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母より聞いた話。 何の気なしに、父に 「今日のゲッコウカメン録画しておいて」 といったそうだ。 ・・・とりあえず私の知る限り現在の日本においてそのような番組はない。 かりにあったとしてもケーブルなんぞという気の利いたモノに実家は加入していない。ごくごくふつうの一般家庭である。 父、新聞を観ながらしばらく考えて冷静に 「ああ鞍馬天狗ね。録画しておくよ」 と答えたという。 時間にして数秒。 なんで通じるんだ。検索エンジンの「ひょっとして機能」でもこれは無理だろう。 ゲッコウカメン→往年のヒーローモノ?→番組表検索→該当1件 という思考過程が凄すぎ。 もとい、その冷静さを褒めるべきか。(♂)
2008年01月31日
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乗り換えの駅にて。 自分が降りる階段の前の中年女性(少なくとも自分より年上)が、コートのヒモをひきずっている。 コートの紐。あの背中というか、腰からぶらさがっているアレだ。ゆるんでいるのだ。あんなもんなんでぶらさげとるんだ。扱えないならとれ。 ああ、言ってやらなきゃ。あなたのコートがどうなろうと知ったこっちゃないが、後ろの人が踏んで転びますよ。転びますよ。転びますって。 活用にならない活用を繰り返しながら階段を降りていく。 現時点で後ろの人はちなみにオレだ。 踏まないけどな。体育2だけど。 一歩一歩。時間がすぎる。 よしいうぞいうぞいうぞいうぞ と往年の新興宗教みたいなことをくちずさみながら近寄ろうとした刹那。 彼女はトイレに入ってしまった。 嗚呼。 待ち伏せしてわざわざいうのもアレなのでそのまま帰る。 家まで彼女は一筆書きを続けるのかしらん。ヒモの先に、たくさんの人生がひっかかることだろうよ←大げさ。(♂) なんとなく、脳内を流れたメロディはこれ↓ チューリップチューリップ『青春の影』
2008年01月30日
会社から帰ると玄関にムスメが立っていた。 ただいま。おかえりは? と挨拶をせかすがあいかわらず言わない。困ったものだがしつこく言い続けることにする。 というわけで父の苦悩をヨソにラムネが入ったマイクのおもちゃで遊んでいる。 留守番をしていただいている義母曰く「さっきまでどんぐりころころ歌ってたのよ」 ほほう、じゃあ歌ってよ。というと、 ニコニコとマイク持って歌い始めた。なぜか2番からだ。しぶいぜ。このへんはよし。 私は歌えといわれて歌うのがとても嫌いだった。兄2人はなにもしないのになんで自分だけが歌わされるのだ?←末っ子の屈折というやつだ。 それはそれとして。 歌い終わったので拍手をしてやると喜び、そしてマイクを前に突き出した。 生意気にも コールアンドレスポンスかよ。 ・・・Yeah!One More Time!とか叫んでやるべきなんだろうか。 っていうか、どこで習ったんだそれ。教えてないぞウチでは。 次はマイクを白いガムテで傘に固定して踵で蹴って空中で廻す練習でもさせるべきだろうか。 とりあえず、首からタオルを上に投げる練習だな。まずはそこからだ。OK?(♂)
2008年01月29日
田口ランディ・五木寛之とさすらうような人のエッセイを続けて読む。意識したわけではなくなんとなくのセレクトだ。神田の古本屋で2冊100円。でも内容は充実。ほくほく。 田口は家庭環境と風土のミスマッチがあり、五木には国家への懐疑を抱かせる引揚体験に加え教師の父が闇屋になるという価値観の崩壊が・・・などと数冊読んだだけでもっともらしくまとめてしまうのは大学生の一夜漬けレポートより乱暴すぎるか。 読みながら年齢と書かれた時代を意識してしまう。これ書いてるとき五木寛之3●歳かよ!変わんないじゃん!とか。 全体に日本人が(なのか全人類なのか)年とるのが遅くなってるので一概には比べられないがやはりびっくりする。 こんなに重い文かけねーよ今。 仏教ジジイになってからはまったく読んでないがこのころのギラギラした文は好きだ。ギラギラの行き着く先が今だったとしてもべつに読者までいっしょについて行く必要はないだろう。 枯れるほどなんにもやってない、まだ。 いつか「京都で気楽に暮らすにはお客さんでありつづければいいんだ」という達観したような文章を読んだ記憶がある。たぶんそういう土地に縛られない感覚が地方出身者のなにかをくすぐった ・・・とついまたまとめてしまうが。 あらためて所在を問う必要もなく、かといって生まれ育った土地に郷土愛を抱くこともないままのほほんといられる私はたぶん愛情いっぱいすぎる育ちなんだろう。べつにそれはコンプレックスではない。 作家にはなれないな、と思うだけだ。(♂)
2008年01月28日

おとーさんおきてー、とムスメに起こされる。まだ8時なのに。前日早寝したのでバリバリ全開(死語)らしい。おはよーとめずらしく挨拶までしやがる。 うぬぅー。と原テツオ先生の悪役のような声をだしつつ布団からでる。 最近首周りにでっかいタオルを巻いているので目覚めが快調である。そうはいっても眠いもんは眠い。 ホットケーキを焼くことにする。 適度に手抜きだが、適度にフライパンをつかう快感を満たす、という理由からだ。 珍しく焦がさず焼けた。 ふたりで食う。珈琲美味し。 オムツを練習パンツに替えつつだらだらと新聞を読む。 昨日の新聞だが呉智英のコラムが面白かった。 「連合赤軍になかったのは知性だ」知への圧倒的な信頼を置いた上でのこの言い切りっぷりは爽快だ。知性からはじまったはずの集団の迷走をこれほどまでに斬った言葉があっただろうか。 今日の新聞に載っていた伝説的編集者の話に笑う。 作家が泊り込みが続いたので奥さんが「このままでは死んでしまいます」と泣きつくと鬼として知られた編集者は言い切ったそうだ。「そんな作家は死んでしまえばいいんです」 すげえ。こうやって言葉が残っているということは、手配のまずさを怒号でごまかす人ではなく責任感を持って動く迫力をもった人だったのだろう。 「真剣」とはよくいったものだ。 布団を干し、だらだらとスラムダンクを読んでいたら昼。体力が消耗していないのでこのままでは昼寝しないだろう。ということで無理やり散歩に連れ出す。 パンやでパンを買い、公園で食う。ふたたび家へ。 野菜を軽く刻み、チャーハン。最近なにかと「イラナイヨー」と拒否から入るのってなんだ。つんでれってやつか。 それと抱っこ攻撃も火の近くはやめてね。 クルマに乗せて昼寝。 起きてきたので岡山の某大手教育産業の虎のシール絵本で遊ばせる。うーん、ステップがあがると自由気ままからやや「誘導」になってしまうのはいいのかどうか。 夕方、かみさんを迎えに行く。乾物コーナーで賞味期限が過ぎたチラシ寿司の素を発見したので急遽チラシ寿司。ムスメに好評。(♂)
2008年01月27日
ムスメは最近お絵かきに夢中だ。 正確には「クレヨンでたくさん線を描く」のに夢中だ。いまだにいわゆる「絵」は描けていない。授業じゃないんだし好きに遊べばいいじゃん、というかんじでとらえている。 それはいいのだが、恐ろしいのが「オトーサンも描いて~」といってくることだ。描いた絵のまわりにがちゃがちゃ線を引くのが好きらしい。 かみさんも義母も同じことを言われたので家になにやら怪しいお絵かきが散らばっている。義母の描いたムスメ像とか、かみさんの描いた阿蘭陀ウサギとか。 しかたがないのでムスメの横顔を描いてみた。クレヨンを握ったのは何年ぶりだろう。ヘタすれば小学校まで遡るのか・・・という言い訳はともかく。 かみさんに見せたら怖いと言われた。自分でもそう思う。 そうやって大人3人の画力が彼女の情操教育に毒なのか薬なのかわからんが影響を与えていることは間違いない。大丈夫か2歳児。 でも顔を描くのは楽しい。名刺の裏に覚えるために描くことがあるし、眠くなりそうな会議のとき眠気覚ましに描くこともある。 そういえばもう亡くなった父方の祖父は実家に毎月季節の花のイラストとともにハガキを送ってきていた。今考えればカッコイイことをしていたものだ。 世界をどう捉えているか と考えるのは大げさだけど、自分が何をみて暮らしているかはちょっと振り返る必要はある。 ちなみに中学のとき同級生から「お前の描く似顔絵は特徴を強調しすぎる」といわれたことがある。悪意がないだけにさぞかしそいつは腹が立ったのだろう。 カラオケ感覚で絵を描く機会があったらやってみたい。歌と違ってモノが残ってしまうからなかなか難しいだろうが。(♂)
2008年01月26日
朝出社すると総務嬢が「みた?」と聞く。 なにを?と聞き返せば応接室に納入さればかりの応接セットのことだ。 自分がつかうわけじゃないし、ある経営哲学の本に載っていた ダメな会社ほど応接が立派だ といういつもの意地の悪いコメントも喉の先まででていたが、そんなことをいって彼女を困らせる趣味はない(←ほんとはある)ので黙っておく。 ほんとはどうでもいいのだが、めったにまじまじとみる機会もないので野次馬根性で覗いてみる。たまたま彼女が掃除のために部屋にはいる日だったのだ。 さすがO家具。立派である。 しかし。 立派であるということはかなしいかなまわりのみすぼらしさを強調してしまうのだ。これを置くなら床もリフォームしなくてはいけないし、カーテンも高級なものにしなくてはいけない。壁もダメだ。 あるいは人間も ・・・とまではいわないが。 そうやって考えるとステップアップというのがいかに難しいことかというのがよくわかる。 大先輩の女性があるとき「ようやくダイヤが似合う歳になった」といっていたのが印象的でよく覚えているのだが、自分を「上」(どんなジャンルでもよし)に行かせようとしたらダイヤを買うだけではダメなのだ。 ふさわしいなにか。という要求される要素。それを満たせるか? もちろん世間には上下スウェットで鞄だけルイ・ヴィトン、とか、給食費払わなくてもクルマはベンツというステキな着こなしのかたもいらっしゃるけれど。 私が最初に勤めた会社は金融系でもないのに関西系のせいかネコも杓子もローなんとかという高級時計を欲しがっていた。あれはバブル(もう崩壊していたが)の勢いかしらん。どうやったら似合うようになるかいまだにまったくわからん。ナニワの帝王とかああいう仕事就かなきゃだめなんじゃないかしらん? それとも関西弁つかえばええのんか? 実は会社が苦しいときほどリフォームしまくってあとがないように突っ走ったほうがいいのかも。応接のために、壁のために、社屋のために、と強気の営業をするんじゃないかしらん。 背水の陣で勝てるのかどうか知らないが。(♂)
2008年01月25日
知人の話。 長期休養明けの同僚が挨拶にきた。上司に連れられて顔見世の様子。どこか他人事な感じが否めない。 知人は怒っている。 ついてまわるだけじゃなくて自分から「ご迷惑おかけしました」とかひとこというのがふつうだろう? 怒っただけではなくて上司のいないところでとっつかまえて実際に説教したらしい。漢だぜいまどき。 そういえば、犯罪者はかなりの率で挨拶ができない、という話を聞いたことがある。 スジモンが若いのに叩き込む最初は礼儀だ。組織の是非はともかく、段階としては正しい。命令指示系統を考えれば挨拶もできなければはじまらないだろう。 要は社会性の象徴なのだ。挨拶は。 自分が他人にとっては他人である。他人の世界のワンピースを形成している、という意識があれば「ご迷惑を」と自然にでるはずなのだ。あるいはそういうところに気がつかなくてはいけない。 他人は自分にとっては自分である。とまではいわないまでも、天動説で生きているひとにはそれがわからない。 天動説で生きる人。それをわれわれはガキと呼ぶ。 ガキは他人には容赦ない。そして自分に甘い。世界は自分のために動いていると思っている。声かけられて当然とは思っても、声かける義務には気づかない。 大切なのは他人への意識と距離だ。人間関係の距離をうまくとれないひとは一度挨拶の意味を考えたらいい。あるいはどうやっているか見直すといい。 なあなあでもなく、つっけんどんでもなく、笑顔になれるちょうどいいボリュームがあるはずだ。わからなきゃさわやかな他人の真似をすればいい。 ・・・といっている自分はつっけんどんだったりするのだが。(♂)
2008年01月24日
ボスがある社員を指して、ぼやいていた。 故障がいい機会なんだから、治せばいいのにまったく生活スタイルを変えようとしないんだよなー。いろいろ自分で治そうとしたけど変わりませんでした、というならわかるよ。でも自分がなにかハンデでも貰っていると勘違いしているんだろうなあ。守るものがあれば自然と変えるはずなのにね。 同意。 自分の中で知人バカランクを設定している。 最低ゾーンの名前を仮に「Tレベル」と呼ぶこととする。 Tは知人の同級生だ。修学旅行で自分のクラスのバスにツバを外から吐きかけたらしい。 ヤンキーとしては合格だが人間としては終わっている。 いまごろは更正して普通のおっさんになっているのだろうが、バカの金字塔として永遠にオレの中で輝きつづけることだろう。おめでとうT. そういうわけで、バカをTから何センチ、という距離で測ることにしている。このTがいってみればジャンプにおけるK点にあたる。超えるのはなかなか難しいはずだ。 いまのところそのレッドゾーンに位置しているのは、妊婦なのにヤニ食ってた方と、内臓いかれているのに酒をやめない方と、内臓いかれているのに暴飲暴食をやめない方と、脳の故障を伴っているのに喫煙ゾーンにいてなんとも思わない方である。 そういう方々がどうなろうと知ったこっちゃないのだが、他人に迷惑かけるのはやめてほしいものだ。不健康を自慢するのはリカバリーできる年齢の間にしてほしいものだが、不思議と歳をとるとみんな病気自慢するのって不思議。 太っているのに大食いをやめない自分とか、睡眠不足なのにブログ書いてる自分もいい線いくのかしらん。(♂)
2008年01月23日
田口ランディ「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」(幻冬舎文庫)を読み始める。 子宮を感じさせる、身体意識に満ちた文章。同じ著者で寺門琢己と妊娠について語りあった本があるが、あの延長上にある。全身で書かれている。 えぐるような表現。かつて自分が映画や芝居にもとめた「リアルさ」ってこういうモノだったような気がする。どぎつさを隠した冷静。ゆるやかな毒。 「かつて」と書いたのはもはやもとめてはいないからだ。「気がする」と書くのも文章に距離をおいてしまう理由がよくわからないからだ。 歳をとったのかもしれないし、昔より真剣に生きているからかもしれない。 「リアル」な(というよりヘビーな)ことなら日常にいくらでも転がっている。なんでわざわざ読む必要があるというのか。 それでも読みながらちょっとどきどきする自分に安心した。よかった、錆びてない。(♂)
2008年01月22日
雪だからやばい、とブーツを履いていったのに降らないってどうよ。 傍目にはブーツとはわからないヤツだが。どうせならくろこだいるだんでぃーみたいなやつを履けばよかった。拍車つきで。いっそのことカウボーイハットはどうだ。 どっちももってないけど。 というわけで1日足元が暖かい上にかぽかぽと動きづらくて眠くなるのを堪える。 チーム編成の関係でヒマだ。3月になれば否が応でも戦場になるのだが、このヒマな間に自分の仕事の再構築をしなくてはいけない。 つい追い詰められてからなにかを変えようとするのだが、ほんとうは暇なときに次の布石を打たなくてはいけないのだ。 まずは足元だ。いま自分が置かれた状況と、不足している業務を文章化しなくては。 朝礼なり、個人的な報告なりでルーティンワークを「みえる仕事」にしなくてはダメだろう。 いま、なにをしていて。どんな問題があって。どう解決しようとしていて。どこにいこうとしているのか。 これから登ろうとするヤマを朝みるのもいいが、降りてきたヤマを夕方振り返るのもいい。 行く地図と、通ってきた地図にポイントを。ゴールすればいいってもんじゃない。 メキシコ五輪のあと日本サッカーが停滞した理由をあるひとが書いていた。 当時新鮮だった基本戦術(というより用語)を当時の関係者が「それはできる。簡単だ。もっと新しいものはないのか」と追求するあまり基本をおろそかにしたそうだ。 予備校行くと成績があがると勘違いしているアホ受験生みたいなもんか。 自分はなにができるのか。そしてちゃんとできているか。 とりあえず自分に拍車を。(♂)
2008年01月21日
アルコールも遅寝で抜けて。昨日さぼった家事をやる。 洗濯。掃除機。床拭き。布団干し。おかたづけ。 ムスメがわがままを覚えて、食事の途中「いらないよー」と抜かすので怒鳴りもせず勝手にしろと放牧するとすぐ飽きたらしく足元に戻ってくる。イヌか。 うまく相手にしない術を覚えたい。無視じゃなく放任じゃなく大人の余裕というやつだ。 なぜかムスメハマーのトミカを気にいる。しぶいぜ。ちなみにハマー、後ろのドアが上にあがるツクリになっている。細部のこだわり。 美は細部に宿る。 昼、散歩に連れ出す。夜の鍋の準備。雪が降るなら寒い→鍋、という安易な発想だが。 スーパーでえのきとしいたけとトリとタラと春菊と長葱と木綿豆腐。律儀に鍋の素に書かれたレシピどおり買うオレって男の買い物だと笑われるのだろう。 そのままパンやのイートインで昼食。すっかりダメ親である。でも米国資本肉挟みパンは将来も食わせないつもり。あんなもん食ったらバカになる。その証拠に自分も2年に1回ぐらい食うからわかる。 米国資本肉挟みパンといい、某炭酸飲料といい、やふーといい、もともと米国のモノを日本人が運営すると本国より成功するのってなんだろう。補完するなにか秘密があるのか。キメの細かさかしらん。経営のハイブリッド。 まあ逆はないんだろうけど。 帰りはバスに乗り、帰宅。そのまま上着をとり、靴を脱がせてクルマにつめこんで昼寝させる。成功。 WEBで遊んでいたらカブトムシの幼虫のチョコが秋田のヨーカドーで大人気というニュースに驚愕。つくるやつもつくるやつだが買うやつも買うやつだ。ぎょえー。 夜、材料をすべて仕込んで仕事帰りのかみさんをむかえに行き、風呂に入らせてその間に調理。春菊美味し。(♂)
2008年01月20日
朝、米を炊き忘れたのでパンを探す。1枚しかない。 しかたがない。ホットケーキを焼くことにする。焼く理由ができてちょっとうれしい。 卵と牛乳。あとホットケーキミックス1袋。 4枚焼きムスメと食べる。自分で焼いたのは2年ぶりぐらいか。すこし焦がしてしまった。 むらす瞬間がなんかわくわくする。じゅわー。 自分はインスタント珈琲。ムスメは牛乳。栄養価が偏っているのでいちおう味噌汁も飲む。食いあわせ悪そうだが。 気合が入らないので洗濯物だけ干してムスメをほったらかしにして「スラムダンク完全版」を読む。やっぱり面白い。「バキ」も完全版が欲しい。でもまずは本をなんとかせねば。 母より電話。母方の実家で法事があり、みんなで豪華なもちよりパーティーになったとの話。楽しそうで幸い。 母方の実家は非常にうるさくて「家」かくあるべし、みたいな哲学がある家だ。子供たちもいろいろ若いころは葛藤があったにせよいい歳になり自分の子供を連れて「家」を守ろうとしている。いとこ同士が仲がいいのがみていて微笑ましい。みうらじゅんは「親孝行はプレイだ」といったが、プレイも円熟味を増すといいものだ。 昼ごはんを食べさせる。いつもなら昼寝させるべく散歩させるのだが夕方に備えて体力温存。 着替えさせてバスに乗る。夕方から遠方で会社の飲み会があるのでかみさんの職場に接近して受け渡すのだ。電車でもおとなしくすごす。いいコだ。GAPでうろついて時間をつぶす。 店内の温度が高いせいかムスメがくたっとする。夏はセーターを着て冬はTシャツって。ヘンな国だ。というわけで無事受け渡しに成功。 電車で大移動して遅刻して参加。魚屋の2階というアナーキーな会場なのだが蟹は出るは魚はでるは。美味い。なぜかみんな飲むペースが早く2人ほどつぶれる。でも荒れないのがこのメンツのいいところ。バスがないので適当に離脱。遠いのがたまにキズだ。長い1日おわり。しまった、お酌せずに過ごしてしまった。反省、(♂)
2008年01月19日
通勤途中私はみた。 ハンドバッグをスーパーのビニール袋で完全につつんだひとを。 サブバッグも同じく雨対策をしているひとを。 それは30代OL。冬ファッションでかためたおしゃれなひとだ。 たしかに空は曇っている。まだ降ってはいないものの気配はある。 水に弱いカバンを大切にする女心はよしとしよう。 しかしだ。だったら、 まったく違うスポーツバッグとかにしたほうがよくね?(といまどき口調) 真夏に日焼け対策で真っ黒帽子に首タオルに真っ黒腕カバーをしているひとに似ている。 何かを守ろうとして何かを失っている。 それは「ビニール袋で通勤する人」という評価とひきかえに守るものなのか? ふと、幼少のころの私の姿を思い出す。自分の記憶ではなく親の話だ。 風呂上りに全裸で走ってきてはみるなあ!と喚いていたらしい。 ・・・前提が間違ってるよ当時のオレ・・・と、このひと←忘れそうだった。なぜだ。(♂)
2008年01月18日
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90年代初期にいっぱいいたバブルガムロッカーもそうだし、そこらへんのアカい方々もそうなんだが。 戦いって勇ましいもんじゃねえだろ。とよく思う。 なんとか政権の~!なんとかを打倒せよ~!と吼える姿を見るたびにあんたそういう打倒する気もないお題目よりリアルな生活の話しようぜ、と思うわけで。労働組合の関係で外部団体の会合とかいくとまあそういう闘士たちの多いこと。憲法の話はいいけど私と給料明細比べてみる?と言ってみたくなる。ああ言ってみたい。言ったら後悔するんだろうなたぶん。 たしか途上国の債務会議かなにかである国の人がいった台詞がある。 「みなさんがここでいろいろ話しあうよりもここにいるかたが少しでもだしていただければいいのです」たしかビルゲイツもいた会議だった。そりゃいいたくもなるだろうよ。 いえば、一歩踏み出せるぜオレ。 さて本書。元過激派の父と母をもつ少年の成長譚。 社会矛盾。都会と田舎。金持ちと貧乏。右翼とサヨク。 そこらへんにころがっている表と裏にとまどう少年と、何にも所属しない生き方を選んだ父のすがすがしいほどのアホさ加減の対比が面白い。 元過激派ではあるが、「元」になってからのほうが過激な生き方になっている、という点がこの物語を大人のファンタジーにしている。 認めるけれど、共鳴はしない。 そういう父への距離感。少年が大人になる姿をリアルに表現している。 舞台が東京から南国に移るのがまったく無理がない。場や時の展開が壮大。登場人物たちの抱える内面のように。傑作。(♂)
2008年01月17日
ふだん絶対読まない某ビジネス雑誌をぱらぱらと読んでいたら、気になる記事にであった。 自宅での勤務を極限まで可能にしたら、会社への所属意識が薄くなり組織としての力が低下→慌てて改善している、というある会社の話である。 PCを極限までつかう業界でないかぎりありえない状況だし、いまのところ自分の職場では無縁な話だが。 昨今の大学サークルの弱体化の話にも似ている。 携帯電話の普及で「いつでも会える」という幻想が「いつでも会えない」サークルにしてしまうらしい←実際に現役学生から聞いたわけではないので根拠が弱いが。 人と会うのはストレスを生む。しかし、パワーを生んでいるという見方もできるのだ。 いわゆる飲みニケーションは前近代的なつきあいとして馬鹿にしがちだが、見直すべきなのかもしれない。 下戸の上司なのでそういう場と無縁だからいえる理屈ではあるけれど。 これまたある経営哲学の本にあった名言。 居心地のいい職場は会社としての機能を果たしていない 名言というよりは暴言に近いけど。 ついなにかと個人のストレスという傾向はあるが、集団がうむ磁場というかテンションの量がどうなっているかという視点でモノをみることも必要かもしれない。 濃厚ないきづまる人間関係は営利なら営利をうむ「ツール」としてわりきってみるべきだ。その上で個人の「切り替え」を図るべきではないか。(♂)
2008年01月16日
定年間近の同僚が大量に休暇届けをだした。 権利なんだが。もうすこしやりかたはないのだろうか?もちろん消化をしなくてはアホらしいのだけど、あまりに乱暴なやりかたにうんざりする。 実害はまったくない。自分と仕事上の接点は皆無に等しい。工程からいって間接的に迷惑になっている可能性はあるけれど。 その行動に至るまでの会社とのやりとりの話も伝え聞いてうんざりした。 気を利かせた上司が「定年が近づいているけれど契約形態はどうするのか?」とさんざん「上」に打診したにも関わらず「上」は「あの会議が終わったら」「この会議が終わったら」と日本人得意の先送りで問題を保留。そして時間がすぎて、気づけば定年の日が近づいている。 どっちもどっちである。 そりゃあ権利を行使もするだろう。私ももしかしたら同じ立場ならするかもしれない。 ただ、これだけ長い間働いて最後がこんな終わりか、と思うと哀しい。 最後がダメなだけで、長い間働いてきた時間をダメと判断することもないのだが、記憶は新しいところしか残らない。ダメな去り方をすれば、ダメな思い出しか残らないだろう。 なぜか、そんな終わりを迎える人ばかりみてきた。 たぶん、私はそういうダメな職場に勤めているのだ。みもふたもないいいかたになるけれど。 ただプライドは自分で守れる。 だから自分のときは(いつになるかわからないけれど)きれいにやめたい。もとい、その日を迎えるときのためにしっかりと今働かなければいけないのだ。 ・・・って、いつのまにか人生論みたいな話。(♂)
2008年01月15日
「朝だから起きろ」じゃなくて「起きたら朝」でいいや、と適当にすごしていたら10時。いい加減ちゃんとしようよオレ。 こういう日々の生体リズムのいい加減な管理も一種の虐待かしらん。 おかげで洗濯物がかたづく。寝室の掃除も終了。ベッショテツヤのトークを聴きながらかたづけ。 卵を焼き遅い朝ごはんを食わせ(どこのOLだ)、計画を練る。 そういえば靴下がない。 徒歩で駅前ビルに靴下を買いに行き、体力を消耗させ、バスに乗って帰宅。昼食→ドライブ→昼寝。という計画。 ダウンジャケットを年中着続けるのもアレなのでひさびさにロングコートを着ると「オトウサンステキー」ってどこで覚えたそんな言葉。「ありがとう」と答えておく。 油断できん。まあ気分は悪くない。 でかけるよ、と声をかけると「モッテクヨー」と本を抱えている人がひとり。 最後まで一人で持つんだよ、といってもわかってるのかわかってないのか「ウン」とうなづく。あてにならないのはわかっているので途中で強奪してポストに放りこむ。 ギャン泣き。 抱っこしたり降ろしたりしつつ30分ほどで到着。靴下を買い、途中で牛乳を買ってバスへ。 バスに乗るのはなぜか好きらしいのだが車内で騒ぐのが困る。指を挟みそうなところ、落ちそうなところをケアしつつ帰宅。 白菜とトリを炒め、パンと味噌汁で昼食。 クルマに乗せたら任務完了。 それにしても正月の集合写真でみた丸くなったこの顔のフォルム。なんとかせねば。夜もっと早く寝よう。今年の目標:ネタをはやめにまとめる。それでもネタなのか。(♂)
2008年01月14日
洗濯物を干す。ミックスベジタブルで卵を焼き、朝食。 自分が風邪気味なのであまり無茶をしたくないが、散歩に連れていかないと機嫌が悪くなるのが1匹。さてどうしたものか。 掃除機をつかっていたら、「はいこれ」とムスメが持って来たのは子供の感電防止用のコンセント塞ぎ。ついにこれを自分の指で外せるようになったか。困ったものだ。 触ったらあぶないからダメ、と叱るが、ふたたびもってくる←コントか。 危険と本能の不思議な関係について考える。子供のためにと危険を排除しすぎると子供が危険察知ができなくなるという。しかし危険がありすぎるとケガをする。この辺のバランスって面白い。とケガをしていないからいえることだけど。 某学園都市は「子供を連れていけない店」がない健全な町であるせいか、精神的に病むひとが多い、という話を昔聞いた。今はどうか知らない。無菌状態が菌に対して弱くなるように光には闇が必要ということなのだろう。 なんとなく家にこもりたくないのでパンやで昼食。 クルマに乗せたら満腹のせいですぐ寝たが、コートを脱がせるのに手間取り起きる。失敗。次回は車に乗せるときに脱がせよう。 自分も少し昼寝。もう少し自分も寝るとき寝よう。今年は(と、いつ書いているのだ)。 もっと遊べと騒ぐ幼児をほっておいて録画していたSPのCMをきる編集作業。しかしDVDには番組が貯まる一方で全然観られないのだが、いつみろというのだ? 夜、かみさんが仕事が早く終わるというのでクルマで迎えにいき、買い物。おむつ箱買い。はやくとれてくれ。その足でイタメシ風のファミレスでどか食い。大味だがまあこんなもんだろう。 気づけば21時帰宅。子供を夜連れ歩くDQN親になっている。反省。(♂)
2008年01月13日
午前中請求書処理のために出勤したら同僚が口々にどうしたんですか?って聞くのってどうよ。 ふだん土曜日をデフォルトで休みにしてるんだけどさ。 というわけで黙々と入力とファイリング。話しかけんなオーラをだしつつ作業。 しかしそういうのが察することができないひとはいるもので。 肩のあたりにお灸でもすえれば池上リョーイチ先生風のオーラとしてみてくれるかしらん。 ゆーらー←ライトは横からのサスでおねがいします。 各方面への連絡文書も流し、見事机の上がすっきり。 昼は蕎麦屋で味噌カツセット。チェーンなのに、どこぞの常連っぽいおっさんが店員に話しかけている。客の声のトーンと店員のとる距離感が気持ちいい。おたがい邪魔しないけどちょっと関わりたいみたいな、人のいない土曜日だからこそののんびりした風景。 味噌カツはともかく蕎麦の味はイマイチ。うどんにしておけばよかった。麺類って天気に左右される気がする。 帰り、かみさんに頼まれてスカートをひきとりにデパートへ。婦人服にたたずむダウンジャケット男ってどうみてもあやしい。とりあえずうけとりそそくさと去る。 電車の中では元陸将の方が書いた戦略本を読む。なんだかんだ時代とともに兵器が変わってもとる戦術は古典に学べるというのが面白い。 人身事故で遅れつつも家に帰りムスメを迎えに外出。座らせるので苦労するのが眼に見えているのでポケットにはみかんをしのばせていく。 連休初日のせいか保育園は空いている。ムスメを連れて帰宅。おでんと味噌汁でご飯。寒い日のダイコン最高。(♂)
2008年01月12日

今日、トミカを買った。ムスメがパンが好きと言うだけで選んだのはこれ↓ なかなかのすぐれもの(雑誌MONO風の言い方をしてみる)で、ドアがあくとパンがみえる。 そもそもそういうクルマの選び方はどうなのだ。先日もムスメがパンダが好きということで買ったのはこれ↓ 間違っている。まだその前のほうがいい↓ 普通のはないのか? ないのだ↓ キャラで買っている。オタクだ。なにをいまさら。 これで「踊る大捜査線」ごっこができるといったらこれも買ってしまった↓ ボクシングの某一家が3台おもちになっているという知性あふれる車種だ。 また映画もみてないのにこんなのもある↓ これはよくできている。塗装のぼろさなどはつくりてのこだわりだ。 そういうわけでこんなに増えてしまった。せめてうちでつかっているクルマとか普通のを買おうよ。って、まだ集める気かよ。(♂)
2008年01月11日
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不思議な本である。 文章も平易だし、登場人物も一話一話それほど多くない。それなのに中心に伊良部という強烈なキャラがいるだけで十分笑い、泣ける。喜怒哀楽がつまっている。 実生活でこんなみっともなくて身勝手で子供のような精神科医がいたら勘弁だが、小説という点においてはこのキャラクターは魅力的だ。 登場人物といっしょに困惑しながらいつのまにか癒されている。 「子供のような」と書いたが、たぶんこれは子供の魅力なのだ。映画の世界では子供と動物には勝てないという言い方をするそうだが、この小説もそうだ。なにしでかすかわからない。でもそこにいるだけで勝手に動き、世界を動かしていく。 勝手に動いている感じがしただけでこの作品は成功だ。ああ続きが読みたい。(♂)
2008年01月10日
JRに乗ったら見つけた広告なのだが、福生に「ブリティッシュタウン福生」という分譲住宅が売られているのってどうよ。 米軍基地の街でブリティッシュ?はあ? と鼻毛を抜くのは私だけではあるまい。(いや抜かないけど) というまえに、福生の街を問うべきなのだろうか? 日本の街に米軍基地?はあ? というアピールのために商品名にブリティッシュとあえてもってきたのなら。 販売会社すげえぜ。 バックは慎太郎か(考えすぎ)。(♂)
2008年01月09日
これなーんだ?クイズが好きなムスメに先日(というか昨年末)クリスマスプレゼントで手塚キャラが入ったサイコロクッションをあげた。 ア●ム。レオ。ヒョータ●ツギ。ピ●コ。ユ●コ。 などが入っているので暇なときに教えてやるのだ。意外と覚えている。すばらしいぜ記憶力。 これで少しでも米国資本浦安鼠の影響が薄れることを願う。 こんなことをいうと「手塚だって浦安の親玉の影響でモノをつくってんじゃん」ということをちょっと知っているひとならいうだろう。私も小学校の国語の教科書で手塚がディズニーを語ったエッセイを読んだ。 そんなことはどうでもいいのだ。出自はそうかもしれなくても、問題は今である。 ぼくらは♪あとむのこどもさ♪ と山下達郎も歌っている。わたしもこどもだ。たぶん。 ところでサイコロの話に戻る。6面体なのに上記の表記では5つしか紹介されていない。なぜか。 その1コは「リ●ンの騎士」の脇役(緑の帽子の少年)なのだが。名前がいかんのだ。 チン●(あえて伏字。しかも伏字はカ行) 絶対ちがうように聞き取り、公衆の面前で間違って絶叫するだろう。 だから「これなーんだ?」というと「お父さんわかんないな」ととぼけている。 しかたがない。 だからまわりのみなさんも彼女に聞かれても教えないでください。そういう公序良俗の問題なのです。(♂)
2008年01月08日
新春年頭挨拶に社長欠席。かわりに役員が挨拶:無難な内容。そこまではいいのだが。 「社長の挨拶は日をあらためて集まってやりますので」おいおいやめてくれ。レジュメでいいよ。なんなら原稿書きますが。 大学スポーツ(駅伝とか)などの時事ネタor偉い人の言葉の引用→市場状況→厳しい見通し→ひとりひとりの力を必要→檄 という構成でいかがでしょう? ところで無難じゃない内容の挨拶ってどんなんよオレ。 それでは新年の挨拶をいただきます→今年はダメですこのままでは とかな。そんなこといきなり力説されてもな。 そういう素敵な(棒読み)はじまりに加えて納品トラブル。仕事はじめにつき15時30分あがりの予定が17時30分になる幸先のいいスタート。一年の計はなんとかというなら、最悪だ。 ちょっと反省したこと。 ルール:確認をされたら根拠をいえるように。初歩の初歩だが。 「わたしの記憶がたしかならば」←懐かしいねカガタケシ。 「神はいわれた」←拡声器で。 もとい、 「私が何時何分何曜日地球が何回廻った日に電話したところこういう返事がもらえました」 はっきりいおう。 こちらも業者なり確認をするときに、「はい」という即答じゃなくて確認の根拠をもとめなくては。 「ぜったいだなー」←小学生かよ。 そういうわけで待機中。職場の暖房のスイッチが切れた。寒いよパトラッシュ。(♂)
2008年01月07日
ムスメを連れてカーディーラーへ。 DMに「抽選で景品があたる云々」との旨。店まで行くガス代と比較してどうなのよ?という疑問をヒマだしええやん、というノリで蹴飛ばしクルマに乗る。 担当ディーラーさんがいなかったので全員にあたる鍋のダシと子供連れのお客さんに渡されるカルタをもらい、離脱。 クルマの名前にちなんだカルタというところがトホホ感が強くてなかなかよろし。 トホホといえば。 今日みかけた不動産屋。 「売宅邸!貸間す洋!貸間す和!」 こんな不動産屋にまかせたいひとはいるのだろうか←勇者(カーリマン)認定。 帰る途中、阿蘭陀兎が並んだ某住宅営業所をムスメがみつけて「みっふぃー!みっふぃー!」と騒ぐので降りたら散歩しようねと言い聞かせ家にクルマを置き、その足で散歩。 魔よけのごとくならぶ阿蘭陀兎の群れよ。雪でも降ったら傘でもさしてやれば恩返しに来るかしらん。ムスメ満足。今度は散歩コースにいれてやろう。 いちおう歩かせて体力ゲージを消耗させて昼食→クルマで昼寝させておしまい。 本人が寝る気がないのにクルマにのせて必ず寝かせているこの日々。なにかに似ていると思ったら「特攻野郎Aチーム」だ。飛行機嫌いのコングを飛行機に乗せるお約束のネタだ。 コング「オレはのらねえぜ」→他のメンバー、後ろから注射。 コング「オレはのらねえぜ」→渡したハンバーガーに睡眠薬を仕込み、爆睡 というアレ。だからなに?といわれてしまえばそれまでだが。 あ、連休終わりか。むーん。(♂)
2008年01月06日
バスケットボール日本代表佐古を描いた原作が好きで、筧利夫と君塚良一脚本と聞けば観るしかあるまい。 と思って観始めたのだが。 途中で「これはマンガだ」と言い聞かせつつ観るように切り替えた←悪い意味でのアドバンテージである。 ベタな設定。立ったキャラ。ベテランの哀愁。それぞれの家庭。 発展できそうな要素がたくさんあるのに90分に詰め込むために表面的に並べましたという印象がぬぐえない。 クラスになじめない主人公の娘のためにメンバーが中学校に行くエピソードとか、奥さんと指をからめて誓うシーンとか、おいしいケレン味たっぷりの場面はある。あるから最後まで観てしまったのだけれど。 とくに家庭の描写がイマイチだ。 ・・・と書いてみて、どんな会話をすればリアルなんだろう?とか考えてしまった。 百歩譲ってマンガだとしても、選手のバテかたとかパスしながら喋る場面とかはもう少し演出を考えてほしい。 正月ドラマだから許せ、というなら許すけど。(♂)
2008年01月05日
朝、洗濯物を干すべく布団から出ようとしたらニコニコと立とうとするムスメが。 おとうさんは洗濯物を干しにいくところだからまだ布団にいなさい、といったらこくんとうなづいてもそもそと布団に戻っていくけなげさよ。 …いまだけだよ、と世間の親はいうのだろうか。 朝食は鍋の残りにご飯と卵をいれて雑炊。 ところで雑炊とおじや、どう違うのか。wikiによれば おじやは、もともとは雑炊のことをいう女房言葉であったが今日では雑炊とおじやとが別種のものとして認識されることもある。ただし、その区別は広く共通のものとはいい難い(以下は一例)。◇米の状態による区別:(1)調理にあたり米飯をいったん水で洗い、表面の粘りをとってから用いることで、さらっと仕上げたものが雑炊。そうでないのがおじや(2)汁とともに温めるだけ、または水分が飛ぶほどには煮込まず、米飯の粒の形を残すものが雑炊。煮込んで水分を飛ばし、米飯の粒の形をさほど残さないのがおじや。◇味付けによる区別:味噌で味付けしたものをおじやという◇沖縄料理のジューシーは雑炊の転訛であるとされる。ただし沖縄では通常の炊き込みご飯も、水分の多い雑炊も共にジューシーと呼称される。◇スペイン料理にオジャ(olla)というおじやに似た料理があり、おじやと同語源だという人もいるが、そうでないという見方が強い。 だそうだ。ヘビメタとハードロックの違いぐらいか(違)。 ムスメ果たしてよろこび、完食。 大晦日の掃除以来遊び倒していたのでいいかげん掃除でもしようかと、ムスメをほっといて掃除をはじめる。ムスメなぜか「かんぱーい♪かんぱーい♪」と「こうもり」をくちづさんでいる。先日のコンサートを意外にもちゃんと聴いていたことがわかり驚愕。さらに「ジングルベル歌ってたよ」と。むう、あなどれん。 記憶の時系列がめちゃくちゃだが。どういうフォルダー整理がされているのか。 布団を干し、掃除機をかける。 そうこうしているうちに昼に。ご飯しか炊けていないし昨夜のほうとうの残りを食べるのも飽きたので散歩させがてらパンやへ。3日連続だが。偏食かしらん。 おめあてのパンやがあいていたのでいくつか買い、帰宅。 牛乳を暖めて、私には珈琲をいれて昼食。 クルマに乗せていつものエンヤ。エアコンは高め。空は天気がよくて→昼寝いっちょあがり。(♂)
2008年01月05日
動物園へ行く。 途中パンを買い(またパンか)、昼食のかわり。選んだのはトウモロコシパンとイモパンとバタールと牛乳。ムスメを抱っこして商品を集めていたら店員さんがもってくれた。ありがとう。こういう気遣いを私も駅などでしてみたい。 さっそくクレクレとねだるので1個だけちぎって親子で半分こにする。あとは動物園でパンを食べるんだよ、というと「ドウブツでパン!ドウブツでパン!」ほんとにわかっているのか。 寒い時期のせいか、一番遠い駐車場は500円だ(300円というのもあるらしいが今回は探さず)。一般家庭だろうどうみても、みたいな家が庭先で駐車場をやってたりするのが面白い。 珍しくベビーカーに乗せてアップダウンのあるコースを乗り切る予定。まず最初の坂からして抱っこしたら心が折れる。 チケットは600円。これまた前の夫婦がもたもたと買ってどく様子もないのでしょうがねえなあと待っていたら隣のひとがみかねて譲ってくれた。すみません。 ・・・ベビーカーユーザーって社会的弱者なのね。っていまさらだけど。 今日のお目当てはオランウータン。コースをみるともっとも奥に位置するのでなにかをショートカットしないと私の体力がもたないだろう。 ということでアフリカ象は今回見ないことに。 しかしキリンは美しいなあ。シマウマもすばらしい。と、すばらしさを体感させるべくムスメを降ろしたのがまずかった。 いつもの抱っこ攻撃だ。左手に抱っこ、右手にごっついベビーカーというのはラオウさんでもないと無理だろう。 しばらくはそのラオウさんになってもみたが限界。ぎゃあぎゃあ騒ぐのを無理やり縛り付ける。乗ったら乗ったでおとなしくパンを食う。 チンパンジー。マレーグマ可愛い。アジア象でかい。虎寝るな。狼はイヌみてー。 と小学生スピリッツで通過。おめあてにご対面。 動物園のスタッフとおぼしきひとが説明している。何匹かいるうちの1匹がガラス越しに貼りついている。子供が好きで、来るとよってくるらしい。 子供が「元気がないねえ」というとむしろあるほうだという。他の園から移されてきてこの動物園の気候で元気になったらしい。他の動物でもよくあるということだ。将来はおとしよりばっかりになるかもね、という冗談をいれつつ。 人間でいう100歳ぐらいの年齢。片目は失明していて、もう片目はまぶたの肉が垂れてきてふさぎそうなので見たいものがあると手で押し上げてみるという。 その様子がなんか思慮深げでつい足をとめる。ムスメもいちおうガラスごしに着けてみる。こっちをみてくれた。うれしい。 外に「絶対落ちないオランウータン願掛けコーナー」があって笑った。願い事を書いて結びつけるそうだ。やらなかったけど。 いちおう目的を達したのでユキヒョウもみつつ退散。しかし出口が遠いぜ。ムスメがたごととした山道に眠気を催し爆睡。 次は園内バスをつかおう。まあサシでくることもそんなにないだろうが。 かみさんへのおみやげは入り口で売っているカリカリポテト300円。昼食をほとんど食われた私はついでにカレーパン150円を食う。美味。(♂)
2008年01月04日
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布団を干し、とりあえず外出することにする。 参賀日なのでどこもやっていまい。という判断で近所のイートインつきのパン屋へ。徒歩で行く。徒歩なら体力ゲージ消耗→うまくいけば昼寝、という寸法だ。 「という寸法でさあ旦那ぁ」というフレーズをつかってみたいのでつかってみた。 行く途中やたら抱っこをせがむので 数メートル先を歩きキャッチャーの構え→そこにむかってダッシュさせ→抱っこして数メートル→降ろす(※1) という動きを繰り返す。結構重労働だがずっと抱っこよりはましだ。だんだんダッシュのスピードが鈍ってくる。でもニコニコ走る姿は笑える←虐待ですかこれ。 牛乳パックとパンを4点GET。さすがに抱っこはできないので降ろすと人ごみとパンの山にびびってかズボンをずっとつかんで離さない。 レジに並んでいるとレジの方が声をかけてくる。 「(ムスメの名前)ちゃんですよね?」 なんと何ヶ月かお世話になった送迎ボランティアの方であった。 ああその節はどうもありがとうございました と自動的に脊椎反射ではっきりちゃんと口からださないとダメだよオレ。ああどうもぉ!ぐらいはいったけどさ。こういう大人あいさつがつらつらでないのって修行の足りないところだ。反省。 外のテーブルに座り食わせるとばくばく食いはじめる。わが子ながら凄い食欲。もうすこし薄味のパンが多ければいいのだが。まあ気にいってるからよしとしよう。 固いものは小さくちぎり、食わせる。 食べ終わったのでかみさん実家により、先日の宴会で置いていったクルマを拾い帰宅。目論見どおり昼寝を開始。すばらしい。 数時間後起きてきたのでオヤツを食わせて高校サッカー「三鷹-宮城県工」を観戦。どうせ録画編集して放送するなら予選が80分ハーフって半端なローカルルールいいかげんやめたらいいのに。でもいい試合。中継は宮城寄りっぽかったが。選手周辺のいい話をちりばめる中継は駅伝のようだ。 ふたたび買い物のために外出。冷蔵庫の野菜を整理すべく鍋の素を買いに行く。行くときに上記の※1を繰り返す。どんな運動量だ。 疲れたのでオーガニックのカフェで一服。私は珈琲。ムスメはオレンジジュース。おとなしく飲むのにはほんと感心する。 帰りはさすがにバス。 夕食は野菜鍋。胡椒効きすぎだよこれ。とセレクトにすこし後悔。でも野菜がたっぷり。ムスメ満足げに布団に入る。(♂)
2008年01月03日
朝、洗濯モノを干す。日常に戻った気がする。 干したついでにベランダの床が気になり樹脂製のタイルを剥がす←年末にやれっての。以前から雨の日が続いたときにタイルを踏むとぐじゅぐじゅいうのが気に入らなかったのだ。 箒でタイルの下にたまった埃を処理。ほとんどが髪の毛。新築とはいえたまればたまるものだ。洗濯物を干すたびにぱらぱらと落ちて少しずつ溜まったものだろう。ほの暗い水のなんとか、というホラーの予告編を思い出す。蛇口をひねるとばさっと出るというアレだ。もう少しマメにやりたまえ俺。 朝食をひさびさに3人でとる。卵とおせちと味噌汁とパンまたはご飯。 かみさんはバーゲンに出撃したので布団を干す。皿を洗い、ラジオを点ける。その前に人並みに箱根の放送をつけてみたが耳に入らず。たぶんコタツがないから見ないのだ。 正月番組もしくは紅白復活の鍵は家庭へのコタツの復権だ。たぶん。 いただいた年賀状で漏れがあったかたに返事を書く。 駅に着いたかみさんを迎えにいく。福袋の恩恵を預かる。セーターと上着とベスト。生地が非常によろしい。さっそくタグをとってセーターを着る。 14時前にかみさん実家に行き、新年会。義母の姉夫婦と義妹夫婦も参加。飲みすぎたので皿を洗って酔いを醒ます(あと暴飲暴食のアリバイづくり)。かなり飲んでいるのに4時に寿司がきたのは驚愕。適当につまみ、ねむねむモードになりはじめたムスメをひきづって退散。 さて、たまった写真の整理をいいかげんするぞ(自分メモ)(♂)
2008年01月02日
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DSの話を甥とかみさんがしている。 長兄は甥にDSを買ってやってないらしい。そんなことだけでも同じ価値観だなあと思ったり。という教育論の話ではなく。 未練がましい甥いわく、「DSで眼力とか鍛えられるソフトとかあるんだよ」 かみさん「・・・へえー」 甥「動体視力とか鍛えるみたいよ」 ヘンな間にピンと来た私。DSでメイクのやりかたを教えてくれるわけじゃないよ!とフォロー(?)をいれたら彼女の想像力はさらに上回っていた。 いや、俳優志望者とかがゲームをやっていくとだんだん仲代達矢や柴咲コウの眼をもてるようになるのかと思って。 なるほどね。ゲームをやるにつれてだんだん吉田朝とか筧利夫とか杉良太郎とかジョージ・クルーニーとかジャック・ニコルソンとか・・・ ・・・ってねえよそんなの!でもほしいよそれ! というわけでつくってくださいゲーム会社の人。(♂)
2008年01月01日
朝、からっからに乾燥した空気に目が覚める。しかもさみー。おそるべし関東平野。 お雑煮をいただく。具は四角い餅に鶏肉。醤油ベース。うまい。 母のお弟子さんの語り口の話で盛り上がる。 もともと上昇志向てっぺん志向で、結婚するなら~!と燃える肉食系(ヒロセコウミ入ってます)の方で、見事その甲斐あっていわゆるはいそさえてぃな(←棒読み)人になったのだが、なにかと「私たちの仲間では」と力をいれていうらしい。 むーん。 いや、まあ本人は力をいれているつもりはないのだろうが、でてしまうのだろうなあ深層心理。 というわけで流行らそうかと1日なにかと乱発。 (ムスメに)だめだよソレ触ったら!私たちの仲間ではダメ! ・・・カノー姉妹ネタのコントみたいだが。 われわれ3人と両親とでのんびり午前中をすごす。皿洗いすら正月気分でできる不思議。 昼、長兄夫婦+小学生の甥姪来襲。ムスメ追い回され、硬直。慣れるまでに時間かかるのって性分なんだろうなあ。姪、ムスメに注目あつまりすぎてスネる。大人が気をつかう。 それにしても挨拶できねえなあ。って、自分もそうだったんだろうなあ。 ようやく慣れて3人で騒ぐ騒ぐ。ムスメにお絵かきをさせて、「絵はね!脳を鍛えるんだよ。意外と(ムスメの名)ちゃんは頭がいいんじゃないかなあ」とえらそーに講釈をたれる甥に自らのDNAの一部を見る。 ・・・アホか(笑)。 なぜか子供たちおしりかじり虫大合唱。世代を越えてココロはひとつ。すげーぜNHK. お節をみんなでつつく。最近つまらんと思うのはこういう場で食べているのが自分だけということで。気にしなきゃいいんだけど。子供たちに食え食えいう大人の気持ちってこういうのなんだろうか。 昼過ぎて次兄家族来宅。小5の姪が弟妹の傍若無人っぷりをがまんしつつリーダーシップを発揮する姿に感心。 4時30分ごろ退散。ムスメ、従兄弟たちと別れるつらさで多少ぐずる。お菓子を食べ終わるとあっという間に夢の中へ。道路空きまくりでクルマの速いこと。あっという間に家に到着。 夜は白菜と人参とダイコンと豆腐で味噌汁。いただいたおせちがおかず。(♂)
2008年01月01日
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