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ただ一と書きて「にのまへ」難しき名字を妻の得意気に読む(赤野光夫 コスモス1月号)言われてみれば、何かのクイズで聞いたことがあるような気がする「にのまえ」さん。それでも、いきなり出会えば「にのまえ」さんと読むのはなかなか難しい。奥様が得意気だといいつつ、ご夫君もにこにこしていらっしゃるような印象がある。そういえば、目下予習中のバンクーバー短歌会の詠草にも、「一」を使った名前の歌が一首あった。父の名は一二と書きていちじなり孫の名ははじめ一と書くだけ(作者未発表、本当は見当はついているけれども。)ここでは、姓でなく名の方に「一」(はじめ)が使われている。姓はともかく、名の方は「一」だけで成立する読み方はかなり多いように思ったので、「漢字源」でひいたら、普通の意味の解説の後で、《名付け》という項目があり、なんと23個も読み方がでていて、「はじめ」さんは中でもわかりやすいほうだ。コスモスには「一」(にのまへさん)はいないけれども、「七五三」と書く姓の方がいらっしゃるが、「しめ縄」の「しめ」だから、「しめ」さんとお読みするのだろうか・・・。
January 31, 2009
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中国人のやっている花屋さんの店先に、めずらしくフォックスフェイスがあった。しかも、その一つ一つに、赤い紙で折った扇子状のものがつけてあって、よく見ると金の文字で新年のお祝いの言葉と、「丑年」という字が書いてある。1本2ドル50セント(今は円高だから、換算すると300円くらいになるか?)だったので、買ってみたいような気もしないではなかったが、ちょっともったいない。とりあえず、そちらは見せていただくだけにして、予定していた花だけを買ったら、おまけに「ほい!」という感じに付け足してくれて、にっこり。「あれ、さっきから眺めていたのが見つかったかな」とか、少々恥ずかしかったけれども、「謝謝」とお礼を言って頂いて来た。買わないくせに、もらうと喜ぶなんて、私もけちなオバアチャンまるだしであった。背負わされた赤い扇には、金の図柄と字が書いてある
January 29, 2009
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一ヶ月ほど前、日本にいたら、銀座にできたH&Mが、テレビなどでかなり話題になっていた。店に入ろうと、並んでいる人の列などの写真もあったし。このH&M、バンクーバーの中心部にあるパシフィック・センターというショッピング・モールにもあると話にはきいていた。たまたま今日は、そのあたりで、半端な時間ができてしまったので覗いてみると、雪の降る平日の午前中という悪条件だから比べては悪いのかもしれないが、店の前に行列がないのはもちろん、中に入ってみても、店員と客の数を比べると、店員の方が多い状態。これが出来る前は何の店だったか、ちょっと思いだせないが、それでもかなり広い店なのに、そして東京ではあんなに人気があるのに、これはどういうことだろう・・・。あまりにも客が少なくて、買い物のあてのない私としては、店員の視線がちょっと重かったし、商品もせいぜい40代までの人向きの印象で、私などは対象外だったのですぐに出てきてしまった。なぜ、銀座ではあんなに人気があるのだろう?東京の若い人の心を掴むのが上手な、PR担当者がいるのかな?
January 27, 2009
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好きという思いが欠点消してゆく男と女の化学反応(小松理英子 コスモス1月号)「愛は盲目」状態を「化学反応」と見る表現がさらりとして面白い。自分が当事者の場合は、こういう言い方はしないだろうけれども、たとえば、身近な人がこの「化学反応」を起こしているときには、きっとこの歌のような気持になると思う。 作者は、ほほえましく思ったり、心配したり、諦めたりするのだが、どう気をもんでも、傍からはいかんとも手をだしがたい。もっともこの「化学反応」は、案外、詩的真実にとどまるものではないらしい。実は、最近、NHKの「女と男~最新科学が読み解く性」という番組を見た日本の方から教えていただいたのだが、脳科学はいま、恋のメカニズムを解明しつつある。その中心はドーパミンという脳内物質。快楽を司るドーパミンの大量分泌が恋する二人の絆となっているのだ。だそうだ。(「生化学反応」か?)こういう状態のときに、相手の欠点が見えなくなるのだろう。ただし、ところが脳科学は同時に、皮肉な状況も浮かび上がらせている。高い代謝を要求するドーパミンの大量分泌は身体への負担が大きく、長く続かない。そのため、“恋愛の賞味期間”はせいぜい3年ほどだというのだ。ということなので、そのあたりから、love が affectionに代わり、欠点は欠点としてちゃんと見えるけれども、その欠点ごと愛することができる間柄になるのかもしれない。(中には、その欠点にどうしても我慢できなくなる人もいるかもしれないけれども)さて、それでは、孫の欠点さえ、愛すべき点に見えてしまうおじいちゃん・おばあちゃんには、いったいどういう物質が脳から出ているのだろう。(ただの老化だったりして)自分では見なかったのだけれども、なんだか面白そうな番組ではないか。
January 27, 2009
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今日は農歴の元旦。 中国系の人たちは、この日が平日であるにもかかわらず、お正月をにぎやかに祝います。たとえば、獅子舞。日本の獅子舞とは、似て非なるもの・・・とでもいいましょうか。 入り口の中央上の方にさげてある緑のものがお祝儀です 「お祝儀」だけを大きくうつすとこんな具合でレタスと、レタスに結び付けられた赤い袋。赤い袋の中味はもちろん、金一封。これを下げてあるところを、獅子舞は訪ねていきます。レタスと一緒に葱も結んである 店もありました。中国の獅子って草食だったかしらん?? 「あけまして、おめでとうございます」のごあいさつ。無言ですけど。ひと躍りしてから、ご祝儀をいただこうとすると高いところにあるので・・・獅子の頭を持った人がジャンプしたり、後ろ足の人の上に乗って高くなったりして獅子の口で、レタスごと齧りとります。見事に取れたら、周囲から拍手!とれたレタスを食いちぎりあたりに飛ばしてお祝儀袋だけいただいて、「ありがとうございました」と身を低くして礼!次のお店はどこか・・・探します。獅子の後には、鉦や太鼓をたたく人やら、衣装をつけた「監督」やら、交代要員やら、大勢がついてまわりますし、私みたいな野次馬も集まって・・・
January 26, 2009
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日差しは弱いけれどもすっきりと晴れ ジョージア海峡の向うには、バンクーバー島の山々 長期出張中の白頭鷲の巣も空にくっきり ダックの夫婦は冷たい水の中に立っても仲がよく 水たまりにうつる空まで紺碧
January 25, 2009
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一足早いけれども、新年おめでとうございます。(本当の元旦は月曜なのですが、1日・2日はやめて、土曜&日曜にお祝いするところもあった。) 「発財」というのは、お金が儲かることだそうです。ちょっと即物的な祝い言葉だけれども。ショッピングセンターに設えらえた舞台では、 京劇のようなお芝居から 少年少女の空手実演まで 日ごろの練習成果を発表していました。みている人は、ほとんど中国人!通路では、くじ引きやら、お札売りやらいろいろありましたが、その内、書道の実演を見てきました。実演していたのは、字からみて、かなりの実力の先生とみましたが、白髪の男性で、黄色いチャイナ服を着て、リクエストを受けながら、お祝いの赤い紙に、文言を主として行書で書いて、寄付を集めていました。リッチモンドのジェネラル・ホスピタルに400万ドルのMRIを買おうという運動の一環です。(ちなみに、もう大部分集ったようなものですが、あと一息と言う最後の部分が伸びないのだそうで・・・)他の書道の先生とちがって、筆の持ち方も日本風で親しみが持てました。中の言葉で気に入ったのは、天増歳月 人増寿という7字でした。読み方はわからないのですが、意味はわかるような気がしました。歳月がたつのは天のなす業だけれども、「寿」=めでたいこと は、人が、人の力で増やしていく・・・ということではありますまいか。幸せに年をとるかどうかは、その人次第・・・かな?お正月のお祝いだけではなく、お誕生日にも使えるのではないでしょうか。(中国人の方に聞いてから使ったほうが無難ですが)こういう先生でも、リクエストで始めての字を書くときは、字数を数えて、それにあわせて紙を折って折り目をつけて、その枡に書いていくので、ちょっと安心してしまった。
January 24, 2009
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毎年、陰暦の旧正月のお祝いに、カナダでは干支の切手が発売されます。これは、国際郵便に使う1ドル65セントの切手。よく見えるように、少し拡大してupしました。 (切手シートの上半分) (切手シートの下半分)点線のところだけ切り取って、郵便に貼ります。実際の大きさは、周囲付きで縦14センチ、横4.2センチ。切手として使う部分だけだと、3.4センチ四方。よく見ると、英語もフランス語も印刷されています。LUNER NEW YEAR OF OX / NEUVELLE ANNEE LUNAIRE DE BUFFLE国内向けの切手は、郵便に貼る部分だけで販売されていますから、国際用は、実用でもありますが、コレクター向きにもなるように作られているのかもしれません。(想像)
January 23, 2009
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朝のうちは濃い霧で、交通信号もかなり近づいてからやっと見えるというような有様だったが、10時頃からだんだんに晴れだし、今年初めて(だと思う)の青空が一面に広がった。なんだか、急に呼吸が楽になったような気がする。ただし、晴れたら晴れたで明日と明後日は、かなり冷えるらしい。 夕方、近所のショッピングセンターに行ったら、路面凍結を想定してか、駐車場にはやばやと塩を撒いていた。26日の月曜日が農歴の新年にあたるので、この土曜・日曜は中国のお正月の行事があちこちでおこなわれる。このショッピングセンターでも、ライオンダンスをはじめとしたプログラムが張り出されていた。うちのマンションの集会場からも、このところ毎日夕方になると、太鼓の練習の音が漏れてきて、練習に余念のない人たちがいる。丑の記念切手も売り出されて、リッチモンド市は、これからが本当のお正月!! nnnn 中国系の人の中には、カナダでは祭日でもなんでもないのに、農歴の正月には子供に学校を休ませてしまう人も少なくないと聞き、ちょっとどうかなあとは思うのだけれども。
January 23, 2009
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21日に、MSNの日本のホームページを見ていたら、”オバマ大統領就任演説前文(日本語)”という見出しがあったので、早速開いてみた。ふむ、ふむ・・と読み進んでいって、終わりに近づいたころ、我々のつぎはぎ細工の伝統は強さであり、弱みではないという一節がでてきて、「おや?」と思った。私の記憶では、大統領は、「patchwork」という言葉を使っていたはずで、patchwork は断じて「つぎはぎ」なんかではない。開拓者たちが、小さい布、着古した服でいたんでいない部分の布などを継ぎ合わせて作った布団やカーテンなど、たしかに、いろいろに継ぎ合わせたものが発祥だったかもしれないが、パッチワークといえば、今では立派な手工芸。その土地土地で、特色のあるパターンや、クリスマスなどの行事にちなんだパターンのパッチワークは、「つぎはぎ」に域ははるかに超えて大事にされている。(「つぎはぎ」というと、なんだか破れたところをつくろい、つくろいして出来上がったもののようなイメージがある・・・と、私は思った。)念のため、「オバマ大統領就任演説前文(英文)”のリンクをクリックして、該当の場所を見ると、For we know that our patchwork heritage is a strength, not a weakness.と、案の定、誇りたかいpatchwork である。で、「反論をどこかに書き込んでしまおうかな」と、また日本語文の方を開こうとすると、今度はフリーズしてしまって、開かない。二度やってみたけれどもフリーズしたので、そのまま忘れてしまい・・・ ふと思いついて、数時間後にまた開いてみると、パッチワークの伝統は強さであり弱みではないという文章に変っていた。さっきのフリーズは、その変更と関係があったのかな?今、パッチワークは立派な日本語になっているのだから、カタカナにしておくには大賛成。とりあえず、満足したのだけれども、夫は、それを「寄木細工」にした方がよいと思っていたらしい。手芸に感心がない夫としては、パッチワークなんて縁のない言葉だったのかもしれないけれども、そして寄木細工はすばらしいけれども、そんなのアメリカにあったかしら・・・。で、なんとなく、その言葉忘れがたく(・・・我ながらヒマだなあ・・・もっとしなくちゃならないことがあるでしょうに。)、23日になって、また日本語文の同じ箇所を開いてみたら、さらに米国のパッチワーク(つぎはぎ細工)の伝統は強さであり、弱みではないと変更されていた。翻訳には、なるべく( )つきの翻訳は使わないのがよいのだというのが私の考えなのだけれども、MSNの翻訳担当の方も、外野からいろいろな意見を出されて苦労されているのだろう。翻訳に速度を要求されるネットは大変なところもあるけれども、何度でも訂正がきくところは、印刷物にする翻訳よりも有利かもしれない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・余談だけれども、これまで、いろいろなところで、「アメリカは人種や文化の坩堝(melting pot)」といわれていて、お互いが溶け合って、新しいものをつくりだしていると思われていたように思う。融合して新しいものを作るのもよいけれども、それぞれのよさを保ちながら、調和あるあたらしいものを作るという風に、考え方が変ってきたのだろうか?
January 23, 2009
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はるかなりわが青春の文箱にはデートリッヒのプロマイドあり(小松春江 コスモス一月号)デートリッヒは、ある時代を生きた人々には、本当に憧れの的だったらしい。ただ、ファンはほとんどが男性だったのかと思っていたので、小松さんの「青春の文箱」にまでプロマイドがあったと思うと、ちょっと意外だし、ほほえましい。今のように、誰にでも写真がとれる時代とちがって、プロマイドもきっと貴重だったに違いない。デイトリッヒの脚モンローのひつぷなどはわが形而上のよろこびなりき(野村清 「緑萼」)という野村清先生の一首も思い起こされてくる。小松さんは明治43年生まれ、野村清先生は明治40年生まれ(時々、デートリッヒのことを話していたことのある私の父は明治39年生まれ)で、同年代だが、その後、私たちの年代の人たちにこういう人気がある世界的なスターって誰だろう。夫に聞いてみたら、「そりゃあ、マリリン・モンローさ」と言ったが、モンローは、すでに野村先生に歌われているから、次の世代はもっと若い人で・・・いないのかしら!!14日の欄に書いた小川さんといい、今日の小松さんと言い、「コスモス」の90歳代は洒脱だ。・・・・・・・デートリッヒと聞いて顔が浮ぶのは、私などが最後の年代ではないだろうか。加藤登紀子が歌うことのある「リリー・マルレーン」の、ちょっと低い歌声と、そして「脚線美」で有名である。(ネットで検索すると、写真がでてきます)
January 22, 2009
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励まして門の前まで来てくれた姉の笑顔が今日のお守り(中山真彩子 「コスモス」一月号)仲の良い姉妹の笑顔が目にうかぶような気がして、この一首は最高の感謝の言葉!そういえば、私にもこういう「お姉さん」がいたことがあったっけ。こんな風に気持よく、率直なお礼がいえなかったのが残念。受験生うつむき歩むキャンパスの頭上は青く広々として(同上)青く広々とした頭上に気づく受験生は、気持が落ち着いていて合格する人です。えんぴつの書く音時計の針の音 鼓動の音が一番速い(同上)ドキドキした感じを、こういう風に表現できるなんて、すばらしい!日本は今、受験の季節だと思いつつ、「コスモス」を捲っていたらであった三首。素直で率直であたたかくて、読後感もよい。もう自分には戻ってこない時代だけれども、こういう作品を読むといろいろなことが思い出されて、楽しい。時間はたったけれども、私も通った道である。(ただ、歌にできていないだけです。・・・あ、大違いだ!)
January 21, 2009
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朝9時から、アメリカ大統領の就任式の実況があるというので、録画をとりながらテレビを見た。会場には、歴代の大統領や、ファーストレディーが顔を揃え、懐かしい思いがした。2年間の選挙運動から今日まで、たいへんな体力をつかっての就任式。その上、今日の現地はマイナス6度か7度の寒さなのに、戸外でのsworn in.そして、今日、こんなことをしている暇があるのだろうかと心配になるほどの、本来の忙しさ!しかも、就任式の会場は、寒い中を、見渡す限り人々が埋め尽くしている。たいへんだなあと思いつつ、しかし、日本もこのくらい大仰に首相の就任式をしたら、覚悟が違うのではないかと、ふと、大それたことを思った。オバマ大統領のスピーチは、あいかわらず絶好調。中学生でもわかるようなことばで、巧みに間をとって、聴衆を巻き込むように話すから、カナダのハイスクールでも、社会科の授業として、皆でテレビを見たところがたくさんあるようだ。国民も、それぞれ責任を果たしていこうというのは、「国が自分に何をしてくれるかではなく、自分が国のたまに何ができるか考えよう」とよびかけたケネディー大統領と通じるところがあり、学生時代に「ソノシート」で繰り返し聞いたJFKのスピーチを思い出した。さて、これからどうなるのだろう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 以下、余談だが、* パブリックスピーチには、英語は日本語よりも、リズムもとりやすいし、向いているように思う。もしかすると、日本語は、大勢の前でわーっと話すのには向いていないのではないだろうか。* あの寒い中で音楽を演奏した人たちも、たいへんだったと思う。弦楽器やピアノの人たちも指がかじかんで演奏しにくかったと思うし、高価な楽器があの低気温に晒されて傷んだのではないだろうか。(ヨー・ヨー・マのチェロが演奏していたのは、あの高価なチェロだったのだろうか?)まして心配だったのは、管楽器の人たち。フルートのように口を直接つけない楽器や、クラリネットのように、マウスピースが金属でない楽器はともかく、マウスピースが金属でできれいるところに、唇をぴったりつけて吹く本来の金管楽器を吹く人たちは、口が金属にくっついてしまう・・・ということがないように、何かの方法を講じているのだろうけれども、それにしても普通に音を出すには、余分な努力が必要だったのではないだろうか?* 就任式の時期というのは、絶対に決まっているものなのだろうか?ポトマック河畔に桜が咲くころにでもやったらよいのに・・・・。
January 20, 2009
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「バンクーバー地方は、海沿いを除いて霧がはれた」と天気現況で言っているのですが、残念ながら、私の住んでいるのは、海沿いなので霧の中。 さながら小学唱歌。♪ただ一面に立ち込めたゴルフ場の朝の霧の海ポプラ並木のうっすりと 黒い底から勇ましく クラブが鳴る鳴るナイスショットに♪気温はプラスだし、もうこれ以上家に閉じこもっているのはイヤだという「背の君」さんも、今日は霧など気にせずに本年第一打。 「いくぞーっ!」 物好きは、他にもたくさんいて、ゴルファーさんたちは、霧の中を百鬼夜行のごとく(失礼!)、コースをゆらゆらと歩いていました。 ボールは、はっきりとは見えないけれども、ホームコースだから、だいたい打った感じでどのへんに落ちているかは、分る人ばかりですから、大丈夫なんです。でも、私は・・・この寒いのに、コースに出る元気はありません。トシですもん。
January 19, 2009
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「アフリカを恋ふ」(片野千浪 角川書店発行)を読んだ。片野さんは、海外生活がながい方で、今は日本で外国の人に日本語を教えていられる。耳澄まして千日余の間に集めたる言葉の束を幼はほどくは、中で特に印象に残った一首。赤ちゃんが、自分にかけられる言葉も、周囲で交わされる言葉もわからないままに、じっと耳を澄まして吸収していて、時がくると、氷がとけていくように、だんだんに言葉として話せるようになる状況を、こんな風に表現してあるところが、とても魅力的だ。集めたる言葉の束を、ゆるゆるとほどくように、言葉があかちゃんの口から出てくるのに気づいた時の周囲の笑顔。そして、その言葉をはっすると、自分の意思が伝わるとわかったときの赤ちゃんの喜び。それは、一人の人間としての文化的出発でもある。そのほかに、いつものように、以下の10首選をした。サバンナの生命育むスコールに新芽追ひつつヌーの大移動 シーラカンスは忍者のやうに波の間に揺らぎゆらぎて生き残りけむ 若き日は読み取れざりきリア王の悲哀に泣きぬ舅看取りゐて 唐辛子のまつ赤のレイが唐きびのすだれに下がるイ族の村に スコールを待ち望みつつ空仰ぐ町はかすみて蜃気楼のごとし パラソルを閉づるがとごく大虹は彩の残骸ひきつつ消えぬこの地球の外に住術まだあらず陣取り合戦太古より続く 家内の言葉の壁にさへぎられいつも一人と若妻は泣く 簡易文字町にあふるる北京にて万葉仮名をわれは思へり 近頃は本音と建て前使ひ分け上手に口上のべるわが子ら また、あとがきに「この一冊を今村寛先生のご仏前に供えたい」とあるのは、作者が「泉の会」で今村先生のご指導を受けたからだと思うが、今村先生を歌った二首もあった。 物腰の常に控へ目な今村寛氏が句読点のやうに会締め給ふ 諏訪神社の御柱祭近づきて今村寛氏の木遣歌想ふ今村先生の木遣りはなかなかのものだったらしく、みなさんが歌になさるが、私は聴かせていただいたことがない。残念!
January 16, 2009
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雪や雨の日々が続いた後、今度は濃霧が続いて、今日で8日目。 家の近くのフレーザー河の土手に立って河を見渡したら、中洲にある島もみえない霧のどこかから、ボーッ、ボーッという霧笛と、それに応えるように、もう少し音程の高い音でボボーッと響く霧笛が聞こえてきた。 そのうち、最初の「ボーッ、ボーッ」がだんだん大きな音になってきて、やがて、霧の中にグレーの何かが静かに動いているのが見えはじめた。 だんだんに、その黒い色が濃くなってきて、「ああ、あれが、ボーッ、ボーッを出し続けている船だ」と思っているうちに、赤や緑のコンテナーを山積みにした黒い貨物船の形をなし、一見悠々と目の前を通り過ぎて、 そしてまた、、「ボーッ、ボーッ」と鳴らしながら、みるみる薄いグレイになり、ミルク色に溶け込んで見えなくなってしまった。 対比するものがないのでよくわからないのだけど、かなりスピードが出ているような感じだ。 〈ぼんやりとしたグレーの何か〉が、あまりにも急に船の形になって、また見えなくなってしまったので、なんだか幽霊船だといわれても信じられるような、不思議な印象。 じっと見送っていたら、通りかかった人に、"Quite a sight, eh?" と声を掛けられて、我に返った。"Yes, very impressed."・・・よく考えてみれば、船が目の前を通り過ぎていったというだけの、普通のことだけれども・・・
January 15, 2009
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白寿吾れがブラジャーするを驚きてひつくり返ると言ひし曾孫はや(小川静江 コスモス1月号より)おばあさまが99歳だと、曾孫さんは10代前半くらいだろうか。ブラジャーが意識に入っているところをみると、初めてのブラジャーをし始めた頃の女の子さんかもしれない。(もっと年上なら「ひっくり返る」などと、失礼なことは言わないだろうし。)私も、99歳になってもブラジャーをするかしないかなどとは、今まで考えたことはなかったけれども、99歳と一口に言っても、毎年ひとつずつ年をとって99歳になるのだから、昨日ブラジャーをしていれば今日もするだろうし、今日していれば明日もするだろうし・・・ごく普通に前日の通りにしているうちに99歳になられたのだろうと思う。でも、曾孫さんからしてみれば、99歳は考えられないほどの年齢。そのおばあさまがブラジャーをするなんて、想像もしていなかったから、「あっ」と思ったのかもしれない。「ひっくり返るよ。」なんてびっくりしてみせたりして、無邪気というかなんというか・・・一読者としての私は、これから行く道+すでに通って来た道 で、両方の気持ちが分らないわけではないのだが、思わず笑ってしまった。(失礼!)それにしても、気を悪くもせずに、「曾孫はや」とか詠んでしまう99歳のおばあちゃまのウイットに富んで、ステキなこと!すばらしいではアリマセンカ。 ・・・・・・・・・・・・・・・日本人の服装の変遷からいって、今、99歳のおばあさまはお若いときには、和服をお召しだったのではないだろうか。となると、若い頃からブラジャーをしない習慣の人が多く、ブラジャーをするだけでも、なかなかおしゃれで、冒険心のある方だったのではないかと思う。(私の母は存命なら96歳。四人姉妹の末子だったが、姉たちは真夏以外は一生和装。母だけが、洋装が主だったけれども、「ブラジャーなんかいやよ」と言っていたものだった。)
January 14, 2009
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新盆の友の墓訪ふ青山墓地東十六通り二十二の五(玉井周子 コスモス一月号)三、四、五句がいわばアドレスだけなのに、「ああ・・・」と心を打たれる歌になっている。作者は、メモを持って、あるいは、心覚えにしたがって、まず東十六通りを尋ねていって、そこから二十二を探し、五を探し当てる。一つずつ確認しながらたどり着いたお墓、「ああ、ここだった」短歌には、こういうのも「あり」なんだなあ・・・・実は、私は、この「友」が誰だか見当がついている。そして、私にとっても、大事な方である。私も、次回の帰国では、この歌を頼りにお訪ねして、いろいろお話してこよう作者は、本当に心の篤い方だと知っている私には、「新盆の友の墓訪ふ」にどれだけ深い心が籠められていたかがよくわかったし、この一首が特選になっているところをみると、そういう予備知識がないであろう選者の先生の心にもとどいたのだろうと思った。今度の帰国は、自分の母の13回忌もあるし、中学時代の先生のお墓参りを友人たちと約束しているし、この「友」のところにも行くし・・・ 私も加齢とともに、大分彼岸とのご縁が濃くなってきた。「あの世に、知っている人がいると、あっちに行くとき心強いじゃないか」と、書いていたのは、誰だったかしら・・・・(柳田國男だったかな?)
January 13, 2009
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起きぬけにくらりと眩暈したりけり地球の軸のややにずれしか(岩崎輝子) 1月のバンクーバー短歌会で好評だった一首。病気の歌なのに、暗く落ち込んでいないで、まるで自分の姿を見てちょっと笑っているような客観性もあり、しかも下の句への展開がユニークであり、よく理解もできる表現。「したりけり」もちょっと大げさな気もするけれども、この場合、テレのようなものも感じられて、巧みな一首だと思った。どうしてこういう風に詠めるのだろう・・・とうらやましいところだが、きっと「この作者は、私とは違うんです。自分を客観的に見ることができるんです」ということなのだろう。だいぶ昔々のことになるが、長男を身ごもっていた私(24歳でした)が、定期健診に行ったとき、「たちくらみはしませんか?」という問診があった。そのとき「たちくらみ」という言葉を初めてきいた私が「たちくらみってなんですか?」と質問したら、「あ、わからないなら、いいです。しないんでしょう。」と先生に笑われたのを思い出す。家にかえって辞書をひいたのだけれども、言葉としてはわかっても、感覚としてわからなくて、何か釈然としなかった。それが、次男を身ごもっていた頃(26歳でした)、庭で草取りをしていたときに、誰かに呼ばれて、ふっと立ち上がったら、くらっと、それこそ「地球の軸のややにずれしか」のような感じがした。あわててまたしゃがみこみながら、「あ、これが立ちくらみにちがいない」と、確信。なるほど、経験すればすぐに分かるものだと、一人で納得していたものだった。あれから何度、「たちくらみ」を経験したことやら。今では、それが「たちくらみ」だと呼ばれるものだとわかったからといって、いちいち感動もしないけれども、かといって、スマートに一首を詠むということもできていない。冒頭の一首も、高得点を集めたところを見ると、会員の多くが眩暈を経験しているということだろう。しかたがないか・・・、全員26歳以上し・・・。
January 12, 2009
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次男が電話で、かねて注文しておいたCDが出来上がって、1000枚が自宅に届いたという。彼はテキサスの大学でジャズを教えているのだが、昨年の夏、自宅スタジオで録音をとりCDを作る計画をしていたから、私も、それは音楽家としては必要なことだから、ぜひやったほうがよいと勧めていたものだ。タイトルは、Home Court Advantage にしたらしい。自宅スタジオを使ったからかな?ジャズは、気持ちがくつろいでいないと、よい曲想はわかないから、Home Court というのは、たしかに有利(Advantage )だと思う。私が電話で「CD1000枚って、一度に見たらどのくらいになるのかしら。見当がつかないわ」と言ったものだら、こんな写真を送ってくれた。(Upの了解はとってあります。) コメントには、Expensive Cat Tower とあるが、ダンボールを並べた上に、なんだかうれしそうな猫のアニカが、座っている。(おしっこしちゃあだめよっ!)それにしても、かなりの費用がかかっただろうなあ・・・。売れるのかしら...ともかく、まずは一枚自分が買って、聞かせてもらってからの話としよう。試聴はホームページで出来るので、だいたいの感じはわかっているのだけれども・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・そういえば、NHKの朝ドラの「だんだん」で、息子がリーダーをしているグループのCDを、佐川満男演じるオトウサンが、宣伝しつつ売りまわっている場面が先々週だかにあったっけ。私もそういうことを、やりたくなるのかな?
January 11, 2009
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TV JAPAN をつけたまま、夜更かしをしていたら、大相撲初場所の中継がはじまった。「あ、もう日本は日曜の夕方だな」と思いつつ、片目片耳で聞いていたら、何かふと違和感があって・・・「ん?」なんと、画面では舞の海サンが、女性の声の英語でしゃべっているのではないか!・・・・あ、そうか。同時通訳だ。(しかし、それにしては、あの同時通訳独特の抑揚をおさえた早口ではなく、普通に話すような、まるで吹き替えのような上手な同時通訳だった。)他の人にも、同じように同時通訳がついていたが、それは男声だからあまり抵抗がない。まあ、海外に出す放送だから、英語バージョンが放送されるのは、それはそれでよいし、相撲をあれだけの英語に即座に直すのには専門知識も必要だし、同時通訳としてはすばらしい技術だとは思うけれども、そして何より、私は仕事のことで、男女の差などは言いたくない立場なのだけれども、やはり、私の好きな「向こう正面の舞の海さん」には、男声で話してもらいたかった。何回も再放送のある大相撲だから、きっと、どれかには舞の海サンが本人の声で話してくれるバージョンもあるだろうし、違和感があるものを無理して見ることはない。風邪をひいていることだし、もうテレビなんか消して早寝、早寝! おやすみなさ~い。内容はよかったのに、こんな感想を持ってしまって・・・ごめんなさい、女性通訳の方!
January 10, 2009
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バンクーバー短歌会の1月例会の日。例年なら、歌会の後で、会場の日系ヘリテージセンターにあるレストランからお弁当をとって新年会をするところで、今年もその予定になっていた。しかし今年は、天候不安定。大雪の中をドライブして事故にあったら大変だし、転んで怪我をする人があってもいけないと心配した会長さんから、「お弁当の注文はやめて普通の歌会にしますから、それぞれ自分で判断して無理をしないように」と、暗に「やすんでも良いですよ」みたいな良識ある連絡があり、私も、あまりお天気が悪かったら、休むつもりだった。何しろ、学校も休みになる日が何日かあったくらいだから・・・。ところが、当日になってみたら、誰の心がけがよかったのやら、天気もまずまずで、車も普通に動いている。それでもと、30分の余裕を見て出かけたら、一番最初についてしまった。(7日の経験に過反応したらしい。)開会時間までには、他の人たちも、運転に自信のある人に乗せてもらったり、頑張って自分で運転したり、時間をかけてバスに乗ったりして辿りついたし、入会を前提とした傍聴の人まで一人いて、なんと、なんと、思ったよりもずっと盛会だった。(19人中16人の出席)「休んでもよいから無理をしないように」といわれると、逆に頑張ってしまうのは、高齢化の兆候かな?新年会はできなくても、めげないで出てこられる人が多かったとわかったのは、充分にめでたい年の初めであった。
January 9, 2009
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今日の夕方、といってもすっかり日が暮れてから、よんどころない届け物があって、バンクーバー市内の住宅街を訪ねた。まだ、雪はたくさん残っているし、雨も降っているし、夜でやたらとあちこちが光っている・・・と悪条件ではあるけれども、目的地附近までは大きな道路を通ったので、片側一車線は車が通れたし、大過なく近づいた。・・・・が、目的地に近づいて脇道に入って呆然。そこには突然、雪で真白な街が現れ、道の両側には駐車したまま雪に埋もれて何日も動いた形跡のない車がずらーっとならび、道のまんなかにシャーベット雪の轍が二本あるだけ。私の車はそこを通るしかないけれども、対向車が来たら、よけるところもない。(バンクーバーでこんな景色を見たことはないので、写真にとっておくとよかったのだけれども、その時はそんな余裕がなかった。)入っていくのはためらわれるけれども、かといって、行き先まではまだ300メートルもあるのに、車をとめておく場所もないし、だいたい、本来の用件である大きな荷物を、雪深い道を手にもって運ぶ力もない。「とにかく、轍があるのは、車が通った証拠でもあるのだから」と車を進めると、轍の間に積もったままの雪が車の底をこする。「どうぞ、雪が凍っていませんように」と祈りつつそろそろ進む。対向車とは結局2台ほどしか会わなかったが、それでもそんなときは、時々ある細い十字路の轍を利用してよけては、バックしたり前進したりして、折り合いをつけて、ゆずりあいつつ・・・とにかく歩くほどの速度で目的地につく。目的の家についても、その轍を外れてドライブウエイに入っていくことができない。雪の障害を乗り越えられないのだ。、止むを得ず、車は道のまんなかの轍の中に止まったままで、相手にも手伝ってもらって大急ぎで届けものを下ろす。たまたま対向車も後続車もなかったからよかったものの、なんともスマートでない。さて、帰ろうと思っても方向を変える場所が見つからないから、「このまま前に行ったら大通りに抜けられますか?」と聞いたら、「No,no, back up!」と言う。そうよねえ・・・・。大きな道路の間隔は約1マイルあるとみて、まだ半分は来ていないのだし、これから先はもっと交通量が少ない様子。 しかたがない、♪今来たこの道かえりゃんせ♪ろくに挨拶をする余裕もなく、対向車や後続車のないうちにと、バック、バック!一方通行の道に、バックで入っていくような気分でスリル満点。方向が変えられる十字路まで外から誘導しいただけたので、そこで挨拶もそこそこ、「あとで電話します」と言って別れ、また、ゆるゆると前進し、とにかく、雪掻きのできている大通りに戻ったときには、のどがからからに渇いていた。その間、どう考えても30分もなかったと思うけれども、情けないことに一日分の労働をした気分だった。今思うと、そこは同じバンクーバーでも、わが家近辺よりもずいぶん積雪が多いようだった。海抜とか、海からの距離とかが、積雪量に微妙に影響するのだろう。私の場合、深い雪のある道の運転は、そろそろこのくらいれで卒業にしたいものだが、まあ一冬に2~3回くらいは仕方がないかな?
January 7, 2009
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以下は、バンクーバー新報に投稿した会員作品。今回の詠題は「酒」「酒」の歌は万葉の頃から名歌がいろいろあるし、漢詩でもいろいろ読んだことがある。今、臨書している名書「蘭亭之叙」でも、曲水の宴の場面描写に「一觴一詠」というフレーズがでてくる。「蘭亭之叙」は。歌会の記であるのに、だんだん終わりの方になると、字が柔らかく奔放になってきたりするし、書にも歌にもほろよいの酒はご縁があるようだ。(「觴」は「盃」の意味。昔は、動物の角を切ってお酒を注いだのではないか・・というのは全くの想像で、「大漢和」にも「さかづき」としか出ていないけれども。ただし、さすがに用例として、「一觴一詠(王義之)」は出ている。)私も、酒を詠んだことがなかったわけではないのだけれども・・・・いざ題詠となると、かなり苦戦した。ただ、先生がコメントの欄にたくさん引用してくださった名歌の鑑賞することができたのは、収穫だったけれども。バンクーバー短歌会会員作品詠題「酒」手に手取り酒樽を割る秋の庭新郎新婦の笑みいや増せり(希) 雛段の前に集ひて歌詠みの友らと祝ふ甘酒飲みて(とみこ)大瓶を頭にのせ運ぶ女(をみな)らの幻見ゆるやちむん通り(友)渇きたる咽喉(のみど)を通るほろ苦さビール美味しと華甲にして知る(奈津)妻われは好まざりしが構はずに酒をこよなく愛でゐき夫は(虹) 飲みすぎのひとつ覚えの言ひ訳ね「楽しい酒は百薬の長~!」(のりこ)今にして思へば祖母はお洒落さん久留米絣のもんぺ好みき(ふみ) 料理にと酒やワインを欠かさずにそなへ置くなり下戸のわたしも(みき)一生に一度でいいの酔ひ痴れて君にくだくだからみてみたし(みちこ)垣越しに杉の香のせり酒蔵の軒に杉玉垂るる季節は(ゆりこ) 風邪気味の我に作りし卵酒母のみの味いつぱい飲みき(よしこ)夕闇にテールライトの続きつつ酒匂(さかは)平野に休日暮れる(茜)「よし、飯(めし)だ」〆(しめ)のごとくに夜々四合飲みたる後の父のあの声(あき)後追はず寒露、立冬過ごしたりビール断ちしは中秋の頃(粟)今日は飲むと酒を含みて笑ひたる病み衰へし父と別れき(唐) 色、形それぞれ違ふ六客の切り子グラスを下戸なれど持つ(梢)名につられ大吟醸の「雪月花」一本求む免税店に(沙羅)呆れたと娘は笑へども忘れずに毎夜酒置く遺骨の前に(すみえ)
January 5, 2009
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今日から2009年。昨日に続く寒い今日だけれども、私の楽しみは、数日かけて作ったお正月料理らしきものを家族に食べてもらうこと。次男や長女は参加できないけれども、長男の妻が、New Year's Food と言って喜んでくれるのもうれしい。今回は、日本から帰ってからまだ2日しかたっていないし、しかも帰ってきてからも雪で思うように買い物に行けなかったので、会心の品揃えとはいかないのだけれども、そこはまあ、「融通」を利かせるということで・・・。まずお箸。 雑煮箸(祝い箸?)を買ってこられなかったので、半紙を二つ切りにして作った袋に、カラー筆ペンで「寿」とそれぞれの名前を書いて、中に普段の箸を入れて代用。英字を筆で書くのはどうも苦手でうまくいかないが、どうせ気にするのは私だけだから、よしとする。アイディアの割りには、誰にも受けなくて、お箸を取り出してしまうとすぐまるめられてゴミ箱行きになってしまったのがちょっと残念!ま、いいか、自分が楽しかったから。重箱はないので、母が愛用していた松花堂弁当の箱を使う。中に仕切りがあるので、味が混ざらないところが気に入っている。例年は昆布巻きも伊達巻も黒豆も自分で作るのだが、今年は、29日に帰ってきたばかりで時間と体力の不足と見て、その三品にかまぼこを詰め合わせた西友の「ミニおせちパック」を、出発間際に買ってきた。割高だけれども、食べ飽きる前になくなって却ってよいのかもしれない。たつくり、かまぼこ、里芋の白煮、きんぴらごぼう* たつくりは、いつも時間をかけて丁寧に作っていたのだが、袋に書いてあった説明にしたがって、電子レンジで作ったら、7分でできあがり!* きんぴら牛蒡をおせちに入れる家は少ないと思うけれども、なぜか主人の家ではそういう習慣。* 里芋は、もう少し小さく切ればよかった! と、写真を見て反省。 大根と人参のなます、松前漬け、にしめ、焼き豆腐* 松前漬けは、主人の方の習慣。* なますは私しか食べないのだが、さっぱりするので、自分用に作る。* にしめには、ママさんの好みでノーカロリーのこんにゃくとしいたけをたくさん入れる。* 焼き豆腐は、幼児にも食べやすいのではないかと、主人が提案してくれたので、今年はじめて追加。煮しめの煮汁で煮ただけだけれども、案の定、孫が喜んでたくさん食べた。 きんとん、黒豆、昆布巻き、伊達巻* きんとんだけが手製。* 黒豆も昆布巻きもおせちセットに入っていたが、ほんの小さな袋だったので、これで全部。 白菜とゆずの漬物* 醤油系統の味が多いので、変化をつけたくて追加。 伊達巻の端っこと桜でんぶで作った子供一口サイズの海苔巻き。稲荷ずし* 幼児用特別サービス。想像したとおり、孫にはこの海苔巻きと焼き豆腐がなかったら、食べるものがなかったくらいだった。きんとんくらいは食べるかと思ったけれども。 主人特製の雑煮。* お餅は28日についた搗き立てを、短歌会のAさんが差し入れてくださった。凍った雪道をドライブして・・・。感謝!* ママさんは、お餅は雑煮に入れずに、磯部巻きにして別に食べる。食卓に並べるといっぱいになったのだけれども、出した分はすぐ全部空になってしまい、あっけないほどすぐにオシマイ。こんなことが「楽しみ」なのも、元気であればこそ。来年も、こういう楽しみを持てますように!!
January 1, 2009
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