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私は先週末から高校生向けの数学を担当することが目立っています。講師のやり繰りの関係なのか、それとも私の実力を底上げさせようという意図があるのかは分かりません。その両方でしょう。 私は高校生時代、数学は1・Aまでしか学習したことがありません。よって、恒等式、不定方程式、指数関数、微分積分、ベクトルなどは未知の領域そのものです。 さて、最近は何を指導したかというと、 (25日)積分、正規分布 (28日)三角比 (29日)整式の除法・分数式 事前に予習するのが前提になるのはもちろんです。実際に解いてみると答えが分かっていくプロセスが楽しく感じました。こういった感覚は久しぶりでした。この気持ちを大切にしたいと思います。
Nov 29, 2017
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今日は久しぶりに映画を見てきました。見たのは「ご注文はうさぎですか?~Dear my Sister~」(以下、ごちうさ劇場版)。 新宿バルト9に出かけて鑑賞しました。 新宿マルイ・アネックスが、ごちうさとコラボを行っていました。 ~はじめに~ 私が映画館で映画を見るのは実に9年ぶりのこと。その当時は教育実習期間中の映画鑑賞会として「いかレスラー」(西村修氏~現・文京区議会議員~主演、2004年)を見ました。それ以来となります。ですから今日、シアターに入った時には「このワクワク感、久しぶりだなぁ」というのが最初の印象でした。薄暗い通路、大きいスクリーン、実に久しぶりでした。 私にとってごちうさ劇場版は一種の実験台になります。興味のあるアニメ映画は実はいくつかあります。しかしアニメ映画といっても、ジブリ映画や、「君の名は。」だとか「この世界の片隅に」だとかには一切目もくれず、深夜アニメの劇場版へまっしぐらです。 以下、映画の内容に触れることになります(ネタバレ)。ご注意下さい。 ~本編を見終わって~ 60分間があっという間でした。笑いあり、安心感ありという内容でした。こんな濃厚なティーンエイジャーの時期を過ごしてみたかったというのが本音です。 フランス、アルザス(グラン・テスト州、オー・ラン県)の地方都市、コルマール(Colmar)。これが「ごちうさ」の舞台のモデルとなった町です。気になったポイントをいくつか紹介。 (1)ココアちゃん、たかが一週間の帰省というのに号泣。 →映画の序盤、駅でのシーン。今生の別れじゃないんだから。泣きながら「自称姉」の立場をリゼに譲ったのだが・・・。 (2)チノちゃんとリゼとの初対面のシーン。 →TV版本編ではあまり描かれていなかったシーンです。しかしそれは、ココアちゃんとリゼの初対面の時とほとんど同じでした(更衣室で着替え中のリゼにばったり遭遇)。下着姿を視聴者に見せびらかすというサービスシーンが当然のように入っています。それには自分も慣れてきたとはいえ、少し違和感を覚えました。下着姿はノルマなのか? チノちゃんにとってリゼは恐れられる存在でした。彼女にとってリゼは、年上の部下のような存在だったのでしょう。チノちゃんのどう接したら良いか分からない心理状態がリアルでした。 (3)ココアちゃんの実家(ベーカリー)はかなりの山奥。 →ケータイの電波もつながりにくいほどでした。ココアちゃんがラビットハウスへ電話を掛けようとしたら、ちょうどラビットハウスでチノちゃんが固定電話を使用中。すれ違いという、この系統のアニメでありがちな展開ですね。 (4)魔法使い・チノちゃん! →私が特にニヤニヤしたのが、映画の後半でココアが見ていた夢。一瞬、プリキュアの映画を見ているような感覚でした。そういえば、水瀬いのりさん(チノちゃん役)は今季はプリキュア(キュアパルフェ役)の声もやっていますね。 (5)ココア「まずは、チノちゃんのお姉ちゃんになる!」 →ココアちゃんがラビットハウスのあるコルマールへ戻る日に、姉に言った言葉です。彼女は妹であるためか、「お姉さん」のような存在に憧れていたというのは分からなくもないです。 しかしこれは私(2人兄弟の長男)からすれば極めて強い違和感を覚える表現でした。ココアちゃんとチノちゃんは実の姉妹でもないのに「お姉ちゃん」だなんて・・・。弟、妹より先に生まれたからお姉ちゃんなのです。 (まとめ) そして、ココアちゃんは少しばかりチノちゃんの「自称姉」として成長して、ラビットハウスでの仕事に励む日常が再び始まる・・・。休暇を終え、仕事へと気持ちを切り替えるココアちゃんが、ちょっとだけカッコ良かったです。 私も月曜日からまた仕事へ気持ちを切り替えなきゃ、と自戒の念に駆られました。 ご覧いただき、ありがとうございました。
Nov 26, 2017
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私は世田谷区内の普通の区立小学校、区立中学校を卒業しました。その後、私学の高校に進学しました。ここまで書いたら平凡な学歴だと思われるでしょう。 実は約25年前、幼稚園児だった私は小学校受験をしました。(現在の)田園都市線ユーザーだった私は両親に連れられて小田急線を利用し、その沿線にある私立小学校に2回ほど行ったことがあります。当然のことながら私には何のことだかさっぱり分かりませんでした。自分の意志と関係なく遠くへ連れて行かれた、という感触でした。幼稚園での友達や先生と離れ離れになり、少し違和感を覚えたことがあります。 面接当日、スーツを着せられた私は両親ともに面接に臨みました。無茶苦茶なことを言って終わった記憶があります。自分は「両親や面接官の先生方を困らせてみよう」という意地悪な子どもだったと思います。 ちなみにこの件で小田急に乗ることが出来たのはラッキーでした。当時地上駅だった成城学園前駅を利用することもできました。 また、小学校受験(東京都)のシーズンは11月前半です。文化の日の前後に試験や面接が行われ、合格発表・入学手続きというパターンが多いようです。 なお、弟は小学校受験の経験がありません。兄は私学だが弟は公立・・・となると不都合が多くなると判断されたのでしょう。結局は、兄弟ともに同じ小学校、中学校に通い、卒業。幼稚園時代からの友達もクラスメイトとして残った人が多いです。幼稚園から人間関係が引き継がれた環境にホッとした当時の私なのでした。
Nov 18, 2017
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もし私が教師以外の職業を本気で考えるとしたら、何を選ぶか。つい数日前までは考えもしませんでした。私はこの8年間、「絶対に教員になる!それが自分で決めた夢だから」と頑なに信じてきました(というより、自分に暗示をかけていたと言った方が正しいでしょう)。もし「教える」以外の職業に就いた場合、今までの努力が水の泡になり、両親など支えてもらった方々に対して申し訳ない気持ちになるからです。ですからこの8年間、教員以外の職業は考えもしませんでした。 まず第一歩として、自分がやってきたことで「楽しい」「やりがい」を感じたことをまとめてみました。 思えば、私は小学生時代から「自分で調べたこと、成し遂げたことを伝える」のが大好きでした。 (小学生時代) (注)高校卒業まで自宅最寄り駅が桜新町だった私は、東急との縁が深かったです。 ・東急の電車や半蔵門線8000系の絵を描いては、両親に見せていました。 ・新幹線や寝台特急の種類を覚え、これもまた両親に見せていました。 ・どんな航空会社が、どんな旅客機があるのかを夏休みの自由研究で発表したこともありました。 (中学生時代) ・関東以外の地方の鉄道路線図を書いていき、各地域の都市名などを覚えていきました。 ・2001年1月。中2の時に初めて本格的な撮り鉄の旅に出かけました。東急、東武、京成・都営浅草線・京急といった電車の写真です。これも例によって両親に見せていました。 (高校生時代) ・東武東上線のダイヤをちゃんと調べた上で、「準急の停車駅はおかしい」だとか「東上線は東武鉄道から独立すべき」と大真面目に両親に力説していました。 ・歴代F1ドライバーの実績を詳しく研究。アイルトン・セナ、アラン・プロスト、ミハエル・シューマッハーといった超有名人はもちろんのこと、マイナーなチーム、ドライバーも網羅しました。 (大学生時代) ・国会での一票の格差を研究。その際、どの都道府県から国会議員が何人選出されるのかも調べました。 ・各都道府県の知事や各地の人口を覚えるのに必死でした。しかしこれがかなり楽しい作業でした。 ・オリジナルの小説を執筆していたこともありました。 ・大学卒業旅行として四国(徳島、香川、愛媛)を訪問。その当時は「三大都市圏以外は衰退傾向なのか?」を確かめることがメインだった気がします。いずれにしてもアニメの要素はゼロでした。 (社会人として) ・アルバイトで物流倉庫に勤めた際、ヤマトや佐川急便が各地域に割り当てているコードの番号を覚え、何となくですが把握していくのが楽しかったです。 ・アニメの大量視聴(5年間で約120作品)に取り組み、それが高じてプリキュアの絵を描いたことがありました。 ・聖地巡礼の旅をブログに掲載しています。 手始めに考えられるものとしては以上だと思います。それにしても以上の表は私の趣味の遍歴とも言えます。 続いて、自分にできること、できないことを整理してみました。 (自分にできること) ・データを整理してまとめること。 ・与えられた(決められた)手順に従って作業を進めること。 ・文書の構成を考え、整理すること。 ・段ボールを組み立てるなどの単純作業を黙々とこなせること。 (自分にできないこと) ・お客様に対してとっさの対応が苦手。 ・相手の気持ち(真意)に立って説明するのが苦手。 ・ジョークや皮肉に対して真意を理解するのが苦手。 (以上のまとめ) ・対データ、対資料となると強い。集中力を発揮する。 ・接客・サービス業にはあまり向いてなさそう・・・? これを10年前にやるべきだったのに、当時の私は「自分の未来はあまり考えなくても何とかなる」、「自分のことを分析して何の意味があるのか」と小馬鹿にした態度で就職活動に臨んでいました。他に、自分の出自などから逃げていたこともあります。アルバイト経験もほとんどありませんでした。 今更過ぎると思いますが、これが本当の「就活に向けた自己分析」なのかなと思った次第です。
Nov 13, 2017
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私は今年、通信教育という形で英語の教員免許取得を目指しています。通信教育といっても履修方法がいくつかあり、(1)スクーリング(学校のような対面授業)、(2)通信教材でレポートをまとめる、(3)ビデオ教材による授業、などいくつかあります。私にとって最もやりやすいのが(1)だと思います。 今年8月、私はそのスクーリングという方法で集中講義を受けていました。お盆休みを返上して講堂に来る日々でした。4種類の授業を履修した中で、「スピーチ・コミュニケーション」という英会話の授業があります。 その授業中、受講されている方同士で英会話の練習をする場面がありました。テーマとして「海外旅行の行先としておすすめの場所」が設定された時のこと。 私「My favorite city is Lisbon.」 と言ったところ、相手は困惑。 相手「(えっ・・・リ・・・、リスボン・・・?)」 私「ウソ・・・、リスボン(Lisbon)という町の知名度、低すぎない!?」 びっくりしたのはこっちです。 ~私のポルトガル訪問の記録~ 2014年夏・ヨーロッパ旅行記(その2)、(その3)、(その4) 日本からポルトガルへの直行便が無いとはいえ、リスボンって日本ではそんなに知名度が無いのでしょうか。 確かに、ヨーロッパサッカーではポルトガルよりスペインの方が有名です。街中でスペイン料理店はよく見かけても、ポルトガル料理店はあまり見かけません。ポルトガル語の看板を愛知県、群馬県あたりで見かけるかもしれませんが、それはブラジルのポルトガル語であって、決して本家(ヨーロッパ)のポルトガル語ではありません。 しかも現在は世間的にもポルトガル社会よりも、カタルーニャ州の独立運動で揺れるスペイン社会の方に関心が高まっている時期です。 しかし、高校の世界史の授業でポルトガルは16世紀のヨーロッパにおける海上帝国の一角として必ず登場します。17世紀から20世紀初頭にかけてポルトガルは存在感を高めていったわけですが、第2次世界大戦が終わると落ちぶれてしまいました。第2次大戦が終わっても独裁政治が続いたポルトガルは工業化が遅れ、「西ヨーロッパの中で一番の負け組」として見られるようになりました。 その中で、遠い昔を懐かしむという文化が作られていったようにも感じます。新しいものと古いものが同化し、独特の文化を築いていった町。・・・つまり神戸と性格が非常によく似ている都市がポルトガルの首都・リスボンなのです。 リスボンにいると、何よりも「最果てに来た!」という実感が湧きます。東京から約1万1000km。大陸にあるヨーロッパの国の首都では最西端。ユーラシア大陸の最西端・ロカ岬へは電車とバスを乗り継いで約1時間半で行けます。行けるところまで行ってみよう!と私は挑戦してみて本当に良かったと思いました。
Nov 5, 2017
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いよいよ、来年春には小田急線で代々木上原~梅ヶ丘間の地下複々線化工事が完成します。それに伴い実施するダイヤ改正の概要が発表されました。実施日や詳細な時刻は後日発表されるとのことです。 小田急公式サイト(Odakyu Voice Station) ~小田急ダイヤ改正のポイント~ 何といっても、複々線化完成による輸送力の大幅な増大が見込まれます。特に新宿・千代田線方面では混雑緩和のために列車の大増発が予定されています。 (列車種別にかかわること) (1)通勤急行(上りのみ)を新設。 →停車駅:唐木田、小田急多摩センター、小田急永山、栗平、新百合ヶ丘、向ケ丘遊園、成城学園前、下北沢、代々木上原、新宿。 (2)通勤準急(上りのみ)を新設。 →停車駅:始発駅~登戸までの各駅、成城学園前、経堂、下北沢、代々木上原、新宿。 →現在の準急の停車駅がそのまま移行する形です。 (3)快速急行の停車駅に登戸を追加。 →これまで下北沢~新百合ヶ丘間ノンストップで運転されてきました。近距離客と遠距離客の分離が図られたように見られました。しかし時間短縮の恩恵として停車駅を増やす形になったのではと思います。 (4)準急の停車駅を変更(新宿発着の準急は消滅)。 →停車駅:千代田線内各駅、代々木上原、下北沢、経堂、千歳船橋、祖師ヶ谷大蔵、成城学園前、狛江、登戸、以遠各駅。 →これまでダイヤ改正の度に減便を繰り返してきたイメージのある準急。遂に新宿発着が消滅する代わりに、千代田線直通用の種別に特化され、後述するように日中では重要な役割を担うようになります。そして停車駅を見ると、世田谷区内の停車駅が充実されているのが分かります。これは世田谷区在住の私にとっても大きな驚きでした。 (5)多摩急行を廃止。 →2002年に湘南急行と共に新設された多摩急行ですが、16年間の歴史に幕を閉じることになります。 (朝ラッシュ時・新宿方面) (1)快速急行が大増発。 →毎時1本(現行)なのを毎時12本に増発。 (2)通勤急行、通勤準急を新設。この2つはラッシュ時限定の種別になります。 →現在の急行は通勤急行または通勤準急に振り分けられます。 (3)各駅停車も増発。 →毎時9本(現行)から毎時12本に増発されます。複々線区間が代々木上原~向ケ丘遊園間に拡大されるので、各停が走る線路にも空き容量が生まれるので増発が見込まれます。 (日中時間帯) ・新宿~唐木田間の急行(毎時3往復)を新設。 ・平日では、千代田線方面~向ケ丘遊園間の準急(毎時3往復)を新設。さらに土休日には、千代田線方面~成城学園前間の準急(毎時3往復)を新設。 (夕方・夜のラッシュ時) ・快速急行を増発。新宿発で見ると毎時6本になります。その内訳は、小田原行き、藤沢行き、唐木田行き(NEW!)がそれぞれ2本ずつとなります。 ・千代田線から直通の準急が毎時4本となります。 これまで小田急は「遅い、混む」といった負のイメージばかりが伝えられてきました。25年ほど前の列車ダイヤでは朝ラッシュ時の急行で町田~新宿間59分という列車がありました。それから来春の新ダイヤでは(町田~新宿間)最速37分が予定されています。 駅ごとの詳しい時刻は後日発表されますけれども、小田急のソフト、ハード面での大改革がいよいよ完了しようとしています。
Nov 4, 2017
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せっかく北海道まで来たというのに、地元の名物料理をあまり食べていないのは寂しい気分でした。 そこで、新千歳空港のフードコートでラーメンを食べました(「てか、旭川でもラーメン食べたじゃん」というツッコミは無しで)。 野菜ラーメン(税込・864円)を食べました。この北海道旅行の最中は野菜が足りないと感じていたので、注文してみました。 その後は初音ミクのコーナーを見学。2017年に誕生10周年を迎えた初音ミクを開発したのは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社(本社:札幌市中央区)。初音ミクにとって北海道は正に地元なのです。 北海道限定のいろはす(ハスカップ味)。 「白いブラックサンダー」という矛盾過ぎるにも程があるお菓子を東京へのおみやげとしました。 例によって見学デッキから飛行機を見物。 チャイナエアラインのボーイング747-400(スカイチーム塗装)です!世界的に数を減らしているのが残念ですが、圧倒的な存在感なのは変わりません。 エアドゥに乗り込み、帰京。私の見た感じとして、搭乗率は4割ほど。この日が普通の平日だったとはいえ、こんなにガラ空きの旅客機に乗ったのは生まれて初めてだと思います。 帰京してもひと悶着。私が両親へ土産話をしていた時・・・。 私「(札幌の)赤れんが庁舎では、中国語や韓国語がたくさん聞こえてきたなぁ・・・」 アジアから多くの観光客が押し寄せてきているという実態を伝えたのですが・・・。 母「もう(その国の人たち)来なくていいわよ」 私は思わず耳を疑いました。まさか母からそのような言葉が出るなんて。信じられませんでした。ヨーロッパからのお客様ならば立派にもてなすのに。筋が通ってないのではないか。 私と弟が幼稚園児だった頃、母は幼稚園のPTA役員を務めていました。その時代(1990年代前半)、韓国人の視察団が自分たちの幼稚園を訪問した際に、母たちPTA役員が対応したのですが、おもてなしのクッキーをガツガツ食べ、コーヒーのおかわりをせがまれたり・・・と、ロクな思い出が無かったとのことです。 なお、これは約25年前の国民性であり、現在とは事情が変わっている可能性が大きいということも記しておきます。当時の韓国は開発独裁の時代が終わって間もない頃でした。発展途上国から脱却できておらず、「豊富な食べ物=豊かさの象徴」と韓国人視察団の目の映ったのでしょうか。 自分の(飛行機恐怖症から来る)不安定な精神状態に始まり、母のショッキングな発言で終わるという、後味の悪い旅行になってしまいました。 次回から北海道へは新幹線で行ってみよう、そして、一人じゃなくて大勢で行ってみよう、と決意した私なのでした。 2017年冬・北海道旅行記~完~
Nov 2, 2017
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