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七五三の写真のため休む。親馬鹿。 つーか、 土日の予約が今の時期に全部埋まってるってどういうことよこの少子化の時代に? と言いたい。 ふだんと同じ会社に行く時間に起き、洗濯物を干す。外は雨なので室内干し。 前日にアイロンをかけたのでとくにやることがない。朝食の準備をしてムスメを起こす。 こういう日にかぎって寝起き悪し。だがおしっこは起き抜けで成功。よしっ。 お手伝いを頼んでいた義母を迎えにいき、ムスメともども義弟の店で降ろしてムスメの最後のカットをしてもらい(贅沢モノめ)、また拾っていざ写真館へ。 先乗りのかみさんの着付けが終わらないのでムスメを連れてぶらつく。 庭はこんなん↓ 鯉がいるねー亀さんがいるねーといいつつすごす。空は曇り。雨でゆらぐ水面で心が静まる気がする。 飾られた鎧兜や太鼓にムスメ怖がる。どなたかいらっしゃるのかしらん。たしかに暗い場所に置いてはあるのだが。考えてみれば鎧って一度は血を浴びてるはずなんだよなー。 怖いといえば、たぶん夜中に踊っていらっしゃると思われる面々↓ とにかくそういうセンスが滲み出た写真館なのだ。浅田次郎の小説にでそうな霧のかかったセピアな空気がいい。 長い廊下の、いまどきめずらしい透明なガラス窓(田舎の旅館にあるあれ。桟は木)をムスメが触りたがるのを阻止しつつ、庭にいったりしているうちに時間。 髪飾りをつけてもらい、着物に着替える。あまりにクラシックな装いに義母笑う。親の趣味全開。 同じ時間にお宮参りの赤ちゃんがとおる。動物とあまりかわらない泣き声。ちょっと前まであんなに小さかったのに、という感慨にふける大人3人。 まずは親子で撮る。座った母によりそうムスメ。さらに後ろからつつみこむような父(=私)。手がヘン。と思ったり。 そのあと2体の兎のぬいぐるみを抱っこさせる。場に慣れさせつつかみさんがカメラの横にぴったりついてモデル様のご機嫌取り。泣きはしないもののストロボがプチストレスらしく表情が硬い。 歌わせたり、手をならしたり、なぞなぞやったり。何度でもどんぐりころころを熱演する妻。芸人だ。Soulだ。バックでいちおうリズムをきざんでみる。 着替えで鏡をみる姿がだんだん様になっていく。オンナノコになる。あまりにうっとりしてる様子だったので「自分好きにもほどがあるなー」と笑っているとスタッフの方が「自分好きじゃないと他人好きになれませんしねー」とのこたえ。名言。 ラインナップは着物と十二単とセイコマツダのドレス(苦笑)。 選択の余地がなくて選んだセイコマツダ。白基調にピンクの音符や天使の柄が入ったデザイン。さらにドレスの上から腰にでかいリボン。背中にでっかい羽根を背負わせるセンス(激赤面)。 第三ブタイか! と突っ込みつつ。着る前にはかなり心配していたのだが着てみれば意外に可愛い。 おそるべしSEIKOの魔力!ジェフ君もびっくりだ←意味不明。 あおざめーたーつーきがーひがーしからのぼーるわー♪ ぶつぶつとハミング。歳がばれる。 「意外と似合うなー」口にだしていうとスタッフの方が「わたしもこれあんまり好きじゃないんですけど着せるとしっくりくるんですよねー」と。おいおい正直すぎだ(笑)。 千歳飴の袋をもたされてはじめて 「あ!七五三でしたねこれ!」と言ってしまう私。撮っているとなんのためにきているか忘れてしまう。 扇子とかぬいぐるみとかなにかもたせるたびに注意がそっちにいって顔が落ちてしまうムスメに声をかけてあごをあげさせる親たち。ボクサーのセコンドか箱根駅伝の伴走車の監督のようだ。 髪変えたり服脱いだりおしっこさせたりしているうちに2時間。 最後は場に慣れるも体力ゲージがゼロに。すねる一歩手前でミッション完了。 義母は「写真よりも撮るまでのあれやこれやを観ているのがおもしろいわねー」と笑いつつ撮影終了と同時にお友達とのアポであっさりお帰り。ありがとうございました。 お宮参りの際につくったアルバムの頁のつづきに写真をいれてもらうべくもちこむと、「ああこの赤ちゃんでしたかー。覚えてますよー。しっかりしていたので」といわれる。営業トークかもしれないがうれしい(単純)。 家に帰り、今度はかみさんの着物の撮影会。着物姿をナマでみたはじめてかもしれない。 30すぎたら女は和モノ 伊藤理佐 という格言?を思い出す。 こういうイベントは大切にして意味がある。現在位置の確認。どれだけ自分たちがめぐまれているのか?と感謝しなくては・・・なんていったらおこがましいけど。 本番は秋。(♂)
2008年06月30日
朝から大雨。掃除機をかけ、洗濯物をほして朝食。 最近ムスメの食べる量が減っている気がするのだがなんだろう。そのくせこっちが「あーん」をさせると食べるのだ。甘えか? 落書きにすこしつきあう。岡山教育虎の兄妹の絵を描かされる。やけくそのようにひどい絵。まあいいや。 家の中に1日いさせると小猿になるのは目にみえているのでホームセンターへ。 Tシャツだけじゃ物足りなくて、ふと思い立ってネックレス。デートでもないんだが。天気の悪さを吹き飛ばすべく非日常感で遊んでみる。 「おとーさんかっこいいねえ」「ありがとー」(バカ) その前にスーパーに入ろうとしたらどこも満車。同じ狙いの親が他にいるとみた。 子供を雨の日にほったらかしで遊べる場所って、室内遊園地みたいなところしかないのかしらん。ただ遊ぶことさえカネがかかる国。せちがらいぜ。 目当ての買い物はみつからず、防臭剤だけ買ってペットショップのイヌをふたりでみる。 飼う気はない。イヌなんざアホでも雑種がタフだしいいんだよ、というのが本音。 体力を消耗させるべく店内をすこし歩かせるも「抱っこ」を連発。 しかも最近は技が高度になり 「抱っこしてーん」 というのだ←これはかみさんの仕込みでないと思われ。 これまた3●年の人生でいわれたことのない台詞だ。今だれかにいわれても困るが。 どこで覚えるんだいったい。 「抱っこしてください」といいなさい、といいなおしさせる(マジ)。 それにしてもあまりのあるき足らなさ具合に思わず んんーーーーーでぶ! と罵りたくなるが情操教育上よくないのでやめておく。 もしやそういう深層心理が伝わって食欲がないのか?などというオカルトな発想は私はしない。よくそういう話を聞くけど違うと思うぞこのケースは。 帰って昼ごはん。いただいた釜揚げのシラスをご飯にのっけて食う。醤油ひとたらしでうまい。ムスメには卵を焼いてやる。 いつものようにクルマに乗せて昼寝をさせるべく車を流す。ずーっと喋りっぱなしのDJトークを自演の歌つきで聴かされる(怒)なかなか寝ないのでぐるぐると同じコースを走る。地球に厳しいことこの上なし。あきらめかけたころようやく眠りに落ちる。ひとり遊びが上手なのもよしあしだ。 やっとひとりの時間だ。なにするわけじゃないんだけど。なにもしない時間・空間をトイレ以外でほしいと思う父。たぶんそれはヒトであろうとする大切なムダだ。(♂)
2008年06月29日
母と電話。 実家のお隣のお婆さんがボケた話を聴かされる。幼少のころ仕事で留守をする母が私をあずけていくようなつきあいだった。おかげで(?)私はカルピスを覚え虫歯だらけになった、というのは余計な話。月日を感じる。 母としては私を可愛がってもらえた恩返し、ぐらいの感覚でときどき玄関先に現れる徘徊に軽くつきあい、お隣までおくっていくそうだ。 遠いなあ昭和は。 そんな話からはじまって伯父の話に。 カラダが弱り、やがて心が弱るとお年寄りは 私なんかもう生きててもしょうがない という言葉を吐くという。このお婆さんもボケが途切れるとそういう台詞がでるという。 母方の祖母もやはり晩年に例外ではなかったらしい。順番なんだろう。不謹慎な言い方になるが。 この台詞を子供の立場で聴かされるのはほんとうにたまらないのよね、と母はいう。 親がほんとうに老いたと認めなくてはいけない瞬間。理屈ではわかっても頭がついていかない。 普通聴かされた側は慣れてなければさらにその台詞を言いたくなるようなキツい態度になってしまうのだろう。それをみた外野は年寄りは可哀想だとか冷たいとかいうのだろう。 実際は現場にいるひとが一番大変なはずだ。やさしくやってられればだれも苦労しない。 私にとっては今の元気な父母がそういうことを言い出す、という日を現時点で想像するしかない。いまのところ少しはわかる、というレベルだ。 ところがである。 ふだんはキツい伯父だがこのときは違った。にっこり笑って、 そうはいってもお母さん。お父さんはまだ迎えに来てないでしょう?あの世もこの世もいっしょですよ。私がさみしくなるからもうすこしこっちにいてください。 といったそうだ。堅い表情だった祖母もさすがに笑いだしたらしい。 涙がでた。なかなか言えない。 話し手も聴き手も抱える「重さ」を軽くするような力のある台詞。 本気でむきあっているからいえるのだろう。 相手が年寄りにかぎらず、必要なときにこんなことをいえる人間でいたい。 わざわざ幸せにしなくていいから、せめて背負っているものを降ろせるような。(♂)
2008年06月28日
ムスメが私のTシャツ姿をみるとなぜか オトーサンカッコイイねー と連発するのを謎だと思っていた。 そんな恥ずかしい台詞を教えた覚えはないし。 ましてやこの3●年の人生、異性にいわれたことは一度もない(きっぱり)。 一方で「言われ慣れているひと」というのが世間のどこかに実在するのだろう。 冨は独占されるべく経済が動く。賛辞もまただれかに独占されているのだ。 これも格差社会というやつか(違)。 万国のブサ男団結せよ(さらに違)。 いわれて悪い気はしないのでありがとうというと。 ますます喜んで連発する。 賛辞→お礼→賛辞×2→お礼×2→賛辞×3→お礼×3→ ↑ ↓ ←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←← これを正の連鎖というのか。いわないって。 が、 本日。 衝撃的事実判明。 全部かみさんの仕込みらしい。 おもしれーじゃねーか。 おぼえてやがれ。(♂)
2008年06月27日

夜中に夫婦だけになったので大人メシをつくることに。 用意したのはゴーヤー・近江八幡の味付けコンニャク・あまったひき肉。 子供がいたらつかえない食材である。 この味付けコンニャク、食べたことがないので赤い色にビビっていたのだ。辛いのではないかと。子供にとって危険な食材という印象もある。でも冷蔵庫で出番を待っていた。 いよいよデビューだ。 コンニャクを軽く洗い、薄く切ってそれらとあわせて炒めることに。 ごま油をきかせケンタロウ風。 やや火力をあげると音が楽しい。じょわーっ。 で、できあがり。 食べるのが大人だけだからと卵も少し生っぽくふんわり目にかけ、鰹節とマヨネーズ。 色どりが日本っぽくない。南米っぽい(偏見)。 ほんとうはテキーラでもあれば完璧。ニッポンなので「その他のお酒」で乾杯。 近江八幡の蒟蒻、色の印象と違いほんのり甘くておいしい。食感もぷるぷると不思議。 ありがとうくれたひと(業務連絡)。わざわざまた買っていただくなくていいですから(業務連絡)。 でもほしいかも(小声)。 夫婦だけで食うのもまたよし。大人だけの時間、なんてな。(♂)
2008年06月27日
夫婦は他人のはじまり、と人生の先輩方は自虐的な笑いをまじえて語る。 結婚幻想などこれっぽっちもない私だが、そこまで悟るほど修羅場をくぐってもいない。だからそんな教訓?を聞いても「はあそうですか」と生返事をするだけだ。 若輩ものの私がほかになんとこたえられよう。いつかは「ですよねー」といえる貫禄がつくのだろうか。 ふと、見方をかえてみる。 漫画「浮浪雲」の台詞にあなたは正しいから疲れるでしょうね というのがある。いわく、世の中が「悪い人」ばかりならおたがい「私が悪い」「いや私が」となり、すみやすくなるだろうと。 そう、世界は正しすぎるひとがあふれていてとてつもなく狭い。 同じ論法でいうなら、他人なら腹がたたない。他人なら期待しない。他人なら親切になれる。 ましてやいっしょにご飯を食べてくれて、いっしょに朝を迎えてくれる「他人」だ。自然とやさしくもなろう。 だから世界でいちばんよき他人になれ そんな先人達の知恵なのかもしれない、というのは考えすぎだろうか。 考えすぎだ。 ちなみに私のボスは理想の女性像を聞かれて間髪いれずそりゃあうちの奥さんだよとのたまうひとだ。かっけー。好きですこういうセンス。できればこういうことをなんのてらいもなくいえる大人になりたい。ひとによってはアホらしくて相手しなくなるであろう。それもよし。それともついそういう恥ずかしいコメントでやたらまわりを「アカの他人」化してしまう、という意味だろうか。 ・・・考えすぎだっての。(♂)
2008年06月26日
先日観た海保の潜水士のドキュメンタリーで、興味深かったのはなにかと義務として連発されるOKサインだ。 水という、体力を消耗し脳の酸素を欠乏させる危険な場においての安全管理手順。 水から顔をだしたらまずOKを指でつくりつつ手をあげ、口ではっきりという。 これによって訓練生の脳の状態・体力の状態を確認し、意識の切り替えをさせる。さらに周囲との連携。 基本にたちかえる動き。状態のリセット。冷静になる瞬間。 一石何鳥にもなっている単純な動きに感心する。 仕事にも必要だと思う。今どういった状態なのか。いつもと同じ動きがほんとうにいつもと同じ動きになっているのかという自己検証。 という話を朝礼でしたら直後に同僚が伝票を私にわたしつつ OK! ・・・そういう話じゃねえよ(怒)。(♂)
2008年06月26日
本日組合役員選挙。役員決まる。 社員数が減っているのを機に選挙規程が改正され、「任期2回やればお役目ご免」制度が廃止され「GIレース」になった。だれが勝つか全く読めない。 自分が関わらない分には面白い。 私は候補にまではエントリーされてたが見事落選。 ラッキー。 選ばれた面子をみて面白いのがなんだかんだみんなヒトをみているということだ。 仕事がある程度できて、交渉をちゃんとやってくれそうなひと。 けっしていやがらせのように「でっちあげ」「押し付け」では選んではいない。 そんなところに意外に真面目な社員気質をみた。 ・・・本来ふつうの話なんだが。 待遇が あがってんのーさがってんのーみなはっきりいっとけー♪ という状況(なんだっけこの歌。検索→キック・ザ・カンクルー「マルシェ」か)のここ数年。交渉に強い期待をしているひとは皆無だろう。 それでもなお、ちゃんと選ぼうとする態度。 いい。褒めてつかわす。何様だよ。 前々から主張していた、「理屈っぽく口だけ立派なひとじゃなくて仕事がいちばんできるひとが会社にモノをいえ」という理想がようやく実現できる。 社員数の少ない会社だからすぐ出番はくる。その日までに準備をしておくのは損ではないだろう。 今年やるべきは同じ部署のひとのフォローだ。 やったことはかえってくる。 そういう単純な法則がいまは重い。 やっている姿を盗もうと思っている。 無我夢中でやっていた昔とは立場も状況も違う。選ばれなかった幸運とモラトリアム期間に感謝。 個人的には「その日」までに会議が長引いても半電源にならない脳のスタミナがほしい。ねみー。話きかなきゃいいのかなー。だめだろう。 ほんとうはいつ指名されても何度指名されても「ようがす」「合点承知」「御意」「ラジャー」といえる度量の広さがあればいいんだが。 経営に直接口出しできるいい機会なのにだれもやりたがらないのは見合わないからだろう。それはギャラの問題じゃない。役への扱いだ。問題は。 ベンツとか乗り回させるとかギャル(死語)秘書でもつけてやれ。 というのが無理なら(無理だろうフツウ)、関心をもつこと。応援をし、ときには批判をすることだ。 だれかがみている、という意識。それがモチベーションをあげる。仕事といっしょだ。(♂)
2008年06月25日
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無口で不器用な男、というやつに憧れる。 実際はドラマ映画でいう「不器用」というやつは冗舌な背中をもっているという点で器用じゃね?とも思う。ふつうは語れないってそうそう背中は。 語りたいけど。 藤原伊織「雪が降る」を読む。 傑作。 かつて殺人事件に遭遇した元少年。亡くなった友人女性の息子から挑発的なメールをうけとったリーマン。稼業にむいてないと足を洗ったヤクザ。 脛に傷もつ者たちが日常にたちかえろうともがく姿がいい。美しい。 たくさんの言葉を飲み込んでだれもが生きている。汚れた裏の世界をちらりとみせながらも下品にならない。不思議と読後胸にせまるのはぶれない生き方のせいか。 終わりがいさぎよくもずんと響く。苦い。だが酔える。(♂)
2008年06月25日
会社の営業フロアにいったら異常に寒い。エアコンが苦手な私がいたら風邪をひく体感温度だ。 目がシベリアだ という20年前のコピーが思い出される。 つい口にしてみる。 なんだっけあれ。目薬のCMか? おいおい環境ISOはどうしたよ?デンコちゃんに怒られるぞ。 とぶつぶつ言っていると。 営業のひとりからいわれる。 ある人が連打するんだよ。 苦々しげに。しかも小声で・・・だれだよ小声で話さなきゃいけないひとって。 え?と聞き返すと、 暑い、暑いっていいながらエアコンのボタンを連打するらしいよ。あちこちまわって、エアコンの温度さげまくってるんだってさ。 ふーん。連打か。 てけてけてけ→トントントン。てけてけてけ→トントントン。 あちこちせこせこ歩き回って押しまくるひとを想像してみる。顔はなぜかモザイク。 逆にその動作が暑苦しい。それより仕事しろよ。 高橋名人か! 16連打っすか! 連打がデマだって逮捕ですか!(←都市伝説) カラダ乾いているところで温度さげても体感温度は変わんないっての。空気をかきまわせ。扇風機を買え!わかったかジャンジャン!(たけし風) というのを教えないとたぶん日本中で同じことをやっていると思われ。 結論:チーム6%の敵は無知と不健康なデブ 私?健康的にまわりにかまわず汗をだらだら流してすっぱくなっているデブですがなにか? この連打の対象こそ。まさにGボタン別バージョン。 秘孔は個人から社会へ。 Gボタンロード。伝承ルートは国道16号から急遽千代田区(違)。 取材はつづく(嘘)(♂)
2008年06月24日
民間伝承の聞き取り調査をする。その名は Gボタン 頭頂部に位置し、強く押せばたちまちお腹を壊すという秘孔だ。主に小学生が言い伝えている。おそらく3年殺しの秘孔ともども。 ほんとはGではなくて漢字2文字なのだがあまりに汚いのでイニシャル←そう思うんだったらネタにするなよ。 会社で調査したところ。 川越 八王子 日野 青梅 ではその所在が確認されたが。 横須賀 江東区 文京区 では聞いたことはまったくないそうだ。 結論。埼玉西部から多摩地区に伝わる都市?伝説。 八高線または国道16号線はGボタンロードというべきか。 だとすれば、福生の基地からGIがもちかえり、アメリカにもたらされるかもしれない。 便秘になやむアメリカ人にもたらされる東方からの福音。 光は東方から。 世界にちらばるGボタンロード NHKスペシャル(音楽:ヒサイシジョウ)になる日も近いか! ひきつづき情報募集↓関東だけかこれ?(♂) ↓追記(ヒマすぎるオレ)MSNより転載↓ 質問:くだらない質問です。野球帽タイプの帽子をかぶったときに、つむじのところにできる「下痢ボタン」は本当に下痢をしますか?うちの赤ちゃんがすごい便秘だったので冗談半分にやったらお通じがよくなりました。根拠や参考ホームページがもしあるようでしたら、それらも含めて、よろしくお願いいたします。 回答:「下痢」という悪い意味ではなく、「正常な便通」といういい意味で、効果があるようです。「トリビアの泉」で「ガセビア」として取り上げられたようです。下記のページ(リンクが切れているので省略)では、つむじのあたりにある「百会(ひゃくえ)」というツボについて、「便秘症にも即効」としています。
2008年06月24日
すごいことをあっさりやるひとを漢(おとこ)という。 それは性別ではない。おばはんが現象であって性別ではないように、漢とは生き様のことである。 だとすれば、オトコノコとはなにか? それはたとえば先日耳にした会社での会話だ。 「今飛び込みの営業がきてますが」 「断っといていまいそがしいから」 「女性ですが」 「わかったすぐいく」(即答) こんな会話を聞くとああオトコノコだわー、と思う。 海猿のドキュメンタリーを観てわくわくするのももしかしたらオトコノコかもしれないし、ガンプラに燃えるのもたぶんオトコノコだろう。 そういうとき私は「オトコノスイッチ入った」という。 それはたぶん血中猿含有率だ。あばたもえくぼな言い方をすればワイルドさ、純粋さなんだろうし、みもふたもなくいえばガキ度だ。 このしょうもなさ、なぜか憎めない。決断がもとめられない、利害関係のないところではさらしてもいい部分かもしれない。人間の愛嬌の範囲での「隙」だ。 オンナノコな部分というのは仕事でだすのは難しい気がする。偏見ではない。たとえば重要なメモに関係ないイラストが入っていると一瞬「・・・」となるのは私だけではないはずだ。 いや、いるんですそういうひと。職場に。 その違いがどこからでているのかはわからない。「可愛さ=守ってあげたい部分=弱さ」という意味で仕事の邪魔になるとか? 単純に「男性社会」というヤツなのか?私は困らないけど。 と、女性の少ない職場でふとそんなことを考えてみる。要検証。 きょうもまた飛び込みの営業が。先日の会話を耳にしていた部下が口々に 「女性です」 「女性ですよ」 「女性ですって」 「若い」 「若いみたいですよ」 「若いなあ」 「客引きかおまえら」 いい会社だ。 ・・・・えー、教えてるのも教えられてるのもオレじゃないっす。念のため。(♂)
2008年06月23日

ムスメはあいかわらず朝食をふだんより食べない。熱はないのであまり運動していないせいと思われる。 よその子にくらべれば食べている量かもしれないが。 言い訳程度に晴れていたので雨具を手にもち、パンツを履かせて(←チャレンジ)散歩。抱っこ抱っこと騒ぐのをかわし歩かせる。 歩かないと豚さんになっちゃうよと言い聞かせているのだがどこまで伝わっているのかしらん。ぶひぶひ。 ドラッグストアでオムツを買い、パンやによりパンを買う。 荷物があるときに限ってやたら抱っこをせがむのはどうなの。親の顔がみたい。 はたして帰り道雨に降られる。合羽をつけさせると照る照る坊主のようだ。面白いので写メールを仕事中のかみさんに送る。ぴろりん。 ところでてるてる坊主ってなに。 てるてる坊主とは、日本の風習の一つであり、これを正立させた状態で軒先などに飾ると、明日の天気が晴れになると言われている。「てるてる法師」、「てれてれ坊主」、「日和坊主(ひよりぼうず)」など地域によってさまざまな呼称がある◇一部地域などでは逆に倒立させた状態で飾ると明日の天気が雨になると言われている(「ふれふれ坊主」「あめあめ坊主」「るてるて坊主」と言われる)。またてるてる坊主に「顔を描くと」雨になるとする地域もある(wikipedia) だそうだ。ほほう。 こちらは濡れたので帰宅後シャワー。爽快。 昼ごはんはパンと牛乳。ジャムをつけるとおおよろこびでむさぼり食う。 クルマ経由でムスメを昼寝させ、その間に私は日曜大工? 4つのパーツをプラスドライバーで組み立てるだけだが10分ほどで完成。 木製だと凄いことをやったような錯覚をしそうになる。 ヒマついでに逢坂みえこ「千石屋綺談」を読み返したら「働く夫と妻が平等に家事と言うのはありえない」という台詞がでてきた。例にあげられたネタに大笑い。 夫:洗濯といってもスイッチをいれるだけ 妻:ほして、とりこみ、たたみ、しまう 夫:皿洗い 妻:献立・買出し・下ごしらえ・調理・皿拭き・片付け 夫:掃除機連れて部屋1周 妻:トイレ風呂シンクレンジ台のごしごし磨き 女「どうよ?これが平等?」 だそうだ。どうでしょう世間の夫?世間の妻は賛同しそうだが。 NHKBSでドキュメンタリーの秀作を紹介する企画番組を観る。「リアル海猿」(テレ朝制作)の、民放とは思えないぶあつい取材に感動。内容は海保の潜水士をめざす若者たちのレポート。若干情に溺れているともいえなくもないけど表情の捉え方がいいのだ。くやしさであったり、真剣な表情であったり。教官はもはや私より年下(泣)。「軍曹」とでもよびたくなるような顔の迫力。カラダをはって日本を守ってるひとはカッコイイぜ、と男の子スイッチはいりまくり。 夕方、かみさんを駅までむかえにいき、その足で義弟の美容院へ。店じまいのあとにムスメの頭を丁寧に髪をととのえていただく。カットの間義弟氏と義弟’s母とかみさんで完全地元ローカルトークに置いていかれる。わからん。 さて夕食なんにすべえ。(♂)
2008年06月22日
J-WAVEを聴きながら洗濯物を干す。 土曜日朝の番組では子供にDJ体験をさせている。コメントがいちいち面白い。何を聞いても即答えが返ってくるかんじがいいのだ。今回ならキッザニアのレポートで、 毎日大人がこんな大変な思いをしてるんだとわかった といっていた。どんな体験だろう。満員電車バーチャル体験(ルール:痴漢と思われないようにすごしてみよう+車内でモノを食うヤツにキレないようにすごしてみよう)か。違うだろ。 ご飯と味噌汁と煮物で朝食。ムスメ、喉が痛いらしくあまりすすまず。風邪薬を飲ませる。 汁物がなくなったのでコンソメスープをつくる。具は玉ねぎ・じゃがいも・人参・ダイコン。昼食のおかず用。 床掃除をはじめる。はじめたとたん呼び鈴。 「聖書のおはなしを」近所のドイツ人牧師の教会のひとならいいかと思ってでたらなんとかの証人だった。無理無理笑顔がキツい。キレイなひとではあったが。 子供が間違った方向にいったりするのは怖いですよね? とかいわれたが間違うもなにもまだ何も世間にでてないよ。っていうよりオレの子が間違うわけねえだろおら。そもそもうちの子に限って。 とかいってみたい。「間違った」リアクションがあると喜んでまた来てしまったりするのだろう。「あのひとの人生をかえなくてはたいへんなことになる」とか勝手に使命感に燃えられたりして。というわけで黙っておく。 それにしても。 さっそくアキバの話をネタにするのってあざというというか直球というか不謹慎ではございませんかなんとかの証人の方々よ。 あんたら1975年に世界が滅びるとかいって内部抗争したんでしょ? とか 聖書の文章どおりに行動するのは律法学者のふるまいと同じではありませんか とかくだらないツッコミをしたくてうずうずしたがおだやかな父親を演じてパンフをうけとって帰ってもらう。ばっちい印刷だなこの手のパンフ。 ふう。 なぜかムスメ、ひとりで勝手に窓をあけて同行の老婦人にあれやこれや喋っている。ああこいつもおじさんおばさんキラーになるなオレに似て。仲良くならんでよろし。 親から電話あり。父帰宅。祖母介護のスケジュールの都合でとんぼ返りで父実家に戻るとのこと。ヘビーだ。 掃除機をかけ、ムスメに絵本を読む。掃除機をかたずけに別室にいくとくっついてきてかたずけたばかりの玩具をもっていく(怒) お絵かきをはじめたら「これね、笑ってる風船なの」とちゃんと目がある絵を描いていたのに驚く。視覚認識がその段階に入ったか。半円を描くと笑ってる目、という技法は2歳で判るらしい。次は目に星をいれて睫毛を長く描くんだ!(バカ) そんなこんなであっという間に昼。 コンソメスープとおからドーナツを食わせて昼ごはん。ドーナツ1個食えず、「はんぶんこはいどーぞ!」と渡される。ほんとに調子悪いのね。 クルマに乗せて昼寝させて、本日の父親業おしまい。 いちおう、クルマに乗るときは短パンをジーンズに履き替えるのが最後の一線。最低限のルールだ。短パンで平気で乗るようになったらオレも終わりだ。卒業だ。何のだ? ああ本が読みたい。ヨミ応えのある文章にであいたい。と、整理しきってない本の山をあさってみる。その前に整理だよやるべきは。 NHK教育であさのあつこ原作アニメ「テレパシー少女蘭」を観る。懐かしいかんじ。悪役っぽい少女が長い髪のストレートなんつーセンスは70年代っぽかったり。NHKでむかしやってた学園物のにほいが。幻魔大戦とか好きな人にはいいんじゃないかしらん。日本の超常現象モノってなんか「学園が舞台」というのが多いのはなぜかしらん。 昼寝あけ、外出できないストレスでぬいぐるみをぎゃあぎゃあと投げ始めた(珍しい)ので20分ほど散歩。あちこちの水溜りをたのしそうに踏んでまわるムスメと手をつないで歩く。雨上がりもいいもんだ。やれやれ。 ところで子供ってなんでああも水溜り好きかね?(♂)
2008年06月21日

七五三の撮影が近いので、義弟氏に髪を切っていただくことに。 イメージイラストなり画像があればもってくるように言われる。 ムスメは髪が多いのでできればそれを活かしたい。 で、うちあわせと称した夫婦の会話。 夫「やっぱり某碁マンガじゃね?」 妻「ああ!アレね」 アレ↓ 妻「・・・男じゃん」 夫「じゃあ、某ゴージャス高校マンガは?」 妻「ああ!アレか!」 アレ↓ 妻「マンガばっかりじゃん」 夫「わかった。マンガはやめよう。これならどうよ」 妻「コレ?」 コレ↓ 妻「・・・ちょっとちがくね?」 あとはクラムボンのボーカルの髪型ぐらいか。 ・・・というわけで市松人形の画像でももっていこうかと思案中。怖いけど。 ちなみに当日、義弟氏にイメージを説明したら 「ああ!ウォーズマンみたいな!」 ・・・・ウォーズマンって・・・。(♂)
2008年06月21日
脳内に「他人の誕生日」というこれ以上ないっていうくだらない記憶フォルダーがある。 名があるわけではないのだがあえて名付けるならそうなる。 もう二度とあうことがなさそうなひとほど、しょうもないどうでもいいデータが保存してある。誕生日とか好きな食物とか。たぶん本人だって忘れてるようなネタだ。 実際に彼らに会ったからといってそんなネタは喋るつもりはない。話をされたほうも困るだろうリアクションに。 体内カレンダーを会社にあわせて生活しているが、ときどきどうでもいいタイミングでそのフォルダーをひっぱりだしてしまってはがっかりする。そんなにたくさんデータを残しておいてなにをするつもりなんだ俺。 できるならば覚える義務がない記憶は消去したいのだが、逆に義務と感じることほど苦痛が記憶をブロックするのは困ったことだ。 大人という生きものが哀しみを背負っているとすれば、そういうボールペンのキャップのようなつまらないことがたくさんココロにひっかかっているからかもしれない。 もちろんたのしいこともたくさんひっかかっているのだけれども。 夜中にひとりルパン3世の真似をすると死にたくなる、といった漫画家がいた。ふと、 何月何日か・・・~の誕生日だな とひとりごちる私は同じように「みなしごのブルース」でも口笛を吹きたくなる。冬ならばコートの襟をたてたりして。 記憶が消せない以上、たくさん楽しい思い出を増やすしかない。思い出をふやそう!と思ってすごすのも楽しくなさそうだけど。(♂)
2008年06月20日
社長が洋行(死語)から帰ってきたということで本日社員表彰。 私もついでに表彰される。いぇー←なんだそれ。 歴代のラインナップを考えると、納得できる人選とできない人選が両極端で。 今日同時に表彰されているひとが私と並んでいることを納得していますように と祈ってみる。 面談でその旨を告知されたときは即「なんもしてないでもらっちゃっていいんですかね」と答えた。推薦したのはボスなので「まったくそのとおりだよオレもそう思う」という答えが返ってきた、なんてことはないわけで。 はあむずかゆい。 なんでぶつぶつ言い訳をするかというと。 今回の私の表彰の一件については、ほとんど業者さんの手柄であって私はなにもしていないのだ。だからといって業者さんにお礼参りなどに行く気は毛頭ないのだけれど。 ・・・などとだれにいったらいいものなのかわからないのでつらつらと書いている。 人前で賞状をもらうのは何年ぶりだろうか。いざ人前に立つと気持ちがひきしまる。 そして副賞をもらうと鼻の下がのびるわけで。 とりあえず、もらえるものは素直にもらい、謙虚に礼をいうのがいちばんみんなの幸福の素のようだ。 ありがとう。 ってだれにいうべきか。 妻に感謝を! とかいうほど大げさでもないし。 やっぱりオレが偉いよ。オレ最高。 とか。まあ今夜だけでもいってみよう。ははは。(♂)
2008年06月20日

一部の世間ではDの誕生日だが、私の次兄の誕生日でもある。 おめでとうメールを休憩時間に送ると即返事。 ありがとうございます。自分以外に誕生日にきづいてくれる人がいるというだけで不良にならずにすみそうです だそうだ。いいことをした(違)。 家に帰ると、熱で外出できないムスメの機嫌取りにかみさんが渾身の一作をしあげていた。 浦安の齧歯類2匹らしい。サザエさんみたいな口紅と言い訳のようなリボンが泣かせる。みょうにおばはん臭い。やなせたかしmeets浦安鼠、みたいなタッチだ。 ムスメは喜んだらしい。そのうち「これちがーう!」とか言い出すんだろうか。できればそういう既成概念にとらわれない子供に育ってほしいというのが父の願いだ←我田引水。 ・・・こんな家族ですが、なにか?(♂)
2008年06月19日
ムスメ発熱につき定時退社。 明るいなあ地元。小学生とか、年寄りとか、ふだんの時間にみない層がバスに乗っている。帰り道のけだるさを共有する感じが電車より強い気がする。 共有。そう、妙な仲間意識だ。 まだ陽もおちていない。こんな時間に毎日帰れればいいのに。 今日もしーぶやーで5時~♪ などというふざけた歌を思い出す。どうやったら行けるんだ!直帰か。それともてめーら公務員か! ・・・いや、まあ公務員なら公務員でいいんだが。キクチモモコとスズキマサユキっていま考えるとどんな組み合わせだ。シュールすぎる。 歌詞をしらべてみた。 ふたりでサボタージュ まんまかよ。 家に帰るとムスメはご機嫌にヨーグルトを食べていた。喉が痛いらしくふだんよりは食べないとは義母の弁。お医者さんには行ったそうだ。 それでもたぶんフツウの子の食べる量ぐらいなのだろう(小声)。 ついでに夕食を食べさせてもらい、ムスメの歯磨きが終わったところで布団へ。 イヌの形をしたアイスノンをあてるとあっという間に夢の中。 あまり病気をしない子だが、熱をだすとやはり子供だなあと思う。親にしてはガサツすぎるかしらん。 早くなおれ。と、まだ熱は初日なんだが祈ってみる。(♂)
2008年06月18日
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子供の頃引っ越しを経験しないまますごした。 だから地元にかえればいまだに「ちゃん」呼ばわりだ。30過ぎて「ちゃん」もないものだと思うがしょうがない。そういう育ちである。 なにをしていても許された。アプリケーションをかえることなくすごした分、高校で苦労した。違う世界だと理屈ではわかっていてもカラダがついていかないのだ。これぱかりはカラダでおぼえるしかないだろう。そんな文化ギャップ体験もわずかな私は結局田舎者のまんまだ。それでいいや、というファジーなところで暮らしているのは年齢なりにつけたずうずうしさというやつだろう。 重松清「きよしこ」を読む。 吃音の少年の成長譚、とまとめてしまうにはあまりにいとおしい連作集。「のだめカンタービレ」の チャイコフスキーは悲しくてもそれを言うことはできなかったんだ。そんな風に弾いてごらんという台詞に倣ってみたい。この作品は(吃音だからというわけでなく)ことばにできない想いがつまっている。 静かな語り口。めったに口にだせないココロ。読むこちらの体もかたくなる。たぶんだれもがいえばよかったという苦いことばを喉の奥にためこんで大人になるのだろう。 転校が多い環境もまた人生のメタファー、などとわざわざいうのはそれこそ野暮というものだ。 強く、というよりめいっぱいヨロイをつけて生きていこうとする姿に共感。 そう、子供って頑なでキレやすくてずるい。そこにいるのは私だ。転校はなかったし、吃音はなかったけど。それでもなお。(♂)
2008年06月18日

最近のムスメのブームは「~って書いてあるの?」という質問だ。 ある日、風呂の蓋に目をバッテンにした赤ん坊の絵を発見。 これなーに? と聞いてくるので「赤ちゃんはこの上に乗ったらバッチャンと落ちてあぶないよって描いてあるんだよ」 と説明したところ。 ある日。 私の着ていたヤマサ醤油Tシャツをみて これなーに?と聞く。 醤油だよ。 「醤油ってなーに?」 辛い辛い、しょっぱいしょっぱい、おとうさんやおかあさんがつかっているものだよ。 「えーと、えーと(『えーと』もブームだ)食べたら辛いよしょっぱいよって描いてあるの?」 ・・・いや、注意事項は描いてないと思うけど というわけで、夫婦でブームは命令文をすべてこの口調でいってみるテスト。 「ごはんたべよう・・・って描いてあるの?」 「箸ください・・・って描いてあるよ」 「皿運んで・・・って描いてあるの?」 「テーブル拭こう・・・って描いてあるよ」 ・・・描いてないって。 いっそのこと仕事でつかいたい。 この納期無理だよって描いてあるよ。 この材料じゃ無理だよって描いてあるよ。 この指示じゃわかんないって描いてあるよ。 ・・・殴られるなそれ。(♂)
2008年06月17日

一足早く夏休みをとる。 暑くもないのに夏休みもないもんだと思うが。 ホットケーキで朝食。3人揃ったときの儀式みたいなもんだ。 服を着替えさせて、お宮参りでつかった写真館へ外出。七五三の打ち合わせ。 来たのは何度目だか。古ぼけた建物の長い廊下。よく手入れされて亀と鯉がいる庭。昔は結婚式もやっていたという場所に、「夜中に花嫁がとおるんじゃないの?」「たぶん通ってるね」とプチ怪談のひとつもしたくなり。 内覧会と称して和室に着物がうんじゃらげと並べているのを見に行く。 セイコマツダキモノキッズというブランドに脱力。意外なことに人気があるらしい。着物はともかくドレスにト音記号がついているセンスはいかがなものか。 インターネットで調べて借りにくる方もいらっしゃるんですよー、とのこと。 ほほう。わからん。 ムスメをみて あら、ぷくぷく太ってるのねー。ごはん大好きなのかなあ? と直球でツッコミを入れるスタッフさんに大笑い。 女の子はねえ、女の子らしい服を着せたほうが色彩センスがあがるのよ。うちの子もねえ、小学校のとき色使いがいいって先生にほめられたの。 などと、教育談義?をしつつ。 渋い小豆に近い赤の着物を見つけ、これしかない!とひとめぼれ。こちらが言い出す前にすすめられる。似合う色というのはだれがみてもそうらしい。 ドレスがどれもいまいちと思い和モノで全部きめてください、といったが「ドレスはいれていただきます」といわれる。なぜに? しかたなくセイコマツダのものをセレクト。えーん あっさり1時間でうちあわせが終わったので急遽世間もすなるアウトレットモール詣でというやつをしてみんとてするなり。 で、ここへ。 月曜日だというのになんでこんなに混んでいるかね←ってどの口がいうのか。 レゴやらコンビミニやら放浪。腹がへったのでレストランコーナーにいくが。 中にあちこちスタッフがいて「ただいまの時間は座れないのでテイクアウトにしてください!」と叫んでいるところにアジアを感じた。 収容能力超えてまで同じ値段で食いモン売って平気な顔ができるセンスというのは私にはわからん。 アジアだなあ、としかいいようがない。そういうところにこの建物の本質がみえた。 とにかく黙ってゼニを落とせということか。ちっ。 ・・・というほどいらついてもいないのだが。買うものはなくとも、わけのわからないワクワク感がある。たぶん昔のデパートってこういう雰囲気だったのではないかしらん。 今はそういう店名としてのプレミア感よりは「選べる」かんじが集客力をもっているのだろう。 運転疲れをいいことにムスメをかみさんにまかせ、しばしカルディコーヒーファームをうろつく。緑茶バーでグリーンティーをすする。 カラダに悪そうなアップルティ(粉末)をプラザで買い、個人的に買い物はおしまい。 正直。 アウトレットははげしく鶏糞?の匂いがした。近くになにか飼育場でもあるんじゃないかしらん。そういうところもアジアンテイストなのかも。 家に帰り、庭いじり。ばっさりと枝を切りまくる。 夕食はうどん。ちゅるちゅるとした麺に天麩羅がよくあって美味。(♂)
2008年06月16日

朝、洗濯物を干す。快晴。 「赤ちゃんと僕」を読みつつだらだらとFMを聴く。 ムスメが起きてきたので朝食。パスタの残りと味噌汁。 ユ●クロまでクルマで外出。めあては土日限定780円Tシャツと短パン。しかしレジにならぶひとたちのテンションはなぜこうも高いかねユ●クロ。 ショウネンタイのヒガシがユ●クロ広告にでている。できればジャニ系はダサい服であくまで「芸能人」でいてほしいのだが。最近は野球選手もジャニ系も洗練されていてつまらん。ああいう人種はカタギが着られないようなどぎつさできめてナンボだと思うのだが。 おめあてのものは見事GET.それがこれ アホTシャツだわー。 家に帰って散歩へ。暑い。近所の公園まで連れていき、滑り台で遊ばせる。 パンやでパンを買って帰宅。お隣さんが小さなテーブルをだして庭でピクニックをしているので挨拶。こういう小さな幸せが微笑ましい。うちもテーブル買おうかしらん。 パンはサラダの残りといっしょに食べさせる。 クルマに乗せたが昼寝せず。ほったらかしでこちらが寝ることにする。ときどきシャレにならない攻撃をしてくるので少し叱る。うたた寝でも肌が再生していく実感←ふだんどんだけデタラメな生活なのか。 そんなかんじで夕方。 かみさんを迎えにいったスーパーのレジで義父に会う。交通手段が違うのであいさつして別れる。義母は毎日会えるのに義父にあえないムスメよ。 夕食はジャガイモとしめじとブタで炒め物。芋しゃきしゃきして美味。 夜、「猟奇的な彼女」を観る。撮り方に「トレンディな撮り方」という古典的手法を感じつつ。無理やり映画と差別化しようとした脚本の無理がいろんなところにでているなあ、と田中レーナの演技をみつつダメだし。面白くなりそうなんだけどなあ。(♂)
2008年06月15日
いまさら、驚かないんだが。 つけ爪をつけたねえちゃんが電車の中で化粧をはじめた。 隣のスペースが不自然にあいている。だれも近寄りたくないんだろう。 驚かないが不快だ。オレだけなのか不快なのは。 いいかげんこういう輩をあきらめてイライラするのやめようよとも思うが。 キャパがせまいからしかたがない。 電車・地下鉄のキャンペーンがだめなら化粧品メーカーがやってくれマナー向上。 だれがやっても届かないんだろうなあ。残るはみのさんだけか。 ジロジロみてやる。ついでに、熱くみつめてやる。G.クルーニーばりに(嘘)。 それだけならいざ知らず。 今度はコーンマヨパンを食い始めた。もそもそ食いながらケータイをいじっている。 さらにジロジロみてやる。ナカダイタツヤばりに(嘘)。 あたまの中でこいつの部屋を想像。 たぶんきったねえんだろうなあ。こんなにキレイにしていても。ロクなもん食ってねえんだろうなあ。 食べるのをやめろ。やめないとおまえの部屋を想像するぞ! とかいってその場でイラストを描いてやりたい。できればナニワ金融道みたいなタッチで。 ・・・なんでみしらぬネーちゃんのためにイライラしなくてはいかんのか休日に。 こうなると、芸術点をつけたくなる。 ニッポンの鈴木!化粧に手をだしました これはいい構成ですよ さらに今度はコーンマヨパンだ! 大技にでましたね。優先席でやらないのは物足りないところです いよいよフィニッシュ!あゆの着メロ最大ボリュームだ! とびちったパン粉とパウダーは栄光への架け橋だ! ふう。 会田雄次がイギリスの女性将校について書いている。 収容所の中で彼女らはわれわれにかまうことなく服を脱いだ。彼女らにとってわれわれ捕虜は裸をみられてもかまわない人間以下の家畜のような対象なのだと。 もしかしてこのねえちゃんも世界を蔑視してこういう行動に ・・・・なわきゃない。アホなだけだろう。 最近、本当に自信がない。マナーってだれが教えるの?学校?親? なんでもかんでも法律として明文化しなくてはいけないのなら、終わってるわ日本。 マナー教育に触れる機会をゲートとして考えてみる。 人生を道として、「マナー教育」というゲートをくぐりぬけていかなくてはいけないのだとしたら。 このねえちゃんはゲートの強行突破をくりかえしているエリートということか。 尊敬。(♂)
2008年06月15日
母と電話する。 父は父の実家で祖母の介護をしている。ずっと泊まりっぱなしではなくてヘルパーさんもいるので出来る範囲でこちらと行き来している。 母は先週手伝いに行った。 祖母はクールなばあちゃんだ。あまり動けなくなったいまでもああいえばこういう人である。口だけは達者というヤツだ。ひとことふたことすぱすぱ返ってくるので母も明るくダメ嫁をさせてもらっている。 そうはいってもふだん住まない場所で働くのはストレスだ。母だって還暦をすぎている。消耗度はかなりのものであろう。 そんなわけでくさくさした日々をおくっていたやさき。 父がいきなり母に「買い物に行こう」と言い出した。 「モノが揃っているからいい」と断ったが。 父は「いっしょに来い」と聞かない。 しぶしぶついていくと、車は意外なところへ。 料亭を改装して喫茶店にしたお店。 田舎と思えぬ別空間。 窓の外には手入れされた美しい庭。手元には美味しいミックスジュース。 命の洗濯というやつだ。 おとうさんもイキなことするでしょ? と笑う母。それでも、 だったらさきに言ってくれたら朝からルンルンで(原文ママ)もっとおしゃれしてきたのに! とつけくわえたところが永年の夫婦というやつか。苦笑する父の顔がみえるようだ。 母を連れていくと喜ぶ。そういうツボを知り尽くした小さなイベント。 うーむ。父に、そんな遊び心があるとは。あなどれん古希。 学習能力?(失礼) 私が生まれてから今にいたるまで家族にそんなひねりをきかせた仕掛けをするところはみたことがなかったが。 底がみえないぞ父?もしかしてもてたか昔?(♂)
2008年06月14日
駅前の広場をみおろすカフェで珈琲を飲む。 放射状に広がった道をいろんな人種が行き来する。あいつはキャッチだなとか、あいつは宗教勧誘かな、とか。どうでもいいことをツッコミつつ眺める。 部活帰りの高校生。買い物へいく主婦の群れ。遊びの待ち合わせの小学生。 その間を縫って動かない人がいる。ティッシュ配りの兄ちゃんだ。暑い日差しをもろともせず、ダンボールのヤマを積んで配りまくる。白いワイシャツ姿の手元にはOPP袋に長いチラシがセットされている。マンションの広告か。 暑い中ご苦労さん、と思ったやさき。 強い突風が中身をほぼ失ったダンボールを倒す。風でばらまかれ、容赦なく滑っていくティッシュの山。 あ 声にならない声がカフェであがったのは、おそらく同じ風景をみたのだろう。 と、意外な動きが。 駅に向かって動いていた集団がとまり、いっせいに足元をみる。 足元のそれを拾えるだけ拾い、箱をもった兄ちゃんにそれぞれ近づいていく。高校生であったり。カップルであったり。小学生であったり。 時間にしておそらく30秒ぐらいの出来事。 もしかしたらそれは「集団心理」というひとことでかたづけられるのかもしれないが。 珈琲が美味くなった気がした午後1時。風はまだ吹いている。(♂)
2008年06月14日
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荒木経惟「すべての女は美しい」を読む。 かつての「噂真」の連載はパラパラと眺めていた。がこの人に本当に興味をもったのは最近だ。産経の連載のポートレイトがきっかけである。 なにがすばらしいかって顔が「一皮むけて」いるのだ。素人の、街のおっちゃんおばちゃんがモデルなのに。 本書はもともとの「代表的な作品」とエッセイが載っている。その理論・女性論は芸術論としてとらえることもできるし、「オンナのみせかた」として読むこともできる。あるいはコミュニケーションの参考書か。 荒木は踏み込む。たとえば「女性は天女性をもっている」といい、あがめることを厭わない。被写体だってバカじゃない。あがめているかどうかの嘘は見破るだろう。 嘘がない。それは関係にかぎらない。女優の肌はきれいではない、と言い切る。だが内面から輝かせることができると。 撮るこっちが明るくってビビッドだと、向こうも元気になるんだ 相手をうまく脱がすことのできるひとは自分がほんとうに脱ぐことのできるひとなのだと思う。 それは写真にかぎらない。明るくなれるひとは、たぶんまわりも明るい世界だ←逆もまた真なり。 ただ単に、オレにヌードを撮ってほしいとかいうのじゃなくって、自分を女として認めてほしいとか、なんだか屈折したものがあったりすることが多くなってきた。だから、関係性をもちながら、それでいて距離を置くって必要があるんだな クールだ。たぶんその微妙な一線が彼の作品を私的なモノでなく「鑑賞」に堪えるモノとしているのだろう。 オレの写真で「ワイセツを感じない」なんていわれたくないね ぶれてない。死ぬまで、煩悩にまみれた求道者でいてほしい。 ・・・何かに似ていると思ったら、ジョージ秋山のマンガだ。欲望に忠実であればあるほど、聖性がにじみ出ている。(♂)
2008年06月13日
出入りしている会社の方がファックスを送ってきた。 年齢は50代ぐらい。とてもまじめなかたで、見積もりも業者あっせんも嫌な顔ひとつせずやっていただけるかただ。 みると、ファックスの隅にあたまをさげた少年のイラストが描いてある。 なんじゃこりゃ?と発注担当者みんなでそのファックスを眺める。 市販のカットではない。どうやら手書きのようだ。 なめらかなタッチに描き慣れ感が漂っている。 まさかあのひとが?という違和感。 いままでみたことないのでさっそく(笑)、ボスが電話する。 聞いてみれば、昔漫画研究会にいたらしい。 あまりに意外な組み合わせ。昔とったなんとかというやつだ。 絵にしろ、音楽にしろ、才能というのは意外とそこら中に転がっているものだ。 隣にもしかしたらダリが、ゴッホがいるのかもしれない。 そんなことでちょっとほのぼのする、金曜日の午後。(♂)
2008年06月12日
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いまさらだが、(あえて大文字)リリー・フランキー「東京タワー」を読む。帰りの電車で読了。 あらゆるメディアで読め読めいうときには読まない。というへそ曲がりな私がたとえばセカチューを読む日はこないだろう。だれも読まなくなったいまこそオツというやつかもしれないが。 セカチューおもしろいね、と来年あたりいうのもロックかもしれないぜ←なんだよ「ぜ」ってのは。この場合の「ね」は同意をもとめる「ね」だが、時期的にこれだけずれて「ね」もないもんだ。 ともかくこの作品。 想いを照らしてみっちり描写される時代の風景が読み手のテンションをあげさせる。写真集のような雰囲気はイラストレーターというキャリアからくるものだろうか。 いっきに読ませる。まさに東京の交通機関の中で読むのがふさわしい。 ブームが去った今冷静に読むと思う。「泣けるよー」と騒ぐよりはもっと静かにかみしめたい。 読後カタルシスよりも痛みをひきずるのは自分の中のマザコン部分と放蕩息子な反省を刺激されるからだろう。 ・・・だめじゃん。 この本が発売されたとき(初版:2005年)と今とでは80年代への距離感が微妙に違う。そのへんがわたしが素直に没頭できない原因だ。 やはりその時代によむべきモノなのかもしれない。 なにかのインタビューで読みきりのはずが終わらず連載してしまった、というのを読んだ記憶がある。いわば「交通事故」のような作品。これをもってひととなりを語られてしまう著者というのはそれまでのラインナップからいえば不幸なことだ。 私にとっては上記の作品(邪悪な映画エッセイである)が著者との出会いであったからかなり違和感がある。たとえばそれは太宰を「走れメロス」で語るようなものではないかしらん・・・という例えは適当かどうかはともかく。 ↑それにしてもキャスティングよすぎ。(♂)
2008年06月11日
面談をうける。まあまあの評価をいただく。 心苦しい。 サイコー。わかってるね会社。そう、みてるやつはみてる。オレいないと、この会社ダメ。そこんとこヨロシクッ 巻き舌でヤザワ風にいいたい(手にはプレ●アムモルツで)ところだが。そこまで貢献しているとも思えず。 最高評価ではない。最高は業績がいいときでるのだ←そんなのはいつなんだよ。 だから騒ぐほどではないのだが。悪きゃ悪いで文句はいうのだけれども私の性格からいって。 みてるやつみてる、という台詞はよく聞く。が、悪いときにしかつかってないのでいい話のときはうそ臭いのだ。とても自分ではいえない。 もっと働けという会社からの檄だろうか(考えすぎ)。 評価に対してのスピーチがあるなら、おおげさなぐらいの迷いをもったアクションで喋りたい。できればタキシードで。 (静まるのをまって)ああ、この日を夢見ていました・・・マイハニー観てるかい・・・まずこの喜びを家族に・・・弱ったな・・・うまく言葉がでてこないんだ・・・ハンカチかいありがとう なぜか吹き替え調になってみたり←うそ臭さいかがわしさがちょうどいい。 演劇界には紀伊国屋演劇賞という人気絶頂のときにもらえない不思議な賞がある。そんな「偉大な」賞と査定を較べるのもアレだが評価というのはかくも難しいものか。 自分も他人も納得できる評価というのはありえない。 いい評価こそがスタートなのだ。 なにか褒められる機会があったら、それより世間的な意味でのいい評価と較べていえばいい。 こんな評価もらったって、べつにテツコの部屋出たわけじゃないしね。 こんな評価もらったって、べつに情熱大陸出たわけじゃないしね。 こんな評価をもらったって、べつに紅白出たわけじゃないしね。 こんな評価もらったって、べつにオリンピックで金メダル貰ったわけじゃないしね。 こんな評価もらったって、べつにオスカー貰ったわけじゃないしね。 こんな評価もらったって、べつにバロンドール貰ったわけじゃないしね。 こんな評価もらったって(以下続く) ・・・なんと傲慢な。だがとたんに「評価」がとるにたらないものだという謙虚な気持ちになるのもたしかだ←ほんとうか? メダルとっちゃるけん、ぐらいの勢いで仕事をしたほうがいいのだろう。 器をもらったと思えばいい。満たすのは自分だ。(♂)
2008年06月10日
会社で「友達の多い人」の話になり、なんであいつにやたらめったら友達が多いのかね?(やっかみじゃなくて素朴な疑問)という理由の説明としてあるひとがいった説が面白かった。 目だという。 だれに会っても一瞬で物まねができる・・・とまではいわないが癖をみつけるのが得意なんだそうだ。 なるほど。一理ある。 観察力もさることながら、情報整理の能力が高いのだろう。 インプットとアウトプットのバランス。 こいつはこういうやつだからこうしよう、という事前情報の処理。知らず知らず話の端々から相手に伝えている「私はあなたをみている=興味がある=好意?」のメッセージ。 もしかしたらそれはキラキラした目として外に現れるのかもしれない。 もてるわけだ。 いいなあ。 もうひとつは、このひとが描く脳内の画だろう。 だれかをみる、という行為は必ずしも好意的にはとられない。 見る=触る とまではいわないが、ある種の彫刻を目でつくる行為である(おおげさ)。 場合によってはストーカーよばわりされるご時勢である。たぶん見られている側が納得する絵が描けているのだ。 もちろん、視覚センスに強い人がみんな必ずしも社交上手ではない。みえているがゆえに物事をマイナスにとらえてしまうひともいるはずだ。みたくもないモノまでみえてしまったり。 この「みえている」ヤツもそういうせめぎあいの中で「技術」を磨いてきたのかもしれない。 ときにはみないようにしてみたり。いいところだけとりわけみるようにしてみたり。 自由自在なファインダー。 うらやましい。 ふりかえってみれば。 私は人ごみの中から知人友人をさきにみつけるのが昔得意だった。 すみっこから発見、というのがたぶん私の好む目の技術なのだ。 この日記みたいなものか。 「見方」は世界とどう関わるかという表れなのか? ・・・たぶんそうだ。 若いとき、気軽に「退屈な世界」とか口にする。少なくとも私はそうだった。 が、要は「見えてない」だけなのだ。「見方」もあるし、知らないせいでもある。 まっすぐみれば、まっすぐの世界がある。斜めからは、斜めの世界が。 「見えている」人にはどれだけたくさんのモノが日常で溢れているのだろう。 あなたにわたしのなにがわかるというのよ! というベタな台詞がある←いわれたことはないが。 そんなときに即座にわかっていることをまくしたてたりしたら黙らせることができるのかしらん?こういうひとにぜひやってみていただきたい。 えーと、おねがいであって。おすすめはしない。(♂)
2008年06月09日
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ドラッグストアにてコラーゲンの広告が目にとまる。 30代後半から40代のモデル10人の写真を年齢とともに大胆にもならべたモノだ。 10本で~円。ちょっと高い。 ふーん。 と思いつつ、 この人たち飲み忘れたらとたんにしわしわになるのかしらん。 買い忘れたら夜中にドラッグストアに押しかけてシャッターをバンバン叩いたりしないかしらん。 「あれがないと!」「あれがないと!」「ぎゃー」(声はクレッシェンド。楳図風の顔で) ・・・とアホなことを考えてみる。 <ユニバーサル・セレクション 1500円 2008年3弾>[DVDソフト] 永遠に美しく… (初回限定生産)
2008年06月09日
朝、ムスメに顔を襲撃されるが余裕をかましてそのまま寝ていたらあきらめて寝てしまう。しめしめ。 昨日の夜つくった舞茸とダイコンと人参の味噌汁で朝食。 曇っていて風がないが無理やり洗濯物を干す。 台所の床掃除をするとムスメが「手伝う!」とクイックルワイパーの棒にぶらさがる。しかたがないのでそのまま掃除続行。 しあげに掃除機をかけまくったら「おしっこでちゃった・・・」とのたまう。 相手にしないといろんな手にでるのは子供の特徴というやつか。大人でもいるけど。 最近面白いのはトイレを訴えるとき小はともかく大は小声でささやくことだ。 羞恥心の芽生えはなにがきっかけなのか?DNAなのか文化なのか。興味がある。 実際は羞恥心が邪魔になるような場のほうが多いような気がするから、これは進化なのか退化なのかは微妙なところだ。いや進化にきまっているのだが。 先にトイレに行かせ、外出。パンツでの外出はいつでもギャンブルだ。 遠いパン屋まで行き、昼食を買って帰宅。行きの勢いはどこへやら、ぐにゃぐにゃと死に掛け人形のようになっているので担いで帰る。腰大丈夫かしらんオレ。 家でシチューとパンを食わせ、夏蜜柑を食わせる。剥くタイプの果物は私が奴隷になってしまうのが気にいらない。たまには剥いてくれ。 クルマに乗せて昼寝成功。寝たのでトーストにトマトとチーズをのっけて食う。大人の時間だ。ついでに珈琲を飲む。 夕方起きてきたので外に出す。阿蘭陀兎の車に乗りたいとのたまうのでひっぱりだし近所を放浪。 イヌを連れたお隣さんに会ったので「ドッグラン行きました?」と聞くと「ケガさせそうでねーヨソのイヌを」との答え。たしかに子供を見るとほえまくるアホ犬ではあるのだが。 夕食は人参とキャベツと玉ねぎを刻んでベジカルボナーラ。(♂)
2008年06月08日
W杯の予選を観ていて。 もはや見慣れた風景ではあるが。 中東の会場で聴こえる、 あいやいやいやーーーー♪ としか聴き取れない音楽。民族衣装(もちろん民族意識以外に実用でもある)。 あれって現場で見たらもっと威圧感があるのではないか? 異文化接触の際に感じる強烈なストレス。 私があちらの文化になじみがないだけではあるが。そういう日本人はたぶん多くいるはずだ。 民族の血を沸きたたせるそれらは間違いなく敵を威圧し味方を鼓舞するアイテムだ。 ・・・といまさらいうなみたいなことをいってみる。 それに較べると日本サポーターの青いTシャツやユニフォームって。 普通すぎる。そしておとなしすぎないか。 批判じゃない。疑問だ。 もちろん量で圧倒してたり尋常じゃない熱心さがあったりするから一概にはいえないんだが。 プロ野球のハッピとか100円傘とか、珍走族の竹槍マフラーとか、ガクセイ服着た応援団とか、頭にネクタイ巻いたリーマンとかその類の ガイジンがみたときになんじゃこりゃあ!(@マツダユーサク)と理屈抜きで思わせる ダサイモノのほうがおそらく異文化としてのインパクトがあるのではないかしらん、と思うのだがいかがなものだろう。 日本サッカーの歴史そのものはJ開幕以降「ダサくないもの」を目指して進んできてはいるのだが。ダサくないのが逆に文化としては軽いといわざるをえないだろう。 結論:ダサイものには、本来誇るべき文化的価値がある。なんてな。 ハンドボールで江頭が「極東の笛」と称して法螺貝を吹いていたそうだが。あれなんて意外といいんでねえの。ゲームリズムへの影響は未知数だが。柏サポみたいなのってもっと増えないかしらん。(♂)
2008年06月08日
朝、洗濯物を干す。窓という窓をあけ風をとおす。 かみさんのホットケーキで朝食。 かみさんを駅に送っていき、帰って庭の草取り。 家中掃除機をかける。掃除機のあと部屋が輝いてみえた。そんなに汚れていたのだろうか(汗)。 ムスメを連れて散歩。近所にできたばっかりのドッグランをみにいくのだ。 家にイヌはいないが、イヌをみるぐらいいいだろう。 思い切ってパンツででかける。天気がいいのでトイレが近くないだろうというヨミ。 歩いてみたら意外と遠い。ムスメ晴れてるせいかがんばって歩いたがばててきたので担いでやる。 もーにかしょーしょわー♪ という謎の歌詞の歌を最近歌う。「なんてうた?」と聞いてみたらかえってきた答えは もにかしょーしょーわの歌! ってわけわからん。いったいどこの言語か。 到着すると鍛え抜かれた大型犬が血みどろの闘いを繰り広げて・・・ なんてことはなく、ちゃんとしつけされたイヌが数匹尻尾をふりふり走り回っている。 ああ休日だなあ。大型犬は癒されるなあ。 適当にみせて、暑くなったので退散。 家に帰りシャワー。今シーズンはじめてのシャワーだ。ムスメ涼しくなってご機嫌。 昼食は家でご飯と味噌汁と魚と煮物。夏蜜柑を剥いて食べさせる。 クルマに乗せたら秒殺。私も眠い。太陽は体内時計をリセットするようだ。昼寝しようっと。(♂)
2008年06月07日
最近まがりなりにも父親を若干やっている。 言葉があれやこれやでてきたので、会話の中に命令文がでてくる。 ごはんない これで通じるのが日本語の便利さではあるが。海外にいったときに無理やり伝える意思伝達の一例である。が、いちおう親としていわせているのは おかわりください だ。少しではあるが大きな差である。 正直会社でこれに近い言い方をして恥じてない人がいる。親になんでもやってもらえて大きくなったのだろう。 すくなくとも命令文にしなければダメだ。 それが自他をわけるけじめというやつだろう。 こちらから察するのは勝手だが。察するのをいつでも他者に要求するのはガキである。暴力である。 例をあげれば私の母がよくやっていたやりとりがある。 小さいころの私「箸がないよ」 母「ないからどうしたの」 私「ほしい」 母「ほしいからどうしたの」 私「箸ください」 母「自分でとってきなさい」 ・・・最初からいえや。 というツッコミこそしないものの、今子供に同じことをやりつつ、自分の日常にそういう態度がないかを戒めているのだ。(♂)
2008年06月06日
電車の中で中学生4,5人が喋っている。 オーストラリア?時差が全然なくておもしろくないよ。泊まったところでも部屋どうしで通信ゲームばっかりやって夜すごしてたー。カナダではさー(以下似たようなしょうもない内容続く) ・・・空港つかわんと浦安鼠島でも大阪犬撮影所でも行っとけガキども。その紙切れパスポートは帰化申請待ちのJリーガーにでもやってくれ。 高いカネだして海外に修学旅行行かせてもこんなもんですよ奥さん! 修学旅行なんざ旅行が一般的でなかった時代の名残のイベントだろ、とよく思う。どこか醒めた感情がある。自分が出不精なせいもあるが。企画意図としては「集団行動の大切さ」とか謳っているのだろう。 それにしても通信ゲームか。壮大なムダだ。海越えてやらんでもええやろ。 枕投げあったとか、通信ゲームとか。集団になったとたん小猿になってしまうのって。 時代が変わっても変わらないのね行動パターンはウキキ←あれれ。 集団行動がいかに愚かになるかを学ぶ機会のようだ。いまにしてみれば。 なんとなく、日本酒の枡を思い出す。 どばどばコップにつがれて、零れてまわりに溜まっていくアレだ。 親の子への想いとか、教育への情熱とか。 注いだからといって全部コップに入らない。コップの中身をからっぽにしてからはじめて気づくのだ。その価値を。 ・・・ちっぽけなコップですまんかったです父よ母よ。(♂)
2008年06月05日
同じ課の方が定年で辞められた。 ひさびさにフツウに辞める風景にほっとする。 なぜか辞め際にいやがらせのように引継ぎを拒否したり、過剰にまとめて休日届けをだして仕事に障害をひきおこしたり、どうしようもないテロを引き起こす人が多いのだ。 どんな職場だよと思われるだろうがその民度の低さは事実だからしょうがない。歪んだ愛情表現。「迷惑」というカタチでしか自分のレーゾンテートルをみせられなかった人々なのだろう。 ところがこのひとは静かだった。ふつうにその日をむかえ、お菓子を配り、ハンカチを渡してやめていった。 モノくれたからいうわけではないが。 貢献度とか、数字上のことは知らない。ただ、そういう穏やかな、句読点のような日々が人としての価値をすこしだけあげると思う。 「すこしだけ」というのがいいのだ。「ものすごく」というのはふさわしくない。 ケーキについたリボンのようなものだ。ついていようがいまいがどちらもかわらないが、ついているというだけで少し扱いが丁寧になる。 できれば自分もそういう日を迎えたい。ただ静かに去っていくような、後ろ姿がなにかを語るような。 まだ先の話だけど、想像してみれば。想像しづらかったりして。 それには努力が要るのだ。軟着陸から逆算した現在地。雲の下はみえない。 2●年後か。 逆に2●年前にさかのぼってみる。そのころだってイマはみえなかった。 みえなくて当然だ。でもときどきみてみよう。見える日がくるかもしれない。(♂)
2008年06月04日
夕方の神保町。駅前のファミレスにて、奇妙な風景を目にした。 4人がけのテーブルなのに、片側にならんで座る男女。 コップの数からいってふたりしかいない。 男と女ならむきあって座らないかふつう? 男は体を半身にして女の肩を抱くようにソファを触りよりかからんばかりの姿勢で話している。しかもどんどんせまっているせいでソファは半分ぐらいしか使われていない。 熱いぜ。暑苦しいぜ。 外見と時間帯からいってホストの同伴出勤ってやつか? ・・・と、考えてみるのものの答えはわからず。 そういえば鈴木健二「気配りのすすめ」に、女性にもてたければ相手の脇の下から話しかけろ、しかも小声で、という項があった。 あるいは営業のコツとして、いざ商品説明となったら相手の精神的なテリトリーを侵しこっちのペースにするためにパンフレットをもって横にすべりこむとよい、というのを聞いたことがある(出典不明)。 どちらもやったことがない(こういうのを耳年増というのだろうか)が、いざ目の前でやっているのをみると、非常に説得力がある。ぐいぐい「そいつワールド」に染められているようにみえる。 いわゆるウォータービジネスの女性の方は客にそんな小賢しいことをされてもなんとも思わず笑顔でなかったことにする強靭さと持ち合わせているのだろう。 どちらもすげえ。 納得したなら実践だ。わきのした!わきのした!わきのした! ・・・で、いつやるのよオレ?(♂)
2008年06月03日
社員食堂のメニュー表に目がとまる。 「ハンバーグ・シュリンプ」 シュリンプってなんやねん。 食堂のおばさんは限られた予算の中漬物を自分で漬けたり、韓国旅行土産のキムチをだしてくれたりなかなかアバンギャルドな方で。 これも期待できる(どんな期待だ)と思って昼にいったら、なんのことはない。 えびふりゃーだった。 えびふりゃー ってほんとに発音するnativeの方をみたことがないのだが。 それにしても組み合わせ凄すぎ。 洋食 of 洋食。 でも日本人がつくったメニュー。ちょっと漂う給食テイスト。 思わず、食堂のおばさんに 「これでコロッケとスパゲティがあれば完璧ですね」 といったら 「すみません時間がなくて」と謝られてしまった。 申し訳なさそうな顔。忙しいのにそんな軽い一言に。 ああ、リクエストじゃない!クレームでもない!そうじゃないんですー! と弁解するにはあまりに食堂の時間は短くて。 ・・・そんな雨の日に食べるエビフライはちょっと涙の味がした(大嘘)(♂)
2008年06月02日
兄より電話。贈った本の礼をいわれる。ついでに雑談。 開業したということでいろんな電話があるそうだ。たとえばこんなオファー。 とある雑誌とあるサイトに載せるのでインタビューをうけないか?インタビュアーは某サッカータレント。金額は~円。 それくらいの金額で宣伝になるならいいかなあしかもサッカータレントに会えるし、と思いつつふと仲間が同じ「~円」をだまし取られた、と言っていたのを思い出し、その会社のサイトをチェックしたそうだ。 うーむつかわれているタレントのラインナップが微妙に安い。 載っている病院の数が多すぎる。 この雑誌、それほど部数もでていない。 WEBはどうかといえば膨大に病院の宣伝が載りすぎている。 結論:効果はほとんどない ・・・ということで断ったそうだ。 インタビューから掲載まで時間が短いから断りづらいように出来てるんだよなあ、うまいよ商売。 雑誌もある。サイトもある。インタビュアーも実際にやる。だから効果はほとんどなくても詐欺ではない。 でもかぎりなくグレー。 みんなカネが絡むと知恵を絞るのね。感心感心(棒読み)。(♂)
2008年06月01日
最近のムスメのブームは 「自分でやる!」だ。 自立心の芽生えというやつでいいことではあるが、正直面倒くさい。 「じぶんで!」「じぶんで!」 とどこに行こうと叫ぶのはいかがなものかと。絶対に背が届くわけがないものにまで領有権を主張するのはどこぞの国のようで。 勝手に1個電気のスイッチを消そうものなら 「自分で消したかった!自分で消したかった!」 もう1回点けて消させるまで騒ぐ。 やかましいわ親が子の都合なんか聞けるかおら とは口にだしていわないまでも全部言うこと聞く気はないのでほったらかしにする。 あるいは次の通り道の電気のスイッチを差してカラダを持ち上げほらこれ消せよ、と妥協案としていっても聞かずいつまでも泣いている。 しかたないので私が消すとまた 「自分で消したかった!自分で消したかった!」 そのやりとりが永久に続くことになるのだ。 DJがレコードをスクラッチする感覚か(絶対違う)。 しかし子供がみんなこういう時期があってやがて薄れていくのだとしたら日本の教育システムの中に積極性を矯めてしまうDNAがあるのかしらん? とりあえず、私の腰がダメになる前にジャンプ力をつけてくれたまえムスメ。(♂)
2008年06月01日
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