全4件 (4件中 1-4件目)
1
コザっていうのはトルコ語で「蚕の繭」のこと。この繭を茹でて糸を引けば、シルク糸ができるし、そのシルク糸で織ればシルク布ができる。シルク繊維の塊ってわけです。で、このコザを使ったアート作品というのが、日本にもあるけど、トルコにも昔からありました。ブルサなど、シルクの産地で見かけたもので額装されていたけど、お花を象ったものがほとんど。最近はシルク糸が見直しされ始めて、蚕の繭が市場に出回るようになったおかげで、コザに触れる機会も増えたせいか、このコザのアクセサリーやアート作品を再び見ことができるようになりました。オデミシュでも昨年あたりから、コザのお花やアクセサリーを製作しているのを紹介したけれど、今回見つけたのは地中海地方アンタルヤ県のアトリエ。某市でシルクの機織りを復興させ、蚕の繭を購入するようになった関係で、アクセサリーなどを作っているそうです。イーネオヤのアクセサリーも軽くてよかったけど、コザもとっても軽い。繭をカットして中身を取り出し、その繭を3~5枚に剥いでさらに薄くして、お花の形に成形していく作業。画像はオレンジの花と実。オレンジと言えばアンタルヤの代名詞。他にカーネーション。白バラ・・・・。白バラの白は染をしていない、繭そのままの色。これはキョウチクトウ。地中海地方にたくさん咲いている花。私の地元の千葉市の花でもあるのです。興味を持たれた方は、弊社ミフリのホームページで。手直し中でわかりにくいですが、左の一番したにコザのアクセサリーがありますので、クリックしてください。にほんブログ村 手芸(その他・全般) ブログランキングへ
October 28, 2014
「トルコのちいさなレース編みオヤ」おかげさまで売れ行き順調のようで、ほっとしています。お買いになってくださったみなさま、ありがとうございました。読んだ感想などもポツポツいただいています。間接的にはブログなどに感想などを書いていただいているのを拝見しましたが、直接お声を聞くとまた実感が湧いてうれしいです。さて、本に載せられなかったもので、おもしろい写真が出てきましたので、ご紹介します。イズニックの取材先の村で、村人たちの家にあるイ―ネオヤスカーフ(特にチェイズセルギシ用にとってあるもの)を最近作った新しいものから古いもの(あったら・・・の話)、並べてもらってもいいですか・・・・。とお願いしていたのですが、その写真。地域の伝統的なものから、全国共通の一般的なモチーフまで。以下はちょっと古いものを含む・・・です。本に載せられた内容は取材旅のほんの一部。何か機会があったら、裏話、四方山話でもさせていただけたらと思います。次回の帰国は1月26日~2月6日の予定。無精もので面倒くさがりのミフリ社長に代わって、イベント立てていただけたら、喜んで出かけていきますので、よろしくお願いいたします。イーネオヤに限らず、トルコのビジネスチャンスのお話でも、トルコでちょこっと海外生活を楽しむでも、トルコで年金生活・老後を過ごすでも、トルコで結婚式でも、トルコで年下イケメンと婚活(!?)でも・・・・テーマは何でもOKです。にほんブログ村 手芸(その他・全般) ブログランキングへ
October 20, 2014
店舗の改装がほぼ終わりました。1階を古い生活用品やアンティーク小物。そしてまだケースが届いていないので展示していませんが、私のアンティーク・イ―ネオヤコレクションの一部をご覧いただけるようにしたいと思っています。地下はかつてカフェを営業していたところですが、そこもきれいにして、絨毯屋仕様に変えました。広いスペースなので、キリムや絨毯を広げることができます。いままで絨毯屋なのに、キリムや絨毯を広げる場所がない・・・・だから見せない・・・って。なんなんだったでしょうね。今の店はドーガラジュというところにあります。アンタルヤのかつての中心地です。現在のアンタルヤのモダンな繁華街は別になってしまいましたが、今でも下町風の作りで、アンタルヤで一番人気の青空バザールが開かれたり、問屋風、職人さんの小売店、庶民の食堂などが並んでいる場所です。メイン交差点の角にスタートホテル(Start Hotel)があります。その真後ろにあります。改装後で店舗の前に看板がついていませんが、お花屋さんの隣にありますので、わかると思います。今の店舗は2007年から同じ場所にあります。その以前はカレイチという旧市街の時計塔から入った通りに1995年~2007年までいました。今年で私のトルコ起業人生20年になる計算です。(その前は何もしないでブラブラ遊んでいましたので、商売始めてからという意味です。)たいして大きくもしていませんし、稼いでもいませんが、よく潰れずに続いたと自分でも驚きます。というよりは、気がついたらいつの間にか20年間経っていた・・・・というのが実感です。トルコで起業するというのは、実は考えているより簡単ではありません。でも私みたいな人間でもやっているのだから、実は気軽にできるのじゃないか・・・とたいていの方が思われているかと想像します。会社を設立すること自体は難しくないです。登録して、それにかかる費用を払えばいいだけですから。でもそれを正式に発足し、継続させるために、いろいろしなくてはいけないこと・・・・これが、自分の国でやったって大変なことを、外国で外国人としてやらなければいけないということですよね。他人任せにスーツケース1つできたところで、残念ですが先は見えてしまいます。それでも遊び感覚で起業したいというのであれば、もちろん何も問題はありません。実は私も最初はそんな感じでしたし、ダメなら日本に帰ればいいんだ・・・お金はあるだけ使って、儲けなくても、そのお金で海外での起業ゲームを楽しんだと思えばいいんだ・・・・。私の場合は、時期的なこと(トルコの物価が安く、滞在する日本人がまだ少なかったことなど)と、トルコの外国人の起業に関するシステム的なことなども含めて運が良かったのだと思います。ご飯が食べられる程度に稼げて、1つの職業を専門的に続けたことでおかげさまで仕事が絶えることなく、辞めるタイミングがなかっただけなんですけどね。トルコで昨年起業された日本人のお友達が2人います。起業される際に、いろいろ相談にのりました。私は前例がない中で相談する人もなく、苦労しましたので、少しでもお役に立てられたらいいと思っています。法的なことなどは、トルコ人だってわからない、知らないことだらけです。外国人企業は、トルコ人の会社より監視の目が厳しいですから、気をつけなければならないこともたくさんあります。くわえて就労ビザという大きな壁があります。トルコはご存じではない方も多いと思いますが、トルコ国籍を取得しない限り、トルコ人と婚姻関係にあって滞在許可があったとしても「就労ビザ」を取得しないでトルコで経済活動を行うと(それがトルコ人旦那の店であろうと、インターネットショップであろうと)、不法就労になります。周囲を見回しても、たいていの方がこれに当てはまるかと思います。そして就労ビザを取得するためには、最初の6年間は様々な条件を突き付けられ、それをクリアしていくのが容易ではありません。会社のオーナであろうと、その条件は同じです。大きな出費をして会社を設立しました。就労ビザの申請をしました。トルコに投資をしています。でも就労ビザを無条件で貰えるわけではありません。これはトルコがトルコ人をたくさん雇用するような大企業の進出は受け入れるが、それ以外の小投資で雇用にも特に利点がなく、トルコ人の経済活動を脅かすような小さな企業はいらない・・・・という考えからなんだと思います。だから大手や出向企業は別ですよ。あくまで個人レベルの小さな会社の話です。ところでトルコ人と結婚しても、日本のように労働の権利を与えてもらえるわけではないと先に書きました。が、外国人の雇用に関して、トルコ国籍の人と婚姻関係にある人への措置として特別就労ビザというのがあります。詳細や条件も書かれていません。正体は不明です。でも、これは実際、必要だと思います。トルコの場合、女性が外国人という例が多いので、トルコ人の旦那が稼いでいれば奥さんは働く必要がないという考え方に基づいているかと思いますが、これだけ外国人のお嫁さんが増え、トルコの物価もあがり、夫婦共働きをしなければならないこともあると思います。それに経済的な理由だけでなく、女性だって「働きたい」という意欲や希望がありますよね。たまたまトルコ人の旦那を持って、トルコで生活している、というだけなのですから、トルコ国籍者と婚姻している人への就労ビザは簡単にするべきだと、私も思います。20年、トルコで外国資本現地法人の同一会社のオーナー経営者である私でも、この就労ビザには散々苦労しました。設立当時は内務省の管轄でしたので、さほど難しくはありませんでしたが、現在の保険労働省に移行してからそれまで3年間ごとに貰っていたものが、最初からやり直しで1年ごとになり、それも条件がいろいろついて、大変でした。その条件の一例ですが、外国人1名雇用するのに、トルコ人5名正式雇用を維持しなければならないというのがあります。もちろん誰かがやめてすぐに働く人が見つからない・・・ということもありますね。ある月2人辞めて3人になっちゃったら、翌月7人雇用すればいいのです。最低60人/12か月という計算になります。かつて(私が申請していたころ)はなかったのです。この条件。それがトルコ人1名以上、3名以上になり、5名以上と厳しくなっています。実際、小さなレストランなどだと難しいですよね。そんなに人必要ないですし。それでも雇って、社会保険を払ってお給料を払わなければならないのです。これが大前提ですので、これができていないと就労ビザの申請をしても最初にハネられてしまいます。私のところも極零細起業なので、5人なんて条件突きつけられたら、そんなに雇えません。でもおかげで今は、長年かけて諸条件をクリアし、無条件で就労ビザの更新ができるようになりましたので、悩まされずにすんでいます。それも法律がコロっと変わってしまえば、それまでなんですけど。ということで、日本から来てトルコで個人レベルで起業をお考えの方は、投資額はゲーム代と思える気軽な方は別にして、人生かけようとか、稼がなくてはいけないと思うのであれば、お金が係ることです。慎重に、他人任せにしない方がいいかと思います。任せるにしても、それなりのプロにお金を支払ってお任せすることだと思います。自分でやる・・・という方もいるでしょう。もちろんそれも可能です。ただ、そのためにはトルコ語読み書きできること、もしくはビジネスレベルで英語を理解していること。トルコの投資、雇用に関する法的な内容を理解していること。トルコの慣習・トルコ人の性格などを知ること。これらは最低条件だと思うのです。にほんブログ村 手芸(その他・全般) ブログランキングへ
October 15, 2014
すみません・・・途中いろいろ省略して北キプロスの旅シリーズ最終回です。すっ飛ばした部分はまたいつかの機会に・・・・・。さて、北キプロスに来る2日前までトルコの黒海からシリア、アルメニア、グルジア国境の旅をしていました。黒海と言えばトラブゾンなんですが、トラブゾンではスメラ僧院になんと20年ぶりに登って来ました。良くも悪くも、予想以上に変わっていました。まず観光客の多さにびっくりです。特にトラブゾンはどこ行ってへも中東系の観光客で大賑わいです。スメラ僧院はマチカからさらに山奥に進んだ場所の山の崖っぷちに作られた修道院です。崖斜面をひたすら登って辿り着きます。人里離れた、出入りの困難な場所で修行していたってわけですね。20年前は冬だったこともあり、その崖道を滑りながら上がったわけですが、今回はそんな体力はありません。で、車道で上まであがり、1kmほど登山道をスメラ僧院の入り口まで歩きました。崖を上がるよりはよほどラクだったのですが、それでも息切れ、ヒーッ、ヒーッです。地中海のクズカレシにあるアダムカヤラルとか、天国と地獄とかも上り降りで苦労しました。心の中でもう二度と来ないって決めています。ところがスメラ僧院もアダムカヤラルも天国と地獄も、聖ヒラリオン城に比べたら子供のお散歩でした。(普通に来れる観光名所レベルとして・・・・って意味です)キプロスは北に山脈があり、その山の上に聖ヒラリオン城はあります。途中に教会やらいろいろあるのですが、頂上に見張り台とヒラリオンの宮殿跡があります。途中まではちょっとしたのぼり坂ですが、ワンピースとサンダルで普通に観光できるレベル。キッチン跡などがある辺りは上下、前後に迷路のようです。その先、急な登り道があり、それを上がっていくと景色はとても素晴らしいのですが、先が見えないのです。登れど登れど辿り着かない。しかもサンダルで来るなんてあまかったです。 ↑ めちゃくちゃ疲れて機嫌が悪い しかも道がとても急で、足を一歩踏み外したら崖を転がり落ちるしかありません。標高が高いので風は涼しくて気持ち良いのですが、進むにも戻るにも汗だくで足もガクガク。ひゃーっ、やめておけば良かった・・・・です。でもここまで登ってしまったので、見張り台まで登ろうと頑張りました。見張り台まで行ったら、宮殿跡まであともう少し。服も顔も汗でドロドロ、足元も砂と土だらけ。でも山頂からの景色は一見の価値ありの絶景でした。思ったより時間がかかったので、降りたときには入場門は閉められ、管理人も下山したあとでした。-------------------------------------------------------------------------10月3日(金)から7日(火)までの5日間犠牲祭の公休になります。公的機関、学校などもお休みです。にほんブログ村 手芸(その他・全般) ブログランキングへ
October 3, 2014
全4件 (4件中 1-4件目)
1