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コスモスの大先輩、山口昭子さんの「昭和挽歌」を読み終わった。お謡いの「吉野天人」を、ベージュの地に白字であしらった、おしゃれなカバー。昭子さんが指定されたのだろうか。さすが、「短歌を詠むには、短歌以外にも趣味を持つと、歌が深まる」と教えてくださった山口さんの歌集の雰囲気をまず味合わせてくれる好ましい装丁で、そういうところも、おそらく他人任せにはなさらなかったであろう本の制作過程がうかがわれた。いろいろ書きたいことがあるが、それは作者にお送りしたので、ここでは、私が好きな20首を抽出して、感想とするが、中でも一番好きだったのは、刻まれしブルーの星を飲むやうに江戸切子にて冷酒いただくここにも人生の達人がいらしたとかんじさせられる、おしゃれな一首だと思った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山口昭子歌集『昭和挽歌』より 二十首選 釦彫る無想の時間窓の外を桜花びらきらめきて降る 血の中に栄養がしみてゆく如きおいしい歌にあひし幸せ 昼灯しさいさいと釦彫る室の玻璃鳴らし過ぐ雪を呼ぶ風 老い屈み歩めぬ姑が遺したる白足袋百足真新しきを 乾きても夫のにほひの残りゐる木綿のシャツをぱしぱし畳む 十六夜の月の光が座り居りわたしのゐない仕事場の椅子 はなびらを綴りし如く自在なり片仮名書きの世阿弥直筆本 つきつめてもの思ふときいつかわれ眼鏡を外し透明になる 刻まれしブルーの星を飲むやうに江戸切子にて冷酒いただく あめつちを繋ぐがごとし金色の同じ速度に降りくる銀杏 ぎいーつと八十歳の身を起こし旨き朝餉を夫につくらむ 粗大ゴミに出すべく磨く彫刻機油注しありがたうのリボンを結ぶ 残されし時間しつかり歩くため人工関節手術を受けむ 転倒留意体重維持杖使用療養計画書もらひ退院す 金星が三日月の環(わ)に近づきて言交はしたりあたり煌めく 点滴も薬も拒否し水のみの自然死えらびし夫を諾はむ 東京の底ひを走る大江戸線ゆく先は杳き過去かもしれず 「運命」の最終楽章終りさうで終らぬひくき弦のたゆたひ 萩焼の手づれの茶碗に茶を供ふささいなことで喧嘩もしました 独りして生きてゆけるかと笑みうかべ病む夫問ひき暑き夏の日
June 30, 2018
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NTTの無料オンライン講座 gacco.org に、江戸時代の狂歌の「組織」というか、日々の研鑽の方法ついて出てきたのだが、それが現在の短歌や俳句の組織や勉強方法とそっくりなので、びっくりした。例えば、今の短歌の場合、全国規模の「結社」(この名前、少々物騒だが、いつの間にか慣れた)が、それぞれの中心人物の考え方に賛同するものによって作られている。私の所属結社「コスモス」は、宮柊二が創設した結社で、各地に支部や勉強会があり、それぞれのところで歌会をやっている。 そして全会員が、本部に毎月作品を出して、選者が選んだものが「コスモス」誌に掲載されて、会員のところに送られてきて、会員はそれを見て、さらに勉強をするという仕組みだが、江戸時代の狂歌の場合、「側」(そく)が、この「結社」の役割をしているらしい。で、その下部組織に「連」があり、月例狂歌会を持ち、判者によるコメントが「披講」されたり、連をとおしたり、作者が直接だってりで、作品を「側」に送ると、入選作品が印刷されて、「月次集」として配布される。たとえば、吉原の遊女たちも、たいへんな勉強家で、「四方側「」の下部組織の「新吉原連」に所属していて、毎月、狂歌作りに精を出していた。そこでは、月次評価会が開かれ、評価会の結果などをまとめた作品集も出された。天保5年(1834)の「月次狂歌合」の成果をまとめた『俳諧歌世継百首』は、現在、東京都立中央図書館に「東京誌料(しりょう)」の名のもとに所蔵されるものと、長野県飯田市の飯田図書館に所蔵されるもの、九州大学附属図書館と、高橋所蔵本の四部の所蔵先が確認されています。と講義に出てきたが、今度の帰国では、ぜひ、東京で見られるものだけでも見たいと思う。この本の末尾には、「甲乙録」があり、そこに評価の結果がでているというのも、興味深い。各巻に月日に加えた「披講」とは「開巻」の際の行事で、おおむね10日程前に提出期限を迎えた作品が公開の場で開かれ点数を付けられ「講評」が付け加えられたこと、を意味します。と話が進んでくると、バンクーバーの短歌会が、記録をとって、東京の松尾祥子先生(コスモスでは選者だけれども、狂歌風に言えば判者)にコメントを付けたものを返送しているのと変わっていない。「披講の前に出された作品を批評の対象にする」とか、も同じだし、私が「コスモス」に毎月作品を送ると、コスモスの選者が選をして、よい作品を選んだり、多少の添削を加えたりして、コスモス誌に載せ、その雑誌が会員に送られてきて、「あら、特選だった」とか喜んだりするのとおなじようなものだ。(特選になっても、浮世絵で挿絵をつけていただけるわけではないけれども、結社賞受賞者の方々は、表紙の原画などをいただいているし。)遊女というと、無縁の人々のように思っていたけれども、今にうけつがれているこういう面もあったのかと、びっくりした。
June 30, 2018
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先ごろ行われた、高校同期会に際してよせられた、同級生の「近況報告」の一覧が届いた。「How are you?」の心境で、ついつい、他の用事に優先して読んでしまったら・・・ なんと、まあ、足腰に問題がある人の多いこと!実は、私も、二週間ほど前、ドクターに定期健診に行ったときに、「背中から腰にかけてとても痛いときがあるけれども、どこか悪いのではないでしょうか?」(以前、胃潰瘍をしたときに、そういう症状が出たことがあったので、今回ももしかしたら、胃が悪いのではないか? とか、ひそかに疑っていた。)と、質問したら、"Natural wear" (「年相応の症状ですよ」とでも訳そうか?)と、笑いとばされてしまい、「ま、それはそうだけれども・・・・」と思ったことがあった。でも、今回、みなさんの「近況報告」を見てから考えてみると、きっと、ドクターは、次から次へと高齢者患者に同じようなことを言われて、もう、うんざりしていたのだろう。まだ自分が老人になった経験のないドクターから、"Natural wear" という返答があっても、しかたがないなあ・・・。
June 27, 2018
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人を待ちながら、タブレットで漢字パズルをやっていたら、最後に 不□文字 が残り、□に入れる字の候補側には、「立」しか残っていなかった。でも、意味を知らなかったので、検索すると、以下のような解説にであった。水上勉が文章上に使っているのが用例にでているから、実際に使われることばなのだろうが、初めて出会った。知ってみれば、日本文化によく似合う言葉だ。(禅が日本の発祥でないにしても)そして、とかく文字でみなければ信用できない私としては、耳が痛い言葉でもある。更に言えば、夫の両親も、私の両親も姉も、禅宗のお寺の墓地に眠っているのに、このくらいの知識はあった方がいいなあ・・・と思った。今回はたまたまパズルでであったが、こういう言葉に感心するのだったら、たまには禅の本を読んだ方がよい時期にきているのかもしれない。(でも、これはカナダでは通じない。思ったことをはっきり文字にするなり、声に出して言うなりしないと、「何を思っているかわからない、不気味な人物になってしまう)パズルをする言い訳のようだが、こういう収穫もある。案外、パズルを作った人は、苦し紛れだったりして。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不立文字とは。意味や解説。悟りは文字や言葉によることなく、修行を積んで、心から心へ伝えるものだということ。悟りは言葉で表せるものではないから、言葉や文字にとらわれてはいけないということ。 禅宗の基本的立場を示した葉で表せるものではないから、言葉や文字にとらわれてはいけないということ。▽禅宗の基本的立場を示した語。「文字もんじを立たてず」と訓読する。不立文字の用例 加えていえば、そんな生活にあけくれつつも、己れは不立文字の禅境を説くに、いくたの文をなした。不立文字の類義語 以心伝心(いしんでんしん)、教外別伝(きょうげべつでん)、 拈華微笑(ねんげみしょう)
June 25, 2018
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Grade 7 を明日で終わる孫が、「明日が通知表が渡される日」だという。そこまでは、私や私の子供たちの頃の言葉とかわらないのが、その続きがさすが21世紀。「受け取る前から、内容はもうわかってる。 だって、今回から、学校のホームページにログインすれば、もう昨日から見られるようになっているんだよ」という!ふーん・・・。そうなんだ! なるほど・・・。じゃ、いっそ、紙の通知表はいらないんじゃないの?と思ったが、そうもいかないらしい。で、「成績は?」と聞いてみたら、一番悪いのは、先生とうまくいかなかった科学で、70%から上がBなのに、ぎりぎり70%のB だと、本人が笑いだす。「おいおい、よかったねえ」と私も一緒に笑う。で、よかったのは? と聞いてたら、体育で96%。クラスで一番だったという。小・中・高を通じて、体育はいつもダメ以下にダメだった私としては、それを聞いて大喜び。「すごい、すごい!」と大騒ぎしたら、本人曰く、「でも、ママは、体育でよい成績でも、そんなの大事な科目じゃないと言っていた」という。そりゃあ・・・ 水泳が大得意だし、マラソンも、今でも走るようなママさんにとっては、体育が一番なんて、普通のことなんだろうな・・・。(孫が体育の成績がよかったのは、ママさんの遺伝だ。まちがいなく)でも、私にしてみれば、同じく体操がだめだった母に、「あなたの曾孫が、体育で一番だったのよ」と仏壇の前でお経の代わりに言いたい心境。それに、あんまり私が体育がだめだったので、もと軍人だった父が「おまえには、おれの遺伝だってあるんだから、もう少し体育ができてもいいはずだぞ・・・」と、ぼそっと言ったのも思い出し、こちらにもまた、「あなたの曾孫が体育で、クラス一番でした」と言いたい気分。今でも付き合いのある、私の体育苦闘時代の友人にも、「孫が体育で暮らす一番になった」とメールしてしまった。ああ、これで体育ダメ遺伝子も、三代かけて、とうとう淘汰されたかなあ?
June 21, 2018
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友人が紹介してくれた、バンクーバー市内の治療師さんところに行ったのが19日。用心して、電車とバスをのりついて、自分の車で行けば20分のところを、50分もかけて行ったのが正解。治療後は、頭も体もぼーっとしていて、車の運転をしていたら、事故はおこさないまでも、どこかちょっと摺るくらいなことをしていたかもしれない。バスの低いステップを上るのはともかく、降りるときに、膝の感覚がしっかりしていなくて、とても怖かった。その日の帰宅後は、身体がだるくていてもたってもいられない感じで、気がつくとすぐ眠っていた。後で考えると、タクシーを呼んで帰ればよかったのに、どうして、出かける前に電話番号を調べて行かなかったのかと思うが、そこが普通でなかったのだろう、やはり。(次回に備えて、夜になって、バンクーバーのタクシーの番号をしらべて、ケータイに入れた。)20日になったらすっきりするかと思ったが、痛みはとれたものの、自分の体が、地上1フィートくらいなところに浮んだままのような感じがして、ふらふらとたよりなく、行動がスロー。ものを読んでも頭にはいらない。(ぼけたラ、こういうもどかしさを感じるのであろうと想像)治療師さんを紹介してくれた友人が心配して「どうしてる?」とメールをくれたので、正直に書いたら、”I call that feeling “spacey”. ”だそうで、彼女も、以前に、針治療を受けたとき、そういう状態になったと返事が来た。「そうか、spacey か・・・。space が入っているから、宇宙の無重力状態のような感じを言うのかな?」と思ったので、早速、オックスフォード英英を引いてみたら、spacey そのものには、説明がなく、 spaced-out と同義とある。では、spaced-out は・・・というと、 informalな形容詞としてnot completely conscious of what is happening around you, often because of taking drugsとある。ドラッグのお世話になったことはないけれども、そうなのか、ドラッグってこういう感じなのか・・・。 いやだわ、こんなチンタラした状態!それにしても、別に宇宙にいるような、無重力感覚だという記述はなかったので、SPACEから宇宙を想像したのは、間違いだったかな?たしかに、今の状態では「宙返り何度もできる無重力」というわけにはいかない。夕方、夫の迎えにちょっと運転をしたが、その緊張がよかったらしく、その後は、少しちゃんとしてきた・・・と、自分ではおもうのだが、スローな感じはぬぐえないので、あと数日は、運転を控えておこうと思った。今日は、家にいることに決め込んで、たまった書き物などをやろうと思ったが、そうもいかず、なんだかぼんやりとすごしてしまった。いまになって考えると、spacey は、宇宙の無重力状態にいる時の感覚よりも、宇宙飛行から帰って、宇宙船から出てきたときの宇宙飛行士の状況に似ているのではないだろうか。宇宙飛行士が、帰還後、抱きかかえられるようにしていたニュース映画を何度も見たことがあるのを思い出した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・後日談spacey な状態は、二日ほどで終わり、三日目からはふつうに生活。歩くのはよいことだが、ゴルフのスウイングは考え物だと言われていたので、ゴルフ仲間の後をついて、ゴルフ場を歩くこと三回。6月26日に、おそるおそるハーフだけ打ってみたら、終了後も問題なかった。ショットは、怖くて体の回転ができなかったにもかかわらず、アタリは普段よりもよいくらい。たぶん、ナイスショットをしようとかいう欲がなかったのが、よかったのではないかという説が優勢。
June 21, 2018
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息子の家に一週間ほどホームステイしていたフランス人の高校生二人と、うちの孫の話を漏れ聞いて、わからなかった「poutine」というものを、一度食べてみたいと思っていたのだが、料理の本をみても、なかなかピンとこない。孫が作ってくれると約束してくれたのだが、なかなかお互いの予定があわず、かなわないでいたのだが、今日は、たまたま 庭隅に作らせてもらっている畑の手入れをしていたときに、孫がかえってきたので、「Poutine を買いにつれて行ってよ」と頼んでみた。カロリーの高い、ジャンクフードなのに、しょうがないオバアチャンだけれども、そこは、ママさんも理解してくれて、孫とつれだって、コーナーストアに買いにいき、ママさんと三人でたべた。とても一人ではたべきれるものではない。簡単に言えば、ポテトチップスの上に、チーズをかけて、オーブンでやいたものだけれども、プレインのものが今日は売り切れていたので、鶏肉がちょっと入っている。これは、カナダの東部から広まったもので、いわば、日本食で言えば、「チャーハン」とか「豚汁」とかいう感じで、あまった材料を集めてオーブンで焼いたふつうの家庭の普段の料理だけれども、観光客が喜ぶので、最近では、祭りの屋台だとか、空港のフッドフェアなどで手軽に食べられるのだと、これは孫の解説。かといって、レストランで食べられるようなものでもないし、西部のバンクーバーなどには、1990年代になってから入ってきたのだというから、私の子育て時代にはまだはやっていなくて、ながくカナダにいても、知らなかったのだろう。ふだんなら「そんなジャンクフードを食べたがるんじゃありません!」というのが、親なり祖母の役目なのだろうが、ママさんも大目に見てくれた。
June 14, 2018
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短歌会でお会いしたときに、ガーデナーのAさんから、鉢植えに仕立てた萩をいただいた。苗からそだてて、鉢に移せるまでに育て、「今は、まだこの鉢にうつしたばかりで、苗も落ち着いていないから、しばらくそっとしておいて、秋ころになったら、もっと大きい鉢に移してやってください」とのこと。萩をベランダで育てるなんて、できない相談だと思っていたので、鉢仕立てにしていただくと、とても楽しい。今年のお月見が、もう楽しみになってくる。ところで、支柱 兼 持ち手の木枠(?)に、なにやら結びつけてある。「もしや?」と思ったとおり、半紙を縦長に折ったもの。ひろげてみると、短歌一首、墨書してある。昨年、水引草をいただいた時にも、歌がついていた記憶がある。(一年後、すっかりあたらしくなって、元気に葉を拡げています。)なかなか思うようには書けないけれども、たまに墨書の歌の交換も、なにやら優雅でよろしい・・・というわけで、私も、一首詠んで、お返事。返事の方は、写真を撮らないで出してしまったので、控えがないのが、幸いといえば幸い。だが、ついつい、書きやすい字を選んでしまうので、短歌としてはどうかな・・・という作品になってしまった気がする。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・書家は、短歌を書くときに、視覚を重んじるので、勝手に同音の違う字を使ったり、ひらがなを漢字に替えたり、行を好きなように替えて許されるそうだ。以前、ある書家の先生が、当地の大学で展示会をなさったときに、啄木の歌を二行書きにして出品されていたのが納得が行かなくて、私の書道の先生に伺ってみたら、それは「書」としては許されると教わった。啄木は、いい加減な意味で三行にしたのではないので、あれはもう三行書きでなくてはいけないというのは、あくまでも歌人からみた場合の意見で、書家としては、「私の勝手でしょ」ということらしい。「それなら、自分の歌を、自分でいじる分には納得が行くわけだから、自分の歌を自分で書くようにしたい。」と、これも書の先生に言ったら、「それは、一つの完成形だな。」と言われて、まだ若かった私は、無謀にもそれを目指したのだが、今度は、「この歌はこういう字で書いてほしい」というイメ―ジに近い字が、書けない。自分の字だから仕方がないけれども・・・つまるところ、自分の中の短歌愛好家と書愛好家が、おたがいに相手を非難して、うちなる喧嘩ばかりしてしまい、一生かかっても、目標が達成できそうもない。そのうち、65年も教えをうけた書の先生は、故人になってしまわれた。今ごろ、「できるもんならやってみろ」笑っていらっしゃるのかもしれない。
June 8, 2018
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ゴルフ場のクラブハウスのテラスで夫を待っていたら、となりのテーブルに50代から60代くらいの四人連れの男性ががやってきて、・・・おしゃべりを始めて・・・しばらくすると、急に、夫の名前が聞こえてきた。「おっ!」と、聞こえてくるままにしていると、"He is just an old man.""Yes, he is at least eighty"なんて言葉が聞こえてくる。「そうだよ。80歳だよ。でも、それだけじゃあ、そんな口調で言われる筋合いはない。口の悪い夫のことだから、きっと何かやらかしたんだろうな」と、私としては、親のような気分。で、引き続き、あれこれ、言いたい放題の悪口が聞こえてくるうちに、なんだか席を立ちにくくなってしまったら、そこへ「待ち合わせをしていた夫」がやってきて、彼ら(私にではなく)に声をかけた。すると、なんと!悪口放題を言っていた男性たちが、表情ばかりか声まで変えて、ニコニコと立ち上がって、「一緒に飲まないか」などと誘っている。この豹変が、まるでテレビのドラマでも見ているようで、むしろ、面白い。夫は、あの笑顔につられて、「若い人たちにいつも誘われる」とか言って、ドクターストップがかかっているお酒を飲んでくるのだな! ショウモナイ。・・・と、夫が彼らと和やか風に談笑しているうちに、そっと席を離れた。(考えてみると、私もいやなヤツだ)運転手として迎えにきていた私が待っていることを言いそびれて、夫が、社交辞令で誘われたのも気づかづに飲んでくるという場面も、今までないわけではなかったので、「10分待ったら、一人で帰ってしまおう」と、ビルにサインを済ませて駐車場に出る。待つこと約5分。事情に気がついていたらしい親しいウエイトレスさんに、”Noriko is waiting for you”と言われた夫が「いやあ、ひきとめられちゃって」とでてきた。さて、その後、男性版井戸端会議がどのように展開したやら。そして、こういう場合は、私はどう行動するのが、正解だったのだろう??悪口をさんざん言ったあとで、「妻だ」と紹介されたら、彼らだって具合がわるいだろうし・・・。この話、登場人物の中で、一番賢かったのは、二十代のウエイトレスさんだったように思われる。
June 3, 2018
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