、市場の仕組みや農産物の流通について説明を受けた。 この日は特別に卸売市場での買い物体験が許可され、りんごやかきが1個10円など破格値で提供されるなどおまけつき。果物が大好きという参加者たちは「新鮮なりんご、こんな値段で買えませんよ」と顔をほころばせて、両手の袋に山盛りの果物を買いこんでいた。 そのほか、みかんの選び方や豆知識などを紹介する「くだもの教室」も開かれ「りんごを置いておくとべたべたするのはなぜ?」という質問に「完熟している証拠です」など熱心な質疑応答が繰り広げられた。 生活習慣病予防に果物をもっと 果物は低カロリー「食べると太る」は誤解 日常の食べものの中で果物、野菜を取らないとビタミンCはほとんど接種できないんですね。そういうと、今どき食物からビタミンCを取るなんていう時代じゃないんじゃないの、サプリメントでいくらでも安く取れるよという方もいらっしゃいますが、食べものから取ると他の成分もいっしょに取れるからビタミンCやその他の成分の働きをより良くするんですね。だから食べもの、果物からビタミンCを取るというのは非常に大事なことです。 ビタミンCは風邪のウイルスの働きを抑えたり発ガン予防で注目されていますが、水に逃げやすく、野菜から取る場合は調理すると一部が逃げてしまう。でも果物からならビタミンCもカリウムもそのまま取れます。 実際に日本人はどのくらいの果物を食べているのでしょう。平均しますと1日に120グラムぐらい。とくに若い20代、30代、40代の人の取り方が非常に少ない。30代、40代の主婦に聞いたところ、果物を食べるかわりにケーキ、アイスクリームを食べているんですね。若い女性やお母さん方には果物を食べると太るという発送があるようですが誤解です。うんしゅうみかん1個はカロリーに換算するとショートケーキの9分の1ですから果物を食べても決して太ることにはつながらない。 日本でも平成12年度に国から食生活指針というものが出されて果物がひとつの大事な食品としてしっかりと位置づけられました。つい最近、食事バランスガイドというものが発表されて、主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物と5項目に分けて1日に食べる食事の量が具体的に提案されたのです。 主食はごはんだったら4杯程度、副菜の野菜料理は5~6皿程度、主菜の肉・魚・卵・大豆料理は3~4皿程度、また牛乳だったら1本、そして果物は200グラムは食べましょうということが示されたわけです。これは成人男子を対象とした目安なのですが、カロリーの摂取量が変わっても副菜、牛乳・乳製品、果物の必要量はそんなに変わりません。だから小学生の子どもでも70代の方でも果物は1日200グラムは食べていただきたい。200グラムというとみかんなら2個。りんごなら1個ぐらいですね。 いま日本は世界一の長寿国になっていますが、それに比べて健康寿命は短く、寝たきりや生活習慣病など病気を抱えた人が多い。でも生活習慣病は基本的には食生活でコントロールできます。果物は生活習慣病の予防効果があるものですから、ぜひ取りたいものですね。』 これからおこたでみかん。ということも多くなるけど、やはり2個に限定したら、こんなに良いものはないのかも。ちょっとぐらい酸っぱくても、今年は食べなきゃ。この時期、柿が美味しいんだけどなぁ。。。で、皆さんはどんな果物がお好きですかぁ?
2005.11.15
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朝から母に頼まれた亡父名義の預金通帳の解約。最後の年金が振り込まれていたのは土曜日に確認済みだったけど、母は何しろカードが無いと言う。カードさえあれば千円単位までなら黙って引き出せるのに。。。さて、どうなることやらと心配しつつ窓口に立つと。。。難無く出来ました♪でも、これはヒ・ミ・ツ。。。でも、ややこしいことにならずに済んで良かった♪もう一つ、郵便局の定額貯金証書を預かっていたけど、これには手を付けずに済んだので、母にはそのまま返却。定額貯金は6ヶ月経ったらいつでも出せるけど、長く置けば置くほど利子が付くのだから、本当に要るときまでそのままにしておいた方が絶対にお得。下ろせるからと、出したりしちゃ、却って損。初めっから6ヵ月で下ろすのが判っているなら、6ヶ月定期の方が断然利子は良い。って、今でもこんな預け方出来るのかなぁ。。。?兎に角短期決戦のときには定額貯金じゃなく、定期で。定額貯金の威力を発揮するのは預けてから3年目以降かな?長く預けなきゃ損な貯金ってこと、案外おわかりにならない方がいらっしゃるみたいで。。。 配達を担当したのが、淡路島最南の海岸線をひた走りに走るコースとあって結局運転疲れでPCを開く元気も無く、翌日になってからのUPとなりましたが。。。と遅れついでと言っては何ですが、三陸沖で起きた地震。皆様には被害などありませんでしたでしょうか。 さて、献立は、牛肉しぐれ煮、伴鶏糸、三度豆ごま和え。添えの野菜はサラダ菜。果物はつきません。◆牛肉しぐれ煮。。。材料は牛肉薄切り肉、糸こんにゃく。糸こんにゃくを袋から出して3センチぐらいの長さに切り、ざるに取って軽く水にさらして下茹でしておく。牛肉は業者さんから届いた状態が大きければ食べ易い大きさに切り揃える。熱した鍋に油を引いて、牛肉を炒め、色が変わり始めたら酒を加えて更に炒め、糸こんにゃくを加えて炒めたところへ砂糖、醤油みりんを加えて味を調え汁気が無くなるまで煮詰める。◆伴鶏糸。。。材料は鶏ささ身、春雨、きゅうり、人参、もやし。ささ身は筋を取って酒を加えたお湯で茹でてから小さく割いておく。春雨をたっぷりのお湯で茹で、3センチぐらいに切り揃えておく。きゅうりはヘタを取って、本当は千切りにしたいところだけれど、相手が手で割いた鶏ささ身なので薄切りにして塩をまぶしてしんなりしたら水で塩を洗い流して水気を切っておく。人参は皮を剥いて中の目の刃のスライサーでついて軽く塩茹でして水気を切る。もやしは袋から出して、大体長さの3等分に切り、サッを水にさらして茹でて水気を切る。砂糖、酢、ごま油、醤油で味を調えた合わせ酢に材料を加えて混ぜ合わせ味を馴染ませておく。◆三度豆胡麻和え。。。材料は三度豆。三度豆は3センチぐらいの長さに切り揃え、塩茹でする。胡麻を炒ってすり鉢であたり、醤油、みりんを加えて胡麻だれを作り、三度豆を和える。メインにはサラダ菜を敷いて、牛肉のしぐれ煮をたっぷり感を持たせて盛る。2番目には伴鶏糸を。彩りを生かしてこんもりと盛る。3番目には三度豆の胡麻和えを。メインにはサラダ菜と牛肉しぐれ煮しか入らないので、物足りなさを感じさせない様に盛り付ける。ただ、火曜日はもう少し糸こんにゃくを増やす予定。献立の最初の日はどうしても試作品みたいになってしまう。グラム数だけで想像するのと、実際の出来上がりでは随分違うものになってしまうので、献立の第一日目の人には本当に申し訳ない。さて、2番目の鶏ささ身。やはり包丁で切るより、手で割いた方がいかにも美味しそうな。46人分に対して人参2本が多いのでは?と思ったけど、そうでもなかったのは春雨のお陰かな?3番目の三度豆はもう少しごまがあっても良かったのかなぁ。。。?
2005.11.14
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いつも地元のコーラスの練習会場になっている建物で、今日は「南あわじふれあい文化交流会(県立〇知高校PTCA支援活動)」というのがあった。勿論私的に気になったのは、吹奏楽部による演奏。新聞の折込チラシで「ルパン3世のテーマ」というのがとても気になって。本当に懐かしい曲。だから是非聴いてみたくなった。それと、いつもお世話になっている、きなこのママさんがいつも頑張っていらっしゃる、「箏曲演奏」の文字。総合学習箏曲選択者6名による「花かげ変奏曲」などと。。。で、もう一つ是非見学したいと思ったのは、華道部の皆さんによる生け花の展示。ワクワクしながら会場へ向かうと、何とホールでは既に吹奏楽の演奏が始まっている。私が演奏していたのとは少しばかり編曲が違う感じ。でも、とても良かった♪ 箏曲演奏による「花かげ変奏曲」という名前は聞いたことがあるけど、どういうものなのか、私にはわからなかったけど、動揺をいくつか組み込んで出来ていて、とても懐かしい感じ。きっときなこのママさんには及ばないと思うけど、高校生たちがここまで出来るのが素晴らしかった。「夕焼けこやけ」「お馬の親子」。。。春の歌も散りばめられていた様な。。。箏曲の演奏が終わって客席を立つと、もう展示物の片付けが始まっている。無理もないことだけど、じっくりと味わいたかったのに、これはちょっと残念。書道とかを飾る様に並べられていた生け花。片付けている横でじっくりと観ることは出来なかったけど、中に、“スプレー菊”というのが私には珍しく携帯で写してみた。恐らく足元を飾る花がそうだと思うけど、花にしてはとても珍しい色。鮮やかな緑だった。。。ゆっくりと鑑賞することはできなかったけど、生徒の意見発表フーラムなどもあり、何と英語で。保育士を目指すのだとか。また、ずうっとボランティアで頑張っているというご意見も。福祉の分野はまだまだボランティアによるところが大きいだけに、とても頼もしく感じられた。若い人たちのパワーを頂いた気がする。予定には無かった、飛び入り参加。大音量と共に登場したのは良いけれど、私自身は、この時間を削ってもっと吹奏楽の演奏を聴きたかったなぁ。皆さん、日曜日にも関わらずお疲れ様でした!
2005.11.13
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ガスショップの展示会での景品引換え。亡父が好きだったお目当てのたこ焼きはまだ焼けていなくて結局はティッシュを受け取っただけ。ここへ寄る前に、お供えにと甘い物を買っておいて正解だった。 実家に着くと、兄も来ることになっていると母。ならもう暫く待ってお昼も一緒にということに。兄を待つ間庭で発見したのが。。。 何と薔薇は1984年に亡くなった祖父が植えたもの。ちょっと角度が悪くて何が何だかわからない花になってしまったけど、祖父自身が亡くなってもう20年余りにもなるのに、こうしてずうっと花を楽しませてくれる。本当に凄いな。と思う。綺麗な蕾もあったのに、撮ってみたら、まるで薔薇には見えない代物になってしまったけど。。。続いては今年の母の日に贈ったなでしこ。一輪だったけど、まだまだ元気に花をつけているのがたまらなく嬉しくて。前日の雨に濡れてちょっと風情があったけど、私の腕ではそこまでは。。。 兄が来て、慌しくお昼は「すき焼き」と決めて準備に取り掛かる。兄は実は気をきかせて母が大好きな巻き寿司を提げている。流石!私が父の為にと買った甘い物も結局は母の口に入ることにはなるけれど。。。 一人暮らしの母は、買って来た食材を殆ど冷凍保存してしまう。勿論すき焼きの主役のお肉も冷凍庫から引っ張り出して、レンジで解凍。玉葱は家の前の小屋に吊るしてあるのを私が。近所から頂き物の白菜も刻んで。糸こんやくが無かったので、母は大急ぎで板こんにゃくを刻んで茹で上げた。おふを戻して絞って。。。生椎茸、しめじ、葱。中に入れたのはたったこれだけだったけど、3人で囲むことに意義があるかな。一人暮らしの母の滅多に無い機会。材料なんかより、湯気の向こうの母の笑顔が見られただけでも。。。 もう27日には父の三回忌を迎えることになって、来てくださる人の数を確認したり、お膳先に添える果物とか茶の子、組み付けの品物選び。果物は義母の従兄弟が営んでいる八百屋さんにお願いすることにして、結局は「軽い」という意味でおかきの詰め合わせと、お茶漬けのセットに。確かに椎茸も軽いのは軽いけど、家に貰い物が沢山あって。。。実際に口にするには調理しなければならないので溜まる一方だと兄。考えたら誰にも喜ばれる品物選びって本当に難しい。最優先すべきは『重量』ということにして決定。玄関先までは車でも家の中まで運ぶのは軽いに限るかな?仏具の用意は23日に決めて解散。つくづく母の元気さが有り難い!
2005.11.12
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木曜日にUPする予定だったのに、午前中を神戸市で過ごし、あたふたと高速バスに乗り込み、その後仕事。といっても10月17日からは調理作業に取り掛かる時間が1時間も繰り上げられたため、私が着いた頃にはもう既に盛りつけ作業が始まっていて、盛り付けとお弁当の蓋の上に献立を貼り付けて、実家がある地区の配達車の運転手をしただけ。正午を20分過ぎての高速バスに乗り込んでも、自宅から最寄りのバス停に着くのは約1時間後。距離にして職場までは10キロ余りなのに、時間がかかること、かかること。水曜日に受けたインフルエンザの予防接種の影響なのか、はたまた単なる疲労によるものか、夜はバッタンキュー状態。なもので1日遅れのUPとなりますが。。。 献立は、豚肉の旨煮、マカロニ辛子マヨネーズサラダ、白菜とほうれん草の胡麻和え。メインが煮物なので、添えの野菜、果物は付きません。ただ、マカロニ辛子マヨネーズサラダにプチトマトを飾りました。◆豚肉の旨煮。。。材料は豚もも肉薄切り、チンゲン菜、人参、筍水煮。チンゲン菜は茎の部分を1.5センチ幅に、葉の部分は2センチぐらいに切り分け、茎の部分が硬いようであれば下茹でしておく。人参は皮を剥いて、3ミリぐらいの厚みのいちょう切りにし、下茹でしておく。筍水煮は上の部分は繊維を残して3センチぐらいの長さの短冊切りにし、下の部分は輪切りにして繊維を断ち切り、薄切りにする。豚肉は食べ易い大きさに切り揃えほぐしておく。熱した鍋に油を引いて豚肉を加えて炒める。豚肉にほぼ火が通ったら、人参、筍水煮を加えて更に炒め、酒、砂糖、みりんを加えて一煮立ちさせ、更に醤油を加えて味を調え、最後にチンゲン菜を加えて味を馴染ませる。◆マカロニ辛子マヨネーズサラダ。。。材料はマカロニ、ロースハム、きゅうり、プチトマト。マカロニはたっぷりのお湯で茹でておく。ロースハムはマカロニとほぼ同じ大きさに切り揃える。きゅうりはヘタを取って薄切りにし、塩をまぶしてしんなりさせ、塩を洗い流して水気を切る。辛子を水で溶いておき、マヨネーズと混ぜ合わせ、用意した材料を和える。◆白菜とほうれん草のごま和え。。。材料は、白菜、ほうれん草。白菜は葉の部分を3センチ幅ぐらい、白い部分を1センチぐらいの幅に切り揃える。ほうれん草は葉の部分を2センチぐらい、茎の部分を1センチぐらいに切り揃え、たっぷりのお湯に塩を加えて白菜から茹で、時間をずらしてほうれん草を加えて一緒に茹で、冷水にさらしてアクを取り、水気を切る。胡麻を炒ってすり鉢であたり、みりん、醤油を加えて味を調えた胡麻醤油で白菜、ほうれん草を一緒に和える。メインの旨煮は彩り良く山盛りにしないでボリューム感が出る様に盛る。2番目にはマカロニ辛子マヨネーズ和えを盛り、右下隅にプチトマトを飾る。3番目には白菜とほうれん草の胡麻和えを。業者から届く豚肉の厚みで見た感じがまるで違うけど少し煮込むので薄切りにした方が食べ易い気がする。ちょっとした厚みで随分食感が違う。マカロニ辛子マヨネーズ和えに加えるきゅうりが少し少なかった気がするけど、どうなんだろう?1本を10人で使うというのはどう考えても少ない様な。。。例えば家庭では3人分でもきゅうり1本は使ってると思うけど、どうなんだろう?白菜とほうれん草の胡麻和えは、くれぐれも白菜とほうれん草を茹で過ぎないことに尽きるかな?白菜独特の歯ざわりが残る程度に茹で上げたいところ。実家がある地区の配達を担当して、あるお宅で発見した水仙。我が家でも水仙の芽は段々伸びてはいるけど、まさかもう花をつけているなんて、本当に驚いた!確かに、南に向いた庭ではあるけれど、もうそんな時期なんだ。。。
2005.11.10
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というタイトルが1日付けの地元紙のくらし欄に。で、よ~く見ると、万一、クマに襲われたら?の文字。はてな?探偵団シリーズの21回目。そのまま引用させて頂きます。 『昨秋、全国的に人里に多く現れたクマ。兵庫県の北部でも多数目撃され、けがを負わせるケースもあった。今年も目撃シーズンが巡ってきたが、その行動範囲は広く、専門家は「観光客やハイカーらが遭遇することも十分あり得る」。自然派の探偵にとって他人ごとではない。万一、クマに遭ったらどう対処すべきか?死んだふりをして大丈夫なのだろうか?(津谷治英) 動きは敏捷 鳥取県境に近い美方郡香美町小夜区(旧美方町)では昨年10月、地元のお年寄り2人がクマに襲われ、重体を負う出来事があった。探偵はまず、この町に足を踏み入れた。 昨年、全国的に相次いだクマの目撃情報。国内では北海道にヒグマ、本州にツキノワグマが生息しており、兵庫県内では985件のツキノワグマの目撃があった。 同区でも昨秋、ほぼ毎日、住民から「クマを見た」という電話が殺到。民家周辺の畑や鶏小屋を荒らされる被害が続出した。 小代地域局(旧美方町役場)で鳥獣の捕獲などを担当する産業建設課の男性職員は、山へ逃げていくクマを見た。「10年ほど前から、近所で目撃されるようになった。動きは敏捷で、もし、向かってきたら、対応できなかっただろう」 同地域局は捕獲用のおりを10ヵ所に設置。ドラム缶を利用し、中に餌をまいておくと、クマが入ると同時にふたが閉じる仕組みだ。 昨年は6頭を捕まえた。男性職員は「鋭いつめで引っかかれたら、と思うとぞっとする」と顔をしかめた。 今秋は目撃少ない? クマの対処法を知るには、まずは習性を知るべし。そこで、兵庫県立人と自然の博物館(三田市)の主任研究員、坂田宏志さんに聞いてみた。 「クマは母子を除いて基本的に単独行動をする。また、山地を中心とした広範囲な生息地域が存在する」 県内では、円山川を挟んで、兵庫北西部と鳥取県を含む「東中国個体群」と、兵庫北東部と京都府北部にかけての「北近畿個体群」の2ヵ所。しかし、近年、丹波や播磨北部でも目撃されている。2000年には、「北近畿」から迷い込んできたと思われる一頭が六甲山系で発見された。 一方、クマは12~3月の冬眠期を控えた秋、餌となるブナやミズナラなどの実を求めて活発に動く。豊作ならば山にとどまり、凶作だと人里に現れる可能性が高まる。 ところが木の実は、1年ごとに豊作と不作を繰り返す傾向があるという。クマの目撃件数は、昨年は凶作だったため多かったが、豊作が予測される今年は、少なくなるとみられている。事実、県の集計では10月までに数百件しか目撃されていない。 攻撃は10秒 「クマは、自分から人に近づくことはない」と兵庫県森林動物共生室。山を歩く際は鈴、ラジオなど音のする物を携帯すると効果がある。人の気配を感じると、自然と離れていく。 それでも出くわしてしまったら、どうするか。 「背を向けるのが一番危ない。静かにその場を立ち去ることが大事」(同室) クマは基本的に臆病で、人に出あうと一撃して逃げる。人を襲うのは、逃げるためだという。 坂田さんは「死んだふりをするのも意味がない。クマにとって攻撃しやすいから」と言う。 また、「過去に襲われた人らの証言から、危害を加えてくる時間は10秒程度に過ぎないと考えられている。わずかな時間なので手で頭、顔、首など急所を守って重傷になるのを避ける努力をするべきだ」と坂田さん。最近はクマ撃退用スプレーも売られている。 1995年の県の調査では、県内に百頭弱が生息していると推定されている。香美町の小代小学校では、クマを避けるため、児童がランドセルに鈴を付けて登下校している。岡田政和校長は「野生動物と共生するためです」。何より遭遇しない工夫が大切のようだ。』 エプロンに付いている「クマのプーさん」は本当に微笑ましいんだけど、仲良くってわけには行かないのかなぁ。。。
2005.11.09
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仕事柄、インフルエンザの予防接種が義務付けられていて、私には全く初めての病院での摂取となる今年渡された問診票には、主治医の許可を求める項目欄。現在血圧を下げる薬と、コレステロール値を下げる薬のお世話になっている私はそのことが気になって仕事の帰りにいつもの医院へ寄って相談。のつもりだったのに、待つこと2時間。結局もう一つの病院へ行く時間が無くなってしまった。火曜日は「第九」の練習があるし、予防接種の効果そのものよりも、職場へ出す「予防接種済み」の報告が第一だし、いつ発熱に襲われるかも知れない季節なので、予防接種を受けるなら今のうち。と思ってたのに、結局は変な菌が蔓延しているであろう医院の待合室で待たされたのが良くなかったみたいで、月曜日にはPCを開く元気もなく、いつも月曜日にUPしている週の初めのお弁当を、火曜日(しかも日付は既に水曜日)になってUPすることに。。。書き込んでくださった方へのresもままならないうちに、真っ先に日記のページへ来ましたこと、どうかお許しください。。。 献立は、魚の甘酢あん、小芋と鶏肉の煮物、なめこと山芋の和え物。添えの野菜はサニーレタス、果物は当初レシピには無かったのを、魚だけでは余りにも貧相なので、月曜日には缶詰の白桃を4つ切りにしてアルミカップに入れて、2日目は食数が多いこともあってオレンジにしましたが、画像は月曜日のものです。◆魚の甘酢あん。。。材料は魚切り身、玉葱、人参、葱、干ししいたけ。魚は業者に頼んで切り身にして貰う。干ししいたけを戻しておく。玉葱は皮を剥いて縦半分に切り、根の部分を外して、薄く切る。人参は皮を剥いて、中の目のスライサーで突いておく。葱は斜め切り。干ししいたけは戻ったら水気を切って石突を取り、薄切りにする。魚に軽く塩をし、小麦粉をまぶして熱した油で揚げる。熱した鍋に油を引いて、用意した野菜の人参から炒め、更に、干ししいたけ、玉葱を加えて玉葱がしんなりするまで炒め、別に用意しておいた、砂糖、酢、醤油で味を調えた合わせ酢を加え、一煮立ちしたら、干ししいたけの戻し汁で溶いた片栗でトロミをつけ、火を止めたところへ葱を加える。◆鶏肉と小芋の煮物。。。材料は鶏肉、小芋、絹さや。だし汁に砂糖、酒、醤油、みりんで味を調えた煮汁を煮立てたところへ鶏肉を加え、火が通ったら小芋を加えて煮込む。絹さやは一人一枚を用意し、軽く塩茹でしておく。◆なめこと山芋の和え物。。。材料はなめこ、山芋。なめこは茹でたものを用意し、生であれば石突を取ってたっぷりのお湯で茹でて水気を切っておく。山芋の皮を剥いて水にさらしておき、マッチ棒2本ぐらいの太さに切り揃えて水にさらし、最後のが切れたぐらいでざるに取っておく。みりんと醤油で味を調えた合わせ醤油で和える。アルミカップに入れた白桃を置いたところへサニーレタスを敷き、揚げた魚を置いて甘酢あんをかける。左側には鶏肉と小芋の煮物を盛り、絹さやを飾る。3番目はなめこと山芋の和え物を。レシピには無かった果物。手っ取り早く用意できたのが白桃缶。アルミカップに入れたこと、サニーレタスのバリアで甘酢の味が移らないようにしたつもり。2番目の小芋は一人3個ずつと鶏肉は出し程度に。絹さやの緑が目に鮮やか。3番目のなめこと山芋の和え物は、ただでさえヌルヌルなので、山芋の水気をよく切っておかないと、とんでもないことに。 言い訳続きの管理人で本当に申し訳ありません。3日の演奏会鑑賞が実質私たちの結婚15周年となった私たち。8日には結局何事も無く。。。しかも夫は一人で侘しく夕食と相成りまして、私は、以前書き込んでくださった方、その方のお友達から温かいお祝いメッセージを頂きました。「第九」の本番は12月4日。何と、この日がお誕生日なのだとか。朝比奈千足先生の特別練習も含めて、練習は後6回を残すのみ。で、夫に聞いたら、「行くわけないやん!」トホホ。。。そうでした、そうでした、夫に聞くのが間違いでした。。。どなたかチケットの売り上げにご協力を!
2005.11.08
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というタイトルを目にしたのは実は2日付けの地元紙の随想欄。神戸大学大学院教授 ロニー・アレキサンダー氏によるものです。そのまま引用させて頂きます。 『最近、多くの犠牲者をだす「天災」が頻発している。昨年末に起きた大地震と津波。先日のハリケーン・カトリーナやグアテマラでの水害。パキスタンでの大地震。各被災地の映像をみるだけでも、10年前の恐怖感がよみがえってくる。どうにかして、役に立ちたいと思うが、被災地の多さに圧倒される。 次々に起こってくる「天災」。地球が怒っているかもしれない。しかし、「天災」の犠牲者の多くは、もっとも地球に傷をつけていない貧困層の人々であり、そしてその多くが女性や子どもだ。自然の力は無差別に発生するが、人間社会の不平等によってその影響が違ってくる。「天災」は、「人災」的な側面の存在を否定できない。 戦争は「人災」だ。けれども、環境の劣化や天然資源の枯渇、限られた資源への競争などが戦争の一原因になる。戦いの様子や犠牲者数、避難民の状況は報道されるが、「危機」にならない限り、過酷な「日常」生活を強いられている一般住民の姿は、メディアに取り上げられることはほとんどない。 一方、毎日毎日、5秒毎に一人の5歳未満の子どもが栄養不足を原因に亡くなる。一日に約2万5千人だ。私が勤めている神戸大学でいうと、学部・大学院・付属小学校・教職員の人数に相当する数だ。国連世界食糧計画によると、大人に必要とされる一日分の2千百カロリーを約33円で提供できる。食料が生産されていないわけではない。分配の問題だ。私たちの飽食は、「天災」が「人災」になる原因のひとつかもしれない。 パキスタンの地震の犠牲者は4万人を上回った。そのうち、栄養不足のため、助けが来るまで耐えることができなかった子どもはどれぐらいいたのだろうか。次々に起こる「天災」に気を配りながら、日常的に栄養不足・飢えのために苦しんでいる人々にも目を向けたい。』 配食サービスで使う大きなガス釜。最初は樹脂加工がしてあって、ご飯粒など全くくっつかなかったのに、やはり5年も使うと段々とくっつく様になってしまう。一粒の米から一体どれ位のご飯が出来るんだろう?なんて正確な数字は知らないけど、一粒たりとも無駄には出来ない。 昨日、一日中降り続いた雨のせいで、等身大紙相撲大会 三原場所は中止。それでも姪たちを含め制作に加わった皆さん、お疲れ様でした! 朝から母を眼科医院へ連れて行っていたらもう、こんな時間。。。そろそろ出勤タイムとなりますので。。。
2005.11.07
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何と素晴らしいタイトルなんだろう。実は5日付地元紙のくらし欄に『心のおしゃれ』の3回目として、茶道家・塩月弥栄子さんのこんな文面が。そのまま引用させて頂きます。 『私は19歳で結婚。4人の子どもに恵まれましたが、29歳で離婚しました。その語は東京・銀座で会社勤め。裏千家の娘がOLになって、お茶くみをしていたのですから面白いものです。 34歳の時に、脳外科医だった塩月正雄さんと再婚しました。靖国神社近くに間借りしていましたが、お風呂もありませんでした。私が経済的な苦労をしたのはその時が初めて。本郷にある質屋さんに着物を持って何度も通い始め、店主とお友達になったほどです。 夫は2歳年下なのに、私の知らないことをたくさん教えてくれました。まるで別世界。貧しかったけれど、いろんな世界をのぞくことができて楽しい毎日でした。 そんな夫とも1979年に死別。一人になって感じたことは…。 「メリー・ウイドー(夫を亡くした女性)!」。なんだか私、いろんな気遣いから解放されてせいせいしたんです。 62年から約5年間は、テレビ番組「私の秘密」出演のため全国を駆け回っていました。でもそれ以外は、夕食を一緒にするために毎日急いで帰宅するなど、夫に対してはいろんなことで気遣いをしていたのです。 だからやりたいことがいっぱいあり、「『未亡人クラブ』をつくりましょうよ」って誘いをかけたり。でも「先生はうれしくても、みんなはそうじゃありません!」ってたしなめられました。その元気ぶりを見た衆議院議員の河野洋平さんから、「新自由クラブから出馬を」とお誘いを受けたのもそのころです。残念ながらお断りしましたが。 一人になって30年近くがたちました。同じように先立たれて一人取り残された寂しさをこらえている人も多いはず。でも私は、ふさぎ込むのは間違いだと思うのです。 無くなった連れあいを思い出しては、お経を上げたり、讃美歌を歌ったり。「ああ、いい人だったのに」といつまでも嘆いていても、故人は帰ってきません。 愛する相手が息を引き取る時に、必ず感じる「ありがとう」の思い。それは忘れずに、その後はもっと自分の人生を楽しまないと。女性も自立していれば、悲しみはいずれ変わります。そう。メリー・ウイドーですよ。 ただ問題は、奥さんに先立たれた男性方。こちらの方がつらい。精神的に何かが欠けたと感じることも大きいですが、家事などを不便に感じることが余計悲しみを大きくしてしまうようです。 自分のことは自分でするー私は父母からそれを徹底して教わりました。ですから夫にも「ハンカチ、靴下、パンツ…自分の洗濯物は自分で洗いなさい」と言い続けていました。自立というのは、女性にとっても男性にとっても大事なことです。 みなさん、自立できていますか?』 あれは何年前だったか、夫が勤める会社の事務所が移転することになったのと同時に、夫は作業着を持ち帰らなくなった。事務所には自動洗濯機と乾燥機が備えられ、いつでも好きなときに洗濯が出来るらしい。それ以来、私は夫の作業着類を洗濯したことがない。 車で通勤、しかも仕事中は作業着とあって夫の服装はいつもポロシャツにジーンズスタイル。たまにはそのジーンズも事務所で洗って乾燥機へ。となるらしい。所長さんは勿論、カッターにネクタイをピシッと締めていらっしゃるらしいが、実はこれだけでも助かっている。毎日のアイロンがけの必要が全く無しだから。私は。。。といえば形状記憶シャツなのでアイロンの手間は省いている。だらしないかな?車で通勤だからこそ出来るスタイルなのかも。。。 今年も巡って来た、三原町商工会主催ふれあいカーニバル。生憎の雨になったけど、姪たちが頑張った等身大紙相撲大会の力士2体。姪夫婦が同級生ということもあって、絵を描くのが好きな仲間は直ぐに集まる。夜中まで倉庫は大賑わい。私とは20歳も若い姪たち。紙相撲大会に参戦して何度目になるんだろう?この雨が無かったら会場中に黄色い声援が飛んだと思うのに、ちょっと残念。でも、頑張った皆さんの心に残る何かがあったと思う。。。
2005.11.06
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もう、10月31日付けの地元紙になりますが、千葉県内の新聞に載った意見広告のタイトル。総合欄の局面断面で取り上げられていましたので、そのまま引用させて頂きます。 『義務教育費国庫負担 義務教育費国庫負担制度の堅持を求める中教審答申が、風前のともしびになっている。全国知事会などの地方六団体の意向を背景に、官邸側が削減で政治決着させる公算が大きくなっているためだが、制度堅持を求める意見書の採択も自治体の約6割に上っている。「三位一体には賛成だが、義務教育費削減には同意できない」。改革の中身をめぐるジレンマが、地方側にねじれを生んでいる。 ■守旧派 今年6月、千葉県木更津市議会で相反する2つの意見書が採択された。一方は義務教育費国庫負担制度の堅持を求め、もう一方は制度を廃止して税源移譲する六団体案の早期実現を求める内容だった。 「矛盾していることは承知しているが、総論賛成、各論反対ということで…」と議会事務局。 別の自治体関係者が「国庫負担堅持を声高に言えば、改革に反対する守旧派とみなされる。郵政民営化の時とよく似た構図だ」と代弁した。 負担金堅持の意見書を採択した市町村議会は、文科省の調査で65%(25日現在)にも上った。六団体の担当者は「額面通りには受け取れない」としながらも「教育界あげて堅持を掲げているので…」と異論の多さも認める。 義務教育費国庫負担制度は教職員の人件費の二分の一を国が支出し、残りを都道府県がまかなう制度。地方六団体が求めている中学校分の約八千五百億円が税源移譲された場合、税収が足りない自治体には地方交付税が措置される。 「地方にはこれまでと同額が保証される。国と地方のどちらが持っても同じなら、現場に近い都道府県に財源を移すのが自然だ」。六団体の主張は、地方分権の趣旨を踏まえたものだ。 ■現場の不安 一方、自治体の中には「国には口は出せず、金だけ出させるしたたかさがあってもいい」という声もある。 東京都多摩地区の教育長は「交付税にはどうしても将来の不安がつきまとう。現場の関心はどちらが確実に財源を保証してくれるかの一点に尽きる」と解説する。 今月17日、千葉県内の新聞に「いま、義務教育が危ない!」と題する意見広告が載った。 負担金正度が廃止されて財源不足となった場合、少人数学級や少人数指導ができなくなり、中学で非常勤講師が増える恐れがあると懸念を表明。県小学校長会やPTA連絡協議会など12団体と県内49市町村長が制度堅持を訴えた。 清水秀行事務局長は「2004年度に地方交付税が大幅に削減され、自治体の懸念が急速に高まった。六団体の意見だけが地方の声ではない」と強調している。』 財源不足。。。とはいうけれど、無駄に使っている部分は無いだろうか?と疑いたくなる。次代を担う子供たちだからこそ、国の財産だと思う。酷暑、極寒に耐え得るための洋服などが考案されて、夏なら冷房温度を高目に、冬なら暖房温度を低目に設定しようというもの。常々不思議で仕方が無かったのは、夏でも長袖の制服を着て寒そうにしている役所の人たち。また、冬には汗をかき、うちわで扇ぎながら仕事をしている人たち。一体これはどうしたことなんだろう?こんなことがまかり通っていたのだから、こんなことで大切な子供たちの教育費にまで影響を及ぼされたのではたまらない。
2005.11.05
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何とも頼もしいタイトル♪地元紙の第一面には21世紀の針路なるコラム欄があり、今日は、兵庫県立人と自然の博物館名誉館長でいらっしゃる、河合雅雄氏によるもの。早速、引用させて頂きます。。。 『ウォーキングが流行っている。 60歳を超えると、健康の自己管理をしっかりすることが大切になるが、数多くのサプリメントに頼るより、ウォーキングはだれにでも簡単にできる健康法である。第一お金がかからないし、いつでも気の向いたときにできる。 糖尿病、高血圧、動脈硬化や肥満などの生活習慣病の予防や治療に効果があるといわれている。そのほかに、もうひとつ重要なことが抜けている。それは二本足で歩くという行為は、最も人間的な行為だということだ。 ヒトはサル類から進化し、約6百万円前に地球上に誕生した。サルなどがヒトに進化するための第一の必要条件は、直立二足歩行である。つまり、身体を垂直に立て二本足で歩くということだ。 四本足で歩くさるがなぜ二本足で歩くようになったのか。その原因や過程は残念ながら未解決であるが、そのことによって大脳が進化し、大きくなっていったことは確実である。 つまり、歩くという行動は大脳に良好な刺激を与え、大脳を活性化するということなのだ。 類例のない民族精神 健康には身体の健康と心(精神)の健康とがある。ウォーキングは専ら前者に重心が置かれ、背筋をまっすぐに、歩幅を大きくなどのマニュアルがあり、日に七千から一万歩歩けという。 マニュアル通りでなければウォーキングでないと思っている人や、ウォーキングシューズがどうとか、果てはウォーキングファッションまでエスカレートすると、頭をかしげたくなる。 ウォーキングとことさらに言わなくても、わが国には昔から散歩、散策、漫歩、遊歩、しょうよう、そぞろ歩きなど、いい言葉がある。私の子ども時代には、鳥打帽やソフト帽、夏にはカンカン帽をかぶり、ステッキをもって散歩する姿を見かけた。健康のために手を大きく振り、大またで歩く勇ましい姿とは違い、どこか粋でゆとりがあった。 わが国は四季のめぐりが明瞭で、一年の暮らしの感情はそれに応じて変化する。あいさつにもまず天候を言うことが多い。外国人に会った時、いきなり「今日はいい天気ですね」と言えば、けげんな顔をされるだろう。「ハウアーユー ご機嫌いかがですか」と相手のことを尋ねるべきところを、なぜ天候のことを言うのか。言われなくても分かっているではないかと。 「雨ですね」というあいさつは、単に天候のことを意味しているのではない。行楽、洗濯や運動会、気分など諸々の事柄が含まれている。天候に関する生活感情を、私たちは文化として共有している。 これは一例だが、日本人の民族精神の基層を形成している重要な要素の一つは、四季のめぐりに応じた生活感情、美意識、宗教性など、自然との一体感から生まれたものである。 春の花見、秋の月見、紅葉狩りなどの風流に興じ、桃の節句や菖蒲の節句を祝う民族は類例を聞かない。人々は四季の移り変りとともに生きている。 大切な自然との対話 散歩はただ歩くことが目的ではない。四季のめぐりの変化に応じた自然の風趣を楽しみ、往き逢う知人と交わす軽やかな会釈で心のぬくもりを感じ、仕事の疲れやストレスを癒すのである。 今必要なことは、ウォーキングと散歩の融合であろう。雨の日はウォーキングにはいとわしいが、散歩には晴天では味わえない風情を楽しむことができる。日本語には雨に関する語が非常に多い。春雨、しぐれ、野分など、思いつくままでもすぐ幾つかあがるが、晴れに関する語が意外に少ないのが面白い。 散歩とウォーキングがドッキングした歩く行為を、仮に遊歩と呼ぼう。遊歩を豊かにするためには、自然物の名前を覚えることを推奨したい。動植物だけではなく、雲や石ころの名も。名は相手と親しさをつなぐチャンスである。 名前を知らない親しい人っているだろうか。石畳の割れ目に咲いている黄色い花ーカタバミと知った時、思わず言葉がもれる。「ああ、がんばってるな」。自然との対話が心を豊かにし、世界を広くしてくれる。』 自然との対話。。。高校を卒業して勤務の都合で大阪府住まいになったとき、何が違うんだろう?と感じたのは、もしかしたらこんなことだったのかも。当時の同僚が「大阪の海は海じゃない!」と仰ったことを今でも覚えている。確かに、神戸市と違って、大阪市内から観える山といえば、遥かに霞む生駒、葛城山系のみ。毎日の様に眺めていた山々。この緑が安らぎを与えてくれていたんだと思う。その点、海があって山がある神戸市は大阪とはまた違った雰囲気がある。。。淡路島も然り♪まぁ、都会の人には何も無いのが淡路島かも知れないけど。
2005.11.04
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淡路島では沿道を飾ったコスモスに励まされる様に、「女子駅伝」がスタート。いざ高速バスに乗ることになってそんなことはまるで忘れていて、乗ろうと思った高速バスが待っても来ない。大抵は時間より早目に到着するのに、変だな?と暫くしてから「女子駅伝」のことに気が付いた。何しろ高速バスが出発するのは「女子駅伝」のゴール地点に程近いところで、ゴール地点を大きく迂回しないことには私たちが待っているバス停には辿り着けないことになる。。。 さて、今日のプログラムは、グラズノフ バレエ音楽「四季」Op.67より「秋」 ムソルグスキー 交響詩「禿山の一夜」(R=コルサコフ編)チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調 Op.36 さて、特に印象が深かったのは、ティンパニーの華麗な演奏。神戸フィルハーモニックに入団されて4年目なのだとか。本当にお見事でした。もう一つ印象に残ったのは、チャイコフスキーの4番の第三楽章。(第一楽章の一番最初のファンファーレっぽい出初めはちょっと残念でした)皆さんの息の合ったピチカート奏法には、すっかり感動させられた。正直、曲の一番初めが初めだっただけに、少し不安だったけど、そんな不安はどこへやら。。。ただ、どんな演奏でもそうだと思うけど、一番初めの音で全てが決まってしまう。そんな雰囲気がある。「第九」でも合唱の部分が始まってホルンのソロで始まる部分があり、(オイオイ)と思った経験が何度かある。(勿論、神戸フィルハーモニックとは全く違う楽団で)ソロって嫌なもの。何だか、そんなことをふっと思い出してしまったけど、そんなことを見事にかき消してくれる演奏に惜しみない拍手が送られた。そして、アンコールは、やはりチャイコフスキーの「眠れる森の美女」から。テーマを「ロシア」に絞られたという今日の演奏会。実は、私にはグラズノフのことは全く知らなかった。で、プログラムを引用すると、こんな風に紹介されている。 『グラズノフはペテルブルクで生まれ、幼い頃から作曲を始めました。14才でバラキレフに認められ、15才でリムスキー=コルサコフに師事。「5人組」の若き後継者になりました。一方で、「西欧派」のチャイコフスキーとも親交があり、その要素を取り入れる事で「5人組」「西欧派」と分かれていたロシア音楽を統合し、ショスターコーヴィチを始めとする次世代へとロシア音楽を引き継ぐ役割を果たしました。 バレエ音楽「四季」は、1899年、作曲、1900年ペテルブルクのエルミタージュ劇場にて初演されました。。。』 流石に11月3日とあって、神戸市内の4会場でクラシックのコンサートがあったのだとか。でも、流石に神戸市。淡路島とはまるで違う。会場の神戸国際会館には一体何席あるのか知らないけど、ほぼ満席に近い状態だったと思う。あの拍手の音だけでも感動させられる。楽しいひとときを本当に有り難うございました♪そして、団員の皆さん、お疲れ様でした!次回は1月14日に予定されている、ニューイヤーコンサート。楽しみにしています♪ 平成2年11月8日に挙式した私たち。今年で15年目となる記念も兼ねてと、ちょっと奮発してお昼も夕食も外食することに。最寄りのバス停を11時過ぎに乗って、三ノ宮に着いたらお昼過ぎ。開演までにはたっぷりと時間があるので、食後の腹ごなしにも丁度良い。それでも目指す店は震災の後どこかへ移転してしまったのか、当時の面影は既に無い。いつだったか、無線機を買うためにハムショップへ寄ったことがあるのに、あれはもう10年余りも前のことになるのかなぁ。愛車に付けている無線用のアンテナがちょっとぐらつき始めたので、何か部品を。と思ったけど結局店も部品も見つからず。 昨今、携帯電話の普及でハムショップそのものの経営が成り立たなくなっているのかなぁ。 演奏会が終わったのは午後6時過ぎ。帰りのバスを午後7時50分発のにしようと決めて、いざ夕食に。お昼はサラダに釣られてチキンカツにしてしまったのに、またもや天ぷら?と気になりつつも野菜たっぷりのレディスセットにビールをグラスで。夫と二人だけのささやかなお祝い。さて、食べ終えたところで、何とか午後7時発のバスに乗れそうだと判った途端、走る走る。。。食べるのって、案外時間かからないんですねえ。無事に午後7時発のバスに。お昼前から12時間足らずの外出だったけど、洲本市では夫の同僚が勧めてくださった、これまた素晴らしいトリオの演奏会が。同僚の方には申し訳なかったけど、「第九」の演奏を担当してくださる関係もあって、「第50回定期演奏会」が終わったときから楽しみにしていた私。神戸フィルハーモニックの皆さん、今日は本当に有り難うございました♪
2005.11.03
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11月3日は祝日の為配食サービスは休み。なので、水曜日付けで週の後半のお弁当を紹介させて頂きます。献立は、田舎煮、麻婆豆腐、きゅりとカニかまぼこの酢の物。添えの野菜はメインが煮物なので付きません。果物は柿。◆田舎煮。。。材料は豚もも肉薄切り、じゃがいも、大根、人参、蓮根、板こんにゃく、焼き竹輪、グリンピース。蓮根の皮を剥いて、太目であれば半月に切って酢水から茹で、人数分大体等分になる様に薄い乱切りに。じゃがいもは皮を剥いて、やはり人数分を等分に切り、水にさらしてアクを抜く。大根は皮を剥いて太い部分はいちょうに、細い部分は半月に厚みを揃えて切り、米の研ぎ汁で予め下茹でしておく。人参は皮を剥いて乱切りに。板こんにゃくは下茹でしてから一枚を32切りに。焼き竹輪は等分に斜め切り。グリンピースは塩茹でしておく。豚もも肉薄切りは3センチぐらいの幅に切ってほぐしておく。熱した鍋に油を引いて豚肉を炒め、板こんにゃくを加えて炒め更に蓮根、人参を加えて炒めたところへ水を加え、大根を入れて酒、砂糖、醤油、みりんで味を調えて煮含める。最後に焼き竹輪を加える。じゃがいもは煮汁を別の鍋に取って煮る。◆麻婆豆腐。。。材料は豆腐、豚ひき肉、葱、市販の麻婆豆腐の素。豆腐は予めケースから取り出して水気を切っておき、大きさを揃えて切る。葱は小口切りにする。別添えのトロミを分量の水で溶いておく。熱した鍋に油を引いて豚ひき肉を炒め、分量の水、麻婆豆腐の素を加えて煮立たせ、豆腐を加えて更に煮立たせて一旦火を止め、用意しておいたトロミを全体に回しかけ、豆腐が崩れない様に混ぜてから火をつけ、全体にフツフツと煮立ち、トロミがついたら火を止めて盛り付ける直前に葱を加える。◆カニかまぼこときゅうりの酢の物。。。材料はカニかまぼこ、きゅうり、若布。若布は水に戻して小さく刻む。きゅうりはヘタを取って薄切りにし、塩をまぶしてしんなりしたら塩を洗って水気を切る。カニかまぼこの包装を取り、3つ切りにしてサッと湯に通しておく。砂糖、酢、醤油で味を調えた合わせ酢に材料を加えて味を馴染ませる。用意した柿は半分に切ってヘタを外して皮を剥き、更に並行に4等分に切り、2切れずつアルミカップに入れたのを置き、田舎煮をほぼ同量になる様に盛り付ける。食数の多い日は何を何切れという盛り付けは出来ないので、穴開きのお玉ですくう。例えば人参の赤が目立たなければ足すという風にしないと時間的に無理。2番目には麻婆豆腐を。これも豆腐がほぼ均一になる様に。3番目にはカニかまぼこときゅうりの酢の物を。水曜日は数が少ないので最初は何を何切れという盛り方をしていたけど、これでは数の多い日はとても間に合わないと急遽お玉で一すくいに変更。大根、人参、蓮根、板こんにゃく。それぞれ2切れになったり3切れになったり。でも、結局は入っていないものがなければ良いことに。彩りの人参は欠かせないのと、忘れがちなのが蓮根。最後に豚肉を載せてグリンピースを散せば案外同じ様に見えるかな?これで許して貰わないと、数を数えていては前に進めない。ご夫妻で召し上がる方には。。。どうぞお許しください。。。 淡路島最南の海岸線をひた走りに走るコースの配達を担当して、早くも美味しそうに色づいた早生みかんを発見。またその傍らでは花を咲かせ始めた枇杷の木が。枇杷が実を結び始める頃には今度はみかんの花が咲き始めることになるのかな?この地区で利用してくださる方の殆どが枇杷の栽培に携わっておられ、来年にはまた美味しい実をつけるための準備作業に何かと忙しい時期。急な斜面を利用しての枇杷栽培は危険を伴うし、加齢と共に益々大変なことになりそうな。でも、季節が巡るとちゃんと花を咲かせるものなんですねえ。淡路島では一番南に位置し、海にも接しているのでこうした果樹栽培に適していると聞くけど、年々出荷量が減っているのも事実のよう。考えたら昨年の今頃は台風で本当に大変だったから、尚更枇杷の花にも影響が出たのかな?まだまだ仮の橋は元に戻りそうにありません。あれから1年余り。爪痕がそのままのところが手付かずだったりします。。。 昨年、台風の影響で中止となった「淡路島女子駅伝」。今年はスタート地点を変え、更に距離を延ばしてマラソンと同じにしての大会。さて、勝利の女神はどのチームに微笑むでしょう。。。?
2005.11.02
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と題して、地元紙の週間TV欄に、NHK連続ドラマ「理想の生活」に主演されている、堺正章さんのことが紹介されていましたので、そのまま引用させて頂きます。 『素顔、きらめき 「自分もそういう年齢に差し掛かって、同じ年齢層の光になれるかなあと感じてた」。NHKの夜の連続ドラマ「理想の生活」で、第二の人生の入り口で戸惑う元エリートも疎んじられる。 「子供と一緒に住みたい、奥さんもいたわってくれるというのはとんでもないんですよ、男が。仕事にかまけているとだめ、自分の時間をつくっておかないとだめ、という警鐘でもあるんでしょうけど」 「人生が正しかったのか、どんな見据え方をしていたかが問われる。それが60歳という節目じゃないか」。自身は来年が還暦。ただし、芸能人に定年はない。 「自分で決めるんだろうなと考えているが、覚悟の決め方って難しい」と引き際を考え始めてはいても、今は「60なんてまだまだ若い。こっちもやりたい、あっちもやりたい。最終着地点がどこなのかはまだ僕にもわからない」と仕事への意欲は衰えない。 自らを「表現者」だと言う。最近ある共演者から「司会は本分ですか」と聞かれ、面食らった。 「人の表現をいかにサポートするかが司会者なんですよ。ゲストに『いいなあ、表現者は』と思うことはある。ただ、司会は本分とはちょっと違うかもしれないけど、やりがいはある」と、司会業が多い今のポジションも自然体で受け止める。 最近、「最高の二番手」といわれた喜劇役者の父堺駿二に似てきたと感じている。「今考えると、父の生き方はスマートだった。僕もこういう役割を求められているとき、『それは嫌だ』とならずにいられるのは、父の血のようなもの、存在が流れていると思う」』 日曜の夜は「あるある。。。」でお馴染みの人の方が圧倒的に多いかも知れない。土曜日の夜は「厨房ですよ!」なんて番組もお持ちなんですが、ゲストとの軽妙な会話も本当に楽しみの一つ。皆さんは、どんな堺さんがお好きですか? 個人的にですが、もう一つのブログ「音楽って素晴らしい♪」にずうっと、イラク問題に関しての地元紙の記事を抜粋した形で紹介してきて、実は5月から止まったままになっていました。今日も朝から、イラクで爆弾テロがあったと報道されていました。相次ぐ爆弾テロ。自分たちの主張を訴える方法としてはちょっとやり方が。。。 今日からいよいよ11月。文化の日を前に素敵な話題を見つけましたので、そちらで紹介させて頂きました。お時間がありましたら、そちらも覗いてくださると嬉しいです。ただ、書き込みいただいた方へのresも出来ないまま、今日も間も無く出勤時間。夜は「第九」の練習があって、このままPCを立ち上げられそうになく、いつも遅くなる言い訳ばかりを重ねていますが、どうぞお許しください。。。
2005.11.01
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