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作者らしき坊さんが娘婿にいる、ガン患者の「お母さん」が霊魂になるまでの物語。入院中の時間の経過の感じ方、記憶の抜け落ち方の描写が、淡々としている分余計に恐ろしかった。魂の重さが体からなくなる時のエネルギーを、同時多発テロで崩れる前の世界貿易センタービルを八十キロ上空まで飛ばすほどの、と、荒唐無稽ながら理論だてて説明し、つまりそれだけのエネルギーがあれば、死後、親しいものらの前にちょいと現れてみるくらい出来るんじゃないかと、イエスの復活もひょっとしてそのようなものだったんじゃないかと推論するくだりが面白い。 なんだか妙な気分だった。もし死んだ瞬間に体重が減り、そこに膨大なエネルギーが生まれるとしても、いったい誰がどういう目的で使えるのか・・・・・・。阿弥陀さんとはそうしたエネルギーの集合体なのだろうか? 解らないことばかりだったが、私は計算中の慈雲さんに訊いてみた。「そないにベラボーな力を、私が使えるんですか?」「え」 一瞬驚いたうふに見えたが、慈雲さんは真顔で答えた。「そりゃそうですよ。今年になってからですけど、アメリカで、右へ行こうと思っただけで右へ動く義足が開発されたんです。大脳皮質の十八カ所に電極をとりつけたんですが、つまり、思っただけで人間はそういう方向にエネルギーを使えるってことでしょ。現に使ってるわけで、そうした能力のごく一部が再現されただけですから」「せやけど、そんとき私は、死んでますんやろ?」「そらそうや」 富雄が妙な相の手を入れた。 近くに寺もないので昔のように除夜の鐘を衝きに行ってお菓子を貰ったりということもない。昨日からようやく暖房をつけた。ただ一日経つだけ、年が変わるだけなのに、妙に意識している、今年は。俳句にまみれたせいで季節感に敏感になりすぎたか。かといって晦日や新年を詠む対称とするのは、月並みすぎて抵抗がある。終わり。新潮社 2003年
2004/12/31
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『都会と犬ども』マリオ・バルガス=リョサ/杉山晃 訳/新潮社『奇蹟』中上健次 小学館文庫『フリアとシナリオライター』マリオ・バルガス=リョサ/野谷文昭 訳/国書刊行会 上二つと三つ目にはやや差がある。2004年度に出版されたものはあまり読んでいない。ふと気が向いたので日記のタイトルをざっと眺めていくと、ここ二~三ヶ月のものは全て素通りしたのが悲しかった。『奇蹟』はいろいろ思うところありすぎて結局感想を書かなかった。中上健次の一連の作品を読んだ上で、というただし書きもつけなきゃいけない。作家ごとにまとめたページを作ろうとは思っているものの、進まない。今のままでは自分でも目的の日を見つけにくい。『フリアとシナリオライター』の感想に、「今年一番面白かった」と記していた。その上に乗ったのが二つ。やや寂しくもある。 もう三作あげるなら『パタゴニア・エキスプレス』ルイス・セプルベダ/安藤哲行 訳 /国書刊行会『黄経八十度』森内敏雄/福武書店『アミターバ――無量光明』玄侑宗久/新潮社 短編では日野啓三『孤独なネコは黒い雪の夢をみる』(「夢を走る」収録 中公文庫)、辻原登『松籟』(「戦後短編小説再発見17 組織と個人」収録 講談社文芸文庫)が群を抜いて良かった。吉田修一、小川洋子、松浦寿輝など新しく読めるようになった作家からは特に突出したものがなかった。詩についてはいちいち抜き出すのも大変。 一番大きな出来事は夏、俳句に出会ったこと。そういう意味では小林恭二『俳句という愉しみ』(岩波新書)もあげておきたい。句集もあげればきりがない、西東三鬼、金子兜太、赤尾兜子、石田波郷、そして加藤楸邨。来年はもっとマイナーな俳人たちの作品にも触れていくべきか。 まだ今年は終わっていないものの、思いついたので。
2004/12/28
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知った名前の訃報が連日続く。俳人金子兜太の母金子はる、さらに詩人石垣りん逝去。12/21「短日」日短 日短し 暮早し 日つまる 秋分を過ぎると昼の時間がしだいに短くなり、冬至に至って最短となり、夕闇はたちまちにやってくるようになる。寒い一月末までは短日という感じが強い。日の暮れるのが早いと、人の気持ちや生活に影響を与える。夜長が秋であるのに短日は冬とされている。春の日永、夏の短夜と同じ関係にある。日ざしも乏しく、寒さもひしひしと加わるわびしさが短日という思いにこもっている。明治になって子規から現代に至るまで、こまやかに季種を探る詠み方がなされている。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より)短日や火と陽と人と交われる短日の警官仕事増やされしただ過ぎる時短日に気付かされふざけあう子らも陰惨日短く短日や昨日落とした金がない長すぎてマフラー巻けぬ日は短し短日や午睡覚めればすぐ夜中短日の雲はぐれグレヤニ染まる どこで詠んだか忘れた。選んだ理由も忘れた。詠んだ理由の憶えは微か。他人の句にも見える。 1句言葉遊び。3句今読んでちょっとびっくり。5句、意味がよく分からないが笑ってしまった。8句、雲がはぐれて、グレて、ヤニに染まって、黄土色に変わってしまった。 12/24「息白し」白息 冬の朝など大気が冷えると吐く息が白く見える。人ばかりでなく牛馬や犬などの動物も白い息を吐く。運動をしたり意気込んで話したりするときなど目立つ。白い息を吐くのを見ていると冬が来たという実感がわく。(同上)白き息若白髪まで昇るなよ白鵬の吐く息は赤新番付待ち侘びて吐く息白く衰えし屋上で吐く息雲と交わりぬ信号待ち霧立つごとく息白し白息を吐くは他人なり友の老い夕焼けに白息かけてしぐらるる巡査長白づくめで追う冬のサギ これは少し憶えてる。1句、私の頭には三本ほど目立つ長く逞しい白髪がある。2句、新場所の番付が発表され、白鵬が小結昇進。来年一年でどこまで横綱に近付くか楽しみ。8句、白バイに乗った警官と風体の悪い男との言い争いをこの日見たのだがそれだけではつまらない。「白づくめ」の中に白息も入っている。サギは白鷺でもある。 句作始めたばかりの頃「白」をテーマに詠んだことがある。10分の時間制限をつけ、季語にはこだわらず、というかその頃は歳時記など開かず、ろくに季語を知らなかった。16句、1句あたり平均37.5秒と、速さを誇るようにメモしてある。その後手直しした分はその形で、記しておく。日付のないのが残念だが、第一回一人句会8/15とあり、お題「白」は第三回なので、8/18あたりと思われる。白シャツにコーヒーこぼしなくす夢青白き球児も包む甲子園白狼を今君見たか「おまえだろ」白き雲思い出の中灰色に真っ白なノートを出せず休み明け悲しむなただの白眼だ死んでない「海行った」白々しセリフ吐くな肌白草がアスファルトから生えストローか白い輪にくぐらせた手が夏あたり「白ければ・・・・・・」歯のせいにして夏を終ゆソフト部もベッドの上では白い肌白夜とも思へば楽か白き壁白髪三本何より元気にそそり立ち白きくじ紅蓮に染めよ炎天よ黒と白夏の盛りにオセロしか食い逃げを白飯一杯でしてみるか どうしようもなくて触れたくないのも、どこかに送ったのも混じっている。とにかくこの頃はただ手帳に書き記していくのが楽しかった。四ヶ月ちょっと前だが大昔のことのよう。
2004/12/27
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意外と普通の作家じゃないか、という印象。猫を殺して尻尾を集めているクラスメイトの秘密に感付き、彼を探る少年の話『熊の居場所』、街のストレス発散対象、シャブ中のいじめられ中年バット男とその周辺を見つめる少年の話『バット男』、彼氏の浮気相手をボコボコにする乱暴な、だけど二人の将来を真面目に考え始めつつフェラチオノック一万本に精を出す少女の話『ピコーン!』。どれも、人に嫌悪感を与えやすい内容でありながら、枠組みはきっちり青春小説、それも割と爽やかである。先入観が最悪だったせいか、多少好感さえ持った。浴びせ掛けてくるような文体といっても、町田康ほど癖が強いわけでもなく、乱作しながらの充実ぶりは、絶頂期の野坂昭如にも似ているのかもしれない。一冊では判断出来ないが。僕の命はまたしても燃やされていた。僕は全てのものを見て、全ての匂いを嗅いでいた。僕は自分の命が失われようとする前に、できるだけの経験をしようと再びもがいていたのだ。このとき僕を殺そうとしていたのは、しかしまー君ではなくて、まー君が僕以外の別の子どもを殺したんじゃないかという疑念だった。それは僕でなくてはならなかったのだ。殺されて姿を消して捜索されるのは僕じゃないとおかしかったのだ。まー君が殺したがるのは僕じゃなくてはいけないのだ。『熊の場所』 嫌らしさ、あざとさをあまり感じない。どれほどインモラルな内容であっても、作為的に偽悪的にやってるのではなく、自然に書いていると感じる。同じことでも阿部和重が書くと不自然きわまりなくて、読んでいてイライラし通しなのに、舞城王太郎にはそれがない。不思議だ。もし子供に読ませるなら、舞城より太宰や三島の方がよっぽど教育に悪い。「1973年、福井県生まれ」以外のプロフィールを一切公開していない作者だが、ひょっとして女性じゃないだろうか。『熊の居場所』の一種ホモセクシュアル的な二人の少年の関係と、『ピコーン!』で真面目にフェラチオの特訓に励む少女の描き方でそう感じた。講談社 2002年
2004/12/26
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著者謹呈のシールが見返しに貼ってあった。売ったのは誰だろう。長年作家活動していようと、日野啓三の本はあまり売れてなかったというのに、送った人にも売られて。時とともに忘れられて。文学賞選考委員としてばかり名が売れて。やがて亡くなって。生きている間は一度も読もうと思わなかった作家なのだけれど、読むたびに好感度は上がっていく。 きょうも夢みる者たちは死んでゆく 向こう側に何があるかを見ようとして(U2「ヨシュア・トゥリー」) U2の歌詞の引用から始まる、東京幻視譚二編。『ランナーズ・ハイ』夜、皇居の周りを一緒に走りながら、お互いのことには触れずない人たち。ランニング中の恍惚感の中でそれぞれ自分の中に沈み込み、いつもと僅かに違う顔を見せる皇居とその周辺に狂気を呼び覚まされ、破滅的な結末に向かっていく話。 多分、狭い歩道を、ガードレールを、両側の低い木立を、前方の内堀通りとの交差点の信号灯を、おれが見ているのではなくて、見えているだけなんだ。同じように自分の足音、内堀通りを走り過ぎてゆく車のひびき、夜の彼方でかすかに鳴っている夜の都市のざわめきも、おれが聞いているのではなく、ただ聞こえているだけなのだ。 道が見える、おれが見なくても。 音が聞こえる、聞いているおれがいなくても。 何てことだ。おれが走るのではなくて、いろんなものが一緒になって、おれを走らせる。(事実そうじゃないか。誰かから誘われたのでも、とくに決心したのでもないのに、いつのまにかおまえは毎夜のように走っている、こんなところを)『ランナーズ・ハイ』より 東京の真ん中にドサリと居座る皇居とその周辺の森という、自然風の異物。それに影響されたなら、走っている最中に取り込まれたなら、狂うのもやむなし、と思えてくる。昔校庭を、あるいは校舎の周りを、延々と走っていた時のことを、思い出してみるも、真剣に、狂うほど走っていた時期はなかったようで、「狂えない人は狂ってしまった人より不幸だ」などと箴言めいたことを思ったが、別にそちらに踏み込む気はないのだ。『光る荒地』東京から少し離れた郊外の家で、痩せ衰え続けていく女と、中古車屋で臨時雇いとして働く流れ者の奇妙な生活。35kgからやがて30kgへ。生き続けているのも不思議な女は現実と幻想の間の世界に入り込み、自分の分身のような女、美化された廃工場に出会い、やがて死ぬ。 シマウマのあの模様は、白地に黒の縞が入っているのか、黒地に白が縞になっているのか、という子供のころのナゾナゾを思い出した。いおも男はその答を知らない。 この部屋も暗いはずのところに光が縞になって射しこんでいるのか、明るい部屋に斜めに歪んだ影が入りこんでいるのか、わからなくなりかける。『光る耕地』より 昭和六十三年という、時代のせいもあったろうが、日野啓三の書く荒地と東京がどこか大友克洋の描くそれに似て見える。あるいは反対か。『光る荒地』の最後、女がここは日本の地下にある街だと気付くのも、妄想というわけではないようにも思えてくる。やはりどこまでも青臭い、新潮社 1988年
2004/12/25
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眠たくて本の感想を書く気力がない。12/20「冬木」冬木影 冬木道 冬木宿 常緑樹も落葉樹も、冬は冬木と称される。もちろん落葉樹のほうが、俳句に詠まれやすいけれど常緑樹もけっして夏や春と同じではない。そのあたりが、これからの句作の探るべき点かもしれぬ。一樹もよいが、木立の風景もまた捨て難い。すっかり落葉してしまった裸木は、冬木よりは印象が鮮明である。冬木道ミセス・ロビンソン駆け抜けし木の型に闇夜くりぬく冬木かな産み疲れ冬木微かに事切れる犬繋がれ冬木我が生思い出す冬木見えず一本の影にぶつかりぬ車内暑し冬木の怒り我は見ず冬の木に老子欲情ひっこぬく冬の木のただ立つを見てこちら透く この日、夜を背景に立つ一本の冬木のシルエットが恐ろしいほど美しく見えた。2句、5句はその印象から。3句で死んだ冬木が4句で甦っている。特に意図した並びではなかったはずだが。1句、映画『卒業』は今思い出すと青春映画というよりミセス・ロビンソンの、主演女優とは別撮りらしい生々しい裸体ばかりが浮かんでくる。8句、あまりにも暗く黒い存在である冬木を見つめる我は、そちらに色を吸い取られて次第に透けてきた。 読了本メモ 玄侑宗久『アミダーバ 無量光明』 松浦寿輝『幽』
2004/12/24
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12/21は冬至だったが、気付くのに遅れたため詠まなかった。次の日挑もうとするも白々しく感じ何も出てこなく、そもそも詠みたい季語でもなかった。12/19「狐火」 燐火が空気中で燃える現象とも、狐が口から吐く燐火であるともいう。狐の提灯ともいい、野山についたり消えたりするので妖怪味を帯びる。土葬の人骨の燐が炎を上げるためともいう。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より) ATOKの連想変換機能を使ってみると、意味は少しずつ違うが「幽霊火」「天の火」「百八炬火」「神文鉄火」など出てきて面白い。使う機会はなさそうだけれど。狐火の遠く近くに骨の人狐火や赤鬼顔を選び照る低き地に星光りたるを狐火と眼の内に狐火飼ひし夜の鷹狐火を蹴り殺したる僧一休狐火に模したる火花鉄鎖の血流々々々(るるるる)と泳ぐ狐火冬の蝉狐の子狐火恐れ夜寝坊 やりたい放題やれる季語の方がやっぱり楽しい。1句、「人の骨」ではなく「骨の人」としたことで、骨になっても元気に歩き回っている人でもいたらいいのにと。2句、ちょっと解りにくいかもしれない。「赤鬼顔」で一つ。酔っぱらって顔を赤らめたおっさんのことを指す。狐火はそういう人に寄り添うように顔を照らす。5句、杖の先に髑髏つけて往来を練り歩いた晩年の一休僧正を念頭に置いて。7句、「冬の蝉」というのは某氏の習作『冬セミ』に出てくる架空の虫。「冬に飛ぶセミは低く静かに長く鳴く。蚊より大きく、蠅より小さい。およそ成虫のセミらしくないじめじめとした暗く狭く目立たないところを好むので、あまり人に気付かれることなく日々を過ごしている。マンホールの蓋の裏にびっしりとこびりついてた例もある。夏に爆発する一般的なセミ達に悉くを食い尽くされ、彼らの生きる一週間を手助けして世界から消え去る。どのように繁殖するかはまだ解明されていない。」冒頭部分は気合い入っているんだけどなあ。可哀想なことに某ドラマに題名が似通ってしまった。8句、狐は夜行性。墓場などに出る青白い光を人間は勝手に狐の吐く火などと言っているけれど、狐の方はそう感じてはいないだろう。狐だって狐火を恐れているかもしれない。 狐火を見たことはない。
2004/12/23
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順調に本を読みつつほぼ毎日季語修練をしていれば、一日一記事しか投稿出来ないここではバランスがとれなくなる。まあ、更新を気張りすぎないよう心懸けてるから続くんだから、別にいいんだけど。12/18「水洟」洟水 みづつばな 湿気の多い日本の気候では、風邪でもないのに水洟が出ることがしばしばある。年齢が加わればなおさらであるが、それをも俳味の一つに変えようとする逞しさがあるのだ。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より)水洟や窓の露とも張り合えるとめどなく垂れる水洟落葉拭く洟水を垂らす子垂らす子皆坊主水洟や厚着乞食の肌乾く水洟を涙とみなす通夜の霊大決壊水洟床を突き破る水洟に構わずけん玉二千回いきいきと野垂れ死にたきみづつぱな 少し前なので記憶が危うい。2句、子供の頃、公園で遊んでいる時に鼻水が垂れ、拭くものがなかったのでそこらの葉を毟り、それで拭った事がある。落葉じゃなかった。3句、「垂らす子垂らす子」と言いたかっただけ。「タラスコ」という外国人野球選手がいた覚えがあって、ダイエーのピッチャーあたりかと思ったら、阪神で2000年にプレイしてホームラン19本打っていた。打率は.239。5句、生前人望のなかった人のお通夜、泣く人は誰もおらず、鼻水垂らしている人はただ風邪を引いているだけ、それを見て霊となった故人が自分を慰めている。7句、私が小学生の時、少し上の学年でけん玉が流行り、名人芸でテレビにまで出た先輩がいた。後で知ったのでどんなことをやったのかは知らない。「もしもし亀よ」という、大皿と中皿(尻の部分)でひたすら交互に玉を乗せ続ける遊びの連続記録を狙っていたなら、鼻水が垂れても気にしないだろうと思う。 ちなみに近鉄に2004年、カラスコというピッチャーがいたようだ。53試合に投げ8勝8敗5セーブ、防御率5.57。来年はいないだろう。
2004/12/22
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図書館の外国文学の棚はほとんどロシア・南米あたりしか視線を走らせない。そこに隣接しているイタリア文学の棚の中で一際作品数の多い作家、それがタブッキだった。夢・幻想・バロック風といった作風紹介の文章を読んで、そういったものに飽き飽きしていた私はそのユーモラスな名前の作家から離れていた、いつもは。だけどたまには、と本書を手に取り、訳者あとがきから読んでみると、夢や幻想といったものはこの作品からは取り除かれ、一九三〇年代のポルトガルを舞台にした新聞記者の物語というので興味が湧き、読み始めたら止まらず一気に駆け抜けた。 何かの雑誌のへたくそなレビューみたいな文章になってしまった。まあいいや。 長いこと大新聞社に勤めそれなりの地位にあったのに、今は発行部数の少ない『リシュボン』という新聞で土曜日の文芸欄を担当する新聞記者ペレイラが主人公。「供述によると・・・・・・」という文章が時折挟まる、供述書として書かれた物語。面白いのは、これまで夢と幻想の作家と言われていたタブッキなのに、ペレイラが夢を見た時には頑なに「その夢は話したくありません、事件には無関係ですし、夢は人に話すものではありません」といった意味の言葉を繰り返すところ。 ホルヘ・フランコ『ロザリオの鋏』や、漱石の『三四郎』を読んでいる最中思いだしていた。前者はフランコ将軍の名前と、ありありと過去を語る文章に触発されてと分かるが、後者は自分でも理由がよく分からない。列車の客室で女と同室になる場面はあるが、そこだけの重なりで判じるのも早計。そろそろ漱石に帰れという啓示なのか。でも、もし彼らがただしいのだったら、私の生き方は無意味だということになるのではないでしょうか。コインブラで勉強したことも、文学がこの世でなによりも大切なものだとずっと信じてきたことも。自分の意見をのべることもできないで、そのために十九世紀の短編を載せて甘んじなければならないようあん、この夕刊紙の文芸面を私が担当していることも、まったく意味がなくなります。そのことを、私は後悔したい気持なのです。まるで、私が他人であって、ずっとジャーナリストをやってきたペレイラではないかのように、なにかを否定しなければならないかのように。 右傾化する政府の下、新聞にもドイツに協力するような文章を載せなければならない状況にあって、ペレイラはフランス人作家の短編を載せ続けていたが、それも許されなくなってしまう。作家の突然の訃報を受けた時にすぐに追悼記事が書けるように、臨時に雇った若者も彼に厄介事ばかりを持ち込んでくる。そんな中、ペレイラはこれまでの自分は果たして正しかったのだろうかと自問し、最後には行動に移す。 この作品が良かったものだから、かえって他のタブッキを読もうとは思わなくなる。タブッキの中では異色作らしいので。同じ頃を舞台にした小説に手を伸ばそう。ヘミングウェイ『武器よさらば』はまだ読んでなかったはずだ。白水Uブックス 2000年
2004/12/21
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蝸牛俳句文庫の中の一冊。愚良子はグリコではなくグラシと読む。肝心の井月の読み方は書かれておらず、調べたところセイゲツとあった。龍之介や山頭火が影響を受けた、という程度にしか語られることのない漂白の俳人。野垂れ死に俳人、一八二二~一八八七、幕末の人。手元から日の暮れゆくや凧(いかのぼり)親もちし人は目出度し墓祭り深草や鶉(うずら)の聲に日の當(あた)る 久し振りに読む句集、評価は不安定な俳人、ということで素直に鑑賞に臨めるかなと心配したが、駄句だらけというわけではなく(撰集が編まれるくらいなのだから当然だけど)、度々比較される芭蕉についてもそろそろ取り組まなくてはと思わせてくれた。 若き日には駕籠に乗って遊郭へ繰り出したという井月だが、そぞろ神に憑かれたのか流浪生活に身を投げ込み、後年は長野県伊那市で優雅な趣味を介する人の家々をふらふら飛び回り、泊めてもらったお礼に句を詠んだりして過ごした。 私が井月や山頭火の生き方に憧れるという気持ちが全くないのは、きっとすぐに身体を壊してコロリと死ぬ自分の姿を想像しやすいからだ。それに今日はとても寒い。落栗の座を定めるや窪溜り打解けて落人圍(かこ)ふ深雪かな初空を鳴きひろげたる鴉かな「深雪」が「打解け」ると詠める技量には呆れ混じりの感心を。俳句をパソコンで書き写すには、文字探しが大変だというのを思い出した。蝸牛俳句文庫 1992年
2004/12/20
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小説ばかり読むのはいけない、と勘付いた。小説ばかり読んで分かった気になるのも、何か学んだつもりになるのも危ない。 山に関する古井由吉の文章を集めた一冊。短編集から幾つか抄録された小説が載ってるのがよく分からない。『杳子』を20ページだけ載せた意図は何だろう。『山躁賦』からの数編は、何も抜粋された文章だから読みにくいわけではなく、その本自体人を寄せ付けないものだというのは分かった。 実際に、昭和三十年代の中頃までは、登山者たちの装備には米軍の放出品が多かった。その代表が寝袋で、朝鮮戦争で戦死した兵隊をつつんで日本の基地の遺体処理場まで運んだものだという噂が流れていた。寝袋にくるまって天幕や無人小屋の闇の底に」横たわるとき、私などはかならずその噂を思い出して、自分が血まみれの凍り付いた屍体になったような気がしたものだった。『もうひとつの怖さ』より 本格的登山の経験が私にないせいか、想像が難しい描写が数多くある。そんな中からちょっと心当たりのある箇所を拾ってみた。朝鮮戦争での米軍兵士の死骸の検分を任されていた日本人人類学者の書いた本を読んだことがある。 彼らは宗教上の理由から、火葬を行うことがない。伝染病などの特別な事情がないかぎり、すべては土葬である。だから戦死体といえども、遺体はそのまま遺族に返さねばならないのだ。 朝鮮戦争から送られる戦死体は木製の仮棺に納められている。この棺をテンポラリー・カスケットと呼んでいた。もちろん、発掘されてからCIUの解剖台にあげられるまではなんの防腐処理もしていない。この棺は一度大きな倉庫に収められ、処理の順番が来るまでそのまま安置される。実際には”アンチ”というより、”放置”といったほうがあたっているかもしれない。多いときには、これが何百となくつみ重ねられ、文字どおり死屍累々というありさまであった。埴原和郎『骨を読む――ある人類学者の体験――』 中公新書 1965年 より 題名から想像出来ない中身に驚愕したものの、素晴らしい本だったのでよく覚えてる。 古井由吉の書く、内蔵をかき回すような文体の物語は、登山という酷寒な環境下で育まれてもいたのだなあと、主に初期のものだろうけど、と、そう思った後、いや、重装備背負いズシリズシリと歩くような時人は何も考えられないものだ、それが一息ついた時、たとえば山小屋で暖炉に当たっている時などはとめどなく、切り取りようのないくらい言葉が溢れ、聞き役に回る者の神経を惑わす、そんな考えに傾いた。虫の機縁で土蜘蛛のことをまた思った。あれの巣を、子供の頃にはどれだけ暴いたことか。土の中から塀や壁の根もとに掛かる細長い袋の端をつまんで、そろりそろりと引きあげ、獲物の重みのかかる感触が何とも言えなかった。陽の光の中へ出されるともう身動きもしない。頭と肢はさすがに醜怪だが、腹はむっちりとふくれて、薄くて滑らかな表皮が飴色に透きとおるようで、いかにも無防備で、かわいいやつだった。その腹を指先でしばし撫ぜてから、何をするかというと、頭を腹へ近づけてやる。すると腹を切る。おのれの牙で、おのれの腹を、じつに従順に、あっさりと喰い破る。白っぽい内蔵が流れて出て、肢が小さく体側にすくんで、息はてる。それが不思議で、一度始めると幾度もくりかえしたものだ。そこら近所の塀の根もと、縁の下の土台石の裏まで探しまわり、しまいには酷さに取り憑かれて、いとおしさに泣き濡れた目つきになる。親の声に呼ばれて家に駆けもどり、手を洗って昼飯を掻きこむ間も目の隅から、よじれた熱っぽさが抜けなかった。『まなく ときなく』より これを読むまで、本書も、『山躁賦』も、一度読んだことがあるような気がしていた。手にとったことはあるだろうが、最初の方でつまづき、読み通せなかったのだ、両方とも。今は随筆になら心は開く。『山躁賦』の近付き難さはそのままにして、少し楽に本を読みたい。アリアドネ企画 1996年
2004/12/19
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この日横殴りの時雨に逢う。12/16「時雨」時雨る 朝時雨 夕時雨 小夜時雨 村時雨 北時雨 横時雨 片時雨 時雨雲 時雨傘 冬の初めごろ、晴れていたかと思うとさっと降り、たちまちあがってしまう雨がある。これを時雨といい、「しぐるる」と動詞にも使う。朝時雨・夕時雨・小夜時雨は降る時刻まで表したもんどあが「村時雨」はひとしきり降る時雨、「片時雨」は一方では晴れているのに一方では降る時雨、「横時雨」は横なぐりの時雨のことをいう。陰暦十月を時雨月ともいう。時雨の定めない降り方に古来、世のはかなさやむなしさを託して詠まれた和歌は枚挙にいとまがない。芭蕉は俳諧においてそれをいっそう深めた。芭蕉の忌日を「時雨忌」という。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より) 代表的な季語なだけあって三十四もの例句があげられているのだが、その末尾、さりげなく「獄を出て時雨の中を帰りけり」という角川春樹自身の句があり、笑っていいものかどうか迷った。横時雨泣く子の手引き微笑婆しぐるる中傘持つ我が一人異端本屋にて歳時記探す外は時雨しぐるるやちょいと逃げだす山頭火船影なく海への時雨情けなし時雨降り幻燈パチと破裂音時雨では透けぬ女の冬装田に響くバスドラの音時雨呼ぶ 傘を真横にさして上空遮るもの何もない状態でも頭は濡れないという壮絶な横時雨の中、子供が泣いてた1句。2句、ちょうど雨の降り始めにでかけたので傘の用意はしていたが、周りを歩く人は濡れ鼠。4句、「山頭火」って使いやすい。五文字だし。8句、高校生の頃、その年齢ではやや異常といえるほどに手練れのドラマーが同級生に居た。彼の住む家は大きく、周囲は田畑で騒音を気にすることもなかったらしい。「バスドラ」は「バスドラム」の略称。ドラムセットの一番下でドコドンドコドン鳴ってるやつ。 最近段々と「俳句を詠んでる」という意識がないまま作句している。良いことか悪いことかは解らず。
2004/12/18
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――『さようなら、私の本よ!』第一部 という副題がついている。『取り替え子』『憂い顔の童子』の続編にあたるのに、出版社は違うし書き下ろし単行本でもない。何にせよ、ちょうどそろそろ大江健三郎が読みたくなっていたから嬉しい。まだ読んでいないとはいえ『宙返り』『大いなる緑の木』はいまいち気乗りしなかったから。 もう老人の知恵などは聞きたくない、むしろ老人の愚行が聞きたい不安と狂気に対する老人の恐怖心が ――T・S・エリット、西脇順三郎訳 エリオットの詩句と、ドストエフスキー『悪霊』に導かれて紡がれる、老作家の書く過激な物語。いやほんとこれがきっかけで東京で自爆テロを起こす鬱屈したフリーターが出てきやしないかと心配になる。 小説家長江古義人がこれまでどの小説にも書いてこなかった、幼い頃から深い関わりのある人物椿繁。老建築家となった彼はかつて毛嫌いした日本に、大怪我の後の静養も兼ねて軽井沢で暮らし始める古義人の隣の家に住み着く。何かの組織に属している留学生二人を連れて。「旧友との再会、小説家の軟禁、世界的規模の陰謀――新しく大きな物語の始まり」と紹介されている内容に辿り着くのは第一部の最後。序盤読むうちはとてもそんな話になりそうにはなかったので、何かの冗談としか思えなかった。 第一部だけ読んでああだこうだ言うのは避けるが、続きは大いに楽しみ。 久しぶりに買った文芸誌なので目的のもの以外も少し読む。山田詠美x高橋源一郎の対談「『顰蹙』こそ文学」がちょっと面白かった。文学賞の裏話で、宮本輝が「俺の意見、通らへんかった」「孤軍奮闘どころか、ただの孤軍やった」と意気消沈して出てくる後ホクホク顔の筒井康隆が歩いてきたこととか、山田詠美は「文藝」でデビューしたけれど、当時の編集者に「新潮」「文學界」「群像」から依頼が来たらうちを差し置いてもいいからそっちを受けろと言われたとか。「でも三作まではうちで書こうな」と言われて半年で三作仕上げたとか。山田詠美は一冊も読んだことがなく、全然興味はないけれど。 やっぱ表紙ださいよ。
2004/12/17
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体験に即して詠める季語と、想像力働かせなければ詠めない季語、詠んでみてどちらが楽しいかというと後者。自由気ままにやれるから、人には伝わらないかもしれないけれど自分は楽しい。12/15「兎狩」兎罠 兎は日本各地に生息し、草や木の皮を主食としているが、食物の少なくなった冬季には、畑作物を荒らし、植樹して間もない幼木を食べ枯らしてしまう。ふつう行われるのは、要所要所に網を張って、勢子が喚声をあげ、棒切れで土や木をたたいて追い、驚いてとび出してくる兎を捕獲する。最近では猟犬を使った鉄砲での漁も多く見られる。肉は食用、毛皮は耳覆いや外套などに用いられる。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より)足音を吸い込み嗤ふ兎罠肥後守携へ双子兎狩り兎狩り獲物忘れてやがて野川かからぬを見て顔晴れる兎罠兎狩り赤目射抜くは風ばかり兎狩り耳破る音響きけり狡兎愚狗 愚狗愚狗 良狗兎狩足四つ罠に与えて兎逃ぐ 兎狩りが残酷だなどと声高に叫ぶ気は全くないものの、弱々しいイメージの兎を狩るとなるとどちらかというと兎側についてしまう。だからといってそっちばかりではあまりに生温い。6句は最初「噛み殺す音」だったが、猟犬は兎を追い立てて、とどめは主人に任すものだからと訂正した。7句、「狡兎死して良狗煮らる」を盛り込んで何か出来ないかと考え、今までになかった工夫を施してみた。狡兎を熱心に追い立てるのはバカな犬ばかり。賢い犬は後ろの方で無能の振りをしてのんびり構えている様。8句怖い。 兎に思い入れが全くない。
2004/12/16
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三日連続で腕を骨折した人を見た。それぞれ別の三人。風邪のように流行っているのか、松葉杖をつく人は見ないのに。12/12「風邪」感冒 流行風邪 流感 風邪声 鼻風邪 風邪薬 風邪心地 風邪の神 感冒。はなみず、くしゃみ、咳、のどの痛み、発熱など、その症状もさまざま。単なる寒さによるもの、ウイルスや細菌によるもの(流行性感冒)など、その原因もさまざま。風邪は万人を襲う。市販の風邪薬もさまざまだが、結局は休養第一か。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹 編より)風邪ひかぬ前の薬が風邪誘う鼻声の暴れ風邪の子死は遠し風邪の床箪笥の上に鎌見つけ草の露飲み干さんとす風邪心地風邪の床襖向こうの歌恨めし風邪の子の治りて悲し低き声風邪の耳雑音全て中国語即席の老人ならん風邪よ来い 昔から馴染み過ぎている語のせいか、空想を入り込ませる隙間があまりなかった。3、5句は子供時代の思い出を私小説風に書いた自作の中にもある光景。鎌はカマキリのもの。風邪で寝込んではいるものの、散々眠ってもう眠くないが起きあがる元気もない。そういう時はよく周りが見える。陽光に浮かぶ埃を吸い込まないようにとしても、布団をカサと動かすだけでまた舞い上がり、嫌になって視線を上に向けるとどこからか迷い込んだカマキリが箪笥の上からこちらを見ていた。6句、声変わりと風邪が重なった。8句、突然老人の演技をしなければならないはめに陥り、何をすべきか分からずとりあえず病身を装うために風邪を呼び込もうとする。 わざわざ冬の季語とするのもおかしいような語ではある。この語を使っている良句を読んだ覚えがない。印象に残りにくいのだろうか。例句中加藤楸邨の句「風邪の床一本の冬木目を去らず」にしても、それは風邪でなくても構わないし、「冬木」を使っているのだからこれを「風邪」の例句として持ってくるのもやや疑問。角川春樹と趣味が合わないのは分かっているが、解説文章も長く、例句の多い点では、この歳時記を気に入っている。
2004/12/15
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鈴木六林男が亡くなった。新聞には西東三鬼の弟子とあったが、三鬼の弟子は三橋敏雄だけじゃなかったっけ。いや、あれは昔を思い出した話の中で言われていたことだったか。残念ながら六林男の句集は読んだことがなかったので、悼む気持ちは先の方にとっておく。「遺品あり岩波文庫『阿部一族』」という句が記事の中にあった。12/11「数へ日」 年の終わりに近づき、正月を迎えるのを指折り数えているという語だが、歳末のなにかと忙しいなかで、行く年への切迫感が如実に表れた季語である。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より)数へ日の道端焦がす煙炊数へ日や正月恋ふ気遠くなり数へ日の餅探す手つきやや盲(めしい)角の店「数へ日中」の紙貼られ数へ日の街の音曲英語まみれ数へ日の雲人知れず動くかよ数へ日の詐欺師酔わずに金拾う数へ日の帰れぬ家を増やす口 歳時記にあげられていた例句全て「数へ日の」という使い方だったので、それ以外の形を用いる勇気が出なかった。2句はとりあえず「や」で切ってみたがやっぱり違う気がする。4句、季語の解釈ちとおかしい。5句、クリスマスソングは皆退屈。6句、誰かが乗り移った。7句、忙しない人を騙すのは簡単なこと。8句、「口」なんかでいいのかと迷いつつ無難に。 どうも緊張感にかけている。気を入れ直さないと。
2004/12/14
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作者のデビュー作。文芸誌「新潮」に投稿され、芥川賞候補にもなった。ガンや脳腫瘍などの患者が長湯治する療養所のような温泉地を舞台に、近くの寺の坊さんと湯治客たちとの交流などを描いた話。宗教臭さを敬遠する人にはとっつきにくいかもしれない。キリスト教やイスラム教の信者が書いたものは、初めから自分と距離が遠いので次第に宗教という意識を持たなくなるが、仏教だとちと生々しい。 たまたま観ていたテレビニュースで、ある高名な女住職の青空説法の風景が映し出されていた。被災者を慰めるためのものだったろうか。「悪いことがいつまでも続くことはない。悪い事の後には必ず幸せが来るんです」というよなことを、語り聞かせるというよりは当たり散らすように喋っていた。一部だけ抜き出されたもの、それもうろ覚えで批判するのはおこがましいとは分かっているが、それは嘘だ。目眩まし・まやかし、何でもいいが、生後数ヶ月で実の親に殺された赤ん坊に同じセリフは吐けはしない。貧困に苦しみ続ける人がたまの休みに一杯の酒で極楽を味わう、そんな程度の事でこれまでの不幸が報われることもない。人をそれなりに安心させるための方便に過ぎない。というような事を思っていたら、本書でも末期のガンに苦しむ女性が、聖書の中の似たような言葉に固執していた。不幸の後に迎える幸福が何かという答えは見出せないままに。それへの手助けを主人公の坊主が頼まれはするのだが、満足行く結果となったかどうかは定かではない。そこのところは下手な説教よりかは合点がいった。説教として小説を読んでいるわけではないのだけれど。 昨日私は「風邪をひく前に風邪薬を飲むようになって」云々、という話を書いたところなのだが、「『風邪でもないのに風邪薬を飲むと風邪になる』と云い、小学生だった玄山は『風邪になっても風邪薬を飲んでるんだから大丈夫」と口答えした」という文章に出くわして驚いた。驚くと同時に「またか」と今更この手の偶然を訝ることはないと思いはしたものの、一応書き留めておかないともったいないことではあるので。 あまり健康的とはいえない登場人物たちの中で、やはり病人ではありながら無頼の風を吹かせて突然俳句を詠み出すミネオというキャラが、辛気臭さに落ち込みかけない物語にアクセントを加えているが、俳句の出来はあまり良くない。普段ならお経とは、故人を偲ぶための時間を作る音響効果と心得ているから、自分の出す声そのものに浸れる。おそらくは神道に起源する「清め」としての湯灌のあとで、玄山は型どおり授戒や戒名授与を禅宗式に行いながらも、どうしても借り物という意識が拭えなかった。元々この国には無数の死生観が散乱していて、時宜に応じてそれを案配していくのが我々僧侶の仕事かもしれない。それからあとも二人はペットボトルの水や酒を飲みながら、他の逗留者たちの信奉するらしい様々な健康食品の話を燃えつきない火種のように間歇的にくりかえした。キナン・キトサン、SOD、核酸、サメの軟骨、プロポリス、野草酵素、ゲルマニム、丸山ワクチン・・・・・・。なかには玄山の耳には言葉の切れ目さえ聞きとれないものもあった。玄山はいつ終わるとも知れないその夥しい宗派の名前を聞きながら、また思った。――結局すべてを体験し、試してみることが無理である以上、宗教との出会いと同様たまさかの出会いを天の配列と信じるしかないのだ、と。 部分部分の引用になった。こういうことをサラリと書くところは好き。ただ、発表順にまずこの本から読んでいたとしたら、興味を持つ前にこれ以上近寄ることを避けてしまって、それで終わりだったろう。彼の小説以外の書物にもいまのところ興味はない。新潮社 2001年
2004/12/13
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体調を崩す予感のある時に風邪薬をあらかじめ飲んでおくようにしてから、ほとんど風邪を引かなくなった。以前は季節の変わり目ごとに咳き込んでいたのに。現代日本作家にいろいろ手を伸ばした後、大抵起こる「しばらく本を読みたくない」病に取り憑かれる前に、山田風太郎という予防接種を打っておいた。玄侑宗久を好きになれたのだからそんな病が起こる理由も少ないけれど、それの来る予感だけは感じていた。その時読んでいたジャンルに関係はなく、ただ周期的に来るものなのかもしれない。行を追うのが純粋に楽しい、しかし終わりに近付けばそれが惜しい、忍法帖シリーズにはこれまで何度も助けられてきた。 豊臣家滅亡の際、豊臣秀頼の妻千姫(家康の孫娘)は家康軍に救出された。しかし真田幸村の陰謀により、秀頼の子種を宿した女忍者五人が千姫に付き従い、いずれ徳川家に復讐する子を産むために千姫付きの侍女に紛れて江戸に逃れていた。千姫自身が身籠っていては堕ろされることは必定であるから。事に気付いた家康は千姫可愛さのあまり、姫に気取られず、自然な事故で五人の女忍者が子供を流したように見せかける為に手練れの伊賀忍者五人を送り込んだ・・・・・・。 いつものようには乗り切れないまま読み進む。妊婦だらけの女たち、悪役でしかない刺客たち。大鎖鎌ぶん回す丸橋という大女(これも妊婦)が出てくるまで、好きなキャラクターが一人もいなかった事が原因の一つ。妊婦が刺客を殺す、刺客に殺されるという様はいつも以上にグロテスクに感じられ、一歩引いてしまった。ただその設定が終盤とんでもない形で生きてくるのには度肝を抜かれ、山田風太郎はすごい、ということに結局なるのだが。千姫を誅すべきか、許すべきか、幾度も迷う家康のように、作者の筆もふらついているような印象も途中までは受けた。「くの一」といえば「女」という字を一画一画分解して読ませた、女忍者を指す語として常識になっているが、そもそも忍者間の間でただ「女」を指す隠語だったという。という設定も山田風太郎の創作だったかどうかはそのうち確かめる。ともかくこの作品以降、小説に出てくる女忍者はくの一と呼ばれ始め、「女忍者=くの一」が一種の流行となり、Vシネマでは「くの一忍法帖」シリーズとして、原作を離れてエロに重点を置いた作品が作られることにもなったという。 この話を忠実に映像化した作品はこれからも出来そうにはない。角川文庫版 1999年
2004/12/12
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いまだに時雨に出会えないでいるが、天気予報でお天気キャスターが「午前中は時雨れることもあるでしょう」と言うのを聞いたので。「時雨」そのものはまだとっておく。12/10「初時雨」 冬の初めに降る時雨。青空の片側をさっと降り、また、すぐにやんでしまう雨を指す。初の一字を冠して、いよいよ時雨の季節に入った思いがこもる。和歌伝統の京都を中心に生まれた美しいことばで、わびしさのなかにも、詩情のはなやかさが感じられる。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より)吐く息はまだ白ならず初時雨北陸から友の便りと初時雨初時雨喜び見上げ首に音初時雨破れ白傘地に刺され初時雨待つ竹一つ舟の素(もと)初時雨裏切者が笑い出すなにかくるはつしぐれのあとおおあしおと初時雨泥水洗う素振りなし 遊びすぎだ。その時の気分によってこうも差が出るとは思わなかった。3句「グキッ」と。4句、「れ」重なりすぎ。5句・・・・・・「マッチ一本火事のもと」・・・・・・。7句、おふざけ更に加速。全部ひらがなとはやったことがなかった、子供の声のような、恐怖で文字にならないような、そんな風に。漢字に直すと「何か来る初時雨の後大足音」簡単な漢字ばかりでひらがなの時より子供臭くなる。 これはこういう試みとして、たまにはよしとするも、次からはやはりちゃんと真剣にやろう。
2004/12/11
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歳時記の目次を後ろから眺めていると、今までは通り過ぎていたものに気が付く。敢えて冬の季語とされているこれにいざ季語として立ち向かうとなると、何だか急に気恥ずかしくなってしまうようで、どうしてだろう。 気に留めていなかっただけで、吐く息は十分白くなっていた。12/8「木の葉」木の葉散る 木の葉舞ふ 木の葉降る 木の葉雨 木の葉時雨 散ってゆく木の葉、散り敷いている木の葉のみならず、落ちようとしてまだ梢に残っている木の葉も含めて言う。「木(き)の葉」といったら季節に関係なく一般的な樹木の葉を意味することになる。木の葉雨・木の葉時雨は、本当の雨ではなく、木の葉が軒などにしきりに散るときにたてる音を編めや時雨になぞらえたものである。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より)木の葉降り穂先乱れるかたつぶり断末魔木の葉時雨で聞き取れず虫絶えて木の葉ひそりと鳴き始め散る木の葉感付く一人筋肉痛木の葉降り土に衣が被される釘煮・土・木の葉肴に野宴張る木の葉散る音一日聞き分けロクデナシ食べ残し木の葉二枚に肉三つ 俳句というわけではなく、七・五の形でただ思いつきをただ並べ続けるという言葉遊びをたまにやっている。書き留める時もあり書き留めない時も。句作に困った時そこから引くというのを試してみた1句、冬にかたつむりはいないと後で気付く。2句、こんなの前も作った。4句、痛みに敏感な時は音も巨きく響く。8句は6句の延長。どうも肉が女体を表してそうだとこれも後から。 もっと実景を拾わなくちゃ。
2004/12/10
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冬、冬といってもいまだ冬に慣れない。吐く息さえまだ色つかず。12/7「冬桜」寒桜 緋寒桜 冬桜という品種はなく、山桜と藤桜の雑種といわれる。花は白く、花梗が短いが、冬に咲く健気さが好まれる。群馬県鬼石町の桜山公園は冬桜が天然記念物に指定されている唯一の名所。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹 編)冬桜一恥背負う時見える寒桜親しく語るは白露山振りかざす枝々震え寒桜火事火の粉冬の桜に降り落花蛇の眼に色情宿す緋寒桜寒桜人影消えし時選び咲く画の乱れ桜咲くのに鐘が鳴る冬桜愛でし翁の頬の赤 二月頃に咲くと後で知って、早まったと感じたものの、それはそれ。毎日その日その日に応じた季語がうまく見つかりはしない。2句、白露山はロシア出身の十両力士の四股名。兄の露鵬は既に幕内にいるが、語呂が悪く、引き癖があるので好きじゃない。4句、読むと眼がちかちかする。「火事」「火の粉」「冬の桜」「振り」「落花」寝ぼけた頭と眼にはどれも同じ意味の同じ文字に見えてくる。7句、鐘を突く坊主の絵なのに、横に桜が咲いている。季節がおかしいじゃないかと誰かが言う。いや冬桜なのでこれでいいと誰かが返す。しかし大晦日や正月に咲く花でもないのだ。8句は遠景から次第にズームアップして爺さんの頬で完。そういう映像が先に浮かび。 しかし初場所まであと一ヶ月、何もかもがあっという間に過ぎて師走を感じ始める。
2004/12/09
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酒を般若湯と呼ぶように、化蝶はお金の隠語。『禅林書式鑑』という様々な隠語を網羅した本があり、寺同士の手紙ではそれを引きながら書いたりするそうな。 主人公も、玄侑宗久が副住職やってるのも禅宗のお寺。禅宗について復習。【禅宗】(ぜんしゅう) 座禅によって悟りを開き、人生の真理を求めようとする仏教の一派。日本では臨済宗・曹洞宗・黄檗宗の三派がある。(三省堂現代新国語辞典より) 主人公は三年の修行時代を経て、紹介されて寺に入っている。寺の息子というわけでも、仏教大学を出たわけでもない。 日払いの仕事を求めて寺を訪ねてくる乞食に、パソコンで決算報告書を作っていた手を止めて応対する主人公。古今聖俗入り交じった書き出しから、この作者に求めていたものをあまねく受け取れて嬉しくなる。終盤無理に小説としてケリをつけようとしてどうでもよくなってるが。そこまではとても楽しめた。経済大学時代の主人公、先物取引に手を出し、親の貯金一億円をつぎ込んでしまう経緯、ホームレス時代にたまたまお寺に世話になり、そこの住職の人柄に惹かれ、やがて仏門に。そのまま作者本人の自伝というわけでもないだろうが、リアリティはあった。仏門に入ろう、とは思わない。十八歳の時、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』を読み終えた後二日間ほどは少し修道僧になりたいと思った。アリョーシャのように生きるのは、一番楽な選択なのかもしれないという不純な動機で。そういう熱意が全く長続きしないのは、良いこととも言い切れない。 お金の話が大半なのに、いやらしさを感じないのは、巧さというより人徳か。主人公の理州という名前のせいか。新潮社 2001年
2004/12/08
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この日、テレビでスケートの大会を放映しており、500mで清水が国内初の34秒台を出し一位になっていた。そこだけ見たので。12/5「スケート」氷滑り スケート場 競技または遊技の目的で氷上を滑走する器具の名称である。転じてスケーティング(氷滑り)のことをもいう。スケートのついた靴をはいて氷上をすべって遊ぶ。冬季に結氷する湖沼・池はすべてスケート場となるが、各地にスケートリンクが設置されている。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹 編) 説明文がちぐはぐ。スケート靴リズム刻める枹(ばち)となれスケートや内々廻る海辺の子スケートや氷り葉脈断ち斬られ博打負け下手なスケート繰り返すスケート場ホワイト・タイガー座り込む校庭で滑れぬ雪国三年生スケート場繋ぐ手ら手ら蒸発中雪の鬱スケート靴で家を出る「や」「かな」「けり」代表的な切れ字、あんまり使いたくない。「スケートや青くかなしき空の魚 平畑静塔」みたいにうまく切ることが出来ればいいが、ずるずるスケートを引きずるばかりで、切った甲斐もない。使いたくないのではなく、うまく使えないのだから、だからこそもっと使っていかないといけないとは思う。思うが、時代遅れの感は拭えない。 1句、スケート、リズム、とカタカナが続くからこそ、バチでもばちでもなく枹とした。バランスを取りたがる癖は悪癖でもある。カタカナの季語というのも、句の見た目を支配しがちで、簡単ではない。5句、ただ奇をてらっただけの句だけど、一番気に入ってる。6句、こういう川柳めいた句って大嫌い。8句、そもそも鬱になどなりたくてもなれない性分なので、気鬱装いつつ詠めば、深刻より間抜けな情景に傾く。 ここ十年は滑ってない。
2004/12/07
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小川洋子はもういいと思いつつ、題名に惹かれて。つい先日も同じようなことを書いた。 短編一つだけ取り出して読めば、小川洋子的雰囲気が描かれているだけで物足りなく感じるだろうが、通して読めば、前の短編からの繋がりが見つかり、結構楽しい。前半に登場していた人物が後半にも関わって来たり、終盤に向かって思わぬ輪が出来上がっていたり。 相も変わらず記憶からぼんぼん抜け落ちていく物語ばかりで、今日読んだところなのに、すぐに思い出せる強烈なイメージは、生まれつき身体の外に飛び出した心臓を持つ歌手に、心臓を入れる鞄を作る男の話『心臓の仮縫い』の中でしつこく描写される、剥き出しの脈打つ心臓だけだ。 書き写したい文章はない。 それにしても人が死にすぎる。どこまで死んでいくのだろう、こんなにも死を書く人だったか。いや、死こそ最大の消失であるから、これもいつものテーマの繰り返しではあるのか。残りページ少なくなってきた頃ふと気付く。おや、『寡黙な死骸』『みだらな弔い』という短編は存在しないのか。するとつまり、この連作集全体が「寡黙な死骸」であり「みだらな弔い」であったのか。道理で人がよく死に、挿絵がエロティックだったわけだ。 いくら読んでも物足りないから、いつか満腹になりたくて手を伸ばすということも、あるのか。実業之日本社 1998年
2004/12/06
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乗った駅でも降りた駅でも天井から吊された時計の明かりが点滅していた。繋がっているのだなつまり、と無理やりなことをすんなりと想いつつ、家に帰れば今度は台所の蛍光灯が切れかかっていた。そうするともうすぐここに電車が通るわけだ。終電にはまだ間がある。長い貨車がゴトゴト寝床近くを走られるのは困る、そんなことを。「冬館」冬の家 冬の宿 8句「夏館」に対する季語。和風家屋よりも壁の面積の多い洋風家屋構造のほうが、やはり冬館の語感には合うようである。 季語選びの時点で今回は失敗だったと予測出来た。「冬」を冠する季語は扱いが難しい。寒さや冷たさを感じさせる言葉を並べたら、しつこく見えるし、広がりがなくなる。館、家、宿、見たことのあるそれらしい建物を想像しつつ詠んだが、どの発想も建物にはね除けられた。暖具として猫太るための冬の宿冬館針一本で綻びる冬館水性ペンの文字凍る谷の底横たわる影冬の家般若筋死霊談笑冬館気長さも蔓延る病冬の宿猿が葺く屋根二畳半冬の宿灯消えるや家具尖り出す冬館 実景詠んだ句一つもなし。5句、「死霊談笑冬館」とまず書き、ここまで来たら全部漢字で揃えたい、般若家(『死霊』の作者埴谷雄高の本名は般若豊)の血筋の家、あるいは般若の家が立ち並ぶ筋、どちらでもよし。埴谷雄高自身は子供を作らなかった(作らせなかった)。『死霊』9章、白服や青服を着た人間でないものらの同席する誰かの誕生パーティーの場面を思い出しながら。6句、冬の旅行、宿についたもののすることもなく、普段と違いのんびりと過ごす、過ごしすぎる。それは穏やかながら病と言えないだろうかという程度に。7句、関係ないけれど、猿は単独なら優雅だが群れると人間に似てる分余計醜悪に見える。200円で餌を買い、ばら撒くと、大人の猿が子猿を殴ってまで食べ急ぐ。ずる賢いやつは餌を撒く建物の横から窓に近づき、係の人に棒で追い払われていた。小豆島での事。「館」だな。この季語の扱いにくさに拍車をかけているのは。
2004/12/05
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『鳥居のすべて』『鳥居入門』『誰でも出来る鳥居判別法』なんてタイトルだったら惹かれなかった。ぶっきらぼうな『鳥居』に眼が吸い込まれた。 古代の文献を繙いて鳥居のルーツを探る後半は退屈。結論は曖昧なままで終わるし。鳥と神話の関わりでは諸星大二郎『私家版鳥類図譜』を思い起こしながら・・・・・・『火の鳥』はすっかり忘れていた。 長崎被爆地の一本足鳥居、桜島噴火で埋没した鳥居の写真のインパクトが強い。この二葉の写真だけでこの本を買った甲斐はある。玄侑宗久の本を読み始めたので、仏教に対する牽制というか、バランス感覚で神道系の(というには軽いが)本を、という意味もある。 写真入りで種類ごとに違う鳥居の形が解説されているが・・・見分けられたから何だろう、という気になる。三柱鳥居や千本鳥居は見に行きたくなった。そのうち。 この本に触発されて街中の、立小便禁止の張り紙に書かれている鳥居を眺めてみれば、カラフルだったり、何かのキャラクターの絵が描き込まれていたり、むしろここは小便器と報せているように見えてくる。だからといってやりはしないが。光文社新書 2002年
2004/12/04
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心の琴線が太くなったのか。期待して読まなかったからか。思わぬところで良いものに巡り会うことが近頃多い。日野啓三といえば、彼の死に乗じて作品に興味を示し、ある程度好きになれるものもあったが、余程読むものがない時に触れる程度、という感覚だったのに。この短編集は「ある程度」抜きで好きになれた。 タイトルはいただけないが『孤独なネコは黒い雪の夢をみる』。古屋敷を守り続けて来た父が病に倒れる。父の夢の中で降る雪が現実に作用し、荒れるに任せている屋敷を隠す。それは父親を看取るため帰郷してきた息子を屋敷に住み着かせたいからでもある、という発想が素晴らしい。その息子も分裂した幾つもの自分と対峙している。代々一匹だけが棲みつくという猫もいい。 ああ、雪の夢もみた。うんと降った。 それは夢じゃないよ。いまも降ってる。 いや、夢だよ。 強い口調でそう言った。両目とも開いていた。白目の部分は濁っているが、眸には力があった。思わず視線をそらしながら言った。 ほら窓の外に降ってる。ちゃんと見えるよ。 夢だってちゃんと見える。 窓から手を出せばさわることもできる。 夢の中でもいろんなものにさわっとる。 おまえが帰ってくる夢もみる。 それなら確かに帰ってきたよ。 わしの言うのは、ここに住むために帰ってくるという意味だ。 いったん言葉を切ってから、父はじっと私を見つめた。 おまえが何だかぼやけてズレて見える。誰か一緒なのか。 ・・・・・・。 雪がいっそう激しくなり、窓のsぐう外で狂おしく渦巻いている。『孤独なネコは黒い雪の夢をみる』より「人ごみの中に紛れて僕は子供のような夢を見る」と延々と繰り返す歌があったな、そういえば。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はいまだ読もうと思ったことがない。「夢だってちゃんと見える」と言い返す死が近い父親が愛らしい。 ネコの目の位置から見上げると、黒板の天井はひどく遠く、庭の木々も高く、屋敷は床下、天井裏、納屋の二階、古い様々な農具と家具、竹やぶの中まで掘り抜かれている秘密の地下の穴、水の枯れた泉水、幾つもの離れ座敷への渡り廊下、深い木立と竹やぶ、乱立する庭石と石像、クモの巣とコオロギの死骸と脱皮したヘビの皮が、入り組み重なり合い、カビと腐食の臭気がよどむ荒れ果てた巨大な迷路だった。『孤独なネコは黒い雪の夢をみる』より 父が守り続けてきたものは妖しいネコくらいにしか棲みつかれそうにない、不気味に荒廃したガラクタだった。この父・屋敷・息子・ネコの関係が何故かあまり特殊なものと思えず、身近な、自身の周りにありそうな関係に思えてくる。今は人は住まず、時々誰かが掃除に行くだけになった私の祖父母(ともに故人)の家に、一度ネズミが出てきたことがあるそうだけど。 一篇にしか触れなかったが、『石の花』『砂の街』もこれまで読んできた日野啓三の短編ではトップクラスの・・・いや、作者が病を得た後とでは作品の質が別のものになっているか。 気障ったらしいいつもの文体は好きではないのに。なのに、大好きな短篇がある、この本には。中公文庫 1987年
2004/12/03
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本は読んだ。眠気の中でいい加減な感想書くのも勿体ないようなものを。 12/1「冬田」冬の田 冬田道 冬田面(ふゆたのも) 雪の田 冬田打つ 8句 稲を刈り取ったあと、なにも作らずそのままにしてある田のことである。麦を蒔き、また菜などをつくる二毛作の田は冬田とはいわない。刈り株から伸びた※ひつじ(のぎへんに魯)も枯れ、その刈り株じたいも黒ずんで、さむざむとした風景となる。真っ白く霜が降りていたり、薄く氷が張っていたりする。また、雪に覆われてしまうこともある。この間に地味を回復させ、春の耕しに備えるのである。荒涼とした冬田に美を見いだしたのは近代に入ってからであった。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より) 12月に入ったからいきなり「師走」を選ぶというのも芸がなく。大体一日で師走の何を詠めるのだろうか。冬の田に泣き崩れるものおらぬ日も冬田からとめどなく蟻流れ出す靴・ボール・老犬冬田に降り積もる冬田とは糞の母らの斬首跡冬田二枚雌雄の区別つけ歩く冬田に潜む二百年後咲く柿の種ザリザリと陰音響く冬田かな若者のまなこ濁せし冬田道 実際冬田の前で考えながら詠むべきだったか。昨日の最後で「枯れ色のいぼむしり」を使ったあとでは、僅か三文字の音に却って縛られた。 4句、「糞」をどうにかしたいとは思ったものの。斬首跡は刈り株の並ぶ様。稲はやがて脱穀され精米され売られ洗米され炊かれ人の口に入り糞の素となる。6句、音が崩れ過ぎ。「二百年」「柿の種」と奇抜な語を詰め込みすぎ。7句、夕方、夜の冬田の風景を思い出して、色事に絡めて、と考えて結びついたのは陰毛だった。が、それを入れるとあからさま過ぎて下品。造語は使わないに超したことはないが、いちいち立ち止まらず思いついたら使っていこう、ということで「陰音」。結果やっぱり解りにくくなった。 冬田にはいつでもカラスが居たな。それを詠み込むのを忘れた。
2004/12/02
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最近(ここ3日くらい)本をあまり読んでいない。森内俊雄『骨の火』が講談社文芸文庫から出た。いずれ名を連ねるだろうとは思っていたが、もう少しキャッチーな作品から始められないものだろうか。「若き日、級友を傷つけ、その告解の機会を逃したことから、神に背き、淪落の道に迷い込む漆山。後には母娘と通事、二人を死へ追いやる。信仰の背理を問う異色作」という惹句でどれほど人の目を集められるか。案の定売れてる気配なし。読んでからそれほど経ってないが購入。日記を読み返してみる2003/3/21 骨の火/森内俊雄玄侑宗久『中陰の花』をけちょんけちょんに貶している。引用している文章を読んでいる内に何の迸りか涙が流れそうになる。いい加減な記憶よりもずっと良い作品だったかもしれない。2003年3月? 「読んでからそれほど経ってない」? 月日の経つのが恐ろしい。 八木重吉や西東三鬼に初めて触れたのもこの本だったようだ。最も当時は、三鬼の句集を借りたものの、俳句を読むのに慣れられず、読み通せなかったが。「枯蟷螂」蟷螂枯る 8句 周囲の枯れとともに、体が緑色から保護色の枯葉色になった蟷螂のこと。蟷螂は雌雄交尾中、または交尾の後、大きな雌が小さな雄を食ってしまうことがある。生き残った蟷螂が枯れてゆく。(現代俳句歳時記 冬 角川春樹編 より) 最後の一文はなんだろう。蟷螂はとうろう、かまきり。別名いぼむしり。天井近く箪笥の色のいぼむしり枯色の蟷螂寂し捨てる子も枯蟷螂敵よりサンチョ探す眼眼枯葉中共喰うものはいぼむしり枯蟷螂喰える男に人加え枯葉降り鎌擦る音掻き消されいぼむしり肩に乗るなり夜の顔枯色のいぼむしり集う俳人宿 1句、あれは枯色ではなかったが、風邪をひいて寝ていた子供の頃のある日、部屋に迷い込んだカマキリを見て恐怖した覚えがある。3句、枯色のカマキリを、時代がかった戦士と見立て、サンチョを探すドン・キホーテになぞらえた。原作を読んだことはない。カマキリは複眼。7句、昔、自転車を走らせていると、木から飛んできたカマキリが肩に乗ったことが二度あった。なかなか離れず、どこかへ追いやるのも忍びなく。結局いつ別れたのだったか。8句、8句という数が性にあってきた。試したいことは大体やれるし、最後のシメにと気合いも入る。「枯色のいぼむしり」という使い方が一番気に入ったものの、後自由に使える文字数が少なく、迷った。「火事の跡」は以前使ったことがある。「師の寝室」「初句会」と出たが、決め手にかく。「俳人宿」が特別優れているとも思えないけれど、カマキリも俳人も似たようなものだ、と、いかにもありそうな宿を造ってみた。 子供の頃は別の種類と思っていた、緑色のカマキリと、枯色のと。年上の子が施した残酷な仕打ちの後、絶命しても動き続けるカマキリの腹。あの中にハリガネムシがいたのだろうが、恐ろしさに逃げ出した私は幸いそれには出会わず大きくなった。
2004/12/01
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