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誰に似てるかといえば村上春樹だ。うじうじした語り手の書き方が。第二のマルケスなどという使い古された形容よりはこちらの名前の方が売りやすいだろう。 ボルヘスとスペインのかつての独裁者を合わせたような冗談みたいな名前の作者。コロンビアの人。 キスの最中に、至近距離から撃たれた銃弾をまともにくらったロサリオは、恋の痛みと死の痛みとを取りちがえてしまった。唇を離し、ピストルを見たとき、何が起こったかがわかった。「体じゅうに電流が流れたの。キスのせいだと思ったのに・・・・・・」彼女は病院に向かう途中で、とぎれとぎれに俺に言った。 恋愛バイオレンス小説としては最高の書き出しだろう。ついでに「ロサリオ」という美しく野性的で衝動的に人を殺して人を殺すたびに悩み苦しみ大食らいして太ってはまた痩せる女の名前は、違う言語とはいえどうしても「ロザリオ」を想起してしまい、自ずと聖性を帯びてくる。(最近この言葉を頻繁に適当に使ってる)。 彼女と彼女の仲間が犯す幾つもの殺人場面に陰惨さがなくむしろ爽やかなのが巧いところ。1980年代のコロンビア、麻薬戦争時代のことを知ればこれはそれほどフィクションの物語ではないことが分かり、寒気もするのだけれど。 上流階級の家の出で男らしいエミリオ、その恋人でスラム出身で現在「最高に危ない奴ら(実在した麻薬カルテルのことと思われる)」の手先として闇の仕事を時々している美女ロサリオ、エミリオの親友でロサリオに恋い焦がれつついい友達・都合のいい相談相手・恋人との橋渡し役でしかない「俺」。不死身だと思われていたロサリオが銃弾を浴びて病院に担ぎ込まれ、彼女の回復を病院の廊下で永遠に待つ間(時計が壊れて、いつまでも四時半をさしている)、彼女の思い出を、死と暴力と欲情にまみれた思い出を「俺」が語り続ける。 奇妙にリアリティのある殺伐とした記述をのぞけば、ずっと片思いの恋愛小説なのだ。読み終えるまで気付かなかった。ロサリオという女のピカレスクロマン小説だと思いながら読んでいたのに。 雰囲気は違えど、ロドリゴ・レイローサ『その時は殺され・・・・・・』を思い出した。 ロサリオのイメージがジャッキー・ブラウンから離れなくて、惚れられなかった。河出書房新社 2003年
2004/10/31
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ネルーダ詩集の解説でネルーダとセットみたいな語られ方をしていたので南米の詩人かと勘違いしていた、パリの人。「共産党」「レーニン平和賞」あたりが共通項か。1965年『ネルーダへの悲歌』という本を出している。内容はよく分からない。検索したところフルネームはルイ・アラゴンと思われるのだが、この本の中には手がかりになるようなことが何も書かれていない。詩の断片と写真を組み合わせて冒頭に何ページか載せることよりもっと他に気を配るところがあるだろう。ネルーダと同じく角川書店カラー版世界の詩集1973年発行。 あとで思い出す時にネルーダとごっちゃになりそうだが、ネルーダの方がいくらか優れている。アラゴンは名前の通り言葉が荒く、修辞も月並なものが多い。恋人・妻・祖国であるエルザという女性への愛も、政治的な事に関しても、うるさい。この詩人は映画にするには似合わない。 そんな中にも好きな詩句はある。三人称で書かれた詩は あの胸の底からほとばしり出てひとのこころをゆさぶる叫びでは けっしてないそうして 愛を語るには わたしじしんの心臓をあの厚顔無恥なやからの餌じきにしなければならぬのだ『ひとは遠くからやってくる』 この断定は気持ちよく、正解に見える。歌ごえ湧き起こるパリ 怒りに燃え立つパリだが旗は 洗濯場で水びたしになったままだ北極星にも似た 光放つ首都パリ だがパリは舗道の石畳をひっぺがしてこそ パリなのだ 新潟の地震の日、何故か最寄り駅の石畳が一つ剥がれていた。「遠い地の地震聞いたか石割れる」、やっぱり見たまんま詠んでも全然面白くない。角川書店 1973年
2004/10/30
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角川書店、カラー版世界の詩集第二期全八巻のうちの一巻。1972年刊行。巻末の彼の年表は1971年で止まり、まだ存命中であった。1973年9月、心臓発作を起こした彼の元への救急車出動要請を軍は無視し、逝去。69歳。 白川静が文化勲章貰い、94歳だと初めて知る。すごい。 映画『イル・ポスティーノ』で冴えない男に詩で女を口説く術を教えてた老人の印象しか抱いていなかったので、彼の政治的側面はあまり知らず、そういえば映画の最後はデモに参加した冴えない男の詩の余韻で終わっていたことを思い出し、それほど好きになれなかったはずの(詩で女口説けるとこ)映画なのに、思い出し感動をした。 1936年、スペイン内乱で親友のガルシア・ロルカ死す。 フェデリコ・ガルシーア・ロルカへのオード もしも 野の一軒家で 恐怖にふるえて泣くことができたらもしも われとわが眼を抉りとって 食べることができたらぼくはそうしただろう 喪服をきたオレンジの木があげたようなきみの声のためにきみの叫びながら迸りでた詩のために~略~きみの家にぶち割られたくちびるで 夏がやってくる断末魔のぼろをまとった たくさんの人たちがやってくる悲しい栄養にかがやく かずかずの地区がやってくる死んだ鋤とひなげしたちがやってくる惑星と血のついた名刺がやってくる灰だらけの潜水夫たちがやってくる長い刀で刺しつらぬいた処女たちを引きずって仮面の男たちがやってくる~略~もしも むごい匕首がぼくらを探しまわっているこの夜のために心臓をぶち抜かれた人間が死にかかっているこの日のために この夕ぐれのためにこの崩れおちた片隅のために詩があるのでないとすればいったい 詩はなんの役にたつというのだろう?~略~これが人生だ フェデリコよぼくが 血気さかんで憂鬱な男の友情としてきみに差しだすことのできるのがこれだきみはもうきみ自身のたくさんのことどもを知っているだんだんきみは ほかのひとたちのことをも知るだろう ロルカへの思いはおいといて(長谷川四郎訳のロルカ詩集は大好きだけど手元にない)、役者が演じたものとはいえ、動いて喋って詩を語る老人のイメージを映画で知っていると、詩と詩人の結びつきが近く、言葉を受け止めやすい。来て見てくれ 街街に流れてる血を来て見てくれ街街に流れてる血を来て見てくれ 街街に流れるこの血を!『そのわけを話そう』より メキシコ市の壁という壁にはりめぐらされたという『スターリングラードに捧げる愛の歌』に関しては、時代の空気に今ではついていけない感もあるので通り過ぎた。 古代インカ帝国やゲリラの英雄を謳った詩はいいのに、愛の詩は私には退屈だ。なのに詩人は誰もが愛を謳うから厄介だ。角川書房 1972年参照:チリ年表 その5 人民連合圧殺の時代 1973年9月
2004/10/29
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パブロ・ネルーダの名前を思い出したのはこれを読んだから。マルケス本人がチリに潜入したわけではなく、チリ帰国を禁止されていた亡命映画監督ミゲル・リティンが変装してチリに潜入、ピノチェト政権下のチリを撮影した時のことを聞き書きしたルポタージュ。ネルーダの旧居を訊ねた折り、壁に書かれた、詩人の崇拝者たちによる無数の落書きが度々起こる地震に揺れて飛び出しそうになっているという描写など、マルケスが見て書いたように思えてくる箇所もある。 家族にも友人にも気付かれない変装の際にも、笑うとあまりに特徴のある直しようのない笑い方で素性がバレてしまうので、それは証明用にも、逮捕用にも役立つというのが面白かった。 残念なのは、チリの話だというのに、パタゴニアまで行ってない! 剣呑な偽装撮影中同行者に「逃亡者としてあまりに常識はずれな」行動をするリティンの話は読んでて楽しいが、それにすら気付かない軍事政権下の兵士警官達の怠慢を非難したくもなった。 この時撮影したフィルムで作った『チリに関する全記録』で1986年ベネチア国際映画祭で受賞(って何賞かよく分からない)、1989年にピノチェト政権は終わりを告げる。 でもやっぱりネルーダのことを書いたところが一番好き。国家警備隊委員が書くのをやめさせたり消したりすることができなかったのか、こんなものもあった。「愛は決して死なず。将軍よ、アジェンデとネルーダは生きている。一分の暗闇は我々を盲目にはしない」。スペースのことをあまり構わずに書いたものもあり、全体として場所がなくて何度も何度も書き重ねられていった様子が見受けられる。恋する者たちが板にそらで書き残した詩をじっくり整理していったら、ネルーダの詩が全部出来上がることだろう。しかし、ここを訪れた私たちにとってもっとも印象的だったのは、一〇分か一五分おきに地面が大きく震動し、そのたびにこれらのメッセージが生きているように見えたことである。板塀は地面から抜け出そうとし、蝶番がきしみ、小舟が漂流しているかのようにカップや金属のぶつかる音が聞こえ、まるでこの家にはあまりにもたくさんの愛がばらまかれたために世界がふるえているように思えた。 落書きはいかんが。岩波新書 1986年
2004/10/27
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10/24「秋の蚊」(残る蚊 蚊の名残)7句 まだ暑さが残っていることには、夕方など飛んできて猛烈に刺すが、さすがに秋の蚊は数も減り弱々しい。(新版俳句歳時記 秋の部 角川書店編 より)親しき者撫でる手つきに秋蚊死す羽音なしいや羽音あり霜月蚊寝返りの耳に潰され秋の蚊黒残されし生恥ずかしそう秋老蚊気が付けば蚊見ないなと言いつつ腕を掻く秋の蚊は子をあやしつつ刺し殺す潰す手が少なく寂し秋の蚊は 秋の蚊の弱々しさを強調するのに我慢出来なくなって爆発したのが6句。10/25「蚯蚓(みみず)鳴く」6句 秋の夜、何の虫ともわからず、土間や道端などで、ジーと鳴いている虫がゐる。実は螻蛄の鳴く音だというが、それを蚯蚓が鳴くのだと感じたのは、たとえ事実でなくても、その方が趣があろうか。(同上)立ち小便狙い定めりゃ蚯蚓鳴く釣れぬから水中で鳴け餌ミミズ見ず知らずの老に挨拶蚯蚓鳴く蚯蚓鳴くと近づくものは寺狐鳴く蚯蚓見て驚きたくて靴で飼ふ夜は静か俳句に毒され蚯蚓鳴く 誰が思いついたかおかしな季語。先日、夜の道から虫の鳴き声が減ったことに気付き、どこかからピッピッと電子音が聞こえてくるのを「虫の音消え電子音あり街路無惨」と詠んだ。しかし蚯蚓の鳴き声にまでは思い及ばなかった。3句、知らないおじいさんに挨拶されたので返したらその後もおじいさんは虚空に向かって挨拶し続けながら歩いていった時のことを思い出して。4句、段々わけがわからなくなってきて、蚯蚓が鳴けば寺に住んでる和尚に化けてる狐でも来るだろうという句。6句、蚯蚓が鳴くのは季語の中俳句の中、それに毒され蚯蚓が鳴くと思い違いをする不健康な俳人一人。10/26「鳩吹(はとふき)」5句 両手を合わせて吹き鳩に擬した音を出す。山鳩を取るときに、誘いよせるために吹くものだが、鹿狩の際、人の声では逃げられるので、鳩の擬声で鹿をみつけたという合図をするのだともいう。(同上)鳩吹や街の通りを鹿が来る老鶏が鳩吹の音に騙される鳩吹の巧い男を猫が獲る鳩吹に誘われて山何か追う鳩吹にパブロ・ネルーダ屁で応ず ほぼ寝ている中詠んでいたので何を想ったか細かいことはあまり覚えていない。5句、詩人の名前というのはそれだけでいろいろ使えるものだ。愛を謳うネルーダだって屁をこくさ。
2004/10/26
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1980年に岩波現代選書から出た「現代伝奇集」からの一篇。他二篇『頭のいい「雨の木(レイン・ツリー)」』『身がわり山羊の反撃』は既読。題名の通り『芽むしり仔撃ち』の、あまり読みたくなかった続編。 作者の弟が英語で書き送って来た「報告書としての手紙」を昨者が日本語にして書き写す、という設定で幕を開け、忽ち混乱が始まる。『芽むしり仔撃ち』で最後に山に逃亡した兄、川に流されて行方不明になった弟、あの兄弟とは違う兄弟が『芽むしり仔撃ち』という小説の元になった事件について語っているのだ。少年院からの疎開者としてやってきて、疫病を恐れる村人に村に閉じ込められた兄弟と、閉じ込める側であった村の中に居て『芽むしり仔撃ち』には出て来なかった兄弟と。しかしそれを小説にして書いて故郷の人間から非難を浴びた兄と、好奇心と仕事とで、「あの事件から生き残ってアメリカに渡り、ベトナム戦争で片手片脚両目を失い、自伝を出版しようとしている、『弟』」に会いに行く弟と。 何書いてるか分からなくなってきたので『芽むしり仔撃ち』のあらすじ 戦争中、四国の山奥の村に少年院の子供達が疎開してくる。その頃村には原因不明の疫病が流行っており、引率の看守が次の子供達を連れて来るために一時村を離れた隙に、村人は少年たちを置き去りにして村を閉鎖し逃げ出してしまう。 残された子供達は、リーダー格の少年を中心にして、隠れていた脱走兵、朝鮮部落の少年、病気で取り残されていた少女らと村の中で生き残る為に暮らし始める。リーダーの弟は何の罪もなく、寄るところがないので便宜上少年院に兄と共に居ただけだった。 いろいろあって、脱走兵は山狩りにあって殺され、村の家々に勝手に上がり込んだりものを壊したり祭りを行なったりした少年たちを戻ってきた村人達が裁き始める。食事やら赦しやらの誘惑の中、リーダー格の少年のみがいつまでも抵抗を続ける。彼の弟はおそらく川に落ち、死んだであろうことが報告され、兄は山に逃亡、絶望的な死の予兆の最中に小説は終わる。 でここからが『『芽むしり仔撃ち』裁判』内で語られる「弟」のその後。「弟」は川から這い上がり生き延びていて、戦後米軍の一小隊を引き連れ戦時中の村人の暴虐を裁く為に乗り込んでくる。「弟」は村人たちが少年院の子供らを皆殺しにしたと訴えるがそれはすぐ事実ではないと分かり、しかし異常な事態があったことは認め・・・・・・ 気力が続かない。「弟」は米兵の一人に引き取られてアメリカに渡り、戦争に取られぬようにとの気遣いから市民権を持たせなかった養父の期待を裏切り、市民権を得るためにベトナム戦争に志願兵として参戦しベトコンを殺しまくり、片手片脚両目下顎を失い、自伝の出版を・・・・・・ 要するに結局「弟」は、「弟」ではないことを、作者の弟に見破られ「反・弟」として自ら「兄」であったことを告白するが、そのはっきりとした理由は言葉を発することの出来ない「弟(反・弟すなわち兄)」の為の介添人の偶々の不在で「・・・・・・恐かった」としか作者の弟は読みとれず・・・・・・ 物語自体はこうして書くほど複雑ではないのに。書けば書くほど誰にも伝えられないような気がしてくる。『芽むしり仔撃ち』の物語自体嘘である。そこから生き延びたものが姿形をグロテスクに変えて突然甦ってきたというのも嘘。彼が「弟」ではなく「兄」であったという真実も嘘。積み重ねられる嘘が増えるごとに、始めの嘘が次第に真実味を帯びてくる。 様々な矛盾に惑わされることなく一番重要な事をのみ想えば、何故「兄」は「弟」を騙ったか。そのことによって「弟」を死に追いやった村人たちへの糾弾を自ら曖昧にし、余分に人生を歪ませた。過剰過ぎるほど語られる『芽むしり仔撃ち』以後の話の中で語られなかった唯一のもの、それを・・・・・・とここまで考えて来た時、胡散臭く醜く、『芽むしり仔撃ち』の世界の余韻を汚しているようにしか見えなかった「弟(反・弟 兄)」の存在が、純真無垢で聖性を帯びていたオリジナルの「弟」よりも、より「弟」らしく、人間味のある人物として近付いて来た。 ちなみに自信過剰な自称天才作家の「弟(反・弟 兄)」の作品は「ベトナム人がもっと正確に狙って、この胸くその悪いものを書く右腕も吹っとばしてくれていたら、われわれは穏やかな心で、この戦傷者の英雄を受け入れえたのだが」と『ニューヨーカー』誌の記者に書かれる傑作ということ。 文句タラタラ書くつもりだったのに。しかし小説を読むことは楽しい。大江健三郎の文体は一番すんなり身に入って来るから私の身体はおかしいのかもしれない。岩波現代選書 1980年
2004/10/25
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小説を読むのはなんと楽しいことか、と、俳句読みが苦痛だったわけでもないのに思った。 短編集。収録作『哀原』『雫石』『仁摩』『人形』『櫟馬』『赤牛』『安堵』『女人』『池沼』。 それからまる一年後のやはり冷い雨の降りしきる晩に、私は三ヶ月のわずらいの末に息を引き取り、気がついてみたら、濡れたレインコートをだらんと着て夜更けのくだり電車の隅の席に腰かけていた。 突然SFが始まり目が覚めた。突然SFが、死んだ人が電車に、と魘されるように目を凝らし、それまでに何か兆候があったか確かめた。馬の足先、あれが実は人間で言うと足の中指の先に過ぎないという挿話から始まる、冗談に見えたあれこそ異界話への入り口であったのかと調べてみれば、紛れもなく本当のことらいし。そういえば昔は古井由吉もこういうものを書いてたっけ、と偽の既視感に促され、森内俊雄の短編集「夢の始まり」に雰囲気の似ていることに気が付いた。何度も「似ている」「いや似てない」と繰り返し思ってきたことが今頃繋がった。ただ『櫟馬』は狙いが空回りというか、古井由吉が書く必要もないことで、失敗している。『赤牛』などは近年作者が書き継いでいる短篇連作の一つとしてあってもなんら不思議はない。1977年の作であるのに。 明確にオチ過ぎる違和感。数編、確かめるために最後の行だけ読むとこちらが恥ずかしくなるような、若書きとは少し違う、小説を書き慣れてきて幾年か経ち、張りつめた気をやや落としてしまったために油断して最後理に落としすぎたような、そんな感触。「最後の一行はいらないだろ」と作家志望の若者に師が指摘するということを別々の本で何度か読んだことがある。『哀原』は秀作であるのに、最後の一行で冷めた。なのでそれは忘れる。 たとえば──静かな物音が、静かなまま雪崩れることがあるのを知ってるかい。子供の頃から、寝入りばなか、寝覚めぎわに、庭の木のさやぎやら、水の流れる音やら、縁の下の虫の声やら、人の咳払いの声やらが、どれもこれも耳にはのどかな物音と聞えているのに、強い切迫感をおびることがあるだろう。坂道を転げ落ちるような、機関車が迫ってくるような、火事だあ、逃げろ、と叫ぶような。蒲団の中で手足を動かすと、衣ずれの音までが走るだろう。眉を吊り上げて殺到するだろう。向うの部屋でのんびり話している親たちの声が、息をころして争っているようなあわただしさで伝わってくるだろう。何もかもが、静かなまま、雪崩を打って滑り出すだろう。隣の寝床では妹がいつもうなされていた・・・・・・。『哀原』より 虫の声が途絶えた夜道をふと恐ろしく感じた。しばらく前は彼らの狂騒に生まれて始めて気付いたように怯えていたというのに。意識しない方が幸せな音もある。 体調の悪い時には読むだけで熱の出るような文体で作者が妙なことを紡ぎ始めるのはまだしばらく後のことか。この短編集の中では可笑しいものに見える。 馬が魚のように見えることがある。或る人が競走馬の駆ける姿を遠くから眺めて、気味が悪いと言った。まず耳が見えない。それに鼻も頭も肩も、背も腰も尾もぬらっとひとすじにつながった、細長い肉の塊が、妙にしなやかに、走る方向へ伸び縮みしながら、宙を飛んでいる。四肢で地を蹴って駆っている印象が、遠いせいもあるのだろうけれど、追ってこない、と言う。『櫟馬』より 笑うところか判断のつかぬまま顔に笑いが張り付いてくる。さっき見かけた月が沈んでもう空にない。 この世とあの世の境目か曖昧な場所を男が生きつつ、死につつ歩き、暗い女に追いかけられる『女人』は何故か「PLAYBOY」に掲載されたものだ。文藝春秋社 1977年
2004/10/24
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10/21「盆狂言」5句 七、八月ころに行なわれる歌舞伎興行。盆狂言というが、必ずしも七月に開場されたわけでもない。八月にはいることも多く、秋狂言ともいった。ただ、かならず上看板を掲げ、盆提灯や行燈などを劇場に近い商家の店頭につるして景気をつけた。しかしいまはこのようなしきたりも守られてはいない。(新版俳句歳時記 秋の部 角川書店編 より)草舞台にわか中年ら盆狂言衣ずれの音ばかりぞぞぞ盆狂言狂言師盆に病み臥し喜劇成る芝居気のありし火踊る盆の葬役者の血曼珠沙華色盆狂言 5句、季重なりは気にしていないとはいえ、「曼珠沙華(彼岸花)」という語はそれだけで句を支配してしまう存在感の強すぎる、またうるさい語。あと血が曼珠沙華色=赤なのは当たり前。1句、にわかに芝居を始めたのか、にわかに中年の振りをしたのか。10/22「稲雀」7句 稲が熟すと、それを食べに雀の群が田圃や掛稲にうるさく集まってくる。鳴子や物音におどろくと、一斉に飛び立ち、一団となって空を駆け廻り、また他所の稲のなかへ群をなしてばらばらと下りて行ったりする。(同上)稲雀空剥ぎ取れぬ幼さよ抜けた歯を田に捨つや稲雀生る稲の中雀を喰らふ異種一本晴れ時々稲雀後やや銃声稲雀ににじり寄るのはアライグマ稲雀に昨夜詠んだ句啄まれ「去ね」と稲「去なぬ」と涼し顔雀 5句、夜中、田の脇の道で野良アライグマを見かけたことがあるんだ(当初はレッサーパンダと言い張っていたものを修正。断じてタヌキではなかった)。7句、次第におっさんじみてきた。10/23「温め酒(あたためさけ ぬくめ酒)」6句 陰暦九月九日、寒い温の境目だというので、この日酒を温めて飲むと病にかかることがないとの言い伝えがあり、この日から酒を温め用うるひとが多い。(同上)温めずにすむ酒ばかり好む我冷やばかり我が病身はそのせいか熱燗に好奇心子は指で酔う酔えぬから白湯を温め酒と戯れる火起すや酒の気配と戸に人群れ人去るや酒温め出す西日部屋 梅酒好きの私には親しみにくい季語。元々酒に弱いし。だから素直に詠んだ1、2句はどうしようもなくつまらない。3句、最初の形は「温める酒に指入れ子は酔ひし」。「指で酔う」にしたかったので変えてみた。「熱燗」だと冬の季語。6句、これもかなりの推敲後の作。過程を見せるとつまらなくなるので止め。
2004/10/23
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頸椎の手術をした後の随筆連作集。看護婦が「古井さん」と呼ばなければ、『野川』とどう違うのかと迷う。眼の病にしろ、病んでからの文章には何を書いても底にそれが流れる。1977年に出た「哀原」というこれまで聞いたことのなかった短編集を今読んでいるが、そこには精神を病んだ男女が書かれていても、傍観者の語り手は心はともかく体は頑固なまでに健康そうだ。 途中何かに似ているな、と思った時まさに「断崖の年(日野啓三)」の名が出てきた。 芭蕉の連句、聖書、聖人の伝説など触れられているものは多いがそのほとんどはまだ私には早いと感じる。病んでからでいい。 あまり気張るところでもない。1993年 福武書店 川崎洋が死んでしまった。
2004/10/22
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編集委員山本健吉・森澄雄・草間時彦・飯田龍太。昭和生まれの俳人の代表句集を集めた一冊。やや数多く二十人。粒が小さく見えるのは仕方ないか。一句も写さない人もあった。昭和元年~昭和13年生まれの人らなので、今生きてたら十分年寄り。収録中一番若い福永耕二だけがこの本の出た時既に亡くなっていた。飴山実「辛酉小雪」より花杏汽車を山から吐きにけりなめくぢも夕映えており葱の先茄子の花こぼれて蜘蛛をおどろかす川崎展宏「義仲」より満月を南瓜の花が揚げにけり福田甲子雄「青蝉」より燃ゆる火へ世阿弥来さうな花ざかり蚕捨つ雨の河原に咎はなし事切れしごと夕焼の山河かな酷寒の死は老人に限るべし 同集中に「稲刈られにはかに土の色親し」という句がある。私手帳の日付によると、間違いなくそれを読んだ以降に「刈られ田の雑駁として人味あり」という自作句を書き付けている。この時期だから仕方はないか。阿部完市「春日朝歌」より紅葉山あたまこわれる深山うすみどりの手足の大工の名 言えさくらにみられていもうとすがた痛がりぬ姉もあそんでつんつんあるいて木から木から木加藤郁乎「球体感覚」より 彼は詩人でもある。「見な見ぬこんてむっすむん地の極南」を発表して「郁乎発狂せり」の噂が広まったこともある。あとがきがに乗せてる気合いが凄いので写してみる。「自治領誌」 傾くことによつて立つ、とする反性の詩論(ドクトリン)は一九五四年来の立方根展開である。言語像の函数演算によるCogito の解像、ナルシスを号泣せしめる厳しき自省、その双生児鏡。花より三角へ! 俳句を非具象によつて捉へ提説(テーゼ)し、自らに課した法(モオド)の三角測量を秩序する。内にパンセの<永遠の沈黙>を坐らしめ、外に<先づ音楽を>と攻めて極北化する有説言語のバラライカを。零を原型(アルケタイプ)とする措辞の小数点を聚め※(ごんべんに忌)め、今日的談林を伐りて節(スタンザ)の四捨五入を図る。我が自治領に葡萄酒(メタフイジカル)の泉は溢れ、四季の樹液を配して原文の暦を隷書する──。時辰儀と関はりなく雲雀の六十進法に目を※(めへんに覚のむずかしいの)ます。渝らざる思想の旦に、私は詩を書くことに於いてのみ異邦人たらむとし、真白きパピルスに再びは帰り来ぬ囮の船を送る。海図も帆も蛇輪も、何一つ必要条件(シネ・クワ・ノン)に適はんしきもの無きこの一回性の船は、典型磁性をひたすらに鹿島立つ。有るものは堂々(なんか難しい漢字だけどめんどくさかったから、多分堂々)と響きかがやふアリストクラシイの精神だけだ。自らに問ふた反性の<<球体感覚>>は、今や思惟なる思惟に向かつて仮説全円する。 第一句集開板に当り、我が火の父たる吉田一穂師より序文を賜り、畏敬する高柳重信兄より高遇に与つたことを深く感謝し悦びとしたい。 一九五九年四月 加藤郁乎 後悔というものを久し振りに思う存分味わった。この変態は何やら数学が好きなようである。 句の方はちゃんと理解出来るものが多い。枯木見ゆすべて不在として見ゆるおもひでの雲雀来て鳴く髪の中蟻穴に葡萄酒地下に酩酊せよ灌木をわたる冬木の一人称晩餐や不在を飾る咳ひとつ広瀬直人「日の鳥」より山上の松籟を連れ夏鴉稲妻や故人ふと見えふと笑ふ炎暑来る花の静かな正視に耐へ中拓夫「愛鷹」より迎火や川しもに婆集まつて婆死んで風上にある蝉の声婆たちをさかんに流す曼珠沙華河原枇杷男「定本烏宙論」より我に棲む梟やときに啼く昼も滝はその内部で火の粉消しながら霜柱到るところに母棲める亡父来る頭にひとつ蝶とめて蝶の昼ふと柱より死臭かなまなうらに蝮棲むなり石降るなり野菊まで行くに四五人斃れけり成瀬正とし「星月夜」より燕に雨はななめに降るものか河豚毒につきてくどくどくどくどと走馬燈ともしてほかの話する鷹羽狩行「平遠」より岩と思ひて山霧がわれを攀づ虹くぐり戻り来し子が叱られて初鳴きを捕はれて鳴く油蝉木が枯るる流木の日を夢見ては風にさからふ火と見れば恋蛍峯雲や言葉かざれば詩は亡ぶいわし雲三日つづくは空の病原裕「青垣」より雪嶺をみちづれにして詩嚢充つ子のうたを父が濁しぬ冬霞平井照敏「天上大風」より冬の雨椅子ひとつ神を喚びてをり山笑ふ子供千人隠れゐて裏山に裏山かさねゆくひぐらし陽炎のふたつ燃え合ふ橋の上蓑虫の鳴くこともある別れかな湯加減のごと冬空に手を入れて雀餓を見ておそれざる子をおそる 感想を書き始める前の予想より格段に良句の多かったことに驚く。しかし急いで走り過ぎて各俳人の名前と個性をつかみ取れ無いままに過ぎ行く。大井雅人「龍岡村」より朝日ささぬ歩道無視されていて零下溶岩を緑光はしり蝶を誘い泣き声は狐火となる夜の村岡田日郎「氷輪」より梅雨寒や乞食を画家と間違へし上田五千石「森林」より口笛に林語すぐ和す雪嶺晴長氷柱杖とし突かば聖だつ白露や一詩生れて何か消ゆ矢島渚男「采薇」より焦げくさき冬日の墓の天道虫福永耕二「鳥語」より陽炎につまづく母を遺しけり 次からはもう少しゆっくりこの全集に立ち向かう。1982年 河出書房新社
2004/10/21
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とりあえず今日思いついたので仮。修行という言葉もしっくり来ないのでそのうち直すつもり。 ただ見たままを詠んでいても浅い。かといって季語を入れてもぎこちない。今は季語を「使わない」ではなく「使えない」のだ。それならとりあえずは季語を使いこなせるようになってやろう、という意図の元、一つの季語について5~10句程度無理やりにでも捻り出して言葉に馴染んでいこうという企画。全部10句と頑張れればいいのだが、出て来にくいものもあるので。類句・稚拙・虚構は恐れず、がむしゃらに走る予定。10/20「秋風(秋の風 金風 爽籟)」10句 秋の風は西南から西へまわって、日々冷気を加えてゆく。身に沁みて、そこはかとなく哀れをそそる、と古人はいった。白く光った感覚におどろいてうたった詩歌も少なくない。(新版俳句歳時記 秋の部 角川書店編)秋風にくるまれており絡まれており秋風の笛の音帯びて人語めく腹垂れて涼しさ暑し秋の風雨の中秋風の中恋の中病中の喉を秋風避けて吹く指を折る音秋風に吹き消され秋風に混ぜし口笛星焼けり火事の跡秋風撫でる書の始め風吹くや秋立つ気配臑毛知る台風を秋風と言ふ年もあり 明らかに救いようのない駄句が混じっているも気にしない。初日は飛ばした。「猿酒」5句 猿が樹木の空洞や岩のくぼみなどに木の実をたくわえておいたものに雨や露がたまって、しぜんに発酵して酒となったものが猿酒で、霊薬との口碑があるが、事実はともかく、深山らしいふぜいがあっておもしろい。(同上)猿酒を通めき頼み来て喚く木のうろに猿酒求め眼を落す雨に酔う猿の孕める酒賭ける山に迷い猿酒浴びて二百年老木が猿酒飲みて葉を燃やし 一句目、酒屋で冗談で頼んだら本当に持ってきて「んなあほな」という様。三句目が好き。「虫売」6句 縁日の夜店のはずれや橋際のうすぐらいところに、市松模様の障子の荷を下ろして、籠にはいったいろいろの虫の声の中に腰をおろしている虫売りの姿を見る。(同上)虫売を知らず育てり風邪の友虫売は金魚捕へて羽根生やす虫売の子の虫と成るを見過ごして人殺し逃げ足買へず虫売に百均で売られる前に虫滅べ石も絵も詩も眼もあらず虫を売る 今見ると猿酒どころじゃなく随分幻想小説的な季語で、虫売の存在まで疑う。その雰囲気に引きずられている感がある。「秋祭(里祭 村祭 浦祭 在祭)」8句 田舎の祭りは秋が多く、季節がよいので情趣が深い。春祭りは農事の始まるころに豊作を祈って行なうのだが、秋の祭りは収穫期に報恩の意味で行なうのである。したがって春は二月、秋は農事の終わるのを待って十一月ごろ行なう土地が多く、暦の上では秋祭りと言えないことがある。十一月では寒くなりすぎるので、二百十日・二百二十日の無事を祝する気持ちをふくませて、収穫前の九月に繰り上げて行なう土地もある。要するに秋祭りに共通のものは報賽の念である。(同上)祀るものなき都会にも秋祭ひねくれて便所前集ふ秋祭秋祭り踊る子の中殴る一人秋祭り終わるそばから雪を待つ秋来るも祭りの来るも意は同じ夏からの金魚滅ぶや秋祭り大男秋の祭りの中伸びる笑ひつつ子ら殴り合うも秋祭「秋祭」「秋祭り」との使い分けにやや気を使う。「殴る」とか「滅ぶ」とか「金魚」とか、一日の間に重なりが多い。6句、夏祭りでとった弱い金魚が死んでしまったらちょうど秋祭りが来たという意。 不定期に地味に続ける予定。
2004/10/20
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25日間にわたり、174句を書き留めた自分の手帳を読み通してみた。下手な素人の句集を読まされたようでうんざりした。ようで、じゃない。有季定型に拘らないとはいえ、季語のない、その場その場のメモでしかないものばかり続くと閉口する。逆に季語を使えてるのは巧く出来てるという勘違いも起こる。毛嫌いせずに歳時記を開き、一語ごとに十句作るなどして、季語に馴染み、また気に入った俳味ががった言葉を見たら同じようなことをして、使える言葉を増やしていこう。公言しておけばそのうちほんとにやるだろう。 「西東三鬼 現代俳句の世界 9」 朝日文庫 1984年 この朝日文庫の俳句シリーズは手頃で収録句数も多く良い本なのに今は絶版。嫌いな人でない限りは古本屋で見かけたら買っている。 諸々の俳人たちが三鬼を悼む句をどれほど読んだろう。まとめて一冊に出来るくらいは読んだろう。実際にそんな本があるかもしれない。「からからのひとでを拾ひ三鬼亡し(沢木欣一)」くらいしか好きな句はない。続いて多いのが波郷病む、波郷死すの類の句。どこで勘違いしたか、「秀逸な三鬼の追悼句を作った俳人が死んだ時、返すように三鬼も良い句を詠んだ」という思い込みがあった。死んでからももの詠める俳人はいないはずなのに。 俳句はもちろんのこと、自伝『神戸』『続・神戸』が迚も(とても、と読む。俳人ぽく)面白い。「神戸・続神戸・俳愚伝」として講談社文芸文庫からも出ている。東京での生活を捨てて神戸へ移住、娼婦たちとの共同生活、奇妙な縁の同居人、変な外人、訊ねてくる変人俳人等々。可笑しくさの先に哀しさがある戦中と戦後すぐの混沌史。 久し振りに映画を、『ミスティック・リバー』を見た。ショーン・ペン演じるジミーのような悪党に私は憧れているふしが昔あった。今も少しはあるかもしれない。三鬼は妻子を捨てる前は歯医者であり、その後も俳壇の橋渡しを縦横無尽に行なった政治屋でもあったのに、どうも無頼と見立てたがり、そこに惚れているようなところがある。たった一人の弟子である三橋敏雄も好きなだけに、感情移入過多か。ただ、戦争に行かずに戦地のことを詠んだ一連の句には空々しい感じを受けてしまう。北風(きた)はしり軽金属の街を研ぐ動かぬ蝶前後左右に墓ありてびびびびと死にゆく大蛾ジヤズ起る夕焼へ群衆だまり走り出す姉の墓枯野明りに抱き起す暗き露へ頭中の女振り落す木瓜の朱へ這ひつつ寄れば家人泣くうちそとに虫の音満ちて家消えぬ「三橋敏雄」花神社 1992年 処女句集「まぼろしの鱶」から全て、以降の句集から自選六百句収録。「幽霊を季題と思ひ寝てしまふ」などとさらりと詠みたいものだ。少年ありピカソの青のなかに病む脆き豆腐人工衛星など語るな世界中一本杉の中は夜破片確かめ難破確め渡り鳥あの家の中は老女や春げしき春二番三番四番五番馬鹿「山頭火句集(一)、(二)」春陽堂文庫 1988年 山頭火ブームの頃だろうか、奥付を見ると(一)が平成元年四月第一刷発行、同年八月に六刷、(二)は初刷同じ、平成二年三月十一刷と、句集にしてはすさまじい売れ行きだったよう。 山頭火をどう捉えるか。自由律俳句というなんだかよく分からないものを作る人、漂白の俳人などとものは言いようで、ただの物貰い乞食だったのではないか、そもそも彼の作るものは俳句なのか? 読む前は色々考えたが、いざ触れてみると「思ったよりずっと俳句だ」「いや、俳句と呼ぶには抵抗があるが、これはこれで構わない」「いややっぱりこれもれっきとした俳句だ」と思いが行ったり来たりしつつも、結論は「十分に許容範囲」であった。詠む対象は実に俳句的であるのだから、形は似ているものの相田みつをとは中身が全く異なる。 そうはいうものの特別好きでもない。彼が五七五で書いていたなら最後まで読み通していなかったろう。ただ、作句の折、俳句としてうまく形を成さない、長い文章にするほどでもないという類の句想を自由律としてひとまずおいておく、という習慣がついたのは非常にプラスになった。出来はまだまだ悪いが零れるものが少なくなる。しぐるるや死なないでゐるこほろぎに鳴かれてばかり寒い雲がいそぐ雪空の最後の一つをもぐどういうわけか全て(一)からとなった。
2004/10/19
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半袖もいる。マフラー巻いてるやつもいる。女はパンツを見せている。味気ないタイトル。今回の四天王寺古本市では「古本音頭でほほんがほーん」という、悪夢の中にめり込んでくるあの曲は聞かれなかった。昭和44年発行定価330円。49詩人と多すぎる人数のせいか各人の収録作は少ないが、それぞれ1ページずつ大岡信の解説が冒頭についているので詩人の特徴を掴みやすい。全然参考にならないことも多いけれど。 他の詩アンソロジーで見かけたような詩も多く、石垣りん『崖』の中の、崖から落ちて15から年間いまだ海面に届かない女にまた寒気を覚え、石原吉郎『ヤンカ・ヨジェフの朝』の、二つの町の二つの煉瓦を爆死後に掴むヤンカ・ヨジェフに久しぶりと挨拶を交わし、吉本隆明に退屈し、散文詩にはどうでもいい眼差しを向け、谷川俊太郎に敬礼した。宗左近は「炎える母」からの作品が多いのが嬉しい。星のない夜 及川均びょうびょうと逝ってかえらぬ雲と。まわる地球の夜にねて。さもしくひとり死ねずにいる。ぎいぎいといえ。ぎゃぎゃあと鳴け。山川草木虫魚介。豚。「あなたに会うために生まれてきた詩」にも収録されていた。この詩で「戦争で生き残った人たちの、死んでしまった者たちの分まで生きるしかないという気持ち」を感得した気になった。焼酎飲んで詩が酔っぱらってる二行連詩もつらくて楽しい。 長いものを書くのが好きな人たちだ、五七五に目が慣れそう思う。好きな詩でも折に触れ突然思い出すのは一行か二行くらいのものだ。ならばそこだけ独立させて最初から在れ、などと無茶なことを、茫漠とした頭で。 辞書を持ち上げる時に引っかかった中指の爪が剥がれたがるようにしていて痛い。崖 石垣りん戦争の終り、サイパン島の崖の上から次々に身を投げた女たち。美徳やら義理やら体裁やら何やら。火だの男だのに追いつめられて。とばなければならないからとびこんだ。ゆき場のないゆき場所。(崖はいつも女をまっさかさまにする)それがねえまだ一人も海にとどかないのだ。十五年もたつというのにどうしたんだろう。あの、女。 山本太郎(詩人の方)の伯父は北原白秋。田村隆一の収録詩ははずれ。川崎洋に感服。 今まで名前を覚えてこなかった詩人の詩は、やはり覚えられない。 碑銘 安東次男建てられたこんな塔ほど死者たちは偉大ではないぼくは死にたくなんぞないからぼくにはそれがわかるところでなぜぼくはこんなところに汗を垂らしてうつむいているのだ一篇の詩がのこしたいためか似たりよったりの連中のなかで生まれもつかぬ片輪の子を生んで俺の子ではないとなすりつけあいたいためかぼくにはそれがわかる建てられたこんな塔ほど死者たちは偉大ではない。 昔は詩が嫌いだったはずだ。意識的に避けてもいた、恋愛もののように。今でも好きな詩以外のたいていのものは嫌いだ。高橋源一郎のエッセイか何かで金子光晴や田村隆一の詩に触れたのがきっかけだった気もするが、それにしては好みに変化がない(好きなのは自分だけなんじゃないかというような詩人をもっと探したがっていいはずだ)。ヒヒジジイにならなかった詩人の詩には親しめない。恋愛ものは未だ読めないまま。 他人の空 飯島耕一鳥たちが帰って来た。地の黒い割れ目をついばんだ。見慣れない屋根の上を上ったり下ったりした。それは途方に暮れているように見えた。空は石を食ったように頭をかかえている。物思いにふけっている。もう流れ出すこともなかったので血は空に他人のようにめぐっている。 詩にしろ俳句にしろ、2~30年近く、読んでいない空白年代がある。最近のものをチェックする理由もない。 やたらと五七五に切り取りたがる以外には、一つ歳を重ねても見えてくる風景に特別変わりはない。
2004/10/15
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散文の読み方を忘れそうなのに、散文の書き方を忘れそうなのに、俳句ばかり読み続けていると散文ばかりが頭を巡り、それなのに表に出てくるのは五七五ばかり。これはいけないと、俳句断ちも考えた。適度に付き合う術も知らないと身が持たない。リハビリに選んだエッセイが古井由吉「魂の日」なのは多いに間違ってる気がする。「俳句専念」金子兜太 ちくま新書 1999年「わが俳句人生/茂吉と中也/私の履歴書」。中也が意外。詩はともかく、俳人が小説の話をするのはあまり読まない。長くて虚構で定型じゃない、ということで影響を受けにくいのだろうか。虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」の棒の意味が分からなかったのが、「元日や餅でおしだす去年糞」(金子伊昔紅)と並べられて、ようやく気付いた。うんこだ。 昔秩父の山奥では女性も庭の肥溜めに立ち小便するのが普通だった話、昔秩父の山奥ではおじいさんが孫をあやすのに自分のちんぽこをいじらせた話、斉藤茂吉が天皇に「この和歌の意味は、男の誘いに対して、女は嫌な気持ちではないのだけれど、月のものが来たので仕方ない、ということです」と説明した話、など。西東三鬼と旅館に泊まったら、夜中三鬼の上で女の影が揺れていた、というのは別の本だったか。 真面目な俳句の本。「篠原鳳作」宇喜多喜代子 編・著 蝸牛俳句文庫 1997年 どんな人か忘れてた。後に政府から弾圧を受ける新興俳句運動の萌芽時代、僅かな年数活躍した人。30歳で若くして死去。「感覚的な句ならいくらでもできるが其だけでは満足できず、むしろ、いやになりました」この壁を最近はあまり悩まないことにした。感覚的な句は自分から離れるのが早くて客観的評価を下しやすい。経験的なものと感覚的なものの交わる一点から生まれる句がいつも出来ればいいが、そうはいかない。向日葵に吐き出されたる坑夫かな氷上へひびくばかりのピアノ弾く雪の夜はピアノ鳴りいずおのづから「雪の夜は~」を見て思い出すのは八木重吉の「素朴な琴」この明るさのなかへひとつの素朴な琴をおけば秋の美しさに耐えかね(て)琴はしずかに鳴りいだすだろう「高野素十」 倉田紘文 編・著 蝸牛俳句文庫 1997年 虚子門下4Sの一人。「俳句とは写生、写生、写生あるのみ」という人。虚子一派の俳句の規定の仕方は好きじゃないが、句は別。自分で作る場合は写生だけでは満足出来ないが、読む分には反感なく読める。素十ほど突き詰めた人なら、こういうものも詠んでみたいと思う。弟子になるのはまっぴらごめんだが。打水や萩より落ちし子かまきり翅(はね)わつててんたう虫の飛びいづるたべ飽きてとんとん歩く鴉の子端居してたゝ゛いる父の恐ろしきかたまりて通る霧あり霧の中「現代俳句集成 第十四巻」河出書房新社 1982年 昭和43~47年に出た句集の中から優れたものを選んだもの。全集のうちの一巻。編集委員は山本謙吉・森澄雄・草間時彦・飯田龍太。俳人12人の句集が丸ごと収められてるから、この一冊だけで何千句も収録されている。時間をかけて読むもの。買い揃えておいて一生付き合う種のものだろう。 そこを無茶して速いペースで読んだ。全体のレベルが高いので思ったより気力を使っている、きっと目に見えない形でいろいろなものを吸い取られた。最後に残しておいた水原秋櫻子だけ途中で諦めた。余計な期待をしていた。 一人一人について何か書く気力もない。読んでから長く経った。富安風生「傘寿以後」より寒菊の臙脂は海の紺に勝つ清崎敏郎「島人」より一水を北風(きた)吹きくぼめ吹きくぼめふぐりまで日焼け日焼けて島の子は渡辺白泉「渡辺白泉句集」より街燈は夜霧にぬれるためにあるあゝ小春我等涎し涙して赤く青く黄いろく黒く戦死せり稲無限不意に涙の堰を切る三谷昭「獣身」より喇叭鳴り喇叭高まり死は遠く寂しきは颱風の眼を翔べるもの奴隷の目もて父をみる父もみる鷲谷七菜子「銃身」よりひびく瀬や枯れゆくものはみな光り森澄雄「花眼」より麦秋の子がちんぼこを可愛がる石田波郷「酒中花以後」より 選集を読んだ時には「切れ字の人」程度の印象だったが、死病の床で詠まれたものを集め、死後出版された「酒中花以後」の諸句は読んでいて涙が出た。一つの物語として読むことも可能なのに、ただ漠然と並べられただけの句集が多い。よくいつまでも一句の完結性に拘っていられるものだ、俳人という人たちは。万愚節昼の酸素の味わるし骨つかみ看護婦裸拭きくるる走馬燈看護婦呼びて灯を入るる走馬燈女かなしく踊りつぐ白桃を啜りすすりぬ尊くて今生は病む生なりき烏頭右城墓石「上下」より我が蒔きし種をむざんに蟻運ぶ対岸の蛍に見せて煙草吸ふ仮死の蜘蛛こらへ切れずに歩き出す福田蓼汀「秋風挽歌」より毛蟹喰ふ生涯かけし詩は無残天高しすがるべきもの何もなし平畑静塔「栃木集」より枯野にて子守自分に唄ひだす君を訃の村空鑵に梅を活け東海に播きたき麦を丘にまく香西照雄「素志」より梅雨の蝶破れかぶれとなりにけり蜩が呼び出せし闇妻遠し「現代俳句集成 第十五巻」河出書房新社 1981年 昭和47~50年の間に出た句集の中から優れたものを丸ごと収録。13人。角川源義のみ読み通せず。編集委員は山本謙吉・森澄雄・草間時彦・飯田龍太。一冊に数千句が収められている。一句毎の平均レベルが高いので、何気なく読み進めていても知らぬ間に何かを根こそぎ持ってかれてるような疲労感を覚える。ぼつぼつと読み進める方が良いもの。買い揃えたならそれだけで一生飽きないかもしれない。 一人一人について書く事があれば頑張って書く。おそらく書けない。松村蒼石「雪」より残雪を影絵のごとく雉子棲めりこゑあげて山埋めよと楢落葉岸田稚魚「筍流し」より雷近づきつつある石の姿なり夕凪や独語ひとつに砂うごく森澄雄「浮鴎」より紅葉の中杉は言ひたき青をもつ蚯蚓鳴く顔して山のひとり姥沢木欣一「地声」より火事のごと紅葉を描く戦後の子からからのひとでを拾ひ三鬼亡し炎天に刻問う老婆執拗に三橋敏雄「真神」より撫で殺す何をはじめの野分かな噛みふくむ水は血よりも寂しけれ花火嗅ぎ父を嗅ぎ勝つ今夜かな百合山羽公「寒雁」より鵙を追ふ鵙や青天井に飽き土を出てすぐ毒虫の名を負へる盗むもの天にも求め稲雀石川桂郎「高蘆」より暖冬や仔犬怯ゆるけもの道橇馬の耳の動きに吹雪泣富安風生「年の花」より秋の湖人を呑まむと没(かく)れをり向日葵は火祭の炎(ひ)に顔あげず見られつつ蟹の鋏がパンむしる緋牡丹のがばと伏したる咲き疲れ林檎抱き一猿何を淋しめる後藤比奈夫「金泥」より原爆に石は涼しく抗ひし雪蓑の藁のどこからでも出る手枯芝を踏まねばならぬ如く踏む昼顔といふ生き生きとせざる名よ鶴の来るために大空あけて待つ村越化石「山國抄」より探息し自ら冬を近づけぬ探り食ふ柿の重みの夜の底一度跳ねわが寝を待てる竃馬草間時彦「桜山」より顔入れて顔ずたずたや青芒飯田龍太「山の木」より魚はみな風を好まず竹煮草夕映えの淵おそろしやかたつむり 解説では親切に師系が示されている。桂郎・稚魚・時彦が石田波郷系、澄雄・欣一が加藤楸邨系、蒼石・龍太が飯田蛇忽系、風生が高濱虚子系、羽公が水原秋櫻子系、比奈夫が後藤夜半系、源義が金尾梅の門系、敏雄が西東三鬼系、化石が大野林火系とある。こうしてみるとやはり加藤楸邨系が好みで、蛇忽は蛇忽だけが好き、三鬼と敏雄は愛せると分かる。掲出句だけ見ればどれも優れているのだが、まとめてとなるとまた違う。「現代俳句集成 第十七巻」河出書房新社 1982年 昭和生まれの、比較的若い(当時)は俳人たちの優れた句集を集めた一冊。編集委員は山本謙吉・森澄雄・草間時彦・飯田龍太。一冊に何千句もあるのだから、読み進めていると時々意識を失う。一句一句に立ち止まっていては身が崩れるので良句を読み逃さぬ程度に軽く読んでいても時々意識を失う。何を見ても五七五に区切って読んでしまうようになり意識を失ふ。 いや、これはまだ読んでる途中。「三橋敏雄」春陽堂俳句文庫 1992年 1920年生まれ、西東三鬼の弟子。句作開始年齢が15歳と若い。17歳の時に渡辺白泉に出会う。18歳の頃白泉に連れられて西東三鬼に引き合わされ「君はこれの弟子になれ」と押し付けられる。新興俳句運動弾圧時は若さゆえ放免されている。好き。家枯れて北へ傾ぐを如何にせむ屋根に来て蒸気機関車泣き滅ぶ戦前を鼠花火はくるしめり暗闇を殴りつつ行く五月かな地(つち)はもと天なり秋の蝉の穴十七字みな伏字なれ暮の春いとけなきふるちんの朝夏休 全部伏字にして何詠むつもりだったのか。2001年12月1日逝去。享年81。 西東三鬼、種田山頭火の句集も読んでいるのだが、また次。
2004/10/11
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