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きれいごとですが、思ったことを・・・。 「1票の格差」違憲状態で衆院選無効…一斉提訴( 12月17日読売新聞より) 最高裁が「違憲状態」とした選挙区割りのまま行われた今回の衆院選は違憲だとして、二つの弁護士グループが17日、27選挙区の選挙無効(やり直し)を求めて全国の8高裁・6支部に一斉提訴した。 前回衆院選を巡る訴訟では、高裁で「違憲」や「違憲状態」の判決が相次いでおり、早ければ来春にも出そろう各高裁の判断が注目される。 「1票の格差」が最大2・30倍だった前回衆院選について、最高裁は昨年3月、小選挙区の定数を各都道府県にまず1議席ずつ配分して、残りを人口比で割り振る「1人別枠方式」が格差を生む原因だと指摘し、同方式の廃止を求めた。 これを受け、同方式の廃止と格差を是正する「0増5減」を盛り込んだ選挙制度改革法が、衆院解散した11月16日に成立した。しかし、区割りを見直す時間はなく、衆院選は違憲状態のまま行われ、最大格差も2・43倍に拡大していた。 提訴後に記者会見した代理人の升永英俊弁護士は「違憲状態の選挙で選ばれた議員が法律を作り、首相を選ぶのは許されない」と批判。選挙制度改革法の成立について、代理人の久保利英明弁護士は「今回の選挙には反映されておらず、評価に値しない。裁判所は(選挙までに)是正しなかった国会の責任を追及し、無効を言い渡すべきだ」と指摘した。 今回の訴訟のポイントは、最高裁が違憲状態と指摘してから、国会が1年以上も格差を放置してきたことを、裁判所がどう評価するかだ。今回と同様に違憲状態のまま行われた83年選挙について、最高裁は「違憲」とした。ただ、この時は違憲状態とした判決の直後に衆院解散されたことなどを考慮し、選挙無効は回避した。 法によって立つ立場の人たちが形式的に出しているものなのであ~だこ~だ言うべきではないのかもしれませんが・・・。 選挙というものの存在、法というものの存在を根本的に考えれば『効果的な集団統治の手段・ツール』ということですよ。 できるだけ多くの方法論、意思を集団の行動に反映する。 また、その選択が集団を”その先の選択に窮さぬよう”多くの立場、知見によって研鑽できるようにするべきもの。 (そういう意味で”当選するべきでない候補”が今回も入り込んでいるようですが・・・) 要するに 『単純に数で割る民意』にそれが可能か?ということなんです。 同じような立場、見方、見識、利得・・・。 勝ち組に負け組。 数が多ければ正しいのなら国会だって召集しなくてもいいですよ。 言葉の誤解も関係なく、審議だってどうせ採決で決まるんだから ”聞く耳も頭も無い人たち”には必要ない。 それが数の論理です。 ついでにこの記事。橋下氏「独自候補ばかげている」 首相指名選挙は安倍氏に投票 (12月16日産経新聞より) 日本維新の会の橋下徹代表代行は16日夜、テレビ朝日の番組で、首相指名選挙では同党として自民党の安倍晋三総裁に投票する意向を示唆した。橋下氏は「これから党内で意思決定をやっていくが、自公でそれだけ(大量当選確実の流れが)きているのに、(維新が)独自の候補を出すのはばかげている。日本は多数決の原理が根付いていない。多数決の教育をしてこなかった弊害。最大限尊重していかないと」と述べた。 この人の悪いところはこの『多数決の原理』 それなら日本人より多い中国人やアメリカ人が言うことは世界的に正しいわな。 野党も参院もこの人にとっては要らんのでしょう。 民意が一度決まれば、どんな手段であろうが勝ちは勝ち。後は文句言うなってことですからね。 人間の多様性を認めない、複数の価値観の存在が一個のコミュニティに存在することを認めない。 これって”政治”が不要ってことなんですよ。 数の論理で小泉政権は政治を狂わせた。その後の民主党を台頭させ今に至る。 凡人=奴隷 とみなすなら数の論理は正しい。 今政治家、官僚が尊敬されない理由はまさにここにある。 自分の正しさというものに疑いも恐れも持たずにいる不遜。 私は政治家がぶれる事を絶対いけないとは思わない。 ただ、豹変する、朝令暮改というのに言葉が足りなければそれは”気まぐれ”と取れてしまう。 ここが政治家の素養として必要だと感じます。 それだけに舌禍やマスコミの挙げ足取りは問題なんですけどね。 民主主義を日本が捨てるのなら、もう成熟を目指さないのなら数の論理は正しい。簡単。 しかし、数の論理を正しいといっている人たちこそが民主主義や言論の自由などを標榜するのは如何にも矛盾している。
Dec 17, 2012
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まだ終わったわけではありませんが とりあえずネットも巡回したので雑感。 ・前回衆院選と同じ過ちという指摘多すぎ 日本の民主主義が成熟していないのは前回・・・そして今回の選挙でも明白なんですよ。 特に一般的な情報源となるマスコミの『争点』がどうでもよすぎる。 雇用の前提は何か? 生活の前提は何か? そして政党ごとに示されるべきライフモデルはどうなのか? 因みにこの点では大阪維新は問題外。一生での使いきりモデル・・・ つまり遺産を否定するかのごとき表現に終始していたんです。 単純に相続税で遺産というものは割り切れるわけでもないのにね。 過ちというには自民の大勝が『悪いこと』という判断なわけです。 争点を”選挙向け”に持ってきている第三極とか、内部での問題が悪すぎる民主党のほうが余程悪いのですが・・・。 問題は自民、民主ともに割れるべき内部闘争が温存されていることでしょ? 選挙に対する指摘としてはネット言論もどうかと思います。 蛇足ですがfbでのコメントってご本人たち自分の言葉を軽くしている気がします・・・。・選挙に年配者ばっかり・・・ 投票率自体も前回比でひくく若者の政治離れなんて言われてますね。 今回ニコ動での討論会が実現したり 一歩進んだ観はあります。 しかし、世論を引きずり回すエネルギーに 『年配者の数の力を覆すような強い思い込み』に欠けるようにも思います。 棄権する奴はすればよい。ただ、文句を言う権利も放棄すべき。 少なくとも年配者が目立つ = 投票行為は行う という当たり前の意思表示をしている。 当たり前のこともせずにネット上での批判 = 実際の若者の民意 というようなコメントもあるのには・・・。 選挙制度が良くない。 投票したいと思わせる候補が居ない。 無力感・・・。 いろいろあるとは思いますが、できることをしないで民意を語るのは無理がある。 年配者を納得させ動かすのって非常にエネルギーを必要とするし、実際には無駄なこともある。 仕事上でもえらい苦労して・・・。 まぁ私のことはどうでもよいのですが、ネット世論も『”便所の落書き”にも一理ある!』 というところまでいければ相当変わってくるような気がします。 それだけに長文を嫌うSNSの傾向というのは そろそろ『対象に対する表現適否、誤解の怖れ』というものを認識する段かもしれません。・東国原氏、比例近畿で当選確実 比例一位に持ってくる人材じゃないと思いますけどね。 このあたりに維新が失速した原因は・・・。・評価基準はひどいまま 投票のたびに思うのは選挙の際に出される候補者の情報が異常に偏っている点。 マスコミ露出、閣僚となれば多少判断材料にはなりますが、例えば『法務副大臣』といってもどのような政治信念で、どのような対応をできているのか、しようとしているのかがまったく見えない。 さらに政党名・離党暦を隠すような行為も平然とされる。 結局小選挙区制であることも手伝って党首等一部の政党イメージで大きく波打つことになる。 選挙公報も支援者に有名人を書き連ねてもその人達を”問題外”として終わりですよ。判断材料にはなりえない。 選挙制度改革で議席数や区割りよりもむしろ『どうしたら有権者に理解してもらえるのか?』を論点にすべきでしょう。
Dec 16, 2012
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選挙が終わる前に・・・選択の手引:2012衆院選 子育て、社会か家庭か(その1) 民自、担い手めぐり対立- (12月9日毎日新聞社より) 今年5月、自民党文教族の衆院議員のブログが「炎上」した。乳幼児に親が寄り添って育てる伝統的な子育てにより発達障害を予防できる、という議員の書き込みに対し「愛情で予防できるものではない」などの抗議が殺到したからだ。 発達障害は先天的なもので予防法はないという考え方が一般的だ。書き込みの内容は、発達障害への理解不足が原因とみられるが、乳幼児の健全な発達には親が一緒にいることが不可欠という考え方の根強さも示した。議員は1週間後に「誤ったメッセージになったのは事実」と謝罪した。 「小さな子を預けるのはかわいそうだ。もうちょっと大きくなるまで待てないか」 東京都豊島区に住む団体職員の女性(42)は3年前、生後4カ月の次男を保育所に預け働き始めようとしたところ、夫と実母に猛反対された。金融機関勤務の夫は小学生のころ、母親がパートに出て寂しい思いをした。 だが、都市部の保育園は常に満員状態で、比較的空きが出やすい年度末を逃すと途端に入園が難しくなる。1歳未満でも1歳以上でも、4月までに入園させなければ待機児童になる可能性が高まり、仕事に復帰するタイミングを逃しかねない。 女性は「母親でも一人の人間として社会的役割を果たしたい。女性が自分の生き方を決めてもいいのでは」と、次男を保育所に預け、子育てと仕事を両立させる道を選択した。 野田佳彦首相は6日、静岡県掛川市での街頭演説で「働きながらも子どもを預けられる。これは現役世代が一番望んでいるサービスだ。着実に進めていきたい」と訴えた。民主党は、前回の09年衆院選で「チルドレン・ファースト(子ども第一)」を掲げ、子育ての社会化を実現するための施策を打ち出した。今回のマニフェストでも「3歳未満の保育施設利用者を5年間で36万人増やす」などの子育て支援策を並べる。 一方、自民党は、総合政策集で「子どもは社会が育てる」という民主党の主張を「誤った政策」と断言。「子どもは家庭が育てる」と訴え、柱の一つとして「育休を取りやすい環境整備などで、ゼロ歳児に親が寄り添って育てられる社会の推進」を掲げる。 チルドレンファーストと女性の社会進出って正反対のものでしょう。 なんで必要性に迫られている介護事業ですら一事業として補助制度なしに成立していないのか? なんで保育所が足りない状況で私設で預かり事業(ママさん相互預かり見たいな形)が成立しないのか? なんで塾など”専門家”にゆだねたはずの子供たちが優秀といわれないのか?社会問題になるのか? なんで高齢出産や妊娠のプログラムがそこここでみられれるのか? 一つには社会で『母親』の印象があまりよろしくないのではないですか? 母親であることを前面に押し出すのは タレントであり政治家。 そしてそうした人たちは「本当に母親なのか?」と思わせるような非常識(私の見解です)を平気でやったりもする。 母親同士の付き合いというのも形骸化してくだらない部分は多分にあるにせよ 批判をし、される状況というのは面と向かってするのであれば有益なものです。 それが勤めを優先すると 「自分の子供がどうなのか?」というところは見たり、学校の先生に確認したりしても「親としての自分の関わり方」については学校や他の保護者、子供が指摘してくれないから修正・是正ができない。 今の社会ってアダルトチルドレンというよりもチャイルドペアレンツの社会なんですよ。 子供を生んで育てたと嘯いても 実際には成長機会を自分たちで制限して・避けて、『仕事』や『個人の自由』という言葉を逃げ道にしている。 子供の居ない人や独身者にとって見れば、こうした人たちを優遇する社会って馬鹿馬鹿しいでしょうね。 いい加減高齢出産をせざるを得ない社会から、『出産後のほうが社会と向き合える社会モデル』を試行すべきなんです。 社会保障の問題もここが基点ですよ。できなきゃいくら保育所作っても破綻です。 雇用も中小を受け皿にしてその後公務員や大企業が受け入れる形(ホリエモンも提唱してましたね)にすれば大きく社会のいびつは変わります。 つまり、・中小企業の社員教育に対する助成・中小企業の福利厚生に対する助成・中小企業の雇い入れに対する助成・公務員の”大企業を除く”社会人キャリア○年以上を雇用条件とする この程度で影響はとりあえず出るでしょう。 加えて言えば”出産””育児”をキャリア化できるように育児コミュニティ(コレは民主党の物言いに近い)への参加・協力を進める。 今の社会モデルではどっちにしても先は無いです。と、凡人は思うんですけどね・・・。
Dec 12, 2012
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私O型なんで、こんな記事には反論しときたいです。O型の比率が高い国ほど自殺率が低く殺人率が高い?(12月7日 ザイーガ より) タイトルの結論から言うと、人口と血液型(比率も含む)の関係と自殺率・殺人率の関係を51か国で調べた研究調査で、O型の比率が高い国ほど自殺率は低く、殺人率は高いという結果がでたそうです。ただし、血液型以外の多様な要因を充分に調べていないなど問題もあるので、「O型の人は自殺する傾向が低い」とか「O型の人は殺人する傾向が高い」とは一概に言えないので、更なる研究を進める必要があります。 こんな記事を紹介しておきながらアレですが、私自身、血液型の性格診断というやつをまったく信用していないわけですが、心理学でも血液型による性格占いはいわゆる「バーナム効果」を応用したものにすぎないという批判が以前からあるそうです。「バーナム効果」とは、誰にでも当てはまる性格の記述を、さも自分のために診断された内容のように思い込ませる心理学用語です。 例えば、「あなたは他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っていますが、自己批判する傾向があります」といった“診断結果”を受けた場合、そういわれた多くの人たちが「私ってそうだ。これは当たっている」と思ってしまうものです。この実験は、1948年、心理学者・フォアによってなされました。 ( 中 略 ) 脳科学者・澤口俊之氏によると、他にも血液型と知能に関する研究では、「B型の女子(子供)は他の血液型に比べてIQが低く、逆にB型の男子(子供)はIQが高い」という論文が15年ほど前に出ているそうです。これも、ある特定の地域の子供を対象に行った研究結果なので、一般化することはできません。 私O型ですが・・・というよりO型一族ですが、殺人って話はないですなぁ・・・。 むしろ私自身は自殺願望が強くて 少し高いところに上ると地面に自分の死体を思い描いている日々ですが・・・。 人を殺す、殺されるって言うのはむしろ後天的な部分・・・要は理性教育と環境の変数のほうが影響が多いでしょう。 記事に添付されているO型分布図で分類”赤”として多いのが北米とアフリカ。 逆に少ないのが中南米。 この時点で眉唾でしょうに。 古来の戦争多発地域から考えれば『殺人率』というのは人の多い地域・・つまり利害対立から発生するもの。 そして自殺というのは利害対立で追い込まれながらも『自動的な死』が選択されない『ある程度生きていけてしまう社会』に発生するものですよ。 血液型での安易な分類は記事でも触れていますけど、ある種の分類は当てはまりますよ。だけど分類は個を決め付ける絶対ではない。 その一方で『自分はこういうものだ』という自己暗示で自分の行動を統制することはある程度可能です。 というより直近で倒れるまでの2年間・・・それで持たせた私が居ますので、ね。
Dec 10, 2012
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少し間が開いたので 主だったニュースの感想から。 TPPの交渉が始まりました。 メキシコはまだなかされたり無いのか、もう後には引けないのか・・・。 選挙報道は偏向しているので飽きました。ただ、社会保険制度改正については一番現実的だったのが桝添さんってのが・・・。 この人連立入りってのは難しいんでしょうが、国民会議に放り投げるのではなくてたたき台をきちんともう一度この人あたりから作らないと話が拡散しますよ。 LINEはバージョンアップで電話番号orfb必須になって阿鼻叫喚。タダほど高いものは無い。 中央道の事故は見ていて姉歯問題や橋梁の耐用年数、上下水道の耐用年数の問題が放置されているのが思い起こされます。 首都高速は有識者会議が先ごろ行われていましたが、ここのところの公共事業で意識から抜けているのが『どこにお金を落とすのか?』(世間の金回りが良くなるのか)『ランニングコストを勘案しているのか?』(保守・メンテは結構、事)という点。 高くても良いというのではなく、目的に沿った 必要を充足する手法を追っていかないといけないと思われます。 とすると『民間の各種検査機関』に国が権益を付与されて栄える? なんだかお金のにおいがしますね・・。 今日の記事。低予算を強調してヒットした『勇者ヨシヒコ』の続編の狙い ( 12月3日nikkei TRENDYnetより) 昨年の7月クールで放送されたテレビ東京の深夜ドラマ『勇者ヨシヒコと魔王の城』。国民的ロールプレイングゲーム「ドラゴンクエスト」をほうふつさせながら、“安っぽさ”を前面に出した異色の作品だ。主演は山田孝之。ストーリー展開を重視しない脱力系コメディに、一部のコアなファンが食いつき、1万円台半ばと決して安くないDVD-BOXが3万セット以上売れた。アマゾンの年間売り上げランキングの「日本のTVドラマ部門」では1位を獲得。この反響の大きさを受けて、続編『勇者ヨシヒコと悪霊の鍵』が、10月12日から放送を開始した。 もともとのアイデアは、監督・脚本を担当している福田雄一氏が、『アーサー王伝説』を低予算でパロディに仕立てたイギリス映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』が好きだったことに始まる。「いつかあのような作品を作りたいという福田さんの意向と、深夜帯である『ドラマ24』という番組枠のマッチングがうまく働くのではないかと思った」と、浅野太プロデューサーは語る。 「“低予算“というだけでは訴えるものがなさ過ぎて、他局ではおそらく成立しない。でも、“テレ東の深夜帯で”となると、何となく低予算に説得力が増す(笑)。そういう部分も含めて、うちでしかできない番組です」(浅野氏) ドラマのオープニングでは、「予算の少ない冒険活劇」と堂々と表記。「スライム」に見える物体や数々のモンスターは、福田氏が主宰する劇団「ブラボーカンパニー」の役者たちが手作りする段ボール製。山形県の庄内映画村でロケをしているが、予算の関係でセットを組めないため、登場する村の景色のパターンにあまり変化がないなど、“安さエピソード”は枚挙にいとまがない。 ( 中 略 ) 「とはいっても、ヒットを意図して狙うのは難しい。ただ、総予算が多ければ数字が取れるというのは間違っている。お金をかけなくても当たるものがあるんだということを証明したい」(浅野氏) 映画化は現段階では未定。チケット代を支払ってまで見るのは、この作品のコンセプトから離れるからだ。実際の予算は、他局のゴールデン帯のドラマよりは少ないものの、通常の「ドラマ24」枠の予算と一緒であり、この作品だけが特別に低いわけではない。“予算がない”というマイナスイメージを逆手にとり、視聴者にインパクトを与えることでコアなファンを生んだ。第2弾の『~悪霊の鍵』でも「パワーアップゼロでファンを裏切らない」(浅野)という方針で、さらなるブームの拡大を期待している。 好き嫌いは分かれるというのが正直なところ。 というよりそれこそが『ターゲットを絞って予算も絞った商品の特徴』なわけです。 安いものがあふれるとデフレ・・・というのは一見正解なようで居て 商品の原価や流通方法を考えれば妥当なものもあるわけでして 全部が正解ではない。 SNSが本当に需要を反映しているかといえば どちらかといえば狭い世界で『過去の使いまわし』を無意識にやって楽しんでいたりする。 傍から見れば新しくは無いんだけども 楽しんでいる人たちにとっては新鮮というのはやはり需要なわけです。 この作品で言えば『割り切り』(アイディア)と『主要出演者』と『共有している視聴者』が『必要』なわけです。 必要なところにお金をかけ、浮いた分をほかにまわす。こうすればデフレにはならない。 お金が動かなくなると・・・・。 要するに足りないのは物事(世間)を動かすエネルギーだと思うんですよ。私はね
Dec 4, 2012
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