2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全7件 (7件中 1-7件目)
1
人は、他人の気持ちの中に入り込むことはできない。だから、思いをめぐらせて、自分以外の人の考えを推し量る。で。どうやって推し量るのかというと、言葉や態度だったりするわけです。これがね、実は大変なわけですよ。相手の言葉や態度から判断をする基準は、「自分が持つ基準」なわけですから。もっと言えば「思い込み」ってやつが基準になるわけです。これはどうしても払拭できない。それはそうです。他人の心の中に入り込むことはできないわけだから「相手の基準はこうだろうな」と、考えながら判断するしかない。そこで、自分の主観を完全に省くことなど不可能です。でも、その主観や思い込みをなるべく少なくすることはできる。代表的な思い込みは、一つの出来事に、その集団の代表をさせてしまうことです。17歳の少年が事件を起こしました。似たような事件が連続して起こりました。日本全国の17歳を、二つの事件が代表してしまう。「今、17歳に何が起こっているのか」などという特集が組まれて、その思い込みはさらに強くなる。ドアノブをもって立ちどまっている人が、部屋から出て行こうとしている人なのか、入ろうとしている人なのか、はたまた、出ようとしたけど引き返そうとしている人なのか。こういうのも無意識に判断しているものです。この、思い込み部分をいかにして外せるか。あるいは、自分の思い込みで判断を間違えないためにはどうするか。相手の基準は自分とは違う。常識はただの思い込みであり、人それぞれ違う。好き嫌いが顔に出るやつは、思い込みが激しい。↑これは私の思い込み(笑)「そう思いませんか?」という同調を求める質問は、判断ミスを招く。周囲に同調を求めながら話す人の「あの人も言ってた」は、その人はまず言っていない。ま、だいたい当人に聞くと「話に合わせて相槌をうっただけ」ってな事が多い。自分の立場を客観的につかまなければならない。表向きは謙遜してもよいが、自分がその集団の中で中心的な位置にいる場合、周囲は自分に同調する。自分への苦言は大事にしなければならない。苦言を拒否するのは簡単。注意されること自体に不快感を覚えるのは簡単。幼稚園児でもできる。その苦言の内容から目を背けてはならない。目を背け続ける限り、その苦言はついてまわる。もし、ついてこなくなったら。誰も自分に関心を持たなくなっただけなのだ。
2008.08.30
コメント(0)
2学期は九月から始まるもんだと思ってたら、そういうわけでもないらしい…ちょうど出勤途中に3人の高校はあるので、久々に乗せていきました。いきなり実力テストでスタートらしいです。夏休み、ちゃんと勉強してたか?ってことですね。で、車の中で3人で勉強してるわけですよ。「おい、誰か古文か漢文の問題だしてくれ」「よし。じゃあ『我思う、故に我あり』って言ったのは誰だ?」「え。うーん、誰だっけかなー」いや、それ。なんか違う。だいたい、デカルトの言葉だし。漢文の問題ですらないしさあ(笑)
2008.08.30
コメント(0)
みなさん、みてください。
2008.08.23
コメント(4)
「おまえさあ、レベルの高い大学に行ける実力があるとしたら、どうする?」と、受験生の1号に聞きました。「東大と地元の大学の違いって、なんだと思う?」「東大卒だと政治家になりやすい、ってことだな(笑)」意味わかんねえ…と思ったら。高いレベルの学校だったら、確実に選択肢が増える、ってことのようです。何をやりたいのかはっきり決まってるにしろ、決まってないにしろ、いざその時に選択の幅を広げることができるのは自分の実力です。何が、自分の実力を広げてくれていて、自分の将来の後押しをしてくれるか、わかったものではありません。15歳で張った伏線を、40歳で拾い上げることもあるのです。勉強や仕事に限らない。恋に役立つことだってある。若さや天性、自分で自分を磨く努力をしていなければ、その、自分の売り物が衰え始めた時に、自分を支えるものがなくなってしまいます。自分を磨くにはどうすればいいか。簡単です。責任から逃げない。言い訳をしない。誰かのせいにしない。これだけで、自分を磨くことができます。もっと言えば、怒らなければさらにいい。怒りに燃える、なんてのは実に自分をコントロールできていない状況です。白馬の王子様があらわれてくれないから、私の人生はうまくいかない。誰かが何かをしてくれないから、うまくいかない、っていうのはこれといっしょですからね。そんなもん、自分が白馬にまたがればいいんです。白馬がなければ手に入れればいい。手に入れる方法まで考えればいい。「やろうと思ったんですけど、○○がちょっと…」言い訳が多いやつは、できない理由から探します。それで通用してると、結局自分の経験値が増えていかないだけなんだよ。自分の人生の責任を自分でとろうとしないやつは、仕事の責任をとらないだろうな、って思います。そりゃもう人事担当者なら、採用しないよ。でもって、そんなのが上司だったら、部下は仕事しないよね。でもって、自分の選択の結果は自分でとるしかありません。誰かが選択をした事をうらむなら、自分で選択しなかったことを後悔しなければならない。他人に裏切られた、という場合、その他人を信頼した自分の目を、自分の判断力を後悔しなければならない。自分の人生は、他の誰も生きることができないのだから。また、他人の人生を代わりに生きることもできないのだから。参考にはなるけどな(笑)で、必要なら、必要なだけのことはしておけよ、ということになるわけですね。
2008.08.15
コメント(2)
「見ろ!あの、暑い甲子園で熱く戦っているのはおまえらと同じ高校生だぞ!」「おー、ほんとだ。彼らは球児だな」「俺たちはハイジだよ」「アルプスで戦ってるのか?」「牌で戦ってるからハイジ」「球児は暑い中戦ってるっていうのに、ここにいるのは、エアコンの効いた部屋で麻雀してる高校生か」「オヤジもいっしょにやってるじゃねえかよ。しかも俺は受験生」「確かに彼らは汗をかいてる。俺たちは捨て牌を読みながら、頭の中で汗をかいてる」「あ、それロン。ハネ満」…たいした汗はかいてないな。
2008.08.15
コメント(0)
やってしまいました(汗)4日でだいたい治ったけどね。とりあえず動けるから「ぎっくり」じゃないだろうな、とは思ったし。でも、三日間くらいはお辞儀できない、かがめない。椅子に座ると立ち上がれない。いやー。参りました。仕事?お盆に私の立場では休めないのが現実です。ま、いいんだけどさ。
2008.08.12
コメント(6)
久々に、朝から起きて、ゆっくりしつつ。気力があったのでレンタルで「ワンピース」を借りてきました。…しかも2本(笑)今頃感想文書いてるのもどうかと思うが。「アラバスタ」はイマイチだったな。やっぱり90分は短すぎ。ちゅうか、90分しかないのに「アラバスタ」をやろうってのは無理があるでしょう。原作が大河ドラマなだけに、あらすじになっちゃったんだろうなあ。あれはみなさん、原作読みましょうよ。読んでる人の方が多いと思うけど。たかがマンガと思うなかれ。読み取れるものは多いのです。社会的にみるだけでも「扇動するもの」「扇動されるもの」「翻弄するもの」「翻弄されるもの」。そして、「される」のは民衆であり群衆であり、それは、言葉は悪いが「愚かさ」でもある。その愚かさを利用するもの、導くもの。現実には、麦わら海賊団もルフィもいないこの世では、やってくるのは、多国籍軍くらいしかないんだけれど。だから「扇動」も「翻弄」もされてはならないのだけれど、今、実は一度に一つのことしか考えられなくなってる。たとえば「怒りを覚える」とき、いつの間にか「怒ること」が目的になってしまい、怒りのもとを修復することは考えられない。情報はたくさんあるけれど、自分が情報を見つけ出す労力が必要ないから、手に入れる情報の確かさを値踏みする必要がない。同じ足を伸ばすなら、確度の高い方へ聞きにいくんだろうけど、ネットで事が足りるから、確度は問題ではなくなってしまう。情報は組み合わせて自分に合わせることができるから、たくさんの情報から、自分に都合のいい情報に組み合わせてる。でもって、意外と自分のまわりで手に入れた情報だけで済ましてる場合が多いんですよね。私としては、そういう人が多い方がやりやすいんですけど。ま、この話はここまで。でもって「冬に咲く奇跡の桜」も見たんですよ。号泣。見てない人は見て。アニメに抵抗ある人も。ぜひ。
2008.08.02
コメント(1)
全7件 (7件中 1-7件目)
1