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今年もあっという間に年の瀬になりました。私もこの時期になると「来年どうなるんだろう」と考えざるを得なくなります。早く安定した教職の仕事に就きたいがために、履歴書を出し、勉強を続け、努力しなければと思う次第です。 先日、そう考えた際、私は8年前のことを思い出しました。私はその年に教育実習や就職活動を行いました。ですが、思えば趣味、勉強、就職活動、どれも全て中途半端だったのではないかと思います。できるのならば、8年前の私にこう問いたいです。 「君の心は輝いていたかい?」 元ネタ:「君のこころは輝いてるかい?」(ラブライブ!サンシャイン!!) 結論から書くと、私は就活で迷子になった気がしたのです。その象徴的な出来事を紹介します。 2008年11月30日、日曜日の午後。私は埼玉県東松山市に本社を構える不動産会社・M社に面談(会社訪問)に伺いました。 これはリクルート社が当時提供していた、就活セカンドステージというプロジェクトの一環として、首都圏の中小企業を中心に求人情報の提供や就活支援を受け、2009年3月までに内定をもらう!という学生向けのものでした。大学の秋学期が始まっても一向に内定をもらえず、闇雲に就活を続けていた私は藁をすがるような気持ちでこのサービスを利用しました。 M社での面談はアットホームなものでした。対応された担当者の方とざっくばらんにお話をさせていただく機会がありました。その際、私は「3年生(前年)の秋から合同採用説明会や業界セミナーに参加したものの、内定はゼロのまま・・・」という趣旨の発言をしました。 しかし、担当者から無慈悲なことを言われたのです。 担当者「『就職したい!』という必死さが感じられない。悠長に構えているように見える。そんな心構えで、面接で10連敗?20連敗?当然だと思う」 多くの同級生が企業から内定をもらう中、就活を「お涙頂戴の活動」と考えるようになっていた私を絶望のどん底に突き落とすような一言でした。 翌日・・・。M社からメールをもらいました。 「面談不合格」 会社訪問の時点で不合格になりました。 他にも、中小企業を中心に面談に参加させていただき、中には面接(選考)まで行った会社もありました。 しかし中には「・・・何のために参加してんだろ、俺」と感じるような面談もありました。その場合は正に面談のための面談という感じがしてなりませんでした。 私は学部4年生の年末という時期になって初めて、「なぜ就職するのか?」という根本的な問いにぶつかってしまった気がしました。ですがその問いの答えとして「ちゃんとした収入が欲しいから」だと、極端な話、アルバイトや契約社員でも生活できるのです。 就活していたのに、「就職とは何か?」への答えを用意していなかったのです。 私が就活を3年生の秋に始めたきっかけは、マイナビや学情ナビ、リクナビ、エン・ジャパンといった大手求人情報サイトが新卒採用特集ページを立ち上げたから。あるいは、他の同級生が就活し始めて「そろそろ自分も動かなければ」と漠然とした危機感を感じたからでした。まとめると、「周囲に遅れをとりたくない」という薄っぺらな動機しかありませんでした。これでは正に、就職活動するから「やりたいこと」を考えている状態になってもおかしくありませんでしたし、現に私はそうなってしまいました。 当時の私を見つめてみると、ただ、ノルマを消化するように就活していたように見えました。自分の将来について何ら具体的な夢を描けてない。勉強や趣味など何もかも本気で取り組むことなく中途半端に終わる。 就活の最中、母からは「君、就職する気ないだろ?」だとか「ガッツが感じられない」と言われたことがあります。現に私は、留学や司法試験挑戦などの話が両親からある度に生返事をして、全部うやむやにしてきたのです。 就活を登山に例えると、「2~3合目を進む」=「自己分析や業界研究を進める」、「7~8合目」=「面接を受ける」、「頂上到達」=「内定をもらう」という風に表現できるかと思います。しかし私の場合には、自己分析をあまりにも軽視し過ぎたために、「猛吹雪に遭い、登頂断念」と言えます。 正に、当時の私の心はくすんでいました。輝くどころではありませんでした。 8年前の私は、現在のように、教員試験目指して勉強というわけでもなく、バイトでもいいから仕事に熱心に取り組むというわけでもありませんでした。 やっていたのは、自分のキャリアアップとは関係なさそうな、政治関連のニュースを集めて政治評論家のようなブロガーをやっていること。国勢調査など都道府県のデータを収集すること。東武線の駅名標の写真を集めまくること。パ・リーグの野球観戦をすること。以上のようなことでした。 今思うと、8年前の私は自分と向き合うことから逃げていたんだと思います。 「いや、ゼミ仲間がみんな民間企業へ就職しようとしてるから。」そんな内向き、受け身な理由で司法試験や公務員試験などには全く興味を示そうともしませんでした。みんなと同じレールから一人だけ外れるのが、怖かったのです。 さらに、当時の私は「軽いアスペルガーでは?」と指摘されると、「嫌だ!知りたくない!」「俺はそんな障がい者みたいな存在じゃない!」と反発心を抱いたことがありました。アスペルガー症候群の良い・悪い両方面の特性を全く理解しようとしませんでした。自分の特性や、両親の出自が自分に与えた影響などを考えると、自分の無意識が邪魔したのです。 無意識を取っ払って考えてみたらどうなったか。8年前の私の本音は多分こうです。 「不動産業界?小売業界?外食産業?電設会社?ソフトウェア開発?金融機関?・・・どれも全く興味なかった。 俺は、教員免許など実体のあるモノじゃなきゃ分からない。これまで勉強した成果としての免許だったら、とても分かりやすい。今の俺には、これを使う職業しか思いつかないんだよぉ! ・・・学校の先生?・・・最初は『何それ、厳しそう』と思った。・・・でも『教育実習での研究授業、すごく良かった』と言われた。・・・ひょっとして、これが俺の天職だというのならば、やってやる!」 こうして私が教員への道を志し始めたのは大学卒業1か月前のことでした。となると、私は全く興味のないことのために時間とお金を費やしていたことに気づいたのです。会社説明会のために関東を飛び出して、博多まで出かけたこともありました。 そこで、今就職活動している後輩へのアドバイスとしては・・・。 自分の将来について、民間企業への就職を前提に考えることは止めた方がいいです。例えば「将来は料理人になりたい!」という人が、例えばトヨタ自動車に入社しても、それは不幸なことなのです。 私の1回目の就職活動は2009年2月に終わりました。最後に受けた会社の面接を終えた後、なぜか心がスッキリしました。ふっきれました。 「・・・これで、やっと苦しいことから解放される・・・」 心はすでに大学院入試、そしてその先の教員免許取得に向かっていました。 同級生に比べてものすごく遠回りな道になりましたが、今の夢を目指していて、後悔はしていません。少なくとも8年前よりは、私の心は少しだけ輝いています。
Nov 30, 2016
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JR北海道が「単独では維持困難」な路線の一覧を発表して約1週間が経過しました(19日の日記参照)。私は元来鉄道オタクですが、これを受けて道内の高速バスの利便性や、飛行機でのアクセスを調べてみました。 調べた結果を受けての感想。 このまま何の手も打たなかった場合、JR北海道にはどん底の未来しかない。 そう書かなければいけないほど、ライバル交通機関の躍進が凄まじいことになっていました。 まずは高速バス。 特に北海道中央バスが札幌駅前から道内各地へ高速バスを走らせています。旭川、函館といった中核都市への路線はもちろんのこと、苫小牧、小樽といった近郊都市への路線もあれば、岩内、栗山といった小規模な町へも高速バスが乗り入れています。 道内の主要都市への所要時間、運行本数、運賃をまとめてみました。 所要時間・1日あたりの運行本数・一般片道運賃(JRは指定席料金) 札幌~旭川 (列車)1時間25分・30往復・4810円 (バス)2時間5分・37往復・2060円 札幌~網走 (列車)約5時間22分・4往復・9910円 (バス)5時間57分・8.5往復・6390円 札幌~稚内駅 (列車)5時間5分・4往復・10450円 (バス)5時間50分・6往復・6200円 札幌~函館駅 (列車)約3時間40分・12往復・8830円 (バス)5時間35分・8往復・4810円 札幌~帯広 (列車)2時間40分・11往復・7220円 (バス)3時間50分・10往復・3770円 札幌~釧路 (列車)4時間0~20分・6往復・9370円 (バス)5時間10~15分・5往復・5770円 列車と比較した時間が多少かかる高速バスですが、料金面で非常に有利な路線が多いです。特に札幌~帯広間はバスはJR特急・スーパーおおぞら号(スーパーとかち号)の半額近くになっています。しかも本数でもほとんど変わらない。JR北海道が大苦戦するのも分かります。 さらに背景にあるのは、北海道の高速道路網が拡充されていることです。 JRグループが発足した1987年4月時点での北海道の高速道路網は、札樽自動車道(札幌西~小樽IC間)と道央自動車道(岩見沢IC~札幌JCT~登別室蘭IC間)の2路線のみで、総延長は約167kmにすぎませんでした。 その後、道東道、日高道、深川留萌道、十勝オホーツク道、旭川紋別道などが次々と開通。特に道央道は毎年のように道南・道東の両方向への延伸が行われました。その結果、北海道の高規格幹線道路(高速道路)の総延長は2016年6月現在で約1093kmに拡大。30年間で約6.5倍に拡大された計算になります。 ~参考~ 1987年(国鉄民営化)以降の開通区間 (道央自動車道) 1987年9月 岩見沢IC~美唄IC間 1988年10月 美唄IC~滝川IC間 1989年9月 滝川IC~深川IC間 1990年10月 深川IC~旭川鷹栖IC間 1991年10月 登別室蘭IC~室蘭IC間 1992年9月 札幌JCT完成 10月 室蘭IC~伊達IC間 1994年3月 伊達IC~虻田洞爺湖IC間 1997年10月 虻田洞爺湖IC~長万部IC間 1998年4月 深川JCT完成 1999年10月 千歳恵庭JCT完成(道東道と接続) 2000年10月 旭川鷹栖IC~和寒IC間 2001年11月 長万部IC~国縫IC間 2003年10月 和寒IC~士別剣淵IC間 2004年3月 比布JCT完成 2006年11月 国縫IC~八雲IC間 2009年10月 八雲IC~落部IC間 2011年11月 落部IC~森IC間 2012年11月 森IC~大沼公園IC間 2013年8月 新千歳空港IC開設 (道東自動車道) 1995年10月 十勝清水IC~池田IC間 1999年10月 千歳恵庭JCT~夕張IC間 2003年3月 帯広JCT完成(帯広広尾自動車道と接続) 6月 池田IC~本別IC間、本別JCT~足寄IC間 2007年10月 トマムIC~十勝清水IC間 2009年10月 音更帯広IC開設、占冠IC~トマムIC間 11月 本別IC~浦幌IC間 2011年10月 夕張IC~占冠IC間 2015年3月 浦幌IC~白糠IC間 2016年3月 白糠IC~阿寒IC間 (北海道横断自動車道) 2018年度 小樽JCT~余市IC開通予定(小樽JCTで札樽道と接続) 続いて、航空業界。 LCCをはじめとする航空業界の攻勢も挙げられます。今年10月、ピーチ・アビエーション(全日空系)が新千歳空港の拠点化を発表しました。2018年度にも新千歳発着の国際線の他に道内路線の開設を目指すとのことです。 現在、全日空は新千歳空港からの道内路線として函館、釧路、女満別、根室中標津、稚内の各路線があります。もしこれが全てLCCのピーチになったら・・・。基本運賃は5000円前後。ピーチにとって最大のライバルは高速バスになるような感じであり、「JR北海道なんて敵じゃない!」と言わんばかり。だとしたらJRにとっては非常に大きな屈辱になるのは間違いないと思います。 他にも、日本航空の子会社である北海道エアシステムが札幌(丘珠)から釧路、函館、八戸へ運行中。丘珠から釧路、函館へそれぞれ45分で結んでいます(いずれも毎日4~5往復)。 以上のように、JR北海道を取り巻く環境は非常に厳しいことが改めて分かりました。鉄道事業では北海道新幹線以外で新しい事業をすることはもはや無いと思います。あるとすれば線路の補修、車両の新規開発や更新ぐらい。在来線(特に過疎地域)については撤退戦に入らざるをえないでしょう。公共交通機関としての使命を務めつつ、これ以上の損失を出さないためには、やはりJR北海道に対しての更なる出資が必要かと思います(あるいは思い切って、JR東日本がJR北海道を子会社化するのも一つの手です)。
Nov 22, 2016
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長く続いていたこの旅行記(前回の記事)も、今回で最終回です。 広島から白市止まりの電車に乗り、白市駅で後続の電車に乗り換えました。 白市15:03発 普通・糸崎行き(115系、358M列車) 広島~白市間は大都市の近郊区間ということもあり、毎時4往復と多めです。しかしこの駅から東の区間は、普通列車が毎時2往復と少なくなります。 河内~本郷間にて。山間の区間を走ります。 その後、呉線と合流し、高架駅である三原に到着。358M列車の終着駅(乗り換えポイント)である糸崎はもう次の駅です。 糸崎に到着。ここはJR西日本の広島支社と岡山支社の境界駅であり、多くの列車がこの駅止まり(あるいはこの駅始発)になっています。 糸崎15:38発 普通・岡山行き(115系、1764M列車) 糸崎~尾道間にて。穏やかな瀬戸内海の景色を見ることができます。大小様々の島々が並んでいます。 坂の町・尾道を通り過ぎ、電車は広島県東部の中心都市・福山へと急ぎます。 16:05、福山駅に到着(5番のりば)。私はここで新幹線に乗り換えます。福山駅は在来線の高架ホームの上に新幹線のホームがあるという、二重高架の駅となっています。 福山市は広島県第2位の人口を誇る都市。 山陽本線から見て北側のホームは、福塩線のホームになっています。 (左)16:08発 普通・府中行き(105系、257M列車) 8番のりば (右)回送列車 7番のりば 福塩線は福山~塩町を結びます。福山市への通勤・通学路線という形になっていますが、電化区間は福山~府中(広島県)間のみ。府中から先は気動車による運転になっており、塩町・三次方面へと接続しています。 ここで九州・中国地方の在来線の旅は終了。新幹線で帰京します。 16:17発 こだま744号・新大阪行き 2番のりば 500系による運転。いつ見ても500系はかっこいいですね。 2010年2月にのぞみ号の運用から撤退してからは、山陽新幹線区間のこだま号に従事しています。8本在籍していますが、そのうちV2編成という1本だけは「プラレールカー」、「500 TYPE EVA」のような、タイアップした特別仕様車へと改造されています。 ちなみに上記の500系によるこだま744号(2013年当時)は、博多~新大阪間を5時間以上かけて走る「長距離鈍行列車」でした。同じ区間をN700系によるのぞみは半分以下の約2時間30分で結んでいます。 新幹線の上りホームから見える福山城。 もともとは江戸初期の1622年に完成した、備後福山藩の中心となる城でした。この天守閣は1945年の大空襲の際に焼失し、1966年に再建されたものです。 16:23発 のぞみ136号・東京行き この列車に乗り込み、やっと一息つけたのでした。その後、新横浜まで乗車し、横浜線→小田急というルートで帰宅しました。 ~あとがき~ 非常に駆け足でしたが、完成させることができました。 2013年当時の私にとって、北九州市は初訪問、広島市は2度目の訪問となりました。初めて見るもの、十数年ぶりに見るもの、どちらにしてもワクワクするものばかりでした。その中でも、広島の平和資料館は「行って良かった」と心から思っています。核兵器に関する考え方(認識)が広島・長崎と、それ以外の地域では全く違うのかもしれない、と実感いたしました。 「実際に行ってみる」ことがいかに大切かを体感した次第です。 また、門司~下関~広島~福山と、山陽本線の累計332.7kmの区間を延々東へと乗り進めていきました。私は2007年に神戸~東京間を、2009年年末には上野~仙台間を、それぞれ在来線で移動しました。「遠くへ来た」という充実感、達成感を味わえるのは実に良かったです。 というわけで、今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました! (おわり)
Nov 20, 2016
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JR北海道が、かねてから予告していた「単独では維持困難な路線」を正式に発表しました。予想以上に厳しい結果となりました。 (JR北単独では維持困難な路線・区間の一覧) ・札沼線(北海道医療大学~新十津川) ・留萌線(深川~留萌) ・宗谷線(名寄~稚内) ・根室線(滝川~富良野~新得、釧路~根室) ・室蘭線(沼ノ端~岩見沢) ・釧網線(東釧路~網走) ・日高線(苫小牧~鵡川~様似) ・石北線(新旭川~網走) ・富良野線(旭川~富良野) ・石勝線・夕張支線(新夕張~夕張) このうち、赤文字の区間は鉄道廃止・バス転換を検討する区間、白抜き赤文字は地元自治体と廃止で合意している区間です。夕張支線は2019年春廃止で合意しています。 他にも留萌線は留萌~増毛間が来月4日付での廃線が決定しています。 その他の区間は上下分離方式の導入を検討するとのことです。これは、自治体が線路などの施設(下)を一部保有し維持管理を担い、JRは列車の運行(上)に専念することです。 対象となった区間は1237.2km。JR北海道の営業距離の約半分に及びます。1国鉄時代の赤字83線の廃止が可愛く見えるほど、大ナタを振るうことになりそうです。「民営化以降最大のリストラ」となるのはもちろんのこと。正に「聖域なき改革」という表現がぴったりの大改革を進めざるを得ない状態ですね。 JR北海道、路線の半分「維持困難」 13区間千キロ超(19日、朝日新聞) JR北海道は18日、全路線の営業距離の約半分にあたる10路線13区間(1237.2km)について、もはや自社単独では維持できないと正式発表した。人口減少や自動車利用への転換で、利用客が減っているためだ。同社に限らず、全国の地方路線も苦境にあえぐ。 「将来にわたり路線維持することは困難だ。民間企業の事業として担えるレベルを超えている」。JR北の島田修社長は18日の会見でこう述べ、発足から30年目に、同社として最大規模の路線縮小に踏み込むことに理解を求めた。 見直し対象の13区間は昨年度の1日1kmあたりの平均乗客が2千人未満。200人未満の3区間は1列車の平均乗客が10人と特に少なく、バスへの転換を協議する。残る10区間も駅の廃止や運賃値上げ、自治体に線路維持を任せ、JRは運行に専念する「上下分離方式」などを協議する。いずれも2020年春までに合意を目指す考えだ。 沿線人口の減少で乗客も減った一方、高速道路は30年で6.5倍に延びた。赤字の穴埋めとなる「経営安定基金」の運用益はピーク時より半減。投資が不十分で特急の脱線炎上事故などトラブルも相次いだ。昨年度は全14路線が赤字、今年度の営業赤字は過去最大の440億円と予想する。安全投資などで国から1800億円の支援を受けるが、「バケツに穴の開いた状態」(島田社長)だ。返済にも事欠く可能性が迫り、赤字路線の大幅な削減を迫られた。 協議の相手となる自治体は道内の約3割の56市町村にのぼる。大半が財政難で、バス転換や応分の負担を求められることに早速身構えている。高橋はるみ知事は18日、「大きな危機感を持って受け止めている。JR北海道は、徹底したコスト削減など最大限の自助努力を進め、拙速な対応をしないよう強く求める」との談話を出した。(上地兼太郎、花野雄太) ■人口減・車利用…全国で苦境 地方の鉄道は全国的に厳しい。国土交通省の集計では、廃線が許可制から事前届け出制に変わった2000年度以降、38路線754.4kmが廃止された。ほとんどが地方の路線だ。人口減少や自動車利用へのシフトが背景にある。 中小民営鉄道などの「地域鉄道」は96あるが、昨年度、71事業者が鉄軌道事業で経常赤字だった。JRも「3島会社」と呼ばれる北海道、四国、九州はローカル線が多く事情は同じだ。 「廃線や上下分離、運賃の値上げなど、あらゆるケースを考える必要がある」(10月、JR四国の半井真司社長)、「(不採算路線の維持について)絶対という言葉を使わない」(9月、JR九州の青柳俊彦社長)など、将来的な廃線を否定しない発言が相次ぐ。JR西は島根県江津市と広島県三次市を結ぶ三江線(108.1km)を18年春に廃止すると表明した。 だが、地元の路線存続の要望は強く、事業者は工夫を凝らす。 「うちは限界集落ならぬ『限界鉄道』。ぬれ煎餅(せんべい)で列車を走らせている」と銚子電鉄(千葉県銚子市)の竹本勝紀社長は言う。 鉄道利用客は昭和20年代には約240万人いたが、いまは約40万人。昨年度の鉄道事業の収入1億1千万円に対し、支出は1億9千万円だった。ぬれ煎餅など食品関係事業の売り上げが3億8千万円あり、鉄道事業の赤字を補っている。昨年は駅の命名権も販売。地域との連携にも力を入れ、高校生や病院などの協力を得て、お化け屋敷列車や電飾列車、糖尿病予防のキャンペーン列車も走らせた。取り組みの結果、今年度は2割以上、乗客が増えている。竹本社長は「ローカル線は地域の宝。生き残るには、地域と手を携えて、他がやっていないことをやるしかない」。 三毛猫「たま」の駅長就任で知られた和歌山電鉄(和歌山市)。南海電鉄から運行を引き継ぐ前年の05年度の利用客は約190万人だったが、今は約230万人に増えた。ローカル線再生の代表例とされることもあるが、沿線自治体の補助金がないと赤字になる可能性があるという。 和歌山電鉄社長の小嶋光信・両備グループ代表は「ローカル線がなくなれば地域は孤立、消滅し、地方が滅んだ上に日本は存在しえない。だが、交通事業者に赤字で維持しろというのは無理な話だ。国、自治体、市民と事業者が一体で支える構図と、それを可能にする財源が必要だ」と指摘する。 国は地域鉄道に、安全に関わる設備投資などの3分の1を補助している。さらに、自治体と鉄道会社が共同で路線存続の計画をつくり、国交省が路線存続の計画を認定し、補助率を2分の1に上げる制度もある。 石井啓一国交相は18日、JR北の方針を受け「地域の持続可能な交通体系について考えることが必要。国としても協議に参画し、何ができるか検討したい」と述べた。(石山英明、伊藤嘉孝) (引用終わり) 北海道は札幌市単体では人口が増加(約4万人。2010年~'15年の5年間。以下同じ)していますが、道内全体で見れば人口減少が続いています。国勢調査の結果では5年間に約11万人も人口が減少しています。その中でも線路や施設などの設備点検は必須。しかも新幹線を開業させたのでなおさらです。 JR北海道が大ナタを振るわなければまずい状態なのがここ数年間の発表で分かりました。一方で同じ「3島会社」であるJR九州が10月に株式公開を果たしました。JR九州を支えている鉄道・運輸機構の資金を全てJR北海道に回して増資させるという方法が考えられます。あるいは、JR東日本と業務・資本提携か・・・。 正に今のJR北海道は、(本来の意味で)「試される大地」という表現がしっくり来る気がします。
Nov 19, 2016
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今月に入って、私の勤務先の塾では生徒も講師も好調とは言えない状態の人が多くなってきました。 13日には中学受験生向けの模試である合不合判定テスト(四谷大塚主催)が実施されました。ですが・・・、前回より成績が上向いたのは男子1名のみ。それ以外はみんな横ばいか、前回(10月16日実施分)より下がってしまいました。特に算数で低迷する生徒が多かったです。 私の考察では、11月は良くも悪くもみんなの緊張感が高まる時期ではないかと思います。「この問題はできたけど、これはできなかった」と一喜一憂したのではないのでしょうか。 ついでに言うと、我々講師陣もマンネリ化しているような気がします。 私が勤務する府中市内の校舎の最大のトピックスは、先輩講師であるS先生が昇進・異動して府中市を去ったことです。運営会社が同じ別の校舎に副塾長として異動していったのです。S先生は理系のプロで、算数・数学の授業ではS先生を慕っている生徒も数多くいました。 それもあってか私は今月に入って、S先生がよく担当されていた生徒を担当するようになりました。しかし特に算数・数学の授業で「(自分の教え方が)分かりにくい」という苦情の報告をよく聞くようになりました。 塾長からの指摘として、最大のヒントとなったのは、まずは予習の段階で解いてみること。いきなり解答・解説に頼るのではなく、授業中に生徒と一緒に考えることになったとしてもまずは先生自身が式を立ててみること。これを最近の自分は心がけています。 そうすることで、参考書の解説とは違ったアプローチでの考え方の発見にもつながります。 早ければ今月末から、帰国組が受験本番を迎えます。うちの塾には今年になって外国から帰国した生徒が数人います。その子たちが今月末や12月中旬にかけての受験本番に向けて準備しています。朗報を待てるように、自分も講師として精進します。
Nov 16, 2016
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さて、2日間に亘って山陽本線で移動してきた旅もこれが最終章。広島駅から帰京するわけですが、途中の福山までは在来線(山陽本線)で移動していきます。 2013年当時の広島駅の駅名標。2016年になって、京阪神のアーバンネットワークにならって路線のシンボルカラーに沿った新しい駅名標が導入されたことにより、これは過去のものとなりました。 目的の電車に乗車する前に撮影タイム。 9番のりばに停車中のキハ40系。芸備線の列車でしょうが、列番不明。 芸備線は広島駅から北部の三次、備後落合を経由して備中神代(岡山県新見市)まで結ぶ路線です。岡山県側の列車は新見駅まで乗り入れています。 広島シティネットワーク圏内では、広島~下深川間で利用客が多く(非電化区間としては多い方です)、毎時2往復が設定されています。 可部線の105系電車が到着。 14:03着 広島止まり 普通列車(766M列車) 4番のりば この105系も2016年になると最新鋭の227系導入により、引退が進みました。 また、可部線は2017年3月4日に、可部~あき亀山間が開通する予定です(厳密にいえば一度廃止された区間の復活)。 これから乗車する列車。 14:04発 普通・白市行き(1556M列車) 5番のりば 当時はまだまだ「国鉄広島」と揶揄されていた頃でした。 右手にマツダスタジアムとEF67型電気機関車、左手に車両基地を眺めながら、電車は広島駅を出発しました。 広島市東部の新興住宅街や東広島市を通ると、次のようなのどかな風景が広がります。 おそらく、中野東~瀬野間にて。 難所となるセノハチ越え。この区間は、貨物列車が補助機関車を連結して走行するほど急こう配の場所です。 1556M列車の終点・白市に到着(14:49着)。 次の糸崎行きまで14分の接続です。 (その15・最終回に続く)
Nov 13, 2016
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平和記念資料館(その12参照)を出た後、丁度開催中だったフラワーフェスティバルに遭遇しました。 特設ステージや屋台が立ち並び、平和大通り一帯は大混雑でした。2013年度は3日間で180万人が訪れたそうです。 このフラワーフェスティバルのきっかけとなったのは、1975年の広島カープ初優勝の時の優勝パレードだそうです。これが母体となり、1977年に第1回大会が開催されました。 当初から続いているテーマは「花と音楽」。もっと詳しく見てみると以下の3つが挙げられます。 1.広島を花と緑と音楽のあふれる都市にしよう 2.平和に生きることのすばらしさと尊さを、参加者みんなで分かち合おう 3.広島から世界へ、豊かな生活文化と、温かい人間関係の交流を呼びかけよう 「お花畑状態」というと、良く言えば「牧歌的」、悪く言えば「危機感の欠如」というニュアンスが隠れているように思います。しかし、真に花が咲き誇り、牧歌的な風景を楽しむほどの心のゆとりを持つ・・・そのためには、核兵器の廃絶、世界平和の大切さを訴える。だからこそ、広島でやる意義がある。私はそう解釈しています。 歩行者天国を抜け、平和大通りの西出口に出ました。 近くの土橋電停から、広電に乗り込みます。反対側の乗り場には、900形(旧大阪市電2600形)が停車中。 やってきた、5000形グリーンムーバーに乗車し、広島駅まで。 広島駅前にて。広電の顔である5000形を1枚撮影しました。 時刻は13時過ぎ。電車に乗り込む前に、遅い昼食としてお好み焼きを食べました。広島駅ビル「アッセ」2階にある、「老松」にて。 美味しかったけど、量が微妙でした・・・。 お好み焼きを食べた後、いよいよ帰京します。 (続く)
Nov 3, 2016
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