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夏目京氏の同郷である、とある作家の青春小説を読み始める。一部悪口になるので書名はあげない。 面白い。 なにが面白いかって、土地の描写がリアルなのだ。行ったことのない場所ではあるのだが、読むと風景が立ち上がってくるのは愛というより執着ゆえだろう。水の近い町ってこういう雰囲気だよなあと母の実家を思い出しながら読んだ。 私は小説を書いたことはないが、何を書きたいかという一番単純かつ曖昧な理由に「その土地が好きだから」というのをあげるのも十分ありだろう。 ワンパターンという人もいるだろう。そこに世界を掘り起こす緊張感があるかぎりは「こだわり」であって、ワンパターンと切って捨てることはない。 もしこの作家さんがその後低迷したのだとすれば描く舞台を誤ったのではないか。ひたすらこの町にこだわればよかったのではないだろうか。こればかりはいろんな世界に視点をむけて成功する人もいるしギャンブルのようなものかもしれないが。 自分が生まれ育った町の風景を描こうとすると黄色っぽい関東ローム層独特の空気を書かなくてはいけないのだろうか。プロに描かせればすごく美しい描写にするのかもしれないが、なんとなくうらびれた雰囲気になりそうだと思う自分は想像力が貧困なんだろう。 道理で意味もなく横浜の住人はいばっているわけだ(偏見)。海があるというのはそれだけでアドバンテージらしい。まあいいけどね。(♂)
2012年01月17日
手配ミスで大事故・・・でもないけれど担当者に謝る。ひとりになってぼやく、怒る。いろいろと感情が溢れるけれどひとにはみせられない。 しっかり問題にむきあわないといけない。誰のせいでもない、自分の責任である。 責任である、と口にすることで思考を停止してはいけない。責任を口にすることで逃げてはいけない。受け止め、次に活かすことだ。今できることと今後への布石。当面の問題と長期的な問題への視点。 仕事をしていると怒ることのほうが多い。もっと笑えないのだろうか。 求めているのは嘲笑ではなくて健全な笑いだ。冷静さだけが仕事ではない。 感情がもっとあっていい。今は何を思っているかをチェックしていこう。(♂)
2012年01月11日
監督業引退を決意したハンス・オフトが日本サッカーに別れを告げる旅に島田雅彦が同行し、あらためてドーハの意味を問う。 企画は面白いのだが大味すぎる。遠藤に会い、佐々木則夫に会い、川渕に会い、カズに会う。一人一人がオフトの蒔いた種ではあるのだがドーハまで行きつかない。レポーターの感傷とオフトの視点とのズレが物足りない。賞賛の言葉しか拾えないのはあまりにもったいない。 ドーハの試合分析は面白かった。「パススピードが遅くなっている」「ゲームコントロールができていない。試合を切れ」「ここはゴールチャンスだった」当事者でありながら的確な指摘。将棋の感想戦ではないが、こういう生きた証言こそが宝になるはずなのだ。 通りがかり?の中学生の練習の指導に飛び入りする場面にはしびれた。場を支配するリズムと要求するポイント。 あれやこれやつめこみすぎなのだ。企画としての仮説に縛られすぎている。指導者としての軌跡に絞るべきではなかったか。(♂)
2012年01月09日
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「スポーツ」に本格的に興味を盛ったのはサッカーがきっかけだった。 開戦のきっかけになったり、ワールドカップの放映時間に休戦している紛争地帯があったり、アウェーでは毒をもられる危険があったり。スポーツの力というキレイな話ではなくひとつひとつのエピソードがなんでもありな世界が面白かったのだ。 勝つためならルール協議の際法律関係者をつかうヨットのアメリカズカップであるとか、グレーゾーンの世界を知れば知るほど日本人が知るべき世界のルールというのがわかる気がする。「体育」とはスポーツの一部でしかないのだ、ということが知れ渡るのはまだまだ時間がかかるだろう。 この本でとりあげられている荻村伊智朗さんは数少ないスポーツ政治の世界で闘った日本人だ。そういう功績を中心にとりあげるのではなく自分の信念に従ってつきすすみ周囲に摩擦を引き起こす姿とそれをフォローする献身的な女性を描いている。荻村氏の功罪相半ばする、といったら矮小化しすぎかもしれない。日本という「和」を重んじる国の中ではマイナス面が目立ったということだろう。 どんなに偉大な人でもこうした陰の支えがあって成り立っているのだ、ということをあらためて気づかされる本。
2012年01月09日
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昭和40年代の広島。妻を事故で亡くした男とその息子の葛藤を描く。 小さな幸せの日々が暗転。それでも周囲の助けもあって立ち直る親子。大人たちのやさしさと子供を守ろうとする強さ。子供の戸惑い。 昭和の日々の描写がリアル。原爆の影、海辺、ボロいバス、借りたカメラ、よたよた走るオート三輪。三丁目の夕日があざといと思う自分にも楽しめたのは時代の近さと今置かれた立場のせいか。 堤真一はじめとする役者の演技がすばらしい。スマートな上司を演じることの多い堤がガテン系の「オヤジ」(パパにあらず)を演じている。古田新太が生臭坊主、同僚にツカジ、飲み屋のおかみさんに小泉今日子とキャスティングもいい。 来週も期待。(♂)
2012年01月07日
年末に、谷川俊太郎さんが震災直後の心理を語っていた。 ぼくは詩人なのでことばの力を信じていないんですよ。 こういうときは歌のほうがいいと思っていますし。 だから極力メディアにコメントを求められても断ってきました。 そんなことをいっていた。 詩人であるからこそ、言葉を拾う仕事だからこそここまで謙虚でいようとする姿勢に感動した。 かといってなにもしないわけではなく、求められている役割を果たそうとするのもまた第一人者ならではのやりかたなのだろう。実際谷川氏は精力的に活動していたようにみえる。 僕には歌しかないから、みたいな言い方が音楽業界に流行っていたけれど真剣であろうとすればなかなかいえないはずだ。 身近にそういう被災された方がいたわけでもないのだが、このWEB上での「チラシ裏に落書きする行為」に不謹慎さを感じ更新が滞りがちだった。 不真面目も真面目にやらないとだめだ、といまは思う。「汚す」なら汚す覚悟がいるのだ。なにができるわけでもないが日常を日常であろうとする原罪のようなものを抱えていけたらいい。 そんなわけで今年もよろしくおねがいします。(♂)
2012年01月03日
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